SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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・システムメッセージ
・フラグ候補のヒロインが全員いなくなりました。
・GAME OVER……最初からゲームを開始しますか?
・かか、かいし……Ka ka かい……し


~最新のアップデート情報を確認しました。システムを更新します~

・フラグ候補のヒロインが追加されました。
・セーブポイントからゲームの続きをしますか?
→YES  NO



Episode8-2 霧中遭遇

 あれはアインクラッド第3層、深い森を美しい夜霧が包み込んだ晩だった。

 SAOで初めて人を殺した時の事は、今でも覚えている。

 まだラフィンコフィンができる前、その前身だった組織のトラップにはまり、オレは4人のプレイヤーに囲まれ、一方的な攻撃を受けていた。

 当時のオレと連中のレベル差は軽く10、あるいはそれ以上あっただろう。もちろん、オレの方が低いという意味でだ。

 武器も、ステータスも、スキルも圧倒的に格下。殺しを楽しむ連中にとって、罠にはまったオレは絶好の玩具だった。

 だから油断していた1人を殺した。微塵の躊躇も無く、不思議なくらいにあっさりと、オレは殺す事が出来た。

 方法は簡単だ。1番軽装のプレイヤーの大ぶりの攻撃の隙に喉元に食らいつき、そのまま茂みへと連れ込み、当時の愛用武器だった片手剣で腹を貫き続けた。半ば恐慌状態だったヤツは暴れこそしたが、助けが来る前にオレに喉を食い千切られた。

 たった1人殺され、オレが肉片を吐き捨てただけで、連中は慌てふためき、自分たちが食い殺される側だと悟った。

 数の有利が絶対だと信じていた。泣いて命乞いをするしかできなかった弱者をいたぶる以外に知らなかった。だから、奴らは喰われる側に立たされる恐怖を知らなかった。

 2人目は恐慌状態の仲間の攻撃を受け止める盾としてオレに利用されて殺され、3人目は両足を切断して動けなくなったところを背中を踏みにじってHPを奪い、最後の1人は四肢をもいで放置した。

 最後の1人のレッドプレイヤーはオレへの呪詛を吐いた。だが、オレは微笑んで、『お前はこれから死ぬんだよ』と優しく耳元で教えると、恐怖に駆られたソイツは無様に泣き叫びながら光となった。

 HPゲージが赤く点滅するオレを迎えたのは、毒々しい拍手だった。同時に茂みからオレに回復用のポーションが投げ渡された。

 

『最高のショウだった。楽しませてもらったお礼だ』

 

 それはポンチョを纏い、目深くフードを被った男だった。背後には側近らしき奴らが2人いたが、どんな奴等だったかはよく憶えていない。

 襲った4人のボスなのだろうとオレは直感した。木々のざわめきはオレ達の殺し合いを待ちわびるかのようだったが、男は背後の2人に手を出さないように腕で制した。その時に2人は何やら文句を言っていたが、男が小声で何かを申し付けると顔を引き攣らせて下がった。

 

『たまにお前みたいなヤツが現れる。一方的な捕食者ってヤツだ。常に殺す側の人間……いや、バケモノか』

 

 ソイツが何を言いたいのか、オレには分からなかったが、少なくとも戦う気はないのだろうとオレは武器を下ろした。

 

『随分と前だが、論文で読んだことがある。先天的に戦闘適性の高い者……ドミナント。あのビーターも少なからずそうだが、お前はどうだろうな』

 

 当時のオレはビーターと聞いても『アイツ』と直ぐに結びつけることはできなかった。

 男は背後の2人に去るように命じ、オレに飲み物と食い物を提供し、自分の部下が死んだ場所で腹ごしらえをしないかと誘ってきた。

 毒が入っているに決まっている。オレの思考はそう危険だと叫んだが、本能はこの男と戦うのはずっと先だと嗤った。オレがどちらを信じたかは言うまでもない。

 

『この世界は最高だが、やはり月が無いのは駄目だな。見ろ。空を見上げても、空のフリをした紛い物の天井があるだけだ』

 

 オレは男と共にメシを貪り、腹を膨らませた。男は自分の経歴をまるで話さず、オレがどんな風にSAOで生き抜いてきたのか、どんな風に育ったのか、そんな質問に終始した。

 気だるげに話すオレと耳を貸し続ける男。互いが互いに、この場で斬り合う無意味さを何かに根拠があるわけでもなく知り、そしていずれオレ達は殺し合う運命にあるのだろうと悟っていた。

 やがて男は何かに納得したように頷き、立ち上がった。

 

『クゥリ、傭兵になれ。そうすればいずれ俺と殺し合える。善人面をした連中は際限なくお前に殺しの依頼を持ってくるだろうさ。そして、いつの日か俺を殺せという依頼が来るはずだ。その日までは仲良くやろうぜ。未来の虐殺者様』

 

 ヤツにはオレの未来が見えていたのだろう。

 いつの日か、オレが蔑まれる傭兵となり、自分を殺しに来る日を予見していたのだろう。

 まるで可愛い弟子を応援するように、オレの頭を撫でるとヤツはそのまま霧の中へと消えていった。

 それが……オレとPoHの出会いだった。

 オレとヤツの因縁は濃い。だが、その大半は互いに対する友情にも似た奇妙なシンパシーであり、敵対する事は最後の1回を除いてなかった。

 今にして思えば、ヤツはオレに殺されたかったのかもしれない。

 善人面をしたプレイヤー達の依頼で血と怨嗟で穢れ、まさしくSAOの隠された悪意の塊となった傭兵に殺される事で……最高傑作の『ショウ』を締め括りたかったのかもしれない。

 そして、オレはヒースクリフ戦の前日に、オレが知る限りでSAOで最も穏健派であり、最もオレを危険視していたはずのシンカーの依頼によってPoHを暗殺した。原因は彼の恋人がPoHに殺害された事だっただろうか。よく憶えていない。

 

『殺してるんだ。殺されもするさ。「またな」、相棒。イッツ・ショウ・タイム』

 

 オレが憶えているのは、死闘の末に笑いながら死んだPoHの今際の言葉と、殺し合いの場となった第1層草原フィールドに差し込む黄昏の光だけだ。

 

 

Δ     Δ     Δ

 

 

 耳をくすぐる水滴が波紋を作る音がオレを夢から引き戻す。

 随分とオレも現実世界と仮想世界の線引きが少しずつ薄れている。オレはぼんやりとした意識で懐かしきPoHとの記憶をお手玉しながら、そう危機感を抱きつつ上半身を起こす。

 同時に体から落ちたのは、ボロボロの毛布だ。色褪せたオレンジ色のそれを手に取り、オレはようやく自分がベッドに寝かされていた事を理解する。

 まるでZOOと会合した時の再現だ。あの時も目覚めたらベッドの上だったが、今回はオレ1人だけだ。ディアベルもシノンもいない。オレは額を数度拳で叩いて気合を入れる。

 誰がオレを運び入れたのかは知らないが、オレがいるのは座敷牢のようだ。石造りであり、格子も壊れて牢獄としての意味を成していないが、暖炉のような物も設けてあることから、身分の高い者を投獄する為のものだろう。少なくともオレの現実世界のアパートの4倍以上の広さがある。

 今にも壊れそうな木製のテーブルと三つの椅子、錆びついた銅製の盃、傷だらけの銀食器、暖炉で燃える炎は井戸の底で見たのと同じ緑色だ。床には穴が開いて破れた赤の絨毯が敷かれている。

 テーブルにはオレの武器が並べられていた。落としてしまったカタナも鞘に収められている。いつの間にか脱がされていたコートも綺麗に畳んである。

 システムウインドウで再装備を実行した方が早いのだが、オレは何だかそうしてはいけない気がして、一つ一つを手作業で身に着けていく。

 HPは完全回復している。無垢なる祝福の指輪で時間経過によるオートヒーリングが強化されているとはいえ、かなり長時間眠り続けていたようだ。恐らく、寒冷状態による特殊睡眠が終了した後も、眠り続けていたに違いない。

 まだ意識が明瞭としないが、倒れる寸前の事は憶えている。らしくない程に取り乱してしまった。だが、お陰で心に踏ん切りがついたとも言える。黒歴史ページに書き込んで茶化したい気持ちがあるが、素直に噛み締めておくことにしよう。

 天井から滴る水を受け止める銀の盆が床に置いてある。恐らく目覚めの切っ掛けとなったのは、この盆に溜まった水に水滴が落ちた音だろう。

 耳を澄ます。微かにだが流水の音が聞こえる。高所から水が落下し、激しく水飛沫を立てている音だ。

 

「下手糞な絵だな」

 

 テーブルの上には炭をクレヨン替わりにした、ボロボロの紙に書かれた絵がある。幼稚園生が描いたようなそれは、2人の大きな人間の間で手をつなぐ子どもの姿だ。

 

「自分と両親ってところか。そうなると、オレを助けたのは子どもか?」

 

 オレは座敷牢から抜け出し、苔と蔦と根で覆われた廊下に出る。

 まず目にしたのは、あの人肉花の人間部分のような、植物が人の形をした何かだ。モンスターではないが、それは甲冑を身にまとい、錆びついたハルバートを握りしめている。

 人間が突然植物に姿を変えられたならば、こんな風になるんだろうな。オレは何となくだが、この想起の神殿‐地下のダンジョンコンセプトを理解する。

 廊下の先にあるドアはあるが、開けっ放しだ。というのよりも、壁を侵蝕する根によって強引に開けられてしまったといったところか。

 こんなダンジョンを根城にしているのだ。恐らく助けてくれたのはNPCだろう。ダンジョンにお助けNPCがいるのは不思議ではないし、『命』があるNPCの存在は既に認知している。善良な心ある子どものNPCがオレを見つけて運んでくれたってところだろう。

 望郷の懐中時計を取り出し、オレは時刻をチェックする。午前6時か。NPCが一般的な生活リズムで暮らしているならば、もう目覚めて行動に出ていてもおかしくない。恐らくオレを家(?)に残して、『使命感』みたいなものに突き動かされてダンジョンを徘徊しているのだろう。

 植物に侵蝕された神殿をオレは歩く。終わりつつある街の周辺は廃れ切った空気だったし、ラーガイの記憶の密林は暑苦しいものだったが、ここの植物の香りは清涼としている。足下の苔も素足で堪能したいくらいだ。

 到着したのは、植物に侵蝕されたせいで庭のようにすら見える広間だ。オレが上って来た水路と異なり、この辺りは実に神殿っぽい。中心部には巨大な噴水のようなものがある。今は動いていないようだが、水は溜まっており、蓮のようなものが甘い香りを放っている。

 

「これって昇降機か? 動かねーみたいだな」

 

 噴水の先には木の根に捕らわれた古ぼけた直方体の昇降機がある。内部に入ってみるが、どうやら単純に根を切断すれば動くようなものではなさそうだ。操作盤は苔生しているが、何とか動きそうではある。

 広間の探索はこれくらいで良いだろう。オレは水音がする方へと移動する。広場の壁が崩れ、隣の部屋とつながってしまったらしい。一層植物の勢力が強く、ついに苔と根だけではなく、花やキノコのようなものも生えている。

 メルヘンチックというよりも不気味だ。仮に古い時代に人間が滅び、植物の時代が来たのならばこんな風になるのだろう。

 そういえばだが、先程から松明が無いにも関わらず視界が明るい。頭上を見上げれば、天井にも根が張られ、まるで琥珀のような半透明の果実のようなものが幾つもぶら下がっている。それらが光ることにより、窓一つ無い空間を昼間のように明るくしているのだ。まぁ、窓があったとしても周囲を壁に囲まれている想起の神殿だ。まるで意味がないだろうけどな。

 よくよく見れば、琥珀の果実の中身は小さく泡立っている。軽く10メートルは天井まであるが、壁を三角飛びするかムーンジャンプを使えば取れそうだ。見た目よりも柔らかそうであり、食べられるのか気になるが、下手なトラップでも困るので手出ししない事にしよう。

 心が落ち着く。この空間にはオレを害するものはないと分かる。

 仮想世界に順応している成果か、オレは現実世界と同じように感覚を研ぎ澄まし方がうまくできるようになっていっている。……それだけじゃないな。オレ自身が『狩人』のあり方を再認識できたお陰もあるか。

 今ならば殺れる。SAOと同じように、傭兵としてあらゆる依頼をこなす事が出来る。そんな自信が湧いてきている。

 

「調子が戻って来たな。悪い気分じゃない」

 

 今度は何かの執務室だろう。書物などは原型を残したまま金縁が備わったデスクの上に広げられ、肘掛がある椅子には頭蓋骨が鈍器で割れた白骨死体が座っている。

 恰好からして高位の聖職者……司祭か何かだろう。おじぃちゃんなら骨盤を見れば男か女か区別が付くのだが、オレはそこまでの知識は無い。だが、少なくとも死因は脳陥没くらいは見て分かる。背後から一撃ってところか。

 半壊した執務室は隣の部屋と繋がり、また次の部屋も隣の部屋と繋がっている。

 やがて視界をゆっくりと霧が覆い始める。それに伴い、水流の音もより鮮明に聞こえるようになった。

 霧が濃くなる方向は赤い絨毯や燭台が飾られた……もちろん、植物と半ば同化しているものばかりだが、明らかに今までとは異質な通路だ。

 モンスターがいるかもしれない。双子鎌を抜き、オレは≪気配遮断≫を使用する。なるべく角に注意し、目よりも耳を頼りにして索敵する。

 通路の終わり。そこには片方が外れた両開きの扉だった。素材は木製だが、下手な鉄よりも硬質感があり、白金のような高貴さも備えた白い扉は、まるでこの先を聖域であると主張しているかのようである。

 扉の先には下に降りる階段があるが、3段目から水没してしまっている。天井も剥離して落下し、支柱も幾つか倒れている。それらが足場代わりともいうべき橋になっているが、苔生している為に滑りそうだ。

 辛うじて残っている支柱はいずれも蔦や根に覆われ、また枝を伸ばして青々とした葉を茂らせているものもある。浸す水は石造りである事を忘れさせるように水草を群生させ、その中ではあの青く光る藻や自己主張しない程度に多彩な色をした小さな花が水中で咲いている。

 不思議だ。このエリアは何というか……人心が朽ちた愛情を感じる。オレが水流を逆走して上って来た、あの人肉花がいた場所とも異なる、まるで人が滅んだ後に残された自然の慈しみを覚える。

 やがてオレは水流が、崩壊した天井の穴から注がれる滝だと気付く。決して水量は多くなく、これ程までに響いたのはこの地下区画が余りにも静寂過ぎたからだろう。

 

「得た物は無し、か。まぁ、じっくり探索するさ」

 

 滝の水を手で掬い、口に運ぶ。寒冷状態にされたものと異なり、清らかな冷たさがアバターの喉を駆け巡り、胃に収まる。

 よくよく見れば、滝で隠されているのは祭壇のようだ。祭壇の頭上の天井が崩落してしまったのだろう。

 祭壇の左右には石像がある。左は二刀流、右には刺剣を持った剣士の石像がある。両方とも首から上が無いが、恐らく恰好からして左が男、右が女だろう。

 更に祭壇の裏には、身を隠すほどの大盾を持った左右よりも一回り大きい騎士像だ。こちらは顔の半分が欠けてしまっている。

 この三つの石像、何か既視感を覚えるが、その正体を思い出せない。石像を見上げ過ぎたせいか、オレは足を滑らせて頭から水に落下する。

 派手な水飛沫を上げて落ちたオレは、腰ほどまでにある水の中で起き上がる。最近のオレって踏んだり蹴ったりだな。一つくらいハッピーなイベントを起こしてくれよ。頼むよ、神様。少しくらいなら良い子になるから。

 と、オレはそこで霧の中で人影らしきものを見つける。まさか人肉花だろうか? 敵意を首筋に感じないし、休眠状態というのもあり得る。

 先手必勝。慎重にオレは人影に近づく。背後を取り、左手の鎌で後頭部を、右手の鎌で首を刈る。良し。これでいこう。

 霧のせいで薄っすらとしか見えないが、どうやら今度の人肉花は女のようだ。これまで出会った人肉花は何処となく男のような印象を受けたが、今度は女体型というわけか。だからと言ってやる事は変わらないが。

 やがて、影のようにしか認識できなかった人型が、霧越しであるが確認する事が出来た。少々どころではない程度に胸は寂しいが、長い黒色の髪と色白の肌は清廉な色気を醸し出している。

 

「…………ん?」

 

 あ、あれ? オレ、今何かおかしな視認をしなかっただろうか?

 確か人肉花の人体部分は茶色のはずだ。女体型は違うのだろうか? 改めてオレは確認する。

 澄んだ水のお陰か、下半身の根の部分が……見えない。

 オレが見たのは足だ。人間の足だ。ホモサピエンスの足だ。

 

「…………あ、あれー? おかしいなー?」

 

 目をよく解す。オレってやっぱり疲れているのだろうか? いや、そもそも仮想世界のアバターなのだから、目を解したところで何も変化は起きないのだろうが、何事も試すことが肝心だ。

 改めて目を開く。すると、オレは女体人肉花と目を合わせてしまう。

 …………いや、もう現実逃避は止めよう。

 

 

 どう見ても10代半ばにしか見えない裸体の少女と目を合わせてしまった。

 

 

 さて、どうしたものだろうか? 顎に手をやり、思いっきり悩む。オレのアバターは今頃ダラダラと冷や汗を掻いているに違いない。

 まず現状を正確に判断しよう。オレは生涯で最も危機的な状況にある。

 霧によって視認妨害が発生しているが、輪郭程度ならば確認できるレベルの視界だ。少女との推定距離は5メートル前後といったところだろうか。

 少女は裸体。傍には崩落した天井の岩場があり、そこに彼女の物と思われる黒っぽそうで白い、白っぽそうで黒い、微妙な色をした衣服が畳んで置いてある。これらの情報から最も確率が高い推測は、少女が水浴びをしている事だ。こんな環境だ。人間がお風呂に入れるほどの湯を作るのは大変だろうからな。

 次に少女について。容姿は伸び放題の前髪のせいで正確には判断できないが、可愛いと綺麗の中間のような印象だ。何にしても男が放っておかないだろうな。辛うじて前髪のカーテンから覗く左目はオレを正確に射抜き、なおかつ混乱して凍っているように見える。

 そして、ここが1番重要だ。少女のカーソルがNPCの物ではない事。これが最重要です。本当にありがとうございました。

 

「え、えと……その……」

 

「…………」

 

 言い澱むオレを少女はジッと見ている。というよりも、まだ思考が動いていないのだろう。そりゃそうだよな。いきなり水浴びしてたら、鎌を両手に持った男が乱入してきたんだから、オレが同じ立場でも混乱するだろうさ。

 何と声をかけるべきだろうか? やはり無難に『良い天気ですね』だろうか? それともここは道化を演じて『もう少し肉食ってふくよかになった方が良いぞ』だろうか? あ、後者は止めよう。絶対に死亡フラグだ。

 違う違う違う違う! そうじゃないだろう!? この状況そのものが既に死亡フラグだろ!?

 そう言えばと、『アイツ』がオレにしてくれた忠告を思い出す。

 

『良いか、クー。美味いご飯とお風呂だ。これさえあれば女性プレイヤーは最強になるんだ。ただし、自分の家の風呂を使わせる時は必ず風呂場の鍵をかけておくんだ! 俺との約束だぞ? 絶対に鍵をかけるんだ!』

 

 風呂場ですらない場所なんですが、この場合はどうすれば良いのでしょうか? 教えてくださいよ。

 思えば、アレは『アイツ』の体験談から来るオレに対してのアドバイスだったんだろうなー。今更になって気づく辺り、オレって本当にどうしようもないくらいにお馬鹿で間抜けでアホだなー。

 少女はゆっくりと服がある岩場の方へと移動していく。その付近にはいかにも投擲に使えそうな手頃な岩がゴロゴロと転がっているなー。見間違いだと良いんだけどなー。

 大体未来が見えたので、一つ文句が言いたい事がある。

 確かにハッピーなイベントを起こしてくださいと神様に願った。

 だけどな、それは『アイツ』みたいなラッキースケベ的な展開じゃねーんだよ!? オレが欲しかったのは……こう……なんて言うべきか分からねーけど、こう、お独り様でほっこりできる穏やかなイベントなんだよ!?

 どうしてエロ神様がこんな時に舞い降りたんだよ!? それに、どうせ同じラッキースケベなら! どうせ死ぬ運命なら! 霧のモザイクを取ってくれたって良いじゃないか! それくらいのご褒美くださいよ、エロ神様!

 

「あの……」

 

 あ、どうやらオレも処刑の時間が来たようだ。タオル替わりだろう、切断したカーテンのような薄いそれで胸元から下まで隠した少女が、その濡れた黒い髪を揺らす。

 さようなら、ディアベルとシノン。どうやらオレの冒険はここで終わりのようだ。茅場の後継者め! まさかこんなトラップを仕掛けているとは思わなかったぞ!

 こんにちは、キャッティとクラディール。本当にいろいろと謝らせてくれ。お前らの無念は晴らせなかったみたいだ。

 

 

 

「良かった。目が覚めたみたいですね」

 

 

 

 少女は嬉しそうに笑う。その手には凶器に成り得るものは何も所持していないし、何かを投げ飛ばしてくる気配も、ドロップキックを仕掛けてくるような雰囲気も無い。

 お、おかしい。これはどういう事だ? エロ神様の恩寵は与えられた者に必ず暴力的な結果をもたらされるはずだ!

 

「あのさ、えと……もしかして、だけど」

 

「はい?」

 

「オレの事……女の子と間違え、てる、と……か?」

 

 ある意味でこの問いは自殺行為だが、オレはHARAKIRIを恐れるつもりはない。容姿のせいで誤解されて、それで少女の善意を弄んで死を免れたならば、大人しく制裁を受けた方がマシだ。

 少女は不思議そうに首を傾げる。

 

「男性の方にしては確かに女性のような線の細さをしていると思いますけど、私には男の方に見えますが? それに声も確かに男性にしては高いですが、女性のものとは思えないですし」

 

「…………」

 

「あ、あの、私、何か変な事言いましたか? 泣いているようですが」

 

 ボロボロと涙を流すオレに少女は慌てふためく。いや、ごめんね。そうじゃないんだ。

 こんな普通に、ナチュラルに、何ら迷いなく、茶化すことなく、男と見られたのは初めてだ。人生で初めてだ。

 

「わ、悪い。少し感動しちゃって。あ、後ろ向いておくな。オレが見てたら服着れないだろうし」

 

 回れ右したオレはエロ神様に祈りを捧げる。アンタは単なるドタバタ大好きなラブコメ中毒者じゃなかったんだな。スタンディングオベーション級だよ、これは。

 だが、何やら背後で震えるというか……感情の昂ぶりのようなものを感じる。

 あ、あれ? オレって回避したよな? 明らかにオチを綺麗に回避できたよな? もしかして、何か地雷踏み抜いたか?

 恐る恐る振り返ったオレが見たのは、顔を真っ赤にした少女だ。覗いている左目からは涙が滲んでいる気がする。

 

「み、みみ……みみみ……っ」

 

「耳?」

 

「見ないでくださいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 

 悲鳴+水飛沫=鼓膜へのダメージ&鼻と口からの水の浸入、乙女心……プライスレス。

 ああ、そうか。オレが着替えろなんて言っちゃったから、男性の前で裸である事を意識しちゃったわけか。わざわざ地雷を掘り起こして顔面ダイブするとは、さすがオレだな。

 でも、この展開に何か安心感を覚えてしまう辺り、オレは駄目かもしれませんね、エロ神様。

 あと何故か『アイツ』がマジギレして剣を抜いてオレに迫って来る光景が浮かぶのですが、何か怒らせる真似をしただろうか?

 

 

Δ     Δ     Δ

 

 

 

 コリコリとした果肉と野草のスープはとろりとした甘みが効いている。

 緑の炎の中に放り込まれていた赤の皮を持つ果実は黒く焦げ、一方で中身はパンのようにふっくらしていて、つまんで口に放り込めば餅に似た歯応えがする。

 レモンに近しい香り付けされた水は、そのまま飲むよりもずっと飲みやすく、また飽きることがない。

 素晴らしい料理だ。しかも、これが女の子の手作りの上、≪料理≫スキルに頼ったものではなく、自ら創意工夫をして作り上げたものなのだから素晴らしい。まさか仮想世界でこんな料理にありつけるとは思いもよらなかった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 問題なのは、オレも彼女もテーブルと料理を挟んで、完全に沈黙を保っている事だ。

 まだ薄く赤面している少女は、長く伸びた前髪と俯いているせいで上手く表情が読めない。いや、別にオレは鈍感属性じゃないから、何故こうなっているのかは大体予想が付いている。

 

「み、見たけど、ほら……霧とか、あったから」

 

「わ、わわ、分かってます。それよりも、口に合いますか? ひ、人に振る舞ったの、は、初めてで……」

 

「美味い……よ?」

 

「そう、です……か」

 

 あ、ヤバい。完全にオレと同じ性質だ。同じタイプのコミュ障のニオイがする。

 プラスとプラスの磁気が反発し合うように、同質のコミュ障というのは相性が良くない。というよりも、上手く噛み合わせできないで自滅し合う。待っているのでは負のスパイラルだ。

 オレ達みたいなのは、何か衝撃的な展開とかあったら最初からスムーズに会話できるけど、今回はいろいろとコメディ過ぎて波長調整がうまくできなかった。1度失敗するとオレ達みたいなのは長引くからな。

 まぁ、とはいえ初対面型のコミュ障だし、ここはオレの方が年上だろうから、何とか活路を開かせてもらうとしよう。

 

「な、なんでた、たたた」

 

「なんで助けたと言われると、ぐ、ぐ、……ぐぅ」

 

「偶然なんだよな。で、でで」

 

「でも何で見つけられたか、ですか? あ、あそこに青月の藻がた、たきゅ、たくぅ……」

 

「たくさん群生しているから? 取りに来たら偶然ってわけか」

 

 コクコクと頷く少女と向き合い、互いにうな垂れる。同じタイプであるが故に、言語理解が迅速に可能なのは助かるが、このままでは埒が明かない。

 ふと思い出したのは、オレの兄貴だ。オレと違ってコミュ力たっぷりで、いつも明るくて、憧れているナイスガイ。三枚目過ぎて女の子と付き合っても長続きしないらしいけど。

 

『篝、我が愚弟よ! 女の子とお付き合いする時は第一印象が大切だ。すなわち、自ら売り込む営業力だ! 営業で最初にするのは? そう! 名刺交換だ! スタンダードにして王道! 自己紹介で全てが決まる! 飢えた狼のようにガッツリ、「あなたに興味があります」ってオーラを出して決めろ!』

 

 な、なるほど、兄貴! まずは自己紹介ですね! 飢狼のように!

 

『騙されないで、かーくん!』

 

 この声はねーちゃん!? ねーちゃんまでオレの脳内会議に出席してくれているのか!?

 

『女の子には常に紳士的であれ。そう教えたでしょう? あの屑兄の言葉は全て忘れなさい! 笑顔で、それでいて穏やかに、爽やかによ。イメージは春の日差しね?』

 

 は、春の日差し!? な、なんだか分からないけど、とにかく余り我を出さない方が良いってことか?

 というか、これは何だ? 別にオレは初対面のおんにゃのことどうやったらお付き合いできるかって事を悩んでいるわけではないのだが!? せめて普通の会話ができるコミュを構築したいだけなんだが!?

 

『おんにゃのことお近づきになる=お前に愛を囁いてやるぜ=I love you=肉欲。フッ! その程度の方程式に気づけないとは愚かな弟だな』

 

『屑兄は黙ってて! かーくんの教育を同じ男だからってアンタに任せたのがそもそもの間違いだったのよ! 良い? 女の子と末永くお付き合いする為には、相手の心を大事にしているってパフォーマンスが大切なのよ! あの性欲糞野郎の言葉は全部忘れなさい!』

 

『黙るのはお前だ、愚妹がぁ! お前のお上品な教育こそが篝を狂わせたんだろうが、ゴラァ! その癖、ウケとかセメとかよく分からん世界にどっぷりはまりやがって! 全国のお前のファンにバラしてやるぞ!?』

 

『評決戦争がお望みのようね! 受けて立つわ! 今日こそご自慢のその汚らしい脛毛を全部お肌つるつるローションと剃刀コンボで綺麗に剃り尽くしてやるわよ! 失せなさい! アンタにはノーマルがお似合いよ!』

 

『粗製風情なんぞ恐れるにたらんのだよ、愚妹がぁああああ!』

 

 そして、相変わらずオレの脳内で兄妹喧嘩を始めるのは止めてくれ。

 もはや騒音状態になった兄貴とねーちゃんを脳髄から追い出し、オレは少女と改めて向き合う。

 命を救ってくれた。あのままオレを放っておけば、下手をしなくとも寒冷状態で死んでいた確率が高い。つまり、この少女はオレの命の恩人というわけだ。

 傭兵の掟、その1。恩は忘れず、必ず返す事。

 

「助けてくれて感謝する。オレはクゥリ、傭兵みたいな事をやっている。気軽にクーって呼んでくれ」

 

 テーブルに額を擦り付け、オレは感謝を述べる。

 

「同じプレイヤー同士仲良くやりたいって言いたいけど、オレは色々因縁持ちでさ、だから一宿一飯の恩は返すけど……」

 

「あの……」

 

 少女が何やら言いたそうな顔をする。この様子だと【渡り鳥】であると知っている訳ではなさそうだ。それとも恩だけ返して、そのままサヨウナラというのに文句があるのだろうか?

 

 

 

 

 

「『ぷれいやー』ってどういう意味ですか?」

 

 

 

 

 

 可愛らしく小首を傾げ、少女はプレイヤーカーソルを頭上で光らせながら、そう告げる。

 

「……は?」

 

「あ……す、すみません。自己紹介がさ、先ですよね」

 

 いや、そうじゃないだろう。少女は当然のように名乗りを先にして疑問を後回しにするが、そんな事はどうでも良い。

 プレイヤーの意味が分からない? オレは目の前の少女が、もしかしたらとんでもない爆弾なのではないかと、今更になって気づく。

 だってそうだろう? 誰も来る人がいないような想起の神殿の地下で、こんなにも生活感溢れる根城を作って、それでいて『スキル無し』での料理を極めている。こんな異常事態にどうして『プレイヤーがオレを助けてくれた』と勘違いしていた?

 プレイヤーでありながら、プレイヤーの意味を知らない少女はその名を告げる。

 

「私はユイです。よろしくお願いします、クーさん。そして……ようこそ、『朝霧の魔女の牢獄』へ」

 




システムメッセージ
・新たにフラグ構築が可能なヒロインが追加されました


某真っ黒さん「愛娘の裸体を見た。私刑」

某副団長さん「愛娘とフラグを立てようとした。死刑」

某黒・某副「排除する。排除排除排除排除排除」


Q某黒さんに全てのフラグを奪われるのをどうすれば回避できるでしょうか?

Aだったら黒さんに「娘さんをください」って立場になれば良いじゃない!


……とりあえずフラグは準備しましたが、これはこれでハードモードですね。
それでは43話以降の修羅場に期待して、

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