SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回の話から少しストーリー展開が変わってきます。
でも、やる事は変わりません。

さーち あんど ですとろい。変わらないお約束です。


Episode10
Episode10-1 傭兵活劇録


 時刻は19時。夜の帳は下りて久しく、茂る木々のざわめきは人心に不安を植え付ける。

 もう4日目か。ラジードは水筒に残された最後の1滴を舌の上に落とし、無味の液体を噛み締める。

 20代前半だろうラジードは、金色の染髪を施し、軽量戦士に好まれる【錬鉄の胸当て】とクレイモアを装備した、いかにもアタッカーかつ、ゲームで言えば主人公の勇者的ポジションに収まりそうな恰好をした青年だった。

 とはいえ、彼の戦歴は勇者とは程遠い。【青騎士】にして腐敗コボルド王撃破の立役者であるディアベルに憧れ、終わりつつある街で精神を腐らせながら、いつ訪れるかも分からない救出の日を待つ事を止めた若者だ。

 ボス戦に参加した事もなければ、特別な武具を持ち合わせている訳でもない。ましてや、アインクラッド完全攻略に多大な尽力を果たしたとされる【黒の剣士】のように、ソロで一騎当千をできるわけでもなければ、しようと望む程の気概も無い。

 だから彼は仲間を求めた。それは何ら悪い事ではない。ラジードはアイテムストレージを開き、食糧が尽きた事を確認して諦めの嘆息を口にする。

 

「どうするのよ、これから」

 

 ラジードは力なく、傍らで膝を抱える女【クラン】へと視線を下ろす。軽量装備を好む傾向が強い女性プレイヤーでありながら、高防御力高重量の防具を装備したタンクである。

 とはいえ、今はタンクとしての役割を果たす事は出来ない。彼女の装備である【獅子の大盾】は半壊し、その特徴である獅子のレリーフも削り尽くされている。武器であるランスも先端から折れていた。

 

「どうするって何が?」

 

「どうやってここから逃げ出すのかって意味よ」

 

 それを僕に聞くのか? 思わずラジードは怒鳴り散らしたくなったが、その体力も残されていない。

 現在、彼らがいるのは人骨が平然と転がる、大岩をくり抜いて作られた小屋だ。小屋と言っても寝るスペースすらなく、小さなテーブルと椅子があるだけである。とてもではないが、人間1人が生活するスペースを満たしていない。だが、現在この小屋には3人もの人間が身を押し込めている。

 ラジードは鉄格子が付いた小窓から外の様子を窺う、今にも緊張で心臓から大爆発を起こしそうな顔をした自分よりやや年上だろう、ウェイブスターの肩を叩く。

 

「交代だ」

 

「た、たた、助かるよ」

 

 脱力したウェイブスターはその場でずるずると壁に背中を預けながら腰を下ろす。30分程度の見張りなのだが、彼からすれば1日にも匹敵する体感時間だったに違いないだろう。

 ウェイブスターに代わって外を見張るラジードは、何故こうなったのかを改めて振り返る。

 何とか寄せ集めのパーティで北のダンジョンの最奥に至り、想起の神殿に到着したラジードは、前衛を探しているというパーティに声をかけられた。そこで出会ったのがウェイブスターとクランだ。パーティのリーダーの【イワキリ】は中年のプレイヤーであり、自分のような見込みがありそうな新人を誘っているのだと声をかけられた。

 ラジードとしては、ギルド登録が可能になって以降より知れ渡った2大組織、聖剣騎士団か太陽の狩猟団のどちらかへの加入を望んでいた。だが、イワキリ曰く、ギルドはギルドポイントを使って拡張しなければメンバー登録枠を増やすことができず、現在はどちらも定員は埋まっているとの事だった。何よりも、まだ想起の神殿に到着したばかりのルーキーを加入させてくれるはずも無い、と。

 言われてみればその通りだった。ギルドの仕組みは知らなかったからともかくとして、レベル10にも届いていないルーキーを、今や攻略を取り仕切る2大組織が相手にしてくれるはずがない。そのことくらいは頭を回すべきだったとラジードは後悔した。

 ではどうするか? イワキリは自分達もギルドを作るつもりだと述べた。ギルド登録には最低でも4人のプレイヤーが必要だ。前衛云々は建前で、数合わせが欲しいだけかとラジードもすぐに把握した。

 だが、この誘いを断っても行く当てもなく、またソロで生き抜ける自信も無い。消去法でラジードはイワキリの仲間になった。

 結論から言えば、イワキリのギルド【天乃岩戸】で最もまともな立ち回りができるのはラジードだけだった。

 気が弱い余り、心拍が安定せず、射撃攻撃の精度に難があるウェイブスター。

 タンクとして防御を固めているが、仲間を守るよりも自分の命を優先するあまり庇う行動が取りきれないクラン。

 指示を出す口だけは一人前だが、指示の内容が状況と伴わずに無用な混乱を生み、なおかつ自分は指揮官だからと前に出ようとしないイワキリ。

 レベルは最も低いラジードだったが、それでも実力で北のダンジョンを寄せ集めのパーティで突破した彼からすれば、お粗末以下の3人だった。もちろん、ラジードは自分が特別優れていると驕っていたわけではない。自分はアタッカーとしての役割を真っ当に果たしているだけだ。それだけでも目立つ働きをする方が異常なのだと彼は愕然とした。

 歪んだ対抗心。イワキリは2大ギルドに嫉妬し、自らも大組織を率いるのだと、酒の席で豪語した。ウェイブスターやクランはその夢に大いに乗り気だったが、ラジードはそんな夢物語を語る暇があるなら、さっさとどちらかのギルドにすり寄って下部組織にしてもらい、後ろ盾を得て援助を受けさせてもらうべきだとも思ったが、それを口にしても何の解決にもならないだろうと諦めた。

 あるいは、あの時に勇気を出していれば、今のような事態にはならなかったのかもしれない。

 事の始まりは5日前、最初に解放される4つのステージの内の1つ【放浪詩人メガテの記憶】でイワキリの武器の強化素材アイテム収集を行っていた時の話だ。情報収集が進んだステージであり、また最年少というパシリ扱いを受けていたラジードは単身でこのステージでアイテム収集に励んでいた。

 気候も安定し、特別強力なモンスターもいないメガテの記憶は、想起の神殿に至ったばかりのプレイヤーのレベリングに活用されている。既にレベル19まで成長していたラジードからすれば、赤子の手をひねるようなものであり、安全な立ち回りをしていればデバフ攻撃を持たない雑魚モンスターなら複数を相手にしても遅れを取る事は無い。

 既に探索が完了したはずの森。大したモンスターもおらず、まだ経験値もコルも美味しくない為にレベリングにすら活用されていなかった場所だった。そこでラジードは偶然蔦に覆われた洞窟を発見した。

 その洞窟の先で見つかったのはサブダンジョンだった。ステージボスがいるメインダンジョンとは異なるダンジョンには、イベントボスがいたりレアアイテムあったりする他にも、通常では収集できない素材系アイテムが豊富にドロップする事がある。

 真っ先にラジードが思い出したのは、【ガルム族の英雄ラーガイの記憶】にあるとされる『井戸の底』と呼ばれるサブダンジョンだ。小耳に挟んだ与太話に過ぎないが、極めて強力なイベントボスが最奥に潜んでいたという話である。そのイベントボスを事実上たった3人のプレイヤーが撃破したという尾ひれも付いていたが、さすがにそれは脚色だろう。

 重要なのは、2大ギルドもそれ以外の急成長中のギルドも、躍起になってサブダンジョンの捜索している事だ。ステージのレベルに見合わない事もあるサブダンジョンは、たとえ低レベルのステージでも重宝されるのだ。そうでなくともレアアイテムは誰もが欲するものである。

 サブダンジョンの情報を持ち帰ったラジードは、イワキリに2大組織のどちらかに情報提供すべきだと提案した。これ程の手土産があればどちらの組織であろうとも下部組織でも十分な地位で迎え入れてくれる、と。

 だが、ラジードはイワキリに頬に1発貰って吹き飛ばされ、負け犬の若造と罵られただけだった。

 留守番を命じられたラジードは3人を見送ったが、数日経っても帰らぬ3人を心配して死者の碑石に生死を確認しに行った。幸いにも3人とも生存している事を確認し、自らを奮い立たせてサブダンジョンへと仲間を捜索に赴いた。

 サブダンジョンの入口の傍には天乃岩戸のギルド拠点が作成されていた。ギルド拠点は『拠点作成可能エリア』にて、ギルドのみが作成できる陣地の事だ。基本的に早い者勝ちであり、作れるギルド拠点の数は限られている。このギルド拠点がある限り、その周囲はモンスター侵入禁止エリアになったり、他にも様々な設備を配置したりする事が出来る。

 ギルド拠点をいかに早期に作成し、有利な陣地を広げるか。今やギルド同士の熾烈な競争の1つになっている。ラジードは思わず冷や汗を垂らした。自分達のような下位のギルドが他のギルドに伺いを立てることなく、また情報公開もせずにサブダンジョンを『独占』するような真似は宣戦布告にも等しい。さすがに大ギルドは使者を派遣して利用契約を結ぼうとする程度だろうが、過激派の中堅ギルドなどがどんな妨害工作……あるいは直接的な恫喝を仕掛けてこないとも限らない。

 早く仲間を見つけねばならない。たとえ扱いが悪くとも、これまで生き残れたのは彼らがいたからこそだ。ラジードは仲間を探し回った。≪気配遮断≫の熟練度が高い彼ならば、単独行動という事もあってモンスターに発見される事も無く、またパーティの仲間の位置情報検索で何とか合流する事が出来た。

 だが、ラジードが合流できたのはウェイブスターとクランだけだ。リーダーのイワキリと彼らは逸れてしまったとの事だったが、既に位置情報検索でもイワキリの居場所は特定できなかった。検索不可のエリアにいるか、それともダンジョンから脱出できたか、はたまた自分が急行している間に死亡したか、そのいずれかだろうとラジードは見当つけ、酷く憔悴した彼らを伴ってダンジョンから脱出を試みようとした。

 そして、すぐに何故彼らが脱出できないかを思い知った。

 サブダンジョンはステージのレベルと釣り合っているとは限らない。そう前述した通りだが、よりにもよってこのダンジョンはラジード達には余りにも手に負えないものだった。

 この森を徘徊するモンスター【モノアイタイラント】。巨人種のモンスターには小柄の2メートル半程度の体格だが、原始的な棍棒や岩を削って作った剣を装備しており、集団戦術を駆使する難敵である。

 話によれば、比較的友好だったモノアイタイラントの子供から得た情報により、イワキリたちはサブダンジョンにあったモノアイタイラントの宝【古き竜の斧】を見つけ出したという。それを持ち出そうとした為に、イワキリ達はモノアイタイラントに狙われ続けているとの事だった。

 ならば宝を戻せば良い。ラジードはそう解決案を提示したが、2人の渋い顔を見て、肝心の宝はイワキリが所持したままなのだと悟った。

 敵対されていないとはいえ、同じギルド、同じパーティのラジードも、1度でもモノアイタイラントに視認されれば怨敵の如く攻撃されるだろう。隠れながら、何とかこの小屋に潜む事に成功したラジードは、せめて脱出に成功したイワキリが救援を呼んでくれるだろう事を祈って、こうして身を潜ませていた。

 だが、それも4日目に突入し、ついに食料も水も尽きた。仮想世界である為に餓死は無いかもしれないが、一定時間以上食事や水を取らなければデバフ『飢餓』になる。こうなるとスタミナ回復量が急激に低下し、受けるダメージ量も増加し、毒や麻痺などへの耐性も激減する。そうなれば自力での脱出は不可能だ。

 加えて、食事を取らなければ死ぬことが無いと言っても、それは誰も試したわけではない。あくまで『飢餓』というデバフが発生する為に、それがペナルティなのだろうと認識されているだけだ。もしかしたら、飢餓状態から更に時間経過すれば餓死と判定されてHPがゼロになるかもしれない。

 いや、そうでなくとも極度の空腹と渇きに、食に関しては満たされ続けていた日本人である自分達が耐えられるとは思えない。そうなれば、生きようとする気概自体が無くなるのではないかとラジードは危惧していた。

 

「も、もう待ってられないわ!」

 

 痺れを切らしたと言わんばかりに立ち上がったクランに、ラジードはそろそろだとは思っていたと舌打ちする。

 

「イワキリは私たちのことを見捨てたのよ! このまま、飢えて死になんでごめんだわ!」

 

「落ち着けよ。この小屋にまでモノアイタイラントは入って来れないとはいえ、そんな大声を出したら集まって来るぞ」

 

「私は落ち着いているわ!」

 

 何処がだ。ラジードは鉄格子越しにモノアイタイラントの影が無いか探す。幸いにも、自分が思っている程に彼女の声は響いていないのかもしれない。そう考えると、自分も普段より神経がすり減っているのだとラジードは実感した。

 クランの大声にウェイブスターは耳を塞ぎ、頭を腹へと丸めている。それは現実逃避する子どものようだが、この状況では仕方ないとラジードは自分がクランの相手をするしかないと腹を括る。

 

「良いか? 僕らじゃモノアイタイラントの目から逃れてダンジョンを抜け出すのは無理だ。森型のダンジョンだから隠れる場所も多いけど、それでも敵の数は多過ぎるんだ。僕ら3人じゃせいぜい1体を相手にするのが精一杯。2体以上を相手にできない。なのに、どうやって逃げ切るんだ?」

 

「私達全員が≪気配遮断≫を持っているじゃない。夜の闇に紛れれば……」

 

「だったらクラン。アンタは鎧を脱いでもらうぞ。鎧は音が鳴って隠密活動に不向きだからな」

 

 ラジードの一言にクランは言葉を詰まる。この女は武器よりも防具の強化を優先している。たとえモノアイタイラントの攻撃を受けても耐えきれるだろう。また、高重量の防具はスタン耐性を高める。最悪、攻撃を受けながらも逃げることはできる。

 だが、ラジードやウェイブスターは高重量防具を装備していない。特にラジードは軽量防具だ。STRとDEXをバランスよく成長させている為、回避重視スタイルだ。モノアイタイラントのように1発がそれなりに重く、なおかつ手数も多いタイプはあまり相手にしたくない。

 

「僕らにできる事は救助を待つ事だよ。そうだろう、ウェイブスター?」

 

「……お、俺はクランに賛成だ」

 

 ウェイブスターの同意を得ようと話を振ったラジードは、彼の意外な返答に喉を引き攣らせる。

 

「もう食料も水も無いんだ。だ、だったら勝負に出よう。それしかない」

 

 こんな時に勇気を振り絞られても困る。だが、我が意を得たとするクランに、元より立場が低い自分の意見など通らないだろうとラジードは諦める。

 ならば2人だけ外に放り出すか? ラジードは一瞬だが、そんな甘い黒の考えに浸る。2人を逃がす最中にモノアイタイラントと目が合ってしまい、敵対された確率は高いが、攻撃行動を取っていないので然程ではないかもしれない。ならば、2人を囮にすれば自分は悠然と脱出できる。

 馬鹿な考えだ。ラジードは一笑でそれを排する。仲間は何処まで行っても仲間だ。DBOでは嫌という程に人間の醜い部分を見せられている。だが、だからと言って自分まで同化したいとは思わない。

 

「分かった。付き合うよ」

 

 2人よりも3人の方が生存率も高い。ラジードは虎の子の【音喰らいの種】をクランに渡す。終わりつつある街で偶然出会った黒ずくめの剣士に、ある情報を提供したお礼に貰ったレアアイテムだ。足で砕けば一時的に魔法【音消し】と同じ効果が得られる。

 クランに何故こんなアイテムを隠していたのかと睨まれたが、彼女は追及せずに種を踏み潰す。同時に淡い青の光が彼女の足を包み込んだ。

 小屋から出発したラジードは茂みに身を隠し、黄色の瞳を爛々と輝かせる4体のモノアイタイラントを確認する。彼らが完全に視界から消えてから2人を呼ぶ。

 こんな日に限って満月か。現実世界では考えらない程に大きい、2倍か3倍以上の大きさがあるだろう金とも銀とも区別がつかない月を恨めしそうにラジードは見上げる。いっそ新月ならば光源不足で大幅な隠密ボーナスが得られたのだが、これでは望めそうにもない。せめて木々が作り出す闇の間を抜けるしかないだろう。

 

「じゅ、順調だな」

 

 ウェイブスターが幹の陰から顔を出し、泉の傍でいびきをかくモノアイタイラントを見ながら呟く。ここから数時間も隠れ隠れしながら進めばダンジョンの出口に到着するはずである。そういう意味ではまだまだ道は遠いが、悪くない出だしと言えるだろう。

 腹が減った。ラジードは最後に食べたのは昼間の固焼きパンだったかと、その淡白な小麦粉の味を思い出す。DBOではともかく食の娯楽が高値で設定されている。故に多くのプレイヤーが≪料理≫を取得している。まだドロップした食材系アイテムを使った方が美味い食事にありつけるからだ。

 ふと、ラジードは近くの果樹に赤い林檎のような果実が成っている事に気づく。甘さをこれでもかと主張する赤色は、暗闇を照らす月光の中で太陽のようだった。

 食事をしている暇はない。生唾を飲み、ラジードはいびきを掻くモノアイタイラントを迂回するように2人を引き連れて再び茂みに消えようとする。

 

 

『フィギィアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

 

 

 だが、木々のざわめきだけが満たしていた森に突如として、赤子のような悲鳴が轟く。

 弾けるように振り返ったラジードが見たのは、先程ラジードが食欲に駆られた赤い果実をもぎ取ったクランとウェイブスターの姿だった。そして、その赤い果実にはまるで子供のような口があり、そこから搾り出すような悲鳴を上げていた。

 眠っていたモノアイタイラントが目覚め、真っ先に傍にいるラジードと目を合わせる。その巨体を震わせて立ち上がると、手に持つ棍棒を振り上げた。

 目覚めたばかりの大振りの一撃。ラジードは前方に跳び込みながらクレイモアを抜き、モノアイタイラントの腹を貫く。一瞬怯んだ一つ目の巨人だが、すぐにその足を振るってラジードを蹴り飛ばす。幸いにも至近距離で十分に威力が乗っていなかった為か、ラジードのHPは1割程度削れるだけで済んだ。

 

「ご、ごめん! こんなつもりじゃ……!」

 

「そんな事より援護を! 援護をしてくれ!」

 

 食欲に負けた事などどうでも良い。今は他でもない自分のピンチだ。ラジードは彼らへの怒りを呑み込んで助けを求める。すぐにウェイブスターは矢を放つ。さすがに巨体のモノアイタイラントに外すという事も無く、偶然にもその特徴的な大きな黄色の一つ目に矢は突き刺さる。

 クリティカル攻撃でモノアイタイラントのHPが大幅に削れ、なおかつ武器を落として目を押さえて悶える。その隙にラジードは≪両手剣≫の連撃ソードスキル【レオムーブメント】を放つ。大きく踏み込んで放つ刺突からの3連斬りは1つ目巨人の胴体に全て吸い込まれるように命中する。

 ソードスキルの命中でスタン状態になった隙にクランが接近し、折れたランスを棍棒の如く叩き付ける。それが駄目押しとなり、モノアイタイラントは赤黒い光となって砕け散った。

 

「アンタら……」

 

 もう怒りを伝える言葉すら見つからない。そんな表情をするラジードに、さすがの2人も反省の色を示す。

 だが、その反省を次に活かす機会はなかった。目前のモノアイタイラントを撃破して油断した3人に、茂みより豪速の投石が飛ぶ。それはラジードの左肩に命中し、その身を大きく吹き飛ばした。

 2度、3度、4度と転倒し、何とか立ち上がったラジードが見たのは、暗闇の茂みより現れた2体のモノアイタイラントだ。それだけではない。泉を挟んで更に1体、もう1体と、計4体も集まっている。

 距離を取りながら自分たちを包囲する4体のモノアイタイラントに、ラジードは思わず笑いが込み上げそうになる。やはり、2人を囮にすべきだったと後悔の念が生じる。

 

「し、死にたくないぃ! 死にたくないぃぃ!?」

 

 錯乱するウェイブスターは闇雲に矢を放つが、左右の手に小振りの棍棒を持つモノアイタイラントはそれを器用に弾く。クランは半壊した盾を構えて縮こまり、必死になってその目は退路を探しているが、そんな物はこの包囲網に存在しない。

 1体相手ならばなんとかなる。2体ならば逃亡せねばならない。3体以上ならば勝ち目どころか生き残ることもできない。ラジードはせめて戦いながら死にたいと、半ば自棄になってクレイモアを上段に振りかぶり、モノアイタイラントに突撃する。

 だが、あっさりとカウンターの蹴りを喰らわされ、その場に倒れた所に武骨な石剣を叩き下ろされる。咄嗟にクレイモアで防御するが、本来武器であるクレイモアは防御性能が低い。攻撃を攻撃で相殺するならばともかく、ガードをしたのではあっさりと貫通してダメージを受ける。だが、それでも2割程度のHP減少で済んだのは、やはり武器越しで攻撃を受けたからだろう。

 だが、地に背中をつけたラジードに抵抗の術はない。改めて石剣をモノアイタイラントは振るいあげる。

 ここで終わりか。ラジードは諦めの境地に達して、現実世界に残した妹の事を思い出す。特別仲が良いわけではなく、特に妹が高校生になってからはほとんど口も利かなくなった。だが、それでも毎年のように互いの誕生日を口先だけではあるが祝う事はしていた。

 妹は自分の為に泣いてくれるだろうか? 自分が死んだから悲しんでくれるだろうか? そんなどうでも良いことをラジードは最期の思考とする。

 

 

 だが、自らを照らす月光が遮られた時、彼はまだ自らが死すべき時ではないと知る。

 

 

 巨大な金とも銀とも区別が付かない満月。それを背にし、まるで月光を浸したように美しい刀身を煌めかせた影が舞っていた。

 影からは自分たちを囲む4体のモノアイタイラントへと次々と何かが投擲される。それは投げナイフだが、彼が知っている物とは異なる。恐らく5倍近い価格で販売されている【鋭錬石の投げナイフ】だ。投げナイフの3倍近い火力を持ち、上位プレイヤーでなければ手出しできない消費アイテムである。しかも、それらのナイフには手軽な火炎属性攻撃アイテムとして流通している【火炎壺】が括りつけられており、モノアイタイラントへの命中と共に小規模の爆発を引き起こす。

 

「に……忍者?」

 

 クランがぽかんと口を開けながら、その影の印象をそう述べる。

 装備は白色が汚れて砂色になったような古ぼけたコート、胸全体を覆う薄型の胸当て防具、その背には音叉を彷彿させる長剣、右手にはカタナを持ち、左手には青銅を思わす籠手を装備している。

 

「ギルド【天乃岩戸】のメンバーだな?」

 

 舞い降りた影は倒れるラジードの首根っこを乱暴につかんで持ち上げながら問う。無言で首だけを動かしたラジードは、思わずときめいた。

 やんちゃな男子のような癖のある白髪をした、自分よりも頭1つは身長が低い少女。美しいとも可愛らしいとも言える顔立ちなのだが、その目は凶暴性を秘めている。1拍おいて威圧的な鋭さと男性のものと分かる……それでも高めのテノールボイスによって、少女ではなく『少年』なのだとラジードは気づく。

 

「あ、アンタは……」

 

「話は後だ。まずはコイツらを始末する。とりあえず下がってろ」

 

 そう言うや否や、火炎壺のダメージから復帰しつつあるモノアイタイラントを尻目に、ラジードの腹に少年は蹴りを喰らわせる。完全に油断した一撃は彼を泉まで吹き飛ばして水面に叩き付けた。

 ラジードが水面から顔を出すまでの間に2度程激しい水飛沫が上がる。それが自分と同様に蹴り飛ばされたクランやウェイブスターだと悟るのはそう難しい事ではなかった。

 何故こんな真似を!? そうラジードが叫ぼうとするより先に『答え』が彼の眼前で広がっていた。

 4体同時。モノアイタイラント4体に囲まれながらも、縦横無尽に立ち回る少年の姿だった。

 2本の棍棒を装備したモノアイタイラントが少年へと左右から棍棒で挟みかける。それを回避したところを石斧を持ったモノアイタイラントがその斧で叩き付ける。大きく上がった土煙の中で、少年は地面に突き刺さった斧を足場にして跳び、逆さの状態でモノアイタイラントを跳び越えながら音叉のような長剣で頭部を縦に断つ。

 悲鳴を上げるモノアイタイラントの脇を抜けて大きな棍棒持ちが地面を抉りながら振り上げるも、それを間一髪で回避したかと思えば、いつの間に武器を切り替えたのか、カタナで脇腹を薙ぐ。

 流れるような武器の切り替えと攻撃。それは一朝一夕で身に付くものではない。まさしく歴戦の戦士だけに許された高等技術だ。

 だが、3体のモノアイタイラントが少年に攻撃を畳みかける中、1体だけが距離を取って腰に下げた人間の頭ほどもある石を手に取る。自分の肩を打った投石攻撃と判断したラジードは慌てて警告すべき声を上げる。

 

「危ない! そこから離れろ!」

 

 少年がラジードの警告を聞くより先に豪速の投石が少年に命中する。大きく吹き飛ばされた少年だが、まるで何事もなかったように1回転して着地する。軽装であればスタンも免れない攻撃だったはずだとラジードは驚くが、すぐにそのトリックの答えを見る。

 再び連続の投石攻撃。それを少年は避けず、左手を掲げて防ぐ。本来防具にはガード機能が備わっていないのだが、少年が左腕に装備する籠手は投石をしっかりと防御している。盾としての機能を持っているのだ。

 2本の棍棒持ちが横振りで少年を打とうとするが、その2本の隙間を跳躍して潜り抜け、その間に今度は左手の籠手でモノアイタイラントの脛を抉る。よくよく見れば、籠手の指の部分は爪のように尖っている。今まさに少年はその爪でモノアイタイラントの硬質の表皮を抉ったのだ。その証拠に爪先には赤黒い光が抉り取った血肉のように零れていた。

 右手のカタナの流れるような連撃と左手の爪の攻撃。やがて、それらは1つのバランス崩壊を生み出す。1体のモノアイタイラントが片膝をついたのだ。見れば、レベル2の麻痺状態にある。一体どうやってデバフ攻撃したのかとラジードが見抜けぬ間の事だった。

 2体目、3体目と麻痺で倒れている隙に、距離を取って投石していたモノアイタイラントへと少年は駆ける。モノアイタイラントは投石から格闘戦に切り替えるが、その一瞬の隙にその1つ目を何かが貫いた。

 鎌だ。小型の鎌が1つ目へと正確に投擲されたのだ。左手にも同様の鎌を持ち、少年はすばやくモノアイタイラント背後を取ると、手元の鎌で1つ目巨人の喉を裂く。赤黒い光が噴き出す間に膝に蹴りを入れて転倒させ、倒れている間に後頭部から音叉のような長剣を突き刺す。

 レベル2の麻痺から復帰した3体のモノアイタイラントは一斉に仲間を救援すべくか、一斉に少年に跳びかかるが、それを待っていたと言わんばかりに少年の口元が歪む。それは獲物が罠にかかった瞬間を見た狩人を彷彿させた。

 モノアイタイラントの頭部を貫いて地面に突き刺さった音叉のような長剣。その柄頭を足場にして高く跳躍した少年は上空でカタナを逆手に持つ。≪カタナ≫の単発ソードスキル【落果】だ。まるで熟れて落ちた果実のように、少年の逆手に持ったカタナの斬撃が落下の勢いに乗って両手に棍棒を持っていたモノアイタイラントの右肩から股まで斬り裂く。それが決定打となり、赤黒い光となって1体撃破される。

 咄嗟に蹴り上げて迎撃したモノアイタイラントの一撃を浴びて少年のHPが削れる。その削れ具合はラジードの比でなく、彼の倍の2割近く削れる。この事から、彼のHPも防御力も軽量戦士の自分よりも低めであるとラジードは勘付いた。

 微かに苛立ちを見せた少年だが、腰から投げナイフを抜くと正確に追撃をかけようとしていた石斧持ちの喉を突き刺して攻撃を1テンポ遅れさせる。それを以って回避に成功した内に再突撃する。ただし、今度は身を最大限に屈め、ほとんど鼻先が地面に触れるような体勢で2体のモノアイタイラントの間を、攻撃を避けながら抜けると、頭部を長剣で貫かれた、投石をしていたモノアイタイラントへと向かう。ゆっくりと起き上がりつつあったそれの鼻先に膝蹴りを喰らわせ、更にカタナを抜刀しながら反転してその首を薙ぎ落とす。

 これで2体目。姿勢制御と残る2体の追撃を予想に入れての反転しながらの攻撃。目にも止まらないとはこの事だろう。

 落ちている片方の鎌を蹴り上げ、宙へと回す間に少年は石斧持ちの横振りを頭を下げて回避し、もう1体の回し蹴りを左腕の籠手でガードする。それと同時に左手に持っていた鎌の柄頭と宙に浮かぶ鎌の柄頭が青い光の紐で繋がり、少年が鞭でも振るうようにそれを引っ張ると宙にあったそれは引っ張られて急降下し、モノアイタイラントの脳天に突き刺さる。

 大振りの隙から復帰した石斧持ちが今度こそ叩き潰そうとするが、左手の鎌を放棄してカタナ1本に切り替えた少年は斬り上げでカウンターを決める。それはモノアイタイラントの両手首を奪い取り、赤黒い光が盛大に舞う。その中で少年は石斧持ちの心臓を貫き、そのまま真横へと斬り裂いた。

 これで3体目。脳天に鎌を突きさした最後の1体は棍棒を捨てて両手でつかみにかかる。これに対して真っ向から少年は踏み込み、左手を真っ直ぐ伸ばして突き手で以ってその腹を貫いた。

 4体目のモノアイタイラントが撃破される。疲労を吐き出すように少年は空を見上げながら長く息を吐いた。

 

「悪いな。足癖が悪いんだよ」

 

 まだ水中にいるラジード達に、少年は手を差し出す。その手を取ったラジードは泉からはい出ると、他の2人を引き上げる。

 武器を回収する少年は改まってラジード達へと向き直る。何処の誰か知らないが、命の恩人だとラジードは涙が出そうになる。あれ程の戦い方だ。恐らく偶然居合わせた上位プレイヤーだろう。

 

「あ、ありがとうございま……」

 

「あー、礼とか良いから。そういうのは『依頼主』に言ってくれ」

 

 依頼主? 訝しむラジードに対し、少年は面倒そうな顔をして、まるで決められた台本でも読むように言い放つ。

 

「オレは『太 陽 の 狩 猟 団』の依頼で来た傭兵だ。お前らの救助依頼を受けてきただけだ」

 

「救助依頼? な、なんでそんな……」

 

「さぁ? ただ、お前らを助けたのはあくまで『太 陽 の 狩 猟 団』だって事さ。オレはただの傭兵だからな。ほら、先導するからさっさと行くぞ」

 

 心底どうでも良いと言わんばかりの口調の少年は背を向けると歩き出す。

 ラジードはクランやウェイブスターと顔を見合わせると、とりあえず従おうと彼の後に続いた。

 命を捨てる者がいれば拾う者あり。ラジードはわざわざ太陽の狩猟団が自分たちの為に救助依頼を出した事に驚いていた。というのも、太陽の狩猟団と言えば聖剣騎士団を凌ぐ人員と組織規模を誇る。トッププレイヤーが集結している聖剣騎士団はどちらかと言えば少数精鋭主義の側面が強いが、太陽の狩猟団と言えば、あのディアベルと互角の実力を持つとされるサンライス、そして美貌の参謀であるミュウによって規律ある組織運営がされる大組織だ。

 それが小さなギルドのメンバーを救う為に傭兵を雇うなど考えられない。ラジードも傭兵業を営んでいるプレイヤーがいるとは聞いたことがあるが、決して安くない依頼料だと耳にした。

 少年は終始無言であり、途中で幾度かラジード達を茂みに隠すと邪魔となるモノアイタイラントを始末する。それを数時間の内に幾度か繰り返し、ようやくダンジョンの入口に到着する。

 

「ご苦労様です、傭兵様」

 

「後は我々が保護しますのでご安心ください」

 

 ダンジョンの出入口で待っていたのは、ラジードも噂には聞いている太陽の狩猟団の副団長直轄、『タッグならばDBO最強』と名高い双子の女の子、ルーシーとスーリだ。その背後には彼女らの部下だろあ6人のパーティが整然と、まるで軍隊のように後ろで手を組んで起立していた。彼らは双子の合図と共にラジード達へと柔和な笑みで歩み寄る。

 

「さぁ、諸君らはこちらに。温かい食べ物と飲み物を準備してある」

 

「辛かっただろう。すぐに宿を手配する」

 

「安心したまえ。今晩は我々が警護する。何も心配することなくことなく、ぐっすりと眠りたまえ」

 

 双子の部下だろう男たちに介抱され、緊張が解けたウェイブスターはその場に崩れ落ち、クランは泣き叫ぶ。

 ラジードも温められた毛布を被せられ、太陽の狩猟団のメンバーに付き添われながらダンジョンから遠のいていく。

 これから自分たちがどうなるのか。イワキリが何か手を打ってくれたからこうなったのか。それは何も分からない。だが、あの傭兵が来てくれなければ自分たちが死んでいた事は間違いない。

 

(そう言えば……名前を訊き忘れたな)

 

 白髪の女の子のような傭兵を営むプレイヤー。この容姿ならば何かしら噂があるだろうと、ラジードはひと段落したら調べてみようと思い、ようやく肩の力を抜いた。

 

 

Δ      Δ      Δ

 

 

 依頼完了。オレは出入口の洞窟の向こうに消えた天乃岩戸のメンバーを見送り、深く溜め息を吐く。

 救助依頼は護衛依頼以上にストレスが溜まる。時間との勝負である事が多い為、危険を顧みずに安全ルートよりも最短ルートをひたすらに駆け抜けねばならない事が多い為だ。

 

「さすがですね。救助依頼を受理されてから僅か6時間で依頼完了とは」

 

「ミュウ様が全幅の信頼を置く傭兵。些か嫉妬も覚えます」

 

 まるで嬉しくないお褒めの言葉を、オレは最近になって顔を合わせる機会が増えたミュウの側近、ルーシーとスーリより受け取る。顔はそれなりに可愛い10代後半くらいのおんにゃのこなのだが、ミュウと同じ胡散臭さを持っているのでどうにもお付き合いしたくない連中だ。

 ちなみに右のサイドテールがルーシーであり、左のサイドテールがスーリだ。そんな紛らわしい区別の付け方をするならば、いっそ髪の染色の違いで分かりやすくしてもらいたいのだが、コイツらときたらおそろいで赤みを帯びた銀色というレアな染色プラグインを使用している。

 

「世辞は良いから出すものだせ」

 

 オレが手招きするとルーシーとスーリは顔を見合わせて頷き合い、それぞれが封筒を差し出す。

 もちろん、オレが出せと言ったのは依頼料の事だ。基本的に前金で3割、後金で7割がオレの報酬スタイルだ。今回の救出依頼は1万5000コルなので、前金で既に4500コルを頂いている。

 だから、封筒2つとはどういう事だろうか? 受け取ったオレに対し、ルーシーとスーリはあの糞女とこれでもかと似た企業スマイルをコンマのズレもなく同時に浮かべる。

 

「1つは夕食の招待状となっております」

 

「1つはスーツのレンタル店の代引き券となります」

 

「【蛇の口のモラムの記憶】にあるレストラン『星屑の園』にてミュウ様がお待ちしております」

 

「残りの報酬は夕食の席で、との事です。ドレスコードがありますのでお忘れなく」

 

 そんな事だろうと思ったさ! オレは2つの封筒は破り捨てたい衝動に駆られるが、一時の感情で残りの報酬を無にしてしまうのも愚かと断じ、双子の営業スマイルをなるべく見ないように心掛けながら悠然と去っていく彼女らの後ろ姿を見届ける。

 本格的に傭兵業を開始してから早3ヶ月。情勢は目まぐるしく変わり続け、デスゲーム開始6ヶ月に至り、DBOは……いや、プレイヤー達は新たな局面に至りつつある。

 オレ……傭兵【クゥリ】は、今日も今日とて傭兵として依頼を引き受けては駆け回っている。

 

 なるべく最前線でボス戦に参加せず、ミュウからの依頼を淡々とこなし続ける毎日が日常になりつつあった。




ようやく傭兵本番の主人公です。
ここから基本的に依頼を受けてはこなすという物語が中心になります。
今までの行き当たりばったりの冒険とは少し違うかもしれません。

それでは、55話でまたお会いしましょう!

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