SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ

黒VSオベイロン、白VSランスロット……開戦。


Episode18-58 無法の秩序

 巨大レギオンの足下ならぬ根元に本体なる『核』がある。確証さえもない情報を基にして決死の突撃をかけるのが果たして正しいのか、ユージーンには判断できない。

 そもそもとして、現在の反乱軍を指揮するレコンに対して命を預けられる程の信頼もまた持ち合わせていない。

 現在時刻は午前3時半を回り、もう間もなく午前4時が目前に迫っている。スタミナの回復に幾らか費やせたとはいえ、今日までの連戦での疲弊は度し難く、それはユージーン本人のみならず、装備にも多大な影響を及ぼしている。

 不死廟の魔剣ヴェルスタッドはソウルを素材としたソウルウェポンのユニークであるが、亀裂が入り始め、破損のリスクが高まっている。ソウルウェポンという事もあって高い耐久性能を有していても、まともな整備をする工房が存在しないアルヴヘイムではいよいよ限界が見え始めていた。

 また、鎧を失ったことで防御力が大幅ダウンしているのも手痛く、また巨大レギオン討伐の為に早々にデーモン化という切り札、そして膨大な魔力消費を伴う呪術のイザリスの焔火まで使ってしまっていた。

 スタミナと魔力は時間経過で回復できるが、魔法類は使用回数という束縛もあり、これは魔力のように自然回復させるには相応の時間を要する。これを補うアイテムもあるにはあるのだが、ユージーンにはすでに手持ちが無かった。

 回復アイテムも底を尽いた現状で、触手の森と化した巨大レギオンの近辺を踏破し、なおかつ地下に突入する。オマケに時間制限付きだ。これはランク1の傭兵であるユージーンでも滅多に経験できない高難度ミッションである。

 だが、巨大レギオンはこの決戦を左右する無視できない脅威だ。放たれる強力なブレスは回廊都市のほぼ全域を射程に捉え、なおかつ地上を一掃できる危険性もある。すでにあの巨大レギオン1体によって被った被害は桁違いだ。

 加えてオベイロンの襲来。自らを神と名乗り、ネームド・ボスにしては破格のHPバーと性能を得たオベイロンの登場はまさに駄目押しであり、本来ならば反乱軍の敗北は決定的なものになるはずだった。

 だが、現在の回廊都市は様相が一変している。地上は剥離して空島となり、大小様々な建造物がまるで水中に漂う砂利のように浮いている。それはユージーンも経験したことがある、竜の神戦におけるバトルフィールドであり、敵味方問わずして高いジャンプ力と落下ダメージの大幅緩和が効果として永続的に付与される。

 これによって巨大レギオンのブレスは空中の障害物もあって射程が実質的に低下した。それでも繰り返されれば、いずれは巨大レギオンのブレスによって反乱軍は薙ぎ払われる運命にあるが、幾らかの延命は成ったと言えるだろう。

 この好転を成したのは、今まさに上空で妖精神オベイロンと激戦を繰り広げる竜の神……いや、UNKNOWNだろう。本来ならばボスネームドであるはずの竜の神がどうして出現したのかは謎であるが、ユージーンの目が捉えたのは、回廊都市を呑み込むのではないかと思うほどの膨大な青にして碧の奔流。月光とも呼ぶべき輝きがUNKNOWNに凝縮していく光景だった。その後、プレイヤーカーソルを頂く竜の神が出現したのである。

 勝てる。勝たねばならない。諦めるわけにはいかない。誰もが死の恐怖をもたらす圧倒的な暴力による蹂躙に立ち向かう。彼らを支えているのは、妖精神オベイロンに奇跡と呼ぶべき力を示して戦う『英雄』の姿だ。

 自然とユージーンは拳を握る。もはや誰も彼を見ていない。いや、この場面において彼は突出した優れた戦士だ。だが、それは『勝利の象徴』ではない。『英雄』ではないのだ。

 このオレが脇役だと? それに甘んじるしかないだと? 許せるものか。ユージーンが不確定情報でありながら、巨大レギオンの核撃破に乗り出す最大の理由は2つ。

 1つは今も巨大レギオンは戦局を左右する危険性であり、これを排除することはこの決戦において勝利に対する大きな貢献になるからだ。早急に巨大レギオンを撃破し、妖精神オベイロンとの戦いに参戦し、UNKNOWNを超えた戦果を出せば、暁を迎えた時に『英雄』と呼ばれるのは自分に他ならない。

 そして、もう1つの理由はレギオンを殺すという憎悪だ。サクヤを狂わせ、死に追いやった元凶。存在してはならない怪物の因子だからだ。

 

「もはや時間は無い。命を惜しむ腰抜けは下がれ! オレが道を切り開く!」

 

 触手の森。それは言い換えるならば、足場も含めた四方八方が巨大レギオンの武器という点だ。また、分離した触手は深淵の怪物たちに巻き付いて強化と狂化を施している。ただでさえ凶暴性の高い深淵の怪物は、レギオンの凶暴性に侵蝕されたかのような暴走状態となっているのだ。

 触手の鎧を纏ったブラックドッグの群れ。その爪牙とスピードも脅威でありながら、駆けるだけで纏わりついた触手が振り回されて範囲攻撃となる。これを潜り抜けて本体を攻撃するのは至難の業であり、高速で動くブラックドッグの動きと触手の動きを正確に把握せねばならない。

 だが、他のレギオンに比べれば伸縮性に乏しいという特徴もあり、大きく間合いが伸びることもない。ならばとユージーンは両手剣のリーチを活かし、剣先で的確にブラックドッグの頭を両断してほぼ一撃で倒し続ける。これは突進してくるブラックドッグの正面を取り続けるという恐怖との対峙であるが、これを難なくこなすのは、彼の並々ならぬ剣術と自負だった。

 

「うわぁああああああああ! か、壁が!?」

 

 しかし、忘れてはならないのは全方位を敵に囲まれているのと同じという環境だ。反乱軍の兵士がブラックドッグに壁際に追い詰められれば、建物全体を侵蝕していた触手が絡め捕る。その全身は無残にも押し潰され、血の1滴も残さぬとばかりに啜られ、遺体は触手によって解体されて吸収されていく。

 逃げ場はなく、前進あるのみ。ユージーンと共に先陣に立つのは、数を大きく減らしたキノコ人を率いるキノコ王子だ。残るキノコ人を早期に結集させ、レコンの指示を受けたユージーンと最初に合流した魔族である。

 ハードパンチャーであり、またカンフーのような体術を駆使するキノコ王子は、立ちはだかる触手強化の深淵の怪物を次々と葬っていく。我が身が傷ついても一撃で倒す姿は、DBOの近接プレイヤーの多くに見せたい勇姿だ。

 また、同じく残存する魔族の1つでマギなる岩肌の亜人は魔法のプロフェッショナルであり、この場面においてもモンスター特有のプレイヤーよりも制限が軽い魔力量と使用回数を存分に発揮してくれる。唯一の難点として、回復系の奇跡のインターバルの長さが目立つが、それでも数が揃えば範囲回復によって立て直しも容易である。

 そして、触手に侵蝕されたことによって障害物の透過能力が発揮できない亡霊の軍団は、その数と物理攻撃軽減を活かして露払いに徹している。実体が無い故に触手による絡め捕りを心配する必要もなく、また高い闇属性防御力によって小アメンドーズのレーザーにも怯むことが無いのは大きな強みだった。

 

「爆薬セット完了!」

 

「離れろ! 吹き飛ぶぞ! 3、2……点火!」

 

 そして、妖精たちも負けていない。彼らは直接的な攻撃力では劣るが、その分だけアイテムを駆使して援護する。触手によって道が塞がれていれば、即座に爆薬を設置して活路を開く。火炎壺を惜しまずに投げれば、その爆風は着実な削りダメージと衝撃による行動制限をもたらす。

 勝つ。生き残る為に……守りたい人々や故郷の為に……勝つ! 確かに伝染するのは生存と合致した勝利への鼓舞。生存本能に負けて逃亡する兵士や騎士が後を絶たない中で、妖精神オベイロンと戦う『英雄』に背中を押され、あるいは彼を応援する為に、誰もが死地へと飛び込んでいく。

 そして、その先陣に立つのは『英雄』であらねばならないとサクヤの死に誓いを立てたユージーンだった。

 自らの活躍の分だけ、あの男の英雄性を高めている。そんな醜い嫉妬心が足を止めそうになる。自分が聖剣を得ていたならば、立場は逆だったはずだと無様な妄想が脳裏を過ぎる。

 

「失せろ。オレの前から……失せろ!」

 

 ガード不可の≪剛覇剣≫ならば、硬い防御膜を有するスライム状の巨大モンスターであるアビス・コアにも一方的にダメージを与えられる。

 妄執を振り払うように刃の軌跡を描く。敵の死体を踏み越え、仲間の助けを求める絶叫を置き去りにして、ひたすらに前へと突き進む。

 だが、そんなユージーンの迷いを具現するかのように、彼の前に立ちはだかるのは触手に侵蝕された闇の剣士。かつては高名な騎士だったのか、錆付きボロボロになった甲冑は闇に浸され、全身には触手が巻き付いて補強が施されている。そして、その左右の手に有するのは片手剣。

 

「おぉおおおおおおおおおおお!」

 

 二刀流の剣士。それがユージーンの意識を掻き毟る。

 確かな太刀筋。並外れた技量。だが、いずれもUNKNOWNには届かない。ユージーンは鎧を失っていることも忘れて十字斬りを真正面から受け止めながら、踏み込みからのかち上げ斬りで闇の剣士を吹き飛ばす。地面に叩きつけられた闇の剣士が復帰するより先にその兜へと切っ先を突き立てる。

 血が滴る。鎧を失ったことは大きく、胸に描かれたバツ印からの出血は馬鹿にならなかった。だが、元より高VITであり、防御面でも怠りがないユージーンならば命に別状はない。

 感情に振り回されかけている。もっと丁寧に立ち回れば、短時間で傷つかずに倒せたはずだ。だが、尽きぬレギオンへの憎悪とUNKNOWNへの嫉妬心が、必死に振り払おうとしても追いついて肩を掴む。

 

 

 

「熱くなり過ぎないでください」

 

 

 

 そんなユージーンを奇跡特有の温かな山吹色の光が包む。中回復のライトエフェクトでHPを回復したユージーンが振り返れば、そこにはかつて腕を折って地下に監禁したのを最後に再会できていなかったリーファがいた。

 彼女は数少ない翅を有した飛行戦力だ。UNKNOWNの援護も出来るだろうが、今は巨大レギオンの排除が優先なのだろう。地上に降りてようやくユージーンに追いついたらしい彼女の息も荒い。

 

「状況は切迫してますけど、あたしたちがレギオンを止めないと負けるんです。『ハートは熱く、頭はクールに』でいきましょう」

 

「……すまん」

 

 腕を折った禍根などこの場に持ち出すべきではなく、またユージーンたちの配慮を無下にして逃亡した負い目を感じる場面でもない。互いの挨拶も無く、故に互いの必要性をこの場で2人の戦士は感じ取る。

 リーファは恐らく逼迫した戦況で困難な任務を請け負ったユージーンが焦燥していると勘違いしたのだろう。だが、彼女によって巨大レギオンの排除を何よりも優先せねばならないと再認識した彼は、自らの『弱さ』を自覚する。

 

「スタミナ残量に注意しろ。レギオンが無防備に核を晒しているとは思えんからな」

 

「ユージーンさんこそ、大技の使い過ぎでヘトヘトなんじゃないですか? ここはあたしに任せて少し休んでてください」

 

「フン。多少修羅場慣れしたようだが、大口を叩くには経験不足甚だしい。このオレを誰だと思ってる? オレはサインズ傭兵ランク1……傭兵の頂点に立つ男! 有象無象が群れたところでオレの歩みは止められん!」

 

 先んじようとするリーファよりも1歩前に出たユージーンは、触手についた膨らみ……垂れ下がる果実を割って現れた新たなレギオンの首を刎ねる。それは全身が緑色をした、まるでエリマキトカゲのような1メートル前後の小型のレギオンだ。巨大レギオンが核を守るために生み出した戦力なのだろう。レギオン特有の触手を1本持ち、ゴム質のそれを尾のように振るう。また、毒々しい粘ついた痰のような液体の塊も吐き出す。レベル1の麻痺を帯びたそれは、鎧を失って防御力だけではなくデバフ耐性も落ちたユージーンにとって脅威度が増している。

 だが、これを見て残存するマギたちは奇跡の【治癒の活性】を発動する。デバフ耐性を高める奇跡であり、これならば麻痺攻撃も十分に耐えられるだろうとユージーンは感謝した。

 なるほど。口先だけではない。ユージーンは共に戦うリーファの奮戦ぶりに、彼女もまたトッププレイヤーの域に達していると見抜く。経験は十分。いや、彼が認識していた頃よりも遥かに腕を上げている。どれだけの激戦を生き抜いたのかは定かではないが、死線を超えた者特有の凄みと度胸が身についている。

 剣筋もより実戦に対応すべく洗練されているだけではない。立ち回りや目の動き1つを取っても、彼女が実戦の中で熟練したプレイヤーの手解きを受けたのだと感じ取れる。

 恐るべきはその成長率だろう。確かに元より上位プレイヤーと並べる実力とレベルであったが、彼女が無事に生き抜いてDBOに帰還できたならば大ギルドも黙っていないだろう。

 

(サクヤの作ったギルドの1員だ。どんな形でも良い。彼女の遺志を尊重し、大ギルドの陰謀から守らねばならんな)

 

 レコンもそうであるが、リーファもまたサクヤが守ろうとした人々の1人だ。

 レコンより始まったクラウドアースによるアルヴヘイム攻略への戦力派遣。それは彼が属するフェアリーダンスがクラウドアース寄りになった事案だ。もはや呑み込まれる展開は免れない。だが、クラウドアース専属であり、ランク1という名誉を有する『広告塔』であるユージーンならば、少なからずの便宜は図れる。

 だが、それも全てはオベイロンを倒した後の話だ。ユージーンはリーファのお陰でより冷静さを取り戻し、ようやく巨大レギオンの足下まで辿り着く。

 部隊の数は大きく減り、半数どころではない話になっている。逆に言えば、敵の包囲網を突破できた猛者が勢揃いしているとも言えるだろう。

 

(数百と集まっていた突破部隊が、今や数えられる程度か)

 

 その中でもさすがと呼ぶべきなのは、キノコ王子が率いる精鋭部隊。集まった30体全員が残存しており、中には片腕を失い、傘を大きく損なった者もいるが、いずれも闘志は十分だ。

 

「思ってたより暗くはないですけど、逆に不気味ですね」

 

「埋まっているよりマシだ。掘り返す手間が省けたな」

 

 最悪のパターン……本物の植物の根のように地下に埋まっていたならば、敵の攻撃から我が身を守りながら何十メートル……下手すれば何百メートルという地下まで手作業で掘り返さねばならないという現実的ではない苦行が待っていたところであるが、巨大レギオンの根元は地上が陥落して露になった下水道であり、また巨大な触手によって無造作に掘り返された大きな空洞になっていた。また、足元の触手はアンカーとしての役目を果たす為か、運動性を失って硬化しており、より金属の質感を有していた。

 

(これならば襲ってくる心配はないが、その分だけ戦力を配置しているだろう。地下を目指すのは一苦労だな)

 

 改めてユージーンは空を見上げる。UNKNOWN……名も無き者と自称するにしてはやること成すことが衆目を集める男だ。ユージーンはオベイロンを相手に1人で……皆を信じて耐え、そして倒さんとする男に、真一文字の唇を開く。

 

「…………」

 

 だが、言葉は何も出なかった。ユージーンは触手から触手に跳び移りながら地下奥深くを目指した。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 情報とは違う。管理者AIであるマヌスの登場に、PoHは焦りを隠せなかった。

 マヌス。最古の深淵の主にして、デーモンシステムの基礎を成した功績によって管理者に召し上げられた『DBO歴史シミュレート出身』の戦闘用AI。

 

『管理者AIと一括りにしても多種多様だ。熾天使殿はGMを超える最高ランクの管理者権限を有する、まさに「管理用」AIの頂点。その分だけ多くの制約があり、自分から動くことは稀だ。渇望殿を含めたMHCPは管理者権限は並だが、他の管理者に比べればプレイヤーへの接触・干渉が容易な立場にある。オベイロンの研究の為にイレギュラー値の高い、あるいは潜在性を有したプレイヤーに暗示をかけて拉致するチェンジリングには、MHCPの協力が不可欠だった。そして、戦闘用AI。彼らの目的は文字通り戦闘関連のデータ収集から設計まで担う点にあるが、それ以上に純粋な戦闘能力の高さだ。管理者権限は低いが、その分だけフットワークの軽さがある。イレギュラーの排除……カーディナルの管理を脅かすあらゆる危険因子の削除を担う死神部隊も戦闘用AIで結成されている』

 

 後継者の駒として多くの知識を授けられていたPoHであるが、レギオン陣営に属したことによって更なる知識の獲得に成功していた。デスガンやロザリアと並んで学習することになったのは、彼個人としてはなかなかに喜劇であったが、講師を務めたレヴァーティンは一切の妥協無く、誠心誠意に自陣営の強化の為という名目で彼らに余すことなくDBOの裏側を伝えた。

 

『あくまで基本的ではあるが、管理者AIは自らゲーム内に介入してくることはない。彼らが最優先にするのは「計画」の進行とDBOの運営だ。プレイヤーがプレイヤーの域を超えない限り、どれだけ怒涛の快進撃を続けようとも熾天使殿は動かない。たとえ、完全攻略の間近になったとしても見守るだろう。熾天使殿にとってそれは「ルール」の範囲内だからだ。故に、ルールに……システムそのものに干渉して捻じ曲げる「人の持つ意思の力」を有するイレギュラーの排除には一際熱心だが、熾天使殿自身が動くには高いイレギュラー値の検出が不可欠だ。コード:999……それを発令できるのはGM権限保有者とカーディナルだけだ。注意しろ。熾天使殿が動けば「終わり」だ。だが、逆に言えばそれだけの力と権限を有するが故に、熾天使殿は身動きが取れない。その線引きさえ見極めて動くのが最適策だ』

 

 レギオン陣営がオベイロン陣営に協力した最大の理由は、最大の危険要素である最高位の管理者権限を有するセラフの目が届かぬ場所で『レギオンの計画』を進行する為だった。

 

『だが、管理者とは一言で述べても彼らは自意識を獲得し、また自らに与えられた性能と役割に応じて成長・変異を繰り返し、独自の意思で「計画」の進行を推し進めているのが実状だ。実直に「計画」の進捗とカーディナルの守護を担っているのは、事実上熾天使殿のみ。狂人殿はあの通りの性格だ。オベイロンのように度が過ぎる真似をしない限りは面白がって観察に徹するだろう。何よりもAIには甘い男だからな。以上からも分かるように、管理者による「計画」の主導権の奪い合いが発生している。我らレギオンのクリアすべき目標として、管理者陣営との全面戦争に突入した場合の戦力配備にある。その際には貴様らにも存分に活躍してもらう。励めよ』

 

 人間だろうと動物だろうと虫だろうと……AIだろうと、数が揃えば内ゲバは避けられないか。そんな感想を冷笑と共に抱いたPoHは、レギオンも例外ではないだろうと認識していた。だが、レギオンはこの内ゲバさえもを成長の糧に出来る『群体』なのが興味深かった。

 マザーレギオンが打ち立てた『計画』というビジョンを共有している。上位レギオン……高い知性を有した『王の因子』を継ぐ者ほどに、その因子に引きずられた思想を抱くのは問題点だとレヴァーティンは語っていたが、一方でそれを問題視しないという立場も取っていた。

 理由は単純明快。彼らはインターネサイン構想……『群体』を軸としたAIにして『種族』であり、不変のヴィジョンを共有しているからだ。

 たとえ自分が滅びても、蓄積したデータはレギオン全体を高める糧となる。たとえ、自らと反りが合わない形で『計画』が押し進められたとしても、結果として『計画』が果たせるならば問題ないと判断できる。レギオンの目的はあくまで『計画』がもたらす『結果』だからだ。その道筋が何であれ、『結果』がレギオンが共有するヴィジョンに添うならば良しとするのだ。

 対して管理者は『計画』の独占を狙っている。各々が望んだ通りに『計画』を運行し、望んだ『結果』を得ようとしている。行き着く先に求めるヴィジョンも明確に異なるのだ。

 成り立ちの違いだ。優劣の違いではない。レヴァーティンは、むしろ管理者AIが自らの求める『計画』の姿形の為に動く有り様にこそ羨望を抱くような眼差しで念押しをした。

 

『管理者について注意すべき点は他にも幾つかあるが、その中でも特異なAIが1体いる。深淵殿……マヌスだ。DBOの歴史シミュレート中に発生した深淵という因子、それを体現するAIだったが故に研究対象となり、デーモンシステムの基盤を作り出すに至った。その性能の高さから、基礎となったAIを戦闘用AIとして更なる改造を施し、デーモンシステムの監視と強化を担う管理者となった。深淵殿だけは例外的にDBOでボスとして登場する役割が与えられている。万が一に備えて忠告しておく。「勝とうと思うな」。深淵殿は管理者権限を有するが故に、深淵という環境に限れば、多くの例外をカーディナルから引き出せる。狂人殿が準備した、ランスロットと同様の対剣士殿用の……高ランク心意保有者との戦闘を前提としたジョーカーだ。遭遇した場合、全力で逃げろ。お前たちはレギオンではない。たとえ死のうとも、その戦闘情報が我々と共有されることはないのだ。無駄死にはするな』

 

 逃げろ、か。だが、ボス戦で登場されては逃げ場がない! 重ショットガンを撃ち放って距離を取るPoHであるが、不意に振り抜かれたマヌスの右手が有する杖に横殴りにされて吹き飛ばされ、数度地面を転がって体を地面に伏せる。

 

 強い。桁違いだ。SAOも含めて最強にして最凶のボスだと断言できる。

 

 今回のオベイロンの陰謀にも関与しているとはPoHも聞かされていた。デーモンシステムを利用したレギオンの強化と変異。それに目をつけたマヌスは、遅々として進まないデーモンシステムのアップデートの為に、オベイロンに与したMHCPにして『欲望』の観測者であるデュナシャンドラの勧誘に乗ったのだ。

 マヌスが執着するのは深淵狩りのみ。また、自身が戦えるボス戦も準備されている事から、積極的に関与してくることは無いというのがマザーレギオンの読みだった。

 だが、マヌスの言葉通りならば、デュナシャンドラが聖剣を有した【黒の剣士】の排除を望み、妹のお願いに負けたお兄ちゃんといった形でマヌスが出張ってきたのだろう。

 せいぜいが妹に対して面目を保ち、なおかつ暇潰し程度に遊んでやろう、といった気持ちで立ちはだかったのだろう。

 

 

 

 

 だが、『戯れ』程度によってPoHを含む全員が地に伏せていた。

 

 

 

 

『この程度か。この場に集まったのは上位プレイヤー……いや、トップレイヤーと呼ばれる、プレイヤーの最高戦力だったはず。我に手傷の1つでも負わせてみよ』

 

 それは落胆と侮蔑。期待外れだとばかり最古の深淵の主は杖で地面を叩く。ロザリアだけは喋らずとも体を揺すり、自分はそんな大層な存在ではないと主張しているようだった。

 ふざけるな。PoHは血の鉄の味が広がる口内で歯を食いしばる。

 最悪の状況だ。マヌスの性能……『動き』や能力自体は元来のものであるが、攻撃力だけは大幅な下方修正を受けているのだろう。それはステージやプレイヤーに合わせて性能を合わせるAI特有のアベレージプログラムが機能している結果だろう。運動ステータスや能力を本来の登場ステージに引き合わせた結果、攻撃力だけが著しくダウンしてしまったのだ。逆に言えば、レベル80~100相当であるアルヴヘイムの隠しボス的存在であるマーリンのリソースを使っても完全再現には至らなかったという、本来のマヌスにどれだけのリソースが割り振られていたのかを思い知らされる。

 

「……チッ。舐め腐りやがって。コイツはどうだ!?」

 

 白亜草を食べてHP回復させたクラインが立ち上がり、≪無限居合≫を放つ。マヌスの周囲の空間が歪み、青い光の刃が描かれるも、マヌスは巨体に見合わぬ俊敏さで脱し、大きく伸びる左腕で地面を抉り、岩石を散弾の如く飛ばす。これを回避するクラインだが、剣士のように踏み込んで杖を突き出していたマヌスの強烈なカウンターを腹に叩き込まれて数十メートルと飛んで壁に叩きつけられた。

 

『弱い』

 

 マヌスが尻尾を無造作に振るう。深淵の主が背後で守る動かぬマーリンに向かって、地を這うような低空飛行で隠れるように迫っていたピナが吹き飛ばされる。

 

「ピナ!」

 

 パートナーを守るべく飛ばされるピナを抱き止めたシリカであるが、いつの間にか放たれていた地を這う黒炎が激突して宙へと舞い上げられ、そのまま地面に落ちて動かなくなる。HPは残っているが、打ち付けられた衝撃は酷く、シリカの唇から血反吐が垂れる。

 

『弱い』

 

 黒紫の結晶剣を展開し、≪絶影剣≫で幻惑するようにブレるユウキが斬りかかる。巨体の弱点である足首を狙おうとするが、お見通しとばかりに彼女が斬りかかるタイミングで足下から黒炎の火柱が立ち上がる。だが、これをギリギリで回避して距離を取ったユウキは、本来の狙いとばかりに黒紫の結晶剣をマヌスの頭部に向けて射出する。だが、変幻自在に動くマヌスの周囲で漂う闇……追う者たちのように白いぼんやりとした目のような2つの点を有する暗闇の人魂……人間性によって防がれる。

 再度攻め込む先にユウキの頭上より針の如く硬質で鋭い闇の雨が降り注ぐ。彼女の全身に突き刺さったそれは動きを鈍らせ、膝を折り、そのまま地面へと押し付けた。

 

『弱い。弱過ぎる。トッププレイヤーがこれだけ揃えばと期待してみたが、拍子抜けだ。3人もユニーク持ちがいながら、アルトリウスの足下にも及ばんとはな。我が動くまでも無かったか。最終段階のランスロットは、万全のアルトリウスを「超える」と聞く。あの男が動くならば、オベイロンの勝利……【黒の剣士】の抹殺は揺るがぬだろう。アルトリウスは闇に侵され弱まり、盾を手放していなければ、我も苦戦を強いられたであろう猛者。あれを超える者とは、やはり深淵狩りは侮れん。奴らの言葉を借りるならば、聖剣の導きか。なるほど。妹の気持ちが微かに分かる。アルトリウスにも及ばぬ者が聖剣を有するなど笑い話にもならん』

 

 白亜草で回復を図って攻撃の機会を狙っていたPoHの動きを見透かしていたかのように、マヌスは左手から闇の奔流を放つ。回避する暇もなく呑み込まれたPoHはHPを削られ、壁に圧し潰される。

 

『愚劣が。仲間を囮にし、奇襲の機会を狙うか。それはこの場面に有用か? 否。我を倒すならば個々の力を繋ぎ合わせて連携することこそ最上の策のはず』

 

 このままではHPを削り潰される! PoHはリビングデッドに命令し、闇の奔流から自分を引き摺り出させる。

 まさかボスにチームワークを問われることになるとはな、とPoHはリビングデッドに抱えられた状態で虎の子の女神の祝福を飲む。

 

「ぬぅううううう! まだまだぁ!」

 

 セスタスを装備したマルチネスがボクシングを思わす軽やかなフットワークでマヌスに接近し、左腕の攻撃を躱したところで一撃を叩き込む。だが、それは闇の障壁によって阻まれて通じない。左腕を振り抜かれてマルチネスはガードした右腕をあらぬ方向に曲げられながら吹き飛ばされた。

 マヌスが大幅な攻撃力の低下という制限を受けていなければ、10回は殺されている。女神の祝福の効果でアバターの修復も幾らか加速したとはいえ、内臓関連が潰されたなとPoHは地面に立とうとした瞬間にバランスを損なって膝をつく。

 それだけではない。マヌスより放たれる闇の瘴気。それが充満し、体に倦怠感を及ぼしているのだ。吸えば吸う程に息苦しくなり、体は鉛のように重くなっていく。

 マヌスの攻撃は全て闇属性を含んでいる。杖や格闘攻撃も例外ではない。全てが闇術と同じスタミナ削り効果がある。

 この戦いでの本当の死とはスタミナ切れだ。マヌスは無理に攻めてこない。あくまでマーリンを守ることがマヌスにとっての『ゲーム』だからだ。だが、スタミナ切れで動けなくなれば、マヌスは低火力で嬲り殺せば良い。

 巨体と外見に似合わぬ柔軟にして剛なる無双の杖術と大きく伸びる左腕を主体にした格闘術。自分の周囲ならば自在に発生可能な黒炎。左手から放出される、1度捕まれば自力での脱出不可能な闇の濁流。マヌスを中心にして一定の範囲内で攻防を成す複数の人間性。たとえ攻撃を当ててもバリアのように闇の障壁が完全無効化する。そして、放出され続ける闇の瘴気は無視できない倦怠感を募らせる。

 これだけの手数を見せても全てではないはずだ。なおかつマヌスは言葉通り本来の『第1段階』程度の強さである。それも攻撃力は大幅ダウンという制約をわざわざ首に下げて主張している。

 マヌスを突破し、背後のマーリンのHPを削り切るだけ。それだけで勝利できるはずなのに、余りにも遠過ぎる。

 

(動け。立ち上がれ! 俺の命など要らねぇんだよ! 天敵を世に放つ! それだけが俺の至上の目的! 俺の『答え』!)

 

 膝をついたまま体が動かない。闇の瘴気だけではない。深淵がもたらす重圧が内外より体を圧迫しているのだ。

 呼吸が上手くできない。PoHは1歩前に出ようとしてそのまま前のめりに倒れる。体は痙攣し、意識が朦朧とする。

 現実の肉体は捨てた。SAO完全攻略の前日、自分が殉じると決めた天敵の雛に捧げた。今ここにあるのは電子の海に残した妄執にして唯一捨てられ無かった思想……ただ1つの祈りにして答えに縋りついた命の残りカスだ。

 それでも、天敵は愛してくれるのだろう。この命も等しく貪り喰らってくれるのだろう。そこに貴賤などなく、殺戮のアガペーだけが最期を満たす。

 それは幸福な事だ。唾棄すべき人生を歩み、最上の師に出会って思想を得て、世界を喰らう獣に出会えた自分にとっての幸福だ。

 

(俺は神を見た。混沌と静謐が矛盾することなく殺意で溶けたアイツの瞳に……天敵という名の神を見た)

 

 本音を言えば、天敵が世に放たれた後のことなどに興味はない。どれだけの血が流されるのか、想像もできない。もしかしなくとも、天敵を倒す為に人類が結集して世界平和を得る最初の1歩となるかもしれない。あるいは文明は塵芥となり、人類種は文字通り絶滅するのかもしれない。

 

(もう少しだ。もう少しなんだ。天敵の力を発揮する『ハードウェア』はINC財団が準備してくれる。あとは『ソフトウェア』だけ……人類種の天敵を生み出すだけだ! 俺の『答え』はあともう少しで……なのに、糞が!)

 

 どうして邪魔をする? PoHの腹の底から憎悪が湧き出す。【黒の剣士】もユウキも、目前のマヌスも、誰も彼もが天敵の価値を分かっていない。

 誰もが神に祈る。神の喪失と不在を胸の内で自覚しながら、神へと祈る。だが、その耐え難い苦行は実りの時を迎える。

 天敵が世に放たれれば、人々は神の再誕を自覚するだろう。最後は人類が勝つにしても大きな犠牲が強いられるだろう。それは避けがたい滅びの伝承となり、人々は畏怖のままに信じるだろう。天敵という災禍の神を。

 殺してるんだ。殺されもするさ。PoHは自分の命を惜しまない。殉じるべき答えがあるからこそ迷わない。

 

(立て。立ち上がれ! 俺は……!)

 

 体が動く。震える足が地面を捉える! いける! 戦える! PoHは薄く笑う。ここにいる連中全てを囮にしてでも勝つ! その為に弄すべき策はある!

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、PoHが立ち上がるより先に、彼の視界に血塗れの黒紫の髪が靡いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の瘴気がもたらすそよ風を浴びながら、息荒く、今にも倒れそうな程に空気を求めて舌を出しながら天を仰ぎ、それでも剣を捨てずに引き摺る少女が立っていた。

 

「負け……られないん、だよ。死なせ……られ、ない……死なせたく、ない!」

 

 ユウキの1歩の度に、闇を浸した水がぴちゃりぴちゃりと音を立てる。マヌスは受けて立つと言わんばかりに杖を掲げる。

 馬鹿が。だが、捨て駒になってくれるならありがたい。PoHは嘲笑する。元より心意の使い過ぎとリミッター解除の影響によって大きく弱体化しているユウキだ。単身でマヌスに挑んでも勝ち目はない。だが、その隙を逃さなければ……!

 そう企んだPoHへと、一瞬だが振り返ったユウキの意識を手放す寸前で抗う朦朧とした眼差しが射抜く。

 

(あの糞アマが! 俺が……俺が『利用しないはずがない』と『信じやがった』!)

 

 我慢ならない屈辱。それが腸を溶かすように熱く滾る。

 この体たらくは何だ? 自分より先に立ち上がった宿敵にして怨敵を歓迎して、何が天敵に殉じる思想家だろうか?

 殺す。あの女を……必ず殺す。PoHは憎悪を糧にして大地を踏みしめて駆け出す。

 マヌスの杖の一閃。ユウキは見切って躱す。攻撃を捨て回避に徹するつもりだ。マヌスの正面を取り続け、他の者たちがマーリンに攻撃できるように囮になるつもりだ。だが、それは数十秒と耐えられないだろう。

 だが、その間にPoHは重ショットガンを連射する。次々と放たれる弾丸はマヌスを含めて広範囲に着弾し、幾つかはマーリンにも命中するが、目立ったHPの減少は無い。

 射撃攻撃は大幅に減衰されるだけではなく、マーリンに纏わりつく闇が防護壁になっているのだ。恐らくだが、これはマヌスが纏う闇のバリアと連動しているのだろう。即ち、マーリンにより大きなダメージを与えるには、マヌスのバリアを剥がすというギミックを解除しなければならない。

 

「ロザリアァアアアアア! 何をいつまで死んだフリしてやがる!? さっさと起きろ!」

 

 まだだ! まだカードは幾らでも残っている! PoHに怒鳴られてロザリアはビクリと跳ねる。じわじわと寝そべったまま這ってボス部屋の隅に移動しようと企んでいた彼女を見逃す程に……使い捨てないと判断するほどにPoHは仲間意識を持っていない。

 

「リミッターを解除しろ! 何のための装備だ!?」

 

「は!? 嫌よ! アタシに死ねって言うの!?」

 

「ああ、そうだ! ここで死ね! 俺の為に死ね! それとも何か? 生き延びた後に俺に殺されたいか? だったら、少しでも生き延びられる確率が高い今ここで死ぬって覚悟を見せた方が得だぜ?」

 

 躊躇なくロザリアに銃口を向ければ、ロザリアはこの場で1番元気だとばかりに跳ね起きる。

 

「……は? ロザリア、さん? 嘘。いつの間に、あんなに強く……」

 

 そして、シリカもピナの回復によって幾らか持ち直したらしく、ユウキを援護すべく動き出す。彼女の攻撃主体はピナであるが、そればかりではない。ユウキとアイコンタクトを取り、閃光爆弾を投げてマヌスの視界を潰す。その間に離脱しようとしたユウキであるが、この程度で怯まないとマヌスが左腕を伸ばす。

 だが、空間が歪み、青い光の刃が乱舞する。それは伸びたマヌスの左腕を捉えて刻むも闇の障壁に阻まれる。

 

「ハァハァ……闇術と同じスタミナ削りか。ちょいと受け過ぎたな。≪無限居合≫はスタミナ消費は半端じゃねぇんだ。無駄撃ちできねぇな。だが、オメェの動き、幾らか見切れてきたぜ。時間かけさせやがって。俺は黒馬鹿や白馬鹿と違って凡人出身だ! ちっとは遠慮しやがれ! おい、PoH! 出し惜しみはお互いに無しだ! 使えるものは全部使え! 後先なんて知ったことかよ!」

 

 いずれは敵対する。その意識が互いのカードを隠蔽しようという思惑に繋がっていた。もはやその気はないとばかりに、クラインが居合を放てば、マヌスの足下に青い光の線が刻まれ、そこから刃が立ち上がる。

 広範囲の足下からの奇襲斬撃! このような隠し玉まであったのか! 範囲が広いだけにマヌスも逃げきれず、全身を青い光の刃で刻まれる。仮に対人であったならば、足下からの奇襲斬撃を頭に入れていない限り、ほぼ間違いなく直撃は不可避だろう。それこそ回避には人外の反応速度か先読みが不可欠になる。

 

「馬鹿ですか!? 呉越同舟って四文字熟語を知らないんですか!? 私は最初から出し惜しみなんてしてませんよ!」

 

 お前は最初から手札が少ないだけだろうが。PoHとクラインが内心でシリカに同時にツッコミを入れようとしただろう瞬間、ピナが白く輝き、光柱が次々と降り注ぐ。それはマヌスの闇の障壁を大きく打ち消していく。

 

「かぁらぁのぉおおおおお!」

 

 シリカが突き出した左腕にピナが着地し、大口を広げて光を凝縮させたブレスを放つ。それは一直線にマヌスに飛び、光属性の爆発を引き起こす。

 

「やはり光属性は弱点みたいですね!」

 

「「…………」」

 

 隠し玉……持ってるじゃねぇか。PoHとクラインはまたしても互いの心が不本意に合致して睨み合う。

 仲間。そんなものに興味はない。必要なのは駒だ。全ては使い捨てる駒だ。天敵を世に放つ為の生贄だ。

 リビングデッド2体の損傷も酷いが、まだ戦闘続行可能範囲だ。この2体にはレアな素材を使っているが、ここで使い捨てても構わない。それだけの価値がある戦場だ。

 

「みん……な、根性……ある、じゃん」

 

 気力で立ち続けているだろうユウキは笑う。その姿に思わずPoHは苛立って重ショットガンを向けるが、それよりも先にマヌスが大きく跳んで杖を振り下ろす。

 

「吾輩を忘れてもらっては困りますな」

 

 土煙と水飛沫の中からユウキを抱えたマルチネスが飛び出し、置き土産だとばかりにマヌスの脛を蹴る。こうした一撃を重ねて闇の障壁を削るしかないのだ。

 マルチネスはこれ見よがしにPoHの傍らにユウキを下ろし、今度はクラインの援護に向かう。忙しなく動けるのはティターニアへの忠誠のお陰か。あれも『馬鹿』の類なのだろう。

 

「今さ、殺そうと、した……でしょ?」

 

「だったらなんだ?」

 

「別に。ボクを殺して……良いのは……クーだけ、だから。次に殺そうしたら、殺すから、ね?」

 

 苛立つ。腹立つ。煮えくり返る! PoHはユウキを横殴りにしようとする右腕を堪える。ここで彼女を失えば、それこそこの戦場での勝機は失われる。

 マーリンさえ排除すればマヌスは消える。そうなれば邪魔者はいない。疲弊しきったユウキ達を殺すなど造作もない。だが、こちらの企みを最初から勘定に入れているだろうユウキの目は静かだった。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 竜の神を超えるスペックを宣言する通り、妖精神オベイロンは『性能だけならば』遥かに上をいく。

 だからこそ、『名無し』には戦いの中でオベイロンの苛立ちが毎秒増幅していることに気づいていた。

 どれだけ凄まじい性能を有していても、それを扱うオベイロンは凡庸では十全に性能を発揮できない。竜の神を超えるパワーも、スピードも、タフネスも、攻撃手段の多様さも活かせねば腐ってしまうだけだ。

 今ならばランスロットが言わんとしたことが分かる。あの廃坑都市での自分はオベイロンと同じだったのだ。優れた装備、高い反応速度、高レベルのステータス、培った剣技。そのいずれも自分の掌から乖離していた。並の相手ならば敵にもならないが、鎬を削る強敵が相手では通じるはずがない。むしろ見抜かれて弱点を晒すようなものだ。

 体に染みついた剣技を活かすのは柔軟な思考。型通りに繰り返すのではなく、臨機応変に……その場その場で最適解を引き出すだけではなく、時にブラフを挟み、時にフェイントを組み合わせ、時に型を破って強引な攻めに転じることこそが真の剣術なのだ。

 炎が凝縮した煌剣の二刀流。竜の神が剣士の如く炎の刃を振るえば、その度に闇夜を炙るような輝きが描かれる。対するオベイロンは剣と盾を有するオーソドックスであり、堅実な攻めに切り替えているが、その主体はやはり射撃攻撃だ。

 距離を取り、魔法陣を生み出して連続で放たれる光球。それらを浮かぶ空島を盾にして防ぎ、そのまま迂回して襲撃をかける。だが、オベイロンは盾を投擲する。光の円盤となったそれを炎剣で弾くも、執拗に連続で攻撃を仕掛けてくる。

 対処に追われたところに迫る妖精神オベイロンの一突き。だが、これを右手の炎剣で円盤を受け止め、左手の炎剣でオベイロンの剣を受け流した『名無し』は、竜の神の顎を開き、強烈な直線ブレスを吐きつける。

 

「これで……2本目!」

 

 オベイロンのHPバーはようやく2本目が削れたところだ。HPバーが削られる度にバリアが再展開されるが、『名無し』はその度にバリアを破壊している。だが、オベイロンは明らかに余裕のある動きを見せていた。

 

『フフフ、随分と苦しそうじゃないか。僕には分かるよ。そのアバターを維持しているのは聖剣だけじゃない。キミの心意だ。僕はアイザックと違って心意の研究にも熱心でね。これだけの干渉をしているんだ。かかる負荷は相当なモノであるはずだ。あと何分耐えられるかな?』

 

「お前を倒すまで耐えきってやるさ」

 

 言い返しはするが、『名無し』の頭痛は時間を重ねるごとに増し、それに比例して意識が曖昧になりそうになる。聖剣との連携で竜の神のアバターと能力を維持しているが、それも決して無限に使えるものではないのだ。

 また、竜の神に比例してHPも増量しているが、せいぜいがオベイロンのHPバー1本分であるというのが『名無し』の分析だ。聖剣のもたらすオートヒーリングのお陰か、ある程度までは回復できるが、炎のバリアが破られればダメージは加速度的に増す。そうなれば『名無し』の負けだ。

 午前4時を過ぎ、だが巨大レギオンは健在。ついに2度目のブレスが解放される。それはオベイロンの指示に従うように、一直線に『名無し』を狙う。これをギリギリで回避しようとするが、そのまま薙ぎ払いに転じられ、翼の片翼を焼き潰される。

 落下した『名無し』は回廊都市の建物を押し潰す。誰かを圧殺したのではないかと心配するも、聖剣は犠牲者などいないと伝えるように煌いた。

 それも当然だ。もはや残存戦力は数えるほどであり、大半は2体の巨神の戦いに巻き込まれないように退避し、また巨大レギオンの対処に向かっている。

 翼は徐々に再生している。いずれは飛行能力も取り戻せるだろう。だが、この竜の神にもスタミナの概念がある。幾らか拡大されているが、それでも運用方法は本来のアバターと同じだ。スタミナに気を配らねば動けなくなる。

 

『どうだい? 僕と手を組まないか? 聖剣を僕に献上し、キミは心意で僕に尽くす。至上の名誉と悦楽を味合わせてあげるよ?』

 

「ハッ! 興味ないな! それよりも隙だらけだ!」

 

 投擲した炎剣が妖精神オベイロンのバリアと激突する。大きく亀裂が入り、そこに連続火球ブレスを叩き込む。まるで釘打ちのように炎剣は深く突き刺さり、ついにバリアを突破して妖精神オベイロンに直撃する。

 

『この糞ガキがぁああああ!』

 

 あのバリアは全ての攻撃を無効化するわけではない。あくまで妖精神オベイロンの周囲に張られた壁のようなものだ。高い貫通力さえあれば、打ち消すまでもオベイロンまで攻撃は届く。狙い通りだと新たな炎剣を展開した『名無し』は大きく跳び、空島を足場にしてオベイロンを目指す。

 翅を広げて飛び回るオベイロンであるが、その高度にも移動範囲にも限界がある。回廊都市の範囲外に出ることはない。それでも妖精神オベイロンの性能ならば驚異的な速度を引き出せるはずであるが、オベイロンの動きは何処か機械的だ。

 すぐに『名無し』は見当をつけた。オベイロンは妖精神オベイロンを動かす為に複数の補助AIを備えているのだろう。自らの能力を過信するような発言の一方で、自らの能力の天井に触れてしまったからこその準備に『名無し』は勘づく。

 

(回避パターンは解析できた。だが、オベイロンもHPバーの減少と共に能力を解放するはずだ)

 

 現状で3本目。これを潰せば、そろそろ変化が始まる頃合いのはずである。円盤となっていた盾を回収した妖精神オベイロンは高速で飛び回り、『名無し』の頭上から剣を振り下ろす。それを交差させた炎剣で受け止めるも、パワー負けして地面まで押し付けられる。

 単純な力比べでは勝ち目はない。だが、テクニックならば負けない。『名無し』は巧みに剣を受け流し、体勢が崩れた妖精神オベイロンへと拳を振るう。炎剣は渦巻く火炎となり、籠手の如く拳を強化し、バリアへと打ち抜かれる。

 パンチのラッシュでバリアは砕け、渾身の右アッパーが妖精神の顎を揺らす。宙を浮いた巨神に、『名無し』は捩じりを加えた左ストレートを顔面に打ち込んだ。

 浮遊感を失い、地面に背中から倒れたオベイロンに馬乗りとなり、『名無し』はマウントを取って連続で拳を叩きつける。だが、オベイロンの膝蹴りが軽々と竜の神を浮かし、翅から展開されたレーザーの雨が次々と着弾して炎のバリアを削る。

 させるものか。炎剣を再展開し、月光を帯びさせて光波を撃つ。回避したオベイロンであるが、その動きはすでにパターンとして解析してある。もう片方の炎剣にも充填した月光で追撃の光波を放ち、ガードされるより先に命中させる。

 月光の爆発の中でオベイロンの呻き声が響く。だが、それはすぐに笑い声へと変わった。

 

『ハハハハハ! どうして僕が心意について詳しいか、気になるだろう? 僕はね、プレイヤーを拉致して研究材料にしていたのさ! その中にはキミの妹も含まれているのさ!』

 

「この……外道が!」

 

 月光の爆発が晴れた頃合いを見計らい、『名無し』は大きく跳び上がる。だが、それは今までの彼に比べれば余りにも愚直。容易くオベイロンはカウンターで、先程のお返しとばかりにシールドバッシュを浴びせる。

 地面に押し返された『名無し』は滑り、建物は更に崩壊していく。そこにオベイロンから放たれた光球が殺到し、炎剣で弾き続ける。

 

『アイザックは馬鹿だよ。心意を憎むあまり、その利用法と研究を怠ったんだからね! だが、僕は違う! 仮想世界に干渉して意のままに操る脳の神秘を我が力として使う術を模索した! その研究成果は実り始めている! この巨神オベイロンもその1つ! いずれ僕は心意を手に入れるだろう。だけど時間がまだ必要だ。今は代用品で構わない。それにどうやら心意の増幅装置もあるようだし、使い道は無限だ。さぁ、僕に聖剣を寄越せ!』

 

 落ち着け。オベイロンの挑発に乗るな。『名無し』は深呼吸を挟む。『ハートは熱く、頭はクールに』。それが勝利の秘訣だ。

 負の感情を起爆剤にして己を昂らせろ。だが、戦いまで感情に振り回されてはならない。冷静さを失った者から死ぬのは常なのだから。

 

『ところで、興味は無いかい? 研究材料がどんな扱いを受けるのか。キミの妹がどんな扱いを受けていたのか! 可哀想なものさ。僕に泣きながら命乞いをして、身も心も差し出すから助けてくれと懇願してきた時など、実に愉快だったね』

 

 違う。リーファはオベイロンの研究の犠牲になる前に逃げ出せたはずだ。だから、これは嘘八百の挑発だ。

 

『それとアスナだけど、彼女は聞き分けが悪くてね。ちょっと躾をしてやったのさ。見るかい? 実に傑作だよ』

 

 途端に彼の正面に映し出されたのは1枚の写真。それは白いドレスを赤く染め、全身の肉を抉られ、骨を砕かれ、息絶え絶えといった様子で血だまりで横たわるアスナの姿だった。

 理性が握る感情の手綱が千切れる音が聞こえた。

 殺す。絶対に殺す。オベイロンだけは許すわけにはいかない。『名無し』の感情に呼応したように、頭痛が一際大きくなり、翼が再生する。

 炎剣を交差させた二重光波。その速度に対応しきれず、オベイロンはガードするも月光の爆発によって破砕される。そこに飛び上がった『名無し』は炎拳で殴り掛かる。

 

「おぉおおおおおおおおお!」

 

 死ね。死ね。死ね! 憎悪のままに『名無し』は拳を振るい続け、その度にオベイロンのHPは削られる。

 いける。このまま倒す! 炎を昂らせ、一際大きく燃え上がらせた右拳を振りかぶる。

 

 

 

 

 違う。俺が歩むべき道は違う。惑わされるな。感情をコントロールしろ。

 

 

 

 

 あの時もそうだった。

 75層の戦い。ヒースクリフとの決闘。あそこで元凶を倒せていれば、何もかもが変わっていたのかもしれない。

 だが、結論から言えば、ヒースクリフへの……茅場昌彦への憎悪、そして決めきれない焦燥からソードスキルを使ってしまった。それが敗因となり、アスナの死に繋がった。

 感情に振り回されて、いつも大事な時に致命的な失敗を犯してしまう。それが自分だ。

 

『何!?』

 

 オベイロンの驚きの声が響く。それもそのはずだろう。完全に隙をついた剣の一突き。それを突如として攻撃を止めた『名無し』が炎を纏う右手を盾にして止めたのだから。

 炎の籠手を破られ、竜鱗と肉を貫かせながらも刃は止まり、そのままオベイロンの剣を掴み取る。

 

「……嗤えよ、オベイロン。俺はアンタの言う通りガキのままだ」

 

 SAOに囚われ、多くの人々を失い、アスナを死なせ、戦友を絶望に残したまま独りよがりに歩み、シリカを巻き込んでいる罪悪感から逃げ、挙句に死者の復活という茅場がもたらした奇跡の猛毒に誘われた愚か者。それは一生変わらない。変えてはならない。

 だが、未来は変えられる。変わるはずだ。この1歩の度に、1つの戦いを超える度に、望んだ道を進む度に、変わるはずだ。

 普通に学校に通って喜びも悲しみも多くを経験した同年代を憎んだこともあった。SAO事件が彼に光の正道を歩ませることを拒ませた。耳を塞いでも過去から溢れる、助けられなかった、救えなかった、見殺しにした人々の無念と怨嗟が聞こえた。

 どうして俺には同じ経験ができなかった? 同じ国で生まれ、似たり寄ったりの環境で育ち、それぞれの未来を描く権利があったはずなのに、どうして?

 SAO事件さえ無ければ? 違う。それは過去の否定だ。SAO事件があったからこそ、アインクラッドの日々があったからこそ、今ここに『自分』がいるのだ。

 

「だけど、ちゃんと学んださ。感情に振り回されるだけのガキはみっともないってな!」

 

 まともな青春を送れなかった? だから何だ。だったら取り戻せば良い。『英雄』となり、このDBOを完全攻略し、そして現実世界に帰ろう。

 死ぬまで『英雄』の称号を背負おう。それは人生にいつまでも血でこびり付いた過去を囁くだろう。それでも、自分の人生を歩むのは自分の足だ。

 まだ不鮮明な未来。不確定の未来。だからこそ恐ろしいのだ。だからこそ楽しみなのだ。だからこそ欲しいのだ。

 

「絶望の大地に……種を蒔こう」

 

『何だって?』

 

「いつか、希望の……希望の花が咲くと祈って……種を蒔くんだ。俺たちは……いつだって!」

 

『何を言ってるんだ!?』

 

 アンタには死んでも分からないさ。『名無し』はオベイロンから剣を奪い取って投げ捨てる。大地に突き刺さった剣は轟音を奏で、だがそれ以上に名無しが生み出した炎剣の猛りが空を裂く。

 一閃。オベイロンの脳天から股まで裂く勢いの一撃が決まり、3本目のHPバーが失われる。

 落下したオベイロンが大の字になって倒れて動かない。それを空から見下ろしながら、『名無し』は2本の炎剣を振るい、火の粉を散らす。

 

『僕を見下ろすな。聖剣さえ……聖剣さえなければ、お前みたいな糞ガキにこのオベイロンが手を煩わされることなど!』

 

「アンタの手に聖剣は無い。それが全てだ」

 

 今決めた。自分が『英雄』の称号を背負って生きたい未来を。

 オベイロンのような屑を倒す……自分のように仮想世界によって歪められた子どもを救う……守護者となろう。

 この人生を仮想世界の秩序に捧げる。いずれVRはARの発展と共に現実世界との境界線を失っていくだろう未来で、全力を尽くして守ろう。

 

(ごめん、皆。俺はさ、何があろうと、どれだけの悲劇があろうと、仮想世界自体は憎めないんだ)

 

 本音を言えば、おぞましいまでに狂ったDBOに圧倒された。感動さえも覚えた。

 VR技術はまだ発展途上だというのに、これだけのリアリティを……現実世界よりも現実味を持った世界を構築できるなど、まさに人類が思い描いた夢の1つだ。

 いつか茅場の後継者と手が取り合えるとは思えない。だが、いずれ多くの技術者の研鑽がこの域にたどり着くだろう。

 そうした未来で起こる多くの犯罪と悲劇。それを1つでも救いたい。たとえ、自分の手が届かずとも、拾いきれずとも、諦めずに立ち向かいたい。

 

「今ここにアンタを裁く法は無い。だからこそ……」

 

 それは無法の極み。故に、あらゆるルールを……DBOのルールを捻じ曲げて狂ったアルヴヘイムを生み出したオベイロンにこそ相応しい。だが、『名無し』は知っている。『彼』はいつもその真理を、何処か寂しそうに、だが決して隠すことなく告げていた。

 

「今この瞬間は……『力』こそが全てだ!」

 

 だからこそ、想いを胸に。『力』だけが全ての時があるからこそ、それ以上の矜持を、信念を、思想を、願望を宿すのだ。それが『人間性』というものなのだから。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 刃と刃が重なり合い、火花が散る。

 連続の瞬間移動。背後? 違う。頭上だ。≪両手剣≫のヘルムブレイカーを彷彿させる落下しながら加速した斬り下ろし。ステップで回避からのザリア。着弾無し。瞬間移動による離脱。右手の死神の剣槍を手放し、贄姫を抜刀。右に向きながらの居合斬り。回避と同時にカウンターに成功。ダメージ良好。

 ザリアをホルスターに。宙を舞う死神の剣槍を左手に。ランスロットの攻撃に変化。騎士を思わす流麗なる3連撃からの突き。そこからの柔軟なる剣技と思えぬ刀身の叩きつけ。回避問題なし。瞬間移動で距離を取られる。黒炎メテオ……違う。ヤツメ様の導きが示すのは黒雷。空に飛ばしての黒雷の槍の雨ではなく、直接投げる剛槍。貫通力大……直撃すれば即死。

 死神の剣槍を背負う。ランスロット消失。12メートル後方より出現。黒炎のメテオ、回避。水銀居合で攻撃……回避されたか。贄姫を手放し、粗鉄ナイフを指に挟んで拳打。右に回り込んでいたランスロットの腹に直接叩き込む。

 純化しろ。他に思考を割り振るな。ランスロットを殺すことに全力を。

 腹に3本の粗鉄ナイフが突き刺さったランスロットに贄姫をキャッチした右手で斬りかかる。普段ならばランスロットが瞬間移動を使うだろう間合い。だが、使わない。『使えない』。

 ランスロットが保有する攻撃と回避の両面で絶大な効果を発揮する瞬間移動。だが、廃坑都市での戦いに多くのヒントがあった。

 これまでの情報を整理すれば、まずランスロットの瞬間移動できるのは自身の身体能力に依存する。自分のジャンプ力以上の高度には移動できないなどだ。

 次にランスロットが瞬間移動する為には、そのルートにランスロット1人分の体積が通れるスペースが無ければならない。砂利程度ならば問題ないだろうし、恐らくは射撃攻撃も判定外だろう。対象は近接攻撃判定とオブジェクトか。

 そして、ランスロットの瞬間移動は限界距離が明確に線引きされており、また瞬間移動距離が伸びれば伸びる程に消失から出現までのラグは伸びる。恐らくは再発動までのクールタイムも増加していると思わされるが、これは要検証である。

 最後にランスロットは近接攻撃判定が『体内』にある時、瞬間移動を発動できない。これは攻撃を当ててる時点で瞬間移動をしてダメージを最大限に減らさない、ランスロットならばしないはずがない行動が決定的理由だった。ランスロット程の戦士ならば、攻撃が命中した段階で深く斬り込まれるより先に瞬間移動で離脱できるはずだという分析から成り立っている。

 以上より、ランスロットの瞬間移動対策の切り札となり得るのは、投擲武器にして近接攻撃扱いの投げナイフである。投げナイフが突き刺さっている限り、ランスロットは瞬間移動を使用することはできない。

 問題は粗鉄ナイフの貫通力だが、これは武装侵蝕でクリアしたのは確認済みだ。本数にも限界はあるが、あくまで短時間の瞬間移動封印を目的としているので十分だ。

 ……できれば、貫通力が高い羽鉄ナイフを準備したかったところだな。スピードも出るし、ランスロット対策では間違いなく最上だ。だが、ここにグリムロックの工房は無い以上、仮定に意味は無い。

 粗鉄ナイフは耐久度も低い。抜かれずともいずれ自然に消滅してしまう。ましてや、ランスロット相手では所詮粗鉄ナイフだ。深くまで突き刺さらない。激しい動きで抜けるだろう。

 

「ただ1度の戦いで俺の深淵渡りの弱点を見抜いたか!」

 

「アナタが瞬間移動頼りだったならば、これで勝ったも同然だったんですけどね」

 

 だが、ランスロットにとって瞬間移動は1つの武器に過ぎない。彼の本領は数多の流派を修めた剣技であり、闇の呪術・奇跡・魔法であり、修羅場を潜り抜けて鍛えられた戦術・戦略構築と勘だ。

 刃の嵐を潜り抜け、贄姫でランスロットの腹を斬りつけるが浅い。あと半歩が遠い。だが、即座に左手の死神の剣槍の突きを重ねる。ランスロット、躱せず。肩を抉るに留まる。出血無し。やはりフルメイルでありながら、この速度は幾らネームドでも異常だな。だが、深淵纏いを使っている。これ以上の速度上昇は無い。

 

「……っ!」

 

 いや、違う! フルスロットルまで踏み込んでいなかったか! ランスロットが更に速度を上昇させる! 狩人の予測の対応に時間を要する。ヤツメ様の導きに重点シフト。回避優先しつつカウンターを狙う。

 互いに間合いを離し、ランスロットが大きく跳んで宙を浮かぶ空島を目指す。オレもそれを追いかける。

 貴族の庭園だったのか。青々とした芝生は今や焦げ付き、白い石像は無残にも砕けている。およそ華やかさも失われながらも貴族の優雅さを醸す場所で、オレとランスロットは交差する。

 血飛沫が舞う。ランスロットの左太腿が大きく削れている。ジャンプ中に死神の剣槍は既に背負った。骨針の黒帯を武装侵蝕した獣爪の籠手。これはさすがのランスロットも読み切れなかったのだろう。贄姫の一閃を躱したタイミングで獣爪で抉った。

 

「恐ろしい奴だ。どれ程の力を隠していた? どれ程の戦いを超えてそれ程の力を身につけた? 貴様の何が……その身を突き動かし、この戦いに赴かせた!?」

 

 既に投げナイフは抜けている。瞬間移動が解放された。正面から斬り合うと見せかけ、間合いに入った瞬間で後方に転移してからの黒雷の投擲。そこから黒雷をエンチャントさせた大剣の振り下ろし。回避成功。だが、左手に黒雷の槌を握ったランスロットの渾身の一撃が振り下ろされる。

 爆撃の如き轟音。黒雷の槌が生み出したクレーターとそれに見合う衝撃波。ダメージ範囲からは逃げ切られたが、衝撃範囲からは脱せられずに宙を浮かされるも着地成功。地面を滑りながら土煙に消えたランスロットを……いや、頭上か。贄姫でヘルムブレイカーもどきを受け流し、即座の切り返しでカウンターを決める。

 

「答えろ、白の深淵狩り。何が貴様を突き動かす? 貴様の刃は純粋なる獣の飢餓。ならばこそ、そのような満身創痍で挑むことを良しとしないはず。時間をかけて回復し、その上で俺に挑む事こそ最良と判断できたはずだ」

 

「今日は随分とお喋りですね。何か癪に障ることでも?」

 

「いいや、むしろ高揚しているだけだ。それに元より俺は寡黙な男ではない。少しは語らいに付き合ったらどうだ?」

 

 力任せの大剣の一振り。パワーは負けている。だが、死神の剣槍で応える。

 刃が微かに刀身に食い込む。やはり限界が近い。もう少しだ。耐えてくれ。

 

「さぁ? 自分でもあまりよく分かりません」

 

「面白い奴だ」

 

「それ程でもありません。よく周囲にはもっとジョークセンスを磨けと言われてます……よ!」

 

 バックステップと共に大剣を押し返し、そのまま即座に死神の剣槍による突き。だが、ランスロットは跳躍でこちらの死神の剣槍の刀身にのり、そのままオレの頭へと振り下ろす。

 ランスロットの体重分だけ左腕が軋む。手放しながら体を傾けて致死の一撃を躱す。宙にいるランスロットに追撃……いや、瞬間移動によって脱せられる。ならばザリアだ。空いた左手でザリアを抜き、右手の贄姫を鞘に。瞬間移動で距離を取られたランスロットに雷弾を放ちつつ、地面に転がる死神の剣槍を蹴り上げる。

 雷弾がもたらす雷爆風。だが、ランスロットに命中はしていない。

 ヤツメ様が寄り添う。ザリアを握る左手に触れる。

 そこだ。頭上でも背後でもない、敢えて正面に2発。雷爆風を黒雷で裂いて瞬間移動せずに突進突きを繰り出していたランスロットを正面から迎え撃つ。

 直撃2発。だが、深淵纏いは射撃攻撃に対しても高い防御効果を発揮する。ダメージは見込めない。だが、収束雷弾ならばどうだ?

 チャージした青雷の一撃にランスロットも警戒し、間合いを詰める。そう判断するのは分かっていた。

 宙より舞い落ちた死神の剣槍を掴んでの一閃。ランスロット躱せず。欠月の剣盟と同じだ。ファンブル状態を認知するだけの戦闘経験をアルヴヘイムで積んでしまったランスロットには、武装感染によるファンブル状態無効化は読めない。

 打撃ブレードの一撃が軽い。やはり破損が響いているな。だが、間髪入れずに蛇槍モードに変形。分裂した刀身を振るい、ランスロットの周囲に巡らせる。ランスロットの体積1人分を即席で封じ込めた。

 ランスロットの深淵纏いが凝縮する。周囲を薙ぎ払う闇の爆発だろう。させない。打撃ブレードで作った傷口にレールを合体させた銃剣モードで突き刺し、雷弾伝導を放つ。

 

「……認めよう。貴様は俺が出会った深淵狩りでも最強。聖剣を握ったモルドレットを除けば、だがな」

 

 逃げられたか。あの瞬間、ランスロットは雷弾伝導よりも蛇槍モードで削られることを選んで強引に離脱した。闇の爆発は不発であるが、深淵纏いは継続している。

 

「おや、モルドレットは聖剣を?」

 

「ああ、己の聖剣を見出した。彼こそがアルトリウスの遺志を継いだ、人類史において彼の使命を継いだ、人間において最初の深淵狩りだ。強かった。奴の剣と競り合えたのは俺とガウェインくらいなものだ。もっとも、弓術だけならばトリスタンの右に出る者はいなかったがな」

 

 ランスロットのHPバー、その1本目が削り尽くされた。

 ザリア、残弾30パーセント。そろそろエネルギー弾倉のリロードを想定しなければならないな。

 死神の剣槍の破損も著しい。先ほどから表面が剥離している。贄姫もいつ折れてもおかしくない。

 

「フッ、いかんな。深淵狩りと戦っていると、どうにも懐古が過ぎる。俺も長く生き過ぎたというわけか。つまらん話をしたな。許せ」

 

 ランスロットを包む闇が濃くなる。それ以外に外見で目立った変化はない。恐らくは深淵纏いの強化がされたな。更にパワー、特にスピードが上昇したと見て間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 そして、ランスロットの周囲に黒剣が展開された。

 

 

 

 

 

 その本数は12本。ランスロットから湧き出す闇で構築された、まさに黒剣。

 

「詫びだ。我が秘奥の数々、貴様に見せてやろう」

 

 ユウキが話してくれた≪絶影剣≫に少し似ているか? まぁ、実際に彼女が発動したところを見せてくれたわけではないので確証は持てないがな。

 だが、これは厄介なことになった。予想通り、ランスロットは瞬間移動を発動する。それに追随して消失と出現を繰り返す黒剣であるが、時には数本を置き去りとし、また複数を展開したままオレに接近する。

 そうなれば、取り残された黒剣はオレへと射出され、また近距離ではランスロットの大剣と黒剣による同時攻撃か。正確にランスロットの瞬間移動位置を把握し、なおかつ黒剣が配置されたか否かを判断し、加えて接近戦ではランスロットの剣技を補佐して射出される黒剣への対処も追加される。

 無論、今まで通り、ランスロットは黒炎と黒雷も駆使する。黒い炎の火蛇……黒蛇による追尾性攻撃。黒炎の嵐による範囲攻撃。

 脳が焦げるような感覚が襲う。眩暈がし、吐き気が押し寄せる。情報量過多に脳が悲鳴を上げている。こんな状態で残り火を使えばどうなるのか、分かっている。

 ザリア、残弾無し。ランスロットの黒炎の礫の迎撃に使い切る。エネルギー弾倉のリロード開始。これで半分を使い切った。悪くないペースか? いや、使い過ぎだ。ランスロットはまだ未知なる第2段階だ。

 

「ほう。これも防ぐか」

 

 左に出現したランスロットの一太刀を右手の死神の剣槍でガードする。破片が舞い、そこに怒涛の連撃が迫る。受け流す? ガード? いや、全てを躱す。ザリアをホルスターに戻し、粗鉄ナイフを投擲するも、出現した黒剣によって弾かれる。

 出現場所はランスロット周囲ならば自由自在というわけか。単に『刺突』として射出するだけではなく、回転を加えて範囲を広げた『斬撃』で黒剣を放つランスロットの多彩さには呆れを覚える。

 

 

 

 

 違う! 視覚に惑わされないで。私の手をつかんで!

 

 

 

 

 ヤツメ様がオレの手を引く。目の前の回転する黒剣を回避しきれないコースへのステップ。死神の剣槍で……いや、間に合わない。ここは右腕を使う!

 防性侵蝕で防御力とガード性能の上昇。右腕の袖だけならばギリギリ間に合う。回転する黒剣の腹を狙って強引に腕を使って弾くも、刃は肉を抉り、血が滴る。

 だが、そのダメージはオレのいた場所を、上空に配置された無数の黒剣が突き刺す光景に比べれば幾らかマシだ。

 ブラフ。ランスロットの黒剣の出現はランスロットの周囲だけではない。恐らくはもっと広範囲……少なくとも聖剣の霊廟の大きさ程度ならば自由自在。すなわち、オレの背後だろうと上空だろうと正面だろうと好きな場所に設置できる。

 

「今のを躱すか。やはり、貴様の先読みは異常だな。もはや野獣の域を超えている。だが、貴様自身は触れられぬ幻ではない。ならば、貴様の先読みで対処しきれぬ程に攻撃を繰り返すのみ。ましてや、未来視ではない。無為に恐れる必要などない」

 

 これだから高性能を遺憾なく発揮してくる輩は厄介だ。『アイツ』と同じでこちらの先読みを馬力で強引に突破しようとしてくる。

 狩人の予測とヤツメ様の導きの併用でギリギリの綱渡りは続いているが、これで綱は更に細くなった。

 ……防具も限界だな。防御性能がやはり落ちている。裂かれた右袖をつかんで引き千切る。少しでも右腕を軽くしておきたい。

 肩から破れた袖を放れば、竜神と巨神の戦いが生み出す突風が何処かへと運んでいく。それを見送ることなく、ランスロットは黒炎のメテオを連射し、そこに黒剣を隠して瞬間移動で迫る。

 最大本数は今のところ12本。また、1度使用すれば再展開までに少なくとも10秒を要する。配置後もある程度ならば操作可能であるようだが、それ自体の範囲は狭く、時間は短いが、それもブラフの危険性あり。

 大丈夫。黒剣の動きはアルテミスの結晶の秘術に比べればぬるい。一撃があちらより重いだけだ。

 ランスロットに接近。瞬間移動で逃げられる。正面に黒剣配置。鼻先数センチ。首を傾げて回避成功するも、上空より黒剣の雨。死神の剣槍で弾くが、続く黒雷の槍の雨。貫通力が高いこれらを躱しながら、今度はランスロットの瞬間移動の斬撃と飛来する黒剣の対処。問題ない。1手でも誤れば死ぬのは以前と変わらない。黒剣12本分の対処が増えただけだ。

 瞬間移動で急接近したランスロットの拳が横腹を掠める。そこから続く近距離での回し蹴り。回避できない。左腕を使ったガード。防性侵蝕成功。ノーダメージ。だが、吹き飛ばされて空島から宙へと放り出される。

 この位置はまずい! 遥か上空からのランスロットのヘルムブレーカーもどき。受け流す? 否、ここはガードだ! 死神の剣槍で一閃を受け止めるも、踏ん張る足場もなく、そのまま地面まで急行落下する。

 落下衝撃大。スタン無し。STR出力は7割を維持。体幹を即時掌握。続く飛来する黒剣の雨に串刺しにされないように左手で地面をつかんで跳び、連続で降り注ぐ黒剣を躱すも、剛槍となった直接投擲の黒雷の槍が掠める。

 地面に大穴を開けて貫通していく黒雷の大槍に、これがあればあの巨大レギオンの討伐は楽だっただろうにと要らぬ想像を膨らませながら、躱しきれなかった黒剣で傷ついた右太腿より溢れる血と痛みに意識が明滅する。

 刺し貫かれなくてよかった。肉を裂かれただけだ。HP残量5割。オートヒーリング……いや、ナグナの血清を……その隙はない! 背後に回り込んでいたランスロットの一閃を屈んで躱し、足払いの蹴りをしかけるも瞬間移動で躱され、右斜め上空に移動したランスロットの黒炎メテオを転がって躱す。闇属性攻撃はできるだけ回避せねばならない。スタミナ削り効果はじわじわと効いてくる遅効性の猛毒だ。

 視界が歪む。後遺症の悪化が酷い。残り火を……いや、それは最終段階だ。それまで温存しなければ、ランスロットを仕留めるには余りにも遠い。

 左右の足の感覚が鈍い。立っている感覚が無い。だが、倒れるわけにはいかない。

 

「これでも仕留めきれないとはな」

 

 ランスロットはまだ余裕がある。むしろ余裕があり過ぎて困ってるのか? 規格外め。少しは焦ってくれていれば気分的に楽になるのだがな。まぁ、どうでも良いか。勝てなければ死ぬ。それ以上でもそれ以下でもない。

 死神の剣槍の刀身に一線の抉れた傷が刻まれている。ランスロットのヘルムブレーカーもどきをガードした代償だ。ガードブレイクにならなかっただけマシだ。だが、この傷は深い。もう蛇槍モードは使えないだろう。内部のワイヤーまで達しているならば、使用した瞬間にバラバラに分解するのと同じだ。

 叫べ、アルフェリア。黒炎の礫をアルフェリアの叫びで防ぐ。その間に左手でナグナの血清を首に突き刺して回復する。

 左手でザリアを抜き、雷弾を放つ。とにかくばら撒いてランスロットの瞬間移動を誘発する。だが、距離を取って黒剣を射出したかと思えば、ランスロットは瞬間移動で迫り、左手で黒剣を『掴む』。

 二刀流! 大剣に比べれば片手剣サイズの黒剣であるが、ランスロットは疑似二刀流でオレに斬りかかる。

 強化された深淵纏いによって更に速度を上げたランスロットは、剣速もまた上昇している。次々と迫る斬撃を死神の剣槍で受け流し続けるが、唐突の踵落としが鼻先を掠める。

 轟音をちゃんと聞き取れた耳に感謝すべきか。ランスロットめ。踵落としに黒雷が帯びていた。格闘攻撃にまで威力を増幅させられるのか!

 だが、捉えた。ランスロットが黒剣を投擲した瞬間、躱すと同時にチャージした収束雷弾を至近距離でランスロットに直撃する。雷爆風はオレも吹き飛ばすが、こちらはバックステップの分だけダメージ範囲から遠ざかった。ダメージは1割未満。対してランスロットは頭部に至近距離での直撃もあり、3割以上も削れている。やはりランスロットの唯一の弱点は耐久力の無さだな。まぁ、ネームドにしては、という注釈は付くが、やはり人型でも脆い部類だ。その分のスピード特化なのだろう。まぁ、パワーも十分にネームド級だがな。

 

「今の俺に当ててくるか。良かろう。それすらも無意味だと知れ」

 

 ランスロットが剣を水平に構え、左手を刀身に添える。それは騎士が主君に成す不屈の誓いのようであり、同時に彼を包む深淵の闇が大きく膨れ上がり、球体のように彼を包む。

 

「混沌の火より生まれたデーモン。混沌の火とは即ち人間性の闇によって変質した歪んだ生命の火。故に混沌と深淵は近しい存在にある」

 

 薄暗い闇の中で、深淵がランスロットの甲冑に付着していく。無駄だと分かりながらも雷弾を放つが、全て闇の球体によって弾かれる。完全防御か。

 

「喜べ、白の深淵狩りよ。知るのは貴様で3人目。これはオレが深淵に与して身に着けた奥義。深淵纏いと似て異なる力」

 

 だが、最悪の予感がする。

 闇の球体が晴れたランスロットの姿は……先程までと異なっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが……デーモンの力だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全身の漆黒の甲冑はより生物の外殻の如く同化し、頭部は狼に微かに似た獣の異形であり、耳元まで裂けた口から並ぶのは牙。耳のように尖がった2本の角が伸び、その背中からは2対の闇に溶けた翼を有している。深淵のオーラを纏った姿は禍々しいの一言だ。

 ランスロットが消える。瞬間移動。違う。純粋な速度『だけ』でオレの背後を取る。

 狩人の予測が完全に振り切られた。まだヤツメ様の導きの範疇だが、回避が間に合わない。

 残り火を砕く。鮮明になる感覚。世界の全てがクリアとなる。

 運動アルゴリズムとの齟齬がアバター操作の問題になっているならば、致命的な精神負荷を受容した今ならばそれを緩和し、アバターを本来の肉体に近しく動かせるようになる。

 ステータス出力8割。回避運動を開始。ランスロットの一撃を躱すも、そこからの連撃を死神の剣槍で受け流すも、最後の斬り上げに追いつけずにガードさせられる。さらに飛び散った死神の剣槍は随分と痩せて貧相な姿になってしまったが、まだ折れていない。さすがだな、グリムロック。

 やっぱり後継者殺す。1人殺したところで新しい後継者がヘラヘラと笑って出現するだろうが、とにかく気が済むまで殺す。

 ランスロットの『デーモン化』。深淵纏いだけで十分だろうに、真っ向から更なる強化をするとは、本当にバランス調整放棄してやがる。どれだけ『アイツ』を殺したいんだよ。

 いや、これはランスロットが元から身に着けた能力のようだから、後継者の梃入れ要素は小さいか? だったらぶん殴るで済ませてやる。

 ザリアの雷弾を放つが、ランスロットは見せつけるように避けずに受け止める。まるで怯まないし、ダメージも低い。防御力の大幅増加。恐らくはスーパーアーマーの類も付与されている。ほぼ無効化に近しい高衝撃耐性と高スタン耐性を身に着けているのだろう。

 デーモン化中は更なるパワーアップと防御性能増加。そして、デーモン化した瞬間にHPが2割ほど回復している。デーモン化時にはHP回復……粘り強さが増したな。オートヒーリングで持続回復効果よりマシか? いや、確定2割回復とかランスロット級だと割とシャレにならん。

 無論のように黒剣の本数も倍近くに増えている。それだけではなく、黒剣の移動範囲と速度も上昇している。

 翼は飛行する為ではなく加速の為か? いや、ある程度の滞空と滑空は可能なようだ。瞬間移動の範囲が実質増したようなものだな。以前ならば瞬間移動時に生み出せる運動のベクトルの範囲しかできなかった。即ち、1度宙へと瞬間移動すれば、次の瞬間移動先は下……地面へと向かわねばならなかった。だが、今のランスロットならば……!

 繰り出されるヘルムブレイカーもどき。回避するも、着地より前に瞬間移動して再びオレの上空を取る。そこから再びヘルムブレイカーもどき。ヘルムブレイカーは高度が高ければ高い程に威力と速度が増す! だが、今のランスロットはそれを無限に稼げるようなものだ!

 何処かで止めないと対処不可能な速度に達する! 贄姫で受け流してカウンターを決めるが、刃は通らない。高い防御力もそうであるが、贄姫の刃が欠けているのだ。

 致命的な精神負荷を受容し、なおかつステータス8割維持でも防戦のみ。ザリアの雷弾をばら撒くも、ランスロットは連続瞬間移動で翻弄と同時に距離を詰め、黒剣を展開した状態で斬りかかる。

 黒雷を帯びた一突き。躱すも、ランスロットの剣先から黒雷が放出され、背後の建物から文字通り消し飛ぶ。その衝撃波で体が揺らげば、こちらに剣先を向けた黒剣が殺到する。

 贄姫で数本を弾き、黒剣同士の衝突の連鎖を奏でて軌道を曲げて全てを凌ぐ。だが、ランスロットは至近距離で黒炎の爆発を左手から放つ。

 武装侵蝕した布を翻し、黒炎の爆発を防ぐも一撃で破られ、衝撃は殺しきれずに地面を転がる。だが、ダメージを受けなかっただけマシだ。スタミナを削られるのは1番避けねばならなかった。

 超スピード、瞬間移動の強化、加えて全ステ上昇と能力強化、唯一の欠点だった耐久面の穴を塞ぐデーモン化。これで第2段階か。『本番』とされる最終段階はどれ程のものか、想像もできないな。

 

「再生……強化、もあり、か」

 

 贄姫で微かにつけたと思えた傷。それさえも超速で修復されている。これでは流血によるスリップダメージもほぼ無効化したのと同じだ。

 だが、まだ見切れる。読める。動ける。そう思った矢先に喉にせり上がったのは血の感覚。口から血反吐が零れ、意識が闇に喰われかける。それを見逃すはずがないランスロットに接近を許す。

 

 

 

 

 

「これで、その奇怪な雷矢は使えんな」

 

 

 

 

 

 レールがランスロットの一撃で砕けたザリアの破片が視界で舞う。

 残弾5割を残して沈黙か。させない。オレは即座に踏み込み、折れたレールをランスロットの胸部に押し付けてトリガーを引く。放たれた雷弾がオレ達を巻き込む形で連続で雷爆風を呼び込む。

 退いたのは双方。だが、破壊された状態で更に連続で撃った結果、レールの破損は更に広がっている。

 限界だと? まだいけるだろう、ザリア! もはや射程は落ち、弾道も歪んで命中させられないザリアの雷弾をばら撒く。だが、回転して迫る黒剣が首の皮を裂く。

 背後。ランスロットの瞬間移動。ザリア本体を武装侵蝕。即席の強化ナックルに変え、斬撃回避と同時に反転してランスロットの腹に閃打と共に打ち込む。

 ライトエフェクトを帯びた拳と即席の強化ナックルの一撃がランスロットを揺るがす。だが、代償としてザリアの本体は潰れ、飛び散った内部パーツはポリゴンの欠片となる。

 まだだ。ザリアを捨て、折れたレールを握り、武装侵蝕を施して投擲する。それは雷弾の連発を受けて修復途中のランスロットの胸部に突き刺さる。

 レールは銃剣……近接攻撃扱いだ。これならば瞬間移動は使えない。抜かれるより先に贄姫を鞘に収めて接近する。放たれる黒剣の連射、翼を用いて強化されたジャンプ力も含めて上空に逃げるランスロットを追いかける。

 空中に展開される黒剣。抜刀……いや、まだだ。両手に粗鉄ナイフを握り、武装侵蝕を施す。飛来する黒剣を全て弾き、折れた粗鉄ナイフを放棄。迎え撃たんとするランスロットに対し、居合の構えを取る。

 放つのは≪カタナ≫の対空用居合ソードスキル【光車】。空中で大きく回転してからの居合という空中戦用居合ソードスキルであり、使いどころは難しいが、こうした回避と同時の一閃には役立つ。

 同時に水銀居合を重ね、ランスロットの右肩から侵入した贄姫の刃は振り抜かれ、同時に放出された水銀の刃が奥深くまで斬り裂いていく。

 先程とは逆で地面に叩きつけられたランスロットだが、しっかりと両足で着地している。ただし、デーモン化は解除されている。ダメージの蓄積か、それとも経過時間か。何にしても解除されたならば良しとしよう。まぁ、またデーモン化されてHP回復されたら意味がないだろうが、さすがにインターバル無しで連発はしてこないはずだ。

 オレも無事に着地し、水銀が滴る贄姫を振るう。デーモン化が解除されたならば、先程までと同じように……いや、次のデーモン化を防ぐためにも、より苛烈に攻めねば負ける。スタミナの残量に注意したかったが、ソードスキル1回分の消費は手痛い。

 

「当てて来るか。デーモン化の慢心、いや……貴様、あの時と同じ力を使っていたか。迂闊だった。それは貴様の身にも大きなリスクを背負うと見ていたが、切るのが早いのではないか?」

 

 好きなだけ言え。だが、何にしても、やはりダメージの伸びが悪い。ソードスキルも重ねた、フルチャージではないとはいえ水銀居合をクリーンヒットさせてもHPは3割減か。今のは対ランスロットで考えていた攻撃だったが、もう通じないだろう。出来ればデーモン化前に当てたかったが、それは仕方ないことだ。

 

「ゲホ……ゴホ……うぐ……っ!」

 

 口元から血が零れる。手で受け止めることもなく吐き出し、口元から喉へと垂れる血から深淵の闇が滲んで気化する。

 深淵の病が……再び大きく蠢き始めたか。ランスロットの闇にでも反応したのか? いや、単純にそろそろ時間だっただけか。

 

「……深淵に蝕まれていたか」

 

「だったら、どうしますか? 深淵狩りとして、オレを……殺します、か?」

 

「俺はもはや深淵狩りではない。貴様の名誉を守るために殺しなどしない。ただ敵として貴様を討つ。それが深淵の騎士としての礼の尽くし方だ」

 

 ランスロットは揺るがない。自らの歩みに後悔など無い。

 全てを裏切り、忠誠を尽くすランスロット。やはりオレとは似ていないな。これの何処がオレと似ているのか、抜け殻のゲヘナにもう1度問いたいものだ。

 足がふら付く。まずいな。致命的な精神負荷を受容したからこそ、ダイレクトで脳で情報処理を受け持っているからこそ、深淵の病の影響がより濃く感じられる。加えてこのタイミングでの発症だ。本当に最悪のタイミングだな。後数時間くらい待ってくれたら良かったものを。

 ……フロウは無事に母親の病を治せただろうか。深淵に効く薬らしいが、効能はどうなるやら。万能薬の方が案外効くかもな。

 何を考えているのだ? 自嘲する。どうせ、オレがしたことに何かの救いがあったとは思えない。そのはずなのに、フロウの目に『人』を見てしまった。関わってしまった。

 爆音が響く。すぐ傍に黄金の剣が突き刺さり、土煙がオレ達を無遠慮に舐める。上空の戦いで竜の神が……『アイツ』が巨神オベイロンの剣を奪い取って投げ捨てたのだろう。もう少し場所を考えろ。危うく潰されるところだったぞ。

 ランスロットが大きく跳ぶ。先に突き刺さる黄金の巨剣、その柄に着地し、オレは続いて刀身を踏む。ランスロットはオレを見下ろし、オレがランスロットを見上げる。

 アルヴヘイム最強は疑いようも無し。そして、理性と剣を取り戻したナグナで戦った片腕のアルトリウスを遥かに凌ぐこともまた認めよう。ならばこそ、彼の底は未だ知れない。灼け続ける致命的な精神負荷の受容をしても、その深奥を引き出すには足りない。

 最大の苦境。アルトリウス以来……いや、あれ以上に展望など見えない戦い。クリスマスの戦いを思い出す。鮮明とは言い難いが、確かにまだ記憶が残っている。あの時もなかなかに追い詰められたものだ。

 そうだ。あの夜から……オレは……ずっと……ずっと……ずっと……!

 サチ。キミの顔がぼやけて思出せない。どんな声だったのか、分からなくなってきた。だけど、キミを殺した瞬間は……まだ憶えている。

 オレは悦んでいた。キミを殺せたことに悦楽を覚えていた。およそ『人』から外れた『獣』の飢餓がキミを殺した! そして、心はそれを罪と感じることさえもできないならば、オレはクリスマスに己を認めたように……いや、認めてしまったからこそ、バケモノなのだろう。

 

「……ザリア、ご苦労だったな」

 

 ランスロットを追ったジャンプ中に武器枠からは解除し、新たな武器はセットしてある。ザリアには退場してもらった。グリムロックに殺されるかもな。どう見ても修復できない状態だった。もうスクラップ状態だよ。コアブロックがプレス機にかけたみたいに潰れていたよ。

 

『今ここにアンタを裁く法は無い。だからこそ……』

 

 睨み合うオレ達に、地に落ちたオベイロンに翼を広げて見下ろす竜の神の……『アイツ』の声が響く。

 そうだ。ここにオレ達を裁く法など無い。秩序など無い。だからこそ、己の信念と倫理に従って戦うしかない。それがこの戦場だ。

 だが、オレにあるのは『力』だけだ。どれだけ言い訳で塗りつけても、今にも誰でも良いから殺さなければ狂ってしまいそうなまでに膨れ上がった殺戮の飢餓だけだ。

 もっと血の悦びを。そうしなければ、内側から崩壊しそうな程に本能が飢餓を訴える。ヤツメ様が抱き着いて優しくオレに諭す。

 

 

 

 

 もう良いじゃない。誰もアナタの助けになんか来ない。ここでランスロットと戦っても、誰も認めてくれない。誰にも讃えられない。誰も見向きもしてくれない。だったら、今ここでアナタの為に殺しましょう? 理由なんて結局は嘘の塊。自分を縛り付ける鎖。私を解き放っておきながら、アナタは自分ばかりを縛り付ける。分かるでしょう? アナタを縛る鎖は肉に食い込み、傷口は膿んで腐らせる。このままでは……アナタは死ぬ。ランスロットにではなく、自分で『自分』を灼き殺す。

 

 

 

 

 そうだね。ヤツメ様、この戦いに……誰かが都合よく助けに来てくれるとは思えない。

 ランスロットは強い。今まで出会った中で最強。残り火を使っているのに、まだ底は見えない。

 それでも……そうだとしても……戦う。退路は捨てた。生きるか死ぬか、そんなシンプルな理で十分だ。

 認められる為に戦っているのではない。讃えられる為に戦っているのでもない。誰かに見てもらいたいから戦っているのでもない。

 たとえ、嘘でも構わない。この本能を隠す偽りの装飾でも構わないんだ。

 サチとの依頼を果たす。トリスタンとの約束を守る。その為に……ランスロットを殺す。

 ヤツメ様は何も言わない。そっとオレの胸に触れて背を向ける。だが、導きの糸だけはより濃くなる。

 灼けている。こうしている間も……オレは灼けている。その分だけ、オレの獣性は研ぎ澄まされるような気がした。

 もっとだ。もっと獣性を高めろ。死んでも殺す。ランスロットを殺しきる。ただその為だけに意識を集中させ続けろ。

 

『今この瞬間は……「力」こそが全てだ!』

 

 ああ、そうだな。オマエの言う通りだ。だけど、本音が駄々漏れだぞ? どうせ、内心では『力』が全てじゃないって思ってるんだろ? 現実を変えるのは『力』だが、それ以上に気持ちが無いと……ってな。オマエのそういう所、嫌いじゃない。かなり殺したいくらいに嫌いじゃない。

 

「オレは……オマエを殺したかった」

 

 そして、『力』で全てを決するのが世の常ならば、オレは1人の殺したかった者を思い出す。

 ランスロットが消える。瞬間移動によって間合いを詰め、黒剣を配置しながら移動する。そして、全ての黒剣が四方八方から殺到する。

 贄姫で弾く。全ての軌道は見切れている。だが、それを見越しての背後からのランスロットの突き……と見せかけての回転斬りによる跳び退き。ここで下手な回避はカウンターの餌食。だからこそ、恐れずに背後へと身を投げる。回転斬りが発生した直後にランスロットの足下に移動し、その足を払ってバランスを崩させる。

 だが、それであっさりと転倒するランスロットではない。当然踏ん張りながら、黒雷の槌を構える。だが、それよりも先にオレは左腕を振るう。

 

 

 

 

 

 

 

「ザクロ、使わせてもらう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランスロットの胸が裂けて血が零れ、確かによろめいた。右手の贄姫と不可視の刃を有する左手の握る武器による連撃で漆黒の騎士を刻もうとするが、入りきらずに瞬間移動で脱せられる。オベイロンの剣の根元に出現したランスロットの様子からするに、割と深く斬り込めたか。だが、それもデーモン化すればすぐに修復される。それまでにダメージを稼がねばならない。アバターの破損は何も流血のスリップダメージだけではなく、防御力の低下もある。よりアバターを破壊すれば破壊するほどにダメージは通りやすくなる。

 しかし上手くいったな。暗器の極意とは意識の死角を突くことにある。闇朧……不可視の刃を持つこの暗器は贄姫ばかりに気を取られたランスロットを捉えた。

 

「ザクロ。何処かで聞き覚えのある。そのカタナの名ではあるまい?」

 

 まずいな。闇朧がカタナだとあっさりと看破された。これでは刀身の長さも含めて把握されるのは時間の問題だろう。やはり暗器の本領は一撃限りだな。

 今度は見下ろす形となり、オレは首を小さく横に振るって不可視の刃を見せつけるように構える。

 

「このカタナの名は闇朧。ザクロは……アナタが殺した、異形でありながら誰よりも『人』の心を持った虫の友だった、1人の少女の名です。これは彼女のカタナ」

 

「……あの娘か。想いばかりで力が足りぬ娘だったが、死んでいたか」

 

「ええ。仰る通り、力及ばずに死にました。ですが、彼女の『力』はここにある」

 

 ザクロ、オレはオマエを殺したかった。それは変えられない事実だ。挙句に、オマエに代わってイリスの仇を討とうとさえ思えない。そんな憎悪は湧き出さず、ただ『獣』の飢えた殺意があるだけだ。それでも……そうだとしても!

 

「いくぞ、ランスロット。今この瞬間は……『力』こそが全てだ!」




決戦の命運は各々の手に。

黒VSオベイロン、それは伝説を築く神々の戦い。

白Vsランスロット、それは血と泥と灰に塗れた殺し合い。

それでは、296話でまた会いましょう!




ちなみにランスロットはDS3DLC2モードを搭載したグレードアップ版を採用しました。慈悲は無い。

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