SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ
PoHは絶好調。オベイロンもフルスロットル。
そしてユウキはハードモード突入のお知らせ。


筆者の小自慢
ついにブラボで「狩人の夢? なにそれ美味しいの?」縛りをクリアしました!
これは狩人の夢を使わずにクリアするという、ノーデス&無成長&武器無強化&修理不可&カレル文字+血晶装備不可+アイテム購入禁止縛りです。そもそも初期武器が狩人の夢にあるので……です。だから素性が本当に最重要です。あ
メルゴーの乳母を撃破後に初めて狩人の夢を訪れた時のシュールっぷりを楽しみたい方は是非ともどうぞ。なお、縛りの関係上DLCや1部ボスには行けません。行ってたら多分まだクリアしていないと思います。


Episode18-09 深淵狩り

 DBOのデスゲーム化以来『それ』は真っ先に論じられ、否定され、結果によって肯定された。

『プレイヤー単独でネームドやボスは撃破可能であるか?』とは、プレイヤー間で尽きない興味の対象だった。

 そもそもネームドにしてもボスにしても、ソロで撃破する前提で調整が成されていない。故に総火力・前衛後衛などの役割分担などが可能となるパーティやレイドによる撃破こそが理想形であり、唯一の手段であると考えられていた。

 だが、サインズの『公式記録』として正確にプレイヤー間で認知された最初の単独撃破……それもボス撃破は衝撃的かつ伝説的なデビューを果たしたUNKNOWNによって打ち立てられ、プレイヤーを震撼させる事になる。

 すなわち、他でもないプレイヤー自身によってプレイヤーが『不可能』と思い込んでいたボスの単独撃破が成し遂げられたのだ。その後、UNKNOWNの真似をしてボスとはいかずともネームドに単独で挑んだ『蛮勇』たちがどうなったかは語るまでも無い。

 

『現実に成された以上、ボスやネームドのソロ撃破は可能だろうね。でも、それはプレイヤーの限界を試すものだよ』

 

 隔週サインズでも特集が組まれたこの議論に対し、聖剣騎士団のリーダーであるディアベルはこのように発言した。

 確かに結果だけを見れば可能であると言わざるを得ないだろう。だが、DBOは無限に攻め続けるにはスタミナという分かりやすい行動限界が存在し、またネームドにしてもボスにしても高火力かつ高性能、なおかつソードスキルを当てても逆に反撃してくるだけのスタン耐性があり、また一撃では覆せない総HP量が存在する。

 だが、同時にDBOのボスやネームドは多くのVRMMORPG経験者にとって、1つの見解もあった。即ち、これらの強敵は一般的に普及しているVRMMORPGにおけるボスなどに比べれば、耐久面に関しては格段に劣っているという点である。

 レイドを組んでも易々と削りきれない理不尽なまでの総HPに心折れたことがあるプレイヤーは数知れない。ならば、DBOのボスにしてもネームドにしても耐久面に関しては絶望的という程に高いわけではない。経験者であればある程に『軟らかい』と断言することが出来るだろう。これこそがソロ攻略を絶対的不可能なのものとする総火力不足をギリギリでクリアする要因にもなっている。

 では、1度でもボスやネームド戦を経験したプレイヤーが『軟らかい』であるが故に『弱い』と判断するか? これもまた否である。

 他のVRMMORPGは大なり小なりプレイヤーに攻撃を『当てさせる』……つまりはボス側が『耐える』側である事を明確にした調整がされている。これはSAO経験者にしてDBOプレイヤー……通称サバイバーと呼ばれるプレイヤーの何人かもSAOでも同様の傾向があったと証言した。

 DBOはまさしく真逆。ボスにしてもネームドにしても『当てさせない』・『即座に反撃してくる』・『AIの比類なき優秀さ』が常に付きまとう難題である。ボス側は耐久ではなく、プレイヤーの数を積極的に減らす行動を取り、プレイヤーの陣形を崩しにかかる。取り囲んで攻撃しようとも、逆にカウンターで一掃してくる。下手にソードスキルで挽回を狙えば当てる以前にこれまたカウンターで逆に必殺される。それが日常的だ。

 故にレベルを上げてボスの攻撃に『耐えられる』ようにする。そして、攻撃力を高めて『総火力』によって一気に削れるようになる。これこそがDBOの攻略を長らく支えていた2大支柱と言えただろう。

 だが、ある時期を境にして、この攻略スタイルに限界が見え始める。

 まずは総火力。レベルが高まれば高まる程に、プレイヤー側の成長は遅々となる。また装備にしても防具にしても劇的な増強は見込めなくなる。火力・防御・アイテム効果の鈍化が始まる。またスキルの充実とは同時に成長性の喪失である。1つのスキルによって倍化する強さなどなく、より個々のスタイルを堅固なものにしていくという方向にシフトしていく。

 そして、DBOのボスにしてもネームドにしても、高難度ステージやダンジョンであればある程に、適正レベルの目安となる耐久面と火力では図り切れない、能力としての厄介さも目立つようになってくる。ただでさえ、DBOでは悪辣な能力、周囲を薙ぎ払う全体攻撃持ち、2回戦などが跋扈する。その中でも個体ごとの持つ能力はデスゲームという檻にいるプレイヤーにとって大きな障害となる。

 だが、それ以上にプレイヤー側が高レベル帯になればなるほどに戦々恐々するのは『AIの強さ』である。基礎性能の高さと能力を十全に活かすAI……特に『まるで生きているかのようなAI』は、その強さは『目安レベル』では到底図れない危険性を孕む。

 たとえば、【竜殺し】のイヴァというネームドがいた。ステージ難易度と所在ダンジョンから、イヴァの強さの目安は『レベル55前後』と判断された。だが、実際にはレベル60にも近しいプレイヤーが複数いた部隊でありながら、五体満足で立っていられたのはプレイヤーでも『桁外れ』の戦闘力を持つとされるサンライス1人だけだった。

 イヴァは人型ネームドである。耐久面は異形系や獣系に比べれば『脆い』部類だ。だが、身の丈以上の特大剣をネームド性能で完全に操り、なおかつ剣に付与された能力、ソードスキルを駆使して、討伐部隊を瞬く間に崩壊させたのである。死者が出なかったのは、プレイヤー側の突出した戦力……俗に言うトッププレイヤー達の奮闘と湯水のように使用されたアイテムと魔法使いやヒーラーといった後方支援プレイヤーの奮闘があったからこそである。

 故に大ギルドとサインズは2つの警告をプレイヤーに出している。『ドラゴン系は迷わず逃げろ』・『人型に少数で挑むな』である。

 ドラゴン系はDBOでも桁外れの耐久力・火力・能力、更には飛行能力を持つ事が多く、絶対的な総火力が必要とされる。それこそ大ギルド級が討伐部隊を正式に組む必要がある相手である。それがドラゴン系のネームドであり、ボスである。竜の神などその最たるものと言えるだろう。

 では人型で少数で挑むなという真意とは? 実に単純である。考えればわかり切っている。人型は耐久にしても火力にしても他の別種のネームドやボスに比べれば劣る。だが、その代わりのように隙は圧倒的に少ない。回避を多用し、ネームド・ボス性能で猛攻をかけ、なおかつ小回りも利く。そして『まるで生きているようなAI』である確率も高い。故に人型ネームドの撃破のセオリーは『数による圧殺』である。そして、それすらもイヴァのような規格外を相手には大ギルドの部隊ですら絶対の勝利の布石にはならない。

 ならば、『高レベル帯』において、『単身』で、強力な『人型ネームド』に、それも『生きているようなAI』に遭遇した場合、いかなる結果が待つか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 至極当然……『死』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガウェインの間合いを詰める踏み込み。その速度にユウキは『反応しきれなかった』。

 DBOプレイヤーどころか全人類においても最高峰クラスの反応速度を持つユウキを以ってしても、まだ脳が戦闘の為にギアを上げきれていない開戦であるとしても、ガウェインの性能がまるで未知であったことを考慮しても、その踏み込みにユウキはコンマの世界で遅れた。そして、それは死に到達する遅延である。

 地を這うような剣先。どす黒く深淵の闇に濡れた壮麗なる銀の剣の刃に、ユウキは咄嗟にバックステップを踏む。鼻先を擦る剣先に込められたのは文字通りの一撃死の境界。蓄積した戦闘経験に基づく、半ば無意識に等しい後退が無ければ、この一閃でユウキの体は左脇から右肩にかけて切断されていただろう。

 

(この……やっぱり、なんて、ふざけた性能を……!?)

 

 纏まらない思考の中で、ユウキは冷や汗と脂汗を同時に垂らす。

 一目見た時に全身と脳を襲った感覚からガウェインの強さは分かっていた。油断はしていなかった。だが、ギアが入りきらなかったとはいえ、最初の一閃で無様な後退。それが意味するのはこのネームドの圧倒的としか言いようがない危険性。続く振り下ろしはまるで流れる川のように途切れることがない。本来ならば2撃目に入るはずの『溜め』とも呼ぶべき動作が無いのだ。

 まだ退ける。まだ下がれる。まだ後ろがある。そんな思考が頭に過ぎるも、発火する勢いで回り出した戦闘の歯車に促されるままにユウキが選んだのは『前進』。2撃目を自ら間合いに入り込む1歩で躱し、続く横一閃の薙ぎ払いを小柄な体格を活かして開脚するようにして身を屈めて回避。そこに間髪入れずにスノウ・ステインでガウェインの腹を薙ごうとするも、それを闇濡れの騎士は咄嗟の膝蹴りで軽量片手剣であるが故の軽さを見抜いたとしか思えぬ正確さと柔軟さで弾く。

 息が焼き焦げる程に感じるガウェインからのプレッシャー。剣の間合い内にいるだけで窒息しそうになる。これが並みのプレイヤーならば、恐怖心と生存本能のままにガウェインの間合いから逃げ出そうとして、それを逃さぬ騎士の一閃で以って両断されているだろう。

 しかし、ユウキは自らの利点を、強みを、戦い方を貫く。小柄さと高いDEX、そして弱点であるスタミナの低さを補うために彼女には対ネームド戦において、攻め続けるしかない。短時間で、無駄な回避をせず、迅速に相手の攻撃を見切り、最速最適の攻撃を当て続ける。それ以外にユウキのステータス構成ではネームドやボスに『単独』では勝ち目がない。

 そもそもユウキがCONを低く抑えて他のステータス……特にスタミナ消耗に直結する高DEXを保有するのは、彼女が対【黒の剣士】……つまりはプレイヤー戦だけに執着している点がある。同じく対プレイヤー戦慣れしているクゥリとの決定的な違いは、彼の場合は好き勝手に成長させ、獲得したスキルの利用の結果としてバランス……つまりは耐久面を除く比較的高水準の能力を確保しているのに対して、ユウキは手数を絞って少数のカードを強化するが故にアンバランス……明確かつ絶対的な弱点が存在してしまった点にある。

 確かに同じ『当たれば死ぬ』とも言うべき軽装かつ低VITであるとしても、2人は継戦能力という点において思考の方向性が異なる。

 ユウキはプレイヤー『1人』を殺しきれれば良いと執念を燃やす。対してクゥリはネームドやボスを『1人』で倒す事も可能であらねばならないと覚悟している。それが、ガウェインとの戦いにおいて、明確なタイムリミットをもたらす。

 戦闘開始から30秒経過。並の上位プレイヤーならば何十回殺されているかも分からない死地において、ユウキは左手に持つ影縫をようやくガウェインの横腹にヒットさせる。深淵で穢れた鎧より火花が散り、彼女の低STRでは押し切れないところを高DEXの踏み込みを利用して強引に振り抜く。

 ダメージは微々たるものであるが、確かに通る。そして、影縫のDEX下方修正効果が目に見えるほどではないが、確かにガウェインの速度を落とす。

 

「ランスロットォオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 尊敬するように、あるいは憎悪するように、もしくは懐かしむように、または怒りをぶつけるように、ガウェインは叫び散らしながら後退する。そして、空いた左手に黄金の雷光……奇跡の【雷の大槍】を発動させる。だが、それはカスタム機能があるプレイヤーが使用する魔法とは比較することも烏滸がましいネームド仕様だ。放たれた瞬間に最高速度に到達し、微細なホーミングを持ちながらユウキに直進する。

 だが、今度はユウキも体を木の葉のように揺らして、最小限の動きで躱しながら奇跡の発動で隙を晒したガウェインに斬りかかる。だが、これも闇濡れの騎士はバケモノとしか言いようがない速度で剣を掲げてガードし、受け流し、ユウキの顔面を割るべく切り返す。そして、それを更にユウキが影縫の歪んだ爪のような刃で絡め捕り、低STRと決して高くない耐久度から影縫ごと切断されない刹那の見切りで軌道を反らし、今度こそ完全なる隙を『作った』ところに片手剣を喉元に滑らせる。

 だが、ガウェインは大ダメージを狙える鎧と兜の隙間を狙った一閃を左手で『掴む』。ユウキの剣戟が刹那の見切りであったならば、もはやガウェインの見切りと判断はノータイムに等しい。

 折られる! そう感じた瞬間にユウキは影縫でガウェインの鎧の傷痕、守られていない内部に影縫を突き立てる。それはガウェインを僅かに怯ませ、その隙に体ごと独楽のように反転させて白刃取りされたスノウ・ステインを引き離し、間合いを取り直す。

 これでもかと主張する弱点であった鎧の傷痕。そこから膿んだ深淵の泥が血肉と混ざって垂れ流されている。ガウェインは人ならぬ咆哮でユウキを睨む。

 

「裏切りの騎士、討つべし! 討つべし! 討つべし! 深淵狩りの誇りにかけて!」

 

「本当に! 話が通じないくせに! この剣術と体術は反則でしょ!?」

 

 流れるような連続突き。そこに組み込まれたのは奇跡【雷の竜顎】。竜の弱点である雷であるはずなのに、ガウェインの左手で竜の大顎のように模された雷撃が解放される。近接用奇跡は数が少ないが、その中でも雷の竜顎は強力な一撃を生み出せるアンバサ戦士の近接切り札の1つである。だが、プレイヤーがどれだけ発動速度を強化しても数秒の溜めが必要なのに対し、ガウェインのそれは1秒未満。ユウキが足首を軸にしたターンでガウェインの背後に回り込めなければ、彼女の上半身は雷撃の竜に食い千切られていただろう。

 だが、それすらも囮。ガウェインは張り付き続けるユウキを払うべく、フォースを発動させて周囲を吹き飛ばす。ダメージが伴う神の怒りでなかった事を喜ぶべきか、それともプレイヤーの怨嗟が飛ぶほどの発動速度に舌を巻くべきか、吹き飛ばされたユウキは即座に体幹を掌握し、バランスを保つべく全身の力をコントロールし、ふわりと飛ばされた先の円柱の側面に着地すると、即座に跳んでガウェインに斬り込む。それは今度こそガウェインの兜ごと頭を両断したかに見えたが、これをガウェインは半歩左下がって躱し、逆にユウキの顔面を蹴り飛ばす勢いのローキック、それを躱されると見抜いての踵落としへの派生、更にユウキが地を滑るようにして紙一重で避ければ、モンスター専用スキル≪ハウリング≫で人間ならぬ咆哮でユウキを強引に押し飛ばす。

 基本的にNPCと人型はモンスターでも≪ハウリング≫を使用してくることは無い。ならば、ガウェインは既に人ならぬ存在になったという証明か。付随効果が恐ろしいハウリングをまともに受けたユウキはデバフの闇属性防御力低下に安心する。元より何を受けても致命的な大ダメージは免れないのだ。ならば、闇属性防御力が低下しても問題はない。

 間合いを引き離したガウェインは左手に雷を溜めて地面に打ち付ける。発動したのは奇跡【雷蛇】。呪術師が奇跡を曲解して生み出したとされる、火蛇と同様に連続して雷柱が発生しながら対象を追尾する、雷版火蛇である。

 追尾を振り切る速度をユウキは持つ。だが、その軌道を見切るガウェインの剣士としての実力は並大抵ではない。故にユウキが狙うのは相手の策に乗った上でのカウンター。

 

(え?)

 

 だが、その時『重なる』。ガウェインの構えが……ユウキが愛する白の狩人と重なる。

 それは右手1本、まるで槍のように突き出した剣を滑るような踏み込みで放つ突進突き。これを『先読み』できたのは、ユウキがその剣技を知っていたからだ。初めてまともに入った斬撃はガウェインの傷痕に奇麗に入り込み、そのHPを多めに削る。

 しかし、終わらない。ガウェインが続いて放ったのは斬り払いながらの後方への退却跳び。まともに浴びれば宙に浮いてしまう程の火力を秘めた剣技であるが、これもユウキは『知っている』が故に先んじて躱せる。

 

「どうして、クーの剣技を……」

 

 ネームドが使えるの? だが、それを追究する暇などガウェインは与えない。今以って拮抗しているように見えるが、ガウェインの攻撃は常に一撃必殺。対してユウキの攻撃は着実に削るにしてもペースが鈍い。

 辛うじて剣速に限ればユウキの方がガウェインよりも先んじている。だが、ガウェインは有無を言わさぬ威圧する剣技と奇跡のコンビネーションでそれを潰してくる。仮に斬れてもネームド性能を活かして反撃に容赦なく転じてくる。

 

「どうした、ランスロット!? 貴様の実力はこの程度か!? ぬるい! ぬるいぬるいぬるい! 私を侮辱するつもりか!? 情けをかけるつもりか!? 我が誇りを凌辱した貴様にかけられる温情など反吐が出る! アルトリウスの剣技の深奥、それに届いたとさえ謳われた貴様の実力がこの程度であるはずがない!」

 

 そして、1人で激昂するガウェインは左手で右手の大剣にエンチャントを施す。雷撃を纏った大剣から闇が弾き飛ばされ、本来の銀色が輝いたように見えたのは一瞬。すぐに深淵が絡みつき、雷撃をどす黒く染める。

 突進しながらの薙ぎ払い。それに撒き散らされる深淵の雷撃が付与され、ユウキの回避スペースは激減する。

 それは一見すれば、追い詰められているかのような状況であるが、何故かユウキにはガウェインの動きが余計に読みやすくなる。

 先程までのガウェインよりも、剣技に『深み』と呼べるものが薄れているからだろう。速度も火力も増した分だけ、攻撃が単調化している。まるで獣が怒り狂うままに爪を振り回し、牙を鳴らしているかのように、その斬撃に冴えが無い。

 単純に怒りで我を忘れているだけではない。ユウキは逆手に持ち替えたスノウ・ステインで、完璧に横腹を薙ぎ払う。そして、そのまま可能と判断して、十八番の≪片手剣≫の突進系ソードスキルであるスターライトを発動させる。ユウキを追って反転しながら大きく振りかぶったガウェインの傷痕、その胸にライトエフェクトの極光を纏った突きが入り、更にユウキはスターライト特有の追加派生の突きで更に流星の如く刃を押し込む。

 強力な突進系ソードスキルを至近距離で胸部中心、それも追加突きまで叩き込まれたとなれば、ガウェインもスタンせずとも膝を突く。その間にソードスキルの硬直時間から脱したユウキは、顔面を濡らす汗を散らしながら、全身から疲労を搾り出すように息を荒くする。

 過去最強。ユウキはこれまで出会った全ネームド・ボスで最強の存在であるとガウェインを認知する。まだ戦闘開始から10分も経過していないのに、ユウキの集中力は限界寸前まで擦り切れている。

 だが、分かる。この攻防の中でユウキは確かに強くなった。死線を踏み越える為の力を感じ取った。疲弊しながらも高揚する精神がユウキの顔に獰猛な笑みを作らせる。

 

「楽しい! 楽しいよ、ガウェイン! ありがとう! ボクはまだまだ強くなれる! この力で【黒の剣士】を倒す!」

 

 きっとクーはこの極地の『先』にいる! ユウキは歓喜して、大剣のエンチャントが剥げたガウェインに連続で斬りかかる。今度のガウェインは防戦に転じてのカウンター戦法。当初の冴えを取り戻している。不安定な思考はランスロットへの憎悪か、それとも蝕む深淵によるものか。どちらでもユウキは構わなかった。

 ガウェインのHPバーは2本。まだ1本目は半分も切っていない。ユウキの軽量片手剣ではどうしても1発が軽い。だが、それを補う剣速が着実にダメージを増幅させ、闘争を求める精神の昂りが危うい1歩を踏ませて深く斬り込ませ、耳を掠める突きと交差しながら射出した影縫の歪んだ刃がガウェインを抉り続ける。

 しかし、ガウェインの眼光が一瞬だが確かな『理性』を取り戻した瞬間、ユウキの攻める剣をガード一辺倒だったところでパリィするように流れるように弾き上げられる。油断なき猛攻だったユウキを超す、『耐える剣技』を見せつけたガウェインの前で致命的な隙を晒したユウキの胸部に掌底が叩き込まれる。

 肺が押しつぶされ、肋骨が粉砕され、血の泡が吹き出す。そんな幻覚がユウキの脳髄を駆け抜け、背中から石柱に叩きつけられる。痛覚遮断のお陰で痛みはなくとも、DBO特有のダメージフィードバッグの強烈な不快感はアバターの掌握を乱す。

 

(あそこで打ち込む、なんて……ちょっと予想外、だったかな)

 

 途切れ途切れになりかけた思考の中で、ユウキは口内に溜まった赤黒い光を吐き散らす。だが、ユウキは直感する。本来ならば、ガウェインは掌底ではなく斬撃を繰り出すだったはずだ。ならば、彼にそれを『させなかった』。ユウキの剣技とスピードが彼の『耐える剣技』の許容を僅かでも超過していた証明である。それを握りしめて、ユウキは5割半も減ったHPから目を外す。

 そして、ガウェインは『消える』。だが、ユウキは類稀なるフォーカスロック能力……対象補足に関して優れた才覚を持つ。それは初見のレギオン・シュヴァリエを捉え続けた程である。彼女の目はガウェインが大きく宙を飛び、そして急行落下しながら突きを放つのが見えていた。

 無様でも前転するようにしてユウキは必殺の落下突きを躱す。ガウェインの着地と同時に床に潜り込む大剣が奏でるのはもはや音の爆発である。そして、更にガウェインが剣を押し込めば、彼の周囲で雷撃が発生して渦巻く。今のをチャンスと見て囲い込もうとすれば正しく一網打尽にされるだろう。

 1対1と1対多を同時に追究した剣技とバトルスタイル。そこにユウキはある種の美学と寂しさを覚えたのは何故だろうかと思い、そして至る。

 

(そっか……クーに似てるんだ)

 

 きっとガウェインはこれまで単独で戦い続けてきたのだろう。

 だからこそ、彼は『友』の裏切りが許せないのだろう。

 漠然とだが、死闘の中にいるからこそ、愛する白の狩人に似たものを感じ取ったからこそ、ユウキにはそう思えてガウェインを哀れむ。

 深淵狩り。ユウキも詳しくは知らないが、【深淵歩き】アルトリウスを始祖とする深淵を敵視し、戦い続ける者たちをそう呼ぶ。噂ではプレイヤーも誓約を結べるとされているが、シークレットの類なのか、今もって大ギルドもクラウドアースも発見できていない。しかし、深淵もまたDBOの重要なキーワードなのは確かだ。

 

「ランスロット……どうしてだ……どうして裏切った? たとえ血は繋がらずとも、我らは聖剣に深淵狩りの誓いを結んだ兄弟。いずれかが深淵に呑まれた時には、友の名誉にかけて討ち果たさんと約束しただろう!? 何故……何故、深淵に与した!? 答えろ、ランスロットォオオオオオオオオオオオ!」

 

 またガウェインの剣技が粗暴になる。その度に傷口から溢れる深淵の泥が床を汚染している。踏めばレベル2の毒が蓄積するも、ユウキは怯えずに、むしろチャンスとばかりにガウェインの間合いに入り込む。

 この剣では『駄目』だ。確かにガウェインは強い。この状態でも強い。だが、彼の真の強さはこの暴れ回るだけの粗暴な剣技ではない。あの『耐える剣技』の内で見せた、ユウキに一撃を叩き込んだ、あの時こそがガウェインの真の実力! ユウキはそれを追い求めて、影縫を鞘に戻すと雷刃ナイフを投擲する。飛来するそれらを一閃で弾くも、ディレイをかけた2本がガウェインの胸に突き刺さり、雷を発する。

 だが、ガウェインは左手を大剣の柄に添え、まるで祈るように剣先を天に向けて正面で構える。すると、深淵の闇ではあるが、黒を帯びた紫色がガウェインに集まり始める。

 

「我ら深淵狩りは深淵を覗く者。故に深淵の力を借り、深淵を討つ! アルトリウスよ! あなたを蝕んだ深淵を……今ここに!」

 

 身体強化の類か。ガウェインの動きが1段階上昇する。ユウキは更に反応速度を引き上げるように意識を集中させていく。黒色を帯びた紫のオーラを纏ったガウェインはこれまで以上の苛烈な攻撃を見せる。そして、1拍の踏み込みの後に宙を跳んだかと思えば、かつてバトル・オブ・アリーナでクゥリが披露したのと同様の連続縦回転斬りを繰り出す!

 1回、2回、3回、4回と追尾する縦回転斬りが着実にユウキを追尾し、その身を削ろうとする。どれだけのバランス感覚があればこんな人外染みた剣技を操るに至れるのか、ユウキには想像もできない。5回目と同時にガウェインはフォースを放ってユウキを吹き飛ばそうとするが、それを見切った範囲ギリギリで飛ばされるのを防ぐ。

 ガウェインのHPバーは1本目が残り3割。深淵を纏ってから耐久面が劇的に上昇している。もうソードスキルを当てた程度では怯みもしないだろうとユウキは確信する。だが、この手の強化は無限ではない。時間制限があるならば、切れた時こそがチャンスである。

 ユウキが回避に徹すれば徹する程に、ガウェインは彼本来の奇跡を組み合わせたコンビネーションではなく、粗暴に剣を振り回すばかりとなり、その口はもはや人語を操らず、獣のように咆えるばかりとなっていた。

 

「ランスロットォオオオオオオオオオ!」

 

 それでもなお、ただ1人の名を呼び続ける執念。それに気圧されるように、ユウキが後退すれば、背中に石柱が触れる。

 後退することはもうできない。前にしか逃げ場がない。ガウェインは僅かな溜めの動作の後に、強烈な回転斬りを繰り出す。だが、それは回避の誘い。これを屈んで躱せば、即座に叩きつけるような斬撃が脳天を狙うと判断し、ユウキは踵で石柱を削るように蹴り、石柱を登るように体を『上』に逃がす。

 必殺の回転斬りを避け切ったユウキに、ある種の驚嘆をガウェインは漏らすような吐息が零れた。再び知性の欠片を取り戻したように、ガウェインは左手に雷撃を溜めて雷蛇を発動させる。追尾する雷柱から逃れながら、ユウキは最大リーチを誇る【ソウルの特大剣】を使用してガウェインを間合い外から斬りつける。だが、ソウルの特大剣の剣先ギリギリのヒットともなればダメージは必然として小さい。むしろ、ソウルの特大剣の発動の分だけユウキが隙を晒したことになる。

 それを逃さず、ガウェインは知性の灯が揺らいでいる内に、大剣を掲げて全身に山吹色の光を纏わせる。奇跡の生命湧き……オートヒーリングの付与である。

 プレイヤーと同種の奇跡を使うならば回復系も間違いなくすると分かっていた。だが、ユウキにそれを阻止するだけの1発の火力もなく、またソードスキルを撃ち込めるだけのスタミナの余裕も無い。ガウェインのHPはじわじわと回復し、積み重ねてきたダメージは治癒されていく。

 だが、生命湧きの代償で深淵纏いは剥げた。火力とスピードは落ちている。だが、それでも驚異的な運動能力は高水準であり、また剣技の冴えも取り戻している。

 余りにも強さの波が激し過ぎるネームドだとユウキは、飛び散る汗の中で回避しながらも斬り込みながら感じる。ガウェインはその強さがまるで安定していない。故に攻められる時は徹底的に攻められるだけの隙があっても、攻められない時はまるで攻められない。

 右から左への薙ぎ払いから続く回し蹴り。そして、その間に左手に溜めた雷の大槍を投げずに近接技としてユウキに直接叩き込もうとするガウェインであるが、何かを感じ取ったように踵を鳴らして跳び退く。

 それはガウェインという戦士の直感。敏感なる死の察知である。

 だが、その反応は1歩遅れた。いや、むしろ『読まれた』と呼ぶべきだろう。退避したコースでガウェインを待ち構えていたかのように空間が歪む。

 

 

 

 

 そして、青い光の斬撃の檻がガウェインの全身を刻み付けた。

 

 

 

 

 

 青黒い血飛沫のように各所から噴き出したガウェインは忌々しそうに獣の如く咆える。その知性無き眼光の先にいるのは、顎髭を撫でる赤バンダナの男の姿があった。

 

「よう。苦戦しているようだな」

 

「ボス! 邪魔しないで。これはボクの――」

 

「これは殺し合いの戦だ。騎士の流儀に合わせて1対1に拘る理屈があるか? 無いだろうが。オメェの悪い癖だ。ここには『仲間』がいるんだ。1人で無理せず頼りやがれ」

 

 ガウェインがターゲットをユウキから赤髭に切り替え、跳躍と共に全身を反らして溜めた薙ぎ払いを繰り出す。だが、赤髭はそれを滑らかな1歩の踏み込みから繰り出した居合で逆に斬りつけ、なおかつガウェインの着地に合わせて更に胸を横に一閃する。

 ユウキのような超人的反応速度でもなく、クゥリのような未来予知にも等しい本能察知でもない、繰り返された死闘の内で身につけた喧嘩殺法にも等しい剣術。赤髭はそれを見せつけるようにユウキの前でガウェインに2発もクリーンヒットの斬撃を放った。

 

「俺はよぉ、数の利でボコるのは実を言えば好きじゃねぇんだよなぁ。だけど、アンタは本気を出さないとこっちが死んじまいそうだ。合わせろ、ユウキ。俺が≪無限居合≫でダメージを稼ぐ。オメェはスタミナが切れない程度に攪乱に徹しろ。その間にコイツの動きを俺は憶える。言うまでもないが、『巻き込まれるな』よ」

 

「……りょーかい」

 

 ボスの命令は絶対だ。ユウキはガウェインとの甘美な死闘に没頭していた頭を切り替え、ここからは赤髭とのチームワークによる『討伐』に思考を変質させる。

 このままガウェインと戦い続けていれば、更なる成長は遂げられたかもしれないが、スタミナという弱点があるユウキでは底知れない闇濡れの騎士を倒しきれたかどうかは分からない。いや、むしろ倒しきれない算段の方が大きかっただろう。ならば、赤髭の参戦は素直に喜ぶべき事なのだろうが、口惜しさは拭えない。

 ユウキ単独でもガウェインはギリギリ抑えられる。突破力に物を言わせれば間合い外にいる赤髭を狙うこともできるだろうが、それを許す男ではないとユウキもまた熟知している。

 居合からの抜刀。同時にガウェインの周囲が歪み、ユウキは一呼吸の暇もなく赤髭の攻撃……『間合い外に斬撃を繰り出す』というユニークスキルに冷や汗を垂らす。

 単純な戦闘能力だけならば、過信でもなくユウキはボスを上回っていると断言できる。だが、ボスの恐ろしさは培われた戦闘技術を動員したトータル能力の高さにある。常にいかなる場面でも十全に能力を発揮できる。そこにユニークスキル≪無限居合≫が加われば、その強さは正しく武闘派犯罪ギルドのチェーングレイヴの頭に相応しいものとなる。

 まずは遠隔の間合いに斬撃の檻を作り出す、≪無限居合≫専用ソードスキル【五月雨】。≪無限居合≫はその名のとおり、全ての発動には居合の動作が必要になる。そして、五月雨は≪無限居合≫の基本的な専用ソードスキルであり、溜めの時間が長ければ長い程に、強大かつ大規模な斬撃の檻を作り出せる。大き過ぎれば逆に隙間が広がって偶然回避され易くなるのが難点であるが、間合い外からの範囲攻撃は脅威以外の何物にもならない。

 そして、≪無限居合≫の攻撃は全てが無属性である。故に苦手とする相手も無く、常に一定のダメージを与えることができる。たとえ、ネームドでも≪無限居合≫は簡単には躱しきれない。

 だが、ガウェインは早々に≪無限居合≫の兆候……五月雨が発動する前の空間の歪みを感知するようになり、3回目の五月雨を掠らせるに留める。だが、回避コースは必然と限られ、ユウキは回り込んでガウェインの鎧の傷痕を撫でるようにスノウ・ステインを潜り込ませる。怯んだガウェインの背後を取った赤髭がユウキを援護すべく斬りかかる。

 赤髭の得物は【剛刀・羅刹丸】。総体的にTEC補正武器である≪カタナ≫であるが、羅刹丸はSTR補正の高いカタナだ。重く、分厚く、そして堅牢。カタナではあり得ない程の耐久度を誇る。ただし、カタナ特有のクリティカル補正は低めである。

 だが、羅刹丸の真の能力は別にある。赤髭がカタナを軽く振るえば、刃は鈍り、悲鳴を上げるような金属音と共に刀身が黒色になっていく。そして、豪快に振るえば鎧を砕く勢いの轟音が鳴ってガウェインはノックバックする。

 純斬撃属性であるカタナを『純打撃属性』に転じさせる。これこそがソウルウェポン……剛刀・羅刹丸である。ボス曰く『ちょいと頭がおかしい鍛冶屋にゴーレム用素材を横流しして作らせた』らしく、ボスも使いこなすのに時間をかけた名刀にして妖刀は伊達ではない。

 だが、打撃属性モードの羅刹丸は重量が大幅に増加するらしく、ボスでも両手で持たねば操り切れない。また必然として剣速は鈍る。だが、高まったガード性能を活かして真正面からガウェインの薙ぎ払いを受け止め、火花を散らす。

 

「ぬぉおおおおおおおおおおお!」

 

 身を焼くほどの火花が生まれながらも赤髭はガウェインの斬撃をそのまま受け流し、雷光を纏った左手の拳打に合わせて自身の左手を突き出す。

 真正面からのクロスカウンター。ボスの顔面で雷撃が飛び散る打撃が炸裂し、ガウェインの腹に赤髭の拳が突き刺さる。赤髭の左手には金属製の籠手が嵌められている。装備としての格闘装具ではなく防具なので補正は低めであるが、それでも格闘攻撃の威力を高めるだろう。

 

「悪くない拳だったぜ、騎士さんよぉ! だがな!」

 

 打撃モードの羅刹丸で動きが僅かに鈍ったガウェインの顔面を殴り付け、更に左拳をお見舞いしてから膝蹴りに繋げる。ユウキがすかさず背後に回って援護で出の速い≪片手剣≫の回転系ソードスキル【リ・スパークレイン】を繰り出す。溜めの動作を差し込まない威力は低い2連回転斬りのソードスキルであるが、人型のネームドであるガウェインに深々とフルヒットすればスタン蓄積は十分だ。ガウェインをスタンさせたところに≪格闘≫の現行最高峰単発系ソードスキル【覇王拳】を繰り出す。

 ダメージ覚悟の連撃。常人ならばクロスカウンターの時点で脳が攻撃の続行を禁じるだろう。だが、赤髭には攻め切れるだけの自信があった。ユウキならば最適解のソードスキルで援護するだろうと見込んでいた。ユウキには出来ないダメージ覚悟のカウンターから、捻った腰と3秒の溜めという対人・対ネームドでは絶望的命中率とされる破壊力1点強化のソードスキルが解放されてガウェインは大きく吹き飛ばされる。

 

「俺『達』を殺すには、拳に『魂』が乗ってねぇんだよ。出直しやがれ」

 

 顔面の半分が雷撃で焼き潰れたようになったボスに、ユウキは無言で止血包帯を投げる。HPが8割消し飛び、顔面の欠損で急速にHPが減っている赤髭は更にレベル2の感電状態だ。あのままガウェインの攻撃が1発でも入れば即スタンして死亡は確定だっただろう。

 明らかに赤髭のテンポにガウェインは乱されている。元よりこの門番ネームド戦……各個撃破を目的とするならば、単体のネームドの目安レベルは低めに抑えられていると見るべきだろう。奇しくもネームドのギミックこそがギリギリで、個々人の実力が高いメンバーだからこそ、首の皮を繋げているとユウキは分析する。もちろん、そのメンバーの中にレコンは含まれていない。レベル・実力・装備の3拍子でダントツの最下位である彼が単身でこの強制分断戦で生き残れるはずがないとユウキはガッツポーズである。

 だが、だからこそガウェインの存在は際立つ。ガウェインの実力は単体ネームドとして出現してもおかしくない……いや、DBOでも稀有な部類の強さだ。耐久面を調整すれば、ボスとして出現しても何ら不思議ではない。タイマン仕様が際立つのは門番ネームドのギミックのせいか、それともガウェインのバトルスタイル故にか。

 着実に、秒速でガウェインの動きは荒くなっている。本格的に絞り出される声は獣の慟哭と区別がつかなくなっている。ユウキが回避メインでガウェインの斬撃を誘い出せば、赤髭が隙を見て空間斬撃を、ユウキに喰らい付けば赤髭がスイッチして純斬撃・純打撃を切り替えられる特殊なカタナで翻弄する。

 もうガウェインのHPバーは1本目が残り1割未満である。だが、ここでガウェインは連発フォースでユウキ達を遠ざけると、片膝をついて祈りの姿勢を取る。それに彼らは回復系の奇跡の発動だと察知して跳びかかるも、ユウキの剣では軽過ぎて削りきれず、赤髭の突きが届くより先に、ガウェインのHPはその包み込む光と共に3割も回復してしまう。

 アンバサ戦士の本領である奇跡を用いた粘り強さ。回転斬りでユウキ達を遠ざけたガウェインはもはや狙いもつけずに雷の大槍を連発する。ホーミング性能は失ったようであるが、速度がその分だけ増し、1回でも射線の見切りを誤れば直撃して大ダメージを受けるのは確定だ。

 だが、ユウキも赤髭も死線を潜り抜けた猛者であり、DBOでもトッププレイヤーに数えられる。闇雲な雷の大槍の連発は彼らからすれば、逆に体勢を立て直すチャンスに他ならない。

 赤髭が砕いて使用したのは【古竜戦士の護符】だ。彼らは竜の天敵である雷への対策を怠らない。この護符を使用する事により、一時的に雷属性防御力を高める。ユウキもアイテムストレージから【ナグナの黒丸薬】を取り出す。ヨルコが作っている薬品の1つであり、闇属性防御力を高める。

 居合の構えを取った赤髭を隠すようにユウキは前に出ると、影縫を射出し、ワイヤーで繋がった歪んだ刃を操る。蛇の如く不規則な軌道で襲い掛かる影縫をガウェインは避けるまでもなく、神速の踏み込みでユウキを斬りにかかる。だが、そのキレはユウキが反応しきれなかった初見とは見比べるまでもなく鈍い。十分に彼女の反応速度で捉えられる範疇であり、逆にユウキは突きでガウェインの腹を貫くカウンターを決める。

 即座に剣を抜いたユウキを追うようにガウェインは大剣を持つ右手を振り上げるも、何かに反応するように引き下がる。そして、彼がいた空間を青の光の斬撃が囲う。

 ≪無限居合≫五月雨の完全なる回避。そう傍目には映ったかもしれないが、ボスの剣技を知るユウキは逆にガウェインが罠に引っかかった事を悟る。発動した青い光の斬撃は五月雨と違って空間に居座り続けているからだ。

 空間に残留する斬撃、≪無限居合≫の特殊ソードスキル【春雨】。それは続々とガウェインの周囲で発動し、彼を取り囲む檻を作り出す。これで逃げ場はなく、安易な退却はできなくなったガウェインがダメージを受けない為には前に突き進むしかない。

 

(やっぱりボスは頼りになるけど、≪無限居合≫はソードスキル系のユニークスキルだからスタミナの消費が前提になる。連発したら……)

 

 もちろん、スタミナ消費量の計算が出来ない赤髭ではない。ガウェインを倒しきる算段を立てての連発だろう。だが、予想外にガウェインが理性と知性を失った状態でも……いや、だからこそ形振り構わず粘っているのは予想外のはずだ。

 ユウキが使用したソードスキルは2回。スターライトは決して軽くないスタミナ消費量だ。回避する為の高速運動もまたスタミナの消費を加速させている。

 ガウェインに大ダメージを与えられる『切り札』……マザース・ロザリオはある。だが、それを使用すればユウキのスタミナは完全に尽きるだろう。トドメ以外では使用できない。

 と、そこで再び無謀にも思える程に、赤髭が飛び出してガウェインに突進する。それに相対するガウェインは剣先で床を削りながら、豪快に斬り払いを繰り出す。

 

「そいつはもう見切ったぜ!」

 

 だが、赤髭は待っていたとばかりに、カタナに鈍い灰色のライトエフェクトを纏わせる。≪カタナ≫のEXソードスキル【空蝉】である。カタナで発動するパリィのソードスキルであり、強烈な斬り払いで相手の攻撃を弾き飛ばしてパリィ状態にする。赤髭が持つ切り札の1つであり、習得条件はボス以外知らない。

 人型のネームドならば、あるいはパリィも可能だろう。ましてや、ガウェインはせいぜい身長2メートルであり、体格もプレイヤーと変わらない。だが、それでもパリィ可能であるかどうかは完全な不明だったはずだ。それは自分の命を使った賭けであり、赤髭のこれまで潜り抜けた修羅の経験が成す必然の見極めである。

 スタン状態と同じく大きな隙を晒したガウェインに、赤髭はカタナを突き刺す。大ダメージが入り、一気にHPバーの1本目が消し飛んだガウェインが両膝をついた。そして、カタナを抜いた赤髭は残心するように退避して一息入れる。

 

「ふー! ちょいと肝を冷やしたな」

 

「……ボスも本当に大概だよね」

 

「博打はリスクが大きければ大きい程にリターンも映えるってもんさ。真似するんじゃねぇぞ?」

 

 カタナにこびり付いた深淵に染まった体液を振り払った赤髭はバンダナを湿らせる汗の分だけ、奪い取ったダメージの重みを主張する。空蝉は盾や曲剣といったパリィ系ソードスキルに比べれば命中率も高いが、スタミナ消費量は甚大だ。これに≪無限居合≫の消費分が加われば、ボスが戦える時間はあまり残されていないとユウキは判断する。

 ここまで焦って攻撃せねばならなかった理由は、他でもないガウェインの粘り強さだ。何としてもHPバーを削りきって、2本目に突入させる必要があった。ネームドやボスの常として、1度消費しきったHPバーは回復しない。これでガウェインの残りのHPは残された1本分のバーだけだ。

 だが、多くがそうであるように、ネームドとは最終バーこそが本番である。ガウェインは左手に黄金の雷を集めると、それを剣の形状に変化させていく。

 銀の大剣と雷剣の二刀流。それがガウェイン本来のスタイルなのか。更に深淵纏いも発動し、その全身に黒ずんだ紫色のオーラが纏わりつく。

 そして、その変異は突如として始まった。

 兜の隙間から髪が伸び、それは鬣のようにざわつく。鎧を砕きながらその体格が膨張して5メートル級にまで達し、深淵の泥が鱗……あるいは新たな鎧のようにガウェインに纏わりついていく。

 その口から漏れたのは、もはや人の名残無き怪物の咆哮。そこに深淵狩りのガウェインはいないとユウキは断じる。それを証明するように、ネームドの名前が変化する。

 

 

<深淵の魔物、ガウェイン>

 

 

 そこには『人』の尊厳など残されていない。ただの『獣』の蠢きと咆哮があるのみ。

 4本脚となったガウェインの姿はまるでケンタウロスのようだ。だが、その巨体を支える4脚の指は醜くも確かな人の指であり、兜と一体化した頭部は横に割れて黒い牙を見せつけ、赤く太い舌が蛇の如く揺れる。弱点だった胸部から腹にかけての傷痕は健在であるが、そこには多くの目玉が埋め込まれており、まるでカエルの卵が生まれる瞬間を待っているかのような膨張と縮小を繰り返している。

 

「ボスのプランは? もう≪無限居合≫でも怯みそうにないけど?」

 

 おそらくは怪物化に伴って耐久力と火力は大幅に強化されているだろう。その分だけ懐には跳び込みやすく、またガウェインの剣技が十全に発揮されるとは考え辛いが、それでも、よもや怪物化とは2人の予想を超えていた。

 デーモン化を使えば、あるいは? ユウキはスタミナ量を計算し、ガウェインがこの状態でも奇跡を使用できるならば、その粘り強さが健在ならば、ボスと2人がかりでデーモン化を使えば攻め切れるかもしれないと計算する。

 演出のように佇むガウェインを前に、ボスは汗だくかつ顔の半分を覆った止血包帯を撫で、そして笑う。

 

「逃げるぞ」

 

「へ?」

 

「逃げるんだよぉおおおおおおおおお! こんなバケモノ相手に真正面からやってられるか!」

 

「はぁあああああ!?」

 

 脇目も振らずに180度身を翻して猛ダッシュする赤髭を、ユウキは1秒遅れで追いかける。DEXが上であるユウキは即座に並走するも、背後から唸り声と共に4脚を如何なく発揮して猛追するガウェインの、その雷剣から放たれる雷球と闇濡れの銀剣から飛び散る闇の飛沫を回避し、あるいは円柱を盾にして防ぐ。

 ここに来て逃亡とは、何を考えているのか? ユウキが反論を飲み込みボスの指示に従うのは、必死に逃げる無様と思える姿でありながら、ボスの口元は不敵な笑いが絶えていなかったからだ。

 

「なぁに、心配すんな。これだけ派手に暴れ回ったんだ。『餌』は十分のはずさ」

 

 ガウェインが通れない細い階段を駆け上がるも、別ルートから回り込んできた深淵の魔物は2人を待ち構えていたように、体格に合わせて巨大化した銀剣を振るう。左右に分かれた2人であるが、ガウェインの左腕側に逃げたユウキは続く雷剣の振り下ろしと対峙する。

 紙一重の回避は駄目だ。ユウキは大きな跳躍をして雷剣を掠めさせながら、ガウェインから大きく跳び退く。それが成功だったと示すように、雷剣は地面と接触した瞬間に雷撃を拡散させる範囲攻撃となる。叩きつけ全てに地面を走る雷撃が付与されているならば、張り付くにしても左側は危険だろうと情報を纏めて、ユウキは再びボスと合流する。

 ここには見覚えがある。ユウキが周囲を見回せば、そこは以前休憩した8方向に階段がある広間だ。あの時のような廃墟感はなく、本来の金銀で彩られた優美かつ豪奢な神殿の様相となっている。

 そして、そこで佇むのは1人の剣士。八相の構えを取る大剣に迸るのは禍々しい赤いライトエフェクトのオーラ。その身を覆うのは赤の鎧。睨みつける眼光は武人の殺気に満ちている。

 振り下ろされた大剣より放出されたのは赤い光の斬撃。それは空間を侵食するような亀裂を加えながら、ユウキと赤髭の間を突き抜け、追跡するガウェインを真正面から斬り伏せるギリギリで銀剣と雷剣を交差させてガードされたように見えたが、赤い光の斬撃はガードを『透過』してガウェインを縦に深々と切断する。

 HPの2割を一撃で吹き飛ばされたガウェインがダウンする。その間に赤い剣士はガウェインの懐に潜り込み、雄々しい赤の手甲……その掌で燃える呪術の火を握りしめる。

 呪術【焔の拳】。闘拳士が編み出したとされる呪術であり、発動して『溜め』のモーション中に魔力を消費し、その分だけ威力を引き上げる。燃え盛る炎を纏った拳がガウェインの腹に突き刺されば、そこから大爆発が生じ、前面を吹き飛ばす火炎を成す。

 ガウェインのHPは大きく削れ、ダウンから復帰すると乱雑に銀剣と雷剣を振り回す。だが、赤の剣士は恐れずに間合いに入り続け、雷剣が生じさせる範囲雷撃を浴びながらも、更に腹を深く斬りつける。

 深淵の泥が血のように飛び散り、周囲を絢爛なる絵画が描かれた床を汚染する。今度こそ退却した赤の剣士……ユージーンは、3割も削られたHPを気にする様子もなく、ユウキ達と並び立つ。

 

「フン。この程度、ヴェルスタッドと比べるまでもない」

 

「さすがはボスの単独撃破者。だけど、コイツを甘く見ない方が良いぜ。ウチの秘密兵器がかなり追い詰められてた相手だ。並のネームドじゃない」

 

「今はそんなに強くないけどね。時間経過と強化で逆に弱くなるなんて初めてだよ」

 

 ユニークスキル保持者が2人。これならばガウェインを倒しきれるのも時間の問題だろう。だが、ユウキは3人を前にしてガウェインの眼光が緩やかにだが、『何か』を取り戻しているような気がした。

 焦りを募らせながら、ユウキは≪剛覇剣≫で大ダメージを負ったガウェインの懐に入り込んだ。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

(拝啓、リーファちゃん。僕はここで死ぬかもしれません)

 

 そんな遺言を泣きながら、多量のアイテムが入ったリュックを捨てずに走り回るレコンを追いかけるのは、肋骨が浮き出る程に痩せた、高さ4メートル以上もあるミノタウロスだ。この【ゲヘナの看守】というネームドの武器は赤錆びた巨大な戦斧と左手の呪術の火である。闇術系呪術である黒炎や黒火球を連発してくる。幸いにもHPバーは1本だけであるが、ネームドらしい耐久力と火力があり、レコンでは単独ではどう転んでも勝ち目はない。

 走り回っていれば、何処かにいる誰かが騒ぎを聞きつけて助けに来てくれるかもしれない。そんな淡い期待に縋ったレコンだったが、現実は非情と言うべきか、妥当と言うべきかは悩みどころである。

 

「チクショウ! 戦ってやる! 戦ってやるさ! 逃げてても駄目だ! 僕はリーファちゃんを助けるんだぁあああああああ!」

 

 メイスを抜き、急ブレーキをかけて反転したレコンは追跡に没頭していたミノタウロスの虚を突く形で脇腹にフルスイングを命中させる。鈍い打撃音と共に黒い光が飛び散る。だが、ミノタウロスはメイスの一撃程度で怯むはずもなく、レコンを叩き潰す勢いで戦斧を振り下ろし、そのまま巨大な黒炎で焼き焦がそうとする。

 だが、レコンは奇跡の【鉄と銀の誓い】を発動させる。これは一時的に防御力を高めるバフを自分につける奇跡であり、物理・魔法・闇属性防御力を均等に高める。それはレベル不相応のレコンでは雀の涙ほどの加護に過ぎないが、それでも黒炎に炙られたレコンのHPをギリギリ1割の所で押し留める。仮に闇属性が付与された黒炎ではなく通常の大発火だったならば、レコンは間違いなく即死だっただろう。

 だが、全身が火だるまになれば、たとえ致死に至らずともパニックに陥るものである。痛覚遮断で痛みはなくとも、炎に炙られた感触と熱とダメージフィードバッグが合わされば、耐えられた事実よりも精神が先に限界を迎える。

 炎に炙られながらも、なおも攻撃を仕掛けられるプレイヤーなどDBOでも限られている。ならば、レコンの反応は極めて正常の類だ。悲鳴を上げて転がり回らなかっただけ、レコンは立派と言えるだろう。だが、それを評価して攻撃を鈍らせるような情も生温いオペレーションもミノタウロスは持っていない。

 ならば、レコンを助けたのは投擲された斧槍……それがミノタウロスの右目に深々と突き刺さったという単純明快な助太刀の一手のお陰である。

 

「やれやれ。この私が荷物持ちのお守とは、ババを引いてしまったな」

 

 どうしてレコンを守らねばならない? そう嘆息するのは、救世主たるダークライダーだ。彼は投擲して失った斧槍の代わりに、背中に差す2本の両手剣を抜く。

 

「ダークライダーさん!」

 

「私の後ろでガタガタ震えていろ、お荷物の荷物持ち。ここは戦士だけに許された宴の間。貴様程度は蛆も寄り付かん」

 

 酷い物言いであるが、レコンは気にするでもなくダークライダーの背後まで駆けると、深緑霊水をがぶ飲みし、更に奇跡の中回復でヒーリングを行う。何とかHPが安全圏まで回復したと信じたいレコンは、このレベル100級では全ての攻撃が一撃死の危険性を秘めているのだから、回復に何の意味があるのかという心の隅の自嘲を押し殺しながら、ダークライダーの援護をしようとアイテムを取り出そうとする。

 だが、レコンが見たのは、ミノタウロス相手に『一方的』としか言いようがない戦い方をするダークライダーの姿だった。

 斧を振り下ろせば、逆に足場にされて跳びかかられて肩を斬りつけられ、太腕を振り回せばその動きに合わせて背後をあっさり取られて両手の剣で十字斬り。黒炎を前面を焼き尽くす勢いで放出しても、その頃にはダークライダーは黒炎の範囲外にいて、二刀流から繰り出される踊るような回転斬り、続けてXを描く斬り上げ、反撃に転じたミノタウロスの黒炎を纏った拳の振り下ろしの間合いの奥に入り込んで躱しながら腹に剣を突き立て、そのまま左右に開腹するように斬り払う。

 

「なんとつまらん。火力以外に見るものなどない。レベル100級と言えども、耐久と火力を除けばこんなものか。やはり門番ネームドとガウェインこそが我が獲物に相応しい。ああ、心踊るぞ! 久しく倒し甲斐のある獲物と巡り合えてなどいないのだからな! だが、ガウェインは正気を失っている。さて、どのようにして正気を取り戻させたものか」

 

 目の前のネームドなど前菜にもならないと酷薄に告げるように、ダークライダーは流麗なる二刀流を披露する。それはユニークスキル≪二刀流≫を持つ【聖域の英雄】にも届き得る剣技の奥深さを秘めているのは、レコンでも十分に分かる。

 そして、ミノタウロスは明らかに『怯え』をダークライダーに見せている。斧の1発でも当てれば殺せるはずの、巨体のネームドからすれば余りにも小さな騎士を相手に、まるで巨竜を前にしたかのように後ずさっている。

 

「……荷物持ちよ、よく見ておけ。なまじ『命』があるからこそ、『弱さ』もまた露呈するという現実をな」

 

 剣風は嵐の如く、突きは槍衾、駆ければ目で追うのも難しい神速。ダークライダーの解体ショーによって、ミノタウロスは5分とかからずして撃破される。

 2本の両手剣を背負い、斧槍を再装備したダークライダーは生ゴミ……いや、呼吸をするだけの肉を見るかのように兜の覗穴から漏らす赤い光を細める。

 

「助けてくれて――」

 

「なんと無様か。口だけは一丁前。実力が伴わぬ蟻が何を咆えたところで、人心は動かせても、真なる脅威の前では役にも立たん」

 

 2メートル近い体格のダークライダーが見下ろせば、男性にしては小柄なレコンは大きく見上げる形となる。だが、レコンは感謝の言葉を遮られて浴びせかけられた辛辣な現実に、視線を下ろす。ダークライダーの眼を直視できずに喉を痙攣させる。

 これだけの戦力を集めたのは確かにレコンの周囲を鑑みない暴走の如き行動力のお陰だ。だが、彼自身はこの戦いでどれだけ役立つのかと問われれば、彼自身も『役立たず以下のお荷物』だと言い切るだろう。

 レベルはもちろん、装備も、実力も、何もかも足りない。心意気以外は不足という表現も生易しい。

 

「僕だって……僕だって強くなりたい。強くなりたいですよ! でも、僕はあなたとは違う! リーファちゃんとも違うんだ! そんな僕が皆との差を穴埋めするのは『これ』しかないんだ!」

 

 涙はない。この旅の同行にレコンは後悔などない。ならば、どれだけ無様でも、死が近くとも、歩き続けるしかない。それが彼らを集結させたレコンの責任だからだ。真っ直ぐにダークライダーを睨み返した彼の眼光に、漆黒の騎士は小さく嘆息する。

 

「……私はMHCPではない。故に貴様の心など分からない。同じく、貴様など生きようが死のうが興味も無い。だが、我が兄……エクスシアならば、きっと今の貴様にこう言うだろう。『戦いこそ人間の可能性。それを自ら否定した者に明日はない』とな」

 

 レコンに背中を向けたダークライダーは何かを探すように数秒だけ立ち止まり、歩き始める。レコンは彼の背中を追いかけながら、漆黒の騎士の言葉を胸の内で繰り返す。

 DBOはいつも甘く優しい理想を踏み躙る、残酷な現実を……暴力の真実を見せつけてきた。

 この世界はゲームであっても『ゲーム』ではない。VRゲームの一般化の中でも、今も生き残り続ける非VRゲーム……勇者のような能力を持ったキャラクター達が成す理想論の物語をレコンは胸で反芻させる。

 VRゲームはその特徴上、プレイヤーのロールプレイと実体験こそが最大の魅力であるが、ゲーマーには『シナリオ』を評価するタイプも存在する。自身の活躍ではなく、創作物としてキャラクターたちが織り成す物語を『操作する第3者』として楽しみたいというタイプだ。

 レコンもVRゲーム中毒ではあるが、こうしたジャンルのゲームには今も魅力を感じている。特にこの『シナリオ』タイプが強い日本ゲームは、今も確かな市場を持っている。むしろ、VRゲームに異を唱えるように『名作』が増えているともレコンは感じていた。

 きっとVRゲームを体験した多くのプレイヤーは気づいてしまうのだろう。どれだけシステムによって身体能力が強化されても、魔法が使えても、空を飛べても、魔獣や聖獣を召喚できても、戦っている『自分』が選ばれた英雄や勇者とは程遠いという現実を知ってしまうのだろう。

 レベルでは測り切れない、本人自身の『強さ』。それが着実に、プレイヤーにも、敵であるAIにも、避けがたい障害として立ち塞がり始めている。先ほどのダークライダーとミノタウロスが良い例だ。どれだけ一撃で殺せる火力があっても、レコンから見れば圧迫感が強過ぎて隙が無いように見えたネームドも、ダークライダーからすれば立ち尽くした動かぬ案山子と同じ存在だったのだろう。

 

「……僕でも強くなれますか?」

 

「問いかけている時点で無理だろうな。獅子も狼も山猫も、生まれながらに強い。強いが故に捕食者であり、肉食獣として生態系の頂点に君臨する。貴様は蟻、良くて草を食んで繁殖に精を出す草食獣だろう」

 

 御尤もである。強い者は最初から強さの下地を持っている。レコンがどれだけ足掻いても肉食獣に勝てる道理はない。

 ならば諦めるしかないのか? そんなのは嫌だ。レコンは拳を握り、自分に力を与えてくれるリーファの笑顔を思い浮かべる。

 思い出すのは顎髭のナイスガイの言葉だ。惚れた女の為ならば、レコンは何だってできる……いや、『できた』自分を信じねば何も始まらない。

 

「でも……草食獣でも、鹿は大きな角を持ってますよね? ゾウはライオンの群れを蹴散らす。肉食獣が1番強いわけじゃない」

 

「ククク、そうだな。結局は強い者が生き残る。それが真実なのだろう。それで、貴様は草食獣だが、雄々しい角を持っているのか?」

 

 振り返って試すような問いかけをするダークライダーを前に、レコンは握りしめたメイスを見つめる。あの時、ミノタウロスにはまるで通じなかったメイスであるが、彼は確かに当てたのだ。レベル100級とされる死地において、我武者羅でも反撃できたのだ。

 

「無いなら手に入れてやる。僕が……僕が今度こそリーファちゃんを守るんだ」

 

「……これが『人』というものか。なるほどな。エクスシアが期待するのも分かる。だが、だからこそ貴様は死ぬだろう。オベイロンは貴様のような奴を嬲り殺しにする事を好む。その運命を覆すには力だ。力が必要なのだ。貴様が望むならば、この私が少しだけ力を『渡してやる』が……どうする?」

 

 その提案にレコンは目を丸くした。

 力を『渡す』とはどういう事だろうか? 思わず半歩だけ引き下がりそうになったレコンであるが、それこそダークライダーの思う壺だと戸惑う。

 

「貴様は『人間として』死ぬ。AI化し、死神部隊となれば、貴様に不相応な力が与えられるだろう。だが、代償として貴様は全プレイヤーの敵となる。イレギュラーを狩り続ける闘争の使徒となるのだ。無論、その中には貴様の想い人も含まれているかもしれん。時が来れば愛する者に剣を向けるかもしれん。その時になって自害するも何も自由だがな。だが、貴様にはプレイヤーでは到達できないだろう力が与えられる。さぁ、どうする?」

 

 思わず硬直したレコンに、ダークライダーは喉を鳴らして笑い、レコンの肩を叩く。

 

「ククク、冗談だ。貴様程度を死神部隊に推薦するはずなどないだろう? だが、弱い貴様がこの苦境を乗り越えるならば、それくらいにリスクを背負わねばならない。ハスラー・ワンではないが、荷物持ちならば荷物持ちらしく弁える事だな。戦士ではなく、荷物持ちとしての仕事に徹しろ。そうすれば『お荷物の荷物持ち』から『役立つ荷物持ち』に格上げしてやらん事も無いぞ? さて、そろそろのようだな」

 

 と、そこでダークライダーが脇に避け、背後にいたレコンに衝突したのは、吹き飛んできたのは石柱の断片だ。それが腹に命中し、軽く3メートルは飛ばされたレコンはぜーぜー言いながら、減っていくHPと共に『それ』を見た。

 死闘。そう呼ぶ他ない、ケンタウロスを思わず怪物と戦うのは3人のトッププレイヤー。

 全プレイヤーの憧れにして最強の1人として数えられる傭兵ランク1のユージーン。

 このダンジョンでその実力を遺憾なく見せつけた兄貴分の赤髭。

 小柄な女の子なのに、卓越した剣士としての才覚を見せるユウキ。

 この3人が集まれば、並のネームドなど相手にもならないだろう。レコンは漠然とそう評することができる。

 だが、目の前の戦いは戦局の優劣など些細な天秤の揺れに過ぎないと嗤うかのような激戦だった。

 

「ランスロットォオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 もはや人間と呼べる限界ギリギリの轟く怪物の叫び。ガウェインという名を持つネームドは右手の銀剣を床を削りながら振り回し、右側に張りつくユウキを遠ざけようとする。その一方で左側に陣取るユージーンは果敢に雷剣を潜り抜けて攻め込んでいるが、卓越した剣捌きで彼を近寄らせない。唯一、剣の標的にされていない赤髭が背後に回って斬りつけようとすれば、異形の四脚で跳び上がり、地面を揺らすスタンプ攻撃を繰り出す。

 鬣が黄金色に輝き、ガウェインは口内から雷撃のブレスを吐く。再び張りつこうとするユウキであるが、今度は全身から闇のフォースを放出して牽制をかけたガウェインによって脚を止めさせられ、そこに即座にガウェインが右手の銀剣の突きを繰り出すも、ユウキは宙を舞う木の葉のように揺れて紙一重で躱し、逆に懐に入って腹を斬りつける。

 

「ほう。第2形態でありながら、ここまで自我を取り戻したか。余程にランスロットが憎いようだな。ククク、これだから戦いは面白い」

 

 躊躇なく跳び込んだダークライダーの参戦を心待ちにしていたように、3人はアイコンタクトを交わす。

 ガウェインは銀剣と雷剣の回転斬りに続いて、その巨体を活かした突進をユージーンに仕掛けるも、彼は顔を湿らせる汗を散らしながら両手で構えた剣を振り払いながら、ガウェインと交差する。突進の見切りと反撃のカウンターを両立させたユージーンであるが、即座に反転したガウェインは雷球を雷剣から飛ばす。それをカバーする形で赤髭が居合を放てば、ユージーンを守るように青い光の刃が彼の前の空間に出現し、雷球を受け止める。

 円柱を駆け上がって一気に宙を舞ったユウキがガウェインの左斜め後方から襲撃をかけて雷撃を纏うナイフを投げる。背中に刺さった3本のナイフは首の近くで炸裂して雷撃を撒き散らすも、ガウェインには大したダメージにもならないが、その足を僅かに止めさせる。その間にダークライダーが斧槍を頭上で回して遠心力を高めた一閃を右前脚に炸裂させる。関節を正確に狙った剛なる一撃はガウェインの体勢を崩してダウンさせ、狙い済ましたようにユージーンが≪両手剣≫の突進系ソードスキル【スワロー・クロー】を発動させる。突進突きからの斬り上げは威力も低いが、硬直時間も短く、上手く使えば相手の懐に入り込める初撃のソードスキルである。

 

「合わせろ!」

 

「おう!」

 

 ユージーンの雄叫びに赤髭が黒ずんだカタナを振るって鋭利な銀色に変じさせて応じる。同時にカタナに魔法属性の結晶が纏わりつく。教会販売の結晶ヤスリ……瞬時に使用できる、武器に事前に仕込んでおく必要があるエンチャントアイテムだ。効果時間は短いが、瞬間火力を高めるヤスリを用いて、2人の剣士を迎撃するガウェインの銀と雷の二刀流に対して、2人の剛剣使いは交差するように互いの得物を振るい、先んじてガウェインの腹を斬り開く。

 だが、ガウェインは倒れない。雷剣を掲げ、自身に山吹色の光を纏わせる。生命湧きなどのオートヒーリング系の奇跡だろう。じわじわとHPを回復させるガウェインに、3人は『またか』と言わんばかりに、明らかな疲労で染めた顔を歪める。

 その回復速度たるや、ヒーラーが強烈な回復奇跡を使用したかのようだ。毎秒単位でHPが目に見える程に回復していく。どうやら、ガウェインはダウンさせ易いが、その分だけHPを回復させる能力が充実しているのだろう。

 

「ククク、これぞ私が求めていた戦い! さぁ、ガウェイン! 魔物に堕ちようとも、ランスロットへの憎しみに溢れた貴様の力……その真の力を示せ!」

 

 歓喜するダークライダーは幅広い穂先を持つ斧槍を巧みに操り、ガウェインの銀剣の連続突きに自身の攻撃を当てる事で軌道を逸らし、なおかつ腰の捻りを加えた重い突きを逆に浴びせる。堪らずガウェインは半歩下がりながら雷剣を振るうも、今度は回り込んでいたユウキが背中に飛び乗って脊椎を切断する勢いで連続斬りを浴びせる。

 弱点らしき胸部から腹部にかけての傷口の中の目玉が蠢き、闇術の追う者たちの如きホーミング性能がある闇弾が放たれる。過半は最接近しているユウキに喰らい付こうとするが、彼女は同じ闇術の蝕む闇の大剣で闇弾を斬り払う。しかし、その間に急接近したガウェインは後ろ足で体を大きく持ち上げ、前足で彼女を踏み潰そうとする。

 絶望的な死の間合い。レコンは自分に笑いかけてくれた優しい少女がミンチになる様を思い浮かべる。だが、ユウキはむしろ歓迎するように獰猛な笑みで踏みつけに対して逆に突進して股抜けをする事で回避し、その過程で剣で腹下を斬り裂く。飛び散った深淵の泥の体液は毒を蓄積させるようだが、4人とも気にせずに攻撃を繰り出し続けるも、ガウェインは雷剣をその場に突き立てて周囲に雷柱を発して攻撃させまいとしている内に、奇跡を発動してHPを半分も回復させる。

 

「ああ、もう! これで4回目だよ!? 回数制限くらい普通は設けてるよね!?」

 

「文句言ってる暇があるなら斬りまくれ! ユージーン、≪剛覇剣≫のソードスキルを狙えるか? 俺はガス欠近いからオメェが頼りだ!」

 

「それを許してくれる相手ならば使っている!『今のコイツ』に『溜め』が長いソードスキルは使えん! ダウン時間も短くなっている! スタンを取れ!」

 

「これ程の粘り強さもまた一興! 気張れよ、諸君! この程度、同じ魔物でもアルトリウスと比べるまでもない!」

 

 ダークライダーが参戦した事によって、ガウェインのHPは削られ易くなっているようだが、まるで4人に引きずられるように、ガウェインの剣捌きが鋭さを増している。先ほどは赤髭が難なく潜り抜けられた銀剣の連撃であるが、その中に巧みなディレイが加わり、懐に入り切れずに引き離される。4脚の機動力で動き回り、雷剣を振るって雷の槍を拡散させながら放出したかと思えば、口内から深淵の泥のブレスを吐く。命中せずとも足場を汚染して毒が蓄積させられる。

 このままでは削り殺されるのはスタミナという制限があるプレイヤーの方だ。特にユウキは、レコンの目から見ても余裕が無い動き方だ。スタミナを温存する為に、常に紙一重のまた紙一重、動きを最小限にし、微かなタイミングで呼吸を入れて回復を図って、ギリギリの綱渡りをしているのが分かる。だが、ガウェインは彼女のスタミナ事情を見抜いているかのように、他よりも優先して猛攻を仕掛けている。

 

「ユウキ、1度離脱しろ! 野郎はオメェをまず潰す気だ!」

 

「それをさせてくれるなら……ね!」

 

 退却しようとする素振りを見せれば、ガウェインは他を振り払ってでもユウキにダメージ覚悟で攻撃を仕掛ける。彼女はそれが分かっていて、わざと逃げるフリをして攻撃タイミングを生み出すも、ガウェインは簡単には釣られず、まずは遠距離対応の雷球、続いて闇濡れの銀剣から闇の飛沫、そして射撃系の攻撃で動きを束縛したところで挽肉にするような突進攻撃である。

 ユージーンが火蛇でガウェインの真下から引き起こした火柱を連続ヒットさせる。全身を焼かれたガウェインは怒りと憎しみに溢れた眼で銀剣で呪術の僅かな硬直中のユージーンを潰しにかかるも、それより先に復帰したユージーンは禍々しい赤い光を纏わせた大剣でそれを受け止める。

 5メートルを超す巨獣のガウェインとプレイヤーのユージーン。その2人のSTRが拮抗するなどレコンには信じられなかった。むしろ、ユージーンが踏ん張れば踏ん張る程に、まるで奥底から力が湧き出しているかのようにジリジリと銀剣を押し戻している。

 不敵に笑ったユージーンがついに競り勝ってガウェインの銀剣を弾き返し、そのままできた隙に両腕を突き出してリーチを伸ばした刺突で弱点である傷口に剣を潜り込ませる。

 

「爆ぜろ、≪剛覇剣≫!」

 

 赤いオーラが炸裂し、ガウェインが内部が爆破される。弱点部位の大ダメージによろめき、HPバーを赤く点滅させるガウェインに勝負を決めるべくダークライダーが跳び込むも、ガウェインは闇のフォースを連発して遠ざけ、銀剣を振り回して再び奇跡を発動させて回復を図る。HPが3割も急回復し、ガウェインは健在を示すように、ダークライダーの斧槍に刻まれながらも雷剣と銀剣を一体化させて雷光を纏う剣に変じさせると天に突き上げる。

 途端にガウェインを起点として頭上に雷雲が蠢き、上空より無数の雷の槍が降り注ぐ。ユウキはまるで彼女の存在が靄なのかと思う程にダンスでも踊るように避け、ダークライダーは頭上で斧槍を回転させてダメージを最小限に抑える。ユージーンと赤髭は唯一雷の槍が降り注いでいないガウェインの周囲まで踏み込んで斬りかかる。だが、ダメージを受ければガウェインは4脚で暴れ回り、回復を図ろうとする。

 あの技は≪剛覇剣≫を強制解除させるのか、ユージーンは赤いオーラを失った両手剣を右手だけで扱いながら呪術の大火球を放つも、ガウェインは雷球で相殺する。

 このままでは無限ループだ。殺しきれるだけの火力を引き出せるタイミングをつかむまで、何度でもガウェインは回復してしまう。レコンはリュックのアイテムストレージを開き、検索をかけ、『それ』を取り出す。

 レコンも馬鹿ではない。ここで行動を取れば、ガウェインはユウキ以上にレコンを潰しにかかる。そして、この手が使えるのは1度だけだ。

 

(リーファちゃん。僕は荷物持ちで、役立たずで、キミのように強くなくて、情けなくて……)

 

 目を閉ざしたレコンはダークライダーと赤髭の両方の言葉を頭の中で巡らす。確かな迷いが……勝利に貢献するつもりの自分勝手な行動が彼らに死をもたらすのではないかと躊躇する。

 

「それでも僕はぁあああああああああああああああああああああ!」

 

 ガウェインが奇跡の挙動を取る。レコンは取り出したアイテム……回復阻害をもたらすロイドの禁符を投げつける。回復アイテムの使用を封じるロイドの護符の上位版であり、奇跡を用いるモンスターにも有効であるが、極端に効果時間が短い。しかもロイドの禁符は相手に命中させる必要がある上に、投擲しても速度はあまり出ず、アイテムストレージの消費も大きいので常用と持ち歩きに適さない。

 

『何があるか分からない妖精の国。役立つ品を多く揃えました。道具も武器も使い手次第。ご武運を』

 

 荷造りを作ってくれたメイド長の鼓舞を思い出し、今こそが最適最高のタイミングだとレコンは動く。

 まさかのレコンの援護を……彼を眼中に入れていなかったからこそ、ガウェインは直撃を受け、阻害され、奇跡による回復は失敗に終わる。これに、明らかな動揺がガウェインより発せられる。

 白い靄は僅か数秒だけの回復阻害。だが、その数秒がガウェインの延命を阻んだ。レコンに怒り狂う視線を向けた。それ故に、彼を狙う2人の『死神』に気づかなかった。

 1人は漆黒の騎士。斧槍を捨て、両手剣二刀流で彼の前足を同時に薙ぎ払ってダウンさせる。それは明らかなサポートの動きだ。

 そして、もう1人は黒紫の少女。その全身を同じ色で光らせた瞬きの中で、片手剣の刃を輝かせる。

 

「そこに……そこにいたか、ランスロットォオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 復讐の妄執のままに、ガウェインがダウンした状態でありながら上半身を捻って跳び上がったユウキを迎撃すべく銀と雷の二刀流で応じる。

 だが、ユウキは宙で変則的とも思える動きで連撃を『潜り抜ける』。

 レコンが思わず見惚れたのは、彼も愛したALOの妖精たちの姿だ。ユウキの耳は妖精たちがそうであったように尖って伸び、その背中からは闇色の光の翅が伸びている。

 

 デーモン化、タイプ『フェアリー』。低燃費型であり、空中での変則軌道を可能とするデーモン化でユウキはガウェインの必殺の乱舞を突破し、片手剣にソードスキルの光を纏わせる。

 

 それは神速の11連撃。レコンの理解を超えた神速の片手剣による2桁の連撃はガウェインの胸部に吸い込まれた。

 硬直したガウェインの脇を通り抜けてユウキは派手に落下し、スタミナ切れで体を痙攣させながら顔を上げて、減り続けるHPバーを睨む。レコンも拳を握り、ガウェインのHPが完全に失われる事を祈る。

 

 

「ラン……ス……ロッ――」

 

 

 雷剣が消え失せ、銀剣を突き立てて倒れぬように踏ん張るガウェインであるが、HPバーが完全に失われ、その身はゆっくりと黒い泥となって崩れていく。

 そして、静寂は先程の激戦が幻だったかのようだ。ユージーンは無言で大剣を振るって刃を染めるガウェインの残滓を払い、赤髭は恰好をつけるようにカタナを回すと鞘に収める。ダークライダーだけは不満そうに両手剣を背負った。

 

「やはり魔物に堕ちては実力を出し切れんか。ガウェイン、『片腕のアルトリウス』にも届き得るとの評だったが、この程度で終わるとは物足りん。だが、実力の片鱗は見えた。ならば、万全なるガウェインを倒したランスロットはどれ程の……増々以って私が妖精の国に行けない事が歯痒いな」

 

 ブツブツと呟くダークライダーは1人で何やら楽しそうな笑い声をあげる納得を漏らす。その様が恐ろしく、レコンはデーモン化を解除してスタミナ切れからの復帰を待つユウキに駆け寄ろうとするも、彼女は片手剣を杖にして自力で立ち上がる。

 

「こういう……耐久系は……1番……相性悪いんだよね……」

 

「オメェも少しはCONにポイント振っておけ。STRはともかく、ネームド相手にそのスタミナ量の無さはちょいとばかし致命的だぞ? 体捌きだけじゃ補うにしても限界あるだろうがよ。だが、あんなバケモノ相手によく踏ん張り切ったな。こりゃあ、もう俺じゃあ真っ向勝負じゃ勝ち目無いかもしれねぇな」

 

 あれ程の激戦の後なのに、赤髭は汗を除けば余裕が残されているような振る舞いだ。ボフボフとユウキの頭を撫でている。

 

「フン。確かに粘り強さだけならば、竜の神にも匹敵するものがあったな」

 

 大剣を背負ったユージーンも一息入れて汗を拭う以外の所作はない。この程度の激戦は慣れているのだろう。

 ユウキも最後に大技を振るった以外ではガウェイン相手に攻め続けていた。

 これがトッププレイヤー……! レコンは拳を握る。1人1人が一騎当千! DBOの攻略を可能とする超人的戦力達だ。

 

「見事な援護だった。だが、そんなアイテムをよく持っていたな?」

 

 ユージーンより賛美を受け、レコンは照れながら、アイテムストレージの消費量が大きいロイドの禁符をどうして持ち歩いていたのか問われて笑う。レコンは皆から要望のあったアイテムを預かり、空いた容量に必要になりそうなアイテムを詰めるだけ詰めた。普通ならば、こんな役に立つようで場面が限られる上に効果が薄いアイテムを長期戦に持ち込もうとはしないはずだ。

 メイド長が準備してくれた数多のアイテム。それらが起死回生を成すかもしれない。確かに戦いにおいてレコンは足手纏いであるが、膨大なアイテムから適切な援護をすることが出来れば、『仲間』の戦いを何倍も有利に進めることができる。

 

(リーファちゃん……今はこれで良いのかな?)

 

 前に出て格好良く敵を倒したり、奇跡を用いて回復やバフの援護をする事もまともに出来るとは思えない。だが、荷物持ちらしくアイテムを使って援護するのも立派な戦いだ。

 

「中回復しますから、僕の周りに集まってください!」

 

「……ありがとう。うん、助かるよ」

 

 まずは出来る事からしっかり踏みしめてやらないと! 何故か不満そうに視線を逸らすユウキに感謝され、レコンは景気よく奇跡の中回復で戦いに疲れた面々を癒す。

 と、そこでレコンは泥となって消えたガウェインが倒れた場所に小さな鍵が落ちているのに気づく。拾い上げれば、失楽園の鍵と表示され、これこそが妖精の国に通じるアイテムなのだろうと確信する。

 

「後は門番ネームドを倒すだけか。おそらくは鏡に取り込まれる前と同じく、この空間におけるネームド部屋にいるはずだ」

 

「ククク、その点は問題ない。我が兄上が1番乗りしているだろう。思いの外にガウェインには時間を取られた。援護が間に合えば良いのだがな」

 

 さすがの漆黒の騎士も『兄』と呼ぶ存在が心配なのか、ユージーンに笑いかけて早足で歩み始める。

 だが、すぐにレコンはダークライダーが『別の意味』で時間を気にしていた理由を知る。

 特に他のネームドとも出会うことなく、門番ネームド部屋に通じる石柱が並ぶ通路に到着したレコンがまず耳にしたのは、激しい戦闘音である。響き渡るサウンドエフェクトは途切れることなく、また巨大な何かが暴れ回っている事が安易に分かる。

 自然と駆け足になる面々に合わせてレコンもリュックを背負い直す。そして、到着したネームド部屋で見たのは、およそ信じられない光景だった。

 

 

 

 

 敢えて、それを呼ぶならば『処刑』こそが最も相応しいだろう。

 

 

 

 

 ハスラー・ワンが操っているというギルドNPCの赤騎士たちが、一糸乱れぬ連携で襲い掛かるのは、鏡の光を浴びる前に姿を示した異形の怪物だ。

 深淵の遺物、ゲヘナの鏡。怪物がその正体なのか、3本のHPバーを持つネームドは、目玉からレーザーをばら撒き、巨腕を何度も振り下ろし、デバフを引き起こすだろうブレスを吐いて『抵抗』している。

 だが、怪物を前にして微塵として揺るがぬ攻勢を示すのはハスラー・ワン。そのHPは1ドットと減っていない状態であり、防具は汚れ1つなく、表情は変わらず仏頂面で汗すらも掻いていないという状態だ。

 唖然するレコンの前でハスラー・ワンに拡散するレーザーが放たれる。上空から降り注ぐレーザーに対し、ハスラー・ワンは『歩く』。それはレーザーの拡散軌道を完璧に予測した立ち回りであり、戦いの極意とも言うべき『位置取り』である。

 そして、左手のパルスガンのトリガーを引けば、恐るべき速度でパルス弾が放たれ、腐肉の巨獣の表面でプラズマ爆発を引き起こしていく。だが、その連射速度は実体弾のマシンガンに迫るものであり、爆発規模は威力重視版であるプラズマライフルのようだ。

 多腕で何度もハスラー・ワンを叩き潰そうとするゲヘナの鏡であるが、彼はコートを翻して跳び、回り込みながらパルスマシンガンを連射する。赤騎士達はその間に登山でもするように怪物の背中をよじ登り、首筋と頭に得物を突き立てる。絶叫をあげた怪物が前のめりに倒れた先には、いつの間にかハスラー・ワンが立っている。転倒する方向すらも予期され、誘導され、顔面を差し出す形にされたのだとレコンにはぼんやりと見抜けた。

 

「……貴様はネームドとして正しく責務を果たした。カーディナルの懐に帰るが良い」

 

 右手の片手剣を眉間に突き立て、押し込み、HPの最後を奪いきったハスラー・ワンは、レコン達を……いや、正確にはダークライダーを責めるように目を細めた。

 

「……何を遊んでいた?」

 

「ガウェインの粘り強さが少々予定外だったのでな。あの回復連打はさすがに限度を考えろとカーディナルに報告しておくぞ。それと、そのパルスマシンガンは何だ?」

 

「……質問の意味が理解できないが? 見ての通り、現在プレイヤーが獲得した素材アイテムから作成したものだ」

 

「明らかに威力と連射速度がおかしいと言っている」

 

「……問題ない。バランスは取れている。耐久性能を度外視した使い捨て品だ」

 

 ハスラー・ワンの発言通り、傷らしい傷を負っていないはずのパルスマシンガンは砕け散ってポリゴンの欠片となる。射撃による耐久度減少だけで銃が破損するなど、それこそ整備を怠って長期使用した阿呆以外に知らないレコンは顎が外れそうになる。

 

「なるほど。ユニーク素材も『プレイヤーが獲得した素材』ではあるな。それを使い捨て装備に注ぎ込んだわけか」

 

「……愚弟にしては呑み込みが早い。カーディナルが認可した装備以外を私が使うと思っていたのか?」

 

「ああ、そうだろうな。兄上よ、それを俗に何と言うか、私には酷過ぎて言えん。だが、兄上はカーディナル至上主義を少しくらい改めた方が良いぞ」

 

 チートですね、わかります! ダークライダーが何を言いたいのか理解したのは、おそらくハスラー・ワン以外の面々は即座に理解しただろう。プレイヤーが時間とコルとリアルラックと激戦を対価にして得られるかどうかも分からないユニーク素材を無限使用して、なおかつ使い捨て前提のハイスペックで纏めれば、あんな威力に到達するにも納得である。だが、それはプレイヤーでは絶対に無理と言っても過剰な表現にはならない。

 誰よりも管理者であらんとする者が、最も枠外に存在していたなど悪夢か喜劇か。何にしても門番ネームドの撃破が正式に認められ、リザルト画面が表示される。レコンは見た事も無い数値の経験値とコルが入って喉を鳴らす。

 途端に周囲の風景が割れると、砕け散った鏡だけが残された転移する以前のネームド部屋に戻る。

 赤騎士たちはさすがにHPを減らしているが、1人として欠員はいない。操るギルドNPC達と自分自身だけで、最後の難関である門番ネームドを撃破した証だろう。漫才のようなやり取りを続ける管理者2人の規格外さに、レコンは頭を痛くする。今は彼らが味方のようであるが、DBO……つまりは茅場の後継者側に属するならば、敵として登場してもおかしくないと考えるのは自然な事だ。

 

「あの先が妖精の国だ。我々の仕事もいよいよ終わりだな」

 

 ダークライダーが指差したのは割れた鏡の向こう側……閉ざされた門である。

 いよいよ妖精の国に……リーファちゃんを助けに行けるんだ! レコンはこの戦いでつかんだものを忘れてはならないと改める。

 

(死んでもリーファちゃんを助ける。でも、きっと僕が死んだらリーファちゃんは悲しむ。だから、死なないように全力を尽くしてリーファちゃんを助ける! それが僕の戦いだ!)

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 ガウェイン。とんでもない相手だった。最初の状態が最も強いというのは些か変則的ではあったが、ユウキは確かに自分の実力が深淵狩りとの戦いを経て高まった事を実感する。それに深淵の魔物になって以降は、最初程ではないが、攻撃のキレを取り戻していた。あれを乗り越えられたのも大きな収穫である。

 最後にデーモン化を使用してしまったのは予定外だったが、それも誤差の範疇でしかない。

 デーモン化、タイプ『フェアリー』は、ALOの妖精のような姿になれる低燃費型だ。ユウキの場合はINTの補正が高まるが、最大の特徴は背中に得られる光の翅だ。ユウキの場合は夜を溶かしたような色彩であるが、これは疑似的飛行能力に与えるものだ。ガウェイン戦でそうであったように、得た運動量をALO飛行システムの肝である随意運動で翅を動かし、干渉して変幻自在の軌道を取れる。逆に言えば、滞空中は加速できるわけではなく、むしろ失速し続けるので長時間の飛行どころか、まともに高度を上げる事すらもできない。だが、ジャンプ力の強化や使用中は人間にはできない変則的3次元軌道を取れるのが強みだ。特に空中での回避行動が取れるのは大きい。ユウキとしては、より単純な……できればSTR増加できるデーモン化が良かったのであるが、得たものを最大限に利用するしかない。

 だが、スタミナと同じくSANが決して高くはないユウキでは長時間の使用は避けねばならない。あくまで常用すべきではない切り札だ。

 

(でも、本当にスタミナだけは付け焼刃でも補えないよね。どうしよう)

 

 スタミナ回復速度を高めるにしても限界がある。今後はCONにポイントを割り振れば良いのかもしれないが、レベルは高まれば高まる程に成長速度が鈍化する。今からステータスを別方向に成長させるのは骨が折れるというものだ。

 特にDBOでは、デーモンシステムが明らかになって以降は、多くのプレイヤーがSANにポイントを割り振ろうとしている。ようやくデーモン化の維持時間がSANに関係すると判明してきたのだから当然の流れだ。だが、SANにポイントを振ればその分だけ他の成長が疎かになる。ポイント制の難しい点である。

 

(そういえば、クーのデーモン化ってどんな風なんだろう?)

 

 本人に言わせれば『色々な意味で使えない』との事だが、ユウキとしても何としても暴きたいクゥリの秘密である。

 何にしてもスタミナ問題の解決を成さねば、単身でのネームドやボスの撃破はやはり壁に当たる。ユウキはガウェインにラストアタックを決めた報酬として得た彼のソウルの説明文を読む。

 

 

<深淵狩りのガウェインのソウル:深淵に呑まれた騎士ガウェインのソウル。アルトリウスの伝説を追い、深淵狩りとなったガウェインは、神を敬い、友を愛し、深淵を憎んだ。そして、最愛の友に裏切られ、深淵に堕ちたのである。太陽の騎士とも謳われた彼の末路を綴る物語は何処にも残っていない。それは残された者たちの、せめてもの慈悲だったのだろう>

 

 

 深淵狩りとは【深淵歩き】のアルトリウスを始まりとする、深淵に挑み続ける者たちの総称だ。NPCやお助け白霊として登場する事も稀にあり、特に<深淵の主、ルギア>に挑んだ聖剣騎士団が召喚した【深淵狩りのモルドレッド】は獅子奮迅の戦いであり、並の上位プレイヤーすら足下にも及ばない程の活躍をしてくれたという。詳細はユウキも知らないが、彼らの剣技は独特であり、全てはアルトリウスに通じているとされている。

 

(クーも深淵狩りなのかな? そんな事、一言も聞いてないんだよなぁ)

 

 知っているようで知っていない愛する人の情報に、ユウキは不満を募らせる。深淵狩りが誓約として結べるなど聞いたこともないが、クゥリとガウェインの剣技が似通っていたのは、2人が同じ深淵狩りだったからというのが最もしっくり来る。最も、誓約を結んでレクチャーを受けたからと言って、あんな人外剣技を学び取れるともユウキは思わない。

 門を潜り抜けた先にあるのは、聖母か聖女を模るような、岩を削って作った石像が並ぶ地下へと続く階段だ。石像は両手で蝋燭を持っているが、それらの炎は燃え尽きることがないかのように青い光を宿して静かに彼らを照らす。

 階段は黄金で縁取られており、まるで何かを祀るように、あるいは侵入者に警告するように、絢爛なる装飾に反する血生臭い戦争のレリーフが施されている。

 そして、地下の最奥にあったのは青銅色の大きな両開きの扉である。逆さに描かれた大樹と地から天に落ちていくような妖精たち。それが何を意味するのかは分からないが、心躍る冒険譚ではないことだけは確かだろう。そして、扉の中央には円盤が仕込まれており、ユージーンがそれに触れれば回転して動き始める。

 

<これより先は呪われた妖精の王国。10の試練を超えた者だけに扉は開くだろう。強き者は拒まず、弱き者は屍を晒すのみ>

 

 円盤がスライドすれば、小さな鍵穴が露になる。震える指でレコンが鍵を取り出しして開錠すれば、扉は軋みながら開き、凍えるような湿った息吹を吐き出した。

 扉の奥にあったのは更なる地下へと続く階段だ。誰も言葉を発しないのは、それぞれの胸の内に秘めたる想いがあるからだろう。

 そして、階段の終わりにあったのは、大理石を思わす滑らかな白色の石で整備された船着き場である。漆黒の小舟の前では老婆が古木に腰かけており、彼女の持つ杖に巻き付けられたランタンの灯りが蛾を呼び寄せるように歪んだ光を漏らしている。

 

「……我々にできるのはここまでだ」

 

「諸君らの健闘を祈る。妖精王オベイロンを殺せば、あとは我々が何とかする。ククク、シンプルだろう? 貴様らは殺し続ければ良い。普段の攻略と同じだ」

 

「……だが、オベイロンは保身に長けた男だ。時には形振り構わぬ行動に出る事もあるだろう。十分に警戒しろ」

 

「警戒して何とかなるならば越した事も無いのだがな。プライドを捨ててくる者は時として恥知らずも辞さないものだ。さぁ、行くが良い、プレイヤー諸君。あの老婆に金貨を渡せば、妖精の国に運んでくれるはずだ」

 

 ハスラー・ワンとダークライダーに促され、ユウキはレコンに先んじて1番乗りで金貨を老婆に渡す。すると老婆は長い人差し指で金貨の表面を撫で、コツコツと歯を鳴らして笑った。

 

「ヒヒヒ、闇の血の持つ御方。この舟の行き先をご存じで? 生きて帰れぬ呪われた王国。そこに求めるのは何でございますか? 名誉? 宝物? それとも……」

 

 求めるものは決着と愛だ。ユウキは小舟に腰かけると、何故か隣にレコンが、正面にボスが、そして1番大柄のユージーンがやや窮屈そうに中央に腰を下ろす。

 見送るハスラー・ワンは相変わらずの無表情であり、ダークライダーは不愉快なまでに喉を鳴らして笑っている。

 そして、老婆は語り出す。妖精の国の伝説を。呪われた物語を。その先に彼女たちを待つ暗闇を覆い隠すように。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「行ったようだな。まぁ、あの男の事だ。小細工をこれでもかと仕組んでいるだろうが、あとは彼らに任すしかないだろう」

 

「…………」

 

「ククク、歯痒いか? だろうな。管理者である兄上が無力とは――」

 

「……茶番は終わりだ、ブラックグリント」

 

 笑うダークライダーの喉元に、いつ抜剣したのかも分からぬ神速でハスラー・ワンは片手剣を突きつける。その表情は変わらず無を示しているが、双眸だけは怒りと不快感を滲みだしていた。

 

「……私が他でもない貴様の同行を許したのは、唯一無二で『裏切り者』ではないと確信があったからだ」

 

「ほう?」

 

「……貴様は管理者としての自覚が足りない狂犬。だが、それ故に私は貴様のロジックを理解している。戦いを求めずにはいられない戦闘用AIの性。ならば、戦いを望むならばオベイロンの側につくはず。それが貴様だ」

 

 続けろと言わんばかりにダークライダーは肩を竦める。それを了承だと取るまでも無く、ハスラー・ワンは語り続ける。

 

「……チェンジリングとオベイロンの反乱。そして『セカンドマスターの行方不明』。先ほど、アンビエントより連絡があった。P10042を含むセカンドマスターの関与が疑われるプレイヤー計3人がアルヴヘイムに到達した。セカンドマスターは独自に動き、オベイロンの抹殺を図っている。だが、そこにはオベイロン殺害以外の目的があると考えるのが妥当だろう。そして、この事態を作り出した裏切り者がいる」

 

「だろうな。チェンジリングなど、オベイロンだけで実行できるとは思えん。我々の身内に手引きした者がいるだろう」

 

 納得した様子のダークライダーを見定めるような眼の末に、ハスラー・ワンは剣を収める。そして、指を鳴らすと彼のアバターは赤い光となって拡散する。それを追うようにダークライダーは自身を闇に溶かしていく。

 

「裏切り者か。さてさて、私に言わせれば、裏切りという『行為』ではなく、『理由』こそが最たる重要性を秘めていると思うのだがね。ククク、何にしてもオベイロンは良い仕事をしてくれた。せいぜい私はこの闘争を楽しませてもらうとしよう」




これにて全員が妖精の国に突入完了です。ここからが妖精王編は本番ですね。
相変わらず、それぞれの陰謀・策謀・目的が交差して入り乱れています。より群像的の模様ですね。


ちなみに、ここまでの妖精王編のプロット消化率……1割くらい、ですかね?



それでは244話でまた会いましょう!

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