SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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先日、久々に無印のダークソウルをプレイしたところ、オンスモに瞬殺されました。
やはり7週目のデータはまずかったみたいです。
錆落としでとりあえずアストラ直剣縛りで1週目をクリアし直そう思います。

もちろんエンディングルートは闇の王一択です。


Episode6-5 苦痛の乙女と影を喰らう者

 洞窟の最果て、それは黒い水の源泉。

 クラディールに比べれば軽装かつDEXも恐らく上、更に≪歩法≫の補正も入り、オレの方が若干リードしてキャッティの後を追う。

 軽はずみ過ぎた。拳を握り、オレは自らの口を縫い付けたくて堪らなくなる。

 ただでさえ新たな仲間を得るかどうかの迷いの中、キャッティは不安定になっていた。にも関わらず、オレは無神経な言葉を並べ、彼女を追い詰めた。

 キャッティは割り切れるような人間ではなかった。もはや救えない命だと、切り捨てる事が出来ない人間だった。そして、何よりも自分が見捨てられたからこそ、誰かが見捨てられるのを見過ごす事が出来ない、ある意味で『強さ』を持った人間だった。

 だが、それは同時に『弱さ』だ。手負いの仲間を助けようとする勇者こそ、悪意ある者からすれば絶好の獲物でしかない。そうして殺されたプレイヤーを、オレはSAOで何人も見たし、オレ自身も似たような手で狩った事がある。だからこそ、オレはそうであるまいと心掛ける。しかし、それは結局オレの独りよがりな考えでしかない。

 キャッティはまともだ。ただ、それだけの事だ。そして、オレはそれに気付けなかった。

 

「ガキ、お前のせいじゃねぇよ」

 

 表情に思考が表れてしまったのだろう。いつの間にか、オレが思考に囚われてペースダウンしてしまった間にクラディールは隣まで追いついていた。

 

「暴走同然の先行。1から10までキャッティの責任だ。気に病む必要はない」

 

「別に病んでねーよ」

 

「そうかい。なら、仮に追いつけなかったらどうする?」

 

 現実を見据えた上で、クラディールはオレの選択を問う。

 オレ達がキャッティに追いつける確率は限りなく低い。十中八九、オレ達が追い付いた頃にはキャッティはボスに挑んでいるだろう。彼女がボスと交戦しないパターンがあるとするならば、既に手遅れであり、なおかつ感情を上手く理性で冷却できた場合だ。だが、あのキャッティの様子からすれば、仮にプレイヤーが既に亡き者になっていたとしても、感情のままにボスに挑みかねないだろう。

 ならばオレ達は選択せねばならない。キャッティを見捨てるか否かを。

 前者ならば答えは簡単だ。ボス部屋の外で彼女が死するのを見届ければ良い。感情で暴れ回るような人間に付き合うなど馬鹿らしいだけだ。

 後者ならば死闘を覚悟せねばならない。どの程度の人数のプレイヤーを想定したボスかは知れないが、少なくとも3人程度のプレイヤーで楽勝できる程に脆弱なボスではないだろう。ましてやこのダンジョンだ。搦め手を駆使するタイプである確率は高い。

 

「戦う。オレにそれ以外の選択肢なんかねーよ。キャッティを見捨てるのは最終手段だ」

 

「……意外だな。てっきり見捨てると思ったんだがな」

 

「そこまで冷酷でも合理的でもねーよ。助けられるなら助ける。救えるなら救う。それがオレのやり方だ。仲間なら尚更な」

 

 お人好しでもない。偽善ですらない。オレは自分の許容範囲内で、なおかつやる気さえあれば、出来る事なら実行する。たったそれだけだ。言うなれば『気まぐれ』が最も相応しい表現だ。

 仮にこの場にいるのが『アイツ』なら、そんな勘定も無しに助けると断言できるのだろうが、オレと『アイツ』はその点では決定的に違う。

 だからこそ、『アイツ』は英雄となった。そして、オレは蔑まれる傭兵のままだった。

 だからこそ、オレは『アイツ』の強さに憧れ、『アイツ』はオレを信頼してくれた。

 

「見えたぞ。スタミナ配分に気を付けろよ、社会人様」

 

「ガキはガキらしく大人の後ろでサポートしてやがれってんだよ」

 

 黒い水が流れ出す洞窟の最果て。そこには既に光源たる緑色の炎が爛々と輝いていた。

 ボス部屋と思われる開けた空間。巨大なドーム状であり、壁には燭台が並べられ、足下は岩場と泥、そして中心部から際限なく溢れる黒い水がそれらの間をまるで血管のように流れ、ボス部屋の入口にあたる部分で全ての黒い水が合流して外部に流れ出している。

 そして、ボス部屋の中にいるのは異形。赤黒い泥で形作られた、13本の長さが不揃いの腕を持つ、辛うじて女性的な頭部を持つ巨大な怪物。腕を除けば上半身は人間の形をしているが、下半身はスライムのように広がり、地面と接触する部分からは人間の赤子のような顔が浮かび上がり、突き出された舌が節足のように際限なく動いている。

 7メートルはある巨大な異形の怪物のボス。その名前は〈苦痛のアルフェリア〉。その名の通り、怪物の女性的な頭、その表情はムンクの叫びのようになっており、際限ない苦痛で喘いでいるかのようだった。

 そして、重要なのはボスの多腕が泥に突っ込まれ、明らかに5本以上ある指で泥から頭蓋骨を引っ張り出すたびに、頭蓋骨に泥が纏わりつき、右腕は1本、左腕は2本の異形の泥人間を作り出している。

 よりにもよって数を揃えるタイプのボスか。オレは軽く7体はいる3本腕泥人間の中でソードスキルの輝きを発見する。

 キャッティだ。彼女の足下には大盾をカメの甲羅のように背負い、頭を抱えて震えている男がいる。恐らくあの4人が見捨てた仲間の1人だろう。

 

「クラディール! お前はキャッティの援護に回れ! オレがボスの相手をする!」

 

「任せたぞ、ガキ! あくまで脱出が最優先だ! ヘイトを稼ぐだけで良い!」

 

 躊躇など無用。オレとクラディールは同時にボス部屋に入り込む。オレ達を新たな敵と認識した苦痛のアルフェリアはおぞましい、人間の女性らしさを僅かに残した絶叫を上げる。

 少女の幽霊の言葉が蘇る。恐らく、コイツこそが彼女が言っていた『お姉ちゃん』だろう。

 そして、オレの予想が正しければ、このボスは他でもない、オレ達が目的としていたアイテムを保有しているに違いない。

 苦痛のアルフェリアを守ろうと3本腕泥人間が2体同時にオレに攻撃してくる。身を屈めて攻撃を回避し、逆に双子鎌でそれぞれの足を1本ずつ膝から切断する。

 この手のモンスターは最大出現数が決まっている。斃しても斃しても復活するが、決して一定数以上までは出現しない。ならばどうすれば良いのか?

 簡単だ。動きを封じてしまえば良い。いっそ開き直って最大出現数まで召喚してもらい、その全ての動きを封じる。四肢を斬り落とし、一切の攻撃も移動もできないようにすれば良い。要は腐敗コボルド王戦における寄生されたプレイヤーへの対応とほぼ同じだ。

 苦痛のアルフェリアは13本のそれぞれが長さも関節数も異なる腕を振るい、オレを接近させまいとする。

 だが、理性無き攻撃……自らの痛みを訴えるような荒々しい攻撃に精度は無い。懐に潜り込み、オレは苦痛のアルフェリアに双子鎌の連撃をお見舞いし、即座に離脱する。それから一瞬遅れて、どす黒い波動が苦痛のアルフェリアから放出される。

 やはり懐に入られた場合のカウンター攻撃を持っていたか。一呼吸分でも離脱が遅れていれば、オレも巻き込まれていただろう。

 苦痛のアルフェリアのHPバーは3本。平均的なボスのHPバーが5本である事を考えると難易度的にはステージボス程ではないかもしれない。しかもオレの鎌の連撃はHPバーを数パーセントだが削っている。防御力もHPの量自体もそこまで恐れるべきものではない。

 一撃離脱を繰り返せば斃せない事は無い。多くのボスはHPバーを失うごとに能力を解放していく。オレがすべき事はあくまでヘイトを稼ぐ事であり、クラディールがキャッティと男プレイヤーを脱出させるまで時間を稼ぐ事だ。

 だが、さすがに13本もある腕の全てがオレの攻撃に向けられる訳ではない。苦痛のアルフェリアは常に1本以上の腕で新たな3本腕泥人間を生み出している。

 

「ほら、立って! 早く!」

 

「ひぃ……ひぃいいいい!」

 

 そして、よりにもよって助ける為の男プレイヤーは頭を抱えて丸まったまま動こうとしない。死の恐怖に呑まれ、助けが来た事にすら気づけていないのか。しかも重装備である為、抱えて運ぼうにも要求されるSTRはクラディール1人では満たしきれない。

 幸いなのは3本腕泥人形は、これまで登場した泥人形同様に鈍く、攻撃も弱々しい事だ。だが、HPは比較にならない程に高く、とにかくこちらを捕らえ、足止めしようとしてくる。

 今はオレの方に何とか苦痛のアルフェリアの意識が向いているので助かっているが、仮に彼らの方に意識が向けば……

 

「いや、おかしい。何でだ?」

 

 オレとクラディールがボス部屋にたどり着くまで全速力で走って約2分。

 あの4人から話を聞きだすのに約2~3分。

 そして、あの4人がそもそもボス部屋から逃げ出してくるのに、オレ達と同じ時間だけかかったならば2分。

 合計で約6分程度。秒数にして約360秒。

 それだけの時間を、いかにタンクとはいえ、ボス1体とこれだけの雑魚を相手にして生き残ることができるだろうか? しかも、あのように恐怖に呑まれ、情けない姿を曝しているプレイヤーに。

 あり得ない。オレはその結論に到達すると同時に、他でもないオレ自身が先程考えた1つの『戦い方』が思い浮かぶ。

 

 

 手負いの仲間を救いに来る勇者こそ、悪意ある者からすれば絶好の獲物でしかない。

 

 

 天井。そこから激しく落下し、出口を塞ぐようにして新たなモンスターが出現する。

 頂くは2本のHPバー。3対の脚を持つ姿は地上で散々狩ったマッドイーターに似ているが、その体表はどす黒く、体格は軽く数倍以上の全長10メートルはある。頭部はトカゲに似ており、白目の部分が赤くなっている1つ目を持つ。そして、その瞳はこれまで幾多と見る機会があった水を浴びても消える事が無い、あの緑色の炎と同じ色だ。

 その怪物の名は〈シャドウ・イーター〉。2体目のネームドにしてボスだった。

 

 

Δ    Δ    Δ

 

 

 キャッティは挫折も成功も知る普通の女子大生だった。

 そこそこ整った容姿のお陰で恋人には事欠かず、明るい性格から友人にも恵まれ、元々真面目だった事から勉学でも手を抜く事が無く、周囲からの評判も良かった。

 だが、彼女はごく平凡だが、彼女にとっては特別な悲しみがあった。

 それは両親の離婚。より正確に言えば、母の失踪だった。

 彼女の母親は自由奔放であり、家庭を持てるような人間ではなかった。ましてや子供を育て、自分の時間を縛られる事など、とてもではないが許容できる女性ではなかった。

 結果、キャッティが5歳の時に母はサインした離婚届を置いて姿を消した。父がリストラされた直後だった。

 金も無い父も、お荷物に過ぎない娘も、母からすれば邪魔なだけだった。キャッティは見捨てられたと感じてその心は歪みかけたが、優しい父は彼女に注げるだけの愛情を注ぎ、新しい重労働の就職先で無理を重ねて働き続け、彼女に何不自由ない暮らしを送らせた。それが彼女に健全な心を保たせ続けた。

 キャッティが大学進学を果たすと同時に父は他界した。過労だった。大学卒業までの学費を稼ぎ終えた晩、布団の中でひっそりとその生涯を閉ざした。

 父の枕の下には遺書があった。無理して働き出した頃から、こうなる日を覚悟していたのだろう。毎晩のように枕の下に置かれた遺書はすっかり皴だらけになって汚れていた。内容はお金をかけないように簡素な葬儀で済ます事と娘に対する深い愛情がしたためられていた。

 母が見捨てさえしなければ。キャッティは父の遺骨を抱えて、今も何処かで自分の人生を謳歌しているだろう母を呪った。そして、自分は決して誰も見捨てたりしないと亡き父に誓った。

 誰も見捨てたりしないと誓った女は、仮想世界でデスゲームが始まると共に、友人に見捨てられた。1年や2年の付き合いではなく、幼稚園の頃からの幼馴染だった。1番信頼できる親友だった。

 助けを求める彼女の手を振り払った親友は朝日を迎える事無くデスゲームに喰われた。死者の碑石の前で、キャッティは涙が途絶えるまで親友の名前を撫で続けた。

 もう見捨てられたくない。ならば、ずっと独りであれば良い。だからキャッティはソロになった。たとえ、誰よりも死が傍にあるソロであるとしても、もう1度誰かに見捨てられれば心が死んでしまう。そうなれば、もはや彼女は立ち上がる事が出来なくなる。

 そして、キャッティは母のように、親友のように、誰かを見捨てる事だけは良しとしないと自らに誓った。まるで呪いをかけるように。だからこそ、南のダンジョンで罠にかかった3人組を救った時も果敢にモンスターの群れに飛び込んだ。今回も、たとえ助けられる見込みがなくとも、自分が自分である為にと、心によって突き動かされた。

 その代償がこれだ。今はソロではなく、たとえ仮であろうともパーティを組んでいる事を忘れ、キャッティは自らにかけた呪いのままに死地に踏み込み、挙句に助けに来てくれた仲間を窮地に立たせている。

 苦痛のアルフェリアに続いて、新たに現れたボス。その2体に挟まれ、クゥリは攻撃を捨てて完全に回避に専念する事によって何とか耐えているが、その激しい動きは相応のスタミナ消費を強いる。長くは続けられない。

 クラディールはクラディールで加速度的に数を増す3本腕の泥人間を相手にし続けている。ただでさえメインウェポンを破損し、サブウェポンの片手剣を使うクラディールでは、その火力不足で3本腕の泥人形を斃し切れるには時間がかかり過ぎる。1体斃す内に2体目、3体目が既に召喚されている。

 

「私の……私のせいなの?」

 

 カタナを荒々しく3本腕の泥人間の胸に突き立てながら、キャッティは自らの愚かさを知る。

 後悔は遅い。既に退路は塞がれてしまった。このまま待つのは一方的な嬲り殺しだけだ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい! ごめんなさ……」

 

 謝罪の言葉ばかりが流れ出る。償いの方法など分からず、視界に涙が浮かぶ。だが、もはやキャッティにはこの場を何とかする希望も策も無かった。

 

 

 

「キャッティ! オレが道を作る! その間にそこの木偶の坊を連れ出せ!」

 

 

 

 だから、その希望も絶望もない、果てしない闘志だけが宿ったクゥリの声は彼女を突き抜けた。

 この場で最も死に近いのは事実上2体のボスを同時に相手にするクゥリだ。3人で最も年下の少年だ。足が止まれば待つのは死だけの軽装であるにも関わらず、その目に灯るのは凶暴な戦意だった。

 

「クラディール! 1分で良い! このバケモノ女を相手にしてくれ! その間にオレが糞トカゲを出口から引き離す!」

 

「少し待ちやがれ! 泥共を片付ける! キャッティ、そのゴキブリを立たせて準備しろ!」

 

 片手剣から半壊した両手剣のフランベルジュに持ち換えたクラディールが群がる3本腕の泥人間を赤い光で斬り払う。≪両手剣≫の回転型ソードスキル【アイゼンバスター】だ。ダメージを蓄積していた4体もの3本腕の泥人間を同時に撃破したクラディールだが、同時にフランベルジュの刀身の半ば、黒騎士によって破損させられた箇所からポリゴンの光が飛び散ったのを見て顔を歪める。

 そう何度もソードスキルの威力に武器自体が耐えられない。それは誰の目から見ても明らかだ。そして、切り札とも言うべきそれを使う事の意味と覚悟をキャッティも感じ取る。

 

「何を呆けてやがる? ガキはな、迷わずお前を見捨てないって言ったんだ。これくらいは覚悟の上だ。泥共とボスの1体は俺が引き受ける。その間にそのゴキブリの肩を担いで運び出せ」

 

 顔を半分だけ振り向かせ、クラディールが強気に笑む。彼はクゥリとは違い、闘志だけで動ける人間ではないのだろう。

 この戦力差に絶望し、希望が見えず、それでも生きようと足掻く。負けたくないという意思だけを支えにして。それはクゥリとは似て非なるものなのだろう。

 心の敗北を良しとしない不屈を持つクラディール。

 苦境であろうとも勝利を前提として牙を剥ける闘志を持つクゥリ。

 どちらもキャッティには無い強さだ。見捨てたくないという意思だけでこの場にいる自分が場違いに思えてならない。

 

「キャッティ、お前は俺達よりもずっと強い」

 

 だが、それをクラディールは真っ向から否定する。それは別にキャッティの心を見抜いたからではなく、彼女を激励する為の、偶然の言葉だったのだろう。

 

「ガキはそのゴキブリを助けようとも思わなかった。俺も救えるはずがないと思った。だが、お前は違った。たとえ死地が待っていようともとも、ゴキブリが生きてるか死んでるか分からずとも、自分の心のままに助けることを選んだ。俺はな、立派だと思うぞ。俺達の誰よりもなァ」

 

 これ以上は話す時間もない。そう言うようにクラディールは苦痛のアルフェリアへと突撃する。その多腕攻撃をギリギリで避け、また泥から新たな頭蓋骨を引き摺り出そうとしている腕にフランベルジュの一撃を見舞う。

 キャッティの中で気泡のように浮かび上がったのは、迷える彼女に告げた、ほとんど投げやりだったクゥリの言葉だ。

 

 

『自分の心に従えば、正解も間違いも無いだろうさ』

 

 

 何を怯えていたのか? キャッティは今も震えるしかない男プレイヤーの髪をつかみ、強引に面を上げさせる。

 

「ひっ!」

 

 泣きじゃくり、もはや周囲を見えてない男の額にキャッティは強烈な頭突きを見舞う。それは男プレイヤーを揺さぶり、ノックバックさせるが、彼の髪をつかむ彼女は逃さず、もう1度頭突きを喰らわせる。

 

「立ちなさい。私の仲間がアンタの為に……私の我儘の為に命を懸けてくれてるのよ。必ずここから逃げてもらう。生きて、アンタを見逃した連中に自分は生きて帰ったって……何で見捨てたんだって罵ってもらうわ。だから立ちなさい」

 

 ガクガクと首を縦に振った男の肩に腕を回し、ふらつく彼を強引に立ち上がらせる。STRが不足し、バランスが欠けて体勢が崩れそうになるが構わない。不恰好でも、どんなに鈍くとも、走る事さえできれば良い。そうすれば、あの2人が必ず退路を開いてくれる。

 確信はある。必ずあの2人ならば、自分の為に道を開いてくれると。それが出来る程に、あの2人は強い。

 

「頼んだわよ、2人とも」

 

 

Δ    Δ    Δ

 

 

 

 新たな脅威であるクラディールに苦痛のアルフェリアの意識は向いたのか、旋回しながら的確に腕にダメージを重ねる彼にばかりその多腕を振るっている。

 これで第1段階は完了だ。宣言通り、ここから60秒以内にシャドウ・イーターを出口から引き離す。

 問題なのはオレのスタミナが既に危険域にある事だ。挟まれた状況でボス2体の攻撃を回避続けるには≪歩法≫のソードスキルも併用せねばならず、ただでさえボス部屋まで全速力で走った手前、元より失われていたスタミナはあっさりと危険域に到達してしまった。

 

「糞トカゲが。爬虫類の分際で人間様に盾突くんじゃねーよ!」

 

 10メートル以上ある全長、その4割以上はその長く太い尾だ。シャドウ・イーターは回転しながらその尾を振るう。オレは宙を飛び、逆に回転した隙に懐に飛び込んで腹部に飛び込み、双子鎌で斬り裂く。

 悲鳴を上げながらオレを押し潰そうと腹でプレスするが、ラビットダッシュで緊急離脱する。

 怒り。巨大な1つ目は血走り、シャドウ・イーターが大口を開け、緑の火球を放つ。軽くオレを呑み込むだけの大きさを持つ火球を何とか避けるも、地面に着弾と同時に緑の爆発を引き起こす。

 余波のダメージは軽いが、それでもただでさえHPが低いオレには十分脅威だ。オレの戦闘スタイルはそもそも攻撃を受けない事を前提に成り立っている。こうした小さなダメージを蓄積させられる避けがたい範囲攻撃は1番の天敵だ。

 あと40秒。オレはシャドウ・イーターの正面にて、相手の攻撃が届くかどうかの間合いをキープする。すかさずシャドウ・イーターの前肢が伸び、その鋭い爪で攻撃をしかけてくるが、バックステップで回避しながら逆に双子鎌で浅い攻撃を与える。

 今度は尻尾の叩き付け攻撃。だが、これも間合いのギリギリ外だ。オレは尻尾の先端をやはり軽く斬る。

 ダメージは微量。目視する事も出来ない程度のHPの減少。だが、この攻撃こそが作戦には必要だ。

 まず苦痛のアルフェリアとシャドウ・イーターの関係。恐らく苦痛のアルフェリアは攻撃する以外の事は何も考えていない。その表情通り、苦痛を攻撃にする事で逃れようとしているだけ。そういうコンセプトのボスだ。

 つまり知恵など存在しない。ただ暴れ回るだけの怪物だ。ならば、助けに来る仲間を狩るような思考があるはずがない。それを画策したのは天井に張り付いて隠れ、出口を塞いだシャドウ・イーターの方だ。

 つまり関係はシャドウ・イーター>苦痛のアルフェリアとあるのだろう。では、肝心要のシャドウ・イーターはどの程度の存在か?

 答えは腹を斬った時に見えた。コイツにあるのは苛立ちに由来する怒り。餌の蠅如きが自分に噛みついてくる事に対する捕食者としてのストレス。

 

「デカくて火を吹くだけのトカゲが神様を相手にしていた狩人に勝てるわけねーだろうが」

 

 コイツはロジックパターンに従うAIではない。原始的な知性を持ち、狩りの知恵を持つ肉食の獣そのものだ。それはそれで興味深いが、脅威度で言えば常に戦況を把握して最適の解を探し、新たな発想を生み出す想像力を持つ、人間と同格かそれ以上の知性と知能と自我を持つダークライダーや腐敗コボルド王に比べれば低い。

 一方で『本能』とも分類すべき見切れない何かを感じ、それはAI特有の反応速度と情報処理速度を活かしてオレを際限なく捉え続けている。だが、それはオレに一点に集中することで逆に周囲が見えなくなっている。

 多少知恵が回ろうとも、獣は何処まで行っても獣だ。獣が人間に成り代わって地上を支配できない理由はそこにある。

 ついに痺れを切らしたシャドウ・イーターは出口の前で陣取るのを止め、その巨体を活かした突進攻撃を仕掛けてくる。だが、直撃ギリギリでスプリット・ターンで逆に背後に回り込む。回転半径が心配だったが、シャドウ・イーターの突進が速過ぎた為、立ち位置が入れ替わる形になった。

 その瞬間をキャッティは見逃さない。クラディールも苦痛のアルフェリアの攻撃が出口側に向かないように立ち回っている。

 

「76秒だ。16秒貸しだからな、ガキ」

 

「1秒100コルで支払ってやるよ」

 

 男に肩を貸したキャッティが出口に向かって疾走する。重装備かつ足が覚束ない男のせいで、オレが想定していたよりもかなり鈍い。

 そして、苦痛のアルフェリアはともかく、オレ越しで出口を視界に収めるシャドウ・イーターがノロノロと逃げ出そうとする獲物を放っておくはずがない。

 その大口、牙が並ぶ赤い口内、そこから緑色の炎が漏れる。火球か、それともブレスか。どちらにしてもここで放たせるわけにはいかない。

 ホルスターから手裏剣を抜き、両手の指の間に挟んで投擲する。計8枚の手裏剣は巨大な的に過ぎない一つ目に吸い込まれ、全て突き刺さる。上半身を反らし、シャドウ・イーターの甲高い絶叫がドーム状のボス部屋に轟く。

 

「どうした、化物? 餌は目の前にいるじゃねーか。喰ってみろよ。他に目移りしてるんじゃねーよ」

 

 オレの宣戦布告を受け取ったのか、ボス部屋から逃げ切ったキャッティ達には目もくれず、シャドウ・イーターはまるで苦痛のアルフェリアに何かを伝えるように、その喉を鳴らす咆哮を上げる。

 どす黒い波動でクラディールを追い払った苦痛のアルフェリアはその13本……いや、クラディールによって1本奪われ、残り12本となった腕を突き上げる。そして、それは黒い球体を生み出した。

 黒い球体が縮小し、点になり、弾ける。全体攻撃かと思ったが違う。まさかと思って出口を見れば、もはや何人も逃さないと主張するような黒い霧が張られていた。

 

「あーあ。やっちまったな、クラディール」

 

 クラディールと合流したオレは肩を竦める。どうやら『2人を逃がしてサヨナラ、ボスさん』作戦は最後の最後で……オレ達の脱出不可という形で失敗したようだ。

 散々糞トカゲを挑発したが、正直ボス級2体を同時も相手するなど、SAOですら無かった絶体絶命の危機だ。

 

「あの女のバケモノのHPバーが3本、トカゲが2本。元より2体で1体分のボスのHPだな。男と心中するのは趣味じゃねぇんだ。さっさと斃してキャッティを張り倒すぞ。キツイ仕置きをしねぇとなァ」

 

「あれ? 何かさっきカッコいい事言って認めてなかったか?」

 

「それはそれ。これはこれ。それが大人の道理ってやつだ」

 

 大人って厳しいな。オレは双子鎌を構え直し、クラディールは半壊したフランベルジュを背負い、長期戦を見越して片手剣と盾に切り替える。

 オレ達が並んで臨戦態勢を整えたのと同様に、まるで苦痛のアルフェリアを守るようにシャドウ・イーターは彼女に寄り添って緑の炎をまき散らしながら再度咆哮を上げる。どうやら奴もオレ達をただの獲物ではなく、縄張りを犯す侵入者、全力で排除せねばならない強敵として認めたようだ。

 悪いが、まだ死ぬ気はない。オレが死ぬべき場所はこのような地下の奥底ではない。

 

「オレは狩る者。奪う者。喰らう者。お姫様を守るドラゴンのつもりか知らねーが、どっちの首も貰い受けるから覚悟しとけよ」

 




思いの外に絶望的な展開ではない事にがっかりされたかもしれませんが、所詮はイベントボスなのでこの程度なのかなと考えてもらえると幸いです。

では、32話に希望を託して、

Let's MORE DEBAN!

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