SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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ソウルシリーズでハイエナと言えば、という訳でいよいよ本格的にソウルシリーズ系のキャラも参戦です。


Episode10-4 その男、ハイエナにつき

 タイムリミットは残り69時間。オレは巨人墓場の入口に到着する。

 この【沈黙者マルクネスの記憶】は現在最前線となっているステージだ。まだメインダンジョンが攻略途中であり、ステージダンジョンも撃破されていない。それ故にトッププレイヤーが集結して攻略に乗り出しているのだが、それも芳しく進んでおらず、かれこれ10日間も苦戦が続いている。

 その理由の1つがステージの広大さだ。これまでのステージはせいぜい直径10キロから15キロ圏内だったが、このステージ他5つの最前線ステージはいずれも直径20キロ以上の広大さを持つ。オマケに、これまでのステージには必ず街などが存在したのだが、このマルクネスの記憶には一切の街がない。

 現在想起の神殿は4階まで解放され、移動可能なステージ数は20に到達した。全てのステージにおいてメインダンジョンのボスを撃破する事に成功すれば、その記憶の世界は解放されたとみなされる。そして、同じ階層の全てのステージが攻略されると次の階への道が開かれるのだ。

 そして、階が上がる事にステージは広大化・複雑化し、より攻略は困難になる。また、ステージ事に隠されたサブダンジョンも1つや2つでは無い。

 オレがこれから向かう巨人墓場もサブダンジョンだ。この世界の主であるNPC【沈黙者マルクネス】がいる墓所にある、巨大な墓標。その墓標を動かすと巨人墓場へと続く階段が現れる。

 ただし、既に階段を数歩下りた段階で光を奪う闇に包まれている。情報によればある程度の深さまでならば通常の松明でも辛うじて周囲数メートルならば視認することができるらしい。だが、深部になると完全に通常の光は意味を成さなくなる。

 とはいえ、今のオレには黒魔女の蝋燭がある。ランプにセットして火を点けると黒い灯が揺れる。本来ならば周囲を逆に暗くする効果がある黒魔女の蝋燭であるが、この闇の世界では逆に光源として周囲を照らすことができる。

 階段を下り終えると、オレを待っていたのは広大な地下世界だ。自然に作られた洞窟に手を加える事によって神殿のような神秘さを醸し出している一方で、無造作に転がる頭蓋骨はこの地が生者の立ち入るべき場所ではないと語り掛けてくるようだ。

 足下では小型の白っぽい虫が這い回っている。女性プレイヤーの金切り声のような悲鳴が聞こえてきそうな光景だ。しかも歩行する度に足下の虫を潰さねばならない事も多く、その度に嫌な音と中身が破裂して外に飛び出す音が静寂の中で響く。

 まだ序盤だ。オレは呼吸を整え、≪気配遮断≫を発動させて慎重に進む。巨大な縦穴を下りる形式のダンジョンは橋が多くかけられ、墓所と墓所を繋いでいる。深部までのルートは情報を得ているので迷う事は無いが、行く手を阻むスケルトン系モンスターとの交戦は免れないだろう。

 このダンジョンの序盤で最も警戒せねばならないのはネクロマンサーだ。複数体のスケルトン系モンスターを率いて登場し、自分は隠れながら襲い掛かって来る。これらスケルトン系モンスターは光属性が伴った攻撃でトドメを刺さねば復活する上に、斃してもまるで経験値とコルが得られない。

 オレは壁に立てかけられた棺の陰に隠れ、巡回するように歩き回っているスケルトンを発見する。モンスター名は【使役される死者】だ。主な武装はシミターやファルシオンといった曲剣であり、単発系ソードスキルも駆使してくる。だが、≪曲剣≫ソードスキル以上に注意せねばならないのは、ヤツらが装備する小型で木製の円盾だ。赤と白の2色の配色を持つこの盾は物理攻撃はともかく、魔法攻撃に対して高い防御力を持つ。そして、何よりも≪盾≫の特殊ソードスキル【バーストパリィ】をコイツらは使用できるのだ。

 通常のパリィと異なり、バーストパリィは相手の武器の耐久値を大きく削る効果を持つ。盾の重量や強化具合にもよるが、刀剣系の武器ならばまず刃毀れは免れない。

 オレは忍び足で背後から近寄り、スケルトンの後頭部にベルカの槌を振り下ろす。片手でも持てるこの戦槌はスケルトン系にはやや利きにくい闇属性を持つが、それを補える打撃属性の攻撃でもある。後頭部が派手に砕けたスケルトンはHPを7割消し飛ばす。元より数で攻めてくるタイプのモンスターだ。1体毎の性能は大した事が無い。振り返った所を胸部に更に1発叩き込んで破片を撒き散らせる。スケルトンは白い煙のようになって拡散した。

 リーチは60センチ程度のベルカの槌だが、やはり片手で振るえる軽量武器というのはオレに適している。ビジュアルはともかく、使い易い打撃武器は重宝する。

 

「情報によれば、この棺の中にショートカットがあるな」

 

 ネイサンが提供されたマップ情報は正確だ。石棺の蓋を開けると中には死者ではなく地下へと続く梯子がある。オレは腰に付けたランプがぶつかって音をたてないように注意しながら棺の中に入り、梯子を下る。

 着地すると同時に不安定な足場がオレのバランスを一瞬奪う。何事かと思って足下を確認すると、そこには無数の人骨が敷き詰められていた。だが、いずれも人間サイズであり、まだ『巨人墓地』という名に相応しい巨大な人骨は見られない。

 そう言えば、とオレは人骨の海を歩きながら昔を思い出す。あれは伯父さんと初めて遊園地に行った日の事だ。伯父さんはオレを引き連れてお化け屋敷に入った。いわゆる伯父さんはオカルトマニアであり、怖い物見たさで日本中のお化け屋敷はもちろん、世界中のあらゆるオカルトスポットを回っていた。なんか胡散臭いオカルト専門誌の記者らしく、ウェブ上で記事を公開してはその手のマニアから絶賛されている人気者だったらしい。

 あらゆるオカルトスポットを制覇してきた伯父さんにも弱点があった。それはオレの母さんだ。母さんはとても優しい人だけど、伯父さんはどうにも母さんが苦手らしい。どうにも昔酷く怒らせてしまった事があるらしく、その時に笑顔で淡々と伯父さんを責めていた時の目が怖過ぎたらしい。いつも伯父さんは世界で1番怖いのはオレの母さんだと言っていた。

 伯父さんは明るく活発な人だった。髭を生やしたナイスガイであり、どちらかと言えばインドア系の親父よりもオレを外に連れ出していろいろな旅行に連れて行ってくれる人だった。そのお化け屋敷があった遊園地もその1つだ。

 廃校舎を模したお化け屋敷に伯父さんと手を繋いで入ったオレは、幽霊や妖怪を見ても無反応だったらしい。オレは多分それなりに怖がっていたとは思う。だが、冷めているのとも違う、襲ってくる恐怖を受け入れていたという感覚は今も残っている。伯父さんに言わせれば肝が据わっているとの事だったが、後にも先にもアレ以降お化け屋敷に行きたいとは思わなくなった。

 その伯父さんだが、オレが小学3年生の時に亡くなった。

 遺体の第1発見者はオレだった。伯父さんから自宅に来てほしいというメールが届いたのだ。夏休みで暇を持て余していたし、何よりも夏休みの宿題を放りだす格好の材料が得たとばかりにオレは家を飛び出した。

 伯父さんが暮らすアパートはオレの家から電車で1時間、バスで更に40分ほど行った場所にある、街から離れた所にあった。周囲は田んぼや畑ばかりであり、若者よりも老人の割合が多い。家賃は安く、建物も老朽化したものが目立っていた。

 オレは伯父さんのアパートの合鍵を使ってはいると、まず異臭に顔を顰めた。伯父さんは綺麗好きとは言い難かったが、それでもゴミを家に溜め込むような人ではなかった。だが、玄関にはビニール袋に詰められたゴミが散乱し、ゴキブリが平然と群がっていた。

 あの時のオレは何かに惹かれるように、入るべきではないという思考を無視して奥へと向かった。横開きの戸を開いた先で、オレは変わり果てた伯父さんを見つけた。

 首を吊り、腐乱死体と成り果てた伯父さん。その身は真夏と言うこともあって腐敗が進み、ガスで体が大きく膨れ上がっていた。その姿は辛うじて生前の伯父さんの姿を残してこそいたが、形ある死としてオレを迎え入れていた。

 だが、それ以上にオレの目が奪われたのは伯父さんがぶら下がる部屋の光景だった。

 窓は黒いテープで覆われ、壁にはまるで何かが暴れ回った後のような赤黒い液体が撒き散らされていた。

 そして、電気を消費して動き続けるパソコンは、本当に伯父さんが『自殺』を選んだのか疑わしいように、書きかけの記事があった。それは序盤でこそ理性的な文面ではあったが、徐々に狂うように漢字変換ミスや脱字が目立つようになり、最後にはある『言葉』で埋め尽くされていた。

 

 

 

 

〈ヤツメ様が来る。ヤツメ様が来る。ヤツメ様が来る。ヤツメ様が来る。ヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様が来るヤツメ様ヤツメ様ヤツメ様ヤツメ様ヤツメ様ヤツメ様ヤツメ様ヤツメ様ヤツメ様ヤツメ様ヤツメ様ヤツメ様ヤツメ様ヤツメ様ヤツメ様ヤツメ様〉

 

 

 

 記事を読み終わったオレが伯父さんを見上げると、腐敗ガスで破裂した眼球がオレを見つめていた。そして、その口が動いたかのように思えた。

 それはオレの幻覚だったのかは分からない。だが、伯父さんの腐った唇が動いて、オレに助けを求めたような気がした。

 その後、悪臭に気づいた隣人によって通報され、オレは警察に保護された。警察署に来てくれた母さんはオレを抱きしめて連れ帰り、何故伯父さんの所に行ったのかと親父が運転する車の後部座席でオレの頭を撫でながら優しく尋ねた。オレはメールの事を話すと、母さんはオレをもう1度抱きしめた。

 

『篝。私の子。私の愛しい篝。それは誰にも言っちゃ駄目よ。皆に秘密にして。お兄ちゃんにも、お姉ちゃんにも、皆に秘密よ。もちろん警察に言っちゃ駄目』

 

 当時のオレは何ら疑いなく母さんの指示に従い、警察にも夏休みを利用して伯父さんに会いに行っただけだと後ほどの事情聴取で答えた。警察は伯父さんの自殺を精神錯乱によるものと判断した。伯父さんがオカルト記者という事もその判断の後押しをしたのだろう。

 伯父さんの葬儀は全ての親族が出席して行われた。喪主のおじぃちゃんは我が子の死にも涙1つ流さなかったが、その背中は少し寂しそうだった。

 

『あの馬鹿息子め。ヤツメ様の怒りを買いおったわ』

 

 だが、おじぃちゃんは伯父さんの遺体が火葬にされる最中にそう漏らした。きっと、おじぃちゃんには伯父さんが何で死んだのか分かっていたのだろう。

 伯父さんはヤツメ様を記事にして衆目に曝そうとした。それは、自分の故郷にいる神様を……ちょっとした怪談を皆に知ってもらいたいというだけの事だったのだろう。

 今も伯父さんは『自殺』扱いのままだ。そして、その真相が変わる事など永遠にないだろう。

 オレはあのメールを見る度に思い出す。伯父さんは少なくとも死後5日は経過していた。ならば、伯父さんがオレにメールを送れるはずがないのだ。だとするならば、やはり他殺なのだろうか。それとも、祟りによって呪い殺されたのだろうか。もはや真実は誰も暴こうとしない。伯父さんは一族の墓で眠り、おじぃちゃんはヤツメ様が鎮まられるように祭事を執り行った。それが全てだ。

 オレは人も霊も神も存在すると信じている。死後の世界も人間の勝手な想像とは違うだろうが、いかなる形であれ存在しているはずだ。

 そして、たとえ仮想世界であろうとも死者の意思は残り続け、人の心に訴え続けている。救いと呪いを唱え続けている。

 茅場の後継者が求める『人の持つ意思の力』とは、仮想世界におけるオカルトだ。仮想世界の法則に干渉し、あるいは捻じ曲げることができる力。ネット上でも時々話題に上っていたそうだ。オレは仮想世界離れしていたので詳細は知らないが、この手のオカルトは常に存在している。

 では茅場の後継者が求めるのはオカルトの否定なのだろうか? それは単純過ぎる考えの気がする。

 思考が少々深化し過ぎてしまった。オレは1度頭を切り替える。ここはダンジョンだ。いかに情報があるとはいえ、最前線のサブダンジョンで油断は禁物である。

 白骨の海に溺れた梯子を見つけ、オレは骨をどかして下りる。これまでの岩場のような足場と異なり、石畳が敷かれている。壁には石棺が納められ、幾つかの石棺は蓋がズレて白骨の腕が伸びている。だが、それらは動き出す気配も無い。これも情報通りだ。

 苛立たしい事だが、ネイサンの情報に誤りはなく正確だ。トラップはもちろん、マップ情報にも細工は加えられていない。

 もう間もなく序盤も終了だ。この先にやや開けた場所があり、そこを突破すれば本格的な巨人墓場の始まりである。だが、この開けた場所こそが1つの鬼門であるともファイルには記載されていた。

 

「アレが車輪骸骨か」

 

 痛々しい棘を備えた車輪と一体になった骸骨。ネイサンの資料によれば、場合によっては巨人墓場の巨人スケルトンよりも厄介な敵らしい。というのも、近接戦の格闘攻撃はひ弱であるが、距離があると車輪を回転させて突進攻撃をしてくる。これが命中すると多段ヒットする上にスタン蓄積値も高い。大盾持ちのタンクがこの車輪骸骨の車輪攻撃を盾受けし、そのままスタミナを全部持って行かれて死亡したという事例も記載されていた。軽装のオレならば1発でも命中すればスタンされて嵌め殺しになるだろう。

 ならばどうするか? オレはアイテムストレージから【火竜の唾液】を4つ取り出す。大きな丸い瓶に入った透明などろりとした可燃性の液体はオレの虎の子の1つだ。オレも5つしか持っておらず、できれば使いたくない貴重な代物だ。

 瓶を全てロープで括りつけ、次にオレは黒い火炎壺を取り出す。これもレアドロップ品であり、在庫の数は少ない。だが、火炎壺以上の高火力が引き出せる。スケルトン程度ならば一撃で葬れるだろう。ただし、火炎壺系は爆発範囲が広く、近接戦や集団戦では使い辛いのが難点だ。

 まずオレはロープで結んだ火竜の唾液を投擲する。放物線を描いたそれは、開けた場所の中心に落下し、盛大に中身をばら撒く。同時に瓶の割れる音は車輪骸骨たちを引き寄せる。これもネイサンの情報にあった通りだ。スケルトン系のモンスターは視覚よりも聴覚を優先する。

 合計7体もの車輪骸骨が火竜の唾液が撒き散らされた場所に集結している。オレはそこに黒い火炎壺を放り投げた。着弾と同時に火竜の唾液に着火し、大爆発が引き起こされる。それは元よりHPが低い車輪骸骨を文字通り消し飛ばすには十分過ぎる威力だ。ましてやスケルトン系は火炎属性に弱い。オーバーキルだったかもしれないな。

 何も背後からの奇襲や正面から正攻法で叩き潰すのが傭兵のやり方ではないし、ましてやソロの生き残り方ではない。アイテムを駆使し、限りなく直接戦闘を避けるのも立派な生存戦略だ。

 車輪骸骨のエリアを突破し、オレはようやく巨人墓場の深部に到着する。ここからが本番である。ネイサンの資料にもこれ以上のマップデータはほとんど存在しない。

 残り時間は64時間。慎重に鈍足で進んだ為に5時間も経過したが、それでもショートカットのお陰で随分と楽ができた。交戦も数度で済み、回復アイテムも充実している。だが、さすがにソロというのは精神的疲労が凄まじい勢いで溜まる。集中力が欠如しないようにできれば休みたいのだが、モンスター侵入禁止エリアはこの辺りには無いようだ。

 これまでの人工物が散見していたエリアと異なり、ここから先は棺以外は完全に岩肌ばかりだ。光を喰らう闇も一層濃くなり、黒魔女の蝋燭を以ってしても照らせるのは周囲数メートルが限界だ。

 オレはすべり台代わりの巨大な棺を慎重に下りる。ネイサンの情報によれば、巨人墓場の深部は1度入れば元来た道を戻ることはできない。だが、地上へと続く道は別に存在するとの事だ。

 すべり台の棺を下り終えると、待っていましたとばかりに4メートル級の巨大スケルトンが襲い掛かって来る。情報にあった巨人スケルトンだ。得物は他のスケルトンと同様で曲剣であるが、その巨体に似つかわしい超大型だ。リーチも人間が所有できる限界を余裕で超えている。

 右手に持った巨大曲剣の薙ぎ払いをバックステップで避ける。ここは変わらず縦穴状だ。足場も狭く、オレのように派手に動き回すプレイヤーには不利な戦場だ。

 右手のベルカの槌で巨人スケルトンの左脛を叩く。鳥の嘴のような鉄塊は打撃属性と刺突属性の2つを持つ。いわばより攻撃的なウォーピックだ。刺突属性特有の貫通性能と打撃属性の破壊力。2つが合わさった武器は純属性に比べれば特効ダメージが劣るが、それでもスケルトン系には充分に通じる。

 とはいえ、さすがは最前線のサブダンジョンの深部に潜むモンスターだ。弱点属性の通常攻撃を受けてもHPはまだまだ十分だ。

 今のオレでは1対1が限界だな。2体以上いた場合は脇目も振らずに逃げた方が良い。巨大曲剣を槌のように叩き付けてきた隙に背後に回り、聖歌の霊剣で背中を斬る。光属性が弱点であるスケルトンとは言え、相性の悪い斬撃属性ではあまり通りが良くない。オレが離脱するより先に巨人スケルトンはその場で踏みつけ攻撃を行い、その衝撃はでオレのHPが1割消滅する。

 直撃すれば3割……いや、4割は消し飛ぶな。相変わらずVITが低いオレは防具の性能と装飾品でそれを補っている。今愛用している指輪の1つは【模された鉄の加護の指輪】だ。オリジナルの【鉄の加護の指輪】の模造品という位置づけのアイテムであるが、軽装のオレに十分な物理防御力を付与してくれる。そして、もう1つの指輪は【鈍い窮鼠の指輪】だ。HPが減少すれば減少する程に防御力が増加し、より粘り強く戦う事が出来る。

 ネイサンの情報では巨人墓場はネクロマンサーを除けば物理攻撃が主体のモンスターばかりだ。それを見越しての指輪の変更だったが、どうやら正解だったらしい。

 回転斬りを放った巨人スケルトンは風圧でオレがよろめいた隙に踵落としを繰り出す。それを横に転がりながら避け、オレは火炎壺を巨人スケルトンの顔面に投げつける。爆発と炎は巨人スケルトンを怯ませ、その隙にオレは≪両手剣≫の単発ソードスキルのダウナーブレードをお見舞いする。上段からのソードスキルの光を纏った斬撃は巨人スケルトンをノックバックさせ、そのまま足場のない暗闇へと落下する。

 システムウインドウで巨人スケルトンの撃破を確認し、オレは息を吐く。さすが最前線のモンスターだけあって一筋縄ではいかない。バランス型のオレではやや厳しさが増してきた時期という事も重なって、あまりよろしい傾向ではない。この時期のプレイヤーは特化型ほど真価を発揮しつつあり、オレは総合的に同じレベル帯でも後れを取ることが多い。故にオレはいろいろな対策を準備している。

 たとえば、オレが装備するインナー防具【バーサークインナー】だ。コレは肌に密着し、胸部全体を覆うノースリーブ型の薄型の胸部防具だ。肋骨のように黒い生地の中に更にどす黒い紋様が刻まれているコレはSTRにボーナスを付与する一方で、敵のヘイトを大きく集める効果があり、よりヘイトブーストの弊害を受ける。

 ヘイトブーストとは最近になって明らかになったDBOの仕様だ。ヘイトを集めれば集める程に対象のモンスターから受ける攻撃に上方修正がかかり、より大ダメージを受け易くなる。つまり、バーサークインナーは防具でありながら受けるダメージ量を増やしかねない攻撃的防具と言える。それなりのレアアイテムという事もあるが、そもそもこんな酔狂染みた防具を使用したいとデスゲームで思う者もおらず、市場に出回っても装備者はほとんど出ないコレクターアイテム扱いだ。

 だが、このバーサークインナーには、装備し続けた者だけが実感できる裏性能がある。それはヘイトを集めれば集める程、ダメージを与えれば与える程にその戦闘中の攻撃にボーナスが加わる点だ。つまり、敵を攻撃すれば攻撃する程、敵からヘイトを集めれば集める程、オレの攻撃力は劇的に増幅される。ただし、集めたヘイトが減ったり攻撃を怠ったりすれば、あるいは回復アイテムを使用するだだけでダメージボーナスは減少する。まさしく我が身を顧みずに戦い続ける者だけに恩寵を与える狂戦士の装備というわけだ。

 この情報は限りなく秘匿している。下手にバーサークインナーの人気が高まって死にたがりの馬鹿が増えても困るだけだからだし、市場に出回っているとはいえ数に限りがある防具で、目をつけられても面倒事が増えるだけだからだ。

 だが、そうは言ってもバーサークインナー自体は魔法防御力が高いが、物理防御力は不安が残る防具だ。そうなると物理防御をより高めるアイテムが欲しい。

 今のところ、オレが欲しているのはオリジナルである鉄の加護の指輪だが、これがユニークアイテムであり、今はディアベルの所有物だ。何とかして商談を持ち掛けたいのだが、釣り合うアイテムが無いと言うのが現状だ。装備しているだけで高重量級の鎧を装備しているのと同じだけの防御力とスタン耐性が得られる鉄の加護の指輪は、オレのみならず全てのプレイヤーにとって垂涎の品だ。

 まぁ、無い物ねだりをしてもしょうがない。燐光草を食べてHPを回復させ、オレは更に下へと続く棺を滑っていく。

 棺が柱のように数本立っている陰に3体の巨人スケルトン、そしてネイサンが警告していた4足歩行型がたむろしている。どうやらこちらに気づいていないようだが、奇襲でどうにかなる相手ではない。

 そうなると先程の車輪骸骨を撃破した大爆発攻撃が望ましいのだが、必須の火竜の唾液は残り1つ。4体もの大型モンスターを仕留めるには足りない。

 

「おい、アンタ。お困りみたいだな」

 

 その声と同時にした気配に従い、オレは抜刀して振り返る。

 

「ひっ! お、おいおい! いきなりそれは無いだろうよ!?」

 

 振り返ればそこには、ツルツルのスキンヘッドをした20代半ばから後半だろう男性プレイヤーがいた。やや尖り気味の鼻が特徴的な、槍と大盾を装備したプレイヤーなのだが、防具自体は革系で纏めているところを見るにタンクでは無さそうだ。

 カーソルからしてプレイヤーのようであるが、オレは油断することなく突然背後から現れた男性プレイヤーの首元にカタナの刃を向け続ける。

 

「≪隠蔽≫と≪消音≫を使って背後から忍び寄るヤツに善人はいねーよ。まずは名乗れ」

 

 斬れる。オレは男の首に僅かにカタナの刃をめり込ませる。赤黒い光が僅かに散り出し、男は両手を挙げて降参のポーズを取る。

 

「お、俺はパッチ!【鉄板】のパッチだ!」

 

 パッチ。聞いた事が無い名前だ。だが、最前線のサブダンジョンに潜っているのだ。それなりに名の売れたプレイヤーだと思ったのだが、どうにも違うらしい。もちろん、偽名という事もある。

 オレはカタナを下ろす。それを見てパッチは大げさそうに安堵の吐息を漏らす。現実世界ではないのだ。ほとんどモーション無しで首を斬られてもダメージは大した量にならない。

 

「オレは……傭兵だ。依頼でこのダンジョンに来た」

 

「なんだ。同じ傭兵か。脅かしやがって」

 

 急に馴れ馴れしそうにパッチはオレの肩に腕を回してくる。顎に1発お見舞いして引き離し、オレは悶えるパッチを見下ろす。

 よく分からないが、この男からは微妙に危険なニオイがする。それは傭兵特有の『死臭』ってヤツなのか、それともこの男自身が持つ危険性なのか。

 

「か、可愛くねぇガキだな! このパッチ様を殴るとはどういう了見だ!?」

 

「うるせーよ。すぐそこにモンスターがいるんだ。少し黙ってくれ」

 

 するとパッチは急にニヤニヤと笑いながら腕を組んだ。その姿は『我に秘策あり』といった様子だ。

 パッチはアイテムストレージを取り出すと、何やら青い光が灯った頭蓋骨を手に取る。それをパッチははるか遠くに投擲する。すると巨人スケルトンと4足モンスターは青い光に導かれるようにその場を離れた。

 

「【誘い頭蓋骨】だ。スケルトン系には特に効く誘導系アイテムさ」

 

 手招きし、パッチは慣れた足取りで巨人スケルトンがいなくなった道を先導する。オレは彼に続いて難を逃れ、岩場をくり抜いて作られた隠れ穴に逃げ込む。

 そこはパッチの住処なのか、焚火などの野営の準備が施されていた。しかも穴の入口は人間1人分である為、これならば巨人スケルトンも入って来れないだろう。

 

「そんじゃ改めて。俺はパッチ。へへへ。アンタと同じ傭兵さ。依頼でダンジョンのマッピングをしている」

 

「オレはクゥリだ。オレも依頼を受けてきた。先程の非礼は詫びる。助かった」

 

 握手を求めるオレに対し、パッチの顔はあからさまに引き攣る。

 

「クゥリって……まさか【渡り鳥】!? 俺を殺しに来たのか!?」

 

 怯えるパッチに対し、先程とは真逆でオレがホールドアップして敵意が無い事を伝える。どうやら傭兵間でもオレの悪名は健在のようだ。つーか、オレは同業者のライバルだからって誰でも殺すような狂犬じゃねーよ。

 ここで会えたのも何かの縁だ。ここはクラウドアースが占有するサブダンジョンだ。ならばマッピングを頼まれたパッチもオレと同じクラウドアースに雇われた身だろう。同じ依頼主に雇われている最中ならば、敵対よりも協力関係を築いた方が良い。

 

「クラウドアースの依頼で来たんだが、最近この辺りで調査員が行方不明になっているらしい。何か知らないか?」

 

 オレの問いにパッチは顎を撫でて考え込むと、やがて見当がついたように指を立てる。

 

「へへへ。情報はあるが、タダってわけにはいかないぜ」

 

「報酬の1割。それが分け前でどうだ?」

 

「そんな物要らねぇさ。代わりに俺の仕事の手助けをしてくれればな。ギブ&テイク。世の中の基本さ」

 

 パッチの仕事となるとマッピングだろうか? だとするならばオレには都合が悪い。何せオレには制限時間があるのだ。余り時間を無駄にする事はできない。

 オレの表情を見て悟ってくれたのだろう。パッチは下劣な笑みを浮かべる。

 

「安心しなって。仕事って言っても簡単さ。実はな、この先の崖下にたんまりと『お宝』があるんだが、俺1人じゃどうにも回収できないんだよ。そこでアンタに手伝ってもらいたいのさ」

 

 マッピング次いでのアイテム回収か。別に珍しい依頼ではないが、どうにも臭う言い方だ。だが、ここで断わって情報を得られないのは避けたい。頷いて了承すると早速パッチは件の崖まで案内する。

 慣れた足取りのパッチから察するに、彼はこの辺りに随分と長くいるようだ。オレと同じように腰にランプをぶら下げ、黒魔女の蝋燭を灯している。

 

「パッチ、アンタは何で傭兵になったんだ?」

 

「傭兵は副業さ。本業は商人と情報屋だ。へへへ。機会があれば安くしてやるよ。機会があれば……な」

 

 副業か。やっぱり時代は随分と変わってしまったようだ。オレ以外に傭兵などしようとする者がいなかったアインクラッドに比べて、随分とDBOは傭兵のハードルが低いらしい。これもDBO特有の倫理観の欠如のせいか、それともサインズによる傭兵業の簡易化のせいか。

 パッチの案内で到着したのは、彼が目印で置いたのか【七色石】が輝く崖だ。周囲にモンスターらしき影はないが、どうにも首筋辺りが落ち着きなくざわつく場所である。

 

「ほら、あそこだ。光って見えるだろ?」

 

 パッチがやや崖から身を乗り出して指差す。オレは彼の1歩後ろで崖下の光を目にする。なるほど。確かに2つや3つでは足りない数の光がある。だが、はたしてあれが本当にアイテムなのかどうかは定かではない。

 

「アイテムって確証はねーな」

 

「もっとよく見てみろよ。どう見ても『お宝』だ」

 

 この距離からはよく見えない。オレは崖から体を乗り出して、改めてアイテムを確認する。なるほど。確かにクリスタル状のアイテムのようだ。これならば回収するだけの価値もあるだろう。

 途端、オレの背中に衝撃が走る。咄嗟にその衝撃を殺すべく身を反転して堪えようとするが、如何せん足場が悪く、そのままバランスを崩して落下する。オレは背中から地面に激突し、HPを大きく減らす。落下ダメージはCONとDEXの高さによってダメージ軽減させる事が可能だが、同時に受け身を取れるかどうかも深く関わっている。

 

「うへへへ! アンタの死体から剥いだ『お宝』はしっかりと俺が売りさばいてやるぜ。うへ! うへへへ!」

 

 ……溜め息をも吐きたくなるが、言い返す言葉を探すのも面倒なので死んだフリをしておくとしよう。

 パッチの気配が消えるまで微動せず、数分後にようやく身を起こす。どうやら落下の衝撃で腰のランプは壊れてしまったらしく、貴重な黒魔女の蝋燭も失ってしまった。だからこそパッチに死んだフリが気づかれなかったとも言えるが、実質的な制限時間が削れてしまった事は痛い。

 突き落としは最近のトレンドなのだろうか? オレはツバメちゃんに射抜かれた肩に疼きを思い出す。仮想世界では古傷などできないが、それでも脳が攻撃された事を覚えているかのように、たまにこうした『疼き』や『痛み』が生じることがある。

 VR技術の生みの親である茅場晶彦ならば何かしらの見解を示せるかもしれないが、オレはこうした現象を『仮想世界に脳が潜り過ぎている』と考えている。ハードとソフトのセーフティ機能を超え、脳自身が勝手に作り出してしまっているのだ。

 たとえば、こんな事例がある。あるプレイヤーが槍で腹を貫かれたところ、激痛で転げ回ったとの話だ。幸いにも模擬戦だったので命は取り留めたが、これが戦場だったならばどれ程の隙になるかは言うまでも無いだろう。

 そして、こうした事例が増加傾向にあるという。それも、どうやら仮想空間に適応する事に成功したプレイヤーであればある程にその兆候がある。

 もしかしたら、オレ達が考えている以上に、オレ達の脳は仮想世界を『現実』と認識し、アバターを本物の肉体と思い込んでいるのかもしれない。

 アイテムストレージから2本目の黒魔女の蝋燭を取り出し、松明に押し込む。ガラス製のランプは1つしか持ち合わせがない。破損してしまった以上、応急ではあるがこれ以外に持ち運ぶ手段は無いだろう。

 改めてオレは周囲を確認する。パッチに突き落とされた崖はざっと見て20メートル程度だろう。受け身を取れなかったオレのHPは7割も減少している。他のステータスに比べてCONを高めに振っていなければ、オレとて命が危うかったかもしれない。

 落下ダメージは落下距離・装備重量・受け身の3つで算出され、そこからCONとDEXによるダメージ軽減が働く。落下距離が延びれば伸びる程に、重量装備のプレイヤーであればある程にダメージは増幅する。それでもしっかりと着地時に衝撃を殺すような姿勢を取れればダメージをある程度緩和させることもできるが、背中や腹から落ちればダメージは更に増幅し、頭から落ちれば倍増だ。防御力無視の落下ダメージはモンスターにも有効だが、それ以上にプレイヤーからすれば一撃死に成り得る最悪最強の攻撃手段でもある。

 

「少し気が抜けてたな。パッチのヤツ、あとで覚えとけよ」

 

 同じ傭兵とはいえ、決して味方ではないのだ。むしろ敵である事の方が多い。何よりも誰もが真実を語る正直者の舌を持っているわけではないのだ。パッチがいかなる意図でオレを襲ったのかは定かではないが、それはお灸を据える時にじっくりと聞かせてもらおう。

 さて、20メートル程度の高さならばムーンジャンプで半分ほど稼げるが、残り10メートルは素手で何とか登り切れるかどうかと言った所だろう。だが、登っている途中でパッチに勘付かれて攻撃でもされれば今度こそ命はない。

 安直な方法よりも堅実な方法を。まずはこの崖下の探索から始めるべきだろう。オレは松明に取り付けた黒魔女の蝋燭で周囲を照らす。

 まず目立ったのは無数の骨の柱だ。まるで脊椎のようにうねり、多足のムカデのように人間の腕の骨を突き出している。だが、それらは攻撃する気配も無く、静かにうねうねと揺れているだけだ。

 障らぬ神に祟りなし。明らかに骨の柱の中央にアイテムらしき物があるが、それを取ろうという自殺願望は生まれない。オレは燐光草で地道に回復しながら、巨人の骨が散らばる奥へと進む。幸いにも巨人スケルトンはいないようだが、何処から奇襲を仕掛けてくるか分からない以上、常に警戒を怠るわけにはいかない。

 と、オレは闇の中で小さな青の光を目にする。この巨人墓地では通常の光源は役に立たないはずだ。だとするならば、黒魔女の蝋燭と同様に何かしら特殊な光を持つアイテムだろうか? 周囲には闇でも光るクリスタルがあるが、それらは白色の光を放っている。ならば別物だろう。

 カタナを抜き、オレはじわりじわりと光の方へと歩み寄る。どうせ黒魔女の蝋燭のせいでこちらの位置はバレているのだ。奇襲に意味は無い。

 青い光の正体は宙に浮くガラス球だった。それは白い靄のような物を放ちながら、その周囲だけを温かな空気で満たしている。そして、球体の傍では壁にもたれるようにして腰を下ろした1人の男がいた。

 

「おや、こんな辺鄙な地下まで来るとは……随分と物好きがいたものだね」

 

 穏やかで人を落ち着かせる声だ。だが、それは先天的なものではなく後天的に獲得したコミュニケーション能力のような、努力で得たテンポを感じる。

 年齢は30代半ばくらいだろうか。黒髪で短めの髪をした、丸眼鏡をかけた男である。オレと同じ軽装であり、オシャレに気を遣っている事が窺える中折れ帽が特徴的な男だ。

 カーソルからしてNPCではなくプレイヤーのようだが、どうしてこのような場所にいるのだろうか。

 

「大方あのパッチという男に騙されたのだろう。警戒することはない。こちらで一緒に温まろう」

 

 男は鉄製のマグカップで黒ずんだ液体を飲む。恐らく珈琲の類だろう。オレはカタナを収めることなく、慎重に男の方へと歩を進める。

 何処かで見覚えがある顔だ。オレは記憶の隅に残る残滓を手繰り寄せて思い出そうとする。だが、それよりも先にオレの顔を視認した男の方が微かな驚きを見せる。

 

「まさかクゥリ君かい? いや、これは驚いた。まさかこんな所で再会する事になるとはね」

 

「えと……」

 

 どうやら男の方はオレの事を知っているようだが、どうにも思い出せない。気まずそうなオレの顔を見て心中を察してくれたのだろう。男は苦笑する。

 

「無理もない。もう5年も前の話だ。キミとはアインクラッドで会っている」

 

「悪いな。思い出せねーよ」

 

 リターナーか。実を言えばアインクラッド出身者との再会は初めてのオレなのだが、思っていたよりも感動は無い。だが、少なくとも男に敵意が無いと判断し、カタナを下ろして鞘に収める。

 男に促されるままに青い光の傍に腰かける。彼は珈琲のような黒い液体を差し出そうとするが、さすがに信頼も信用もないプレイヤーから飲食物を貰う程に腑抜けているつもりはない。

 

「お前もパッチに?」

 

「お恥ずかしながらね。まんまとアイテムの光に釣られて蹴落とされたと言うわけさ。この【猫の指輪】がなければ命も危うかっただろう」

 

 猫の指輪か。確か落下ダメージを軽減する効果がある指輪だ。それなりのレア度があり、オレも探しているのだが、なかなか市場に出回らないので入手する機会に巡り合わせていない。

 騙された者同士のシンパシーとも言うべきか。男とオレは僅かに笑い合う。

 記憶が刺激される。そうだ。この笑みをオレは何処かで見ている。オレは必死になって記憶を掘り返し、2つの名詞を拾い上げた。

 

 

「ギルド【黄金林檎】の【グリムロック】か?」

 

 

 正解だったのだろう。男は……グリムロックは嬉しそうに頷く。

 通りで記憶にあるはずだ。黄金林檎からは幾度か依頼を受けて護衛やアイテム収集をした事がある。特にリーダーのグリセルダからは随分と贔屓にしてもらったし、何度かギルドに加入しないかと誘われたこともある。

 優しく強い女性だった。オレは懐かしさを噛み締める。オレの事を『渡り鳥のように自由な生き方ね』と何ら他意なく讃えてくれたプレイヤーであり、彼女が善意でオレにいろいろな依頼を斡旋してくれたお陰で、オレの2つ名が【渡り鳥】で定着したという思い出もある。

 胸に刺さる釘のような痛みは、彼女が褒め称えてくれた【渡り鳥】という名を血塗れの悪名へと変えてしまった事への罪悪感か。多くのプレイヤーを殺した事に罪の意識は無いが、彼女の好意を汚した事に関しては何ら感じないわけではない。

 そして、グリムロックは確かグリセルダの夫だったはずだ。それは仮想世界におけるシステム上のパートナーという意味ではなく、現実世界でも夫婦という意味で、彼女の伴侶だった男だ。確か鍛冶屋を営み、黄金林檎ではサポートに撤していたはずである。通りで記憶にあまり残っていない訳だ。確か彼と顔合わせをしたのは、グリセルダに夕食に招待された1度限りだ。

 理想的な夫婦に見えたが、同時に歪な負の気配を感じたのを覚えている。まるで噛み合っていない歯車を強引に火花を散らしながら回しているような、いつか擦り切れてしまいそうな、そんな関係に見えた。

 こんな地下の奥底でも、人の縁というのは繋がり合うものなのかもしれない。オレはもう1度差し出された珈琲を今度こそ受け取り、そっと口を付けた。




聖女レア様の替わりに登場したのは前科持ちの野郎でした。
ご安心ください。みんな大好きペトルスも参戦予定です。
今日もペトルスにダークハンドする作業に戻らないといけませんね。貴重な人間性です。無駄にはできません。

それでは、58話でまたお会いしましょう。

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