SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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いつもありがとうございます。マグロ鉱脈です。
いよいよ今回からデスゲーム開始となります。ここまで長かった……

今回のデスゲーム計画の首謀者はオリキャラですが、あるゲームのキャラクターを意識し、オマージュしたものです。




Episode1-4 開幕式

「スタミナ?」

 

 シノンの説明に登場した、SAOにはなかった概念にオレは思わず聞き返した。

 場所は倒壊した物見台だ。水瓶の底に隠されていた【燐光草】を入手したオレは、まるでヨモギのような味のそれを食む。

 燐光草は緩やかにHPを回復してくれるDBOの回復アイテムだ。ただし、終わりつつある街では流通しておらず、草原をランダムで旅する行商人が販売してくれる。しかも行商人が売る燐光草は割高で、何と1個300コルもする。とてもではないが、手が出せる代物ではない。オマケに回復スピードは鈍い。

 低確率だが骸骨戦士がドロップするらしく、ダークライダーを目当てに骸骨戦士を狩っていたシノンは複数所持しているようだ。

 

「そう。DBOで最も重要かつ厭らしいステータス、それがスタミナ」

 

 壁に背中を預け、シノンは周囲を警戒しながらオレ達の為の講義を行っていた。

 教えてくれる内容は主にDBOで注意すべき事だ。ベータテスターとして培ったノウハウを教えてくれるのだから、これがいかに重要なのかは言わずもがな、である。

 ディアベルはいつの間に購入していたのか、羽根ペンと紙にシノンから学び取った事を綺麗に纏めていた。イケメンは要領も良いのか。嫉妬するぞマジで。

 

「レベルアップすれば自動的にHPや各種防御力は上昇するわ。ポイントも貰えて、それを振り分けることでより伸ばしたいステータスを強化することもできる。でも、スタミナだけはCONにポイントを振らないと上昇しないの。少なくとも今分かっている段階ではね」

 

「スタミナには具体的にどんな役割があるんだい?」

 

 オレが尋ねるよりも先にディアベルが訊きたい事を述べてくれる。ま、まあ、どうせオレは上手く喋れる自信がないし。

 

「文字通り『あらゆる行動に必要な原動力』ってところよ。歩くにしても走るにしても戦うにしても、全ての行動でスタミナは減少するわ。でも、普段は回復量の方が消費量を上回っているから、そこまで気にする必要はない。でも、戦っている時は別よ。スタミナは運動量によって減少量が異なるから、激しい動きをすればするほど回復ペースが追い付かなくなる」

 

 まさにスタミナ。まさに体力と言ったところか。日常生活とスポーツとではスタミナの消費量はまるで異なる。それと同じだろう。だとするならば、オレがダークライダーと戦っていた時の現象も何となく想像がつく。

 空は緩やかに昼間の青空から黄昏の夕空へと移ろっている。夜になれば、より危険で厄介なMobが登場しかねない。シノンの講義もペースアップし始める。

 

「1番厄介なのは、切り札であるソードスキルを使用すると大幅にスタミナが削れる事よ。強力なソードスキル程減少量は多いの。たとえば、クゥリが使用してる【戦槌】のスキルはどれも1発の威力が高いものばかりの代わりに1度に消費するスタミナも相当なものよ」

 

「逆にソードスキルでも威力が比較的低いものは、その分だけスタミナの消耗を抑えられる。そういう理解で良いかな?」

 

「ええ。だからソードスキルは無暗に乱発しないで、ここぞという時だけに使用する事がDBOを攻略する大前提になるわね。もちろんCONを上げてスタミナ自体を増加させたり、スタミナの回復スピードを速める方法もある。他にも軽装であればあるほどスタミナの消費量は抑えられる。その辺りの戦略はプレイヤーのスタイル次第よ」

 

 だけど、とシノンは一度区切り、厳しく目を細める。それは自身の苦々しい経験を思い出したかのような忌々しさが滲んでいた。

 

「スタミナ切れ。それだけには注意しなさい。スタミナ切れ状態になると一定の割合のスタミナが回復するまで息苦しさや強い倦怠感が生じるわ。他に視界に赤いシミみたいなのが出るから戦うにも避けるにも一苦労するわよ。あと、この状態で受けたダメージはいずれもクリティカル扱いになるから気をつけなさい。それから、スタミナは恐らく隠れステータスの類だから、残量がどれだけなのか確認する術はないからね。でもスタミナの残量が残り少なくなったら涙マークのアイコンが表示されるからそれを目安にしなさい。あとは感覚で残量を自覚して」

 

 どうやらこのゲーム、想像以上にシビアのようだ。

 SAOならばひたすら集中力と精神力に物を言わせ、全力で回避とソードスキルによるカウンターを決めれば大物食いも、下手すればソロでボス級の撃破も可能だった。

 だが、DBOではスタミナという概念により、より戦術と戦略を組んで立ち回らねば、安全マージンなど簡単に吹き飛ぶだろう。何せスタミナ切れの状態では受けた攻撃は全てクリティカル扱いだ。

 

「すぐにスタミナを回復させる手段はないのか?」

 

 ディアベルがナイスな質問をする。だが、シノンは首を横に振って否定した。

 

「少なくとも今のところは見つかってないわ」

 

 項垂れるディアベルの気持ちは分かる。恐らく盾での防御も軽くないスタミナ消費を強いられるだろう事は予想できるからだ。

 思えば武器には【S】というステータス項目がある。オレのウォーピックは【S:28】だ。これって、もしかしたら『武器の使用で消費するスタミナ』の目安なのかもしれない。恐らく重量がある武器程に【S】の値が高いではないだろうか?

 他にもシノンは役立ちそうなアイテムについて教えてくれる。

 たとえば、林檎のような果実を食す事で微量だがHPを回復することができる場合がある事。

 たとえば、プレイヤーを攻撃しようとPKをしようとオレンジやレッドといったマーカーは生じず、プレイヤー同士で互いの危険度を判断する方法は今のところ発見されていない事。

 たとえば、他のプレイヤーをPKすると、PKを行ったプレイヤーは倒したプレイヤーのコルの全てを奪うことができ、莫大な経験値を得ることができる事。

 

「自分よりレベルが高いプレイヤーをPKすればするほど、より多量の経験値が得られる。相手が格下だからって油断するとあっさり殺られる。それがDBOよ」

 

 そう締め括ったシノンは、疲れたと言わんばかりに溜め息を吐いた。

 

「助かったよ。良い勉強になった」

 

「全くだぜ。オレのあの状態がまさかスタミナ切れだったなんてな」

 

 ディアベルはシノンに握手を求めるが、彼女はそれを無視して顔を背ける。あ、コイツ照れてるな。タイプは違っても同類だから分かるぞ。

 もちろん、それはディアベルもお見通しなのだろう。手を引っ込めると、頭を下げて感謝を示す。

 

「講義は以上よ。貴方たちもせいぜい頑張る事ね。他のVRMMOと違って、このゲームの制作者はかなりこの世界に悪意を注入してるわよ。本気でプレイヤーを殺しにかかってるわ」

 

「あ、ああ。サンキューな、シノン。互いにこれから頑張ろうぜ」

 

 オレは何とかしどろもどろになりながらシノンに笑いかける。それを哀れむような、あるいは馬鹿にしたような目をしてシノンは頷いた。……同類のくせに。

 ディアベルはアイコンタクトで、早速Mobを狩らないかと訴えているが、そろそろオレは『彼女』が待っているだろう酒場に戻らねばならない。『彼女』が律儀に待ってるかは定かではないが、少なくとも確認しておく必要がある。

 一方のシノンはウインドウを出し、何やら操作しているようだ。

 

「どうだい? シノンさんもパーティを組まないか。2人よりも3人の方が大物に挑めるし、キミの腕があればあの泥人形にも勝ち目があるかもしれない」

 

 コレガナンパテクカ。さすがイケメン。さりげなく女の子をパーティに誘い込もうとするとは。

 だが、確かにシノンならばあの泥人形への対抗手段を持っているかもしれないという期待はある。ソロの方が1回の戦闘で得られる経験値もコルも多いが、パーティを組めばより安全に、そして大物に挑む事もできる。それならば、せめて泥人形の倒し方を彼女から学ばせてもらうのも1つの手だ。

 

「悪いけど、これから用事があるの。リアルの方でね」

 

「そうか。それは仕方ないな。じゃあ、せめてフレンド申請はして良いかな?」

 

「……また機会があったら考えてあげる」

 

 そして、オレを置いて話を進めやがって、この野郎が。そこまでオレにコミュ力の差を見せつけたいのかよ。

 シノンはウインドウを操作し、ログアウトの準備を進めている。だが、2分、3分、5分と経てども、一向にログアウトする気配がない。ディアベルに倣って見送ろうと思っていたオレは、思わず苛立って声を出す。

 

「なんだよ。まさかログアウトが見つからないのか?」

 

 …………思えば、何と軽率だったのだろうか。

 オレは経験したはずだった。SAOで、あの全てが狂い始めた日に、同じ経験をしたはずだった。

 なのに、オレは軽口でそんな言葉を吐いてしまった。

 悔やんでも仕方ない。だが、オレはシノンのその表情を一生忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ログアウトがないわ」

 

 目を大きく見開き、唇を震えさせたシノンの姿は、まるで1つの嫌な予想をしてしまった、これから起きる惨事を直感してしまった、幼い子どものようだった。

 ログアウトできない。オレはディアベルが何かしらの反応を示すよりも先にウインドウを開き、ログアウトの項目があるべき場所を探る。だが、そこには白い空白があるだけだ。

 ログアウトできない。オレの中で何かが組み立てられていく。

 

 

 アミュスフィアⅢは、ナーヴギアの開発に直接携わった誰かが作り上げたものだ。まるで、ナーヴギアの真なる後継であると主張するように。

 

『アイツ』の妹である『彼女』が、わざわざオレをVRMMOに誘った。仮想空間が嫌いなSAOの生還者であるオレに、このDBOに関する話をする為に。

 

 終わりつつある街は、始まりの街をアレンジしたものだ。まるで、あの廃れた街が新たなスタート地点だと暗に告知しているように。

 

 スタート地点?

 

 何のスタート地点だ?

 

 何を始める為のスタート地点だ?

 

 

「クゥリ君、一体どうしたんだ? 気分が悪いのか?」

 

 心配してくれたのだろう。ディアベルがオレの肩に触れ、思わず喉が鳴る。

 今のオレはどんな表情をしているのだろう? 少なくとも、シノンはオレを見て慄いているようだ。どうやら、相当酷い顔をしているようだ。

 だが、オレの事なんてどうでも良い。重要なのは、これから始まるだろう事を、どうやって彼らに説明し、心構えを持ってもらうかだ。

 

「ディアベル……シノン……! オレの言う事をよく聞け。今から話す事はかなり信憑性の高い事だ。当たってないに越した事はない。外れてたら馬鹿な妄言だったと盛大に嗤え。良いか? このDBOは……っ!」

 

 無情。この世界の何処かにいるだろう、今回の『首謀者』は、まるでオレを観察していたかのように、計画を始動させた。

 青い光がオレ達を包み、転送特有の浮遊感が全身を駆け抜ける。

 光の果てに待っていたのは、あの日と同じ広場だった。変更点があるとすれば、広場は荒れ果てている事。そして、あの日よりも更に数が多いプレイヤーが転送され、この広場に集合している事だった。

 

「こ、これはいったい……」

 

 幸いにもディアベルはオレの傍に転送されたらしい。シノンも同様だ。だが、2人の違いは明確だった。

 ディアベルの表情が物語るのは純粋な困惑。これから起きる事を想像する事ができない、『無知なるルーキー』の顔だ。

 一方のシノンは、その顔を蒼褪めさせ、小声で『あり得ない』だの『絶対に違うに決まってる』だの繰り返している。『予見してしまったルーキー』のようだ。

 周囲の比率は圧倒的にディアベル型が多い。しかし、中にはシノンと似た反応をしている奴がいる。

 どちらが危険か? 言うまでもなく後者だ。前者は事実を突き付けられた時にパニックを起こすが、後者は既に心が狂い始めている。これから始まる『正式サービス』のチュートリアルに耐えられるかどうか怪しい。

 何処かの偉大な学者が言ったそうだ。『人間は無知だから正気でいられる』と。まさにその通りだ。これから始まる事を察知し、まともに耐え抜けるのはSAO生還者くらいのものだろう。

 ……いや、生還者だからこそ耐えられないのかもしれない。もう一度繰り返せなど。もう一度……『アレ』を繰り返せなど、とてもではないが正気を保てるとは思えない。

 

 

『あー。アー。Aa。マイクテスト。mike test』

 

 

 それは道化じみた、人を小馬鹿にしたような、男にしては高めのテノールボイスだった。

 声は波となって黄昏の空を歪め、そこから生じた黒い霧が1箇所に集中し始める。やがてそれは脈動し始め、まるで巨大でどす黒い心臓のようになる。

 

「ひっ!」

 

「何アレ!?」

 

「気持ちワルっ」

 

 集められたプレイヤー達は黒い塊に目を奪われ、口々に感想を述べる。いずれもその醜悪さに対するものであるのは当然だった。

 だが、その声のほとんどはすぐに悲鳴に変わった。黒い塊に、もはや人間の生理的嫌悪感を催させる為だけの演出のように、巨大な人間の口と1つの目玉が現れたからだ。

 

 オレは理解した。今回の首謀者は正真正銘イカれてる。

 

 確かに茅場晶彦も狂人だった。だが、全ては己の夢、空に浮かぶ鉄の城、冒険に溢れたアインクラッドに捧げられた情熱が成した狂気だった。それはきっと、人間ならば大なり小なり持ち合わせているものだ。茅場が他の凡人と違ったのは、夢想を現実にする才能と社会倫理を無視する行動力があった事だ。

 しかし、今回の『首謀者』は茅場と同じ狂人であり、その本質は違う。それは既に、自分の分身であるアバターをあの醜悪な黒い塊として登場させている時点で明らかだ。

 

『皆様、ボクの声聞こえてますかー? 聞こえてたら元気に返事してくださーい♪』

 

 ……ああ、こういうのを言うんだな。人の神経を逆撫でる喋り方って。オマケにタチが悪いのは、コイツは明らかに『ウザいキャラ』を演じている事だ。

 硬直するディアベルの背中をオレは叩く。放心状態だった彼は我に返り、オレに視線を向けた。それに応えるように、『全てオレに任せておけ』といった顔をする。

 もちろんオレにスーパーヒーローじみた問題解決能力があるわけがない。だが、今ここでディアベルに必要なのは『まるで異常事態に堪えてない奴がいる』という情報であり、シノンはそれを観察する事で無理矢理精神を落ち着けようとするはずだ。

 狙い通り、シノンはオレに注目し、何かを訴える目をしている。あー、後でブラフだって説明するのが面倒だな。

 

『まずは皆様、この度はダークブラッド・オンラインにご参加いただき誠にありがとうございます。現在ログインされているプレイヤーは総勢1万2682名! 大台の1万を突破しちゃったよ。はい、みんな拍手拍手ぅ♪』

 

 黒い塊は歯茎と白い歯を見せつけ、大笑いする。その様に耐えられなかったのか、オレの近くにいたプレイヤーが口を押さえ、嘔吐を堪えていた。安心しろ。仮想空間でゲロは出ねーよ。

 

『さて、皆様既にお気づきだと思います。ログアウトの項目が消滅してますねー。気づいていなかった人は手を挙げなさい。先生怒らないから』

 

 まるで根を伸ばすように、黒い塊は触手を広げていく。それは黄昏の空を覆い尽し、ついに空を闇に染め上げた。闇の空には巨大な目玉と口だけである。もはや頭上を直視できるのは、一部のプレイヤーだけとなっていた。

 

『これから皆様にはダークブラッド・オンラインの正式サービスに参加してもらいます。これから先、キミたちにはこのゲームのクリアを目指してもらいます。ゲームクリアまでログアウトできません! なお、これは仕様なのでクレームは受け付けませんのでご了承ください』

 

「ふ、ふざけるな! 何が仕様だ! お、俺をさっさとここから出せ! 出せよ!」

 

 蛮勇ですらない、『奴』からすれば蟻の細やかな抵抗の罵声。1万数千人が放心か恐慌か現実逃避するしかない中で、山賊風の大男が目玉に向かって叫び散らす。それなりにガッツがあるみたいだが、あのタイプの奴にそれは意味がない。むしろ逆効果の悪手だ。

 反抗を楽しむように、闇の空に浮かぶ大口が歪む。その曲線は三日月を彷彿させたのは何かの間違いだろうと信じたい。あんなものを、かつて人が神と崇めた月と同格に見たくなどない。

 

『良いよ。ここから出る方法は簡単さ。HPをゼロにすれば良い。そうすれば、キミは死を以ってこの世界から解放されるよ』

 

「は、はは、はははははは! 馬鹿が! アミュスフィアⅢにはナーヴギアみたいに脳を焼き切るような出力はないんだ! 無理に決まってるだろうが!」

 

 山賊風男の言う通りだ。アミュスフィアⅢはアミュスフィアの設計思想を引き継いでいる。つまり、安全性においては複数の審査を受け、SAO事件の教訓を活かした作りになっている。

 

『人間にとって、全ては夢だ』

 

 だが、あっさりと首謀者は山賊風男を論破する、この世の理不尽の塊のような回答を示した。

 

『人間は五感で以て世界を認識する。現実世界と仮想空間の違いは、世界の創造主が神様か人間か、それだけさ。ならば、その五感を支配できるならば、死すらも体感させることは不可能じゃないだろう?』

 

「ど、どういう……」

 

『言葉通りさ。ほら、プラシーボ効果ってあるだろう? 偽薬効果って言った方が分かり易いかな? 簡単に言えば、脳は簡単に騙される。目隠しした人間にアツアツに熱した鉄棒を押し付けると誤認させ、実際には冷えた鉄棒を肌に触れさせると火傷する。そんな実験結果がある』

 

 ああ、そういう事か。コイツは、やはり狂人であり、茅場とは比較する事もおこがましい程に邪悪だ。

 

『大変だったよぉ。実験データの収集は♪ 何万人を生きたまま解剖した事やらねぇ。アフリカや東南アジアの貧民に感謝しないとね。VR技術の応用で、脳に火に放り込まれたと錯覚させ、全身の細胞に炎症を自発的に引き起こさせ、内臓も脳も何もかもグチャグチャに爛れさせる方法を見つけ出すのは……一苦労だったよ』

 

 途端に山賊風の男は喉を押さえ、倒れ込んだ。

 

「い、い、いだぁ……うがぁ!? ぎぃやぁああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 絶叫を挙げ、男はのた打ち回る。舌を口から突き出し、まるで俎板で今まさに生きたまま捌かれようとしている魚が生を求めて跳ね回るように、その体を痙攣させながらもがき苦しむ。

 誰の目から見ても、それは公開処刑だった。オレも、ディアベルも、シノンも、他のプレイヤー達も、その姿を見せつけられる以外になかった。

 やがて男の動きが完全に停止し、その肉体が消滅する。光になって砕けたのではない。ログアウトと同じように消え去った。それが意味することはただ1つ、彼の脳が活動を停止したという事だ。

 

『はーい皆様、拍手拍手拍手ぅううううう♪ プレイヤー名【ハートラック】さん、本名【内田鷹太郎】さんの人生ログアウトが終了しました! 彼の幸福な門出を祝って乾杯乾杯♪』

 

 ケタケタと、大口は笑う。もはや誰も悲鳴すら上げない。その気力すら、今の処刑という名のデスゲームの証明で奪われてしまった。

 彼は本当に死んだわけではない。きっと『首謀者』とグルなんだ。誰もそんな発想はできないだろう。できるはずがないだろう。その程度には、山賊風男……ハートラックの死に様は、仮想世界という事を忘れるほどに『現実味』を持っていた。

 

『まず安心してほしいのは、皆様がHPをゼロにしても彼のように苦しみながら死ぬ事はないからね。キミたちは意識を失ったまま脳も内臓も破壊される。それは約束するよ。そして、デスゲームの開始については国にキミたちの位置情報と一緒に送ってある。現実世界に残した肉体の管理も心配要らないよ。それとアミュスフィアⅢには脳に送られた自己破壊の誤認情報を打ち消すワクチンコードの送信も担っていて、アミュスフィアⅢを外すとワクチンコードが消滅して、脳に残された自己破壊情報によって死ぬ事も教えてあるからね』

 

 ナーヴギアがマイクロウェーブを利用したハードによる脳の破壊に対して、アミュスフィアⅢはソフトからのアプローチだ。たとえアミュスフィアⅢの安全な解体方法が発見されようとも、ワクチンコードによってアミュスフィアⅢがオレ達を延命している以上、誰も手出しができない。仮に世界中の科学者がコイツと同じ技術を手にする為には、コイツが行った狂気の実験を実行しなければならない。そんな事、正常な倫理観……いや、人間の精神を持つ者には不可能だ。

 最悪だ。立っている足が震えて、今にもしゃがみ込みそうになる。きっとハートラックの処刑はオレ達へのデスゲームの証明以外にも、政府に……いや、世界中の人間に『首謀者』がいつでもオレ達を殺せるというアピールでもあったのだろう。現実世界で無残な死体と化した内田鷹太郎の死体によって……。

 

『アハハハ♪ 安心しなよ。アミュスフィアⅢには、たった3万2千円で買える8時間連続使用が可能な外付けバッテリーがあるからね。搬送の際に電源を引っこ抜かれてワクチンコードが途切れて死んじゃう事もないから』

 

「ご丁寧な事だな。糞ったれが」

 

 拳を握り、オレは『首謀者』がこれから明かすだろう、デスゲームにオレ達を幽閉する理由を聞き漏らさないように耳に神経を集中させる。

 茅場の目的はオレ達をアインクラッドに閉じ込め、仮想世界の住人とする事で達せられた。だが、コイツの目的は茅場とは根本的に異なるはずだ。

 

『さてと、皆様は不思議に思ってるだろうね。何故? どうして? 自分たちがデスゲームに参加しないといけないの? そんな風にね。そんな疑問にお答えしよう』

 

 空を覆う闇が縮小し、黄昏を経て訪れた星が輝く夜空が露わになっていく。このイカれた真なるチュートリアルの終わりにして、デスゲームの開幕の時が刻一刻と近づいている。

 

『ボクの先輩にして偉大なる先達である茅場晶彦は仮想世界であるプレイヤーが示した【人の持つ意思の力】を見たと、ボクに語ってくれた。ふざけてるよ。まったくもってふざけてる。人間はただの有機物だ。脳髄に支配された肉の塊だ。なのに、肉体を完全に仮想世界に支配された人間が、意思の力だけで仮想世界の法則を打ち破った? それは魂の証明だ。神様の存在立証だ。だから、ボクは茅場晶彦の後継者として、【人の持つ意思の力】に挑戦する。世界の法則を打ち破る【黒の剣士】なんて世迷言に過ぎない幻想だと証明する! ……まあそれだけさ。皆様にはちょっと付き合ってもらうよ。もちろんゲームクリアの暁には生存者は全員解放するし、ラスボスを倒したプレイヤーにはそれ相応に報いるつもりさ』

 

 ああ、それが目的か。オレは思わず笑ってしまった。

 茅場晶彦の後継者。コイツは茅場と同じくらい狂人であり、茅場と同じくらい子どもであり、茅場と違ってオレ達に殺し合いを挑んでいる。

 コイツはゲームマスターであると同時にプレイヤーだ。オレ達は茅場がプレイヤーを務める【人の持つ意思の力】を立証する側の盤上の駒であり、コイツはそれを否定する側のプレイヤーだ。オレ達は奴の持ち駒と殺し合い、生き抜く事で茅場の正しさを証明する。

 

「ふざけやがって。だがな、それがお望みなら相手になってやるよ」

 

 こっちは一度デスゲームを生き抜いた身だ。3年以上も時間をかけて、ノーコンティニューの鬼畜糞ゲーのアインクラッド100層を制覇した攻略組の生き残りだ。お前たちの持論の証明うんぬんなんて糞喰らえでゲームクリアしてやる。たとえ何年かかろうとも、だ。

 この胸の滾りは怒りか、それとも別の何かか。今のオレには区別が付かない。付ける必要がない。やるべき事は決まっているのだから。

 

『最後に、皆様にボクからプレゼントがある。アイテムストレージを開けてごらん』

 

 もはやオレに中身を確認する必要はない。他のプレイヤーが続々とそのアイテムを……【手鏡】を実体化する中、オレは茅場の後継者を睨み続けた。

 ふと、奴の巨大な目玉と目が合った気がした。それは一瞬だったが、奴はオレの宣戦布告を受け取ったに違いないと確信する。

 プレイヤー達が光に包まれ、アバターの容姿が変化する。かつてSAOでそうだったように、本来の自分の姿へと変貌していく。

 

『これにてダークブラッド・オンラインの正式サービスのチュートリアルを終了します。では最後に一言』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これは、ゲームであっても遊びではない。ボクと皆様の殺し合いだから、そこのところよろしく頼むよ♪』

 

 そして、黒い塊は完全に消えた。元から存在していなかった幻のように。

 




読了ありがとうございます。

今回登場したオリキャラの元ネタが分かった人はきっと気が合うはずです。ちなみに、そのゲームで1番好きなキャラだったりします。

え? 元ネタがバレバレ?

馬鹿な……こんな事が……














とでも言うと思ったかい? この程度、想定の範囲内だよ! アハ、アハァ!


というわけで、茶番もこれくらいにして、第5話でお会いしましょう。
元ネタが知りたい方は『ACVD 財団』と検索すると幸せになれるはずです。
またよろしくお願いいたします。

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