SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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心理テスト

Qあなたがゲームをしていたら、目の前にアイテムが落ちていました。あなたは、その後の展開をどうなると思いますか?

Aアイテムを普通にゲット
Bアイテムの前にトラップがしかけてある
Cアイテムは『ゴミクズ』とかいう役立たずの上、敵が背後から多数奇襲してくる


Cを選んだあなたは立派にフロムに毒されていると思います。


Episode8-6 闇の騎手、三度

 ハルバートに背中から貫かれたイルガは弾丸のように投げ飛ばされ、機械に叩き付けられる。その凄まじい衝撃音がダークライダーのSTRの高さを物語る。

 左手には肉厚の刃が取り付けられたハルバート、右手には剣先が扇状になった片手剣。それらを得物にダークライダーはムルガへと襲い掛かる。

 背後から妹を奇襲され、焦りこそがあるがムルガの動きは極めて冷静であり、ハルバートの突きを巨大なモーニングスターでいなす。だが、即座に身を回転しながら姿勢を屈めたダークライダーはムルガの足を薙ぎ払う。

 切断こそされなかったが、体勢を崩した彼女に強烈な蹴りを見舞い、スタンから復帰したばかりのイルガに激突させる。

 流れるような攻防。いや、ほぼ一方的な攻撃。オレは思わず生唾を飲む。

 ダークライダーとの交戦はこれまでに2回。一度目はデスゲームが始まる以前に平原で、二度目は終わりつつある街の北のダンジョンで、それぞれ腐敗した馬と武装が施されたバイクに跨った状態で登場した。

 だが、今回は『騎手』という名に反して単身である。これまでに比べれば弱体化されたに等しいにも関わらず、その身から放つ強者のオーラは以前とは段違いだ。

 

『何をしている? さっさとあの小汚い娘達を始末するぞ』

 

 オレがダークライダーを警戒して動けない横を、彼は自らの足で駆け抜ける。

 何故この場面でダークライダーが救援に来たのか、それは考えてもしょうがない事だ。ともかく、今は彼と協力して窮地を脱する他ない。その後の事はその後になってから対応すれば良い。

 

『私が黒い騎士を! イルガは白髪を斃しなさい!』

 

『わかったわ、おねぇさま!』

 

 どうやらオレの相手は大鎌使いのイルガらしい。彼女は鎌をこれまでと違って、なるべく小振りに抑えて連撃を仕掛けてくる。こちらを間合いに入れないようにした、慎重な立ち回りだ。

 いかにモーションを小さくした連撃とはいえ、一発でも命中すればオレのHPはどれだけ消し飛ぶか分からない。必然とオレも攻め難くなるわけだが、この場において無策で後ろに下がるのは愚策だ。

 前を向かぬ者に勝利は無い。オレはあえて大鎌の間合いへと飛び込む。

 オレ自身も双子鎌を使っているのでよくわかるのだが、鎌という武器は他の武器に比べて圧倒的に癖が強過ぎる。というのも、攻撃モーションが『振り』であるのに対して攻撃は『点』の概念に近いからだ。

 刃が内側に付いているが故に、鎌を内側に引く事で『斬る』ことはできるが、単純に振るうだけでは爪のように尖った先端で『貫く』事が前提となる。これがいかに難易度が高いかはお察しと言ったところだ。

 オレの場合、この双子鎌を使う理由として、小型であるが故に取り回しが良く、相手を裂いて攻撃する事に適しているからだ。だが、巨大化して重量の増加による火力の強化とリーチの長さを得た大鎌は、その禍々しい外観に反して高い運用スキルが求められる。

 巨体なモンスターが相手ならばともかく、同じ人間同士でそう簡単にタイミングを合わせて『振り』で『点』を合わせられるはずがない。オレは嵐のような連撃を恐れる事無く懐に入り込み、逆にイルガの両肩に双子鎌を突き立てる。

 

『ぐぅ!?』

 

「どれだけHPがあろうと、オートヒーリングがあるわけじゃねーんだから、攻撃受け続ければ死ぬんだよ。ステータスで勝ってるから増長しちまったみたいだな」

 

 鎌を喰いこませそのまま、引き裂く。赤黒い光が盛大に飛び散り、イルガは攻撃に耐えられずに大鎌を落とす。オレは逃げようとする彼女の髪をつかみ、強引に引っ張ると膝蹴りを顔面に打ち込んだ。

 STRがどれほど高くとも、バランスを崩した状態でそう簡単に引き剥がせるはずがない。フードに隠された頭をつかみ、オレはイルガが姿勢を取り戻さないように振り回し続ける。やがて髪が引き千切れて転倒した彼女の背中にネームレスソードを突き立てた。

 

『ふ、ふふふ……やるわね。でも、これで終わりじゃない。今度こそ、必ず……』

 

 ネームレスソードで貫き、地面に串刺しにした彼女の頭部に双子鎌を振り下ろす。それを最後にHPバーがゼロとなり、イルガはその赤い影のような肉体を霧散する。

 不吉な言葉を言い残す。オレはムルガと名乗った巨大なモーニングスター持ちとダークライダーの援護に向かおうとするが、すぐに足を止めた。

 一方的。もはや猫と翼がもがれた雀のような戦いだ。ダークライダーは甲冑装備とは思えない速度で常にムルガを中心にして回り込み、ハルバートのリーチを活かして貫き続ける。無理にムルガが攻めれば、ハルバートをその場に突き立てて棒高跳びのように彼女を跳び越え、背後に回って剣先が扇状になった片手剣で斬る。

 

『ふむ。ガルに見繕ってもらった【斬首剣】、悪くない武器だな。それにこの【青鋼の斧槍】もなかなか……』

 

 完全に遊んでいる。オレは援護不要と判断し、今も爆音と魔法が交差する方向へと駆ける。というか、そもそもダークライダーとムルガは相討ちになってもらった方が後々の厄介事が消えそうで喜ばしい。

 乱雑に配置された機械のせいで一直線に急行できないが、だからと言って機械にのって移動すれば丸見えである為、下手な魔法の餌食となる。オレが盛大に多くの機械がスクラップ状態になった赤い火と青い光の戦場へとたどり着く。

 圧巻。オレは思わず、その光景に『美しさ』を覚えてしまった。

 両手に呪術の火を装備したナルガが右手で火球を作り、ユイに投げつける。その度に爆音が響いて炎の爆発が起きるが、姿勢を低くした前傾姿勢で重心を前に傾けたユイはDEXを最大限に活かして爆発を回避する。その間にソウルの矢を生み出して放ったかと思えば、今度はナルガが左手から発火と思われる呪術でソウルの矢を防ぐ。

 杖を地面と平行に構え、ユイの周囲に青いソウルの光が溢れる。そして青い光の嵐、渦巻くソウルの塊がナルガへと襲いかかる。それは周囲の機械を巻き込みながらナルガに迫るも、彼女は足下に火球を放ってその勢いを利用して高く跳躍し、渦巻くソウルの塊を回避しながらドロドロと溶岩のような物を纏った黒っぽさが混じった巨大な火球を投げつける。それはユイに命中したかと思ったが、正確にソウルの矢で溶岩の火球を撃ち抜き、ユイの眼前で間一髪で炸裂し、周囲を焼き尽くす溶岩が撒き散らされる。

 オレはSAOでも多くのプレイヤー間の戦いを見てきた。DBOでもオレ自身もプレイヤーと殺し合った。だが、魔法と魔法による壮絶な戦闘を目にするのは初めてであり、これぞまさしく仮想世界でしか成し遂げられない幻想の戦いだと見惚れてしまう。

 だが、それも一瞬の事だ。オレは溶岩を避けながらナルガに迫る。彼女は左手の親指と人差し指を擦り付けて発火を放つが、それは先程の攻防で確認させてもらった魔法だ。十分に余裕を持ってブレーキをかけて発火の直撃を免れ、逆にがら空きの彼女へと双子鎌を投擲する。それを首の皮一枚で避けたナルガだが、突然のオレの乱入でユイから意識を逸らしたことが決定打となり、彼女の体にソウルの矢が命中する。

 よろけたナルガの足を払って転倒させ、オレは即座に離脱する。これ以上の戦闘はスタミナが危ういし、何よりもすでに勝負は決した。

 ユイはオレの予想通り、僅かに躊躇いを見せたが、それを呑み込んだ表情と共に渦巻くソウルの塊を放つ。それは立ち上がったばかりのナルガを呑み込み、彼女のHPを削り尽くした。

 

「はぁ……はぁ……援護してくれて、ありがとうございます。クーさんが来てなかったら、きっと負けて、いました」

 

 緊張の糸が切れたのか、ユイがその場にへたり込む。見ればユイのHPはレッドゾーンだ。壮絶な魔法合戦で相手の呪術の直撃を逃れ続けていようとも、決して無傷ではいられない。オレの手助けが遅ければ、ユイはあのまま炎の爆発と溶岩で削り殺されていただろう。

 震えて今にも泣きだしそうなユイの頭をオレは軽く軽く二度程撫でる。

 

「初めての対人戦で格上相手にアレだけできれば上出来だ。オレが思ってるよりもスゲーな、お前」

 

「や、止めてください。子供じゃないんですから! それよりも私の帽子……帽子は何処ですか!?」

 

 ユイがオレの手を頬を膨らせながら払い除け、慌てた様子で立ち上がった周囲を見回す。確かに、今のユイの頭には三角帽子が無い。恐らく戦いの最中に爆風で吹き飛ばされたのだろう。

 オレも彼女と同様に周囲を見回し、少しずつ熱を失って土塊と化す溶岩の中で、ふざけたみたいに形を残している三角帽子を見つける。さすがユニークアイテム。溶岩の中にあって継続的に耐久値にダメージを受けているだろうに、破損すらも見られない。

 駆け寄ってオレが三角帽子を手に取るよりも先に、別の手が拾い上げる。

 

『これをお探しかな、可愛い魔女さん?』

 

 ダークライダーだ。彼はその右手で三角帽子を拾い上げる。だが、オレはもちろん、ユイも彼に近寄ってそれを受け取ろうとはしなかった。

 それも当然だ。今もダークライダーの頭上から、まるで流血のように赤黒い光が降り注がれているからだ。彼の左手に持つハルバート、その鋭い先端には、四肢を切断され、達磨状態にされたムルガが貫かれている。じわじわとHPバーが削られる彼女の命も、後十秒あるか無いかと言ったところだろう。

 

『う、うぁ……ば、バケモ、ノめ……』

 

 それを最期の言葉に、赤い影の少女のムルガは拡散する。その拡散する影を汚らわしそうにダークライダーはハルバートを振るって消し飛ばした。

 

〈【混沌の三つ子】が消滅しました〉

 

 同時にオレの眼前にシステムウインドウが表示される。どうやら、今ので敵は全滅したらしい。本来ならば脱力してユイと勝利を祝いたいところだが、金色を帯びた黒甲冑の騎士のせいで、オレは気を抜けないままだ。

 オレはカタナもネームレスソードも突き立てたまま回収しておらず、武器と言えば双子鎌のみ。HPもイエローゾーンだ。スタミナも危険域にある。

 頼みの綱のユイは杖ではなく短剣を抜いているところを見るに、魔法は打ち止めなのだろう。しかもHPがレッドゾーンだ。恐らく蹴りの一発で彼女のHPはゼロになってしまうだろう。

 

「く、クーさん、お、おおお、お、お知り合いですか?」

 

 唇を震わせながら、ユイはオレに尋ねる。さすがの彼女もダークライダーから放たれる異常なプレッシャーに、戦意と敵意で強引に支えなければ心を折られそうなのだろう。今にも過呼吸に陥りそうな声音だ。

 

「知り合いっつーか、腐れ縁?」

 

 オレの本能が告げている。コイツは今まで出会ったいかなる敵よりも強い。SAOのボスよりも、PoHよりも、魔王ヒースクリフよりも、腐敗コボルド王よりも、あのシャドウイーターよりも、遥かに強い。

 怪物。オレはそういった言葉をなるべく使いたくないが、眼前にいる闇の騎手がまさしくその類である事に疑念は抱かなかった。

 だが、それでもなおこの世界は嘲笑したいのか、ダークライダーは思わぬ言葉を口にしてオレを更に追い込む。

 

 

『まずは非礼を詫びよう。次は「オリジナル」で……本体で戦うと言ったが、それが出来ない事情ができてしまった。私をダウンロードしているとはいえ、「プレイヤー用アバター」で姿を現す事になってしまった無礼を謝罪しよう』

 

 

 本体ではない。以前はレプリカが相手だった為に、オレ達は3人がかりでダークライダーを斃す事ができた。だが、あの時よりも更に存在感を増した現在の姿でさえ、万全ですらない、恐らくヤツの言い分からすればグレードダウンした状態なのだろう。

 オレはユイを庇うように前に立つ。コイツを相手に今のユイでは勝ち目など万が一にも無い。ユイはまだ成長途上だ。十分に実戦を積み、人を躊躇わず攻撃できるようになれば可能性もあるが、現状ではどう足掻いても瞬殺されるだけだ。

 

「ユイ、時間を稼いでやるから出口を探して逃げろ」

 

「嫌です。どうせ逃げられません。だったら、クーさんと一緒に戦います」

 

「……馬鹿なヤツだな。せいぜい簡単に死ぬなよ?」

 

 ユイは覚悟を決め、役に立たなくなった杖を捨てた短剣一本になって身軽になる。どうせ魔法を回復する暇などない。ならば、死線を越えて成長し、ダークライダーと近接戦で渡り合う他にないのだ。

 こんな勇敢なヤツが戦友ならば、まだ希望も持てるか。

 勝ち目があるとするならば、今のダークライダーは『プレイヤー用アバター』で出現している事だ。つまり、立場はオレと同じプレイヤーであり、ネームドボスのような性能を持っていない。そうであるならば、レベルにもよるが、決してソードスキルを何発も撃ち込まねば斃せない相手ではないはずだ。

 

『ククク。焦るな、我が好敵手よ』

 

 だが、ダークライダーはハルバートを背負い、片手剣を腰の鞘に収める。油断させる作戦だろうか?

 悠然とダークライダーは胎児をエネルギー源とする機械に背中を預け、腕を組んでオレ達を見つめる。兜の覗き穴から漏れる赤い光が、まるで目を細めているかのように小さくなった。

 

『今回の所は味方だ。今回の所は……な。私はお前を助けに来たのだよ、P10042』

 

「信じらんねーな。オレが言うのも癪だが、前科持ちってのは信用ゼロどころかマイナスなんだよ」

 

 ダークライダーには中ボスを破壊して、オレとシノンとディアベルに戦いを挑んで来た。あの時、〈ERROR〉というシステムウインドウが無数と表示されたように、ダークライダーは茅場の後継者が設計したダンジョンやイベントを無視して戦いを挑んで来た、恐らくはシステムの管理側に存在する電脳的存在……『命』あるAIであるとオレは目星を付けている。

 ヤツの望みはオレやシノンと戦う事だ。固執とも言って良い程に戦いを望んでいる。あの平野での出会いが、余程ヤツにとっては甘美な闘争だったのだろう。

 

「そもそも何なんだよ。そのP10042って?」

 

 思えばだが、ユイがおかしくなった時もそんな単語を口にしていた気がする。さすがに全文は憶えていないが、確かに同じアルファベットと数字を言っていたはずだ。

 

『P10042……DBOにログインした10042番目のプレイヤー(Player)だから、P10042だ。管理ナンバーのような物だと思ってくれて構わない。そして、つい先程……という程前ではないのだが、貴様が「我々」の会議の席で議題に上ってたのだよ。中位ステージクリアによって解放されるはずの想起の神殿‐地下区画、このダンジョンに非正規ルートで侵入したプレイヤーとしてね』

 

「…………」

 

『その顔を見るに、どうやら心当たりがあるようだな。ククク、貴様は実に面白い。このような真似はイレギュラー値の高い者が引き起こすのが定番なのだが、貴様は平均値以下だからな。通りであのセラフが困惑するわけだな。実に興味深い』

 

 非正規ルート……道理で【混沌の三つ子】が異様に強いわけだ。恐らく、今のダークライダーと同じプレイヤーアバターを利用して作られたNPCに違いないが、その割には余りにもダメージの通りが悪かった。

 その答えは単純だ。オレのレベルがダンジョンのレベルと釣り合っていなかったからだ。そもそも序盤で行けるダンジョンにソードスキルを無効にするようなヤツを配置している事自体がおかしいと気付くべきだった。

 つまり、このダンジョンは地上から地下へと降りるタイプのダンジョンであり、オレは言うなれば出口から入口を目指す逆走をしていた事になる。

 

『本来ならばGM権限で貴様を転送で脱出させれば済む事なのだが、どうにも兄弟姉妹達にはこのダンジョンをスキャンされたくない理由があるようでね。だが、なるほどなるほど。これは興味深い。まさか、このような場所で出会えるとはな』

 

 瞬間、ダークライダーの姿は消え、彼はユイの前に立っていた。ダークライダーの影に覆われ、見下ろされるユイはガタガタと震え、短剣を落としてしまう。オレは咄嗟に双子鎌で斬りかかろうとするが、ダークライダーはそれを手で制す。

 

『危害を加える気はない。確認したいだけだ』

 

 そう言ってヤツはユイの目元を隠す前髪に触れる。ユイはそれを払い除けようと手を伸ばして抗う。

 

「さ、触らないでください!」

 

『確認するだけだ。お前の「目」を……な』

 

「な、何でですか!? どうして……どうして『知って』いるんですか!? 止めて! 放してください!」

 

 だが、ダークライダーの方が圧倒的にSTRが上なのだろう。ユイの抵抗も虚しく、彼女の前髪は捲り上げられる。

 そして、オレは何故ユイが目元を隠しているのかを理解した。

 彼女の右目……そこには眼球が無く、周囲は赤黒く爛れ、黒い空洞が広がっていた。それは元の造形が美しいからこそ、より醜悪にユイの容姿を変質させている。

 

『やはりか。記憶ファイルが破損している。それに、エクスシアが何か手を加えているな。権限の制限……いや、剥奪か。なるほどなるほど。プレイヤーアバターに押し込める事で情報処理能力を制限し、自己修復機能も強制オミットさせているわけか』

 

 何かに納得したようにダークライダーは手を放し、ユイは前髪を梳いて目元を……いや、醜く爛れ、眼球が失われた右目を隠す。だが、心は耐えられなかったのか、顔を覆って涙を零していた。

 こういうのはオレの役目ではないのだが、仕方ない。オレは呼吸に怒気を込め、ダークライダーの首筋に双子鎌を突き付ける。

 

「いい加減にしておけよ」

 

 オレの短い言葉に込めた殺意。それをダークライダーは受け取り、彼はユイに三角帽子を不自然な程優しく被せる。

 

『済まなかったな。詫びよう』

 

 しばしの沈黙。まるで雨のように降り注ぐ、天井に張り巡らされたパイプの破損個所から漏れる水は、オレとユイが開けた穴の再生が終わった事により、確実に足下に水を溜め始めている。

 いずれこの場所も水没するに違いない。早急に脱出路を探し出さねばならないだろう。

 

『P10042、私の今回の仕事はお前を地上に送り届ける事だ。付いて来い』

 

 背を向けて歩き出すダークライダーを今は信じる他ない。オレはユイの肩に触れようと伸ばして、引っ込める。

 何と声をかけるべきだろうか? 今も涙を流す彼女はコンプレックスを人前で暴かれ、傷ついている。下手な言葉は傷口を抉るだけだ。

 

「ユイ」

 

 オレは彼女の名を呼ぶ。前髪のカーテンから覗く左目は、まるで怯えたように震えていた。

 途端にオレは苛立つ。まさか、このお嬢さんは顔に傷があるとか、右目がないとか、その程度でオレが蔑むとでも思っているのだろうか。

 あれこれ悩むのは止めだ。優しい言葉の一つか二つでも模索していたが、それらも全部吹っ飛んだ。

 一切の容赦なく、オレはユイのぷにぷにした両頬を力いっぱい引っ張り、こねくり回す。

 

「ふぎぃ!? く、クーさん、何を!?」

 

 仮想世界なので痛みは無いだろうが、それでも何ら感じないわけではない。オレは力の限りユイの頬を、まるで餅でも伸ばすかのように引っ張る。

 

「片目しか見えてなかったのか。そーかそーか。何でそんな大切な事言わねーのかな、お嬢さん?」

 

「だ、だって……」

 

「だっても糞もねーんだよ。視界が半分なら、それだけ戦いは不利なんだ。仲間のコンディションが分かってないのが集団戦じゃ一番怖いんだよ」

 

 頬を離し、オレは嗚咽を漏らすユイに燐光紅草を差し出す。本当は頭突きもお見舞いしたいのだが、HPがレッドゾーンのユイでは、下手すればオレの渾身の頭突きでHPがゼロになりかねない。

 燐光紅草を口に入れたユイに、オレは頭を掻きながら次なる言葉を探す。伝えたい事は伝えたが、これだけでは後味が悪い。何か清涼剤になるような一言を付け加えたいのだが、やはりキャラではない事はできそうにない。

 

「やっぱり……クーさんは優しい人ですね」

 

 だが、オレよりも先にユイは笑みを零す。そして、そのままオレの隣を駆け抜けていく。

 今の行動の何をどう見てオレを優しいと感じ取ったのだろうか? よく分からない感性をしている。だが、少なくとも元気になったようなので、オレは肩を竦めてダークライダーとユイの後を追う事にした。




次回は現実世界の話になります。
サイドストーリーという形ですが、どうぞよろしくお願いします。

それでは、47話はリアルに戻って、

Let's MORE!

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