SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

48 / 356
ブラッドボーン発売まで秒読み開始!
ついに待ちに待ったフロムソフトウェアの最新作の発売を明日に控え、もはや身悶えしています。
今度はいかなる風にフロム脳が試されるのか、今から楽しみで仕方ありません!


Episode9-1 プランB無き者に未来無し

「それで具体的な脱出プランは?」

 

 混沌の三つ子と戦闘を繰り広げた広大な機械区画から水没する前に、更に上の階に続く階段を発見し、ひとまずはモンスターの気配が無い空き部屋を見つけて隠れたオレ達は、此度の混乱の原因にして、救世主とも言うべきダークライダーの脱出計画について尋ねた。

 ユイからすれば、右目の事を暴いたダークライダーに対しての心証は悪いはずだが、帽子を被せてくれた時の何処か温かみのある態度のせいか、彼に対して微妙な視線を送り、なおかつ信頼していないが敵対の意思も無い事を示すような絶妙な距離感を保っている。

 対してオレは空き部屋のドアの前に陣取り、いつモンスターが乱入してきても対応できるように耳を澄ませている。こうなってくると≪聞き耳≫スキルが欲しくなるのだが、生憎今後も入手する予定はない。

 件のダークライダーといえば、比較的狭い空き部屋を見回し、珍しげに棚に収められた本を手に取って開いている。恐らくは執務室として利用されていたのだろう。デスクには背中を複数の槍で貫かれた白骨死体がうつ伏せのまま沈黙を保っている。

 

『そう焦るな。時間はたっぷりある。私も今回の「余暇」を有意義に使いたいのだよ。しかし、なるほど。なかなか興味深い設計だ。セカンド・マスターも面白い試みをしている。ファースト・マスターとは違う趣だ。世界観の設計思想そのものが異なっている』

 

 オレとユイは顔を見合わせ、彼が話し出すまで待つ事にしようと無言で了承し合う。戦いさえしなければ、確かに時間だけには余裕があるのだ。下手にダークライダーの口を割らそうとしてへそを曲げられても困る。

 数十分後、棚の本を幾冊かを熟読し、何かに納得したように頷いたダークライダーは、やや船を漕ぎ始めていたユイと欠伸を噛み殺すオレ達の方へと向き直る。

 オレは床に腰を下ろしていたユイを膝で軽く小突いて起こす。こんな状況で眠ることができるユイはやはり大物なのかもしれない。あるいは、オレとダークライダーにある種の信用があるのだろうか?

 

「そろそろ話す気になってくれたかよ?」

 

『ああ』

 

「ちなみに何を読んでいたんだ? 随分と楽しそうだったけどよ」

 

『人間の性癖に関する書物だ。どうやら人間というのは、痛みに対して快楽を見出そうとする奇人がいるようだな。実に興味深い』

 

 SM本かよ!? 投げ渡された『抜け出させない人の縛り方と愛のある鞭の指南書』という本に、オレは思わず呆れてしまう。

 ……ユイはどうやらブツの正体を理解しておらず、『?』のマークが頭上に付きそうな顔で首を傾げている。彼女の純粋そうな興味の眼を無視してオレはアイテムストレージに、この貴重な書物を入れておく事にした。

 別にオレに特別な性癖があるわけではない。だが、存外こういうアイテムは高値で取引されたりするものだ。SAO時代もそうだったが、仮想世界での生活が長引けば長引く程にプレイヤーはあの手この手で娯楽を求め始める。そんな時に、こうしたアイテムは時としてレアアイテム級の価格で裏市場に出回り争奪戦になるのだ。だから、断じて興味があるわけではない。

 

『脱出プランだが、シンプルなものだ。まず貴様をこのダンジョンのモンスター侵入禁止エリアに連れて行く。そこでならばフレンドメールの使用が可能だ。貴様は適当なプレイヤーに救出要請を出し、このダンジョンに侵入した経路をそのまま戻るだけだ』

 

 なるほど。確かにダークライダーの計画は実に理に適ったものであり、最も成功率が高いものだろう。

 オレ自身も外縁部から落下した後にフレンドメールの送信を試みたように、信頼の置ける外部のプレイヤーと連絡さえ取れれば地上に帰る事が出来る。想起の神殿‐地下区画に侵入した水路を逆走し、救援が外縁から垂らされたロープなりに掴まって引き上げて貰えば良いだけの話だ。

 

『ここ2階ほど上った所にモンスター侵入禁止エリアがある。そこまで貴様を――』

 

「却下だ」

 

 だが、オレはダークライダーのプランを否定する。さすがのダークライダーもオレの言動は予想外だったのか、兜の覗き穴から漏れる赤い光がまるで目を見開いたかのようにやや大きくなった。

 確かに、ダークライダーのプランは魅力的だ。オレ自身も窮地を脱する手法としても悪くないと思う。だが、それはオレが『個人』だった場合の話だ。

 今のオレはユイを地上に連れて行くという恩返しがある。一宿一飯の恩義、ましてや命の恩人を放り出して地上に戻るなどできない。ユイが【朝霧の魔女の牢獄】から下には1階分しかケダモノの首輪の効果によって下りることができない。つまり、オレが侵入に利用した排水路をそのまま戻り、格子を破壊してダンジョンの外に出る事が大前提のフレンドメールによる救援要請作戦は選択の価値さえない。

 

「駄目です! クーさん、ダークライダーさんのプランでいきましょう!」

 

 だが、肝心のユイはオレの身を心配してか、ダークライダーのプランに賛成の意を唱える。

 これも予想済みだ。付き合いは短いが、ユイは自分の利益を得る為に、他者を犠牲にしてまで我を通そうとする人間ではない事くらいは分かっている。

 レベルに見合わない高難易度のダンジョン。単にプレイヤースキルだけで生き抜くには限度がある。先程の混沌の三つ子もそうだが、アレ以上の強敵が今後も出現しないとも限らない。その時、オレはもちろんだが、ユイとて交戦して生き残れる確率は極めて低いものになるだろう。ユイはそれを計算できないようなヤツじゃない。

 だからこそ、オレは彼女にできない事をさせてもらう。オレ自身の、単純極まりない我儘を押し通させてもらう。

 

「オレは約束を破らない。特に自分自身に誓ったなら尚更だ。ユイ、オレはお前を必ず地上に届ける。それを成せないまま逃げ出す気はねーよ。オレ自身の為に」

 

 たとえ、どれだけの人間を殺そうとも、どれだけの悪行を成そうとも、自分自身を裏切るような真似だけはしたくない。それが生から程遠い死への行軍を招く真似だとしても、オレはオレの魂を否定したくない。

 それがオレの狩人としての矜持であり、傭兵としての流儀だ。自身と依頼主だけは裏切らない。

 

「……これじゃあ、私の方の恩が大きくなるばっかりじゃないですか」

 

「そう感じてるのなら地上で返してもらうだけさ。言っとくが、オレへの恩返しは安く済むから安心しとけ」

 

 今にも泣きそうなユイに、オレはおどけながら笑う。別に彼女の未来を按じての事ではないのだ。オレはオレのやり方を貫く。だからユイは余計な物を背負わず、自分の望みを叶えれば良い。たったそれだけのシンプルな理屈だ。

 その様子をダークライダーは楽しげに喉を鳴らして笑う。ヤツからすればオレの我儘は茶番に見えているのか、それとも別の感情を抱いたのか。

 

『良かろう。ならばプランBだ』

 

「プランBって……普通はそんな物ねーのがお決まりだろ」

 

『何を言っている? プランAがあるならばプランBやCを準備する。オペレーションパターンは常に複数準備して必勝を狙う。これが常識というものだ。一つしかないプラン、オペレーションなど、自ら弱点を作っているようなものだ』

 

 よくわからないが、ダークライダーに常識という単語を使った事に対し、オレは少なからずの苛立ちを覚える。常識外れの塊みたいなヤツに常識の何たるかを語ってもらっても僅かとして共感できないのと同じだ。

 とはいえ、オレもガキではない。ストレスを呑み込み、ダークライダーのプランBに耳を傾ける。

 

『先に断わっておくが、プランBは成功率が高めのプランAよりも遥かに危険だ。貴様が選んだ道だ。リスクは背負ってもらう』

 

「当たり前だ。ユイはもちろん、ダークライダー……お前の分のリスクもオレが背負ってやるよ」

 

『ククク。やはり、お前は面白い男だ。では、プランBの概要を説明する。このダンジョンから地上に戻る方法は大きく分けて三つある。一つは外壁から地上に戻る、非正規ルートを用いて脱出を図る方法。二つ目は完全なる逆走。つまり、このままダンジョンを上り続ける方法だ。だが、この方法は事実上不可能だ』

 

 理由を問おうとしたオレだが、それをダークライダーが急かすなと言うように手で制する。

 

『先程も述べたが、このダンジョンは本来中位のステージを複数クリアする事によって入口が「解放」されるタイプのダンジョンだ。つまり、現段階では「入口」そのものが封鎖されている。これを解除する事は不可能だ』

 

「私たちは言うなれば、蓋が開いていない瓶の中にいる。そう考えて良いんですか?」

 

 ユイの譬えは分かり易い。瓶の中身を取り出そうとするならば蓋を開けねばならず、中身が外に出る為には蓋が開いていなければならない。そもそも蓋を開ける事が前提の瓶の中では、内部にいるオレ達に出口は無い。

 本来ならばこの時点で頭を抱えて難題に挑まねばならないところだが、今回はダークライダーが三つの方法と予め宣言している。内の二つが無理ならば、最後の一つの方法に頼みの綱を託す他ない。

 

『その通りだ。そして最後の方法は、ダンジョンに備えられた強制脱出トラップを利用する方法だ』

 

「強制脱出トラップって……確かアレだよな? いわゆるすごろくで言うところの『ふりだしに戻る』ってヤツだよな?」

 

 オレも幾度かSAOで味わった、間違いなく『精神的にキツいトラップ』ランキング3位入りは確実だろう地味な定番トラップ。それが強制脱出トラップだ。

 読んで字の如く、このトラップに引っ掛かるとダンジョンから強制的に脱出させられ、なおかつマッピングデータも初期化される。SAO時代でその存在が明らかになり、多くのプレイヤーを阿鼻叫喚の地獄に叩き込んだトラップだ。

 ダンジョンのマッピングがどれ程の労力が必要なのか。それは言わずとも分かる事だろう。他のプレイヤーに先んじてダンジョン攻略をしている攻略組からすれば、貴重な収入源にも成り得るマッピングデータを失うどころか、貴重なアイテムを先取りされかねなくなる。しかも茅場はこの強制脱出トラップがお気に入りだったのか、序盤のダンジョンから各所に配置していた。

 

「強制脱出トラップなら、入口が封鎖されていようが何だろうが関係ない。まさしく、システム側がご丁寧に準備してくれた脱出路ってわけか」

 

『これがプランBだ。このプランの欠点だが、このダンジョンではおよそ19箇所に固定配置された強制脱出トラップが存在するのだが、ここから1番近いのは地下16階にあるという点だ』

 

「今、私達がいるのは何階なんですか?」

 

『地下22階だ』

 

 6階も上に進まねばならない。それは2階上にあるモンスター侵入禁止エリアよりも単純に3倍の長さ分を高難易度ダンジョンを移動せねばならないという事だ。

 だが、一方でモンスターはともかく、ダンジョン自体の難易度はダンジョン構造とトラップの配置を把握しているダークライダーの存在によって下がったと判断している。だが、それでもなおダークライダーがリスクの増加を訴えるという事は、このプランBには決定的な難点があるのだろう。

 これについてはオレがわざわざ尋ねずともダークライダー自身が明かしてくれるだろう。オレは彼の口が開くのを待てば良いだけだ。

 

『ククク。ここからが傑作なのだが、地下16階に行くためには、地下17階にあるボスフロアを通らねばならない。この意味が分かるな?』

 

 ダークライダーの嬉しそうな声を聞き、オレは思わず天を仰ぐ。

 最悪だ。よりにもよって脱出の為にはボスと交戦せねばならないとは。しかも、レベルが釣り合っていない高難易度ダンジョンのボスだ。勝てる見込みはゼロに等しい事は言うまでも無い。

 確かにリスクを背負うとはいったが、耐えきれない事が目に見えているリスクを背負うのはただの自殺行為だ。ましてや、死ぬのがオレだけならばまだ良いが、ユイも巻き込むとなると僅かな希望に縋って戦いを挑むのも選択肢には入らない。

 だが、ダークライダーはオレの暗くなった顔をじっくり観賞する視線を向けている。それに気づいたオレは、ダークライダーに何かしらの秘策があるのだろうと悟る。

 

『理不尽な程の強敵と殺し合うのも悪くないが、私の仕事は貴様の脱出支援だ。落ちると分かっている橋を渡らせるような勿体ない真似をして好敵手を失うのも我慢ならんからな。当然ながら策はある。このダンジョンのボスだが、貴様も交戦しただろう肉食人花に近い性質がある』

 

 肉食人花……恐らくオレが人肉花と呼んでいる、ソードスキルを無効化にする特殊モンスターの事だろう。排水路で交戦した、花に当たる部分が人間の上半身になったモンスターの姿をオレは思い出す。

 

『肉食人花と同じでボスは常に休眠状態にある。こちらから攻撃を仕掛けるか、知覚でプレイヤーを感知するかによって覚醒し、戦闘開始となるわけだが、逆に言えば、知覚を上手く潜り抜ければボスを無視する事も可能というわけだ』

 

「ボス相手にかくれんぼを仕掛ける気かよ。正気じゃねーな」

 

 だが、直接戦闘するよりも幾らかは分がある勝負だ。何よりもオレもユイも≪気配遮断≫を所持している。後はボスの情報さえあれば、知覚を欺いてボス部屋を素通りすることはできなくも無い。

 もちろん危険性は高いが、これ以外の手段もまた存在しないだろう。あるならば、ダークライダーが提示してくれているはずだ。

 

「ユイ、オレはプランBに乗るつもりだ。お前の意見が聞きたい。命を懸けてでも地上を目指すか、否か。もちろん、オレが可能な限りバックアップするし、お前に降りかかる火の粉も払い除けるつもりだ。だが、オレは万能でもなければ、英雄でもない。だから、お前の覚悟を聞いておきたい」

 

 いずれ時間が経てば想起の神殿‐地下区画の入口は解放され、多くのプレイヤーが挑む事になるだろう。その頃にはダンジョン難易度とプレイヤーのレベルは釣り合いが取れているはずだ。ユイのいる【朝霧の魔女の牢獄】まで到達することは十二分に可能だ。

 だが、それは1ヶ月後か、半年後か、1年後か。もしかしたら、攻略必須で無いならば誰も見向きもせずに放置され続ける確率だって無い訳ではない。

 恐らく、オレが脱出に成功すれば侵入口となった格子は破壊不能オブジェクトに切り替えられ、非正規ルートからの侵入は不可能になるだろう。そうなれば、ユイは孤独の中で生き続けねばならなくなる。

 それがどれ程に精神を蝕むのか、オレには理解できる。何せオレもSAO序盤で不本意ながらオレンジプレイヤーとなり、カルマ回復イベントを発見するまで街の外で、それこそ誰とも関わらずに生活していたからだ。

 オレは途中から慣れてしまったが、ユイは人と出会わなかった期間がオレとは違い過ぎる。そして、記憶喪失の彼女にとって、オレも、ダークライダーも、どちらも彼女の孤独を薄めた出会いになってしまったはずだ。

 再び、あの静寂の中で孤独に耐える事が出来るのか? いつ訪れるかも知れない、他者の救済を待ち続けることができるのか?

 

「私は……地上に着いたら、やりたい事があります。探したい人達がいます」

 

 だが、オレの疑念は無粋なものだったようだ。ユイは揺るぐ事が無い信念の火を目に宿して拳を握る。

 

「もう嫌なんです。独りは怖いだけです。望みも果たせないまま、乾いた生に縋りついたまま時間を浪費するなんて、私は嫌です」

 

「……ユイ」

 

「リスクを背負うのは生きる上で当然のことです! 私はそれが分からない程に子供じゃありません! 誰の為でもなく、私自身の為に! 力及ばずに死するとしても、私は立ち止まりたくありません! でも、私だけでは……今の私では生き残れません。だから、クーさん! ダークライダーさん! 私はきっと! 絶対に! 必ず! あなたたちにご迷惑をおかけします! 助けてもらうことになります! どうか私に力を貸してください!」

 

 胸に手をやり、高々とユイは魂から湧き出す願望を宣言する。聞く者が聞けば呆れてしまうだろう程に我儘な他力本願の表明。だが、それをオレは喜ばしく受託する。

 そうだ。それで良い。オレは勝手に恩を返す為にユイの手助けをする。ユイはそれを最大限に利用して望みを叶える。そんなシンプルな関係がオレ達だ。

 

「だってさ、ダークライダー。お前はどうする? 仕事の範囲外か?」

 

 腕を組み、ユイの宣言を沈黙と共に聞いていたダークライダーの回答をオレは求める。ユイはオレだけではなく、この危険人物であるダークライダーの世話にもなるとまで言い放ったのだ。ご本人様はそれをどう受け止めているのか、オレも気になる。

 

『そう言う貴様の答えは……ククク、これは失敬。言葉は不要か』

 

 ゆらりと幽鬼のようにユイに歩み寄ったダークライダーは彼女の足下で芝居のように片膝を突き、彼女の右手を取る。それはまさしく姫に忠誠を誓う騎士のようだった。

 

『好きに生き、理不尽に死ぬ。それが私だ。貴様の願望の道中にある闘争、そこで果てるならば私もそれだけの存在だったという事だ。私を己の武器のように好きに使え。私もそのように振る舞おう』

 

 オレとダークライダーを交互に見やったユイは、嬉しそうに、だが同じくらい申し訳なさそうに微笑んだ。

 やっぱり女の子は我儘なくらいが丁度良いし、可愛げがあるというものだ。そして、その我儘を叶えてやるのが男の甲斐性だ。まぁ、我儘も度が過ぎたら男女関係なく醜態になるだけだし、自分では抱えきれないものを甲斐性だと言ってこなそうとするのは見栄っ張りなだけだが。

 

「話を戻すぞ。目下の問題はボスだが、その肝心のボス部屋まで到着するまで、安全ルートを通ってどれくらいの時間がかかりそうなんだ?」

 

『6時間ごとに休憩を1時間挟んだと仮定すれば18時間だ。戦闘は最小限に抑えられるルートを選択する』

 

 18時間か。それなりに長丁場になるな。ならば、ダークライダーはともかく、オレとユイは【朝霧の魔女の牢獄】を出発してから小休止を1回取っただけだ。特にユイは初の命の危機が迫る対人戦(みたいなもの)を経験して、自分でも把握できない部分に精神の疲労が溜まっているはずだ。

 

「良し。だったら、モンスター侵入禁止エリアで今日のところは休むぞ。明日の早朝に出発してボス部屋を目指す。異論は?」

 

「ありません」

 

『良かろう』

 

 オレが指揮を執るなど前代未聞の大事なのだが、今のユイは自分の事だけに専念してもらいたいし、ダークライダーはたとえ今は味方でも根本的に信頼できない。結果、オレがある程度の指揮を執る他ない。

 まずはモンスター侵入禁止エリアを目指し、オレ達は出発する。オレとユイは≪気配遮断≫を使用してエンカウント率を下げるが、ダークライダーはこのスキルを習得していないらしく、替わりに≪遠視≫とその上位スキルである≪千里眼≫を用いて索敵を行う事によってモンスターとの偶発的遭遇を最小限に控える。

 この≪千里眼≫というスキルは過信すると痛い目に遭うが、それなりに有用なスキルだ。というのも、オブジェクトを透過してプレイヤーやモンスターの『影』を視認することができるのである。ただし、それは常に100パーセント発動するものではなく、発動率は≪千里眼≫の熟練度に依存する。更に≪気配遮断≫などを用いれば発見される確率を更に下げる事ができる為、これに頼るだけのプレイヤーは逆手に取られて容易に狩られてしまうだろう。加えて≪千里眼≫を使用している時は、≪気配遮断≫よりも多めにスタミナが削られるという切実な問題点もある。

 だが、それでもダークライダーの≪千里眼≫があるだけでオレ達は事前にモンスターを察知する事が出来る。これだけでも精神的余裕は大きなものとなった。ダークライダーもCONには多くポイントを振っているのだろう。スタミナを心配する様子も無い。それに、そもそも戦闘さえ避けられればスタミナが半減していようと残り1割だろうと問題は無いのである。

 

「そういや、お前のステータスってどうなってるんだよ。まさかレベル100とか?」

 

 道中が余りにも穏便すぎるせいか、ついついオレは軽口を飛び出してしまう。気が抜けているわけではないが、やはり人間というのは安全がある程度確保されてしまうと重かった口も軽くなってしまうようだ。

 そういえば、オレってダークライダーとは普通に話せるな。コイツの事は好きになれないし、危険視こそしているが、どうにも波長が合うようだ。

 

『私は現在生存しているプレイヤーの上位100名のレベルの平均値に設定してある。あらゆる意味で今の私はプレイヤーと同条件だ。HPがゼロになれば当然だが、私の意識情報体は消去される。端的に言えば、私は死ぬ』

 

「……ふーん」

 

 素っ気ない反応で済ませたが、オレは内心で唖然としていた。

 ダークライダーは管理者側の『命』あるAIに違いない。だが、彼は文字通りその『命』を懸けてオレの救助に訪れた。

 他にも方法はいろいろあったはずだ。たとえば、以前のようにレプリカのような物を送り込んで自分の安全を確保する方法もあったはずだ。だが、ダークライダーはそれを拒み、プレイヤーアバターという制限が大きく課せられた器に自らの『命』ごと押し込んでやって来た。

 増々コイツという存在が分からない。管理側でありながらルールを捻じ曲げる事を厭わないのだから。あるいは、それこそが『命』ある存在の特性なのかもしれない。

 

『ククク。リスクを背負わぬ戦いに意味は無い。成功するまで繰り返せば良い反復作業と同じだ。私は「戦い」がしたいのだよ、P10042』

 

「そのログインナンバーで呼ぶのを止めろ」

 

『だったら何と呼べば良い? 我が好敵手よ』

 

「クーさんで良いんじゃないですか? 私もそう呼んでますよ」

 

 そしてむさ苦しい雑談に加わったユイお嬢様、お前は何を仰られているのでしょうか?

 オレが気心も知れないユイにいきなり愛称を呼びを認可したのは、彼女と少しでも会話を成立させたいが為のオレからの歩み寄りであり、おんにゃのことお近付きになりたいオレの下心によるものだ。兜の下にどんな顔が隠されているのかも知れない、オマケにオレと殺し合いがしたくてうずうずしているようなヤツに愛称呼びされるなど、絶対にご免だ。

 

「P10042のままで良い。むしろお願いします」

 

「駄目ですよ。あ、そうだ! 私も一緒に考えてあげます。ダークライダーさんのクーさんの呼び方を!」

 

『それは頼もしいな。是非ともお願いしようか』

 

 チラリと、明らかにオレが悶え苦しむ様を楽しむような視線を一瞬だけだがダークライダーは見せる。分かってはいたが、コイツって加虐趣味があるな。

 

『心外だな。それは貴様の方だろう?』

 

「そして心を読むな」

 

『貴様の顔にそう書いてあっただけだ。貴様の所業、私の耳にも届いているぞ。さすがは【渡り鳥】といったところか』

 

「【渡り鳥】? それって何ですか?」

 

 オレの悪名高い異名を知らないユイは、何故ダークライダーがオレの事を【渡り鳥】と呼ぶのか分からない。分かるはずが無い。だが、その理由をオレの口から説明するのは憚れた。

 ダークライダーが無言でオレを見つめる。明らかにオレの反応を楽しんでるな、コイツ。

 別に話したければ話せば良い。地上に到着すれば遅かれ早かれ耳にするのだ。幻滅して嫌われるのは少しばかり早まっただけの事である。

 

『……由来自体は忘れてしまったな。だが、彼が【渡り鳥】と呼ばれているのは確かだ』

 

 そして、てっきりユイに真実を告げると思っていたダークライダーは口を濁らせる……というフリをする。

 ユイはまるで難しいなぞなぞに直面した子どものように、オレの横顔を見ては【渡り鳥】の由来を思案しているようだ。とはいえ、ユイが持っているオレの情報では絶対に真実にはたどり着けないのだが。

 だが、この状況こそがダークライダーにとって垂涎の理想なのかもしれない。ユイが【渡り鳥】の意味を知ろうと望めば望むほど、到達した醜悪に膿んだ真実は彼女を傷つける。そして、結果的にオレとユイが仲違いはより最悪なものとなり、オレがダークライダーに殺意を募らせる。

 ヤツの望みは、あくまでオレとの殺し合いだ。それをより甘美に彩る為のスパイス作りといったわけか。

 悪いが、オレは既にユイに嫌悪されて『死ね。屑。二度と顔を見せるな。悪魔。蛆虫』と5連コンボで罵られるまで予定済みで覚悟も完了している。お前の作戦はもくろみ通りにはいかない。

 

『ここがモンスター侵入禁止エリアだ』

 

 結局、オレ達は雑談の後も戦闘を1度もする事無く、予定調和にモンスター侵入禁止エリアに到着した。植物由来のモンスターの為に休眠状態にあるのが大半の為か、あるいはダンジョンの入口が解放されていない為にモンスターの戦闘オペレーションが十二分に立ち上がっていないのか。

 何にしてもダークライダーの≪千里眼≫とオレ達の≪気配遮断≫はこれ以上と無い程に上手く物事を運ぶ役に立ったようだ。

 安全圏ではない為、完全なる安心感は得られないが、それでもモンスターが奇襲して来ないと分かっただけでも肩の力が抜ける。問題のダークライダーもオレとの真っ向からの殺し合いが望みならば、寝込みを襲うような真似もしないだろう。そんな不完全な勝負はコイツが楽しめるはずが無い。

 元は祈りを捧げる祭礼室だったのだろう。小さな祭壇と半壊した燭台が転がっているモンスター侵入禁止エリアを見回し、何ら怪しげなトラップなどは仕掛けていない事を確認した上でオレは双子鎌以外の武装を解除する。

 

「メシ食ったらさっさと寝るぞ。今晩の見張りはオレがする。ダークライダー、お前も寝とけよ」

 

『私に睡眠など不要だ』

 

「そうかよ。でも、プレイヤーアバターなんだからメシは必要だろ? 腹は減るはずだ」

 

 泣いても笑っても明日で脱出できるか否かが決まる。ならば、食糧を温存しておく必要も無い。オレは取って置いたパンとチーズ、それに分厚いハムを取り出す。

 当然ながら≪料理≫を所有していないオレにはこれらの食材で調理して美味いメシは作れない。だが、パンにハムとチーズを挟んでサンドイッチを作るくらいはできる。何故ならそこに調理という過程は限りなく存在しないからだ。

 比較的食材系アイテムの値が張る傾向にあるDBOだが、そこはソロ貴族のオレだ。経験値もコルもパーティ分配されずに独占できる手前、効率良く狩れこそしないが、毎日の食事を切り詰めなければならない程にコルに猶予が無かったわけでもない。

 食材のランクは低いが、パンはそれなりに柔らかいし、チーズも味気が無い訳はない。ハムだって噛めばちゃんと肉汁が沁み出す。

 

「お、美味しそうです! 地上ではこんな美味しそうな物を毎日たくさん食べられるんですか!?」

 

「んー、まぁ、ユイの頑張り次第だな。半分くらいのプレイヤーからすれば、こんなの月1回のご馳走みたいなものだろうさ」

 

 カタナの修行をしていた頃に終わりつつある街に立ち寄ったが、相変わらず下位プレイヤーの貧困層で溢れていた。少しでも力を付けた者は徒党を組んで他のプレイヤーを襲ってコルやアイテムを巻き上げ、貧困の中での『豊かさ』を得ようとしていた。確実に悪化を続ける下位プレイヤーの境遇と環境は、いずれ何らかの形でDBO全体に問題となって波及するだろう事は予想できる。

 噂ではあのサボテン頭が下位プレイヤーの援助組織を形成し、ディアベルのグループも炊き出しなどの救済処置を実施する計画を立てているらしいが、果たしてどうなる事やら、だな。

 オレから即席サンドイッチを受け取ったユイは一心不乱に、何やら奇声染みた歓声を上げながら食している。まぁ、ユイの食生活に肉は無かったみたいだからな。記憶喪失の彼女からすれば、まさしく初体験の味覚というわけだ。

 と、オレは自分のサンドイッチを食べようとした瞬間、一つの重大な事実に気づく。

 無論、オレはサンドイッチを3人分作り、それぞれに配った。そして、もはや常識ですらない事であるが、人間が食事する方法はただ一つ、口から摂取する以外にない。

 兜を被ったダークライダー。これはお前の素顔を見る絶好の機会ではなかろうか? オレは思わず口元を歪めてしまい、慌てて手で覆い隠す。

 サンドイッチを受け取ったダークライダーを横目でこっそり監視する。一瞬たりとも油断はいない。オレはヤツの素顔と言う謎を解明してみせる!

 

『実に美味そうだな。ところで可愛い魔女さん』

 

「はい?」

 

『一生懸命に食べるのは構わないが、スカートは気にした方が良いぞ。男の目を気にするのは淑女の心得だ』

 

 何ぃ!? オレは首が捩じ切れんばかりの勢いでユイの方を向く。だが、そこに魔女装備という名前のせいでいかにも露出が多そうに見えて、実は古き良き古典の魔女に倣ってロングスカートを装備した、地面に腰を下ろしたユイの姿があった。もちろんスカートの裾は広がり、絶対防御の構えである。生足の肌色一つ露出していない。

 ダークライダーの指摘でユイは慌ててスカートをチェックしたが、当然ながら何も問題は無い。ホッとするユイを尻目に、オレは怒鳴り叫びたい衝動を堪え、錆びた歯車を回すようにダークライダーに視線を戻す。

 そこには既に手元のサンドイッチを綺麗さっぱり消し、静かに咀嚼するダークライダーの、圧倒的勝利の姿があった。

 

「必ず暴いてやるから……覚悟しとけよ」

 

『ククク。楽しみにしておくとしよう』

 

 コイツとはやはり長い因縁になりそうだ。オレは必ずダークライダーの素顔を目にしてみせると誓い、サンドイッチに齧りついた。




某副団長の閃光さん「原作メインヒロインに出番を! MORE DEBAN! MORE DEBAN!」

シリカ「だから時代遅れってんだよ、雑魚が、死に腐れ」

リズベット「もう少し小人の妬心を知るべきだったな」


それでは、49話でまたお会いできるのをお待ちしております。






ちなみに閃光さんの活躍は当分先になります。ご了解ください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。