SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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本作に不足している物は多々ありますが、圧倒的に不足しているのはヒロインだと思います。
過去類を見ない程にヒロイン不在時間が多い作品なのではないでしょうか。
そもそもヒロインとは何なのか、最近はよくそれを考えています。


Episode7-2 黒猫と狐

 想起の神殿は安全圏ではない。

 その落ち着いた静謐な雰囲気とひんやりとした、人によっては寒々しい、寂しい、神々しい、心地良い、と捉え方は異なるだろう空気は、オレにとっては何処か懐かしさや安心感を与えてくれる。

 全体的に青を基調にしてまとめられ、石造りの神殿は光源が乏しいが、視界が不明瞭と言えるほどではない。光源となる魔法陣もランプに閉じ込められた蝶も自己主張が強過ぎない程度に光を与え続けてくれている。

 随分と時間がかかってしまったか。オレは転送用の火の粉が完全に自身の周囲から消え去った事を見届ける。

 オレに少しでも恩を売っておこうという算段なのか、ミュウがオレに『大空洞』のダンジョンマッピング情報を提供してくれたお陰で無事にソロでもボス部屋にたどり着くことができ、既に斃されたボスがいただろう場所にあった青剣から≪ガルム族の英雄ラーガイの記憶≫の余熱を得ることができた。

 その後、オレは終わりつつある街に赴き、東にある1本松を根城とするNPC【隻腕の剣士コウガ】から≪カタナ≫スキルの教授を受けた。

 ミュウが評した通りの修行の長さは、確かに≪カタナ≫で得られるリターンに見合うかどうかは定かではない。その修行の内容というのは、木刀で素振りを1万回、次に耐久値が恐ろしく高い樹木を木刀だけで倒木(STRもTECも特別高い訳ではないオレの場合は朝から晩までやって2日間もかかった)、そして滝から落ちてくる木の葉やら魚やら流木やらを与えられたカタナが折れるまでにどれだけ斬れるかというミニゲームで1万点稼ぎ(ちなみに命中させ辛い木の葉は100点、魚が大きさによって変動するが1~500点、切断しにくい流木は300点)、最後にコウガとの稽古で1本を取ることができれば、めでたく≪カタナ≫スキルの習得である。

 ……キャッティ、お前スゲェよ。コウガにミニゲームのTOP10ランキングを見せてもらったが、キャッティは堂々の1位だ。オレが108回目のチャレンジで1万点超えをようやく出したと言うのに、彼女は3回目のチャレンジで3万7000点を叩き出していた。

 ちなみにこのミニゲームでは点数に応じて少量だが経験値も入る為、レベルが低い内は安全なレベリングとして活用できるかもしれない。絶対にお勧めしたくない苦行である事は否定しないが。

 ちなみに最後の難関であるコウガ自身はそんなに強い訳ではない。オレは終わりつつある街周辺のモンスターなら虐殺できるステータスまで成長している事もあったし、何よりもコウガは隻腕なので死角から攻め続ければ1本は簡単に取れた。

 こうして≪カタナ≫スキルを獲得したオレは、コウガが販売するカタナのラインナップで最も高値の【羽織狐】を購入した。ちなみに販売価格は2万コル。ふざけてるな、おい。最初のステージのNPCが売って良いレベルの値段ではない。

 だが、2匹の狐が互いの尾を追いかけ合う図柄が彫り込まれた銀の鍔、ほのかに青白い妖しい刀身、鞘の朱塗りの鮮やかさ。それらを目にした瞬間に、≪カタナ≫スキル習得までの厳しい修行の日々も、一気にボス戦で取得したコルが減ってしまった事も、全てが報われた気がした。

 ちなみにこの羽織狐はレアアイテムに分類され、なおかつ個数制限がある武器だ。1人のプレイヤーが所持できるのは1本だけであり、コウガは最大で20本までしか販売してくれない。つまり、20人のプレイヤーしか所持できず、21人目からは前に獲得した20人のプレイヤーの誰かが羽織狐を放棄しない限り獲得できないのだ。もっとも、オレが購入したのは2本目である辺り、カタナはやはり着目されていない部類らしく競争率は高くないようだ。

 何というリアルファイト要因のシステムだろうか。これってつまり、欲しくて欲しくて堪らない武器を、先取りしたプレイヤーが破棄しない限り得られないという事ではないか。これ、デスゲームじゃなくても廃人プレイヤーの間で殺し合いが起きかねないシステムだぞ。

 ま、まぁ……アイテムストレージも有限だし、いずれ火力不足になれば破棄するなり加工して別アイテムにして消去するなりするだろう。

 ちなみにこのゲームにはアイテムのアルバム機能もあり、これまでに所持したアイテムは全て記憶されている。一種のコレクション要素もある辺りに、コレクター型のプレイヤーの心をくすぐる物がある。逆に言えば、全てコレクションしなければ気が済まない連中からすれば、個数制限アイテムやユニークアイテムは天敵というわけだ。

 とはいえ、今はデスゲームの最中だ。そんなコレクター魂を発揮できるプレイヤーはいるはずが……無いと断言できないのが辛い。

 何はともあれ、≪カタナ≫というエクストラスキルと≪両手剣≫を習得した。

 オレのもう一つの主武装は新たな両手剣である【ネームレスソード】だ。文字通りの名無しの剣であり、クラディールの遺品の中にあった武器である。装飾のほとんどが破損し、刀身も薄汚れて傷ついてる。数多の戦場で使われ続けた古い剣という設定だ。

 武器のステータス自体は耐久値以外がフランベルジュよりも若干低く、クリティカル率補正が無いに等しい。たとえS6(鋭利6)強化で最大限にクリティカル率を上げても元が低いので上昇量も微々たるものであり、まず相手がスタミナ切れでも無い限りはクリティカルが発生しない。

 そして何よりも目を惹くのが、強化をまるで行うことができないという特徴である。それでありながら最大強化のフランベルジュよりも若干低い程度だ。

 恐らくはクラディールの取って置きだろう。明らかにユニークウェポンの部類だ。彼がどんな経緯でコレを入手したのかは、もはや死人となった以上聞く事は出来ない。だが、今後の攻略でいずれ真価を発揮する方法を見つけ出し、主力と添えるつもりだったのは間違いないだろう。

 何にしても耐久値だけはバケモノ級だ。攻撃力もフランベルジュには劣るが、悪い部類ではない。新しい両手剣が見つかるまでの繋ぎとして使わせてもらうとしよう。

 双子鎌も多額のコルを積んで何とか修理を終え、手持ちの強化素材で+2まで強化を終えた。H1D1(重量1耐久1)の強化により、重量と耐久値が増し、火力と継戦能力の引き上げに成功した。元より両手剣の為にSTRも高めたので重量増加は問題ではない。

 オレは想起の神殿にいる商人NPC【放浪商人のエンバー】から買えるだけの回復アイテムを購入し、ついにコルが2桁になった。

 傭兵をやるにしても攻略を進めるにしても、何とか武装とアイテムを揃えることができた。オレは溜息を吐く。ミュウとのパートナー契約から既に2週間以上が経ち、彼女からいつ頃になってから傭兵業を開始するのかという催促のフレンドメールが届いている。

 ボス丸ごと分、それにキャッティとクラディールの分のコルもオレは入手したが、それでもこの様だ。どう足掻いても個人で得られる財など限界がある。

 オレのレベルはボスの経験値を独占し、なおかつクラディールがキャッティを殺害した分がパーティメンバーであるオレに分配され、それにオレがクラディール殺害した分も含めて大幅に上昇している。今やオレのレベルはまさかの21だ。ボス戦前がレベル17だった事を踏まえれば、どれ程の急上昇かは言わずとも分かるだろう。

 レベル20の到達と同時にスキル枠が2つ増加され、≪魔法感性≫用に空けていた1枠も使い、≪武器枠増加2≫と≪カタナ≫と≪両手剣≫を得られた。≪魔法感性≫はしばらくお預けだ。さようなら、オレの魔法剣士スタイル。

 これ以降は簡単にスキル枠は増えないだろう。何よりもレベル20に到達してからレベルアップに要求される経験値の量が桁外れに上がった。

 これはオレの考えなのだが、このゲームにおけるレベルとは単純な強さではなく、『限界』を示しているような気がする。

 恐らくだが、このレベル20とはこの世界の人間が『死ぬほど努力し続ければ誰でも到達できるレベル』なのではないだろうか。これ以降は天才、非凡、怪物、英雄、伝説とそんな風に言われる存在だけが到達できるのではないだろうか。だからこそ要求経験値も高い。

 まぁ、これはあくまでオレの考察だ。オレよりもコアなゲーマーならば別の納得できる見解が出せるかもしれない。

 何にしても、これ以降は安易にスキル枠が増加すると思わず、慎重にステータス配分にも気を遣う必要がある。それを補うためにも装飾品には気を付けねばならない。

 たとえば、オレの左人差し指にはめられた、ステラから感謝の印で得た無垢なる祝福の指輪は、闇属性の攻撃を大幅に軽減し、また時間経過によるオートヒール効果を高める能力がある。

 右手の中指には魔法攻撃を軽減する青鋼の指輪だ。思えば、苦痛のアルフェリアの魔法攻撃がそれ程オレに大ダメージを与えなかったのは、この指輪のお陰かもしれない。

 ちなみに約束の指輪はまだ破砕の石剣と交換していない。破砕の石剣が重過ぎて、STR特化でも無いオレには宝の持ち腐れだからだ。オマケにアイテムストレージの容量も馬鹿食いするし。

 まぁ、指輪を見せた段階でイベントクリアのようだし、いつでも交換することは可能だ。入手こそしなかったが、クラディールもイベントクリアという事で許してくれるだろう。さすがにオレにあの剣は重過ぎる。本当に重過ぎる。

 

「双子鎌、カタナ、両手剣、それに鉤爪か。相変わらず節操ねーな」

 

 我が事ながら、この戦闘特化スタイルはいろいろと弊害が起こりつつある。

 オレの現在のスキル構成は≪戦斧≫、≪戦槌≫、≪両手剣≫、≪カタナ≫、≪薬品調合≫、≪気配遮断≫、≪武器枠増加≫、≪武器枠増加2≫、≪歩法≫だ。

 

「……馬鹿じゃねーの」

 

 思わずオレは顔を手で覆ってしまう。≪料理≫くらい取っておけば良かった。他にも有用なサポートスキルはあるのに、何だよコレは。スキル脳筋じゃねーか。STR脳筋の事をとやかく言えねーぞ。

 いや、逆に考えろ。このデスゲームは戦い続ける以外に道は無い。ならば、ひたすら戦闘特化にするのは生き残る上で最も効率が良いとオレの本能が判断した結果なのではないだろうか。

 

『いや、それはお前が馬鹿なだけだから』

 

 本能がオレの思考に鋭いツッコミを入れるところまでがテンプレのようである。

 1度選んだスキルは取り消せない。オレは自らの選択でこのスキル構成にしたのだ。ならば後悔は止めよう。

 

「何かお困りですか、闇の血を持つ者よ」

 

 と、オレが顔を手で覆いっているのを見て、泣いているとでも判断したのか、サチがいつものように目深くフードを被ったマント姿で寄って来る。

 

「別に何でもねーよ。自分が猪武者なんじゃねーのかって心配になって来ただけだ」

 

「そうでしたか」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 話が続かない。オレもサチも無言で見つめ合い、やがて彼女の方がオレの右隣を通り抜け、半透明のガラスの床のような場所、魔法陣が動き続けるその先、オレと彼女が初めて話をした半壊した女神像の台座に腰かける。

 彼女の特等席なのか、オレの位置からは彼女の目元は見えないが、その口元は薄っすらと笑んでいるように思えた。

 NPCでもプレイヤーでもない存在であるサチ。彼女もまた、この世界に生きる『命』とは何かが違う気がする。

 

「なぁ、サチ。お前ってNPCなのか?」

 

 サチの元まで歩み寄り、オレは単刀直入に彼女に問う。

 幽霊少女のステラは自ら思考し、オレの問いに対して真摯な回答を出した事によって『命』の証明を成した。

 ではサチは、ゲームに対するメタな発言にはどのような反応を示すのだろうか。

 

「それに関して、私はお答えする事はできません。申し訳ありません、闇の血を持つ者よ」

 

「お前は茅場の後継者の仲間なのか? 協力者なのか?」

 

「それに関して、私はお答えする事が出来ません。申し訳ありません、闇の血を持つ者よ」

 

「お前に自我はあるのか? 思考できるのか? オレ達がプレイヤーだって分かっているのか?」

 

「それに関して、私はお答えする事が出来ません。申し訳ありません、闇の血を持つ者よ」

 

 まるでNPCのお手本のような回答だ。フードで目元を隠し、なおかつ彼女は台座に座り、オレは立ったまま問う以上、オレから見て彼女の表情はほとんど窺い知る事ができない。

 NPCか否か。その判断は付かない。あえて、オレが回答だけでNPCと断定しないのは、サチと最初に話をした時の第一印象のせいだろう。

 転送されてきたプレイヤーに同じ説明を繰り返す。NPCには何ら苦では無いはずだ。だが、サチは明らかな疲労感を滲ませていた。

 NPCは精神の疲労など持ち得ていない。しかし、サチには存在した。それが製作者側に設定された物ならばオレの予感は外れた事になるが、そうでないならば彼女は明らかにオレの質問の意図を理解し、はぐらかそうとした事になる。

 

「じゃあ、質問を変える。さっきは何で笑っていたんだ?」

 

 サチに敵意は無い。それだけは今のところ間違いない。オレは誰でも彼でも牙を剥く狂犬ではないし、何よりも可愛いおんにゃのこに詰問するとか敵であるか依頼でもない限り嫌だしな。

 

「ここには多くの旅人が来ます。私達、神殿の守り人はこの地から離れる事を許されていません。ですので、旅立たれた方が戻る度に新しい服や武器を身に着けて、不思議な道具を持ち帰る姿を見ると羨ましくて、だからどんな世界を冒険したのか想像しているんです。そしたら、自然と綻んでしまいました。不愉快にさせたならば謝罪致します」

 

 神殿の守り人。この想起の神殿を守り続ける役目を持つ者たちか。NPCであれ『命』ある存在であれ、サチという少女は自由に世界を旅できるオレ達が羨ましいのだろう。

 そんなオレ達がアミュスフィアⅢによって、仮想世界に幽閉された自由無き存在だというのは、随分と皮肉が利いた話である。

 

「サチは生まれた時からこの神殿にいるのか?」

 

 もう彼女を探るのは止めだ。オレはサチの隣に腰かける。それをサチは拒まなかった。

 フードから僅かに見える彼女の目は、僅かにだが悲しげに、寂しげに、まるで望郷するように細くなった。

 

「私達は思い出のようなものです、闇の血を持つ者よ。世界にしがみつき続ける思い出の欠片。それが形を成した存在に過ぎません」

 

「よく分からねーな。つまり、お前のオリジナルの誰かがいるって事か?」

 

「そう捉えて頂いてよろしいかと。私達はこの想起の神殿を守り続ける事によってのみ、生きることが許された存在です。私の元になった女性がどのような存在だったのかは憶えていますが、私は彼女とはきっと違うのでしょうね」

 

 サチの元になった女性……つまりは前世みたいなものか。今ここにいるサチと『本来のサチ』は全くの別物ではあるが、記憶は所有しているという事なのだろう。

 誰かが言ったが、記憶が人格を象るらしい。だが、オレは記憶に付随した経験こそが人格を作ると考えている。記憶だけでは単なる頭の中にある日記に過ぎない。

 

「サチの元になったのは、どんな奴だったんだ」

 

「何処にでもいる普通の女の子です。臆病で、弱虫で、自分が嫌いで、とても『彼』に……彼女を守ってくれるあの人に憧れを抱いていました」

 

 最後のあこがれの部分のサチの声は何処となく弾んでいる。恐らく、彼女にとって大切な人なのだろう。

 それが羨望に由来するものか、恋心に由来するものか、それはサチにしか分からない。だが、彼女からすればそれは重要ではないのだろう。

 大切な人だった。それ以上もそれ以下もない。感情の始まりなど、時として無意味で無価値だ。男女間の友情がいつの間にか愛情に移ろってしまう事もあるように、何を切っ掛けにして対象に抱く想いが変わるか分からない。

 大事なのはサチにとって、『彼』が変わらず大切な人だという事だ。それくらいは話し方で分かる。

 

「サチ。お前は本来のサチと違うのかもしれない。でも、やっぱりサチはサチなんじゃねーかな」

 

 先程の話だが、同じ記憶だけでは同じ人格にならない。だが、それならば記憶喪失はどうだろうか? 記憶喪失によって、個人は死を迎え、同一個体の別の個人となってしまうのだろうか。

 これもまた、オレは違うと思う。人格と心は別物だ。心にこそ個人は由来する。

 たとえば、複数の赤子に同じ経験をさせ、同じ人格を育たせたとしても、心は異なる。故に、きっと彼らが出す自身の答えとも言うべき物は違うはずだ。人生において、同じ選択はできないはずだ。

 サチの記憶は途切れていても、心には連続性がある。それこそが個人の証明ではないだろうか。サチがサチであるという、これ以上の無い証なのではないだろうか。

 

「不思議な方ですね。『彼』とはまるで違う強さを感じます」

 

 初めてサチはフードを取り、オレに向いて微笑んでくれる。泣き黒子がある少女に思わずオレは恋心に点火しそうになる。相変わらずチョロいな、オレ。

 だが、サチの想い人はあくまで『彼』だ。ならば、オレは恋心を抱いた瞬間に破砕された事になるのではないだろうか? 絶対に点火するわけにはいかないな!

 

「『彼』は大樹のような人でした。傍にいてくれるだけで安心できる、でも大樹であるが故の孤独を知る人でした。私は『彼』に寄り添う小鳥や獣になりたかった。『彼』を守り、讃える詩人になりたかった」

 

「今でもなれるんじゃねーの? 諦めたら終わりだろ。知ってるか? 忍者って木の種を植えて、育っていくそれを飛び越してジャンプ力を磨いてNINJAになるんだぞ。つまり、NINJAとは不屈の精神を持った、諦めを知らない成功者ってわけだ」

 

 オレの軽口に、サチは楽しげに笑ってくれる。ヤバい。オレの恋心メーターが振り切れそうだ。誰か液体窒素持ってこい。緊急冷却が必要だ。

 

「『彼』が大樹ならば、貴方は篝火なのかもしれません。火であるが故に猛々しく、時として全てを焼き尽くす大火の源となり、その熱は触れる者を傷つける。でも、篝火は火への恐れだけではなく、優しさと温もりを与えてくれる。自らを燃やし続けながら、他の人の為に……。私には貴方をそのような存在のように感じられます」

 

 奇しくも、彼女はオレの名前を口にする。

 篝。オレの名前。母さんは冬の雪積もる日にオレを産み、独りでも凍える事が無いように、そして多くの人に愛されるように、そう願いを込めてこの名前を付けてくれたらしい。

 名前負けだな。オレは苦笑する。サチはそれを見て不思議そうに小首を傾げた。

 

「オレはそんな風に言われるような奴じゃねーよ。いろいろ問題を起こす種火ってのは当たってるかもしれねーけどな」

 

「そういう事にしておきます。そろそろ旅立ちの時です、闇の血を持つ者よ。ひと時でしたが、お話しする事ができて楽しかったです」

 

 再びフードを被ったサチの声には、先程までに比べれて少なからずの温かさがあるような気がした。

 今は彼女の謎については保留にしておく事としよう。オレが生き残り続ければ、いずれ謎を追う機会も巡って来るだろう。

 サチから別れたオレは想起の神殿の2階に赴く。2階の広間には四つのステージに繋がる転送オブジェクトが存在する。

 今のところ攻略されたのは、オレがいた【ガルム族の英雄ラーガイの記憶】、スミスがいた【ラフェー警備隊の記憶】、そして恐らくもう1つ攻略されている。

 というのも、先日出会ったミリアは魔法を行使していた。ラーガイの記憶では少なくともオレは魔法を習得できるイベントを見つけられなかったし、スミスがいた警備隊の記憶は魔法を覚えるような世界ではないと評判の『終末の時代』だ。ならば、彼女達は『王の時代』か『人の時代』で魔法を習得し、なおかつ記憶の余熱を入手してラーガイの記憶に訪れたという事になる。

 下手すれば、オレが≪カタナ≫スキルを習得している間に4つのステージは全てクリアされ、新しいステージが解放されているかもしれない。

 

 

「ちょっと良いかしら」

 

 

 と、オレが2階へと続く階段を上る最中に、オレは背後から声をかけられる。

 振り返るとそこには、グラマーなお姉さんこと、レイフォックスがいた。防具は多少変わっているが、その胸を強調するような衣服である事に変化はない。相変わらず男の視線を惑わす女だな。本当に眼福です。

 しかし、どういうつもりだろうか。オレ達はお世辞にも気軽に世間話ができる間柄ではない。

 彼女が属するZOOは事実上の壊滅状態だ。ダイヤウルフとキングライガーを腐敗コボルド王に、そしてグリズリーをオレに殺され、上位プレイヤーを引っ張る求心力を失うどころか、今後の攻略自体が不可能になりかねない深刻なダメージを負ったはずだ。

 上手く他のプレイヤーを引っ張り込めれば何とかなるだろうが、ディアベルの活躍や太陽の狩猟団の台頭によって、かつての栄光が邪魔して副リーダーの彼女の元に仲間候補が集うどころか、別のパーティや組織に入れさせてもらうように頼まねばならない立場のはずだ。

 まぁ、上位プレイヤーにこだわらないで中堅プレイヤーを上手く取り込めれば別だが、彼女の様子からすると成功したとは言い難いみたいだな。

 

「仇討ちか。相手になってやっても良いが、場所を選べよ。ここじゃ迷惑がかかるからな」

 

 殺気を隠しきれていないレイフォックスに、オレの停止していた本能がゆっくりと歯車を回し始める。前回のシャドウ・イーター戦で随分と錆落としができたが、まだまだSAOの全盛期には及ばないし、何よりも目覚めるまでが悪過ぎる。

 オレが思うに、本能というのもある種のエネルギー……精神力のような物を使うのだろうと思う。よく本能といえば獣だが、彼らだって常にフルスロットルという訳ではない。場面場面に応じて研ぎ澄まし、常に疲労しないようにセーブしているのだ。

 常に全力ではいずれ焼き切れる。それは何でも同じだ。よくジェネレーター出力120パーセントとか決め台詞っぽく聞くが、絶対にダメだぞ、アレ。自爆一歩手前だからな。普通は6割とか、高くても7割程度でセーブするものらしい。

 

「あなたを殺したいのは山々だけど、今日は別の要件なのよね。……傭兵始めたって聞いたけど」

 

「ああ。ようやく武器もアイテムも揃って開店するところだけど、それがどうかしたかよ」

 

 人殺しはやっぱり傭兵がお似合いとか、そんな皮肉を言いに来たってわけじゃなさそうだ。

 しかし、さすがのミュウも個人ではなく組織で動く以上、情報流出は避けられなかったわけだ。まだ本格化していないオレの傭兵業をレイフォックスが知っているとなると、情報屋には既に出回っているのかもしれない。

 いや、あるいはそれこそがレイフォックスの作戦か。情報流出を前提にし、太陽の狩猟団がオレに依頼を斡旋するという噂を耳にすれば、より多くのプレイヤーが太陽の狩猟団を頼るようになる。誰だってリスクは負いたくねーし、見ず知らずの傭兵が死んでも罪悪感が最低限で済ませられるしな。

 

「依頼がしたいの。ツバメが行方不明なのよ。捜索に協力して頂戴」

 

「ツバメちゃんが? 一体何があったんだよ」

 

 あの大天使ツバメちゃんが!? これは大問題だな。

 そもそもレイフォックスはオレの前に単身で現れた。パーティとして仇討ちするつもりならば、ツバメちゃんがいなければ火力不足だろう。ただでさえ彼女は弓矢による射撃攻撃中心の戦闘スタイルだったはずだ。接近戦型のオレを相手にするならば、同じ射撃型のツバメちゃん、それに『アイツ』並みの反応速度と【閃光】並みのスピードと精密攻撃が可能なイーグルアイがいなければ勝ち目が無いはずだ。

 

「イーグルアイはいないわ。彼は元々ダイヤウルフが無理言って引き込んだ男だし……だから、頼れる人がいないのよ。私にはもう誰にも……」

 

 腕を組んで自らを抱きしめ、レイフォックスは目を伏せる。そのポーズが余計に胸を強調しているな。

 さて、どうしたものか。オレは悩ましさを覚える。別に依頼を受けるのは構わないのだが、よりにもよってレイフォックスから来るとは思わなかった。正直言って、かなり怪しい。

 

「分かった。とりあえず依頼内容を話せよ。ただし、人目がある場所で、なおかつ秘密の話をしても聞かれる心配がない場所だ」

 

「それって矛盾して……待って、心当たりがある。でも、あそこは……」

 

 どうするべきか迷って視線を泳がせるレイフォックスに、オレは嘆息する。これはミュウに金を払ってでも音消しの霧玉を貰うように頼んでおくべきだったな。

 とりあえず見当はついたようなので、オレは彼女に誘導されて移動する。

 早速面倒な事になりそうだな。最初の依頼が暗殺依頼とかじゃなかっただけマシって考えるか。




システムメッセージ
・主人公がサチに恋心を抱きそうになりました。
・ですが、サチには元から想い人がいるようです。
・主人公の対サチのフラグ状態が【失恋】になり、固定化されました。以後回復は絶望的です。
・フラグ候補のヒロインが全員いなくなりました。
・GAME OVER……最初からゲームを開始しますか?


いよいよ傭兵編の開始です。
相変わらずスローペースですが、よろしくお願いします。
では、39話に依頼内容のブリーフィングを予感して、

Let's MORE DEBAN!

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