SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

309 / 356
前回のあらすじ

エス・ロイエスとアノールロンド、2つの死闘が始まる。



~関係ないようで関係ある一言~
祝! SAO3期! SAO3期! SAO3期!




Episode19-06 竜狩りと処刑者

 アノールロンド。それは神々の繁栄の象徴であり、また黄昏の光に満ちた哀愁の棄てられた都でもある。

 退廃的・狂気的・終末的なステージやダンジョンが多いDBOにおいては群を抜いた煌びやかさを持つダンジョンであり、<女神の騎士ロートレクの記憶>におけるイベントダンジョンである。

 だが、棄てられた都といったコンセプトの通りか、NPCの類はいずれも『不死の巡礼』なるアノールロンドの深奥を目指す人間系NPCばかりであり、神族の都であるにも関わらず、友好的な神族NPCはほぼ皆無である。

 かつての繁栄の象徴であった巨大な城は都の1部とほぼ同化しており、これこそがアノールロンドというダンジョンの複雑な構造の根幹となった。また複数人が動き回るには不足が生じやすい屋内での戦闘が主であり、またMoB筆頭の銀騎士も強敵でありながらほぼ確実に複数出現であり、1体を複数人で囲んで袋叩きといったセオリーが通じ難く、よりプレイヤー個人の力量が試される場面も多く、攻略中の負傷による探索停止数も多かったのも時間を要した理由の1つになる。

 だが、逆に言えば、ついにボス討伐の目前に迫った攻略部隊はいずれもアノールロンドの洗礼を受けてレベルはもちろん、実力と精神力が大きく伸びたと胸を張れるだろう。パーティによる連携ではなく、個人の力量で危機の突破を求められる場面の多さが彼らの成長の糧となったのだ。

 新システムによる動揺さえも士気向上へと利用され、過去最高とも呼べる精神状態でボス戦へと挑む。露払いを担うアラクネ傭兵団によって疲弊する事も無く、ついにボス部屋の正面に勢揃いした面々を、ディアベルは鼓舞の笑みで見回す。

 

「諸君、ついにこの時がやって来た」

 

 ボス攻略参加者は総勢63名。6人パーティが10組、3人パーティが1組の合計11パーティのレイドだ。イベントダンジョンのボス・ネームド戦は基本的にプレイヤー参加数が設けられていないが、一定数を超えるプレイヤーが交戦状態と認識されるとボス・ネームドは自動強化される仕組みになっている。主な強化は火力・耐久面であり、その上昇幅は尋常ではない。故にディアベルは未強化ラインをメインダンジョンのボス戦の平均的な12パーティ72名と睨んだ。だが、想像以上のダンジョン攻略による戦死者と予期せぬ離脱者により、最高数は揃えられなかった。

 

「聖剣騎士団、太陽の狩猟団、クラウドアース、中小ギルドからも勇士として攻略部隊に参加された者たちが、今ここに、あらゆる禍根を越えて、ボス討伐という約束された勝利の為に集結している」

 

 聖剣騎士団所属42名。ギルドリーダーのディアベル、タンクとしてDBOトップの鉄壁と特大剣の火力を両立させる【黒鉄】のタルカス、DBO最強の刺剣使いと名高い【灰の騎士】ヴォイド、昨今は神灰教会に肩入れし過ぎている【聖騎士】リロイ。そして、彼らに追随する上位プレイヤーが集結している。

 

「敵は【竜狩り】オーンスタインと【処刑者】スモウ。情報によれば、オーンスタインは雷や槍によるリーチとスピードが備わっている。対してスモウは鈍重だが、ハンマーによる打撃属性の高火力が恐ろしい相手になるだろう」

 

 教会経由で太陽の狩猟団より8名とクラウドアースより9名。その中でも【若狼】ことラジードは片手剣・両手剣・特大剣を戦況に応じて使い分けるDBO屈指の剣士にして太陽の狩猟団のホープであり、これまで多くの攻略に参加して決して無視できない戦果を挙げ続けた。マイナス点として、やや自己評価が低いが、それに囚われて二の足を踏むような臆病者ではなく、むしろ気性に反して多くの戦いにおいてダメージソースを担っている。

 

「まずはオーンスタインとスモウを分断。少数精鋭による包囲でオーンスタインの自由を制限し、タルカスさんが率いるタンク部隊でスモウの攻撃を最大限に防ぎ、その間に鈍重なスモウを撃破する。射撃部隊の援護もスモウに集中させるから、対オーンスタインの方々には大きな負担をかける事になる。いかにしてスモウを迅速に倒すかがこの戦いの肝だ」

 

 傭兵より2名が参加。ランク5の聖剣騎士団所属のグローリーは大盾と片手剣、兜を除いた金属鎧という一見すれば堅実な重装近接ファイターに見えるが、その実は全傭兵でも群を抜いたトリッキーな戦法を好む。対してスミスはダブルトリガーによる近・中距離射撃戦を得意とするDBOでも奇異のプレイヤーであり、あらゆるミッションで依頼主の要望する通りの戦果を挙げる理想的な傭兵の1人として数えられている。

 

「敵はどちらも人型だ。情報通りならば、オーンスタインは人間よりも一回り大きい程度だ。耐久面はボスでも乏しい部類なのは間違いない。だが、スモウはオーンスタインの倍以上の巨体で耐久面も含めて人型ネームドの範疇ではないだろう。カウンターを狙うのではなく、攻撃密度で圧倒して怯みとスタンを取れるかが早急な撃破のポイントだ」

 

 神灰教会より2名参加。【聖者】ウルベインはDBOでもトップクラスのヒーラーであり、彼の有無によって部隊の生存率は大きく変動する。そして、主任と称される教会のもう1人の最高戦力候補は、ピザカッターの愛称を持つ長柄の先端に複数の円盤型のチェーンカッターを装備した歪な武器を好み、苛烈な攻めは見る者を圧倒する。

 

「過去最高難度だろう強力な2体同時のボス戦だが、強いのは我々だ! ボスはプレイヤーに倒される為に存在する! 彼らは倒せるからこそ我々の前に立ち塞がる! プレイヤーの真価が問われる時だ! 今ここで我々はDBOにおいて最強の伝説の1つと目される四騎士を打倒し、プレイヤーこそ! 今ここで生きている我々人間こそ! 絶対的な勝者であり、彼らは定められた敗者であると証明しようじゃないか!」

 

 人間とは何か? 生きるとは何か? 存在証明とは何か? ディアベルは自問しながら、最高潮に達したボルテージを示す攻略部隊の雄叫びを一身に受ける。

 自覚の発芽は初めてのボス戦だった腐敗コボルド王戦だった。

 錠前が軋み、頭の中に隠された金庫がこじ開けられたかのように、『何か』が見えた。思い出してはならない『何か』が漏れ始めた。

 聖剣騎士団を運営し、攻略に心身を捧げ、戦死者と他ギルドとの軋轢に苦悩する中で、彼はやがて真実に触れていった。

 ユイのようにログインしていないはずなのに、プレイヤーとして参加している少女がいる。

 自我が崩壊して運び込まれたプレイヤーは、一様に何かを繰り返す。

 リターナーと呼ばれるSAO経験者による『死亡したはずのプレイヤーがDBOで生きているかのように存在している』という証言。

 そして、1万人程度だったはずの参加者の知らぬ間の人口増加。

 

 

 人間とは、生きるとは、存在証明とは……自己を認識できる居場所によって確立する。

 

 

 帰るべき現実の居場所が……現実の肉体が無いかもしれない聖剣騎士団の仲間たちの、初心で守ると誓った弱き人々の、そしてようやく向き合おうと誓ったユイの……今ここでDBOで『生きている人間』の未来を創る。それがディアベルの目指す完全攻略だ。

 完全攻略の末に待つのは何か? 帰りたい者だけが帰れる、残りたい者は残れる、そんな優しい選択肢が待っているのだろうか? 否。断じて否。仮にそうだとしても、誰か1人でも現実世界へと帰還すれば、DBOが『削除』されるという今ここで生きる者たちが『殺される』かもしれない選択肢が出現する。そうでなくとも、完全攻略時にラスボスを撃破した1人に委ねられるならば、憎悪に駆られた1人が全員の帰還とDBOの消滅を報酬で求めるかもしれない。

 そもそもとして完全攻略の報酬がどのようなものなのかも曖昧だ。だが、各大ギルドは確保したコンソールルームから得た情報により、大よその報酬に目途が付き始めていた。

 ディアベルは断言する。今この状況で大ギルドが……DBOの恐怖と脅威に結束すべきプレイヤーが各々の勢力に分かれて争うのは何の不思議もない。現実世界でも、利権、思想、体制、宗教、民族、文化によって分かれ、対立して来たのだ。繁栄の為に手を組むことはあっても、それは武力が伴わない経済戦争という新たな舞台に移行していただけだ。

 DBOはゲームだから、完全攻略という目標があるからみんなで仲良く手を組める? それは違う。生命の危機が生じるからこそ、人間は生存本能、欲望、思想、信念に左右され、一丸となった結束から程遠くなるのだ。

 人類は思考が繋がった『群体』ではない。だからこそ、人間はコミュニティに奉仕し、支配し、また独立する。その単位が異なるだけだ。個人だろうと、一族だろうと、国だろうと、本質的には何も変わらない。

 

「最後に1つだけ、攻略部隊を率いる者でもなく、聖剣騎士団のリーダーとしてでもなく、1人の『人間』として皆にお願いがある」

 

 ディアベルは『今を生きる人間』として誓う。

 自分には責任がある。指揮を執り、多くの人間を戦場に送り、完全攻略という地獄からの解放と現実世界への帰還という夢を見せた責任がある。ならばこそ、夢の続きは見せられずとも、新たな夢を……いや、理想郷とは呼べずとも、幸福を求められる未来を提示する義務がある。だからこそ、誓わねばならない。

 どれだけの血が流されようとも、山のように犠牲者が増えようとも、謀略で同志として肩を並べた仲間を陥れようとも、心を許せる友を駒の如く擦り潰すことを是としても、この世界に新たな秩序と未来をもたらす誓いを胸に抱かねばならない。

 この戦いは……DBOの伝説の打倒は新たな扉を開く鍵だ。ここからDBOの……いや、新世界の本当の歴史が始めるのだ。

 

 

「死なないでくれ。生き抜いてくれ。頼む」

 

 

 いざボス戦へ。ディアベルはかつて友から譲り受けた、強化が施され、アノールロンドでも十分に実用できるようになったレッドローズなる片手剣を右手に、左手には対オーンスタイン用で準備した雷属性と刺突属性へのガード性能が高い金獅子の盾を構え、アノールロンドの心臓部……かつての城主グウィンの玉座があるとされる謁見の間にかかる霧の壁に触れる。

 イベントダンジョンにおいて、多くは霧の壁はない。だが、こうしてアノールロンドではボス戦部屋を明確に示している。これは他でもない、このアノールロンドがメインダンジョン級の……いや、それ以上の攻略における最重要性を示していた。

 ボス部屋に並んだ63名の戦士たちが目撃したのは、これだけの数のプレイヤーが縦横無尽に戦っても余りある広大なボス戦エリアだった。銀騎士の石像が彫り込まれた円柱が等間隔で並び、アノールロンドの黄昏の光が左右の壁のステンドグラスから差し込む。

 最奥で待つのは煌びやかな金色の甲冑を纏う巨人だ。だが、その姿は見る者に恐怖を与えるように歪な姿だ。でっぷりと肥満のように膨らんだ腹部に対して余りにも小さい頭部だ。兜は人間の頭を模しており、およそ覗き穴はない。恐らくだが、あれは兜として実に中途半端な……もはや飾りにも近しいものなのだろう。

 体格は5メートル以上もある巨体はまさに巨人であるが、分類上は神族だろう<処刑者スモウ>は待ちわびたように、自身の得物である巨体にも匹敵するハンマーを構えていた。

 これがスモウ。情報通りの外観と見た目からも分かる鈍重さ、そして火力だ。ディアベルが命令を発することなく隊列を組んだ攻略部隊は、2階の踊り場から軽やかに舞い降りたもう1人の騎士に視線を集める。

 

 

 

 

 

「待っていたぞ、不死の英雄達よ」

 

 

 

 

 

 成人男性よりも一回り大きい程度の体格。あっても2メートル半程度だろう。スモウよりも装飾に凝った、より清廉かつ神聖さが増した黄金甲冑であり、何よりも特徴的なのは獅子を模した兜だ。覗き穴は牙が並ぶような獅子の口なのだろうが、その奥にある容貌は窺い知れず、情熱的な赤毛だけが鬣の如く1本に結われて後頭部より垂れている。

 その手に有するのはオーンスタインの身の丈以上の長さを有する十字槍。だが、十字槍といっても左右は刃ではなく支えであり、あくまで1本の刃を備えたタイプだ。甲冑以上の黄金の輝きを有し、それ自体が神族の秘奥にも等しき力を有していると証明するような威圧感を放っている。

 その名は<四騎士の長オーンスタイン>。過去最強の人型ネームドではないかと目される存在であるが、ディアベルは恐怖にも威圧にも屈しない。

 

「よくぞ巡礼の苦難を越えてたどり着いた。今ここに四騎士の長として、最後の試練を課す。見事我らを破ってみせよ!」

 

「へへ……お情けで負けてなんてあげないけどね。死んでも……文句言うなよぉおおおおおおおおお!」

 

 騎士としての正道を貫くオーンスタインに対して、堪えきれない闘争心と残虐性を爆発させたスモウ。対照的でありながら、だがこの2人が並び立つことで完成されるだろう連携を感じさせるオーラに呑まれそうになった皆に、何よりも自分自身に喝を入れるべく、ディアベルは大きく息を吸う。

 

「勝つぞ! 作戦開始!」

 

 ディアベルが剣を掲げた号令に、我を取り戻したように、だが1部のトッププレイヤーは元より気圧されていないとばかりに攻略部隊は動き始める。

 オーンスタインとスモウの両者は共にHPバーは2本。合計で4本と考えれば脅威だが、2体同時ということもあり、個々の耐久力はボスにしては低めだ。予定では3本持ちであったために、嬉しい誤算と思う一方で、これは何かカラクリがあると即座にディアベルは看破する。

 

「HPバーの減少に注意するんだ! 第1段階はなるべく均等にダメージを与える! 第1射撃部隊……構え!」

 

 弓や銃を装備した第1射撃部隊はこの戦いの肝だ。まずは先制攻撃とばかりにソードスキル込みの矢を放ち、射程と精度を優先したライフルによる銃撃を繰り出す。

 だが、スモウはまるで意に介せずに接近し、オーンスタインはその速度に物を言わせて矢も弾幕も突破するだけではなく、歴史の観点から初見となるだろう銃器の特性を見抜いたように巧みに射線から逃れるように円柱を盾にして接近を仕掛ける。

 オーンスタインを押さえるのは、スミス、主任、ラジード、ヴォイドの役目だ。それ以外の総力をスモウ撃破に注ぐ。

 

(スモウには射撃減衰が著しいな。ほとんどダメージを与えられなかった。やはりソードスキルによる一斉射撃か、スミスさんのような近接射撃でないと明確なダメージは与えられない)

 

 スモウはソードスキルの矢を受けたにも関わらず、HPはせいぜい2パーセント減らせたか否かだ。プレイヤーにおける≪射撃減衰≫や≪魔法防護≫といった補助スキルに該当する専用の防御能力を有するのはネームドにとって標準であり、物珍しくもないが、スモウはそれを抜きにしても射撃属性攻撃に対して尋常ではない防御力を有しているのだろう。

 シノンのような精密射撃で覗き穴を狙い撃つ。射撃部隊の1人がライフルで狙いを定めて見事にスモウのほとんど何処にあるかも分からぬ、垂れた胸が模された鎧の胸部に銃弾を撃ち込むも、まるで怯みもしない。覗き穴にも生半可な射撃属性攻撃は通らないように対策が施されているのだろう。

 投げナイフのように、近接攻撃扱いならばあるいは……とも思うが、それは『不可能』に近しい芸当だ。動き回る相手に投げナイフを突き刺すなど、そもそもとして『【投擲】スキルの補助なしでは無謀』であり、また戦闘中の相手の兜の覗き穴といった隙間を正確に、それに複数本で刺し貫くなど『人間の技量の極致』である。

 

「うぉらぁあああああああああああ!」

 

 まずはスモウの初撃。長柄の先端で盛り上がる黄金の如き煌びやかな塊を有するハンマー。まさしく【処刑者】の為に作られた特注……スモウハンマーは豪風を巻き起こしながら振るわれる。その一撃を引き受けたのは、タルカス率いるタンク部隊の内の3人だ。いずれも対スモウ用に特化した打撃属性に秀でた特性甲冑を装備し、大盾も【地鳴の大盾】という打撃属性のガードに優れたレア装備だ。

 打撃属性はガード崩しに優れている。だが、地鳴の大盾は斬撃属性に極めて弱い代わりに打撃属性に高いガード性能を発揮できる稀有な大盾だ。

 盾はDEXに下方修正をかける。ディアベルのような中盾でも高速戦は望めなくなり、タンク部隊のような大盾ともなれば著しい機動力の低下を招く。だが、だからこそ、武器によるガードとは異なる、プレイヤーの命を守る鉄壁となる。

 

 

 

 

 

 だが、3人のタンク部隊はスモウの一撃によって大きく怯み、続く蹴りによって大きく打ち上げられた。

 

 

 

 

 

 それは誤算。スモウの火力が『高過ぎた』。ドラゴンすらも霞むのではないかと思うほどの一撃によって、打撃属性に効果を発揮する大盾揃いの3人はガードを揺るがされ、その隙を見逃さなかった、鈍重という表現など不適切な程に高速の蹴りをスモウは放ったのだ。

 

「2枚目!」

 

 落下して床に叩き付けられた3人はスタンこそしていないが、一撃でHPが3割近く奪われている。高打撃属性防御力のフルアーマーかつステ振りで高VITを確保し、スキルや装備で更にHP増加や防御力を強化したタンクがたかだか蹴りで3割も奪われるなど尋常ではない。

 これに対してディアベルは冷静だった。彼の指示により、呆けていた2人のタンクが間に入り込み、続く振り下ろしを何とかガードする。だが、それでも1人は片膝をつき、続く連撃などとてもではないが耐えられないだろう。

 

 

 

 

「この程度か。【処刑者】よ!」

 

 

 

 

 だが、連撃の轟音によって5名のタンクが死亡したと思われた時、間に跳び込んだタンク部隊のリーダーであるタルカスは、1人でスモウの連撃を耐え抜いていた。

 装備の違い? レベル差? スキルの熟練度? 否。断じて否! タルカスがスモウの攻撃を受け止められたのは、盾の扱いに長けているからだ。

 盾はガードバランスと呼ばれる特殊なパラメーターが存在する。このパラメーターがある限界に達した時にガードブレイクするが、この増減は盾の性能やステータスのみならず、プレイヤーの盾捌き、STRエネルギーの出力や制御、防御姿勢など多岐に渡る要素によって如実にプレイヤーの腕前の差が出る。

 2つ名は【黒鉄】。それは彼が黒鉄シリーズから始まり、それを模した甲冑を装備し続けたからではなく、まさしく揺るがぬ黒き鉄の盾だからこその異名だ。それがタンク3人がかりでも受け止め切れなかったスモウの攻撃を、連撃さえも凌ぐことを可能とする。

 

「5人で対処しろ! 攻撃は捨て、両手持ちだ!」

 

「は、はい、隊長!」

 

 かつての黒鉄の盾を模すようにデザインをわざわざ合わせた【黒印の大盾】は、タルカスの持つ最高の大盾たるタワーシールドだ。専門性に特化した地鳴の大盾にも迫る程に打撃属性にも秀でており、また炎属性を完璧にシャットアウトするという特殊能力を秘めている。更にユイが開発した錬金素材【雷化の貴石】によって他属性防御力を低下させるのと引き換えに雷属性のカット効果も高めているのが特徴だ。

 タルカスは片手持ちでありながら、スモウの連撃を防ぎ続ける。だが、それは幾ら大盾でも恐るべき速度でスタミナが削られ続ける事に他ならない。また、幾ら卓越した技量を持っているとしても、ガードバランスというパラメーターは、攻撃を受け止め続ければガードブレイク状態に移行すべく上昇するというシステム上の逃げられない枷もある。

 

「ぬん!」

 

「コ、コイツ……!」

 

 だが、それでもタルカスは揺るがない。あろうことか、攻撃の合間を縫い、カウンターで右手の特大剣を振るう。間一髪でスモウは後ろに跳んだが、無傷ではいられず、鎧の傷痕が生じ、またHPが減少する。

 新システムによってダメージ表現も大きく変化した。あれはダメージ到達深度は低いが、手傷を追った……つまりは極小であろうとも防御力低下が生じたことを示す。新システムは決してプレイヤーだけを不利にするものではないと、改めてディアベルは確信する。

 

「1番隊は一撃離脱戦法! 2番隊はタンクのガードの合間から攻撃! 欲張らずに、だが確実にダメージを与えるんだ! 攻撃を当てれば当てる程に防御力は低下する! チャンスは増えるんだ!」

 

 アバター修復もあるので防御力低下は永続ではなく、またフルメイルともなれば余程のダメージを与えねば防御力の目に見えた低下は実感できないだろう。だが、数値上の1の低下も積み重なれば大ダメージを与える時の伸びが期待できる。

 加えてどれだけダメージを与えても、ウルベインを筆頭としたヒーラー達が即座に回復させ、またオートヒーリングのバフなどもかける。また、スイッチで休む時間さえあれば、バフ効果を得られるアイテムの使用や回復アイテムによる自己回復も可能だ。これこそが大人数で攻められる利点だ。

 1人では回復さえも命懸けであり、むしろ致命的な隙になる。だが、複数人ならば誰が攻める間は、誰かが守る間は、自分を癒せる時間が得られるのだ。そして、ヒーラーがいれば、たとえ自分では切り抜けられない窮地でも回復を施されることによって切り抜けられる。

 そして、ヒーラーたちの警護にはリロイを付けている。彼にはヒーラーという命綱の警護を厳命しており、彼は何があっても彼らの前から動くなという指示を遵守するだろう。

 

(スモウの火力とガード崩しは予想以上だ。だけど、タルカスさんの見立て通り、5人がかりなら防げる。それに……!)

 

 あの馬鹿もいる。スモウの突進攻撃……ハンマーを直面に出した形振り構わぬ突撃に、タルカスと合わせてガードし、なおかつ強引にストップさせたのは、聖剣騎士団が誇る最強の馬鹿である専属傭兵のグローリーだ。

 

「今、超必殺の……グローリー☆シールド!」

 

 無論、ただのガードである。だが、タルカスだけでは止められなかっただろうスモウの突進を止めたのはグローリーの功績だ。それは大チャンスを生み、聖剣騎士団の精鋭部隊ががら空きのスモウの背中に攻撃を当てる。剣や槍、そして至近距離から奇跡の雷の杭が直撃する。

 

「がぁ……!?」

 

「そこぉおおおお!」

 

 怯んだスモウに、奇跡で雷属性攻撃力をエンチャントさせたグローリーが、タルカスにも匹敵する、あるいは凌ぐと言わんばかりの大盾による弾きでスモウハンマーをズラし、片手剣による斬り上げを直撃させる。股から胸まで斬られたスモウはたじろぎ、また血が飛び散る。

 くるりと宙を回転して着地したグローリーはポーズを決める。その頭上をチャンスと見た射撃部隊による曲射が越える。頭上から雨の如く降り注いだ矢はスモウのHPを更に減らし、怯みから復帰しようとしたタイミングを狙い、グレネードによる爆破、更に大弓のみで射撃できる大矢が放たれる。

 確かに強い。情報から作戦を準備し、最高に近しい人材を揃えていながら、まだ第1段階であるはずのスモウを押し切れない。それだけでスモウがこれまでのボスでも高ランクに位置するとディアベルは判断した。

 だが勝てない訳ではない。この程度で心折れる者はこの場にいない。数が揃っているからこその強み。ボスさえも単独で抑えられる複数人のトッププレイヤーの存在。そして、自惚れるわけではないが、ディアベルは自分の指揮が合わされば、スモウの撃破は損害を最大限に抑えて可能だと見積もる。

 

(オーンスタインも上手く抑えられてるな。だけど、油断は禁物だ)

 

 そして、狙い通りにオーンスタインはトップレイヤー4人に囲まれ、得意のスピードを発揮できない様子だった。

 ヴォイドは刺剣1本でオーンスタインの槍と渡り合い、ラジードは特大剣でガードと攻撃を使いこなしてサポートし、主任は常に背後を狙って攻める。

 だが、彼らがオーンスタインを囲って自由を奪っているのは、スミスの的確な援護射撃が何よりも大きい。彼はオーンスタインが高速機動を取れないように、常にその動きの先を読んでライフルとレーザーライフルのダブルトリガーで阻害しているのだ。回避しようとすればするほどにオーンスタインは囲いに押し込まれていく展開である。

 全ては作戦通りだ。だが、ディアベルはオーンスタインと対峙する4人の並々ならぬ気迫、そして黄金騎士のHPを1割と減らしていない事に危惧する。

 猛攻を受けてスモウのHPバー1本目は5割をついに切った。この数と質では些か遅いくらいであるが、まだリカバリーできる範疇だ。だが、トッププレイヤー4人がかりでありながら、オーンスタインが受けたダメージはスミスの牽制射撃の掠りの積み重ねだ。

 

「……オーンスタイン!」

 

 そして、事態は動く。攻略部隊の猛攻に対してスモウは助けを求めるように四騎士の長の名を呼ぶ。

 

「愚か者。強者であると察知していながら、人間への侮りを捨てきれなかった。それも貴様が四騎士に足り得なかった理由の1つだ」

 

 オーンスタインが囲う4人を吹き飛ばすように全身から黄金の雷を発する。この程度の全包囲バースト攻撃を回避できない4人ではなく、いずれも範囲外に脱するが、途端にオーンスタインの姿が『ブレる』。

 アバターの残像が焼きつく程の超スピード。ボス部屋の最奥である、中央に太陽と光の王グウィン、左側に太陽の光の王女グヴィネヴィア、右側は台座空白という石像の前に移動したオーンスタインは、槍を回転させてスミスの追撃を弾きながら、奇跡特有の円陣を周囲に展開する。

 

「さすがオーンスタイン!」

 

 見る見る内にスモウの傷は塞がり、HPはじわじわと回復する。また、オートヒーリング特有の山吹色のオーラを纏う。

 

「この程度の奇跡ではしゃぐな。陛下の懐刀であり、アノールロンドの最高戦力たる四騎士が奇跡を修め、全ての騎士の模範となるのは当然の義務。なのに、アルトリウスもキアランもゴーも自覚が……いや、彼らにそのような堅苦しい理屈など不要か。私が四騎士の要。だからこその長。それで良い」

 

 やはりオーンスタインは危険だ! ディアベルが指示するまでもなく接近したラジードが特大剣で回復を妨害するも軽やかに躱される。回避ルートにスミスは正確にレーザーを放つも、今度は攻撃に晒されながらもオーンスタインが与えたオートヒーリングで賄えるとばかりにレーザーをハンマーで盾にしてスモウが四騎士の長を守る。

 

「あひゃひゃひゃ! 盛り上がって来たねぇ!」

 

 状況を覆させるわけにはいかないとばかりに、回復された衝撃を払うべく主任が回転ノコギリを駆動させてスモウの腹を大きく薙ぎ払うのに成功する。血が盛大の零れ、スモウは呻くも、怯みもスタンもせずに逆にタックルで主任を押し飛ばす。流血によるスリップダメージはあるが、それもオートヒーリングの効果によって打ち消し、また傷口の修復も早い。

 オートヒーリング効果が途切れるまで防戦すべきか否か。ディアベルは攻勢を優先して指示する。回復量以上にスモウに攻撃集中するべきだと判断した。

 

 

「貴様が指揮官か。良い腕だな」

 

 

 まるで1シーン飛ばされたかのように、今まさに全員で囲い込もうとしていたはずのオーンスタインとスモウ。その片割れの黄金獅子の騎士は、離れた位置にいたはずのディアベルの正面に出現する。

 まるで見えなかった。いや、まるで目が今更に追いついたかのように脳裏に過ぎったのは、オーンスタインが雷光を纏って跳躍し、円柱を足場にして蹴り、雷の如く左右に移動して攪乱しながら接近した事実だった。

 そこまで認識できたのは、ディアベルもまた卓越した戦士であったからこそである。辛うじて、彼の目は……フォーカスロックはコンマ1秒の世界でもオーンスタインを捕捉しようとしていたからこそ、遅れて接近のカラクリを把握できたのだ。

 それこそがオーンスタインの槍を盾で防ぐという最良のガードを可能とした。そして、それこそが最悪だった。

 盾を貫通し、オーンスタインの十字槍がディアベルを易々と貫く。

 

「我が槍は古竜の岩の鱗さえも貫く。人だろうと神だろうと、盾で我が槍を防げると思うな」

 

 ガード無効化攻撃! それを把握した時には遅く、ディアベルは持ち上げられた十字槍のままに宙を浮き、刺し貫かれた状態で雷撃を受ける。

 

「ぐぁああああああああああああああ!?」

 

 声から苦悶が漏れる。そのまま円柱へと投げ飛ばされたディアベルをヴォイドが間に入ってキャッチし、追撃の衝突ダメージは回避される。

 ディアベルたちはボス戦前に【雷ワームの丸薬】を使用している。これは雷属性防御力を一時的だが、大幅に高めるバフを得られるアイテムだ。連用はできず、またバフアイテムの常として使用中はスタミナ消費も増すが、それがダメージを軽減し、ディアベルはHPを何とか3割残すことに成功する。

 軽装プレイヤーならば一撃必殺だろう刺突攻撃。オーンスタインは刺突した相手に雷撃による内部攻撃で追加ダメージが可能なのだ。加えて誰も反応できなかった超スピードは、もはや戦慄を覚えるしかない。

 

「やるな」

 

 違う。2人だけ反応できた者がいた。

 1人はスミス。彼は雷光を纏った高速移動を行ったオーンスタインを正確に追い、ディアベルを刺し貫く瞬間に背中へとライフルを撃ち込んでいた。距離があったからこそダメージが微々たるものであったが、それでも完璧に反応・捕捉できた証左だ。

 もう1人はディアベルを守るべく駆けつけていたグローリーだ。スピードが足らず、ディアベルを助けることはできなかったが、投げ飛ばされたディアベルに十字槍から雷撃を放っていたオーンスタインの正面に割り込み、人間1人ならば軽く呑み込める巨大な雷撃を大盾でガードする。

 

「団長! オーンスタインは騎士の中の騎士たる私とグローリー☆ナイツ参謀のスミスで抑えます! その間にスモウをよろしくお願いしますよ!」

 

 ウルベインが遠隔奇跡でディアベルのHPを回復させる間に、傭兵でも正面からの戦いならばぶっちぎりの最強と目されるグローリーと最良の傭兵と評価されるスミスがオーンスタインを囲う。

 

「誤射しても恨まないでくれ」

 

「おや、やっぱりグローリー☆ナイツ参謀はお気に召しませんか? ですが、副リーダーの席は空白の方が――」

 

「本当に撃ってもいいかね?」

 

「面白い人間共だ。やはり人間は素晴らしい。それでこそ!」

 

 オーンスタインの動きを射撃で阻害し、グローリーが盾受けしながら片手剣で浅くとも確実に削る。その間に孤立したスモウに攻撃が集中するも、オーンスタインがかけたバフはオートヒーリングだけではなく防御力アップも含まれるのか、ダメージの通りが悪い。

 だが、特大剣を十全に扱える2人がいる。タンク部隊が防ぎ、近接部隊が翻弄し、ヒーラーが回復することでよりダメージを恐れずにトッププレイヤーは踏み込める。主任はスライディングで股抜けしながら回転ノコギリでスモウの右足首を薙いでバランスを崩し、その隙に左右から挟んだタルカスの特大剣の突き、そしてラジードの≪特大剣≫の単発系ソードスキルが炸裂する。

 

「ぬぅうううう! オーンスタインの……言う通り……これが人間の強さ!」

 

 大きく跳んで尻餅を付くスタンプ攻撃。衝撃による範囲攻撃も含むそれによってタンクの1人がガードブレイクする。即座にスモウは両手持ちしたハンマーで磨り潰そうとするが、ラジードが間に入り、真っ向から特大剣でガードする。

 大盾ではなく、特大剣であれを防ぐか! ディアベルは感嘆し、だが呆けることなく指示して射撃部隊の掩護で主任の活躍により機動力が落ちたスモウを攻撃する。

 

「スモウ!」

 

 だが、このまま流れを奪わせないのがオーンスタインだった。彼が咆えれば、ダメージを厭わずに隙だらけのままスモウは大きく跳ぶ。同時にオーンスタインは十字槍を床に突き立てる。

 

「全員跳ぶんだ!」

 

 察知したディアベルの命令に反応できたのは半数以下。床全体……ボス部屋を余さず雷撃が覆う。床を這う雷撃はコンマのズレもなく、接地者に雷属性のダメージを与える。

 だが、ダメージは範囲攻撃もあってか低い。問題なのはデバフ感電の蓄積だ。雷属性防御力が低かった者……特に軽装者は感電状態となる。

 感電は強制的にスタン耐性を大幅低下させるものだ。たとえ重装防具でも軽い攻撃でスタンさせられる。タンクにとって危険なデバフの1つだ。

 オーンスタインの床全体攻撃は感電デバフ蓄積特化だ。連発は無理だろうが、スモウは見逃さず、ダメージを厭わぬ突進によって動揺した、また感電状態になってしまった者たちを轢いていく。

 それだけでは終わらない。オーンスタインは円柱を蹴って立体機動を取り、追いかけるスミスとグローリーと死闘を演じる中で、自由自在に槍を振るい、奇跡の雷の槍の如く、だが超速のそれをばら撒く。それらは床、円柱、天井に衝突すれば、跳弾の如く反射され、広々としたボス部屋を埋めていく。しかもその何十発はスモウの動きを阻害しないように細心注意が払われたものであり、暴れ回る彼はフレンドリーファイアーをまるで恐れる様子がない。

 

「神は仰っています。まだ我々は倒れる時ではないと。アンバサ」

 

 だが、対処できる人材はいる。ウルベインが発動させたのは【癒しの洗礼】だ。彼が保有する≪範囲強化≫スキルと≪効果人数増加≫スキルは、更に専用の装備によって強化され、ボス部屋全体、60人以上のプレイヤーすらも対象とする。この奇跡はデバフを回復するものであり、また効果中はあらゆるデバフの蓄積減少速度が増す。ウルベインもまた、冷静にこの戦場でヒーラーとして善処できる逸材だ。

 他のヒーラーたちも続々と回復の奇跡でスモウに轢かれた者たちを回復させる。それは一見すれば立て直しに見えるが、ディアベルは大きく危惧する。

 奇跡は……特に回復の奇跡は燃費が悪いからだ。魔力の消費量からして、幾ら特化されたヒーラーたちでもこのペースでは、とてもではないが後半戦にはガス欠してしまう。だが、彼らの回復援護無しではもはや瓦解もあり得るのも確かだ。

 やはりスモウの撃破が最優先だ。それもヒーラーがガス欠になる前に。幸いにもオーンスタインはスミスとグローリーの相手で手一杯である。スモウもいよいよバフが切れて元の状態に戻った。

 ここが攻め時だ。ディアベルはレッドローズを握りしめ、まだ自分が参戦すべきではないと肝に銘じる。ここで指揮官が前に出ては、それこそ全体を見て指示を飛ばす人間が不在になってしまう。それは火力の増強を遥かに上回るデメリットだ。

 

「ヴォイドさんも参戦してくれ。もう下手は打たないよ」

 

 オーンスタインの奇襲を警戒し、ディアベルの警護をすべく傍らにいたヴォイドにも参戦を促す。

 

(リロイさんにも参戦を……いや、オーンスタインがヒーラーを狙いにいかないのは、万全の警護をしているリロイさんが邪魔だからだ。彼を動かせば思う壺だ)

 

 リロイからすれば、仲間と歴戦の猛者が実力を発揮する戦場を前にしながらヒーラーの警護など、戦士としては耐え難いだろう。だが、リロイは動じない。彼は何があろうとも彼らを守ると言わんばかりにサンクトゥスなるオートヒーリング効果がある中盾とグラントなる銀の巨槌を手にしてオーンスタインとスモウの動きを警戒し続けている。

 スモウのHPが2割を切る。雄叫びで空気を震わせたスモウが自身も回転しながらハンマーを振り回すも、これを潜り抜けたラジードと主任がXを描くが如く腹を裂き、背後を取ったヴォイドが≪刺剣≫の連撃系ソードスキル【グランド・フェザー】による5連撃を穿つ。間合いを詰める1突きから連撃3回からの後退突きによる離脱という特異なソードスキルであり、使いどころを間違えなければ、相手の間合い外からソードスキルを叩き込める。だが、それを実戦かつボス戦で可能なのはDBOでもヴォイドだけだろう。

 

「主任! 僕に合わせてください!」

 

「合点承知……なんてね! ギャハハハ!」

 

 囲うタンクを弾き飛ばしたスモウを強襲したのは、特大剣から片手双剣に切り替えたラジードだ。曲芸の如く、まるで【渡り鳥】を彷彿させるように、スモウの攻撃を次々と潜り抜け、軽やかな連撃で左足を刻む。片膝をついたスモウの腹に回転ノコギリを押し込んだ主任は、内部でチェーンモードを起動させ、血肉を撒き散らす。

 

「スモウ!?」

 

 今までとは異なる仲間のピンチにオーンスタインは叫ぶ。HPバーの1本目を失ったスモウはゆっくりと背中から倒れそうになるも、何とか踏ん張る。

 

「このスモウ。【処刑者】と貶されようとも……四騎士に足らずとも……王家の騎士である! 来い、人間共がぁあああああ!」

 

 スモウが鈍色のオーラを纏う。その動きは更に鈍重を極めるも、タルカスの特大剣すらも表面で弾き返すという異常事態となる。無論、それ以下の武器等傷つけることさえも出来ない。

 

「リロイさん! 動かないでくれ! 待機だ!」

 

 斬撃・刺突属性攻撃の大幅な防御力増加か! リロイのグラントのような打撃属性が求められる局面であるが、彼を動かすこともできず、ディアベルは奥歯を噛む。リロイもまた自身の必要性を感じて前に出ようとしたが、それを寸前で待機命令で止める。

 

「魔法部隊!」

 

 オーンスタインに畳みかけるまで温存したかったが、仕方ないだろう。ディアベルは虎の子の魔法使いで結成された攻撃部隊を動かす。

 魔法使いプレイヤーはスキルと装備をヒーラーと同じく魔法攻撃に全てを注ぎ込んだ超火力が特徴だ。燃費すらも度外視した一撃重視の大砲である。それは乱戦になりがちなボス戦においては仲間を巻き込む危険性からも投入には細心の注意が求められる。

 だが、ここしかない。ディアべルの命令に従い、魔法部隊はメインであるソウルの槍を次々と放つ。スモウは避けもせずに浴びるが、さすがに貫通性能の高いソウルの槍にはHPが着実に減らされていく。

 一方のオーンスタインはじわじわと削られ、HPバーの1本目もあと僅かだった。スミスのライフルは確実にオーンスタインにダメージを与え、グローリーは滅茶苦茶な動きでありながらも十字槍を受け流し、片手剣の一撃を浴びせていく。

 グローリーの持ち味である雷系の奇跡がオーンスタインに通じないのは残念だが、それでもあの2人の抜きん出た実力があるからこそ、オーンスタインは自由を許されなかった。

 いや、それだけではない。オーンスタインは『焦っている』。それが手傷を増やしているのだとディアベルは見抜く。

 これまでのオーンスタインを見る限り、彼は非常に仲間思いであり、スモウのピンチに我が身が傷つく危険も厭わずに動く。今まさに2人によって阻まれたオーンスタインは、スモウを助けに行けずに焦り、隙が生まれているのだ。

 立て続けに放たれるソウルの槍、そして矢や銃弾にいよいよスモウが怯む。見逃さず、戦槌を始めとした打撃属性装備の者がスモウを乱打する。明らかにダメージが通り、スモウは振り払うべくハンマーを振り回す。

 何度も床を踏み鳴らし、大きく跳んだスモウがハンマーを振り下ろす。急行落下の一撃は大地を揺らし、接地していた者は等しく強制的に動きを止める。スモウが新たに発揮した強制停止攻撃であるが、対処できた主任、ヴォイド、ラジードがスモウを攻撃する。弾かれようとも、微々たるダメージであろうとも、攻撃し続ければダメージは積み重なる。

 

「これなら……どうだ!?」

 

 そして、タンク部隊も攻撃がまるで出来ない訳ではない。タルカスと隊列を組み、全員が大盾によるシールドバッシュでスモウを円柱に叩きつける程に吹き飛ばす。そこに追撃のソウルの槍を浴び、スモウが絶叫を挙げる。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、天より降り注いだ雷が幾人ものプレイヤーを撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 それは高々と十字槍を掲げたオーンスタインの攻撃。全範囲の落雷攻撃だろう。プレイヤーの頭上に生じた雷球より発せられたのだ。それは追尾し、落雷のタイミングで回避行動を取らない限り直撃必至である。

 逃げられたのはスミスとヴォイドのみ。グローリーは敢えて盾受けして『騎士の盾は砕けない』とアピールしている。だが、問題なのは回避できなかったものではなく、HP・防御力が低いヒーラーや魔法部隊まで直撃したことだ。

 オーンスタインのHPバーが2本目に到達した。それがトリガーとなり、新能力が解放されたのだろう。本来ならば、HPバーを減らし切らないように管理していたのだろうが、オーンスタインの焦りの猛攻によってスミスとグローリーの反撃が管理の限界を超えてダメージを与え過ぎてしまったのだ。

 

「スモウ!」

 

「了解!」

 

 追い詰められていたはずのスモウは、オーンスタインの援護によって勝気を取り戻す! そんな仲間に、黄金獅子は雷風を纏って宙を飛んで2人の包囲を脱し、雷の槍をスモウハンマーに撃つ。

 雷撃を纏ったハンマーを改めて握りしめ、スモウは構えを取る。雷鳴すらも聞こえるスモウハンマーは、強大な雷属性エンチャントが施されたのだ。これではタンクすらも大盾の上から削られかねない。

 強大な防御力と火力。シンプルであるが、それこそがスモウの全てなのだ。対して多彩であり、スモウを的確に援護できるオールラウンダーのオーンスタインは、数秒でも自由にさせれば戦場を単体で引っ繰り返しかねない危険性を持つ。

 ヒーラーが続々と奇跡を使い、オーンスタインの落雷でダメージを負ったプレイヤーを癒す。だが、これまで以上のスピードを有するオーンスタインに、決してDEXが高くないグローリーでは追いつけず、スミスが単独で張り付く。

 

「手を貸す」

 

 まずいと判断したヴォイドがスミスの援護に入り、囲おうとするが、巧みな槍術でヴォイドの刺剣の連撃を越え、逆に肩を抉るオーンスタインは鬼気迫るものだった。ディアベルはその間に陣形を立て直すべく指示を飛ばし、スモウの包囲を敷き、魔法部隊にはソウルの槍の砲撃からソウルの矢系による援護に切り替えさせる。

 オーンスタインが自分のダメージを覚悟でスモウを回復させる奇跡を発動させる。隙を見逃さないヴォイドがオーンスタインの腹に刺剣を突き入れ、スミスはダブルトリガーで連射する。ダメージを受けながらもスモウを回復させたオーンスタインのHPバーの2本目は早くも2割削れてしまうが、代わりにスモウは3割を切っていたHPは6割まで立て直す。

 あれだけのソウルの槍を浴びながらも戦い続けるスモウの耐久力はもはや呆れを通り越す。もはや人型の次元ではない。ドラゴンと戦っているかのような気分だった。だが、もうひと押しだとディアベルは射撃部隊にありったけの矢で曲射をかけさせる。

 攻撃の初動を曲射で妨害され、スモウのハンマーの軌道が逸れる。特大剣に戻したラジードは、その刀身に岩を纏い、強烈な一撃でスモウを揺るがす。ここに来るまでにドラゴンウェポンの真価を温存していたラジードに呼応されるように、タルカスもタンク部隊を率いて強引なシールドバッシュを繰り返す。ダメージを浴びても片っ端からヒーラーが回復させ、1人が吹き飛ばされれば、穴が塞がるまではタルカスが無理にでも耐える!

 

「まだまだぁあああああ!」

 

 大盾をついに弾き飛ばされた……いや、自ら手放したタルカスが特大剣を両手持ちしてラジードと並ぶ。2人の怒涛の特大剣の連携を埋めるのは主任だ。円盤と分離し、柄だけ……いや、先端が膨らんだ戦槌モードへと分離変形させた主任は、片手持ちした戦槌とショットガンの連携でスモウを翻弄する。

 だが、オーンスタインの落雷が降り注ぐ。今度は半分が何とか避けられたかに思えたが、ボス部屋の半分を喰らうほどの雷の刃が振り抜かれる。十字槍の先端から雷撃を放出し、ソウルの剣系の如く振り抜いたオーンスタインは、そのまま乱舞し、ボス部屋を刻む。

 だが、即座に対応した幾人かはこの乱舞攻撃はスモウを狙わない配慮があると見抜き、敢えて彼に接近する。待っていたとばかりにスモウはジャンプしてスタンプ攻撃を仕掛けるが、タルカスに負けられないと今度はタンク部隊がガードを決める。

 雷撃の刃の乱舞からリロイはヒーラー達を守る。彼もまた奇跡の使い手だ。攻撃により特化しているが、効果範囲は限られている大回復も近接した状態ならば効果は十分だ。ヒーラーたちを回復させながら自らを盾として耐え続ける。

 オーンスタインの雷撃の刃が止まる。ヴォイドが防御の薄い肘裏から刺し貫き、至近距離の顔面からレーザーをスミスが浴びせたのだ。

 やはりオーンスタインは強い。だが、仲間意識が強過ぎて、スモウの援護の為に実力を発揮しきれていない。そう見抜いたディアベルは、このままスモウの攻撃の手を緩めるわけにはいかないと判断する。

 

「グレネード全弾撃ち込むんだ!」

 

 射撃部隊からグレネードが放たれ、爆発がタンクを巻き込む勢いでスモウを喰らう。だが、炎属性には強いとばかりにスモウはハンマーを前面にした突進で射撃部隊を肉薄する。拡散するも逃げ遅れた1人を磨り潰そうとするが、間に入ったグローリーが、あろうことかハンマーをパリィする。

 ソードスキルではない。自らの技量で、スモウの一撃を完全に見切って受け流したのだ。

 

「今、超必殺の……グローリー☆キック!」

 

 ミドルキックがスモウの腹に打ち込まれ、そこにタンク部隊の攻撃を1人で行うような、グローリーのシールドバッシュが連続で打たれる。妨害すべくオーンスタインが高速の雷の槍をグローリーの背中に撃ち込むも、怯むことなく、ダメージも気にせず、ひたすらにスモウを連打する。

 ヴォイドが回し蹴りを横腹に浴び、兜から血反吐が零れ、刺剣を手から零して地面を転がる。オーンスタインは卓越した格闘攻撃でヴォイドを沈め、スミスもまた同様に潰そうとするが、彼はその場でライフルとレーザーライフルを放り捨て、格闘戦に応じる。

 数秒の攻防。槍と蹴りを絡めた攻撃を捌ききったスミスの掌底がオーンスタインの胸に吸い込まれる寸前で彼は大きく跳び退いて躱し、宙で雷の槍を連発する。スミスは軽やかに揺れて躱しながら手榴弾を放り、雷の槍が放たれる十字槍の先端で起爆させ、オーンスタインを爆発に呑み込ませた。

 グローリーとスミス。この2人はやはり頭1つ抜けている。魔法部隊が残る魔力を使ってソウルの槍を連発する中で、スモウはソウルの輝きから逃れながらも、雷がエンチャントされたハンマーを振り下ろし続ける。ハンマーが振り下ろされた地点は帯電し、スリップダメージが生じ、幾人かがダメージを受ける。

 あともう少しだ。スモウのHPは2割を切った。だが、こちらも回復のペースが落ちる。魔力切れを危険視したヒーラーの判断だ。ウルベインは全体を見ながら回復指示を飛ばしているとはいえ、常にHPが回復するわけではないというプレッシャーがじわじわと蔓延する。

 その恐れをスモウは見逃さなかった。二の足を踏んだ近接プレイヤーを頭上からハンマーで磨り潰す。

 

「ひ、ひぁああああああああ!?」

 

 人間1人が圧殺するとどうなるのか? 血溜まりと肉塊が装備品に埋もれながら残り、近場にいたタンクが悲鳴を上げる。それを【処刑者】としての愉悦を示すかのように、スモウはハンマーで派手に打ち上げる。

 より生々しい死が戦いでハイになっていた思考に冷や水を浴びせるどころか、混乱へと引きずり込もうとする。この状況で何の迷いもなく動けたのは、主任、グローリー、スミスのみ。ディアベルさえも一瞬の空白が頭を占める。

 

「一斉攻撃! スモウを仕留めるんだ! 射撃部隊はソードスキルの準備を! 俺が前に出る!」

 

 今しかない! ディアベルは混乱が生じた前線を立て直すべく、自らが跳び込み、雷がエンチャントされたスモウと正面から対峙する。中盾で防御すればガードブレイク必至だろうスモウハンマーの威圧感で指揮ばかりで鈍った戦闘勘を研ぎ直す。

 ここを乗り越えれば勝てる! ディアベルはスモウの連撃を潜り抜けられない自分を恨みながらも、近接攻撃だけが自分の持ち味ではないと示す。

 盾に仕込まれた奇跡の媒体。それで発動したのは放つフォースだ。比較的早期に手に入る奇跡でありフォースの波動を放つという単調なものだ。だが、ハンマーの攻撃範囲外から狙いすました白い光の波動はスモウの正面で炸裂し、僅かに怯ませることに成功する。

 これまでの攻撃は無駄ではなかった。スモウの鎧は傷だらけであり、深手から血も零れてスリップダメージもある。フォースという高い衝撃を伴う奇跡には耐えきれずに怯むまでにスモウもまた追い詰められていた。

 逃げのバックステップ。スモウが距離を取ったのを見逃さず、ディアベルは射線を開くべく指示を出す。だが、その前にラジードとタルカスだけはスモウに接近する。

 

「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」

 

 DBOでも屈指の特大剣使い2人による同時攻撃。それがスモウの左右の横腹に炸裂する。弾かれる事無く全力で振り抜かれ、スモウはハンマーを落として両手をついてダウンする。

 

「撃てぇえええええええええええええ!」

 

 ここで決める! 離脱した2人を見届けてディアベルは射撃部隊にソードスキルを放たせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ライトエフェクトを帯びた無数の矢がオーンスタインの全身を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その光景にディアベルは唖然とする。スモウを守るべく両腕を大きく広げ、彼の巨体の前に立ったオーンスタインは全身を射抜かれ、両膝をつく。

 スモウの危機にオーンスタインは、スミスとグローリーの猛攻で深手を負いながらも強引に駆けつけたのだ。

 

「無事……か、スモウ?」

 

「オ、オーンスタイン!? どうして!?」

 

「……私は……四騎士の長……全ての騎士の模範たる者。この私が……仲間を守らずして……誰が守る?」

 

 倒れるオーンスタインに、ダウンから復帰したスモウが泣き叫ぶ。動かぬオーンスタインの前で空気が振動する。

 HP全損。オーンスタインを思わぬ形で撃破したディアベルは、だがスモウから慄くほどの殺気と闘志が溢れるのを感じ取る。

 

 

 

 

 

 

 

 スモウは躊躇なくオーンスタインをハンマーで潰し、そして雷光は爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仲間を……コイツ!?」

 

 丹念にオーンスタインの死体を磨り潰し、その力をハンマーに塗り込むような素振りさえも見せたスモウに、ラジードが怒りを露にする。

 

「オーンスタインの……馬鹿野郎。俺よりもずっと強いくせに……庇って……守って……こんなつまらない死に方しやがって」

 

 鈍色のオーラから全身に雷を纏ったスモウのHPバーが変化する。HPバーは完全回復する。再び2本取り戻したスモウは、オーンスタインほどではないがスピードを手に入れ、軽やかに動き回る。

 舐めていたわけではない。だが、アノールロンドのボス戦はここからが正念場だとディアベルは舌を巻く。ヒーラーも虎の子の魔法部隊もガス欠が近く、近接部隊もタンク部隊も疲弊が目立つ。

 魔力は最悪回復アイテムで補充できる。太陽の狩猟団が独占販売している魔力回復系アイテムはリスクこそ大きいが、魔力を補充することができる。だが、魔法も奇跡も消費魔力以外にも使用回数が定められている。大抵の場合は魔力が先に尽きるのだが、ソウルの槍系や広範囲の高回復奇跡は魔力の消費以上に使用回数の少なさもネックなのだ。

 使用回数を回復させるアイテムもあるにはあるが、魔力回復アイテム以上にデメリットは大きい。だが、頼らねばこの状況を覆せない。幸いにもスモウ撃破後は苦戦必至と考えていたオーンスタインが『自滅』してくれたのだ、とディアベルは獅子の騎士の末路を嗤う。

 

 

 途端に思い出したのは、DBO初期……今では懐かしい3人の日々だった。

 

 

 毎日をとてもではないが喉を通ったものではない食事で飢えを凌ぎ、明日の行方も知れず、攻略の為に何を目指せばいいのかも分からないままでありながら、何よりも自由を、そして戦いの日々でありながらも苦楽を分かち合えた安寧のあった時間。

 今では敵対ギルドの専属となったシノンと独立傭兵のクゥリ。彼らとの日々を過ごした自分が冷たく軽蔑した眼を向けている。

 オーンスタインは立派だった。自らの実力はスモウを遥かに上回っていながら、そのサポートの為に傷つくことも怖れぬどころか、自らの命を投げ出して守ることを選んだ。それが彼の騎士としての誇りだったのだ。

 タンクと何ら変わらない。彼らもまた誇りと勇気を持って仲間の盾となる。オーンスタインも同じだ。

 

(……勝つ! 勝つんだ! 勝利は何にも優先される結果だ!)

 

 ディアベルは冷徹な杭を心に打ち込み、胸を締め付ける思い出を奥底に沈める。強化されたスモウはこれまでのようにはいかないだろう。だが、ボス2体よりも1体だけの方が対処しやすいのもまた事実だ。これで全戦力をスモウ撃破に傾けることができる。

 スモウの防御力は第2段階の据え置きのまま、ハンマーは常時強大な雷属性エンチャントされ、またオートヒーリングによって攻撃の手を緩めればじわじわと回復される。加えてオーンスタインの雷の力を吸収した事によってジャンプからのスタンプは衝撃波のみならず雷の波が床に広がるという更なる範囲攻撃にパワーアップしている。そして、まるでソウルの浮遊塊のようにスモウの周囲では常に雷球が生じ、接近したプレイヤーを攻撃する。

 雷属性の特徴として強く痺れるダメージフィードバックによってプレイヤーの動きは止まりやすい。そこをスモウは適確にハンマーで打ち抜いてくる。乱打を潜り抜けようとしたプレイヤーの1人が雷球の直撃を受けて足を止めたところでハンマーで打ち抜かれ、円柱に衝突して物言わぬ肉塊となる。

 死体が消えない。それもまた消せない動揺の拡散を助長する。ハンマーで潰された見るも無残な仲間の骸が恐怖を湧き上がらせる。それを押しのけるように戦えるのは極少数だ。明らかにスモウの攻撃に気圧されてしまっている。

 目は血と肉の赤を直視し、耳は仲間の悲鳴と骨と肉が擦り潰れる不快な二重奏を聞き、鼻は嘔吐を強要する血の香りを嗅ぎ、手足は触れた仲間の骸から死の末路を脳裏に描かせる。舌は口内が干乾びるのではないかと思うほどの喉の渇きを訴えて恐怖の自覚を加速させる。

 スモウが雷撃を纏いながら突進する。これまでのようにガードで無理矢理止めるなどできない。何人が轢かれ、瀕死のダメージを負うが、グローリーが間に入ってギリギリで攻撃を防ぐ。だが、放電によってガードの上から削られていく。

 

「スミス! 若狼くん!」

 

 だが、グローリーの笑みは消えない。自分が耐えている内に背後を取ったスミスが銃弾とレーザーを浴びせ、ラジードが特大剣の一閃を浴びせる。だが、大したダメージは通らない。

 特大剣を受けてもダメージも通らねば怯みもしない。やはり打撃属性が鍵になる。だが、戦槌などはいずれも攻撃の振りが遅くなりがちであり、スモウの猛攻の合間を縫って打ち抜くにはリスクが大き過ぎる。格闘戦を仕掛けるにしても、ライドウのような専門でもない限り、そんな無謀を行おうとする者はいないだろう。

 やはりリロイを動かすか? スモウはオーンスタインと違って遠距離攻撃手段が乏しい。速度は上がったが、オーンスタインには遠く及ばない。これならば距離を取った場所に配置したヒーラーならば十分に対処できるだろう。

 

「リロイさん! 頼む!」

 

「承知した!」

 

 リロイの参戦に前線は希望に湧く。総力を結集してスモウを削り切るとディアベルは細かく指示を飛ばし、部隊単位の連携で着実にスモウのHPを減らし、また手傷を追わせて防御力を落としていく。

 光の存在である神族は、当然ながら光属性防御力が高い。リロイの得物であるグラントは神の祝福が施された白教の宝具という設定があるユニークウェポンだ。故に純打撃属性ではあるが、物理属性と光属性の含有である。

 スモウは神族だ。光属性防御力が高く、グラントは最大威力を発揮できない。だが、それを覆すだけの高い物理属性攻撃力と高衝撃がスモウを揺るがしていく。また、刺剣を再装備したヴォイドはリロイと連携し、彼の攻撃の隙間を埋めるように連撃で刺し貫く。

 

「この程度で止められると思うな!」

 

 鎧が傷つき、動く度に血が流れてスリップダメージを受けるスモウは叫び、ハンマーを大きく振るう。発動したのはオーンスタインの落雷だ。プレイヤー全員の頭上に雷球が生じて追尾して雷が轟音と共に狙い撃たれる。

 だが、今度は8割近くが回避し、また残りもガードで最小限のダメージで抑える。この場にいるのはDBOプレイヤーの上澄み。トッププレイヤーと呼ばれる一握りの極致のみならず、全員が幾度となく修羅場を潜り抜けた猛者だ。何度も同じ手は食わない。

 舌打ちしたスモウが雷撃スタンプを放つべくジャンプする。だが、それを待っていたとばかりにスミスは弾丸とレーザーを放つ。弾速の違いを完全に計算されて狙い撃たれたそれらは、宙にいたスモウの僅かな右の覗き穴に吸い込まれる。

 

「がぁあああ!?」

 

 スモウが攻撃失敗で背中から落ちる。スミスは乱戦の中でスモウの覗き穴に着実に射撃を重ねていたのだ。恐るべき射撃精度であり、またこの男はこの戦いの中でも黙々と己の仕事をこなしている。彼を苛立たせる要素は皮肉にも仲間であるグローリーだけである。

 

(負傷者の数が増えてきた。復帰の時間が長い。ヒーラーを回せる余裕がないな)

 

 スモウの攻撃によって手足を砕かれた者は戦線離脱して下がり、ヒーラーや回復アイテムによる治療で復帰を目指しているが、新システムのせいでアバター修復までの時間は長い。元より回復系の奇跡にはHP回復とアバター修復の2つの効果はあるが、ヒーラー1人が個々の治療に専念して全体回復から抜ければ、それだけ前線の負担は増して負傷者は増える。

 斬撃属性の『切断』。刺突属性の『貫通』。打撃属性の『破砕』。それぞれの攻撃属性には特徴がある。打撃属性は欠損状態などを引き起こし難いが、アバターに深刻な破損を与えて行動制限を引き起こさせる事が出来る。腕が潰れたら武器は構えられず、足が折れたら戦えない。単純にダメージ量だけで生死が決まらないのもDBOなのだ。

 

「このスモウ! 四騎士に列せずとも、それに足ると誉れを得た! 無様を晒して、オーンスタインの顔に泥を塗る訳には――」

 

「そういう熱い奴……嫌いじゃないんだけどねぇ」

 

 珍しく感傷を前面に出しながらも回転ノコギリで背後から一撃を与えた主任によってスモウの言葉は途切れる。だが、それでもスモウは止まらない。再び落雷を発動させたかと思えば、同時に雷撃スタンプして同時攻撃を仕掛ける。落雷をガードしようと決め込んでいたタンク2人は反応しきれず、落雷のガードと同時に床を伝播する雷の波を受けてダメージを負い、また感電状態になる。そこにスモウは敢えて突進して自動発動の雷球を集中させて2人をスタンにさせ、誰にも割り込ませることもなくハンマーで吹き飛ばす。手足や首があらぬ方向に曲がった2人のHPはゼロだ。

 

「ガガイール! マトー! くっ、よくも我が同志を!」

 

 味方の壁になるタンクの宿命とはいえ、タンク部隊はもはや壊滅に等しい。大盾を捨てて攻撃に専念していたタルカスは熱くなって強引にソードスキルを発動させようとするが、ヴォイドが肩を掴んで止める。

 

「無謀だ。お前も盾を装備しろ。攻撃に傾倒し過ぎだ。もっと時間をかけて削るぞ。団長、それでいいな?」

 

「……いや、ここは攻めるんだ! もうスモウの攻撃はガードできるものじゃない。回避を優先する! 残存のタンク部隊はヒーラー護衛の為に下がれ!」

 

 陣取った射撃部隊の一斉射撃でスモウの足を止め、その間に各々がアイテムでHPを回復させる。もうヒーラーによる持続的な回復は期待できない。彼らは危機的状況を脱するためだけに奇跡を行うように指示を出した。

 スモウの新たな2本のHPバー。その内の1本はようやく削り切れるか否かだ。だが、壁となるタンク不在であり、軽快になったスモウの攻撃は潜り抜けることがより難しく、また雷球によって接近しても張り付けないどころか、攻撃のタイミングは増々シビアになった。

 魔法部隊をもう1度投入して一気に削り切るのは第2段階に入ってからだ。それまで彼らは補助的にソウルの矢などで削るに止まっているが、乱戦で後方射撃は危うく、攻撃ペースは鈍い。クラウドアースの専属であるエイミーのように、乱戦で同士討ちを避けるべく位置取りとタイミングを計って魔法を使えるプレイヤーは希少なのだ。下手に貫通性の高い魔法を使えば大量死を招く。

 

(スタミナもそろそろ危ういな。ソードスキルの無駄撃ちはできない)

 

 特に心配なのはグローリーだ。本人は卓越した、良くも悪くも常識外の実力者であるが、今回はオーンスタインと同じく『庇い過ぎている』。幾ら大盾とはいえ、ガードはスタミナを削られる。特にスモウハンマーの打撃属性を何度も防いだのだ。タンク程に特化されていないグローリーでは、スタミナはもはや危険域でもおかしくない。

 またラジードもスタミナ消費が激しい特大剣による猛攻とガードを連発した。燃費が悪い≪特大剣≫のソードスキルも使っている。武器では高いガード性能を誇るジャンルとはいえ、専門である盾には劣る特大剣での連続ガードはスタミナを大きく奪ったはずだ。

 ボス・ネームド戦には死の峠がある。最初は潤沢なアイテム、魔力、スタミナ、気力によって押し込める。だが、複数のHPバーがあるボス・ネームドはHPが減れば減る程に強化されていく。対してプレイヤーの疲弊は積み重なる。特に集中力の欠如がそろそろ生死に直結する頃合いだ。幾ら複数人で攻めて集中力を繋ぎ直せる時間があるとはいえ、ボス戦において気を抜くことはできず、常の緊張は増々の消耗を強いる。そして、そうした消耗は動きの無駄を増やし、スタミナ消費増加にも繋がる悪循環も生む。

 ボス・ネームドの単独撃破が無謀とされる理由の1つは、プレイヤー単体の総火力ではHPを削り切るのに時間がかかる点だ。単独ではHP回復さえも困難という理由もあるが、それ以上に集中力と精神力が保てないのだ。歴戦の上位プレイヤーでもボス・ネームドを相手にすれば、1分と耐え抜けるか分からない。だからこそ、傭兵を始めとした単独でボス・ネームドを抑え続けられるトッププレイヤーは突出した戦力として扱われるのだ。

 

「キミは1度下がれ。スタミナを回復させろ」

 

 息が上がり、汗でずぶ濡れになったラジードは見るからにスタミナ消費が嵩み過ぎている。それを見かねたスミスは彼に助言するも、喋る余裕もなくラジードは首を横に振る。ディアベルとしても、スモウに攻撃が通る特大剣を操るラジードというアタッカーを下げるわけにはいかない。また、別の思惑として、ここで太陽の狩猟団の有望なエースを戦死させるのは『美味い』とも思案していた。

 

「さすがに硬い! だが……!」

 

 円柱を足場にして跳んだヴォイドがスモウの分厚い鎧に刃を通して首筋を狙う。だが、危険を察知したスモウが全身から発した全方位雷撃よって吹き飛ばされる。即死こそしなかったが深手を負い、急速にHPが減少する。

 ヴォイドらしくない下手を打った。それはタルカスの激情を抑えながらも、彼もまた耐え難い喪失の怒りに駆られてしまったからだろう。冷静なフリをして自覚できない程に熱くなっていたのだ。それは無惨に残る仲間の遺体があるからこそだ。ここでも新システムの弊害がトッププレイヤーにすら悪影響を与え始めている。

 本来ならば、全体に冷静さを取り戻させるべく、ペースを落ち着かせる指示を出すべきだ。だが、スモウは高耐久と高火力に物を言わせて暴れ回っている。それを抑える為のタンクも失われ、今は猛攻に対して猛攻で押し返すしかない。

 どちらが先に倒れるか。チキンレースにもならない。スモウはボスとしてほぼ無尽蔵に近しいスタミナと魔力を有する。対して明確な有限を持つプレイヤーの限界は目に見えてくるまでに追い詰められている。

 使うか? レッドローズが有するオーバードソードスキルは、この局面を引っ繰り返すジョーカーだ。だが、それはディアベルの戦線離脱を意味する。また隙も大きく、仲間を巻き込まないように当てるには、スモウの動きを制限させた上で前線のプレイヤーを退避させねばならない。

 耐えろ。第2段階まで耐えるんだ。トッププレイヤーを中心とした連携によってスモウはオートヒーリングでは補えない程にダメージを重ねていき、高防御力も着実に落ちていることを示すようにダメージも通り易くなっている。だが、前線で戦えるプレイヤーは数が着実に減っていく。また1人、回避が間に合わず、雷ハンマーの連撃で血の染みに変じる。

 スモウが雷撃スタンプで囲うプレイヤーに距離を取らせようとする。だが、逆にスミスは好機と見て、円柱を利用して高く跳び、スモウにトップアタックを仕掛ける。頭上から弾丸とレーザーを浴びたスモウは攻撃タイミングが僅かに遅れる。その内にラジードが≪特大剣≫の突進系ソードスキル【カタパルト・スター】を発動させる。眩いばかりのライトエフェクトを帯びた、2段階の突進からなるソードスキルであり、1度目の突進突きの後に更に加速して相手を強引に刺し貫くソードスキルだ。スミスの攻撃に合わせる無言の協調はもちろん、下手をすれば雷スタンプの餌食で即死もあり得たにも関わらず死の恐怖を踏破しての一撃を畳み込む精神力は、彼もまた優秀な戦士である証明だった。

 

「……なっ!?」

 

 そして、まだ終わらない。カタパルト・スターからソードスキルが『続く』。スキル・コネクトではなくチェイン・ソードスキルだ。同時に矛盾しないソードスキルの発動モーションを起こすことによって、確実に1つ目のソードスキル後に途切れることなくソードスキルを発動できる。だが、それは左右に武器を有している状態に限り、特大剣のように『両手持ちでなければソードスキルを発動できない』類では不可能のはずだった。

 だが、ラジードが重ねたのは≪格闘≫のソードスキルだ。連撃系の【花蓮脚】である。回し蹴りからの4連続のミドルキックによる乱打であり、特大剣の重量さえも利用した回転速度で初撃の威力を高めたソードスキルはスモウのHPバーを削り切る。

 蹴り系の発動モーションである足の動きをカタパルト・スターの発動モーションに重ねた。大ギルドも≪格闘≫をスキル・コネクトやチェイン・ソードスキルに組み込むという研究は日夜続けていたが、実戦で……それもボス戦でぶつけるなど度胸があるという次元ではない。こうしたシステム外スキル自体を実戦で発揮できるのは、プレイヤー本人の実力が抜きん出ていると示す要素の1つなのだ。

 

「まったく、無茶をする若造だ」

 

 だが、ただでさえ消耗の激しい≪特大剣≫の、それも突進系のソードスキルを使い、なおかつ燃費は軽い部類の≪格闘≫とはいえソードスキルを連発したとなれば、スタミナ切れは必至だ。動けなくなって倒れそうになったラジードの首根っこを掴み、スモウが反撃に移るより前にスミスが投げ飛ばす。それをタルカスがキャッチし、彼を攻撃から巻き込まないように前線から引き離す。

 いよいよ最終段階に到達し、スモウは念じるように両手で持ったハンマーを掲げる。スモウの全身が治癒し、アバターが完全修復され、纏う雷光が更に漲る。

 スモウの周囲でランダムで落雷が生じ、なおかつ雷球の数が倍に増える。10個以上の雷球が竜巻のようにスモウの周囲で旋回するだけではなく、プレイヤーが接近すれば自動的に放電して迎撃する。

 スモウの突進の構え。ハンマーを前面に向けての反撃を恐れぬ前進。だが、今までとは違うのは、雷をチャージしたスモウの突進はオーンスタインの高速移動にも匹敵するという点だった。

 油断は無かった。反応できた者もいたが、回避は出来ても止める術など無かった。ディアベルが助かったのは、単純にスモウの突進の進路にいなかったからだ。

 まさに自らが雷撃の一閃となる突進。複数人のプレイヤーが巻き込まれるだけではなく、後方支援の要でもあった射撃部隊が轢かれる。壁に激突するまで止まらなかったスモウは、突進の代償として自傷ダメージを受けるが、オートヒーリングを有する彼からすればダメージに見合う戦果を挙げる。

 射撃部隊はほぼ壊滅。3人が即死という惨状を生み、それ以外もHPが3割未満である。更にスモウから続々と放たれた雷球の追撃で全員が死亡する。雷で焦げて爆ぜた遺体が死の恐怖を煽る。

 再びスモウが突進を放つ。今度の狙いはヒーラー部隊だ。唖然としていたウルベインが退避を指示しようとする。彼らの警護を担っていたタンク部隊が察知して決死のガードに入る。グローリーが笑みを捨て、雄叫びを挙げながら駆ける。ラジードを担いでいたタルカスが叫ぶ。

 

 

 

「……アンバサ」

 

 

 

 ウルベインの神への祈りは、スモウの次なる突進によって磨り潰された。ヒーラーは全滅する。彼らの元に集められ、復帰を待っていた負傷者たちもまた死ぬか散り散りになる形で吹き飛ばされる。タンクたちは生存こそしたが弾き飛ばされ、床に伏したまま守れなかった仲間たちの死に絶叫する。

 蔓延する恐怖。ディアベルは一呼吸で死者を『数字』と割り切り、五感で伝わる実感から切り離す。

 

「各個散開! 等間隔で距離を取り、回避を最優先にするんだ! 突進の前は発動モーションがある! スモウの正面は絶対に取るな! 魔法部隊は俺に続け! ここが最終局面だ! 一気に潰すぞ!」

 

 ディアベルの命令が伝播し、足を止めていた者たちは自らの思考ではなく、何度も繰り返し刷り込まれた作戦パターンを頭から引っ張り出して散開する。

 スモウの最終段階は自傷を恐れぬ突進攻撃の連発で陣形をズタズタにする。ならば、個々の間隔を広げた分散陣形とする。スモウが各個撃破を狙えば、ターゲットにされた者は回避優先で逃げ回り、その間に他戦力が集結して囲い、再び分散する。ディアベルが編み出した、突進などで陣形崩しを狙うボスへの対処法だ。並のプレイヤーでは不可能だが、最前線のボス戦に参加できる上位プレイヤーならば可能である。

 

「ヴォイドさん、復帰できるかい!?」

 

「当たり前だ」

 

 寡黙なヴォイドの滾った声は冷めぬ怒りと闘志だ。

 ディアベルはスモウの正面を取らないように魔法部隊を率いながら駆け回る。スモウは指揮官であるディアベルを次に狙おうとしていたようだが、上手く捉えられないと判断してか、各個撃破に移る。

 雷撃突進から急ブレーキの乱舞。身の丈もあるハンマーをまるで軽量武器のように振り回すスモウは、周囲のランダム落雷と雷球の結界を活かす。

 ディアベルの作戦は個々の力量の限界、幾多の修羅場を経験した上位プレイヤーが攻撃や反撃を捨てて回避に徹すれば、ボス・ネームド相手でも十数秒ならば1対1でも耐え抜けるというこれまでの経験から成り立っている。

 

 

 ボス・ネームドを単独で相手にするのに不可欠なのは集中力と精神力だ。だが、そもそもとして、ボス・ネームドと単独で対峙することが誤りである。それは大前提と示すように、数秒と耐えることなく、狙われたプレイヤーはミンチとなった。

 

 

 悲鳴を上げることも許されない攻撃密度による圧殺。ただでさえ範囲が広い巨大なハンマーとランダム落雷、旋回する雷球。これら3つに同時対処するなど幾ら回避に徹しても困難だったのだ。ディアベルは既存の作戦が最終段階のスモウに通じないと悟り、己の判断ミスを呪う。

 

 

 未知への対応。それこそがDBO攻略の鍵だ。そして、この世界において経験は時として罠となる。既知を上回る暴力と悪意でプレイヤーを殺しにかかるのが常なのだから。

 

 

 まだだ。まだ勝機はある。ディアベルの有するレッドローズのオーバードソードスキルを当てれば、幾らスモウが高耐久でも逆転できる目は残っている。また、魔法部隊に残存する魔力を吐き出させた魔法攻撃とスタミナ切れを覚悟したソードスキルを当てて怯ませるしかない。

 ディアベルはレッドローズを構え、赤いライトエフェクトを充填させる。それを見た攻略部隊はディアベルが本討伐におけるラストアタックに入ったと把握したはずだ。

 

「団長の盾となれ! 削って削って削りまくって奴の足を止めろ!」

 

 リロイがスモウの突進にカウンターでグラントを振り抜く。追尾する雷撃に巻き込まれるも、物ともしない剛打がスモウのHPを減らす。

 

「熱いねぇ。おじさん火傷しちゃうよ」

 

 この惨状でも飄々とした主任は、他の上位プレイヤーでは不可能だった猛攻を潜り抜けて回転ノコギリを浴びせる。さすがの力量に誰もが目を見張るも、途端に主任が片膝をつく。

 

「ヤバ……あの堅物……まだ気づかせるわけには……!」

 

 スタミナ切れかとも危惧したが、様子がおかしい。昨日より主任は調子を崩していたが、ここに来て何かトラブルを抱えたように動きが鈍り、スモウハンマーの横薙ぎを回転ノコギリの柄でガードする悪手を取る。耐えられるはずもなく、主任は吹き飛ばされ、後頭部から壁に激突して崩れ落ちる。HPは残っているが、右腕は折れ曲がってしまっている。

 

「あんの……愚弟がぁあああ! こんな仕事……任せやがって! おじさん怒っちゃうぞぉおおお!」

 

 情緒不安定のように叫び散らす主任に、ここに来て重要な戦力が機能しなくなったイレギュラーにディアベルは焦りを覚える。主任は数少ない最終段階のスモウとも1対1で戦えるプレイヤーだったからだ。

 穴を埋めるようにスミスがスモウと対峙する。ハンマーの範囲ギリギリでダブルトリガーでダメージを叩き出すが、スモウは即座に突進モーションに入って彼から逃れ、別の者を狙う。

 

 

「ぐっ……こんな時に……僕は……!」

 

 スタミナ切れで動けないラジードの無念が漏れる。これはHPバー1本目を削り切ってくれた功労者だ。だが、動けぬ彼はもはや戦力外であり、円柱の陰に隠れ、落雷だけに注意を払うしかない身だった。

 ヴォイドも攻撃を仕掛けるが、1発が軽い刺剣ではたとえスモウの猛攻を潜り抜けても旨味は薄い。刺突属性によるカウンター補正の高さがあっても、根本的な刺剣の火力不足が高防御力を有したスモウには分が悪いのだ。

 グローリーは大盾を鈍器として、片手剣と合わせた連続攻撃を仕掛ける。特にシールドバッシュはスモウにも有効な打撃属性だ。あの攻撃密度の中を華麗に、まるでポージングでも決めるように躱すのはもはや異次元であり、そこにカウンターを重ねていく。

 

「うぉらぁああああああ!」

 

 だが、スモウも負けてない。ハンマーに雷球を集め、まるで奇跡の雷の槌のように落雷を帯びた一撃を振り下ろす。十分に反応したグローリーは脱したかに思えたが、彼の頭上で連続の追尾落雷が生じる。

 目を見開いたグローリーは、まるで情熱的なフラメンコでも踊るように落雷を軽やかに躱す中で片手剣を咥えて踏み込む。

 

「今、超必殺の……グローリー☆アッパァアアアアアアアアアアアアア!」

 

 渾身の右拳がスモウの股間に炸裂し、僅かに巨体を浮かす。STR出力を引き上げたのが目に見えて分かる動きと馬鹿力であり、スモウすらも唖然とする。そして、グローリーが生み出した活路に、スモウの背後に全速力で回ったリロイがグラントの能力である奇跡の神の怒りと同じ広範囲高ダメージフォースを発動させる。背後から多段ヒットしたスモウが足裏で床を擦りながら飛ばされる。

 フルチャージまでもう少しだ。それまでディアベルを狙わせるわけにはいかない。そう意気込む面々が決死の突撃を仕掛ける。

 

「負けて堪るかぁあああ! 俺達が勝つんだ!」

 

「そうよ! 私達で!」

 

「倒すんだ!」

 

 彼らもまた死線を潜り抜けた者たち。1人では対処できないならば3人でと、聖剣騎士団、太陽の狩猟団、クラウドアースというそれぞれ出身が異なるギルドの3人が集まり、スモウの攻撃に対処して手傷を負わせる。

 

「よくやった」

 

 3人組とスイッチしてヴォイドが入れ替わり、スモウの突進発動のタイミングで、スミスと同じように、だが近接武器の刺剣で、単発系ソードスキルのリニアーで覗き穴を貫く。それも『空中』で発動させたのだ。恐るべき体幹制御であり、また才能のみならず、血の滲むような反復練習があったからこその最高のカウンターが誰にも止められないはずのスモウの突進を不発に追い込む。

 

「仲間たちの無念、ここで晴らさせてもらうぞ! 我らの勝利の為に!」

 

 血で濡れた刺剣を引き抜いたヴォイドとスイッチしたのはタルカス。落雷を浴びながら特大剣によるかち上げ斬りでスモウを追撃する。雷球が続々と命中するが、それでも止まらない。

 ダメージが大き過ぎる。そう思われたが、タルカスのHPは回復していく。何もヒーラーばかりが奇跡を使えるわけではない。リロイが奇跡で回復させているのだ。

 スモウの纏う防御強化のオーラすら霧散させるような渾身の突きが腹部を貫く。タルカスの全身全霊の一撃がスモウを揺るがし、HPを減らす。

 

「舐めるなぁあああああああ!」

 

 だが、スモウはタルカスが特大剣を引き抜くより先に、左手で彼の体を掴む。

 

「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 スモウのハンマーを振るう程の、ボスのプレイヤーとは比較にならないSTRにより握り潰し。まさかの攻撃に対処できなかったタルカスが唸る。手放せるべくリロイたちが突撃しようとするが、スモウはタルカスを掴んだままスタンプ攻撃で宙を跳び、逆に逸った彼らにカウンターをぶち込む。

 

「タルカスさん! 今……今すぐ助け――」

 

 レッドローズのチャージを放棄して駆けつけようとしたディアベルに、タルカスは兜の隙間から血を零しながら首を横に振る。

 

「だ、ダメだ……! 団長……勝て……必ず勝て……聖剣騎士団の……いや、プレイヤーの未来の為にぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 

 握り潰しながらの雷撃がタルカスの断末魔を彩る。血が泡立ち、巨漢である彼の体は搾られ、血溜まりが出来ていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、投げ飛ばされたタルカスは、首から下が握り潰され、また雷撃によって焼き焦がされた遺骸をグウィン王の石像の前に晒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 円卓の騎士の死。最高の戦士の1人であったタルカスの死に絶望が蔓延するかに思えた。

 だが、心折れない傭兵たちが躍り出る。スミスの援護射撃を受けながら、普段の軽薄な笑みをかなぐり捨て、仲間を失った悲しみの涙を流した、今までにない程に気迫に溢れたグローリーがスモウと対峙する。

 

「騎士の盾は砕けない」

 

 片手剣と大盾による攻防一体の連撃。それは加速を続け、スモウの攻撃密度すらも上回る勢いだった。スミスの援護射撃はスモウの動きを止めることは出来ずとも、的確に初動を阻害し、また雷球を撃ち抜いて消失させ、グローリーの攻撃チャンスを作らせる。

 あり得ない程にグローリーの速度が増していく。盾は……特に大盾はDEXに大幅な下方修正を及ぼす。幾らDEX出力を引き上げているとしても限度があるはずだ。

 ディアベルを含めた円卓の騎士は把握している。グローリーもまたユニークスキル保有者である。彼の持つユニークスキルは≪神聖剣≫。情報によれば、かつてSAOで黒幕だった茅場ことヒースクリフが有していたユニークスキルだ。DBOにおいて、大盾に強大なガード性能を付与する他に、オートヒーリングやアンデット系や深淵系などの闇の眷属への光属性ダメージの増加、専用ソードスキル、そして盾によるDEX下方修正の緩和といった破格の効果が得られる。これこそグローリーがタルカスと並んでタンク本職に匹敵するガードを実現できた要素の1つだ。

 魔法部隊が最終攻撃手段であるソウルの結晶槍を乱発する。次々に着弾し、スモウのHPが3割を切る。

 レッドローズのチャージも完了している。後はスモウを狙って振り下ろすだけだ。だが、スモウは死力を尽くすように動きを止めない。いや、グローリーの猛攻が止まれば、即座に突進に入ってディアベルの一撃を躱すだろう。

 

「団長! 私ごと撃ってください!」

 

 グローリーは振り返ることなく、スモウを釘付けにするのは自分の役目だと叫ぶ。

 勝利とグローリーの命。どちらが優先されるなど言うまでもない。

 振り下ろすことなどできるはずがない。タルカスに続き、グローリーまで失えば、聖剣騎士団は容易に回復できない戦力損失を受けることになる。

 

 

 

 

 いや、そんな建前は要らない。『ディアベル』はもうこれ以上の仲間を失いたくなった。

 

 

 

 

 

 その一方でタルカスより未来を託された『聖剣騎士団のリーダー』として、勝利の方が圧倒的に価値と意味があると計算して剣を振り下ろすことを決めた。

 

 

 

 

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 それは仲間を失う悲痛の叫びか、あるいは未来を創る雄叫びか。振り下ろされたレッドローズは、オーバードソードスキルという異名の通り、プレイヤーに許された枠を超えた火力を実現するように、その名の示す赤き薔薇の如き光を放つ。

 

 

 

 

 

 そして、破壊の赤薔薇の閃光が過ぎ去った後に残っていたのは、左半身を消滅させたスモウだけだった。

 

 

 

 

 

 HPを全損したスモウは手から零れたハンマーを拾おうとして、だが右半身だけは体勢を保てずに倒れ、血溜まりで息絶え絶えに鎧の中身を零す。

 

「オーンスタイン……もう1度……見たかった、なぁ。アルトリウスと並ぶ……と謳われた……勇姿を……もう1度……だから、俺、ずっと……」

 

 オーンスタインの雷を帯びた巨槌を引き寄せて、スモウは自らを焦がすように抱きしめ、そして爆散した。雷光の粒子が粉雪のように舞い、ボス部屋全体を静寂に彩る。

 終わった。終わってしまった。オーバードソードスキルの代償で全てのスタミナを消費したディアベルは両膝をついて倒れる。

 

「何人……何人生き残った? これだけの精鋭がいて……たったの……22人だと?」

 

 半数以上がスモウの猛攻によって命を落としていた。その事実を口にして噛み締めるように嗚咽で声を濡らしたリロイが倒れたディアベルの左肩を、右肩をヴォイドが支える。

 

「団長、宣言しろ。勝利を……我々の……勝利を……! タルカスに……死んだ戦士たちに捧げろ!」

 

 スタミナ切れでまともに喋ることも出来ない。だが、それは酷な要求ではない。攻略部隊の指揮官として、アノールロンド攻略を掲げた聖剣騎士団のリーダーとして、DBOの完全攻略の果てに未来を創ると誓った『人間』として、ディアベルは皆に応えねばならない。

 死んだ。たくさん死んだ。数多の死体がボス部屋で横たわる。彼らを弔うべく、1人1人の顔を思い浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですよ、団☆長! まったく、この私がラストアタックを譲ったのだからしっかりしてください。騎士として! 騎 士 と し て! 騎 士 と し て!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当にこの馬鹿は……っ! 普段のウザさとあり得ぬ生存の感謝で涙を流しそうなったディアベルは、辛うじて『聖剣騎士団のリーダー』としての顔で苦笑いを浮かべる。

 それは亡霊などではない。半壊した大盾と片手剣を手に、『生涯騎士』と達筆の白文字が書かれた漢の赤ふんどしを1枚という変態スタイルのグローリーがまるで何事も無かったようにポーズを取っていた。

 

「いやぁ、間一髪でしたよ! アーマー☆テイクオフがあと少しでも遅れていたら巻き込まれていたでしょうね!」

 

 いつも通りのグローリーに誰もが笑う。笑ってしまう。彼の愚かとも思える明るさに救われる。

 空気が読めないからではない。仲間の為に戦い、仲間の為に涙し、仲間の為に笑う。そんな彼だからこそ、誰もが馬鹿と指差しながらも信頼するのだ。

 この様子だとまたスミスさんがお腹を押さえてそうだな。そう思ったディアベルは彼に目を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

「何を呆けている? まだ戦いは終わっていない。全員構え直せ」

 

 

 

 

 

 

 

 普段から一切の動揺を示さない男の、いつも通りの冷静に浸された、淡々とした、残酷な戦闘継続の宣言。

 この場にいる誰もが多くのボス・ネームド戦を経験してきた。およそ悪辣と言える戦いを潜り抜けた。

 だが、そんな彼らでも度外と言わざるを得ないオーンスタインとスモウ戦だった。スモウの撃破によって勝利は確かなものになったと信じた。

 誰が責められるだろうか? スモウは消えたのだ。もうボスとなる存在は何処にもいないのだ。

 

「リザルト画面が……表示されない」

 

 熟達したボス・ネームド戦経験者はリザルト画面が表示されるまでは戦闘継続と判断する。だが、ボス・ネームド戦では撃破演出で幾らかの猶予があり、遅れて表示されることは多々ある。今回もその1つだろうと誰もが『願った』。それ程までにスモウの孤軍奮闘は凄まじかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スモウよ、それが……それが長年連れ添ってくれた貴様の願いだったのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボス部屋を満たしていた雷光に、1人の騎士の感銘を受けて震えた声が木霊する。

 新システムによってモンスターの遺体は残存する。それはボスも例外ではないだろう。だが、スモウは自らを爆散させた。そうして、雷光を帯びたソウルでボス部屋を満たした。

 それが今再び1ヶ所に……スモウが叩き潰したオーンスタインの亡骸に集結し、修復し、立ち上がらせる。

 

「良かろう。貴様のソウルで顕現できるのはこの1度限り。たとえ、露と消える身であろうとも、一夜の夢の如く貴様の願いを叶えよう」

 

 スモウのソウルで血肉を補い、時を待たずして再び散るだろう燃え上がった命であるならば、四騎士最強のアルトリウスと並ぶと謳われた男が、王より託された使命を全うする『四騎士の長』としてではなく、数多の古竜を屠った英傑として蘇る。

 

 

 

 

<【竜狩り】オーンスタイン>

 

 

 

 

 ネームド名が彼本来の異名となり、黄金獅子の騎士は十字槍を構える。

 神族と古竜の決戦にして血戦。それこそが『竜狩り』であったならば、その行為そのものが異名となったオーンスタインはどれ程の数の古竜を討ち取ったかなど語るまでもない。

 誰もが竜狩りに命を懸けた中で、彼こそがその戦いそのものを意味する異名を得たのだ。

 

「見事だった、不死の英雄たちよ。試練は果たされた。だが、ここからは我が使命ではなく私闘。騎士としてではなく、戦士としてお相手しよう!」

 

 これまでの騎士然とした紳士のオーラを打ち消し、死闘に興じる獰猛な戦士としての姿を示すように覇気を溢れさせるオーンスタインに、ディアベルは指揮を執ろうとする。だが、スタミナ切れの影響で呂律が回らず、また思考も働かない。いや、そもそもとしてオーンスタインを倒す戦力も作戦も物資も無かった。

 

「そんな……こんな……こんな事が……」

 

 リロイが絶句する。たった1本。オーンスタインのHPバーはたったの1本だ。だが、それを削るのはどれだけの苦難かは肌で感じ取れる。

 

 

 ここからがアノールロンドの『真のボス戦』……【竜狩り】オーンスタインとの戦いなのだと。

 

 

 

 雷風一閃。雷の風を纏ったかのように、雷光を帯びた黄金甲冑の騎士は、ディアベルを支える黄金の聖騎士の胸を刺し貫いた。

 辛うじて反応できたグローリーがカウンターを入れようとしたが、片手剣の一撃をオーンスタインは完全回避して指揮官たるディアベルを刺し貫こうとした。だが、寸前でリロイがヴォイドごとディアベルを突き飛ばして身代わりとなったのだ。

 スミスが続々と弾丸を放つ。だが、火力が足りない。オーンスタインが纏う雷光が自動迎撃し、銃弾もレーザーも届かない。言うなれば雷撃のバリアだ。射撃属性攻撃をカットするのだろう。距離を詰めねばダメージを与えられないと察知したスミスが動くが、その間にも心臓を刺し貫かれて十字槍からの放電で追加ダメージを受けるリロイのHPが削られ続ける。

 

「ま、まだまだ……私は――」

 

「遅過ぎる」

 

 リロイは雷撃を浴びながらタリスマンで高位の奇跡を発動させてオーンスタインへのダメージを与えて解放を目論むが、それより先にオーンスタインの膝蹴りがタリスマンを有する左腕を肘から砕き折る。それに終わらず、オーンスタインは十字槍を投げてリロイを円柱に串刺しにすると、そのまま両手に雷刃を形成し、左右から挟み込もうとしたプレイヤー2人の剣と斧を同時に受け止める。

 

「隙だらけだ」

 

 余りにも早過ぎる連撃。上位プレイヤー2人を同時に相手にしていながら、どちらも見ることもなく攻撃を捌き、それ以上の手数で刻み、雷刃を額に突き刺して炸裂させる。頭部を失った2つの死体が新たに生まれ、拘束されながらも放電を浴び続けたリロイは十字槍を抜こうと足掻く間にHPをゼロにされ、四肢を痙攣させたかと思えば何も語らぬ屍と化す。

 瞬殺。上位プレイヤー2人とトッププレイヤーのリロイがいとも簡単に死んだ事実に、いよいよ攻略部隊は恐慌状態に陥りかける。

 リロイの遺体からオーンスタインは次のターゲットを見定めて動く。

 

「騎士の盾は砕けない」

 

「確かに貴様の防御と攻撃は凄まじい。だが!」

 

 新たな獲物に襲い掛かったオーンスタインの前に立ちふさがり、仲間の窮地を救おうとしたグローリーだが、直前でオーンスタインは恐るべき速度で後退し、十字槍から雷槍を散弾の如く放つ。面攻撃を見事ガードしたかに思えたが、それらはプラズマガンのように炸裂して雷爆発を起こし、グローリーの背後のプレイヤーも焦がす。

 

「う、うわぁあああああ!」

 

「駄目です! 私の後ろから――」

 

 オーンスタインからのプレッシャーに耐え切れずにグローリーの背後から距離を取ってしまった瞬間、オーンスタインは大きく跳躍し、スミスの銃撃を雷風を使った空中機動で躱しながら巨大な雷で刺し貫く。辛うじてHPが残ったかに思えたが、グローリーでも完全に守り切れない雷爆発を起こす雷球を続々と放って殺害する。

 

「やはりな。貴様のような奴は小細工を利かした搦め手に弱い!」

 

 スモウよりも遥かに雷の扱いに長けているオーンスタインは、完璧に近・中・遠を支配する。雷風を纏うことによる常時超スピード、射撃攻撃を防ぐ雷のバリア、多彩な攻撃手段はスモウ程の大火力こそ備わっていないが、ボス級には変わりない。ヒーラーもいない現状では圧倒的に回復が追い付かず、また1人、また1人と数を減らしていく。

 生存したタンク2人が回復を済ませて何とかオーンスタインの前に立ちふさがる。だが、オーンスタインは歯牙にもかけず、スピードに物を言わせて背後に回ると足を払って2人を転倒させる。接近しながらのスミスの射撃を自在に操る雷球で防ぎながら、転倒した2人を槍でかち上げ、空中で槍衾の如く連続突きを浴びせ、分厚い鎧を穴だらけにする。

 

「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 スモウ以上の雷撃を纏った十字槍の連撃で死亡した2人のタンクが伏せる。彼らの遺体に足をかけ、まるで獲物を狩ったかのようにオーンスタインは雄叫び、増々の闘志を示す。

 騎士としての振る舞いを捨てた、数多の古竜を屠った頃のオーンスタイン。それはまさしく【竜狩り】の異名に相応しく、竜を殺し尽くすに足る獰猛さと残虐さだった。

 

「私が時間を稼ぐ。ボス霧が時間経過で解除ならば、いずれ脱出は可能のはずだ。残存部隊を纏めて撤退を。どうか生き残ってくれ」

 

 スタミナ切れで動けないディアベルをボス部屋の隅に運び、ヴォイドは祈るように撤退と生存を願う。

 行くな。行かないでくれ。ディアベルは手を伸ばすが、ヴォイドは颯爽と駆け出す。こうしている間にもオーンスタインによって生存者は減らされ続けている。グローリーとスミスが応戦しているが、徹底して彼らを避け、数を減らそうとするオーンスタインを止めることはできない。彼らが友軍を守る為に、特にグローリーが防戦一方になると見切っているからだ。

 魔法部隊の上に直径数メートルにも及ぶ巨大な落雷が降り注ぐ。属性防御力が高い軽装揃いの彼らでも大ダメージを免れない一撃だ。スタンし、追撃の雷槍が放たれるより先にヴォイドが割って入る。

 もうスタミナもギリギリのはずだ。だが、ヴォイドは何の迷いもない動きで雷槍を『消滅』させる。完璧に見切り、命中判定を刺剣で刺し貫いて迎撃していたのだ。これほどの絶技をヴォイドが可能としていたなどディアベルは知りもしなかった。

 刺剣の連撃はオーンスタインの槍と同等、あるいはそれ以上にも思えた。

 だが、激突の交差の末にヴォイドの右膝は穿たれ、立っていられなかった彼を囲うように浮遊する雷球が全方位から集中した。断末魔は雷鳴の中で掻き消され、沈黙の死がDBO最強の刺剣使いと呼ばれたヴォイドの完敗を語った。傷1つないオーンスタインの威風堂々とした立ち姿が絶対的な実力差を示す。

 

『ギルドの勧誘か。いいだろう! このタルカスが力を貸そう! ともかく筋肉だ! 筋肉こそがジャスティスだ!』

 

 重装プレイヤーのパーティを組んでいたタルカスをスカウトした時、彼は快く承諾した。彼は聖剣騎士団に防御力とガードの重要性を説き、ギルドとしての特色形成に大きな影響力を与えた。

 

『神はいるさ。祈りは必ず届く。こんな地獄にいるんだ。何かを信じて縋りたくなるものだろう? 私は怖いんだよ。神が不在の世界なんて……恐ろしくて震えが止まらないんだ』

 

 信心深いリロイは教会にのめり込んでいながらも、決して聖剣騎士団の不利益になるようなことはしなかった。彼はただ怖かったのだ。現実世界への帰還などというたどり着けるかも分からない目標よりも、心の寄る辺としてギルドを求めていた。

 

『……連携とかは苦手でな。だが、貴方のお陰で……その、なんだ。仲間とはやはり良いものだと……思ったぞ。ギルドに誘ってくれて感謝する』

 

 1匹狼だったヴォイドは初期に仲間を失って以来ソロで戦っていた。だが、ディアベルの熱心な勧誘で聖剣騎士団に参加してくれた彼は、その後も単独行動こそ多かったが、誰よりも仲間想いの熱い男だった。

 無惨に圧殺されたタルカス。胸に穴を開けられて円柱に倒れ掛かったリロイ。全身に雷撃を浴びて黒焦げになって伏せるヴォイド。DBOプレイヤーの憧れの的だった、聖剣騎士団の誇る最高戦力達は、プレイヤーの……人間の力など取るに足らないと嘲うように骸となってディアベルの視界を支配する。

 

「負けるわけには……いかない。俺が……俺達『人間』が勝つんだ。勝って……この世界を……!」

 

 逃げるわけにはいかない。勝たねばならない。まだボス霧は解除されていない。誰も逃げられないならば、リーダーとして自分が時間を稼がねばならない。もはや生存者たちの心は折れ、あるいは負傷してまともに戦える者はいないならば、自分が伝説を打ち破らねばならない。

 新しい時代を。この恐怖と絶望に満ちたDBOの先に……『人間』が生きられる居場所を! 新たな世界を! ディアベルは声にもならぬ咆哮で1歩踏み出す。だが、スタミナ切れの体は思うように動かない。

 

「ならば押し通れ! 古き戦士に過ぎぬ私を倒せぬ者に……未来を掴む権利など無い!」

 

 震える足でボス部屋の隅であろうとも立ち上がったディアベルに、オーンスタインは雷槍を飛ばす。妨害しようとスミスとグローリーが攻撃するが、オーンスタインは圧倒的なスピードで2人から距離を取る間にも、雷槍を連発する。

 逃げられない。逃げられるはずがない。雷槍が恐ろしくスローモーションに映る眼で、ディアベルは何かを求めるように唇を動かす。だが、語るには余りにも時間が無さ過ぎた。雷槍が速過ぎた。

 

 

(ユイちゃん。俺は……キミも自由に生きて、笑えて、幸せになれる世界を……)

 

 

 分かり合いたかった。

 全ての罪を告白し、受け入れてもらえずとも頭を垂らし、赦しを求めて縋りたかった。

 彼女だけには分かって欲しかった。自分は正義を貫いていているのだと。どれだけ汚れ、形骸となろうとも、あの頃の気持ちは確かにこの胸にあるのだと。

 弱き人々の為に。聖剣騎士団結成初期の大義は、今も忘れていない。だが、同じデスゲームに閉じ込められても分かり合うことは出来ず、対立し、拒絶し、騙し、利用する日々の中で己の『弱さ』に耐え切れず、『聖剣騎士団のリーダー』として振る舞う度に、かつて唾棄していたはずの存在になっていく自分が嫌だった。

 だからこそ、貫き通す。最も嫌った謀略に塗れようとも、味方も敵も『数字』としか見れない冷酷な支配者になろうとも、必ず新世界を手に入れるのだ。それがディアベルのたった1つの信念だ。

 だが、迫る死の中で、ディアベルは胸の内から澄んだ願いの欠片を掬い上げる。それは何度も何度も封じ込めようとして、だがいつも頭を過ぎる、求めて止まない思い出だ。

 

(キミが赦してくれて、全てを成し遂げた新世界なら……俺は取り戻せる気がしたんだ)

 

 あの夕暮れの空を。シノンとクゥリ、彼らと一緒に冒険した懐かしき日々を。そこにキミがいて欲しい。

 恋心とかそんなものではなく、理解者として『ディアベル』を見て欲しいのだ。

 ああ、俺はつまらない人間だ。それでも負けたくないんだ。ディアベルは剣を振るう。直撃コースの雷槍を、ヴォイドがそうしたように、命中判定斬りで切り抜ける。窮地で新たな扉を戦士として開いた自分に嘲笑し、だがそれさえも容易く上回るように、捌き切れない雷槍が曲線を描きながら幾つも迫っていた。

 それでも諦めない。戦わねばならない。目を背けることなくディアベルは自分に迫る雷を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、雷鳴はディアベルではなく、割り込んだラジードの体ごとHPを抉り取った。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

「動け……動、け……動けよぉおおおおお!」

 

 まだスタミナは回復しないのか。円柱の陰に隠れていたせいか、オーンスタインの攻撃目標にならずに済んでいたラジードは、特大剣を握る右腕を何度も持ち上げようとする。

 だが、スタミナ切れの体は思うように動かず、赤く明滅する視界はまともにフォーカスロックさえも許さないように、超スピードのオーンスタインを追う事さえも出来ない。

 何が期待のエースだ。何が【若狼】だ。何が……何が……何が! ラジードはタルカスを始めとした、尊敬するプレイヤー達の……戦士達の死に涙する。

 今もオーンスタインに喰らい付いているのはグローリーとスミスだけだ。他は戦意を喪失し、心が砕けて壊れたように笑っているか、逃げ惑っているか、助かるはずもないのに息を殺して隠れているかだ。

 

(変わっていない。あの頃から僕は……何も変わっていない!)

 

 クゥリに助けられた夜から何1つとして成長していない。誰かを守ろうとして、だが力不足を突きつけられて、助けたい人々にここぞという時に手が届かない。

 誰もがそうなのだ。両手の届く範囲さえも守り切れないのだ。それが現実だと嘲う諦観者もいるだろう。

 だが、負けたくない。そんなものは現実と認めない。ラジードにとって、常に理想は1つだ。

 それはクゥリ? それとも【聖域の英雄】? はたまたランク1? もしくはギルドリーダーであるサンライス?

 

 違う。

 

 そんなものは、ただの理想像の押し付けだ。

 

 ラジードが望むのはたった1つ。『守りたい人々の為に戦える自分自身』だ。それこそが理想であり、彼が戦い続けた理由だ。

 

 極秘任務でナグナに旅立ち、帰ることがなかったベヒモス。あの頃の自分にもっと力があれば、彼は助けられたかもしれない。同行し、窮地を救えたかもしれない。

 だが、仮定に意味はない。ベヒモスは死んだ。ならば、今を生きる人々を……これからも共に肩を並べる戦友を1人でも死なせたくない。

 守れなかった。タルカスも、リロイも、ヴォイドも、ウルベインも、他にも大勢の人々を守れなかった。

 無力は罪なのかもしれない。だが、敗北とは諦めることだ。所詮は力が足りなかったのだと自嘲し、力不足を認めて立ち上がることを拒む事だ。

 

(スタミナ切れ……運動アルゴリズムの乖離……自分の脳で全ての情報を……処理する!)

 

 主任が示した禁忌。致命的な精神負荷の受容というスタミナ切れの状態でも戦う方法。だが、運動アルゴリズムが不可欠だったのは、人間の脳はあくまで人間の肉体の為に存在するからだ。だからこそ、仮想世界の神経系の如く運動アルゴリズムとの繋がりは重視される。

 言うなればVR情報を脳が低負荷で読み取る為の翻訳機。それが運動アルゴリズムだ。

 ラジードのVR適性は決して高くない。だが、低すぎるわけでもなく、こうして最前線でも戦える。だが、他のプレイヤーに比べれば反応速度が劣ると自覚している。それを彼は弛まぬ鍛錬と修羅場を潜り抜けて培った戦闘勘で補っていた。

 だが、嫌でも分かる。高VR適性者はよりストレスフリーで高密度の情報量がやり取りされる戦闘もこなせる。それを戦闘が長引けば長引く程に疲弊がより目立つ低VR適性者であるラジードは実感した。また、彼らの桁違いの反応速度に嫉妬さえもした。特に【聖域の英雄】に追い縋れる反応速度は、DBOでもランク1のユージーンを筆頭とした数人だろう。

 才能の差で打ちのめされる。それでもラジードは諦めなかった。だからこそ、こうして最前線に立つことが出来た。

 

(ミスティア、ごめん)

 

 自分だけには負けたくない。諦めたくない。どんなリスクを背負ってでも1人でも守りたい。

 脳が加熱するように集中力を尖らせる。そして、運動アルゴリズムとの齟齬……噛み合わぬ歯車の隙間を探し出す。

 見つけた。まるでブラックホールのように、何もかも吸い込んでしまいそうな、自分を見失いそうな暗闇。これこそが運動アルゴリズムの齟齬なのだ。

 引き出す。運動アルゴリズムを通さずに全ての情報を脳で受け止める! 迷いはなく、ラジードは全ての情報負荷を脳に受け入れた。

 

 

 もはや表現できない苦痛を一身に、ラジードは『灼けた』。

 

 

 思考が定まらない。

 全身が痛い。まるで細かな針が全身の筋肉に埋め込まれたかのようだった。スタミナ切れなど関係なく呼吸の度に剃刀の塊が喉を、気道を、肺をズタズタに割いていくような苦痛。それだけではなく、指先1つ動かすだけで赤熱したマグマが流れ込んでいるかのように脳が熱い。

 死ぬ。死んでしまう。そう『思考』できたならばどれだけ救いがあっただろうか。それさえも許さぬように、意識は爛れて溶かされ、自分自身さえも見失い、何を求めたのか、願ったのか、欲したのかさえも分からなくなる。行動の始動となる意思が奪われる。

 

「あぁ……あがぁ……がぁああああああ!?」

 

 言葉さえも操れない。

 情報負荷によって『自分』が破壊されていく恐怖だけが微かに感じ取れる。

 

 

 

 運動アルゴリズムを通さない『致命的』な精神負荷の受容。それは人間に耐えられないという烙印が押されたからこそ禁忌なのだ。

 

 

 

 あらゆる信念が、願望が、矜持が『灼ける』中で形を失って漂う。

 1秒でも早く受容を停止させねばならないのに、それを行う為の思考がもはや定まらない。脳が生存本能のままに受容を止めようとしても、濁流の如く流れ込む情報に押し込まれてしまっている。

 死が迫る。ラジードは痙攣するままに、暗くなる視界の中に沈む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中で雷光が流星の如く流れた。愛しい人の……自分の死を嘆く涙が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中で漂うラジードの手を誰かが取る。

 それは自分自身だ。灼けて熱を帯びた灰を散らしていく己だ。

 繋ぎ止めろ。たとえ、全てを失おう事になろうとも、灼けていこうとも、ただ1つの意思の為に動け。

 

 ラジードは知らない。

 

 白き狩人の場合、致命的な精神負荷の受容を、ただひたすらに全てを殺し尽くさんとする本能によって思考を形作っているのだと、彼は知らない。

 

 だからこそ、白き狩人は戦える。致命的な精神負荷の受容がもたらす激痛以上に、灼けていく感覚の中で引き起こされる自己崩壊を強引に押し止めるどころか、自らの戦闘力を不利な仮想世界で発揮する為に利用している。突出した対応力を備えた殺戮本能があるからこその常軌を逸した、人ならざるバケモノの業。

 ならば、それ以外の人間には致命的な精神負荷の受容は耐えられないのか?

 

 ラジードは知らない。

 

 高VR適性者ならば、致命的な精神負荷の受容をより耐えられる強靭な脳……いや、仮想脳を有している。だが、彼らの場合は運動アルゴリズムとの連動性が高いからこそ、デメリットしか存在しないそのような愚行が不要であり、またVR適性の高さによって運動アルゴリズムとの齟齬を認識し、拡張させ、強制的に脳で情報負荷を引き受けることができない。専用の装置でも無ければ不可能だ。

 

 ラジードは知らない。

 

 ある少女は高VR適性者でありながら、致命的な精神負荷の受容の実験の末に、何もかも灼けて失っていった。それでも彼女は願った。家族も、故郷も、友人も全て忘れてしまうとしても、たった1人でも自分を憶えてくれる人がいるならば、何も怖くないのだと耐えることができた。

 

 自己の放棄と自己の再認識。その揺らぎの中でラジードは客観するように己を見つめる。

 

 灼けていく。

 

 自分が『何か』を失っていく。2度と取り戻せない喪失がある。

 

 だが、それでも彼女は憶えてくれているだろう。

 

 ミスティアならば、自分がどうなろうとも、憶えていてくれる。帰って来た自分を迎えてくれる。

 

 現実世界に戻ったらキミに会いに行こう。そして、キミと一緒に生きていきたい。

 

 

 

 

 もう何も怖くない。

 

 

 

 

 だって、僕は必ず帰るから。キミの所に帰るから。それだけは何があろうとも成し遂げられる気がするのだ。全てが灼けようとも、キミがいる帰る場所を必ず見つけ出し、キミを忘れていようとも、キミは僕を迎えてくれる。キミの傍が僕の居場所だと、何度自分を全て灼けて失っても、そう気づけるはずだと確信しているのだから。

 

 

 

 

 

 ならば、たとえ灼けて灰となろうとも……何も怖くない!

 

 

 

 

 

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 狼のように咆え、ラジードは特大剣を構えて突進する。

 ステータス出力が引き上がったわけでもない。致命的な精神負荷の受容にそんな効果は無い。

 特別な能力が開花するわけでもない。仮想脳がもたらす神の御業の如き力は、致命的な精神負荷を受容できるような低VR適性者には与えられない。

 それでも自己が灼ける喪失の恐怖さえも乗り越えた『強さ』は、新たな1歩を踏み出すことを可能とする!

 

「これだから堪らないんだ……人間って奴は!」

 

 そんな主任の呟きはラジードに聞こえる道理など無かった。

 だが、今の彼には不思議な程に世界が見えていた。VR適性に依存せず、運動アルゴリズムを通さぬ仮想世界はまるで深海まで光が届くかのような透明感をもたらす。

 指を動かす。激痛という反動こそあるが、こんなにもスムーズに動くのかと感嘆する。これでも高VR適性者のようにはアバターを精密操作できているわけではないのだろうと苦笑する。

 デーモン化発動。実戦投入が極めて難しいデーモン化を、ラジードは今ならば完全に制御できると確信して発動させる。途端に彼の姿の姿は獣人へと移行する。シノンと同じ低燃費の獣人型……ただし、彼の場合は狼タイプであり、狼の耳と眼が生じ、獰猛な牙を生やし、一気にトップスピードに入る。

 デーモン化は窮地の上位プレイヤーでも滅多に使用しない。制御が極めて困難であり、多くは暴走状態に入って自滅するからだ。自らがモンスター化するまで暴れ回り、友軍にも甚大な被害を与えることは珍しくない。だからこそ、最後の切り札でありながら、たとえトッププレイヤーでもなかなか切ることができないカードだ。

 ラジードも実戦で使用するなど滅多に無かった。ボス戦ではまずしなかった。過剰な凶暴性が引き出されるデーモン化は、ボス戦のように感情的になり易い局面においては、むしろ味方を害する爆弾でしかないからだ。

 定まらないはずの、溶解していくはずの思考と自意識。それは『助ける』という意思で収束される。本来ならば害となるデーモン化が及ぼす凶暴性の増長が思考の乖離を止める!

 イヴァの大剣の能力発動。竜の咆哮を背後に放った更なる加速で、今まさにディアベルに殺到する雷の槍を受け止めるべく躍り出る。

 命中判定斬りをするには特大剣では重過ぎる。受け止めるしかない。特大剣ではガードの上からでも雷槍によって削られるだろう。全てをガードしきれるとも思わない。また、スタミナ切れの状態では全ての攻撃がクリティカル扱いになる。

 だが、ラジードは恐れない。自分とディアベルを守るべく最小面積になるような位置取りで特大剣によるガードを実行する。

 HP損壊。雷槍の1つが右足に直撃して膝を折りそうになるが、決して倒れない。

 急速に減っていくHPをラジードは見つめる。本来ならば、このまま一気にゼロまで減るはずだったHPは、レッドゾーン……赤く点滅する1割未満に到達すると同時に完全回復する。

 それはラジードが有するデーモンスキル≪緊急回復≫。1個だけであるが、HP1割未満に到達すると同時に自動使用される回復アイテムをセットすることができる。ラジードがセットしていたのは、DBOでも希少な完全回復アイテムであり、大ギルドでも少数しか有さない女神の祝福だ。ミスティアに出陣前に持たされたお守りでもあり、彼女から与えられた加護そのものである。

 

「キミは……どうして……」

 

「ギルドなんて……関係ない。僕は……見捨てない! 守りたい命を守ってみせる!」

 

 呆けるディアベルに、ラジードは誓いを口にする。聖剣騎士団と太陽の狩猟団は険悪な関係にあるかもしれない。だが、そんな道理は関係ない。ラジードは救う。敵だろうと味方だろうと、助けたいと望んだ命を救う。

 

「帰りましょう、ディアベルさん。死んだ皆の為に……生きて帰りましょう」

 

 完全回復を含めてラジードは雷槍の雨を凌ぎ切る。だが、そこまでだ。ラジードの脳は限界に達し、思考と自意識を再形成したからこそ、致命的な精神負荷の受容をシャットアウトしてしまう。

 強烈な反動による嘔吐感と体が鉛になったかのように身動きできない反動。次なる一撃を避ける術も防ぐ手立てもラジードは持たない。HPも3割を切っている。スタミナ切れの状態ではどんな攻撃だろうとクリティカルになり、耐えられる道理はない。

 

 

 

 

「ええ、帰りましょう! 騎士の凱歌が待っています!」

 

 

 

 

 ラジードたちを押し潰すはずだった雷撃。だが、彼らの前に、この状況ではあまりにも滑稽な、赤い褌1枚という笑える姿でありながら、決して砕けぬ盾としてグローリーが立つ!

 雷撃を受け止める大盾は半壊している。だが、ライトエフェクトを帯びた大盾はバリアを発しているかのように雷撃を完全に防ぎ続けている。

 この場でオーンスタインを倒せるはずの唯一の存在。それが自分たちの為に盾となって消耗する。それは本来ならば言い知れない絶望を呼ぶはずだ。

 

「今、超必殺の……グローリー☆メタモルフォォオオオオオオオオオオオオゼ!」

 

 グローリーが発動させたのはデーモン化。途端に生じたのは、まるで黄金の双翼だ。翼は雷に屈しない推力を生み出す。

 

「エンジェル☆ナイトモード! 私こそが天より舞い降りた騎士の中の騎士! その名もぉおおおおおおおおおおお!?」

 

 天使型。こんなものが存在するのか。自分よりも遥かに神々しいデーモン化を、オーンスタインを倒す為ではなく、仲間を守る為に披露したのだ。これがもしも高機動を獲得できるものであったならば、あのオーンスタインのスピードにも対抗できたかもしれない。

 だが、今この場面ではオーンスタインの雷を耐える為に消耗されてしまっている。口上すらも邪魔され、グローリーは片膝をつく。

 それでもグローリーは笑っている。そして、勝利を確信しているように深呼吸をした。

 

「スミス! 何をしているんですか!?」

 

 この局面を覆せる最強のジョーカーを場に叩きつけるかの如く、グローリーはその名を叫ぶ。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 レーザーはなるべく温存したので魔力にはまだ余裕がある。だが、ライフルは些か厳しい。この状況を覆し、いかにして聖剣騎士団に華を持たせながら勝利に持ち込めるか、スミスはひたすらに思案していた。

 

(なるほどな。オーンスタインとスモウ、どちらかが先に倒れれば片方がパワーアップする。だが、最終的には【竜狩り】オーンスタインと戦闘になるように組み立てられていたのか。2体同時ボス戦後のパワーアップした1体。いかに幾度となくボス戦を潜り抜けた我々でも、これを先読みして温存しろというのは些か厳しかったな)

 

 だが、スミスはまだ武器に余裕がある。回復アイテムを極限まで削り、銃弾と武器だけをアイテムストレージに詰めることにより、予備兵装を準備しているのだ。攻撃アイテムにも余裕を残してある。万が一に備えるのは傭兵にとって当たり前のことだからだ。

 タルカス、リロイ、ヴォイドといった主力の損失。主任とラジードは行動不能。ディアベルの指揮も当てにならず、残存戦力も機能していない。この状況で聖剣騎士団に勝利させるならば、徹底した援護射撃でグローリーをサポートする他ないだろう。その間に各々が回復させればいい。幸いにもオーンスタインの動きならば、自分ならば『十分に捕捉できる』。戦術を組み立て直し、グローリーを誘導させればいい。

 ディアベルに戦力を纏めさせ、最低でもラジードを復帰させ、グローリーを中心としてオーンスタインを討伐する流れに持ち込む。オーンスタインのHPバーは1本。スモウと比較すれば耐久力は並の人型ネームドと同等だろう。雷のバリアと雷球操作によって射撃攻撃は防がれるが、一定の距離を詰めれば着弾させ、ダメージを通せる。呪縛者のバリアと同様に剥ぎ取ることもできるだろう。

 

(私で3割、グローリーくんで5割、残存戦力で2割で討伐が理想的だな。聖剣騎士団のリーダー殿さえ生存していればミッションコンプリートだ。被害状況は報酬の減算に入っていないしな。最悪、ディアベルさえ残っていればそれでいい)

 

 その後など興味はない。独立傭兵らしく、新たな仕事を請け負い、ひたすらにこなすだけだ。スミスはグローリーが着実にオーンスタインの動きへと対応して攻撃を命中させられる域に達していると見抜く。オーンスタインに対してスピードが足りないのはバトルスタイルの違い故にだが、それだけで勝敗が決まるわけではない。搦め手に対する弱さは自分が補えばいい。

 勝利の道筋は見えた。スミスは冷静にオーンスタインの動きを阻害してグローリーとの近接戦に持って行かせようとした時だった。

 ディアベルが立ち上がる。指揮官の復帰を見逃さず、オーンスタインが雷槍を放つ。初撃こそディアベルは、土壇場で覚醒したように命中判定斬りで凌ぐが、続く複数の雷槍には対処しきれない。

 何故立ち上がった!? スミスは舌打ちを呑み込み、ディアベルを生存させるべく、ライフルで雷弾の命中判定を狙うも、さすがに時間が無かった。

 死亡するかに思えたディアベルを守ったのはラジードだ。まだスタミナ切れのはずが、どういう理屈か、まるで問題ない……いや、それどころか軽やかさを感じる程に駆けつけて雷槍を防ぎ切ったのだ。1度はHPが全損するかとも思えたが、1割未満に到達すると自動回復し、それも含めて耐えきることに成功する。

 何らかの特殊装備、あるいはスキルがあったのだろう。安堵したスミスは、オーンスタインの注意をライフルを撃つが、元より仕留めきるつもりだとオーンスタインは更なる巨大な雷撃攻撃へと既に移っていた。

 十字槍から放出された巨大な雷撃を防いだのはグローリーだった。彼の性格を知っていたスミスは驚きこそしなかったが、最悪の展開だと奥歯を噛み締める。

 グローリーはオーンスタインと戦える人材だ。彼をメインアタッカーに据えて倒すのがスミスの作戦だった。だが、オーンスタインの雷撃を防ぐために、勝利を組み立てるカードは失われようとしていた。

 

「スミス! 何をしているんですか!?」

 

 オーンスタインの雷撃を止めねばならない。接近しようとしたスミスに、未知なるデーモン化まで披露したグローリーの珍しく怒気が含まれた大声が響く。

 

「いくら騎士でも、この状況で出し惜しみは許されませんよ!? 私が彼らを守ります! だから……貴方がオーンスタインを……!」

 

 何を言っているのだ、この男は? 冷淡に吐き捨てようとしたスミスは、だが彼の言葉に籠る熱い魂を感じ取る。

 

「たとえ、何かを失う事になろうとも、勝利がその先に無くとも、敗北と許容することさえできない破滅が待っているとも、戦い続ける!『今』を『明日』に繋げる為に戦う! それが『生きる』ということでしょう!?」

 

 2人をさっさと見捨てれば助かる。半壊した盾ではオーンスタインの雷に耐え切れない。だが、それでもグローリーは2人を守り通すと『騎士として』誓ったと言わんばかりに動かない。

 

「私が知っているスミスは『未来』を恐れるあまりに『明日』を捨てるような臆病者ではありません! 騎士ならば、今こそ戦う時です!」

 

 押し切られる。グローリーが片膝をつく。だが、誰も動くことはできない。もはや絶望しているのだ。オーンスタインから与えられる死を待つだけの心折れた敗者となってしまったのだ。

 だが、屈していない。ディアベルも、ラジードも、グローリーも敗北を許容していない。まだ心折れていない。

 

(残存戦力を……グローリー君の近接攻撃で……オーンスタインの行動阻害を……違う。そうではない。私は……!)

 

 恐れている?

 

 ああ、その通りだ。

 

 私は怖いのだ。『孤独』が怖いのだ。

 

 多くの仲間がいた。彼らはいずれも人類の極致と呼ばれる者たち。ドミナント候補者だった。

 

 激戦に幾度となく駆り出された。世界を救うと呼ぶに足る作戦にも従事した。その度に仲間を失っていき、彼は最後の1人となった。

 

 そう、彼は『独り』になった。理解者などいなかった。上層部にあったのは恐怖の眼。故に生き残りの彼に新たな戦場を与えることなく、平和な日本で飼い殺しにすることを選んだ。

 

 家族もいない。友と呼べる者もいない。仲間もいない。遠き異国の地にいる知人がたまに便りを寄越すが、そこに彼の孤独を理解する文面など無い。あるのは当たり障りのない社交辞令と近況報告ばかりだ。

 

 多くの敵を殺してきた。『敵』と判断して殺してきた。

 

 理性で人を殺せる。感情のままに殺したことなど1度と無かった。

 

 そんな自分を肯定できる『自分』が恐ろしかった。

 

 久藤の老人の言葉は真実だ。温もりが欲しかった。『孤独』を紛らわす居場所を求めていた。

 

 煙草と酒に溺れて自死を渇望する日々の中で届いたDBOの招待状。デスゲームに特に抵抗も無く、自分が死ぬことなどない、誰にも自分は縛れないと戦った。

 

 だが、足掻く若者たちに……自分とは違って命に執着し、より良い明日を求め、いつか訪れる望んだ未来を求めて戦う彼らの姿があまりにも眩しかった。

 

 道を誤る者。志半ばで倒れる者。心折れて腐っていく者。彼らは自分とは違う、生きることへの情熱があった。

 

 彼らを導くことが楽しかった。冷静に、冷淡に、冷徹に、感情でも本能でもなく理性で彼らを迷いなく殺せる自分を理解していながら、深入りしていった。

 

 自分を頼ってくれる人たちがいた。恐怖され、排斥され、独り死んでいくことを求められていた自分に庇護を求めた女性がいた。指導を頼み込んだ若者がいた。

 

 そして、かつての自分を見るかのように、余りにも強大な潜在能力を秘めた……いつか世界を滅ぼすのではないかと思うほどの恐ろしき白と出会った。

 

 自分と同じように躊躇いなく殺せるが、それは理性に基づいた判断などではなく、本能に基づいているかのように余りにも自然的だった。殺しに迷いを持たない、蜘蛛を思わす無機質な瞳に、暗闇の中で『答え』を探している迷子を見出した。

 

 私は怖い。

 

 全てが幻想だったのだから。

 

 この『力』で何かを得られるなど自惚れたことはなかった。だが、それでも信じていたのだ。『答え』を得れば、成就すれば、胸に空いた虚ろを埋めることができるはずだと。

 

 失ったのは温もり。自分で奪った命。既に乗り越えてしまった悪夢。だからこそ、彼は追い縋ることもできず、ただ幻想だったと諦観する。

 

 そんな私が『守りたい』と望んでしまうものが出来てしまった。

 

 帰りたいと思える場所を見つけてしまった。

 

 何にも縛られないカラスを気取っていたはずなのに、止まり木に巣を作り、安住を望んでしまった。

 

 その罰はいずれ受けるだろう。

 

 だが、それは『今』ではない。

 

 

『「巣立ちの家」? 変なネーミングね』

 

『人間は自力で生きていくしかない。子どもでも、この世界で生きていくならば、いつまでも庇護下に置くべきではない。たとえ死ぬことになろうとも旅立つべきだ』

 

『スミスさんらしいね。うん、賛成!』

 

『おや、キミは大反対すると思ったのだがね』

 

『えへへ。だって、それって「生半可に死なないように鍛え上げるまでは何があっても守ってやる」って事でしょ? スミスさんったら優しいんだから♪』

 

『……都合の好い翻訳だな』

 

『でも否定はしないんだ。そういう所が好き』

 

 

 私はそんな大層な人間では無いよ、ルシア。ただ居場所が欲しかっただけなんだ。

 スミスは自分の帰りを待つ女と子どもたちの顔を思い浮かべて自嘲する。

 

 常に自己を客観視し、決して不要な恐怖心を持たれないように管理して戦ってきた。そうして己を制御することこそが処世術だった。

 

 だが、DBOで現れる数多の強敵は、彼の全てを引き出す事を求めているかのようだった。

 

 1度でも引き出せば、誰かの目に触れれば後戻りはできない。彼は行き着く先を1度味わっている。

 

 しかし、白き傭兵は……自分と違って『答え』にすらたどり着いてない迷える若者は同じ渦中にいるではないか。

 

 今更だ。

 

 全ては幻想だったのだから。

 

 

 

 もはや、この身に『孤独』があるなど、幻想に過ぎないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ。何度キミに私達は傭兵だと言えばいいのだろうね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎士気取りも、黒の二刀流も、白き傭兵も、私を諦観者として終わらせてくれない。

 だから、たとえ破滅が待っているとしても、『明日』の為に今1度飛び上がろう。

 

「ところで、どうして私が奥の手を隠し持っていると分かったのかな?」

 

「フッ、スミスが切り札を持っていないはずがありませんからね! 騎士として、騎 士 と し て、騎 士 と し て! 信じるのは当たり前でしょう!?」

 

 要は考え無しのブラフ。何の根拠もなく、自分のカッコイイを優先しただけの話だ。もしかすれば、スミスにカードが無ければ、グローリーにはオーンスタイン撃破の切り札があったのかもしれない。

 いや、そんなものは無いのだろう。あの男は真性の……だが、清々しいまでに仲間の全てを信じて我が身を捧げる『騎士』なのだから、とスミスは内心で彼を認める。

 

(懐かしいな、レオハルト。キミを見ているようだよ)

 

 かつての亡き戦友がグローリーと被る。時代錯誤の騎士か。それも貫けば本物だ。たとえ、どれだけ狂っていようとも、彼はそれこそが己の騎士道と信じているのだから。

 

 オーンスタインに肉薄する。雷撃を放出していた彼は思わぬスピードの接近に攻撃を停止し、瞬時に回避行動を取る。だが、回避ルートに置かれていた銃撃が着弾し、雷のバリアを損耗する。

 

「……なるほどな。貴様も何かで自らを縛り付け、本気を出せなかった身か。血沸き肉躍るぞ!」

 

「キミ程に大層なものではないさ。私は傭兵だ。常に保身とボーナスの為に、切り札を隠し持っているだけだよ」

 

 全装備換装完了。スミスは左右の新たに装備した武器を……いや、甲冑のように『自身を覆い尽くす装備』を見せつける。

 漆黒の塗装。何処となくヒーローチックな兜を思わす金属装甲の頭部には双眸を思わす2本の橙色の光を灯らせたカメラアイ。左背部には折り畳み式の細身の砲身。右肩部には流線形のポッドがある。全体的に細めであり、決して装甲は厚くない。

 右手に有するのは2連装アサルトライフルだ。命中精度を実用のギリギリまで落とし、通常よりも射程は短いが、高い連射性を獲得し、耐久度消耗を度外視したリミッター解除ならばマシンガンに匹敵する連射を可能とする恐るべき爆発力を秘めたアサルトライフルだ。ただし、その分だけ弾薬の消費が激しく、装弾性は悪くないが、継戦能力は決して高くない。また、銃剣の代わりに通常よりも更にリーチが乏しい。

 左手に有するのは肉厚のレーザーライフルだ。だが、その外見に反して連射性に特化させており、単発火力は決して高くない。だが、銃剣の代わりにヒートパイルを仕込まれたキメラウェポンだ。ゴツさの正体はこの隠匿にあり、安易な接近を許さない必殺兵器という本性を持つ。

 

『おはようございます。メインシステム、戦闘モードを起動。貴方を歓迎します』

 

 頭に響くのは女性の涼しさを覚える合成音声だ。スミスだけに聞こえるこの全身兵装に組み込まれたサポートAIである。

 

 

 

 

 ヘンリクセン製作トータルコーディネート……【ラスト・レイヴン】。

 

 

 

 

 

 DBO屈指のHENTAI鍛冶屋達は、自分たちだけの開発した技術では足りない時には取引を行う。大ギルドには与しない傾向がある彼らであるが、道は違えども、同じ≪鍛冶≫の極みを目指す同志だからだ。

 だが、彼らの多くはそれぞれが専属を持つ。故にそれは諸刃の剣。いつか自分の専属に自分の技術が牙を剥くかもしれない。ならばこそ、取引した技術を洗練し、改良し、全くの別物に仕上げていく。

 スミスを覆うのは、終末の時代で得られるパワードスーツ型のような全身装甲だ。だが、それは防具ではなく『格闘装具』である。

 試作全身装着機動防具『レイレナード』。それはヘンリクセンがある対価と引き換えにGRから得た技術だった。高機動を実現する為の防具であったが、ヘンリクセンはこれを格闘装具という武装の方向性にシフトし、開発に着手した。

 義手や義眼の技術を有するヘンリクセンだから可能としたレイレナードの独自発展型。スミスが得たソウルアイテムを最大限に活用し、ついに求められた水準に到達し、実戦投入を可能とした産物だ。

 悪魔の装備。ヘンリクセンはそう称した。スミス専用のラスト・レイヴンは、彼の実力を引き出す為のハイスペックを追求するが故に希少性の高い素材やソウルアイテムなどのユニーク素材が不可欠だったが、大ギルドに技術が渡れば、たとえダウングレードすることになったとしても、いずれ訪れるギルド間戦争の苛烈化を招くと危惧してた。

 加速。青い光が発せられ、スミスの1歩は滑空へと変じる。地形の影響を最大限に減らす滑空状態での移動が可能だ。

 

『ブーストゲージに留意してください』

 

 ブーストはスタミナと魔力を消費するが、メインは前者だ。ブーストゲージがある限り、この特殊な移動状態を維持できる。ただし、速度の制御も含めてアバター操作と思考操作の並列が求められ、高VR適性とハイセンスが要求される。

 それは地に足をつく人間ではあり得ない変則的なスミスの動き。これはヘンリクセンがレイレナードのコンセプトを理解し、深化させるべくデーモン化のフェアリー型を研究し、再現・高速化を目論んで開発されたものだ。フェアリー型のようにある程度の空中機動を可能とするが、その制御性は雲泥の差であり、ラスト・レイヴンを御するにはスミスも『3時間』の集中的な訓練を要した。ただし、この機動性を可能とするには、ラスト・レイヴンに組み込まれた<アモンの機獣>のソウルのお陰であり、ラスト・レイヴン以外には今のところ実装は不可能だ。

 スミスの限りなく3次元に達した機動。だが、それはオーンスタインも同じだ。雷風で半ば飛ぶように宙を駆ける。

 

(DEX出力に基づいたアバターの運動を感知し、ブースト分のスピードを上乗せする。だが、まだ足りないか!)

 

 スミスはDEX出力を6割まで引き上げる。微かな頭痛こそしたが、繰り返された鍛錬によって長期維持に問題はない。メインブーストによる速度上昇も合わされば、オーンスタインにも喰らい付ける。

 だが、まだだ。もっと速度が要る。オーンスタインは楽しむように更に加速する。それを追いかけるべく、スミスはデーモンスキルの≪狂速≫を発動させる。これはスタン耐性と防御力を低める代わりにDEXによるスピード補正を高めるというスピード狂仕様に変じるものだ。

 更なるスピードアップにオーンスタインが感嘆する。他の全てを置き去りにした超速の世界で、雷撃と銃弾とレーザーが絡み合う。

 オーンスタインの攻撃は変幻自在。雷の扱いに長け、十字槍から発せられるスピードに富んだ雷槍系と自身から生み出す雷球系がある。オーンスタインは複数の小型雷球を生じさせると機雷の如くばら撒く。それらはスミスの接近を感知すると炸裂して雷爆発を起こす。

 だが、スミスへのダメージもスタン蓄積も衝撃さえも限りなく抑えられ、爆発を突破したスミスの連射がオーンスタインの雷のバリアを一気に減少させる。

 

『ソウルアーマー82パーセントに減少。充填を推奨します』

 

 まだ不要だ。思考操作でスミスを青い光の粒子が繭のように覆って攻撃を大幅減衰させた防御能力の回復を後回しにする。回復には魔力を要する。ここまでの連戦でスミスもさすがに魔力の残量は少なく、全てを攻撃と機動に回すしかなかった。

 ソウルアーマー。スミスが得た呪縛者の破片からヘンリクセンが独自開発したバリアだ。鎧のように重量が増すことなく絶大な防御効果を得られる一方で、減衰した防御能力を緊急回復させるには多大な魔力が求められる。だが、スミスの全身型格闘装備ラスト・レイヴンの効果によって少量であるが、自然回復する仕様にもなっている。これは彼が得た<火の神フラン>のソウルを用いた【ソウル・ジェネレーター】なる代物のお陰だ。ヘンリクセンの妹であるマユがシノンの義手改良の過程で開発した『プレイヤーではなく、装備から魔力を供給する』という技術によって完成したものだ。ただし、実用化には適性のあるソウルアイテムが現状では不可欠である。

 

「私と似た結界か!」

 

 嬉々としたオーンスタインは接近戦を仕掛ける。それは正解だ。スミスはダブルトリガーである。ならば銃撃が効果を発揮しづらい懐に潜り込むのは道理だ。

 だが、スミスは左手のレーザーライフルを腰にマウントすると、左腕と一体化した『レーザーブレード』を振るう。

 それは紫を帯びたどす黒い闇の刃。神族にとって天敵の闇属性のレーザーブレードだ。それでオーンスタインの槍を弾くに止まらず、左腕と一体化したナイフ形のレーザーブレードが分離、ケーブルから伸びたそれは彼の手に収まる。自由度を確保した、固定型の闇属性のレーザーブレードはオーンスタインの横腹を斬り裂く。

 闇属性レーザーブレード【ドラゴンスレイヤー】。ヘンリクセンがマユの変形技術を用いた近接装備一体型のレーザーブレードである。特徴的なのは、他のレーザーブレードとは違い、魔法属性と闇属性を有する点だ。これには<ニトの死竜ニーズヘッグ>のソウルが使われている。死とは最も闇に近しい存在であるが故に、魔法属性を含有するが、高い闇属性攻撃力を有したレーザーブレードの開発に成功した。また、ドラゴンウェポンとしての性質を規格外の耐久度に回してある。

 ドラゴンスレイヤーは高耐久度を誇る実体剣としての取り回しの良いナイフと、その刀身から放出された闇属性レーザーブレードの2つによる近接戦を可能とする。特に闇の特徴として実体に近しくなるという特徴から、他の固定型レーザーブレードよりも強度に優れて剣戟を可能としていながら、レーザーブレードであるが故に重量変化はないという特徴を有する。ただし、放出型ではないが故に高火力よりも燃費と剣戟可能を優先されている。

 そして、ドラゴンスレイヤーはラスト・レイヴンとの一体型……キメラウェポンである。これによって武器枠の消費を抑えるだけではなく、ニーズヘッグのソウルの耐久度上昇効果を全身装備にも反映させ、防御力の上昇にも成功した。

 

「やはり人間は闇を求めるか! だが、それこそ……!」

 

 オーンスタインのHPはバリアがまだ残っていても削れた。この点から、スミスは雷のバリアが有効なのは射撃属性攻撃のみと判断する。それはソウルアーマーと同じ特性だ。レーザーブレードを左腕にマウントし、レーザーライフルを左手に持って再びダブルトリガーに切り替える。

 オーンスタインは雷球を自在に操り、追尾させ、近接信管で爆発させる。そうしてスミスの動きを制限し、狙いすませて雷撃を放ったかと思えば、そのまま十字槍を振るって薙ぎ払いに変じさせる。他プレイヤーの安否が一瞬気がかりになるが、既にグローリーが全員を1ヶ所……ボス部屋の隅に集め、鉄壁のガードを敷いている。彼は皆を守る騎士に徹するつもりなのだ。

 もはやオーンスタインにも他の面々は眼中に無い。否、スミスさえ倒すことを勝利と同義と判断している。これが全力だとばかりにオーンスタインが更にもう1段階加速する。アバターが常時ブレる姿に、もはや人間の対処速度を超えているとしか呼べない。

 だが、スミスは狙い撃つ。アサルトライフルの特徴は何か? それはライフルとマシンガンの特性を有する点だ。器用貧乏とも呼べるが、近・中距離で常時攻撃を当て続けるならば、アサルトライフルは最高峰であるとスミスは断言する。ばら撒くだけなどアサルトライフルの適性を活かしきれない者の戯言だとスミスは断言するが、それは常時捕捉し続け、なおかつ常識外の射撃スキルで命中させ続ける彼だからこそ引き出せるポテンシャルである。

 スピードの差が縮まった。ならば、後はどちらが攻撃を当てられるかだ。先にバテるのはスタミナと魔力が有限のスミスであると確定しているならば、この勝負の天秤は彼の不利に傾いている。

 オーンスタインは雷の残像でスミスを翻弄する。いや、雷の残像は分身として機能して攻撃を可能とする! それぞれがオーンスタインと同じ攻撃を行う。

 四方八方からの雷槍と雷球を完全回避し、逆にレーザーをオーンスタインの兜に掠らせる。危うくヘッドショットが決まっていたが、オーンスタインはより昂ったとばかりに、今度は後れを取らずに十字槍による近接戦を仕掛ける。先程はレーザーブレードによるカウンターを予測できなかったからこそのダメージだが、次は雷を帯びた刃と闇属性の刃がぶつかり合い、せめぎ合い、互いに弾けるように距離を取る。

 再び雷分身を作り、雷槍の弾幕を張り、その間に雷風で上昇したオーンスタインのトップアタック。上空からの分厚い雷撃をスミスは床に火花を散らすドリフトで躱しながら、ダブルトリガーで更にオーンスタインのバリアを削る……否、ついに剥がす!

 

「そこだ!」

 

 だが、雷のバリアを剥ぎ取られるようとも攻撃の手を緩めないオーンスタインは、雷球を十字槍の先端に集めて膨張させる。巨大な雷爆発を引き起こす雷球が炸裂し、眩い閃光と衝撃がカメラアイを明滅させ、スミスは一瞬だがオーンスタインを見失いそうになる。

 

『≪暗視≫適応モード』

 

 即座にサポートAIによってカメラアイの機能が切り替わる。カメラアイによって反映される視覚は切り替わり、まるで夜のように暗くなる。スミスは≪暗視≫スキルによって完全に見通し、本来ならば閃光爆弾の如く目を潰したはずのオーンスタインの攻撃を切り抜け、強襲したオーンスタインへと逆にカウンターを狙う。

 バーストショット。2連装アサルトライフルはリミッターが解除され、マシンガン級に弾丸をばら撒く。このモードでは幾らスミスでも中距離での精密射撃は難しい程の反動となるが、アサルトライフルの火力と射程でマシンガンとほぼ同じ運用が可能となる。

 爆発的なDPSの上昇はバリアが剥がされたオーンスタインのHPを喰らい、また同時に放たれるレーザーが続々と着弾し、鎧の破片が散る。視界を通常モードに戻し、スミスは追撃を狙う。

 距離を取ったオーンスタインは天を貫くように十字槍を上へと突く。天井を雷光が覆い、スミスへと続々と落雷が放たれる。本来ならば多人数を狙う能力が1人に集中するとなればその密度と攻撃速度は上位プレイヤーでも成す術がないだろう。だが、スミスはブーストゲージをギリギリで管理しながら宙を舞う。

 

『EXレーザーキャノン、スタンバイ。魔力手榴弾の起爆準備完了』

 

 ラスト・レイヴンに死角は無い。左肩部の折りたたまれた砲身が繋がって細身だが長いレーザーキャノンとなる。正確に言えば≪光銃≫としてのレーザーキャノンではない。

 ヘンリクセンは考えた。ラスト・レイヴンの思考操作ならば、手で武器を操るだけではなく、肩部に様々な武装を装着させることによってより火力増強と状況対応能力強化が図れるのではないだろうか、と。

 そこで着目したのは投げナイフや手榴弾のホルダー機能だ。投げナイフは防具にナイフホルダーをセットすることによって、クイックアイテムストレージを使用することなく、投げナイフを所定の位置に自動補充できる。これらは装備負荷……重量やスタミナ消費量の増加を招くが、上手く使えば戦術の幅を広げる。例として、クゥリは投げナイフを多用する為に、防具には必ず投げナイフホルダーを複数備えさせている。同じように壺系や手榴弾系などの爆発型攻撃アイテムもホルダー機能を備えられる。

 

 

 ならば、爆発型攻撃アイテムを同時に複数炸裂させ、それに指向性を与えて放出することができれば、射撃数は限られても高火力の射撃攻撃を、武器外で可能なのではないだろうか?

 

 

 魔力手榴弾を10個同時起爆。それらを1点に収束して砲口より放つ。レーザーを思わす、ソウル系の青い光が放たれ、その分厚い光がオーンスタインに直撃する。さすがのオーンスタインも歴史背景からか、銃器はクロスボウの延長と対応できても、肩部にマウントされた疑似レーザーキャノンに初見で対応しきることは出来なかった。

 

『砲身クーリング120秒、残数3。連射は控えてください』

 

 距離があったとはいえ、直撃してもオーンスタインのHPは1割ほどしか減っていない。太陽の狩猟団のハイエンド型魔力手榴弾を同時に10個起爆させたにしては威力に不満が残る。エフェクトは派手だが、本物のレーザーキャノンには及ばないということだろう。また距離に対しての減衰も元が手榴弾の爆発であるが故に大き過ぎる。だが、並のレーザーライフルのフルチャージをやや上回る火力を魔力消費無しで発揮できるのは、確かに火力増強というコンセプトを間違いなく実現していた。砲身を折り畳んだスミスは冷却を待って次射に備える。

 

「珍妙な装備だ! 人間の知恵は神を上回る! だが、我々は圧倒的な暴力で……古竜を討ち取って来た!」

 

 左手を床に突き、十字槍を水平に構えたオーンスタインの姿が『消える』。そう思うほどの、スミスさえも反応の限界にあったオーンスタインの超加速だった。

 だが、爆風を思わす熱を帯びた白熱したエフェクトの放出と共にスミスは左へと急加速して躱す。必殺の突きを躱されながらもオーンスタインは即座に向き直り、雷槍を連射し、また追尾性の高くスピードはやや落ちた大雷槍を混ぜる。

 スミスが使ったのは彼が持つデーモンスキル≪煌羽≫がもたらした≪歩法≫のEXソードスキル【ソニック・ウイング】だ。ダメージこそ与えないが、高熱と光による攪乱を兼ねた大加速を行えるソードスキルであり、得られる推力は≪歩法≫ソードスキルでもトップクラスだ。ただし、制御性が非常に悪く、並のプレイヤーではスピードに弄ばれて簡単に転倒してしまうだろう。

 右肩部のポッドが動いて肩にマウントされ、放たれたのは6発のミサイルだ。

 本来、ゴーレムなどに装備できるミサイルを、どうにかしてプレイヤーにも実現できないものか。最初に理論実証されたのはUNKNOWNが有する、聖剣騎士団製の分裂する人工炎精、アグニだ。高い追尾性と火力は、近接攻撃がメインのUNKNOWNに対複数戦における大きな武器を与えた。この技術を聖剣騎士団は独自開発として大きなアドバンテージとして誇っているが、その源流はGRであり、彼が提供した技術が元になっている。

 ヘンリクセンは独自に再現を目論んだが失敗し、新たなアプローチをかけることにした。即ち、追尾性のある人工妖精自体は作れる。問題はそれに火力を持たせることだ。それが再現できない。ならば簡単だ。『追尾性』と『火力』を分離すればいい。

 よりミサイルとしての外観は、搭載された爆薬と人工妖精を内蔵するが故に。アグニに比べればスピードと火力こそ劣るが、追尾性は匹敵か上回ることに成功した。だが、その外観から運用は極めて困難であり、実装されていなかった。だが、ラスト・レイヴンならば可能として日の目を見ることになったのだ。

 今回装備しているのは高追尾近接信管型だ。未知なる攻撃を自分の雷球と似たものだと判断したオーンスタインは雷槍で迎撃するが、その隙を狙ってスミスはアサルトライフルの連射を浴びせる。ミサイルの対応に気を取られたところを最初から狙う作戦だったのだ。

 レーザーブレードとの一体型、疑似レーザーキャノン、ミサイルポッド。これらを可能としたのは、ラスト・レイヴンのコアにもなった素材である<魔神ネメシス>のソウルに由来する。

 魔神ネメシスはスミスがDBOで初めて死の縁まで追いやられたボスだ。その正体は謎に包まれているが、ソウルの説明の限りでは、それは光でも闇でもなく、欲望のままにあらゆる力を集めた怪物であり、神族としての『神』でも、深淵の魔物ですらなかった。ネメシスは多くの神を殺してソウルを奪い、我が物として扱っていた。そのソウルの特性をラスト・レイヴンに反映させ、レーザーブレードとの完全なる一体型、そして左右肩部の特殊兵装換装能力を獲得したのだ。肩部兵装自体はミッションに合わせて変更できる。

 ヘンリクセンの最高傑作にして未完。ラスト・レイヴンはまだ完成に至っていない。

 トータルコーディネート。それはあらゆる武器が連携し、『使用者のポテンシャルを極限まで引き出す』というものだ。GRが『武器のポテンシャルを極限まで使用者が引き出す』事を目的としているのとは真逆である。

 プレイヤーの……思考操作込みでも人間の限界に挑戦するオーバースペックと目論んだラスト・レイヴンでも、スミスの『本気』のパフォーマンスを発揮するには足りなかった。

 せいぜいが『7割』。だが、それでもスミスは自分の本気をここまで引き出させてくれるヘンリクセンのトータルコーディネートに感謝する。マユやGRに大きな借りを作らねば完成しなかっただろう装備群は、彼がHENTAI鍛冶屋以上に、スミスの専属として最高の仕事をするというプライドを優先したからこそだ。

 2連装アサルトライフルが残弾切れの前にフルバーストモードで銃身が赤熱している。アサルトライフルを捨て、右手にレーザーライフルを持ち替えたスミスは左手にナイフを持ち、HPが2割を切ったオーンスタインを仕留めにかかる。

 

「私は【竜狩り】オーンスタイン! 名乗れ、人間!」

 

「ただの傭兵だ。名乗る程でもない」

 

「クク、クハハハ! そうか、名も無き傭兵か! 愉快なものだ! ならば、今だけは私もただの戦士として……!」

 

 強い。オーンスタインはネメシスを上回ると断言できる。超スピード、槍と格闘術の組み合わせ、多彩な雷の攻撃も隙が無い。そして、【四騎士の長】オーンスタインの頃には無かった、勝利を求める獰猛さが何よりも凄まじかった。

 雷撃を纏った突き。オーンスタインの持ち味であるスピードを生かした一撃離脱戦法。雷球を常に自分の周囲に展開し、同じくスピードで迫るスミスを翻弄しようとする。だが、彼のフォーカスロックは一瞬もオーンスタインから外れない。

 もはや後が無いとしたオーンスタインの捨て身の連続突き。レーザーを浴びながらの一撃はドラゴンスレイヤーとラスト・レイヴンを繋ぐケーブルを傷つける。

 

『ドラゴンスレイヤーへの魔力供給トラブル発生』

 

 ソウル・ジェネレーターから魔力を供給することによって、レーザーブレードの魔力消費も抑えていた。ケーブルの強度まではニーズヘッグのソウルでは補えなかったのだろう。課題を1つ持ち帰ることができるとスミスは冷静に情報を整理する。

 複数の雷分身を作り、オーンスタインはその全てを自分に重ねる。ただでさえ少ないHPを自傷で削ると引き換えに、次の一撃はもはや反応できない速度に達するだろうとスミスは睨む。

 ならば先読みで回避する。オーンスタインが高速突きの構えを取り、僅かに体を揺らす。それは初動と見せかけたフェイントと見抜き、スミスは1拍遅れたタイミングでソニック・ウイングを2段発動する。

 クゥリがかつてスミスに見せつけるように示した、≪歩法≫ソードスキルの2段発動。発動インターバルの短い≪歩法≫ソードスキルを推力獲得中に再度発動させることによって更なるスピードを得るというものだ。それをより推力の大きいソニック・ウイングで発動させる。

 オーンスタインの最高加速にも達するのではないかと思うほどの爆発的加速で右に避ける。だが、オーンスタインは回避ルートへと突きを放っていた。

 高速突進からの十字槍の穿撃。オーンスタインを代表するだろう最高最強の攻撃を、高VIT型ではなく、≪狂速≫で防御力がダウンしたスミスでは耐えられるはずもない。

 

(直感……か。以前の私ならば、そのようなものに頼らなかっただろうな)

 

 だが、クゥリのように直感だけでとんでもないことをする人物もいる。そして、グローリーの馬鹿さ加減は直感のように胃を先行して苦しめた。ならば、純粋に勘と呼べるものはあるのだろう。もっとも、スミスは勘とはあくまで経験の蓄積から生み出される無意識の判断というものもあるのだと主張したいが、どう足掻いても白の傭兵だけは説明できなかった為か、やはり勘は勘で済ますべきだと割り切る。

 右への2段加速。それを左への2段加速でキャンセルする。絶技の向こう側へ。神業も超えたバケモノの領域。オーンスタインを完全に欺き、なおかつ反応を置き去りにして回避したスミスは勝負を決める。

 レーザーライフルのヒートパイル? いや、これは大物食いであり、オーンスタインに当てるのは些か難しい。

 

『アサルト・アーマー、スタンバイ』

 

 発動。ソウル・アーマーがスミスに向かって凝縮し、オーンスタインの至近で炸裂する。全方位バースト攻撃が命中し、オーンスタインは鎧の破片をばら撒きながら吹き飛ばされ、転がり、立ち上がろうとするが、背中から倒れる。

 

『ソウル・アーマー消失。再充填可能まで600秒』

 

 HPゼロ。完全撃破。スミスはまだリザルト画面が表示されてこそいないが、今度こそ決着だと悟る。

 傭兵は手札の数が勝敗と生死を分かつ。多彩な攻撃手段にオーンスタインは全て対応していった。ならば、次々と初見の攻撃をぶつけるまでだ。スミスは作戦通りにいったと、スタミナと魔力の危険域を示すアイコンが激しく点滅する中で、予定以上のギリギリ……最後のアサルト・アーマーが外れていたならば、負けていたのは自分の方だったかもしれないと綱渡りの戦いだったと噛み締める。

 オーンスタインの兜が割れる。その素顔は解けた赤き長髪に埋もれて覗き見れなかった。いや、敢えてスミスは見ようとしなかった。

 

「私の……負け、か」

 

 オーンスタインはそれ以上何も語らなかった。彼はソウルの塵となり、今度こそ霧散した。スモウが求めた夢が僅かばかりの時間だけ実体を与えたかのように、何も残ることはなかった。

 言葉は不要だ。スミスは傭兵としてターゲットを撃破しただけだ。オーンスタインの最期に何の感傷も抱かない。彼が最期に何を思ったのかも興味はない。

 表示されたリザルト画面を確認すると兜のようなヘルメットを外し、外気が顔に触れたスミスは煙草を取り出して咥える。

 

「忙しいことになるな」

 

 若者に上手く乗せられてしまったな。紫煙を漂わせた彼は、これからの傭兵業が憂鬱だと嘆息した。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 アノールロンド攻略。その大詰めとなったボス戦は、後々まで語り継がれることになる。

 目撃者の恐怖を帯びた偉業として、ある傭兵の戦いをこう語る。

 

『悪魔がそこにいた』

 

 最強クラスと評価されたボス・ネームドの【竜狩り】オーンスタインを単独でほぼ完封し、一方的な勝利を収めた傭兵。

 

 最強の傭兵は誰か? その議論に新たに1人加わるのは無理からぬ話であり、そして彼が大ギルドに目を付けられるのもまた避けられなかった。




アノールロンド、攻略完了。






スミスさんはここからAC(ネクスト)モードが解禁されます。

あと、文字数の関係で、さすがに白VSミディールは次回に持ち越しです。申し訳ありませんでした。


それでは、310話でまた会いましょう!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。