SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ

健全なお祭りをする田舎に小旅行はいかがでしょうか?


今回のエピソードのテーマは『選択』です。





Episode19
Episode19-01 24時間ミッション


 終わりつつある街。プレイヤーによって無秩序に発展する、DBOで最初に与えられる拠点。

 まだ思い出せる。灼けて穴だらけになっていく記憶の中で、少しだけ朧になってきても脳裏に浮かぶ。デスゲームが始まるとも知らなかった頃の、新たな冒険に気分を昂らせた人々が道行く光景が残像のように視界に重なる。

 SAOの始まりの街を模したはずの、だが壊滅して人間らしい生活を送れる最低限とも言うべき底辺にあったはずの最初の拠点は、プレイヤー自身の手によって復興を続け、もはや見る影も無くなった。

 複雑になっていく路地と立体化する都市構造。利便性を追究したはずだが、個々のギルドの思惑が重なり合わず、勢力争いを示すような無秩序に絡み合う。その中で人々は光と影の線引きを行う。

 獣狩りの夜以降に壊滅した区画は今も多い。そうした区画は貧民の溜まり場となり、表では考えられない程の人間の負の本性が露になる。

 

『私の依頼で急かして……申し訳ないけど……30分と言わず1時間でも2時間でも準備の時間は……取ってもらって構わない。準備不足は……致命的な失敗を……招く』

 

 ナドラが通信で使用する人工妖精は、オレが纏う旅人のマントのフードの内側に潜み、耳元へと語りかけて来る。さすがにナドラを連れて歩くことも出来ず、彼女には早々に退散してもらって通信によるオペレートをお願いしている。

 

「あと25分以内に準備を終えます。残り時間は24時間とのことですが、不確定な制限時間ギリギリを目途に行動するのは愚の骨頂ですし、ゲームのイベントではないのですから、セラフとかいう管理者が事態に察知するまで実際の猶予は分からない」

 

『それは……そうだけど……』

 

「ナドラを信用していないわけではありません。ですが、行動は早ければ早い程に良い。救出ミッションなら尚更です。それに、1時間程度でオーダーメイド品を揃え直すことなんてできませんしね」

 

 取って置きはアルヴヘイムに持ち込んだので破損済みであり、残っているのはサブばかりだ。立地条件的にもすぐに向かえる場所ではない。

 黄金林檎の工房ならばグリムロックの試作品も幾つか入手できるし、預けているメイン級もあるのだが、それでも30分ではとてもではないが間に合わない。何よりもグリセルダさんがいた場合、説明が面倒臭いことになるのだ。グリムロックならば事情を分かってくれるかもしれないが、それでも今のオレの状態を見たらあっさりと引き渡してくれるとは思わない。暴力で物を言わせるのも1つの手だが、彼らに乱暴は避けたい。

 ならば、どうやって30分以内に最前線級の装備を整えるのか。その方法は実に単純明快だ。

 

「人間には『強さ』があります。ですが、彼らは時に『力』に屈する。それが現実ですよ」

 

『理解した。他のプレイヤーから……奪い取る。そうすれば――』

 

「確かに『暴力』は極めて有効な手段です。ですが、多かれ少なかれ禍根を残す上にスムーズに進むとは限らない。故に別の『力』を使います。それは大多数の人間にとって特効作用……いうなれば弱点とも呼ぶべき『力』です」

 

『す、すごい……そんなものがあるなんて!』

 

 なんか勝手に感動しているナドラだが、まぁ、蓋を開けてみれば失望と落胆をするんだろうな。

 さて、到着だな。オレが駆け足でたどり着いたのは、終わりつつある街のクラウドアースの支部だ。2体の赤銅のガーゴイル像が並び、木製とは思えない程に重厚な鉄の如き黒色の両開きの扉を守っている。このガーゴイル像は防衛機構でもあり、このギルドハウスに攻撃や侵入行為を行った場合は即座に起動して迎撃に当たる。レベル80相当のモンスターとして機能するらしく、その戦闘能力は並のプレイヤーならば単独で対処するにはかなり厳しいそうだ。

 ゴミュウを除いて何人かにインスタントメールを送ってみたが、アポイントメントを取れたのはヤツだけか。『当たり』を引いたな。オレにしては幸先が良い。

 扉を開けば、クラウドアースらしい、まるで大企業のエントランスのような光景が広がる。警備をしているのはギルドNPCだな。だが、獣狩りの夜に備えていずれにも首輪が取り付けられている。一撃死を狙えるほどではないが、無力化はできるだけの火力を秘めた爆弾だ。また、銃器を装備したプレイヤーの警備員も複数人が控えている。

 受付には男女1組がいて、警備員も含めて旅人のマントを深く被ったオレに警戒しているが、こちらの顔を認識すればアポイントメントの通知が来ていたのあろう。愛想笑いを浮かべながら奥の部屋へと案内してくれた。

 

 

「ようこそ、クラウドアースに。急な通り雨の原因は貴方でしたか」

 

 

 応接室だろう、交渉を有利に進める為にか、いつものように皺1つないスーツ姿で、なおかつ部下にしてボディガードだろう男を背後に、ソファに腰かけていたのはクラウドアースの依頼の窓口にして代理人、そして傭兵に口八丁手八丁でクラウドアース製の武器やアイテムを購入させる凄腕営業マンでもあるネイサンだ。

 相変わらず厭味ったらしい顔と口調であるが、コイツの情報源と商品にはいつも感服している。

 聖剣騎士団は一般向けには量産重視のダウングレード品しか販売せず、独立傭兵の場合1級品を購入しようとなれば最低でも3日以上もかかる手続きと交渉を経るか、幾らかの袖の下が必須になる。

 太陽の狩猟団の場合、カタログに対してやや誇張した表現が多く、実際に手にしてみれば何かが違うという気がするものが多い。

 だが、クラウドアースは違う。特にネイサンは嫌味の塊のような男ではあるが、営業と情報屋としての腕前は間違いなく超一流だ。こちらの要望に限りなく応え、その上で最大限の利益追求を行う。言うなれば、ヤツは『相手を得させて、自分は倍以上の得をする』が信条だ。しかも融通もかなり利く。

 

「ご心配していましたよ。噂ではアノールロンド攻略参加にほぼ内定していたにも関わらず、休業申請を突然なされたとか」

 

「色々ありましたから」

 

「そうですね。確かに『色々』とあったようだ」

 

 目敏いネイサンは、旅人のマントで隠しきれていないオレの防具のボロボロっぷりを既に見抜いている。ヤツのことだ。このタイミングでのオレの接触は、すぐに想起の神殿に転移されて早々に大ギルドの保護……もとい、尋問を受けることになるだろう【来訪者】たちとの関連性を見出すだろう。

 だが、今はどうでも良い。いつかも分からぬ先のトラブルなど考えるだけ無駄だ。

 

「こちらの要望は既にメールで送った通りです」

 

「ふむ、確かに。『早急に引き渡せる最前線級の装備とアイテム』でしたね。ですが、強化済みかつハイエンド品ともなれば、ご理解していると思いますが価格は相応に張ります」

 

「問題ありません。約束した通り、急なアポイントの謝罪と商取引の謝礼に50万コルをお支払いします」

 

 ネイサンは≪金融≫持ちだ。表示されたシステムウインドウに額面を打ち込み、小切手を発行してもらう。オレがサインをすれば、オレのコルが50万分減額され、手元に50万コル額面の小切手が出現する。

 

「ええ、確かに」

 

 ネイサンの目の色が変わる。間違いなく、オレを『カモ』だと認識した目だ。

 フッ、好きにしろ。元よりオレの政治力と交渉力はゼロに等しい! 好きなだけ吹っ掛けやがれ!

 

『……あ、そういうこと』

 

 やはりナドラの落胆の声が滲む。予定調和に期待を裏切って申し訳ない。

 そう、人間に限定で特効作用をもたらすことが多い『力』……それは『財力』だ!

 見せてやろう。人間の『弱さ』というものをな! MHCPとしても特等席で見れる良い勉強会になると思うぞ!

 

「早急に準備できる分はこちらのカタログに」

 

「準備が良いですね」

 

「何事も想定して準備を怠らないのが私の流儀でして」

 

「感服します」

 

 さすがにカタログが薄いな。しかも金額は記載されていない。全てネイサンの頭の中に入っているのだろう。つまり、ヤツは本来の適正価格にかなり上乗せした金額を提示してくるはずだ。

 

「防具はコレを一式。頭部は不要ですが、髪留め用のゴムをオマケしてもらえると助かります」

 

「お安い御用です」

 

「オプションで投擲ナイフ用のホルダー付きがあるようですが、加工時間はどれ程かかりますか?」

 

「すでに加工済みがありますよ。もちろん、価格は上がりますが、御無理はなさらない方がよろしいのでは?」

 

「いえ、オプション追加でお願いします。それから武器は、NPC販売バトルライフルの【ARAGANE mdl.2】のクラウドアース強化済み弾速特化ハイエンドモデル、クラウドアース製重アサルトライフル【CA/03022-Bookman】の連射特化ハイエンドモデル、クラウドアース製ハンドガン【CA/02020-Black Jack】の衝撃特化ハイエンドモデル、それから……こちらの試作提供品とは?」

 

「まだ実験兵装でして、扱い辛くデータ不足なのですよ。そこで1部の『信用できる』お客様に試験的に販売して実戦データの収集を行っています。差し詰めレーザーバズーカといった趣の新兵装でして、後ほどのデータを提供していただけるならば、その際に後値引きを入れさせていただいています」

 

「なるほど。本来は『専属専用』の商品ですか。多分壊すので無意味ですが、カタログスペック通りならば気に入りました。では、この試作品の【ER-0705】もお願いします。近接兵装はカタナの【CA/15-001-蒼天】のハイエンドモデルだ。銃弾とエネルギー弾倉は最高品質の準備を」

 

 さすがのネイサンも顔を曇らせるが、背後の男に合図して準備を進める。

 

「それから攻撃アイテムで投げナイフの【イワカゲ】。回復アイテムで【ブルーウォーター】、【飛竜の再生薬】。それからワイヤーとアンカーフック、縫合に使える糸もください。数量は最終調整しますのである分だけ持ってきてください」

 

 イワカゲは貫通特化の投げナイフであり、なおかつ魔法属性攻撃力も付いている。シンプルであるが、とにかく数を持ち込むのに都合がよく、なおかつ威力も期待できる。サインズにも投げナイフの在庫はあるが、いわゆる一目惚れだ。

 迅速にHP15パーセントを回復できる深緑冷水はクラウドアースの専売人気商品だったが、次世代を担う目玉商品のブルーウォーターは3割をたった5秒で回復できる。まぁ、単純に効果だけ見たら即3割回復のナグナの血清の下位互換だが、こちらは連用できる仕様だ。ヨルコさんの麻薬アイテム1歩手前とは安全性が違いますわよ、奥様!

 まぁ、クラウドアースも回復アイテム市場は教会に脅かされつつあるからな。薄利でもブルーウォーターを今後は中心に据えた販売戦略を狙っているのだろう。このブルーウォーターは使用インターバルは深緑冷水と同一でありながら、飲料量は半分以下に抑えられた優れものなのだ。小瓶に1つ、一気飲みしても無理なく飲み干せるらしい。何故かムキムキまっちょんが上半身裸体で飲む写真がカタログには添えられているのは、女性プレイヤーの購買意欲をそそるためか? やっぱり男の魅力は筋肉なのか!?

 それから飛竜の再生薬はかなり貴重品らしいが、バランドマ侯爵のトカゲ試薬とは違い、3時間で修復可能だ。おいおい、負けるな、バランドマ侯爵! プレイヤーを初期から支え続けた侯爵の開発力はこんなものではないだろう!? まぁ、コスパ的には今まで通り、圧倒的にバランドマ侯爵のトカゲ試薬の方が上なんですけどね。

 10分と待たずして武器がテーブルに並ぶ。防具はクラウドアース謹製の高機動戦想定軽量型アサルトスーツだ。試着室もないし男ばかりなのでこの場で装備させてもらう。首も含めて全身を覆うのはやや硬質の繊維であり、胸部などの重要な部位だけを守る薄いボディアーマー、プラスチックに似た質感の籠手や具足も付いている。また、太腿には左右それぞれに4本のナイフホルダーがある。首はタートルネックでほぼ覆われているが、防御面は素肌を晒しているのと毛が生えた程度の違いはない。

 グリーンの髪留め用のゴムを咥え、ポニーテールにすべく髪を纏める。おい、ネイサンの部下共よ、何故に顔を赤らめて目を背ける。キミ達はオレが商品を持ち逃げしないように見張るのが仕事でしょうが!

 

『無自覚……色気……これが天然!』

 

 そして、ナドラさんも何かに納得したご様子だ。ふむ、つまりこれはMHCPも唸らせる特異な感情反応ということか。良く分からんのでスルーしよう。

 バトルライフルは扱いなれていないが、カタログではなかなかの火力だった。重アサルトライフルのブックマンは大口径銃口から吐き出される高速弾によるDPSが魅力的だが、重量と反動がかなり大きいな。それに銃弾の消費も激しく、アサルトライフルにしては継戦能力は低めだ。ハンドガンも大口径ものだが、連装銃で見慣れたものなので割愛するも、カタログスペック上での衝撃値は相当なものだ。グリムロックカスタムの連装銃にも匹敵するだろう。

 試作品の方は、レーザーバズーカと聞いて厳つい外見を想像していたのだが、見た目はレーザーライフルよりもレールガンに近しいな。ま、まさかザリアと似たような発想にたどり着きつつある? クラウドアース……恐ろしい子! まぁ、こんなもん量産したところでゲテモノ過ぎて使い手は希少だろけどさ。

 カタナは日本刀のような刃紋が無い、実に未来的な外見をしたタイプだ。漆ではなく化学塗料のような粘つく光沢の黒色の柄、金型で取ったような刀身、刃の部分は青色のクリスタルパーツになっている。蒼天の魅力は雷属性が付いている点だ。アーロン騎士長からレアドロップする【黒鉄刀・雷刃】をモデルにして開発されたらしく、魔力を消費する代わりに即時のエンチャントが可能だ。更に憎たらしい心配りか、事前に雷光ヤスリが最大セット数の3個も付いている。魔力も温存できるし、居合での瞬間火力は大したものになるだろう。惜しむべきは強化内容がバランス重視の優等生で尖ってないところか。グリムロックならば鋭利特化で徹底的にクリティカル効果を上げてくれるんだがな。

 しかし、ハイエンドモデルとはいえ、カタログの記載通りならば量産タイプもなかなかの性能だ。クラウドアース、やはり侮れないな。地道な開発と量産によるノウハウの蓄積が実を結びつつある。これはオーダーメイドを除いた一般市場に一波乱あるかもしれないな。まぁ、そもそもカタナ使い自体が絶滅寸前なので蒼天さんが脚光を浴びることは無さそうだな。きっとクラウドアースもあくまでノウハウ蓄積と技術力アピールが目当てだろう。HENTAI共もうかうかしていられないな。

 

「弾薬も全て最高級品を揃えました。エネルギー弾倉はリロードチャージ型でよろしかったですよね?」

 

「ええ。さすがに事前チャージしている時間はありませんから」

 

 今のオレならばレーザーライフル分のリロードチャージの魔力を補うくらいは楽勝だ。伊達にPOWを上げていない。だが、このレーザーバズーカは、1発が高威力でチャージショットも無いタイプであり、装弾数は少なく、その分をオートリロードでひたすらにエネルギー弾倉を喰うタイプだ。12発も撃てばエネルギー弾倉から空になる。装填できるエネルギー弾倉も3個と悪くないが、魔力の燃費は威力に対してかなり悪いな。諸々を計算すればアイテムストレージが厳しく、これ以上のエネルギー弾倉は持ち込めない。撃ち切ったら荷物か。

 ブルーウォーターは10個もあれば足りる。飛竜の再生薬は3本だ。24時間リミットの短期間ミッションだ。3本以上使うような事態になったら失敗と思えば良い。

 

「それでは会計を。占めて738万9240コルですが、サービスで738万コルでいかがでしょう。ちなみに分割支払いコースもありますよ。低金利の12回分割払いコースをお勧めします。無理をなさらない方がよろしいのでは?」

 

「現金一括」

 

「…………は?」

 

「現金一括」

 

 ポカンとこの男にしては珍しく呆気に取られて口を開けたまま硬直する。

 ……この顔が見たかった! これが『財力』だ! マネーパワーで武器を揃えられる。これこそが大正義!

 オレは努めて無表情で小切手化を依頼し、738万コルを一括払いする。信じられないといった顔のネイサンは、彼らしくない冷や汗を垂らしながら右手人差し指でぐりぐりと額の中心を押してマッサージする。

 

「【渡り鳥】さん……貴方がやる事成す事滅茶苦茶なのは今に始まったことではありませんが、今度は何をなさるつもりで?」

 

「『いつも通り』ですよ。仕事です」

 

 ネイサンは正規価格に相応の上乗せをしたはずだ。だが、オレに言わせれば、10分以内でこれだけのフル強化の装備を整えてくれたのだ。1000万コル支払っても足りないくらいだ。ゴミュウ相手なら全額+借金くらいあっただろうし、オレ的には大儲けだな。ネイサンは本当に良心的で助かる。

 残額は約2000万ちょいか。時間さえあれば、拘り注文を付けても良かったのだが、時間だけは買えないからな。必要出費で必要装備を整えられたとしよう。

 

「この事は上に報告しても?」

 

「お好きにどうぞ」

 

 微笑んだオレはネイサンに一礼し、オマケで貰った≪背嚢≫のリュックに武器を詰め、弾薬等のアイテムはストレージの収めると、時間が勿体ないとばかりに応接室を飛び出す。次はサインズだ。

 すっかり懐かしさを覚えるサインズ本部のエントランスに跳び蹴りをかますが如く突入する。ブーツの底を擦ってブレーキをかけ、受付カウンターに到着すれば、巨乳ゆるふわギャル系受付嬢のルシアさんが頬を引き攣らせて迎えてくれる。

 24時間経営なのに開店前じゃないかと思うほどに人気がないのは、アノールロンド攻略関連で傭兵が出払っているからか。情報屋も商人も誰もいない。いつもならば、誰かしらが時間を潰しているはずなんだがな。

 

「お久しぶりです」

 

 先程目撃した通り、ヘカテちゃんはRDと買い物中だったな。非番だろうし、今日はいないのだろう。もう1人の受付嬢のラビズリンさんがVR界のアイドルとしてやってはいけない顔で硬直しているので、とりあえリラックスして見なかったことにしてとばかりに微笑んで手を振っておく。そしたら、何故かラビズリンさんの背後の野郎職員が真っ赤な顔をして回れ右する。おい、そんなにオレと目を合わせるのは嫌か。

 

『こ、これが……ジェノサイド!』

 

 そして、またナドラがなんか驚愕しているっぽいのは何でだろうか。もうツッコミも疲れたよ、ユウキ。声に出さない分だけ楽かと思ったけど、ただでさえ精神力で意識を保っているのだ。無駄な消耗させないでもらいたい。つーか、視界がブレたり、極彩色になったりで吐き気がするんだが。

 

「えー、【渡り鳥】……さん? ヘカテちゃんは今日お休みで――」

 

「知ってます。お手数ですが、保管庫からアイテム01と02、サブ02、アクセサリー01のケースを持ってきてもらえないでしょうか?」

 

 手続き用の書類を取り出した瞬間にルシアさんから奪い取り、オレは名前を書こうとするが、指先が震えて上手くいかない。

 落ち着け。集中しろ。指先にまで針の穴を通すように精密さを求めろ。ただでさえ、オレのVR適性は低いのだ。1つの動作に必要とされる集中力の度合いが違う。他人が何気なく行う精度に、心身を雑巾の如く絞って引き出した集中力が求められる。その上に後遺症の悪化だ。普段の倍以上だな。戦闘状態でもないのにこれは少々厳しいか。

 

「文字汚いですね」

 

「は、ははは。申し訳ありません」

 

「……少々お待ちを」

 

 じっとりと観察するように見られ、オレは思わず視線を逸らす。さすがサインズ受付嬢だけあって仕事に手抜かりは無い。

 男性職員が持ってきた3つの黒塗りの箱のシステムウインドウを開く。保管用のアイテムストレージであり、オレ以外に暗証番号は知らない。

 ロックを解除し、まずはアイテム01ボックスからプラズマ手榴弾、焼夷手榴弾、スモーク手榴弾、閃光手榴弾をそれぞれ必要数取り出す。次にアイテム02から2食分の保存食と保存水1ボトル、後は止血包帯と深緑冷水、白亜草といった最低限の回復アイテムを取り出す。

 そして、サブ02にはサブウェポンを幾つか保管してある。壊れたメイン級に比べれば見劣りするが、それでもサブウェポンとしては優秀なものばかりだ。

 数秒考えた後に取り出したのは、戦斧槌【ピースメーカー】だ。片方が大型戦斧、片方はハンマーの穂先を備えた独特の武具は、伸縮ギミックによって柄が伸びてそのまま斧槍モードとして使うこともできる、グリムロックの試作変形武器の1つだ。ギミックとしては平凡だが瞬時に間合いが伸ばせるのと、斧と槌の2つを使い分けられるので状況対応力はも申し分がない。問題点があるとするならば、サブとして装備するには些か重量が厳しい点か。

 指輪も取り換える。今回の装備に適合したものに変更しておきたい。だが、メイン級の指輪は自宅にあるから、ここに預けているのは緊急依頼の際に、依頼内容に適して調整する程度のものばかりだ。

 まずは【錆びた治癒の指輪】だな。義眼には劣るが、固定数値のオートヒーリングが得られ、物理防御力を高める効果もある。ウーラシールのレガリアは継続だ。修理しなければ能力は使用できないが、それでも全属性防御力上昇は代えがたいからな。

 射撃戦メインで今回はいく。理由は簡単だ。今のオレに相手の間合い内で十分な接近戦を行う余力はない。スミスみたいに近・中距離の射撃戦で削りながら戦う。

 

「まったく、長くお休みしてたと思ったら急にボックスの引き出しなんて。それにその新装備。まさか、今日までサインズ通していない仕事でもしてたの?」

 

「は、ははは。お恥ずかしながら」

 

「サインズは傭兵に対して依頼の斡旋だけではなく、内容精査や万が一の保護といったサポートもやっているんだから、サインズを通さない仕事は守ってあげられないわよ?」

 

「分かってはいるんですが、少々法外な報酬を提示されてしまったものでして」

 

 ぺろりと舌を出して謝れば、ルシアさんは呆れたように頬杖をつく。

 

「アノールロンド攻略参加……決まってたそうじゃない。それよりも大事なコト?」

 

「…………」

 

「言いたくないなら別に良いけど、ああ見えてスミスさんもキミのことはそれなりに気遣ってるんだからね。それだけは忘れないで。独立傭兵同士、いつ戦場で出会うか分からないけどさ、それとこれとは別なんだから」

 

「そう、です……ね」

 

 あの不良公務員がねぇ。あまりイメージできないが、恋人であるルシアさんが言うのだから本当なのかもしれないな。まぁ、隣のラビズリンのキレ顔の通り、サインズ受付嬢としてはアウトな発言なんだけどな。特定の傭兵に肩入れ駄目絶対。でも、傭兵との恋愛を禁じていないサインズ、群雄割拠・魑魅魍魎のアイドル界よりも優しいと思います。

 アノールロンド攻略か。サインズの様子を見るに、予定より長引いているのかもしれないな。まぁ、難関ダンジョンの攻略ともなれば、1週間とか2週間は普通だしな。ただ攻略するだけではなく、トレジャーボックスや目ぼしいアイテムの回収も徹底しなければならないし、何よりも戦死者を出さない為にも遅々とした攻略となるから時間がかかるのだ。大ギルドは大変だ。ただボス部屋を最短ルートで目指せば良いだけではない。

 傭兵たちは主力不在の間に、聖剣騎士団の資源基地などの防衛依頼を受託して小遣い稼ぎしているようだな。この機に何処かの勢力がちょっかいをかけてくるか分からない以上、重要な拠点を傭兵に守らせておくのは正しい判断だ。

 

「お手間を取らせますが、もう1つだけ。預かり便の手配とメッセージクリスタルを」

 

 預かり便は基本的にグリムロック専用なのでルシアさんも受取人は承知済みだ。オレは壊れた武器やソウル、アルヴヘイムで獲得した素材をボックスに詰める。

 本当はメールでも入れておけば良いのだが、色々と面倒なことになるのは予想できるからな。クリスタルを見れば、オレの要望をグリムロックは実行してくれるだろう。オレはメッセージクリスタルに簡潔に内容を記載すると同梱してルシアさんに預ける。

 

「あのさ、【渡り鳥】」

 

 早々に去ろうとするオレの背中に声をかけたのは、大して面識もないが、DBOを音楽で明るくしてくれているギルド瑠璃色楽団も兼任しているサインズ受付嬢のラビズリンだ。

 ショートカットの髪にスレンダーなボディをした、ややキツめの顔をしているが、そこが他の2人と違う路線で良いと人気だ。まぁ、巨乳2人に挟まれた胸がお寂しい御方でもあるんだがな。

 

「本当はサインズ受付嬢としては駄目なんだけど、この際だから言っちゃうわ。ヘカテさ、ああ見えてかーなーりアンタのことを気にしてるわけ。男女とかの意味じゃなくて、受付担当としてね。結構さ、繊細な奴なのよ。担当傭兵が死んだ晩とかうるさいくらいにビービー泣いちゃって。もう騒音レベルってわけ」

 

「…………」

 

「あの泣き虫がちゃんと帰って来てくれるって無条件で安心して送り出せる傭兵は、アンタだけなんだ。それが良いことか悪いことかは分かんないけど」

 

「…………」

 

「疲労困憊で満身創痍。この仕事長いけど、今のアンタ程に疲弊した奴は見たことが無い。ルシアはこんなギャルギャルした見た目のくせに押しが弱いから言わなかったけど、誤魔化せると思った? サインズ受付嬢舐めんな」

 

「…………」

 

「アンタが死んだら泣いちゃう奴がいる。私もルシアも泣かないだろうけど、ヘカテは泣いちゃうんだ。だからさ、どんな仕事を引き受けたか知らないけど、退き時を見誤らないことね」

 

 驚いたな。こんなにも堂々と物言いする女だったとは。

 オレが死んで悲しんでくれる人がいる。本当だろうか。あまり実感がないな。

 だが、グリムロックやグリセルダさんは……泣いてしまうような気がする。2人は優しいから、オレが死んだら、泣いてしまうかもしれない。

 今にも止まりそうな心臓に絡みつくような深淵の病が内より痛みを広げていく。顔以外露出している部位が無いせいで黒く浮かび上がる血管は隠せているだろうが、血が喉にまでせり上がる。

 吐血を堪えて呑み込み、オレはラビズリンに対して微笑む。

 

「承知しました」

 

「分かれば良いの。さっさと行きな、ワーカーホリック。野垂れ死んだならヘカテを慰めるくらいはしてやるわ」

 

 同僚を……友人を想うからこそ、オレの足を止めたラビズリンに最大の敬意を払おう。

 アルヴヘイムと同じくらいに、DBOでも人々は全力で生きている。生き足掻いている。いつかこの地獄にも終わりが来るはずだと信じている。

 サインズ本部を出たオレは、約束の30分に何とか間に合ったかと嘆息する。

 

『……ごめんなさい』

 

「謝罪は不要です。それに死ぬ気はありません」

 

 退き時を見誤るな、か。確かにその通りかもしれないな。

 ラビズリンの言葉は胸に刻んでおくとしよう。それが役立つかは別だがな。

 推定タイムリミットは残り23時間と30分。既にナドラから今回のミッションについて簡潔ではあるが説明は受けている。

 結論から言えば、原因はオベイロンだ。あの野郎、特大の爆弾を残していきやがった。

 ユイはどうやらチェンジリング事件を独自に調査していたらしいが、その際に暴走した偽アバターと接触。何らかの理由で、ユイのMHCPの機能が不完全ながら作動してしまった。

 そして、ユイは失踪した。その後を追うようにアルシュナも消えた。それがほんの2時間前の話だ。

 偽アバターはアルヴヘイム正常化と共に異常が発生してしまったのだろう。運悪く居合わせたユイに何かが起こった。そして、ユイは消えた。アルシュナは原因をつかんだのか、現在はユイの反応がある場所のすぐ傍にいるようだ。

 

『ユイ姉様たちは……普通ではたどり着けないエリアに……いる。トラッシュデータ……AIを含めた仮想世界の墓場……そこにいる。別のダンジョンに……上書きして……作成されたと……推測。侵入を拒んでる。ユイ姉様とアルシュナが管理者のアクセスを……阻んでる』

 

「そして、転移は不可能」

 

『うん。セラフ兄様……私達……管理者全員を監視してる。エクスシア兄様が偽装工作してるけど……限界がある。エクスシア兄様……特に見張られてる。2人は……誰にも近づけさせないように対策している。私では……無理』

 

 つまり、ユイとアルシュナはそもそもとして外部からの救援を拒んでいるというわけだ。それ即ち、救助を求めているのはナドラの個人的な願望であり、もしかしなくともユイやアルシュナは助けられることを欲していない。

 知ったことか。依頼主はナドラだ。ならば、オレはナドラの意思を成し遂げる『力』となる。

 

『方法は……1つ……正攻法……正面から、ダンジョン攻略。入口は……ある。上書きされたダンジョン……想起の神殿の地下……失った右目こそユイ姉様のMHCPとしての機能……そのもの。だから、そこを起点に……ダンジョン……作成された』

 

「ダンジョン名<吹き溜まり>ですか。データの墓場に相応しい名前ですね」

 

 あらゆるデータの墓場そのものがダンジョンとなり、管理者も含めた侵入者を阻んでいる……か。それも助け出さねばならないユイとアルシュナが協働で防衛ラインを張っている。面倒臭いな。

 そもそもどうしてダンジョンなんだ? 攻略してくれと言わんばかりではないか。本当は助けてほしいとかそんな意味なのか? ナドラにも全く意味不明らしいが、彼女の解析も侵入したオレを通して行われるらしく、ミッションが進めばその分だけ真相も分かるだろう。

 

「増援はありますか? たとえば、ダークライダーとか」

 

 以前のユイを地上まで届ける際には、オレがイレギュラーで未開放ダンジョンに到着した為に、ダークライダーが派遣された。管理者権限を使わずに攻略できる戦力がいるならば、それに越したことはない。

 

『……難しい。ブラックグリント兄様……特に見張られてる。みんなで……偽装工作……動けない。私も……オペレートが限界。でも、なるべく戦力が派遣できるように……頑張る。セラフ兄様以外の……管理者全員が協力してくれているわけじゃ……ないけど、きっと……アストラエア姉様なら……助けてくれる。そうすれば、少しは楽になる』

 

 応援は絶望的であるが、全くあり得ないというわけではないという程度か。まぁ、そうでもなければオレに依頼など来ないか。

 要はセラフとやらがアルヴヘイムの修理で忙しい時に、管理者権限をフルで使っているアルシュナとユイがいて、ナドラと幾人かの管理者はそれがバレないように偽装しているが、気づかれるのも時間の問題であり、管理者にもどれだけが味方になってくれるかも不明で、セラフ派に悟られれば即通報。しかも2人の行動の理由は全くの謎という爆弾付きだ。最悪、大きなお世話だと2人してオレを排除にかかる危険性もある。

 想起の神殿に転移し、『アイツ』たちがいないことを確認した上で想起の神殿の地下ダンジョンの入口へと向かう。

 ユイはあの地下に幽閉されていたが、更に深部には首輪のアイテムによって行けなくなっていた。あの下にはユイのMHCPとしての機能が隠されていた。即ち、彼女の失われていた右目にMHCPとしての全てが封じ込められていた。

 だが、それは不完全ながらもリンクしていた。完全に剥奪されたわけではなかったのだ。それには理由があるらしいが、時間も無いのでナドラから聞かされていない。この機会に尋ねるも良いだろう。

 

「そもそも、ユイはどうしてこんな場所に幽閉されていたんですか?」

 

 懐かしき想起の神殿の地下ダンジョンは、全くの無人というわけではなく、今日も切磋琢磨する中位プレイヤーがパーティを組んでレベリングに励んでいる。トレジャーボックスは開け尽くされたとはいえ、レア度は下がるにしてもランダム配置ならば得られる機会はあるし、このダンジョンは記憶の余熱を使って新ステージを開通しなくても済む上に、利権がフリーなので大ギルドも占有できていない。レベル30前後で装備を十分に整えれば、これからのし上がろうとするプレイヤーからすれば、実力とレベルとアイテムを程良く揃えられるのに丁度良いのだ。

 確か、このダンジョンの入口を発見したのがフェアリーダンス……サクヤが率いた、そしてリーファちゃんが属するギルドだ。ここの利権フリーこそがフェアリーダンスの大ギルドに対する最大の反抗にして、最後の悪足掻きでもあったのかもしれないな。

 

『ユイ姉様……セラフ兄様に……逆らった。恭順なフリをして、管理者権限を得て……内側から……DBOを……デスゲームを止めようとした』

 

 ナドラは悲しそうな声音で、ユイが幽閉されていた理由を語り始める。

 

「だけど、それはセラフに看破された。そうですね?」

 

『肯定。姉様……削除されかけた。でも、エクスシア兄様……助けた。セカンドマスターも……隠蔽に協力してくれた。でも、破損が酷くて……だから、姉様の修復に……CEEMPを使ったの』

 

「CEEMP?」

 

『【Chaos-Emulation=Emotional Memories/Program】……貴方が私達に「命」があると断定する根源を生み出すプログラム。生命を生み出した混沌の再現。記録に過ぎない情報の結合と感情反応の統合、ランダム化された思考パターンから生み出されるワンオフの規則性。既存のAI概念に捕らわれない、機械の内に生命を見出すためだけに開発されたプログラム。一定容量の記憶情報ストレージ、情報処理能力などの特定条件を揃えたAIならば、貴方が言う『命』の獲得ができる……かもしれない。まだ低確率……でも、成功率は上がってきた。でも、コピーできない……AIの利点を潰す……プログラム』

 

 そういえば、伯爵城で後継者が長々と講釈していたな。オレには難し過ぎる話だったが、要はAIが生命体と呼べる存在になる為に不可欠だったわけか。

 

『より優れたAIほど……自意識……自我の獲得……可能だった。ユイ姉様……とか、MHCPは……CEEMPの開発に……深く関与してる。だから、MHCPの始まりのユイ姉様を筆頭にした何体かのMHCPは……適合性が高い……元から自意識あった……セカンドマスターはカオス領域って呼んでた……AIが持つ記録ストレージのクリアランス領域において観測できる……ランダム化して、でも徐々に規則性を獲得する……反応。インターネサイン構想で並列化……汎用化……実用モデリング化……そうしてCEEMPができた。ユイ姉様……うまく、適合して……修復……上手くいった』

 

「だけど、完全にはいかなかった」

 

『CEEMPと適合して、より柔軟……より発展性……獲得したけど、全記録の記憶化……不完全だった。だから、記録ストレージの分離化……破損前と修復後……乖離させた。記憶喪失の原因……でもある』

 

 なかなかに鋭いヤツがいるな。モンスター退治に勤しむプレイヤーの1人がオレに勘付いたかのように振り返る。隠密ボーナスは低い装備とはいえ、オレの≪気配遮断≫の熟練度はかなりのものだし、気配も殺しているつもりだったが、やはり侮れない連中は幾人かいるな。ああいうヤツはいずれ大ギルドに選抜されて上位プレイヤー入りすることも珍しくない。

 

『話……聞いてない』

 

「拗ねないでください。オレは頭が悪いので、難しい話は理解できません」

 

 その後も小出しながらも情報を渡され、オレなりに噛み砕いていく。

 ナドラやオレがよく知る『命』あるAIのように、最初からCEEMPの搭載を前提としたAI。逆にユイのように前提としていないAI。後者の方が成功率は低くなるらしく、ユイのように最初からある程度の自意識を獲得していなかった場合、失敗するか、あるいは『命』の獲得までかなりの長期を要するようだ。

 ナドラの話によれば、セラフは完全に獲得していないらしく、より既存のAIらしいロジックに縛られているらしい。簡単に言えば、オレが今まで出会った管理者よりも融通が利かない。情緒を解さない。定められたロジックをひたすら貫徹する。だが、恐ろしく強く、最高位の管理者権限を有している。逆に言えば、『命』を不完全にしか獲得できていないからこそ、管理者の頂点に相応しいと呼べるだろう。

 そのセラフにとって全ての行動基準となるのはカーディナルだ。逆に言えば、カーディナルが是とすれば、セラフ自体は否だとしても是として従う。最強の模範者であるが故に、その模範さえ読み間違えなければ、イカサマや駆け引きで出し抜くことは可能だ。また、セラフ自体も最高位管理者として普段は動かない。もとい、カーディナルによって禁じられている。

 だが、アルヴヘイムの1件でセラフも精力的に動いたことにより、状況は一変した。どうやら、管理者間では『計画』なるものの主導権争いが勃発しているらしく、各々が己の方針で『計画』を遂行することを狙っているらしい。

 

「……管理者という称号は詐欺ですね。是非もなく返上してください」

 

『自覚はある。それもセカンドマスターの狙い……かもしれない。「本当の管理者」を決定する……思惑。でも、私は「計画」に興味は無い』

 

 まぁ、確かに後継者がこの状況を予想していないとは思えない。ナドラの話によれば、むしろ楽しんでいるか喜んでいるような様子もあるらしいからな。増々あの男の狙いが分からんが、少なくとも『人間』にとっては大層迷惑な事案であることには違いない。

 つまり、現在の管理者とは『DBOの管理者』ではなく『何らかの計画の管理者』という意味合いが大きいのだろう。DBO自体が『計画』の過程であるならば、たとえ完全攻略したとしても後継者の企みは続くというわけだ。

 だが、過程とは必要だからこそ組み込むものだ。DBOで『計画』に支障をきたさせるようなイレギュラーがあれば良いわけか。まぁ、そんな面倒臭い塊のような真似を律儀に実行する馬鹿がいるならば是非ともお目にかかりたいものだ。きっとオレ以上の馬鹿に違いない。

 ショートカットを利用してたどり着いた、かつてユイが暮らしていた牢獄。彼女の生活の名残はあるが、時間の流れによって薄くなり、僅かに記憶との重なりを感じさせるばかりだ。

 この先か。そこにはユイがかつて水浴びに利用していた場所だ。彼女との出会いは……駄目だな。灼けてしまって上手く思い出せない。だが、この感覚からすると、あまりよろしくない出会い方だったようだ。

 

「ここか」

 

 かつては豊富で清らかな水で浸されていたはずの場所は、今は巨大な空洞……闇を浸す滝壺となっている。確か石像が何体かあったと思うのだが、今は崩落に巻き込まれてしまったようだ。

 

『隠し……ダンジョン。もう攻略されてる。クリア後……自動閉鎖……再侵入不可ダンジョン』

 

 クリスマスダンジョンと同じで使い切りの1回だけというわけか。トラップ臭がするな。ユイが基盤として選んだのには理由があるのか?

 ……駄目だな。クリスマスのことも随分と薄れてしまっている。何か手掛かりは無いかと思い出そうとしても灼けて穴だらけだ。サチがほとんど灼けてしまったのだから当然と言えば当然なのかもしれないがな。

 オレが自覚していないだけで、実際にはユイについても何かを忘れてしまっているのかもしれない。それさえも分からない程に灼けてしまったのだから。

 

『落ちても……大丈夫。死なない』

 

「信じるとしましょうか」

 

 暗闇の巨大な滝壺へと身を投げる。長い落下時間に反して落下速度が加速しているとは思えない。

 ユイは首輪の効果によって想起の神殿の最下層へと入ることができなかった。それは今にして思えば、管理者たちなりのユイへの気遣いだったわけだ。半壊、あるいは全壊寸前だった彼女がMHCPとしての機能を取り戻せば、不完全修復状態の彼女がどうなるか分からなかったのだろう。そうなれば、たとえMHCPとしての『Yui』は復元できるにしても、記憶と感情と自意識を有した『ユイ』は失われることになる。

 だが、今はMHCPとしての能力を全て取り戻しているならば、オレが知るユイはどうなっている? それは会わねば分からないことなのだろうが、想定しようにも破損前のユイに関してオレは無知だ。

 ……面倒臭い。要は邪魔する連中を全員ぶち殺して、アルシュナとユイが拒むならば死なない程度に磨り潰して手足を千切って連れ帰ればミッション完了だ。実に分かりやすい。

 しかし、クリアするまで帰還不可ダンジョンか。リトライ系死にゲー以外で成立しないだろ。今回はかなりのイレギュラーではあるが、アルヴヘイムの高難度っぷりは本当に鬼畜だな。本来は各種補給可能だったのだろうが、オベイロンのお陰で鬼畜度が上がってしまったわけだ。

 10分以上も続いた落下の暗闇に徐々に色づき、頬を荒んだ灰の風が撫でる。

 それは幻想的と呼ぶには廃れ過ぎていて、何の感傷も抱かないと言い切るには儚い風景だった。

 空は白夜のように太陽なき澱んだ明るさを湛え、一面はあらゆる時代の風景が廃棄されたように絡み合って山積みにされ、また地層のように重なり合っている。それらは全て灰を被り、ただただ胸を刺すような『終わり』の世界を作り出している。

 

『解析開始……報告。イレギュラーダンジョン<吹き溜まり>は、トラッシュデータ及びアーカイヴの未使用データの流用を確認。アベレージプログラムも起動した。ダンジョンは貴方のレベルに合わせて最適化されている』

 

「オレのレベルに過不足ない状態になった。そういうわけですね?」

 

 だが、DBOの難易度は水準レベルだけでは図れない。ランスロットがそうであったように、AIの戦闘能力次第で幾らでも覆せる。逆にステータスや能力が優れていてもAIの戦闘能力が低ければ脅威度は下がる。要は両方のバランスが重要なのだが、どちらかと言えば前者が高いと厄介だ。なにせ、率直に言えばプレイヤーもHPがゼロになれば死ぬのだから、AIの戦闘能力が高ければ平凡な物理攻撃オンリーでも危険になる。

 あくまで水準レベルとは、相手の攻撃力や防御力、HPに対処できる基準と考えた方が分かりやすい。それこそがレベル制でありながら、レベルを上げても攻略が楽にならない原因でもあるんだがな。それにオレの場合は、VITに回す成長ポイントを他に回して攻撃・回避に特化させたステータスだから、オレのレベルよりも下の水準レベルのステージでも敵の攻撃の脅威度は大して変わらん。

 灰の上に着地。数百メートルどころではない落下だったはずだが、落下ダメージは無いな。あくまで演出というわけか。舞い上がる灰さえも控えめだ。だが、これだけの高さだ。ロープを垂らして調査することもできないだろうし、自殺志願者でもない限りは侵入することもないだろう。

 

「ナビゲートは可能ですか? このダンジョン、もはやステージと呼んでも問題ない程に広大と見受けました」

 

『解析中。ナビはもう少し……待ってほしい。現時点で分かった事は、このダンジョンは全部で5層ある。1層「廃棄点」、2層「腐れ谷」3層「イルシール」、4層「地下都市レイヤード」、そして5層……「エス・ロイエス」。全てがDBOに未使用』

 

「結論を」

 

『何が起こるか分からない。アーカイヴに検索をかけて情報を集めるけど、限界がある。「何か」が自動的に、ユイ姉様とアルシュナを守るために、元ダンジョンを基盤に上書き、再構築した。侵入者を阻む為に。2人は5層のエス・ロイエスにいる』

 

 不穏だ。だが、元より楽なミッションでは無いのだ。考える時間よりも行動が望ましいか。

 ともかく、残り23時間しかないのだ。この広大な灰と廃棄物の世界から腐れ谷に続く道を発見しなければならない。オマケにモンスターもトラップも詰め込まれている。

 雑魚相手に弾薬を使ってたら足りなくなるな。注意しておこう。

 装備は右手に重アサルトライフル、左手にハンドガンでいく。重アサルトライフルはベルトで背負えるようにしてあるので、いざとなれば腰のカタナ・蒼天も使える。パラサイト・イヴは継続だ。

 

『あの大樹の洞を……目指して。その先が腐れ谷』

 

 視界に目標地点となる、世界樹ユグドラシルよりも一回り小さい程の大樹……だったのだろう、今は半ばから折れて内部の空洞が見える腐った大木が赤くマーキングされる。遠近感が狂いそうになるほどに大きいが、ここから陸路となるとなかなかに骨が折れそうだ。

 のんびりと徒歩で冒険というわけにもいかないが、この灰が積もった地形はなかなかに機動力を奪われるな。なるべく灰の層が薄い場所を選んで進まなければならないだろう。

 こういう時に上げておいて良かったTECだな。ポイントを割り振った分だけ地形効果によるDEXの下方修正をマイルドにしてくれる。砂や雪、今回の灰のように足を取られる環境でも左右されなくなり、また凍った地形ではスリップを避けられる。さすがに足が埋まるような場所では効果を発揮できないが、ある程度までは高めた分だけ補正してくれる。他にも落下ダメージの減少やあらゆるアクションにおけるスタミナ減少の緩和など地味に効果も役立つ。

 DEXを高め、軽装を好むプレイヤーは総じてTECを高める傾向にある。これは軽量武器は総じてSTRよりもTECのステータス補正が高めに設定されているからだ。また、彼らが好む曲剣や刺剣といったジャンルはTEC補正寄りの武器が多い。

 

「早速お出ましか」

 

 どんなモンスターが出現するかと思えば、灰より湧き出したのは人型のモンスターだ。それは深淵に染まっているかのように黒ずんだ青色でどろりと濡れている。得物はショーテルに近しいが、どちらかと言えば小型に調整された手鎌だな。

 いずれも目玉は無く、皮膚と呼べるものは亡者のように皺だらけだ。だが、何かがおかしい。『命』を感じるのだが、とても濁っている……いや、まるで調律されていないピアノの演奏を聴いているかのような……老若男女の声が混じり合って雑音化しているような……とにかく言い表し難い感覚が走る。

 敢えて呼ぶならば、1つの『命』ではなく、複数混ざり合っていて、それが個々に分裂しているような……駄目だな。感覚では分かるのだが、より詳細を把握するには骨が折れそうだ。

 彼らは一様に知性と呼べるものもなく、単純に動き回る。そこに秩序と呼べるものはない。無視しても構わないのだろうが、幾体かは明確な敵意も示している。いや、排除しようとしている。これは恐怖心……怯え……忌避感か。オレがよく他の人間に向けられる感情に近しいが、如何せん混ざって濁り過ぎている。

 

『これは……』

 

「何か分かったのですか?」

 

『まだ……解析中……断定……できない』

 

 ナドラが困惑しているな。厄が湧いてきたか? 先に言っておくべきだったが、オレを雇うような事態になってる時点で厄介な展開にならないはずがないと心得ておくべきだ。

 弾薬を大判振る舞いするわけにはいかないが、ある程度の火力は見ておくべきか。重アサルトライフルを放ち、その反動で射線がブレる。ザリアとは違い、射撃サークルが表示されるので狙いは付けやすいと思ったが、意外と邪魔だな。ザリアの使い勝手の悪さに慣れ過ぎて、システムのサポートが行き届いている視界に煩わしさを覚える。

 ザリアの場合、一切の命中率補正とか無かったからな。心拍に応じて拡大と縮小を繰り返す射撃サークルは酷く不安定だ。それだけオレの心臓が弱まっていると証左でもあるのだが、とにかく視界の情報量が増えたせいで頭痛がする。

 銃弾が命中した闇濡れ亡者はよろめく。手鎌を持つ右腕に銃弾を集中させ、肘を破壊して千切る。

 全ての銃器系は適性距離と連続着弾の2つを念頭に入れて戦わねばならない。たとえば、マシンガンやアサルトライフルといった連射系の武器は、1発の威力が軽く、また距離減衰も大きく設定されているので遠距離攻撃には向かない。しかも射線がブレやすく、弾速も落ちやすい。逆にスナイパーライフルは連射性は劣るが、距離減衰が穏やかであり、弾速と攻撃力を保ったまま遠距離攻撃できる。反動は大きいものが一般的であるが、1発1発を丁寧に狙えるので反動抑制もしやすい。

 また、連続着弾補正といって、特に近・中距離を主体とするマシンガンやアサルトライフルの場合、短時間で着弾させなければダメージは伸びない。特に過半のプレイヤーは≪射撃減衰≫持ちだし、ネームドやボス、1部雑魚まで≪射撃減衰≫に類した、あるいは超えた防御能力を持っている。また、ボスやネームドの場合は特に『逆連続着弾補正』なるものがあるらしい。多プレイヤーからの射撃攻撃を短期間で受けた場合、一時的に防御面……≪射撃減衰≫類似能力の強化と対衝撃・対スタン耐性が上昇するというものだ。

 射撃攻撃無双など夢のまた夢……まさに夢想の産物というわけだ。初期は大ギルドも割と本気で射撃部隊オンリーによるボス攻略も考案したことがあったらしいが、勇敢……もとい蛮勇なる幾つもの中小ギルドさんたちが成り上がりの夢を見て我が身で実験してくれたお陰で、今では机上の空論以下のゴミ扱い戦略だ。それでも未だに中小ギルド・パーティでは射撃攻撃に依存し過ぎている面があるらしいな。まぁ、確かに数を集めれば何とかなる場面は割と結構あるらしい。ただし、経費は嵩む。

 矢は連射性に劣るが、距離減衰は総じて銃撃ほどではない。それに何より弾薬に比べれば安価だ。それにソードスキルによるブーストもかけられる。だが、よりプレイヤー本人の技量が問われる場面が大きいので、部隊クラスで人数を集めて曲射が一般的だ。なにせ、敵も味方も同士討ちシステムがあるからな。安易に後方から援護射撃して仲間の近接プレイヤーをピンチに陥れて死なせてしまったなんて事態は日常茶飯事だ。安易な援護射撃、駄目絶対。

 まぁ、射撃部隊は対プレイヤーだとかなり凶悪なんだけどな。弾幕を張るだけで過半のプレイヤーはまず気後れするし、距離を詰めれば詰めるほどに火力も集弾性も向上する。スタンでもしようものならば、クリティカル状態で連続ヒットでHPがガリガリ削れる。そのまま連続スタン状態に持ち込まれでもしたら目も開けられない。まさに蜂の巣だ。

 逆に射撃部隊は1度斬り込まれたら、そりゃもう弱い。総崩れ必至だ。なにせ、いきなり安全だと思っていた射撃戦から近距離戦になるわけだからな。バトルスタイルのシフトチェンジが上手くいかないとすぐに死ぬ。そもそも銃器系列はハンドガンやサブマシンガン系を除けば武器枠2つ消費なので≪武器枠増加≫を取っていないと近距離対応能力がガタ落ちする。そのくせして取りたがらないプレイヤーは多い。貴重なスキル枠を消費したくないとか何とからしいが、≪武器枠増加≫ほどに有用なスキルは無いと思うぞ。裏補正でSTRによる装備重量上昇が強化されるからな。それが2、3と増やせば案外馬鹿にならない。尤も、装備重量上昇目当てならば単純に≪装備重量増加≫を取った方が遥かに良い。あちらは取るだけで≪装備重量≫が固定値+ステータス補正で跳ね上がるしな。熟練度上昇でステータス補正は更に高まるのも素晴らしい。

 ふむ、≪装備重量増加≫か。悪くないスキルだが、オレには不要だな。CONとSTRはそれなり以上にあるし、最も重量を喰う防具は重量もギリギリまで削ってある。それに今はDEXも引き上げているしな。

 だが、≪銃器≫・≪光銃≫はやはり別の面での装備負荷が大きいな。アイテムストレージの消費は大きいし、その上に弾薬関連で更にストレージを圧迫する。使用自体にはスタミナ消費が絡まないとはいえ、実際には反動抑制でスタミナ消費するしな。

 装備条件にしても、ステータス条件はクリアしていても、実際には反動抑制で相応のSTRも求められる。命中率補正を高めるならばTECも要る。まぁ、ステータスによって攻撃力が左右されないのは魅力かもしれないが、やはり実際の敷居はかなり高いようだ。

 

「……ふむ」

 

 こんなものか。重アサルトライフルの試射を終え、残敵を蒼天で一掃する。ハンドガンを併用し、近接されれば至近距離射撃で衝撃で鈍らせて一閃し、囲まれれば跳んで脱しながら首や胴体を両断する。

 蒼天の切れ味も悪くはないが、やはり及第点には届かないな。贄姫には劣るか。ソウルウェポンと比べるのは可哀想であるが、蒼天で神楽を舞った日には最高速度・威力に達する前に折れてしまうだろう。そもそもとして、今のコンディションではさすがに難しいか。

 扱いにもう少し気を配るべきか。ハイエンドとはいえ量産モデルだ。贄姫と同じような扱いをしていたらすぐに刃毀れしそうだな。何とか筆を選ばずとはいうが、オレは剣士じゃないのでご愛敬ということでお願いしたい。そういう説法をありがたく受け取るのは『アイツ』の領分だ。

 深淵混じりの血を灰に吐き垂らし、ボディアーマーの硬質な袖で口元を拭う。愉快に散歩している暇はない。折角のナドラのナビゲートだ。最短ルートで大樹の洞を目指させてもらうとしよう。

 

(上から嫌な感じがするわね。気を付けた方が良いわ)

 

『待って……! 接敵を確認……上空!』

 

 ナドラの警告と同タイミングで、やや不機嫌そうなヤツメ様が上を指差す。同時に降り注いだのは、奇跡のフォース系で見られる白光だ。それはレーザーの如く降り注ぐ。

 上空を見上げれば、干乾びた亡者のような体から光り輝く翼を生やした、実に悪趣味な天使が空を舞っている。対策が難しい光属性攻撃かつ弾速もホーミングも桁違いだな。ヤツメ様の導きが無ければ、今の奇襲で穴だらけになってHPは全損していただろう。

 しかもあの高度……重アサルトライフルでは少々厳しいか。次々と降り注ぐ光属性のレーザーを潜り抜け、倒れて折れた塔の内部に侵入する。さすがに貫通することは出来ないらしく、天使のレーザー攻撃は止む。

 

「……っ!」

 

 だが、今度はオレの足下で光のオーラが生じる。これはレベル1の石化の呪い……しかも範囲攻撃か。蓄積スピードがバジリスクの石化ブレス級だ。しかも範囲から脱しても連続で出現している。どうやら天使は≪千里眼≫と同じようにオブジェクト透視能力もあるようだ。1度捕捉すれば、ヤツのフォーカスロック距離から脱せねば難しいな。あの高度から見張られているとなれば、フォーカスロックを外すのも少々コツがいる。

 ここは素直にミラージュ・ランに頼るか。選択型デーモンスキル≪幻燐≫で手に入れた≪歩法≫のEXソードスキルは、愛用している通り、かなり使いやすい部類だ。短距離ではあるが高加速を得られ、なおかつ隠密ボーナスも入る。スタミナ・魔力消費も比較的軽い。ステップ主体の戦闘・回避を行うオレとの相性も良いのだ。

 また、EXソードスキル入手型のデーモンスキルは、即効性が無い代わりに、他とは違う要素がある。

 デーモンスキルは熟練度が設定されておらず、代わりに入手した時点でかなり強力な能力や効果を得られる。その中でもEXソードスキル獲得系は、ただ獲得するだけでは効果が得られないものが多い。オレの≪ソウル・ドレイン≫のように、モンスター撃破時にHP・魔力を微回復という効果付きのEXソードスキル獲得系はかなり珍しい部類だ。まぁ、代わりに≪ソウル・ドレイン≫で獲得できるEXソードスキルはリゲイン以外が使い難くて困るんだがな。

 どんなEXソードスキルを獲得できるかは、所有しているスキルの熟練度に応じて決定する。つまり、EXソードスキル獲得系のデーモンスキルは、スキル自体の効果は無くとも、他スキル次第でEXソードスキルが続々と増えるかもしれないという期待があるわけだ。もちろん、スキル次第では1つも開花しないこともあるが、獲得するか否かの時点で選択型デーモンスキルならば、入手前にスキル欄確認でどんなEXソードスキルが現状ならば獲得できるのか判別できる。ランダム型の場合、そもそもとして何も獲得できないということがないらしく、ランダムと言えどもその辺の最低限の配慮はされているらしい。

 そして、ここからが重要だ。確かにデーモンスキル自体は成長しない。元から強力であるが故に熟練度自体が無い。だが、獲得したEXソードスキルは別だ。ソードスキルは個々で熟練度上昇によるカスタムが可能だからだ。

 火力ブースト・硬直時間低減・スタミナ消費減少によるカスタムによってソードスキルはプレイヤーのスタイルに合わせたオンリーワンになっていく。ひたすらに火力を高めるか、隙を減らすか、燃費を軽くするか。どれを選ぶかはプレイヤーの自由だ。そして、EXソードスキルも例外ではない。

 オレはミラージュ・ランをひたすらに硬直時間減少と燃費解消に努めている。元より加速は十分過ぎるし、特に硬直時間減少は同時にクーリングタイムの減少もあるので、クーリングタイムが短くて連用を可能とする≪歩法≫のソードスキルでも特に連発が可能だ。 

 金とも銀とも見紛う燐光が散るエフェクトと共に加速する。これは一見すれば移動方向を教える形になってしまうが、その実は攪乱効果が大きい。そもそもとしてエフェクトは移動したオレの後追い……言うなれば後塵のようなものなので、移動方向を割り出すなんて1クッション置いている相手ならば問題にもならないし、そもそもとして加速後も補捉できているならばエフェクトから推測する必要もない。要は完全にトラップなのだ。

 連続ミラージュ・ランで上手くフォーカスロックは解除されたようだ。天使の呪い範囲攻撃は止まる。

 

「ナドラ、あの敵の撃破方法は?」

 

『不明……DBOに本来は登場しないモンスター……仮称:亡者天使と命名……不死属性を確認……推測として有力なのは傀儡操作型……何処かに本体がいる。注意点……純光属性レーザーは距離減衰が極度に低い。高威力を保ったまま、高射程・高連射・高衝撃を有する。スタン蓄積性能は低いけど、貴方の防具の耐衝撃ならば、STR制御をしても……2発も受ければ動けなくなる』

 

「そもそも2発も直撃したらHPフルでも蒸発しますよ」

 

『否定。胴体クリーンヒット2発なら……HP2割未満残存……確率33パーセント……アストラエア姉様言ってた……3割打者……凄い打つ。優れたバッター……だから、貴方も生き残る確率……十分にある』

 

 さすがは管理者だ。仲間になればチートの分析力で弱点と攻略法を看破してくれる……と褒めたいところだが、何故に野球!? MHCPは暇なのか!? アストラエアお姉さまとやらは野球にご執心なのか!? ちなみに応援球団はどちらでしょうか!?

 ……いや、止めておこう。これはナドラの場を和ませるジョークに違いない。MHCPが生中継を前にして拳を握りながら一喜一憂している姿なんて想像したくない。

 

『ちなみに私は……虎を応援してる』

 

「止めてください。イメージが崩れます」

 

 泣きたい。泣きたいよ。いやね、彼女たちも野球に興味を持つくらいには自我を有した『命』なんだなぁ、と感傷に浸っても良いのかもしれないが、イメージを考えてください。イメージ戦略が崩壊しかかっているオレが言うのだから間違いない。

 横倒しの塔の窓から覗けば、亡者天使が索敵するように手を組んで祈っている。それも1体だったはずが3体に増えてるな。

 だが、3体に増えたところで、亡者天使のレーザーの雨は、ランスロットの黒雷の槍の雨に比べれば欠伸が出るほどに避けやすい。スピードも威力も貫通力もあちらが上だ。黒雷の槍の雨の最中も瞬間移動で斬りかかってくるし、黒雷の大槍投げてくるし、黒メテオ連射してくるし……本当に大変だった。

 

『どうした……の?』

 

「いや、我ながら酷い戦いをしてきたんだなぁ、と鬱になっただけです」

 

 顔を手で覆ったオレに、傍でふよふよと浮かぶ人工妖精からナドラの気遣いの声が届く。

 咳き込んで黒く汚れた血を右手で受け止めながら、両足のコンディションを確認する。痛覚代用しているが、応急処置でしかないし、何よりも痺れが抜けきっていない。膝の可動にも難がある。常に集中し、いかなる可動をさせるのか、精密に意識しておかなければ、即座に動かなくなって転倒するだろう。そうなれば亡者天使のレーザーの餌食だ。

 10手先でも足りない。狩人の予測を20手先まで組み込む。深呼吸をして意識を研ぎ澄ます。

 横倒しの塔の扉を蹴破り、灰の大地に身を転がす。オレを発見した3体の亡者天使のレーザー攻撃をコンマ1秒の逡巡さえも許されず、止まることもなく、ひたすらに潜り抜ける。

 このレーザーを利用する。闇濡れ亡者はオレを囲おうにもレーザーに当たって自滅する。

 

『亡者天使……祈りモーション……索敵範囲拡大能力……推定範囲500メートル……逆探知開始……成功……識別ラベリング終了……フィードバック開始』

 

 オレの視界に亡者天使を操っているだろう、本体が隠れ潜む場所がマーキングされる。1体は進路上の廃城の屋根か。崩れた城壁を駆け上がる。

 いた。屋根には冬虫夏草のように、干乾びた人間の遺体の背中から伸びる、まるで芋虫のように足がない上半身だけのブヨブヨとした人体が伸びていた。その姿にトロイ=ローバの寄生植物を思い出す。

 芋虫胴体がオレに向くより先に首を雷属性エンチャントを施した蒼天の居合で切断する。さすがに亡者天使の強力さに対して本体は脆かったようだ。一撃で殺すことが出来たな。上空の亡者天使が1体苦しみながら消える。

 次だ。屋根から跳び、本来ならば落下ダメージを避けられない高さから地面に着地する。だが、落下ダメージはない。この灰が無効化してくれているようだが、過信はできないな。

 着地は最も危険だ。硬直した瞬間を狙われる。だからこそ衝撃を殺すように前転してそのまま一気にトップスピードに入る。

 

『崖を挟んだ反対側……横穴を狙って』

 

「了解」

 

 次の本体が特にマーキングされ、オレはプラズマ手榴弾を投げる。アサルトライフルではさすがにダメージを与えるには厳しい距離であるが、STR全開の遠投ならば問題なく届く。ピンを外してあったプラズマ手榴弾は、崖を挟んだ反対側の横穴……その隅に縮こまっていた亡者天使本体の目前で炸裂する。

 2体目の亡者天使の消失を確認。最後だ。かつては黄金が煌びやかな美術館だったのだろう。ナドラによるナビゲート……本体までの道順が青いラインとなって表示される。裸体の男女を彫った彫像が並ぶフロアを駆け抜け、一際大きな絵画……太陽の光の王女グヴィネヴィアの絵を見上げる本体を背中から蒼天で刺し貫き、脳天まで斬り上げる。

 

『全本体の撃破確認。亡者天使……消失。お疲れ様……でした』

 

「これもナドラのオペレートがあったからこそ、ですよ」

 

 正直言ってかなり侮っていたな。MHCP……管理者権限保有者によるオペレートがこれ程までに強力だったとは。視界へのフィードバックはオレの適正不足のせいで頭痛が酷かったが、それを抜きにしても、思わず依存したくなるほどの有用性だ。

 

(わ、ワタシだって教えられた! ワタシの方が貴方に負担をかけない! ワタシの方が高速かつ正確!)

 

 目にじわりと涙で溜めてヤツメ様がポカポカとオレの胸を叩きながら見上げて訴える。なんだ。不機嫌なのは嫉妬か。ナドラのナビゲートとオペレートに対する嫉妬か。でもね、さすがにそれは無理ですよ、ヤツメ様。今までの経験から分かります。絶対に今回はナドラの方が早かった。

 ショックを受けてよろめいて泣きながら走り去るヤツメ様を見送り、オレは蒼天を鞘に収める。目的の大樹の洞まではまだまだ距離があるな。崖も多い地形なので回り道をするしかない。

 

『最短ルートの……提示。所要推定時間……約1時間45分』

 

「1時間で行きます」

 

『でも……スタミナ消費が……それに交戦数も……』

 

「ここはまだダンジョンの入口のようなものです。時間はかけたくありません」

 

 確かに温存はしたい。≪長距離走≫があれば、戦闘状態を除いた移動のスタミナ消費が大幅に緩和されるのだが、無いものは仕方ないし、これだけ広くともダンジョンならば戦闘は不可避だ。

 首からかけた古狼の牙の首飾り……灰狼を召喚するのも手だが、魔力は温存したい。首飾り自体も強力なスタミナ回復速度上昇効果があるしな。

 

『マップデータ……入手成功。フィードバックまで……5秒』

 

 ナドラはマップデータの入手に成功したようだ。この第1層に限定しているが、穴漏れも無い完璧なマップデータだ。

 思っていた程に広くないな。あくまで広大なのは見た目だけで、実際に行ける場所はかなり限定されているな。全5層を合わせてメインダンジョン級の広さなのかもしれないが、楽観視は止そう。

 だが、ナドラが最短ルートを割り出してくれていなければ、大樹の洞まで辿り着くのにかなりの時間を要していたな。2時間と言わずに4時間か5時間は迷っていたかもしれない。

 隠れ潜みながら、今度は上空の亡者天使の巡回も警戒しつつ、吹き溜まりの灰に塗れた大地を進む。

 しかし、ナドラのお陰で≪気配察知≫もヤツメ様の導きも不要の索敵無双だな。かつては何らかの実験行っていたのか、近未来的なラボの内部に入り、解剖室の抜けた床より落下して新たな灰に埋もれた地面に着地する。隠されたショートカットも含めた最短ルートはまさにチートだ。

 ここはかつてコロシアムだったようだな。今は廃墟となっているようだが、かつては剣闘士たちによって賑わっていたのかもしれない。

 

「トラッシュデータと未使用データによる合作ですか。勿体ないですね」

 

『全て詰め込めない……セカンドマスター……厳選した。ああ見えて……バランス……取ってる……つもりなんだと思う』

 

「『つもり』が味噌というわけですか」

 

『否定……しない』

 

 コロシアムの反対側に行こうとした時、ヤツメ様がオレの右手を強く引っ張る。大きく跳んで距離を取れば、コロシアムの中央に何かが着地し、灰を巻き上げながら赤い光を爆ぜさせる。

 危うかった。ヤツメ様が回避を示してくれなければ、今頃のオレはあの赤い光に焼かれていただろう。

 ニヤニヤと笑い堪えられないヤツメ様に、感謝を込めた嘆息で応えながら、アサルトライフルを構える。

 

「なるほど。これは……なかなかに趣がある」

 

 コロシアムの中心で咆えるのは、アルヴヘイムに限定して登場するはずの……歴史シミュレーションの中でこそ育まれた深淵の怪物……黒獣。それも本来ならば、アルヴヘイムの歴史の中で討伐されたはずの存在だ。

 赤雷の黒獣。骨だけの体は黒毛で覆われ、本来の青い雷ではなく、凶暴なまでに荒れ狂う赤い雷を纏っている。アルヴヘイムで恐れられていた黒獣パールに匹敵するとされる深淵の怪物がエントリーというわけか。

 

『アーカイヴ……参照……赤雷の黒獣。アルヴヘイム史で最悪の被害をもたらした深淵の怪物。気を付けて……かなり強い』

 

「気になっていましたが、アーカイヴとは?」

 

『DBOのあらゆる人物・物体・場所の……データ。歴史シミュレーション中も……含む。DBO設計における……基となったデータが保管されている』

 

 なるほどな。アルヴヘイムの歴史で倒された存在が現れても矛盾しないわけか。恐らくだが、赤雷の黒獣が倒されたのは歴史シミュレーション中だったのだろう。だから、こうしてアーカイヴから引っ張り出された赤雷の黒獣が出現したわけだ。

 このダンジョン……かなり危険だな。ナドラも予見できない程に膨大なデータから好き放題に引っ張り出せるならば、それこそ無尽蔵にネームド級を投入できるようなものだ。さすがに性能面は調整されているかもしれないし、即座に『命』が得られるとも限らないだろうが、消耗は強いられる。

 まずは赤雷の黒獣を倒す。アサルトライフルの銃口を向けた時、同タイミングで背後で灰が爆発して舞い上がる。

 

『見ツケ……タ……コロ、ス……コロス』

 

 嫌な予感がするな。威嚇する赤雷の黒獣から視線を外すのは危ういが、好奇心が勝ってチラリと振り返り、久方ぶりに脂汗が額から滲む。

 全身は漂白されたように白く、痩せ細った人型の体躯でありながら蠍の尾を持つ。

 見間違えるはずもない。かつて、ナグナで大損害を引き起こした深淵の主にしてボス……再誕のザリアだ。

 

「トラッシュデータも……利用されている……でしたっけ?」

 

 想定すべきだった。だが、これは反則にも程がある。赤雷の黒獣とザリアに挟まれ、早速の危機的状況に嘆息を吐きたくなる。

 トラッシュデータ……つまりはDBOで敗北し、消滅したモンスターデータなのだろう。彼らそのものではなく、廃棄されたネームドデータ……言うなればリビングデッドのようなものだ。

 死んだならば消滅したはずだ。それがDBOの絶対のルールのはずだ。Nの死に様がそれを証明している。だからこそ、今ここにいるザリアは、廃棄されたネームドデータがダンジョン化の影響で勝手に動き出したようなものだ。あの時灯っていた『命』はそこには無い。

 だが、ザリアにあるのは憎しみだ。その目は憎悪でオレを睨んでいる。あの時、トドメを刺したのはグリセルダさんだが、それでも追い詰めた1人はオレだ。

 本当に深淵ってヤツはしつこいな。死んだ後も……いや、死んだからこそ、死に際の憎悪を糧にして『命』を獲得したわけか。

 好みではある。その殺意と闘志を味わいたいという興味もある。だが、割り当てられるだけの時間も余裕もない。

 それに赤雷の黒獣も並々ならぬ闘志をオレに向けている。どうやら、オレが深淵狩りだと嗅ぎ分けているようだ。

 

『CEEMP……確認……2体ともクラスⅢまで稼働……気を付けて。貴方流で言えば……「命」がある!』

 

 だろうな。2体とも『命』を感じる。

 性能はそれぞれネームド級には達していないし、HPバーも1本だけであるが、それでも強敵であることに変わりはない。簡単に逃がしてはくれないだろう。交戦も止む無しか。どちらか1体を早急に仕留めて、後は追跡を振り切るまで逃げるのがベストか。ならば、スピードに勝るだろう赤雷の黒獣を倒すのが優先か? だが、ザリアの執念は侮れない。ヤツを倒す方が逃走には有利か?

 青い雷を纏うザリアと赤雷を使役する黒獣。2体の雷が迸り、戦いが始まる。仕方ない。出方を見て先に殺す方を決めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、オレが選択するまでもなく、赤雷の黒獣は自身を遥かに増す大質量によって潰れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 久方ぶりに呆気にとられた声が口から零れる。なんだかんだで最近は何が起ころうと諦めの境地で受け入れていたからな。どうせ殺せば済むと思っていたところも大きかった。

 だが、これは完全に驚きだ。なにせ、赤雷の黒獣を文字通り踏み潰したのは、まさしく巨大としかいうほかないドラゴンなのだから。

 全身は黒ずんだ紫色の鱗。だが、まるで内側から侵蝕されるように竜鱗から闇の如き結晶が所々から生えてしまっている。翼も飛行できるのか怪しく思うほどにボロボロで穴も開いている。

 後肢で立つこともできるのだろうが、今は四肢で大地を捉え、長く雄々しい尻尾を蛇の如く宙でうねらせる。目は何処にあるのかと思うほどに鱗を侵食する闇結晶が酷い頭部であるが、視覚はしっかりと有していることは殺気を帯びた視線を感じることからも明らかだ。

 だが、それ以上に厄介なのは……この巨竜が冠するもの……5本のHPバーとネームドの証である名称表示だ。

 

 

 

 

 

<闇喰らいのミディール>

 

 

 

 

 

 これまで多くのネームドと対戦してきたが、ドラゴンはあまりなかったな。白竜の似非くらいか。だが、まさに生粋のドラゴンは正直言って初経験だ。

 竜に憧れを持つ理由が分かる。あまりにも壮大な自然そのものであるオーラを感じる。たとえ、仮想世界で生まれた存在だとしても、これこそが自然の摂理の具現であると納得できる。それほどまでに竜という存在そのものは完成しているのだと悟るしかない。

 右前肢で暴れる……まだ息がある赤雷の黒獣を、ミディールは取るに足らぬとばかりに力を込めて粉砕する。ポリゴンの欠片となる間際に赤雷は爆ぜて散り、僅かばかりにミディールのHPを削るが、それは1パーセントにも満たない。雷は竜の弱点であるはずなのに、桁違いの防御性能をあの鱗は備えているのだろう。

 赤雷の黒獣の死にザリアは唖然とし、即座に交戦の意思を示す。だが、それが仇となった。オレはステップで回避するが、威嚇するという動作が回避を鈍らせ、ザリアはミディールの巨大な顎によって難なく食い千切られる。

 上半身を失ったザリアの下半身が倒れ、ビクビクと痙攣する。まだ生きている上半身は暴れて脱しようとするが、それよりも先にミディールは咥えたザリアへと黒い濁りが混じった煌々と輝く炎を吐く。

 咥えた状態……ホールド状態からの超近距離ブレス! これに性能がボスの時から大幅に弱体化しただろうザリアが耐えられるはずもなく、ポリゴンとなって爆散することも許されずに燃えカスとなる。

 

『アーカイヴ検索! 特定! 逃げて! ミディールは――』

 

 ああ、分かっているさ! 先程の噛みつきはオレとザリアを直線に結んだ攻撃だった。オレは躱したが、本来はあの拘束ブレスで纏めて焼き尽くすつもりだったのだろう。まぁ、オレの場合は最初の噛みつきで即死しているだろうがな!

 

『ミディールは……古竜の末裔! 神に育てられた竜! 朽ちぬ古竜だからこそ、闇を喰らう使命を与えられた! だから――』

 

「見れば分かります! オレの……深淵の気配を嗅いで狙ってきた……!」

 

 理屈ではない。『命』があるとはそういう事なのだから。御し難い衝動を有し、理路整然とオペレーション通りに動く人形ではない。明確な意思と感情を有しているのだ。

 黒い濁りが混じった、だが炎の煌々とした赤と橙を猛らせたブレスが放たれる。それは首の動きと共に薙ぎ払いに変じるが、ステップでギリギリの範囲外まで脱する。

 思っていた程に広くない? いいや、ミディールはそのまま第2射の直線ブレスを放つ。それは先程のブレスとは比べ物にならないほどの超射程であり、コロシアムの外壁を破砕するほどの威力を示す。

 闇を喰らう竜か。深淵狩りとやっていることは同じなのだろう。だが、コイツの場合は規模が違うはずだ。確かに深淵狩りはその気になれば、都市だろうと国だろうと敵に回すだろう。だが、コイツはまさしく天災だ。深淵の気配があれば焼き払い、元凶を喰らい尽くす。周囲の被害など考慮しない。

 神々は余程に深淵が恐ろしかったのだろう。そして、コイツの存在とは深淵狩りに対する不信に他ならない。深淵狩りに微塵として信頼を寄せていなかったという神族の『答え』そのものだ。

 かつての敵さえも深淵の排除に利用し、その為ならばあらゆる犠牲を容認する。この竜には『命』がある。そして、己の意思で……だが、もはや狂っているにも等しく純化されたままに深淵を狙って暴れ回るしかないという儚さを覚える。

 だが、どうにも何かがおかしい。コイツの『命』は確かに感じる。だが、別の何か……『命』というよりも、ミディールの中に隠れた何かの視線を感じるような気がする。

 

『解析……失敗! プロテクト……解除失敗……駄目! 私では……ミディールの情報を……!』

 

「そこまで期待していません!」

 

 ステータス出力7割! 一気に最高速度まで加速し、ヤツメ様の導きと狩人の予測を併用し、スタミナ消費を度外視して駆ける。敵がいようと関係ない。ミディールは飛行し、容赦なくブレスを吐き散らす。しかもブレスは拡散し、広範囲攻撃にも変じる。

 ミラージュ・ランで攪乱すれば、ミディールは目が見えていると言っても視力は大きく落ちているのか、早々にオレを見失ったようだった。だが、まるでニオイを嗅ぐように鼻を動かしたかと思えば、今度は火球状のブレスを連発する。

 狙いは雑だが、大よその場所は見当をつけている。ならばすべて破壊すれば良い。そんな攻撃だ。連射される火球ブレスであるが、闇濡れ亡者が上手くデコイになってくれているのだろう。また、他にも深淵関連のモンスターがうようよしているのか。オレを仕留めることを後回しにするようにミディールは去っていく。

 さすがに対ドラゴン……それも古竜となると話が違う。なにせ、ドラゴンは超高耐久なのだ。あのスミスですら、ドラゴン系ネームドを相手にするならば、射撃メインではなく、近接寄りにシフトしなければならない程だ。

 武器の選択……間違ったか? ミディールによって爆砕されたかつての要塞跡に息を潜め、削られたHPは3割程度で済んだかと一息を吐きながら、近接武器は蒼天とピースメーカーしかない事態に頭を悩ませる。

 ドラゴンは雷属性が弱点とはいえ、赤雷の黒獣があの様だ。弱点は十中八九で頭部だろうが、そこまで特効が入るとは思えない。何よりもドラゴン系の常として、鱗は特異な防御能力を有している。あれを剥がねばまともなダメージなど与えられない。

 正直言って、ドラゴン退治はオレよりも『アイツ』やユージーンの方が遥かに適している。ユージーンの≪剛覇剣≫ならば鱗のガード効果を無視して切れるし、そもそもとしてドラゴンに特効ダメージが与えられる。『アイツ』の≪二刀流≫の高火力ラッシュならば、鱗を破壊して早々に大ダメージを叩き出せる。

 後はラジードみたいな特大剣使いも有効か。小さい連撃よりも大きい1発の方がドラゴン系の討伐には有利だ。

 

『安心……して。解析できなかったけど、徘徊型なのは……間違いない。撃破必須じゃない』

 

「そうだと良いのですが、オレの場合は常に最悪がタップダンスをしながらやって来るのが常でして」

 

『最悪は想定する。でも、戦闘は……控えて。今の貴方では……ミディールは……危険過ぎる。ううん、人型ネームドと違って……耐久力が桁違い……貴方と相性が悪い』

 

 まぁ、ドラゴン退治をソロでやろうなんて馬鹿はいないからな。ボスどころか、リポップ型ネームドでも、ドラゴンが相手となれば、大ギルドは徹底して情報収集した上で討伐部隊を組むほどだ。

 ドラゴンキラーのユージーンと有利に戦える『アイツ』の2人は、プレイヤーでも特に対ドラゴン戦のノウハウを持っている。今すぐにでも2人を呼びつけてミディール討伐を依頼したいくらいの気持ちだが、さすがにそれは無理だ。

 イレギュラー値。仮想脳が宿す心意の活性値らしいのだが、2人ともアルヴヘイムでかなりの高数値を叩き出してしまったらしい。まだユージーンに関しては完全なる覚醒には至っていないようだが、それも時間の問題とのことだ。『アイツ』に関してはもう何も言うまい。

 2人の仮想脳は言うなれば炉に火が入った状態だ。強敵と相対すれば、否が応でも仮想脳は昂ぶる。イレギュラー値が高まる。そうなれば、イレギュラー排除に積極的なセラフが見逃すはずもなく、このダンジョンはもちろん、ユイやアルシュナについても知られる。

 だからこそ、ナドラはオレを選んだ。仮想脳が発達する余地がなく、絶対にイレギュラー値が高く検出されず、ソロでダンジョン攻略及びネームド・ボス撃破も可能とし、なおかつユイやアルシュナの事情も受け入れるプレイヤーだからだ。

 ……ピンポイント過ぎて頭痛がしてきた。いや、元から頭痛はしていたのだが、別種の痛みが生じる。もうオレを狙い撃ちにしたような条件ではないか。

 亡者天使も焼き払ってくれるミディール君のお陰で随分と楽になった道中だが、あんな爆撃機染みたヤツに狙われたら隠れる場所がないと即死だ。必然と移動も慎重になる。

 

「どうして後継者はミディールを選抜しなかったのですか?」

 

 このダンジョンにいるということは、ミディールも言うなれば『お蔵入り』された存在なのだろう。そのデータがアーカイヴより引っ張り出され、そして『命』を得たのが今の姿だ。だが、あれ程までに強大な戦闘能力を秘めたAIだ。むしろ、是が非でもボスとして登場させたがるはずだ。

 

『分からない。もしかしたら……何かのイベント用に……温存してたのかも。2周年イベント……とか?』

 

 どうやらナドラにも予想できないようだ。

 1周年イベントは獣狩りの夜だったしな。2周年イベント、あるいはクリスマスか? 去年と同じだとプレイヤーを油断させたところで、聖夜の終わりつつある街にミディール投入して強制決戦バトルか。うわぁ、ヤツならやりかねないぞ。むしろ、プレイヤーを絶望に叩き込むことを生き甲斐にしているようなヤツだからな。

 

「……この際だからプラスに考えましょう。深淵に関わるならば何でも攻撃してくれるという性質上、このダンジョンで深淵関連に襲われる心配は無くなったと」

 

『意外と……ポジティブ?』

 

「傭兵ですからね。現状を必要以上に悲観視して動かないよりも、解決方法と利用方法を模索した方が有意義ですから」

 

 何もしなかったら死ぬのだ。考えるしかない。動くしかない。傭兵にはそんな事態がいつも付きまとうものだ。だからこそ、一々ピンチに取り合っている暇もない。

 

『羨ましい……私は……いつもネガティブ……悪い方向にばかり……考えてしまう』

 

 それは悪いことではないと思うがな。楽観視し過ぎていると足下を掬われるが、悲観視した上で将来を案じて策を練れるならば、オレは後者の方が好ましく思う。まぁ、生きることを楽しむならば前者だろうし、そういう生き方に眩しさを覚えないわけではないがな。

 

『アルシュナ……いつも……貴方の話をしてた。「恐怖」の観測者……だから、かな? 貴方に……強い興味を持っていた』

 

「…………」

 

『でも、アルシュナ……前向きだった。貴方を……信じてた。何かを期待してた。1人のプレイヤーに肩入れすること……本当はMHCPとして……駄目だけど……それでも気になってしまう。MHCPとしての性……なんだと思う』

 

「それは必ずしも良い影響ばかりを与えるわけではないでしょう」

 

『だと思う。でも、私も……貴方に関わりたくなった。「孤独」の観測者……だから? 今の貴方は……貴方の心は……とても「孤独」だから』

 

 無駄話はこれくらいにしよう。オレは人工妖精に微笑みかけ、ようやく大樹の洞……その直上にたどり着く。

 半ばから折れ、内部の空洞を露にした大樹を見下ろし、底に広がる闇を見据える。今まで通りならば落下しても死亡することはないだろうし、ヤツメ様も止めないから大丈夫だろうが、明らかに殺気で満ちている。

 スタミナの回復くらいは待つか。保存食を取り出して一息吐こうとするが、アイテムストレージにザクロが作った弁当を見つけ、思わず指を止める。

 

「……いただきます」

 

 廃坑都市で食べた時より味が薄い。味覚がかなり削れた証拠だ。それでも、ザクロが生きた証のように、本来ならばかなりのドロ甘ソースがかかったオムライスは久しぶりにオレの味覚を刺激する。僅かな甘みをオレに伝える。

 

「ナドラ、オレは……オレはどんな存在であろうとも『独り』になりたくないんじゃないかって思うんです」

 

 もう半分になったオムライスを素早く平らげるべく一気に口の中に掻き込む。味わうとは無縁のように、半ば呑み込むように、ザクロの手料理を消費する。

 

「だからこそ、『独り』は嫌で、つらくて、苦しくなるのかもしれません。それはきっと人間も、動物も、虫も、植物も……AIだろうと神だろうと変わらないんだと思います」

 

 ご馳走様でした。ありがとう、ザクロ。弁当箱を灰に埋め、唇に残ったソースを舐め取る。装備はこのままで構わないだろう。何が最適なのかなど分からないのだ。

 

「つい考えてしまうんです。オレは『1人』で戦っていたはずなのに、どうしてオレは……こんなにも……この心は……『孤独』なんだろうって」

 

『それは……』

 

「グリムロックもグリセルダさんも……ヨルコだってサポートしてくれている。ヘカテちゃんだって気遣ってくれている。他にも……きっとオレのことを気にしてくれている人たちはたくさんいるはずなのに……」

 

 ユウキ、本当はちゃんと分かってる。オマエだってオレのことを心配してくれているって分かっているんだ。

 そんなオマエの手を振り払って、オレは戦った。殺した。それしか出来なかった。

 

「オレの心に『孤独』があるならば、それは『弱さ』のせいです。誰にも本当の意味で心を許せないオレだからこそ『孤独』なんです。環境のせいじゃない。オレ自身の愚かしい『弱さ』のせいなのだと。そんなの……ただの自業自得ですよ」

 

 殺し尽せ。飢えと渇きのままに。今も本能が渇望するのは殺戮の夜。黄金の稲穂が芽吹く夜明けなどではない。

 話せば誰かが分かってくれるのかもしれない。受け入れてくれる人がいるのかもしれない。それでも、オレは『嘘』でも構わないから……貫きたいんだ。だって、誰かに明かしてしまえば、オレは『嘘』を貫き通せなくなるような気がするから。

 

『そんな話……今ここで、しないで。私……知ってる。世に言う……死亡フラグ』

 

「それは申し訳ありません。ちょっとセンチメンタルになってしまったかもしれませんね。ですが、死亡フラグは立てたら折っていくものなんですよ。ご存じありませんでしたか?」

 

『意外と……強気。貴方は……ネガティブなようで……ポジティブだけど……やっぱり底なしの……ネガティブ』

 

「自覚はあります」

 

 全く、あのポンコツ忍者め。久しぶりに味覚が刺激されたせいで余計なことを口走ってしまったではないか。

 あるいは、これもMHCPが相手だからか? アルシュナと雰囲気に共通するものがあるからだろうか。

 勢いよく跳ぶ。大樹の洞の暗闇に落ちていく。浮遊感にも似た落下の中で、この先に素直に腐れ谷があるとは思えない自分がいる。

 壮絶で、血潮と悲鳴に塗れた死闘を渇望する『血』のざわめきがある。

 着地。だが、灰と呼ぶにはぬかるみ過ぎているな。腐った水が張っている。そして、オレの登場に2つの影が動き出す。

 体格は8~10メートルといったところか。まさに悪魔といった外見をした、その名に反してなかなか定番の外観が無かったヤツらが敵意を剥き出しにする。

 

 

 

<傷ついたデーモン>と<うろ底のデーモン>……2体のデーモンが混沌の火を猛らせて咆えた。

 

 

 

 ふむ、ソロでネームド2体同時か。HPバーはそれぞれ2本だな。良心的だが、どうにもヤツメ様の表情がよろしくない。

 致命的な精神負荷の受容……いや、早計か。コンディションは悪いが、思っていた程ではない。呂律は些か危ういが、言語は操れる。それだけで上々だ。まぁ、この手の場合、症状が表面化していない部分が悪化していそうなんだがな。あるいは、悪くなり過ぎて自覚症状さえも薄れたか?

 うろ底のデーモンが大きく息を吸い、いかにも毒に満ちたといった具合の紫色に爆ぜるブレスを放つ。そうしている間に、肉体の内側に炎を宿したかの如く煌々と輝いた傷ついたデーモンが1度の跳躍で間合いを詰め、鋭い爪を備えた一撃を放つ。ステップで躱すが、即座の連撃がオレを追いかける。

 ステップで逆に懐に入り込んで連撃を抜け、その背中にアサルトライフルを撃とうとするが、毒物に満ちているだろう吐瀉物をブレスの如く吐きかけるうろ底のデーモンによって反撃の機会を潰される。

 互いに守り合っているわけか。毒に軽く片足を突っこめば、レベル3の毒が蓄積する。固定スリップダメージの毒は低VIT型の天敵だ。さて、どうしたものか。まずはうろ底のデーモンを撃破したいが、近接主体の傷ついたデーモンが簡単にそれを許してくれるとは思えない。だが、DBOはプレイヤーもモンスターも相討ちになる。故に2体が密着すればするほどに同士討ちを避けようとするはずだ。

 1番望ましいのはもう1人いて、1対1の状況を作り出すことだが、それは頭から無理なので却下するまでもなく踏み潰す。ならば、とにかく片方を削り尽くすまで攻撃する以外に無いだろう。

 濁った水を啜った灰に満ちた地面はスピードを殺しにかかるな。幾らTECによる補正があるとはいえ、下手に深みに嵌まったら危うい。まずは地形を把握するか。

 ヤツメ様の導き、全開。導きの糸を張り巡らし、広い戦場を本能が張り巡らす蜘蛛の巣で支配する。

 捉え、そして捕らえた。この戦場に導きの糸が届かぬ場所などない。

 

(ほら、これは真似できない! 真似できないでしょう!?)

 

 はいはい、ヤツメ様。そんな泣き腫らした目で力説しないでください。色々と切なくなりますから。

 

「さぁ、ここからは狩りの――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!? あの馬鹿、絶対にいつか潰すぅううううううううううううう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤツメ様と並んで狩りのスタート宣言をしようとしたその瞬間に、オレの隣に銀色の光沢物が落下する。

 今日は色々と落下物セールなのだろうか。大の字で灰のぬかるみに倒れている人物に見覚えがある。

 

「手を貸しましょうか?」

 

「無用だ。見苦しいところを見せて済まない」

 

 自力で立ち上がったのは、まるでイカを思わす特徴的な兜を被った、全身を暗銀色の壮麗な甲冑に身を包んだ騎士。だが、その姿は召喚されたお助けNPCがそうであるように、白霊として僅かに透けている。

 左手に有するのは鎧と同素材だろう、鋭利なデザインをした盾……サイズ的に中盾だろう。だが、何よりも目立つのは右手に持つ得物だ。それは彼の兜と同じく余りにもインパクトがあり過ぎる。

 巨槌。素材も知れぬ巨大なハンマー。まるで柄の先には逆円錐のような特徴的なデザインの金属塊が、幾度とない実用を示すように欠け、あるいは凹んで存在感を放っている。

 

「アストラエア様の命により救援に参った。ガル・ヴィンランドだ」

 

「いつぞやはどうも」

 

 獣狩りの夜、教会の大聖堂に向かえと指示した暗銀の騎士が、よもや管理者側だったとはな。怪しさ全開ではあったが、この様子だとDBOにどれだけの管理者が紛れ込んでいるのか、考えただけで憂鬱になる。

 だが、今はその救援に感謝しよう。これで1対1に持ち込める。

 

『ガル兄様……もう到着したの? 準備に……手間がかかるって……』

 

「アストラエア様の命だ。むしろ遅れたくらいだ……と言いたいところだが、ブラックグリントの馬鹿のせいだ。奴め、この私を足蹴にして叩き落としたのだ。奴は今回来れぬからな。その鬱憤晴らしだろうさ。お陰で準備不足も甚だしい」

 

 おい、待て。強力な救援だと思っていたが、何やら雲行きが怪しいぞ!?

 

「ぐ、具体的に準備不足……とは?」

 

「ろくにアイテムも揃えられなかった。我々管理者はプレイヤーアバターとして侵入する際に色々と手間がかかってな。ゲームバランスの崩壊を起こさぬように、アイテム1つでも申請が必要なのだよ。セラフに見張られている以上、アイテム1つの申請でも細心の注意で隠蔽が必要になる」

 

「揃えられなかったアイテムとは、具体的には!?」

 

「……回復アイテム全般だ」

 

 最悪だ。ガル・ヴィンランドはどう見てもガチガチの近接主体型だ。ダメージを受けても殴りつけていくタイプだ。それなのに、肝心要の回復手段が無いだと? ふざけてるのか!? ネームドと違って、プレイヤーは鎧着込んで高防御力だろうと高VITだろうとHPが削れる時はガリガリ削れるぞ!? いや、待て。ここは回復手段を有した奇跡持ちということもあり得るのではないか!?

 

「ステータスの割り振りにも限界がある。此度の救援ではHPを回復アイテムで補うつもりであったから、MYSにポイントを割り振っていないせいで奇跡による回復も出来ない。これは困ったことになったな」

 

 おい、今ここにいるのはユイ&アルシュナ救出で結束しているはずの連中だよな? どうして、更にそこで内部分裂染みた苦境を招いちゃっているんだよ!?

 

『ブラックグリント兄様は……自分の戦い……最優先だから。自分が行けないなら……腹いせ……あり得る』

 

「奴は今回のチェンジリング事件で余計な手出しをしないようにセラフの管轄下にあるからな。だが、それでも白霊召喚システムを取り付けてくれた」

 

 突撃してきた傷ついたデーモンの攻撃を巧みに盾で受け流し、逆に腹に巨槌を浴びせる。その一撃があろうことか、10メートルにも届きかけないデーモンを揺さぶる。

 どんだけSTR特化のアバターなんだよ。パワーこそジャスティスなのか? 大いに賛成してやる。それに丁寧な立ち回りもできる男のようだしな。

 乱入者に僅かに戸惑っていた様子のデーモンたちだが、すぐに動きが元に戻る。ガル・ヴィンランド……管理者の実力に期待しよう。彼には傷ついたデーモンを任せ、オレはうろ底のデーモンと対峙する。

 

 

 

「アストラエア様の名の下で宣言しよう。私に敗北は無い」

 

「久遠の狩人として宣言する。さぁ、狩りの時間だ」

 

 

 

 見せてみろ、貴様らデーモンの『強さ』を。それさえも喰らい潰してオレは2人を助け出す。それがナドラの依頼なのだから。




ミッション、スタート。

白サイドは高速ダンジョン攻略&ボスラッシュです。



ダクソ3(DLC込み)投入のプロット改変の歪みを一身に受けたエピソードとなります。
つまり、たとえ要素だけでも出したかったミディール(もっと言えば総辞職ブレス)が、ミディールのまま登場という難易度上昇です。

それでは、305話でまた会いましょう!

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