SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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現状のプロットでは50話を簡単に超えて100話を突破しそうな勢いです。
少しばかり内容を削るべきか否か、迷いどころです。




Episode5-5 悪人

「あーもう! ムカつく連中よね! なーにが『よろしければご一緒にどうですか』よ!?」

 

 鬼の如く荒れ狂い、木々をやたらめったらにカタナで斬りつけてストレス発散するキャッティを尻目に、本日の食事当番……もとい、オレに料理させまいと立候補したクラディールはフライパンで肉を焼いている。現地調達した【マッド・イーターの肉】を使ったステーキだ。

 オレ達が今いるのは、巨大な狼の石像が半壊した、かつては小さな神殿の中庭だったのではないかと思われる場所だ。水溜りの周辺では苔が群生しており、【赤蛇苔の花】が入手可能である事から、オレがこの場所でのキャンプを希望したのだ。

 クラディールが料理する脇でオレが調合しているのはレベル1の毒だ。成功率は低いが、多量に原料が入手できる為、≪薬品調合≫の熟練度上昇も兼ねて2人の分の毒作りにも励んでいるのだ。

 やはり現段階ではプレイヤーもモンスターも十分に毒対策が成されていない。ソロの強い味方であるデバフ攻撃はSAOでは使い辛さが目立ったが、このDBOではむしろそれらを駆使する事が求められている。まぁ、プレイヤー側からの印象は悪いだろうけどな。

 だからこそ、オレはクラディールの要望により、毒を製作する事になった。件のクラディールはメインウェポンだったフランベルジュを失ってしまった為、替わりにサブウェポンの片手剣と盾しかない事から、少しでも火力増強の為にも毒を欲しているのだ。まぁ、キャッティは序でだ。彼女は元から投げナイフ攻撃があるし、薬物はそれなりに揃えているらしい。

 

「確か太陽の狩猟団とか言ったなァ」

 

 肉を木製の皿にのせ、野菜を盛りつけながらクラディールはオレ達の前に突如として現れた団体の名を口にする。

 

「太陽の狩猟団か。団長とか名乗ったのがサンライスだったから、SunriceのSunをかけて太陽の狩猟団ってところか」

 

 いかにも筋肉馬鹿そうだったサンライスを思い浮かべながら、オレは美味そうなステーキに喉を鳴らす。

 マッド・イーターは比較的泥場を縄張りとする為、狩り易いモンスターだ。Mobとしてもリポップ率が良い。経験値とコルは大した事ないが、素材系や食材系アイテムをドロップし易い為、オレ達3人で乱獲したのである。

 リソース率が限られているVRMMOであるが、ステージ事のプレイヤー数が少ない為にモンスターは倒し放題だ。ただし、やはりAIは戦闘を積めば積むほどに進化しているらしく、マッド・イーターの動きも僅かながら良くなっている。

 仮にDBO全体で戦闘データを蓄積し、より上位のステージに反映されているとするならば、最終ステージ付近ではAIも恐ろしい強さに到達しているかもしれない。尤も、今はそんな事よりも目先の利益と確かな成長の方が優先だが。

 

「サンライス。あの筋肉野郎はシロだ。頭よりも手が先に出るヤツだろうからな。わざわざ弓矢で曲射してダメージを与えようなんて頭はない」

 

 蛇のように唇を舐め、ステーキソースの香しいニオイを堪能するクラディールは、ぐつぐつと泡立つソースをステーキにかける。赤っぽい茶色のソースは肉と絡んだ。

 今まで≪料理≫に興味はなかったが、こうして見せつけられると欲しくなってしまう。食こそが娯楽である以上、≪料理≫で貴重なスキル枠の1つを潰しているプレイヤーの数は多い。要はモチベーションの維持には、やはり食事が1番なのだ。

 半壊した石像を椅子代わりに、オレ達は焚火を囲むようにして座り、膝をテーブル替わりに皿を置く。

 オレが取り出すのは【バランドマ侯爵の銀食器】だ。ラインバースからドロップしたアイテムの1つであり、レベル1~2までの毒・麻痺・睡眠の薬に反応し、検知した場合は黒く腐食する。

 問答無用の殺し合いPK推奨のDBOだが、一方で対策と呼べるものも多く存在する。この銀食器もその1つだ。

 

「そういえばクラディールさん。あの質問はどういう意味?」

 

 キャッティは何や粉末を水に混ぜる。恐らく各種デバフ解除の薬だろう。そんな事をしなくともオレはバランドマ侯爵の銀食器で何ら料理に仕込まれていないと分かっているのだが、彼女にはそれを伝えていない。お互いソロだ。それぞれのやり方があるだろうし、他人に安全と言われても安心できるはずがないだろう。

 一口で顔と同じくらいの大きさがあるステーキを頬張ったクラディールは、しばし肉の味を堪能するように咀嚼し、音を鳴らして呑み込む。

 

「スコールうんたらの事か? あれはあのミュウって女に鎌かけただけだ。このステージにどの程度の知識があるのかどうか、いる期間はどの程度なのかとかなァ」

 

「で、結果は?」

 

「焦るな、ガキが。少なくともミュウはこのステージについてそれなりの知識がある。だが、いる期間は大して長くない。あの弓隊がその証拠だ」

 

 オレには見えていない物がクラディールには見えていたらしい。固焼きパンを齧りながら、オレは得意気なクラディールの推理に耳を傾ける。

 

「密林で大半を覆われて、デバフ攻撃だらけのモンスターがうようよいるのがこのステージだ。射撃攻撃は遮蔽物が多過ぎる密林じゃ十分に発揮できないからなァ。幾ら護衛がいるとしても、あんな密集して移動したら効率が悪すぎる。だから、あの女は恐らくこのステージに長居していたプレイヤーから情報を買った、もしくは斥候で情報収集させていたと見るべきだ」

 

 なるほど。確かに言われてみればその通りだ。オレ達は全員が近接戦を主にするために気づき難かったが、木々が所狭く寄り添い合う密林では射撃攻撃もその真価を発揮できない。せいぜい、あの曲射程度かもしれないが、あれも頭上に木々の枝や木の葉があれば効果は格段に落ちる。黒騎士がいた場所はある程度開けていた為に、曲射攻撃が有効だっただけだ。

 そうなると、何故彼らが黒騎士を横取りしたのか、それも自ずと答えが分かる。

 

「つまり、私達はずっとつけられていたって事? タチの悪いストーカーね。最悪!」

 

 口を尖らせ、キャッティは唾棄する。確かに気持ちの良い話ではない。

 恐らく斥候はずっとオレ達を見張っていたのだろう。オレは≪気配遮断≫を定期的に使用していたが、恐らく2人は保有していない。故に、つけられ始めたのはあの公衆浴場からと見るべきだ。

 オレ達ソロはある意味で情報の塊だ。フットワークの軽さと単独活動の利点から固有の情報を保持している場合が多い。そんなオレ達に目をつけられるのは致し方ないのだろう。

 立派な戦略だ。いけ好かないが、あのミュウという女はかなり頭がキレるようだ。オレが苦手とする話術と知略を駆使するタイプなのだろう。

 

「その斥候、まだいると思う?」

 

「いねーだろ。ダンジョンの入口を見つけた時点でオレ達はお役御免さ。オレ達がのろのろとマムルの護衛をしている間に本隊を呼んだって所だろうよ」

 

 キャッティが周囲を見回しながら警戒している事に対し、オレは投げやりに意味がないと伝える。

 何にしても黒騎士を横取りされた事は痛い。折角のレベル3の毒が完全に無駄になってしまった。それだけではない。クラディールのメインウェポンであるフランベルジュは辛うじて残っているが、修復困難だ。彼の火力不足はかなり手痛い。

 

「ガキ、お前はどう思う? あの連中ならダンジョン攻略できると思うか?」

 

「可能だろうさ。遺跡にどんなトラップがあるか知らねーが、サンライスは間違いなくトッププレイヤーだろうし、他のプレイヤーも決して弱いわけじゃねーだろうし」

 

「……ダンジョンの規模にもよるけど、ボス部屋まで3日か4日で到着かもね。悔しいけど、私達だけじゃどちらにしてもボスには挑めないだろうし」

 

 思えば最後のミュウの攻略同行の誘いは、オレ達に『邪魔をするな』と言っていたのだろう。仮に共にするならば仲間に成れ、とも。

 そして、クラディールはそれを断った。元よりソロであるクラディールがギルドもどきに加わる気はないだろうし、そもそも初っ端からオレとキャッティが甥と姪だと嘘をついたのだ。まぁ、その嘘もバレている確率が高いが。

 つまり、キャッティの言うように、ボス部屋まで発見するのにそう時間はかからず、なおかつダンジョン内の目ぼしいアイテムは全て持っていかれ、せいぜいオレ達にできる事と言えば、ボス攻略に参加させてもらえるようにゴマを擦る程度だ。

 もちろん、オレはその気などない。あれだけのメンバーが揃っていれば、コボルド王級のボスでもない限り倒せるのではないかと思うからだ。このステージ全体に言える事だが、モンスター自体は大して強くない。あくまでデバフ攻撃にだけ注意すれば良い。

 ならば、ボスも当然デバフ中心の攻撃スタイルとなるだろう。オレの読みでは魔法攻撃なのだが、あのタンク部隊は魔法対策も施している。苦戦らしい苦戦もしないかもしれない。

 

「オレ達にできる事と言えば、ハゲタカよろしく食い荒らされたダンジョンの内でお零れを見つける事くらいか。やる気出ねーな」

 

 ステーキの最後の一切れを食い千切ったオレの感想は、恐らく2人とも共有しているものだろう。

 情報収集し、ダンジョンの入口を発見し、黒騎士と戦い、そして団体様に全てを持って行かれる。結局のところ、SAOと同じで組織力が物を言うようになり始めたという事だろう。

 だが、恐ろしいのは、まだDBOのデスゲーム開始から2ヶ月程度しか経っていない事だ。

 あれだけの組織を形成するとなれば、それこそデスゲーム開始の時期から始めねばならないだろう。サンライスにその頭が無いだろう事から、彼の馬鹿明るい……ディアベルとはタイプが違うカリスマ性を利用してミュウが組織作りを行ったとみるべきだ。

 SAOの頃とは違い、VR技術がある程度普及し、VRMMOを初めとしたVRゲームが広く親しまれているという下地を抜きにしても異常だ。

 情報を集める必要がある、か。面倒だが、こればかりは手抜きをする訳にはいかない。

 組織とは強さと弱さ、そして恐ろしさを持っている。大々的にプレイヤーを3人も殺害したオレを討伐しよう……なんて動きがあった場合、もはやオレは攻略うんぬんの話ではなく生存戦争を、それも大組織を相手に挑まねばならなくなる。

 思い出したのは、かの有名な血盟騎士団だ。3度に亘ってオレは彼らの捕縛作戦によって追い詰められた事がある。特に3回目の作戦では【閃光】が率いる精鋭部隊による執拗な追跡と下部組織のギルドによるローラー作戦には恐れ入ったものだ。あの時はエギルと風林火山の面々に手助けしてもらい、しばらく身を潜めたものである。

 だが、最終的には【閃光】含む精鋭部隊と戦う羽目になった。さすがのエギル達もアルゴの情報網からオレを隠し切れなかったのだ。

 ……あの時は本当にヤバかった。クラインがヒースクリフに直訴してくれていなかったから、オレは残りの時間を黒鉄宮で過ごす事になっていたかもしれない。

 以後は血盟騎士団から優先的に仕事を請け負う事を条件に解放されたが、それからしばらくしてヒースクリフの正体が茅場晶彦だと明かされた為に血盟騎士団は事実上の崩壊を辿って約束はお流れだ。そして、オレはその頃になってめでたく攻略組に加わるようになった訳である。

 

「ん? アレ?」

 

 と、昔懐かしい記憶を掘り返していたら、オレは妙に引っ掛かる情報を思い出す。

 それは当時の【閃光】の護衛……というかお目付け役だったのか知らないが、とにかく彼女の背後にはいつも1人の男が立っていた気がする。逃げてばかりだった為に正面から対峙してしていないし、【閃光】+精鋭部隊との戦いの時には参加していなかったから、確かな容姿は憶えていないが、いた事は間違いない。

 オレは改めてクラディールを見る。デザートの青い果実を齧る彼は、【閃光】の護衛だった男に似ている気がする。

 

「……あり得ないな。もう死んでるはずだし」

 

 他人の空似か記憶が曖昧なだけだろう。他でもない『アイツ』が殺したそうだし、『アイツ』はその男がラフィンコフィンのメンバーだったと述べていた。

 確かにクラディールは悪ぶった言動が目立つが、悪人ではないように思える。何よりも牛乳道を志す者に悪党がいるとはあまり信じたくない。

 

「ぐだぐだ文句を言っても仕方ねーし、クラディールの新しい剣を見つけたら、オレ達も解散しようぜ」

 

 思考を切り替える。仮に大規模ギルドに指名手配された時はその時だ。伊達に血盟騎士団を相手に3度も逃走劇を繰り広げた訳ではない。

 悲しき事に逃走のノウハウだけならば、あらゆるリターナーでオレに及ぶ者は……いや、アルゴには負けるか。オレの情報を売りやがった腹いせに捕まえてモンスターハウスに放り込んでやろうかと思ったが、尻尾を掴ませないどころか、オレが諦めた頃に情報を売りつけに来るくらいに逃走と交渉と商売を心得てやがるからな。

 

「そうよね。丁度良いかもね。このまま一緒にいても、どうせソロ同士だから空中分解するだろうし、せめてクラディールさんの新しい武器を見つけたらお別れで良いかもしれないかも」

 

 キャッティもオレの意見に同意のようだ。そういえば、彼女には一応忠告だけしておかねばならないのだが、言い出す機会がない。まぁ、別れ際に適当に言えば良いだろう。

 

「なら欲しい剣があるから手助けしてもらうとするか。実はどうにも難しいイベントがあってな、明日にでもヒムンバに戻って受注するぞ。それに風呂に入って牛乳飲みたいからな」

 

「そうだな。オレも風呂入りたいし。あとフルーツ牛乳飲みたいし」

 

「私もお風呂入りたいわ。それと珈琲牛乳飲みたい」

 

「「無いから」」

 

 オレとクラディールは同時に残酷な現実を突きつけてキャッティを泣かす。

 それからしばらくして、オレ達は休む事になった。夜番はオレが申し出た。2人は前と同様にローテーションを希望したが、オレ自身が眠れないからと言って、無理を通して夜明けまで番をする事となった。

 胸中で渦巻くのは、SAOとは異なるテンポで攻略が進むDBOの実態の不透明さだ。

 残りのプレイヤー数はせいぜい8000人弱といったところだろう。徐々にDBOにおける生き残り方も確立し始めた頃のはずだ。一方でモラルの変化の速度は明らかにSAOを凌駕している。

 PoHがあの手この手でSAOにおけるモラルの低下を狙い、ようやくPKや各種犯罪が起こり始めたのに対し、既にDBOでは開始から1ヶ月未満でPKが横行した。その背後には麻薬系や酒系のアイテムのみのせいとは思えない。

 いや、違う。オレ自身が信じたくないだけだ。平和な日本で暮らす人間が大半だろうDBOのプレイヤー達のモラルの崩壊速度、あるいは変質が余りにも予想していたよりも早期化している。

 このゲームのコンセプト上、モラルハザードはいつ起きてもおかしくないとは考えていた。だが、今日のようにレアドロップ狙いでプレイヤーごと矢を浴びせるような戦術を実行するとは思ってもいなかった。

 一部の異質なプレイヤーがDBOに順応し、そして他のプレイヤーにも変化を促進させている。認めねばならない。オレが理解できない部分で、プレイヤーは『プレイヤー』ではなくなりつつあるのかもしれない事を。

 

「本当に起きてやがるんだな。可愛くねぇガキだ」

 

 と、寝息を立てるキャッティを気遣いながら、クラディールが身を起こす。

 やはり彼もまた眠れないのだろう。酒瓶を取り出し、昨晩と同じように飲み始める。

 

「寝るわけねーだろ。夜番の意味がないじゃねーか」

 

「それでも眠たそうにするのが人間っぽいと思うがな」

 

「そいつはどーも。まさかクラディールからそんなお言葉が聞けるとは思いもしなかったな」

 

 オレは手振りで酒瓶を寄越すように要求する。だが、クラディールは露骨に嫌な顔を向ける。

 

「ガキの飲むものじゃない」

 

「子供じゃねーよ」

 

「何処が?」

 

「オレ19歳大学生」

 

「マジか……って、どっちにしても未成年に飲ますわけないだろうが」

 

「結構糞真面目なんだな。見た目と違い過ぎてんじゃねーの?」

 

「大人の義務だ。誕生日まで待ってから飲んだ方が美味いから我慢しとけ」

 

「……そういやクリスマスまで後何日だっけ」

 

「クリスマスって……おいおい誕生日がクリスマスって面かよ。いや、逆に似合い過ぎか」

 

「うるせーよ」

 

 退屈でつまらない会話の連鎖。オレとクラディールは互いに微かに笑む。

 互いに根っこでは警戒したままではあるが、こうした気軽な会話を楽しむ程度には信用が生まれたのは良い事だ。

 後何日一緒にいられるのかは分からない。だが、生きている限りはお互いに何処かで会う機会があるだろう。その時に【渡り鳥】の悪名のせいで軽蔑されているかもしれないが、それでも、もしかしたら、また協力する時が訪れるかもしれない。

 オレはソロだが、別に他人と付き合うのが嫌いではない。コミュ障もSAO時代に患ったものだ。

 ただ、ソロの方が無理も無茶も無謀もできる。他の誰かに縋る事ができないからこそ、逃げ道がないからこそ、自分のやり方を通すことができる。

 

「……ガキ、1つ訊いて良いか?」

 

 神妙な顔をしてクラディールが改まってオレに尋ねる。

 無言の肯定。オレは焚火の熱を感じながら、クラディールがこれから真剣な話をする事を察知する。

 

「これは俺の戯言だ。明日の朝になったらサッパリ忘れてくれ」

 

「そいつは無理だ。でも、オレは他人の寝言を一々憶えてる程に頭の容量がないからどうでも良いぞ」

 

「やっぱり可愛くねぇガキだ」

 

 可愛いと思われたくもないし、そもそも他人の相談事に的確なアドバイスができると過信していないだけだ。何事も予防線こそが重要で肝要だ。

 クラディールはやや多めに酒を口に含む。まるで嫌な何かを飲み込むように。

 

 

 

 

「自分が本当は悪人だったら、どうする?」

 

 

 

 想定外の問い。それはオレの腹に落石し、大きな波紋を作る。

 グリズリーとクローバーの2人。どちらも生に縋っただけの、哀れな寄生虫の宿主。

 オレは彼らを殺した。罪のない者を2人も殺した。そうする事こそが、あの場において、最も生き残る方法として適切であると考えて、その上で殺した。

 

「夢を見る。デスゲームが始まってから毎日だ。毎日、同じ夢だ。夢の中で俺はどうしようもない悪党だ。プライド高く、自分の歪んだ欲望と屈辱に耐えられず、仲間を殺す。そして、俺はどうしようもなく憎い男に剣を突き立てる。だがな、次の瞬間に女に斬られる」

 

 淡々と、我が事を書き残された日記を読むかのようにクラディールは夢の話をする。

 

「その女は男を愛していた。だから助けに来た。俺を殺す為に剣を振るうが、トドメを躊躇する。そして、俺は嬉々として女に剣を振り上げる。憧れ、崇拝していたはずの女を貶める事への快感すらあった。だが、俺は男に斬られて死ぬ」

 

 痩せた頬を撫でながら、クラディールの顔に苦悶が滲む。

 一気に酒を飲み、クラディールは額を数度叩いた。どうやら夢の話をすると実際に頭痛がするらしい。

 仮想世界における頭痛とは、すなわち脳のSOSであるとオレは考えている。五感を支配されながらも、オレ達を仮想世界に導くアミュスフィアⅢは脳の情報をかき集め、現実の肉体と同じように随時フィードバックさせているのかもしれない。

 

「目覚める度に分からなくなる。俺は夢の中の悪党のままなのか、それとも『俺』のままなのか」

 

「仮に……悪人だったら、どうする?」

 

「死にたい。俺は耐えられない。『夢の中の俺』なら悪人である事を嬉しがるかもしれないが、『今ここにいる俺』は他人を……仲間を殺して狂喜するような、人間じゃないバケモノである事に耐えられないだろうな」

 

 それは告白だった。どうしようもないクラディールの弱さの吐露だった。

 何故? オレには疑問に思えてならない。いかに信用が多少あるとはいえ、その本心を明かすにはオレとの絆など皆無に等しいはずだ。

 

「ガキ、お前は強い」

 

 だが、その答えはクラディール自身が与えてくれる。

 

「矢が降って来た時、お前はそれよりも先に何かが来るって分かってたんだろ? 殺気を読むって言うのか知らないが、少なくともヤバさを誰よりも先に感じ取った」

 

「鼻が利くだけだ」

 

「ああ、それだ。それが良いんだ。もしもだ。もしも、俺が悪人になっちまったら……」

 

「仮定の話は良いんじゃねーの? 所詮は夢だろ?」

 

 何を怯えている? オレはあえてクラディールを嗤う。

 悪人である事に耐えられない。それはクラディールが善人である証拠ではないか。

 オレとは比べ物にならない善性。クラディールは天国にいける人間だ。オレのように殺す事を是とする判断を下したりしない。

 

「オレの方こそ、ありがとう」

 

 善と悪。使い古された二元論だが、オレの秤の傾きは悪の方にある。

 そして、オレは生き残る為ならば悪と言われる選択を手に取れる人間だ。ならば、オレは悪人なのかもしれない。少なくとも、もう善人であると言える事はない。

 SAOで、いかなる理由であれ200人以上も殺しても、オレの生き方は変わらない。あれ程嫌悪していた仮想世界にすら、いつの間にか馴染み、この生活にある種の活力すらも感じてしまっている。

 だから感謝したい。オレは忘れてしまっていた。善と悪の2つが存在し、多くの人はそのフィルター越しでなければ物を見る事ができない事を。

 

「クラディール、オレが保証してやるよ。お前は善人だ。だから、その心を捨てるんじゃねーぞ?」

 

 ガキのオレに言われても心に響かないかもしれない。

 でも、オレには尊く思える。善であるか、悪であるか、夢と現と仮想世界の中で揺れるクラディールの姿は、この世界における希望にすら見える。

 以前に思った通り、いずれスキンヘッド野郎、グリズリー、クローバー、ラインバース……DBOで4人も殺したオレは誰かにとっての悪だ。それを自覚した上で、オレは返り討ちにし続けなければならない。復讐者も、大義による討伐隊も、かつてのオレと同じように誰かに雇われた傭兵も、オレの命を狙う者は全員、殺す気で迎えなければならない。

 その度に、オレはクラディールのお陰で思うことができる。彼らにとっての悪とはオレだったのだと。

 

「……ガキに言われるまでも無いんだよ」

 

 強気に返すクラディールに、オレは頬を緩ませた。

 そして、同じ仮想世界にいる2人のプレイヤーに祈りを捧げる。

 ディアベルとシノン。オレにとって大事な仲間であり、オレを悪人としてではなく仲間として見てくれた2人の無事の為に。




シリアスばかりなので、たまにはギャグを入れたい。
でもギャグを入れる隙間が無い。


いつかオールコメディを書きたいと27話に願って、

Let' MORE DEBAN!

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