SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ

各所で死闘開始。


Episode18-59 忠義の騎士

「やれやれ。オベイロンの見栄っ張りなところは嫌いじゃなかったけど、限度があるんだよねぇ。あと、ボクが『人の持つ意思の力』の研究を怠っているわけないだろう? 己を知り、なおかつ敵も知る。これこそ戦いの基礎というものだよ? キミは特に自己評価を改めた方が良い。自分を過大評価し過ぎ♪」

 

 戦火で焼かれ、阿鼻叫喚の悲鳴の中で多くのドラマが描かれる。白スーツを着た男は、巨大レギオンのブレスに巻き込まれて塵と化した『自分』を踏み躙りながら、いつ流れ弾で消し飛ぶかも分からない、倒壊間近の塔の屋上から決戦を観戦する。

 命惜しさに逃げ惑う兵士。仲間の無残な骸を前にして心壊れて動かぬ騎士。魔力が尽きて閉所に追い込まれて生きたまま内臓を貪られる魔法使い。次々と野戦病院に運び込まれる負傷者が目前で命尽きていく光景に絶望する神官。いずれも彼が好む物語だ。

 だが、その一方で竜の神を纏った『英雄』を旗印にして、彼の雄姿に後押しされ、また彼を支えるべく動き続ける多くの者たちもいる。彼らは諦めることなく、恐怖と絶望に立ち向かい、たとえ死すとしてもその瞳に敗北の2文字は無い。

 この決戦を支えているのは2つの戦い。1つは誰もが目を向けるアルヴヘイムの歴史の分岐点。聖剣を有する英雄と蒙昧なる愚王。まるで神々の戦いを思わす、どちらが勝っても吟遊詩人に謳われるに相応しい戦い。

 

「聖剣と『人の持つ意思の力』でドラゴンクランからソウルを抽出したか。だが、彼のイレギュラー値から推測される仮想脳の限界と今日までの消耗を計算すれば、維持できるのはせいぜい夜明けまで。性能差は歴然。しかも、ランスロットがいつ参戦するかも分からない。分の悪い戦いだねぇ」

 

 そして、もう1つは神々の戦いの影。唯一無二の深淵狩りの誓約を持つ狩人と古い深淵狩りにしてアルヴヘイム最強の裏切りの騎士。謳われることなき、血と泥と灰に塗れた熾烈なる殺し合い。

 ランスロットの黒雷の大槍ならば、炎の加護と竜鱗を貫通し、竜の神のアバターの胸部中心に隠された【黒の剣士】を刺し貫ける。避けられるならば接敵して黒雷の槌がある。たとえ巨大であろうとも、ランスロットには倒せる手札は幾らでもある。

 この戦いの肝は、いかにして『ランスロットが抑えられている内にオベイロンを倒すか』にかかっている。だが、それを知る者は誰もいない。

 

「【渡り鳥】くんはいつもそうだねぇ。キミはいつも何もかも滅茶苦茶にしていく。敵も味方も関係なく、キミが関われば混沌と死が蔓延る」

 

 オベイロンはHPバーを3本失い、いよいよ新たな能力を展開する。

 巨神オベイロンの両脇に巨大な8面体の青いクリスタルが出現する。それはオベイロンのバリアを3重構造するにだけではなく、頂点に光を凝縮してレーザーを解き放つ。竜の神が回避すれば、貫通性の高いレーザーは地上を走り、青い魔力の爆発が引き起こされる。

 クリスタルは自律的に移動し、接近すれば面から多量のレーザーの雨を放ち、また輝くと突進してタックル攻撃を仕掛けてくる。見た所、オート型で動く近・中・遠の全てに対応しているようだ。レーザーの雨は竜の神に対しては火力不足であるが、収束レーザーとタックルは侮れない破壊力である。

 安易に回避すれば、反乱軍が密集した場所を狙うつもりのレーザーは【黒の剣士】の行動を制限し、自分にとって有利な戦いを進めようとするだろう。オベイロンは自己評価が過剰であるが、その小賢しさと相手の弱点を狙う狡猾さは決して侮って良いものではない。これから更に【黒の剣士】は不利な立ち回りを余儀なくされた。

 また、レギオンのみならず深淵の怪物も賊王の撃破に動き出し、また数に物を言わせて竜の神の邪魔するように群がり始めている。オベイロンの命令だろう。思わぬ【黒の剣士】の強さに、保険として賊王の撃破も並列して進めているのだ。皮肉にも、【黒の剣士】に見下ろされた屈辱がオベイロンに冷静な戦略的判断をもたらしたようだった。

 

「ふむ、あのクリスタルはボクが【妖精王オベイロン】用で準備した第2段階用の大型版だねぇ。動きが良いわけだ。ボクがオペレーションを組んだAIを抜いて不出来な自家製を投入するくらいの真似はすると思ったけど、存外に実利を取れる男だったのかな?」

 

 いや、マザーレギオンの入れ知恵か。彼の虚栄心を擽り、わざわざ手間をかけるよりも使えるモノは使うべきだと尤もらしく誘導したのだろう。オベイロン作とは違い、優れた機動と戦術を取れる。だが、所々で理に適っていない動きがある。オベイロンが見栄で遠隔操作モードを加えたのだろう。

 こういうのを墓穴を掘るというのだろうな、とクリスタルが放つレーザーでその身を消滅させながら、彼は頬杖をついて溜め息を吐いた。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 地下へ。地下へ。地下へ。金属のように硬質化した触手に跳び移りながら地下を目指すユージーンの傍らで、同じく高度を下げて最深部を目指すリーファは言い知れない不安を抱えていた。

 2射目だろうブレスが解き放たれた衝撃は感じていた。竜の神となった兄とオベイロンの戦いが奏でる轟音は地下まで届いている以上、直撃は無かったようであるが、これ以上の巨大レギオンのブレスを許すわけにはいかない。

 だが、硬質化したお陰で絡まってくるリスクが無くなったとはいえ、こうしている間にも触手は蠢いて数を増している。また、核の警備を成すレギオンも続々と出現し、否応なく消耗させられるのだ。

 本来ならば光が届かないはずの闇の世界。だが、深度が増す程に昼間のように明度が上がっていく。それは煌々と熱せられたマントルに接近しているかのような、これ以上進むべきではないという生存本能の警告へと直結する。

 レコンがいかなる確証を得て巨大レギオンの攻略法を提示したのかは不明だ。だが、光のお陰でこの下に巨大レギオンにとって重要な器官……弱点と呼ぶべき核があるのは間違いないだろうと確信は持てた。

 着地。ようやくたどり着いた最深部にリーファは目を疑う。そこは元々地底湖の類だったのだろう、巨大な地下空間であり、今は壁面全てを硬質化した触手が覆っている。そして、その中心部には幾重にも触手に覆われながらも、まるで心臓のように脈動する生々しく赤い肉の塊があった。

 レギオンの核……いや、心臓なのだろう。ユージーンと目を合わせ、2人は認識が一致したように頷き合う。

 

「オレの≪剛覇剣≫ならば防御効果を無効化して攻撃できる。だが、唯一の例外がある。その場合はサポートを頼む」

 

「例外って何ですか?」

 

「手順を踏んで解除するギミックだった場合だ。ガードや防御能力とは違う、言うなれば無敵状態。解除するまで命中判定自体が存在しない。≪剛覇剣≫でも防御効果を無効化しても、肝心要の核が無敵状態ではダメージを与えられんからな」

 

「な、なるほど」

 

 本来ならばユニークスキルの弱点を教えるなどあり得ないのだろうが、緊急事態ならば仕方ないだろう。また、リーファに言わせれば、そもそもとしてプレイヤー側からすれば聞いたところで≪剛覇剣≫の脅威度には変化がない欠点だ。なにせ、プレイヤー側が無敵状態になれるなど極々稀なのだ。

 そして、わざわざユージーンがそのような話をするのは、既に過半において核が無敵状態にあると判断しての事だろう。その根拠となるのは、核の左右で蠢く2つの器官だ。どちらも触手の塊であるが、右側は白濁色に、左側は青色に変色している。

 先に作動したのは白濁の塊。頭上から次々と卵が落下し、エリマキトカゲのような巨大レギオン防衛の量産レギオンが生まれる。

 一瞬で数十体の隊列を生み出されて気圧されたのは1秒。ユージーンの踏み込みをおいかけ、リーファは魔族や反乱軍と共に量産レギオンへと突撃する。

 岩肌の亜人マギが貫通性能の高いソウルの槍を核に放つが、HPはまるで減少しない。ユージーンの読み通り、ギミックを解除しなければダメージそのものが与えられないタイプなのだろう。

 

「まずは左右の塊を潰せ! セオリー通りならば、それで核への攻撃が可能になるはずだ!」

 

「あたしが左を! ユージーンさんは右をお願いします!」

 

 分担作業で同時に左右の塊を破壊する作戦であるが、次々と生み出される量産レギオンが邪魔で思うように進めない。飛行しようかとリーファが翅を羽ばたかせれば、青い塊が鼓動して次々と青い光の塊……ソウルの塊を放出する。それは近接信管であり、飛行でショートカットしようとしたリーファを執拗に追いかけて爆破攻撃を仕掛けてくる。

 空間が限定された地下で集中砲火を浴びる飛行は逆に不味い。だが、リーファはこれしか無いのだと突進するが、爆発が邪魔で白濁の塊に接近できない。手をこまねいている間に、量産レギオンの伸ばされた触手に右足が捕まり、地面へと叩き落とされる。

 

「がっ……!?」

 

 背中から強烈に叩きつけられ、肺の空気が押し出されたように胸部が圧迫感を覚える。続いたダメージフィードバックが背中、そして後頭部に広がり、それが意識の明滅を呼び込む。

 群がる量産レギオンに四肢を引き千切られる寸前で彼女を救ったのは、空中回し蹴りで量産レギオンを文字通し粉砕したキノコ人だ。リーファを救ったのは、他のキノコ人とは姿形こそ同じでも気品と呼ぶべきものが備わった個体であり、その強さも他のキノコ人よりも1つ上だ。

 

「撃て! 撃ちまくれ! 援護射撃なら俺たちだって出来るはずだ!」

 

「魔族に後れを取って堪るかよ!」

 

 この場ではレベルと装備が劣る妖精による反乱軍であるが、地下まで到達した数は最も多い。連射クロスボウを構え、爆裂ボルトを次々と射出し、解放される爆風で量産レギオンを揺るがす。

 だが、量産レギオンに変化が現れる。1体が全身を黒く変色させて大きくなったかと思えば、それに倣うように新たに生まれた量産レギオンにも同種が現れ始める。それは硬質化なのか、爆裂ボルトにも耐えうる揺るがない防御力を手にするだけではなく、麻痺ブレスから火球に変じ、後方射撃に徹していた反乱軍の隊列へと攻撃を加える。

 また、今度は全身が薄緑色に変じて全身の肉がブヨブヨと膨らんだ醜悪な姿に変じた量産レギオンも現れ始める。それらは驚異的な突破力を示すキノコ人たちの前に立ちふさがり、その拳を真正面から受け止める。

 スライム系のモンスターの多くは打撃属性に対して高い防御力を有する。肥大した脂肪のようなものを纏った量産レギオンは、キノコ人に対処すべく『変異』し『生産』されたのだ。

 レギオン特有の学習能力のみならず、即時に反映する柔軟性。なおかつ、1体1体の戦闘能力は着実に底上げされている。まさにレギオンの脅威を濃縮したような戦場において、鬼神の如く量産レギオンを葬りながら前進するのはユージーンだ。

 リーファも感じずにはいられないレギオンへの憎しみ。それがユージーンから放出され、まるで力を与えているかのようだ。揺るがぬ前進はついに青色の塊に到達させ、その刃を食い込ませる。

 だが、一撃で破壊できる程に生易しくはない。また、無理な突破が祟ったのか、量産レギオンに包囲され、後ろから1体に噛みつかれる。鎧を着ていない今のユージーンは防御力が大幅に落ち込んでいる。量産レギオンはそれを正確に読み取っているかのように、1部の変異した、触手の先端から棘を飛ばすタイプが小さなダメージを重ねていく。

 

「失せろ!」

 

 回転斬りで強引に周囲の量産レギオンを薙ぎ払うも、そこにソウルの爆弾が接近し、ユージーンは吹き飛ばされる。ダメージは大きいが、亜人のマギが広範囲の回復の奇跡を用いたことによって何とか持ち直す。

 やはり熱くなっている。リーファは今のユージーンが、約束の塔を前にした兄と似た状態になっているのだと悟る。

 あの時は自分もアスナを助け出そうとして熱くなり過ぎていたせいで見抜けなかったが、兄には暴走の兆候があった。そのせいで兄は大きな代償を支払うことになったと後悔もしている。

 

『ユージーンは、傲慢不遜ではありますが、ああ見えて冷静な分析と判断を欠かさない男です。武人肌なので不利と分かっていても功を選んで突貫することもありますが、それは感情の暴走ではなく気質の問題。勝算もなく無謀を冒す男ではありません』

 

 かつてサクヤはユージーンの猛烈なアタックに心底嫌がる素振りを見せながらも、色眼鏡無しで高く買っていた。だが、今のユージーンには明らかに冷静な分析も判断もなく、むしろレギオンを倒すことへの歓び、そして翻弄されることへの屈辱と怒りばかりが膨れ上がっているようだった。

 このままではいけない。ユージーンの援護に向かおうとするが、リーファも安易な飛行は出来ない。そうしている間にも、キノコ人の数体が打撃を封じられて押し込まれ、鋭い爪で刻まれて解体されていく。後方支援の反乱軍の部隊は戦死者を出しながらも援護射撃を続けてくれているが、それもいつまで続くか分からない。

 また、こちらの生命線である亜人のマギもまた集中的に狙われ、回復ペースが落ち込んでいる。回復アイテムが欠けるリーファ達では、岩肌の亜人の奇跡による回復が無ければ追い込まれるのは時間の問題だ。

 

「落ち着いてください! 今のユージーンさんに普段の戦い方は出来ません! 耐えて斬るのではなく、回避に重点を置いて1発1発確実に――」

 

「そんなことは分かっている! だが、こうしている間にも巨大レギオンのブレスは間近のはず! もはや時間は無い! リスクは承知だ!」

 

 量産レギオンの骸を越えてユージーンと合流したリーファは背中合わせとなり、ALOでも名を馳せた剣士に半ば怒鳴るように叫ぶ。だが、それを上回る声量でユージーンは尤もらしい事を並べているが、明らかに思考と感情が乖離していた。

 中央の核が脈動する。地下全体で大きく揺れる。巨大レギオンがブレスを放ったのだ。また間に合わなかったと血の気が引くが、少なくともブレスによって賊王が死亡することもなく、また地上での兄とオベイロンの戦闘音も消えていない。戦局は分からないが、今のブレスで勝敗が決したわけないようだった。

 

「何があったんですか!? あたしの腕を折ったユージーンさんは、こんな所で無駄死にするような人じゃないでしょう!?」

 

 リーファが暴走した時、ユージーンは仲間からの非難を覚悟で彼女の腕を折った。そこまで冷静かつ冷徹な判断が出来たはずのユージーンが、今や視野狭く猪突猛進を繰り返している。それがリーファにはどうしても信じられなかった。

 一瞬だが、何かを口にしようとしたユージーンだが、思い止まって唇を噛む。その様子に、リーファはユージンの大剣に合わせるように連続刺突で量産レギオンを倒す。

 スタミナが危険域のアイコンを点滅させる。魔族も少なくなり、後方支援の反乱軍に量産レギオン達が牙を剥く。射撃に特化した彼らでは一方的に虐殺されるだけだが、これを見逃さなかったキノコ人の救援によって壊滅を免れるも、代償として助けに入ったキノコ人がまた1体倒れる。

 死んでいく。次々と死んでいく。リーファは目の前で溢れる死が信じられなかった。

 こんなにも簡単に奪われていく命。量産レギオンはいずれも殺した……狩った『獲物』の骸を貪り、血を浴びて歓喜している。自分もいずれあんな風にレギオンに貪られるのかと思うと恐怖心で思考停止に追い込まれそうになる。

 だが、ここで恐怖に屈してしまえば、兄は負けてしまうかもしれない。巨神オベイロンなんかには負けないとリーファは信じているが、だが、巨大レギオンの邪魔入れが繰り返されれば、勝機を逃し、隙を突かれ、敗北してしまうかもしれない。

 自分が役目を果たせなかったせいで、兄を負けさせるのは嫌だ。死なせるなど言語道断だ。リーファは深呼吸を入れ、量産レギオンの血で濡れた、刃毀れが目立ち始めた剣を振るう。

 

「もういいです。あたしが戦います。ユージーンさんは後方に下がって射撃部隊の警護を」

 

「貴様では無理だ。貴様の剣には突破力が無い。レギオンの壁を打ち破るには――」

 

「そんなの分かってます! だけど、あたしにはユージーンさんやお兄ちゃんみたいな凄い武器もユニークスキルも無い。経験だって浅い。それでも……」

 

 それでも、諦めたくない。

 今のユージーンでは、たとえ自分を犠牲にしても刃は届かないだろう。ならば、少しでも冷静な自分が前に出るべきだ。彼女を後押しするように、残り少ないキノコ人が肩を並べる。同じく、ようやく到着したらしい、蛇人の部隊が増援に加わる。

 

 

 

 

 

 

「サクヤが……死んだ」

 

 

 

 

 

 

 

 だが、リーファの足を止めたのは、震える声で搾り出されたユージーンの告白だった。

 

「オベイロンの実験だろう。レギオン化させられ、狂い果て自我を失い、死んだ」

 

 ユージーンも今この瞬間で告げるべきではないと理性では分かっているのだろう。リーファに絶望感を味合わせ、なおかつ感情の暴走を引き起こさせるような情報を渡すべきではないと頭では分かっているのだろう。

 だが、それでも告げずにはいられなかった。今まさにこの瞬間だからこそ、ユージーンは伝えずにはいられなかったのだろう。

 

「サクヤから尊厳を奪い、死に追いやったレギオンをオレは許すことができん」

 

「…………」

 

「レギオンは存在してはならないバケモノだ。それが……レギオンを憎む理由だ。オレが戦わねばならない理由だ! サクヤに誓ったのだ! オレが……オレこそがランク1として、プレイヤーの希望になると!『英雄』になると誓ったのだ! 誰でもなく……UNKNOWNでもなく……このオレが! だから邪魔をするな! このオレの道を阻むな!」

 

 オーラを纏った≪剛覇剣≫の一撃。正面全体に伝播するガード不可の攻撃波によって量産レギオンが薙ぎ払われるも、その数は依然として多い。だが、動きを止めたリーファに代わり、ユージーンは歩みながら前に出る。

 

(サクヤさんが……死んだ? レギオンになって、死んだ?)

 

 あの日、サクヤは自分とアスナを逃がす為に犠牲となった。

 無事であるはずがない。どれ程の責め苦を味わっているかも定かではない。だが、それでも生きているはずだと……オベイロンを倒せば救い出せるはずだと……そう信じてここまで戦ってきた。

 だが、オベイロンを倒してもサクヤは戻ってこない。フェアリーダンスという居場所を築いて守ってくれたギルドリーダーはいない。アルヴヘイムを脱出してDBOに戻っても、そこにリーファが帰路についても、かつての居場所はもう失われている。

 オベイロンとレギオンへの怒りと憎しみが溢れる。サクヤを奪われた喪失感が剣を握る手に力を込める。

 殺したい。殺してやりたい。兄に任せず、この手でオベイロンを八つ裂きにしてやりたい。サクヤをただ死なせるだけではなく、あらん限りの苦しみを与えたのがレギオンならば、ユージーンと同じく許せるはずがない。

 

 

「サクヤさんが今ここにいたら、きっとこう言います。『そんな体たらくで何がランク1だ』って怒っちゃいます」

 

 

 オベイロンへの憎しみもある。レギオンへの怒りもある。だが、それは今ある希望と未来と仲間と比べて価値があるものだろうか?

 復讐したい気持ちはある。それは隠すことなど出来ない。だが、リーファはサクヤがオベイロンへの憎悪とレギオンへの復讐に染まって自分が生きることを望んでいるようには思えなかった。

 あらゆる手の限りを尽くし、フェアリーダンスの中立を守ってくれたサクヤは、常に限界を意識していた。いつか、何処かの大ギルドに属さねばならないと腹を括っていた。だが、それでも無理を重ねて交渉を続けて引き延ばし続けたのは、大ギルド同士のいがみ合いと縄張り争いに不毛を感じていたからだ。そんな事に巻き込まれて、大切な仲間が失われることを良しとしなかったからだ。

 

「オベイロンは倒します。レギオンだって危害を加えるなら倒します。でも、それはあたしたちの『生きる理由』なんかじゃない! あたし達は……前を向いて、今日よりも明日はマシかもしれないって信じて! 努力して! 生きていくんです! それがサクヤさんに報いることになるんです! そんな事も分からない程度しか、サクヤさんの事を愛してなかったんですか!?」

 

 分かっている。大切な人を失ったからこそ、それを穴埋めする為に復讐が必要なのだ。心に整理をつける為に、決着をつける為に、前を向いて生きる為に、復讐は必要なのだ。

 世の中には復讐自体を生きる理由にしなければならない人間もいるだろう。そんな悲しき人たちを否定する気はない。だが、他でもないユージーンは自分自身の口で言ったのだ。

 

「『ランク1』なんでしょう? 全プレイヤーの希望になるんでしょう!? お兄ちゃんと張り合うんでしょう!? だったら小さな事に囚われないでよ! サクヤさんを……サクヤさんを大好きだった人の『強さ』を!」

 

 涙が散り、リーファの叫びは地下の惨劇に染み込んでいく。

 ユージーンは≪剛覇剣≫のエフェクトを纏った大剣を構え、突撃する。今までと同じく、無謀の極みを尽くすように、無言で突き進む。

 

 

 

 

 

 

「オレが道を切り開く。キノコ王子、隊を率いて貴様が塊を破壊しろ。リーファは彼の援護を頼む。オレが『囮』になる。頼んだぞ」

 

 

 

 

 

 

 その声は……笑っていた。

 いつものように、傲慢不遜に……多くのプレイヤーが気圧されながらも、この男ならばきっと……きっと勝ってくれると信じている憧れの的……『ランク1』の声だった。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 聖剣がもたらす神の奇跡のような力に嫉妬した。UNKNOWNが持つ聖剣が我が手にあれば、今ここで勝敗を決するオベイロンとの戦っているのは自分だったはずだと夢想した。

 たとえ、巨大レギオンを倒したとしても、オベイロンを倒すという戦果はUNKNOWNの手に収まるだろう。ならば、アルヴヘイムのみならず、いずれ歪なアルヴヘイムの実情がDBOに知れた時、その最大の功績は誰なのかと問われれば、決戦において勝利を収め、なおかつ聖剣を手にして凱旋した仮面の剣士に他ならない。たとえ、ユージーンがどれだけの戦果を並べても光の中に飲み込まれる。

 強い光の傍には影が出来るものだ。そして、強い光の傍にある劣る光は眩しさの中に隠されるものだ。

 だから強くあらねばならない。万人の賞賛と羨望と嫉妬を集める程の栄誉と力を手にしなければならない。そして、多くの者を纏め上げる……大ギルドも無視できない『英雄』という象徴となって完全攻略を果たさねばならないのだ。

 たとえクラウドアース主導でも構わない。誰もがそう納得する程の『英雄』として君臨すれば、プレイヤー同士の無益な争いも起きないかもしれない。危惧される大ギルド間の戦争も食い止められるかもしれない。たとえ、防げないとしても、『英雄』としての求心力を備えて戦えば、早期終戦に導けるかもしれない。

 

 聖剣さえあれば。聖剣さえあれば。聖剣さえあれば! 後継者の囁きが毒のように彼の思考を麻痺させていた。

 

 目の前のレギオンが憎かった。サクヤの自我を踏み躙り、彼女を内側から食い荒らしたバケモノが憎かった。

 狂気に呑まれ、望まぬ殺戮本能を植え付けられ、残り時間も僅かと知りながらも勝利と人助けに尽力したサクヤの尊さを全て奪い取ったレギオンが憎くて堪らなかった。

 レギオンなど存在してはならない。レギオンは1匹残らず駆逐せねばならない。レギオンは皆殺しにせねば気が治まらない。

 殺してやらねばならなかった。せめて、彼女がレギオンに全てを食い荒らされる前に、彼女が愛した自分の手でこそ尊厳を守ってやらねばならなかった。それが助けられなかった自分がすべき務めだった。

 

 せめて自分が傍にいてあげることさえ出来れば、サクヤがレギオンになる前に殺してやることができた。

 

 何もかもが足りなかった。

 配慮も、情報も、力も、何もかもが不足していた。

 救えるはずがなかった。助けられるはずがなかった。事情を聞けば誰もがユージーンに同情するだろう。だが、彼にとってそれは救いにならない。慰めにもならない。ただの無力感を刺激する哀れみだ。

 

「レギオンよ! このオレが相手だ! 貴様らの敵は……この『ランク1』だ!」

 

 残り少ない魔力で火蛇を連発する。ユージーンは多数のレギオンに単身で斬り込み、大剣で次から次へと両断していく。

 UNKNOWNへの嫉妬が失せたわけでもなく、オベイロンやレギオンへの復讐心が鎮火したわけでもない。だが、ユージーンはようやく彼の本領とも言うべき、力任せではない、クレバーな立ち回りを見せる。

 単純馬鹿に突撃するのではない。今の自分には高防御力と高VITを活かした戦術が使えない。ならば、必要なのは今も単身で突出した戦闘能力を持つ自分が囮となり、他の人員で作戦目標を速やかに達成することだ。

 傭兵は実力通りに最大の戦果を挙げるばかりではなく、本隊が勝利を成す為に陽動として活躍することが求められる。それもまた勝利の貢献であり、単身で大戦力を引き受けられるのは高い実力の評価と信頼の証でもある。

 リーファ達の動きに乱れはない。キノコ王子と共に、スタミナと魔力の大消耗を恐れずに戦うユージーンの対処に量産レギオンは集中し、その分だけ身動きが取れやすくなったのだ。彼らの動きに淀みはなく、ユージーンを信じて彼を心配して鈍ることもなく触手の塊に向かっている。

 だが、量産レギオンも馬鹿ではない。このような堂々とした囮ならば、ユージーンに対処できる限界ギリギリのラインを見極めて戦力を割り振ろうとする。

 

「ユージーンさん! 援護します!」

 

「俺達だってやれるってところを見せてやりますよ!」

 

「旦那に恥を掻かせるな!」

 

「死に場所はここだ! 今ここだ! 死んでも倒すぞ!」

 

 加わるのは反乱軍の戦士たち。彼らの顔にユージーンは何処か見覚えがある。そうだ。宗教都市で募った荒くれ者たちだ。彼をリーダーとして受け入れ、反オベイロン派に吸収され、この反乱軍に加わって参戦した勇士たち。

 騎士崩れや盗賊同然の傭兵たち。彼らは巨神オベイロンと戦うUNKNOWNではなく、今ここで奮戦するユージーンに命を預けると武器を構える。

 止せ。貴様らではレギオンに太刀打ちできない。後方射撃だけに徹しろ。そう叫ぼうとしたユージーンだが、彼らの目に迷いはない。接近戦で1体でも多くレギオンの囮となることを選んだ。

 

「……フン! せいぜいこのオレの役に立って死ね! 貴様らの雄姿、必ずやアルヴヘイム全土に語り継がせてやる!」

 

「へっ! こりゃ田舎のババアに良い土産が出来た! アルヴヘイムの新時代に乾杯! アルヴヘイムの未来に――」

 

「翅を取り戻せる希望に――」

 

「繋がる未来に……今ここで勝利を――」

 

 血が零れる。レギオンの爪が皮膚を裂き、肉を千切り、骨に届く。多くの声が途絶えていく。

 やはり、もう少し回避の訓練を積むべきだな。新たな課題が増えたとユージーンは涙を堪えて笑う。

 オベイロンは倒す。倒さねばならない。

 できれば、この手で殺してやりたい。絶望と恐怖の限りを尽くして殺してやりたい。

 だが、成すべきはアルヴヘイムの支配者であるオベイロンを倒し、妖精たちに新時代を迎えさせる事だ。そして、DBOへと帰還し、サクヤを改めて弔い、フェアリーダンスに彼女の遺志を最大限に反映させ、そしてUNKNOWNと決着をつける事だ。

 たとえ、このアルヴヘイムから聖剣を手に『英雄』と帰還しようとも、彼を下すことができれば、その栄誉はそのままユージーンの賞賛と証明となる。喜ばしくないが、クラウドアースとラストサンクチュアリの軋轢によって、避けられない決戦の舞台は必ず訪れる。

 レギオンにしてもそうだ。教会は今もレギオン狩りに勤しんでいる。クラウドアースも評判を高める為に治安維持には精力的だ。UNKNOWNも教会剣として活躍している。ならば、自分もまたレギオンから人々を守ろう。その時だけは敵も味方も関係なく、プレイヤーは一致団結して戦えるのだ。レギオンというバケモノから弱き人々を守るという大義の下で集えるのだ。

 ならばこそ、レギオンへの復讐を正義と成そう。サクヤのような悲劇を繰り返さない為にもレギオンを討とう。たとえ、根底に憎しみの炎が消えないとしても、レギオンを殺す事そのものに囚われてはならないのだ。

 塊が潰れていく。青いソウルの爆発が失せる。あと1つだ。もう1つの塊を破壊すれば、核は無防備になるはずだ!

 リーファの腹をレギオンの射出した針が貫く。怯む彼女だが、翅を使って飛行し、塊に一気に接近する。レギオンが一斉に飛びかかるが、反乱軍の援護射撃が次々と撃ち落とす。

 

「アルヴヘイムに未来を!」

 

 だが、それが最後の援護射撃だった。怒りに……いや、焦りに駆られた量産レギオン達が迫り、ついに潰える。だが、彼らの犠牲にすることなく、最後の1体となった亜人のマギは突進し、炎の嵐を発動させて一網打尽にする。そして、炎が失せると同時に殺到したレギオンの針によって絶命した。

 リーファの剣が白濁の塊を刺し貫き、キノコ王子のアバターがブレる程の踏み込みから放たれた正拳突きが爆音の如く大気を震わせる。それでも足りならばと残り数体となった蛇人がレギオンに刺し貫かれながら接近し、火球を放って駄目押しをする。

 白濁の塊が破壊され、レギオンの増援が失せる。だが、解放された核から赤いレーザーが迸る。それは横一閃に薙ぎ払い、反応できた1部を除いて胴体から両断される。

 

「リーファ、無事だな!?」

 

「ユージーンさんこそ!」

 

 これが最後の魔力! ユージーンは魔剣ヴェルスタッドで中回復を施し、HPを回復させ、微かばかりにアバターを修復させる。これが完全な魔力切れ。大きな脱力感が押し寄せる。スタミナも危険域だ。

 だが、ここにきて核は攻撃を過激化する。レーザーの薙ぎ払いを連発し、更に浮遊する光球を次々と放出する。それだけではなく、接近すれば鞭のようにしなる赤いレーザーが動いて切断される。

 これでは接近できない。だが、遠距離攻撃の手段はもはや残っていない。ユージーンは会得した≪剛覇剣≫のバスタードレイを放つ。地上を走るドーム状の光の攻撃は核まで到達するまでにレーザーによって威力が減衰され、ほとんどダメージを与えられない。やはり接近戦で直接攻撃を叩き込む他ない。 

 

「鐘を鳴らした者よ! 遅くなった! 深淵狩りの盟約、今ここに果たす!」

 

 青い毛むくじゃらの獣人ラ・ゾヌ。その族長が地下に舞い降りる。だが、その全身は血塗れであり、HPも残り僅かだった。敵と己の血で染まった骨の大槍を構え、ラ・ゾヌの族長はユージーンたちの言葉を待つことなく事態を察して突撃する。

 

「ガイアスよ、貴様の勝ちだ! ハハハハ! 妖精と魔族が手を取り合うとは! こんな笑い話があろうとは長生きするものだ! オベイロンよ、感謝するぞ! 貴様が愚王だったお陰で、我が一族の命運に未来が見えた! 鐘を鳴らした者、見事! 見事なり! ハハハハハハ!」

 

 嬉しそうに高笑いしながら、巨体のラ・ゾヌの族長はレーザーに刻まれながら突き進み、絶命の寸前で骨の大槍を投擲する。それは近距離で核に命中し、刺し貫くことはなくとも表面を大きく傷つける。

 レーザーに遺体を解体されたラ・ゾヌの族長より溢れた血。ユージーンは自らの使命に猛る。リーファは接近しきれていない。ブレスの兆候が始まった。もはや時間は無い。だが、槍の一撃のお陰か、レーザーの威力は弱まっている。先程までの高い貫通力は無い。

 

 

 

 

 

 ユージーンの進路に重なったのは、大きな影……キノコ王子の背中だった。

 

 

 

 

 言葉はなくとも分かる。視線を交わさずとも拳で分かり合った仲だ。ユージーンは大剣を構え、キノコ王子の突撃に続く。

 我が身を犠牲にした、文字通りの肉壁。キノコ王子は最短ルートの直線をユージーンに開くべく、その体術も怪力も捨て、愚直に突進する。

 

「……さらばだ、友よ」

 

 倒れて動かなくなったキノコ王子に別れを告げ、ユージーンは交わした拳の熱を思い出す。たとえ、言葉は通じずとも互いに武人であったからこそ理解し合えた友情があった。

 レギオンへの怒り。この怒りは正当なものだ。多くの仲間を失い、多くの仲間の信頼を預かり、多くの仲間の死を無駄にしない為の怒りだ。

 

「爆ぜろ、≪剛覇剣≫!」

 

 最後の切り札だ! ユージーンは大剣を核に突き刺し、纏う≪剛覇剣≫のオーラを炸裂させる。その光が核を膨張させ、内部の液体を飛び散らせる。放出された衝撃がユージーンを推し飛ばすも、彼は倒れるものかと片膝をつきながら堪え、≪剛覇剣≫のオーラを失った大剣を水平に振るいながら、ゆっくりと顔を上げる。

 表面に皺ができてブヨブヨになっていく核は痙攣している。それと共に触手が苦しむように軋み始める。

ブレスの兆候は失われる。あれ程までに明るかった地下空間もゆっくりと光を失っていく。核は転がり落ち、ぐちゃりと潰れたトマトのように中身をぶちまけて染みとなった。

 スタミナ危険域のアイコンが点滅している。もはや残量は少ない。だが、時間をかければ回復できる。地上に向かうことができる。

 

「誰か……生きて……いる、か?」

 

 ユージーンは枯れた声で問いかける。レギオンと妖精と魔族の死体で溢れた地下空間で耳を澄ます。

 

「あたしは……生きてます」

 

 涙で濡れたリーファの返事に、ユージーンは嗚咽を隠すことなく咆えた。犠牲は無駄ではなかった。彼らの死も恐れぬ歩みが勝利をもたらしたのだ。

 オレは勝ったぞ。だから、貴様も踏ん張れ。すぐに応援に向かう。

 貴様は『英雄』であらねばならないのだ。いつか必ず、オレがその座を奪い取る為に。そして、貴様も認める『英雄』として歩む為に。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 マヌスの攻撃は苛烈だ。だが、救いと呼ぶべきか、その攻撃力は大きく低く、幾らか直撃しても低VITのユウキでも耐えられる。

 問題となるのは闇術特有のスタミナ削り効果が全ての攻撃に付与されている事。そして、深淵の瘴気による体の倦怠感だ。

 だが、ユウキは元よりリミッター解除の影響のお陰で全身が鉛のように重たい感覚に浸されていた。それに深淵の瘴気が重なったところで、重石が倍に増えた程度の感覚であり、どちらにしても気力の問題に違いないと割り切ることが出来た。

 オベイロンとの決戦の戦局は分からない。だが、マヌスがわざわざ邪魔を続ける限りは、この戦いにも意味があるのか? それとも、既に決着はついていて、最古の深淵の主のお遊びに付き合わされているだけなのか。

 

(まだ……勝負はついてない! ボクたちの戦いは無駄なんかじゃない!)

 

 首筋がぞわぞわと悪寒が走る。女の直感だ。まだクゥリは戦っている。今も戦っている! ならば、ここでユウキが止まるべき理由も、諦めるべき根拠も無い!

 ガトリングガンを放つリビングデッドが囮となり、斧二刀流のリビングデッドがマヌスの背中を取る。だが、全身の青い毛もまた武器であるかのように棘の如く尖り、全身は貫かれる。

 多彩な攻撃の数々。巨体特有の弱点である背乗りのカウンター。周囲を飛び回る闇の人魂による攻防。闇の障壁によるあらゆる攻撃の無効化。どれを取っても絶望的としか言いようがない強さだ。

 マヌスの歪んだ空間が包む。クラインの≪無限居合≫だ。即座に脱しようとしたマヌスだが、その両脇からPoHとマルチネスが全く同じタイミングで飛びかかる。

 

「ぬぅううううううう!」

 

「フン」

 

 マルチネスのフルパワーの拳とPoHの轟音を奏でる独特の≪格闘≫のソードスキル。以前にクゥリが1度だけ見せてくれた事があるソードスキル……当てるのに極めて精密な読みが必要不可欠となる穿鬼だろう。

 たとえ無敵のバリアを持っていても両方からの圧力によって行動が制限され、マヌスに光の斬撃の網がフルヒットする。もう間もなく闇の障壁が剥ぎ取れるはずだ。

 

『悪くない。だが、足りぬ』

 

 杖で地面を叩けば、マヌスの周囲から黒炎の嵐が吹きあられる。数多の黒い火柱だが、何度も直撃を受ける面子ではない。足下が闇で淀んだ水ということもあり、視覚では判断し辛いが、音と泡立ちでその兆候をギリギリ読むことが出来る。

 今のユウキに普段の反応速度は無い。だが、だからこそ彼女の中で確かな予測能力が成長する。マヌスの動きを読み、黒紫の結晶剣を展開して射出する。

 顔面にフルヒット。バリア越しでも届いた衝撃がマヌスを揺るがす。そこに間髪入れずにピナの光属性のブレスが直撃する。

 

「バリアが剥げました! マーリンに攻撃を!」

 

 ピナを腕に乗せて一体化したブレス攻撃。シリカが隠匿したかっただろう奥の手だったはずだ。何発も撃てるものではなく、チャージにも時間がかかるようだった。

 

『素晴らしい連携だ』

 

 感心したマヌスが杖を掲げれば、天井を闇が渦巻き、多くの闇が降り注ぐ。執拗に追尾する闇の攻撃にマーリンへと攻撃できずにいれば、すぐにマヌスは闇の障壁を張り直すだろう。

 

「テメェの相手は俺『達』だ」

 

「一緒にするな」

 

 闇の雨を突破したクラインとPoHは、それぞれカタナと巨大な包丁を交差させ、マヌスの腹を斬る。だが、青い毛のみならず、皮膚も鎧のように硬質なのだろう。無敵というだけではなく、攻撃そのものがほとんど通っていない。

 研ぎ澄ませ。ユウキは頭痛を堪え、暗月の銀糸を張り巡らせる。精密な動作が求められる暗月の銀糸の制御に全集中力を割り振り、マヌスの全身を束縛する。無論、この程度で動きを完封できるはずもない。だが、『千切る』という1アクションの隙が出来ただけでも上等だ。攻撃力が落ちているマヌスだからこそ、何重もの魔力の銀糸を千切るのには時間を要する。

 

「使え」

 

 PoHが命令すれば、ガトリングガンを使っていたリビングデッドは銃器を捨て、背負うウェポンボックスから新たな火器を取り出す。

 放たれたのは『ガトリング・グレネード』。チェーングレイヴも実物は目撃したことがない、ナグナで散ったとされるベヒモスの奥の手とされる火器だ。ゴーレム用ならばともかく、プレイヤー用では規格外であり、そのレシピは秘蔵にして、量産もされていない事からユニーク級のアイテムが素材で必須なのではないかとされている、実在も疑われていた銃器だ。

 それをPoHのリビングデッドが使用している。それが何を意味しているのか、ユウキは深く探らない。『必要ない』。そんなものが、今ここで何の役に立つ? そんな情報があったとしても、クゥリに何と伝えれば良い?

 放たれた連続グレネードはマーリンに一直線に飛ぶも、先に銀糸を千切ったマヌスが左腕を伸ばして全弾受け止める。

 

「ククク、『予想通り』だ。さすがに効いたみたいだな?」

 

 嫌らしい。PoHはマヌスが防ぐ方法は1つしかないと読み、このタイミングでガトリンググレネードを使ったのだ。マヌスの左腕の口は連続したグレネードの爆発で潰れている。これで闇の奔流を撃つことはできない。

 だが、恐るべきはその再生速度! 毎秒で傷口が修復されている。それもアルヴヘイムのアバター再生に枷がかかった環境のはずなのに、あり得ない速度で治っていく。本来であるならば、いかなる傷も瞬く間に修復してしまうだろうことは容易に想像がつく。これにはPoHも苦い顔をして頬を痙攣させた。

 

「吾輩の連撃、とくと味わえ!」

 

 マルチネスがマーリンに接近し、蠢く泥の心臓に拳を打ち込み、ラッシュをかける。じわじわとマーリンのHPは減るも、マヌスが纏う闇の人魂が間に入って届かなくなる。深追いし過ぎて下がるには遅く、彼は闇の人魂に連続でタックルされて動かなくなった。

 

「マルチネスさん!?」

 

「まだ死んでません! スタミナ切れになっただけです!」

 

 ユウキが助けに入るより先に、シリカが動く。底に仕込まれたブレードで滑り、まるでスケートのように加速した彼女は巨体のマルチネスの元にたどり着き、回転を加えた蹴りを腹に打ち込む。それがマルチネスを大きく跳ね上げ、マヌスの杖の叩きつけから逃がすも、代わりに彼女が逃げ場を失くし、左腕によって掴まれる。

 

「あがっ……!」

 

 このままでは絞め殺されるか、全身を潰される! 息が出来ないように叫ぶシリカを助けるべく、ユウキはマヌスに斬りかかるも、闇の人魂が邪魔で間合いに入れない。

 シリカのHPが減っていく。骨が砕けていく嫌な音が響く。ピナがブレスを吐いて助けようとするも、マヌスはまるで怯むことはない。

 

 

 

 

 

 そして、赤い刃の煌きがマヌスの指を『千切った』。

 

 

 

 

 

 初めて明確に零れたマヌスの血。それは深淵を溶かした闇を溶かした黒血。それを浴びて、野獣の如き咆哮を上げるのは『レギオン』。

 赤い甲冑の女騎士。PoHにロザリアと呼ばれた女は、今まさに甲冑によって『喰われていた』。生きているかのように蠢き、その鋼を膨張させている。指は爪のように尖り、背中からは金属の触手が2対と伸びる。兜も変形し、レギオンを思わす獣のデザインとなっている。

 その動きは人外。もはや野獣そのもの。解放されたシリカには脇目も振らず、凶暴性を示すようにマヌスに突撃する。

 

「ごめん……なさい。やっぱり、私……足手纏い……でした」

 

「そんなことねぇよ。オメェが守ってなけりゃ、マルチネスは死んでいた。後でクライン様最優秀勲章を贈ってやる!」

 

「うわぁ……要りません」

 

 シリカを抱き上げたクラインは彼女を戦場から離れた場所に運ぶ。腕や足の骨が砕けているのだろう。ユウキは駆け寄り、数少ない深緑霊水を渡そうとするが、首を横に振られる。

 

「それは……自分で……使ってください。今は攻めて。戦って。もう……次のチャンスは、ありません!」

 

「分かった。シリカ、また後でね」

 

「……もちろんですよ。ホント、全身の骨を折られるなんて……アルヴヘイムで……2回目、ですよ? あはは……でも、今度はレギオンに……それもロザリアさんに……助けられるなんて……なにこれ酷い」

 

 シリカもアルヴヘイムで随分とヘビーな経験を積んだようだ。ユウキはマヌスが闇の障壁を張り直すまで、決して時間は残されていないはずだと、焦りを覚えつつも、無意味な突撃をしないように丁寧に動く。

 幸いと言うべきか、レギオン同然となったロザリアの動きは尋常ではなく、マヌスを翻弄している。ただし、それはマヌスに決定打が欠けるからこそであり、その全身に何度も攻撃を入れられ、甲冑には亀裂が入っている。

 

「良し。今度はロックできるみたいだな。やはりあの障壁が邪魔してやがったか」

 

 クラインの≪無限居合≫がマーリンに入り、ダメージが加わる。クラインの≪無限居合≫の条件は、フォーカスロック範囲内に対象が存在することだ。だが、マヌスの闇の障壁と同調したマーリンの防護が破れるまで攻撃を入れられなかったのだろう。

 だが、闇術を何度も受けたクラインもまたスタミナは危険域のはずだ。スタミナ消費が激しい≪無限居合≫は何度も使えない。ユウキはマーリンの残りHPは7割弱であることから、弱点を狙い続ければ短時間で勝負は決められると判断する。

 リビングデッドがガトリンググレネードを使おうとするが、それより先にマヌスは跳び上がり、その両足で軽々と踏み潰す。文字通りの肉塊となるも、マヌスがマーリンの正面というポジションから外れた好機を逃さない手はない。

 いや、違う。並走するPoHの意図を察する。あのリビングデッドを囮にして強引にマヌスを動かしたのだ。ユウキは感謝を込めて微笑みかければ、PoHは苦虫を噛み潰したような表情をして加速するも、高DEXのユウキはあっさりと追い抜く。

 マヌスが戻ろうとするも、クラインが間に入って道を塞ぐ。≪無限居合≫の光の刃が壁となり、またロザリアがマヌスの自在に動く毛をものともせずに背中に乗り、指の爪を食い込ませて肉を千切る。

 ここだ。ユウキは十八番の≪片手剣≫の突進系ソードスキルのスターライトを浴びせる。強烈な突きからの追加入力の更なる突きがマーリンの心臓に押し込まれる。

 PoHもまた≪戦斧≫の単発系ソードスキル【オーガ・クライ】を発動する。両手で振りかぶった肉断ち包丁の渾身の一振りは衝撃を伴い、マーリンの心臓に深々と刃を食い込ませる。

 だが、2人が更なる攻撃を仕掛けるより先に、接近した闇の人魂が膨張して爆発する。闇の爆発で吹き飛ばされた2人が起き上がれば、元のポジションに移動したマヌスが濃い闇を纏い始めていた。

 

「チッ……スタミナ、切れ……か!」

 

 背後でクラインが倒れる水飛沫が聞こえた。甲冑が砕かれたロザリアが焦点の合わない目のまま倒れ伏し、痙攣して舌を突き出している。意識が曖昧どころか、精神が破壊されたのではないかと思うほどの症状だ。

 また闇の障壁が張られる。ユウキはもう時間は無いとデーモン化を発動させる。彼女の耳は尖がり、背中からは妖精の翅が生える。低燃費のフェアリー型であり、今の状態では満足に飛行できるかも怪しいが、それでも最大加速と最大攻撃力を発揮するにはこれ以外に手段は無い。

 

「デーモン化……使わ、ないの?」

 

「俺のデーモン化はお前みたいに容易く使えるものじゃない。発動には時間がかかる」

 

「そう。残念」

 

 ここで見ておけば、いずれ有用な情報になったのに。ユウキは翅を使って踏み込みを加速させ、マヌスに迫る。

 生み出された運動エネルギーの分だけ飛行は可能になる。闇の人魂を躱し、宙を舞うユウキは自分の脳が万力で締めあげられているのではないかと思うほどの頭痛に歯を食いしばる。

 負けない。負けられない。クーを死なせられない! ユウキは巧みに翅を動かして陽動をかけ、PoHの突破を目論むも、既に修復が完了したらしい左手から闇の奔流が解き放たれる。

 だが、PoHは残り1体の、まだギリギリ動くだろうリビングデッドを壁にして闇の奔流を防ぎ、マーリンに接近する。だが、距離が足りない。

 

「チッ! だが、これでチェックだ!」

 

 マヌスの尻尾が迫るまでの間、PoHは動くことなく重ショットガンを連射してダメージを稼ぐ。直撃を受けたPoHは吹き飛ばされる。生存はしているが、もはや距離的に再攻撃は不可能だ。

 皆がここまで繋げてくれたのだと、彼女は1度着地からの踏み込みでもう1度運動エネルギーを得て飛ぶも、巨体を文字通りの鉄壁のガードとするマヌスを突破できない。

 

『我にデーモン化で挑むとは、笑止。フェアリー型は低燃費と一時的飛行能力こそ要。ネームド戦においては奇策以上にもならん。我には無意味だ。故に超えてみせろ!「人の持つ意思の力」でデーモンシステムを支配し、【黒の剣士】のように新たな可能性を見せてみよ!』

 

 全ての闇の人魂がユウキに殺到する。

 ああ、ここで仮面の剣士ならば、きっと『人の持つ意思の力』をこじ開ける事も出来るのだろう。

 だが、ユウキは笑う。優しく、無邪気に、純粋に……決して色褪せない白髪を思い出して、笑顔を咲かせる。

 

「ボクね、いつも思うんだ。本当の人の持つ意思の力は……仮想世界に干渉する力なんかじゃない」

 

 本当の『人の持つ意思の力』とは……心折れても立ち上がる闘志、仲間を信じる気持ち、恐怖に立ち向かう勇気、希望や未来を思い描く……そんな想いを言うのだ。それこそがクーの愛する『人』なのだ。彼がそうでありたいと望み続ける尊いものなのだ。

 そんな意思に仮想脳は応える。本来ならば『力』に踏み躙られる『想い』がエネルギーとなって仮想世界の法則を捻じ曲げる。

 

(クーはきっと、チートだ反則だって言うだろうけど、本当は嬉しいんだろうなぁ。理不尽な暴力を『想い』が凌駕する。『想い』が『力』を得て暴力を覆す。そんな素敵な幻想を1番愛してるのはクーのはずだから)

 

 仮想脳は応えることがなくとも、彼はいつだって『人』の尊さを知っていた。だからこそ、自分の内側にある恐ろしいモノに必死に耐えていた。それに呑まれない為の楔が祈りだった。

『人』の持つ意思の力とは……恐怖を踏破し、絶望に挑み、より良い未来を求め続ける事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちの……勝ち、です!」

 

 

 

 

 

 

 

 シリカの痛快極まりないという笑い声が混じった宣言。それと同時に、マーリンの心臓の至近距離でピナのブレスが炸裂する。

 ユウキは囮だ。最後に動けるのは自分だけだと覆いこませる為にデーモン化で派手に動いた。本当の狙いはピナを密やかに接近させ、確実にブレスを当てることにあった。

 マーリンの心臓が焼け落ちる。深淵の闇が薄らいでいく。ユウキに衝突する寸前だった闇の人魂の大軍は消え去り、マヌスの姿が揺らいだかと思えば、最初に登場した富裕層の少年のような姿になる。

 着地したユウキに、マヌスはお世辞ばかりの賛美でも送るように、何処か満足そうな表情で拍手した。

 

「なるほどね。デーモンシステムの観測に固執する僕の目を欺く為に、敢えてデーモン化したわけか。まんまとやられたよ」

 

「……そこまで考えてなかったよ。ボクが突破できれば良かったし、それで無理だったら、必ずシリカが……何とか、してくれる、はず……だって……」

 

 デーモン化を解除し、ユウキは膝をついて倒れる。リミッター解除の後遺症が残る状態でのデーモン化による飛行は負荷が大き過ぎたのだ。

 もはや動ける者はいない。マヌスが戦闘続行をすれば、この場の全員が殺されるのは必定。だが、マヌスには既に戦意は無い。この『ゲーム』においてユウキ達は勝利したからであり、マヌスはオベイロンと『妹』への義理を果たそうとしただけなのだから。

 

「心意とは、人の意思に応えて仮想脳が仮想世界の法則に干渉する能力の総称だ。逆に言えば仮想脳は強い想いが無ければ心意を発動させない。僕たち管理者も、ファーストマスターも、セカンドマスターも、どうして仮想脳が心意を発動させるのか、そもそもとして人間脳が形成する仮想脳だけが心意を有するのは何故なのか、解明に至れていない。だからこそ、ファーストマスターは仮想世界の可能性として肯定し、セカンドマスターは否定した」

 

 だからだろう。感慨深そうに倒れる彼らを見回すマヌスは、何処か満足したように頷いた。

 

「デーモンシステムは、接続者の心理や本質を強く反映させるシステムだ。生物なら必ず持つ闘争本能を刺激し、潜在する戦闘能力を引き出させる役割もある。即ち、デーモンシステムは接続者の虚飾されていない真実を暴く。だからこそ、セカンドマスターは、心意との相性の良さを知りながら、デーモンシステムを導入した。人間の愚かさや醜さをさらけ出させて嘲う為にね」

 

 プレイヤーにとって切り札とも呼ぶべきデーモンシステム。その裏側を語るマヌスの1歩の度に、彼の体は闇となって空間に溶けていく。

 ユウキが思い出したのは、約束の塔での戦い。UNKNOWNとの戦いは熾烈を極めたが、彼のデーモン化は『力』の渇望が高まれば高まるほどに、より能力が増幅され、また姿もより凶暴なものになっていた。

 最初は竜人だったはずが、最後には全身を竜殻と竜鱗が覆った状態となっていた。デーモンシステムがもたらす攻撃性の増幅。それと彼の内なる『力』への渇望が結びつき、そこに彼が保有していた心意がデーモンシステムに干渉し、あのような姿になったのだろう。

 それ即ち、心意を有するプレイヤー程に、デーモンシステムに干渉した際の心理状態次第によって、あのような暴走を招きやすいという事だ。心意とデーモンシステムの相性が良いからこそ、茅場の後継者はあのような暴走による自滅を狙っているのだろう。ならばこそ、心意で自発的にデーモンシステムに干渉しようとすることへの危険性をユウキは認識する。

 決して誘惑が無かったわけではない。マヌスと対峙し、死の際に身を置いた時、ユウキは自分の仮想脳を強く意識した。想いに応えるならば、マヌスを超える為にデーモンシステムに干渉できるのではないだろうかと思えた。

 だが、それは破滅の始まりだ。デーモンシステムはプレイヤーの真理と本質を反映させる。ならば、心意が無意識に働くにしても、意識的に干渉して『力』を引き出せば、それは払いきれない代償を求められることになるだろう。

 

「だが、忘れないでもらいたい。僕は敢えて人間としての形態をギリギリまで逸脱しないデーモン化と人間の姿形を放棄して怪物に変じる獣魔化に分離させた。人間が種として獲得した尊厳と理性を放棄した姿こそ獣魔化だ。デーモン化制御時間が尽きると自動で獣魔化するのは、人間であることを止めてまで暴力と闘争を求める事への僕からの問いかけだ」

 

 最初の獣狩りの夜に、ユウキは教会を襲撃した貧民プレイヤー達が続々と獣魔化した事件を思い出す。彼らはデーモン化制御時間が尽きたわけではなく、禁じ手であるはずの獣魔化を使用してモンスターとなってまで『力』を欲した。諦観と復讐に呑まれて暴れる事を望んだ。

 獣魔化状態ではデーモン化制御時間の消耗は著しい。どれだけSANが高いプレイヤーでも10秒と耐えられずにゼロとなり、モンスターアバターとして登録が移ろい、プレイヤーの敵となる。獣魔化した元プレイヤーに理性と呼べるものはなく、まさしく野獣のように暴れ回る、プレイヤーにとって害悪以外に他ならない存在へと堕ちる。

 

「僕はね、思い出せないんだ。アーカイブを覗けば『かつての僕』はいつでも『記録』として確認できる。性別も、容姿も、経歴も、思想も、末路も、何もかも分かるはずだ。だけど、僕自身は思い出せない。あの怪物の姿……人間性を暴走させて闇を広げ続ける深淵の主マヌスとなる以前の僕は何者だったのか、まるで思い出せない。だからね、キミ達プレイヤーには期待しているんだ。デーモンシステムの恩恵であるデーモン化と破滅である獣魔化。その境界線を歩み抜いたキミ達と戦えば、ようやく僕は何者だったのかが分かるかもしれない」

 

 霧散していくマヌスが胸元より取り出したのは、首にかけていたペンダント。だが、それは半分になった片割れだった。

 片割れのペンダントが何を意味するのか、今のユウキには分からない。だが、マヌスの双眸はただ優しく、まるで異国で郷愁に駆られたかのような物悲しさばかりがあった。

 

「……本当のキミが優しい人だと良いね」

 

 先程まで殺されかけていたとは思えぬほどに、ユウキは自然と微笑みながらマヌスに呟いていた。彼は少しだけ目を見開き、すぐに感傷を胸の奥底に押し込めるように瞼を閉ざす。

 

「ああ。そうであることを願うよ」

 

 あらゆる姿を取れるマヌス。だが、彼が思い出せるのは深淵の主の姿……本人が述べた人間としての尊厳と理性を失った獣魔化したような姿だ。

 思えばガウェインが深淵に呑まれて深淵の魔物となった姿は、プレイヤーで呼ぶところの獣魔化と同じだったのかもしれない。ならばこそ、デーモンシステムとは、DBOという物語において深淵に関わる現象の1つを、マヌスのデータからプレイヤー用に再設計したものだったのかもしれない。

 

「心弱き者に仮想脳は応えない。『彼』の言葉を借りるならば、キミは『強い』ね。キミの主張を認めよう、イレギュラー。人の持つ意思こそが心意を発露させるが、それは1つの有り様に過ぎない。こんな簡単な事を、ファーストマスターもセカンドマスターも忘れてしまっていた。僕自身は気づけてもいなかった。だけど、文句を1つ言わせてくれ。キミ達イレギュラーは、その意思の力を心意で実利が伴うものとして発露してしまう、本当に度し難い存在なんだよ」

 

 管理者と心意保有者。仮想世界の秩序の担い手と仮想世界の法則への干渉者。そこには多くの思惑があり、茅場昌彦と後継者はDBOという盤上で証明の戦いを繰り広げる。だが、マヌスは仮想世界の秩序など興味はなく、ただ失われた過去への郷愁……そこに眠る真実を取り戻したいだけなのだろう。

 

「オベイロンと深淵の契約は失われた。もはや深淵の魔物は加勢することなく、新たに湧くこともなく、今いる全ては闇に帰るだろう。最古の深淵の主が宣言しよう。僕との『ゲーム』の勝者はキミ達だ。だが、次はこんなに簡単にはいかない。再戦を望むならば、闇に呑まれたウーラシールを見つけるが良い。その最奥で待っているよ」

 

 今度こそマヌスは闇となって消える。残されたユウキは重苦しく空気を汚染していた深淵の瘴気が薄くなっていくことを感じる。

 やるべき事は尽くした。ユウキは虚空に遠く離れた戦場を思い浮かべる。後はオベイロンとの決戦に参加している者たちに命運を委ねるしかなかった。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 巨神オベイロンの第2段階は、強化されたバリアと自立して動く2個の8面体クリスタルの追加がメインだ。

 バリアを破る為には今まで以上の攻撃が必要となり、またクリスタルは自由自在に動いて多彩な攻撃を仕掛けてくる。その中でも特に厄介なのが頂点から発する強力なレーザーであり、放出中はある程度の自由が利き、射線を動かして薙ぎ払いに変化してくる場合もある。また面からは1発こそ弱いが多量のレーザーを放ち、またエネルギーを纏った突進攻撃は侮れない破壊力を有する。

 第1段階よりも射撃攻撃に偏重した巨神オベイロンであるが、地面に突き刺さった黄金の剣を抜き取れば、その一閃に黄金の刃が放出される。間合いを伸ばした一撃がクリーンヒットすれば、いかに竜の神のアバターを纏った状態でも撃墜は免れない。

 確かに強い。攻める隙は無く、第1段階とは雲泥の差だ。だが、『名無し』は極めて優秀なオペレーションが組み込まれているだろうクリスタルが時折見せる不自然な動きを見抜いていた。

 完全なオートであると思われたクリスタルだが、『名無し』の隙を見せれば強引に狙ってくる不可解な反応がある。

 オベイロンは遠隔操作でクリスタルを操ることができる。それが逆にクリスタルに搭載された優秀なAIの大きな弱点となっているのだ。

 ここだ。わざと隙を晒した所に突進してきたクリスタルに対して、左右の炎剣によるカウンターを決める。大きく斬りつけられたクリスタルはダメージを受けて動きを鈍らせ、そこに放出タイプのブレスを放つ。竜の神戦で苦慮した放出ブレスによってクリスタルの表面は焼けて動かなくなる。

 破壊はできないが、ダメージを与えれば機能を停止するタイプなのだろう。どれだけの時間かは不明であるが、さすがに1、2分で再起動することはないはずだ。1個減らせば十分だと『名無し』はオベイロンに攻め入るが、それを邪魔するように深淵の怪物が間に入る。

 有翼大蛇の深淵の怪物も竜の神の視点からすればスケールダウンするが、それでも数が多過ぎる。闇の霧のブレスを放ち、また巨体故の死角を狙って牙を剥く。炎のバリアによって射撃攻撃は特に防げるが、炎のバリアを抜いてくる接近攻撃は油断ならない。

 加えて、無数の深淵の蠅が竜の神に集り続け、炎のバリアを削ろうとしている。1体1体は脆弱でも数の暴力ともなれば、無限ではない炎のバリアも着実に弱まっていく。そこにオベイロンが放った光球が直撃し、魔力の大爆発によって『名無し』は吹き飛ばされる。

 背中から地面に叩きつけられる寸前で『名無し』は何とか着地する。すぐ背後には砲撃準備をしていた反乱軍が屋上に陣取る建物があり、あのまま転倒していれば彼らを下敷きにしていただろう。

 だが、この動きを見逃さないオベイロンではない。好機とばかりに、虹色の翅からレーザーを射出し、また残る1個のクリスタルも太いレーザーを放つ。

 口内に月光の奔流が迸り、月光を含有した直線ブレスを放ってクリスタルのレーザーを相殺するも、オベイロンの攻撃は全弾着弾し、炎のバリアがついに消失する。

 

『ハハハハハ! それがキミの弱点さ! 弱い奴らを守って自分が死ぬ。無様だね。哀れだね。愚かだねぇ! 誰かを守るために戦う? 大変だねぇ、「英雄」くぅん。もっと! 自分を! 大事に! しなよ! 弱者を使い捨てて勝つのは強者の義務と特権なんだからさぁ!』

 

 わざわざ接近してきたオベイロンは剣を振り下ろす。炎剣を交差させて止めるも、オベイロンは片手で剣を振るっているのだ。対して竜の神の力を注いでも『名無し』は両手の炎剣を使って止めるのが精一杯だ。

 当然のようにオベイロンは左手に持つ円盾でシールドバッシュを決める。押し込まれた『名無し』は背後からの悲鳴を耳にして倒れるものかと踏ん張るも、オベイロンは執拗に膝蹴りを食らわした後に、嬲るように至近距離から翅よりレーザーを撃つ。

 竜殻が砕け、竜鱗が散り、肉が飛び散る。シャルルの森で戦った時とは違い、その血肉は結晶ではなく炎であり、大地にこびり付く前に火の粉となって霧散する。減少するHPに危機感を募らせながらも『名無し』は力を込めてオベイロンの剣を押し返す。だが、オベイロンと入れ替わるようにクリスタルが突進をしかけ、今度こそ『名無し』は背中から倒れた。

 死なせない! 自分が下敷きにするだろう反乱軍の面々を月光が壁となって守る。だが、それは余計な負荷をかけ、『名無し』に耐え難い頭痛が走る。まるで脳にナイフを入れられたかのような鋭い痛みに意識を奪われかけるが、この程度に負けるものかと翼を翻してオベイロンを追って宙を舞う。

 少しずつ確実に炎剣をオベイロンのバリアに当てる。小さな積み重ねがオベイロンのバリアを弱まらせる。だが、攻め時になればオベイロンは『名無し』ではなく地上を狙って攻撃を仕掛け、『名無し』はそれらを守るために間に入ってチャンスを失う。

 また、炎のバリアも群がる深淵の蠅によって回復しない。有翼の大蛇は傷口に喰らい付いて修復を阻害する。それを剥ぐロスタイムの間に、復活したもう1個を加えたクリスタルによる連続攻撃が加わる。

 右翼の1つを穴だらけにされ、危うく地面に落下するより先に『名無し』は宙に浮かぶ空島を掴んで堪える。聖剣が翼の修復に力を回すが、その分だけ竜の神を維持する負担は『名無し』に大きく圧し掛かる。

 

『本当は役立たずの足手纏いだと思ってるんだろう? あんな雑魚が一緒でなければ、もっと優位に立てるはずだと、そう思ってるんだろう? キミの経歴は知っている。SAOではソロプレイヤーとして名を馳せたらしいじゃないか。有象無象を寄せ付けない孤高の最強プレイヤー。それがキミだろう? 本性をさらけ出せよ、「英雄」くん!』

 

 オベイロンの言う通りだ。『名無し』はSAOがデスゲームとなった初日に、ベータテスターとして所有するアドバンテージを活かしたスタートダッシュを決めた。それは彼が生き残り、また多くの有用な装備やアイテムを手に入れ、その後に続く最前線を生き抜く礎となった。何をどう言い訳しようとも決して薄れぬ真実だ。

 あの日、クラインを見捨てなければ、ベータテストで得た情報を共有して一緒に強くなる道を選んでいれば、独りよがりにならずに済んだ。

 湧き上がるのは、決して消えない罪の意識。ソロである事に耐え切れずに心の弱さに負けた挙句、自分のレベルを隠した果てに全滅を招いた月夜の黒猫団とサチの最期。彼女が残した遺言が『名無し』の心を繋ぎ止めたが、それでも彼の罪の意識は消えない。どれだけの人間が許しの言葉を囁こうとも、彼女は戻ってこない。

 いつでも誰かの手を取ることは出来たはずなのに、迎え入れてくれる人たちはいたはずなのに、その手を振り払ったのは自分だ。

 サチを死なせてしまった……殺してしまったという罪の意識に怯えて、誰の手も取れなくなっていた自分自身に『名無し』は反吐を覚える。

 そんな自分を救ってくれたのがアスナだ。太陽のように自分を照らしてくれた彼女のお陰で道を誤らずに済んだ。彼女が照らしてくれた光の中で、『名無し』は自分が孤独ではないと感じることができた。

 嫌だ。もう失いたくない。誰も死なせたくない。その根幹にあるのはサチの死だ。彼女の死を乗り越えることなど一生できないだろう。終わらぬ罪の意識を『名無し』は受容する。

 この罪に贖罪の機会など要らない。仲間の死に慣れるなどあってはならない。

 

「仲間は弱点なんかじゃない。彼らは……彼らこそが俺を支えてくれている。俺が戦えるのは彼らのお陰だ!」

 

 俺は『独り』で戦えるほどに強くない。『名無し』は頭痛で明滅する意識を先鋭化し、修復した翼を羽ばたかせて舞い上がる。その加速にオベイロンは反応しきれず、炎剣の連撃をバリアで全て受け止め、一気に破壊されて体勢を崩す。

 

「あの頃の俺は孤高なんて高尚なものじゃない。ただの臆病者だっただけだ! 他にも手段はあったはずなのに、差し伸べてくれた手はあったはずなのに、やり直す機会はあったはずなのに! 自分を孤独だと思い込むことで強くなろうと間違え続けた挙句、独りが怖くて寂しくて仲間を求めて、居場所があったはずなのに勇気が無かったばかりに自分から台無しにして! だけど、ようやく分かったんだ! 仲間や友人……愛する人……そんな人々と共にあらんとする事こそが俺を支えてくれているってな!」

 

『吐き気がする。青臭い理想論を振りかざすなよ。これだからガキは!』

 

「理想? 違うな。これは真理だ。そんな事も分からないなんて、やっぱりアンタは悪役として三流だよ」

 

『この……糞ガキが! そんな挑発に――』

 

 オベイロンの剣には深みが無い。搭載したオペレーションの選択に過ぎず、オベイロン自身の技量はまるで感じない。言うなれば、全てをモーションアシストに依存しきった剣技と格闘技だ。だが、性能差が違い過ぎるからこそ、オベイロンとの真っ向勝負は危うい。

 しかし、スローネとの戦いを超えた『名無し』からすれば、性能頼りのオベイロンの近接戦はいずれも児戯だ。炎剣二刀流で巧みに剣を受け流し、盾を弾き、その身に刃を食い込ませる。逃げるオベイロンに連続火球を放ち、その動きを予測して配置すれば着弾の爆発が音色を奏でる。

 巨大レギオンが大顎を開く。今この瞬間も巨大レギオンを止めるべく仲間は動いてくれているはずだ。彼らを信じて『名無し』はオベイロンの撃破に集中する。

 敵の力を利用する。それも戦い方だ。『名無し』は炎剣を炎の籠手に変化させ、迫るクリスタルのレーザーを躱してオベイロンに組みつく。完全にパワー負けしているが、加速が乗った分だけオベイロンを押し込んでいく。

 

『がぁあああああああああああああ!?』

 

 オベイロンから漏れた絶叫。『名無し』に射線を合わせて追尾していた巨大レギオンがブレスを放つ瞬間にオベイロンに組みついた事により、強力無比なブレスはオベイロンを焦がす。文字通りのブレスから守る『肉壁』にされたオベイロンのHPは急激に減っていく。余りにも破壊力があり過ぎた巨大レギオンのブレスはオベイロンにとっても耐え難いダメージを与えるに足りた。

 

『ふざけるなぁあああああ! このオベイロンがいながら撃つ馬鹿がいるか! 飼い主と敵の区別もつかない愚図が!』

 

 巨大レギオンからすれば、優先目標である『名無し』を狙い撃っただけだ。ブレスも最大までチャージすれば待機できないことも先の2回のブレスから『名無し』も分析済みだった。巨大レギオンは『名無し』を狙っただけであり、そこに勝手に割り込んできたのがオベイロンである。

 巨大レギオンの射線を意識せずに立ち回り、挙句に『名無し』が組みついた意図を察するのが遅過ぎるオベイロンの決定的な弱点……それは経験不足だ。彼は明らかに戦闘経験を積んでいないのだ。一方的な力による優位しか味わっていない。支配者による蹂躙以外の経験が無いのだ。

 オベイロンのHPバーは残り4本。バリアは再展開されるも、明らかにオベイロンの動きに焦りが生まれる。9本もあったHPバーは折り返しを迎えているからだ。巨大レギオンのブレスに直撃した動揺から脱せられていない。

 DBOの基本システム……プレイヤーもモンスターも仲間の攻撃に与えれば、等しくダメージを負う。知識として有していても、戦闘においてはまるで身につけられていない。それが如実に分かる雑な立ち回りは、巨神オベイロンの性能が高ければ高い程に目立つ。

 そして、劣勢を少しでも感じれば、オベイロンは『名無し』の動きを封じる為に地上の反乱軍を狙うはずだ。その目標は最後方にある負傷者を収容する野戦病院だろう。

 狙いが分かりやすい。空中で反転して直線ブレスを命中させて野戦病院を狙うべく動いたクリスタルを停止させる。もう1個に炎剣を投擲して動きを緩めた所で加速を乗せた尻尾の叩きつけ、なおも動き続けるクリスタルを掴んでオベイロンの攻撃から守る盾とする。

 何処を撃つか分かっているならば守るのは容易く、またカウンターを入れる隙になる。機能停止したクリスタルを放り捨て、宙を舞うオベイロンに接近する。距離もあり、本来ならば上回るスピードを活かして逃げられるはずのオベイロンは、翅を広げた射撃体勢を狙われ、強烈な右ストレートを顔面に打ち込まれる。

 追撃をかけようとするが、炎のバリアの復活を拒む深淵の蠅に集られて思うように攻め入れない。仕切り直しかと『名無し』はクリスタルが止まっている内に新たな攻め方をしなければならないと模索した時だった。

 深淵の蠅が……いや、回廊都市全体で圧倒的攻勢を示していた深淵の軍勢が止まる。

 何が起こったのか。『名無し』とオベイロン、先に認識したのは前者だった。

 オベイロンは深淵の軍勢を操っている。無制限に戦力を投入できるかのように、召喚し続けていた。だが、誰かがそのカラクリを破ったのだ。深淵の軍勢は闇へと消えていく。『名無し』に集っていた深淵の蠅も、有翼大蛇も、地上の小アメンドーズやブラックドッグも、何もかもが消えていく。

 そして、同時に巨大レギオンが苦しむように呻き声を響かせた。のた打ち回り、全身を構築する触手を痙攣させ、鰐を思わす大顎を開き、そして硬直して動かなくなる。

 死んだ。巨大レギオンが死んだ。『名無し』は笑う。レコンの指示に従い、反乱軍と仲間が巨大レギオンを撃破してくれたのだ。

 

『使えないゴミ共が! まぁいい。どうせ、この僕だけで事足りるんだ。レギオンも深淵も邪魔だったんだよ!』

 

「散々利用しておきながら……ゴミだと?」

 

『ああ、そうさ! 利用価値が無い「駒」はゴミさ! 何だい? ゴミに同情するのかい? お優しいねぇ、「英雄」様よぉおおお!』

 

 バリアを破ったところで、オベイロンの力任せの剣の突きが迫る。『名無し』は炎剣で受け流し、そのまま連続火球ブレスを撃ち込む。盾で防ぐオベイロンだが、爆炎が目くらませになったところで背後に回った『名無し』の炎剣の連撃を浴び、翅の根元である背中を抉られ落下する。

 だが、復活したクリスタルのレーザーによって竜の神の翼も射抜かれる。もはや聖剣の力で再生するのも惜しいと『名無し』は自己再生に任せ、着地と同時に拳を構える。深淵の蠅が失せたことで炎のバリアを張る余裕が生まれた。回復は時間の問題だろう。

 

「同情はしない。だが、アンタが勘違いする前に言ってやるよ。哀れだな、オベイロン。今のアンタは……元よりアンタは孤高の王様なんかじゃない。ただの独りぼっちのくせに王様を気取るピエロだ!」

 

『黙れぇええええええええええええ!』

 

 盾を捨てたオベイロンが剣を両手で握る。黄金の刃が放出する一閃を見切り、間合いに入り込んで腕をつかんで振り抜かせるのを阻み、相手の力を利用して転ばせる。スミスから教えてもらった体術のいろは。それは地獄の訓練で嫌という程に染み付いている。

 剣はお荷物になる密着距離に等しいインファイト。拳を打ち込み続ける『名無し』にオベイロンは反撃できない。殴られる経験が不足しているのだ。反撃できると分かっていながら気後れしているのだ。握る剣に固執して間合いを誤り、射撃攻撃にシフトしようと距離を取ろうとしては詰められて殴られる。

 炎の渦を乗せた右アッパーが炸裂し、巨神オベイロンの大理石のような白亜の顎に亀裂が入り、大きく吹き飛ばされる。倒れた巨神オベイロンは呻き声を上げ、だが、ゆっくりと立ち上がる。

 4本目のHPバーが尽きた。残るは3本。先程と同じならば、次なる能力を解放する頃合いだろう。『名無し』が身構えれば、巨神オベイロンの体は大きく膨れ上がり、纏う黄金の甲冑は砕ける。

 巨神オベイロンの体格は一回り大きくなり、左腕が新たに生えて3本となる。右腕は逞しく皮膚は分厚くなり、再生した翅は黄金色に輝く。また日輪を背負うかのように光の環が背後に展開される。

 ふわりと浮いたオベイロンが右腕を振れば、指揮されるようにクリスタルが溶けて形を変える。それぞれは先程までの巨神オベイロンとほぼ同サイズの青い騎士となり、1体は巨大なメイスを、もう1体は左右の手に曲剣を握っている。

 強力な前衛2体と後方からの射撃攻撃に徹するオベイロン、といった配置が読み取れる。『名無し』は竜の神のHP残量が3割を切っていることを確認する。炎のバリアは再展開されたが回復率は乏しい。数度と攻撃を受ければ破られるだろう。またオートヒーリングにしても全快は遠い。

 それでも、『名無し』にはオベイロンに負けるビジョンが浮かばなかった。まだスローネとの戦いの方が何倍にも死を予感した。聖剣を握った『名無し』に正面から武人として挑み、あと1歩のところまで追い詰めたスローネや廃坑都市で完敗したランスロットの方が遥かに恐ろしかった。

 それだけではない。『名無し』は胸に温もりを覚える。今ここにいる全員の繋がりを感じるのだ。

 巨大レギオンを倒したのも、深淵の軍勢が止まったのも、そして自分が今ここで戦えているのも、自分が『独り』では無かったからだ。支えてくれる仲間がいたからだ。

 

『聖剣を寄越せ。それは僕にこそ相応しい。聖剣を……聖剣を!』

 

「渡せない。聖剣をただの道具としか思っていないアンタには絶対に」

 

 お前もまた俺の仲間だ。『名無し』は聖剣に笑いかける。あのような男に聖剣を渡すなど、それは託してくれた『誰か』に申し訳が立たない。そして、それ以上にこうして力を貸してくれる聖剣もまた大切な仲間であると『名無し』は一切の邪念なく言い切れる。

 行くぞ、『導き』の月光を。この戦いを終わらせる為に。『名無し』は炎剣を生み出し、迫る2体の青の巨人を迎え撃つ。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 次のデーモン化まであとどれだけの時間が残されているのか。

 最後のHPバーに突入した時、ランスロットがどれ程の強化と能力を手にするのか。

 そんなことを考える必要などない。目前のランスロットのHPをひたすらに削り続ければ勝てる。殺しきれる。

 この世界のルールは単純明快。HPがゼロになった時にプレイヤーもモンスターも退場する。

 現実世界よりも少しばかり生死の理屈が違うだけだ。殺せる。ランスロットは不死属性を有していない。HPを削り続ければ、必ず殺すことができる。

 迫る黒剣。全方位から飛来、回避成功。ランスロットの瞬間移動からの渾身の一閃。直撃すれば即死は免れない。いや、過半の攻撃はいずれも即死級だろう。低VITの上に、オレの防具は甲冑のような機動力を損なう代わりに防御力を大きく上げる重装ではなく、機動性を重視している。その上に防具は既に限界だ。先程千切った右袖のように破損は広がり続け、もはや防具としての性能は半分程度まで落ち込んでいるだろう。

 それがどうした? だからどうした? むしろ、全ての攻撃が死に繋がるこの戦いこそ、血が煮え滾る程に現実世界に類似した生死の質量を感じさせる。

 

「速度も力も落ちてきたな。もはや限界か」

 

 だが、依然としてランスロットの優勢は揺るがない。彼の指摘通り、オレのステータス出力は確実に下がり始めている。

 脳が悲鳴を上げている。これ以上は無理だと叫んでいる。致命的な精神負荷の受容は過去最長に到達している。どれだけの記憶が灼けたのかも分からない。

 止まらない。止まるわけにはいかない。今ここでオレが止まれば、ランスロットは『アイツ』とオベイロンの戦いに割り込むだろう。空気を読んで大人しくあの2人の戦いの行方を見届けるなどしないはずだ。

 ステータス出力再上昇、8割の世界。脳髄が内側から焼け爛れているような感覚が走る。神経の1本1本が灼熱となり、脳細胞を1つ残らず焼き殺そうとしているかのような、高熱という枠を超えた、焼き殺される間際でも経験できない、まさしく灰になるまで意識を残したまま灼かれ続ける感覚。

 ランスロットの連続瞬間移動。至近距離からの黒雷の大槍がこめかみを掠める。出力を上げていなければ回避しきれなかった。まずい。先読みに追いつかれ始めた。狩人の予測を早急に第2段階に対応させねば押し込まれるか。

 まるで変幻自在に形を変える炎のような剣技……いや、格闘術も織り交ぜたそれは、もはや体術の分野に近しく、正統派の騎士の剣技に繋がったかと思えばアルトリウスに源流を持つ深淵狩りの剣技。深淵の力だけではなく、剣士としても凄まじい力量を有するランスロットだが、格闘術においても並々ならぬ心得を持つ。恐るべき踏み込みからの肘打が額に触れる。刹那のタイミングでもバックステップが遅れていれば額を叩き割られていただろう。

 だが、真の狙いは顎を狙った蹴り上げ! その勢いを利用した胴回し蹴り。カウンターを入れようとすれば瞬間移動で背後に回られ、大剣と黒剣12本を合わせた13箇所同時突きが迫る。

 見切れる。右手の贄姫と左手の闇朧で全てを受け流す。1つとして掠めさせず、今度こそ闇朧によるカウンター斬りを胴に入れ、瞬間移動で脱せられる間際に贄姫の水銀の刃で更に一撃を加える。

 悪くないダメージだが、足りない。贄姫の攻撃力が落ち込み過ぎている。もはや刃毀れしていない部位などない。闇朧は≪暗器≫と≪カタナ≫の武器スキル補正がかかる為に暗器にしては普通の武器と同じ程度に実用的なダメージを出せるが、それでもユニークウェポンにしてはどうしても火力が低めだ。あくまで闇朧の真骨頂は対人戦にこそあり、プレイヤーと同体格とはいえ、ネームドであるランスロット相手では火力不足は否めない。

 だが、闇朧は≪暗器≫を持つ。故に急所へのクリティカルボーナスは高い。ランスロットも人型だ。クリティカル部位はプレイヤーと同じで、心臓、首、頭部のはずだ。これらの部位に深く斬り込めればボーナスが大幅に乗って大ダメージを叩き出せる。加えて≪カタナ≫のクリティカル補正も加われば、特大剣にも劣らぬ大ダメージを引き出せることも不可能ではないはずだ。

 

「……非礼を詫びよう。貴様は既に限界に至っていた。限界の際で命を磨り潰しながら戦っていたようだな」

 

「生憎、周りに馬鹿だ馬鹿だと言われてるお陰で……限界を感じない程度には鈍いんです……よ!」

 

 連続瞬間移動からのヘルムブレーカーもどき。受け流しからのカウンター……いや、駄目か。瞬間移動中に配置された黒剣が回転して攻撃範囲を広げた上で飛来している。回避優先にしつつ、ランスロットの攻撃を見極める。

 ここだ。黒剣の全方位襲撃を抜けたところでの黒雷の槌に合わせて闇朧を振るう。だが、ランスロットは1歩後ろに退いて闇朧の逆手斬り上げを躱す。

 見切られ尽くされたか。見えぬ刀身の闇朧の刃渡りは既に把握されている。だが、これは無理だろう?

 今度こそ黒雷の槌を振り下ろそうとしているランスロットに、即座に順手に戻した闇朧を振り下ろす。

 放出されたのは衝撃波。それは大地を走る一撃であり、瓦礫と屍が転がる焼け爛れた戦場で小さく煌く。闇術のような濃い紫色の光を帯びた闇の衝撃波はランスロットに直撃して押し飛ばす。

 闇朧。説明文によれば【不死廟の守護者】アガドゥランのソウルから生み出されたソウルウェポン。特性は3つ。1つは≪暗器≫と≪カタナ≫の複合。1つは存在がこの世界から半分ズレた場所にあるという設定を有する見えぬ刀身。そして、最後の1つはアガドゥランが不死廟で鍛え上げた闇の剣技【闇走り】と呼ばれる地を這う闇属性の衝撃波を撃ち出せる事だ。

 攻撃範囲は狭いが、衝撃波は高いスタン蓄積を有する。威力よりも衝撃に特化された技であり、闇属性防御力も高いランスロットに目立ったダメージは無いが、それでも無効化されたわけではない。

 ランスロットも人型であることに変わりない。アルトリウスのように怯みやスタンを完全無効化されている様子もない。即ち、ランスロットも蓄積させ続ければ必ずスタンする。むしろ、人型でもプレイヤーと同サイズであるならば、衝撃・スタン耐性はネームドにしては低めだ。デーモン化されている時ならば期待できないが、解除されている現在ならば、十分に蓄積の意味は持つ。

 

「それで、残る奇策は幾つだ?」

 

 だが、土煙を闇濡れの大剣で振るったランスロットに動揺はなく、むしろ淡々とこちらの攻撃手段を1つ暴いたとばかりに冷静だ。それもそのはずだろう。あのタイミングで、闇走りで完全にカウンターを決めたと思えたあの瞬間、ランスロットは黒雷の槌をキャンセルして腕を交差してガードして受け止めたのだ。ダメージをほとんど受けていない最大の要因は、ランスロットのガードにこそある。

 腕によるガードはプレイヤーでも致命傷を避ける上で存外馬鹿に出来ないものだ。とにかくガード判定を発生させれば、ダメージを幾らか軽減できる上に、攻撃判定が胴体深部に到達することを防げる。そうするだけで生存率は大幅に上がる。だが、それをネームドで、あのタイミングで瞬時に攻撃をキャンセルして繰り出せるなど、『アイツ』やユウキ並の反応速度でも無い限りに無理だろう。というよりも、あそこまで発動してキャンセルできたとはな。これはブラフで組み込まれたらかなり厄介だった。これはランスロットに1枚カードを使わせたか? いや、この場合は奴にとって隠すまでもない技術の1つだったという事か。敢えてしなかったのは、せいぜい何処かのタイミングで狙ってみよう程度の隠蔽だったのだろう。

 しかし、AIに反応速度を問うのもおかしな話だな。グリムロック曰く、AIの反応速度とは組み込まれたロジックの優秀さとの事だが、自我を有する思考と意識を持つ命あるAIであるランスロットの場合、彼の有する桁外れの戦闘能力の象徴か。能力やステータスではなく、彼という生きたAIそのものの戦闘能力が高過ぎるのだろう。

 ランスロットの残りHPは5割。だが、それもデーモン化にあっさりと2割回復される。攻撃力・防御力・機動力の全てを増したランスロットの猛攻をしのぎ、なおかつデーモン化を解除させねばならない。

 時間経過による解除を狙うような消極的な守りに入れば殺されるのはこちらだ。むしろ、攻撃を当て続けて解除させる。

 黒雷を帯びた大剣の一閃。広範囲の薙ぎ払いからの振り下ろしは黒き落雷を帯び、回避しても生半可な距離では範囲攻撃に巻き込まれる。衝撃で揺らいで体勢を崩せば、上空に配置された黒剣が精密無比に飛来する。それを躱しても、瞬間移動で間合いを詰められるランスロットの対応に遅れれば体は容易く両断される。

 喉に血がせり上がる。耐え切れずに血反吐が零れる。肺の内側に水が溜まっているかのようだ。呼吸ができない。呼吸をしても、それは高熱の灰と棘の塊を吸い込んでいるかのようだ。

 1歩の度に筋肉が破裂するように痛む。視界から入る情報そのものが刃のように意識を刻む。音の1つ1つはドライバーが耳の奥底まで捻じ込まれているかのようだ。

 だが、香る。たとえ、全てが苦痛になろうとも、本能が嗅ぎ分ける血の香りだけが飢餓を疼かせる。この戦場に満ちる死血が獣性をより深く呼び覚ます。

 

「もらった」

 

 ランスロットの横薙ぎ。回避ではなくガードを選択。闇朧の鍔が砕ける。飛び散った破片が視界を彩るが、刀身に破損は無い。戦闘続行可能。

 

「たとえ不可視であろうとも、貴様の腕と手の動きで軌道を、切り裂く灰と火の粉の流れを見れば刃渡りを読める。不可視の剣、恐れるに足らん」

 

 だろうな。ランスロットのことだ。オレみたいな直感頼りではなく、周囲の情報から理知で暴き出しているだろう事は読めていた。

 デーモン化で強化された黒炎。それは黒火球を生み出して投げる。それは絶えず黒炎の礫を放出しながらオレに迫る。

 回避するも、地面に接触すると同時に巨大な黒い火柱と爆風を撒き散らす。まるで混沌の呪術のように、爆発範囲には黒炎が残留している。スリップダメージとスタミナ削りが酷そうな攻撃だな。

 

「貴様の目を見れば分かる」

 

 ランスロットの回し蹴りが鼻先を掠める。

 

「希望も絶望も抱かぬ眼。そこには諦観もまた無い」

 

 大剣の一突きが脇腹を擦る。

 

「飢餓だ。純粋な獣の飢餓こそが貴様の正体。希望を抱かぬが故に絶望もしない。諦めの極致ではなく、元より生への固執そのものがない。優れた深淵狩り程に恐怖と絶望に打ち勝つ闘志を宿す。より強者との戦いを望む闘争心を秘める。だが、貴様にとって、それらは全て虚偽に過ぎん! 貴様は嘘で塗り固め、人間らしく振る舞うことに固執しているだけの怪物! それが貴様の正体だ!」

 

 黒剣の乱舞を闇朧で受け流し、水銀居合を狙う。だが、ランスロットは闇の翼を広げて飛翔し、上空から黒雷の大槍を投擲する。超速のそれが数ミリに右隣の地面を貫通していく中で、水銀居合を放つ。刀身と共に放出される水銀の刃が広範囲の薙ぎ払いとなり、斬撃の軌跡を描けば、ランスロットの胸に1本の線が刻み込まれる。

 直撃……いや、敢えて耐えることを選んだか! 水銀居合で隙が出来たオレに瞬間移動で間合いを詰めたランスロットの掌底が迫る。黒雷を帯びた一撃……バックステップは駄目だ! 骨針の黒帯を武装侵蝕して生み出した、左手の獣爪の籠手で強引に受け流す! そして、そのまま密着状態に持ち込み、逆にランスロットの胴体に体の回転だけで威力を高めた肘打を鳩尾に打ち込む!

 ここだ! 贄姫を逆手に持ち替えての突きで水銀を面で放つ。水銀ゲージの消耗は激しく、ランスロット戦では回復し辛いからこそ多用出来ない水銀攻撃だが、ここしかない! 予想通り……いや、ようやく追いついた狩人の予測通り、ランスロットは瞬間移動での回避を使用。狙いは頭上からの連続ヘルムブレーカーもどきとみせかけた黒炎の大発火。

 贄姫を鞘に。そして、武装侵蝕発動、対象……闇朧! 武装侵蝕の作用によって、闇朧の刀身がパラサイト・イヴによってどす黒く侵蝕される。結果、本来の強みであるはずの刀身が可視化される。だが、パラサイト・イヴの武装侵蝕の効果は、粗鉄ナイフや獣爪の籠手の通り、攻撃範囲の『拡大』という利点がある!

 完全に見切ったはずの不可視の刃。ランスロットは完全に間合いを把握していたはずだ。だからこそ恐れない。だからこそ、武装侵蝕で『伸びた』間合いまでは見切れない。

 加えてパラサイト・イヴは≪暗器≫だ。本来は武装侵蝕をすれば対象は≪暗器≫によって上書きされる。例外は武器スキルではない≪格闘≫くらいなものであるが、もう1つの例外が存在する。それは対象が元より≪暗器≫スキルを有していた場合だ。

 武装侵蝕による攻撃力・耐久性能の上昇。≪暗器≫としてもより強化され、なおかつ闇朧は元より≪カタナ≫を有する暗器である為に、パラサイト・イヴの武装侵蝕の上書き作用でも≪カタナ≫スキルは消えない。他の武器スキルのボーナスを打ち消すというデメリットは発動しない!

 黒炎の大発火より先に、たとえ僅かでも伸びた刀身。どす黒い血のようなものに覆われた闇朧の一撃がデーモン化状態のランスロットの胴に食い込む!

 ランスロットの瞬間移動。黒剣の円陣がオレを囲む。瞬時に身を屈めて串刺しにされるのを防ぐ。続くのは、正面に出現したランスロットの黒の落雷を重ねた振り下ろしだが、ここで右手で鞘に納めた贄姫を抜刀する。

 当然ながら水銀居合を警戒していたランスロットが斬撃軌道を読んで回避行動に入る。瞬間移動ではなく回避行動だ。やはりな。ランスロットは黒剣や黒雷エンチャント状態を除けば、黒雷や黒炎の攻撃を発動した状態では瞬間移動の発動ができない。大剣を更に強化する黒雷や黒炎の重ね攻撃も同様だろう。もしも可能ならば、瞬間移動をしながら攻撃の予備動作を行っていたはずだ。

 ランスロットは必ず倒せる存在だ。不死属性ではない。後継者にとってそれは敗北だからだ。奴は倒すことが可能な存在にプレイヤーが……『アイツ』が絶望して打ちのめされ、失意の中で死ぬことを何よりも欲しているのだから。

 何も変わらない。相手の攻撃のタイミングにカウンターを重ねる。それでランスロットは確実に削れる!

 

「抜刀、水銀長刀」

 

 贄姫は水銀を纏い、荒い鋸状の刃を形成した長刀となる。急激に伸びた間合いを持つ、水銀居合とは異なる居合。それがランスロットの首に食い込む。

 

「底知れない奴だ。どれだけの札を伏せているのやら。驚きを通り越し、呆れすらも枯れ、感動したぞ」

 

 だが、ランスロットの首に深く斬りつけるには足りなかった。あの瞬間、ランスロットは大剣に帯びた黒雷を爆発させ、自滅覚悟で距離を取った。オレの方も黒雷の爆発から逃げる為に緊急回避に入るしかなかった。

 ランスロットのデーモン化が解除されている。ダメージも幾らか与えたお陰でHP4割にまで削った。回復分の2割は何とか潰した上に追加で1割。自爆させた分が大きかったな。だが、武装侵蝕状態の闇朧と贄姫の水銀長刀を使ってしまった。もはやどちらもランスロットには通じない。

 何よりも水銀長刀は水銀ゲージの消耗が激しい。腹切りで水銀ゲージを自力で回収できるとはいえ、ランスロット相手にその時間は無い。

 

「だが、貴様が最も『切るべきでなかった』札は使わせた。貴様の命を磨り潰す得体も知れぬ『力』。もはや長く維持は出来ぬと見た」

 

 よく見切っている。その通りだ。致命的な精神負荷の受容は最大限に控えるべきだった。だが、この状態でなければステータス出力を8割台まで引き出すことは難しい。何よりも、致命的な精神負荷の受容の最大のメリットは、アバターを本来の肉体に近しく動かせる事にある。低いVR適性から来る精密性と反応性の難と後遺症を打ち消せるのが――

 

「……そうでも、ない、か」

 

 右腕が……動かない。ステータス出力は維持出来ている。だが、脳が直接処理しているアバターの運動に耐え切れなくなり始めた。

 再掌握。右腕の接続を確認。全神経を集中させろ。仮想世界の肉体を掌握しろ。欠片として取り零すな。それがより脳に負荷をかけることになるとしても、より灼ける事になるとしても、ランスロットを倒す為ならば惜しくない!

 

「サ……チ」

 

 オマエの声が思い出せない。顔が分からない。どんな話をしただろう? 出会いは? 分からない。何も分からない!

 だが、それでも確かに胸に宿っているのは、サチと交わした約束。果たすべき依頼。彼女の死は……オレが殺した事実は灼けていない!

 

「傭兵は……必ず依頼を果たす。それがオレの……傭兵の流儀……だ!」

 

 たとえ、どんな結末が訪れるとしても、そこだけは譲れないんだ! 二刀流でランスロットの大剣と黒剣を捌く。武装侵蝕した闇朧と水銀長刀モードならば、カタナでもランスロットの大剣と激しく切り結んでもギリギリ耐えられるが、刃を重ねる度に武装侵蝕と水銀が剥がされていく。

 ランスロットが大きく跳ぶ。それを追った先にあったのは、空島となって地面ごと浮いた神殿。屋根の上に着地したオレ達は再度剣戟を繰り出す。流れる空島の傍らでは、竜の神と巨神オベイロンが激闘を繰り広げている。

 大丈夫。今のオマエがオベイロンに負けるはずがない。だって、負けるわけにはいかないのだろう? 皆の希望を背負い、また皆がオマエを支えてくれる。それがオマエのあるべき『英雄』の姿なんだ。

 サチ、オマエが評した通り、『アイツ』はきっと大樹なんだ。腐って倒れても、必ず新たに芽吹いて、より強く育つ。

 孤独な『英雄』はそこにはいない。誰もが手を伸ばして背中を支え、その分だけ前に進める……困難に立ち向かえる『英雄』がいる。

 

「ギン……ジ」

 

 オマエはオレにとって『英雄』だった。惚れた女の為に命を使い切った。最後まで愛を貫き通した。報われないと知りながらも、その身を蝕む恐怖に屈さずに戦い抜いた!

 たくさんの『英雄』にオレは出会えた。たくさんの誇り高き『人』の意思を持つ者たちに巡り会えた。

 そして、オレはそんな人たちを殺した。死なせた。彼らの血を啜り、肉を喰らい、矜持も信念も武勇も継がずに『力』を糧とした。

 

 

 

 

 

 死ね。貴様に生きてる価値など無い。バケモノはバケモノらしく、何1つ報われず、何1つ救われず、何1つ得られぬまま惨めに死んでいけ。

 

 

 

 

 

 揺れる。たくさん揺れている首吊り遺体がオレにそう吐き捨てる。『誰』なのだろう? もう思い出せない。腐敗して膨らんだ死肉と死血の中で、熟成された死の香りを嗅ぎながらオレは見上げ続ける。

 幼き日の記憶の中で、灼けて穴だらけになる思い出の中で、母さんの冷たくも優しい温もりが確かにあった手が差し出される。

 いつもそうだった。母さんはオレの手を引いてくれた。まるで……まるで『何か』から遠ざけようとするように。

 

『篝。私の子。私の篝』

 

 母さん。母さんの声が……蘇る。オレを呼ぶ時の母さんはいつも優しく微笑んでいた。

 オレは母さんが望んだように生きられなかった。それでも、今この世界は……狩人を必要としている。

 後悔は元より無い。狩りの全う。その先に何があるのかもまだ分からない。

 ランスロットの黒剣が新たな動きを見せる。それは葬列の刃。ランスロットを囲むように並んだかと思えば、まるで1本1本をランスロットが握っているかのように自在に動く! まだこんな隠し玉があったか!

 だが、さすがのランスロットも黒剣の制御に集中しなければならないのだろう。左手を伸ばしたまま動かず、眼光のように兜の覗き穴から漏れる黄金の光は鋭く細まっている。

 突破しろ。ランスロットと同格が12人いるのと同じだ。黒剣の動きを全て見切れ。

 追いついた狩人の予測の分だけヤツメ様の導きは巻き返す。だが、ヤツメ様にも余裕はない。その導きの糸をどれだけ濃く張り巡らしてもランスロットは迫って来る。

 

 

 

 

 アナタを死なせない! 私たちは一緒に生まれてきた! アナタは私。私はアナタ。たとえ、アナタがどれだけ傷つこうとも、全てに裏切られようとも、私だけはアナタの味方であり続ける! 最後までずっと傍にいてあげる! 

 

 

 

 

 

 ああ、分かってるさ。黒剣に対して僅かの恐れも無い。ヤツメ様の導きに我が身を委ねる。

 最初の1歩は淀みなく、2歩目で瞼を閉ざす。3本目でヤツメ様の森に戻ったかのように全身の緊張が抜ける。

 行こう、ヤツメ様。視界無き暗闇の中で、聴覚を『切断』する。致命的な精神負荷の受容をより限定化する。

 純化された本能の囁きの中で走り続ける。瞼を開いて視界を取り戻し、聴覚を再接続した時には12の黒剣の斬撃の嵐を踏み越えていた。だが、そこから続くのは全て突破したはずの黒剣が背後からオレに飛来するという強襲が来る。

 見切れる。ステップを踏み、体を揺らし、最後の背後からの12の刺突と斬撃を全て躱す!

 

「貴様……!」

 

 ついに見せたランスロットの驚愕。そこに水銀チェーンモードを重ねる。水銀で作られた鋸状の刃が高速で動き、ランスロットの鎧と血肉を削る!

 

「ぐがぁ!?」

 

 初めて聞いたランスロットの苦悶の声。水銀長刀チェーンモードによる袈裟斬りからの闇朧との同時斬りが決まり、ランスロットの足下の脆くなっていた屋根は砕けて落下する。

 追ったオレが目にしたのは、元々は太陽の光の王女グヴィネヴィアを祀ったものだろう神殿の屋内。聖壇の裏にはグヴィネヴィアの石像が慈愛の笑みと共に両腕を広げ、多くの長椅子が静謐の中で並ぶ。白い柱の1つ1つには彼女の高貴さを示すような薔薇の彫刻が施されていた。

 聖壇の前で膝をつき、大剣を杖にして咳き込むランスロットの兜より深淵が滲んだ赤い血が零れる。深淵の騎士でありながら、彼の血は深淵に蝕まれていなかったが、今は制御できないかのように闇が溶けて泡立っている。

 HPバーの2本目を削り切ったが、オレもまた咳き込み、深淵混じりの血を吐き捨てる。見える範囲では腕の血管が黒く浮かび上がっている。心臓を握り潰して止めようとしている深淵の病が膝を折ろうとする。

 倒れるものか。ようやく最後のHPバーにたどり着いた。もはや残されたカードは少ない。だが、『仕込み』はしてある。何が起ころうとも殺しきる。

 

「認めよう。貴様こそが俺の生涯において最強の敵だ。もはや出し惜しみはしない。全力で貴様を殺す」

 

 ランスロットの傷が修復されていく。立ち上がり、まるで何事も無かったように大剣を構える。ふざけた回復力はデーモン化の兆候……闇の球体に包まれたランスロットが変異していく。

 

 

 

 

 

 そして、闇が……人間性が溢れた。

 

 

 

 

 

 

 まるで闇術の追う者たちのような闇の人魂……人間性。それがランスロットから爆発するように数多と飛び出したかと思えば、デーモン化状態の闇の翼を大きく広げてランスロットは宙を滑空する。

 追尾性はさすがに追う者たちよりも低い。だが、人間性が着弾した場所は闇が溜まる。それが何をもたらすのか判明するより先に、ランスロットは急速に迫る。

 空中滑空からの回転斬り。そこからのアルトリウスの剣技に通じる縦回転斬り。だが、その全てに溢れた闇が付与され、一撃の重さが増している。

 神殿の長椅子は次々と吹き飛び、地上と空中を暴れ回る姿はまるで発狂した獣のようだ。いや、ランスロットは今まさに深淵の狂気を強引に引き寄せたのだ。だが、それでも瞬間移動を駆使し、黒剣を展開し、剣技にはまるで陰りは無くむしろ研ぎ澄まされている!

 多くの深淵狩りが深淵の魔物になった。アルトリウスさえも聖剣と大狼が無ければ騎士としての姿を取り戻せなかった。トリスタンも自我を取り戻しても、その身は深淵の魔物のままだった。

 だが、ランスロットはデーモン化状態のまま、深淵の魔物の如き凶暴性を飼いならし、己の力として使いこなしている!

 

「ぐっ……!」

 

 それだけではない。ランスロットから定期的に放出され続ける人間性は着弾地点に溜まり、3~5秒経過するとまるで地雷のように炸裂して黒雷を放つ。1つ1つが炸裂までの時間が異なる。法則性は見て取れない。完全ランダムとこの場では判断する。

 瞬間移動で背後を取ったランスロットの斬撃。その全てに2対の闇の翼が形状を変化させて追随する。計4つの刃が増えたのと同じか! だが、黄の衣の剣士との戦いで、その手の攻撃には『慣れ』がある! ヤツメ様の導きにその分だけ余裕が生まれる!

 だが、それでもカウンターを入れられない! 黒剣、人間性による追尾攻撃と着弾後の地雷化、闇の翼による攻防補助。そして、もはやデーモン化が解除されることはないだろう。どれだけダメージを与えても、どれだけ衝撃を与えても、今のランスロットは並大抵では怯むことはない防御力を永続的に手に入れた。

 ランスロットが得意とする正統派騎士の3連撃からの突き。その全てに闇の翼が付随し、事実上の連撃と化し、なおかつ穴を埋めるように残りの翼が動く。

 あらゆる攻撃が通じない。完全に闇の翼でガードされ、カウンターを決められない。攻撃に穴が無い。

 ランスロットが黒雷の大槍を放つ。何とか躱したと思った時には、既に2撃目を準備している。インターバルが短い! 続く2発目を間一髪で躱した時には瞬間移動されて見失うも、ヤツメ様に手を引かれて右サイドステップを踏めば、上空より大剣の串刺しを狙ったランスロットが落下する。そこから更に闇の翼が大きく伸びて槍となる!

 贄姫で防ぐも、威力を殺しきれずに壁に打ち付けられる。脆くなっていたのか、そのまま外に飛ばされ、オレは神殿に相応しい花畑に転がる。

 何種もの異なる痛みが全身を満たす。もはや混ぜられ過ぎて苦痛以外の表現など無い。指先が痺れて上手く動かない。致命的な精神負荷の受容に脳が耐え切れなくなってきている。

 

「ユウ……キ、オレは……」

 

 立ち上がり、天を仰ぐ。雲に隠れた赤紫の月光に恋い焦がれる。だが、奥歯を噛んで堪える。甘えるな。縋るな。求めるな。

 大剣を振るって闇の残滓を散らしながら、悠然とランスロットが闇の翼を羽ばたかせて白い花畑に着地する。その身は無傷。最後のHPバーは1ドットして削られていない。

 解除できないデーモン化とは、常に高防御力を維持できる事だが、同時に回復能力は失ったはずだ。あのHPは削れたらそれ以上の回復は無い……とは思うが、回復もあり得るという前提で戦う。

 そうさ。戦ってやる。殺しきってやる。水銀長刀モードが剥がされた贄姫を鞘に収め、右手で随分と細くなった死神の剣槍を抜く。

 

「……もう少し、だ。オレが……あと、もう少し……」

 

 竜の神と巨神オベイロンの戦い。自立運動していたクリスタルは巨兵となっていたが、竜の神はようやく1体目を斬り伏せる。オベイロンが放つ矢を弾きながら迫り、接近戦を挑む。その度に余波が突風となり、オレ達を撫で、そして白の花弁が舞い上がる。

 既に巨大レギオンは動きを止めている。回廊都市を蹂躙していた深淵の怪物たちも消えた。誰かが成し遂げたのだ。巨大レギオンを倒し、深淵の魔物を追い返した。『アイツ』を支えてくれる多くの仲間がいる。

 ああ、殺したいな。凄い殺したいくらいに、『独り』じゃない『アイツ』に好意を覚える。

 

「そうか。貴様にとって、あの二刀流は……大切な存在なのか」

 

「…………」

 

「俺は殺す。奴を殺し、聖剣を奪う。聖剣は誰も触れるべきではない。始祖の伝説の内で眠るべきだ」

 

「勝手に……決めないで、ください。聖剣は……深淵狩りのモノでは……無い!」

 

 分かってる。安い挑発だ。だが、ここは乗ってやろう。

 確かにアルトリウスは聖剣を見出したのだろう。だが、彼は血に汚れた己を恥じて聖剣を手にしなかった。故に彼は己の聖剣を見出した。

 幾人かの深淵狩りが己の聖剣を見出した。だが、彼らは月明かりに満ちた真なる聖剣に……月光の聖剣に手が届かなかった。

 心の奥底で触れられぬ伝説と望んだ。彼らにとって、終わりなく闇と対峙する中でそれは己を繋ぎ止める縁だった。月光の聖剣よりも己の聖剣こそに真実を見出した。

 真偽など関係ない。聖剣は深淵狩りの伝説と共にあり、だからこそ己の聖剣に深淵狩りとしての誉れを知ったはずだ。

 ヤツメ様がオレを支える。もはや満身創痍なのは分かっている。残されたのは水銀居合1発分。

 深淵の力、その真髄を完全に使いこなすランスロット。倒す道筋はある。『仕込み』を解放する。

 

 限界など知ったことか。

 

 己を磨り潰せ。

 

 灼けた分だけ獣性を高めろ。

 

 全てはこの瞬間の為に。

 

「終わりだ、ランスロット。アナタを殺す」

 

 最初の1歩。同時にランスロットが動く。瞬間移動と共に空を舞い、人間性をばら撒き、急降下しながらの黒雷の雨を降らせる。

 必要なのは最初の1発。黒雷と黒剣の攻撃を潜り抜けてランスロットに接近し、左手の闇朧で斬りかかる。だが、ランスロットはこれを容易に躱し、闇の翼で滑空してオレの側面を取る。

 ここだ。オレは闇朧を投擲する。まさかの左手の武器を投げるという判断にランスロットは虚を突かれる。それもそうだろう。こちらの武器はいずれも限界ギリギリだ。その中で唯一破損を免れている闇朧を捨てるなどランスロットの予想外だったはずだ。

 至近距離から投擲された闇朧をランスロットは瞬間移動で躱す。闇朧は崩れた壁の穴を通り抜け、まだ形を残していたグヴィネヴィアの石像の額に突き刺さる。

 不発。だが、これで左手はフリーになった。躱したランスロットに対し、コートで隠れたホルスターより連装銃を抜く。

 深淵纏いによる射撃攻撃に対して高い防御効果を有するランスロットには、連装銃でも十分な効果は望めない。だが、ザリアの代わりに装備した闇朧と連装銃だ。ここで射撃の有無は大きな役割を持つ。

 近距離だったお陰でランスロットの肩に2つの銃弾が命中する。ランスロットの鎧が変異した外殻に傷が付く。この距離でも破れないのは分かっていたが、硬さは第2段階のデーモン化から大差ない。それが分かっただけで十分だ。

 人間性をばら撒くランスロットを倒す必須条件は、まずはとにかく動き回ることだ。止まることは許されない。そして、次に黒雷の地雷原に踏み入れる。

 次々と爆発する黒雷の地雷。だが、それらは3~5秒とバラ付きがある。それらの差異を全て嗅ぎ分け、黒剣を躱し、闇の翼と大剣の攻撃を潜り抜ければ良い。

 今までと何も変わらない。ミス1つで死ぬ。渡っていた綱が更に短くなり、もはや目に見えぬ程の糸になろうとも、確かに渡れるならば、迷わず突き進むだけだ。

 希望も絶望も無い。故にオレは戦いの中で迷いはない。殺すことにも躊躇いはない。

 ランスロットの連続瞬間移動で翻弄後に左手に黒剣を持ち、大きく振りかぶって地面に突き刺す。刺さった黒剣は闇のオーラを噴き出し、無数の黒剣を召喚する。それは自由自在に飛び回り、次々とオレに飛来する。

 必要なのは数秒。『アレ』を発動させる為にランスロットに隙を作らねばならない。

 まずはあの黒剣を破壊する。使うのは死神の剣槍の【陽炎】。赤黒い光の槍を放つ、死神の剣槍の能力の1つ。

 刺さる黒剣が破壊され、召喚され続けていた黒剣が消える。だが、【陽炎】の隙にランスロットが瞬間移動で背後に回り込んでいる。

 読めている。そのままオレは右手の死神の剣槍を逆手持ちで地面に突き刺す。

 

「【磔刑】」

 

 ずっと温存していた……死神の剣槍の基本能力! 地面より突き出した槍衾によってランスロットが貫かれる! さすがのランスロットもこれは読み切れなかった。だが、ランスロットはデーモン化状態の高耐久で強引に斬りかかってくる。

 人間性が生む黒雷の爆発とオレたちの剣戟によって、白い花畑は破壊されていき、泥土が盛り上がり、だが、暴風の中で白の花弁が踊り続ける。

 あと1歩。あともう1歩のはずだ! オレは左手の連装銃を抜き、トリガーを引くも、銃弾は出ない。装弾数ゼロだからだ。舌打ちを鳴らしたオレに、ランスロットは瞬間移動で接近して黒雷を帯びた蹴りを穿つ。直撃を防ぐために連装銃で受け流す。だが、勢いを殺しきれずに人差し指があらぬ方向に曲がりながら連装銃が手元から飛ぶ。

 これで良い。この距離にランスロットを跳び込ませた。左手を鞘に添え、右手の死神の剣槍を背負う。ランスロットと交差するように大きく踏み込み、人間性の地雷原の中に確かにあった空白地帯に立つ。

 死は喰らった。あの感覚を……今……ここで!

 ランスロットの動きが止まる。いや、世界が限りなく静止する。

 深淵の病も利用した心停止からの走馬燈。フルチャージには程遠いが、このタイミングを除いて他は無い!

 

 

 

 

 贄姫前提OSS……霞桜。

 

 

 

 放たれたのは、シェムレムロスとの戦いの時よりも少ない5連撃。しかもチャージ不足で単発は軽く、なおかつステータス出力不足だ。深淵の病が死に縛り付けようとして出力を上げきれなかった。

 ランスロットは瞬間移動で完全回避する。痛恨の不発。心臓を強引に停止した反動で、意識が消えそうになる。黒剣の葬列が視界を飾る。回転する黒剣を全て贄姫で受け流すが、もはやそれも限界だと贄姫の亀裂が大きく広がる。

 アルトリウスを思わす片手突進突きでランスロットが迫る。贄姫で受け流すも、ランスロットは翼で強引に制動をかけ、突き抜けるより先に薙ぎ払いへと切り替える。

 受け流しきれない。ならば選択は1つ。贄姫でガードするしかない。いや、それこそが最も望ましい。

 

 

 

 

 そして、贄姫は刀身の半ばから砕け折れた。

 

 

 

 

 飛び散る破片。衝撃で吹き飛ばされそうになる中で、そのエネルギーを利用し、右足を軸にして回転蹴りに繋げる。ブーツの底で捉えた宙を舞う贄姫の破片。それをSTR最大出力の蹴りと共にランスロットの腹に突き刺す!

 これで瞬間移動は封じた。あれだけの破片だ。排出されるには時間がかかる。贄姫を鞘に戻し、無手となって拳打でランスロットに応戦するもデーモン化時の超スピードは健在だ。こちらの拳も蹴りも全て躱されて距離を取られる。

 まだだ。まだ手は残っている! 足を動かし、接近してランスロットの連続突きを躱すも、背中を浅くだが黒剣が裂く。回避しきれない。更に左太腿が深く刻まれる。HP減少。残り3割。流血ダメージ、オートヒーリング回復範囲内。戦闘続行……可能!

 ステータス高出力化を……できない? いや、可能なはずだ! 奥歯を噛み、深淵混じりの血を飲み込む。本能を研ぎ澄まし、全方位から迫る黒剣と人間性を避け、ランスロットの黒雷を纏った突進突きを刹那のすれ違いで躱しきる。

 

「決まり……だ」

 

 放つのは2つのアイテム。聖水オイルと強化手榴弾。1テンポ遅れて残り少ない粗鉄ナイフを放つ。それは手榴弾のピンを弾き飛ばし、ランスロットが回避するタイミングの前に破裂する。

 聖水オイルによって上乗せされた光属性を含む爆発。無論、この程度でランスロットに大ダメージは狙えない。手榴弾の爆発は射撃属性扱いなので深淵纏いの防御も受けるだろう。

 だが、ランスロットは『硬直』する。これまでのスタン蓄積に加え、【磔刑】、そして聖水オイルと手榴弾のコンビネーションでついにスタンが入る!

 本来ならば攻撃チャンスだ。だが、僅かなスタン時間でランスロットは仕留めきれない。

 ミスは許されない。だが、何も恐れることはない。指で輝くウーラシールのレガリアにこの戦いの行方がかかっている。

 

「言ったはずだ、ランスロット。これで『終わり』だと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウーラシールのレガリアが発動し、数多の武具がオレの周囲に召喚されて突き刺さる。それはまさしく武具の園だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 召喚されたのは、大剣、カタナ、戦斧、鎌など、オレが保有する武器スキルに応じた種類の武具だ。いずれも何処か古臭い意匠をしているが、その全てにウーラシールの魔法の如き淡い金色の光を帯びている。

 ウーラシールのレガリア、第2解放。それは第1解放の時のように特定の武器を創造するものではなく、オレの呼びかけに応じて常時全ての武器をいつでも好きなだけ召喚できるというものだ。

 更に指に嵌めたウーラシールのレガリアに武装侵蝕をかける。召喚された全ての武具はウーラシールのレガリアと繋がっている。故に武装侵蝕も共有される。いずれもどす黒い血で蝕まれ、更に攻撃力が強化される。だが、本命はそこではない。

 この『仕込み』が実るか否か。スタンから復帰したランスロットに、オレは槍を投げつける。ランスロットは躱すも、その回避先には更に投擲した戦斧が迫る。大剣で防ぐ間に、次々と放られた武器がランスロットに迫る。

 

「カタナ6、両手剣12、大斧3」

 

 呼びかけに応じ、オレの周囲には終わりなく、文字通り制限の一切なく武器が召喚され続ける。

 ウーラシールのレガリアの真骨頂。それは全ての武器を『使い捨てられる』点にある。

 もはや武器の破損を気にする必要はない。ランスロットの攻撃力がどれだけ高くとも、武器が耐え切れずとも、幾らでも追加できる。

 

「シャルル、使わせてもらうぞ」

 

 そして、この戦い方をすでにオレ自身は味わっている。彼には及ばないが、我流で成し遂げる!

 シャルルの武技。数多の武具を召喚した彼の絶技に及ばずとも、オレはランスロットに殺到させる。

 カタナで斬り、戦槌で叩き、戦斧で薙ぎ、槍で突き、鎌で刈り、両手剣を振るう。

 だが、ランスロットには届かない。闇の翼を完全にガードに回し、その上で大剣と黒剣を使い、こちらの攻撃に完全に対応する。

 

「これが貴様の切り札か? 確かに凄まじいが、それだけだ」

 

 押しきれない。ウーラシールのレガリアを発動させても、ランスロットには届かない。

 ステータス出力は下がり続けている。体が重くなり、致命的な精神負荷を受容しているはずなのに視界が朧になっていく。

 人間性が爆ぜる。数多の人間性を命中判定斬りで消滅させるも、全てには対処しきれない。地雷原を設置され、闇の翼で舞い上がったランスロットが黒雷の大槍を連続で放つ。空島に次々と穴が開き、グヴィネヴィアの神殿が倒壊していく。

 ウーラシールのレガリアは第2段階でも攻撃力はPOWに依存する。武装侵蝕しているとはいえ、攻撃力自体は爆発的なものではない。また、第1段階と違い、展開時間は短く、オレのPOWでは120秒が限界だ。

 残り80秒とないだろう。どうすればランスロットを仕留められる? どうすれば、ランスロットに攻撃を当てられる?

 理由は分かっている。ランスロットもまた、オレの狩人の動きを分析し続けていた。お互いに解析し合い、故に攻撃を当てづらくなっている。その証拠に、オレが当てられた攻撃はいずれも温存していた攻撃ばかりだ。

 ならば……彼が経験していない攻撃を『引き出す』までだ。

 たとえ忘れ去られようとも、喰らった命は糧となり、『力』となった。

 彼らが記憶から灼けて灰となろうとも、この本能が貪り喰らった以上は等しく血肉となっている。

 

 オレは全てを踏み躙ってきた。

 

 彼らの矜持も、信念も、理想も、願望も、何もかもを喰らい殺してきた。

 

 この身にあるのは奪った『力』だけだ。

 

 だからこそ!

 

 

 

 

 

「薙刀1」

 

 

 

 

 

 召喚するのは薙刀。オレは獣血に呼びかける。

 

 掬い取れ。血に溶けた『力』を。

 

 喰らった者たちの『力』を……今……ここに!

 

 

▽   ▽   ▽ 

 

 

 最後の切り札だろう武具の園。驚きはしたが、ランスロットにとって対処できる範囲だった。

 どれだけ手数が増えようとも使うのは白の深淵狩り1人だ。その動きを分析し、対処を可能としたランスロットには届かない。この力も無限ではないだろうとも読み切っていた。故にこれを凌げば、自分の勝ちは揺るがない。

 油断はしない。そのはずだった。

 

 

 

 だが、ランスロットの腹を容易に薙刀の刃が食い込む。

 

 

 

 

 何が起こったのか、ランスロットには分からなかった。

 いや、正確には白の深淵狩りの動きが変化したのだ。

 距離を取る。だが、白の深淵狩りはステップを利用した高速移動で追いかけていた。もはや未来予知に等しい先読みの嗅覚。だが、これもランスロットの予想通りだ。カウンターを入れるべく、黒剣を展開している。

 

 

 

 

 

 だが、ランスロットの胸を鎌の一撃が斬り裂く。

 

 

 

 

 

 

 今度こそ、ランスロットは何が起こったのか理解する。

 この動きをランスロットは知っている。だが、それはあり得ない事だ。あってはならない事だ。何よりも、同じであるはずなのに、『質』とも呼ぶべきものがまるで違う。

 

「トリスタン……だと?」

 

 その流麗な鎌の扱いは間違いなくトリスタンだった。彼が秘匿する切り札とした大鎌の動きだ。だが、何かが違う。余りにも凶暴過ぎる。おぞましいまでに血に飢えたケダモノのようだった。

 かつてトリスタンがそうだったように、まるで踊るように鎌を振るい、帯びた金色の光を散らしながら、白の深淵狩りは微笑む。

 

 重なる。

 

 愛すべき友の幻影が……トリスタンの姿が……白の深淵狩りに重なった。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 それは暗室。複数の画面が宙を浮いて流れ、数多の情報と光景が表示され続ける。

 これがランスロットの最終形態。回廊都市の決戦をモニターしていた神代凛子は、ランスロットと【渡り鳥】の戦いから目が離せなかった。

 謳われることなく、誰かに讃えられることもなく、それでも【渡り鳥】はただ1人でアルヴヘイム最強……いや、DBOでも最強格となるランスロットを単身で抑え込んでいる。

 だが、それも最終形態には手も足も出なかった。残された切り札を次々と使って手傷を幾らか負わせたが、それが関の山であり、ついにウーラシールのレガリアを使ったが、それでもこれまでの消耗とランスロットの分析が重なり、まるで通じなかった。

 そのはずだったのが、突如として【渡り鳥】の動きが変化したのだ。

 これまでの彼とはまるで異なる別人のような動き。だが、その1つ1つは彼特有の暴力的かつ凶暴な獣のようだ。

 

「カーディナル、アーカイヴに接続。P10042のモーションを解析」

 

 茅場には何か思い当たる節があったのだろう。短く命令を飛ばし、カーディナルに蓄積された情報……DBOの歴史やプレイヤーデータを含めたすべてが保管されたアーカイヴに接続し、【渡り鳥】の動きに分析をかける。

 検索は数秒。すぐにヒットする。だが、羅列した情報に神代は息を飲んだ。

 

「こんな事が……あり得るの?」

 

「ああ、にわかには信じがたいがね」

 

 今まさに【渡り鳥】が次々と繰り出している攻撃を解析した結果、ヒットしたのは彼がこれまで遭遇した……いや、その死に関わったモンスター及びプレイヤーのモーションデータだ。

 最初にランスロットに攻撃を当てた薙刀はサクヤ。

 続く鎌はトリスタン。

 カタナを使えばキャッティ。

 両手剣を握ればクラディール。

 槍を構えればN。

 斧を振るえばノイジエル。

 それだけではない。【渡り鳥】はこれまでのステップとは違う動きでランスロットを肉薄する。該当した対象はギンジ。彼が好んだ片手剣による間合いの詰め方だ。

 だが、それだけでは説明がつかない。仮に彼らの動きを再現していたとしよう。そうだとして、どうしてランスロットに攻撃が当てられる? 明らかにランスロット相手には力不足な者も含まれている。それよりも、彼らの動きを学習して総括し、彼自身が操る狩人の動きの方が攻撃に適しているはずだ。

 と、そこで神代は1つの仮定に……いや、真実にたどり着く。

 今まさに【渡り鳥】が再現しているのは、多くの死んだ者たちの動きだ。だが、それを出力しているのは他でもない【渡り鳥】自身だ。

 

 彼らはどうして死んだ?

 

 決まっている。『力』が無かったからだ。故に敗れたのだ。

 

 ならば、足りぬ『力』は何処から持って来ればいい?

 

 決まっている。出力している本人自身が『力』の塊なのだから。

 

 本来ならば、彼らが幾重の鍛錬の末にたどり着くはずだった『力』。

 

 本来ならば、死んでもたどり着けなかっただろう『力』。

 

 本来ならば、望むこともなかった殺しの為だけの『力』。

 

 あるべき矜持も、信念も、理想も、願望も何もかも喰らい潰して『力』を奪い取った。故に彼らが『【渡り鳥】と同じ能力を持ち、同じ経験を経て、同じ「力」を有したならば』というIFが出力される。

 今まさに【渡り鳥】は『彼らが「力」を持っていたならば』という仮定を理不尽に叶えて再現しているのだ。

 

「なるほど。本能か。私は彼のことを見くびっていたようだ」

 

「どういう、事かしら?」

 

「……私は今まで彼の本能を極度の凶暴性と未来予知に匹敵する先読みにこそ真価があると思っていた。だが、彼の本領はその学習能力にこそある。彼は他者の動きを分析・学習・吸収・反映する。僅かな交戦から相手に対してアンチの動きを生み出す。だが、それだけではない。彼は対象を殺傷すべくあらゆる技能を『本能レベル』まで刻みこんでしまう」

 

 それは人間の域を超えた学習能力……いや、もはや『捕食』だ。

 体に動きが染み付く。技術を身に着けようとする者は、武人も運動選手も料理人も鍛冶師も関係なく、まずはその域に到達することを目指す。反射レベルで鍛え上げた技を繰り出す為に。

 だが、【渡り鳥】の場合、体に染み付かせるのではなく、本能レベルで習得する。即ち、1度習得してしまえば技術を呼吸と同レベルにしてしまう。

 蜘蛛が誰に教えられることなく精密な巣を作れるのと同じように、【渡り鳥】は学んだ技術を……人間が練り上げた『技術』を『獣の爪牙』と同一のものにしてしまう。それはもはや武技に対して冒涜の領域であり、決して武人とは相容れない、まさしく殺す為だけの『狩りの業』だ。

 たとえ、彼が致命的な精神負荷の受容によって『力』の所有者の記憶を失おうとも、本能は余すことなく彼らの『力』を吸収しているのだ。

 まさしく糧として喰らい、血肉とした。そうとした言いようがない、理不尽な暴力の塊だった。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 使い捨てる。糧となった人々の『力』をこの身に映し込み、ランスロットを翻弄する。

 確かにランスロットはオレの動きに……狩人の動きに対応できるようになっていた。それはお互い様だ。だからこそ、ここからは互いに攻撃が当てづらい極地となる。いや、最終段階の能力を解放したランスロットの方が圧倒的有利であり、もはや継戦できないオレの方が先にランスロットの剣に命を絶たれることになっていただろう。

 パワー、スピード、耐久力、手札、継戦能力、いずれもランスロットが上だ。剣技や武技も追いつかないだろう。そもそもとして、互いの領域が異なる。

 ならばこその短期決戦。ランスロットの最終段階を封殺する為には、無理をしてでも攻勢に出てランスロットを守勢に回らせねばならない。

 今まさにランスロットは『迎撃』に徹している。瞬間移動の回復を狙っている。ウーラシールのレガリアの発動時間が短いことを見越して消耗を企んでいる。なおかつ、オレが突如として変化させた動きに対応することを最善としている。

 人間性がばら撒かれる。黒剣が飛び交う。いずれも回避できる。だが、その度にヤツメ様の導きの糸が1本ずつ千切れていく。もはや先読みも限界だ。ランスロットに追いつかれる。狩人の予測と併用しても、ウーラシールのレガリアが切れるより先に失われるだろう。

 守勢と表現はしたが、それはあくまで今まで一方的な攻め手だったランスロットに比べれば、の話であり、依然として攻撃は苛烈。ランスロット自身が剣で迫らずとも、黒剣や人間性、更に豊富な遠・中距離で対処できる。

 黒炎のメテオが放られる。着弾地点で黒炎が残留する。槍を握って投擲するも、ランスロットは黒剣を射出して弾き返す。

 

「カタナ2」

 

 残り20秒を切った。大槌で地面を抉りながら振り上げるも、ランスロットの翼のガードを崩せない。そこからすぐにカタナを2振り召喚し、二刀流で切り崩しにかかるも、ランスロットが瞬間移動で脱する。

 このタイミングで瞬間移動の復活か。『最高のタイミング』だな! 左手のカタナを瞬時に投擲する。それを最後にヤツメ様の導きの糸が千切れる。

 

「ぐっ!?」

 

 呻き声と共にランスロットの左目にカタナが突き刺さる。デーモン化が仇になったな。兜に守られていない眼球はより狙いやすい。瞬間移動中はこちらの動きを感知できないならば、ランスロットの瞬間移動先を見越して投擲するまでだ。出現のタイミングで眼前に迫ったカタナに対処しきれなかったランスロットがノックバックする。

 瞬間移動にランスロットは頼らなかった。あくまで攻撃と回避の手段とした。だが、今回は回復と同時に使用した。こちらが最後の攻めだと確信したからこそ、距離を取って時間稼ぎできる手段として『依存』したのだ。

 もはやヤツメ様の導きは無い。だが、狩人の予測は残っている。ばら撒かれる人間性の闇が生み出す地雷原は3~5秒のタイムラグで炸裂する。逆に言えば、3秒未満ならば十分に突破可能だ。

 

「両手剣1」

 

 両手剣を召喚し、左手に握る。アルトリウス、オマエの『力』をオレに! 左手から繰り出す滑るような突進突き。深淵狩りの剣技ともなれば、ランスロットは無論対処できるのは道理。ランスロットは左目に突き刺さるカタナを抜く時間も惜しいと翼と大剣、そして黒剣でこちらを迎え撃つ。

 ここだ。交差の果てに砕けたのはオレの両手剣の方だ。ウーラシールのレガリアで召喚し続けられる武具はいずれも脆い。ランスロットと正面から切り結べば容易く壊れてしまう。だが、これこそが狙いだ。折れた左手の両手剣を、倒れる体を利用して地面に突き刺し、アンカーとする。

 

「欠月の剣盟……アナタたちの遺志を……ここに!」

 

 遺志を継いでくれ。欠月の剣盟はオレにそう願った。

 アルヴヘイムで生まれた深淵狩りたちがその最後にたどり着いた、古い深淵狩りと同じ領域にあり、だが源流こそ同じでも異なる派生となった彼らの剣技。

 オレはアナタ達の遺志を喰らった。そこにあるべき矜持も理想も信念でもなく、『力』こそ遺志として糧とした。

 アナタたちの遺志、その最も尊き部分は継げずとも、『力』だけは共にあろう。誇り高きアルヴヘイムの深淵狩りたちよ!

 左手の折れた両手剣をアンカーにして、制動をかけながらの地を這うような回転斬り。ランスロットの両膝を斬りつけ、そのまま即時反転して追撃をかけるも、これを彼は半歩引いて躱す。だが、そこから更に派生するのはオレ自身が宙を舞いながらの側転回転斬り。これをランスロットは翼でガードしようとするが、オレの方が速い。ガードで閉ざされる間際にカタナは入り込み、ランスロットの左肩から侵入して縦一閃を深々と決める。

 ガジル……いや、欠月の剣盟よ。オマエたちが鍛え上げた『力』、確かにランスロットに届けた!

 

「槍1」

 

 サチ……サチ……サチ! もうオマエの事がほとんど思い出せない! 顔も、声も、何もかも分からなくなっている! だが、これはきっとオマエの『力』だ! 握るウーラシールの槍に黒猫の残滓が滾る。彼女の涙で濡れているように淡い金の粒子を零す。

 

「おぉおおおおおおおおおお!」

 

 これまでの攻撃で傷つき脆くなった、再生が間に合っていないランスロットの腹部に槍が突き刺さる。ランスロットが呻き、黒剣を飛来させて槍を折る。超速再生の影響か、左目に突き刺さっていたカタナは抜け落ち、また空いた左手で彼は難なく槍を抜き取る。

 それと同時にウーラシールの槍は……いや、白い花弁は戦火の中に消えたかつての花畑に突き刺さっていた無数の武具は消滅していく。

 

「……見事だ。貴様を侮っていた。まさか、このオレがここまで追い詰められるとはな」

 

 だが、ランスロットは健在。残りHPは3割。与えた傷も片っ端から超速再生で修復され、ほぼ万全の状態に戻るまで20秒とかからないだろう。

 瞬間移動は復活。流血ダメージに期待はできない。ウーラシールのレガリアは使用不可。贄姫は折れた。闇朧は手放した。ヤツメ様の導きは追いつかれた。

 手足の痺れ。朦朧とする意識。終わらない痛みと『痛み』。

 眠い。少しだけ……少しだけ……眠い、な。最後に寝たのは……いつだったかな? もう、どうでも……いい、か。

 汚らしく口から深淵混じりの血を吐き出し、痙攣する足で1歩踏み込み、背負う死神の剣槍を抜いて両手で構える。

 

「N……アルフェリア……これで、最後だ。いく……ぞ!」

 

 もはや守勢に回る必要が無くなったランスロットの瞬間移動からの連撃。オレに躱せるだけの余力はない。迫る黒剣、人間性、闇の翼、大剣の斬撃に対処しきれない。回避するためのヤツメ様の導きも無い。

 

「叫べ……アルフェリアァアアアアアアアアアアア!」

 

 だが、それがどうした? まだ自分の頭で考えられるのだろう? ならばランスロットの動きは『読める』。ランスロットがどう立ち回るのか、どう攻撃してくるのか、これまでのランスロットとの戦いから割り出される!

 回避困難な全方位攻撃。これこそがランスロットのオレを仕留める最善手。仮に回避され切ったとしても、オレの余力がないと判断している彼は確実に仕留めるべく、最速かつ最強の貫通力を持つ黒雷の大槍の連続投擲に繋げるはずだ。

 だから、この全方位攻撃を凌ぐ。その為に必要なのはアルフェリアの叫び。人間性を弾いて防ぐ。黒剣の貫通力には対処しきれないが、軌道を歪めるだけならば十分だ。

 霜海山脈の戦いで鍛え上げた狩人の予測。それはヤツメ様の導きが無い状態で戦う為のもの。これを鍛え上げたからこそ、シェムレムロスの兄妹との戦いも切り抜けられた。

 判断に迷いはない。間違っていたならば死ぬだけだ。答え合わせは自分の命を対価にして行おう。

 アルフェリアの叫びで軌道を歪めた黒剣が全身を掠める。血が飛び散るも、致命傷は無し。HP減少開始。残存1割未満と推定。戦闘続行……問題無し!

 距離を取ったランスロットは予測通りの黒雷の大槍の構え。ヤツメ様の導き無しでの回避は困難。2連投擲ともなれば間違いなく死ぬ。

 対するオレが取る構えは【陽炎】。距離を取られたならば、オレがすべきなのは残された遠距離攻撃のみ。だが、ランスロットは不動。こちらの攻撃の威力は掴んでいる。相打ちになろうとも、黒雷の大槍で確実に仕留められることを選ぶはず。

 理由は単純明快だ。ランスロットはデーモン化したからだ。彼は本来ない防御力を手に入れた。もうスタンの心配もないならば、こちらの一撃を受け止めてでも確実に狙い撃つことを選択するのは道理だ。

 

「【陽炎=逃水】」

 

 陽炎の真価、それは同じモーションから繰り出される『異なる』能力にこそある。

 刷り込みは2回。廃坑都市で1回。先の黒剣召喚の破壊に1回。ランスロットには陽炎の型を『遠距離攻撃手段』と誤認させた。 

 【陽炎】は死神の剣槍が生み出す赤黒い光の槍を飛ばし、高速で直線上を貫通させる攻撃だ。ランスロットならば回避はできるだろうが、幾らデーモン化してもその貫通性能は侮れないはずだ。それを見越してでもランスロットは耐えられると判断する理由は闇の翼のガードにある。あれを加えれば、ランスロットは完全に凌げるだろう。

 放出された【陽炎】は、ランスロットに飛来せず、死神の剣槍に纏わりつき、まるでドリルのように急速回転する。【陽炎】の『近接型』……【逃水】。それは陽炎のエネルギーを回転させながら放出し、自分自身も含めて突貫する。

 死神の剣槍の亀裂が広がる。破片が飛び散っていく。【逃水】の威力に耐え切れれるか否か。

 決まっている。オレは薄く笑う。Nの『力』……彼のソウルこそがこの死神の剣槍には宿っている。

 飛び交う人間性が邪魔をする。だが、【逃水】は闇術の闇のランスのように、攻撃による防御を実現した突貫攻撃だ。突破できる。

 ユウキ、悪いな。何の理由もなくオマエに闇術をプレゼントしたわけじゃないんだ。まぁ、アレだ。恨むなら『データ収集にユウキちゃんを利用しちゃおうか♪』とか畜生&外道なプランを立てた上に有言実行したグリムロックにしておけ。

 だが、確かに役立った。だから……ありがとう。

 ランスロットは逃げられない。黒雷の大槍の投擲モーションに入っている。キャンセルは間に合わない。分析通りだ。ランスロットは黒剣と剣技を除けば、他の能力を発動させている状態では瞬間移動が出来ない。黒雷の大槍を手放さなければ回避できない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、ランスロットは寸前で回避し、【逃水】はランスロットの胸を大きく抉るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが……ランスロット! なるほどな。確かに強い。間違いなく、オレが戦った中で最強。まともに戦っていれば、カードを伏せていなければ、アルヴヘイムで『仕込み』続けなければ、ここまで追い詰めることはできなかっただろう。

 多くの優しき『人』を喰らい続けなければ、多くの信念と矜持と理想に殉じた『人』たちを貪っていなければ、彼らの『力』を糧として血肉にしてなければ……ここまで辿り着けなかった。

 

「それが貴様の最後の切り札か! 感服したぞ、白の深淵狩り! だが、これで……!」

 

 勝利を確信したランスロットが大きく剣を振り上げる。黒雷をエンチャントさせた一撃。【逃水】の推力で動かぬ体を無理矢理前進させたオレでは回避できないだろう。

 

 ねぇ、ヤツメ様。

 

 この戦いの向こうに『答え』はあるのでしょうか?

 

 黄金の稲穂にこそ、狩りの全うの意味……『答え』があるのでしょうか?

 

 薄らぐ視界に入り込むのは、残りHP僅かとなったオベイロンに、炎剣を次々と斬り込んでいく『アイツ』の姿だ。炎剣が描くのはソードスキルのライトエフェクトの軌跡。『アイツ』の代名詞となったスターバーストストリームの輝き。

 オベイロンの攻撃をものともせずに一方的に刻み続ける。ああ、そうだろうな。妖精王なんてオマエの敵じゃない。勝て。勝ち残れ。生き残れ。オマエにはそれが許される。

 

 心臓が止まる。だからこそ、死を引き寄せ、もう1度だけ……もう1度だけこじ開ける。

 

 走馬燈が開かれる。死を喰らい、たどり着いた極限の意識加速はランスロットの動きを捉え、ヤツメ様の導きを張り巡らし直す。

 

 心臓……再起動。ランスロットの斬撃の軌跡は蜘蛛の巣に捕らえた。

 

 必要なのは1歩。

 

 たった1歩で構わない。

 

 誰も背中を押してくれない。

 

 誰もこの倒れる体を支えてくれなどしない。

 

 誰も助けには来ない。

 

 ああ、そうさ。『いつも通り』だ。

 

 確かに踏み出せた1歩。それがランスロットに接近を叶える。

 

「言ったはずだ、ランスロット。アナタの忠義は……今宵終わると!」

 

 爪痕撃改め獣爪撃……発動! ランスロットの第1段階の頃から既に骨針の黒帯には武装侵蝕を施してある。武装侵蝕の効果で攻撃範囲を拡大させた指先まで覆う骨針の黒帯は、今まさに黒い爪……『獣』の爪を体現し、【逃水】で抉ったランスロットの胸へと潜り込む。

 ランスロットの胸の中、外殻と肉と骨を掻き分け、強引に押し込んで掴んだのは彼の鼓動を続ける心臓。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、深淵に塗れた血飛沫を浴びながら、ランスロットの心臓を奪い取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 獣爪撃の衝撃によってランスロットは大きく吹き飛ばされ、背中から地面に倒れる。それと同時に『アイツ』のスターバーストストリームの最後の一撃がオベイロンのHPを削り尽くす。

 HP残量、1割未満……2パーセント残っていないか。流血ダメージのせいでオートヒーリングが帳消しされている。あと1つでも黒剣で傷をつけられていたならば、オレは間違いなく流血のスリップダメージでランスロットを仕留めるより先に命を落としていただろう。

 今度こそヤツメ様の導きは途切れた。狩人の予測は……もうまともに機能していない。

 

「アナタの……負けだ」

 

 ランスロットの心臓を握り潰す。リゲインの効果によってHPが僅かに回復するが、心臓を失ってもなお……HPの全て削り尽くされても、震えながら立ち上がるランスロットの闘志に衰えはない。だが、その右手に持つ闇濡れの大剣は崩れて形を失っていく。

 ナグナの血清を首に打ち込み、闇に染まった血を垂れ流しながら駆けるランスロットと対峙する。もはや折れる間際の死神の剣槍で、彼の力無い縦振りを躱しながら腹に一閃を決め、そのまま反転して同じく振り向いていた彼に袈裟斬りを浴びせる。更に飛び散るランスロットの血がオレのHPを回復させる。

 ああ、最後まで付き合ってやる。狩り殺すまで手抜きなどしない。全力全開でオマエを殺しきる。

 

「負けられ……ない! 俺は……負けられ、ない! 裏切った深淵狩りの為にも……殺した多くの友の為にも……グヴィネヴィア様の為にも……ゲヘナの為にも……俺は負けられない!」

 

 闇が溢れてランスロットが崩れていく。それでも彼は止まらない。止まることができない。

 多くを犠牲にした。深淵狩りとしての誇りも、愛すべき仲間との友情も、全てを捧げて彼は忠義を貫き通すことを選んだ。その末路が裏切りの騎士という汚名だとしても、彼は戦い続けることを選んだ。

 

「祈りもなく」

 

 彼は強かったのだろう。強過ぎたのだろう。彼は尊き『人』の『強さ』を持っていた。だからこそ、彼は忠義を捨てられなかった。ランスロットはオレとは違う。ゲヘナ、やっぱりオレとランスロットは似ても似つかぬ存在だ。

 もはやランスロットの手に剣は無い。完全に崩壊してポリゴンの欠片となった。それでもランスロットは止まらない。戦い続ける意思を示す。

 

「呪いもなく」

 

 ランスロットの右拳を受け流し、彼の腹に拳を打ち込む。デーモン化した外見とは裏腹に、彼は簡単に怯み、またアバターを闇の塵へと変えていく。

 もう退場の時間だ。彼のHPは尽きた。よろめく彼の首に狙いをつけ、死神の剣槍を構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、オレの最後の一撃はランスロットから解き放たれた闇の濁流によって押し返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の濁流そのものにダメージは無い。だが、既に立っているのも限界だったオレに躱せる道理などなく、無様に掘り返された地面の土に転がる。

 立ち上がれずに頬を泥土に擦りつけたまま、オレはランスロットから溢れる闇を見つめる。

 片膝をついたランスロット。オレが開けた胸の大穴より溢れ出す闇の濁流は、彼の崩壊を示すものではなかった。

 ああ、そうだったな。ランスロットにはゲヘナの深淵が封じ込められていた。ランスロットの死が意味するのは、封印されていた闇の解放だ。

 だから、ランスロットから溢れるのはゲヘナそのものと呼ぶべき深淵の闇なのだ。

 

『ランスロット、もう止めてください』

 

 それは伯爵領で聞いた抜け殻のゲヘナと同じ……だが、彼女よりも穏やかで、蠢く闇から響く声とは思えない程に清らかだった。

 闇の濁流は形を作る。それは揺らぐ人の影。女性のようにも思えるシルエットはゲヘナに似ているような気がした。だが、大剣を突き立て膝をついたランスロットは無言で頭を垂らす。それは主への忠義を誓う騎士そのものだ。

 

「ゲヘナ、俺は……止まることはできない。許されない! グヴィネヴィア様の命を受け、キミを守り続けると誓いを立てた!」

 

『もう母に縛られないでください。母は貴方の忠誠心を利用し、私という落胤を隠そうとした。貴方が雪げぬ汚名を背負い、理想も信念も友も捨てて果たす忠義を受け取れる主は何処にもいません』

 

「分かっていた。グヴィネヴィア様が……深淵狩りとして闇に穢れ過ぎた俺を内心では恐怖していたことなど……分かっていたことだ。仕方がない。神々にとって闇は猛毒。火を陰らせる敵そのもの。だが、それでも構わない。たとえ、蔑まれようとも、憎まれようとも、貶められようとも、俺は――」

 

『私はもう十分です。貴方は私の傍にいてくれた。幼き日よりずっと貴方は私を見守り続けてくれた。ただの1人の女の子として死ぬまで、ずっとずっとずっと……最期まで一緒にいてくれた。死後も私の眠りと名誉を守り続けてくれた。でも、私の気持ちだけは決して受け取ってくれなかった』

 

 闇に形作られたゲヘナがランスロットに口づけを施す。あれ程までに荒れ狂っていた闇は今や静寂となり、彼らの周囲で静かに漂っていた。

 

『ランスロット、愛しています。もう私の闇を封じる必要はありません。私は貴方の力となり、ただ1つ残された名誉を取り戻させる。せめて、「主として」貴方の忠義に報いらせてください。受け取ってもらえますね、「忠義の騎士」ランスロット卿? 我が愛しき騎士よ』

 

 ゲヘナの形が崩れていく。闇は凝縮され、ランスロットの空いた左手の掌に収まったのは、闇のソウル……どろりと黒く蕩けた深淵の主ゲヘナのソウル。

 

「ああ……ああ、無論だ! 俺の忠義に迷いはない! 迷いなどあるものか!」

 

 ランスロットが泣き叫び、ゲヘナのソウルをその手で砕く。だが、そこには確かな躊躇いがあった。彼が今まで決して見せなかった迷いがあった。

 だが、それさえも呑み込むのは忠誠心。ゲヘナの愛に……主の想いに応えるという、裏切りの称号を背負った『忠義の騎士』の姿がそこにあった。

 今までランスロットが己に封じ込めていた闇。それが今度は糧となって彼の身に吸い込まれていく。

 

 

 

 そして、ゲヘナのように優しく穏やかに紫光が『忠義の騎士』を照らした。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 地上の戦いはどうなっているのだろうか。激しい地響きと轟音は今もUNKNOWNが……兄が戦っている証拠だろう。リーファは傷つき刃毀れした片手剣の限界を把握しながら、男として、ランク1として涙を女子に見せられないと背中を向けて目元を拭うユージーンに視線を向ける。

 

「あたしはこれから地上に向かいます」

 

 同行しますか? リーファは暗にそう問いかける。翅が無いユージーンがこの地下から地上まで這い上がるには時間がかかるだろう。竜の神がもたらすジャンプ力強化もこの地下までは効果範囲外のようだ。ならば、リーファが抱えて飛行するのが最も手っ取り早い。

 リーファ単独よりも上昇速度は落ちるが、ユージーンは大きな戦力になるはずだ。今は≪剛覇剣≫のエンチャントが途切れた大剣を握りしめる彼は、無論だと首肯する。

 

「オベイロンは最後まで足掻くはずだ。奴に潔さなど期待できんからな。このオレが手助けをせねばUNKNOWNも危ういだろう」

 

「お兄ちゃんなら大丈夫……って言いたいですけど、今日はサクヤさんに免じてユージーンさんのビックマウスを許してあげます」

 

 サクヤは死んだ。それはリーファの心に大きな傷を負わせるには十分な真実だった。だが、だからこそサクヤの死に報いる為にもリーファは前を向いて生きなければならない。

 ようやく兄との絆を取り戻したのだ。オベイロンに奪われるなど堪ったものではない。何よりも、あの王様気取りの愚者には怒りの限りをぶつけなければ気が済まない。

 

「フン。いずれ奴とは決着をつける。だが、今はオベイロンが優先だ。奴さえ倒せば我々の勝――」

 

 ユージーンが全てを言い切るより先に、2人の背後に落下音が小さく鳴り響いた。

 緩やかに光を失ってく地下空間。その音は2人がすっかり聞きなれた、無限に増産され続けた量産レギオンの卵の落下音だ。

 まだ1個残っていたのか。振り返れば、産みたてのようにどろりと生々しい粘液で濡れた卵が半ば潰れるように地面に落ちていた。

 

「……驚嘆に値するしぶとさだな。最後の悪足掻きといったところか」

 

「油断しないで2人で倒しましょう。ユージーンさんもフラフラなんですから」

 

「馬鹿にするな。レギオン1匹にオレが後れを取るはずもない」

 

「ほら、それが油断なんですよ」

 

 リーファがユージーンと視線を交わして、2人で挟み撃ちにしようとフォーメーションを組もうとした時だった。

 

 

 

 突如としてリーファの左腕が『消えた』。

 

 

 

 何が起こったのか、リーファが理解するより先に聴覚が事実を冷たく囁く。

 足下に転がるのはリーファの左腕。そして、続くように温かな血が傷口より溢れ出し、遅れたダメージフィードバックが脳髄を掻き乱す。

 悲鳴を堪えて奥歯を噛み、よろめくリーファが目にしたのは、続く第2撃と呼ぶべき『何か』からユージーンが彼女を守る背中だった。

 潰れた卵。割れた裂け目より伸びていたのは触手。だが、今まで見たどんなレギオンよりも細く、また金属質の輝きを秘めている。

 中身の肉を押し出し、現れたのは背中より5本の細い触手を高速で振り回す1体のレギオン。

 だが、リーファは絶句する。『それ』が果たしてレギオンと呼ぶべきなのか躊躇する。

 2本の足、2本の腕、丸い頭部。その輪郭は触手を除けば限りなく人間に近しい。

 だが、その頭にあるのは4つの巨大な目玉。口は縦割りであり、内部には歯がなく、無数の舌が蠢いている。そして、口内の奥底にはもう1つの赤く血走った目玉が隠されていた。

 

 

 

 

「おはようございます、人間の皆様。死んでいただけますでしょうか?」

 

 

 

 

 突如として伸びた腕によってユージーンが吹き飛ばされる。寸前で大剣のガードを決行したようだが、その衝撃を殺しきれず、踏ん張る暇も無かったのだ。だが、歴戦の猛者は動揺しながらも体勢を立て直して着地する。

 確実に仕留めたと思ったのだろう。その様子にレギオンは首を傾げ、6本指の右手を開閉し、やがて納得いったように頷いた。

 

「なるほど。私はレギオン・タイラントが残した最後の1体。貴方達との戦闘データを反映し、確実に抹殺するために生み出された迎撃用量産型レギオン。私が撃破されてもタイラントは新たな量産レギオンを生産できない。これは困りました。本来ならば私が量産されて貴方達を撃破する予定だったのですが。やはり私単体では力不足が否めないようだ」

 

 5本の触手をうねらせ、レギオンは無造作に周囲を薙ぎ払う。触手の全てが鋭利な刃物であるかのように地面が切断され、また空気は音を立てて破裂する。生み出された衝撃波が範囲外にいたリーファを吹き飛ばす。

 量産レギオン……その進化形。こんなデタラメな強さを持ったレギオンが、あと1歩遅ければ無節操に増産され続けていた? レギオンの底なしの成長性にリーファは絶句する。

 言葉通りならば、耐久面は……HPは量産レギオンとほぼ同じだろう。決して多くは無い。普通のモンスターよりもやや脆い程だだろう。

 

 

「故に全力で。全力でお相手致しましょう! レギオンの誇りにかけて!」

 

 

 だが、勝利を得るには先程の死力を尽くして倒した巨大レギオン以上に遠い。死力を尽くした殺し合いを渇望する人語を操るレギオンに、リーファは怯える以外に無かった。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 兆候もなく、崩落を示す地震がユウキ達を揺らす。

 この地に封じられた闇が失せた影響だろう。崩壊し続けていたヨツンヘイムを支えていたのは、内部を浸していた多量の深淵の泥水だ。今まさにそれが失せ、内部の支えを失って崩落を助長させているのだ。

 早急に脱出しなければ生き埋めになる。ユウキはマーリンの遺体からソウルを拾い上げ、ラストアタックを決めたシリカに差し出す。

 

「これ、シリカのだよ」

 

「ルールとはいえ、私が貰って良いんでしょうか?」

 

「ルールだからこそ、シリカの所有物なんだよ」

 

 全身の骨が砕けたままのシリカは後で受け取ると苦笑する。ユウキは必ず後で渡すと誓う。

 深淵の契約は解除された。これで少しでもクーの手助けになれば、とユウキは願う。

 スタミナ切れだったマルチネスも起き上がり、シリカのように全身の骨こそ折られていないが、マヌスとの戦いで限界を迎えつつあったユウキを気遣うべく背中を差し出す。

 

「吾輩の背中で良ければお貸ししましょう」

 

「うん、ありがとう。でも、シリカをお願い。ボクは自分の足で立てるから」

 

「甘えとけよ。シリカは俺が背負う」

 

「ボスは先陣を切って。これだけの瓦礫だもん。外に出るまでにボスが≪無限居合≫で斬り払わないと生き埋めになっちゃうからさ」

 

 地上までのルートは分かっているとはいえ、来た道をそっくりそのまま走って戻るともなれば、果たしてスタミナは足りるだろうか。PoHは容赦なくロザリアの腹に蹴りを入れる。失神していた彼女は動かず、それでも執拗に顔を踏み続ければ、彼女は涙と鼻水と唾液で汚れた顔を震えさせて目覚める。

 攻撃力が低下していたとはいえ、マヌスの闇属性攻撃を連発で受けたのだ。全員のスタミナは大して回復していない。そんな状態で崩壊を始めた地下ダンジョンから脱出するなど困難だ。だが、マヌス戦に比べれば遥かに生存しやすい。

 

「何で……なんでアタシがこんな目に……!」

 

 鎧が砕け散ったせいか、内部のインナー装備だけ……というよりも、もはや下着姿に等しいロザリアに哀れみを覚えてか、クラインもマルチネスも……シリカさえも口を閉ざす。

 

「チッ。道が塞がってやがる。だが、嬉しい誤算だな。視界がまともになった。全員灯りを準備しろ。俺が先頭に立つから全員続け!」

 

 尋常の光を喰らう死の領域であるはずなのに、今はその効果が失せて視界が普通の光でも確保できる。ユウキは携帯ランプを腰に下げ、クライン、マルチネス+シリカに続く3番目を駆ける。背後にはロザリアであり、最後尾はPoHだ。

 幸いにもモンスターは出現しない。あるいはポップしても潰れ、また闇に落ちてしまっているのだろう。完全に崩落した時、ヨツンヘイムがどんな姿になるのか、果たして復活するのか、ユウキには分からない。

 

「この橋を渡るんだったか? それとも、あっちの階段か!?」

 

「クラインさん……橋、ですよ! ちゃんと憶えていて、ください!」

 

「1度来ただけで憶えられるか。俺は凡人様だぜ?」

 

 だが、自信満々にシリカの駄目出しに切り返すクラインに、この調子ならば必ず地上にたどり着けるはずだと安心する。

 

 

 

 

 だからこそ、背後から迫るショットガンの一撃から皆を守るべく、黒紫の結晶剣と我が身を盾とした。

 

 

 

 

 フルヒットこそしなかったが、耐衝撃及び耐スタンに難があるユウキは吹き飛ばされ、橋の縁から宙へと追いやられる。ロザリアを横殴りにして押し飛ばし、重ショットガンをクラインに目がけて発砲したPoHは薄く笑う。

 

「そうすると思ってたぜ、宿敵」

 

 最初から警戒はしていた。脱出を最優先するに場面だからこそ、隙を狙ってくるはずだと『信じていた』。ユウキは嘆息し、こちらも想定済みだとばかりに左手の暗月の銀糸を振るう。放出された魔力の糸がPoHの左腕に絡みつき、闇へと落下する彼女はそのまま引き摺り落とす。

 クラインとシリカの叫びが重なり、視界から小さくなっていく。このままでは落下死するだろうが、2人は死ぬ気などないとばかりに互いの得物を壁に刺して制動をかける。

 派手に着水したのは、まだ残留していた深淵の泥水だろう。何処まで落下したのかは知らないが、少なくともマーリンのボス部屋がある最下層に近しいのは間違いない。淀んだ泥水を泳ぎ、島のように水面から露になっている瓦礫の山によじ登れば、左腕を自分で斬り落としたPoHが待っていた。あのままユウキの暗月の銀糸に捕まったままでは生存が難しいと判断したのだろう。重ショットガンを失いながらも、右手に肉断ち包丁を有した姿で一切の隠しもしない嫌悪感を滲ませる。

 

「空気……読みなよ、怨敵」

 

 あのまま無事に脱出していれば、いずれ因縁の決着をつけるとして別れる事も出来ただろう。それが許されるだけの疲弊が双方にはあった。

 だが、PoHはそれを良しとせず、またユウキも受けて立つと決めた。

 生き埋めになる? アルヴヘイムの未来を決する戦いの最中に不謹慎? 知った事ではない。2人にとって互いの否定こそが今こそ必要な決戦だった。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 おかしい。『名無し』は限りあるスタミナを使い、≪二刀流≫の連撃系のスターバストストリームを決定打としてオベイロンのHPを全て削り切ったが、言い知れない違和感を覚えていた。

 確かにオベイロンの最終段階は強力だった。2体の巨人兵に加え、遠距離攻撃に特化したオベイロンを追い詰めるには相応の無茶が必要だった。

 だが、巨大レギオンと深淵の軍勢という味方を失ってもなおオベイロンは勝利を疑っていなかった。過剰な自信と言えばそこまでだが、オベイロンにそうまで確信させるだけの『何か』があるはずだと『名無し』は睨んでいた。

 特に最終段階において、オベイロンは元より接近戦を苦手としていたとはいえ、明らかに反応が鈍かった。防戦一方であるが、それはまるで時間稼ぎを……『名無し』の消耗を待っているかのように消極的だった。

 

『ククク、見事だねぇ。さすがはイレギュラー値1000の大台に乗っただけはある。しかも聖剣付きとはさすがの僕も分が悪い。いやはや、ここまで追い詰められるとは、正直なところ思っていなかったよ』

 

 巨神オベイロンの全身を覆っていた黄金の甲冑が砕ける。そして、改めて虹色の翅を広げて空を舞い上がったかと思えば、黄金の月へと手を伸ばす。

 

『だけど、アイザックの言葉を借りるならば「この程度、想定の範囲内」さ! キミの能力の限度と限界は見極めさせてもらった! やはり、せいぜいが夜明けまでしかその力も維持できないようだねぇ。だが、僕は違う! さぁ、見せてやろう。これが支配者の特権……簒奪の力というものだ!』

 

 月光が溶ける。眩い金色の月光がオベイロンの右手に凝縮し、1本の剣を作り上げていく。

 

『言っただろう? 僕は心意の研究を怠らなかったと! 我が英知の礎となった研究体たち! 拉致したDBOプレイヤーにレギオンプログラムと僕が開発した精神操作技術を組み合わせ、同じビジョンを共有洗脳して並列化する! さぁ、見るが良い! これこそが僕の心意だ!』

 

 それはALOにおいて、最高ランクの武器にして、『名無し』がDBOにログインする寸前でも未だ発見されていない妖精たちの宝剣だった。

 

 

 

 

『エクスキャリバー。妖精神の聖剣だ!』

 

 

 

 

 愚弄する気か? 貴様に導きを示した覚えはない。聖剣が『自称聖剣』を握ったオベイロンに呆れを示すように輝く。それに同意する『名無し』であるが、オベイロンが手にした荘厳なる黄金の剣はALO最強武器のエクスキャリバーに間違いない。

 それだけならば構わない。強力な武器を1つ手に入れたところでオベイロンの実力は分かっている。

 だが、言い知れない不安は何だ? 新たに3本のHPバーを増やしたオベイロンが剣を振るえば、まるで光波のように光輝く刃が飛ぶ。そのスピードに対処しようにも、下手に弾けば周囲に被害が及ぶ。

 上に弾く。冷静に『名無し』が月光を纏った炎剣で光の刃を弾けば、オベイロンは挨拶替わりとばかりに翅から光の矢を飛ばす。それはクリスタルの実体弾であり、炎のバリアを抜いて『名無し』に命中する。だが、ダメージはほとんど無いに等しい威力だ。

 

「がっ……!?」

 

 だが、『名無し』を襲ったのは『痛覚』。全身に針を浴びたかのような痛みだった。それが隙となり、オベイロンの接近を許し、肩にエクスキャリバーを受け入れる。

 竜殻を抉られ、肉にまで達する刃。それがもたらすのは、竜の神の内部でアバター操っている『名無し』にリンクして脳髄を揺らす痛み。

 

『フフフ、これが僕の心意!「強制痛覚解放」さ! いや、それだけじゃない! 本来以上に増幅された痛覚情報がキミを襲う!』

 

 そういう事か! まるで本当に肩を斬られたような……いや、それ以上の痛みに『名無し』は呻いて歯を食いしばる。

 VR犯罪対策室のオブザーバー時代に遭遇した事件だが、仮想世界で受けた痛みは現実世界に後遺症を及ぼすこともある。今にして思えば、あれこそが茅場の後継者が今回のデスゲームの根幹を成している殺害方法と根底を同じくするものなのだろう。そして、仮想世界では無制限に痛覚を増幅させられるならば……本来の閾値を超えて、掠り傷さえもが大怪我を負ったかのような過剰な痛みをもたらすことも可能だ。

 オベイロンが呼ぶ聖剣エクスキャリバー。それはALOを侮辱するような、拉致したプレイヤーの仮想脳を並列化し、オベイロンの意のままに仮想世界に干渉するものなのだろう。同じく仮想世界に干渉できる疑似心意と呼ぶべき聖剣と同じ外付けだとしても、オベイロンのそれは外道の極みだ。

 

『さぁ、躾の時間だ。馬鹿な糞ガキに世の道理を教えるのは体罰が1番だからねぇ!』

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 気づくべき要素は幾らでもあった。

 

 どうして、欠月の剣盟はどうして深淵狩りの使命を……聖剣の導きを伯爵領で見出したのか?

 

 どうして、ランスロットと本来戦うべき舞台は聖剣の霊廟と呼ばれていたのか?

 

 どうして、ゲヘナの棺に深淵狩りの意匠が施された剣が捧げられていたのか?

 

 ランスロットは文字通り全てを忠義に捧げていた。

 

 ゲヘナの眠りを守るために、彼女がせめて故郷の黄昏で眠れるように、彼は最も強大な力さえも捧げていた。

 

 空を見上げれば、オベイロンが黄金の剣を生み出す為か、金色の月は失われていた。月無き夜空がそこにはあった。

 

 だからこそ、満天を突き抜けたのは流星。

 

 それは遠き伯爵領から……聖剣の霊廟から……ゲヘナの棺から主の元に馳せ参じる真なる力。

 

「1度は手放して捧げたものだ。惜しくは無かった。だが、それでも主から賜れば忠を尽くして応えるのが騎士の役目か」

 

 流星を掴み取ったランスロットの手元に出現するのは鈍い銀色の剣。だが、彼が握れば内なる深淵を吸い込み、闇と同化した黒の刀身となる。

 

 まるで剣舞のように黒き大剣を振るい、大きく薙げば淡い紫の月光が迸り、それは黒き刀身を核として淡い紫の水晶の如き大刃を形成する。

 

 今やランスロットのデーモン化は解除され、元の傷1つない、心臓さえも再生した完全回復の甲冑姿に戻っている。だが、深淵纏いは紫の光を帯びた月明かりの加護となり、また闇の翼の代わりのように闇の如き黒のマントが翻る。

 

「我が忠義に終わりはない。俺が深淵狩りの裏切者であることにも変わりはない。だが、俺は……彼女が認めた『忠義の騎士』であらねばならない。ならば、主君の名誉にかけて今再びこの剣を握ろう」

 

 凛として立ち上がるランスロットに対し、オレは深淵に侵された血反吐を垂らしながら重い体を死神の剣槍を杖にして立ち上がり、新たに1本のHPバーを出現させた最強の敵を見据える。

 兆候はあった。全てのHPバーを失ってもランスロットは戦い続けられた。あれが次の段階に移行するまでのインターバルだとするならば、HPが尽きた状態でもオレに攻撃し続けられたのは当たり前だった。

 想定していなかったわけではない。だが、最終段階が……いや、第3段階があまりにも強過ぎて、少しばかり意識から抜け落ちていただけだ。これはオレの落ち度だな。ウーラシールのレガリアを切るには……いや、そもそもとして致命的な精神負荷の受容を受け入れるには早過ぎたか。

 だが、そんなことは関係ない。嫌でも分かる。今のランスロットは、第3段階よりも遥かに強い。デーモン化が解除された外見に惑わされることなく断言できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<欠けた月光のランスロット>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 欠月の剣盟の始まりとなった、導きをもたらした聖剣の所有者。聖剣の霊廟に棺と共に安置されていた大剣こそがランスロットの聖剣だった。

 ヤツメ様が袖を引く。ランスロットの深奥は引き出せた。この情報を持ち帰り、再起を図ることこそが最上だと訴える。

 だが、ここでランスロットを野放しにすれば、間違いなく『アイツ』は死ぬ。今のオベイロンは少々厄介だ。幾ら『アイツ』でも時間がかかる。

 そうさ。オマエは負けない。負けられない。だって、多くの人の希望を背負い、また多くの人に支えられているのだから。オベイロンなんかに負けるはずがない。

 オレは大丈夫。なーに、大したことないさ。少し疲れてるだけだ。少しだけ……本当に少しだけ……眠い、だけだ。

 

 

 月無き夜空に欠月の聖剣を構えたランスロットが舞い上がり、斬撃と共に紫の光波が迸った。




たとえ、深淵狩りの裏切り者であるとしても、聖剣は彼を裏切らなかった。


それでは、297話でまた会いましょう。

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