SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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鐘のガーゴイル2戦目です。
普通ガーゴイルさんには新たな出番がありますので、その時こそ活躍していただきます。



Episode10-12 次なる波乱

 スミスはショットガンを数発撃ち込むが、すぐに弾切れを起こす。銃器はオートリロード分を使い切ったら手動で弾詰めしなければならない。攻撃を回避しながら弾詰めはさすがのスミスでも不可能なのだろう。彼は潔くショットガンを破棄してライフル1つに絞るも、その攻撃は先程に比べれば苛烈さが足りない。

 あくまでヘイトを稼いでオレに攻撃を向かせない事を前提とした動きだ。だが、ガーゴイルはその巨体故に暴れ回る度にオレの傍に近寄り、必然的に攻撃を繰り出してくる。じわじわとスタミナは回復しているので回避には問題ないが、短期決戦で仕留めねばならない以上はソードスキルが不可欠だ。

 タイムリミットは正午で誤差は前後15分。鐘の破壊にどれだけの時間がかかるか分からない以上、せめて12分以内に決着を付けねばならない。まさかスミスとの雑談がこんな形で負債となるとは思わなかった。

 死の危機感は薄いが、聖剣騎士団の重要依頼失敗は傭兵業に痛手だ。オレは傭兵業がそのまま生命線であるし、スミスは銃器運用スタイルから多額の費用がかかる以上傭兵業が滞れば最悪スタイルの変更を余儀なくされる。

 少しマイペース過ぎたか。オレもスミスも同じような反省の色を滲ませる。今回は良い教訓になりそうだ。

 と、その時に例の悪寒が復活する。それと同時にオレ達が戦う屋上に銀色の球体が降って来た。それは屋根で転がり、やがて卵のように割れて中身の8面体の青いクリスタルを露わにする。

 確か【遠声の奇石】だ。一方通行ではあるが、遠くから声を伝える事ができるアイテムである。

 

『馬鹿傭兵2人、聞こえる?』

 

 ノイズが走っているせいで確証はないが、何処かで聞き覚えがある声だ。

 同時に双尾のガーゴイルに高速の弾丸が飛来し、その頭部を貫く。悶えたガーゴイルは咆哮を上げて威嚇するも、更に1発がその頭を再度撃ち抜いた。

 射線を目で追う。どうやら狙撃攻撃のようだが、場所は屋根の四方に取り付けられた金の鐘の塔だ。その内の1つに風に揺れてマントを靡かせる人影がある。

 

『こちらは狙撃特化型よ。依頼を達成したかったらヘイトを稼ぎ続けなさい』

 

「スナイパーライフルか。これまた面白い物を」

 

 嬉しそうにスミスは唇の片方を吊り上げる。

 スナイパーライフルとは文字通り狙撃専門のライフルだ。使用する為には≪狙撃≫スキルが無ければならない。だが、ハイリスクが伴う≪狙撃≫を併用する必要は無く、普通にスコープで狙いを付けることが可能な武器だ。だが、代償として銃のカテゴリーでありながらスタミナ消費量が馬鹿げており、1発で単発系ソードスキルの使用並みに減少する。

 これを補う為にスナイパーライフルには【狙撃体勢】という能力が備わっている。これは自身の防御力とスタン耐性をゼロにする代わりにスナイパーライフルで消費するスタミナ量を抑えられるというものだ。スナイパーライフルの種類にもよるが、大よそ【狙撃体勢】のオンオフには平均で30秒の時間がかかるとされている。その間は移動速度が激減するのだ。当然ながら、1度でもモンスターに狙われて攻撃されれば待っているのは死だ。

 また、スナイパーライフル自体は火力もライフルに比べて高めである程度だ。だが、優れた前衛と組めば総合的見れば脅威的なダメージ量を叩き出す。その難易度と敷居の高さから、銃器カテゴリーでも更に使用者が少ないとされている。当然ながら、ソロで運用するプレイヤーなど、オレはDBOでは1人しか知らない。

 次々と塔の屋上から吐き出される高速弾は1発として外れることなく双尾のガーゴイルに、まるで吸い込まれるように命中する。オレは振り回される2本の尾を潜り抜け、モーガンの鉄槌槍でがら空きの腹を打つ。スミスはライフルと火炎壺を併用し、ガーゴイルへと次々と爆炎を纏わせる。

 途端に狙撃が止まる。オートリロード分を使い切ったのだろう。オレとスミスは2割を切った双尾のガーゴイルへとラッシュをかけようとするが、ガーゴイルは飛行しながら火炎ブレスを放ってなかなか地上に降りてこようとしない。

 だが、突如としてガーゴイルの頭上から雨のように矢が降り注ぐ。≪弓矢≫のソードスキル【イノセントレイン】だ。ソードスキルの白の光を纏った矢の雨がガーゴイルを墜落させる。

 トドメと言わんばかりに降り注いできたのは2桁にも届く黒い火炎壺だ。それはガーゴイルに命中すると同時に大爆発を引き起こし、近くにいたオレ達を熱せられた空気が舐める。

 リザルト画面が表示され、ようやく戦いが終わったようだと安堵する。何とか正午5分前に決着がついた。あと20分もあれば、鐘を破壊する事も可能だろう。

 

 

「相変わらずね、クー。それにスミスさんも、らしくない不手際ね」

 

 

 金の鐘を頂く塔から下りてきたのは、もちろんオレが知っているプレイヤーだ。

 空色の髪をした、オレがデスゲームを開始して最初に組んだパーティの記念すべき1人、シノンである。相変わらずクールビューティのようで何よりそうな澄まし顔だ。

 

「やはりシノン君だったか。助かったよ」

 

 どうやらスミスとも面識……というか交友があるらしいな。スミスが珍しく好意を隠さない笑みを浮かべている。

 対するシノンは彼が苦手なのか、ややぎこちなさそうな微笑だ。何となく2人の力関係が分かる表情の違いである。

 2人はどういう関係なんだ? オレの疑問を感じ取ったのか、スミスが煙草に火を付け点けながら答える。

 

「幾度か協働した関係さ。それにDBOでも銃器を主力級で運用するソロは私とシノンくらいだから、何かと意見交換する事が多いのだよ」

 

「あー、納得だ。というか、傭兵同士だし敵であれ味方であれ顔合わせする機会はあるか」

 

 思えばシノンはGGO出身であるし、ミュウからも傭兵になったと情報は聞いていた。むしろ今まで2人にサインズで出くわさなかった方がおかしいのだろう。スミスの場合は、オレの姿とか見てもニヤニヤしながらわざと声をかけなかった事も十分に考えられない事もないが。

 それに何より、2人は腐敗コボルド王戦で肩を並べている。オレは真っ先にボス戦後に想起の神殿に赴いた為にオレが引き起こした悶着の後にいかなる交流が当時のトッププレイヤー間で行われたかも知らない。もしかしたら、その時点である程度の友好を持っていたのかもしれない。

 

「しかし、その、なんだ……こんな形で再会するとはな。元気そうで何よりだ」

 

 ディアベルともそうだが、シノンとも決して良好な別れ方ではなかった。こうして改めて顔合わせすると話したかった事が上手く思い浮かばない。

 傭兵になった理由など彼女の性格を考えれば瞭然であるし、ディアベルとも喧嘩別れしたわけではないのだろうから繋がりは持っているだろう。

 

「その、あれだ。その短いズボンつーか、ショートパンツって言うのか? 随分と健全な脚線を披露なさっているな」

 

 考え抜いた末に口から飛び出したのは、彼女の変化した服装に対してだ。いかにも防御力が薄そうなジャケットとショートパンツ姿で、背にはスナイパーライフルを担ぎ、太腿に装着するタイプの黒いメタリックな矢筒を装備している。弓は黒光りするフレームと埋め込まれた小さな赤い宝玉が特徴的だ。

 

「本当に相変わらず過ぎて怒鳴る気も起きないのは喜ぶべきなのか迷いどころね。そう言えば貴方がオープンスケベだってすっかり忘れてた」

 

 冷淡極まりないシノンの視線を浴び、オレは何処かで安堵する。どうやら彼女はデスゲーム開始7ヶ月目でも健全なる精神をお持ちのようだ。

 

「変わらないのも美徳だろ?」

 

「変化が無いのは成長が無いのと同義だと思うけど? 私も貴方も変わってないようで、やっぱり変わってるに決まってる」

 

 確かに、オレも随分と装備が様変わりしているかもな。シノンの事は言えた義理ではないというわけか。

 まるで獲物を観察するようなシノンの瞳にオレはどう映っているのだろうか。それはそれで気になるところだ。

 

「クー……貴方、大丈夫?」

 

 疑念の眼差しを湛えた複雑そうな表情へとシノンは変える。その目はまるで迷子の猫でも見ているかのようだ。

 大丈夫だと? シノンが観察しただけで分かる程に何か心配されるような事をオレは抱えていたのだろうか。我が身と現状を振り返り十数秒。すぐに思いついてオレは青い顔をする。

 

「あ、ヤベェ! スミス、鐘を破壊しないと! 呑気に煙草吸ってる暇ねーぞ!?」

 

「その件だがね、クゥリ君。キミに任すよ。私は少々疲れた」

 

「は!? お前のヒートパイルぶち込めばさっさと破壊できるだろう!?」

 

「馬鹿言うな。1発幾らすると思っている。まだ時間はあるんだ。キミがソードスキルを何発か撃ち込めば壊れるだろうさ。私は紳士として女性の話し相手を務める義務がある。そういうわけだから頑張ってくれたまえ」

 

 最後の最後でオレに丸投げするスミスに、現実世界に残したオレの本物の頭の血管はブチ切れたんじゃないかと錯覚する音が脳内で響く。

 落ち着け。確かにスミスの言い訳にも一理ある。オレがソードスキルを叩き込んだ方がトータルコストは安く済む。オレの場合は修理費もスミスの武器に比べれば安く済むからだ。あくまで比較したら、の話ではあるが。

 スミスも今回の1件で収支がどうなるか不明なのだろう。随分と弾薬もアイテムも消費したはずだ。せめて最後くらいは節約したい。そういう事なのだろうとオレは無理矢理自身を納得させた。

 深呼吸を挟み、オレは放り投げたままだった斧剣を回収して再装備する。

 

「シノン、後でいろいろと話があるから覚悟しとけ。何でお前がここにいるのかとかな」

 

 オレはシノンを指差し、全速力で盗賊王の結界たる青銅の鐘を頂く塔へと駆ける。ただでさえスタミナも完全回復していないというのに、無茶の連続をさせられるとは困りものだ。

 

 

Δ    Δ    Δ

 

 

 本当に相変わらずだ。鐘を破壊すべく背を向けて走り出したクゥリを見届け、シノンは紫煙を揺らすスミスへと視線を移した。

 ジャック・スミス。彼との交友自体は腐敗コボルド王戦の後に最初の1回があった。

 腐敗コボルド王戦後、クゥリはあの場にいた多くのプレイヤーに恐怖心と憎悪を植え付けた。シノン自身も恐れを抱いてしまった1人だ。

 だが、スミスはまるで平然とクゥリの所業を受容し、あまつさえ擁護する発言をした。彼に興味を持つようになったのは自然の流れだ。これまでクゥリと付き合いがあったわけではない、ボスを共に倒しただけのプレイヤーを、自らも糾弾されかねない状況でありながら何故庇うような真似をしたのか。

 

『あの場面で生き残る為には犠牲が必要だった。彼は他の者達が斬るべき者を代わりに斬った。それを理解していない馬鹿が嫌いなだけだよ』

 

 シノンの疑問をスミスはそう一刀両断した。余りにも異質であり、そして割り切りの良さに彼女は衝撃を受けた。

 それからしばらくスミスと再会する事は無かったが、シノンが傭兵業を始めて2回目の依頼で協働相手として肩を並べる機会が訪れた。

 当時のシノンは銃器の収集が滞っていた。弓矢による攻撃も悪くないのだが、あくまでシノンの戦闘スタイルは遠距離狙撃だ。その為には狙撃特化された銃器……スナイパーライフルの系列が必要になる。だが、当時はいかなるステージのNPCもこれを販売しておらず、レアドロップとして少数市場に出回っているだけだった。

 現在シノンが使用している【047ANSR】はスミスが入手してくれたものだ。近・中距離を主体とした銃撃戦というDBOでも異質な戦闘スタイルを得意とするスミスは狙撃銃に興味こそあるが運用する気が無いらしく、シノンが所持していた幾つかのレアアイテムとトレードする事を条件に伝手を当たって手配してくれたのだ。

 以後、スナイパーライフルを得てからのシノンの傭兵としての戦績は劇的に変化した。元よりGGOでの経験と知識がある彼女は、仮想世界ならばの狙撃のポジショニングと射撃面のプレイヤースキルが備わっている。持て余されて真価を発揮されていなかったDBOのスナイパーライフルを初めて実用化の段階に至らせたのは、間違いなく自分であるとシノンは確信している。

 現状では2人だけの銃器使いの傭兵。更に近・中距離のスミスと中・遠距離のシノンとでは相性が良い。協働する機会も必然的に多く、また同じ銃器使いとして情報交換する事も増え、今ではフレンド登録もしている。

 とはいえ、関係は良好であるのだが、スミス本人の事が得意かと言われればそうでもない。何を考えているか分からず、また協働するが故に彼の容赦の無さは幾度となく目にしている。それがシノンに彼に対する苦手意識を埋め込んでいた。

 

「やれやれ。クゥリ君が落ち着きのない時があると思ったら、まさかシノン君に尾行されていたとはね。こういう時は彼のような直感というものが欲しくなるよ」

 

 完全にクゥリが鐘を頂く塔の内部に消えた事を確認し、スミスは口を開く。

 

「依頼主は聖剣騎士団ではないだろう。クラウドアースならば、より大々的に傭兵を派遣して我々を妨害するはずだ。このやり方は太陽の狩猟団か。キミと随分と破格な条件でパートナー契約を結んだらしいからね。大よそミュウの策略か。今回のメインダンジョンは聖剣騎士団に先んじられる。ではどうするか? ダンジョン解放の立役者の1人に自分が雇った傭兵を加え、ダンジョンの利権主張でもする気だろう。3割でも取れれば良しといったところか。後はレアアイテムの横取りも命じられたのかな? たとえば、双尾のガーゴイルのレアアイテム……それもソウルか」

 

 当たりだ。だから苦手なのだ。シノンは内心で冷や汗を垂らす。語らずとも既存の情報を分析して限りなく真実を肉薄する脅威的な思考力。まるで丸裸にされているかのような気分になる。

 今回の依頼主は太陽の狩猟団だ。聖剣騎士団に1歩遅れてファルコン盗賊団のアジトと盗賊王の結界の情報を得たミュウは、何とかしてメインダンジョンの聖剣騎士団による独占を阻むべく、シノンを派遣する事にした。

 聖剣騎士団の作戦はメインダンジョンの解放と同時に組織的にダンジョン内を高速マッピングし、そのマッピングデータを根拠にしてダンジョン利権を主張する事にある。そうなればメインダンジョンに眠るレアアイテムは聖剣騎士団に平らげられる事になる。それを避けたいミュウだが、今回は完全に聖剣騎士団に先んじられたと割り切り、少しでも利権主張できる根拠作りへと方針を切り替えたのだ。

 即ち、聖剣騎士団が派遣した傭兵を尾行しながら様々なバックアップを行う事。また、ミュウは鐘のガーゴイルの情報もつかんでいた。3体目の双尾のガーゴイルの事もシノンは情報提供されていた。そして、双尾のガーゴイルは高確率でソウルをドロップする為、必ずラストアタックボーナスを取るようにも依頼されていた。

 

『必ず3体目のガーゴイルの出現によって戦局は一時的に劣勢に傾くはずです。その時こそシノンさんの出番です。迅速に派遣された傭兵を援護し、「協働してネームドを排除してメインダンジョン解放に貢献した」という既成事実を作ってください。加えて双尾のガーゴイルはソウルをドロップすると予想されます。我々はソウルの回収にボーナスを設定しています。よろしく頼みますね』

 

 サインズの『03号室』に通されたシノンが相対したミュウは、『情報が当てにならない』と傭兵間で有名な太陽の狩猟団とは思えない程に精密な情報を彼女に提供した。これはパートナー契約を結んで以降、ミュウが一貫して守り続けているシノンへの援助の1つだ。依頼達成の為に最大限に情報を提供する事が契約の条件の1つなのだ。

 全て看破された。笑い声すら漏れず、シノンは溜め息を吐いて降参だと無言で宣言する。これが年の功の差か、それともスミスが異常なだけか。彼女としては、願わくば後者であることを望むばかりである。そうでなければ大人は誰もが怪物だ。

 シノンの態度に満足したのか、厭味ったらしい笑みを浮かべてスミスは更に一服する。仮想世界の煙草が現実世界と同様なのかは知らないが、健康被害が無い分ここぞとばかりに愛煙家達は我慢を知らずにヘビースモーカー化している。決して安くない煙草系アイテムなのだが、愛煙家には1日で煙草代だけで1000コルも消費する者もいるとシノンも聞き覚えがあった。

 とはいえ、副流煙はなくともニオイは届く。野外とはいえ風下にいるシノンにも煙草の煙が漂ってきていた。シノンが不快感を示すより先に、スミスは煙草を放り投げる。それは宙で砕け散って消え去った。元より限界まで吸った後だったのだろう。

 

「キミも感じ取ったか?」

 

 短く、だが的確にスミスは目下シノンの不安感を募らせている物に切り込んでくる。

 やはり勘違いではなかったか。鐘を響かせながら破壊すべく武器を振り回すクゥリを見上げながら、シノンは小さく頷いた。

 

「前よりも雰囲気が話し易くなった気がするけど、でも目がまるで違う。余裕が無いくらいに張られた糸が擦れているみたいだった。どうしようもなく飢えて乾いてる感じに近いかもしれない」

 

 正直なところ、一目では分からなかった。装備は大きく変わっていたが、相変わらず軽口を叩くし、面倒くさいと言いながらも他人と関わる事を止めることができない、彼らしい言動だなと安心感すら覚えた。

 だが、クゥリを正面から改めて見た時、シノンは薄ら寒いものを覚えた。

 シノンは知っている。クゥリは時々恐ろしい目をする時がある。まるで命を糧としか見ない、蜘蛛のような捕食者の目だ。実際にその目を直視したせいでシノンの中で彼に対する感情は一変した事もある。だが、それでも仲間として過ごした時間と関係を破壊するようなものではない。あくまで、クゥリには恐ろしい一面があるという事を再認識し、イメージを組み立て直したくらいだ。

 

「やれやれ。やはり私の思い違いではなかったか」

 

 新たな煙草を咥えたスミスは、今度はシノンに煙が向かわないように風下に移動する。

 

「シノン君もクゥリ君も若い上に学生だろう? デスゲームに巻き込まれて精神に変調を起こさない方がおかしい。だから当然と言えば当然だが、彼の場合はよろしくない傾向だな。キミはキミで処理しきれなくなったら周囲に撒き散らすタイプだろうから厄介ではあるがね」

 

「自覚はあるつもり。だからストレスを溜めないようにソロで気楽な傭兵になったんだし」

 

「……それがそもそもの間違いの気もしないでもないがね」

 

 どういう意味だろうか? シノンは問うようにスミスの横顔を見つめるも、彼から返答は無い。

 

「クゥリ君は自己完結型だ。問題が起きると自分だけで処理しようとする。ああいうタイプは問題を抱えれば抱える程に……擦れて歪む。オマケに曲りにも何も自己の内で決着を付けてしまっているからタチが悪い。自己完結している分だけ問題に自分自身を『適応』しようとしてしまう」

 

 この男にしては珍しい。シノンは素直に意外性を感じ取る。スミスはあれこれ分析しても、それが個人の感情や心情に対するものであるならば口出しをあまりしない人間だからだ。

 

「一応『助言』はしておいたが何処まで役立つやら」

 

「スミスさんらしくない真似ね。クーがお気に入り?」

 

「……昔の友人に少し似ている気がするだけさ。口が悪いところとも他人に興味が無いフリしてあれこれ世話を焼く部分がね。こういうのを何と言うのだったかな? 適切な名称があった気がするのだが」

 

「もしかしてツンデレ?」

 

「ああ、それだ。ツンデレだよ、ツンデレ。やれやれ。こんな単語も思い出せないとは、私の脳も老化が始まったということか」

 

 ふとシノンが思い浮かべたのは、漫画やアニメに登場するようなテンプレのツインテール姿のクゥリだ。オマケにセーラー服を着ているのだが、元が女顔の上に小柄であるだけに想像の中では似合っている。恐らく実際に同じ姿をしても違和感はないだろう。

 

 

『べ、別にアンタを手伝ってあげてるわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!?』

 

 

「ぶふぅ!?」

 

 女子としてあるまじき吹き方をしてシノンは、1人で想像して1人で腹を抱えて笑い転げそうになる。ディアベルと一緒に散々着せ替え人形にして遊んだ事があるが、いっそ今度交友を再開する上で女装させてみるのも面白いかもしれない。

 だが、もしかしたら本人も自分が世話焼きであると気付いていないのかもしれない。大いにあり得るのだが、問題点はそこではないのだろう。

 鐘が轟音を立てて砕け散る。これにてクゥリとスミスの依頼は完遂された。そして、シノンもまた自らの仕事をこなした。今回のところはWinWinである。だが、シノンは太陽の狩猟団とパートナー契約を結んでいる。対してスミスはフリーであり、クゥリは噂では太陽の狩猟団とパートナー契約を結んでいたらしいが、最近は疎遠で近々フリーに戻るのではないかと傭兵間では噂になっている。

 

「あー、糞面倒だった」

 

 塔から戻ったクゥリは頭を垂らして斧剣を引き摺っている。仮想世界では肉体的疲労はないが、その分精神的疲労は現実世界以上に感じやすい。ただひたすらに、時間に追われて破壊作業するのも疲れが溜まるものである。

 その姿を見て、シノンはせめて彼がこのまま何事もなく戦い続けられる事を望む。いずれ敵対するとしても、その時は今の『クゥリ』と戦いたい。

 自分勝手なように見えて、何だかんだで他人の為に動くことができる彼だからこそ、シノンは仲間として信頼できたのだから。

 

 

Δ    Δ     Δ

 

 

 スミスは武器の修理を優先し、シノンはシノンでミュウと直接会って話をせねばならない事があるらしく、オレは独り寂しくサインズ本部を目指す。

 これも何かの縁だと、オレは2人とフレンド登録を済ませた。思えば傭兵同士でも最低限のコミュニケーションを取っていなければならないだろう。ただでさえ印象が悪いのだ。誰彼構わず噛みつく狂犬だというイメージを払しょくするには、ミュウの情報操作だけではなく、地道な1歩が不可欠だと最近になって悟ったのである。

 サインズ本部にたどり着くと、松永組とグリーンオーシャンがまだエントランスで大喧嘩していた。どうやらランキングボードの設置は終わったようだが、今度は周囲のインテリア配置で大揉めしているようである。

 だが、どうにも騒がしいのは、この傍迷惑な2つのギルドだけではない。サインズのスタッフは大慌てしているようであるし、たむろする幾人かの傭兵達も困惑を隠せないでいるようだ。

 何かトラブルがあったのだろうか。気になりはするが、今は結果報告と報酬の受け取りが優先だ。オレはヘカテちゃんの窓口に直行する。

 

「あ、クゥリさん! 少し待っててください。今ちょっと忙しいんです」

 

「ん。別に良いけど、何かあったのか? こなせる依頼なら受けるぞ。ヘカテちゃんの頼みならばタダでもOK!」

 

「傭兵がタダ働きしないでください。怒っちゃいますよ?」

 

 ヘカテちゃんの好感度を稼ごうと思ったら、逆に指を立てて怒られてしまった。これはこれで可愛いので眼福である。

 しかし、この大騒ぎは何だろうか? よくよく見れば、あのネイサンやオニールも何やら困惑した様子で話し合っている。彼らは敵対というか……違うギルドが担当の者同士だ。それが顔を合わせて人目もはばからずに相談するとはどういう事だろうか。

 それに窓口スタッフもヘカテちゃん以外に不在だ。どうやら事務作業や問い合わせに追われ、傭兵対応はヘカテちゃん1人にさせているらしい。

 

「本当に何があったんだよ」

 

 オレの質問に、言い難そうな顔をしたが、すぐに知れる事と判断したのだろう。ヘカテちゃんが恐る恐るといった表情で語る。

 

「先日アウトウォールが壊滅したマルクネスの記憶のステージボスなんですが」

 

「ああ。かなり強いらしいな。ギルド連合と傭兵による総力戦も想定されてるんだろ。ヤベェよな」

 

「たった1人の傭兵によって撃破されました」

 

 …………は? オレは思考をフリーズさせる。

 ヘカテちゃんが業務に関して虚言を吐く筈がない。ならば、真実なのだろう。だが、DBOのボスがどれ程までに悪辣であるかはオレ自身が嫌という程に味わっている。それを単独撃破など尋常ではない。

 オレの反応は想定通りなのだろう。信じられないのも無理が無いとヘカテは続ける。

 

「特例で登録された傭兵でして、登録名は【UNKNOWN】。私の権限では本当のプレイヤー名も分からない、正体不明の凄腕です。これから傭兵業界はかなり荒れます。気を付けてください」

 

 UNKNOWN。オレはヘカテちゃんの手元にある資料へと視線をそっと向ける。

 そこには纏められるだけ纏められたUNKNOWNに関する資料があった。そこには件の傭兵のものなのだろう、黒と白の2本の剣が交差したエンブレムがあった。




これにて最長エピソード10は終了です。
次回は再び現実世界に戻るSide Episodeになります。

それでは、66話でまた会いましょう!

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