SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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早くも45話目となります。
今後ともどうぞよろしくお願いします。


Episode8-5 混沌の三つ子

 想起の神殿‐地下区画。この場所が元来何を奉じ、いかなる祈りが捧げられたのか、その名残は残ってこそいるが、もはや信徒は残されていない。

 オレはサチの言葉を思い出す。彼女は地下に重罪人が閉じ込められていると『聞いた事がある』と話していた。

 つまり、サチ自身は地下区画について知識が無かったという事になる。そして、捕らえられていた重罪人というのはユイの事だろう。彼女がいたのは【朝霧の魔女の牢獄】だ。

 研究書には黒猫の乙女という単語が出た。これはサチ自身が自称していた事から、想起の神殿の守り人として与えられた称号なのだろう。

 これらの情報から推測するに、終わりつつある街……つまり、世界は緩やかに破滅に向かっていた。そんな中で世界を救おうとする連中が想起の神殿に逃れ、地下に住みついて非人道的な研究をした挙句、よく分からない危険な物に縋り、自業自得とも言うべき自爆をやらかしてしまった。

 このダンジョンのコンセプトは植物と神殿の融合。だが、攻略の為には何を研究していたのかの詳細が必須になる。

 とはいえ、オレの目的は攻略ではなく、ユイと共に地上に戻る事だ。余計な戦闘はもちろん、ボスなど相手にしていたら命が幾つあっても足りない。

 前回の井戸の底の場合は、あれは不可抗力みたいなものだ。本来、ボスとは2人や3人程度で挑むようなものではない。不可能ではないが、それは星明かりだけの中で縫い針の穴に糸を通すような物だ。

 

「だからな、ユイ。オレ達にボスを斃すってのはちょっと無茶じゃねーか」

 

「でも、元々が人間なら話が通じるかもしれませんよ? 斃すんじゃなくて、話し合いで解決を模索することならできるかもしれません」

 

 厨房を丸ごと焼いて火葬にした後、オレとユイは武器庫と思われる場所に隠れ、密やかに休息を取っていた。

 食すのはユイが摘んでおいてくれた青月の藻だ。暗闇で淡く青く光るそれは、人によっては食すのに勇気がいるだろう。だが、既にオレは実食済みである為、躊躇なくほのかに甘いそれを口に運ぶ。

 致命的な何かが起こるより先に話すべきだろう。オレは事前に真実を……この世界が仮想世界であり、『ゲーム』の世界であるとユイに伝えた。その上で、オレとユイは現実世界の『人間』側であるプレイヤーである事も教えた。

 彼女は幾らかの衝撃を受けたようだが、特に反論する事も無かった。ゲームに対する知識は無いが、やはりシステムウインドウやステータスといった概念は、彼女の中にある『常識』と異なっている為、反りを合わせる事ができるのは、この世界が本来娯楽として開発された仮想世界であるという認識である事に至ったのだろう。

 ずば抜けて聡明だ。だが、だからと言ってユイに現実世界と仮想世界の線引きはできない。何故ならば、彼女には現実世界の知識が存在しないからだ。

 知識はある程度備わっている。社会秩序を維持する為の道徳もある。だが、現実世界、自分が何者であるか、自分の過去といった、そういった情報が丸ごと彼女から抜け落ちているのだ。土台となる現実世界の知識と記憶が無い彼女にとって、認識したことがある世界はあくまで仮想世界だけなのである。

 だからこそ、ユイはあの研究書を読んで、ボスを救わねばならないという考えに至ったらしい。

 

「茅場の後継者がそんな甘さを残してるわけがねーんだよ。話し合いよりも斃す方がまだ確率が高いくらいだ」

 

「……でも」

 

「『ボス』ってのはな、斃される為に存在するんだ。そして、この仮想世界でオレ達はソイツらと殺し合いをしている。相手がどんなに可哀想だろうと、使命感を持っていようと、戦う以外に道はねーんだよ。追加で言っておくが、殺して眠らせてやるってのすら、オレ達だけじゃ無謀だ」

 

 反論の余地など与えない。些か厳しいかもしれないが、ユイの優しさはこのゲームでは命取りだ。

 プレイヤー同士ならば話し合いも通じるかもしれないが、さすがにボスに平和的解決を求めるのは不可能だ。

 とは言え、オレも言葉が過ぎたのか、ユイは沈んでしまっている。モチベーションまで叩き潰してしまっては意味が無い。

 

「……地上に着いたら、それなりに規模がある組織を率いている奴らに心当たりがあるから、このダンジョンの事を話してやるよ。連中の事だからボスの討伐隊を組むだろうから、その時にまずは話し合いを試してくれって頼んでおく。それで納得してくれ」

 

「ほ、本当ですか?」

 

 ユイの顔が明るくなる。正直な話、サンライスはともかく、ミュウはオレの頼みを聞いても『畏まりました』と笑顔で受託して思いっきり『不可抗力でした』と話し合い以前に先手必勝でぶっ殺しにかかりそうだけどな。

 だが、少なくともユイは納得して信じてくれたようだ。嬉しそうに笑顔を綻ばせる彼女を見ていると申し訳無さが滲んでしまう。

 

「やっぱりクーさんって優しい人ですね」

 

「……それ絶対に地上に着いたら口にしない方が良いと思うぞ? 白い目で見られるからな」

 

「どうしてですか?」

 

「ノーコメント。世の中の残酷なアレコレは自分の耳で聞け」

 

 さすがに自分の口から【渡り鳥】の悪行を語って関係をぶち壊したくないし、どうにもオレを信じ切っている彼女にオレが何を言った所でジョークとしてしか捉えて貰えないだろう。

 休憩も終わりだ。最後の青月の藻を食べ終え、武器庫から出たオレ達は再び口を縫い付ける。

 無駄口は叩かず、物音を立てず、≪気配遮断≫を発動させて慎重に上の階に移動できそうな場所を探す。単純に階段だけではなく、先程のように天井を突き破った根なども利用する必要があるだろう。

 

「クーさん。これ見てください」

 

 オレの肩を叩き、ユイが指差したのは崩落して埋まってしまった階段だ。

 手元の小石を手に投げてみる。紫色のエフェクトで弾き返されることなく、小石は瓦礫の耐久値を削る。どうやら瓦礫をどかす事も壊す事も可能のようだ。だが、これを除去するのが必須だとするならば、2人では途方もない時間がかかりそうだな。

 

「別のルートを探すぞ」

 

「見つかるでしょうか?」

 

 不安気なユイに、オレは引き攣った表情で、瓦礫に背を向けながら親指で封鎖された階段を指差した。

 

「無かったら、コレを全部どかすだけだ。安心しろ。ぶっ続けでやれば1日もあれば終わるだろうさ」

 

 だが、何やらユイは考えるように顎に手をやり、やがて思いついたように手を合わせる。

 

「クーさん! 私、とても簡単に上に行ける方法考え付きました!」

 

「……何だ?」

 

 自信満々にユイは薄い胸を張る。何だか嫌な予感もするが、とりあえず聞く事としよう。

 

 

 

 

 

「それはですね……天井を壊して進めば良いんですよ!」

 

 

 

 

 

 天井を指差し、ユイはまさしく突拍子もない、オレも想像付かなかった作戦を口にする。

 

「いやいやいやいや! さすがにそれは無理だろ?」

 

「何でですか? 10メートルくらいなら、わたしには無理でも、クーさんが見せてくれたムーンジャンプで届きますよね? だったら、私の魔法で穴を開けて、クーさんがムーンジャンプで蔦を持って飛んで、それを何かに縛りつけて私に下ろしてくれれば、きっと簡単に上にいけますよ!」

 

 ユイはまだゲームの何たるかを知らないが故に、ダンジョンがその構造を変化させない為に、破壊不可オブジェクトで構成されている事を知らない。

 と、そこでオレは『待てよ』と自らのゲーム知識にストップをかける。

 思い出せ。そもそも、オレはどうやって想起の神殿‐地下区画に来る事になったのか?

 簡単だ。レイフォックス達の罠にはまって外縁から落とされたからだ。ではどうやって助かった? 落ちながら外縁の壁、その亀裂にネームレスソードを突き立て、亀裂を広げながら落下スピードを緩めたからだ。

 少なくとも外縁の壁は破壊不可オブジェクトではなく、再生型オブジェクトだった。ならば、壁の内部にあるこのダンジョンもまた、再生型オブジェクトで構成されている確率は決してゼロではないのではないだろうか?

 

「試してみるくらいの価値はある……か」

 

 オレは小石を手に取り、天井へと放り投げる。だが、紫色の光によって弾き返された。

 

「無理みたいだな。さすがにそこまで甘くねーよ」

 

「ま、待ってください。あそこを狙ってください! あの亀裂が入っている部分です!」

 

 ユイが指差したのは、なるほど、確かに今にも崩落しそうな亀裂が入っている。オレは移動する。足下が湿り、砂利が泥となっていて動きにくいが、なんとか亀裂の下までやってくると小石を投げる。

 反応はなく、命中した小石が砕けて光となる。だが、それは逆に言えば破壊不可である事を示していないのだ。

 

「ほ、ほほほ、ほら! きっと壊せるんですよ!」

 

「あ、ああ。そうみたい……だな」

 

 自分の考えが当たり、興奮した様子で泥を魔女のブーツで跳ねさせながらオレの隣にまで来たユイは杖を構える。石の投擲では何時間かかっても不可能かもしれないが、魔法ならば短時間で破壊できるだろう。

 おかしい。オレはユイがソウルの矢を天井に命中させ続ける間、モンスターの接近を許さないように周囲に気を配りつつ、この展開に妙な違和感を覚える。

 天井を破壊して上に移動できる。ユイの考えは、SAO時代の破壊不可ダンジョンに慣れ過ぎたオレには出来なかった、まさに柔軟な発想による解決案だ。

 だが、それを製作者側……特にあの茅場の後継者があっさりと許すだろうか? 特におかしいのは、亀裂が入った天井だけが破壊可能であるという点だ。他の無事な天井は破壊不可であるにも関わらずだ。

 途端に、オレの鼻先に冷たいものが触れる。背筋がぞくりとしたそれは、何て事無い、ただの水滴だ。

 

「ん? 水滴?」

 

 見上げれば、ユイの魔法によって拡大した亀裂、そこから水が滴り落ちている。だが、魔法による破壊に集中しているユイはそれに気づけていない。

 足下の泥、亀裂から水滴。破壊可能オブジェクト。茅場の後継者の悪辣さ。オレの中でピースが組み合わされる。

 

「ユイ! 止めろ! これは罠だ!」

 

「え?」

 

 だが、オレの忠告の声は遅く、放たれ続けたソウルの矢により、天井はついに崩落する。それと同時に膨大な水が天井の穴より注ぎ込まれた。瓦礫と水の濁流により、ほぼ真下にいたオレ達はそれらに呑み込まれ、一気に押し流される。

 咄嗟にオレは植物の根を左手でつかみ、右手で通路を流されていくユイをつかむ。

 やがて水は止まり、オレはびっしょりと全身を濡らした状態で乾いた笑みを、ユイは今にも泣き出しそうな顔を、互いに向け合う。

 

「ご、ごめんなさい。私のせいで、こんな……」

 

「いや、まんまと引っ掛かったのはオレも同じだ。ユイのせいじゃねーよ」

 

 どうせ濡れた状態だからといってデバフにならないし、1分もすれば自動的に乾くのだから気にする事は無い。それに幸いにもHPは削られていない。いや、ユイが瓦礫のダメージを受けて、HPが1割程減っているが、お陰で上に続く道ができたと思えば、彼女がHP1割を支払って近道を作ることができたとも言える。

 しかし、茅場の後継者め。こんな嫌がらせみたいな罠まで準備しなくても良いだろうに。まだ槍の雨とか降って来た方が罠らしくて良いだろうに。

 オレは≪歩法≫スキルのムーンジャンプを使い、開いた穴から上の階へと向かう。その後、アイテムストレージからロープを取り出して垂らすと、それをつかんだユイを引き上げる。

 ユイの魔法で開けられた穴はゆっくりと再生を開始している。15分もすれば元通りに戻るだろう。

 

「ここは、何かの生産施設みたいだな」

 

 神殿の外観に不釣り合いな巨大な機械が無数と並び、いずれも錆びついている。長い間水没していたせいか、藻が付着したものが多い。天井に張り巡らされたパイプには亀裂が入っており、そこからは雨のように水が降り注がれていた。これが水源となったのだろう。

 壁を全て破壊し、幾つもの巨大な機械を安置する空間。錆びついてこそいるが、それらはまだ稼働し続けているようだ。一体何を原動力にしているのやら。オレは機械に取り付けられた、青く光る液体で満たされた透明なカプセルを覗き込む。

 中に浮かんでいるのは植物の塊だ。枝と幹と根が絡み合い、一つの何処かで見た覚えがある形を取っている。植物の塊には一本の太いコードが繋げられており、これら機械の動力として利用されているようだ。

 思い出したくない。だが、オレの頭は植物の塊から一つの存在をイメージしてしまう。

 胎児だ。まるでコードはへその緒であり、植物の塊は手足を曲げた、母なる胎で誕生の時を待つ胎児そのものだ。

 気づいた瞬間、植物の塊はその頭部に当たる部分を動かし、閉ざされた目を開く。だが、そこに眼球と呼べるものはなく、替わりに血のような赤い花が咲く。

 

 おんぎゃぁ! おんぎゃぁ! おんぎゃぁ!

 

 そんな幻聴が聞こえるかのように植物の胎児は液体の中で口を開閉し、オレには聞こえない鳴き声を上げる。ここから助けてくれ。普通に生まれたかった。こんな風になる為に命を得たのではないのだと主張するように。

 だが、それも束の間の出来事だ。目の代わりの花を萎ませ、植物の塊は再び眠りにつく。まるで何事も無かったかのように。

 

「こんなの……こんなのおかしいです! 絶対に間違がっています! 赤ちゃんは……赤ちゃんはこんな風になる為に生まれてくるわけじゃないはずです!」

 

 ユイが俯いて拳を握る。ご尤もだが、コレらはあの研究書からも想像できた事態だ。少なくとも、あの研究書の著者は赤子を『種子』とやらの研究に利用していた。もはや人権も、次世代を育てるという事への意義すらも失われ、狂気の研究ばかりが進行していたのだろう。

 オレは機械に繋げられた太いパイプを追う。これら植物と化した胎児を利用し、一体何を生み出していたというのか? 全ての機械から伸びるパイプは部屋の中央部に集中しているようだ。

 それは巨大な炉だった。今も低く唸るような音を響かせて起動している。恐らく植物胎児から集めたエネルギーをここで蓄積し続けているのだろう。文字通り、植物胎児はエネルギー源として枯れ果てるまで搾取され続けているわけだ。

 

「破壊するぞ。大元を壊せば、ここの機械も全部止まるだろ」

 

 胸糞悪い。オレはネームレスソードを抜く。どの程度の耐久値か分からないが、この手のギミックは破壊できるのが定番だ。

 だが、オレがネームレスソードを振り下ろすよりも先に、背筋に冷たい悪寒が走る。

 振り返る。背後には誰もいない。だが、オレの悪寒は鎮まることなく、むしろ大きく成長し続けている。

 そして、オレの前に一つの『影』が生まれ始めた。

 その影の色は赤。それは人の形を持ち、細やかな造形があり、まるで人間が根幹から影へと変換されたかのような存在。

 影はゆらりと立ち上がり、オレへと顔を向ける。目深いフードを被って目元は見えないが、そのローブや雰囲気からして女性だろう。年齢はせいぜい12歳くらいだろう。まだ幼い印象を受ける。

 赤い影は口元を大きく歪める。まるで待ちに待った獲物を見つけた、飢えた獣のように。

 それと同時にオレの眼前に突如としてシステムウインドウが表示された。

 

 

〈闇霊【混沌の三つ子】に侵入されました〉

 

 

 斬撃一閃。ローブから禍々しい巨大な鎌を取り出した少女は疾走し、オレとユイを同時に斬りつける。咄嗟にユイの首根っこをつかみ、オレは背後の巨大な炉を使って三角飛びをして少女の攻撃を回避する。

 幸いと言うべきか、あるいは恐るべき破壊力と慄くべきか、少女の大鎌は空振り、そのまま一撃で炉を破壊していく。

 

「げほ、げほぉ!?」

 

「あ、悪い」

 

 急にオレが親猫が子猫を咥えて持ち上げるように首根っこを引っ張ったせいか、ユイの喉に大きな負荷がかかったのだろう。むせる彼女に謝罪しつつ、機械の一つに着地する。

 だが悪寒は止まらない。新たな赤い影が舞い降りる。それらはオレ達の眼前に着地し、両手を突き出した。

 掌の中央で燃え盛るのは火だ。オレがユイから呪術の火を見せてもらっていなければ、まず回避の反応はできなかっただろう。ユイの横腹を蹴飛ばして赤い影から離し、赤い影の左右の掌から放たれた火炎を掠めながらオレは何とかスプリットターンを発動させて回避に成功する。

 オレは三日月を描くターンの中で双子鎌を抜き、火炎放射をしたまま硬直した赤い影の背後を取る。上空からの奇襲を避けられると思っていなかったのだろう。赤い影の少女は一瞬呆け、やがて歯を食いしばって方向転換しようとするが、もう遅い。

 だが、敵は2人だ。大鎌の少女が不気味な紫色の光を大鎌に湛えさせ、オレに迫っている。

 ソードスキル! SAOの知識が頭の中で巡るが、どのソードスキルも当てはまらないモーションだ。恐らくDBOで新たに搭載されたソードスキルだろう。

 体を捩じるような姿勢から横振りのソードスキルと判断し、オレは咄嗟にしゃがみ込む。間一髪で大鎌のソードスキルはオレの頭上を通り、命中を免れた。だが、その間に炎の噴射を終わらせた少女がソードスキルの硬直で動けなくなっている大鎌持ちの少女の手を握り、一気にオレから距離を取る。

 だが、その最中に2人を青い光の渦が呑み込んだ。

 渦巻くソウルの塊だ。ユイの魔法は2人に命中し、青い光の塊を次々と直撃させて少女たちのHPを削る。だが、削れたのはせいぜい1割程度だ。

 

「クーさん、大丈夫ですか!?」

 

「ああ。助かった。にしても、派手な割に余り利きが良くねーな」

 

 ユイの魔法は全て見せてもらったのだが、その中で最も強力そうに見えたのが、この渦巻くソウルの塊だ。巨大な青い光の塊を中心に、まるで台風のように青い塊を周囲で回転させる魔法である。射程距離はソウルの矢に劣るが、その破壊力は高そうに見えたが、こけおどしだったのだろうか?

 だが、ユイは緊張の面持ちで首を横に振る。

 

「水場にいる、クーさんの言葉を借りれば人肉花なら一撃で倒せる魔法です」

 

「つまり、アイツらのHPの方が異常なわけか」

 

 少女たちは仲良く並び、魔法にも堪えた様子無い。だが、その口元は先程のような獰猛な笑みではなく、狡猾な蛇の微笑がある。

 

『ナルガ、コイツら強いよ』

 

『そうだね、イルガお姉ちゃん。でも、わたし達よりもずっと弱いよ』

 

『油断しちゃ駄目よ。ナルガはあの魔法使いを殺して。私はあの女みたいな男を殺る』

 

『はい、イルガお姉ちゃん』

 

 弾けるように両手に呪術の火を装備した少女……ナルガと呼ばれた方がユイに、大鎌を装備したイルガという少女がオレに向かってくる。

 まずい! モンスターはともかく、ユイは人間には攻撃を躊躇する癖がある。覚悟を決めていようとも、簡単に心の遅延は消せるものではない!

 

「ユイ!」

 

『だめよ。あなたの相手はわたし』

 

 オレがユイの元に駆けるより先にイルガが接近し、オレに大鎌を振るう。禍々しいデザインをしたそれは、オレの双子鎌などとは比較にならない高威力を秘めている。

 ユイの方で爆発が引き起こされる。それを視界に入れつつ、オレは大鎌の連撃を双子鎌でいなしながら、少しずつ後退する。

 

『同じ鎌使い同士、少し遊びましょうよ?』

 

「悪いが……オレは鎌使いじゃねーんだよ!」

 

 双子鎌からカタナに切り替え、抜刀しながらイルガに斬りかかる。大振りの隙を突いた一撃だったが、彼女は軽やかに跳躍してオレの斬撃を回避する。

 ふわりと着地し、にっこりと笑うイルガに、オレは冷や汗を垂らす。

 ヤバいな。コイツ、かなり強い。しかもこの動きの淀みの無さと柔軟性、まるでプレイヤーのような動き……『命』があるNPCに違いない。

 

『危ない危ない。後ろに退いたのは誘いだったのね。今まで相手にしていた奴らとは違うみたい。でも、だからこそ「養分」に相応しいわ』

 

「養分? オレも胎児みたいに電池代わりにでもする気か?」

 

『ふふふ。違うわ。大いなる混沌。1人の魔女が朽ちた果てに残した12の種。その内の四つを使って生み出された混沌の模造品。それをより本物に近づける為には、とても強い力を持った「食事」が必要なの』

 

「よく分からん。オレって頭悪いんだよ。だから簡潔に言え」

 

 オレの切り返しに、楽しげにイルガは喉を鳴らして笑う。こうしている間にも爆炎の轟音や鈴が鳴るような魔法の音が協奏している。早く援護に行かなければならないが、どうにも長期戦になりそうな雰囲気だ。ここはユイが粘れる事を信じるしかない。

 

『死になさい。つまりそういう事よ』

 

「スゲー分かり易いな。だけど、オレみたいな屑は養分にもならねー汚物だと思うぞ!?」

 

 間合いを詰め、カタナで逆袈裟斬りを放つ。イルガはそれを紙一重で回避し、回し蹴りでオレにカウンターを入れる。咄嗟に右腕でガードするも、STRが違い過ぎるのか、衝撃がオレを突き抜けて姿勢を崩される。

 ただの回し蹴りで、しかもガードの上からHP1割近く消し飛ぶ。蹴りでこれならば、大鎌を直撃すればどうなるかなど考えるまでも無い。

 イルガにもオレのHPは見えているのだろう。大鎌から徒手格闘に切り替え、カタナが振るえない超接近戦を仕掛けてくる。

 オレはカタナを逆手に構え、逆にイルガの喉を柄頭で突く。刃だけに攻撃判定があるわけではない。低威力ではあるが、カタナでも柄や反りを使えばある程度の打撃攻撃は発揮できるのだ。

 喉を突かれてイルガがよろめいた隙に距離を取り、カタナをその場に突き刺して双子鎌を抜く。カタナを鞘に収める暇も惜しい。

 オレは左手の鎌でイルガの腹を薙ぐ。だが、ギリギリで体を捩じった彼女は直撃を免れ、逆にカウンターでオレの背中を僅かにだが大鎌で斬る事に成功する。

 互いに赤黒い光を微量に散らしながら身を反転させる。STRもDEXもオレより高いだろうイルガだが、無理な体勢で大鎌を振るったせいで完全にバランスを崩している。オレが上段から双子鎌を同時に振り下ろすが、それをイルガは柄で受け止める。

 

『ごめんね、おにぃちゃん。おにぃちゃんの方が戦い方は上手いみたいだけど、わたしの方が強い!』

 

「だろうな」

 

 今の一連の攻防で分かった。コイツのレベルはオレよりも圧倒的に上だ。オレが喉と腹への攻撃でイルガのHPは削れ、ユイの魔法分を抜けば更に1割削った。対してオレは背中を浅く斬られただけでHPが3割も奪われた。

 武器の性能、ステータス、HP量、全てがイルガの方が上だ。だが、その程度はオレには慣れっこだ。

 オレは咄嗟に力を抜く。双子鎌と大鎌は押し合いをしていたのだ。そこで片方が力を抜けば、もう片方はどうなるだろうか?

 簡単だ。前のめりになったイルガに、オレは≪戦斧≫の単発ソードスキルであるグラインドベアで今度こそ左手の鎌を直撃させる。斬り上げ型の初級ソードスキルであり、単体では火力が低い双子鎌でも、モンスターやネームドならばともかく、『プレイヤーの範疇』の強い敵ならば、適確にソードスキルを命中させれば十分に戦況をひっくり返せる威力がある。

 

『ぐっ!? お、お前……お前ぇえええええええ!』

 

「なんだよ。澄ました声より、感情剥き出しの方が可愛い声じゃねーか!」

 

 双子鎌のソードスキル一発でHPを3割持って行かれ、激昂したイルガがまたあの紫色の光を大鎌に纏わせる。見た目通りのガキだな。冷静に対処して、じわじわとオレを追い詰めれば勝ち目は充分にあるというのに。

 横振りの大鎌のソードスキル。それをオレは先程と同様に、今度は余裕を持ってしゃがんで回避する。更に背負ったネームレスソードを抜いて、イルガにカウンター斬りを決める。

 さすがに通常攻撃ではダメージ量も少ない。だが、こうしたダメージの積み重ねが確実にイルガから冷静な判断力を奪う。

 と、途端にオレの足下に暗い陰が生まれる。咄嗟に≪歩法≫のソードスキルであるバックスライドで後退する。刹那のタイミングで、オレが先程までいた場所に巨大な鉄塊が振り落とされた。

 

『イルガ、怒りっぽいのはあなたの悪いくせよ』

 

 新たな赤い影。他の2人の少女と同じで年齢は12歳くらいだが、その得物は戦槌の範疇を超えた武器、まさしく大槌と呼ぶにふさわしい、巨大なモーニングスターだ。棘の幾つかは欠けているが、それこそが幾多の実戦で使われ、多くの者を叩き潰した証なのだと叫んでいる。

 

『ムルガおねぇさま。ご、ごめんなさい』

 

『謝る事はないわ。折角の活きの良い獲物だもの。確実に狩りましょう』

 

 ムルガと呼ばれた少女はその身を独楽のように回しながら、巨大なモーニングスターをオレに叩き付けてくる。

 こんな物を受け止めては双子鎌が折れてしまう。オレは巨大な武器であるが故のモーションの大きさが見せる隙を利用して攻撃を潜り抜けて双子鎌で逆に喉元を狙う。

 だが、それよりも先にイルガが床を削りながら大鎌の斬り上げを放つ。寸前で双子鎌を交差して柄で防御する。無理に受け止めれば柄が折れかねないと判断し、足の力を抜いてあえて吹き飛ばされる。

 だが、その間に巨大モーニングスターを振り上げたムルガが迫る。宙では回避行動は取れない。

 オレはネームレスソードに切り替え、≪両手剣≫の単発型ソードスキル【ヘルムブレイカー】を発動させる。兜割りの名の通り、上段から大振りの斬り下ろしのソードスキルだが、武器を振り下ろすモーションと共に問答無用で高速落下するという特徴がある。

 下手に穴の上などで発動させれば受け身も取れないまま地面と直撃してしまう。だが、空中で突如として真下に高速落下できる為、回避にも有用だ。

 巨大なモーニングスターが髪を掠め、オレはヘルムブレイカーで一気に床まで落下する。着地を終えたオレにイルガが大鎌で降りかかるが、それをネームレスソードの斬り上げで迎撃する。

 追撃をかけようとするイルガを、着地したムルガが腕で制する。

 

『焦っちゃ駄目よ。あれはヘルムブレイカー。とても体力を使う『剣技』のはず。もうアイツの体力はそんなに残ってないわ』

 

 ご名答だ。オレは思わず内心で舌打ちをする。ヘルムブレイカーの難点は、そのスタミナの消費量の多さにある。今のオレでは1回の発動でスタミナの半分を奪われてしまう程だ。

 既にソードスキルを多発しているオレは、スタミナ危険域を示す涙のアイコンが表示されている。相手からは見えないが、ムルガは知識で以ってオレが確実に追い詰められ、反撃も回避も手段を失いつつある事を察知したのだ。

 ただの『命』があるNPCだけではなく、メタではない程度にソードスキルやスタミナといったステータスに関する知識もある。増々厄介だな。

 

『確実に磨り潰す。行くわよ、イルガ』

 

『分かったわ。おねぇちゃ――っ!?』

 

 だが、途端にイルガに異変が生じる。痙攣し、その手の大鎌を落としてしまう。

 

『あ、ああ……ああァっ!?』

 

『イ、イルガ!?』

 

 ムルガが妹の異常に気付いた時には全てが遅い。彼女の腹から鋼の刃が突き出し、その小さな体がゆっくりと持ち上げられていく。

 オレは茫然とその光景を見守るしかなかった。イルガが宙に持ち上げられ、振り飛ばされる様を見つめるだけだった。

 

 

 

 

『どうやら苦戦しているようだな、我が好敵手よ』

 

 

 

 

 そして、『ヤツ』が再びオレの前に姿を現す。

 かつてとは異なり、鈍い金色を帯びた黒い甲冑を身に付け、変わらず兜の覗き穴からは赤い光を漏らしている。その兜は竜を模したものであり、2本の角を持ち、額の部分には橙色の小さな球体状の宝石が埋め込まれていた。

 圧倒的なプレッシャーが、オレの内側で『何か』を燃え上がらせる。それは戦意となり、『ヤツ』に牙を剥かんとする。

 今までと異なり、明瞭となった声で、『ヤツ』は宣言する。

 

『とりあえず、貴様ら邪魔だ。死ね』

 

 ダークライダー。オレが闇の騎手と三度目の会合を果たした瞬間だった。




ライバルは仲間になって再登場。
王道ではありますが、ダークライダーさんに参戦していただきます。
これで主人公側とバランスが取れて3対3となりました。

それでは、次から闇の騎手の活躍を46話に祈って、

Let's MORE!

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