SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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フロムの傭兵のお決まり

1.援軍は当てにならない
2.護衛対象が裏切る
3.依頼主も裏切る
4.いつの間にかイレギュラー認定される
5.でも、何だかんだでしっかり報酬を払ってくれる
6.最大の敵は作戦エリア


Episode7-3 傭兵の醍醐味

 滴る水は水面と交わり、波紋となって世界を響かせる。

 それは『彼女』を目覚めさせようとする合図。覚醒の鐘だ。だが、『彼女』は目を醒ます事を拒絶する。

 心地良い夢の中だけが『彼女』にとっての幸福であり、現実は孤独ばかりが身を蝕む地獄だからだ。

 夢はいつだって『彼女』の願望を叶えてくれる。幸せだった頃の記憶を見せてくれる。優しい父と母の記憶だ。

 だが、夢は夢である以上完璧である事は無い。常に何かが欠如し続けている。

 たとえば、『彼女』は幸せだった父母との記憶を体験する事はできても、両親の顔には黒い落書きのような線が入り、顔を思い出すことができない。

 そして、父母は何かしらの悲しみに襲われる。そして、『彼女』は夢を終わりを知り、恐怖と苦痛の中で覚醒を余儀なくされる。

 それでも構わない。『彼女』にとって、たとえ夢の結末が自信を傷つけるとしても、夢が叶えてくれる幻のような追憶に甘えたかった。

 しかし、今日の夢は普段と少し違った。父母が登場しないのだ。

 思わず『彼女』は首を傾げた。今まで夢が自分の望んだ物以外を見せようとすることなど1度として起こらなかった。ならば、これは異常事態である。

 故に『彼女』は夢の中を探索する事にした。

 夢の世界は純白の雪で埋もれていた。『彼女』は素足で雪を踏み歩くが、冷たさを覚える事は無い。夢なのだから当然だ。

 銀世界は何処までも続く。嫌気が差せない程に幻想的な白の世界に、『彼女』は久しぶりに心が震えた。父母との記憶以外にも、これ程に美しい記憶が残っていたのかと感激した。

 木々は凍り付き、大気は雪の粒で光り輝き、一息の度に白い靄が口から放たれる。全てが新鮮であり、『彼女』は頬を緩ませた。

 

『ここに来ちゃだめだよ』

 

 そこに1匹の白兎が現れた。毛糸の体とボタンの目を持った白兎を思わず『彼女』は抱きしめようとしたが、白兎はぴょんと跳ねて、赤いボタンの目を『彼女』に向ける。

 

『来ちゃだめだ。この先に行ってはだめだよ』

 

 なんで? そう『彼女』は白兎に問う。だが、白兎は答えず、『彼女』の前に立ち塞がって小高い丘の先に行かせまいとする。

 

『早く目覚めるんだ。ここに長く居ちゃいけない』

 

 嫌だ。ハッキリと『彼女』は白兎に否定の言葉をぶつける。

 何故目覚めねばならない? 現実には何もない。だからこそ、『彼女』は夢の世界に祈りも救いも何もかも求めているのだ。

 白兎の隣を強引に駆け抜ける。白兎の制止の声が聞こえるが、『彼女』はそれを振り払って小高い丘を登り切った。

 そして、彼女は赤い花を見た。

 小高い丘の先にあったのは、赤い花畑だった。

 赤黒い臓物。無数の屍。血という血を啜った雪が赤く化粧した平原が広がっていた。

 

『だから来ちゃだめだって言ったのに』

 

 振り返れば黒い毛糸になった兎が首無しとなって転がっていた。

 今更になって『彼女』は後悔する。これは記憶ではない。記憶に焼き付いたイメージだ。忘れたくても忘れられなかった物の欠片が今もこびり付いているのだ。

 早く目が覚めてと『彼女』は手を組んで祈る。だが、既に波紋の音は聞こえない。夢は『彼女』の祈りを食い潰した。

 赤い死の花畑。その中心で『何か』が揺らいでいる。『彼女』は自らが血で汚れるのを厭わず、そこに救いを求めて駆けた。死肉に触れる度に死者の無念と怨嗟の声が低く轟いた。

 ようやく花畑の中心部にいる『何か』の元にたどり着いた。『彼女』は『何か』に夢から醒まして欲しいと願った。

 すると『何か』は小さく笑った気がした。そして、『彼女』は気づいた。

 それは赤黒い炎を纏う悪魔。その手に持つ鈍い鋼の刃は血を滴らせていた。この惨劇を生み出した元凶こそが眼前の存在なのだと『彼女』は悟った。

 そして、『彼女』は目覚める事を許された。孤独の現実に戻された『彼女』は我が身を抱きしめ、恐怖に震える。

 恐ろしい物が来る。『彼女』は自らの予感に震えた。

 

 

Δ     Δ     Δ

 

 

 オレがレイフォックスに案内されたのは、想起の神殿の外縁部だった。

 実を言うと、というか当然の話なのだが、極めて巨大な想起の神殿の全てをオレは探索しきっていない。

 せいぜいオレが把握していたのは、サチがいつもいる半透明の床がある神殿の中心部、各NPCが存在する場所、そしてステージ移動が可能な2階の広間くらいだ。

 こうして外縁部に来たこと自体が初めてであり、オレは改めて巨大さを思い知る。どうやら想起の神殿は巨大な円柱状……つまり塔の形をしているようだ。外縁からは真っ暗な闇が湛えられている。落下すれば死は免れないだろう。更にそれを挟んで100メートルほど先には巨大な壁が見て取れる。壁は青白い光を放つ鉱石が血管のように見えているが、その光はあまりにも弱々しく、闇の穴の底を照らし出せる程ではない。

 外縁部は20メートルほどの広さを持ち、円柱状の想起の神殿を見上げるのに適している。想起の神殿の外壁には多くの燭台が飾られ、赤、青、緑、紫など様々な色の火が灯っている。

 そして、この広い空間はどうやらプレイヤーにとっても利用価値の高い場所らしい。何やらアイテムをトレードしたり、話し込んでいる鎧姿のプレイヤーが4人ほど目に映る。

 だが、オレと目を合わせると彼らは慌てた様子で少し距離を取ろうとする。どうやらこの様子だと、あまり他人に聞かれたくない話をしていると見て良いだろう。

 確かに人の目がある上に秘密の話をするには良い場所かもしれないが、他のチョイスがあっただろうに。オレはそわそわとして周囲を窺っているレイフォックスに、1度咳を挟む。

 肩が跳ねたレイフォックスは挙動不審だ。まぁ、幾ら人目があるとはいえ、眼前に居るのは仲間殺しをした男だ。当然かもしれないが、依頼者がこれでは詳細な情報を引き出す事も出来ない。

 

「手短に済まそうぜ。ココは何か嫌な感じがする」

 

 レイフォックスがオレへの殺意が駄々漏れなのもあるが、どうにも首筋辺りが落ち着かない。こういう時は大抵悪いことが起こりそうな前触れだ。

 この場所は恐らく犯罪によく使われるエリアだ。明らかな人の悪意が漂っている感じがする。こんなことを仮想世界で言えば大笑いされるかもしれないが、オレが現実世界だろうと仮想世界だろうとこればかりは同じだと考えている。

 何にしても、オレとしては自分を憎んでいるような依頼主とこのような場所に長居したくない。

 

「そ、そうね。まずツバメなんだけど、1週間ほど前に急にいなくなったの。フレンドメッセージを送っても返事が無いし」

 

「パーティ間なら居場所を検索できるだろ? それじゃ駄目だったのか」

 

「パーティメンバーの検索は同じステージ内でしか効かないし、無効化されるエリアも多いのよ。それに任意でオンオフが可能だし」

 

 だからこそレイフォックスも戸惑っているというわけか。

 だが、話を聞く限り、これはツバメちゃんが行方不明と言うよりも雲隠れしたって話なのではないだろうか。

 自らの意思でレイフォックスの元を去り、発見されないように位置情報送信をオフにした。それならば納得がいく。しかし、そんな手間をかけるならばパーティを解除して身を消せばいいだけの話ではないだろうか。

 だとするならば事件に巻き込まれた。それが1番確率が高いか。

 

「いなくなる前にツバメちゃんは何か怯えてたとかはなかったか?」

 

「あなたがグリズリーやラインバースを殺してからは、ずっと怯えてるわよ。この世界で誰もが強く生きていけてるわけじゃないわ」

 

 実感の籠ったレイフォックスの言葉にオレは何と返すべきか分からず詰まる。

 SAO時代、オレは自らはじまりの街を後にし、ソロからスタートした人間だ。『アイツ』を含めた攻略組に比べれば出遅れたが、それでも戦うことができた人間だ。

 だが、そんな人間ばかりではない。誰かに頼らねば生きていけない。人間は野性を捨て、高度な技術と社会に守られた環境で生きる事を決めた生物だ。いきなり殺し合い万歳の世界に放り込まれて、昔の人間のように殺気立って戦意を剥き出しにして順応しろという方が無茶苦茶だ。

 だから、ツバメちゃんは普通の人間だ。異常なのはオレ達の方だ。まぁ、それにしては随分と犯罪やらPKやらに手を染めているプレイヤー数が多いと思うのがオレの見解だが。

 

「レイフォックス。1つ教えてくれ。何でオレに依頼しようなんて思ったんだ?」

 

 沈黙を終わらせる為に、オレはずっと抱いていた疑念を尋ねる。

 

「いくら他に頼る奴がいないからって、不倶戴天のオレに依頼するとか明らかに最終手段だろーが。ディアベルとかなら無下にしないと思うぞ」

 

 腐敗コボルド王戦の戦友だ。レイフォックスはZOOのメンバーだし、ディアベルも彼女の頼みならば2つ返事で引き受けそうな気がする。

 だが、レイフォックスはオレの質問に答えず、逆に目を細めてオレを睨んでくる。それは先程までの挙動不審なものではなく、明らかに強い意思がある。

 

「そういうあなたは、どうして引き受けてくれたの?」

 

「コルとアイテムを積まれれば依頼を引き受けるのが傭兵だろう。それに、別にグリズリーだって憎くて殺したわけじゃねーよ。お前らから……大切な仲間を奪った事くらいは自覚しているさ。だから、最後の仲間の身を案じるお前を放っておけないだけだ」

 

 オレの回答に随分と驚いたように、レイフォックスは目を見開く。

 だが、それは単純にオレの回答が想像していたものと違ったからではなく、果てしない怒りも含まれているような気もした。

 

「どうして……どうして、そんな事が言えるのよ!? 少しくらい弁明しなさいよ! 本当は殺したくなかったとか! 許してくれとか! そういう事を言いなさいよ!」

 

 怒鳴り、叫び、レイフォックスの言葉は彼女の願望なのだろう。

 俯いている彼女に、オレは手を伸ばそうとして止める。オレの慰めの言葉など毒になるだけだ。そもそも気の利いた言葉など持ち得ていないし、オレ自身もあの凶行を恥じるつもりはない。

 アレ以外にあの場を切り抜ける方法があったとしても、それは想像を絶する大損害を出していただろう。そして、その上でコボルド王に勝てたかと言われれば否と答えさせてもらう。

 オレにできる事は彼女の怒りを受け止める事だけだ。

 だからだろうか。

 

 

 

 オレは横殴りに受けた衝撃も、突然たむろしていたプレイヤーが奇襲をしかけていたのだと素直に状況を呑み込むことができた。

 

 

 

 放たれたのは≪戦槌≫の単発型ソードスキルのインパクトスマッシュ。オレもウォーピック時代に随分と愛用させてもらったソードスキルだ。

 吹き飛ばされたオレは外縁部からの落下ギリギリで体勢を立て直す。

 

「う、嘘……だろ!?」

 

 オレに奇襲をかけたアイアンシリーズの決定版【アイアンハンマー】を装備した男性プレイヤーは、奇襲をかけた側なのに絶句している。その理由は、オレの頭部を狙ったソードスキル直撃寸前に、オレが起動させた鉤爪で防御したからだろう。

 とはいえ、武器越しで貫通したダメージは馬鹿にならず、オレのHPは2割近く減少してしまっている。オマケに今の一撃で初期から愛用していた鉤爪がついにお亡くなりになられてしまった。完全に修復不可だろう折れっぷりである。

 2本の爪を失い、ただの重荷になってしまったそれを袖に戻す。武装解除で少しでも軽量化したかったが、それを許す事無く、分厚い兜を被って顔を隠した大盾とランスを装備したプレイヤーがオレに突進してくる。

 あれは≪槍≫の突進型ソードスキル【ハウリングブレイカー】だ。単純な槍の突進ではあるが、このソードスキルの特徴は片手で発動でき、盾を構えながら行える点である。つまり、突進系の天敵であるカウンター対策を行える優秀なソードスキルだ。

 だが、如何せん、このプレイヤーは余りにも重装備過ぎる。ランスは恐らくアイアンランスで、盾はグリズリーが愛用していた二重鉄の大盾だ。兜、鎧、籠手、具足に至るまで全てをアイアン系に纏めている。

 アイアン系の特徴は重量に見合う高威力の武器と防御力だ。終わりつつある街で販売している最高クラスの武器と防具であり、STR条件さえ満たせば以降のステージでも魔法攻撃に対する脆弱性を除けば十分に通じるものである。

 しかし、いかにSTR条件を満たしても、余程STRが高くなければDEXの下方修正分は補えない。突進系スキルはDEXと装備重量によって大きく影響される。これでは突進型ソードスキルの旨みを活かせない。

 オレは余裕を持ってハウリングブレイカーを回避する。その間に双子鎌を抜き、レイピアを抜いて迫る軽装の男性プレイヤーを迎え撃つ。

 どうやらこの軽装プレイヤーは安易にソードスキルを発動させるような真似はしないらしく、軽量刺剣ならではのスピードが乗った刺突攻撃を放つ。だが、オレはそれをあえて左肩に受け、貫通させる。回避行動を取られる事を前提とした牽制攻撃など重心の乗り方で分かる。伊達に【閃光】相手に鬼ごっこを繰り広げたわけではない。

 刺剣は一発が軽く、リニアーのような突進型単発や高速6連発ソードスキルである【ブレイヴレイン】のようなものでもない限り恐れる必要はない。それこそが刺剣の天敵がタンクと言われる所以だ。一発の通常攻撃などたかが知れている。

 貫かれながら接近し、オレは両手の鎌で同時に軽装プレイヤーの首を薙ぐ。頭部や首にはダメージボーナスが設定されており、なおかつクリティカル率も高い。オレの狙い通り、通常攻撃でも軽装プレイヤーのHPは4割近く減る。ちなみに首が飛ぶのは、その一撃でHPを奪いきった時だけだ。

 だが、今の一撃での減り具合で、この軽装プレイヤーが決してHPが高くない事を知る。VITを振ってないとかではなく、根本的にレベルが足りていないのだ。

 レベルアップでもHPは増加する。あくまでVITは更に上乗せ上昇させるものだ。オレの通常攻撃でも、いくらボーナスが乗っているとしても削れ過ぎだ。この事から、オレは彼が自分よりも格段に低いレベルのプレイヤーだと断定する。だからといって油断しないが。

 追撃でもう一発斬り込もうとするが、それよりも先にレイピアを手放し、軽装プレイヤーは離脱する。その間に4人目の両手にバトルアックスを装備した男性プレイヤーがオレの前に出る。ソードスキルではなく、ひたすらに乱撃でオレを削ろうという腹らしい。その間にアイアン固めのプレイヤーがソードスキルの硬直から復帰し、オレの背後から迫っている。

 オレはスプリットターンでバトルアックス持ちの背後に回る。彼は完全にオレを見失ったらしい。どうやらスプリットターンを見たのは初めてのようだ。がら空きの背中にできれば鉤爪を突き刺したかったのだが、生憎破損中なので双子鎌で刻んで離脱する。

 肩に突き刺さったままのレイピアを抜いて投げ捨てる。軽装プレイヤーは慌てて再武装を試みてシステムウインドウを出すが、その隙を逃さずにラビットダッシュで接近して右太腿を鎌で薙ぐ。できれば切断したかったのだが、残念ながらダメージを負わすだけで留まる。

 最後にオレは距離を取って狙っていたレイフォックスが放った矢を左の鎌で弾き飛ばす。

 

「本当に……なんてバケモノなのよ」

 

 忌々しそうにレイフォックスがそう吐き捨てる。オレは右手の双子鎌の柄で肩を叩き、呆れたように目を細めた。

 

「馬鹿かよ。お前が殺気漏らし過ぎで警戒解いてなかったから助かっただけだ」

 

 これは本当だ。レイフォックスが無駄に殺気を隠していなかったお陰で、オレはずっと気を張り詰めたままだった。そうでなければ、油断して最初の奇襲を直撃させられていただろう。そうなれば、VITに振っていないオレのHPは大幅に削れ、クリティカルによる上乗せもあれば一撃即死もあり得た。

 とはいえ、オレに襲い掛かった4人の男性プレイヤーもレイフォックスと同意見らしく、まるでモンスターでも見るような目をしている。つーか、コイツら最初にたむろしていた連中じゃねーか。オレ、完全に罠にはまってたみたいだな。

 オレに言わせれば、わざわざ罠にはめて殺そうとしている時点で同じ穴の狢と言わせてもらいたい。人殺しのバケモノと思ってるのかもしれないが、人を殺そうとした時点で同類だ。

 

「仇討ちか。無駄に命を消耗しやがって。その意気込みをもう少しプラスに使えよ。言っとくが、今度は1人も生きて返さねーからな。特にスカイピア、お前だ」

 

 オレの名指しにアイアン固めのプレイヤーはビクリと震える。どうやら大当たりのようだ。

 1度オレを殺そうとし、またオレ自身も殺すと決めたプレイヤーだ。動きは憶えている。武装や防具を変え、顔を隠していようとも動きの癖は簡単に隠せるものではない。 兜のバイザーを開け、スカイピアは忌々しそうに、そして恐怖が張りついた顔を見せてくれる。

 

「ら、ラインバースの仇をここで討たせてもらうぞ! 幾らアンタでもこの数じゃ……っ!」

 

「糞野郎が。数を揃えられたくらいで死ぬなら、オレが【渡り鳥】って悪名を頂いてるわけねーだろうが」

 

 オレの1秒未満の切り替えしにスカイピアの顔が凍る。実に爽快な気分だ。こっちは最初の依頼が『だまして悪いが』とか冗談がキツ過ぎてストレスが爆発寸前なのだ。少しでも溜飲を下げてクールダウンしなければならない。

 しかし、これでハッキリしたな。オレの悪名は、どうやら傭兵業やら200人以上殺しばかりがクローズアップされて、どんな戦いをしたのかとかは【黒の剣士】みたいに広まっているわけじゃないようだ。

 オレの戦いは1対1の機会の方が珍しかった。レッドや悪徳オレンジは徒党を組む事が多かったからだ。各個撃破していては個人個人の警戒が強まり過ぎて奇襲が通じ辛くなる。故になるべく1度に抹殺する事を優先していた。もちろん、個人の暗殺依頼もそれなりの数はあったので一概にそうとは言えないが。

 伊達に無理無茶無謀を代名詞にしているわけではない。多人数戦などの不利な状況はお手の物だ。【閃光】が率いた時のような完璧なコンビネーションを物にしているならばともかく、即席パーティに負ける程に錆びたわけではない。

 

「1つ確認しておく。ツバメちゃんは無事なんだな? それだけは気になるからな」

 

 オレの質問にレイフォックスは沈黙を守る。さて、話は何処までが本当だったのやら、だな。

 とはいえ、依頼が無いならばツバメちゃんを探す義理もない。さっさと4人を始末させてもらうとしよう。

 

「良い見せしめだ。オレは裏切りが大っ嫌いなんだよ。傭兵には信用を求めるくせに、騙して悪いがとかふざけやがって」

 

 駆ける。まず狙うのはスカイピアだ。彼を守るようにバトルアックス持ちとアイアンハンマー持ちが立ち塞がる。彼は皮系の防具に身を包んでいる。金属系の鎧に比べれば比較的軽量だが、それなりに防御力があるだろう。

 レイフォックスはオレを狙って矢を放ち続けている。装備しているのは霊弓アカツキだ。隠し性能も解放済みらしく、命中箇所から発火している。

 レイピアを取り戻した軽装プレイヤーは距離を取り、リニアーのモーションをいつでも起こせるように身構えている。

 なるほど。大体戦術は読めた。スカイピアは防御力とVITに多くポイントを振って獲得したHPでオレの攻撃を受け切り、バトルアックス持ちが乱撃でオレの動きを制限し、その間にレイフォックスが矢でオレを削り、仮にオレの動きが制限された状態なればモーション後の硬直も差ほどではないリニアーで軽装プレイヤーが攻撃してくる手筈というわけか。

 大口を叩いたオレだが、内心では大いに冷や汗を掻いている。というのも、これは完全にオレ殺しの布陣だ。

 まず第一にだが、オレはバランス型のプレイヤーだ。VITに回す分のポイントを他に振る事で比較的ハイレベルのバランスを維持しているが、それでも特化型や偏重型には及ばない。

 これが意味する事。それは武器に付与できるボーナスがどう足掻いても低く、火力が一歩どころか二歩三歩及ばないのだ。もちろん多くのステータスからボーナス対象となるバランス型の武器もあるが、それに比べてもやはり一点特化というのは物が違う。

 つまり、オレの場合、火力不足を補うために必然と良質の多種多様な武器、ソードスキル、自分自身のモーションによるブーストをそれぞれ最大限に駆使せねばならない。そうしてオレはようやく特化型、偏重型と並ぶことができるのだ。

 まずスカイピア。大盾持ちかつ高防御力の甲冑と高HP持ちだ。削り切るには時間がかかり過ぎる。

 次にバトルアックス持ち。片手に1本ずつ持って火力を上げているが、彼の動きは常に重装備で鈍いスカイピアを守ろうとするものだ。あれではスカイピアの背後を取る事は難しい。

 アイアンハンマー持ちはスカイピアを守りつつ、やや距離を取っている。大振りではなく小振りの攻撃に終始し、外縁部からの出入り口を塞ぎながら射撃攻撃を続けるレイフォックスへの進路を巧みに塞ぎ続けている。

 レイピア持ちは常に必殺の構えでオレを狙い続けてプレッシャーをかける事を自分の仕事だと割り切っている。こういうヤツはかなり厄介だ。隙を見せて釣ろうとしてもなかなか乗ってこない。自らの確信がない限り、リニアーを放つことはないだろう。

 そしてレイフォックス。彼女は矢を放ち続けているが、それは同士討ちを避けるべく、なるべくスペースがある部分を狙っている。つまり、オレにとっても動き易い場所に矢が配置されている事になるのだ。

 急造である事は5人の中にある連携間の無さからも分かる。それゆえに個人個人で仕事をしてオレを封殺しようとする布陣。完全に消耗戦の構えだ。

 この消耗戦上等の長期戦こそがオレにとっては最大の天敵だ。ジリジリとHPが削られる展開はVITが低いオレにとって1番避けねばならない事だ。オレは何とかこのオレ殺しの布陣を崩すか、何とか逃走路を確保する必要がある。

 まず後者の逃走路。これは簡単だ。アイアンハンマー持ちを抜け、レイフォックスを蹴飛ばし、出入口に逃げ込めば良い。だが、アイアンハンマー持ちはオレの≪歩法≫スキルによる突破を警戒してか、迂闊に攻め込んで突破の機会を与えようとしない。それにレイフォックスも何ら対策が無い訳ではないだろう。あの女はディアベルやダイヤウルフに比べればカリスマ性や指揮能力に欠けるが、馬鹿というわけではないのだ。

 オレのHPは7割弱。アイアンハンマーかバトルアックスで一撃死もあり得る圏内だ。どうせ無茶しなければ死ぬのだ。布陣破壊を選択させてもらうとしよう。

 両手の双子鎌をオレはその場で上空に放り投げる。突然の武器放棄に連中の思考が一瞬停止する。その間にオレは羽織狐を抜刀し、突進型ソードスキル【猪突】を放つ。両手による刀身と地面を平行にし、そこから放たれる突進突きの狙いはリニアーの構えを崩さなかったレイピア持ちだ。

 武器放棄による思考停止とリニアーの構えを続けたが故の回避思考の欠如。ここに来てオレの突進攻撃は完全なる不意打ちだったはずだ。対応しきれず、オレの赤い光を纏ったソードスキルによる攻撃はレイピア持ちの喉を貫く。

 一撃必殺。軽装プレイヤーが、しかも回復を怠っていたヤツが、耐久値の低さと引き換えの火力とクリティカル率を誇るカタナの突進攻撃を浴びたのだ。どうなるかは明らかだろう。

 喉が潰されたせいで最期の言葉も残せず、赤黒い光となってレイピア持ちが砕ける。途端にオレが感じ取ったのは彼らの恐怖心だ。

 

「ああ、なるほどな。お前ら殺人童貞かよ。道理で奇襲を失敗するわけだ」

 

 カタナの反りで肩を叩き、オレは呆れてしまう。てっきり個人個人で殺しをやっている連中を雇ったのかと思ったが、レイフォックスやスカイピアが雇ったのはどうやら、せいぜい少しばかり対人戦を齧った中堅プレイヤーらしい。

 他でもないレイフォックス自体が1人目の死に唖然としているように見える。まぁ、奇襲が失敗した理由の8割はお前のせいだけどな。

 落下した双子鎌が床に転がる。それが合図となり、バトルアックス持ちが持ち場を離れてオレに突撃してくる。その顔にあるのは生への足掻き。自ら攻めねば死ぬと言う本能の叫びへの従順だ。

 本能は盲目的に従えば良いものではない。その矛先を常に戦いに向けてやらねば、本能は時として生存の為に暴走する。

 アイアンハンマー持ちがカバーに入ろうと、上段からのソードスキル【ビッグスタンプ】を放つ。このソードスキルの恐ろしさは周囲に放つ衝撃波だ。

 大きく避ければスピードに乗っているバトルアックス持ちの攻撃が当たりかねない。かといって、ビッグスタンプをカタナで受ければ折れかねない。

 ならば掠らせる。オレはあえて紙一重でアイアンハンマーを回避し、ビッグスタンプが発生させた衝撃波を受ける。シャドウイーター戦でも爆風を利用させてもらったが、小ダメージで済むならば相手の攻撃を回避に利用するのは対複数戦の基本だ。

 衝撃派を踏ん張らずに受け、宙を舞う形でオレは吹き飛ばされる。そして、宙にいる状態でもオレを狙う矢をカタナで弾き続け、着地するまでに素早くシステムウインドウを起動させ、双子鎌を再装備してファンブル状態を解除する。

 手元に戻って来た双子鎌を握りしめたと同時にスカイピアが鈍足ながらも駆けてオレにアイアンランスの突きを放つ。身を翻して回避するが、ヤツは腐敗コボルド王戦にも参加した上位プレイヤーだ。即座にシールドバッシュをオレに命中させて来る。

 

「舐めるなよ、殺人鬼。俺は何も覚悟無しでラインバースの仇討ちを決めた訳じゃない」

 

「みたいだな。そういう熱い男は嫌いじゃねーぞ」

 

 ヘタレかと思ったが、なかなかに良い顔をする。どうやら恐怖を気迫で振り払ったようだ。オレは獰猛に牙を剥き、双子鎌からネームレスソードへと切り替える。姿勢を低くして回転斬りをし、接近を許したアイアンハンマー持ちの横降りを避けながら斬りつける。だが、アイアンハンマー持ちの股下を正確に狙い打ったレイフォックスの矢が左脛を貫く。

 シノンには及ばないが悪くない腕だ。オレは背後から斬りかかったバトルアックス持ちの鼻に肘打ちを放つ。両手のバトルアックスを高く掲げていた彼は顔面攻撃でノックバックし、その隙にネームレスソードで脳天を割ろうとするが、スカイピアのランスが寸前でそれを受け止める。

 ヤバいな。スカイピアが覚悟を見せてから良い動きをするようになっている。コイツの必死さが他の2人に勝ち目を見せて志気を上げている。早急に潰さねばならない。

 囲まれた状況ではどちらにしても分が悪い。スタミナ残量がそろそろ気になるが、ここは大技でスカイピアを潰すか?

 とはいえ、スカイピアの防御力とHPの高さではソードスキル一発を当てた程度では削りきれない。最低でも二発、ないし三発は耐えるかもしれない。

 だとするならば、何か利用できるものは……ってあるじゃねーか。目の前に一撃必殺の武器が。

 ネームレスソードでアイアンハンマーを受け止め、そのまま弾き飛ばされる。距離を取ったオレは小休止のように、左足の爪先で床を数度叩く。

 

「そういやさ、スカイピアはともかく、他のお2人さんはどうして殺しを引き受けた?」

 

 オレの質問に2人は答えず、かと言ってオレに突撃する気配は無い。当然だろう。オレが弾き飛ばされたのは外縁まであと2、3メートルの距離だ。確実に追い詰めれば、オレを落下死させる事ができる。レイフォックスが何故か射撃攻撃を止めているのが気になるが、今はスカイピアの始末が先だ。

 

「コル……じゃねーよな。だったらアイテムか?」

 

「「…………」」

 

 相変わらずの無言か。ふむ。どうやら違うらしい。オレはネームレスソードを背負い、羽織狐に切り替える。スピード戦ならばやはり両手剣よりもカタナの方に分がある。

 しかし、コイツらの連携間の無さから、スカイピアの仲間ってわけじゃないな。見ず知らずの人間の急造のフォーメーションだった。ならばスカイピアが雇ったのかと思ったが、コルやアイテム以外で殺しを依頼できる方法などあるか?

 正義感ならばまだ分かる。今すぐ邪悪な【渡り鳥】を斃そうという勇者君ならば無料奉仕してくれるだろう。だが、コイツらがそんな善の意思を持っているとは思えない。

 ならばレイフォックスが雇ったと想定したら? オレは一つの仮説……というか、もう『それ』くらいしか思い浮かばなかったので口にする事にした。

 

「もしかして……『体』か?」

 

 顎を撫でながらオレは予想をぶつけると、明らかに2人の表情が変わった。どうやら図星のようだ。

 オレはわざとらしく喉を鳴らして笑う。これは絶好のネタだ。利用させてもらうとしよう。

 

「なーるほどなー。殺人童貞だけど、仮想世界の方で童貞卒業はしたわけか。コイツは傑作だな、おい!」

 

「き、貴様ぁあああああ!」

 

 オレに嗤われ、バトルアックス持ちが赤面で咆える。いやいや、その単純さは馬鹿にしてるけど、別に良いんじゃないかな。倫理コードは無いし、女とにゃんにゃんするのも立派な男の楽しみだし、戦う活力にもなるだろう。正直羨ま……いや、これ以上は止めておこう。

 しかし、あの豊満な胸で存分にこの2人は遊んだわけか。そう考えると、男として、まぁ魅力に抗えなかった事は仕方なかったと納得できるな。

 

「まぁ、良いんじゃねーの。あのレイピア持ちも死ぬ前に楽しめたわけだしさ。あ、それとも童貞って言った事怒ってる? もしかして現実では卒業済みだった? だったら失礼しました。しかし、可哀想だね、お前ら。女の誘惑に負けて、殺しの手伝いなんてさ。そこのスカイピアなんて、仲間が殺されてた時に震えて腰抜かしたクズだぜ? まぁ、あのラインバースの死に様に比べればマシだがな。英雄願望丸出しで人様を殺そうとして返り討ちにあった蛮勇の糞さ」

 

 さぁ、スカイピア。餌は撒いてやったぞ。

 ここにいるのはお前の信念と友人を馬鹿にするふざけた男だ。お前は理性を優先してこのまま距離を詰めるか? それとも感情に任せて突撃してくるか?

 怒りに震えるスカイピアは、兜のバイザーをおろし、アイアンランスを構える。

 

「お前は……俺の手で殺す。突き落として終わりなんて、そんな事はさせない。ラインバースの名誉の為に!」

 

 ああ、そうだろうな。お前はそういうヤツだろうと思っていたよ。一気に駆け出し、間合いを詰めてくるスカイピアに、オレは敬意を込めて微笑む。

 ランスが命中するギリギリでオレはスプリットターンを発動させ回り込む。2人に先んじて前進してきたスカイピアの背後を取ったわけだから、必然的にオレはバトルアックス持ちとアイアンハンマー持ちに背中を見せたこちなるわけだ。

 このチャンスを同じく馬鹿にされた2人が見逃すだろうか。否だ。さすがにソードスキルは発動しないが全力でオレに攻撃にかかるべく踏み込んできている。攻撃を引き付け、オレはスカイピアの背中を蹴り、そのままヤツの背中を壁代わりにした三角飛びでアイアンハンマー持ちとバトルアックス持ちの頭上を飛び越える。

 突然消えたオレに対し、2人の重量武器持ちの勢いが乗った攻撃が空振りすれば、命中の矛先はスカイピアだ。その攻撃はHPを失うには程遠いが、オレの蹴りで姿勢を崩したヤツを前に押し出すには十分だ。

 2人の攻撃を受け、スカイピアは前のめりになり、外縁で何とか踏み止まろうとするが、重量装備がバランスを安易に保たせず、腕をばたつかせる。それを助けようと、ほとんど咄嗟にアイアンハンマー持ちとバトルアックス持ちがスカイピアに駆け寄る。

 鴨葱だな。スカイピアが落ちれば十分と思っていたのが、殺し合いの場で余計な善心を出した自分らを呪ってもらうとしよう。

 オレは≪カタナ≫の連続刺突型ソードスキル【秋雨】を放つ。高速の4連突きは、スカイピアの首根っこをつかみ、なんとかバランスを保たせた2人に命中し、そのままノックバックさせる。

 アイアンハンマー持ちが落ちれば、助かりたいという意思が手を伸ばし、ただでさえバランスを崩しているスカイピアの足をつかみ、そのスカイピアは何とか盾とランスを捨て、左手で外縁をつかんで死に際で粘っている。バトルアックス持ちは耐えきれず、何かをつかむ暇もなく落下した。

 

「ひっ……ひっ……ひっ……!」

 

 恐怖を打ち破った勇気の仮面は剥げた。スカイピアはオレが殺しかけた時と同じ、無様な泣き顔を曝している。その顔を見ると、その程度の殺意で殺しに来たのかと残念に思えてならない。

 先程までの果敢な戦士の面ならば幾分か敬意を抱いて殺せると言うのに。オレは彼への興味を急速に失う。

 お前がラインバースの仇を討ちたいという意思は自らの死が迫った程度で折れるものなのか? 違うだろう。最期の瞬間までオレを食い殺さんとする程の殺意。それこそが復讐の意思ではないのか。それが仲間の為の弔いの誓いではないのか。

 

「悪くねぇオチなーんじゃねーの? 悪党討伐に来た勇者様が死ぬ悲劇的な喜劇で美味しいだろ」

 

 オレは必死に外縁をつかむスカイピア、そして彼の右足にしがみつくアイアンハンマー持ち……ってもう持ってねーか、とにかくもう1人を見下ろす。

 スカイピアはオレが何をしようとしているのか察したらしい。オレは彼の命を繋ぐ左手を踏みつける。そのまま踏みにじり、彼が指を放す瞬間を見届けようとする。

 

「や、止めて!」

 

 だが、それを制止したのは武器を捨て、オレのすぐ近くまで駆け寄ったレイフォックスだ。

 完全にホールドアップだ。武器を隠している可能性も否めないが、とにかく弓も矢筒も放り捨てている。

 

「私たちの負けで良いわ。だから、彼らを助けて頂戴」

 

「却下。そんな都合が良い取引の応じて何になる? オレは宣言したぞ。お前ら全員殺すってな」

 

「あなたは必ず後悔するわ! 今なら、彼らを助けると引き換えに見逃してあげる」

 

 見逃す? 奇妙な宣言だ。スカイピアとアイアンハンマー持ちは死に体。レイフォックスはホールドアップ。これでオレの勝ちは揺るがない。

 何らかの心理戦を仕掛けてきているのだろうか。オレは僅かにだが、スカイピアの左手を踏む力を緩める。

 この状況で覆す方法が他にあるとは思えないが、このレイフォックスの自信は何か侮れない物がある。そういえば、彼女は何かしらの準備を行っていた。それが秘策と関係あるのだろうか。

 

「……もうオレに手出ししない。そう約束してもらう」

 

「約束するわ」

 

「信じられるかよ、馬鹿が」

 

 オレはスカイピアの左手を再度踏み潰す。彼の悲鳴が響き渡る。痛みは無いが、指の1本1本の力が抜ける感覚はあるはずだ。ただでさえ重装備かつプレイヤー1人分の重量を片手で支えているのだ。ゲーム的に、STRの計算によって耐久可能時間が算出されているのではないだろうか。

 こうして踏みにじる度に耐久可能時間が減少しているだろう。何とか右手を伸ばして縁をつかもうとしているが、もはやその為の動きすら左手の指が外れる要因になりかねないスカイピアは完全に詰んでいる。

 

「騙して悪いが、か。傭兵の醍醐味みたいなもんだ。だがな、オレはこの醍醐味の1番の旨みは、依頼主を好き勝手に報復できるって部分にあると思ってるんだよ。だから、オレは傭兵としてお前らを見逃す気はねーよ。死んでも必ず殺す」

 

 そして、オレはスカイピアの左手を蹴り飛ばした。自ら手を放すまで待つ気だったが、それよりも眼前の女の始末が先だ。

 

「嫌だぁああああああああああ死にたくなぁああああああああああああああぁぁぁ……」

 

 スカイピアの最期の叫びが闇の底に消える。それを耳で堪能し、オレはカタナの切っ先をレイフォックスに向ける。羽織狐で光の狐を斬るか。狐の共食いもなかなか洒落が利いた最期なのではないだろうか。

 スカイピアの絶叫を耳にしてレイフォックスは唇を震えさせたが、その目から闘志は失せていない。

 何故だ? 何故この状況でそんな目ができる? 途端にオレは背筋に冷たいものを覚える。

 

「まさか……っ!」

 

 オレが今いる場所は何処だ? スカイピアを蹴落としたのだ。外縁ギリギリに決まっている。

 何故レイフォックスは弓矢攻撃を止めた? それは指を別の事に使う必要があったからではないか? たとえば、フレンドメッセージで誰かに支持を送るなどだ。

 レイフォックスは何故両手を挙げた? 単純に攻撃の意思が無い事を示さない為か? いや、それは先程の宣言と矛盾する。だとするならば、何かの合図を送る為のカモフラージュではないのか?

 誰に? ここにいないのは誰だ? ZOOの生き残りで、唯一、視認範囲外で攻撃できるのは弓矢による射撃攻撃が可能なツバメちゃんだ。

 そして、視認外とは即ち認識できていない状態……つまりは≪狙撃≫の適応状態だ!

 

 気づいた時には全てが遅い。レイフォックスが右手を下げると同時に、オレの左肩……心臓の位置より僅か上方を豪速の矢が貫いた。

 

 ノックバック。それは重さを重視した鉛の矢だ。貫通力は低いが、軽装のオレならば十分だろう。そして、高重量の命中によってノックバックしたオレを待っているのは一つしかない。

 想起の神殿の外壁、その並べられた燭台の影から、まるでバケモノを見るような怯えた姿のツバメを目にする。なるほど。最初から彼女は≪気配遮断≫……いや、さらに上位である≪隠蔽≫で身を隠して位置取りし、レイフォックスからのフレンドメールで狙撃予定地点を受け取り、彼女の合図を待っていたわけだ。

 冷めた勝利を確信したレイフォックスの眼差し。オレがそれを落下しながら見届ける他なかった。

 

「さようなら、【渡り鳥】さん。あなたならば、必ずスカイピアを殺す方を選んでくれるって信じてたわ。お陰で狙撃まで十分に時間を稼げたのよ?」

 

 その言葉を最後に、オレは闇へと落下していった。

 なるほど。彼女の復讐の決意は本物だったわけだ。自らの体を使って刺客を準備し、作戦を立て、そしてスカイピアすらも最初から捨て駒扱いする為に誘い込んだってわけか。

 体を使うという屈辱に耐え、オレを確実に殺す為の段取りを揃え、善心を殺して男たちを駒扱いする。

 見事だ。それ以外に無いだろう。オレは瞼を閉ざし、彼女へと賛辞を胸の中で送った。




傭兵業のお決まり=だまして悪いが

早速騙して悪いがをやらさせていただきました。謝罪は致しません。
仕方なかったんです! この主人公、どうにも因縁が蓄積し過ぎたので、そろそろ清算しないとカーパルス占拠(ハード)並みが起きそうな状態だったんです!

ちなみに今回の話ですが、主人公のブラック度自体は別に今までと大して変わりません。
単にこれまではストッパー役(シノンとディアベル)や監視役(クラディールとキャッティ)がいただけです。

……あれ? いろんな意味でヒロイン不在の方がよろしいような気がしてきました。

それでは主人公(悪役)の最期を40話に見送りながら、

Let's MORE DEBAN!

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