SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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第3話です。
少し長めですがご容赦を。


Episode1-3 青の騎士と空色の射手

 荒廃的な世界。オレはこのダークブラッド・オンラインというゲームは前向きな夢や希望が潰え、生の活力が失われた世界観なのだと理解する。

 始まりの街をベースにした【終わりつつある街】にある酒場【首なしの牛】には、刹那の快楽で日々の苦しみを忘れようとする目をした、そんなNPCばかりで溢れていた。

 変な話だ。オレはNPCに対して何らかの感情や意思を見出そうとする癖がある。

 アレはいつだっただろう。オレが始まりの街で腐る事を良しとせず、ガタガタと宿の隅で震える事を止めたばかりの頃だ。

 はじまりの街のすぐ外で、NPCを囮にしてMobを狩っている連中に出くわした。

 あの時、オレの感情は振り切れて、気づけばオレンジになっていた。お陰でしばらくは白い目で見られるどころか、カルマ回復クエストを見つけるまでは地獄を見たものである。

 そんな回想をしつつ、オレは手紙に記載されていた容姿のプレイヤーを探す。金髪でポニーテールをした若い女のアバターらしいが、今のところはそんな人物は見当たらない。

 

「現実時刻はっと……午後2時半か」

 

 待ち合わせは午後3時だ。早めに来過ぎたかな。オレはカウンター席に座り、改めて店内を見回す。

 西部劇に登場するような酒場で、2階は宿も兼ねているみたいだ。他にもお色気たっぷりと女NPCが際どいドレス姿で闊歩している。

 ……パッと見だったが、DBOって年齢制限なかったはずだよなぁ。良い子の教育に悪過ぎるだろ。仕事しろよC○RO。

 

「あ、でも確かSAOでも倫理コードの解除が……」

 

 い、いいいいいいいいいいい、いや、そんなものはなかったたたたたたたた! そ、そそそそそそそそ、そんなリア充機能はなかったはずだ! あの茅場大先生がそんな不適切なものを設定しているはずがない!

 

 

 

 

 

 ……ああ、そうさ。認めよう。オレには無縁の機能だったよ、チクショーが! 別に羨ましい訳じゃない! このリアルでもヴァーチャルでも年齢=童貞なのは恥ずかしい事なんかじゃない!

 大体だ。オレがSAOに囚われたのは13歳の頃だ。まだまだガキで、恋愛とかに幻想を抱いていた頃だ。いや、今でも十分に抱いてるんだけど、昔ほど女性に対して理想を追い求めていない。

 より正確に言えば、恋愛とかが怖くなった。理由は簡単だ。SAO内で何度女プレイヤーの色仕掛けにやられてPKされかけたと思ってるんだよ。女性不信になってもおかしくない回数だぞ!?

 とは言え、まるで興味がないわけじゃない。それもこれも、『彼女』のお陰だな。ブラコン拗らせてるのが玉に瑕だけど、それを除けば1発逆転ホームランを狙いたい程度には好意を抱いているし。……まあ、あっちの眼中にはないだろうけど。

 

「……って、もう3時半じゃねーか。遅いな」

 

 NPC以外出入りする様子がない酒場は、どうやらサービス初日のプレイヤー達の目にはなかなか届かないらしい。まあ、ある場所も裏路地で雰囲気が悪い場所だし、目ぼしいイベントが起こりそうもない場所だ。当然かもしれない。

 それにしても、『彼女』が待ち合わせに遅れること自体が珍しい。

 というか、そもそもこんな事態になっている事が奇妙だ。『彼女』はオレがVR嫌いだと知っているし、幾らマジギレしてもこんな回りくどい真似はしない……と思う。何はともあれ電話か、直接乗り込んで物理的制裁に至るはずだ。

 にもかかわらず、何故にアミュスフィアⅢなんて曰くの塊のファーストリリースVRMMO内で会おうなどと提案してきたのだろうか? それに、わざわざ話をする為に10万以上の経費をかける理由は何だ? アミュスフィアⅢと最新作VRMMOのソフト、その両方を揃えるだけでも、一体どれだけのコストと幸運が必要になる?

 考え得るのは、仮想空間でなければ話せない事がある。あるいは、DBO自体に何かがあるからこそ現場で話さねばならなかった。そのどちらかだろうが、確率が高いのは後者だ。

 そもそも始まりの街を材料にした終わりつつある街は、オレのようなSAO生還者からすればトラウマの宝庫だ。『彼女』ならば、オレに何かしらの意見を求める為に実際に目で見てもらいたかったとも考えられる。

 ……まあ、淡い希望的観測をすれば、オレとパーティを組んで最新ゲームを遊びたいという嬉しいお誘いという場合もある。

 むしろその確率の方が高くないか!? そうだよ! そうに決まってるだろ! それ以外にないだろ!

 

 

 

「隣良いかい?」

 

 

 危うく願望の海に沈みかけていたオレを正気に戻したのは、若い男の声だ。

 チラリと横目で見ると、青い髪をした騎士風の男が友好的な笑みで立っていた。武装はカイトシールドとロングソードか。典型的な騎士スタイルだな。アバターもいかにも勇者っぽい。

 

「あ、え、えと……」

 

 というか、いきなり話しかけないでもらいたい。伊達に田舎の大学に通って、せっせと山や森をフィールドワークしてるわけじゃねーんだよ。対人スキルは致命的に退化してるんだよ。

 そんなオレの気持ちを察してか、騎士風の男はオレの了承を得ないままに隣に腰かけた。広いカウンター席でわざわざオレの隣に座るとは……。

 

「誰かと待ち合わせかい? ずっと考え事してたみたいだけどさ」

 

「そ、そんなところ、かな」

 

 今のオレのアバターは目付きの悪い傭兵風だ。そんな奴がキョドってたらキャラに合わない。もっと堂々としなければ!

 

「あ、アンタも誰かと?」

 

「残念だけど違うかな。いわゆるパーティ探しだよ。さっき街の外に出たけど、最初のエリアにしてはなかなかに難易度が高いんだ。デスペナは貰いたくないし、最低限の安全マージンが取れるまでの一時的な仲間探しをしてたけど、なかなかつかまらなくてさ」

 

「そういう事か。オレって暇そうにしてた?」

 

「言いにくいけどね」

 

 苦笑する騎士の爽やかオーラに酔いそうになる。あ、これ間違いないな。リアルでもイケメンだ。しかも顔も心もイケメンの天然記念物だ。オマケにリーダー型だな。パーティだったら指揮官で、ギルドだと絶対に周囲が推薦してトップになっちゃうタイプだ。

 正直な話、オレもこれ以上『彼女』を待つのも飽きていた。いくら仮想空間に嫌悪感があるとはいえ、最新作ゲームに何ら興味がない訳がない。チュートリアルの熱は冷めたが、最低限は味わいたい気持ちもある。

 

「オーケーだ。パーティを組もう。とは言っても素人だから役立たずだぜ?」

 

「俺もだよ。お互い数合わせと行こう。あ、そうだ! ついでだし、フレンド申請もして良いかな? これも何かの縁だしね」

 

 本当にイケメン過ぎる。パーティ申請を認可し、1拍遅れて届いたフレンド申請も受ける。

 こんな良い奴とフレンドになったら、簡単に止められなくなる。でも、この騎士の持つ天性の素質、いわゆるカリスマ性ってやつにオレも影響されたみたいだ。もう少しくらい、無理しない程度なら、このゲームを楽しんでも良いのではないかと思えてしまう。

 

 

 

「それじゃあ【クゥリ】、今日はよろしく!」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む。えと……【ディアベル】」

 

 

 そして、オレと騎士ディアベルは握手を交わした。

 

 

 

 Δ  Δ  Δ

 

 

 終わりつつある街の外は草原だった。だが、倒壊した建物や剣が突き刺さった骸骨など、長い時を経た古戦場跡といった風景である。

 既に多くのプレイヤーが草原を闊歩し、いかにもスライムポジションっぽい、チュートリアルで登場した泥人形と戦っている。だが、観察する限りではチュートリアルとは比較にならない程に動きが良い。

 まず攻撃が単調ではない。腕を鞭のようにしならせ、確実に軽装のプレイヤーを狙って攻撃している。更に囲まれたら泥の爆発を引き起こし、周囲を吹き飛ばす攻撃を繰り出す。しかも爆発攻撃の威力は高いらしく、HPのゲージが半分以上残っていたはずの安っぽい甲冑姿のプレイヤーは光となって砕けた。

 

「軽装のクゥリ君じゃ、あの爆発攻撃はHPがフルでも耐えられないだろうね」

 

「直撃すればな。そんなヘマしねーよ」

 

 最初こそぎこちなかったが、今ではディアベルとも普通に喋られる。なんというか、人を落ち着かせるのが上手なんだよな、ディアベルってさ。絶対にリアルでも友人多いだろうな。

 

「そもそもあのMobはオレ達レベル1じゃ10人集まっても勝てねーよ。最初のエリアにしては明らかにバランスブレーカーだ。チュートリアルが弱過ぎただけだ」

 

「そうなのかい?」

 

「怯まない。攻撃を幾ら当ててもゲージが減った様子がない。攻撃スピードは速いが、移動スピードは亀だからいつでも撤退可能。制作側の典型的なトラップだ。倒せば莫大な経験値が得られるだろうが、デスペナがどんなものか知らねーけどリスクに合うとは思えねーな」

 

「なるほど。参考になるよ」

 

 顎に手を当て、ディアベルは何か思案する様子だ。どうにかしてあの泥人形を狩れないものかと策を巡らしているのだろう。

 方法としてはデバフが有効だろうな。毒でダメージを稼ぐか、麻痺で動きを止めて袋叩きか、睡眠でじっくりと急所を探す。どれかがだろう。

 ならばオレの出番かもしれない。草原に出る前にディアベルと市場を回り、幾つか仕入れたものがある。

 まずはウォーピックだ。市販で売られていたもので、メイスよりも扱いは難しいが、その分より大きなダメージに期待できる刺突属性と打撃属性の2つを持った武器だ。

 そして、レベル1の毒。スリップダメージは微々たるものだが、あの手のMobには一定のダメージが期待できる毒の方が効果が見込めるだろう。

 

「デバフは無理だね」

 

 だが、ディアベルが残念そうに首を横に振る。どうやらディアベルもオレと同じ作戦に至ったようだが、異なる見解を持っているようだ。

 

「あの泥人形、明らかに生物じゃない。生物じゃないモンスターに毒や麻痺が効かないのは定番だ」

 

「ああ、なるほど。言われてみれば確かに」

 

 というか、そこまで頭が回らないでオレってよくSAOを生き残れたよな。まあ、ブランクが長かったせいって事にしよう。そうしよう。

 しかし、そうなると他のMobを狩るしかない。泥人形の他には、骨を齧る目が濁った野犬、ボロボロの鎧と剣と盾を装備した骸骨戦士、鶏冠を持つ猪など、どれも一癖ありそうな連中ばかりだ。

 だが、このまま戦わないままでは経験値も得られない。それではいつまでも弱いままだ。

 

「ディアベル。あの骸骨戦士にしようぜ。アンタが盾で骸骨戦士の攻撃を正面から防ぐ」

 

「そしてクゥリ君がウォーピックで背後から攻撃する。確かにベストだ」

 

「そんじゃ肉壁よろしく」

 

「今更だけど、キミは意外と口が悪いね」

 

 楽しげにディアベルはロングソードを抜き、先んじて骸骨戦士に挑む。口が悪いのはオレが生まれ持った仕様だと諦めてもらいたい。

 ディアベルは盾を構えながら骸骨戦士の攻撃を捌き始める。その動きはどう見ても素人じゃない。明らかにアクション系のVRゲームを体験した奴の動きだ。ソロでも十分狩れそうな勢いだな。

 まあ、安全に楽しく。人間の娯楽はそうあるべきだ。スリルを楽しむのは程々が最適である。

 

「ディアベル! ヘイト管理も頼むぜ!」

 

「任せてくれ!」

 

 盾で防ぎつつ、ディアベルは着実に骸骨戦士のHPを削る。一方のオレはディアベルが十分にヘイトを稼いでくれたと思えるタイミングで全力の一撃を加える。即席にしては悪くないコンビネーションだ。

 だが、何かがおかしい。骸骨戦士のHPは減りつつあるが、その減り具合に違和感を覚える。

 そうだ。これはソードスキルが上手く使えない状態で戦っていた、あの頃と同じだ。言うなれば必殺技の有無だ。

 

「ふう。悪くない経験値だね。でもコルはたったの4か」

 

「経験値稼ぎ向きだな」

 

 光の破片となった骸骨戦士と【congratulations】の文字。そして経験値とコルが2人分に分配される。あと3体も狩れば、早速レベルアップが見込める。

 だが、ディアベルの顔に喜びはない。やはりディアベルもオレと同じ違和感があるのだろうか。

 

「そういやディアベル、ソードスキルってやっぱりDBOにもあるのか?」

 

「ん? あ、ああ。存在するよ。スキルの項目に発動モーションがある」

 

 なんだか無理して笑っている。そんな顔でディアベルはオレの質問に答えてくれる。

 ……別にお節介を焼く必要ないだろ。下手に地雷を踏み抜いて、今のぬるま湯パーティが解散するのも嫌だしな。

 それよりも今はソードスキルだ。なるほど。確かに【戦槌】の項目にソードスキルの説明がある。使えるソードスキルは今のところ1つか。

 

「……っと、それよりもディアベル。お客さんみたいだぜ」

 

 仲間の敵討ちだろうか。骸骨戦士が2体も出現する。しかも片方が大盾と槍を装備した厄介そうな奴だ。

 

「俺が槍の方を倒す。クゥリ君は剣を頼む」

 

「1人で大丈夫か? すぐに助太刀してやるよ」

 

「それはこっちの台詞だよ」

 

 ヤベェ、かなり乗ってきたな。こんなに興奮してるのは久しぶりだ。SAO以来の胸の高鳴りだ。

 剣持ちの骸骨戦士は盾を構えながら、堅実にこちらを削ろうとしている。まるで先程のディアベルの戦法から学んだかのようだ。だが、オレは強引にウォーピックで盾を攻撃し続ける。あのボロボロの盾ではダメージ減衰は低いはずだ。

 

「喰らいやがれ!」

 

≪戦槌≫のソードスキル【インパクトスマッシュ】。赤い光と共に放たれたウォーピックは盾を破壊し、そのまま骸骨戦士の頭蓋を粉砕する。

 この感覚だ。オレは思わず笑ってしまった。この一撃で敵のゲージを刈り取る快感! これこそがソードスキルの醍醐味だ!

 ディアベルも片手剣のソードスキルを発動させる。あの上段からの切りつけは【バーチカル】っぽいな。それは盾を切断するに留まっているが、防御手段を失った槍持ちは恐れるに足らないだろう。

 

「……っ!」

 

 観戦モードに入っていたオレだが、突如としてディアベルに向かって飛来した矢が目に映り、ほとんど反射的にその攻撃を鉤爪を起動させて弾く。正確にディアベルの頭を狙った矢だったが、間一髪のところだった。

 

「な、なんだ!? 一体何処から!?」

 

 骸骨戦士との戦いに集中していたディアベルも奇襲に驚く。だが、そんな暇はない。

 矢が放たれた方向にある小高い丘、そこには3体もの弓を構えた骸骨戦士、そして何よりも他の連中とは違う、明らかに別格の雰囲気を放つ腐敗した馬に乗る甲冑姿の騎士がいた。

 

「おい……おいおいおい!? ふざけんなよ、糞が!」

 

 馬上の騎士には名前があった。

 

 

≪Dark Rider≫

 

 

 ネームド。それは他のMobとは一線画す事を意味する。少なくともSAOではそうだった。

 馬上の騎士は腐敗の馬を駆るとは思えない豪速で迫り、その手のハルバートを振るう。咄嗟にウォーピックで防御するが、その威力でオレは数メートル吹き飛ばされた。

 頭を地面に叩き付け、思わず唸る。DBOでの初ダメージだ。痛みはないが、不快で味わいたくない感覚に襲われる。

 やっぱり製作者の頭はイカれてる。どうやらダメージ量、あるいは減少するHPの割合に応じて、この不快感を発生させる仕様らしい。

 

「クゥリ君!」

 

「大丈夫だ! それよりも骸骨戦士を始末しろ! ネームドの狙いはオレだ!」

 

 ディアベルよりもオレを執拗に馬上の騎士は狙ってくる。何かヘイトを稼ぐ真似をしただろうか?

 考え得るのは、2体の骸骨戦士の両方にトドメを刺したのはオレという事だ。まさかそれだけが原因で?

 

「すぐに助けに行く! それまで持ち堪えてくれ!」

 

 こうして馬上の騎士と戦っている間にも3体の骸骨戦士が矢を放っている。ディアベルは盾を失った槍持ちを倒すと、丘に向かって走り始める。

 悪いがディアベルを待つ気はない。【インパクトスマッシュ】で馬上の騎士にカウンターを決め、オレは見た目ほどにコイツが強くない事を確信する。

 最初の突撃には恐れ入ったが、攻撃は直線的だ。見極めるのは難しくない。

 

「オラ! 2発目ぇえええええええええええ!」

 

 ハルバートを潜り抜け、バットのフルスイングのようなモーションでウォーピックが馬上の騎士に更なるダメージを追加する。やはりソードスキルは優秀だ。

 だが、途端にオレは息苦しさに近いものを覚える。同時に眼前に警告を示すように赤い滲みが生じた。急に視界が悪くなり、ハルバートの攻撃を見切れなかったオレは直撃を受けてしまう。

 地面を転がり、オレは自分のHPゲージが一撃でレッドゾーンまで削られた事に戦慄する。ウォーピック越しの攻撃でも多少削られたが、その時のダメージ量から判断するに、いくら直撃してもここまで減る事はないはずだ。

 

「ヤベェ……本当に、ヤベェ……」

 

 息荒く立ち上がったオレはウォーピックを捨てる。先程まで重さなど感じなかったはずの武器が異常に腕に負担がかかる。

 攻撃手段は鉤爪だけだ。だが、勝機はある。2回に及んだソードスキルによるカウンターは、馬上の騎士の鎧に亀裂を入れている。それは丁度心臓に当たる部分だ。

 馬上の騎士のHPゲージはまだグリーンのまま健在だが、3割近く削れている。上手く鉤爪が刺されば、ディアベルが骸骨戦士を始末して戻るまでの時間は稼げるだろう。

 

「ちっとばかし舐めてたかもな。だけどよ、こんなのソロの日常茶飯事なんだよ!」

 

 ハルバートの薙ぎ払い。腐敗した馬のスピードに乗った高い威力を秘めた一撃を回避し、逆にハルバートを踏み台にして馬上の騎士へと鉤爪を突き出す。

 

『……アマイ』

 

 ニヤリ。そんな風に兜の奥で騎士が唇を吊り上げたような錯覚と共に、オレの起死回生の鉤爪の攻撃は、騎士が咄嗟に抜いたロングソードによって弾かれた。

 本当にAI操作なのか疑いたくなる防御に度肝を抜かれる。

 着地したオレに馬上の騎士はすぐさま方向転換し、突撃してくる。ハルバートを振るう気配はない。このまま轢き殺すつもりなのだろう。

 もう無理だ。息苦しさがついにピークを迎え、オレは片膝をつく。あの突進を躱すなど、もはや無理だ。

 

「クゥリ君!」

 

 頼みの綱のディアベルも、弓矢を捨てて拳で応戦する骸骨戦士3体に囲まれ、苦戦しているようだ。

 デスペナがどうかお優しいものでありますように。オレはせめてもの抵抗で、鉤爪を高々と振り上げる。衝突の瞬間に攻撃を入れてディアベルが少しでも楽になるようにダメージを稼ぐのが今できる最善の手だ。

 

 

「諦めてるところ悪いけど、倒す気がないなら貰うわよ」

 

 

 だが、馬上の騎士はオレを轢き殺すよりも先に転落し、その身を大地に叩き付ける。

 緑の光を帯びた、恐るべき速度で飛来した矢が腐敗した馬の眉間に突き刺さり、上半身を反らした馬から騎士は振い落とされたのだ。

 

「将を射んと欲するれば先ず馬を射よ。先に消えてもらうわ」

 

 暴れ狂う馬の頭部に次々と矢が突き刺さり、僅か数秒で馬は光となって弾けた。

 立ち上がった騎士にも立て続けに矢が襲う。それをハルバートで迎撃する騎士だが、タイミングをズラして放たれただろう矢が鎧の亀裂に突き刺さった。

 一気に騎士のHPが減り、ついにレッドゲージになる。だが、騎士も諦めていないようで、せめてオレだけでも道連れにしようと迫り来る。しかし、それを許さないように矢がオレの眼前に突き刺さり、騎士の動きに制動をかけさせた。

 

「これで終わりよ」

 

 騎士がハルバートで乱入者を迎え撃とうとするが、それよりも速く、救世主は短剣を鎧の亀裂に押し込んだ。

 

『ナカナカ、デキル』

 

 心底愉悦に入るような声で騎士は乱入者に賛辞を送り、その身を赤黒い光へと変える。

 短剣を腰の鞘に仕舞い、乱入者は膝をつくオレに手を差し出した。

 

「悪いわね。貴方たちの獲物を横取りして」

 

 そんな気は毛頭ない獰猛な微笑。空色の髪をした女の手を取ったオレは、気まずそうに頬を掻く。

 

「た、たたた……」

 

「た?」

 

「た、助かった。ありがとな」

 

 アバターとは言え、初対面の女子を相手にするのはオレには難易度が高過ぎるようだ。絞り出すように口にしたお礼に女は無事に受け取ってくれたようだ。

 

「倒せたのは貴方が鎧に穴を開けてくれていたお陰よ。見たところテスターじゃないみたいなのに、あのダークライダーをあそこまで削るなんてね。これはビギナーズラックの餞別よ」

 

 そう言って彼女はオレにドロップ品だろう、あの騎士が使っていた片手剣『レッドローズ』を渡した。名前の通り、鍔に赤い薔薇の紋章が刻まれている。残念な事にオレが使うにはSTRが不足している。

 

「ありがとう。俺からも礼を言うよ」

 

「礼を言われる筋合いはないわ。私もダークライダーは狙ってた。貴方たちはデスペナルティを受けずに済んだ。私は苦労することなく獲物を狩れた。それだけよ」

 

 骸骨戦士を片付けたディアベルに、女は氷のような無表情で首を横に振る。あ、なるほど。彼女も少なからずオレと同類かもな。コミュニケーション能力に難有りのタイプかもしれない。

 

「それでもありがとう。クゥリ君を助けてくれて、本当に感謝しているよ」

 

 そして、これだけ言われてもイケメンはイケメンから崩れない。マジでイケメン過ぎるぜ、ディアベル。

 そうこうしている内にオレの息苦しさも抜けていた。どうやら一時的なデバフの類だったらしい。

 

「それじゃ。私はそろそろ行くわ」

 

「ちょっと待ってくれ。キミはベータテスターなんだろう? 少し俺達にレクチャーしてもらえないかな? 厚かましいお願いだと思うが頼む。もちろん謝礼はするよ」

 

 立ち去ろうとしていた女だが、ディアベルが謝礼という単語と共に出した申し出で足を止める。

 しばし考えるように顎に手をやり、女は頷いた。

 

「良いわ。ちなみに何をくれるのかしら?」

 

「チュートリアルのプレゼントだよ。俺が貰ったのは指輪だ」

 

「……【聖なる惰眠の指輪】か。レアアイテムね。良いわ。交渉成立よ。ただし前払い」

 

「もちろんだ」

 

 ディアベルから送られた指輪を実体化し、女は早速左手の中指にはめる。どんな効果があるのか知らないが、レアアイテムならば相応の効果があるだろう。その証拠に女は上機嫌だ。

 

「良いのか、ディアベル?」

 

「もちろんだ。そもそもチュートリアルで皆得られるアイテムは、十中八九中盤で入手できるアイテムだろうし。それにトレードの対象にもなるはずだ」

 

 だが、ディアベルばかりが損をするのは腹の虫が治まらない。どうせオレには使う予定がないからと、ディアベルにレッドローズを渡す。ディアベルのステータスは使用条件を満たしていたのか、早速装備する。

 

「ロングソードよりも倍近い威力とリーチ。確かに騎士さん向けかもね」

 

 女は矢筒に矢を補充すると、腕を組む。どうやらコーチの時間のようだ。

 

 

 

「まずは自己紹介ね。私は【シノン】。ベータテスターよ。これから1時間だけ貴方たちの教官をしてあげる。最低限の技術と知識を叩きこんであげるわ」

 




次回あたりからデスゲーム開始……になれば良いなと思ってます。

では第4話でお会いしましょう!

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