SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回は前編、後編の2本立て

間違って後編を開いてしまった方は前編からどうぞ!




Episode20-20 聖域の黄昏 後編

「ついに始まったな」

 

「そうね」

 

 サインズ本部談話ルームには、多くの傭兵が集まり、設置された大画面に映し出されたラストサンクチュアリ本部におけるユージーンVSUNKNOWNの生中継に齧り付いていた。

 傭兵のみならず、サインズ職員の間でも動揺が広まる。それもそうだろう。ほぼノーダメージに等しいとはいえ、先制攻撃を決めたのはUNKNOWNの銃撃だったからだ。

 

「さすがのユージーンも予想外だったみたいね」

 

「彼がいきなり銃撃など、想定できる者はまずいないさ。初見ならば、私でも意表を突かれるだろう。躱せる自信はあるがね」

 

 口が減らない男だ。だが、その口振りは及第点を与えているのは間違いない。事実としてシノンも満足するだけの出来栄えだ。

 UNKNOWNの新たなバトル・スタイルであるG&S。近接武器と銃器を同時併用するのはDBOでも珍しいことではない。片手剣装備ならば、盾の代わりに魔法媒体の杖や呪術を持つことがあるように、携帯性と取り回しに優れたハンドガンを使用することも珍しくないからだ。

 だが、左右で別々の武器を同時運用するのは想像以上に困難だ。ましてや、生命の危機が伴った戦場ならば、ラグが生じかねない。ハンドガンは中距離牽制か衝撃による体勢崩しと割り切るのが通例だ。そもそもハンドガンを片手でまともに狙い撃つだけでも相応のSTRが要求され、それでも射撃精度が安定するとは言い難い。結果としてハンドガンよりも大人しく盾を持った方が安定すると割り切るプレイヤーが圧倒的多数だ。

 UNKNOWNのG&Sは従来の片手剣とハンドガンの同時運用戦術とは全く異なる。剣技と一体化した銃撃を目指し、それを可能とするのは≪二刀流≫であり、また戦術の幅を広げるのはマユの渾身作メイデン・ハーツだ。DBOでも『名無し』以外に実現不可能なバトル・スタイルに仕上がっている。スミスやシノンですらも獲得は不可能だろう。

 G&Sの大前提として、最低限の射撃技術を習得しなければならかったのだが、UNKNOWNには射撃センスがまるでなかった。神様は射撃の才能ポイントも剣技の才能に割り当てたかのように壊滅的だった。

 G&Sとして運用可能なレベルまで射撃技術を習得できたのは、スミスが徹底的に練り込んだ教育プランとシノンとのマンツーマンによる寝る間も惜しんだ鍛錬のお陰だ。

 

「ハンドガンによる中距離攻撃と牽制。ユージーン君がそう勘違いしたならば、一気に決定打まで持っていけるだろうが、彼も猛者だ。簡単にはいかないだろう」

 

「G&Sの完成度も実戦投入可能レベルであって完成までは至っていない。それも不安要素ね。剣技に引っ張られても、射撃に意識が集中し過ぎても瓦解する」

 

 天性のバトルセンスの高さで補うにしても相手が相手だ。僅かな隙も見せることは出来ない。

 だが、この綱渡りをやり遂げた時、G&Sは真にUNKNOWNのものとなるだろう。

 

「頑張りなさい」

 

 汗で湿った手を握りしめ、シノンは夕陽で照らされた2人の激闘を見つめた。

 

 

▽     ▽     ▽

 

 

 ハンドガン。火力としては決して高くなく、装弾数も決して多くなく、だが武器枠1つで済むことから牽制武器として装備することはあってもメインウェポンにはなり得ない。教会の連装銃のように安定性を度外視した火力を最優先したものも存在するが、それはあくまで例外である。

 衝撃を優先して相手の体勢を崩すのが主な使い方である。だが、これまでユージーンはモンスター・プレイヤー問わずに多くの銃撃を浴びせられてきた。戦い方は心得ている。また、近接プレイヤーの必須スキルとして≪射撃減衰≫を獲得しており、また仮にヘッドショットを受けても暗殺封じのピアスで最大限に威力を減衰させることができる。

 過度に恐れるべきではない。UNKNOWNが銃撃してくるなど予想外であり、動揺もあったが、既に精神は立て直している。むしろ、自分を迎え撃つために奇策を練ったUNKNOWNに拍手を送りたい気分だった。

 だが、考えてみれば分かることだ。UNKNOWNの攻撃力を支えているのは≪二刀流≫だ。≪二刀流≫の発動条件は左右に共通する武器ジャンルの片手装備をすることであるとクラウドアースは分析した。

 片手剣とハンドガンという組み合わせ。これでは≪二刀流≫は発動しない。≪銃器≫と≪片手剣≫を組み合わせたキメラウェポンとも考えられたが、形状からしてハンドガンの域を出ず、幾ら変形機構の権威であるマユであっても不可能であると判断できる。レーザーブレードならば組み込めるかもしれないが、それではやはり≪二刀流≫は発動しない。

 

(だが、UNKNOWNが考え無しに≪二刀流≫を捨てるとも言い難い。奴の伏せ札を捲る為にも多少の手傷は許容せねばならんか)

 

 ユージーンは次々と放たれる牽制の銃弾を躱していたところでブレーキをかけ、最短距離でUNKNOWNに突撃する。分厚く幅広い刀身で頭部や心臓といったクリティカル部位を守りながらの突進だ。多少撃たれたところでハンドガン程度では高VIT・高防御力・高衝撃耐性・高スタン耐性のユージーンは揺るがない。並のタンク相手ならば余裕で競り勝てるほどの防御性能が備わっているのだ。

 対するUNKNOWNは連射する。ユージーンの分析であるが、UNKNOWNに元から銃撃センスが備わっていたとは言い難い。彼が新たな『力』を得る為に努力を重ねて習得したものだろう。だが、アルヴヘイム以前から学んでいたとは考え難い。ならば、約2ヶ月間……たった2ヶ月間でここまで仕上げるともなれば、卓越した指導の才能と見捨てず信じて情熱を注いだ者が彼を育て上げたはずだ。それこそがUNKNOWNの持つ天性のバトルセンスと結びつき、射撃能力を会得させたのだ。

 周囲の人間にも恵まれている。だが、それはオレも同じことだ。自分を送り出してくれたクラウドアースの皆の期待を裏切る訳にはいかない。クラウドアースの操り人形にはならずとも、彼らはランク1を信じてあらん限りを尽くしてくれたのだ。

 距離を詰める。ユージーンがUNKNOWNへ肉薄すべく速度を上げた時、無視できない悪寒が走った。

 やはり無視すべきではない違和感。最初の動揺を除けば弱体化するしかない奇策を、≪二刀流≫を捨ててまで選ぶとは言い難い。ならばこそ、ここでセオリー通りに攻め込むのは危険である。

 その判断がユージーンを救った。右太腿に命中した弾丸は思わぬ衝撃とダメージをもたらす。あのまま加速して間合いに入り込んでいたならば、さすがのユージーンも1拍分の隙が生じただろう。

 距離があったからこそ助かった。命中と同時に間髪入れずに放たれたのは黒曜石のような漆黒……月蝕光波である。聖剣が持つ代表的な能力であり、まるで闇術のような物理的な衝撃が伴い、実体のように機能する。その性質故にエネルギー攻撃ではあるが、例外的にガードも可能であった。

 妖精王剣サクヤにはエネルギー攻撃も捉え、剣戟もガードもできる能力が備わっている。それも合わさっていたお陰か、正面から難なく月蝕光波をガードすることはできたが、驚いたのはその重さだった。これまで報告にはあったが、経験したのはもちろん初めてであり、まるで戦槌で殴り掛かられたかのような重みに体幹が崩れそうになる。

 踏ん張らねば押し飛ばされる! ユージーンもまたSTRを高めたパワーファイターだ。ガードした月蝕光波をそのまま弾き飛ばせば、柱の1つに命中して土煙を巻き起こす。飛び散る瓦礫の中で接近していたUNKNOWNの連撃が襲い掛かる!

 その斬撃、まさしく神速。交差の合間に繰り出された7連撃であるが、ユージーンはその内の6つの斬撃を捌ききったが、1つは脇腹を薙いだ。

 否、斬らせてカウンターを狙った。咄嗟のことで捌くという防御に傾いた意識を攻撃にシフトさせたのだ。

 結果は痛み分け。ユージーンの斬撃はUNKNOWNの胸を浅く裂いていた。互いにバトルヒーリングによるダメージの1部回復、オートヒーリングを有する。この程度ならば時間次第ではあるが、短時間で補えるものだ。だが、与えたダメージ分だけアバターは破損しやすくなる。そして、同じ一撃であるならば分があるのは両手剣の方だ。

 

(見誤ったか)

 

 斬らせることを是としたが、思わぬダメージ量と脇腹の鎧に刻まれた傷に驚く。≪二刀流≫は攻撃力増加させる能力があるのは分析済みであったが、聖剣に適応されたならば、もはや完全に片手剣の域を抜けていると思い知った。

 加えて斬撃がもたらす衝撃だ。斬る際に本体刀身を纏う黒曜石のような月蝕の刃を放出することで、ダメージ増強のみならず衝撃も引き上げている。

 見誤った。だが、まだ修正できる範疇だ。むしろユージーンの懸念は別にある。太腿を撃った弾丸が与えたダメージだ。ハンドガンとしては火力が高過ぎる。≪射撃減衰≫や高防御力のお陰でダメージが減っているはずなのに、まるでライフルで撃たれたかのような威力だ。

 連射性能はハンドガンとして並程度でこの威力は少々まずい。だが、一方で疑惑が生じる。威力を高めたということは別の何かを犠牲にしたという事だ。それは連射性能であり、装弾数であり、何よりも安定性能だ。威力を高めた分だけ反動は大きくなり、射撃精度は低下するはずである。だが、ユージーンの目に狂いがなければ、UNKNOWNが如何にSTRが高く、高出力化で御しているとしても、ハンドガンそのものがもたらす反動が威力に釣り合っていないように思えた。

 何かカラクリがある。だが、それは暴ける謎なのかは分からない。ならばこそ、ユージーンは即座に割り切る。反動に釣り合わない威力を持った銃弾を、ハンドガンとしては並程度の連射性能で撃てる。その前提で戦えばいいのだ。

 この程度で動揺して崩される者がネームド戦において単独で生き残れるはずもない。ネームド単独討伐の要素の1つは初見対応能力だ。情報なしで繰り出される様々な攻撃と能力にどれだけ迅速に対処できるかにかかっている。

 UNKNOWNがカードを切ったならば、次はこちらの番である。

 

(見せてやろう。妖精王剣サクヤの能力を!)

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 まずは1ポイントリードといったところだろう。『名無し』は油断することなく、ユージーンと刃を交え、距離を取っては銃撃で揺さぶりをかける。

 ユージーンは既にハンドガンの域を超えたダメージと衝撃に気づいているはずだ。ならば、これからはそれを込みとしたSTR制御で体幹を揺さぶられないようにして、許容できるダメージ量を計算した上で斬りかかってくるはずである。

 互いにまだ様子見の状態だ。ユージーンは≪剛覇剣≫の専用ソードスキルを使用しておらず、武具の能力も発動させていない。

 だが、恐れて攻撃の手を緩める理由もない。『名無し』は月蝕光波を放ち、柱の陰に隠れたユージーンを追撃するべく回り込む。想定通りに待ち構えていたユージーンは巧みに大剣を操る。リカバリーブロッキングで弾いた『名無し』は突きでユージーンの喉を狙うが躱され、逆に近接されて迫る膝蹴りを防ぐべくハンドガンの至近距離射撃で応対しようとするが、ユージーンは射線から逃れるように身を翻して回し蹴りへと繋げる。

 まだだ。まだG&Sは完成していない! 元から射撃センスがない『名無し』では、どうしても撃とうとすれば割かれる思考も多くなる。そこに迷いが生じて隙を作る。今のは近接射撃ではなく、月蝕の聖剣で更なる攻めを仕掛けるべきだった。

 仮面を回し蹴りが掠め、跳んで距離を取った『名無し』の月蝕光波をユージーンは剛剣に相応しく弾き飛ばして迫る。フルチャージではないとはいえ、月蝕光波を大剣で弾きながら接近するなど、パワーとテクニックの両方が揃っていなければ無理だ。ネームドでもお目にかからなかった事であり、『名無し』は驚く。

 いかなる攻撃を受けようと止まらぬ渾身の振り下ろし。ガードは許されない断竜の一撃に『名無し』は月蝕の聖剣を重ねる。刃と刃が激突し、両者のSTRエネルギーが注ぎ込まれた刀身は軋み合い、火花と月蝕が飛び散る。

 しかし、それも一瞬に過ぎなかった。途端にユージーンより白色のエネルギーが全方位に放出されたからである。およそノーモーションで繰り出されたそれを『名無し』は卓越した反応速度で跳び退こうとしたが間に合わず、全身を衝撃で揺さぶられる。

 

(これは……奇跡のフォース!?)

 

 ユージーンがアルヴヘイムで使用していた不死廟の魔剣ヴェルスタッドは≪信心≫無しで奇跡を発動できる能力を備えていた。ユージーンの持つ新たな剣のベースになったらば、能力を引き継いでいてもおかしくない。だが、以前は発動モーションが不可欠だったはずである。だが、ユージーンはノーモーションで奇跡のフォースを発動させたのだ。

 吹き飛ばされた『名無し』にユージーンは追撃を畳みかける。大きく踏み込んで大剣が纏うオーラを滾らせる。

 繰り出されたのは≪剛覇剣≫専用ソードスキル【アースエッジ】。振り下ろした刃は大地に触れた時、剣先の遥か先まで亀裂を生じさせ、そこから不可視の破壊エネルギーを放出するというものだ。ギリギリで亀裂の範囲外に脱した『名無し』は、途端に襲い来るダメージフィードバックに驚愕する。

 完全に避けたはずのアースエッジ。不可視の破壊エネルギーの放出。だが、そこから更に生じた『白光の輪』までは回避できなかったのだ。

 亀裂の破壊エネルギーに付随するように生じる複数の白光の輪。これに類似した奇跡を『名無し』は知っている。【白教の連輪】だ。光属性の光輪を生じさせ、チャクラムのように飛ばす奇跡である【白教の輪】の上位版である。白教の輪がチャクラムの性質であるのに対し、白教の連輪はその場に設置して放出だけして戻らない性質を持つ。数は多く、なおかつ前面にランダムで飛ぶ性質から『奇跡ショットガン』などとも揶揄されているが、発動まで時間がかかり、使い難さから使用者は少ない奇跡でもあった。

 信じがたいことであるが、ユージーンはアースエッジに白教の連輪を組み合わせていたのだ。亀裂から生じる破壊エネルギーから更に光輪を続々と放出させ、完全に回避したはずの『名無し』にダメージを与えたのである。

 ノーモーションのフォースとソードスキルと組み合わせた白教の連輪。これらから極めて危険な可能性を思いつき、ユージーンの大剣は極めて強力な武具であると認識する。

 確信を得る為にもダメージ覚悟で交戦する! 銃撃と共に接近する『名無し』に対してユージーンは突きの構えだ。

 

「≪剛覇剣≫……【メテオ・ブレイク】!」

 

 大放出された≪剛覇剣≫のオーラは破壊圧の伴いながら前面を吹き飛ばす。そして、そこからも無数の光輪が生じる。『名無し』は命中しそうな光輪だけを月蝕の聖剣で弾き、ユージーンに肉薄する。豪快なる横薙ぎを躱し、続くかち上げ斬りを受け流そうとするが、同時に放出されたフォースによってまたしても吹き飛ばされる。

 やはり間違いない。白教の連輪は≪剛覇剣≫のソードスキルに付随し、フォースはノーモーションで発動できる。これらからユージーンの大剣の能力の再分析を行う。

 登録した奇跡をソードスキルと融合させる能力と思考操作で奇跡を発動させる能力。この2つを有しているのは間違いない。そして、思考操作で発動できるのはターゲットを確定させない、自己回復・強化バフ、あるいはフォースなどの全方位攻撃に限るのだろう。

 極めて強力な能力だ。ユニークソウルを素材として得た能力に違いない。それをユニークスキルと融合させることによってより強大に仕上げている。

 広範囲・高威力なのが≪剛覇剣≫の専用ソードスキルの強みであるが、いずれも大振りかつ硬直時間が長めという弱点がある。それをソードスキルから拡散する多数の光輪によって潰している。

 

(無理に潜り抜けてもガード不能の高火力攻撃とフォースによる弾き飛ばし! 戦術として完成されている!)

 

 今日まで『名無し』が対ユージーンに向けてG&Sを隠匿していたように、ユージーンもまた自身の新たな戦法を隠していたのだ。それこそ、クラウドアースすらも知らなかったかもしれない。彼もまた本気で『名無し』を倒すべく牙を研いでいたのだ。

 このままではユージーンの高火力の前に磨り潰される。だが『名無し』に焦りはない。

 まだメイデンハーツの能力は僅かしか見せていない。『名無し』はここからがG&Sの本領だと呼吸を整える。

 これまでと同じような銃撃。ユージーンは大剣でガードして凌ぎ、すかさず攻め入ろうとする。

 だが、銃弾は大剣に命中して『爆発』する。襲い来る炎にユージーンは呑み込まれる。とはいえ、炎属性防御力が高いユージーンでは大したダメージは見込めない。だが、爆発がもたらす熱と衝撃は意表を突いた。

 馬鹿な! ユージーンの驚きに対して『名無し』はソードスキルの発動モーションを起こす。動揺から復帰しながらもユージーンもまた≪剛覇剣≫の広範囲攻撃ソードスキルで応じる。

 アースエッジによる前面広範囲にもたらされる破壊と光輪の嵐。だが、『名無し』は何1つ恐れることなく、冷水に浸されているように静かな思考で突破ルートを割り出す。

 

 

 G&S専用OSS【ガンズ・ダブルサーキュラー】発動。

 

 

 ダブルサーキュラーは≪二刀流≫専用ソードスキルであり、片方の剣で攻撃したところに時間差でもう片方の剣で攻撃するという回避が難しいソードスキルだ。これをベースにして『名無し』が生み出したのがガンズ・ダブルサーキュラーだ。

 全身で縦に回転しながら地面に水平に飛んで突進し、斬撃で薙ぎ払いながら正面に銃撃、そして対象に突進の速度を上乗せした横薙ぎを放つ、『名無し』が編み出した突進系OSSである。

 自身がドリルのように回転しながら周囲を斬撃で抉り取り、敵に弾丸を浴びせながら接近してからの斬撃などおよそ経験したことがないだろうユージーンは銃撃こそ浴びたが、最後の斬撃だけをガードしてダメージを抑え込む。

 だが、ユージーンのHPは目に見えて減少する。当然だ。今の弾丸には『ソードスキルによる火力ブースト』が上乗せされているのだ。通常射撃とは威力が桁違いだ。

 アースエッジが生み出した光輪は回転斬撃で強引に弾き飛ばした。ソードスキルの硬直時間を考慮すれば、突破ルートさえ見極めれば、次も同じようにカウンターを決められる自信が『名無し』にはあった。反動抑制で地面を滑りながら硬直時間を消化し、月蝕光波の3連撃でユージーンを揺さぶりながらメイデンハーツで狙いを定めて5連射する。

 銃弾を回避しようとしたユージーンであるが、『闇』を帯びた弾丸は射線を曲げて追尾する。これは予想外だった彼の横腹に3発の弾丸が食い込んだ。

 ユージーンには多くの不可解があるはずだ。どうしてソードスキルそのものがない≪銃器≫でありながら、ソードスキルに組み込むことができたのか。どうして火力がソードスキルで増強されていたのか。爆発する銃弾は? 追尾する銃弾は? 多くの謎が彼の精神を揺さぶっているはずだ。

 まず爆発した銃弾と追尾した銃弾は、それぞれ炎属性と闇属性を帯び、特殊な弾丸に変じていた。これは元のメイデンハーツに組み込まれていたエンチャントアイテムであるヤスリをエネルギーとして取り込んで特殊攻撃に転用する機能を受け継いでいるからだ。

 メイデンハーツ=ユグドラシル・カスタムは、ヤスリを最大で7個まで同時セットすることができる。ヤスリのエネルギーを使用し、特殊弾を『精製』するのだ。

 銃弾自己生産能力。元は古竜でもあった世界樹ユグドラシルのソウルがもたらした能力である。メイデンハーツの銃弾は、言うなれば樹液を固めたようなものである。だが、世界樹ユグドラシルと同じく朽ちぬ古竜の性質を帯び、熱にも強く、生み出された弾丸は鍛え抜かれた鋼の如く、そして重たい。

 ドラゴンウェポンの多くが衝撃波を放つ能力があるように、メイデンハーツの場合はこれを火薬の代わりに用いて銃弾を射出する。そして、武器自らが銃弾を精製するという機能によってプレイヤーのステータスボーナスの付与に成功した。これがハンドガンとは思えぬ威力の高さの正体である。そして、銃弾を自己生産するが故に、ヤスリエネルギーの高度な融合も可能になったことで燃費も上昇している。

 発火ヤスリを用いた、まるでグレネードのように爆発する爆破弾。深淵ヤスリを用いた、闇術の追う者たちのように自動追尾する闇追尾弾。他にも装填したヤスリの種類によって特殊弾が使用可能だ。これらは思考操作で通常弾と特殊弾によって切り替える為に、相手からはまず今どちらを使用しているのか見抜けない。問題点といえば、ヤスリエネルギーがなければ特殊弾は精製できない点と特殊弾はストック銃弾を多く消費する為に継戦能力が低下する点だ。

 

(魔力とスタミナを注ぎ込めば銃弾精製速度を上げられるけど、それには専用モーションが必要で動きを止めないといけないし、特殊弾によって使うヤスリエネルギーの量が違う。だが、使い惜しみはしない!)

 

 ヤスリは専用キットで再装填可能であるが、それにもやはり時間がかかる為に戦闘中は現実的ではない。7枠あるヤスリ装填カートリッジに何を入れるかは相手次第で事前決定しておく必要がある。

 今回装填しているのは発火ヤスリ2、雷光ヤスリ2、凍結ヤスリ1、深淵ヤスリ1、結晶ヤスリ1だ。闇追尾弾には闇属性特有の高衝撃とスタミナ削り効果もあり、ユージーンにも堪えたはずである。

 ここから一気に畳みかける! ネオ・アグニを左右に展開し、≪投擲≫スキル特有のロックオン機能でユージーンを捉えると放つ。大きめの人工妖精はユージーンへと真っ直ぐと飛び、途中で分裂し、合計24発の人工妖精となって着弾点で爆発を引き起こす。1つ1つは今ではすっかり前線落ちしている黒い火炎壺程度であるが、それも24発分ともなれば侮ることなどできるはずもない。

 だが、炎属性防御力が高いユージーンには炎爆発でダメージを効率的に与えることが難しい。これは衝撃とスタン蓄積が狙いだ。ユージーンはその戦闘スタイル故に範囲攻撃に対しての回避能力が低い。弱点を突くのだ。

 

(だけど、ユージーンなら必ず……!)

 

 爆炎の中より揺るがぬ眼をしたユージーンが躍り出る。視覚と聴覚を襲う爆発の中からも不動の精神で突き抜ける。彼もまたDBOで鍛え抜かれた戦士なのだ。

 光輪を組み合わせた広範囲ソードスキルではなく近接戦。爆発の中で奇跡でオートヒーリングも付与したのだろう。山吹色のオーラを纏ったユージーンはHPを回復している。あの一瞬でそれだけの判断力……まさしく豪傑であった。

 G&Sでは『名無し』のラッシュ力は低下する。近接武器は月蝕の聖剣だけになるからだ。だが、思い返せばSAOにおいて≪二刀流≫所持がバレるまでは片手剣1本だけで戦ってきたのだ。キャリアとしては十分であり、むしろ『名無し』にとって馴染みがある。≪二刀流≫というユニークスキルを持っていたからこそ、左右それぞれに片手剣を持ったラッシュスタイルに凝り固まっていたのだ。G&Sは≪二刀流≫を活かしつつ、『アインクラッドの英雄』という呪われた称号からの脱却も意味していた。

 刃と刃が混じり合えば繰り出されるフォース。だが、何度も同じ手は喰わない。月蝕の奔流を放出し、フォースのエネルギーから防ぐ盾とする。

 しかし、ユージーンもまた『名無し』がそろそろ対応してくるはずだと読んでいた。彼は≪剛力≫によって右手だけで大剣を振るい、左手をフリーにしていた。そして、剛なる呪術の火を潜ませた左拳は炎で熱く揺れる。

 呪術の炎の剛拳。渦巻く炎を纏った鉄拳が『名無し』の腹に命中する。炎属性特有の熱を帯びたダメージフィードバックと揺さぶられた内臓に呻きながら、宙へと数センチ浮いた『名無し』は続く斬撃を受け流そうとする。

 だが、ユージーンは巧みに刃を止める。そして、そこから緩慢に構え直して、急速な薙ぎ払いに変じさせる。緩急を利かせた、ユージーンらしからぬトリッキーな攻撃に対処が遅れて剣の振りが間に合わず、ガードとして判定されて大剣は月蝕の聖剣を通り抜ける。

 強烈な一閃がギリギリ心臓真下の胸を薙ぎ、血が飛び散る。だが、反撃とばかりに『名無し』は至近距離で凍結ヤスリを用いた冷却弾を放つ。顔面に命中したユージーンはノックバックするだけではなく、顔を覆った冷気に呻く。そこに溜めを入れた月蝕光波を放ち、ユージーンの腹を一閃する。

 否、寸前で大剣の柄を潜り込ませてガードし、月蝕光波のダメージを軽減させたユージーンは、跳ね飛ばされながら危うく連絡橋の端より落下しそうになるも堪える。

 ユージーンはダメージ覚悟で自身の顔面に炎の剛拳を浴びせて氷を溶かす。ギリギリで接触を避けてダメージは最小限に抑え込んだが、命中した銃弾によって額から血が流れていた。対する『名無し』も炎の剛拳と≪剛覇剣≫で強化された大剣を胸にまともに浴びて浅からぬ傷を負っている。アバター破損が最小限で押さえられたのは、夜想曲のコートの自動硬質化機能のお陰だ。だが、それでも多量の血が胸から零れ落ちていた。ユージーンも高威力の打撃属性の月蝕光波によって鎧の腹部に大きな亀裂が入っている。防御力ダウンは免れていない。

 

「互いに痛み分けのようだな」

 

「そうでもないさ。俺は織り込み済みだよ」

 

 残量HP4割を互いに切っている。早急に回復アイテムの使用が推奨される場面だ。だが、対人戦においてそんな暇などあるはずがない。

 そう、普通ならばあるはずがない。何の躊躇もなく『名無し』はメイデンハーツの銃口を右腕に押し付けるとトリガーを引く。

 銃弾命中。だが、体内に潜り込んだ銃弾はダメージも損壊ももたらさない。それどころか、『名無し』のHPを4割回復させる。これにはユージーンも大きく目を見開いた。

 シノンから提供されたエスト瓶は、マユによって素材化されてメイデンハーツに組み込まれている。これによってメイデンハーツにはヤスリを問わずしてある特殊弾が元からストックされている。

 HP4割を5秒かけて回復させるエスト弾だ。12発分最大ストックすることができるエスト弾は、戦闘時以外の時間経過かモンスターの一定撃破によって補充されていく。連続使用すると回復量が落ちていくが、それを抜きにしても極めて優秀な特殊弾だ。

 回復アイテムにはどうしても複数の動作が不可欠だ。片手の動きが著しく制限される上に、アイテムを持つ為にフリーにしなければならない。

 ならば武器に回復機能を持たせればいい。エスト瓶を得たマユはそう発想した。対人だろうと対ネームドだろうと1アクションで即座に回復行動を取れる。それがメイデンハーツの強みだ。

 

「いくぞ。ユージーン!」

 

「……来い!」

 

 ユージーンは卑怯などと言わない。むしろ、ならばHP回復など無駄な程のダメージと損壊を与えるまでだと頭を切り替えているだろう。

 また、エスト弾も万能ではない。アバター修復作用速度は上昇するが、目に見えて胸の傷口が回復するほどではない。ユージーンの≪剛覇剣≫が付与された大剣は、威力も高ければ、アバター損壊性能も高い。流血のスリップダメージによってオートヒーリングが目減りしているのが明らかだった。

 一気に追い詰めるのはこちらの方だ。長丁場になれば、勝つのはタフネスと火力において上回るユージーンだと『名無し』も追い込まれている。

 接近するユージーンに対して『名無し』が選んだのは、銃口を彼の傍らにある柱に向けることだった。

 銃弾は撃ち込まれ、そして銃口とソウルの光で糸のように結ばれる。

 ソウルは結晶と合わさる性質を持つ。結晶ヤスリによって精製されるのは結合弾だ。攻撃力は極めて低いが、ヤスリエネルギーの消費も最も低く、1つだけで多くの特殊弾を生み出せる。その効果は結合弾が命中した場所と銃口をソウルの光の糸で結びつかせて『名無し』を引っ張るというものだ。

 攻撃だけが能ではない。本来ならば高い魔法属性攻撃力を付与するはずの結晶ヤスリは、優れたサポート弾の精製エネルギーへと変化したのだ。

 突如としてあり得ぬ動きをした『名無し』に、ユージーンは≪剛覇剣≫の広範囲攻撃ソードスキルと光輪の組み合わせで攻撃を仕掛ける。だが、明らかに対処が遅れた彼をおいて、『名無し』は柱で発動モーションを取る。

 戦闘によってテンションゲージは蓄積され、最高状態で発動可能だ。

 天雷装具スローネ。黄金の雷が四肢より迸り、『名無し』の速度が飛躍的に上昇する。

 ここからは一気にスピードで勝負をかける! 黄金の雷を纏った『名無し』はスピードに劣るユージーンを倒すべく最後のラッシュをかける。

 だが、ユージーンの会心の笑みと共に、スローネの雷は消滅した。

 

 

▽     ▽     ▽

 

 

 この時を待っていた! ユージーンはついにUNKNOWNの切り札である天雷装具スローネの発動に獰猛な笑みを発露させる。

 ハンドガンとは思えぬ威力や明らかにソードスキルのブーストが乗り、様々な特殊効果を持ち、挙句にHP回復さえもできる銃弾を放つ。まさしく革命的な銃であることは間違いない。

 また月蝕の聖剣もまさしく強力無比であり、≪剛覇剣≫を発動させた妖精王剣サクヤと互角どころか上回る時さえもあった。

 ユージーンの誤算は妖精王剣サクヤの能力である、ソードスキルと奇跡の同時発動能力で生み出した、光輪剛覇剣を僅かな時で破られたことだった。まさしく剣の申し子。恐らく己で生み出しただろう突進系OSSによって、最も自信があった光輪剛覇剣・アースエッジを打ち破られた。

 また、妖精王剣サクヤは1つだけノーモーション発動できる奇跡を登録できる。出来ればダメージも与えることができる神の奇跡を登録したかったが、さすがにステータスが足りず、全方位を吹き飛ばせる上に燃費も悪くないフォースを組み込んだ。だが、月蝕の奔流を盾のように放出することでフォースを相殺するなど予想外だった。無論、咄嗟の対応とガード不可対策を練って来るだろう相手の為に鍛え上げた緩急を用いた『強制ガード攻撃』によって大ダメージを与えることもできたが。

 だが、HP回復弾はさすがに予想外であり、このままでは自分の方が先に限界を迎えるのではないだろうかと作戦の変更も考えていたが、ようやく待ちに待った時が来た。

 スピードに劣るユージーンを押し込むならば、必ず天雷装具スローネを発動させるだろう。また、これまで収集した情報からスローネによるスピード強化は、ある程度の戦闘をこなさければUNKNOWNに対して大きなデメリットがあることも予想されていた。

 使用するならば後半戦。それもここぞという押し込みの時だ。光ワイヤー弾で奇怪な動きをされた時はこのような銃弾までと思わぬ焦りに襲われたが、ついにスローネを使用してくれた。

 ユージーンが防具である赤熱の雷装には黒獣パールのソウルが使用されている。パールはその黒毛で……光属性を持たぬ純雷属性の青雷を生み出した。その身は雷を束ね、帯びることによって強化されていた。

 赤熱の雷装の能力。それは自身の周囲の雷エネルギーを吸収し、パールの自己強化能力を宿らせることだ。スローネから発生する黄金の雷は余さず吸収される。UNKNOWNは自己強化できないどころか、逆にユージーンを強化させたのである。

 攻撃力・防御力・スピード・スタミナ回復速度・魔力回復速度……いずれも大幅上昇。これまでの鍛錬における発動とは比較にならない強化だと分かる。それだけスローネから発せられたエネルギーは凄まじいのだろう。

 驚きながらもUNKNOWNは斬りかかるが、ユージーンは悠然と左腕でガードする。

 

「……なっ!」

 

「フッ……!」

 

 能力【パールの雷光】完全発動。聖剣はユージーンの全身から発せられる青い雷撃のバリアによって阻まれ、刃が彼を傷つけることはなかった。

 一気に押し込むのはこちらの方だ! ユージーンは光輪剛覇剣・アースエッジを繰り出す。そして、間髪入れずに≪剛覇剣≫の専用ソードスキル【ブレイク・シャドウ】を繰り出す。横薙ぎから剛覇剣オーラを拡大させた、まるでソウルの大剣のような広範囲斬撃であり、更にそこから空間に破壊エネルギーが拡散し、そこからも光輪が射出される。

 パールの雷光には段階があり、最高段階発動した場合、青雷のバリアのみならず、パールの卓越した身体能力が反映されたように『ソードスキルの硬直時間が免除される』。

 ただし、パールの雷光には致命的な弱点がある。吸収した雷エネルギーの消費が膨大である点だ。

 まだUNKNOWNはスローネがユージーンを強化していると気づききれていない。スローネの雷がどうして消えて、ユージーンが雷光を纏ったのか、因果関係を結びきれていない。だが、この男ならばすぐに察してスローネを解除するだろうという確信もあった。だからこそ、雷エネルギーを蓄積できている今こそが仕留めるべき時だった。

 広範囲の圧倒的破壊力を持ったソードスキルの連発。防戦どころか回避もままならない『名無し』はじわじわとHPが削られていく。その体は傷だらけになっていく。

 敬意を払うべきだからこそ一切の加減はしない。ユージーンはこのまま押し切るべくスタミナ消費を度外視して≪剛覇剣≫のソードスキルを連発する。使用するのは発動モーションが短く硬直時間が長いタイプだ。逆ではUNKNOWNに攻め入る隙を与える。それは逆転を生むだろう。

 UNKNOWNの仮面の口元は割れている。そして、彼は笑っていた。追い詰められ、血が滴りる唇を歪めていた。

 歓喜? 違う。鼓舞だ。追い詰められた自分に勇気を与える為に、闇の中で勝利の道を探し出す為に、恐怖を踏破する1歩の為に為に笑っているのだ。自分も同じだからよく分かるとユージーンも笑う。

 

「オレたちは似ているな。歩く道は違えども、志すべき場所は同じだ。だからこそ、貴様だけには負けるわけにはいかない!」

 

「それは俺も同じだ! 負けられない。負けるわけにはいかないんだ!」

 

 破壊エネルギーと光輪が荒れ狂う、余りにも広すぎるユージーンの間合い。だが、UNKNOWNは諦めずに銃撃を続けている。だが、銃弾はパールの雷光によって阻まれてユージーンは届かない。

 ユージーンはたとえ殺すことになったとしても、自分が最も認める男を倒すべく全力を注ぎ込む。

 

 

▽     ▽     ▽

 

 

「クソ、やられた!」

 

 血走った目で両手で頭を抱え、悶え苦しむグリムロックを横目に、間もなく冬が訪れる秋の海原で飲むワインは格別だとヨルコはほろ酔い気分を楽しむ。

 グリムロックが開発していたメガフロートのお披露目は無事に終わり、今は3大ギルドの重役や海坊主と一緒に設置された大型テレビで放映される、遥か遠くで行われるラストサンクチュアリ壊滅作戦の生中継を皆で見ていた。

 ヨルコとしては、UNKNOWNの正体が【黒の剣士】であるならば、決して小さくない思い入れがあり、負けて欲しくないと思う。だが、その一方でどちらが勝ったところで結末は変わらないという諦観もあった。

 ならば観衆として楽しむまでだ。どちらが勝っても興奮は変わらないのだから。

 

「≪銃器≫にはどうしても装填弾薬数という制限がある! だが、あの特殊銃弾能力は、多種の属性エネルギーや性質を付与した銃弾をリアルタイムで生み出す! 銃弾精製能力がなければ能力を与えた銃弾など不可能! 銃弾の自己生産! シンプルであるが故に強力かつ困難! 私も発想はした。だが、取っ掛かりすら見つけられなかった! どのような素材を集めればいいのかさえも分からなかった!」

 

「グリセルダさん、グリムロックさんを止めてくれない?」

 

「諦めなさい」

 

「考えろ。考えろ! 考えろぉおおおお! そ、そうか! 生体パーツ! これなら……だが、どうやって属性や性質を銃弾に融合させている!? そもそも生体パーツを組み込んだとして、どうやって銃弾生産を!? まさか、ソウルジェネレーターを応用して!? だ、駄目だ。分からない。何よりも、大型とはいえ、ハンドガンサイズにそれだけの複雑な構造を組み込む!? マユ君は変形構造のスペシャリスト! 言い換えれば小型化のスペシャリストでもあったか! クッ、駄目だ! 完敗だ……!」

 

「ねぇ、【渡り鳥】。あそこで満足そうにTKOされたみたいなグリムロックさんを何とかしてくれない?」

 

「満足しているならいいのではないでしょうか?」

 

「だって気持ち悪いし」

 

 腕を組んでテレビを見ていた【渡り鳥】はピクピクと痙攣して今にも極楽に旅立ちそうなグリムロックに一切の視線を向けなかった。一瞬としてテレビの戦いを見落とすわけにはいかないと真剣な表情だ。

 そもそもとして、グリムロックも贄姫やらミディールやらにトンデモ機能を組み込んでいるのだ。マユのことを言えた義理ではないが、ヨルコには分からない技術系統の違いがあるのだろう。

 

「ははは。やはりクラウドアースが誇るランク1の勝ちのようですな」

 

「いえいえ、まだUNKNOWNも諦めていないようですよ」

 

 大ギルドのお偉いさんたちは呑気なものだ。彼らにも酒が振る舞われ、まるで野球観戦でもするかのような心地で遠く離れた戦場を評価している。

 だが、それはヨルコも同じだ。自分には関係がないと割り切っている。そこに罪悪感などない。

 

「どう? このままならユージーンが押し切るかしら?」

 

 グリセルダの問いに【渡り鳥】は少しだけ間を置くとゆっくりと口を開く。

 

「分かりません。ですが、『アイツ』はもうあの防具の弱点に気づいています。『仕込み』も始めているようですし、反撃の時は来ます」

 

 おお、さすがは元相棒。UNKNOWNは反撃の術を残していると断言する【渡り鳥】にヨルコは嬉しくなる。

 だが、どう足掻いても結末は変わらない。だからこそ、ヨルコは夕暮れに祈りを捧げてグラスを掲げる。

 

 せめて穏やかな夜が訪れますように。ヨルコはアルコールが染み渡る体を悶えさせ、そしてグリムロックは開発欲を暴走させて気絶したまま悶える。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 やはりスローネの雷は吸収されている。だからこそ『名無し』は敢えて発動を止めなかった。

 ユージーンはソードスキルをあり得ない程に連発している。失ったスタミナを即座に補える程にスタミナ回復速度が上昇しているのだ。また、ソードスキルによる硬直もまるで見られず、まさしく広範囲制圧攻撃を延々と繰り返している。

 破壊エネルギーと光輪の嵐の中で『名無し』が生き残れるのは、この攻撃がソードスキルだからでもあった。光輪の発生は読み切れないが、ソードスキルのモーションと攻撃範囲は確定している。ならば全てのパターンを頭に叩き込んでしまえば、あとは光輪の対処だけに終始すればいい。

 それでも懐に飛び込めない。ユージーンから攻撃が拡大する以上は懐程に破壊エネルギーも光輪も密集しているからだ。

 傷を負い過ぎた。エスト弾も3発目になった。アバター損壊が著しく、オートヒーリングがほぼ相殺されるほどの流血スリップダメージが生じている。

 防御力も低下している。HPもフルではない現状で攻撃を受ければ、負けるのは『名無し』の方だろう。確実に死ぬ。

 降参するならば今だ。だが、『名無し』は勝てる勝負を捨てる気はない。

 敢えてスローネの雷を解除しない理由は『名無し』が今も撃ち続ける銃弾にあった。

 雷光ヤスリによる特殊弾は加速弾だ。雷で高速化された銃弾を撃ち出すというものである。雷属性を帯びており、性質としてはレールガンに近い。

 そして、これまで加速弾を撃ち続けた理由はユージーンの防具の綻びにある。

 スローネの雷を吸収し続け、なおかつ加速弾を浴び続けたユージーンの防具は確実に損傷しているのだ。

 

(雷の吸収には上限がある! スローネの発する雷が強力過ぎてキャパシティの限界なんだ! あれだけの強化を維持し続けるにはリスクがあるはずだ!)

 

 許容限界を超えた雷を蓄積させて自滅させる。その為に必要なカードは残っている。

 ネオ・アグニを射出。だが、その全てが光輪で迎撃されてユージーンまで爆発は届かない。それでいいのだ。『名無し』の目的は目暗ましだった。

 結合弾で近隣の柱まで移動し、月蝕の聖剣を背負うとプラズマ・フィールド手榴弾を手に取る。『名無し』を追って≪剛覇剣≫のソードスキルが連発されるが、彼は何も恐れずに大きく空を舞う。

 確かにソードスキルの連発はすさまじい。だが、その一方でユージーンが連発している広範囲ソードスキルは対空性能が足りなかった。彼の頭上を攻撃するには別のソードスキルへと切り替えるしかない。

 既にユージーンの中では特定のソードスキルの連発がルーチン化していた。そうなるように誘導するまで『名無し』は敢えて耐え抜いた。

 対空ソードスキルが放たれるより前にプラズマ・フィールド手榴弾は次々と落下させる。ユージーンは一瞬だが回避を選択しようとしたが、もう遅い。ソードスキルのモーションは始まっている。

 巨大化されたオーラの刃が振るわれる。その一閃に対して『名無し』は迷うことなく背負う月蝕の聖剣を滑らせる。

 対モルドレッド戦で会得した、月蝕の奔流と『名無し』の剣技を合わせた、剛と柔の受け流し。≪剛覇剣≫のオーラの刃を空中で逸らし、『名無し』は落下しながら次々と炸裂してプラズマ・フィールドを発生させる瞬間を見届ける。

 

「ぐっ……ごぁああああああああああ!?」

 

 赤き鎧は青雷の光で染まり、亀裂は拡大して爆ぜる。

 

「……鍛冶屋の腕前が明暗を分けたな」

 

 マユならば自爆などしないように、1度上限に達したら吸収停止させる機能を仕込んでいただろう。たとえ、時間制限が設けられるとしても使用者の安全を優先し、何よりもこのような致命的欠陥を放置しないはずだ。

 青雷による絶大な強化。それに目が眩んでしまった、あの防具の開発者の失敗だ。だが、逆に言えば、リミッターを設けていなかったからこそ、あれだけのソードスキルを連発し続けることが出来たともいえるだろう。

 HP残量2割未満。全身から血を流し、鎧は半壊して胸や腹の皮膚……いいや、肉が露になっている。顔面も血塗れであり、左腕は籠手の爆発の影響を受けてほぼ潰れているのに等しかった。

 

「ぐふ……かふ……! このような……負け方など……オレは認めん!」

 

 潰れた左手を地面に押し付けてユージーンは火蛇を発動させる。だが、『名無し』は消火ガス爆弾を放る。火蛇は『名無し』に届く前に小さくなっていき、その目前で消えた。

 立っているのもやっとのユージーンは、フラフラと後退る。彼としても不本意だろう。これでは自滅同然だ。だが、制御しきれない能力に手を出したのもまた彼なのだ。自らの判断で弱点を生み出した。何よりもソードスキルの連発などすべきでは無かった。そんなことをしなくても、ユージーン程の腕前の剣士ならば、雷光の自己強化だけでも十分に『名無し』を追い詰めることができたはずだ。

 ソードスキルの連発……か。まるでSAOのようではないか。『名無し』は自分がソードスキルに傾倒した戦いから脱却できたのは、スミスの指導のお陰であり、共に訓練を積んだシノンという存在があったからだと噛み締める。彼らがいたからこそ、G&Sの基礎を築くことができた。

 

「決着をつけよう」

 

 ユージーンとは異なり、エスト弾でHPを回復させた『名無し』は、それでも浅くない傷を負った体を動かした。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 自爆同然だ。これがランク1の敗因なのか? 多量の傷で生じた流血のスリップダメージはもはやオートヒーリングを上回っている。左腕は潰れ、防具もまともに機能していない。

 認めない。こんな負け方……認められるものか! 抗おうとしたユージーンは、ふと気づく。気づいてしまう。

 

 こんな『負け方』を認められない? それではまるでもう自分が敗者だと諦めているようではないか。

 

 ああ、そうだ。その通りだ。もはやユージーンにはUNKNOWNを押し返すだけのカードがない。最後の手札としてデーモン化が残っているが、この負傷では何処まで通じるか分からない。

 対するUNKNOWNはまだ何かを残している。ユージーンの抗いを潰せるだけのカードを隠し持っている。

 ユージーンは幻視する。敗北を受け入れろと静かに呟く己を見て拒絶する。

 まだだ。まだ戦える。右手は使える。≪剛覇剣≫も機能している! 

 両手持ちでなければ≪剛覇剣≫のソードスキルは使えず、故に光輪剛覇剣も封じられているが、ならば己の剣技だけで斬り伏せるのみ!

 それでよかったのだ。パールの雷光で強化され、光輪剛覇剣に……ユニークスキルに『呑まれた』。戦いの軸に据えるのではなく、ユニークスキルに振り回されてしまった。UNKNOWNはそれを見逃さなかった。

 片手剣とハンドガンによる、まさしくDBOにおける戦い方を会得したUNKNOWN。かつて鉄の城でソードスキルを極めたはずの男は新境地に立っている。

 背後からエイミーが駆け寄ってくるのが分かる。

 頼む、手を出すな。ここで助太刀されたならば、オレはもうランク1ではなくなる。

 

「オレは……オレは……!」

 

 負けを認めろ。

 もう十分に戦った。

 UNKNOWNこそが『英雄』だったのだ。

 きっとサクヤも認めてくれる。

 

 

 

 

 違う。

 

 

 

 

 違う。

 

 

 

 

 違う。

 

 

 

 

 サクヤならば、よく頑張ったと肩を叩くよりも先に『どうして諦めた!?』と喝を入れるはずだ。

 最後まで戦い抜け。負けられないのだから。ランク1は人々の希望を背負う称号なのだから。そうありたいと望んだのは、他でもないユージーン自身なのだから。

 弱気な自分は打ち消され、心に静寂が戻り、今再び脳の奥底に潜んでいた扉の前に立つ。

 扉は触れれば冷たく重い。自分だけでは開けることなどできない。

 だが、サクヤが隣に寄り添ってくれているような気がした。彼女と一緒ならば開けられると確信できた。

 

 

 

 

 

 そして、扉は開いた。眩い光は脳を駆け巡り、潰れたはずの左手を覆う赤き手甲はまだ戦えると活力を漲らせた。

 

 

 

 

 

 

 デーモン化、発動。ユージーンは捩じれた赤い2つの角を頂き、潰れたはずの左腕はデーモン化によって籠手が変質によって覆われてギブスとなった。

 甲冑もデーモン化による硬質化によって一体化し、赤く猛々しい翼より火の粉を散らす。全身にイザリスの混沌の火を感じ、自分の誓約がデーモン化に影響を与えたのだと自然と理解した。

 ユージーンが持つ最高火力の呪術、イザリスの焔火。それがまさに自身の内で燃え上がっているかのような活力の熱を感じる。放たれる熱風はデーモン化の間もUNKNOWNを寄せ付けることはなかった。

 

「妖精王剣サクヤ……解放!」

 

 もはや能力は残っていないはずだ。だが、ユージーンは迷いなく発動できると確信できた。

 大剣は虹色に輝き、光を拡散させていく。膨大なエネルギーは個々の色を得て形を成していく。

 そして幻影の妖精たちが顕現する。赤色はサラマンダー。青色はウンディーネ。緑色はシルフ。ALOの全種族の妖精が王に仕えるかの如く参陣し、個々の得物を仮面の剣士へと向ける。そのいずれにも≪剛覇剣≫が発動していた。

 誰かが背中を押してくれた気がした。その手は優しく、温かく、励ましに満ちていた。

 知っている。だが、これは幻だ。彼女はもう死んだのだから。それでもユージーンは笑んだ。

 いつものように、威風堂々と、傲慢不遜に、妖精王剣サクヤの主に相応しく笑った。

 空を舞う妖精たちの攻撃。そのいずれも光輪剛覇剣を生む。柱は次々と砕かれる中でUNKNOWNは逃げ回る。

 

「これは……心意か!?」

 

「そのようだな! オレも貴様と同じ境地にたどり着けたようだ!」

 

 かつて竜の神を顕現させたUNKNOWN。彼と同じく仮想世界に干渉することができるようになった。

 だが、ユージーンは自覚する。凄まじい負荷であり、扉を開いたばかりの自分では長く耐えられないだろうと。

 もはやソードスキルは要らない。望むままに光輪剛覇剣を放てる。ユージーンの剣技をフル活用して広範囲破壊攻撃が繰り出せる。そして、彼に付き添う妖精たちも同様の剣技を使用できる。

 これが心意! まだだ! オレはまだ極みには到達していなかった! 見てすらもいなかった! ユージーンはもはや防戦すらも出来ず、逃げる以外にないUNKNOWNを見据える。

 

「集え!」

 

 妖精たちがユージーンの周囲に集まり、光輪剛覇剣は1つに束ねられる。それはまさしく嵐であり、≪剛覇剣≫のいかなるソードスキルよりも、イザリスの焔火よりも、はるかに強大で、美しく、そして可能性に満ちていた。

 オレは極める。武技と心意、その両方を極めてランク1を絶対なる『英雄』の称号にしてみせる!

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 勝利を確信したユージーンが耳にしたのは、心折れずに立ち向かう者の咆哮。

 次々と襲い来る光輪と破壊エネルギー。だが、UNKNOWNは『瞬間移動』する。

 いいや、違う。そう思える程のシステムアシストによる超高速移動だ。まるで別の座標にワープしているかのようにUNKNOWNは光輪剛覇剣の嵐を突破しようとしている。

 妖精たちが舞い、迫るUNKNOWNを倒そうとする。

 一閃。光輪剛覇剣で刻まれるより先にUNKNOWNは妖精を討ち取る。光の塵となって爆散する妖精には目もくれない。

 

「それが貴様の心意か!」

 

 体の動きに依存することなくシステムアシストによって、まるで別の座標に瞬間移動したかのような超高速移動! ユージーンは打ち破らねばならないと頭痛が拡大するのを自覚しながら、更に心意を高める。

 だが、UNKNOWNは倒れない。妖精たちはより苛烈に攻撃を仕掛けるのに、瞬く間に順応していく。

 月蝕の奔流が解き放たれれば、まるで重力のように光輪が引きずり込まれていく。それは全てを呑み込む濁流のようであり、UNKNOWNが進む道を切り開く。

 左右からの挟撃。UNKNOWNの仮面に新たな傷が刻まれるが、HPに損傷はない。花開くように銃弾がばら撒かれ、妖精たちを撃ち抜かれていく。

 再び超高速移動。ユージーンはUNKNOWNを見失い、心意の限界が近い倦怠感で朦朧とする意識を精神力で支える中で探す。

 

 感じる。

 

 背後から感じる。

 

 誰もが追い掛けたくて堪らなくなる、闇を切り裂いて光へと駆け抜けていくかのような存在感。

 

 振り返れば、光輪剛覇剣の嵐を切り抜けたUNKNOWNが夕陽が映し込んだ湖の照り返しを背に黒衣を靡かせていた。

 

 まるで子ども達が嬉々として聞きたがる冒険譚から飛び出した英雄のように、黒の剣を携えて立っていた。

 

 否定しなければならなかった。

 

 この男こそが自分よりも遥かに『英雄』の器であるなど認めるわけにはいかなかった。

 

 認めてしまえば心が折れてしまうから。

 

 サクヤに託された『ランク1』としての使命を果たせなくなるのだから。

 

「オレは『ランク1』だ! 負けるわけには……いかない!」

 

 最後の力を振り絞り、光輪剛覇剣を纏った妖精王剣サクヤでUNKNOWNに斬りかかる。

 

「俺も負けられない。だから……決着だ! これで終わらせよう、ユージーン!『俺達の戦い』を!」

 

 政治的意図など関係なく、戦わねばならない。だからこそ、UNKNOWNは背負うべきものではなく、互いのエゴの為に激突するのだと叫んでいる。

 UNKNOWNが左手に持つ大型ハンドガンが変形する。銃身はグリップに合わせて縦の直線になるべく折れ曲がる。

 変形したハンドガンが黒衣に隠された左腰……もう1つのホルダーに差し込まれる。そして、金属同士が合体する高音が鳴り響く。

 

「メイデンハーツ……ブレードモード!」

 

 それはハンドガン接続された新たなパーツだ。銃身のみならず、指を保護するハンドガードも伴った大型パーツである。

 ポリゴンの収束する輝きが瞬く。アイテムを実体化するのと同じエフェクトであり、『召喚』されたのは銃身と合体した大型パーツの大部分を覆う両刃のクリスタルブレードだ。

 失念していたわけではない。たどり着けなかっただけだ。どうしてUNKNOWNは最大の武器である≪二刀流≫を披露しないのか分からなかっただけだ。

 

「コネクト、深淵ヤスリ!」

 

 半透明のブレードを闇の黒色が染めていく。ブレードからも放出される闇はその特性に従って物理的重さを伴っているのが目に見えて分かった。

 

「メイデンハーツ【アビス・ミスト】!」

 

 UNKNOWNは≪二刀流≫を捨てたわけでは無かった。切り札とする道を選んだのだ。

 聖剣から月蝕の奔流が放出される。機械仕掛けの剣からは闇のエネルギーが霧の如く拡散する。2つの黒を重ねたUNKNOWNの持ち味……最速最強の二刀流連撃は、光輪剛覇剣を纏った妖精王剣サクヤと真っ向から衝突する!

 重い。何たる重さか。UNKNOWNの連撃は光輪剛覇剣を削り取っていく。

 感じる。繰り出される連撃の1つ1つにUNKNOWNの込められた心意のエネルギーを……彼の意思を感じる。

 雄大で、自由で、何処までも行けそうな可能性に満ちた大空のような……新時代を切り開く意思を感じる。

 ああ、だから『英雄』なのだ。聖剣でもなく、功績でもなく、だからこそ皆は彼に惹かれるのだ。

 妖精王剣サクヤに亀裂が広がる。UNKNOWNの苛烈すぎる連撃に破損していく。

 だが、ユージーンは踏み込む。刃が散っていくことも厭わずに踏み込む。

 

 相手が何者だろうと構わない。

 

 威風堂々。

 

 傲慢不遜。

 

 勝利を当然として剣を振るう。

 

 それこそが『ランク1のユージーン』なのだから。

 

 更なる踏み込みで両者は交差する。

 もはや光輪剛覇剣も、心意も、何も残っていない。

 それでもユージーンは咆えながら反転した。

 暁の如く燃える夕陽を映し込ませ、愛する女の名を冠した剣を振るい抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、妖精王剣サクヤは……月明かり無き黒の奔流を束ねた刃によって打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

 

 折れた刀身がユージーンの背後に突き刺さる。

 もう妖精も、光輪剛覇剣の嵐も、何もない。

 穏やかな夕陽の空と湖と損壊した白の都だけがある。

 全てを使い果たした。それでもUNKNOWNが上回った。

 認めるしかない。ユージーンは断ち切れそうな意識の糸を繋ぎ止めながら、折れた剣を構えようとする。だが、デーモン化も解除されて左手は元通りの潰れたものとなり、思い出したかのようにボロボロの全身からダメージフィードバックが噴き出す。

 

 それでも。

 

 そうだとしても!

 

「オレは……『ランク1のユージーン』だ! 負けられ……ない。負けられない!」

 

 もう踏み込めずとも、剣を振るえずとも、今にも倒れそうな程に意識は途切れそうでも、ユージーンは咆える。

 放たれたのは月蝕光波。それはユージーンを呑み込むことなく、彼の足下を破砕する。

 もはや立っているもやっとのユージーンは、大きく目を見開く。

 殺すこともできたはずだ。ユージーンはまだ戦えた。戦えたのだ。

 甘い奴め。降参しない敵にトドメを刺せないとは情けない奴だ。

 

「よりにもよって……水上で……狙ったか、UNKNOWN」

 

 だが、それもいいだろう。悔しさの苦渋と同じくらいに、敗北の清々しさによって心が解き放たれ、ユージーンは晴れやかに笑む。

 

「行け……【聖剣の英雄】よ。お前なら……!」

 

 着水し、ユージーンは沈む。沈む。沈む。

 己の敗北を笑い、UNKNOWNの甘さを嗤いながら、水底に沈む。

 

 

 

 そして、『ランク1のユージーン』は敗れた。

 

 

▽    ▽    ▽

 

「まーったく! これだから世話の焼けるランク1様なんだから!」

 

 駆けてきたエイミーはUNKNOWNを睨むと、溜め息を吐くと同時にアイテムを投げ渡す。

 

「はい、これ。ランク1様からよ。アンタが負けた時、瀕死だったら私から使うようにって頼まれてたんだけど、そんなボロボロの姿じゃ皆に恰好つかないでしょ? グイっといって、カッコイイポーズをちゃんと取りなさい。それが『ランク1』を倒したアンタの務めよ」

 

 水底に沈んだユージーンを救出する為にエイミーもまた湖に飛び込む。残された『名無し』はエイミーから投げ渡されたアイテムを見つめた。

 DBOでもトップクラスの回復アイテム、女神の恩寵だ。かつて、『名無し』が剣鬼に堕ちた時に無駄にしてしまった至高の回復アイテムである。

 ユージーンは自分が勝った時、『名無し』を救える手段を最大限に準備していたのだ。HPも傷も何もかも治す、まさしく宝と呼ぶべき回復アイテムを使うと決めていたのだ。

 

「甘いのは……お互い様じゃないか」

 

 最後にユージーンを斬れなかった。彼の闘志は途切れていないと分かっていても、もう勝敗は決した以上殺したくなかった。

 それは彼のプライドを傷つけてしまったのかもしれない。だが、『名無し』は選べなかった。もう戦えない彼の命を奪うことを是とはしたくなかった。

 確かに『敵』として相対した。殺すことにもなるかもしれないと覚悟もしていた。

 だが、憎かったわけではない。殺したかったわけではない。

 勝ちたかったのだ。選択肢は1つしかないのだと嗤うような、DBOに満ちる諦観と閉塞感に勝ちたかったのだ。何よりもユージーンという認めるしかない至高の戦士の1人に、自分もまた戦士として勝ちたかったのだ。

 『名無し』は確かな敬意と憎悪の秤で敵に貴賤をつける。怨敵には殺意と共に刃を向けるとしても、そうでないならば勝利を求める心……戦意で応えて生き抜くことを選ぶだろう。たとえ、それが後々になって自分を苦しめることになるとしても、人間らしさを捨てたくない。

 甘いのかもしれない。愚かしいのかもしれない。だが、それでいい。甘いと罵られ、馬鹿にされようとも、これが自分のやり方だと信じている。『名無し』は勝利の夕陽に女神の恩寵を掲げて一気に飲む。途端にHP全快し、アバターも修復されて万全となる。ただし、スタミナだけは回復しておらず、スタミナ危険域アイコンが相変わらず点滅していた。それだけがこの戦いの激闘の名残となった。

 メイデンハーツから煙を上げて亀裂が入ったクリスタルブレードを排出する。

 メイデンハーツ、ブレードモード。変形させたハンドガンモードを専用ホルスター内のブレードコアと接続し、ヤスリエネルギーとメイデンハーツのコアブロックである、銃弾精製機能ブロックのエネルギーを直結させるクリスタルブレードを召喚するというものだ。

 召喚機能にはエンデュミオンのソウルが使用されている。そして、敢えて使い捨てのクリスタルブレードにすることによって、破格の攻撃力とヤスリを用いた特殊ブレード化を獲得している。クリスタルブレードにもストック数には限りがあり、こちらは自己生産できない為に補充が不可欠である。また、使い捨て高火力のクリスタルブレードとは別の、もう1つの継戦能力を重視した、金属製の黒騎士ブレードも召喚できるのであるが、こちらはエネルギー伝導率が悪く、安定率こそ高いが瞬間火力を引き出せず、発動させた特殊ブレードもグレードダウンする。

 メイデンハーツ・ブレードモードは、変形した大型ハンドガンにブレードコアを接続させ、銃身とブレードコアを半ば覆うようにして大刃を召喚するのだが、その姿からも聖剣をモデルにしている。マユは前身となった旧メイデンハーツを生まれ変わらせ、オーダー通りに聖剣と共に戦える武具として昇華させた。

 メイデンハーツは≪片手剣≫と≪銃器≫のキメラウェポンである。だからこそ≪二刀流≫が発動する。だからこそ、G&S専用OSSも開発できる。

 ユニークスキルである≪二刀流≫をベースにしつつ、≪二刀流≫から脱却し、≪二刀流≫を新たな領域に至らせる。それこそがG&Sなのだ。

 ユージーンとの戦いを経て我が物に出来た。まだまだ完成ではないが、だからこそ楽しみもある。G&Sには新たな可能性がある。

 

「ありがとう、ユージーン」

 

 ユージーンの矜持も、理想も、願望も、信念も、その全てを1人の人間に過ぎない自分では背負うことなんてできない。

 だが、この戦いを誇りとして抱き続けよう。この戦いがあったからこそ、先に進めるのだと敬意を払おう。

 撮影用の人工妖精が群がる。クラウドアースはどんな気分なのだろうか。だが、関係ない。『名無し』は勝者として月蝕の聖剣を掲げる。せめて、それこそが打ち破ったユージーンへの敬意の払い方だと思ったからこそ、彼は沈みゆく夕陽の光を集めるように天へと己の聖剣を突き上げる。

 

 

 その姿は『名無し』の胸中とは異なり、まるで『ランク1』の矜持を継承したかのように、威風堂々たる様だった。

 

 

▽     ▽     ▽

 

 

 決着だ。シノンは崩れるようにソファへと倒れ込み、天井を見上げて長い、長い、長い、全身が萎むのではないかと思うほどに長い息を吐く。

 対人戦の常の通りの短期勝負だ。タフなネームド戦のように長引くことはなく、スピーディに戦いは進展していったが、攻防と優劣が幾度となく引っ繰り返る激闘であり、シノンとしても生きている心地がしない程の緊張を強いられた。大袈裟でもなく、ネームド戦にも匹敵するストレスを覚えた。

 サインズ本部は激闘の終了と同時にざわめきで荒波が立っている。傭兵たちさえも冷静を保てているのは半数ほどだった。

 

「聖剣による隙がない近接戦。特殊能力を与えた銃弾による万能性と対応力かつ近接適性も高いハンドガンで中・近距離対応。なおかつ変形・合体で片手剣化することで≪二刀流≫ならではのラッシュ力も発揮可能……か。しかも回復弾で回復動作も大幅にカットしている。隙がないね。ユージーンも強かったが、UNKNOWNはどうやら僕たちの想像を遥かに超えていたみたいだ」

 

「批評はいいとして、虎丸大先生はもちろん攻略法を見つけられるんだよな?」

 

「……確かに強い。だが、ユージーンは最後まで食らいついていた。ユージーンの最大の敗因は『ランク1』という称号故に正々堂々と戦い過ぎた点だよ。エイミーと協働なんだ。恥も外聞もなく2人がかりで戦っていれば結果も変わっただろうさ。僕たちは同じ轍を踏まない。UNKNOWNが新たな武器と戦法を可能にしたならば、それも含めて封じ込める状況と作戦を立案するまでだよ」

 

 だが、1桁ランク級は違う。協働を前提として2人揃えば傭兵最上位陣にも匹敵すると評判のレックスと虎丸の竜虎コンビを筆頭に、他の面々も衝撃こそ受けているようだが、ならばこそ対策を立て、勝ち目を探すまでだとむしろ闘志を滾らせている。

 

「ふむ、あれが噂に聞く……想像以上だ。やれやれ、まさかプレイヤーの域を超えた能力とはね」

 

 そして、この男もだ。G&S開発に携わったスミスは、UNKNOWN以上にG&Sの強みも弱みも熟知しているだろう。ならばこそ、スミスが着目しているのは心意だ。

 

「これまでにステータス、武器能力、スキルでは説明できない現象が確認されていた。話には聞いていたが、これ程とはね。アルヴヘイム攻略では竜の神が顕現したというのも、あながち法螺話というわけでもなさそうだ」

 

 心意。仮想世界を支配するシステムに干渉して様々な現象を引き起こす能力の総称だ。改変アルヴヘイムでUNKNOWNが竜の神を顕現させたように、プレイヤーの域を超えて能力を発動させることが可能だ。

 UNKNOWNの場合はノーモーションによる超スピード移動……ゼロ・モーションシフトである。それはかつて相対したランスロットの瞬間移動に酷似しており、体勢や運動エネルギーを問わずに指定した座標へとシステムアシストをかけて移動するという、地味に見えてとんでもない性能を秘めた心意だ。

 ユージーンもまたUNKNOWNの戦いの内で心意を覚醒させた。デーモン化の姿を操るだけではなく、複数の妖精を召喚し、ソードスキル無しで強化した剛覇剣の発動も可能とした。

 心意の問題点は消耗が激しく、負荷がかかり過ぎる点だ。幾度か発動した経験があるUNKNOWNとは違い、ユージーンは心意による消耗で最後は立っている事さえも困難だった。あくまで切り札としての運用が求められる能力である。

 これまでもステータス、装備、スキルから外れた、システムそのものに干渉したかのような現象はレアケースながらも確認されていた。だが、DBO中が注目する戦いでハッキリと示された事によって、これからは大ギルドも心意保有者の確保に躍起になるだろう。ユージーンも負けこそしたが、強力な心意保有者として新たな付加価値を手に入れた。

 だが、UNKNOWNはそれ以上だ。ユージーンを破り、聖剣を有し、強力な心意を持つ。更にはG&Sという≪二刀流≫保有者である彼にしかたどり着けない新たなバトルスタイルも手に入れた。

 

(G&Sの隠された強みは、メイデンハーツの銃弾にも≪二刀流≫の攻撃力強化作用が付与されていること。≪銃器≫でありながらステータスボーナスを得て、≪二刀流≫の強化も受けているからこそ、通常弾でも同ランクの汎用ライフルにも近しい火力を手に入れられる)

 

 逆に言えば、それだけの補正を受けても汎用ライフル程度の火力しか出ないのは、メイデンハーツの生み出す銃弾自体の基礎攻撃力の低さを物語る。正しくUNKNOWNが運用する為だけに設計された武具なのだ。

 ……あ、殺意が湧くわ。UNKNOWNの勝利で心が緩んだためか、シノンは射撃武器をメインに扱うプレイヤーとして殺意を抱く。メイデンハーツは、ヤスリやクリスタルブレードを除けば、弾薬費がかからないからだ。しかも元のアイテムストレージ容量が高めであるとはいえ、弾薬分のストレージ容量も浮かせることができる。しかも時間経過で自動回復する装填数も回復するので長丁場でも撃ちまくれる。

 銃火器の運用とはお財布との戦いなのだ。あの真っ黒野郎はそれを味わうことがないと思うとシノンは笑顔を禁じえなかった。笑顔で絶対に高い酒をあの男に奢らせてやろうと決意する以外に自分を慰める方法が分からなかった。

 

「シノンくん、悪い顔をしているぞ」

 

「そう?」

 

「今は素直に褒めてやりたまえ。たとえ、ラストサンクチュアリの結末自体は変わらずとも、彼の戦いと勝利には確かな意味があったのだと」

 

「……スミスさんはそこはかとなく嬉しそうね」

 

「当然だよ。私を無感情な機械と思っているのかね?」

 

 煙草を咥えて火を点けるスミスが吐き出す紫煙には、確かな安堵と称賛が含まれていた。表情も声音も変化させることがなかった男であるが、彼なりに弟子を応援する気持ちは決して小さくなかったという事だろう。

 打算から始まった師弟関係。だが、いつしか彼らの関係もまた変わったのだろう。そして、スミスは情を抱いても躊躇なくトリガーを引ける男であることもまた確信を持てた。

 シノンもスミスもいつかUNKNOWNと敵対するかもしれない。そんな未来が待っているとしても、今は最大限の賛辞を。

 

「おめでとう」

 

 夕陽に照らされながら聖剣を掲げるUNKNOWNに、シノンは心からの笑みと共に拍手を送った。

 

 

▽     ▽     ▽

 

 自由開拓戦線の寮の食堂は収容人数をオーバーしており、その全ての目が設置されたテレビに視線を注いでいた。

 ランク1VSランク9の激闘。誰もが目にしたかった『最強』の称号に近しい2人の死闘は、その決着と共に静寂を……そして、噴火したかのような歓声をもたらした。

 

「勝った……お兄ちゃんが……勝った……!」

 

 へなへなとその場にへたり込んだリーファは、頬を伝う安堵の涙を拭うこともなく嗚咽を漏らす。

 ユージーンの強さをリーファはよく知っている。彼がどれだけサクヤを愛し、だからこそ『ランク1』として負けるわけにはいかないと覚悟を持って戦った事も知っている。

 それでも兄に勝ってほしかった。ユージーンの猛攻はいつ死をもたらしてもおかしくないものであり、心臓は今にも爆発しそうな程の緊張を彼女に強いた。ようやく解放された途端に体から力が抜けるのも仕方ないというものだろう。

 

「凄い……凄いよ!」

 

 一方のレコンは興奮して拳を握っている。兄もユージーンもDBOでも屈指のトッププレイヤーであることはもちろん、互いにオーダーメイドだろうユニークウェポンを扱い、なおかつユニークスキルの特性を前面に出し、最後はプレイヤーの域外の能力を発揮した。

 今回の戦いそのものが、DBO全体に蔓延していた諦観に光を差し込んだ。難易度を増していくDBOで生き残ることはできるのか。完全攻略など出来ないのではないのか。そんな不安に新風を吹き込んだ。

 リーファが周囲を見回せば、他のプレイヤーも表情こそ様々であるが、興奮に染まった活力溢れる顔をしている。

 

「やっぱりUNKNOWNが最強だったんだな!」

 

「いやいや、ユージーンも最後まで食らいついてたし、どう転ぶか分からなかったぞ!?」

 

「まだ分からないの? ユージーンは剣が折れて最後は抵抗もできない状態。一方のUNKNOWNは余力を残していた。それに聖剣って本当は暗い碧色なんでしょ? UNKNOWNはまだ隠し玉もあった。これだけで実力差はハッキリしてるわ」

 

「隠し玉があったって使えなかったら意味がないだろ」

 

「へっ! どうでもいいね! あのプライドが高くて傲慢なユージーンが負けただけで酒が美味くなるぜ!」

 

「よっしゃぁああああ! 愛してるぜ、UNKNOWN! 10万コルの大儲けだ!」

 

「ユージーン死ね! 死んじまえ! お前にどれだけ賭けたと思ってんだ! なーにが『ランク1』だ!? 所詮はクラウドアースの横槍あってのハリボテじゃねぇか!」

 

「ギャハハハハ! そうだ! そうだ! ランク1を返上して傭兵なんて潔く辞めてクラウドアースの犬にジョブチェンジしちまえ!」

 

 食堂に称賛と罵倒が溢れる。リーファは立ち上がり、勝者として剣を掲げる兄を、そして敗者として水面の下に沈んだユージーンを、惜しみなく賛美する。

 

「今度はあたしの番だよ。待っててね」

 

 自分の為すべき事を為す。リーファは自分が向かうべき道を見定め、この日を始まりとして再び歩き出すと覚悟を決めた。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

『勝利! UNKNOWNの勝利! いや~、まさかの2度、3度とどんでん返し! まさしく最強候補の2人に相応しいバトルでしたね!』

 

 教会の大聖堂に多く設けられた1人用礼拝室。本来ならば信徒が夜通し祈りを捧げる為にあるのだが、今は聖壇にはラジオが置かれ、ラストサンクチュアリ壊滅作戦における肝……ユージーン対UNKNOWNの実況が流されていた。

 

「勝った! 勝ちました! ママ! パパが勝ちましたよ!?」

 

 はしゃぐユイの傍らで、両手を組んで黙祷を捧げていたアスナはゆっくりと瞼を開く。

 生き抜いて……勝って! お願い! ただそれだけを胸中で繰り返していたアスナは、深呼吸と共に脱力する。

 緊張の糸が切れて涙腺も緩くなったのか、視界が涙で滲む。アスナは指でそっと流れそうな涙を拭うとユイを手招きして抱きしめる。

 

「そうだね。パパ……頑張ったね」

 

「ママも嬉しいんですか?」

 

「もちろんだよ。嬉しくないなんて、あるわけない」

 

 ラジオではやはり映像と違ってどうしても実況者のリアクションによって左右されがちであり、戦いの詳細を把握することは出来ない。だからこその醍醐味もあるのだが、アスナの場合は目視によるフライトライトの連鎖崩壊を防止する理由もあった。

 名前も顔も思い出せない。記憶から抜け落ちた愛しき人。そう、愛しいという感情だけは確かに残っている。だからこそ苦しむのだ。アスナは今すぐにでも『彼』の元に駆けつけ、あらん限りの賛辞と共に抱きしめたい衝動に駆られる。

 だが、それは許されないことだ。アスナもユイも『彼』と会うことは出来ない。

 そうだとしても、たとえ応援は届かずとも、祈ることはできる。だからこそ、アスナは『彼』の勝利を信じて祈り続けた。聖壇が示す神灰教会が信仰する灰より出でる大火ではなく、数多の宗教の神々にでもなく、ただ『彼』の勝利の為に祈りを捧げた。

 

(私には祈ることしか出来なかった。それでも、これからもずっと貴方のことを応援してるからね)

 

 いいや、自分だけではない。喜びの涙を流すユイに、自分も同じ気持ちだと伝えるべく笑顔を向けながら、礼拝室に差し込む夕陽に目を向ける。

 

 

 どれだけ離れていても、生きている限り、この祈りは貴方と共にある。だから負けないで。勝って、そして生き抜いて。貴方が歩む未来のために。

 

 

 

▽     ▽     ▽

 

 

 ユージーンが負けた。執務室にて、ベクターは革張りの椅子に体重を預けながら嘆息した。

 最後は何が起こったのか分からない。だが、両者はプレイヤーの域を超えた能力を発現した。それ自体はクラウドアースも掴んでいたが、これ程までに大々的に示されたのは初めてのケースだった。しかもDBO中に生中継されたのだ。もはや、全プレイヤーがプレイヤーの枠外の能力の存在に気付いただろう。

 DBOはゲームシステムに支配されているだけではない。プレイヤーはこじ開けることができる。仮想世界を支配できる。ベクターは野望の火が燃え上がるのを感じた。

 だが、今はシナリオの進行が優先だ。苦々しい限りであるが、ビターエンドで終わらせねばならない。

 湖面には気絶したユージーンを水底から引き上げて陸に向かって泳ぐエイミーの姿がアップで撮影されている。DBO中にユージーンという敗者の姿が生中継されている。撮影を止めろと指示したいが、もはや遅い。

 クラウドアースこそが最も2人の戦いを多角度から撮影して提供できたが、他の大ギルド傘下の報道ギルドも撮影用人工妖精を送り込んでいる。ユージーンの……クラウドアースの敗北をここぞとばかりに放映しているだろう。

 最後の戦いではエイミーが割り込むなど無理からぬことだったとはいえ、それでも中盤からでも2人がかりだったならば、敗北は免れたかもしれない。ユージーンによる完全勝利ここそが理想的ではあったが、これでは協働相手を雇った意味がない。

 だが、どれだけ悔恨したところで結果は覆らない。ユージーンが敗北した場合のシナリオも準備してあるのだ。望んだ成果は得られなかったとしても、ラストサンクチュアリは白旗を挙げて解散し、クラウドアースの勝利は変わらない。ならば、今は少しでもユージーンの敗北が付けたブランドのダメージを緩和させるのが最優先だ。

 クラウドアースのアームズフォートが貧者の巣窟へと砲口を向ける。これから始まるのは茶番だ。

 

 

 そして、空砲ではなく実弾が白の都に直撃し、大きな爆発が夕焼けの空を焦がした。

 

 

 ベクターは硬直し、画面に映し出される、白の都の1部が崩落していく光景に震えた。

 

「これは……何だ?」

 

 どういう事だ? 予定では空砲で脅し、ラストサンクチュアリ側がレールガンで反撃するも射程距離が届かず、そして予定調和に降参して避難者1000人を収容して幕閉じだったはずだ。

 だが、クラウドアースのランドクラブからの砲撃は紛うことなき実弾だ。そして、反撃のレールガンも射程距離が足りないどころか、ランドクラブに直撃して損傷をもたらす。それに呼応するように、次々とラストサンクチュアリ側からの攻撃が行われ、被害が生じ始めたクラウドアースの部隊も狼狽えながらも現場指揮によって反撃を開始する。

 駄目だ! 反撃してはならない! だが、ラストサンクチュアリ側からの攻撃に反撃せず、尻尾を巻いて逃げる事も出来ない。そんな弱腰を見せれば、クラウドアースは長期に亘って臆病者のイメージを植え付けられることになる。何よりも現場員は生命の危機を感じて反撃に出るのは仕方がないことだ。

 しかし、それでも反撃は最大の悪手だ。いや、すでに先制攻撃はクラウドアース側がしている時点で最悪なのであるが、底を突き破っていくことになる。

 

「これは何だ!?」

 

 シナリオと違う! これではクラウドアースは悪として印象付けられる。ユージーンが破れたからと物量で押し潰そうとする姿は、DBO中から軽蔑を集めることになる。

 そして、クラウドアースのランドクラブの横腹に強烈な砲撃がお見舞いされる。聖剣騎士団の『新型』ランドクラブだ。茶番の睨み合いであるはずが、『クラウドアースの虐殺を防ぐため、人道的見地から攻撃している』のだ。

 あと数分もしない内に聖剣騎士団から同様の通達があるだろう。ここからギルド間戦争に発展することはない。クラウドアースは頭を下げる以外にないからだ。

 やられた。あの優男に……ディアベルに謀られた! ベクターは苦渋の表情で、聖剣騎士団にまんまと利用されたことを理解する。

 機密漏洩事件も含めて、聖剣騎士団の真の狙いはこの時の為にスパイを潜り込ませ、実弾によってラストサンクチュアリを攻撃することだったのだ。クラウドアースに拭いきれない虐殺の汚名を着せる為だったのだ。

 ラストサンクチュアリのレールガンやキャノンなども聖剣騎士団が売却したものだ。前々からラストサンクチュアリに秘密裏に支援していた聖剣騎士団だからこそ出来る芸当だ。わざとカタログスペックを偽るだけではなく、砲撃手に任命されるように、最後までラストサンクチュアリを見捨てない防衛員に扮したスリーパーを送り込んでいたのだ。

 

「まずい! このままでは……このままでは!」

 

 どうする? どうすればいい!? リアルタイムで進む惨事に打つ手がない。なにせ、今回ばかりは隠蔽が利かない。生中継でDBO中に配信されているのだ。全プレイヤーが目撃者にして証人となるだろう。

 クラウドアース設立以来の危機だ。虐殺の汚名を着せられたとなれば、クラウドアースに加盟するギルドは続々と脱退するだろう。クラウドアースはギルド連合であるが故の弱点だ。聖剣騎士団はもちろん、太陽の狩猟団も嬉々と自陣営に吸収していくだろう。そして、先の機密漏洩未遂事件から察するに、聖剣騎士団による切り崩し工作は想定以上に根深い。

 かつては謀略に翻弄されるしかなかった聖剣騎士団が、クラウドアースに一矢どころか首元にナイフを突きつける策を練って来た。人望と現場指揮能力が武器だったディアベルが今まさに修羅となり、クラウドアースに大出血をもたらす謀略を駆使してきたのだ。それも1000人にも及ぶ貧民プレイヤーを生贄にするという悪魔の策だ。

 1分1秒が勝負だ。どうにかして傷口を浅くする方法を探し出さねばならない。自陣営の報道ギルドに指示してせめて生中継を止めさせるが、ここぞとばかりに聖剣騎士団と太陽の狩猟団の報道ギルドが過熱した実況を加算させて中継を続けている。

 こうなれば、苦し紛れでもアームズフォート部隊による独断行動であるとして罰するしかない。彼らを切り捨てることで少しでもダメージを減らす。だが、待機させている別動隊を派遣するにしても時間がかかる上に相手は大型アームズフォートのランドクラブだ。10人や20人を送り込んだ程度で焼け石に水である。また、いきなり同胞を裏切ったから始末しろと言ったところで情を切り離して組織論に従って排除することが出来る者は少ない。だからと言って暗部を派遣する時間もない。

 だが、やるしかない。ベクターは即座にアームズフォート部隊を始めとした現場員の『反乱分子』の排除を敢行するべく、終わりつつある街に待機している全部隊と最も忠実な直轄部隊に現場急行の命令を出す。

 しかし、現場に到着するまでどれだけかかるだろうか? 聖剣騎士団は新型アームズフォートという事もあり、クラウドアースの旧型ランドクラブは押し込まれている。このままでは、聖剣騎士団は『正義の味方』として多数の犠牲が出たラストサンクチュアリの貧民プレイヤーの救助活動を始めるだろう。

 

 そして、ベクターに1本のホットラインが入ったのは、今まさに夕陽が沈もうとする間際の事だった。

 

 

▽     ▽     ▽

 

 

「何なんや!? 何が起こってるんや!?」

 

「分かりません! でも、クラウドアースの正規部隊の装備をしたプレイヤーが続々と出現して破壊活動を開始しています!」

 

 ラストサンクチュアリの本部にて、UNKNOWNとユージーンの対決を見守っていたシリカは、突如として白の都の各所で起こった爆発に右往左往するキバオウを押しのけて被害状況の確認に入る。

 UNKNOWNの勝利と共に始まるはずだった茶番劇。だが、クラウドアースからの実弾砲撃によって状況は一変した。反撃のレールガンも射程が届かないどころかしっかり直撃し、更にはラストサンクチュアリの各防衛設備の攻撃も続々とクラウドアースの部隊が並ぶ岸沿いに届き、少なからずの被害者を出しているようだった。その関係によって最後の連絡橋も陥落し、白の都は完全に湖上にて孤立してしまった。

 また、本来ならば茶番後に一斉脱出する予定だった1000人にも達する貧民プレイヤーを乗せた避難船にも被害が出るのも時間の問題だ。崩落に巻き込まれ、頭上より降り注いだ多量の瓦礫の質量に耐え切れるとは思えない。なにせ安物である。砲撃にも爆発にも耐えられる装甲も備わっていないのだ。

 

「これは……白の都全体を支える固定柱と接続ケーブルを重点的に狙われている!?」

 

 安物素材で建造されているとはいえ、白の都の規模は1000人以上のプレイヤーが十分に暮らせる規模だ。防衛の関係もあり、多重円構造となっている。全ての湖上施設はそれぞれのブロック毎に大黒柱とも呼ぶべき固定柱が存在している。そして、全ての固定柱は接続ケーブルによって、シリカたちがいる本部……中心柱によってまた支えられているのだ。

 即ち、固定柱が崩壊すれば支えるブロックが、中心柱が折れれば白の都全てが一気に崩落する仕組みになっている。防止策も準備されていないのは、単純に白の都の大規模化によって改修費用が捻出できず、また湖上という関係で新築も困難を極めたからだ。

 

「とにかく……とにかく皆を脱出させるんや! 死なせたらあかん! 死んだら何もかもおしまいや!」

 

「分かってます! でも、連絡が取れない……! これはジャミング!? どうして!?」

 

 と、そこでシリカは思い至る。

 どうして砲撃関係なく、各所で爆発が起きているのか。どうしてクラウドアースの部隊が出現しているのか。どうして敵は重点的に白の都を崩落させる破壊活動を行っているのか。

 

「敵はクラウドアース……じゃない?」

 

「どういうことや!?」

 

「そうです! クラウドアースに今更になってこんな小細工を弄する必要なんてないんです! それもわざわざ正規部隊装備で、これではまるでクラウドアースを『悪役』に仕立てるような……!」

 

 クラウドアースの撮影用人工妖精は続々と廃棄されている。当然だ。こんな惨状を生中継するわけがない。だが、他の大ギルドや独立した報道ギルドも撮影用人工妖精で、視聴率こそ取れないが、細々と中継していたはずだ。

 

「敵の狙いは『クラウドアースによるラストサンクチュアリ虐殺の生中継』です! だとするならば、最もインパクトの大きい、本部破壊による完全崩落を狙うはず!」

 

「つまり……ワイらのいるココが敵さんのターゲットってわけやな?」

 

 脂汗を滴らせるキバオウは、途端に走り出すとシリカを押し倒す。

 まさか生命の危機に駆られて、最後だから欲望のままに!? シリカがそんな邪な想像をしたのも一瞬であり、無数の銃弾が壁を突き抜けて襲い掛かる。

 キバオウの判断が1秒遅ければ、シリカは今頃全身に銃弾を浴びていただろう。そして、銃撃してきたのは本部の警護を任せられていたドールだ。

 

「私達がターゲットに指定されて……いる!?」

 

 獣狩りの夜よろしくドールが狂ったかと思ったが違う。あれらのドールは今回の防衛の為にキバオウが購入したものだ。基本的な拠点防衛モードにしか設定されていない。ラストサンクチュアリの所有物である以上は、ラストサンクチュアリのメンバーをターゲットには出来ない。

 だが、シリカはラストサンクチュアリのメンバーではない。ならば、ターゲット指定外登録からシリカを外せば、彼女は立派な『侵入者』となる。

 キバオウがそのロジックに気づいたかは定かではない。だが、ドールを管理・設定したラストサンクチュアリのメンバーが裏切ったのは確かだ。シリカを亡き者にしようと企んだのだ。

 どうして? シリカには戦略的価値などない。実力も謀略も秀でていない。特異な情報も持っていない。だが、1つだけある。UNKNOWNの秘書……言うなればマネージャーのような役割を果たしているという点だ。

 

「どうやらシリカはんが邪魔らしいで?」

 

 シリカを押し倒したはいいが、自分は覆い被さって膨らんだ分だけ銃撃を浴びてしまったキバオウが背中から血を流しながら腰の護身用ハンドガンを抜く。

 防衛用ドールは全部で7体。いずれもアサルトライフル装備であり、防具は最低ランクだ。とはいえ、7体分の弾幕を奇襲された状態から潜り抜けられる程にキバオウもシリカも実力に過信は出来ない。

 せめてピナと合流できれば……! UNKNOWNにユージーンとの戦いで何かがあった時に救う為に野外に待機させていたのが裏目になった。コールサインを出して戻しているが、それでも時間がかかる。キバオウが咄嗟にデスクを引っ繰り返して盾にしているが、強度があるわけでもなく、あと数秒もすればあっさりと穴だらけになって銃弾が彼女たちを撃ち抜くだろう。

 

「ぜやぁああああああああああああ!」

 

 右手に片手剣を、左手にハンドガンを。UNKNOWNのG&Sと同じスタイルでキバオウが飛び出す。全身に銃弾を浴びながら防衛ドールの懐に入り込むと斬撃と銃撃を繰り出して陣形を崩す。

 そうだ。キバオウは『防衛対象』として設定されている。守られているのだ。だからこそ、彼が飛び出した時だけ弾幕が途切れたのだ。だが、防衛対象の保護よりターゲットの撃破を優先すべしと設定されていたのか、再び銃撃が始まるも、キバオウはHPが削り尽くされる前に懐に入り込むことが出来た。

 決死の覚悟。ろくに防具も装備していなかった事も仇となり、キバオウはドールを蹴散らすことに成功すると同時にずるずると壁に背中を預けて倒れる。

 

「キバオウさん!」

 

「へ……へへへ! UNKNOWNはんみたいに……恰好よくは……いかん……もんやなぁ」

 

「回復します!」

 

「……要らんわ、ボケ」

 

 シリカが取り出した深緑冷水をキバオウは手で払い除ける。

 

「全身……穴だらけや。生半可な回復したところで、流血ダメージが……止まらん。それに、足も……だから、置いていけ。シリカはんだけなら……逃げ切れる……はずや」

 

「…………」

 

「ごめんなぁ。ワイの勝手な都合で……2人を巻き込んで……」

 

 ずっと気に病んでいたのだろう。自分の力不足故に評判が悪化し、貧者の掃き溜めや腐敗した聖域などと揶揄されるまでに堕ちたラストサンクチュアリに、UNKNOWNとシリカを縛り付けたことを後悔していたのだろう。

 そうだ。ずっと嫌いだった。キバオウも、ラストサンクチュアリも、『あの人』を苦しめる重荷にしか思えなかった。

 だが、シリカは思う。たとえ腐った聖域であったとしても、守るべき者があったからこそ『あの人』はきっと道を踏み外すギリギリで耐え抜けた時もあったはずだ。背負うべき人々の声援があったからこそ、傷ついても剣を振るうことが出来たはずだ。

 DBOのデスゲーム化を見逃した罪はどれ程の重みか分からない。だからこそ、ラストサンクチュアリは必要だった。罪滅ぼしとして、彼らの為に戦う【聖域の英雄】という呪いが心を守ってくれていたはずだ。

 今まさに己の魂に従って旅立つとしても、『彼』は後悔していないだろう。だからこそ戦ったのだ。だからこそ勝ったのだ。

 

「ハァ、馬鹿ですか?」

 

 虎の子だったのに。シリカは市場に出せば高値がつく女神の祝福を取り出すとキバオウの口を左手でこじ開けて流し込む。HPは完全回復し、アバターも修復され、彼は目を白黒させた。

 本当は『あの人』が戻ってきた時に口移しで飲ませて回復させる予定だった。とはいえ、想定とは違ってエイミーから同種の回復アイテムも渡されただろう今の『彼』には不要だ。

 

「……シリカはん」

 

「貴方には借金背負って鉱山送りっていう重大な仕事が残ってるんです。ここで死んでもらったら困ります、『ラストサンクチュアリのリーダー』さん」

 

「そう、やな。なに弱気になってるんや! ワイが皆を守るんや!」

 

 両手で己の頬を叩いて自分に喝を入れたキバオウは、破壊されたドールからアサルトライフルを頂戴するとハンドガンと片手剣をオミットして装備する。

 

「レールガンもキャノンもワイが見た資料とは威力が違う! 装填された砲弾が変更されたんや!」

 

「そうなると配備した作業員はほぼ真っ黒ですね! うわぁ、サイアク!」

 

「しかもあちこちで銃撃戦が聞こえるで! 守備隊も信用ならん!」

 

「キバオウさんの人望の無さに涙が出ますね!」

 

「当たり前や! 優秀な奴は全員とっくに腐敗前にヘッドハンティングされとる! 残っとるのはワイみたいなアホかスリーパーぐらいやな! あはははは!」

 

「あははは! 笑えませんからね!?」

 

 本部から脱出しようと廊下を走るシリカたちの前に飛び出したのは、ラストサンクチュアリ守備隊の制服を着た男だ。シリカも何度か挨拶をしたことがある古参メンバーだ。だが、彼の殺意の目は鋭くシリカたちに注がれている。

 瞬間に躊躇ったシリカとは違い、キバオウは容赦しなかった。アサルトライフルの初弾はヘッドショットを決め、そのまま連射はノックバックさせていく。

 頭部が潰れたトマトのようになって倒れた守備隊員に、キバオウは涙を浮かべて近寄ると両膝をつく。

 

「いつからや……いつからなんや、【コルクバンク】はん!? いつから裏切ってたんや!?」

 

「もしかしたら、最初からスリーパー……だったのかもしれません」

 

 理由があって裏切ったのではなく、最初からこの時の為に潜伏していた敵だった。その方がキバオウにとっても気持ちが楽になるはずだ。これもまた残酷だと分かっていてもシリカは言葉にしてキバオウを奮い立たせる。

 ああ、太陽が沈む。勝利の黄昏は、ラストサンクチュアリの最悪の崩壊の象徴へと変じた。

 

「敵はこの本部に向かって集結しているはずです! この事態……さすがに避難船も自己判断で出発していると仮定しましょう!」

 

「だったら、ここで迎え撃つんやな!?」

 

「馬鹿ですか!? どれだけの数かも分からない上に明らかな戦力不足! 肉壁にもなりません! それにこの混乱では『あの人』も間に合うかどうか! ともかく一目散に逃げるんですよ! 皆を避難誘導しながらね!」

 

 シリカは腰に携帯ラジオを装備し、最も事態を詳細に、冷静に伝えようとしているチャンネルを探す。クラウドアースはいずれも自粛。聖剣騎士団支援報道ギルドは興奮気味であり、太陽の狩猟団傘下ではサニー・ラジオが最も事務的だ。

 どうやら岸では人道的見地からクラウドアースを糾弾した聖剣騎士団による攻撃をしているようだ。同じランドクラブとはいえ、旧式と新型で性能差は歴然だ。だが、初のアームズフォート同士の対決だ。高過ぎる耐久性能よって決着はまだついていないようである。予想以上の粘りもあってか、聖剣騎士団側が思うように救助部隊を派遣出来ていないようだ。そうしている間に、遠方に待機していた【雷光】のミスティアが指揮を執る救助部隊は間もなく到着するようである。

 茶番劇の卓袱台返し。それを企んだのは誰なのか。最初に動いた聖剣騎士団か、それとも最も無関係の線引きをした上で救助活動に1番乗りしようとしている太陽の狩猟団か、それともこれもクラウドアースの謀略の内か。余りにも陰謀が錯綜し過ぎてまるで真実が見えず、シリカは溜め息を吐きたかった。

 

「ルイン! アクア!」

 

 シリカはピナに次ぐ≪テイマー≫で獲得した金竜と銀竜の名を呼ぶ。どちらも飛竜であり、体長はすっかり3メートルを超えた成体である。まだまだ幼体で成長の余地があるピナとは違って既に第一線では活躍できないが、それでもレベル70相当である。飛竜の耐久力ならば戦いの中でも耐え抜きながら飛行できる。

 窓から飛び出たシリカは金竜の背に乗り、キバオウは宙で回転しながら落ちていく最中に銀竜が爪でキャッチする。

 

「私は東を! キバオウさんは西から避難誘導を!」

 

「りょ、了解や!」

 

 まだだ。ラストサンクチュアリを蝕んだ自己顕示欲が強いばかりで何の役にも立たなかった上層部が無駄に増築したお陰で、白の都は爆発に反してまだ崩落していない。敵もだからこそ最優先で本部の中心柱の破壊を狙うはずだ。

 それまでに全避難船を! 皆を守る! シリカはようやく合流したピナと共に、水上から張り巡らされた白の都を支える数多の白柱の間を縫うように飛んだ。

 

 

▽     ▽     ▽

 

 

「避難民の救助を最優先に! 救難ボートの準備はまだですか!?」

 

 クラウドアースと聖剣騎士団のぶつかり合い故に、迂回して湖の岸辺にたどり着かねばならなかったミスティアは、浮足立つ救助部隊に指示を飛ばす。

 

「ミスティア『臨時隊長』、救助ボートの配備完了しました」

 

「完了しました!」

 

 ミスティアに報告するのは三白眼が特徴的な青年のマダラだ。彼に続いて元気よく敬礼するのは魔法使いのミリアである。

 まだ回復しきっていないラジードに代わり、臨時で3番隊を預かることになったミスティアは、直属の部下である彼らを率いて、ミュウの命令で救助部隊を編成してラストサンクチュアリ拠点から離れた位置で待機していた。

 あくまで太陽の狩猟団は人道的見地から、事態が起きた場合に救助を行う。その程度の政治的意味を込めた慈善活動のはずだった。だが、蓋を開けてみれば、ユージーンとUNKNOWNの対決は爆炎によって汚され、今まさに1000人規模の人命が危機に晒されている。

 

「駄目です! ジャミングでラストサンクチュアリに通信が……!」

 

「フレンドメールも駄目みたいですね。では、教会が制定した救難マニュアルに従い、発煙筒を使用してください! この状況です! 避難ルートを誤れば、アームズフォート同士の砲撃戦の誤射もあり得ます! 我々が確保した安全ルートで脱出させねばなりません!」

 

 一見すれば、ユージーンを倒されたクラウドアースによるラストサンクチュアリの壊滅であるが、ミスティアは違和感を拾い上げる。クラウドアースは面子を潰されたとはいえ、だからといって組織の危機を招くような判断を下すだろうか?

 現場員の暴走? あり得る。だが、それにしては砲撃に関係ない爆発がラストサンクチュアリ内で発生している。事前に潜り込ませた工作員によるものだろうが、それにしても何かがおかしい。

 

(まさかミュウ副団長が? いいえ、早計ですね。疑うに値する人物ではありますが、彼女の策はもっと……こう……陰湿ですから)

 

 表で派手な花火を打ち上げるのではなく、根を腐らせる毒を染み込ませ、じわじわと時間をかけて策に嵌める。それがミュウのやり方だとミスティアは心得ている。もちろん、セオリーから外れたこともやるだろうが、それにしても今回の生中継も絡んだ策は彼女らしさがない。

 

「ミスティア殿、教会より参りました。共に救助に励みましょう。アンバサ」

 

「エドガー神父! 来てくれたのですね! これは心強い! 教会に増々の繁栄と安寧があらんことを。アンバサ」

 

 太陽の狩猟団と同様に待機していた教会の救助部隊が到着する。指揮を執るエドガーはミスティアの提案する救助ルートの安全確保に対し、同意見だと述べる。

 

「1人も死なせてはなりません! 我らは太陽の狩猟団の鋭き矛であり、今この時は弱者を守る盾であると心得よ!」

 

 ミスティアが咆えれば、砲撃と爆炎に満ちる、プレイヤー同士の戦場で少なからずの硬直があった救助部隊の面々に気合が入る。

 

(今ここにラジードくんはいない! きっと悔しいはず! 助けに駆けつけたいはず! だけど、彼の代わりにアタシが! アタシが皆を守る!)

 

 ラジードは【渡り鳥】の専属であるGRから技術協力を受けて不自由になった足の解決に乗り出している。だが、まだ現場には出られない。鉄火場を駆け抜けることはできない。ならばこそ、彼の代わりに自分が戦うのだ。救うのだ。守るのだ。ミスティアは発煙筒に返答があり、こちらの意図を相手が理解したと判断する。

 だが、湖上を滑り出した救難ボートを狙いすました砲撃が爆散する。幸いにも乗組員は無事だが負傷しており、マダラの指揮の下で救助が行われる。

 あろうことか、発煙筒に応えたラストサンクチュアリ側からの攻撃だ。こちらの信号に応えたフリをしたのだ。

 

「ふむ、どうやらラストサンクチュアリ内部に相当数のスリーパーが紛れ込んでいたようですね」

 

 顎を撫でたエドガーの顔は険しい。これではラストサンクチュアリ側の避難民を安全に誘導することが出来ない。ミスティアは奥歯を噛んで拳を握る。

 人の命を何だと思っている!? そんなにも戦いたいのか!? そんなにも破滅を望むのか!? 今ここにいる人命よりも大切なものがあるというのか!? 怒りのままに叫びそうになったミスティアは深呼吸する。ここで焦っては駄目だ。自分はラジードの代わりに隊長として3番隊を率いており、そして救助部隊を指揮しているのだから。

 

「落ち着いてください! こうなれば仕方ありません! 万が一に準備した対砲撃用鋼板船を早急に組み立てを――」

 

 そして、ミスティアは気づく。同じく救助部隊の指揮を執っていたはずのエドガーがラストサンクチュアリ拠点とは真逆の、終わりつつある街の方へと顔を向けていることに。

 

「エドガー神父! 何をしているんですか!?」

 

「ミスティア殿、邪魔しないでいただきたい。このエドガーには分かるのです。ああ、そうですか。『そういうこと』だったのですね! このエドガー、導きに感謝を捧げましょう! アンバサ! アンバサ! アンバサァアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 エドガー神父の悪い癖……意味不明な発狂が始まった! こんな時に! 殴ってでも正気に戻そうとしたミスティアは、だがエドガーが祈りを捧げる先……夜の闇に染まりつつある空に奇妙なものを見つける。

 それは星だ。輝かんばかりの流星だ。

 いいや、違う。流星などではない。

 

「……嘘」

 

 あり得ない。

 

 こんな事があっていいはずがない。

 

 ミスティアは思わず笑い出しそうになる。それ程までに馬鹿げた光景だった。

 

 流星にも似た何かは、クラウドアースと聖剣騎士団のぶつかり合うアームズフォートの頭上に何かをばら撒く。それは衝突と同時に爆発を引き起こし、それぞれの砲台の大部分の破壊に成功する。これによって救助ルートの拡大が可能となった。救助はより迅速に可能となるだろう。

 だが、そんなことは『どうでもいい』と思える程に、ミスティアを喰らい尽くしたのは1つの感情だった。

 決して屈しない。そう誓ったはずの、体の芯から震えさせる、おぞましい感情だった。

 

 そして、流星に似た何かはそのままラストサンクチュアリ拠点へと飛んで行った。

 

 

 

▽     ▽     ▽

 

 

 その日、終わりつつある街にいた人々で空を見上げていた者は口々に呟いた。

 

 流星を見た、と。

 

 流星とは厄災の象徴である。人々は理解できぬ空の光に災いの前兆を感じ取ったのだ。

 

 落日は夜の始まり。黄昏を終わらせる厄災の流星は、終わりつつある街の南方……色の無い濃霧に水平線を阻まれた海より来たる。

 

 

▽     ▽     ▽

 

 

 長い時間をかけた作戦だ。スリーパーとして、家族同然に過ごした者たちに銃口を向けるのは、思っていた程に苦しみも悲しみもなかった。

 とっくに心は壊れていたのだろう。あるいは、この世界に絶望をしていたのだろう。唯一の希望であった、現実世界への帰還すらも絶望視した時、どうでもよくなったのだ。

 クラウドアースの正規部隊の装備を身に纏い、アサルトライフルを連射して、昨日まで酒を酌み交わしていた相手を撃ち殺す。ラストサンクチュアリの最後だから華々しく終わらせようと熱く語っていた『友人』だった。

 だが、違う。自分は最初から裏切者だ。こうした事態の時の為に潜り込んでいたスパイだ。真の同僚と次々に合流し、ラストサンクチュアリ本部を目指す。本部と一体化した中心柱を破壊すれば、白の都は完全崩落する。そうすれば、1000人の貧民プレイヤーの過半は崩落に巻き込まれて死亡するだろう。

 奇跡の救助者は少数で構わない。少数だからこそ悲劇はより誇張され、非難の矛は大きく、鋭く、数を増す。

 自分たちも何人が崩落に巻き込まれるだろうか? その時、自分が生きているかも分からない。男はそれでも構わないと思った。この世界には希望はなく、絶望しかない。生きて帰ることは出来ない。大ギルドが支配するこの世界は肉体を持たないプレイヤーにとっては希望に満ちたフロンティアになり得るとしても、帰るべき場所がある肉体持ちからすれば諦観の絶望の地なのだから。

 どうせならばテロリストとして抗う道もあったが、そこまでの気概はない。大ギルドの規模と戦力に勝てるはずもない。

 大切なのはどのようにして死ぬかだ。満足した死など訪れないと分かっているならば、せめて納得できる死を欲する。自分の意味を探して、仲間や友と呼んだ人々を撃つ。

 

『諸君、よくぞこの時を待ってくれた。間もなく任務は完了する。君たちを待つのは大金と恐怖からの解放だ』

 

 自分たちスリーパーを率いる隊長からの命令に、男は声もなく笑う。大金などどうでもいい。最悪の場合、使い捨てられて死ぬのも構わない。

 もしかしたら、隊長は結集した自分たち諸共吹っ飛ばすつもりなのかもしれない。それもいいだろう。周囲の、ようやく帰れる、金を得られると喜ぶ『真の同僚』に冷めた目を向けながら、自分を家族同然に扱ってくれた『偽りの同僚』の骸を踏みつける。

 夕日が沈んでいく。ラストサンクチュアリは夜になればろくに明かりもない。だが、今は各所で燃える炎が光源となってくれている。この時ばかりは、やる気も何もない、他者に縋って助けを求めるしかない、吐き気も出る貧者の巣窟を清々しく感じた。

 

「お、おい。何だよ、あれ? あれも作戦か?」

 

 右隣の『真の同僚』が足を止めて呟く。彼の視線の先にあるのは空だ。夜の闇が広がる空に輝く流星だ。

 流星? まぁ、DBOだ。一々驚くのも馬鹿らしい。だが、流星は激突するアームズフォート部隊の頭上に何かをばら撒く。それらは次々と起爆し、全アームズフォートの砲台の過半にダメージを与える。

 ランドクラブの戦闘能力の大部分を一瞬で奪い取った。ランドクラブを研究した攻撃だ。いや、そもそも巨大なランドクラブを頭上から爆撃する方法など限られているが故に必要のなかった防御策だ。

 では、あの流星はランドクラブの撃破を目指した最新型アームズフォート? いいや、違う。光が大き過ぎるだけでその姿は小さい。ハッキリ言って人間サイズだ。

 

 

 姿を確認できる程に流星は失速しながら接近している事に男が気づいた時には全てが遅かった。

 

 

 それは異形。人型でありながら、白亜の光沢を持った異形。人間とは呼べぬ造形の甲冑……否、『外殻』に覆われた存在。

 全身のフォルムは人型でありながら獣の如く、そして頭部は獣とも爬虫類とも思える異質。そう、最も相応しい表現はレギオンに類似している、だろう。

 頭部には8つの目玉。いずれも水晶のようであり、またカメラアイとして機能しているかのように発光している。バラバラについた8つのカメラアイはいずれも赤い光を宿し、それはまるで蜘蛛を彷彿とさせるようなおぞましさがあった。

 異形の存在が背中に接続しているのは、更なる異常。4基の白く巨大な『ロケット』だ。長大な円筒を4本並べたかのようなロケットブースターである。次々と排出されるのは燃料ポットなのだろう。

 

 

 

 

 

「ヴァンガード・オーバード・ブースト、分離」

 

 

 

 

 

 男の目前で異形に接続されたロケットブースターはバラバラに分解されていく。そのまま慣性のままに砲弾の如く飛来してきた異形は着地と同時に激しい火花を散らしながら回転して抑制をかけ、右手に持つ重ライフルと左手に持つアサルトライフルを連射する。

 それは銃撃の嵐。瞬く間に男の『真の同僚』と率いていたゴーレム、ドールはハチの巣にされる。潜入の為にレベルを抑えるしかなかった彼らには、それらは余りにも脅威であった。

 だが、男も含めた数人は無事に生き抜いた。ばら撒くだけでは十分な殺傷能力を発揮できなかったのだ。当然である。半ば衝突するように近接していた者たちは不運だっただけだ。

 

 いいや、違う。真に不運なのは生き残った自分たちの方だと男は理解した。

 

 自分の腹を刺し貫く脈動する刃に、どうしようもない死の恐怖を覚えながら、どうしてあっさりと殺してくれなかったのだと血反吐を垂らしながら訴えた。

 

 異形の腰部より伸びるのは『6本』のワイヤー……否、『触手』と呼ぶべきものだった。緋血に覆われ、まるで生物の1部のように蠢くそれらは先端に着いた、大型ナイフを核として緋血が纏わりついて血爪とも呼ぶべき禍々しい刃は、生き残った者を刺し貫いた。

 それだけではない。ワイヤーが煌々と『発熱』する。炎属性を帯び、絡みついたゴーレムやドールを焦がしていく。

 

「ヒートワイヤーモード、良好。『借りるぞ、777』」

 

 刃が腹に突き刺さったまま、自らの意思を持つように蠢く触手によって押し込まれていく。体内を突き進み、心臓を突き抜け、喉を破壊しながら頭部から突き出ようとしている。

 何故? 何故こんな真似をする? 簡単だ。『食事』の為だ。異形は……レギオンに酷似した怪物は、自分たちの血を浴びるべく、触手で貫かれた男たちを自分の頭上に掲げる。

 

「あ、あがぁ……あひぃいいいぁああああああああああああああ!?」

 

 喉が潰されたせいなどではなく、それは純然たる恐怖として漏れた、余りにも情けない、望んだ納得できる死から最も程遠い絶叫。

 殺さないで! どうせ殺すなら……もっと、まともに……普通に……お願いだ! だが、男の懇願など届かぬとばかりに、体内を潜り進む触手の血爪はわざと恐怖をもたらすように遅々と、そして体内で暴れるヒートワイヤーは内部からもたらすダメージフィードバックで意識を塗り潰していく。

 そして、頭頂部より触手の血爪が突き抜ける。男の血は怪物を癒す。

 HPゼロ。死が訪れた。触手から投げ捨てられた男は、死の間際に自分が踏み躙った『偽りの同僚』の涙に濡れた死に顔と突き合わせる。

 

 ああ、自分は何が欲しかったのだろう? 何の為に生きていたのだろう? 何の為に今日を待っていたのだろう?

 

 

 死の暗闇の際に男が見たのは、『偽りの同僚』たちと幸せそうに笑い合った、何ということのない一瞬だった。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 腐敗した部位を放置すれば拡大する。だから切除しなければならない。それこそが最も効率的かつ最良の治療法だ。

 キバオウの手腕は悪くなかった。初期の時点で1000名規模の貧民プレイヤーを保護できたのは、彼のSAOで培った経験のみならず、精力的な活動があったからこそだ。彼が教育した多くのプレイヤーは後々の大ギルド発展の礎になる優秀さも発揮した。

 意外と教育者としては秀でていたのかもしれない。だが、それも過去の話だ。キバオウは進歩を続けるDBOに乗り遅れた。だからこそ、ラストサンクチュアリは腐敗したのだ。彼の理想に対して集まった人間は余りにも俗物で、我欲に満ち、後先も考えずに私利を優先した。

 最後はギリギリの綱渡りで奇麗に幕閉じしたかったようであるが、どうせ終わるならば利用させてもらわねばならない。来たるギルド間戦争に向けて、クラウドアース陣営を削り取っておくべきだ。

 聖剣騎士団対太陽の狩猟団。戦えば総合力で勝る聖剣騎士団に軍配は上がる。ならばこそ、クラウドアースを自陣営に引き込んだ方が勝つ。

 だが、クラウドアースはその後どう動くか? どちらに与しようと最後は疲弊した勝者を叩き、真の勝者として名乗りを上げるだろう。

 クラウドアースを削ぎ取る。それは聖剣騎士団も太陽の狩猟団もこの点において同意見だ。クラウドアースはギルド連合という強みにして弱みがある。クラウドアースという母体から離反さえしてしまえば、自陣営に吸収するのは容易い。だが、問題なのは離反するだけの大義名分があるかどうかである。

 この日の為に聖剣騎士団は役にも立たなくなったラストサンクチュアリを延命させてきた。クラウドアースが威信を傷つけ続けた腐敗した聖域を潰しにかかり、なおかつギルド間戦争に向けて大々的にアピールをする、聖域が陥落する日を待ち詫びていた。

 無情なものだ。スリーパーを指揮する【ヨシモ】は嗤う。彼はクラウドアース防衛を任される最高責任者だ。これまでキバオウの信頼を勝ち取るべく下積みを重ね、ラストサンクチュアリの延命に死力を尽くし、聖域に守られた1000名の貧民を生かす為に日々の努力を重ねた。そのように振る舞い続けた男だ。

 元の仕事は劇団員だ。演技はお手の物である。彼は調達された物資や武装の配備も自由にできる。もちろん、守備隊の選抜も彼の審査を通さねばならない。

 送り込まれたスリーパーを続々と重役や必要ポジションに配備し、また勧誘できそうな者は続々と篭絡した。

 方法は古来より同じだ。欲と快楽だ。男ならば金と女が最も手っ取り早い。モラルが低下した、より原始的な暴力が支配するDBOならば、少し擽れば簡単に陥落した。

 UNKNOWNやシリカはラストサンクチュアリの経営に全く無頓着だった。UNKNOWNは最高の戦士であっても最高の経営者ではなく、ましてや仕事で外に出るのが大半だ。シリカもUNKNOWNのマネジメントが最優先であり、ラストサンクチュアリに関しては良からぬ感情すらも透けて見えた。ならば、自分のようなキバオウの『腰巾着』など目もくれないだろうと予想できた。

 

(アンタも悪いんだぜ? ラストサンクチュアリなんてどん詰まりの糞溜まりはさっさと潰すべきだったんだ)

 

 ヨシモは心から軽蔑を込めてキバオウを嗤う。数など関係なく、ラストサンクチュアリに縋る貧者はもう救いようがない。他者に縋りついて生きることしか出来ない寄生虫だ。これから終わりつつある街に住処を移したとしても、貧民街で生き抜く本物の貧民からすれば鴨であり、またその日の食事と寝床も安全に守られていた唾棄すべき新入りだ。とてもではないが、教会が何枚噛んでも彼らの未来は暗いだろう。

 ならばここで華々しく犠牲になってもらい、生き残った少数だけは悲劇の語り手として『保護』された方がいい。1000人でお先真っ暗よりも、990人が死んで10人だけ何不自由なく暮らしました、の方がずっと夢がある。

 

「まずはデモンストレーションだ。イエローチームは第3区画の固定柱を完全破壊しろ。なるべく派手にな」

 

 ヨシモは通信機で指示を飛ばすもノイズが酷い。ジャミングの影響でフレンドメールもまともに使えないのだから仕方ないのだが、それでも通信機もジャミングの影響を受けている。また各所の火災も影響を与えているだろう。中継用の人工妖精も正常稼働しているのは半数以下だ。

 

「ヨシモさん、撮影用の人工妖精の配置が遅れているようです。どうしますか?」

 

「急がせろ。DBO中にクラウドアースの悪事を生中継するんだからな」

 

「こんなんで騙されるんですかねぇ。俺なら真っ先に他の大ギルドの策謀って疑いますけど」

 

「バーカ。『だから』騙されるんだよ。自分は騙されないって思ってる連中もな、結局は自分の意見ってのもまともに持っちゃいない。自分の頭で考えちゃいない。ずっと疑い続けるなんてできない。だから流される。10人の内の3人が同じ意見になっちまえば、あとは勝手に汚染されていくのさ。それが『良き大衆』って奴だ」

 

 部下の言う通り、本当にクラウドアースがやったのかと疑う者もいるだろう。だが、そんなものは些事なのだ。繰り返される報道と口々に紡がれる風聞は、やがて大きな流れを生み出し、有象無象の意見を呑み込んでいくだろう。クラウドアースがどれだけ工作しようとも、生中継され、皆の目に刻み込まれた『真実』は変わらない。

 やがて『どうでもいい』と興味を無くす。クラウドアースは『虐殺をした』という事実だけが歩き続ける。拭えぬ汚名はクラウドアースに更なる不和を呼ぶだろう。

 いつもと同じ大ギルドの策謀だ。日常だ。テーブルの下の足の踏み合いだ。今回は靴裏に毒の刃が仕込まれていただけのことだ。『いつも通り』と何1つ変わらない。クラウドアースもこれで潰れることはないだろう。

 クラウドアースはラストサンクチュアリに勝利した。その事実は変わらない。だが、中身は書き換えられるだけだ。悲劇の英雄としてUNKNOWNは語り継がれ、ラストサンクチュアリは供物となり、クラウドアースは弱体化する。

 

(そうだ。いつもと変わらない、盤上の遊戯さ)

 

 直属の部下を除いて、過半は中心柱の爆破の際に『処分』する。数が多ければ真相が漏れてしまう危険があるからだ。自分も上司に口封じされるかもしれないが、その時はその時だ。保険を残すまでである。

 騙し合って、裏切り合って、最後は皆で堕ちていく。そういうものだろう。ヨシモは娯楽の1つもない白の都が崩落する瞬間を楽しみに待つ。この時だけの為に生きて来たようなものだ。食い物が不味いとケチをつけ、スープが薄いと罵り、暑いだの寒いだの文句だけは1人前の貧民が自分たちを守って来た白の都の残骸に押し潰されるのが楽しみで仕方なかった。

 

「おい、爆破はまだか?」

 

「やっぱり撮影用人工妖精の配置が遅れてるみたいですね。こっちの映像もノイズとラグが酷いです。やっぱり性能には限界があるってことですかね?」

 

「チッ! GRの技術力も大したことねぇな」

 

「興行デュエルとかの撮影ならまだしも、本物の戦場の撮影となると限界があるんじゃないですか?」

 

 所詮は個人の鍛冶屋だ。どれだけ優れた技術を持っていても、最後はマンパワーで勝る大ギルドに押し潰される。技術も何もかも吸収される。ならば早い内に自分を売り込んで美味しいポジションをゲットすべきだ。HENTAI達ならば、早々に技術開発主任でも何でも好きな地位を得られるだろう。

 個人の知恵も技術も戦闘能力も所詮は限界がある。ユージーンがまさに証明した。プレイヤーの域を超えた能力を発動させたのは驚いたが、その実は妖精を召喚して『頭数を増やす』というものだった。数に頼るしかなかった。本人の能力だとしても個人では届かぬものがあると最強格のプレイヤーが証明したのだ。

 どれだけ『英雄』として祭り上げられようとも、極みに近しい戦闘能力があろうとも、何処までいっても『個人』に過ぎない。

 ドラゴンを殺せる英雄も、組織化された凡人の軍隊には勝てない。諸行無常である。だが、彼らには彼らの役目がある。凡人の集団ではドラゴンを殺すことができるとしても犠牲が積み上げられるのだから。要は相性の問題だ。

 

「まだか!?」

 

「ま、まだみたいです」

 

「通信機を貸せ。おい、イエローチーム! イエローチーム応答しろ! ノロマ共! さっさと爆破を――」

 

『あぎゃぁあああああああああああああああああ!?』

 

 通信機に怒鳴り散らしたヨシモに届けられた返答は、ノイズで軋んだ悲鳴。

 いいや、違う。通信状態など関係なく、心が砕き潰された、同じ人間のものとは信じられない、絶望と恐怖に満ちた叫びだった。

 部下が肩を震わせる。ヨシモは何かの間違いだとイエローチームに何度となく応答を求める。

 

「イエローチーム! イエローチーム! おい、いい加減にしろ! 悪ふざけは時と場所を考えろ!」

 

 だが、返答はない。繰り返されるのはノイズばかりだ。

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、お腹が空いたんです。お腹が空いて、空いて、空いて……おかしくなりそうなんです。瞳が蕩けて崩れてしまいそうなくらいに』

 

 

 

 

 

 

 

 

 返答はあった。だが、それはノイズに侵されても心を蝕むように耳に届く、まるでお菓子をおねだりするかのような、魂に溶けて染み込む甘えるような可愛らしい声。

 

「お前は……だ、誰だ?」

 

 こんな声の奴は知らない。ヨシモが尋ねても通信機の先から返答はない。

 返答は無くとも別の声が聞こえる。

 

 絶望に満ちた悲鳴だ。

 

 恐怖で歪んだ絶叫だ。

 

 生存を渇望する懇願だ。

 

 通信機の先で『誰か』が殺されている。それも一方的に、抵抗の術もなく、圧倒的な暴力で蹂躙されて殺されている。

 

『お菓子♪ お菓子♪ お菓子♪ 真っ赤なお菓子が食べたいな♪ キラキラ光る金平糖♪ 真っ赤な、真っ赤な、真っ赤な金平糖♪』

 

 音痴だ。何度も音程がズレている。だが、不思議と耳に不快なく入り込む。それが余計にヨシモに恐怖を植え付ける。

 

「レッドチーム! ブルーチーム! ぐ、グリーンチーム! 応答しろ! 誰でもいいから応答を――」

 

 そして、ヨシモに影が覆い被さった。

 それは異形の怪物。辛うじて人型であるが、白の外殻に覆われた、まるで新種のレギオンのような何かだった。

 腰から伸びる左右3対6本の緋血で覆われた触手。先端の大型ナイフを核とした血爪は白の都の壁や柱を捉えていた。

 その構造上、通常の道を使えば入り組んでしまう白の都であるが、それを怪物は触手を使う事で立体的に動くことで最短・最速の移動を可能としていたのだ。

 武器を構える暇など無かった。熱を帯びた触手が蠢いた瞬間にはヨシモを警護する護衛達は血爪によって刺し貫かれて壁に刺し貫かれるだけではなく、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、執拗に何度もまるで縫物でもするかのように血爪によって体を貫かれていく。全身に触手を縫い込まれた部下たちはそのまま引き千切られて怪物を真っ赤に染める塗料に早変わりした。

 残りの部下たちは応戦しようとするが、怪物は触手を振り回して攻防一体の動きだけではなく、あらゆる攻撃も連携も先読みしているかのように回避していく。もはや本人たちさえもまだ考えていない数百手先まで未来予知されているかのような動きであり、怪物の持つ重ライフルとアサルトライフルの餌食となるのに時間はかからなかった。 

 1人残されたヨシモは額に銃口を突きつけられ、これは悪夢だと涙を流す。きっと疲れで見た悪夢なのだと。気を抜いてしまったのだ。あと少しもすれば、何をやっているのだと部下が肩を揺するのだ。

 いや、もしかしたらDBO自体が夢なのかもしれない。目覚めれば自室であり、ようやく準主役を得た舞台の台本をしっかりと読み込むのだ。ステージで輝かしいスポットライトを浴び、主役を押しのけるほどの拍手を得るのだ。

 これは夢だ。夢だ。夢だ。夢だ。酷い悪夢だ! 瞼を強く閉じたヨシモが聞いたのは、弾切れを示す小さな金属音だった。

 額に突きつけられたライフルは装弾数が尽きたのだ。アサルトライフルも同様なのだろう。怪物は手放し、ヨシモは安堵する。反撃する気力もなく、ただ生き延びた真実に感謝する。

 そして、その一呼吸こそが怪物の狙いだと気づくのは、胸に怪物の左手が突き刺さった時だった。

 

「あ……がぎぃ……ひぎゃ……!」

 

 自分のものとは思えぬ、まるで豚の鳴き声のような悲鳴。怪物は緋血に覆われて異形の獣の爪の如く変じた左手をヨシモの胸に潜り込ませ、そのまま彼の体を持ち上げていく。

 赤く光る8つの複眼は生物らしさはない。カメラアイに近い。だが、その先に潜むのは、8つのカメラアイに相応しい蜘蛛のような無機質な殺意だ。

 およそ口と呼べるものがない怪物の頭部。だが、下顎に該当する部分が『縦』に割れる。そのまま左右へと開く。分かれた下顎はまるで虫の……まさしく蜘蛛の顎のように歪み、鋭い先端を火災の光で照らす。

 だが、ヨシモは魅入られた。白の異形の下顎が開いた先にあったのは、思わず覆い被さって接吻を迫りたい程に魅惑的な、白桃のように艶やかで瑞々しい、賛美歌しか紡ぐことを知らないかのような穢れなき少女の唇だったからだ。

 

「しー! 静かに……ね?」

 

 怪物の内より現れた唇は、先に聞いたのと同じ声音を紡ぎ、ヨシモの震える手に握られていた通信機を空いた右手でそっと奪い取る。

 

「あー、あー、あー……マイクテスト。皆さん、聞こえますか? 隊長は不慮の事故で亡くなられました。代わって指揮を執らせていただきます。これより最終フェイズに移行。早急に本部の広場に集結してください。全員です。いいですか? 本作戦に関与している全員ですよ。中心柱の爆破を行い、脱出します。繰り返しません。応じなかった者は裏切りと見なして処分します」

 

 通信機の受話器に耳を当てていた怪物は、その後の各応答に満足そうに頷いて通信を終了する。

 

「皆さん素直ですね。もはや負ける要素はないですし、油断ありまくりですね。貴方が死んでも動揺はない。忠誠心よりも報酬で動いた方々のようですね。やはり生かしても情報は抜き取れそうにありませんね。『アイツ』も救助優先で思うように動けないでしょうし、全員集結させるだけの時間は思ったよりもかからなさそうですし、すぐに終わりそうです」

 

「貴様……な、なにを……考え、て……」

 

「『お仕事』ですよ? オレ、こう見えて仕事熱心なんです。いつも効率が悪いって怒られているので、今回はアナタの指揮系統を少し拝借して、分散した方々を1ヶ所に集めてみることにしました。バラバラの人たちを『狩る』のも悪くないのですけど、今回はやっぱり少し時間がないので。ごめんなさい」

 

 可愛らしく舌を出して謝罪した怪物は、その身に覆う白い外殻を、まさしく生物そのものだった異形を変じさせていく。

 その容貌は可憐にして、美麗にして、清廉にして、妖艶である。左目を覆う眼帯というアシンメトリーすらも魅力を引き出す一助となっている。火災がもたらす風が揺らすのは穢れを知らないような白髪だった。

 だが、何よりも魅入られるのは、赤が滲んだ不可思議な黒の瞳だった。見つめているだけで魂も含めて自分の全てが貪り食われそうだった。

 

「ねぇ、アナタは……『美味しい』? ああ、ダメダメ。『食べちゃ駄目』。クヒ……クヒヒ……でも、アナタは美味しそう。美味しそうな香り。ねぇ、何を怖がってるの? 何に怯えているの? ねぇ、何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? なぁんんでぇええ?」

 

 あらゆる美の粋の結晶のような、だが異形の時よりも遥かにおぞましさを覚える白き怪物は、ぺろりとヨシモの首を舐めた。

 生温かな唾液に濡れた舌が皮膚をなぞれば、それだけでいかなる快楽にも勝って絶頂しそうになる。そして、そのまま可愛らしい口が接吻するように触れ、首に歯を立てられ、食い千切られる。

 

「ぎゃぁああああああああああああ!?」

 

「甘い……甘い血の味がするね♪ でも、アナタは癖が強くて一口で十分かな? ごめんね」

 

「あひ……あひゅ……きゅ……!」

 

「大丈夫。アナタは糧になる。無駄にはしないよ」

 

 胸に侵入していた左手が優しく心臓を包み込むのが分かった。高鳴る心臓が掴まれる感触が精神を焼き切る程の恐怖を発するのに、今まさに眼前に存在する白き怪物に魅了されたが故に狂いきっても意識は正気のままのようにハッキリとしていた。

 心臓が引きずり出され、地に落ちたヨシモは胸に開いた大穴から零れる血を、そして今も鳴り続ける心臓を掴む白き怪物を見上げる。

 握り潰された心臓より血が溢れ、白き怪物とその足下にいたヨシモを赤く濡らす。左手の異形化を解除した白き怪物は、冬の気配が濃くなった風と火災の熱を感じて楽しんでいるようだった。

 白き怪物は聖女のように、世界を喰らい尽くすかのような慈悲の如く、倒れるヨシモに穏やかに優しく微笑んだ。

 

「祈りもなく、呪いもなく、安らかに眠れ」

 

 ヨシモが死に際に見たのは、落日の末に訪れた暗い夜にこそ相応しい、破壊と暴力と恐怖の権化。

 

 

 まるで、人々が恐れと怖れと畏れのままに語り継ぐ神話に登場するかのような『バケモノ』だった。

 

 

▽     ▽     ▽

 

 

 間に合え。崩落に巻き込まれそうになっている避難船へと結合弾で伸ばしたソウルワイヤーで振り子のようにぶら下がって接近した『名無し』は、寸前のところで月蝕光波を放って被害を食い止める。

 

「UNKNOWNさん! あ、ありがとうございます!」

 

「礼はいいから脱出を! 東に行くんだ! 安全ルートを沿岸の救助部隊が確保してくれている! 急げ!」

 

「でも、何故か船のエンジンの燃費が激しくてもう動かないんです!」

 

「非常用のオールをつかうんだ! 手でも何でもいい! とにかく急ぐんだ!」

 

「は、はい!」

 

 これで7隻目。主だった崩壊が激しいエリアの救助は順調に進んだはずだ。ソウルワイヤーを縮めた反動で飛び上がった『名無し』は白の都に張り巡らされた橋の1つに着地するとそのまま中心部へと駆ける。

 

「頼む、応答してくれ!」

 

 耳につけたインカムの通話ボタンを押すが、シリカからの応答はない。酷いジャミングのせいでノイズばかりだ。発生器は発見次第破壊して回ったが、まだ白の都全体のジャミングを晴らすほどではない。

 いいや、反応があった。これまでノイズばかりだったインカムに確かな声が入り始める。

 

「シリカ!」

 

『やっと繋がりましたね。無事で何よりです』

 

「それはこっちの台詞だ! 怪我はないか!?」

 

『私もキバオウさんも無事です。今はルインとアクアに騎乗して、避難船の誘導を行っています。今のところ被害者はまだ出ていませんけど、避難船のエンジンが粗悪なものに入れ替えられていたもので燃費が悪く、どれも手漕ぎじゃないと脱出は無理みたいです』

 

「やっぱりか。この攻撃……クラウドアースじゃないよな?」

 

 道行く先でクラウドアースの正規部隊の恰好をしたプレイヤーの『残骸』を発見し、『名無し』は思わず足を止める。銃撃のみならず、何か……およそ尋常ではない手段で殺されている。内部も焼かれた様子があり、殺害方法はまるで見当がつかなかった。

 

『……守備隊を始めとして、多くのスリーパーが紛れ込んでいたみたいです。真っ当な守備隊の人たちはもう……』

 

「クソ! なんで、こんな事に……!」

 

『分かりません。クラウドアースも含めて、いずれの勢力が画策したかも不鮮明です。だけど、無事で……無事でよかった! とにかく急いで脱出してください! 敵の狙いは本部の中心柱の破壊による白の都の完全崩壊です! 巻き込まれたら無事では済みません!』

 

「駄目だ! まだ避難完了まで時間がかかる! 俺が足止めをするから、シリカは皆の避難誘導を!」

 

『ユージーンさんとの戦いで疲弊した状態で、どれだけの数と練度かも分からない敵と戦うなんて無茶です! それにゴーレムやドールだって『ラストサンクチュアリのメンバー』として登録されていないから襲い掛かってくるんですよ!?』

 

「もう十分に襲われたさ」

 

 シリカの言う通り、HPや魔力、アバター破損はユージーンの計らいによって回復できたが、それ以外は消耗が激しい。スタミナは幾らかの回復が出来たとはいえ、メイデンハーツの残弾は3割を切っており、自動精製補充ではまだまだ時間がかかる。月蝕ゲージは魔力を変換して幾らか回復させたが、それでも不安が出る残量だ。

 夜想曲シリーズはさすがに主だった戦いはユージーンとの対決だけとあって目立った破損もないが、仮面に関しては半壊している。

 エスト弾の残数は5発。こちらも回復は期待できない。他の回復アイテムもあるにはあるのだが、現状のスタミナを温存するには使うわけにもいかなかった。

 そして、何よりも厳しいのは心意による消耗だ。先ほどから消えない頭痛がこびりついている。まだまだ戦えるが、いついかなる反動が襲って来るか分からない状態だ。

 行っては駄目。引き返しなさい。月蝕の聖剣が警告している。だが、『名無し』はラストサンクチュアリの皆を守りたい、助けたい、救いたいという魂の叫びを優先する。それこそが自身の偽りなき本質がもたらす慟哭であり、だからこそ裏切る訳にはいかないと駆ける。

 

『注意してください! 何かがクラウドアースと聖剣騎士団のアームズフォートを爆撃して無力化させた後に白の都に侵入しました! もしかしたら、貴方を仕留める為の増援かもしれません』

 

「アームズフォートを爆撃? 連絡橋が落ちたのに侵入した? どういうわけだ?」

 

 また死体だ。一方的に殺された守備隊の遺体はいずれも背後からの銃撃だ。潜り込んでいたスリーパーに不意打ちされたのだろう。そして、同じくらいにクラウドアースの恰好をした遺体が無惨な姿で重なり合っている。

 

『分かりません。ラジオでもまだ情報が錯綜しているみたいで。でも、敵の狙いが白の都の破壊にあるならば、最大の障害になり得る貴方を倒すワイルドカードを送り込んできた危険性は否めません』

 

「わざわざ来てくれたんだ。サインくらいしないと失礼かな?」

 

『冗談を言える余裕があって結構ですけど、油断はしないでください』

 

「そうだな。悪い、シリカ。どうやら、油断できるような相手じゃないみたいだ」

 

『……え?』

 

 シリカも感じ取っただろう。『名無し』の声音がかつてなく強張り、緊張で震えているのを知っただろう。

 ラストサンクチュアリ本部前の広場に到着した『名無し』が見たのは、数多の屍だった。

 いずれもまるでこの世の深奥の恐怖を覗き込んだかのように死に顔が歪んでいる。そして、『名無し』は皮肉にもこのような顔で死んでいった人々を少なからず知っていた。

 強大なモンスターに殺された人々ではなく、同じプレイヤーに『狩られた』時の、拭いきれない恐怖がこびり付いた顔だ。

 

 死。

 

 死。

 

 死。

 

 ひたすらに死が積み重なっている。その格好は様々であり、クラウドアースの正規部隊もいれば、守備隊の恰好の者もいた。だが、いずれも死んでいる。

 夥しい死をもたらした中心では、息がある最後の1人が首を絞められながら持ち上げられていた。アバターからは青いエネルギーが垂れ流されており、それは死をもたらす者へと吸収されている。

 

「た……たしゅけ……て……UNKNOWN」

 

 何かしらのドレイン攻撃。そう目星をつけた『名無し』は自分を呼んで手を伸ばす、破壊工作しただろうクラウドアースの恰好をした男へと駆ける。だが、それよりも先に死をもたらす者は男の首を砕き潰し、『名無し』へと投げつけた。

 遺体をキャッチした『名無し』は地を滑り、そっと亡骸を寝かせる。他の遺体とは違い、微かな希望に縋りついた表情に、『名無し』はまた助けられなかったと拳を地面に叩きつける。

 

「……相変わらずだな。『敵』ならば、どれだけ命乞いされようとも、相手にいかなる事情があろうとも、容赦なく殺した」

 

 怒りも憎しみも抱かない。あるのは悲しみにも似た、名前を付けられない感情だ。

 揺れる炎が夜風を熱し、『名無し』の闇色のコートを揺らす。同じく相対する死をもたらす者の灰白のコートもまた靡く。

 

「……オレです。ターゲットは確認しました」

 

 死をもたらす者は『名無し』と同じく左耳につけたインカムを押さえて何者かと通信している。そして、出会った時から何1つ変わらない蜘蛛のように無機質な殺意に浸された目を向けている。

 白髪を結った三つ編みを尾の如く揺らがせる死をもたらす者に『名無し』は冷や汗を垂らす。彼が知る限り、対人戦最強にして最悪の存在だ。これだけの数の敵をほぼ一方的に葬ったともなれば、その実力は鉄の城の頃を遥かに凌いでいるだろう。

 左腰には彼がDBOで愛用している武器の1つであるカタナ。そして、もう1つ見慣れない異形の、剣とも槍とも捉えられる武具を右腰に差している。

 

「はい……はい……はい、もちろんです。ボーナス対象……ですか? あまり興味はありませんね」

 

 通話の相手は誰なのか。いいや、誰であろうとも今は集中力を割り当てる余裕などない。

 死をもたらす者は、その右手に持つ漆黒の剣を振るって血を払う。どうやら両手剣のようであるが、リーチに些か不足が目立つ。取り回しと軽量性を優先しているかと思ったが、その独特の……まるで長い鏃のような細身の刀身より白銀の奔流が解き放たれ、甘い想像は覆される。

 白銀の奔流は瞬く間に定まり、漆黒の刀身より黒き泥の根が張り巡らされ、そうして表面は結晶化したように硬質な光沢を持つ。だが、それでいてエネルギー体ならではの発光は消えていない。

 その姿は漆黒の刀身本体を拡大した長い鏃のようであり、刺突に特化されている形状だ。リーチも十分な刃を振るい、舞う火の粉を散らす。

 武具から感じる圧力に『名無し』は鳥肌が立つ。マユの作業を幾度となく見たことがある彼には確信があった。あの武器は危険だ。およそ今まで対峙したことがない、ユージーンの剣すらも超える危険性を秘めている。

 

 

 白銀の剣はまさしく魔剣。人の手で聖剣を貶めるべく鍛え抜かれたかのような魔性の刃だった。

 

 

 死をもたらす者は構えを取る。相対する『名無し』は左手にメイデンハーツを、右手に白銀の刀身を核として漆黒の刃を纏う月蝕の聖剣を構える。

 

「俺としては、出来ればデュエルで再会……ってのが理想だったんだけどな」

 

「ミッションを続行。これより最大脅威と認定した障害……ボーナス対象を排除します」

 

 そして、2人は弾けるように動き、刃を交える。

 

 漆黒の刃と白銀の刃は激突し、せめぎ合う。

 

「こんばんは、UNKNOWN」

 

「あくまで今の俺は『名無し』ってわけか。構わないさ。いくぞ、クー!」

 

 名前を呼べば、鉄の城のかつての相棒にして、愛しき友の口元が微かに歪んだ気がした。

 

 だが、それは友愛による情けを期待させるものではない。

 

 誰よりも知っているのだから。『名無し』は【渡り鳥】と恐れられた傭兵が、どれだけ生真面目で、一切の手抜かりなく仕事をこなすのか知っているのだ。

 

 一切の容赦なく、躊躇もなく、未練すらもなく、『名無し』を殺すべく死をもたらす者は……クゥリは牙を剥くだろう。

 

 

 避けられぬ滅びを待つ貧者の聖域は、完全に夜の闇に呑まれ、謀略と闘争の炎で焦がされる。そして、漆黒と白銀の刃は踊った。




黄昏の先にあるのは暁ではなく夜であるならば、貧者の聖域を喰らうは獣の王。

人の子らよ、恐怖せよ。それは全てを焼き尽くす暴力にして、人類種を喰らい尽くす慈悲なる白き厄災の焔火。

ならばこそ、立ち向かえ。暁を望むならば戦え。





emergency! emergency! emergency!

<システムメッセージ>

強制追加イベント『聖域を喰らう獣の王』が発生しました。

主人公(黒)
勝利条件:厄災の白き獣王を討伐、もしくは撃退
敗北条件:死亡、もしくは避難船脱出完了前にラストサンクチュアリ拠点防衛の失敗





次回、真・ラストサンクチュアリ壊滅編。
主人公(黒)VSエピソードボス(白)です。

それでは334話でまた会いましょう!

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