SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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ついに50話に到達しました。
ここまで長かったような短かったような……でも、まだ投稿開始から2ヶ月くらいしか経っていないんですよね。

これからもマイペースに投稿し続けたいと思います。どうぞよろしくお願いします。


Episode9-3 命がけのかくれんぼ

 植物人間……ダークライダー曰く【樹呪の屍】という名称をしたモンスター、その左肘にオレは右手の鎌を突き立てる。

 樹呪の屍はまさしく人間が樹化したような姿であり、古ぼけた鎧と武器を装備している。動きは俊敏ではないが、一発の火力が高く、なおかつオレのレベルがダンジョン難易度に見合っていない事もあり、通常攻撃では微々たるものしかダメージを与えられない。

 だが、戦い方など幾らでもあるものだ。オレが相手にする樹呪の屍はメイスを装備したタイプであり、攻撃の為には両手を使用せねばならない。オレは執拗に左腕を攻撃し続け、ダメージを蓄積続ける事に専念していた。

 そして、今回の肘への攻撃。オレが鎌の刃を捩じり、肘へと執拗にダメージを重ね、ついに引き千切る事に成功する。植物と化した人間である樹呪の屍は赤黒い光を撒き散らしながら左腕の肘から先を失い、右手でしか持てなくなったメイスは重力に従って床に落ちる。もはや樹呪の屍は片手だけでメイスを引きずる以外に何もできなくなったところを、純斬撃属性で高いダメージが見込めるカタナで斬りつける。

 もちろん、樹呪の屍も成す術なくオレの攻撃を受ける訳ではない。幹が軋むような声を上げ、仲間に救援を求める。

 だが、その仲間は救援に向かう事はおろか、むしろ救援が必要な立場だ。

 片手剣と盾を装備したもう1体の樹呪の屍。それは黒い暴風によって一方的に壁に、天井に、床に叩き付けられていた。

 甲冑装備のダークライダーは、その装備重量に似つかわしくないスピードでもう1体の樹呪の屍を左手のハルバートで弄んでいた。

 貫いては壁に投げつけ、跳ね返ったところを叩き落とし、床に顔から張りついたらハルバートの切っ先で引っかけて天井に投げ飛ばす。体勢を立て直すこともできないまま、まるで密室で跳ね飛び続けるボールのように樹呪の屍は反撃もできないまま、HPを失い続けている。

 

『まるで話にならん。退屈だ。さっさと死ね』

 

 件のダークライダーといえば、言葉の通り、樹呪の屍にはまるで興味も無さそうに、欠伸を噛み殺しているかのような声だった。

 攻撃が単調とはいえ、下手すれば一撃死もあり得る攻撃の回避をし続けたオレと比較すれば、明らかに余裕がある。相変わらず規格外の野郎だと思いつつ、オレは粗方のHPを削り終えると、ダークライダーと視線を合わせる。

 

「2人とも離れてください!」

 

 そしてユイの声が合図となり、オレとダークライダーは同時に彼女の背後まで撤退する。2体の樹呪の屍を相手取っていたオレ達とはやや離れた場所にいた彼女は、杖を床に対して平行に構えている。

 渦巻くソウルの塊。青い大きな光の球体を核とし、その周囲を青い光の塊が嵐のよう飛び回る。ユイの最大火力の魔法は、オレ達2人でHPを削り続けた2体の樹呪の屍を呑み込んだ。

 魔法に対しての抵抗力もなく、対抗手段もない2体の樹呪の屍は渦巻くソウルの塊に直撃し、凄まじい勢いでHPが失われる。ダークライダーが相手にしていた方は渦巻くソウルの塊が通り過ぎる直前に赤黒い光となって身を粉々とし、オレが相手にしていた方は辛うじてHPを残しいたが、追撃でオレが投擲した右手の双子鎌が額に突き刺さると同時にHPがゼロになった。

 戦闘終了のシステムウインドウが表示され、オレ達に経験値とコルが分配される。さすがに経験値は3人に分け与えられている割には多いが、コルに関しては大した額ではない。

 

「ふー。ようやく終わったな」

 

『HPと火力以外に取り得が無い連中だ。後で戦闘オペレーションの変更を行う必要がある』

 

「止めてくれ。雑魚は雑魚のままで良いんだよ。それも味付けってヤツだろうが」

 

 オレは樹呪の屍の撃破と共に落ちた双子鎌の片割れを回収し、ダークライダーはハルバートを背負う。

 斧槍は≪槍≫と≪戦斧≫の2つの武器カテゴリーを持ち、その扱い辛さと要求ステータスの高さがネックだが、十分に使いこなせば強力凶悪な武器となる。何せ≪槍≫のリーチと≪戦斧≫の火力を両立させ、なおかつ双方のソードスキルが使用可能なのだ。

 だが、ダークライダーは戦いをより楽しむ為か、スタミナ温存の為か、ソードスキルを使う事は無い。オレの場合は10割の意味でスタミナ温存でのソードスキルの禁止を自身に課しているが、彼の場合はそもそもソードスキルそのものが不要な戦い方だ。

 

「これで3回目ですね。さすがにボス部屋が近いとモンスターの数も増えてきています。もっと警戒して進みましょう」

 

 そしてユイもまた以前とは攻撃のキレがまるで違うようになった。

 精神的な重石から解放されたのか、ユイの顔は心なしか晴れやかだ。それも相まってか、戦闘をこなす毎にユイは成長し続けている。今では中堅プレイヤーの上位程度の立ち回りにまで成長しているだろう。

 

「でも、何だか複雑です。私が1人で戦った時はとても強かったのに、クーさんもダークライダーさんも簡単に相手にしているなんて」

 

 そう言えば樹呪の屍が強いとユイは評していた。もちろん、オレとしては前評判通りのHPも火力も高い厄介な敵だったのだが、如何せん攻撃前のモーションが大振り過ぎて攻撃軌道が見切り易い。

 

「オレも1人だったら相手したくねーよ。防御の上から掠っただけで2割もHP持っていかれたぞ」

 

 回避のタイミングが狂い、メイスの一撃を咄嗟にネームレスソードで防御したのだが、僅かにメイスが触れただけでオレのHPは2割も消し飛んだ。まさしく一撃必殺であり、1回でも命中していればオレのHPはフルの状態でもゼロになっていただろう。あんな敵を2体も同時に相手取るのは些かリスクが高過ぎる。

 だが、やはり魔法の援護があり、隣に余裕綽々のヤツがいるだけでも気が楽だ。オレは樹呪の屍の火力に驚きつつも、二の足を踏むことなく安定して回避し続けることができた。

 

『私は1人で昨夜何体も狩っていたがな。つまらん。実につまらん』

 

 一方のダークライダーは極めて不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 戦いに快楽を求める性質があるダークライダーにとって、血沸き肉踊らない有象無象など相手にするだけでストレスが溜まる障害に過ぎないのだろう。もちろん、現正存プレイヤーの上位100名の平均レベルに合わせられた彼は、オレ達と同条件だ。ステータス配分がいかなるものか知らないが、樹呪の屍の攻撃を二発と命中すれば耐えきれないだろう。

 この口振りからすれば昨夜、ダークライダーは樹呪の屍を随分と虐殺して回ったらしい。

 

「そう言うんじゃねーよ。それよりもユイ、魔法の使用回数と魔力は?」

 

「ペース配分を守っているので大丈夫です。それよりもクーさん、ちゃんと回復してください」

 

「分かってるさ」

 

 オレは惜しげも無く燐光草を二枚使ってHPを回復させる。どうせ敵の火力の問題上、VITが低いオレでは大半の攻撃が一撃死の範疇だ。回復アイテムの消費を抑えるのも馬鹿らしい。

 何よりも、現在オレ達がいるのは想起の神殿‐地下区画の地下18階だ。この上の階にはボス部屋が待ち構えている。時間経過による緩やかなオートヒーリングに頼るよりもアイテムによる迅速な回復に切り替えた方が良い。

 その理由として、ユイが指摘した通り、地下19階に到達してから飛躍的に増したモンスターの数にある。

 先程の樹呪の屍が覚醒状態のまま徘徊していたり、人肉花が二桁単位で群れを作っていたり、とにかくモンスターの密度が高まり、いかなるルートを選択しても交戦を余儀なくされる機会が増えたのだ。

 オレもユイも軽装であり、特にユイはオレよりも更に防御力が低い。ユイが装備する【朝霧の魔女】シリーズは耐久値の高さに反して物理防御力が低い。代わりに魔法や火炎といった属性防御力は軒並みに高水準である。正しく『魔法使い』の為の防具だ。

 だが、ダークライダーは攻防がハイレベルだ。恐らくコイツはSTR・DEXを中心にポイントを割り振っているのだろう。逆に言えば、魔法防御などを高めるMYSや魔法の使用に関わるINT・POWなどは低いに違いない。

 仮に……仮にダークライダーと現状で殺り合う場合、オレはかなりの苦戦を強いられるだろう。というのも、オレの攻撃手段は全て物理属性だ。しかも鎧に通りが良い打撃属性の戦槌もメイン装備には無い。

 戦槌はどうしても高重量の物が多く、装備重量を抑えることで不足分のDEXを補って速度を引き出しているオレとしては装備し辛い面があるのだ。もちろん、折角≪戦槌≫スキルを所有しているので何かメイン級のメイスが欲しいところではある。

 そうなると、ユイの魔法攻撃ならば、あるいはダークライダーを仕留められるかもしれない。オレが足止めに終始し、ユイが魔法を使用し続ければ、ダークライダーとの交戦は幾分か楽になるだろう。

 とはいえ、今のダークライダーは敵ではない。今日の味方は明日の敵、それがオレ達だ。『今日』の内は互いに助け合い、協力し合うのが妥当だろう。

 ついに地下17階に続く階段を発見し、オレ達はようやくボス部屋のあるフロアに到着する。

 階を上る毎に侵蝕する植物の根の量は比較的増え、より神殿としての造形を失っていたが、地下17階はこれまでと一変し、足下には苔も何も生えておらず、無機質とも思える程に根が張り巡らされ、神殿を改築して通された景観を破壊する大小さまざまなパイプが無数と通っている。

 オレが思い浮かべたのは、昔読んだ小説だ。ある老いた男が生に縋りつき、内臓を次々と機械に変えていくといくという話なのだが、この17階はまさしく、想起の神殿を蝕み続ける根という病とパイプという機械による醜悪な合作だ。

 

「何だか……とても寒いです」

 

 ユイの指摘通り、17階は下の階に比べて空気が冷え込んでいる。幸いにも寒冷状態にはなっていないが、最悪の場合、同じ状態になることを覚悟しておく必要があるだろう。

 オレは近くを通るパイプの一つに触れる。内部で勢いよく水が流れている振動が感じ取れ、オレはこのフロアが冷えている理由を見当づけた。

 

「パイプの中に冷水が通ってやがるな。多分、フロア全体にパイプが通ってるんだ。冷房みたいな役割を果たしているんだろうさ」

 

 違うか? オレの答え合わせを求める視線に対し、ダークライダーは退屈そうに肩を竦めた。

 

『知らん。私はこのダンジョンに関しては、構造とトラップの配置、モンスターの特徴などの知識しかない。ダンジョンコンセプトについては情報収集してないものでね』

 

「……お前も万能ってわけじゃねーんだな。何か意外だ」

 

『ククク。この世に万能なる者など存在しない。仮に自称する者がいるとすれば、それは単なる思い上がりだ。神ですらな。そうでなければ、神を否定して殺そうとすらする生物……人間が現れるわけがなかろうに』

 

 オレはダークライダーという存在を少しだけ理解しつつある。

 コイツは規格外のバケモノだ。散々他のプレイヤーに『悪魔』やら『鬼畜』やら『バケモノ』やら言われてきたオレだが、コイツは純然たる戦闘能力だけで言えば間違いなく最強だろう。たとえ『アイツ』でもダークライダーと1対1で勝てるビジョンが思い浮かばない。柔軟な思考、枠にはまらない戦術、騎士道にも通じる闘志と飢えた獣のような殺意。自らの死すらも厭わずに甘美なる戦いを渇望し、強敵を求めている。

 だが、コイツと少しだけ時間を過ごして分かった事がある。コイツが戦いを求めるのは新陳代謝のようなものであり、戦いとは食事なのだ。人間がそうであるように、より良質な食事を求めて強敵を欲しているのだ。故に、戦いから離れた場所ではコイツの別の……戦う事以外の姿に映された『個人』が見て取れる。

 それがユイに対する妙な態度であり、オレを弄ぶような言動であり、今のような価値観だ。

 

「でも、神様を肯定して祈りを捧げられるのも人間です。神様も万能じゃないかもしれません。欠点だらけかもしれません。でも、万能の『投影』であり続ける事ができるはずですから。きっと神様も自分の事を万能だなんて思い上がっていないと思います。たくさんの人に祈られているから、万能であろうと努力して振る舞っているだけかもしれません」

 

 ユイらしい持論だ。オレは自然と口元を綻ばせる。思い浮かべたのは、必死に日夜進歩を続ける人間社会の勉強を続ける天上にいる神様だ。こんな勤勉な神様であるならば、確かに信じたくなってもしょうがないかもしれない。

 

『ほう。なかなか興味深い見解だな。【渡り鳥】、貴様はどう思う?』

 

「たとえ万能なる神がいてもいなくても、人間様のやる事は変わらねーさ。でも……」

 

「『でも?』」

 

 同時に続きを求める2人に対し、オレはようやくたどり着いた巨大なボス部屋の扉を見上げる。

 ここが最後の難関だ。このボス部屋さえ突破することができれば、オレはユイとの約束を果たすことができる。そして、この奇妙な3人組も終わりだ。

 

 

 

 

「でも……戦場で神に縋るヤツに勝利は無い。勝つのは常に強さを追い求めたヤツだけだ」

 

 

 

 

 SAOでは多くのプレイヤーが神に奇跡を求め、無残な死を遂げた。このDBOでも、今この瞬間でも、何処かで神の救いを求めながら命を散らしているプレイヤーがいるかもしれない。

 だが、戦場では神すらも平等だ。神すらも弱ければ殺される。人類史において、信仰が別の信仰によって、流血と涙の果てに武力で叩き潰されてきたように。

 ならば、勝つのは強さを持つ者だけだ。その強さとは、日々積み上げた鍛錬であり、決して折れる事が無い信念であり、数多の戦いを経た経験であり、いかなる窮地でも脱せられる自信を持った技術であり、研ぎ澄まされ続けた本能であり、偶然を引き寄せることができる幸運であり、死を恐れ続けて生存する為の努力を惜しまない臆病さであり、そして神へと捧げる真摯なる祈りだ。

 

「クーさんらしいですね。でも、嫌いじゃありません」

 

『面白い考え方だ。増々貴様との再戦が楽しみになったぞ』

 

 2人に肯定され、何だかむずがゆくなったオレは咳払いを挟む。そもそもオレは褒められる事に慣れていないのだ。というか、ダークライダーの場合は身の危険以外に感じないから、もしかして命の危機に対する悪寒じゃねーのか、これ。

 ボス部屋に触れると表示された数字は『5』だ。5組のパーティ前提……最大30人での規模が求められるボスだ。コボルド王戦が『6』だった事を考えると、1組少ない事になる。

 とはいえ、この最大参加許可数はボスの強さの目安にならない。恐らくボスの性質やボス部屋の環境を総合的に判断し、なおかつ茅場の後継者のフィーリングで決定されたようなものだろう。

 

「ダークライダー、作戦の再確認を頼む」

 

 オレは今朝モンスター侵入禁止エリアを出発する前にダークライダーから聞かされた『かくれんぼ作戦』。オレはその最終確認を求める。

 ユイはまだ時間がある内に白魔女のロートスと黒魔女のロートスで魔法使用回数と魔力の回復を行う。デメリットが多いアイテムだが、ボス部屋の前は基本的にモンスターが寄らないので安心して回復作業を行えるのだ。

 

『まずは作戦概要だが、我々はボス部屋に入り次第、この扉の丁度反対側にあるもう一つの扉を目指す。正確に言えばこちらの方が「出口」なのだが、便宜上目指す扉を「出口」と呼称する事とする。この「出口」までの距離は直線距離にして大よそ80メートルだが、中心にボスが陣取っている為迂回する必要がある』

 

「80メートル……ボス部屋にしてはそれなりだな」

 

 だが、それでも30人のプレイヤーが縦横無尽に暴れ回るには少々狭い気がしないでもない。

 

『ボスは休眠状態にあり、覚醒条件は二つ。攻撃されるか、知覚でプレイヤーを感知するかだ。後者だが、まずボスの半径5メートル以内は絶対感知範囲だ。ここに踏み込めばボスは覚醒する。他にもボス部屋には根が張り巡らされているが、これらと接触しても感知される。他にも「感知体」と呼ばれる知覚器官がボス部屋の各所に配置されているが、これらは音を感知するセンサーのようなものだ』

 

「だったらダークライダーさんは甲冑姿だと不利になるのではないでしょうか? それに≪気配遮断≫も持っていません」

 

 ナイスだ、ユイ! オレは内心で邪悪な高笑いをあげる。甲冑はその重量もそうだが、擦れ合う事によって金属音を響かせて隠密行動に適さないのも弱点の1つだ。

 つまり、ダークライダー! 貴様は甲冑を脱ぎ捨てねばならないという事だ! その兜の下の素顔、今度こそ見届けてやる!

 

『その点は問題ない。私は≪消音≫スキルを持っている。移動速度とスタミナ回復スピードに大幅な制限がかかるが、感知体を欺く程度には有効のはずだ』

 

 オレの心を見透かしたように、わざとらしく、ねっとりとした口振りでダークライダーは対策を述べる。

 

『1番重要な点だが、「出口」はこの扉と同様に閉じられている。内側から開ける為には少々工夫が必要だ。具体的にはボスの覚醒だ。ボス戦ではボスとの戦闘開始から300秒後に脱出不可の結界が張られるのだが、これは扉が開いている事を前提としている』

 

 茅場の後継者よ、そんなトラップまでボス部屋に搭載してやがったか。オレは思わず想像して身震いする。意気揚々と乗り込んだ偵察部隊がボスの性能やボス部屋の特徴を大よそ調べ上げて戻ろうとした時には結界によって脱出不可など、冗談でも笑えない。

 

「つまり、ボスが目覚めたら結界を張る為に『出口』が開く。その隙に逃げ出すってわけか」

 

『その通りだ。作戦の内容は以上となる』

 

 最後の手順は別段難しい話ではない。要は『出口』の傍までたどり着き、ボスに小石なり何なりを投擲して攻撃を命中させて覚醒させれば良いだけだ。

 全員のHPはフルに回復している。ユイもロートスのデバフから復帰した事を確認した。準備は万全だ。

 

「行くぞ」

 

 オレが扉に触れると、ゆっくりと扉は横にスライドし始める。冷えた空気が流動して風となり、オレ達を撫でる。だが、冷風には溶けた鉄のような不気味な熱も含んでいるような気がした。

 ボス部屋の内部はこれまで同様に明るい。あの琥珀色の物質が各所で輝いているからだ。円柱が幾つか立っているが、大半は倒壊している。そして、厄介な事に、ユイが水浴びしていた場所と同様に1段床が扉より下がったボス部屋は全体が水没している。深さはオレの腰程度だが、移動制限がかかる上に下手に動けば水音が鳴り響く。そうなると倒壊した円柱を橋代わりに進まねばならないのだが、その多くに根が張られ、足下を疎かにすれば踏みつけかねない。

 そして、ボス部屋の中心部に君臨するのは『枯れ木』だった。少なくともオレはそんな印象を受けた。

 全ての根の根源にして、葉もなく、苔もなく、ただ枯れ果てたような幹と枝が集まり合った存在。その内部では何かが鼓動しているのを彷彿させる毒々しい赤みを帯びたオレンジ色の光が鼓動している。その周囲には果実のように青い2つ果実が枝の檻に捕らわれ、静かに光っている。果実からは際限なく水が溢れ続けていた。

 

「ボスは情報通り休眠状態にあるみたいだな」

 

『そのようだな。だが、ボス部屋が水没しているとは情報には無かった。ガルめ。ダンジョンのスキャンを禁じたならば正確な情報を寄越すのが道理というものだろうに』

 

 口振りで『ガル』なる人物を責めていながら、ダークライダーの声音は楽しげだ。まぁ、コイツの性格を考えれば予定調和よりも混沌混迷としいている方が刺激的で喜ばしいのだろう。

 ここから会話は小声で、なおかつ最低限に。オレはボス部屋に侵入し、白い倒壊した円柱の上にのり、身を屈めて周囲を見回す。当然ながら≪気配遮断≫は使用しているのだが、それでも四方八方から監視されているかのような緊張感が襲う。

 懐かしい感覚だ。おじぃちゃんの山でかくれんぼをした時も、こんな事があった。崖から滑り落ち、オレは3日間も山の中で迷子になった。山には猪や熊といった恐ろしい野生生物がいる。

 生と死の狭間。昼間の光と夜の闇。あの時も全身が水圧で押し潰されていくような緊張感が襲ったものだ。3代目コゴローがオレを見つけてくれていなかったら、オレは今頃どうなっていた事やら。

 さて、ボス部屋全体が水没しているのは予想外だったが、苦痛のアルフェリア戦でこの手のボス部屋は体験済みなので問題ない。むしろ完全に水没しない足場があるだけ、タイムリミットが存在しないだけ気楽だ。

 二つの果実から溢れる水は各所に設置された吸水機から取り込まれ、パイプを通ってボス部屋から排出されているようだ。これが完全に水没しない理由のようだ。

 水底や倒れていない円柱などには蔦や根が絡み、奇妙な茎を生やしている。茎の先には人間の手のように重なった枝で封じ込められた青い球体があり、それもまた淡く光っているようだ。特に水面から伸びるそれらは幻想的と同時に生理的嫌悪感も含んでいる。

 オレは手招きし、ひとまずの安全を2人に伝える。≪消音≫を発動させたダークライダーはひらりと円柱に飛び乗って着地する。ユイもふわりとスカートの裾を靡かせ、音も無く猫のように足を屈めて着地の衝撃を殺して物音一つ立てない。全く以って可愛げのないヤツらだ。

 

「円柱にも根が張ってある。踏むなよ」

 

 小声で忠告し、オレが先頭に立って2人を誘導する。倒れた円柱から円柱へと移動し、息を殺し、一歩ずつ確実に、足下を確認しながら進んでいく。

 アミュスフィアⅢがオレの脳全体をスキャンし、心拍数を脈拍から計算し、アバターに反映させる。本当の心臓が無いはずのオレの胸は、まるで本物の心臓が動いているかのように鼓動している。オレの中で高鳴り続ける心音を感知体が反応しないか心配だが、今のところは何ら反応らしい反応を示していない。

 だが、早速問題が起きる。倒れた円柱から隣接する倒れた円柱へと移動してきたオレ達だが、次の円柱まで距離があり、約3メートルの跳躍が求められる。現実世界の肉体ならば助走無しは不可能な距離だが、今のオレ達ならば不可能ではないだろう。

 問題は着地点だ。目指す円柱には所狭しと根が纏わりつき、なおかつ両脇の水面からは感知体が顔を覗かせている。

 着地誤差はせいぜい10センチ。なおかつ物音1つも立てずに助走無しの3メートル跳躍。些か厳しいな。

 ユイに視線を向けて可能かどうか問うが、彼女は首を横に振る。急成長しているとはいえ、一発勝負でこの難問をクリアできる程ではない。いや、上位プレイヤーでもできるヤツは少ないだろう。

 

「降りるぞ。水の中を歩いて渡る」

 

 水音を立てないように細心の注意を払ってオレは右足から水中に浸す。途端にオレのHPバーの隣に寒冷状態を示すマークが生まれる。

 骨まで凍結させるような冷水に悲鳴を上げそうになるのを堪え、オレは表情でその冷たさを2人に伝える。まずはユイ、次にダークライダーが水の中に入る。ユイも予想以上の冷たさに口を開きそうになるのを我慢する表情を見せるが、ダークライダーはその素振りすら見せない。兜の中で痩せ我慢している姿を思い浮かべると笑えるのだが、コイツの事だから大した事無いと本当に思っていそうだ。

 恐らくこの水こそが地下区画全体の水源の1つなのだろう。パイプは無秩序に地下まで伸び、所々が経年劣化で破損してして中身が零れているのだ。

 ボス部屋に何故水源を作ったのかは謎だが、大方寒冷状態にする為だろう。プレイヤーを苦しめる為のギミックと捉えるのが妥当か。

 水底にも根は張られているが、思っていたほどではない。主に太い根ばかりであり、ボス本体を支える為、そして地下へと根を伸ばす為の主根なのだろう。

 腰まであると思っていた水面だが、瓦礫なども散乱していて、時には太腿、時には床が削れて胸まで水没しそうになる。高身長のダークライダーはともかく、男にしては小柄のオレ、そしてオレよりもやや背が低いユイには、この地形の悪さによる高さの変化は悪条件だ。

 ……自分で低身長と言って悲しくなってきたな。おのれ、茅場晶彦! オレの第二次成長期を奪った罪は重いぞ!

 

「さ、寒いですね。温かい物が飲みたいです」

 

「だな。あとでオレの大不評野菜スープを作ってやるよ」

 

『無駄口を叩くな、貴様ら。私が先に上るぞ』

 

 緊張と寒さを和らげさせる小声の会話をするオレ達にダークライダーが厳しい一言を挟み、先に目的の円柱によじ登る。甲冑装備とは思えない軽やかさだ。こういう時はやはり≪気配遮断≫よりも専門性に特化した≪消音≫の方が有効だな。

 先に上ったダークライダーの手をつかんで引き上げられたオレは、次いでユイの手をつかむ。STR任せに持ち上げてよろめいたオレをダークライダーが支え、何とか全員無事に到着する。

 だが、一難去ってまた一難。今度は足場こそあるのだが、半ばだけが綺麗に粉々となり、天井の残った上部だけが辛うじて残されている。水中を渡ろうにも感知体が5本も生えており、これを通り過ぎるのは厳しい。さすがのダークライダーも腕を組んで策を考え込んでいるようだ。ユイは水底を歩いて渡れるルートを探してか、水面に顔を近づけている。

 策が無い訳ではない。オレはしばし顎を撫でて成功率の低さに悩んだが、これしかないと2人に小声で問う事にした。

 

「2人とも、オレに命を預けられるか?」

 

「今更ですね」

 

『私は魔女さんの武器だ。彼女が同意するならば私も同意だ』

 

 ユイは一切の疑念なく、ダークライダーはどうでも良いことのように怠惰に、オレを信じてくれる。

 オレは双子鎌だけを残して全ての武装をオミットして最大限に軽量化し、まずはその場の亀裂に双子鎌を押し込んで固定する。そして、次にオレはムーンジャンプを発動させると1つ目の天井に残された円柱の上部へと跳ぶ。

 円柱の上部に施された彫刻、それを取っ手代わりにしてぶら下がったオレは体を振り子のように揺らし、次の円柱上部へと反動で飛ぶ。だが、落下が想定より勢いも足らずに届かず、指先が取っ手代わりの装飾に触れるだけだった。

 オレは咄嗟に≪戦斧≫のソードスキルであるアースライザーを使用する。本来地面に突き刺して発動させるアースライザーだが、空中では肝心要の足場がない為に不発に終わってその場で切り上げモーションの無様な空振りを発生させる。その反動を利用して宙で縦に半回転しながら僅かに浮いたオレは右足の踵を取っ手代わりの装飾に引っ掛ける事に成功する。

 ソードスキルによって設定されたモーションのパワーがどれ程までに仮想世界の重力に勝てるかの勝負だったが、やはり人外染みた運動をシステムに認可させるソードスキルは環境ステータスに対してもやや優位に働くようだ。これならその内、斬撃だけで水を割る事とかできそうだな。

 ユイが息を呑む気配を感じ、オレは逆様になった状態で引き攣った笑みで問題ないと告げる。後1つ円柱の上部を飛び移れば、次の倒れた円柱まで届く。そうなれば『出口』までもう一息だ。

 慎重に体をのけ反らせて踵を引っ掛けた取っ手代わりの装飾をつかみ、先程よりも大きく勢いをつけて体を揺らして飛ぶ。今度こそ無事に成功し、ホッと息をついたオレは円柱の足場に静かに着地する。

 オレとユイ達までの距離はおよそ8メートル。これならば十二分に可能だろう。オレは双子鎌の特殊なギミックである魔法の紐を発動させ、柄頭同士を繋ぐ青い光の紐を出現させる。そして、オレはその場に手元の双子鎌を亀裂に押し込んだ。

 これでユイとダークライダーがいる倒れた円柱とオレがいる円柱の間に、1本の紐で出来た橋が完成する。

 綱渡りではあるが、これ以外に道などない。オレは2人を手招きする。

 まず先に渡り始めたのはダークライダーだ。10メートル分の内の余分な2メートルはオレが引っ張っている為、かなり不安定であり、なおかついつ抜けるかも分からない状態だ。まずは自分が安全を確かめてからユイを渡らせる腹積もりだろう。確かに、ダークライダーならば最悪落ちかけた場合、オレがしたように残された円柱上部にしがみつくことも不可能ではないかもしれない。

 だが、オレの杞憂だったかのように、まるでバランス一つ崩す事無く、甲冑装備のダークライダーはオレの傍までたどり着く。

 

『悪くない策だったが、些か肝を冷やしたぞ』

 

「本当かよ? 信じられねーな」

 

 次はユイの番だ。唾を飲んで喉を鳴らし、ユイは紐の上に立つ。さすがにバランスを崩す為、杖を装備解除した彼女は、両手でバランスを取りながら一歩ずつ確実に紐を渡る。これが綱渡りってものだ。ダークライダーの方がおかしいのだ。

 ユイがバランスを崩しそうになる度に、余分な紐の分を引っ張っているオレにも負担がかかる。だが、オレが手を離せば紐は弛み、ユイは水面に真っ逆さまだ。そうなれば派手に水音を立て、ただえさえ感知体が多いこの場ではボスが即座に目覚める事になるだろう。

 1歩。また1歩。オレは自らの心拍数と戦い、負担がかかり続ける腕が後どれだけ持つだろうかと不安になる。これが現実世界ならば気力で何とかなるかもしれないが、この仮想世界では残酷なまでにオレのSTR値とかかる負荷による計算が弾き出され、耐久時間が刻一刻と失われているはずだ。

 あと1メートル。ユイは今にも泣きそうな顔をしているが、両腕で器用にバランスを取って危うげになりながらも、1度として転落の兆しを見せる事無く渡り切る。

 そう思われた時、魔法の紐が僅かに弛んでユイの体が大きく傾く。

 何故!? オレはその原因をユイに手を伸ばしながら探し出す。オレは僅かとして力を抜いていないし、余分な紐を引っ張られていない。

 だとするならば、あちら側の隙間に押し込んだ鎌が僅かに抜けたのだ。オレが紐を弛ませまいと力を入れ過ぎたあまり、隙間に押し込まれた鎌が引っ張られ過ぎて抜け出してしまったのだ。

 何とかユイの右手をつかんだオレは弛んだ紐を左手で持ち、辛うじて彼女の水面落下を防ぐ。だが、これは一時凌ぎにもならない。確かに落下は防いだが、僅かにユイの右足が水面に触れていた。落下の衝撃を含んだそれは波紋を広げ、音を拡散する。

 感知体に変化が起きる。人間の手のような枝に包み込まれていた青い球体が黄色に変化し、枝の囲いから抜け出して浮遊し始めたのだ。

 背筋に走る悪寒は本能の警告。オレはもはや時間が無いとユイに苦々しく声をかける。

 

「ユイ」

 

「分かりました」

 

 オレは彼女の名を呼び、彼女は即座に了承する。随分と信頼されたものだ。オレはゆっくりと紐をつかむ手を放す。ダークライダーも危険を感じ取ってか、その場から離れて近くの瓦礫の影へと身を潜ませるのをオレは視界の端で捉えた。

 ゆっくり、音を立てずに、オレはユイを着水させる。そして、オレもまた水面の下へと身を沈めていく。完全に紐を放した瞬間はユイがオレを支えて落下の衝撃を堪えて水音が発生しないようにしてくれる。

 オレはユイを水底へと引っ張り込む。少ないとはいえ、根が張られた水底では2人が横になれるスペースはなく、オレが彼女を抱きしめる形で水底に沈む。

 感知体から飛び出した球体は新たに赤い縦の線を出現させている。それはまるで瞳のようであり、球体自体が眼球のようだった。

 視覚で侵入者を探している。飛び回る4つの球体は忙しなく飛び回り、執拗に侵入者の影を探している。オレはそう直感する。ダークライダーは音のみを感知するような物言いだったが、どうやら規定の音量以下の場合、視覚を頼りにした索敵モードに感知体は移行するらしい。

 息苦しさは無いが、水没し続ける限り寒冷状態は飛躍的に進行する。更に60秒以上の窒息によってHP減少が始まる。

 じわじわとHPが削れ始める。フルに回復してあるオレ達だが、割合ダメージの窒息ではHPが全快でも260秒しか耐えられない。HP減少が始まったと言うことは、既に60秒は経過してしまった事になる。

 まだだ。まだ耐えられる。オレは冷たい水底で、未だに侵入者を探し続ける感知体を目にしながら、今にも水面に浮かび上がりそうなユイを抱きしめる腕の力を込める。

 だが、意外にもユイは落ち着いていた。既にHPは半分を切ったにも関わらず、まるでその目に恐怖は無い。

 あるのはオレに対する信頼感だけだ。彼女は自分が迷惑をかけると言い、オレは彼女を助けると言った。ならば、必ず窮地を脱してくれる信じてくれているのだ。

 HPがレッドゾーンに到達する。それと同時に感知体は元の場所に戻り、黄色から元の青色へと戻る。

 慌てず、落ち着いて、ゆっくりとオレ達は水面から顔を出す。窒息状態が解除され、HP減少が止まったオレは馬鹿でも見るような目でユイを見つめる。普通ならば、あそこまでHPが減れば暴れ回るものだと思っていたのだが。

 

「信じて……いますから。クーさんを、信じて……います、から」

 

 空気を取り込みながらの切れ切れの小声で、ユイはオレに聞こえるように、耳元でそう囁いた。

 離れたユイの、綺麗としか言いようがない純粋な微笑みをオレはまともに見れなかった。そんな小悪魔トリックを何処で身につけやがった!? 惚れちまうじゃねーか!

 だが、安心して欲しい。オレはチョロいが、既に心傷マックス状態だ。今は簡単に堕ちたりしない。さすがにあのツバメちゃんに狙撃で肩をぶち抜かれて、落下死させられそうになったのだ。オレも心にブレーキを新装備させるというものだ。

 オレ達は慎重に水底を歩いて進み、隠れていたダークライダーに引き上げてもらう。失ったHPを燐光草を食べてゆっくりと回復し、その後システムウインドウで双子鎌の武装を解除し、再武装する事で回収を済ます。

 

『ククク。あと数秒も沈んでいたら、貴様らを救うという名目で発見されて、ボス戦を挑めたものを……』

 

 惜しい事をしたとダークライダーは無念そうに呟く。冗談ではない。オレはへたり込みながら回復作業をしつつ、ダークライダーを見上げて睨む。

 回復を終えたオレ達は円柱の橋を無事に渡り終え、ついに『出口』に到着する。多くの難関があったが、1時間近くをかけて無事にボス部屋を通り抜けることができた。

 長かった。オレは足下の小石を手にする。2人に視線を配り、これが最後だとオレは休眠状態にあるボスへと投げた。放物線を描いた小石は見事ボスに直撃し、休眠状態を解除させる。

 ボスが目覚める。全ての感知体が青から赤に替わり、ボス部屋の内部を飛び回り始める。だが、そんな演出は今更遅い。

 ゆっくりと開く『出口』へとオレ達3人は即座に駆け込んだ。ボスには悪いが、このまま逃げ出させてもらう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁい、おにぃちゃん達♪」

 

 視界に映った2つの赤とオレンジの光。オレは半ば無意識でユイの足を払って転倒させ、オレは重心を後ろに傾けて倒れる。刹那の後に倒れたオレ達の上半身があった場所を強烈な火炎が通り過ぎる。

 背中を地面に叩き付けたオレ達の首根っこをダークライダーがつかんで跳び、倒れた石柱の一つへと着地する。既にボスに発見されているのだ。物音も、根を踏む事に対しても躊躇など無い。

 

「あ、避けた。生意気ね」

 

 最悪の展開というのは慣れっこだが、こういうパターンは初めてだ。オレは立ち上がりながら解除していた武装を全て再装備する。ユイも杖を装備し、周囲を飛び回る感知体とボスに気を配りながら、『出口』の前に陣取る障害を睨む。

 混沌の三つ子の1人、ナルガだ。両手に呪術の火を装備した彼女は、以前の『闇霊』という状態とは異なり、普通の姿で現れる。そのせいか、色彩が明確に確認できるようになり、彼女が纏っていたローブが血でどす黒く染まっていた事が見て取れた。それに声も依然と違ってクリアである。

 

「言ったでしょう?『今度こそ、必ず』って……ね」

 

 ナルガの背後から大鎌を軽やかに振りながらイルガが登場する。その禍々しい大鎌は健在のようだ。

 

「さぁ、あなた達には大いなる混沌の復活、その為の贄になってもらうわ。今度こそ……ここで死になさい!」

 

 巨大なモーニングスターを担いだムルガが地面を叩いて土煙を上げる。

 それと同時に『出口』を覆い尽すような巨大な炎が吹き上がる。それは途絶えることなく燃え盛り、完全に『出口』を封鎖する。

 

『ほう。あれは【炎の防壁】か。なかなか高等な呪術を使うものだな』

 

「感心してる場合じゃねーぞ。あの炎、HPがフルなら耐えて抜けられるか?」

 

『無理だな。我々とではレベルが違う。元より高火力の魔法だ。耐えられんだろうさ。だが、問題ない。効果時間はたったの『360』秒だ。しかも術者を殺せば消えるという古典的なタイプの呪術だ』

 

 楽しげにダークライダーはハルバートを振るう。それは風を巻き起こし、オレ達と混沌の三つ子の間を駆ける。

 炎の防壁の効果時間は360秒。ボスがボス部屋脱出不可の結界を張るまでが300秒。確かに問題ない。あの土煙の中で、誰かが炎の防壁を発動させたのだ。ならば、3人の中のその誰かを殺せば良い。それだけの話だ。

 背後を振り向けば覚醒を果たしたボスが、酷くくぐもった、金切り声をあげる。同時に炎を編んだ巨大な鎌を作り出す。それはまるで蟷螂の前肢のようだ。

 

 ボスの名前は〈成り損ないの苗床〉。2本の炎の鎌を伸ばし、感知体からも炎を吹き出しながらオレ達を侵入者と目して威嚇する。

 

 前門の虎後門の狼か。オレは溜息を吐きながら双子鎌を抜く。

 ユイに焦りも恐怖も無い。あるのは覚悟が決まった眼差しだけ。ダークライダーに至っては完全にこの苦境を楽しんでいる。

 

「殺るぞ。誰が術者だろうと関係ねーよ。3人とも殺せば良いだけだ」

 

 オレの一言と共に全員が弾けたように跳び、それぞれの狙った敵と交わり合う。

 

 

 

「アハハハ! お前の相手はわたしよ、魔法使い! 今度こそ焼き殺してやるわ!」

 

「できるものなら、と言っておきます」

 

 

 

「この前の屈辱、返させてもらうわ。叩き潰してあげる!」

 

『それはそれは……何とも愉快な事だな。楽しませてもらうとしよう』

 

 

 

「わたしたちも踊りましょう、おにぃちゃん! 鎌使い同士ね!」

 

「だからオレは鎌使いじゃねーって言ってるだろうが」

 

 

 タイムリミット300秒の死闘……開始。




前にも言ったように、ボス戦はLove&Peaceです。
なんと脱出前に女の子3人がお出迎えしてくれました。

……間違いなくハートフルな展開ですね。


それでは次なるほっこりできる51話で会いましょう。

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