SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ

ザクロ、死亡。お疲れさまでした。

そして、白と氷の戦いが再び始まる。


Episode18-28 春を捧ぐ

 落ち着かない。グリセルダは今後のクゥリの傭兵活動プランの練り直し作業を行いながら、何も出来ない自分に苛立つようにデスクを指で叩く。

 たださえ悪かった聖剣騎士団からの印象は下がり、信用を取り戻すのは大きな努力が求められるだろう。幸いにも受託以前の交渉の段階だったので依頼破棄になっておらず、莫大な違約金の支払いが発生しなかったのは幸いであるが、今後は聖剣騎士団よりボス・ネームド討伐の依頼をもぎ取るのは絶望的というべきだろう。そもそも聖剣騎士団には専属傭兵がいるのだ。わざわざ独立傭兵に、それも足並みを崩しかねず、また『関われば死ぬ』とまで悪評がある【渡り鳥】を生死が交錯するボス戦に参加させれば士気が下がるというものだ。

 隔週サインズの表紙を飾り、インタビュー記事などで大衆の印象は多少の改善が出来たが、バトル・オブ・アリーナはプラスを粉微塵にしただけではなく、余計な副産物まで生んでしまった。それは皮肉にもグリセルダが考案した、外見や振る舞いの是正がまさかの悪影響である。

 

「『死天使』ねぇ……まぁ、【渡り鳥】らしいんじゃない?」

 

 ソファにもたれかかり、琥珀色の濃いアルコールを煽るヨルコの笑い声に、不快そうにグリセルダは眉を顰める。死天使と呼び、畏れ敬う者がいるとエドガーからリークがあったのだ。すなわち、この世の理不尽は全て【渡り鳥】のせいであり、彼を恐怖の対象として祀って鎮めるべきだという狂った信仰者たちである。

 どうか自分たちを殺さないでほしい。我々はあなたの敬虔なる信徒である。そう自己防衛の為に彼らは『祈る』のだ。DBOの現状を考えれば仕方のない話なのだろう。だが、それが悪評を高めているのだから始末に負えない。あの容姿が却って人々に恐怖を増幅させてしまっているのだ。

 

「笑い事じゃないわよ、ヨルコ。あの子の周りはたくさんの死がある。でも、それはあの子のせいじゃないでしょう?」

 

「人間は因果関係を欲しがるものよ。グリセルダさんがどれだけ否定したくても、【渡り鳥】は死を運んでくる。敵にも、味方にも、何の区別もなく、彼以外は死ぬ。アインクラッドから続く『事実』の噂じゃない」

 

 ヨルコの一切の遠慮がない言葉にグリセルダは閉口する。

 それはグリセルダが【渡り鳥】と名づけ、それがアインクラッドの傭兵の異名として広まり始めた頃、誰かと言うまでもなく、その恐怖と共に伝染し始めた。

 その傭兵に関わってはいけない。敵も味方も死ぬ。そんな曖昧で、悪意と恐怖に満ちた、だが確かな結果として積み重なった噂だ。

 

「そうね。でも、人間はマイナス点ばかりに目がいく生物でもあるわ。成功はすぐに忘れ、失敗ばかりを気にする。だから彼の周りで起きた死ばかりが注目を浴びる。ましてや、彼は常に激戦の中にいたわ。普通なら……絶対に生き延びられない戦いを、何度も何度も潜り抜けてきた」

 

 それ以上はグリセルダも言えず、グリムロック工房改め黄金林檎工房の、鍛冶仕事を行う工房室と繋がったリビングに差し込む陽光に憂いを帯びることしかできなかった。

 逆に言えば、クゥリが『生き残った』こと自体が噂の源泉なのだ。すなわち、周囲が望んだのは『クゥリの死』という結果に他ならず、それを覆し続けたからこそ、彼は死神扱いされているとも言えるだろう。

 死んでしまえ。死んでしまえ。死んでしまえ。そんな風に呪われ続けながらも、今日まで生き残ってきたのだろう。やがて過ぎた恐怖は信仰を生む。そして『神』が生まれるのだ。

 神話の中にいるのかもしれない。グリセルダはそんな恐怖心を抱く。【渡り鳥】という名が1人歩きして、曖昧で霞がかかった事実が尾ひれをつけて拡散し続ける。

 

「でも、私もヨルコも生きてるわよ? 関われば死ぬならば、私もあなたも生きているのはおかしい話じゃないかしら?」

 

「えー? それ言いますか? 私たちってどっちも死人なのに」

 

「だったら、グリムロックは? 彼に近しいはずなのに、今も生きてるわよ? それに、私の死後らしいけど、【黒の剣士】と組んでいたらしいじゃない。だったら彼が死んでいないのは何故? ほら、たくさん生存者がいるじゃない。クゥリ君が関われば死ぬなんて、ほんの一瞬を切り取った『都合の良い恐怖』に過ぎないわ」

 

「……それもそっか。結局は、人間って自分の都合だけで物事を見てるだけってことなのねー。グリセルダさんの勝ちだわ」

 

 負けたからイッキ♪イッキ♪と言ってグラスを傾けるヨルコに、本当にどうやったら禁酒させられたものだろうかと悩みつつ、グリセルダは『生き残った自分たちの視点』ならばそう映るのだろう、と内心で注釈を入れる。

 だが、他でもない本人……クゥリの視点からはどうだろうか? 彼の目から見た時はいつだって死がそこにある。グリセルダ達が生き残ったナグナも彼の視点からすれば、少なからずの面識があったという大ギルドの者たち、親しくなっていたギンジ、自らの手で『始末』した末期感染の晴天の花のメンバー……これだけの死が溢れている。無論、グリセルダも多くの仲間を失ったが、彼とは視点が根底から違うだろう。

 だからこそ、グリセルダは『恐ろしい』のだ。彼が死を招くのではなく、その決して折れない心が純粋に恐ろしい。断じて彼の死を願っているのではない。どうして立ち上がれるのか、その1点で恐怖心を抑えれないのはグリセルダが人間だからだろう。

 グリセルダはナグナで何度も心が折れた。グリムロックが傍にいなければ立ち上がる事も出来なかった。だが、クゥリは最後まで戦い続けた。深淵の魔物を倒し、その後は獣狩りの夜に巻き込まれて、それでも戦いを止めなかった。あの時、ユウキがいなければ彼は文字通り死ぬまで止まらなかっただろう。

 親しい者の死であろうとも、彼の心を折るには足らない。グリセルダはそれが純粋に恐ろしかった。彼は自分以外の全員が死んでも、このDBOで最後の1人になっても、きっと戦い続けることができるだろう。

 武器が無くなくなったならば奪えば良い。それでも足りないならばレベルを上げて≪鍛冶≫を獲得し、最低限の修理と強化が出来るようにすれば良い。グリムロックの武器は確かに強力だが、『グリムロック製でなければならない』理由はない。極論でも何でもなく、敵に相応のダメージが入れば、それで良い。彼は戦い続けられる。

 黄金林檎はクゥリが『戦い続ける』為の必要条件ではないのだ。たとえ、グリセルダ達が死んでも、彼は誰かに立ち上がらせてもらう事もなく歩き続けるだろう。

 彼にとって死とはどのように映るのだろうか? グリセルダは悩むもこれだという回答は得られない。

 

「悩み事かい?」

 

 工房で一仕事を終えたらしいグリムロックが汗をタオルで拭きながら姿を現し、グリセルダに笑いかける。あっさりと自分を死に追いやった愛する夫の言葉に、グリセルダは我に返る。

 

「ええ、大したことじゃないわ。それよりも、あなたこそクゥリ君がいないのに随分と精を出しているじゃない?」

 

 取り繕った一言であるが、途端にグリムロックの双眸から光が失われたことにグリセルダは失敗を悟る。

 

「まぁねぇええええ。どうせクゥリ君のことだから全部とは言わずとも半分は壊して帰ってくるだろうから、今の内に試作段階の幾つかを完成の目途だけでも立てておこうと思ってね」

 

 グリセルダ以上にクゥリについて理解しているらしいグリムロックらしい先見性はある種の諦観なのだろう。確かに彼は『絶対に武器を壊す』という死神なのかもしれない。そもそもDBOにおいて激戦でも武器は修復可能な破損止まりが普通である。完全破壊は珍しく、修復不可などは滅多にないのだ。

 逆に言えば、『死者』に限れば武器の大破損は珍しい話でもない。そもそも武器が壊れた時点で死亡するのがDBOにおける『普通』なのだ。

 

「熟練度の関係もあるからね。最低でも素材として回せば少しくらいは熟練度も引き継がれる。特にザリアは脆いからね。純粋な雷帝結晶が使われている替えが利かない本体のコアが破損さえしていなければ何とかなるさ」

 

 キッチンで珈琲を入れてきて美味そうに飲むグリムロックに、呆れたようにグリセルダは思わず呆れてしまう。

 

「……それは完全にあなたの設計のせいでしょう? クゥリ君のせいにしないでもらえる?」

 

 ボールドウィンが設計したレールガン。それに改良案としてプラズマガンとしての機能を追加し、挙句に生還後はレールに銃剣機能まで付与したのは他でもないグリムロックだ。

 ザリアの名前を出した瞬間に、今度は気持ち良さそうに酔っぱらっていたヨルコの目から正気の光が消える。

 

「アレのせいで、私って何度頭をぶつけたんだろう? 思い出しただけで失神しちゃいそう」

 

 クゥリが≪光銃≫を持っていないが故に、実際に備わったプラズマガンがどのようなモノなのか試射すらもしてなかったグリムロックは、改良するにあたって、自衛の為に≪光銃≫を持つヨルコを実験体にしたのだ。

 結果は地獄である。レールガンにあるまじき反動を持つザリアは、プラズマガンにおいても反動は桁違いだった。その反動値はショットガンにも匹敵するクラスだったらしく、設計時である程度は考慮していたとはいえ、実際にデータを取るまでは何とも言えないと思っていたグリムロックも『計算していたとはいえ、一晩仕事だったからなぁ』と漏らした程である。

 通常のプラズマガンと違い、ザリアは青い雷を放出する。これをグリムロックは見た目の印象通りに雷弾と命名した。だが、片手で持てる重量に抑えたレールガンという時点でお察しものなのだが、火力・継戦能力・射程を優先するあまり、安定性と反動は絶望的なのだ。

 安定性はまだ構わないだろう。レールガンの時点であって無いようなものだ。だが、反動はプラズマガンとしては欠陥級である。しかもレールガンの性質上射撃サークルも表示されないので扱い辛さは倍化どころではない。それでもクゥリが片手撃ちできる、STRの高出力化を前提とした、彼専用の仕様で纏めているのはグリムロックらしいだろう。

 ただし、その後の度重なる試射によってヨルコは甚大な被害を与えられた。彼女の後頭部は今もザリアの反動を強く憶えているのだろう。怯えるようにヨルコは頭を抱えている。完全に彼女の新たなトラウマと化している。

 

 

 だが、ザリアはグリセルダにとっても看過できない最大級の欠点を持っている。それは非経済的という点だ。

 

 

 実体弾メインの≪銃器≫とエネルギー系の≪光銃≫には運用する上で大きな違いが幾つかある。

 ハンドガン・ライフル・ショットガン・マシンガンといった実体弾で物理ダメージを与えることを前提とした≪銃器≫は、クゥリが現在使っている連装銃のような古式銃のように属性付与した弾丸を使用するタイプであれ、バトルライフルやヒートマシンガンのように火炎属性による追加ダメージを主体としたものであれ、銃弾1発ごとの消費である。

 たとえば、リロード1回分の7割を消費した場合、その分の7割を追加補充すれば良い。後に経費としてかかるのも7割分の弾薬費である。

 対して≪光銃≫はレーザーライフル、パルスマシンガン・プラズマガンなど種類はあれども、いずれもチャージマガジン……エネルギー弾倉を使用することになる。エネルギー弾倉は魔力容量があり、これをチャージすることによって使用を可能にする。タイプは様々であるが、基本的に1つのジャンルにつき1種類のエネルギー弾倉しか持ち込めないというルールがある。

 そして、エネルギー弾倉は消費分を回復させることはできない。エネルギー弾倉で1個という扱いである以上、たとえば7割消費した場合、残るのは3割分だけであり、魔力を込めて再充填はできない。しかも本体からオミットした場合、その3割分すらも使用不可になる。

 これがどれだけ非経済的なのかは言うまでもない事だろう。戦いにおいて……特に強敵と相対するならばオートリロードを含めたセットできる弾薬は開始時点で『フル』の状態が望ましい。だが、≪光銃≫はそれを維持する為には中途半端に残したエネルギー弾倉を破棄するしかないのだ。経済性を優先して半端に残った分を使うという選択肢もあるが、その消耗分が生死を分かつかもしれないのである。当然ながら、そんな選択をするのは、日常的に行われるレベリングやアイテム集めのマラソンのようにコスト優先の場面だろう。

 そして、1つのジャンルに付きエネルギー弾倉は1種類しか持ち込めないという制約が更に大きな足枷となる。

 たとえば≪銃器≫の場合、本体の性能だけではなく、銃弾で攻撃力・射程距離・距離減衰・衝撃・スタン蓄積・反動などあらゆる性能が変動する。逆に言えば、所持上限数が高く、アイテムストレージ容量を喰わない弱い銃弾を本命相手までは使い、所持上限数は低く消費容量も高い強力な銃弾を温存できるという利点がある。

 だが、 ≪光銃≫の場合は性能の過半を本体に依存する。これはエネルギー弾倉によって火力や射程距離といった攻撃面において左右されないという利点もあるが、温存することができないというデメリットもある。エネルギー弾倉はジャンルにもよるが、持ち込める数は少なく、また容量はいずれも大きい傾向があるのだ。

 加えてザリアに使用されているエネルギー弾倉は『事前チャージ型』である。これはリロード時にエネルギー弾倉に魔力を込めるタイプではないので、リロード時に魔力消費量を『リロード作業』のみで抑えられるというメリットがある。だが、その一方で武器枠から解除した時点で『消費された』とカウントされる為に、たとえフルに充填された状態でも消費されてしまうのだ。

 非経済の極み。グリセルダはそう評する。ザリアのオートリロード分はエネルギー弾倉2個だ。つまり、ほんの数射しか使わずとも、工房で修理の為にオミットすれば、即座に使用されている超高額のクラウドアース製エネルギー弾倉は消滅するのである。しかも手放してファンブル状態になれば、再装備の為に1度オミットしなければならない。つまりファンブルは許されない。

 グリセルダの交渉に何処吹く風で『そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?』と嫌味たっぷりの『お得意様価格』で売りつけてきたネイサンの大勝利である。早急にグリムロックにザリア向けのエネルギー弾倉の開発を要求したが、銃弾・エネルギー弾倉関連はいずれも大ギルドの方が技術力は上なのだ。量産武器という『コスト重視』の開発データと繰り返されたゴーレム開発のノウハウは伊達ではないのである。彼らが自前の主戦力や専属傭兵向けに開発したハイエンドの銃弾・エネルギー弾倉・矢・大矢・ボルトといった射撃系消費アイテムは、グリムロックも素直に敗北を認める程の絶対的な性能差があるのだ。彼が消費アイテム関連で勝っているのは『これを考えたのは誰だ!?』とツッコミ満載のHENTAI仕様の投げナイフくらいである。鋸ナイフなど効果こそ単純だが、開発だけでグリムロックの寿命を3年削ったのではないかと思う程の精巧さだ。レシピによる再生産が不可だった場合、決して数を揃えられるものではないだろう。

 戦闘時に魔力を消費しないという強みがあるとはいえ、事前チャージ型はあまりにも欠陥が多過ぎる。だからこそ、クゥリはザリアの運用する際にパラサイト・イヴを前提とするだろう。武装感染状態ならば、体内にあるパラサイト・イヴと同化した扱いであり、手放してもファンブル状態にならないという『相手の認識の外側を突く』という暗器の本質としての特性が助けとなり、弱点を減らすことができる。

 だが、その場合は逆にクゥリ本来の戦闘スタイルに弊害をもたらす。ザリアは当然ながら武器枠を2つ消費する。そして、パラサイト・イヴで1枠消費となるならば、『ザリアを使用する以上はパラサイト・イヴを除く武器1つしか使えない』のだ。それは多種の武器を併用するクゥリに大きな制限をかけることになるだろう。

 グリセルダは思案する。ザリアを持ち込んだということは、間もなくとまで迫った『レベル80まで到達するしかない単身での激戦』を想定し、なおかつ新たなスキルとして≪光銃≫を取るという事である。完全に機能を解放したザリアの強力さは、渋々ではあるが、赤字を認可する程度には申し分ないものだ。

 レールガンのチャージ機能を持つが故に、プラズマガンの持つチャージ機能はエネルギー弾倉消費ではなく、自前の魔力消費に切り替わり、より破壊力を追究し、またエネルギー弾倉の非消費という継戦能力強化の一助となるだろう。これはチャージ型レーザーライフルの特性そのものであり、レールガンの性質を正しく認識したグリムロックが『ナグナでの一晩にて』応用を思い付き、『試作無し』で実装したものである。ただし、反動は更に強化される為、チャージ時のプラズマキャノン……レールガンの射撃同様に収束雷弾の場合はまず足を止めねばならないが。

 何にしてもハイリスク過ぎる。そもそもグリセルダとしては≪光銃≫を取ってもらいたくないのだ。よりサポート系を充実させるか、いい加減に1つくらいは気分転換になるフレーバー系を取ってもらいたいのである。

 と、そこでザリアの話をし始めてから妙に目線を逸らすグリムロックに、グリセルダは妻としての、そして女の直感を働かせる。そう、『夫は何かを隠している』という核心を貫く確信である。

 

「ねぇ、あ・な・た? ザリアといえば≪光銃≫よねぇ」

 

「そ、そうだね」

 

「あなた、最近はことあるごとに『あのスキルを取ってくれ』とか言ってるけど、クゥリ君もいい加減にサポート系を増やすべきだと思うのよ。違うかしら?」

 

「全面的に同意だ」

 

「ところで、話は変わるけど、クゥリ君って少し前にちょっと不自然な依頼が入ってたのよねぇ。サインズを通していない、傭兵仲間からの直接の依頼らしくて、本人も信用できる相手だから『騙して悪いが』はないだろうって事で認可したけど……どうにも何かのイベント攻略だったみたいなのよ」

 

「…………」

 

 多くのスキルは存在するが、EXスキルを初めとして、特定の条件を満たさねば獲得できないスキルは多い。≪銃器≫もその1つであり、多種多様ではあるが、≪銃器≫獲得イベントをクリアせねばならない。

 

「今度は何を取らせたの!? 言いなさい! あなたが懇願していた≪光剣≫かしら!? それとも使い道がもっと限定されるスキルかしら!?」

 

 デスクから跳び上がって逃げるグリムロックにアームズロックをかけるグリセルダに、彼は窒息状態となって暴れる。本気で殺しにかかった絞め技を前にして、ヨルコは現実逃避のようにボトルで酒をラッパ飲みし始める。

 

「分かったよ! 分かった分かった! だが、誤解しないでくれ! 私が誘ったんじゃない! あ、ごめんなさい! 私も裏で1枚噛んでます! でも、クゥリ君も乗り気だったから……!」

 

「あの子が交渉面で残念過ぎるのはあなたが1番知ってるでしょう!? あの子、私がいなかったらどれだけ格安で依頼を引き受けていたのか分かったものじゃないんだから! 自分の商品価値の認識ゼロ!『パフォーマンスに対して安価で経済的な捨て駒』扱いされてたアホの子なんだから! そもそもあの子に交渉能力とかあったら、こんなに悪評塗れになってるわけないじゃない!」

 

 グリセルダの怒りの背負い投げを受けてようやく解放されたグリムロックはゼーゼー言いながらも、僅かに恍惚とした様子で、グリセルダに弁解の機会を求める。

 その内容は実に納得できるものであり、同時にクゥリらしいものであり、そしてグリムロックにケツパイルの刑が確定する程に限度を超えたものだった。

 

「≪武器枠増加3≫って……≪武器枠増加3≫って……あの子、一体幾つ武器を同時運用するつもりなの? 馬鹿だとは思ってたけど、ここまで馬鹿だなんて思ってなかったわ」

 

 上位スキルは数あれども、わざわざイベントをクリアして≪武器枠増加3≫を得たモノ好きはDBOで『2人』だけだろう。まだ『彼』の方は戦闘スタイル上納得できる。だが、クゥリの場合はわざわざ増やす必要などないではないか。思わず顔を覆って泣きたくなるグリセルダに、自信満々にグリムロックは胸を張った。

 

「だけど、これでレイレナードもコンセプト通りに運用できる! 加えてザリア使用時にパラサイト・イヴの武装感染を発動させつつ、他に2種の武器を同時運用でき――」

 

「ねぇ、少し黙って土下座しててもらえるかしら?」

 

 落ち着く為にデスクに戻ったグリセルダはにっこりと笑って夫に無言の土下座をさせる。

 まだそうと決まったわけではないが、わざわざイベントをクリアして習得条件を満たし、なおかつザリアを持ち出している以上は、≪光銃≫と≪武器枠増加3≫を得たのは間違いないだろう。考えようによってはより攻撃手段が増えたのだから悪い事ではない。無論、その分だけ修理費・開発費は嵩むことになるだろうが、それはグリセルダが仕事をもぎ取って来て補えば良いだけだ。

 ザリアの運用は今後の課題として入れねばならない。心の何処かでいっそ完全破壊されて来れば悩まされることもないかもしれないと思う一方で、そんな真似をしたら夫はよりHENTAI的な武器を作りそうな気がして恐ろしい。

 故にグリセルダは本質に戻る。ザリアは強力だ。だが、逆に言えば、ユウキが追いかけた妖精の国とはそれほどのまでに強敵が存在するという前提をクゥリは立てていたことになる。

 

「……どうしてザリアに≪光銃≫を組み込んだの?」

 

 だから、自然とグリセルダは愛する夫に尋ねていた。

 あの土壇場で、グリムロックはわざわざレールガンにプラズマガンの機能を備えたキメラウェポンを開発した。死神の槍バージョン2はまだ分かる。深淵の魔物を倒す為には強力な武器が1つでも必要だったのだ。だが、ザリアの場合はボールドウィンが設計した通りに『レールガンのみ』の構造で良かったはずなのだ。

 無論、グリムロックには≪光銃≫開発に関する密やかな見地があった。ドキドキ☆ソルディオス計画である。『そういえば、【渡り鳥】は≪光銃≫持っていないのに、よくこんなにノウハウ持ってるわよね』といいうヨルコの何気ない問いによって露呈した悪夢のゴーレム開発計画である。つまり、ザリアはボールドウィンによって生まれ、そしてソルディオスの正当なる遺伝子も受け継いだキメラウェポンなのである。

 しかし、それでも悪魔的だ。夫は試作もなく、試射もなく、不全があれば深淵の魔物を倒す為の強力な武器すらも失われるリスクすらも超えて、あの場でザリアを生んだのは、決して単なる鍛冶屋としての好奇心だけではないとグリセルダは見抜いていた。

 

「クゥリ君はね、私とは違う。キミとも違う。ヨルコとも違う。どんなにボロボロになっても、彼は必ず生きて戻るはずだ」

 

「だからなの?」

 

「ああ、だからだよ。私は鍛冶屋だ。クゥリ君は必ず勝つ。だったら『次の戦い』に備えるのは当然の事だろう? まぁ、結果として表面的には『クゥリ君の専属』ではなくなってしまったけどね」

 

 平然と言ってのけるグリムロックに、途端にグリセルダは恐ろしくなる。

 それはもはや狂気の沙汰だ。誰よりも彼の『力』に触れる鍛冶屋という立場だからこその判断だ。

 休憩も終わったとばかりにグリムロックは工房の奥に戻る。クゥリが行方不明になって以来、彼は決して工房から離れない。『次の戦い』の為に新たな装備を考案し、寝る間も惜しんで再設計を繰り返し、試作を生んでは望む結果が得られずに苦悩する。その後ろ姿をグリセルダは直視できなかった。

 

「私には【渡り鳥】の鍛冶屋として義務がある。彼がバケモノだと呼ばれる一端が私の作品にあるならば、私は彼に見合う装備を作り続けなければならない責務がある。この世界が終わるまで、完全攻略の日まで、クゥリ君の武器を作り続けるさ。そうしないと彼は『独り』になってしまうからね」

 

 半ば狂気と同化したほどの情熱と信念。それが工房に充満し、覇気となってグリセルダに沈黙を与える。

 グリセルダは考えた。クゥリならばグリムロックがいなくとも戦い続けられる、と。事実として1度は専属から外すという判断すらもした。だが、今も彼がグリムロックの武器を『何ら迷いなく』使えるのは、誰よりも彼の武器を信用と信頼をしているからだ。

 たとえ、戦場で流れた血の分だけ……皮肉な程に血と死で満たされた死闘があったからこそ、彼らは互いに全幅の信用を置いているのだ。決して信頼ではない。そして、2人ともそれで良いと思っている。

 

「それにね、戦いを決する要因の1つは事前準備だ。勝敗を決定づけるのは本人の実力と手札の枚数だよ。私は彼の『手札』を担う者として『装備に関して限れば』一切の手抜かりはない。指輪、ナグナの狩装束、骨針の黒帯、鋸ナイフ、贄姫、連装銃、死神の槍、ザリア、パラサイト・イヴ、それにナグナの赤ブローチ。彼なら全てを余すことなく、壊れ尽くすまで使いこなすはずだ。私が考え付かなかった、予想外の使い道をするはずだ」

 

 少しだけ振り返ったグリムロックは丸眼鏡を光らせながら薄く笑う。壊れて戻って来るならば上等だ。欠片も残らなくとも開発のノウハウは頭の中に入っている。全てを礎にして更に鋭い爪牙を与えよう。これは鍛冶屋の終わりなき戦いなのだ。そう声高に宣言するように笑う。

 

「だから、私は彼の期待に応え続けるさ。彼を驚かせ、呆れさせ、絶望させるくらいに、『壊れる最後の瞬間まで敵の喉元に喰らい付ける』武器を作らないといけない。それが私の選んだ……鍛冶屋の信念だ」

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

『擬態。意外でもなんでもなく、自然界においてこの能力は珍しくない。たとえば、ある種の蝶は枯れ葉に、ある種の蟷螂は花に、ある種のタコはあらゆるモノに擬態する。有名なところで言えばカメレオンなどもそうだ。周囲の色と同化する。中には熱すらも誤魔化す為に低体温化する生物もいる。彼らの目的は大きく分けて2つ。外敵から逃れる為の生存戦略、そしてもう1つは獲物を狩る為の効率的なハンティング能力だ。どちらにしても有効だ。相手に認識させない事。擬態はそこに全てがある』

 

 それは大学の講義の1つ。ご丁寧に灼けていない、笑えるくらいに日常的な風景。あの時に提出したレポートはD判定で単位を落としたものだ。

 トリスタンの透明化は擬態と変わらない。視覚と聴覚を完全に欺いているだけだ。本能の業……ヤツメ様の導きならば、ランスロットの瞬間移動の時と同様に対処できるかもしれないが、今は氷の柱にもたれかかったままそっぽを向けている以上は期待できない。

 試しに義眼の能力であるソウルの眼を魔力消費も厭わずに使ってみたが、やはり見つけ出すことは出来なかった。≪気配察知≫や≪存在感知≫などのアンチ隠密スキルがあればとも思うが、無いものは試せない。

 だが、そもそも『この程度』ならばわざわざヤツメ様の導きを使うまでもない。シャロン村で大量に仕入れた粗鉄ナイフを周囲に放る。トリスタンがこの瞬間もオレを狙っているならば、ヤツは投げナイフで自分の居場所を割り出そうとしていると勘違いするだろう。無論、それも少なからずの期待もあるが、ヤツは魔物になろうとも知性まで著しく失っているとは考え辛い。アルトリウス程ではないかもしれないが、ザクロを追い詰めるほどのクレバーさは持っていた。そうでもなければ、透明化と出血・欠損効果が大きい攻撃をこうまで操れるはずがない。後継者が設計したオペレーションのみならず、ヤツ自身が『命』あるAIでなければ、高度な戦術の運用は不可能だ。

 AIは人間を凌駕した。チェスのチャンピオンを、囲碁のトップを、将棋界の怪物たちを倒した時に、きっとAI開発者たちはそう妄信しただろう。だが、AIは今以って『命』が無ければ殺し合いにおいて人間を凌駕しない。

 人間を超えるような機動が取れる戦闘機? それがなんだ。撃ち落とせば何ら変わらない。ただの鉄屑だ。むしろ、多くの兵士は嬉々とするだろう。『殺しても「死」が無い相手ならば訓練と同じで気負う必要が無い』と笑うだろう。そして、いずれ軍需企業の人々は気づくだろう。『優秀なAIを開発するよりも、人間がどんな機動にも耐えられる技術を開発した方が「勝てる」のだ』と悟るだろう。

 だからこそ、オレは後継者の凄まじさを理解する。ヤツはAIに『命』を与えた。それも偶然ではない。恐らくは何かしらの法則性を見つけ出したのだ。そして、その『命』あるAIは量産できない。それもまた事実だろう。可能であるならば、モンスターの全てに『命』を吹き込んでいるはずだ。だからこその、聖夜で知った『命』を冒涜する技術……ファンタズマビーイングのはずだ。

 だからこそオレは信じている。トリスタンの全力がこの程度であるはずがない。ザクロの『優しさ』に見合う、戦士の誇りが彼にもあるはずだ。今も彼にはそれが残っているはずだ。指輪に固執する程に、彼は『獣』になろうとも捨てられないものがあるはずだ。そして、それは彼に殺されたザクロの傷が教えてくれた。

 

「トリスタン、アナタの悪夢を終わらせます」

 

 狙い撃つ。フルチャージしたザリアの収束雷弾を放つ。プラズマキャノンのそれは何もない空間へと真っ直ぐと伸び、直撃の雷爆風がトリスタンの悲鳴と共に凍える空気を震わせる。

 確かにトリスタンの透明化能力は完璧だ。視覚・聴覚・嗅覚の3つを完璧に欺くだろう。極近距離まで接近されて冷風を浴びるまでは……必殺の距離まで近づかれるまでは誰も襲撃に気づけない完璧な奇襲能力だ。それはランスロットの瞬間移動……深淵渡りに近しい。

 特に厄介なのはプレイヤーの≪消音≫の上位版とも思える消音効果だ。プレイヤーの≪消音≫は隠密ボーナスを高め、自身から一時的に発生する音……装備の擦れる音、呼吸、足音をなどを消すことができる一方で、たとえば蹴飛ばした石、何かを倒した落下音、そしてトラップとオーソドックスな鳴子などまでは消せない。だが、トリスタンはそれらすらも無効化すると見て良いだろう。何せあの巨体と冷気だ。少し動くだけで氷は剥がれ、蹴り飛ばされ、また冷気は周囲の物質に干渉し続ける。すなわち、二次的、あるいは三次的な『自分の居場所を露呈させる音』を消せると判断するのが最も相応しい。

 貫通性能も低く、攻撃力も最低クラスの、およそ使い道がないような粗鉄投げナイフ。だが、凍った地面に、氷の柱に、天井に中途半端でも先端を埋める程に突き刺すくらいならばできる。そして、それらは1つのセンサーとして機能する。

 すなわち『視覚』。不自然な程に物音を立てずに『倒れる』投げナイフ。それはトリスタンから放たれる冷気の証明。投げナイフが倒れた空白地帯こそがトリスタンの居場所だ。

 

『だが、擬態できる生物でも、生存率は100パーセントでも無ければ、狩りは必ず成功するわけでもない。どれだけ擬態していても、彼らは「そこにいる」限りね』

 

 ありがとう、教授。単位をくれなかったのは今でも抗議したいが、アナタの教えもまた狩りに役立った。じーちゃんの言った通り、『人生、これ全て狩りの教本』だ。透明化していようとも必ずトリスタンはそこにいる。深淵渡りで瞬間移動ともランスロットの実体は必ず現れる。ならば恐れるに足らず。対処し、狩る。それだけだ。

 トリスタンが叫びながら指を伸ばす。鞭のように振るい、あるいは槍のように真っ直ぐ伸ばす。それらは技巧に満ちているようで、その実は闇雲だ。深淵の魔物アルトリウスには及びもつかない。彼は魔物になろうとも右腕と同化した大剣は無双の剣技を誇り、その異形の複数の左腕は奇知に富んだ獣の連撃となっていた。だが、トリスタンのそれは『獣』に振り回される粗さが目立つ暴力だ。

 指はいずれもトリスタンを中心に動く。ならばトリスタンを捉え続ければ良い。2対の腕から伸びる指の数は合計20本だ。少な過ぎて欠伸が出る。99層ボスの方がヤバかった。あれは脳がパンクすると思う程の物量の暴力だったからな。

 

「久藤の狩人にただの猛獣風情が勝てると思うな。貴様のようなケダモノを腐るほど狩ってきたのが我らの歴史だ」

 

 トリスタンが『獣』のままであるならば、そこに狩人の礼儀は不要。這い上がって来い、トリスタン! その全力を糧として、オレはランスロットを倒す! 妖精王を殺し、『アイツ』の悲劇を止める! 何よりも、今の貴様のまま殺してもザクロの依頼は果たせない。『獣』に過去への渇望など似合わない!

 氷の鎧と冷気による加速? アルトリウスの深淵纏い比べて温過ぎる! 爪と牙の出血・欠損効果? 元より攻撃に当たるつもりはない!

 シャドウイーターの方が何倍も手強かった。ヤツの方が遥かに誇り高く『人』の心を怪物であろうとも持っていた。トリスタン、オマエはどうなんだ? このまま『獣』として果てるつもりなのか?

 

<左腕ザリア、エネルギー残り30パーセント。オートリロード時のインターバルに注意してください>

 

 不意に流れるアナウンスにオレは眉を顰める。グリムロックめ、余計な機能を追加したか。どうやらオレにしか聞こえないサポートアナウンスのようだが、ザリアのエネルギー残量くらい計算できている。何射可能なのかは装備時に確認できた。計算が狂うような扱いはしていない。

 これは銃にしても弓矢にしても同じであるが、残数管理は初歩の初歩だ。弓矢ならば矢が切れた時こそ、銃ならば残弾が尽きたかリロード時こそ相手にとって最大の好機なのだから。逆に言えば、それを罠にして迎え撃つことができてこそ完全な運用だ……ともスミスが言っていたような気がする。

 実際にいたプレイヤーだが、わざわざ武器枠を増やしてマシンガン2丁持ちをするプレイヤーが『殺し屋』を気取っていたらしい。だが、あっさりとマルドロに殺された。特にトラップを使われたわけでもなく、大盾でマシンガンの弾丸をしっかりガードされ、挙句に焦って接近してた状態で弾切れとなり、あっさりと喉をヤツが愛用するランスで貫かれ、そのまま嬲り殺しにされたそうだ。【殺し屋】の異名を持つのは自分だけだという傭兵なりのプライドの示し方だったのだろう。

 だが、これもグリムロックなりの『ザリアを使うならば練習無しの本番だろう』という先読みされた心遣いなのかもしれない。あるいは転ばぬ先の杖か。ありがたく受け取るが、やはり解除させてもらう。何故か? 理由は簡単だ。電子音声とはいえ、野郎の声でアナウンスされるのは……な。

 雷弾を1射する度に左腕がもぎ取られるのではないかと思う程の反動が襲う。わざわざ左腕で撃つのはSTR上昇効果がある骨針の黒帯があるからだ。だが、それは腕の内部に隈なく突き刺さる骨針にまで衝撃を伝達させるという意味だ。

 1射の度に激痛が意識を刻む。グリムロックはオレが痛覚遮断不全であることを知っている。それでも敢えて骨針の黒帯の開発を躊躇しなかった。ザリアの反動を減らす真似もせず、むしろ左腕での使用を想定して更なる改良を施した。

 素晴らしい! それでこそグリムロック! 初めてプラズマガン機能を使ったとは思えない程にザリアが馴染む。1射の度にオレの『力』となっていく。オレの『力』を誰よりも研究しているグリムロックだからこその武器だ! そうでなければ全力で壊れるまで使い続けられない! 

 痛みがあるからなんだというのだ? 痛がれば相手は攻撃を緩めるのか? 隙を晒すのか? 弱くなるのか? 否! 断じて否! 手負いであるならば、より油断なく、より苛烈に攻める! それこそが戦い! それこそが殺し合いだ!

 

「そうだ。『痛み』を叫んで……何の役に立つっていうんだ!?」

 

 ごめん、ユウキ。オレはやっぱりキミに『痛い』なんて叫べない。それが戦いに、殺しに、狩りに何の役に立つ? ああ、敵を驚かせて動揺させるくらいはできるかもな。でも、それがランスロット程の猛者に通じるはずもない。

 キミはオレの『痛み』を知ってくれた。『オレ』を忘れないと言ってくれた! こんなにも無様で、醜くて、『弱い』……ザクロを見殺しにした『オレ』の祈りを預かってくれている!

 

「使わせてもらうぞ、777!」

 

 シャルルの森で喰らった777もまたプラズマガンの使い手だった。彼のプラズマガンはオレを死の淵まで追い詰めた、彼の『力』の結晶。

 雷弾を避け始めたトリスタンに再び命中し始める。偏差射撃にも対応する動きをするならば、雷爆風でじわじわと削れば良い。氷の鎧を剥ぎ取る。まずはそこだけを狙う。通常のプラズマガンと違って雷弾は純雷属性であるが、それでも氷の鎧を剥がすには十分のようだ。

 

<左腕ザリア、エネルギー残り10パーセント>

 

 強化手榴弾か聖水オイルを使って丸焼けにするか? そうオレが次の手を選ぼうとした瞬間にトリスタンは3本に枝分かれした尻尾を地面に叩きつけ、その反動を利用して大きく跳躍し、天井を鉤爪で捉える。そのままオレの頭上から尾の先端より放たれる冷気レーザーを撃ち、なおかつ持続させてオレを逃げ場なく囲い込もうとする。

 そういう戦い方をしてきたか! オレは思わず悦びで口元が歪む。そうだ。それで良い! 右手の死神の剣槍を背負い、オレを囲い込みきる寸前で大きく跳んで脱し、宙で贄姫の柄に触れる。

 

「ごめんなさい。そこも『間合い』なんです」

 

 水銀居合。最大の溜め斬りで、宙にて放たれた水銀居合はその反動でオレを地上に戻し、同時に跳躍の分だけ稼いだトリスタンの距離、その分だけ威力を保って彼を背中から深く傷つける。フルメイルすらも軽々と貫通する水銀居合だ。フルチャージならば氷の鎧を突破できると踏んだ。なおかつ雷弾の雷爆風で擦り減らしたならば、その成功率は高まる。狙い通りに水銀居合をまともに受けたトリスタンは衝撃に堪えきれず落下し、その頭から落下ダメージを受け止める。

 起きる間際も追尾する氷柱と白いブレスで壁を作ろうとするが、それは『逃げ』だ。戦略的撤退、戦術必要上の逃亡は構わない。だが、生存本能のままに無策で、『次』もなく、ただ目前に対処する為だけの逃避は戦士ではない。

 白いブレスから伸びる指をステップで躱し、白いブレスを回り込むフリをしながら、贄姫を咥え、鋸ナイフを抜き取る。指に挟んだ3本の鋸ナイフはトリスタンの口内に吸い込まれ、その最奥で肉を削りながら突き刺さる。

 足下を這うように広がるのは黒いブレス。だが、予兆で丸分かりだ。氷の柱を駆け上がり、途中で蹴って宙を舞い、襲い来るトリスタンの背に乗ると贄姫を水銀居合で傷つけた氷の鎧の隙間を正確になぞるように一閃する。ふむ、贄姫ならば、あるいは氷の鎧すらも無視して斬れるかもしれないが、無理は禁物か。贄姫をここで失うのはランスロット戦に響く。だが、トリスタンが贄姫を犠牲にしてでも倒せない程に強敵ならば別だ。

 狩人の予測を超えない。ヤツメ様の導きすらも不要。これが深淵狩りなのか? ランスロットにもアルトリウスにも届かない。闇の騎士に挑んだ、あの深淵狩りの剣士たちにも劣る覇気だ。これが真に深淵の魔獣と成り下がるということなのか。

 暴れるトリスタンの背中から跳び下り、続く指の鞭を贄姫で受け流し、あるいはステップで交差しながら踏み込んでいく。鞭と槍の動き、そう捉えれば20本程度など抜け道が多いものだ。相手は20人の間合いが伸びる槍と長い鞭を持った、全員1カ所に固まった部隊。そう捉えれば何の脅威に映る?

 収束雷弾、フルチャージ完了。ミラージュ・ランで首元まで駆け寄り、トリスタンが全身から冷気を放出して広範囲の薙ぎ払い攻撃をするより先に2本のレールを合わせた銃剣モードで突き刺す。

 銃剣で突き刺して、最奥まで雷弾の破壊力をレールで伝播する。これはグリムロックの考案だが、収束雷弾のチャージをしたまま銃剣モードで突き刺すのは想定しないはずだ。壊れるならばそれまでだろう。放出された収束雷弾がトリスタンの皮膚を盛り上がらせ、炸裂させる。黒い血肉が飛び散り、オレの全身を染め上げる。アルトリウスのように感染効果が無いならば有情だな。むしろ、リゲインを発動させて魔力回復しておくべきだったか。銃剣も近接攻撃だし、リゲインの恩恵の範囲内だろう。

 

<左腕ザリア、排熱限界です。連射を控えてください>

 

 だが、思わぬところでザリアにも悪影響が出たと分かる攻撃方法だったか。インターバルを置かねば使えて1回だな。連用すれば自壊するか。触れた雪を解かして蒸気を上げるほどに赤熱したザリアのレールを見る限り、しばらくは雷弾も控えた方が良い。前言撤回だ、グリムロック。このサポートアナウンスは役立っている。だが、やはり後で解除するとしよう。女性ボイスにしなかった自分を恨め。

 レールを合わせ、剣の鞘のように長いホルスターに戻すと左手で死神の剣槍を抜く。トリスタンの残りHPバーは2本目が僅かだ。【磔刑】、【瀉血】、それに収束雷弾を3射。POWを上げ、魔力回復速度を引き上げているとはいえ、なかなかの消費量のはずだ。今後はミラージュ・ランと死神の剣槍の能力に魔力を使う。リゲインを発動させ、スタミナ消費量を増やし、より近接攻撃で押し切る準備を終える。

 

「ランスロットのように、深淵と共にあることを選んだならば何も言いません。獣になり果てる程に戦い抜いたのならば悔いもないでしょう。ですが、アナタが深淵に堕ちたのは……何故ですか?」

 

 指輪にはこうあった。トリスタンは裏切りの果てに絶望し、火を呪った。それ故に深淵に堕ちたのだ。つまり、彼は戦いの果てに深淵の魔獣になったのではない。心折れて戦いを捨て、深淵の魔獣となったのだ。それが彼にとっての安寧だったならば、オレは深淵の魔物として生きようとした彼を殺す事に何も感じない。だが、ザクロの優しさは『深淵の魔獣』などではなく、その内側に眠るトリスタンの深淵狩りとしての……『人』としての意思を見出したからのものだったはずだ。

 

『ランス、ロット……? ランスロット? アァ、アァアアアアアアアアアアアアアアアア! カエ、シテ! カエ、セェエエエエエエエエエエ!』

 

 乱雑な突進。冷気による加速を得ても、それは余りにも愚劣で、蒙昧で、無策な直進だ。ステップで右に躱し、そのまま贄姫を振り抜く開かれた縦割りの顎、頭部、胴体、そしてその尾まで一閃し、背後に過ぎ去ったトリスタンより血飛沫が舞う音が聞こえた。

 加速時間の影響が酷い。呼吸が熱くも冷たく、意識が一瞬だけ無くなりそうになった。まだだ。まだオレは戦える。贄姫を汚す深淵に蝕まれた血を払い、振り返って最後のHPバーになったトリスタンを睨む。

 さぁ、どう来る? 倒れ伏したトリスタンが全身より氷を伸ばす。それは無数の雪の粒を生み、彼の周囲で吹雪となった。その後に残ったのは氷漬けのトリスタンである。

 いいや、それだけではない。彼の目の前に雪が凝縮して形を取っていく。それは2つの雪人形だ。

 それは全身に鎧を纏った騎士の面影。多くの深淵狩りがアルトリウスに倣って狼の意匠を求めた兜を取り付けるのに対して、まるで彼は自らの氷の力を静かに誇るような竜の兜。彼は半竜より氷の力を学んだならば、それは彼の半竜への敬愛と故郷の誇りか。

 雪人形の1つが持つのは氷で生み出されてもなお造形の流麗さを失わない弓だ。そして、もう1つの雪人形が持つのは深淵狩り特有の大剣。彼らは尋常ならざる深淵の怪物たちと対峙するが故にアルトリウスの剣技を追い求めた。だが、弓はあまり用いない。その全力を剣に捧ぐ為に、それ以外の得物は奇跡や魔法を用いる媒体を除けば不要だったのだ。

 ならばそれはトリスタン独自の深淵狩りの業か。弓持ちの雪人形は足下から雪風を舞わせ、その全身より冷気を放出して加速するとオレの右側に回り込み、氷で生んだ矢を放つ。それは大弓とも見紛うほどの轟音を立て、必殺の威力を伝える。体を捻って回避すれば、矢が突き刺さった場所から凍てついていき、冷気が弾けて輝く。単純な火力だけではない。たとえ外そうとも接触点からの範囲攻撃となり、また相手に命中すれば内側から冷気で爆ぜさせるものか。だが、爆ぜる冷気までディレイがある。逃げきれないことはないが、凍結のデバフが蓄積するだろう。ダメージも少量はあるかもしれない。

 矢の回避に夢中になれば、アルトリウスの剣技を模した大剣持ちが踏み込んでくる。彼が用いた片手突進突き、そこから続く縦回転斬りから氷を宙に生み出してジャンプしての空中からの落下突き刺し。剣が突き刺さった場所から凍り付き、矢と同じような冷気の範囲攻撃に変じる。

 凍り付いたトリスタンも援護するように、凍った地面で雪を蠢かせると手を作って氷の爪で斬り払い、またドラコが用いた鈍い結晶……いや、呪いの氷を生んで範囲内で呪いを蓄積させようとする。

 試しに死神の剣槍を伸ばしてみるが、トリスタンを覆う氷に嫌になるくらいに硬質な音で弾かれる。雪人形2体にもHPバーが出現しているところを見るに、この2体を撃破せねば本体のトリスタンにはダメージが与えられないわけか。

 大きく身を反らした弓矢持ちが頭上に矢を放てば、暗雲が生まれて氷の矢が追尾するように降り注ぐ。それも1本1本が範囲こそ狭いが、ディレイをかけた爆ぜる冷気はこちらの動きを阻害する。その間にも同士討ちを恐れない大剣持ちが攻め込んでくる。

 

「これがアナタの全力ですか?」

 

 ……ぬるい。あまりにもお粗末過ぎる。雪人形にしても技こそ立派だが、本能が無くとも分かってしまう程にキレがない。人工臭が漂う。オペレーションの型通りの行動だ。確かにそれはトリスタンが築いた歴戦を潜り抜けた絶技の1つ1つなのかもしれないが、あまりにも型通り過ぎる。『命』があるからこその戦況に応じた修正がない。最初から最後まで決められた行動を繰り返す。いずれはパターン化され、攻略される『死んだ技』だ。

 そうではないだろう? 矢を放った後には近接し、格闘攻撃を仕掛ける余地があるだろう!? 大剣持ちにしても、剣技こそあっても、それは繰り返された反復練習の通りの型の連続ではないか。多少の対応はしてきても、そこに冴えわたる深淵狩りの深奥はない!

 だからこうなる。駆け回り、逃げる間に2体を誘導し、大剣持ちが踏み込んだ瞬間にオレはバックステップを踏む。背後には弦を引く弓矢持ちだ。ご丁寧に大剣持ちは追尾しながら冷気で加速してオレを追う。

 

「【磔刑】」

 

 2体を巻き込む、足下より生まれた赤黒い光の槍の森は彼らを串刺しにして大ダメージを与え、消失と共に落下する彼らを水銀の刃を放つ贄姫で≪カタナ≫の回転系ソードスキル【鷲尾】の回転斬りで一掃する。僅かに宙を跳びながらの猛禽の旋回の如き3連回転斬りが雪人形を刻む。雪を浴びてもリゲインの効果は無さそうだな。だが、予想通り、氷の守りが砕けたトリスタンが復活する。パターンはハレルヤに似ているか。このチャンスタイムに、通常のトリスタンにダメージをいかに叩き込むかだ。

 スタミナに3割未満のアイコン無し。スタミナ残量は十分か。狼の首飾りのお陰もあるが、それ以上にスタミナ管理と高出力化しているステータスの効率化のお陰だろう。無駄な動きが減り、余裕が増え、その分だけスタミナの消費量が落ち込み、回復に回せる時間が増えている証拠だ。

 カタナの反りで肩を叩き、左手の爪先で凍った地面を数度蹴る。トリスタンは第2段階と同じように、追尾する氷柱を放ち、白と黒のブレスを吐き散らし、指を伸ばす。突進して噛みつき、接近しようとすれば冷気の爆風で周囲を薙ぎ払う。

 隙だらけだ。死神の剣槍で氷の鎧を砕き、贄姫で斬り裂き、距離を取られば蛇槍モードで追い打ちをかけ、なおも引き下がるならば容赦なく【陽炎】で赤黒い光の槍を飛来させ、その頭部を貫く。

 凍った地面に黒い血溜まりが増えていく。すっかり凍てついた、ザクロが生きた証が……彼女の血痕が塗り潰されていく。

 再び透明化で逃げるつもりか。次は投げナイフの策も上手く欺くかもしれないが、その多量の傷で長時間の透明化は不可能だ。それでも短時間の透明化を発動させるトリスタンは血痕で移動の痕跡を残す。贄姫を鞘に戻し、オレは強化手榴弾を取り出すとピンを抜いて蹴り飛ばす。宙で爆発したそれはトリスタンの顔面を潰したらしく、焼き焦げた彼は手榴弾特有の無数の飛び散る破片によるダメージによって大いに傷ついた頭部を、潰れて数が減った目玉より黒い血の涙を流す。

 ダウンしたトリスタンの残りHPは5割ほどだ。まだ1回だ。まだ1回の攻撃チャンスだ。ここで攻め立てれば、次の雪人形戦を超えれば確実に仕留められるだろう。

 

「……これはアナタが傷つけた、1人の女の子からの贈り物です。アナタに返して欲しいと」

 

 だが、オレにはザクロの依頼を成す義務がある。ここでトリスタンに攻撃するよりも、ダウンしたこの時こそが彼に指輪を返せる時だ

 凍てついた指輪を……グヴィネヴィアを信仰した証の指輪を……こんな冷たい地下の底では決して得られない太陽の温もりを……彼に返す。

 

 

 

 

 

 殺せ! 殺せ殺せ殺せ! 何をしているの!? 獲物の血を浴び、悦楽に浸りなさい! どうして!? どうして、そんなことするの!? 依頼が何!? そんなの建前じゃない! 殺したいだけの建前じゃない! どうして約束なんて律儀にそんなものを守る必要があるの!? 誰も誰も誰も……あなたを裏切ってばかりだったのに!

 

 

 

 

 

 トリスタンの黒い血を踏み躙りながら、ヤツメ様がオレの胸倉をつかみながら叫ぶ。泣き叫ぶ。いい加減にしてと訴える。

 そうだね。裏切りはたくさんあった。キバオウとか今思い出しただけでもぶち殺してやろかと思う位に『騙して悪いが』疑惑がある。まぁ、ミュウよりかは幾分かマシだけど。あの女は尻尾を掴ませる雰囲気さえも無いから始末が悪い。あとクラウドアースは1回滅びの危機に直面すべきだと思う。つまりセサルが全力で悪い。あの男は悪びれもせずに『ああ、それは済まなかったね。その分の埋め合わせはしよう』とかほざいて、実際に相応以上の報酬で黙らせてくるからタチが悪い。

 でも、裏切られてばかりじゃないさ。ほら、この手にあるグリムロックの武器は何よりも信用に値する。彼がオレを殺すならばこれ程に簡単なポジションはない。オレが気づけないような細工をして、戦いの最中に武器が壊れるようにしておけばいい。あ、自分で言ってて危険を認識した気がする。まぁ、グリムロックなら信用しても良いだろう。彼の装備に関する情熱は本物だ。その誇りにかけて、ようやく終わった断罪の旅にかけて、絶対に装備において妥協はしないはずだ。よって裏切られる心配無し! なお、武器はもう少し使いやすさを優先しても良いぞ?

 それに『アイツ』だって1度だってオレを裏切ったことはない。嘘は……まぁ、女関連では無自覚というか、ヤンデレホイホイというか、とにかく誤魔化しはあっても嘘はなかったぞ。見栄は各所にあったけどな! そのお陰でヤンヤンした女に何度となくぶっ刺されそうになったけどな! マジでいい加減にしてください。DBOで刺される案件があっても、オレはもう何も対処しないぞ。もう相棒じゃないから。でも……まぁ、親友でありたい男として、必要な時はいつでも言いたまえ。その顔面をぶち抜いた後に考えてやる。

 ヘカテちゃんだって危なそうな依頼はいつだって『危ないかもしれませんのでお勧めしません』ってサインズ受付嬢なのに依頼を引き受けないように助言してくれた事もあるし、RDはオレの協働する時は困るくらいに怯えてるけど自分の仕事はしっかりこなすし、あの馬鹿騎士気取りとか囮作戦って先に取り決めして予定通り包囲されたオレを『今助けますよ、ランク21!』とか言ってアーマーテイクオフして最速状態でやってきたと思ったら破壊天使砲でオレごと吹っ飛ばしかけて『テヘペロ☆』しやがったし、スミスはボーナス対象を何度も横取りしやがったけど1度だって誤射しなかったし、シノンとは……ガーゴイル戦以降は組んでないな。だけど、彼女だってオレを裏切った真似はしていない。

 ディアベルにしたってそうだ。オレ達は『仲間』だった。でも、今のアイツには聖剣騎士団の皆が大切なんだ。彼にとって大切な『仲間』がそこにいて、どれだけ犠牲にしても彼らの居場所をリーダーとして守らないといけなくて、そこはユイを守る砦でもあって……だから、オレはディアベルに何をされても、それは裏切りなんかじゃなくて、彼が自らの使命を果たす為に貫き通した信念だと思える。まぁ、『騙して悪いが』された時は別だがな! 思いっきり仕返ししてやるから覚悟しておけよ、ディアベル! ただし、ユイを泣かすのは勘弁なので特別大サービスで9割殺しで済ませてやる! 大丈夫さ! ゴラムのお陰で9割9分殺しのやり方は憶えたから!

 もちろん、ユイだってオレを裏切っていない。むしろ、命の恩人ではないか。彼女と共に過ごした時間、小さな冒険の中で、オレは彼女の善意を知った。このDBOでも輝いていてくれる『人』の光を見た。彼女の正体など興味はないさ。何であれ、ユイは『命』の限りに生きるはずだ。

 エドガーだって、彼は常に『善人』であろうとしているだけだ。そもそも裏切っているとかそんな認識が無いだろう。そもそも、オレは彼に直接何か被害を受けた覚えがない。それに教会の仕事のお陰でチョコラテ君という恋に燃える少年にも出会えた。あれはなかなかに面白い。

 忘れてはならないワンモアタイム! 傭兵の憩いの地であり、そこでは大ギルドの邪な謀略すらも常連客の鉄の掟によって禁止だ! アイラさんの天使っぷりはまさに年上系最高!ってなるし、料理は……本当に美味しかった。もう1度食べてみたいけど、今は思い出の中にあるから、それで良いかなって我慢しておくさ。そんな彼女たちがオレに何かしたか? 何もしてない! いつだって1人の客として……本当に1人の客として、1コルも割り引かない価格でございます。でも、アイラさんの笑顔にホイホイされちゃう。く、悔しい! でも、止められない! 金を積めば辛うじて味わえるマシュマロたっぷりドロ甘ココアを飲めるのはあそこだけだし!

 鬼セルダさんも……鬼セルダさんも……う、うううう、裏切ってはないよ? でもね、あの鬼交渉はさすがに可哀想になるんだ。オレはもう少しお安いお値段でも良いから。鬼セルダさんとまともにやりあえるミュウとネイサンは本当に凄いと思います。でも、ネイサンの『それでも、悪い話ではないと思いますが?』を聞いた瞬間に鬼セルダさんパンチが飛来した時には本当にクラウドアースの復讐を想定したので心臓に悪かった。まぁ、寸止めでネイサンが腰を抜かした姿を見れたのは見物だったけどな!

 ラジードとか見てみなさい。アイツの場合は『オレよりも酷く裏切られそうじゃね?』って心配になるくらいの真っ直ぐ勇者君だぞ! 本当に太陽の狩猟団は戦闘メンバーがどいつもこいつも人格者過ぎてなぁ……ゴミュウのゴミュウっぷりが際立つっていうかぁ……あの双子も双子で厄介だしさぁ……まぁサンライスの馬鹿っぷりと最近のミスティア様のラジードへの執着っぷりはノーコメントしたくなるが。

 ギンジ君はなぁ……出会った頃の迷走っぷりがなぁ……アレのお陰で感染したしなぁ……なーんてね。彼もまた『人』であり続けた。裏切るの『う』の字だって考えてなかったんじゃないかな? だから、オレは彼の最期を憶えていられる日まで忘れない。オレが彼を殺したのだから。

 ノイジエルはただ生きたかっただけだ。誰かを裏切ろうとしたのではない。そもそもオレと彼は味方ですらなかった。同じくらいに敵でもなかった。それに、彼の『力』のお陰でアルトリウスに届いたんだ。その『命』への敬意にかけて、彼の生き様と死に様を誇りに思う。

 ベヒモスとか見てなさい。あんな暑苦しいブ男はそうそういませんことよ。彼のお陰でユウキへの気持ちにも気づけた。愛情と殺意と結びつき……いや、オレにとって2つで1つなのだと理解できた。彼の行動に1つとして裏切りがあったか? 命懸けで深淵の魔物に共に挑んだ戦士だ。

 クラディールだって、どれだけ狂っていても、善なる心に殉じた。彼女……たぶん、これが、キャッティ、なのかな? ともかく、仲間殺しをしたのは大きな裏切りだろうけど、それは『邪悪クラディール』がやったことだし、オレが知ってるクラディールは自分自身を殺して罰を受けようとした。もうこれ以上の犠牲を生まないように、善なる心を突き通したオレの大切な『仲間』だ。そこに欠片の裏切りもない。

 クラインは今頃何をしているだろうか。言っておくけどね、ヤツメ様! アインクラッドでの閃光様の追跡劇で、最後に庇ってくれたのはクライン殿下であるぞ! アレが無かったらオレは黒鉄宮の地下牢送りだったぞ! クラインの兄貴ぃいいいいい! ただし、閃光様に隠れ家の場所を売ったアルゴは除く。

 エギルだってそうさ。最後は仲違いしたけど、それでも彼はあれだけ悪印象を持っていたオレの背中を刺すような真似をしたか? 悪夢に囚われたエギルを殺す。それ以外考えていないオレの方が……彼からすれば、ずっとずっと裏切者だ。

 シリカは……うん、色々と確執あったからなぁ。『アイツ』がいなかったら背中を刺されていたような気もするけど、相棒である以上はオレを殺そうとするのは彼女のポリシーに反するだろうしな。つまり裏切ったことはない! なお、1度は外縁から蹴り落とされそうになったけどな! オレは悪くない! ただ『アイツ』の女の趣味について尋ねられたから『アイツは巨乳好きだぞ』って遠回しに胸部装甲について助言しただけだ! しかもアインクラッド唯一の豊胸アイテムの場所までそれとなく教えてあげたじゃないか! 何が悪かったっていうんだ!? はい、ごめんなさい。オレが悪かったです。だからデリカシーが無い糞傭兵なんて言われてるんです。

 それからアルシュナも忘れてはならない。彼女は……まぁ、裏切ったというより、そもそも敵陣営なわけだし? 管理者なのに、よくぞまぁ、オレに色々と情報漏洩してくださったことですこと。お陰でアスナが何処にいるのかも分かった。『アイツ』の悲劇を止めねばならない事も知れた。むしろアルシュナが後継者を裏切っているではないか!

 ザクロ? 彼女は今回のアルヴヘイムの依頼の中で、1度でもオレの背中を刺したか? ハッキリ言おう。彼女は『仲間』であり続けた。復讐の機会はたくさんあったのに、それをしなかったのは他でもないヤツメ様が1番知ってるだろう? アナタは動かなかった。オレの髪を結わせた時も、少しも危険を感じなかった。ザクロは……ザクロはきっと、あの時から『優しい人』になりたくて、たくさん遠回りして、イリスにそれこそ死ぬほど手伝ってもらって、そして……たとえ死の間際であろうとも、『優しい人』になれたんだ。彼女は悪しき裏切りに手を染めず、悪人らしいワガママを貫いて、そして……優しく死んでいった。オレに自分の最期を見せない心遣いも忘れなかった。

 ほら、いっぱいあるだろ? 裏切りされた数よりも裏切っていない人たちの方が多い……気がする。多いよな? ちょっと数えて……あぁ、ごめん、ヤツメ様。記憶が灼けてるせいか、カウントできそうにないね! HAHAHA!

 それにさ、オレはどれだけ裏切られても……たとえ、全員に裏切られても、彼女だけは違うって心の底から……信じられるというか……それ以前というか……まぁ、何にしても裏切りとか考えられないんだ。ユウキにオレは月光を見たんだ。アルトリウスが見つけた月光を。だから……オレは彼女には触れられないだろう。彼女を殺したいほど、念入りに、グチャグチャになるまで泣き叫んでもらって、ゆっくりゆっくり嬲って、その上で殺したいくらいに……愛しているから。だから触れてはいけない。彼女はこんな『オレ』の祈りを抱きしめてくれた。オレの『痛み』を聞いてくれた。忘れないと言ってくれた。彼女が……オレの月光だったんだ。だから、オレは彼女に何をされても裏切りとは思えない。

 だから……オレは『人』であり続けるよ。彼らの祈りと呪いと共に、オレは『人』であり続けられる。だから、トリスタンの悪夢を終わらせる。

 我ら久藤の狩人は……久遠の狩人は、決して『人』であることを忘れてはならない! 誇り高き神殺しの狩人の血を継ぐ者として……ヤツメ様の血を宿す者として……狩人としての礼儀を欠くことなく、あらゆる『命』に敬意を持ち、そして狩り殺す! それが我ら久遠の狩人なのだから!

 だからさ、ヤツメ様。オレは狩りを全うするよ。そこに『答え』があるかもしれないから。アルトリウスが言うように、戦いの外に『答え』に至る鍵があるならば、オレはたくさんの鍵を持ってると思うんだ。だから……後は狩りの全うと何かを知るだけな気がするんだ。そこに『答え』があるような気がするんだ。

 ヤツメ様が狼狽えて、右手に持つ黄金の稲穂を憎たらしそうに睨みながら、やがて壊れたように自嘲して、オレからそっと離れていく。

 

 

 

 

 裏切らなくても、皆……皆……皆、あなたを傷つけるだけじゃない! だって、あなたは彼らを殺したいんだから! 殺したくて殺したくて殺したくて、堪らなくて、いつだって喉を掻き毟って我慢しているんだから! このままじゃ、『あなた』が壊れてしまう! なのに……なのに何でよ!?

 

 

 

 泣きながら背中を向けて走っていくヤツメ様を見送り、オレは一息入れる。

 大丈夫。きっとトリスタンは『人』を取り戻せる。彼もまたオレとは違うのだから。『人』の皮を被り続けたいバケモノとは違うのだから。

 トリスタンの残された目玉が大きく見開かれ、泣きじゃくり、その怪物と化しながらも、確かな人の造形を残す右手の1つで包み込んだトリスタンに、オレは微笑んだ。

 

「あなたは『獣』だ。でも、まだ『人』を捨てきっていない。だって……アナタは騎士の誇りを忘れていない。知ってましたか? あれだけ傷だらけのザクロですけど、『顔』だけは無傷だったんです。女の子の顔は傷つけられない。アナタは『優しい騎士』なんです、トリスタン。きっと……きっと、アナタも指輪を求めた分だけ欲していたはずです。誇り高い深淵狩りとして『終わる』ことを」

 

 そうでなければ忌み嫌われる深淵狩りになるものか。どれだけの言葉で飾った名誉があるとしても、聖剣への誓いを立てるものか。

 さぁ、立ち上がれ。深淵の魔物としてではなく、たとえ過去への執着に過ぎないとしても、深淵狩りとして終わろう。あなたの物語を終えよう。悪夢を終わらせよう。

 

『オォオオオオオオオオオオオオ! ランスロット! ランスロット! ランスロットォオオオオオオオオオオオオ! 我が友よ! どうしてだ!? どうして貴様はぁあああああああああああああああああああああ!』

 

 指輪を握りしめた右手を何度も何度も地面に叩きつける。トリスタンから溢れる黒い血が跳ね、彼の怒りと悲しみが冷気となって周囲を凍てつかせる。

 蓄積していく氷結の中で、オレは彼に手を差し出す。まぁ、もう少し位なら耐えられるさ。アナタのカフスはなかなかに強力だからね。

 だから、これはカフスの分のお礼だ。傭兵は恩を必ず返す。このカフスを無報酬でもらうのは、戦いに対して報酬過多だ。

 

「踊ろう、トリスタン? 愛してあげる。殺してあげる。食べてあげる」

 

 微笑むオレの手を取るように、トリスタンが大きく上半身を反らして、誇り高い深淵狩りの力を見せつけるように睨む。そして、その姿勢のまま凍り付き、2体の雪人形を生み出す。

 

『ああ、雪のように穢れなき白き者よ。貴様の白髪に故郷を……プリシラ様を思い出してしまったではないか。フフフ、これでは野獣の如き無様な死は故郷の恥になるな。良いだろう、殺しきってみろ! 深淵に屈した魔物を……あの少女の仇を討ち取ってみろ!』

 

「ええ、その首……必ずや狩らせてもらいます」

 

 ああ、愉しい。戦いはこうでなくては。それがオレを全力を尽くして殺しにくるならば尚更だ。殺し合いの中だからこそ、オレ達は理解し合えるのだ。

 雪人形が弓を構える。だが、その動きは先程とは圧倒的に違う。脈動が違う。その氷の眼さえも戦いの熱を感じる。本能など関係ない! 霜焼けのように熱い……トリスタンの氷の殺意がオレを満たす!

 大剣持ちが大きく上半身を反らし、大剣を投擲する。その技はアルトリウスにはなかった! だが剣を捨ててどうする!? いや、あの剣は氷の力を持つ! ならば狙いは爆ぜる冷気か!

 突き刺さった大剣から即座に離れようとするが、剣を中心に凍てつかず、逆に無手の雪人形を回避しようと『無駄』をした分だけ接近を許す。容赦なく腹に打ち込まれた拳がオレを打ち上げ、ふわりと宙を浮いた雪人形が空中回し蹴りを繰り出す。咄嗟にそれを死神の剣槍でガードし、なおかつ贄姫で突き刺そうとするが、カタナの刃を弾くように矢が撃ち込まれる。そして、くるくると舞った氷の矢を無手の雪人形は掴んだかと思えば、そのまま獲物として短剣のように振るい、オレの首筋を浅く斬り裂く!

 水銀の刃で矢を持った雪人形を斬り払うも、しっかりと踏ん張って耐える。その狙いが弓矢持ちが突き刺さった大剣をオレに投擲することだとギリギリで見抜き、体を捩じって放たれた大剣が背後から心臓を貫くことを防ぐが、それすらも躱されると見込んでの動きのように大剣を掴んだもう1体が全力でオレの頭部を割りに来る!

 叫べ、アルフェリア! 死神の剣槍よりアルフェリアの叫びが解放され、大剣持ちを押し飛ばす。だが、踏ん張って耐えた大剣持ちは大きく突きの構えを取る。アルトリウスの片手突進突きだが、それを冷気のブーストで更に加速させる!

 

『貴様の動き、私と同じ深淵狩りか! 何という僥倖! 新しき深淵狩りが魔物となった深淵狩りを討つのは定め!』

 

 大剣持ちの連続突き、それをカバーするように弓矢持ちが矢を射る。その矢は冷気を纏い、微細な曲線を描くが、それはオレを射抜くものではなく回避ルートを潰す爆ぜる冷気の設置だ。あっさりと狩人の予測を突破してきたトリスタンの本気に、オレは彼との戦いで味わなかった死線を感じ取る。

 

『最も多くの闇に堕ちた、深淵狩りの責務を全うして魔物となった者を殺した英雄。それこそが我が友ランスロット! 貴様に分かるか!? 奴の覚悟が分かるか!? どうして……どうして、誰よりも深淵狩りであることを誇りに思っていた、あのガウェインすらも認めた男が、至上の裏切りの誹りを甘んじるのか……貴様に分かるかぁあああああああああ?!』

 

 トリスタンの怒りを示すように、大剣持ちの攻撃が荒くなる。

 

『暗月神より学び取った矢の雨、その真髄を受けるが良い!』

 

 弓矢持ちが暗雲を呼び、氷の矢を放って雨を降らす。矢の雨はオレを追尾したかと思えば、一瞬だけ止んで次の瞬間は隙間なく空より降り注ぐ全範囲攻撃と化す! 頭上で死神の剣槍を回転させ、矢の雨の中を突進してきた大剣持ちの一閃を贄姫で受け流し、大きくできた隙に喉を突き刺す!

 

「おぉおおおおおおおおおおおおお!」

 

 そのまま股まで強引に贄姫を振り下ろし、大剣持ちの撃破に成功するが、あろうことか弓矢持ちまで矢の雨の中を突き進んでいたのだろう。弓を鈍器のように振るい、それはオレの右手から贄姫を奪う。くるくる舞った愛刀は天井に突き刺さり、そう簡単には落ちてくる気配はない。

 至近距離で矢を構え、オレの右目を射抜こうとする雪人形に、両手で握った死神の剣槍を突き出すも後退されて躱され、そのままギミックを発動させて蛇槍モードで追うも、雪風を足下で発動させた高速移動で軽やかに躱す。

 

「ザリア!」

 

 もう冷却も十分だろう! オレがザリアを抜き、雷弾を解き放つ。そして、死神の剣槍をその場に突き立て、鋸ナイフを放つ。雷弾を躱した瞬間に顔面に殺到した投げナイフに怯み、よろめいた雪人形に接近するも、それは演技だったと言わんばかりに弓を捨て、両手にそれぞれ持った矢でオレを迎え撃つ!

 右手は心臓を、左手は太腿を狙っている。狩人の予測がトリスタンを再び完全に捉える! まずは死神の剣槍で右手だけで持って太腿の狙いを弾き、ザリアの銃剣モードで心臓狙いの矢を真正面から同じ突きで迎撃し、雷弾を流し込んで破壊する。右腕ごと砕けた雪人形はそれでも攻撃を止めないが、レールを再び分かれさせ、鋸ナイフが突き刺さったままの顔面を至近距離の雷弾連射で完全に破壊する。

 

<左腕ザリア、エネルギー切れです。オートリロード開始。完了まで残り60秒>

 

 事前チャージ型のデメリットの1つはオートリロードの時間の長さだ。戦闘中の60秒は長い。だが、オレの場合は複数の武器を同時運用できるのでザリア以外に切り替えれば限りなく隙を潰せる。とはいえ、現状では贄姫は使えないが。≪武器枠増加3≫を取ったのは、今後の多くの状況に備えての事だ。特に銃器・光銃を常時運用していくスタイルを目指すならば、武器枠を増やすのは必要不可欠だったと思う。まぁ、個人的にはやりたい事もあったからこその選択ではあったが、我ながら節操がないものだ。

 雪人形2体と戦っている間はトリスタンの援護は無かった。雪の手も、呪いの氷も、何もなかった。それはトリスタンが全力で雪人形を操る為のAIとして……ボスとして許された性能の限界だったのか、それともトリスタンの深淵狩りとしての誇りを貫き通した結果なのかは分からない。

 だが、これで終わらないだろう? だから『それ』はトリスタンが『人』を取り戻した……カーディナルから認可を引き摺り出した結果なのか、それともHPを半分割ったからこそ追加されたものなのか、どちらかもまた分からない。でも……どちらでも構わないだろう?

 まるでトリスタンの全ての意識をそのまま映し込んだような、先の2体とは格別の殺意に浸された雪人形。それが持つのは氷の模造品などではない……本物の金属質の大鎌を持った、彼の本当の姿だ。

 

『プリシラ様の大鎌を模した我が切り札。気を付けろよ、白雪の深淵狩り。これは修行の日々の中、太陽の下を志した私に特別に分け与えられた生命狩りの力。傷は癒え難く、終わる事ない出血を強いる、プリシラ様が恐れられた由縁の欠片だ。無論、我が氷の魔力も宿す。ランスロット以外には死んだ輩にしか見せたことがない、我が奥の手。2人目になってみせろ!』

 

「わざわざ明かしてくれるのですか?」

 

『貴様の戦いを見れば嫌でも分かる。私の攻撃が当たる時は貴様が死ぬ時だ。ならば、存分に語った方が有意義ではないか! そうだろう!?』

 

 楽しそうに笑うトリスタンに、オレは思わず頬を綻ばせる。

 やはり深淵狩りとは……戦いの中でしか生きられなかった破綻者なのだろう。

 だからこそ、彼らは何よりも戦友を重んじ、彼らの名誉にかけて、深淵の魔物になった時は討ち取ってきたのだろう。

 雪人形の……いや、トリスタンの大鎌の一閃! 斬り上げのそれは地面を凍結させ、それは高速で真っ直ぐにオレに伸び、冷気を爆ぜさせる! このような攻撃まで持つか! 大鎌を突き出し、オレの胴体を斬り裂こうとした瞬間には回転薙ぎ払いに派生し、更には右手持ちにすると棍棒のように振り回してオレの接近を許さず、なおかつ空いた左手に氷の光を凝縮させると地面を突き、自分の周囲を広範囲で凍てつかせ、地面より冷気を爆ぜさせる!

 逃れきれなかった右足が冷気の飲まれ、冷たき痛みが脳を駆ける。だが、オレは笑みを止められない! これがトリスタン! これが本物の深淵狩り! アルトリウスに及ばぬなど口が裂けても言えない! 彼もまた古き深淵狩りに相応しき猛者だ!

 爆ぜた冷気の向こう側をオレは睨む。さぁ、次はどう来る!? ここからは一撃も受けられない。残りHPは8割ほどで右足だけとはいえ、思ってたほどのダメージではないが、既に凍結状態になってしまった。スタミナ回復は停止し、DEXは下がり、しかもクリティカル率は上昇である。ああ、もう笑えないほどに愉快だ!

 だが、冷気が晴れる中にトリスタンはいない。その姿が見当たらない。

 しまった。大鎌の説明通りならば、彼の近接攻撃は鎌の力を反映させたものだ。氷の力も彼の鍛え上げた技だ! ならば、無論透明化もまた深淵の魔物になってからではなく、彼が元より会得したものだと前提を立てておくべきだった!

 氷の中でトリスタンが笑う。あの前口上は透明化という能力を気づかせないためのフェイク! まるで冬のように嫌らしい、こちらをじわじわと削る攻撃が得意なトリスタンらしい、誇り高き欺きだったわけか!

 

『さぁ、どう切り抜ける!? 見せてみろ、貴様の力を!』

 

 何処だ!? 何処にいる!? まずは投げナイフの感知網か!? それともザリアか!? ここは【磔刑】で周囲を……いや、駄目だ! 全体攻撃ではあるが、【磔刑】中は頭上はがら空きである。トリスタンには【磔刑】を見せ過ぎた。この弱点も看破されているはず!

 無音の中で殺意の独奏曲が聞こえる。まるでわざとオレの思考を纏めないようにしているように、冷風の足跡がオレの周囲でひらりひらりと踊る。だが、そこにトリスタンはいない。

 これが透明化の本当の使い方か! 奇襲は二の次であり、不可視という事実で面食らわせ、相手を混乱させる!

 雷弾をばら撒いてこの場を凌ぐしかない! オレはそう思ってザリアを構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『見事』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、死神の剣槍は大鎌を構え、首を刈ろうとしていた不可視のトリスタンを貫いた。

 オレの右手は無意識に死神の剣槍を逆手で握ると、右脇を抜けさせて背後へと突きを繰り出していた。

 ふわり、ふわり、ふわりと……戦いの中で緩んでしまっていたのか、三つ編みを止める黒いリボンが冷風の中で踊る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言ったでしょう? 私だけはずっと傍にいる。あなたを見捨てない。何があっても裏切らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 涙を拭いながら、ヤツメ様はリボンを手にしながら微笑んでいた。

 本能が……ヤツメ様の導きが戻ってくる。オレに寄り添い、死神の剣槍を撫でる。

 

 

 

 

 

 飢えと渇き。トリスタンを殺せば少しは癒されるはず。愛してあげるのでしょう? 殺してあげるのでしょう? 食べてあげるのでしょう? どうせ傷つくしかない歩みの先ならば、私はあなたと共にあり続ける。どうか『獣』になって囁く。私はあなたの『力』。たとえ『獣』だとしても、あなたの『力』。存分に使いなさい。

 

 

 

 

 

 

 お帰り、ヤツメ様。オレはトリスタンより死神の剣槍を引き抜き、狩人の予測と絡まっていくヤツメ様の糸を感じる。世界に蜘蛛の巣が張られる音が聞こえる。

 トリスタンの鎌の連撃。分かる。感じ取れる。ここまで違うのか。いや、以前よりも遥かに濃く予測の中に組み込めるのは、ヤツメ様の導きが強くなったからではなく、狩人の予測が強まったからか。

 もしかして、ヤツメ様はこれが狙いで? オレがそう訝しむとヤツメ様は胸を張って、今更気づくとはね、と自慢げに主張するが、狩人の無言のラリアットで血反吐を撒き散らしながら黙らせられる。ぷらんぷらんと首根っこを掴まれたまま導きの糸だけは途切れさせないのは有言実行か。

 大きく跳躍してからの鎌の振り下ろし。突き刺さった場所から発生するディレイがかかった爆ぜる冷気。続くは追尾の氷柱であるが、前以って雷弾を放って潰し、逆にトリスタンの周囲で炸裂させてダメージを与える。

 今度は冷気を大きく纏い、スケートのように滑りながらの回転斬り。それを躱したと思えば、急ブレーキをかけて宙を跳び、大鎌の一閃より冷気の斬撃が飛来する。それはアルトリウスの聖剣の光波を彼なりに再現したものだろうか?

 避けられる。冷風が解けた髪を揺らし、その中でトリスタンの連撃が通り抜ける。その狭間でオートリロードを終えたザリアから雷弾を撃つ。

 トリスタンの大鎌がもたらす氷の冷たい光とザリアの青い雷の光。2つの光が幾度もなく交差して、際限なく空間を彩り、雪を散らし、オレたちの奇跡をなぞるように凍えた灯が煌いては冷風の中で舞う。

 雪を散らす大鎌の連撃は冬の星空に似て、雪夜に雲の狭間から覗けた月光を想わせて、この地下の奥底でオレは月明かりと踊れた気がした。

 楽しくて、愉しくて、楽しくて、愉しくて、オレとヤツメ様は一緒になって、スタミナが危険域のアイコンが出る中で踊り続ける。DEXが低くとも、導きの糸と狩人の予測が教えてくれる。2つが絡まり続けて、世界は俯瞰されて、トリスタンの優しく冷たい殺意を食べる。

 

 

 

『……美しい』

 

 

 

 それはトリスタンが最後と決めた一閃なのか、HPが減った我が身を庇うこともせず、大鎌を構えて上半身を捩じらせ、溜めの一閃を放とうとする。

 ランスロットを超えるならば、この一閃を見切らねばならない。オレは死神の剣槍1本で迎え撃つ。

 冷気の爆風による加速。追加されたのは透明化。氷の力を極限纏い、青白い光を宿した大鎌の刃の輝きだけが世界を彩る。

 ヤツメ様も焦るほどの、導きの糸を振り解きかねない程の超加速と氷の刃の残光。オレはそれが愛おしくて、彼が動かすのが雪人形などではなく、本当の肉体ならばどれ程の猛者だったのか残念でならず、そして悪夢の終わりを選ぶ。

 

「見つけたよ、トリスタン。アナタは……そこにいます」

 

 最後は背後ではなく正面から。オレは死神の剣槍を振るってトリスタンの見えぬ必殺の一閃を弾き、遅れてきた氷の残光を目にし、そして何もない空間に向かって、泥を纏い、アルフェリアの叫びで浸した死神の剣槍を振り下ろす。

 アルフェリアの叫び、攻撃転用。叫びの斬撃。死神の剣槍に付与されたアルフェリアの叫びは闇属性の追加攻撃をもたらし、その加圧は周囲に衝撃波を生むほどの重き一閃となる。それはトリスタンを半ばまで潰したところで彼の透明化を解除し、そのまま粉々の雪になるまで止まることなく振り抜かれた。

 トリスタンを守っていた氷が砕ける。このまま放置すれば、またあの夢のような……トリスタンの悪夢そのものである、彼の本気の戦いを味わえるだろう。

 

『ありがとう、白雪の深淵狩り。さようならだ。最期は深淵狩りとして、だが魔物として討たれねばなるまい。それが私には相応しい』

 

 その後の戦いは特に何も言うことはないだろう。オレが一方的にトリスタンを刻み続けただけだ。彼は笑いながら、粗暴な獣のように振る舞いながら、それでも全力を尽くした。

 ザリアの銃剣モードで額を貫き、その最後のHPを削り取った時、トリスタンは体を傾かせて倒れ、その身を黒い雪として散らせていった。

 

『なぁ、頼みがある、白雪の深淵狩りよ。貴様が深淵狩りであるならば……どうかランスロットを殺してほしい』

 

「裏切り者には死を、ということですか?」

 

『違う。ランスロットは……裏切るしかなかったのだ。彼は誰よりも強い深淵狩りであり、始祖すらも超えると謳われた。だが……彼は優し過ぎたのだ。愛が強過ぎたのだ。頼む、白雪の深淵狩りよ。我が友の……ランスロットの……』

 

 満足そうに、だが心残りを託すように、トリスタンは瞼を閉ざしながら息を引き取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ランスロットの「忠義」を……終わらせてやってくれ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 完全に黒い雪となり、トリスタンの遺体は消えてなくなる。無粋な褒め言葉のリザルト画面を消し去り、オレはトリスタンの遺体があった場所に残されたドロップアイテムに手を伸ばす。それは多くのアイテムだったが、どれも取るに足らないものばかりで、必要そうなものだけを残していき、そして見つける。

 

 

 

 

 

<氷の騎士トリスタンのソウル:深淵の魔物と成り果てたトリスタンの冷たきソウル。絵画世界出身の彼は、氷の力を宿しながらも太陽の下に憧れ、火の時代を守ると信じて深淵狩りとなった。だが、最たる友のランスロットの裏切りは狂気を呼び、彼を冷たい孤独に縛り付け、最後には魔物に変えたのだろう。太陽の温もりに欺かれた騎士の、哀れで滑稽で冷え切った英雄譚である>

 

 

 

 

 

 滑稽? 滑稽だと? オレは冷たい光を纏わせた、深淵の闇が渦巻きながらも輝くトリスタンのソウルを危うく握り潰しそうになる。

 誰にも嗤わせない。彼の最期は見事なものだった。彼は深淵狩りの誇りを取り戻したのだ。カーディナル、オマエに意思があるならば、何も分かっていない。彼は『人』として、騎士として、深淵狩りとしてその『命』を全うしたのだ。それはあの後継者すらも認めるだろう。彼は人を嫌っていても、決してこの世界を……AIを憎んではないのだから。彼らに全力を出す機会を与えるように、その力を引き出す余地を許しているような気すらもする。たとえ、それは『アイツ』への憎しみが根源にあるとしてもだ。

 ようやく悪夢から解放されたトリスタンの願い……ランスロットの『忠義』の幕閉じ。それは彼を殺すことで成せるかもしれないが、その為には少しでも真実に触れねばならないだろう。アルヴヘイムでやる事が増えたではないか。

 ランスロットを狩る。その意思は揺るがない。何故だろうとも思う。どうして、オレは神子としてではなく、こうまでして狩人としてランスロットを狩らねばならないと思っているのだろう?

 それも……ランスロットとの戦いの中で分かるかもしれないな。

 舞い散る黒い雪を両手で包み込み、オレは彼の眠りを感じ取る。

 

「祈りも無く、呪いも無く、安らかに眠れ」

 

 おやすみ、トリスタン。

 導きの糸が緩み、オレは両膝をつく。耐えきれなくなった時間加速の影響と後遺症の拡大で心臓が凝縮されるように痛む。立っていられず、潰れるような心臓に安定と再起動を求めるように胸を右手でつかみ、乱れる呼吸の中で月光を求める。

 この冷たい雪山の底では誰も手を差し伸ばさない。だから、オレは瞼を閉ざした向こう側に赤紫の月光が……暗闇で舞う黄金の燐光を見る。

 

「……忘れ、ないで。『オレ』を……忘れ、ない、で」

 

 舞い散る光の雪の向こう側に手を伸ばしても、温もりを求めても誰も掴んでくれない。

 ああ、分かっているさ。オレにはこれがお似合いだ。苦笑しながら、どうせ『いつもの事だ』と自分を嘲笑う。

 ヤツメ様が頭を撫でてくれて、オレは導きの糸を支えにして、目の前にあった黒のリボンを握りしめ、呼吸1つ共に自分の力で立ち上がる。大丈夫。まだ心臓は動いている。

 贄姫を1度オミットし、再装備して回収を終える。ザリアはエネルギー弾倉1個消費か。2個目は残り半分ほどまで使ってしまった。持ち込んでいるエネルギー弾倉は最大数の6個だ。残弾フルで戦えるのは2度が限界だな。ランスロット戦には全てをぶつけたいならば、切り詰めていく他ない。今回のトリスタン戦のように無駄撃ちさえせず、適度に収束雷弾を用いれば、ダメージも十分に与えながら残弾を抑えられると学べた。それにトリスタンとドラコの撃破は莫大な経験値だけではなく、熟練度の大幅上昇にもなった。熟練度の分だけ魔力消費量に補正がかかるので多少の継戦能力上昇にもなっただろう。とはいえ、補正はごく微量なので実感するほどに高めるにはまだまだ熟練度が足りないか。

 祭壇広間で淡い光を見る。もしかしたら、後継者なりの気遣い……外への転移機能だろうか? トラップ臭こそするが、案外そういうところは律儀なのが後継者だしなぁ。

 だが、このまま帰る訳にはいかない。オレはザクロを迎えに行く。

 冷たい地面に横たわり、不思議なくらいに微笑んだまま、そのまま凍り付いたザクロの遺体を抱き上げる。こんなにも軽かったとはな。

 

「終わったよ、ザクロ。オマエの優しさが……トリスタンを救ったんだ」

 

 だから……帰ろう? 春を迎えたシャロン村に。オマエが自由を願った人々の元に。

 

「それにしても、オマエのポンコツっぷりもなかなかだよな。まさかクレパスを踏み抜くなんてなぁ」

 

 あれは本当に死にかけたぞ? 思わずヤツメ様も全力出したではないか。嫌味でも何でもなく、あれ程に死を覚悟したのはランスロット戦並みだったぞ。

 

「そんなポンコツじゃ、可愛くて優しいお嫁さんにはなれても愛想尽かされるぞ? ポンコツがチャームポイントになるとか希望を抱くなよ」

 

 まったく、このポンコツが遺伝じゃないことを祈るばかりだ。じゃないとザクロ級のポンコツが世界中で発生する未来が訪れるではないか。

 祭壇広間にあった光の柱に入り込むと、温かな輝きの中でオレはまだ雪溶けぬ、だが吹雪はすっかり消え去った霜海山脈に立っていた。すでにシャロン村を直視できる位置であり、世界は夕焼け色に染まっている。

 そして、霜海山脈の雪は消えずとも、シャロン村を有する草原に春が戻ったことを示すように、優しい花の香りが鼻を擽ったような気がした。

 オレはもう目覚めないザクロに笑いかける。分かっているよ。オマエは死んだ。可愛くて優しいお嫁さんにはなれないまま……死んだのだ。

 

「ザクロ……春だよ」 

 

 どうしようもない『痛み』が疼いて、オレはここで静かに地平線に落ちる太陽を見送りたい衝動に駆られながらも、シャロン村へと歩き出した。




そして春は訪れた。

主人公(白)、アルヴヘイムでの1人旅の始まりです。


それでは、264話でまた会いましょう。

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