SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

28 / 356
筆者はエリクサー系アイテムが使えないタイプです。
勿体ないからではなく、使ったら負けな気がするからです。
無駄なプライドで負けた事は幾星霜。でもゲームの楽しみ方はいろいろだと思います。



Episode6-2 迷える者たち

 レストラン【熊の爪】はガルム族のシェフが手掛ける肉料理の店だ。

 いずれもジューシーだが、味付けが弱く、肉の味が強過ぎるのが好き嫌いの分かれるだろう。

 だが、幸いにもキャッティは気に入ったらしく、拳ほどの厚さもあるステーキを切り分け、休むことなく口に運んでいる。

 

「これ最高! 本当に! 何でもっと! 早く教えて! くれなかったの!?」

 

 そして、この店の最大の売りはパンが主食として偏りがちのDBOでありながら、大盛りの米を食べることができる点だ。

 木製のテーブルの上には、現実ならば食べきれない程に茶碗に山盛りされたホカホカご飯がある。ただし、日本米のような円粒ではなく、長粒ものだ。味もオレ達が現実世界で食べている日本米と比べれば美味いと呼べるものではない。

 だが、それでも米は米だ。キャッティからすれば感動ものなのだろう。肉を頬張りながら、これにて3杯目のご飯のお替わりをする。

 

「教えるも何も、オレ達すぐに街を離れたからな。基本野宿ばっかりだし、拠点の公衆浴場には食堂があるから教える機会がなかっただけだ」

 

 しかし、ここまで良い食べっぷりをする女も珍しいな。オレは呆れを通り越して称賛したくなる。

 ちなみにオレが頼んだのは控えめなチキンスープだ。この店では珍しい素材の味以外を楽しめる1品である。

 

「落ち着いたみたいだな」

 

 失敗した。オレは心が緩んだ隙に出てしまった自らの言葉の過ちに即座に気づいた。

 食事に集中し、血色良くなっていたキャッティが、まるで夢から現実に連れ戻されたかのように、一気に暗くなる。

 話題変更。オレは宴会同然で食事する周囲のガルム族から気力を貰うように深呼吸する。

 

「そういやさ、チラッとしか聞いてねーんだけど、人助けしたんだって?」

 

「え、あ……ま、まぁね」

 

「気の良さそうな連中だよな。このデスゲームじゃ、どいつもこいつも擦り切れていくから珍しいんじゃねーの?」

 

「そうね。彼らはサークル仲間みたいよ。だからパーティ組んで一緒に攻略してるみたい」

 

 良し。上手く話を誘導できた。ここからは連中についてキャッティに語らせて、お悩みにはフェードアウトしてもらうとしよう。

 オレは酸味がある柑橘系のジュースを頼む。オレンジやグレープフルーツの類だと思うのだが、この【赤色の酸味果汁】は一体何のフルーツから作ったものなのか不明だ。下手に調べてグロテスクであっても困るし、美味いからその辺りは無視するとしよう。

 

「北のダンジョンがディアベルさん達に攻略される前、私は南のダンジョンの方にいたの。モンスターは人型で、AIも優秀だったけど、1度に出食わす数が少なかったからソロでも何とかなったし」

 

 そういやZOOとの初会合の時も似たような話をしたな。

 ダイヤウルフ、グリズリー、キングライガーと主要メンバーを失い、今や南のダンジョンを攻略した英雄たちも地に堕ちた。まぁ、その一端はオレが関与しているので馬鹿にする気は毛頭無いが。

 残されたイーグルアイ、レイフォックス、ツバメちゃんはどうしているだろうか? イーグルアイは存外ソロをやってるかもしれない。元々ダイヤウルフが無理言って勧誘したっぽかったからな。そうなると、実質心配なのはレイフォックスとツバメちゃんだけか。

 できればディアベルに面倒を見てもらいたいが、彼女らはオレと交友があるディアベルと共にいるとも思えない。何にしても行く末は自分で決める事だ。願わくば、今も生き残っていてもらいたい。

 

「その時に彼らと出会ったのよ。トラップに引っ掛かって、雑魚だけど数の多いモンスターに囲まれてたみたいでね。そこに助太刀して退路を開いてあげたのよ」

 

「へぇ、つまり連中からすればキャッティは命の恩人ってわけか」

 

 通りで尊敬されている訳だ。彼らからすれば、まさにキャッティは死に際に現れた救世主……英雄そのものだ。

 だからこそ、少しでも恩返しがしたい。望めるならば一緒に戦いたい。何よりも犬死して欲しくない。連中はこの偶然の再会で、是が非でもキャッティを仲間にしたいのだろう。もちろん、キャッティに命を助けられた大恩がある以上は頭が上がらない訳だから、無理強いはできないだろうが。

 ……どうするべきか。今ここでパーティを組むように勧めるべきだろうか?

 オレは改めて沈んだ表情のキャッティの目を見る。彼女の目にあるのは迷いだ。頭ではパーティを組むべきだと考えているのだろう。だが、別の何かが決心する事を躊躇わせている。

 そういえば、キャッティは友人に見捨てられてソロを始めた。ならば、もう1度見捨てられるのが怖いのではないだろうか?

 今でこそキャッティを慕ってくれているあの連中も、キャッティが他のプレイヤーよりも多少優れている程度だと感じてしまえば、英雄視の幻想は崩れ去る。もちろん、それ以前に彼女の有用性を証明する事が出来れば、頼りになる仲間として絆を深められるだろう。

 オレ自身の評論を言えば、キャッティならば余程曲者揃いのパーティでもない限りはリーダーとしてやっていける程の実力があるように思える。もちろん、リーダーには統率力などが求められるが、やはりデスゲームでは力ある者にこそ従う弱肉強食の掟が自然とできてしまう。あの連中に組み込まれれば、間違いなくキャッティはリーダーとして迎えられるだろう。

 だが、もしも、ただのお荷物だったら? そんなどす黒い不安な想像が生まれるのも致し方ないだろう。1度見捨てられた人間は……いや、見捨てられた人間だからこそ、誰よりも仲間を求め、仲間を恐れる。

 とはいえ、オレ自身も随分とSAOでは見捨てられた……もとい呆れ果てられて見限れた身であるが、呑気に生死の狭間を反復横跳びしながらソロをやっている。そこまで深く悩むべきテーマでもないというのがオレの持論だ。

 ソロとして、適当なタイミングにパーティを組み、適当な時期にパーティを離れる。そんなソロの生き方も悪くない。絶対に推奨はしないが。

 

「クゥリはどう思う? 私は彼らとパーティを組むべきだと思う? 今からでも追いかけて、入れて欲しいって言うべきだと思う?」

 

「何でオレに訊くんだよ。そういうのは人生経験豊富なクラディールに訊け」

 

「うーん、何でかな。なんかさ、クゥリを見てるとさ、理由は分からないけど『自分はここまで堕ちてないなぁ』って安心できるんだよね。だからかな」

 

「その喧嘩買ってやろうか? おんにゃのこには基本的に優しいオレだけど、喧嘩じゃ手抜きしない主義だからな」

 

 拳を握るオレをクスクスとキャッティは笑う。まぁ、気軽にオレに答えを貰う為のジョークなんだろう。そういう事にしておくとしよう。

 さて、ここからが重要だ。オレは元よりキャッティにはパーティを組んで仲間を持つべきだと一言忠告しようと思っていた。だが、それはせいぜい捨て台詞程度に済ます予定だったのだが、計画が狂ってしまった。

 キャッティが欲しいのは、誰かに背中を押してもらいたい手か、それとも別の物か。

 

 

「組みたけば組めば良いんじゃねーの? 嫌なら断れば良い。自分の心に従えば、正解も間違いも無いだろうさ」

 

 

 結局のところ、オレに選択を委ねる方がおかしいのだ。

 オレはキャッティにとって親しい友人でもなければ、絶対なる信頼がある友人でもない。

 もちろん、クラディールのように話した悩みを聞くのは面倒だろうと誠心誠意で当たらせてもらうが、下手すれば人生を決めかねない選択の重責まで面倒を見れる程にオレは万能ではない。

 それに他人にどうこう言われても本人が何を望んでいるのかは、たとえ他人から透けて見えていようとも本当の部分は本人にしか分からない。少なくともキャッティは迷いを持っていた。ならば、後は見捨てられた恐怖が勝るか、それとも仲間が欲しいという欲求が勝るか、そのどちらかという話だろう。

 もしも彼女が前者を選んだならば、オレは3年以上SAOでソロをやらせていただいた身として戦い方を変えるように忠告させてもらう。後者を選んだならば、微かな迷いでも残っていようものならばそれを吹き飛ばすように背中を押してあげる。

 オレがすべき事などその程度で十分だ。というか、それ以上は無理だ。オレ自身が欠陥だらけの上に人生経験も足りない人間なのに、まともな方向へ人生誘導なんて難題過ぎる。

 

「私の……心、か」

 

 ぼそりとオレの言葉を繰り返したキャッティから、オレは目を背ける。

 もっと気の利いた事や助言ができれば良いのだが、残念ながらオレの辞書は不可能という文字だらけだ。期待されても困るだけである。

 宣言通り、オレはキャッティの分も代金を払って店の外に出る。

 雲行きが妖しい。SAOと同じで天候パラメータにランダム要素があるならば、このステージにも一雨来るのかもしれない。

 

 

Δ    Δ     Δ

 

 

 クラディールと合流したオレは、街の集会場の隅にて情報交換を行う。

 どうやらオレ達が街を離れていた数日の間に随分とプレイヤーが流入したらしく、既に十数人のプレイヤーが集会場ではたむろしていた。

 咄嗟にオレはコートのフードを被り、顔を隠す。【渡り鳥】の因縁が何処に潜んでいるか分からないし、下手に襲われてクラディール達に迷惑をかけるのは面倒だからだ。

 オレが顔を隠す事を特に気にした様子もなく、クラディール達はNPCから特に情報を得られなかった事を明かす。キャッティはパーティに誘われている事をクラディールに話さなかったが、それはわざわざオレから指摘して開示するように促す事でもないだろう。今はイベント攻略の方が優先だ。

 

「ステージとの齟齬か。ソイツの言葉が正しければ、目星はある」

 

 そして、オレは最後にスミスから得たヒントを2人に告げる。キャッティは特に思いつかなかったようだが、クラディールには見当が付いたようだ。

 

「このステージ、密林って事もあって生物系が多いだろうが。だが、1種類だけ違うモンスターが混じってた」

 

「いたっけ? クゥリ、憶えてる?」

 

「分からねーからお前らに訊いてるんだよ」

 

 さっさと話せ。オレは勿体ぶるクラディールに続きを促す。彼は珍しく呆れたような嘆息をした。元よりオレは脳スペックは高くねーんだよ。そんな目で見るな。見るのはキャッティだけにしてあげてください、お願いします。

 

「ガキ、他でもないお前が倒したモンスターだ」

 

「オレが?」

 

「【腐敗した迷い人】。コイツだけは厳密に言えば『アンデッド系』に分類されるモンスターで、人間由来だ」

 

 なるほど。確かにクラディールの言う通りだ。

 マッド・イーターを始めとしたこのステージのモンスターはいずれも『生きて』いる。対して、腐敗した迷い人だけは『死んで』いる。しかも密林系のモンスターのラインナップの中で異質だ。

 オレはてっきり密林で迷い果てた旅人とか、そういう背景があるモンスターかと思っていたが、死体が動いているともなれば、ゲーム的には何かしらの呪いや魔法を想像するのがセオリーだ。

 あまりにもDBOがグロテスクなモンスターが多過ぎる為に感覚が麻痺していたが、あの狂人が茅場晶彦の後継者と名乗っている以上はゲームの作り込みには妥協が無い事は既に理解している。ならば、モンスターの1種1種にも何かしらの意味を持たせていると今後は考えるべきかもしれない。

 

「そうなると忘れられた井戸があるのは、腐敗した迷い人が出現した周辺って考えられるわね。あの辺りを重点的に捜索してみる?」

 

 キャッティの提案にオレとクラディールは首肯する。

 その後、ダンジョンであるという想定から念入りにアイテムを準備する。HP回復アイテムやデバフ回復アイテムはもちろん、もしもに備えて食料や水も十分に蓄えておく必要がある。無論、武器の修理も怠るわけにはいかない。

 オレとしての懸念材料は、新しく手に入れた双子鎌が使い慣れておらず、また熟練度も上昇していない事だ。

 クラディールは半ばまで亀裂が入ったフランベルジュを背負っている。耐久値が大きく減少し、破損確率も高まっているのでメインウェポンとしては大きな不安が残るが、彼の火力の大部分は強化されたこの両手剣だ。もしもの為に装備しているのだろう。

 こうなると、やはりサブウェポンの重要性が際立つ。オレは武器の収集癖があるし、サブウェポン候補もメインウェポン級の武器の替えも準備しておく必要があるだろう。

 そうなると≪魔法感性≫を得た後は≪両手剣≫を得るのも面白いかもしれない。他にも欲しいスキルは幾つかあるが、やはり戦闘系スキルの充実こそがオレには相応しいだろう。

 街を出発し、密林に向かう中でオレは横目でキャッティの状態を確認する。

 心ここにあらず……とまではいかないが、集中力の欠如が見らえる気がする。面倒だが、カバーに回るとしよう。幸いにもオレ達のレベルと実力ならば、このステージのモンスターはそこまで脅威にならない。デバフ攻撃が中心であるが故に攻撃の威力が低いものが多いのだ。

 途中で数度レッドキャップモンキーの群れと遭遇したが、ほぼ虐殺状態で全滅させる。攻撃速度が著しく、また多関節の腕でトリッキーな攻撃が売りのレッドキャップモンキーだが、1発が弱く、またHPも低い。奇襲に成功すれば、5,6体程度どころか10体いても問題ない。彼らと対峙した時に心得ないといけないのは、そのスピードと動きに動揺しないことだ。

 そうして密林を突き進む。このステージは熱帯なのだろう。常に蒸れるような熱を空気が帯びている。だが、仮想世界という事もあり、汗を掻く事はないのは喜ばしいと言うべきだろうか。

 やがて腐敗した迷い人が出現した付近に到着する。オレ達は無駄口を叩く事も軽口も無く、モンスターが現れては斃し、お目当てのモンスターを探す。

 

「いたわ。それも3体も」

 

 キャッティの小声は、虫や鳥の鳴き声が溢れる密林でも良く響いた。それだけオレの神経は研ぎ澄まされ、警戒心を高めていたのだろう。

 クラディールは木陰からキャッティの指差す方向に目をやる。オレも≪気配遮断≫を使いつつ、腐敗した迷い人の視界に収まらないように彼らを観察する。

 よくよく見れば、腐敗した迷い人の服装は、かなり破損してはいるが、旅人や戦士といった格好ではない。まさに村人と言えるような質素なものだ。

 

「良くやった、キャッティ。植物が侵蝕していて気付かなかったが、この辺りは村の跡みたいだな。ガキ、3体同時だが始末できるか?」

 

 クラディールの要求にオレは無言で肯定する。

 キャッティの武器であるカタナは耐久値に不安がある武器だ。これからダンジョンならば、耐久値を回復させる手段が現状ではない以上、無駄な消耗は避けたい。クラディール自身も片手剣を装備しているが、ここはオレに華を持たせようといったところか。……まぁ、実際は疲れてるだけだろうから雑魚を任せるって事なんだろうが。

 だが、オレとしても単身で3体同時に相手にするのはソロとしての感覚を取り戻すには丁度良い訓練だ。双子鎌を構え、オレは腐敗した迷い人3体の視界に躍り出る。

 やはりアンデッド系……なおかつ知能が低いのだろう。AIの起動も遅く、攻撃モーションに移るまでのテンポが鈍過ぎる。オレは右手の鎌で1体目の胴を薙ぐ。スタン蓄積値が低いのだが、それでもノックバックして動きを止める腐敗した迷い人は、相当にスタン耐性がないのだろう。そのまま首を刈り取る。

 2体目の腐敗した迷い人がその口内から吐瀉物を放つ。だが、そのモーションは既に以前の交戦で確認済みだ。体を捻って回避し、≪歩法≫のソードスキル【スプリットターン】を発動させる。

 スプリットターンはまるで三日月を描くように、対象を中心としてターンしながら背後に回り込むソードスキルだ。使いどころは難しいが、低レベルなAI相手ならば容易に背後を取れる。

 がら空きの腐敗した迷い人の背中をクレイモアで突き刺し、そのまま蹴り倒して地面に縫い付ける。腕を我武者羅に振るう3体目の腐敗した迷い人の額に左手の鎌を投擲し、突き刺さると同時に心臓に右手の鎌を突き立て、歪曲した刃でそのまま右横腹まで斬り裂く。

 首を失い、ただでさえ攻撃精度が低いのに更に低下してしまった1体目の腐敗した迷い人に≪戦斧≫のソードスキル【ビーレイン】を放つ。≪戦斧≫でも珍しい連撃ソードスキルであり、素早い5連上段攻撃を与え、腐敗した迷い人を撃破する。

 背後から襲い掛かろうとしていた3体目の腐敗した迷い人の喉に鎌を突き刺し、そのまま斬り払う。ノックバックしたところに鎌の連続攻撃を浴びせ、最後の抵抗と言わんばかりに振り上げた右腕を肘から切断し、これが決定打となって3体目も赤黒い光となる。

 残されたのはクレイモアで地面と縫い付けられた最後の1体だが、これは頭部を踏みつけ、じりじりとHPを減らす。武器の耐久値を減らす事すら勿体ない。

 両手両足をばたつかせ、腐敗した迷い人は、辛うじて人の名残があるうめき声を上げる。

 頭部の耐久値が限界に達したのだろう。オレは嫌な音を立てて腐敗した迷い人の頭を踏み潰す。赤黒い光が血のように飛び散り、それから数秒遅れで腐敗した迷い人も砕けた。

 

「一思いに斃してあげるのが慈悲じゃないの?」

 

 やや非難するキャッティだが、オレはそれを無視し、クレイモアと双子鎌の片割れを回収する。

 蘇った死人というのは哀れだが、だからと言って等しく慈悲を与えるのは生きる者の傲慢だ。それに相手はモンスターであり、命も魂も無いプログラム通りにしか動けないAIだ。コボルド王やダークライダーのような意思と命を持つAIならば敬意を払っても良いが、それ以外など突き詰めれば経験値とコルの塊だ。

 だが、確かに少しやり過ぎたかもしれない。今みたいなのはソロの時だけ、他人の目が無い時だけに自重しよう。こんな戦い方ばかりをしていたせいで、SAOじゃ何度かパーティやギルドを追い出されたし。

 

「あったぞ! こっちに井戸がある!」

 

 そして、オレやキャッティなど元より眼中にないかのように、井戸の捜索をしていたクラディールの声が響く。大人の余裕かよ。羨ましい。

 声のした方へとオレ達が赴くと、そこにはまるで貞○が出てきそうな古井戸がある。苔と蔦に覆われているが、間違いなく井戸のようだ。

 だが、オレ達の顔は暗い。というのも、明らかに井戸を塞いでいる蔦に切断された形跡があるからだ。

 

「まだ新しいな。オブジェクトがどの程度の時間で復活するのか知らねーが、1日とか2日前って話じゃねーぞ」

 

「長くても数時間前よね。こんな井戸、そう簡単に見つかるはずがないのに」

 

 というよりも、用意周到過ぎる。太い荒縄が傍の木に縛られ、井戸の深い穴の底まで垂らされている。これを使って井戸の底まで下りたのだろう。

 そもそもこのステージのプレイヤー総数が増え始めたのはこの数日だ。偶然井戸を発見し、偶然縄を所有し、勇敢にも井戸の底に降りたという確率も、決してゼロではないだろうし、高くはないが低過ぎるという事もないだろう。

 だが、明らかに出来過ぎている。ここから出せる結論はほぼ確定なのだが、オレは口にする事が憚れた。

 

「盗み聞きされたな。集会場で話したのは失敗だったか。汚らしいゴキブリがァ」

 

 口汚くクラディールはオレが到達した予想を述べる。

 恐らくオレ達が隅で情報交換をしていたところを、あの場にいたプレイヤーの誰かが聞いていたのだろう。小声で話していた為、≪聞き耳≫スキルを使われたと見て間違いないだろう。

 太陽の狩猟団よろしく、こうして他人の成果を掻っ攫う連中というのは存在する。それはゲームでも現実でも変わらない。それを想定しなかったオレ達の情報管理の甘さを呪うしかない。

 

「このロープ切ってやろうかしら」

 

「それはさすがに可哀想だから止めようぜ」

 

「そういう所はお優しいのね、クゥリは」

 

 ドスの利いた声で恐ろしい事を言うキャッティをさすがにオレは止める。確かに憎たらしいが、それも推測の域を出ない。仮に井戸の下で出くわしても彼らは偶然と装うに決まっている。

 先を越された時点でオレ達にどうこう言う権利など無い。せめてお目当ての指輪を先に入手されていない事を願うばかりだ。さすがに盗み聞きしていた連中もオレ達と同じイベントを受注できたとは思えないしな。

 

「それに切っても無駄だろうなァ。この手の井戸ってのは、そういう時の為に脱出路が準備されて……いるかァ?」

 

 クラディールも内心ではロープを切ってやりたいのだろう。何度もロープを触って、頬を痙攣させている。

 確かにクラディールの言うように脱出路は準備されているのがゲーム的なセオリーかもしれないが、あの狂人がそんなものをご丁寧に準備しているとは到底思えない。

 

「とにかくゴキブリ共を追うぞ。最低でも指輪は回収しないとなァ。お灸はその後だ」

 

「……ほどほどにしとけよ」

 

 マジギレしているのは、どうやらキャッティよりもクラディールらしい。確かに彼からすればこれ以降のメインウェポンに据えるつもりだろう、破砕の石剣がかかった重要なイベントだ。ここに到達するまでの労力もそれなりだったし、何よりもボス戦どころかメインダンジョンすら太陽の狩猟団に横取りされ、フラストレーションが蓄積していたのだろう。

 キャッティもどうやらやる気満々らしく、先程までの迷いを吹っ飛ばして、少し怖い笑顔でカタナの刀身を見つめている。出会い頭で斬りかららねーだろうな、この女。

 

「どいつもこいつも血の気が多過ぎだろ。もっとクールに行こうぜ、クールに」

 

「ガキにだけは言われたくねーな。このサディストがァ」

 

「クゥリにだけは言われたくないわ。キチクゥリ」

 

 ……うん。やっぱりソロの方が良い。オレにはソロがお似合いだ。

 涙を堪え、オレは横取り連中(推定)とは別に、自前で準備したロープを木の幹に括り付けた。




井戸と聞いてイメージするのは何ですか?

①トラウマ量産その1、ゼルダの伝説~時のオカリナ~の井戸の底
②トラウマ量産その2、映画リング
③お岩さん
④ホラーばっかりじゃないか! こんなところに居られるか! 俺は部屋に戻るぞ!

筆者は②です。子どもの頃にテレビで見て、とても怖かった印象があったのですが、今改めて見てみると大して怖くないですね。
ちなみに3Dの方は未視聴です。あまり怖くないと評判なのですが、如何程のものか楽しみです。

では、次はホラーっぽいダンジョンだと29話の予告をしつつ、

Let's MORE DEBAN!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。