SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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エピソード9まででようやく3ヶ月経過=50話以上
エピソード10に入ってから更に3ヶ月以上経過=2話

一気に物語の時間が跳躍したのですが、むしろエピソード9まで鈍足過ぎたのでスピードアップさせていきます。


Episode10-3 サインズ

 人間の最大の強みは環境に迅速に適応することができる点にある。

 本来、生物とは生まれ育った環境に合わせて進化を遂げる。当然ながら異なる環境下では多大なストレスを強いられるだけではなく、生存そのものが困難になる。

 堅牢な鱗も、鋭い爪牙も、強靭な筋肉も無い。代わりに人間は対応力を手に入れた。衣服や建物で気候変動に対処し、武装を作り出す事で捕食者に対処し、食糧生産をする事によって飢えに対処できるようになった。

 人間は環境に適応し、そして環境を変化させる。それは、たとえ仮想世界であろうとも何ら変わりない。

 デスゲーム開始から7ヶ月。プレイヤーは大きく分けて5つに分裂し始めていた。

 1つ目は『停滞』。終わりつつある街でひたすらに現実世界の救出を待つ者、他の誰かがゲームクリアするのを期待する者、何も考えずにひたすらに時間を浪費する事だけに専念して精神を保とうとする者。このカテゴリーに属するのは下位プレイヤーしかいない。当然だ。『停滞』を選んだ者が命の危険が伴うレベリングを行うはずがない。

 2つ目は『堕落』。攻略を目指す事なく、自らの欲望を満たす為だけに行動する刹那的な思考のプレイヤー達だ。その多くは犯罪に手を染め、人を害する事も厭わない。意外にも上位から下位まで多くの層が『堕落』に属する事が多い。

 3つ目は『反抗』。現実世界への帰還の為にひたすら攻略の為に日々前進する事を目指す者達だ。上昇志向が高く、常に強さを追い求めねばならない事から心を壊す者も多い。また、他のカテゴリーの者達をゲームに敗れた負け犬と密やかに見下す者の割合も高い。

 4つ目は『順応』。仮想世界に適応し、自分の生き方やあり方を見つけ出そうとする、あるいは見つけ出した者たちだ。目的も様々であるし、善悪も問われるものではない。現実世界よりも仮想世界が『現実』になりつつある者達は総じてこのカテゴリーに分類される。

 5つ目は『革命』。攻略を目指すわけでもなく、仮想世界に新たな秩序を生み出そうとする者。『順応』とも似通っているが、決定的に異なるのは彼らは仮想世界の世界観やルールを無視し、自分達の新たな秩序や世界を生み出そうとするという点だ。5つのカテゴリーで最も人数が少なく、またある意味で最大の危険性を有する。

 もちろん、このカテゴリーは絶対的なものではない。『順応』寄りの『反抗』だったり、『堕落』に限りなく近い『停滞』など、幾つものカテゴリーが重なっている者も少なくない。だが、これらのカテゴリーは1つの指針になる。

 そして、今現在のDBOでは『反抗』が数を減らす傾向にある。正確に言えば変質しつつある。

 理由は攻略を担うべき大ギルド同士の抗争だ。

 ディアベル率いる聖剣騎士団は少数精鋭主義を掲げ、DBOの上位プレイヤーの中の上澄み、トッププレイヤーが何人も集結している。理念は『強き者が弱き者を守る』であり、レベルが高いプレイヤーが常に最前線に立って道を切り開き続ける事を信条としている。弱さを悪とせず、むしろ弱き者を庇護下に置く事を正義としている。そのあり方は騎士団の名に恥じず、ディアベルのカリスマ性もあって根強い人気がある。一方で『貴族主義』やら『ノブリスオブリージュ気取り』やらと陰口を叩く者もいないわけではない。

 対するはサンライスがリーダーを務める太陽の狩猟団。統制が取れた組織で以って限りなく均一化された戦力を一部のハイレベルな戦力を中心にして運用する事を良しとしており、時として犠牲すらも許容する姿勢がある。適材適所を信条とし、下部組織をフルに活用した戦略は『大企業』と皮肉る者も多い。

 直接的な諍いはなく、現在は協調路線を取っているが、それがいつまでも続くはずが無い。ディアベルとサンライスには組織のトップ同士らしく友好があるらしいが、下部組織同士の小競り合いは既に始まっている。

 純粋な攻略から支配権争いへ。そういう意味で『反抗』のカテゴリーは確実に変わり始めている。たとえ、当人たちにその気がなくともだ。

 だからこそ、オレみたいな傭兵が重宝される時代でもある。あくまで傭兵は何処の組織にも属していないという名目があるからだ。互いに傭兵を使って妨害工作や諜報活動を行い、仮にそれが敵対組織が雇い入れた傭兵の手によるものであるとしても、本格的な全面戦争に発展させる『材料』としては不足しているのだ。もちろん、重要人物の暗殺などをすればその限りではないが、互いに傭兵を雇い入れてちょっかいを掛けるのは日常的になりつつある。

 傭兵の数は飛躍的に増加するに伴い、『サインズ』と呼ばれる傭兵斡旋ギルドまで誕生した。ここに傭兵登録した傭兵はサインズを通す限り、あらゆるギルド・個人は傭兵の活動によって被った損害による報復や賠償から守ってもらえる。正確に言えば、報復活動や賠償請求した場合、サインズに申請した全ての傭兵を敵に回す事となるのだ。もちろん、そうなれば他ギルドもこれ幸いと『サインズとの協定に従う』という大義名分で尻馬に乗って叩き潰しにかかる。

 更にギルドとしてはわざわざ誰が傭兵なのか探し出す手間が省け、またサインズが管理する依頼達成率や傭兵のプロフィール概要から、いかなる傭兵を雇用するか吟味することもできるのだ。

 そのサインズだが、本部は終わりつつある街の1等地にある。あらゆるギルドからの寄付によって土地と建物が購入され、2階建ての広々とした建物の内部には依頼を申請に来た、あるいは傭兵申請をしに来たプレイヤーで溢れている。

 

「時代は変わったもんだな」

 

「そればっかりですね、クゥリさん」

 

 受付窓口にて、白を基調とした黒のラインが入った制服を着た受付嬢の【ヘカテ】を相手にオレは今日も今日とて依頼が来ていないか確認に来る。

 10代後半だろうヘカテは胸部装甲が素晴らしいおんにゃのこだ。アップにした青色の髪が背伸びしているようであり、膝よりやや上のタイトスカートとか、黒のストッキングとか、本当にサインズの女性スタッフの制服をデザインした御方は分かっていらっしゃる。

 傭兵には1人1人担当が付くのだが、オレの担当がヘカテちゃんだ。ちなみに傭兵対応スタッフは全部で5人いるのだが、内4人が女子である。オレは我が身の運の無さから必ず野郎を引き当てるだろうと思っていたのだが、天はオレを見放さなかった。こんな可愛いおんにゃのこが担当になってくれるとか、オレの残りの人生の幸運を全て注ぎ込んだような異常事態である。

 

「そりゃそうだろ。オレは最古参の傭兵だぞ?」

 

「聞いてます。いろいろと暴れ回ってたみたいですね」

 

 にっこりと笑うヘカテは、もちろんオレの【渡り鳥】としてのSAOとDBOでの経歴を知っている。傭兵登録する上で経歴詐称した場合、それがバレたらサインズから追放される事になるからだ。オレは憶えている限り包み隠さず経歴を記載して提出し、見事に傭兵登録を果たしたのである。

 

『我々サインズが重視するのは傭兵の「個人」でなく、傭兵の「能力」です。いかなる経歴であれ、依頼を達成する事。それを最重要視しています』

 

 挨拶から10秒目でそう宣言したヘカテは、あらゆる意味でオレを『傭兵』として見てくれる。もちろん、顔合わせする度に個人的に仲良くなっているとは思うのだが、それでも彼女からすればオレは何処まで行っても『傭兵』に過ぎないのだ。

 それこそがサインズのスタッフに求められる素質なのだろう。1から100までサインズのスタイルを貫き通せる事。それと引き換えに彼女らは収入と安全を得られる。聞いた話によれば彼女のレベルはたったの8らしい。そんな彼女が安全圏で安眠が許され、レベルに見合わないコルを手にし、温かな食事を得られるのは、全てサインズのスタッフであるからだ。

 彼女は『順応』した者だ。この仮想世界での生き抜き方を見つけ、それを全うする道を選んだ。そこに貴賤は無い。

 

「でもクゥリさんは傭兵としては古参でも、『サインズに登録した傭兵』としてはまだ日が浅いですからね。しっかりと我々を通して依頼を受けてくださいよ。じゃないと『サインズの傭兵』としての信用は得られませんから。いいですね?」

 

 指を立てて可愛らしくオレに念を押すヘカテに、オレは鼻の下を思いっきり伸ばして頷く。もちろん、これもサインズの営業である。彼女らは依頼の一部を仲介料として得ることによって生計を立てているのだ。

 

「それでクゥリさん、現在来ている依頼ですが、指名依頼はありませんね」

 

「太陽の狩猟団からも?」

 

「今日は届いてませんね。自由依頼も『【渡り鳥】以外ならOK』という条件付きが多いです」

 

「……まだまだ信用は得られてないってわけか」

 

 申し訳なさそうなヘカテを前に、オレは思わず溜め息を吐く。

 サインズの依頼は大きく分けて2つある。指名依頼と自由依頼だ。

 指名依頼はその名の通り、特定の傭兵を指名して依頼するスタイルだ。理由は様々だが、大抵はパートナー契約に由来する物が多い。あるいはお気に入りであるか、だ。

 自由依頼は基本的にいかなる傭兵でもとにかく依頼をこなしてもらえれば良いといった類のものだ。だが、そこに様々な条件を付け加える事もできるので、依頼難易度にそぐわない低レベルの傭兵が受託しないように制限を設けることもできる。

 今回の場合、自由依頼の条件付けに『オレ以外にしろ』とある為、オレにはそれらの依頼を受ける権利が無いのだ。

 依頼をこなし続けて4ヶ月、オレの傭兵としての『信用』はそれなりに回復してきたはずだ。ミュウの情報操作によって【渡り鳥】の悪名も薄まりつつあるし、中堅プレイヤーや低位プレイヤーでは【渡り鳥】をただの噂に過ぎないと信じ込んでいる者も多くなった。

 だが、それでも完全に打ち消されたわけではない。特に現行でサインズを利用しているのは上位ギルドや中堅ギルドばかりだ。ミュウの情報操作以前にオレの事をしっかり調べ上げた者も多いはずだ。その結果がコレである。

 

「アイテム収集とかならありますよ? これなんていかがですか。【赤角豚のもも肉30個納品】です。依頼料は手数料抜きで800コルと少々お安いですが」

 

「安過ぎるだろ。そんな依頼受けても足しにならねーよ」

 

「とは言いましても……」

 

 困った顔をするヘカテから察するに、本当にくだらない依頼しか無いのだろう。これならばレベリングなり何なりした方がまだマシだ。オレは彼女に別れを告げて受付を離れようとする。

 

 

 

「失礼。【渡り鳥】のクゥリさんでしょうか?」

 

 

 

 だが、振り返るといつからそこにいたのか、ギラギラとした金髪の染色がこれ以上とない程に似合う男が立っていた。スーツ姿ではあるが、胸襟にはサインズ仲介人の証明であるバッチが付けられている。

 慌ててヘカテが男に頭を下げている所を見るに、彼女よりも立場がかなり上なのだろう。

 オレは改めて男を観察する。金髪をオールバックにした、イケメンとは何かが違う整った顔の男だ。年齢は20代後半か30代前半、スーツ姿がかなり板についている所を見るに、現実世界ではホワイトカラーだな。

 やや警戒するオレに、男はミュウとはまるで毛色が異なる企業スマイルを浮かべる。ミュウの企業スマイルが悪意も善意も覆い隠す鉄仮面であるならば、こちらは何処か他人を見下したようなエリートっぽさが滲む企業スマイルだ。

 

「あちらに個室を準備しています。どうぞ、そちらに」

 

「……あ、ああ」

 

 随分と治ったと思ったコミュ障だが、やはり名残はある。オレは男に促されるままに、受付横にある『01号室』と黒文字で書かれた金のプレートが打ち付けられた個室へと通された。これら個室は依頼人と傭兵が面会する為にある。四方の隅には【音喰らいの香】が焚かれ、盗聴対策が施されている。また、依頼人がエントランスを通らずとも入れるように裏口も設けられていた。

 依頼を受託した場合、そこから依頼内容を知る手段はいろいろある。文面だけだったり、代理の仲介人に説明させたり、依頼主が依頼内容を録音した【蓄音水晶】を使ったりだ。もちろん、依頼人本人の口から依頼内容を説明する場合もある。これらから依頼主の依頼への本気度を探るのも傭兵の嗜みだ。とはいえ、最後はヘカテちゃんからの受け売りだが。

 3人は余裕で腰かけられるだろう赤い生地のソファに腰かけた男は、相変わらずのエリートスマイル(ミュウの企業スマイルと区別する為にこう呼ぶ事にした)でオレにも腰かけるように促す。とはいえ、オレの方は肘掛けもない普通の椅子なのだが。

 

「まずは初めまして。私はサインズの特定ギルド専属仲介人を務めます【ネイサン】と申します」

 

「あー、どうもご丁寧に。クゥリです」

 

 棒読みでオレは嫌な予感を最大限に背筋に感じながらも自己紹介する。今更だが、ヘカテちゃんの小遣い稼ぎ程度の依頼を受けておくべきだったと後悔する。

 特定ギルド専属仲介人か。確かヘカテちゃんが最初に説明してくれたな。サインズからも『大物』扱いされている特定のギルドの為だけに存在している仲介人だ。事実上の聖剣騎士団と太陽の狩猟団の為だけの仲介人である。

 だが、オレに依頼をする場合、太陽の狩猟団ならばミュウ本人がサインズを通しているかの有無にかかわらずオレに直接連絡を取るはずだ。だとするならば、このネイサンというのは聖剣騎士団の専属仲介人なのだろうか?

 

「えーと、聖剣騎士団からの依頼か?」

 

「ご冗談を。私があの『騎士気取り共』の仲介人に見えますか?」

 

「じゃあ……まさか太陽の狩猟団?」

 

「それも違います。我々をあの『軍隊もどき』と一緒にしないでもらいたいですね」

 

 我々……ね。どうやらサインズも完全に中立ってわけではないらしい。各勢力の息がかかったヤツらがこうして潜り込んでいるわけだ。少なくとも特定ギルド専属仲介人はその名前からして、下手すれば各ギルドから派遣された人物なのかもしれない。サインズ設立には各ギルドから多額の出資があったのだ。それくらいの条件はあり得る。

 サインズに『信頼』は禁物か。オレは心にそれを留めておく事にする。

 

「まぁ、時を待たずして全プレイヤーに知れ渡る事ですので良いでしょう。我々は2大ギルドの無意味な権力争いを止めるべく、中堅ギルドの吸収合併で誕生したグループギルド【クラウドアース】です」

 

 クラウドアース……『集団の大地』か。ギルド同士の連合で成り立つ新組織の名前にして、万物は『大地』に帰属する運命にあるという宣戦布告か。まぁ、あまり探りを入れる必要はないだろう。

 ネイサンはわざとらしく、演技かかった動作で懐から名刺を取り出す。そこにはフレンド登録する為のパスコードが記載されている。顔を合わせているんだから直接フレンド申請しろよと言いたいが、コイツからすればあくまで『オレがフレンド登録させていただく』という事なのだろう。

 

「【渡り鳥】さん。我々は現在急成長中のギルドです。故に他の2大ギルドは我々が生み出す『節度ある秩序』を否定すべく、様々な妨害工作をしています。まずはそれをご理解ください」

 

「……ああ」

 

「彼らは多くの上位プレイヤーをその傘下に収めていますが、全員ではありません。貴方のような上位プレイヤーが傭兵であるように、中堅ギルドや下位ギルドと呼ばれる規模の組織にも十分に最前線で実力を発揮できるプレイヤーは存在します。現在クラウドアースはそうしたプレイヤーを取り込みながら、2大ギルドと肩を並べ、もちろんこれら時代遅れを追い越すべく、日々革新と進歩を続けています」

 

 さっさと本題に入れ。オレが睨みを利かせると、男は肩を竦める。そして、アイテムストレージから1冊の青いファイルを取り出した。

 

「クラウドアースから貴方にミッションがあります。これは失礼ながら我々、クラウドアースにとって貴方が有用な傭兵であるかどうかの試金石であるという事をご理解して頂いた上で受託するか否かをお決めください」

 

 無言で了承を伝える。ネイサンの態度は癪に障るのだが、依頼であるならば是非も無い。あと2ヶ月で太陽の狩猟団とのパートナー契約も終わりだ。早くフリーの傭兵として十分な信用を勝ち取らねばならない。

 

「ミッションを説明しましょう。依頼主はクラウドアース、目的は連続失踪事件の解明と解決です。現在、クラウドアースが調査派遣した3名の調査員が【沈黙者マルクネスの記憶】にあるサブダンジョン『巨人墓場』から帰還を果たしていません。依頼主は事件の早期解明と解決を希望しています。依頼受託より72時間以内にミッションを達成してください。巨人墓場はスケルトン系の大型モンスターを中心としたダンジョンで、特殊な闇によってあらゆる光源が効果を発揮しません。そこで依頼主は【黒魔女の蝋燭】を使用する事を希望しています。確かに、黒魔女の蝋燭ならば特殊な闇の中でも光源として効果を発揮するでしょう。素晴らしい作戦です。スケルトン系モンスターはいずれも高火力の近接攻撃及び射撃攻撃を得意としますが、いずれも隙が大きく、冷静に回避すれば問題は無いでしょう。ただし、4足歩行型だけは例外的に高速かつスタン蓄積値が高い連続攻撃を得意とします。索敵範囲は決して広くありませんので十分に警戒し、接近はなるべく避けてください。説明は以上です」

 

 そこで1度区切ったネイサンは、最大出力のエリートスマイルを向ける。

 

「クラウドアースとの繋がりを強くする好機です。そちらにとっても悪い話ではないと思いますが」

 

 

 

Δ    Δ     Δ

 

 

 終わりつつある街にある、最近オレが寝泊まりしている宿の1室にて、オレは武器とアイテムのチェックを行う。

 ネイサンの依頼はもちろん引き受けた。『巨人墓場』というサブダンジョンが存在した事自体知らなかったが、ファイルによれば現在最前線となっているステージの1つである【沈黙者マルクネスの記憶】にあるのだ。当然ながら、ギルド拠点が作られており、フリーのプレイヤーと言えどもお伺い無しではなかなか入れないだろう。

 そんなサブダンジョンにオレは依頼という名目で無料で入れるのだ。しかもファイルに記載されたミッションの詳細によれば、得たドロップアイテムやトレジャーボックスの中身は全て所有を許可し、なおかつミッション終了後に不要であるアイテムの買い取りも高値で買い取りを行ってくれるとの事だ。

 更に更に、このダンジョンでは必須アイテムである黒魔女の蝋燭を5本も無償で譲渡された。1本につき12時間使用できるものであり、依頼終了後に余っていたとしても返却する必要はない。

 破格の条件。太っ腹と言っても良い。しかも、今まで受けたあらゆる依頼よりも精密な情報が記載されており、およそ情報屋に調査してもらう必要はないだろう。もちろん、これらの情報に虚偽がある確率も否めないが、それにしては備考にある裏付け調査に及ぶものまで余りにも詳細過ぎる。

 モンスターの情報。分かっているだけのマップデータ。危険なトラップ地帯。あらゆる情報が含まれたそれは、まさしく傭兵に最高のパフォーマンスをさせる為の下準備だ。

 だが、オレは苛立っていた。何故か? 簡単だ。あのネイサンの最後のねっとりとした『決め文句』が琴線に触り、激しいストレスをオレの内側から噴き出させたのだ。

 クラウドアースがどの程度の組織か知らないが、仕事ができる=コミュ力があるってわけじゃねー事を理解してねーな。絶対にだ。じゃなければ、あんな仲介人を派遣するはずが無い。

 

「試金石……か」

 

 そこにどんな意図があるのか分からない。だが、オレが真っ当に依頼をこなせば、確かにネイサンが言うように巨大ギルドと『繋がり』が持てる。それは必ず有用になるだろう。

 問題はミュウだが、別にパートナー契約とは他組織からの依頼を一切受けてはいけないというものではない。あくまで条件にあるのは『優先的に依頼を引き受ける』だけである。この辺りはミュウのミスか、あるいは策略か。

 

「スケルトン系モンスターが多いとなると、光属性の聖歌の霊剣は確定だな。あとは『コイツ』を使うか」

 

 双子鎌をオミットし、オレは代わりに【ベルガの槌】を取り出す。鳥の嘴をほうふつさせる金属の塊に黒い柄が付けられ、更に装飾のように黒の髪の毛が纏わりついている。闇属性を持つ一方で戦槌にしては軽量で扱いやすい。

 カタナはこのままで良いだろう。暗器も爪撃の籠手で十分だ。

 

「時間制限付きの依頼か。まぁ、問題ねーさ」

 

 だが、どうにも気になる言い回しだったな。連続失踪という事は生存を確認しているからなのだろう。ならば、普通は依頼内容に『救助』と付くのではないだろうか。だが、依頼は解明と解決だ。これでは調査派遣されたプレイヤーの安否などどうでも良いようではないか。

 あるいは、人を消耗品扱いする組織と言う事の証左であるというのか。何にしても、オレがすべき事は変わらない。依頼内容通りに依頼をこなすだけだ。




傭兵ライフが一気に加速です。
サインズは直球通り、ACVDに登場する傭兵斡旋組織です。
ネイサンは……もう言わないでも分かるレベルですよね。


それでは依頼遂行の57話でお待ちしております。

そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが。

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