SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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再び仮想世界編です。
エピソードも早くも11ですが、今後もどうぞよろしくお願いします。


Episode11
Episode11-1 病み村


 11月。デスゲーム開始から8ヶ月目に至り、DBOは新たな局面を見せ始めている。

 まず第1として非プレイヤー戦力の充実である。

 一定以上の力を持ったギルドはより優秀なギルドNPCを増やしている。その平均レベルは20と高く、また装備も飛躍的にランクの高い物へと移ろい、よりスキルも充実するようになった。その戦闘能力は単体ではそれ程脅威ではないが、既に数の力としては侮れないものとなった。

 また、≪調教≫スキルによってモンスターを自陣営の戦力とする事が可能になった。≪テイマー≫スキルには劣るが、捕獲するかモンスターテイマーNPCから購入する事によって獲得したモンスターを戦力として補充できるようになり、これまで余り重要視されていなかった≪騎乗≫スキルも騎獣可能モンスターの増加によって大きく変化していた。

 そして、最大の変化は【ゴーレム】の登場である。これは相当規模の大きいギルド以外は運用コストが高過ぎるが、高ランク級のモンスター並みの戦闘能力を持つロボットのようなものだ。主に拠点防衛や制圧の切り札と成り得るものだ。

 これらの登場と最前線ダンジョンとイベントの高難易度化によって傭兵は3分化されつつある。即ち、単体戦力として優秀なこれまでと変わらない戦力型傭兵、様々な非戦闘イベントやアイテム収集を得意とする補助型傭兵、特異なスキル構成やプレイヤースキルを活かして特殊な依頼のみを引き受ける特定型傭兵だ。

 これまでの小遣い稼ぎ程度で大ギルドの襲撃や防衛依頼を引き受けていた傭兵もどきは、ソロの危険性が倍増したダンジョン、悪辣化した戦闘イベント、次々と大戦力化したギルドNPCの数の暴力、調教モンスターの凶暴性、ゴーレムの高火力と高防御力の前に阻まれた。ソロや少数での運用が前提となる傭兵達は肥大化の一途を辿っていた事もあり必然的に選別されることになった。多くの軽い気持ちで傭兵になった者の大半が死ぬか諦めるかを選ぶ事になったと言える。逆に言えば、この洗礼の時期を生き延びた傭兵は本物であると言える。サインズによれば、実に6割近い傭兵が僅か1ヶ月の間に淘汰される事になった。

 第2の新たな局面とは、3大ギルドすらも上回る規模のギルドの台頭である。

 こう言うと語弊があるかもしれないが、実際は数だけの集まりだ。大半が下位プレイヤーであり、レベルも1桁か20未満である。というのも、これはかつてスミスが言っていた、下位プレイヤーを教育していたリターナー……あのサボテン頭が率いるギルドだ。彼は教育したプレイヤーを次々と輩出して組織を拡大していたが、他の3大ギルドに阻まれて高度化された組織を作り上げることができなかったのだ。

 結果、サボテン頭がトップを務めるギルド【ラスト・サンクチュアリ】は、下位プレイヤーの保護を中心としたギルドとして意味を見出され、他ギルドの食い物にされていた。それどころか、ギルド間闘争に敗れた者の受け皿になっていたとも言える。一丁前に『全プレイヤーによる一致団結した攻略』という主張をし、それが自らの体たらくで『不可能』であると知らしめるプロパカンダとして良い様に利用されていた。まさしく『最後の聖域』という名に相応しい、幻の希望だったわけである。

 だが、ラスト・サンクチュアリは大きく変貌した。サインズに送り込まれた、たった1人の傭兵がラスト・サンクチュアリを激変させてしまった。

 その傭兵の名はUNKNOWN。それがプレイヤーネームか、はたまた傭兵用の偽名かは不明だ。単身で最前線ボスの撃破という偉業を成し遂げ、自らの戦力価値を知らしめたUNKNOWNはラスト・サンクチュアリの後援を受けた傭兵として大々的かつ鮮烈のデビューを果たした。これまで経済的に困窮し、十分な活動ができていなかったラスト・サンクチュアリはUNKNOWNが稼ぐコルやアイテムを中心に息を吹きかえすのみならず、それを象徴とすることによって活力を取り戻したのだ。

 今や傭兵のみならず、全プレイヤーの中で『誰が最強か?』という議論が出れば名前が出ない事は無いだろう。それ程までにUNKNOWNというプレイヤーは、余りにもDBOに強烈過ぎた。

 3大ギルドとラスト・サンクチュアリの静かなる闘争。それは【聖域の英雄】と謳われるUNKNOWNが次々と打ち立てる功績と共に肥大化しつつあった。

 

「で、【渡り鳥】さんは嫉妬しているわけか?」

 

「アホか。何でオレがそんなみっともない真似しねーといけねーんだよ」

 

 ラーガイの記憶にある公衆浴場にて、オレはパッチと共にサウナで汗を流していた。アバターは汗を掻かない。いや、感情表現して冷や汗とかは掻く事はあるのだが、基本的に体温調整の必要が無いので発汗しないのだ。

 とはいえ、それを気持ち悪いと感じる人間も一定数いる。思いっきり汗を掻いてサッパリしたいという願望は誰しも持ち合わせているはずだ。そんな願いを叶えるのが、このラーガイの記憶の公衆浴場に設置されているサウナだ。

 薬草も焚かれた蒸気はほのかに優しい植物の香りが混じっている。このサウナであるが、30分以上入ると耐毒のバフが付くスペシャルな仕様である。利用料もお高く、1回500コルもする。もちろん、万年借金だらけのパッチの我儘でオレが立て替えている。

 

「でもよ、俺も傭兵の端くれだ。そりゃあ、いろいろな噂を聞きますよ。誰が1番強いかなんてその最たるものだ。俺は悔しいですよ? そこに1回も【渡り鳥】さんの名前が出ないんですから」

 

 ヘラヘラと笑いながらおべっかを使うパッチを、いい加減に黙れとオレは睨む。

 だが、パッチの言う事は事実だ。あくまで『傭兵の中で誰が最強か?』という話であるが、その中で漏れる事なく候補が挙がるのは主に2人だ。

 1人目は言わずと知れたUNKNOWNである。【聖域の英雄】なんて言われているコイツだが、オレも遠目で1度しか確認した事がない。その素顔は白地に黒の紋様が入った仮面で隠されており、その全身は黒系の防具で統一されている。背負うのは2本の片手剣で二刀流で戦うとの事だ。もちろん、DBOでは左右の手に武器を装備可能である事から二刀流も珍しくない。だが、その姿と圧倒的な強さから【黒の剣士】その人なのではないかと噂されているが、真偽は闇の中と仮面の下であり、それがミステリアスな雰囲気を増して、その強さをより伝説的に誇張している。また普段はラスト・サンクチュアリの本部にいる為、接触の機会もなかなか得られない。

 2人目はユージーン。オレも何回か顔合わせした程度であるが、大剣を片手で扱う剛剣の使い手であり、STR依存のレア装備【剛なる呪術の火】を持ち、ソードスキルと呪術のコンビネーションは凄まじい。また、彼もUNKNOWNに対抗してか、幾人かの親交ある傭兵を率いて『ダンジョン自体』を攻略するという離れ業を以って大々的なデモンストレーションをやってのけた人外である。元はALOでトッププレイヤーだったらしいが、ある日現れたインプ族の剣士プレイヤーに敗北して以来、あらゆるVRMMOに武者修行にでたらしい。その後はALOの四季剣士大会で春夏秋冬の4連覇、GGOではバレット・オブ・バレッツを光剣1本で3連覇、格闘戦のみのVRMMO『ストリートファイト・オンライン』ではプロの格闘家もひしめく中で全プレイヤーの頂点に立ったらしい(パッチ談)。あのシノンすらバレット・オブ・バレッツで直接対決して1度敗れていると苦々しく述べていた。クラウドアースとパートナー契約にあるらしく、プレイヤー戦力に恵まれない同ギルドの事実上の最高戦力でもある。

 他にも人によっては違うが、スミスやシノンを始めとした強力な傭兵の名前が次々と候補に挙がる。もちろん、環境や状況によって強さは変動する為、それも議論の味付けには丁度良いのだろう。

 そして、そこにオレの名前は無い。あくまで【渡り鳥】とは殺人を厭わない危険なヤツで実力はそれなりにあるが、トッププレイヤーには遠く及ばないというのが大よその統一見解らしい。

 

「だからさ、【渡り鳥】さんよ、ここは1つ派手な依頼を受けてくれよ。そうすりゃ、アンタの実力を誰も疑わなくなるってもんだ」

 

「そもそもボス参加の依頼自体来ねーんだから仕方ねーだろ。オレは基本的にソロで細々と依頼をこなす零細傭兵なんだよ。実力だって、トッププレイヤー相手じゃ何処まで通じるやら分からねーのも本当だしな」

 

 嘆息するオレに、パッチは『ですよねぇ』と同意する。殴り倒してやりたいにやけ面だ。

 サウナを出たオレ達は冷水で汗を流し、最後に広い湯船で足を伸ばす。時刻は深夜2時という事もあり、オレ達以外に他プレイヤーはいない。パッチは≪気配感知≫と≪聞き耳≫を併用して周囲を探っているので、誰かが盗み聞きする事も無いだろう。

 何もオレはパッチと親交を深める為に風呂やサウナ代を奢ったわけではない。オレは世間話でもするように、パッチにぼそりと尋ねた。

 

「で、【棘の騎士】カークの情報は?」

 

「へへへ。もちろん集めたぜ。聖剣騎士団の幹部『円卓の騎士』の1人、カークを殺しに行くとは、やっぱり【渡り鳥】さんは恐ろしい方だぜ」

 

「『元』聖剣騎士団だ。間違えるなよ」

 

 オレは不機嫌にパッチの喉をつかみかかる。彼は慌てて何度か首を縦に振って訂正すると解放した。今のオレは見た目以上に不機嫌なのだ。

 全てはあの糞女、ミュウがパートナー契約切れギリギリで依頼を出してきたせいである。

 

 

■   ■   ■

 

 

 ミッションの概要を説明します。

 ミッション・ターゲットは、元聖剣騎士団幹部『円卓の騎士』の1人である【棘の騎士】カークです。

 カークは『皆殺し』と言われるほどに好戦的なプレイヤーであり、聖剣騎士団設立当初よりメンバーとして戦力の中核を担っていました。ですが、2ヶ月前に突如として聖剣騎士団を離脱。以後、行方を暗ます事となります。

 そして先日、我々太陽の狩猟団のメンバーが彼の襲撃に遭いました。カークは想起の神殿3階、攻略済みステージ【卵背負いのエンジーの記憶】で新たに発見されたサブダンジョン『病み村』に出没しており、我々に奇襲攻撃を繰り返し、貴い4名の人命が失われる事となりました。

 従って今回のミッション・プランは、速やかにカークを撃破し、病み村攻略部隊の安全確保という流れにあります。また、我々はカークが聖剣騎士団離脱後も同ギルドの影響下にあり、ゲリラ戦を仕掛けているのではないかとも疑っています。よって聖剣騎士団に繋がる情報と装備に『ボーナス』を設定しています。

 ミッションの概要は以上です。太陽の狩猟団はあなたを高く評価しています。良いお返事を期待していますね。

 

 

■   ■   ■

 

 

 傭兵を始めて半年目。ついに殺しの依頼が出たか。オレはお湯で顔を洗い、そっと息を吐く。

 今のところ、傭兵依頼で対人戦を前提とした依頼は極めて少ない。無論、盗賊ギルドからの撃退も依頼にある以上は対人戦も止む無しという状況はあるが、それでも特定の個人をターゲットにした、『相手を殺す』のを目的とした依頼は無かった。

 だが、ミュウは最後の最後にオレに殺しを依頼してきた。もちろん、オレも糞女もパートナー契約を更新する気がないからこその依頼だ。下手すれば信頼関係が破綻しかねない。もちろん、オレと糞女に信頼なんてものは欠片も無い。

 

「カークは全身に棘だらけの甲冑を身に付けた野郎だ。装備は【棘の直剣】と【棘の盾】で、全部ユニーク品さ。俺も何回かアイテムを売った事がある。かなり攻撃的なプレイヤーで、その特徴は『自動攻撃』だ。鎧に触れても、盾に触れても、剣に触れても、ぜーんぶダメージだ。ダメージ量は大した事無いが、とにかく触れるだけでダメージを受けるのが精神的にヤバい。それに、全ての自動攻撃にスタミナ減少効果があるって話さ」

 

 パッチは歌うようにカークの情報を渡す。

 今回は傭兵になってから初の対人戦前提の依頼だ。念入りに情報収集する必要がある。特に今回は相手のフィールドでの戦いだ。下手な1手がそのまま死に直結しかねないのだ。

 

「ソードスキルは≪片手剣≫系列を好むらしいが、通常攻撃や格闘戦を主体にした長期戦も得意らしい。聖剣騎士団でもトップクラスの実力者さ」

 

「脱退の理由は?」

 

「そいつは分からなかったなぁ。だけどよ、聖剣騎士団を抜ける前に、いろいろとディアベルと揉めてたらしいぜ? あの貴族主義者だ。きっとカークに裏でヤバい事させてたに決まってる。アンタもせいぜい気を付けなよ。ディアベルと友好があるらしいが、ああいう野郎程に友情とか何とか聞こえの良い言葉を使って、利用するだけ利用して捨てる屑なのさ」

 

 吐き捨てるようにディアベルを貶すパッチをオレは咎めない。全員に好かれている人間なんていないし、パッチにもパッチなりの思想があるのだろう。その思想では、ディアベルは信用ならない人間というだけだ。

 それを押し付けられたら堪らないが、この程度の『愚痴』レベルならば聞き流すだけだ。オレは風呂を上がり、脱衣所でパッチに情報料を渡す。もちろん、風呂上がりの1杯であるフルーツ牛乳も忘れない。

 パッチと別れたオレは24時間経営のサインズ本部に赴き、受付のギルドNPCに預けてある武器の引き出しを頼む。ヘカテちゃんの勤務は朝9時から18時までであり、それ以外の時間帯は夜勤の2人を除けばギルドNPCによって人員を賄っている。

 装備準備室に通されたオレはサインズ倉庫に預けていた武器やアイテムの厳選を行う。依頼開始は朝の10時だ。現時刻は午前3時。残り7時間しかなく、目的地の病み村までの移動時間を含めれば1時間程度で装備を整えねばならない。

 病み村には2つの侵入ルートが存在し、その内の1つを太陽の狩猟団が、もう1つを聖剣騎士団が確保している。ギルド拠点を得ながら深部へと進行を続ける両陣営であるが、リードしているのは太陽の狩猟団だ。故にカークの妨害がありながらも戦力を退かせる事ができない。ここで撤退すれば、仮にカークと聖剣騎士団に繋がりがあるとするならば、病み村の権利を全て奪われかねないからだ。

 故に、オレは病み村攻略部隊の護衛しながら深部を目指すわけではなく、まずはダンジョンに潜って部隊と合流する事が前提にある。現在の最前線は想起の神殿5階のステージだ。エンジーの記憶は3階である為にステージ難易度自体は高くないが、このサブダンジョンは最前線級の難易度がある。特にデバフ攻撃を始めとした厄介な物が多いとの事だ。

 そして、サインズによれば、病み村のマッピング依頼を受けた傭兵2名も帰らぬ者になったとの事である。カークに殺されたのか、それともダンジョンに喰われたのか、どちらでも構わないが、ソロで挑むのはかなり危険だ。しかもお決まりのようにミュウからは最低限のマップデータしか提供されていない。というか、ほとんど『大体この辺りを右で曲がってください』とか『この梯子を下りたらすぐです』とか、そんなレベルのマップデータだ。本当にオレを殺す気か、あの糞女は。

 そんな事情もあり、武器の選択を間違うわけにはいかない。まずは羽織狐と爪撃の籠手だ。これで高い物理攻撃力とデバフ攻撃、それにガード能力を確保する。ただし、最大強化したとはいえ、羽織狐はそろそろ火力不足が目立つようになってきた。新たなカタナを探さねばならないだろう。

 次に【銀光の斧】だ。分類は片手前提のハンドアックスであり、壮麗な銀色の片刃斧である。何やら魔法言語っぽい文字も記載されており、その外観通りの戦斧でも軽量であり、なおかつ高い魔法属性を持つ為に物理属性が利き辛い敵に重宝する。また、装備するだけでレベル1の毒と麻痺と睡眠の耐久力が上昇するというバフが付く嬉しいものだ。ただし、STRとINTにステータスボーナスが付く為に火力は期待できない。だが、魔法攻撃手段を持たないオレは、ガーゴイル戦以降はなるべく物理属性偏重にしないように、こうした装備を1つ持つようにしている。

 

「あと1つは……コレだな」

 

 ようやくお披露目だ。オレは強化スナイパークロスを手に取り、思わず口元を歪める。隠れて練習を続けてきた成果を披露する機会がようやく訪れた。カークがどれ程の強敵かは知らないが、射撃攻撃があるか無いかで戦術は大きく変化するだろう。

 そして、長期戦を前提として【修理の光粉】を持って行く。極めて高額なアイテムかつアイテムストレージ容量も食う上にギルド拠点かモンスター侵入禁止エリアのどちらかでしか使えないが、耐久値を回復させる事ができる、もしもの保険だ。情報では病み村は斬撃属性が有効らしい。ならば、耐久値がネックのカタナは主力になる。弱点を補う為にも、修理の光粉は持って行くべきだろう。

 4つも武装するオレのアイテムストレージはそれだけでかなりの容量が食われる。これに加えて修理の光粉で更に圧迫され、茨の投擲短剣や強化スナイパークロスのボルトも馬鹿にならない容量を削る。

 結果、オレはただでさえVITが低いのに、HP回復アイテムを最低限しか持ち込めない不具合が生じるのだ。

 とはいえ、対策は準備している。指輪の1つはニトから得た7つの邪眼の指輪だ。7つの邪眼の指輪は、流通している【邪眼の指輪】のモンスター撃破によるHP回復効果と異なり、敵に与えたダメージに応じて微量回復する。つまり、攻撃すればするほどにオレのHPは回復するというわけだ。もちろん、その量は微々たるものだが、塵も積もれば何とやらである。

 そして、もう1つの指輪は【肥える指輪】だ。入手コルを減らす代わりにモンスター撃破ごとに少しずつ魔力を蓄積する。そして、使用する事によって奇跡【回復】と同じ能力を発揮する事が出来る貴重な回復手段だ。最大で回復の奇跡3回分まで蓄積でき、オレのMYSとHP量ならば1度の使用でHPを7割回復できる。もちろん、最大まで魔力は充填済みだ。

 模された鉄の加護の指輪のような防御力をあげる指輪も保険で持って行きたいが、意外と指輪系はアイテムストレージを圧迫する。悲しき事にDBOでは単に重量でアイテムストレージの消費量が決まるわけではない。武器・防具・効果付き装飾品は重さに関わらず、相応のアイテムストレージを消費するのだ。

 特に武装を4つも装備するオレの場合はアイテムストレージに余裕が無い。サブウェポンも最大強化した鉄刀と貧弱だ。

 とはいえ、オレは他のプレイヤーには無い利点がある。それは≪料理≫を取っていない為に、食材系アイテムや料理器具を持ち込む必要が無い事だ。不味いメシには不味いなりの利点があるのである。

 後は【レモン風味の深緑霊水】だ。燐光草と素体霊水を≪錬金術≫と≪薬品調合≫で加工した回復アイテムなのだが、そのゲロマズ過ぎる味で緊急時に使用したプレイヤーが致命的な隙を作って死亡するという悲劇が起きて以降、クラウドアースが『専売特許』を取って販売している味付け回復アイテムである。1つ800コルとお高いが、1秒で15パーセントHP回復できるアイテムだ。

 ちなみにクラウドアースは燐光草のコストを極限まで下げる為、なんと≪農業≫と≪開拓≫スキルを低級プレイヤーに取らせ、栽培させているらしい。これによって燐光草をNPCに頼らず自前で調達しているのだ。さすがは大ギルドである。

 オレの場合はネイサンから特価で1個700コルでの購入が許されている。ただし、10個の纏め買いに限り、だが。あの野郎め。

 何にしても、このレモン風味の深緑霊水の利点は燐光草とほぼ同じ容量しかアイテムストレージを消費しない点だ。まさしく代理品として持ち込むには打ってつけなのである。ただし、連続使用すると回復能力が下がっていく為、通常の燐光草や燐光紅草、更に上位ランクの燐光紅草も持ち込む。加えてレベル1の毒ならば1回で解毒できる【紫の苔玉】を複数、それに欠損時の為の止血包帯なども忘れない。あとは取って置きのレアドロップ品である、レベル2の毒を消すことができる【紫の花苔玉】も持って行くとしよう。

 

「こんな物か。ちょいとギリギリだが、何とかなるだろう」

 

 モンスターからのドロップ品は『解凍』して使用できるようにしない限りはアイテムストレージ容量をそこまで食わない。それでもオレの場合はかなり厳選してアイテム入手せねばならないのだが、それでも何個か目ぼしいアイテムがドロップしたならば入手も可能だろう。

 数名の傭兵が休憩スペースで酒を飲みながら夜更かしするのを横目に、オレは誰にも見送られずに新たな依頼へと出発する。

 エンジーの記憶はハッキリ言って人気がまるでなく、探索もほとんど進んでいない。というのも、ステージ全体がどんよりとした空の下、腐った大地と木々が立ち並ぶステージだからだ。モンスターもアンデッド系が多く、コルも経験値も美味くない。街もなければNPCもいない。故にステージボス撃破後は見向きもされていなかったのだ。

 赤剣で転送し、病み村に続く洞窟の傍に到着する。いかなる経緯かは知らないが、偶然にも太陽の狩猟団が病み村に続く横穴を発見し、それに続くようにして聖剣騎士団もまた別ルートを開拓したのだ。サブダンジョンが突然見つかるのは不思議ではないが、2つのギルドが同じタイミングというのは気になる点である。

 洞窟に入ると、収集した情報通り、門番と言うべき巨体の人型モンスターがいる。ぶよぶよと太った肉体をした棍棒を持つ人型モンスターであるが、その攻撃全てにレベル1の毒の蓄積能力がある。

 腐敗した生物の死骸が押し込められた壺の中に身を隠し、オレは強化スナイパークロスを構える。幸いにも敵は1体であり、こちらの存在に気づいていない。セットしてあるのは鋼のボルトだ。これならば十分にダメージも与えらえる。

 巨体の割に小さな頭部をオレはスコープ越しで狙う。白濁した目玉は何か気配を察知したように動いているが、オレを捉えてはいない。どうやら視力はあまり良くないようだ。

 トリガーを引くと同時に反動がオレの全身を駆け抜ける。だが、幾度とこなした猛特訓により、反動を『逃がす』方法は体得した。放たれた鋼のボルトは太った人型の額に命中し、大きくノックバックさせる。

 再装填まで1分。だが、オートリロード機構によってオレは何もする必要はない。スナイパークロスを背負い、飛び出したオレは悶える太った人型の腹をカタナで薙ぐ。外見通りの耐久型のようであるが、強化クロスボウのヘッドショットを受けてHPを3割も減らしているところから察するに、防御力自体は高くなさそうだ。

 両手で棍棒を持って叩き付け攻撃するのを横にステップを踏んで躱し、左手の爪で脂肪というよりも分厚く肥大化した皮を裂く。セットしているのはレベル2の麻痺だが、どうやらデバフ攻撃は利きが悪そうだ。

 横の連撃を身を屈めて回避し、そのまま銀光の斧を左手に持って膝を斬る。魔法属性の通りも悪くない。

 と、そこで太った人型は雄叫びをあげる。それは振動となってオレを貫いた。ダメージこそないが、動きが鈍ったオレは太った人型の蹴りを掠らせる。

 モンスター専用スキル≪咆哮≫だ。タイプは様々であり、一定範囲内のプレイヤーの行動を制限するもの、周囲を吹き飛ばすもの、ダメージを与えるもの、自身にバフを付けるものと豊富である。太った人型の場合は鈍足効果のデバフを与えるもののようだ。

 まだギアが入っていないとはいえ、油断したか。ブーツに下矢印のアイコンがHPバーの隣に表示され、オレは舌打ちする。モンスターもどんどん巧妙化し、ソロは僅かな油断が死に直結するようになっている。トップクラスの6人パーティでさえ1体の何でもない普通のリポップ型のモンスター相手に敗走した例もあるのだ。オレが油断して良い道理など欠片もない。

 鈍足効果はあくまでDEXを大きく引き下げるものだ。鈍ったオレへの叩き付け攻撃を≪歩法≫スキルのスプリットターンで回避し、逆に太った人型の背後を取ったオレはその紫色の皮膚の背中へと左手の爪を突き刺す。

 忘れてならないのが、爪撃の籠手は暗器である事だ。急所へのダメージボーナスは他の武器の比ではない。爪を更に押し込み、オレは太った人型の内臓に当たる部分を抉り出す。それは赤黒いポリゴンの塊なのであるが、たったこれだけでもダメージは更に増加する。

 赤黒い光を背中から撒き散らしながら、太った人型は反転しながら棍棒を振るう。まだ鈍足効果があるオレは前転してそれを避け、転がりながらリロードを完了したスナイパークロスで振り向いた太った人型の口内を狙い付ける。

 セットしてある2本目は【爆裂のボルト】だ。火炎壺と同じ爆発効果がある高値のボルトであり、まだ市場には僅かしか流通していない、グリムロックの新商品である。物理ダメージは低いが、追加効果の火炎属性の爆発は侮れないダメージを叩き出す。

 口内から侵入した爆裂のボルトはそのまま太った人型の脳に当たる部分を貫く。クリティカルダメージとスタンによって数秒の痙攣後、その頭部は盛大に爆破された。

 赤黒い光が飛び散り、頭を失った太った人型がその場に膝を着く。そのHPはゼロであり、1拍遅れて残された肉体も赤黒い光となった。それらに心なしか悪臭がするのはご愛嬌といったところだろうか。

 

「ドロップアイテムか。どれどれ」

 

 リザルト画面でオレはドロップアイテムを確認する。レアアイテムならば良いのだが。

 そのアイテムとは……【糞団子】。

 オレは笑顔で数秒後にそのアイテムをその場に破棄する。こんなアイテム持っているだけで気分が悪い。

 だが、その効果はレベル2の毒を投げつけた相手に蓄積できるという有用なものだ。ただし、自分も同量のレベル2の毒が蓄積するが。

 少なくともオレは暗器があるだけでデバフ攻撃は充分だ。今回の依頼も厄介になりそうだと、オレは未だ抜けない鈍足に歯ぎしりしながら鈍く1歩ずつ病み村へと突き進んだ。




みんな大好き病み村。
PS3殺しの病み村。
今日も処理落ちが酷い病み村。

そんな病み村ですが、筆者は大好きです。主にボスとNPCの意味で。

それでは69話でまた会いましょう。

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