SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

70 / 356
執筆以前
「このプロットなら50話くらいで終わるかな。地道にやって3ヶ月くらいで完結を目指そう」

執筆直後
「あれ? おかしい。100話くらいかかりそうだ。スローペースだし仕方ないかな」

1ヶ月くらい前
「1話の濃度が足りないのかもしれない。120話前後で終わるだろう」

現在
「150……くらい、で終わるんじゃないかなぁ。でも多分1ヶ月後にはまた伸びてるんだろうなぁ」

初期プロットから差ほど加筆していないのに、どうしてこうなったのでしょうか。
70話目にしてそんな感想を抱いた本作ですが、これからもどうぞよろしくお願いします。


Episode11-3 棘の騎士

 カークの剣技は、苛烈というよりも堅実。豪快というよりも繊細だ。

 その禍々しい外観の装備とは異なり、騎士と名乗るだけのガードを主体とした、甲冑装備の防御力の高さを活かした動きは、さすがは少数精鋭主義を掲げる聖剣騎士団でも幹部を務めていただけの事はある。

 棘の直剣のリーチはロングソードよりも僅かに劣るが、その棘だらけの刀身のせいか、やや長めに錯覚を覚える。また、この棘攻撃が攻撃範囲を立体的に拡大し、紙一重で回避したつもりが棘に接触したという事もあり得る。

 左手に銀光の斧、右手にカタナを持ち、オレはカークと対照的に連続攻撃を仕掛け続ける。

 カークが装備する棘の盾は小型の円盾であり、ガード範囲は差ほど広くない。また、ガードは意外とスタミナを奪われる。たとえ防がれようとも、オレの攻撃を防ぎ続ける限りは先にスタミナを失うのはカークの方だ。

 だが、カークも負けていない。オレが踏み込みと同時に放ったカタナの斬撃を軽やかに避け、逆に棘の直剣を突き出す。それを体を捩じって回避するが、突きから派生した横薙ぎを咄嗟に左手の籠手でガードさせられる。

 やはり盾程のガード性能がない、暗器でもある爪撃の籠手では、強化されているだろう棘の直剣を完全には防ぎきれない。攻防の開始から先にHPが減ったのはオレの方であるが、籠手から突き抜ける衝撃を殺さずに跳ぶのに利用し、距離を取りながらオレは茨の投擲短剣を投げる。それはカークの兜のスリット、細長い覗き穴へと真っ直ぐに飛ぶが、カークはそれを盾でガードして防ぐ。だが、それこそが狙いであり、オレは火炎壺をカークの足下に投げつける。

 爆発と爆炎により、カークのHPが微量だが減少する。さすがはユニーク装備だ。火炎属性の防御力も十分らしく、最近は火力不足が目立つ火炎壺ではダメージも余り期待できないか。

 DBOの対人戦において勝敗を分かつのは何もステータスや装備だけではない。アイテムをいかに駆使するかも勝負の流れを左右する。

 投げナイフのように身に付けられるアイテムは即座に使用できるが、それ以外のアイテムはシステムウインドウから使用せねばならない。だが、そうなると火炎壺のような攻撃アイテムは有効性が薄れ、また回復アイテムの使用も大きく阻害される。

 故にDBOでは『クイックアイテム』というシステムが存在する。これは事前に5つまでであるが、アイテムをセットし、実体化のショートカットができるというものだ。その動作は慣れれば1秒未満で発動できる。また、実体化速度はTECに依存する為、俗に『技量戦士』と呼ばれる者ほどにアイテムの実体化速度は飛躍的に増すのだ。

 オレの場合、5つの枠にセットしているのは、火炎壺、火竜の唾液、毒紫の苔玉、燐光草、深緑霊水だ。特に火竜の唾液は以前車輪骸骨を纏めて爆破したように、火炎壺や上位版の黒い火炎壺と相性が良い。レアアイテムなので収集は大変なのだが、何とか4個ほど準備することができた。

 このクイックアイテムの読み合いもDBOの対人戦の肝だ。いかなる種類の攻撃アイテム、補助アイテム、回復アイテムを装備しているかを見切らねばならない。たとえば、必死に毒状態にしたとしても、そこで油断して距離を取られて毒回復アイテムを使われれば苦労も水の泡だ。

 とはいえ、接近戦の中でアイテムを使用するのは、どれ程の使い慣れていようともシステムウインドウを開く一瞬の動作が隙になる為、オレがコートを改造して裏地に多量の茨の投擲短剣を仕込んでいるように、実体化した状態である程度持ち歩いていた方が得策である。事実として、オレの腰には深緑霊水と毒紫の苔玉が1つずつではあるが、緊急用の為に実体化したまま、動きの邪魔にならない小型バック【旅人の腰鞄】に入れてある。見た目通りの容量しかないが、それでも入れている間はアイテムの耐久値が減らないので気にせずに保管できる。

 対するカークはこうした保存用バックを装備できていない。甲冑装備の不便な点として、ベルトや投げナイフなどを仕込み辛い点がある。高防御力と高スタン耐性の代償として、軽さと装備の柔軟性を失っているのだ。逆にオレの場合は、いかにグリムロックの改造が施されているとはいえ、コート系は物理防御力が鎧に劣る上にスタン耐性も低く、またバーサークインナーも決して物理防御力は万全ではない。足の装備である【鵺の革脚甲】は足音を減少させる効果がある黒塗りの防具であるが、各種デバフ耐性は高くとも物理防御力は低い。

 再び間合いが離れ、オレとカークは睨み合う。だが、それも一瞬の事だ。オレ達は同時に踏み込んだ。

 

「ふっ!」

 

 小さく息を吐き、オレはカークの棘の直剣の袈裟斬りをカタナで受け流す。刀身の棘がカタナの表面を削り、激しい火花を散らす。ただでさえ耐久値が低いカタナではあるが、この程度で折れはしない。斬撃を受け流されて体勢を崩したところにオレはカークの右肩から胸にかけて刃を潜り込ませる。だが、あと1歩の踏み込みがたらず、鎧の表面を削るに留まる。

 ここでカークの足払いがオレを襲うも、跳躍して回避し、オレは接触ダメージを恐れずに蹴りをカークのこめかみを狙って打ち込む。これにはさすがのカークも対応できずに直撃して倒されるも、STRが低いオレの蹴りなど兜越しではダメージなど無いに等しい。むしろ接触ダメージでオレの方がHPは削れる。

 だが、体勢を崩した瞬間にオレは銀光の斧を追撃で振り下ろす。寸前で棘の盾で防ぐカークだが、片膝を着きながらでは十分に堪えられず、更に弾かれて転倒する。しかも魔法属性が高い銀光の斧は盾のガードを超えて微量ではあるが、カークにダメージを通すことに成功した。

 やはり、棘の盾は攻撃能力を持つ分だけガード性能が低い。物理属性はともかく、魔法属性を始めとした諸々のガード性能は決して高くないのだろう。

 追撃をかけるオレに対し、カークは盾を構えながら横走りをして回り込もうとする。広めとはいえ、小さな柱が乱立する壁の無い木造建築の空間では下手に暴れ回れば落下死も免れない。ましてや、足下には人肉、天井にもロープでぶら下げられた人肉、そして黒い液体を湛える壺も決して少なくない数ある。

 カークの足取りに迷いは無く、オレは周囲に気を配らねばならない。この地を知り尽くしているカークとオレとではアドバンテージに大きな差がある。それも加味すれば、オレとカークのHPは互いに残り8割程度であるが、実際にはオレの方が劣勢とも言えるだろう。

 少し『詰める』か。オレは右足の踵で数度床を叩く。鳴らされた心地良い木の軋む音がオレのリズムを変える。

 姿勢を低くし、オレはカークへと突撃する。それはカウンターを誘う直進である。予想通りカークはこの勝負に受けて立ち、盾を構えて1歩大きく踏み込む。

 足下から浮かび上がるようなオレのカタナの斬り上げ。それはパリィの餌食となり、オレの手元からカタナが奪われ宙を浮く。その隙に棘の直剣を振るうカークだが、その一閃を左手の籠手で受け止める。

 火花を散らし、籠手と棘を纏った刃が激突する。ガードしているとはいえ、貫通ダメージと接触ダメージでオレのHPはじわじわと削れる。加えてカークの方がSTRは上だ。押し込まれれば負けは確実である。

 だが、この状況が欲しかった。宙を舞うカタナが足下に落下する瞬間、オレは右足の甲でカタナの柄頭を蹴り上げる。飛び上がったカタナはカークの胸を浅く裂き、赤黒い光が散る。半ば反射的に後ろに退いたカークへと、オレは3秒間の猶予のファンブルキャッチでカタナを逆手でつかみ、≪カタナ≫の回転系ソードスキル【舞踊蓮華】を放つ。僅かに前進しながら、逆手持ちのカタナで発揮される赤い光を纏った高速回転斬撃はカークの腹を半ばまで断つ。

 この舞踊蓮華の良いところはソードスキルの硬直が極めて小さい事だ。それに比例してか、ソードスキルの割には火力ブーストが低いが、それでも咄嗟に周囲を薙ぎ払いながら1歩分でも踏み込めるこのソードスキルの価値は大きい。

 いかに甲冑装備かつ命中したのが低威力ソードスキルとはいえ、今の一撃で戦局はひっくり返った。カークのHPは残り4割まで削れ、オレのHPは7割も残っている。VITの低さを考えれば、カークの攻撃がまともに入ればまたしてもオレが劣勢なのだが、そもそも攻撃を当てて当てられての削り合いを前提とした攻撃スタイルならばVITにもう少し成長ポイントを振っているので気にしない。

 

「やはり、噂は噂に過ぎなかったわけか」

 

「あ?」

 

「【渡り鳥】といえば、人殺しを厭わぬ狂人ではあるが、実力はせいぜい中堅プレイヤーであると風聞を耳にしていた。だが、ディアベルの言った通りか。油断せずともこの様とはな」

 

 カークの声に焦りは無い。むしろオレに感心すら払う余裕もある。押しているのはオレのはずなのに、その不気味な強気に嫌な悪寒が百足のように首筋を這っている。

 

「だが、私の祈りは貴様如きに折れなどしない」

 

 途端にカークの口から紫色をした煙が吹き出される。呪術【毒の霧】だ。僅かに触れただけでレベル1の毒が瞬く間に蓄積するが、銀光の斧と鵺の皮脚甲でレベル1の毒耐性を上げてあるオレは恐れずに、むしろ視界を奪われる中でカークに回復されては厄介だとあえて毒の霧に突っ込む。

 これでカークが呪術の火を装備している事が確定した。オレはカークの鎧を追って斬撃を放つも、彼は脇目もふらずに背を向けて闇の中を駆け、軽やかに跳躍する。床の終わりの先、そこには数メートル下に木造建築の屋根があった。

 不利と見るや否や逃走か。騎士という割には柔軟な対応だ。オレはカークの危険度を引き上げる。ここで仕留めねば、いつ襲われるか分からない奇襲によって身動きが取れなくなる。

 カークを追ってオレも跳躍するも、即座に反転したカークはオレに向かって黒い火炎壺を投げつける。直撃する前にそれを茨の投擲短剣で迎撃し、オレとカークの間で火炎壺よりも強烈な爆発が引き起こされる。

 爆炎に紛れてカークがオレに躍りかかる。やや傾斜した屋根の上、オレは銀光の斧でカークの放った≪片手剣≫の突進系ソードスキル【メガリード】をギリギリで逸らす。突進系にしては射程が短いソードスキルであるが、火力は十分過ぎるそれを受け流しきることはできず、銀光の斧に亀裂が入る。

 次いだ緑色の光を宿した回し蹴りをオレは籠手で受けて吹き飛ばされる。≪格闘≫のソードスキル【風神脚】だ。カークによって巻き起こされた風が倒れたオレを撫でる。今のでHPは5割まで削れた。ガード越しとはいえ、さすがはソードスキルといったところか。

 だが、今の2連続ソードスキルはカークが追い詰められている証拠か。スタミナ減少が激しいソードスキルを2連発する事がどれ程に継戦能力を衰えさせるか、カーク程の猛者が知らないはずがない。

 銀光の斧は使用しない方が良いだろう。貴重な魔法属性攻撃の手段を失うのは痛い。カタナに切り替えたオレであるが、それよりも先にカークはまたしても屋根から屋根へと飛び移る。

 どういうつもりだ? オレは深緑霊水を飲んでHPを15パーセント回復させ、即座にカークの追跡を始める。兜を装備している為か、飲食系が多い回復アイテムの使用が遅れるデメリットがあるカークは、余程オレと距離を離さなければ回復アイテムを使う隙など無いはずである。また、DEXはオレの方が上であり、甲冑装備でDEXに下方修正を受けているカークでは逃げ切れるはずがない。

 だが、先程から首筋の悪寒は強まるばかりだ。オレは茨の投擲短剣を投げてカークの動きを抑制させつつ、その追跡を行う。派手に暴れ回っている割に病み村の住人は集まらないところを見ると、この辺りにはモンスターがあまりいないのだろうか?

 カークが逃げ込んだのはミルドレットに襲われた場所に似た、人工的な横穴である。オレが入り込むと同時にカークは盾で隠された左手の掌、そこに宿る火を露わにする。同時に放たれたのは初歩的な呪術【火球】だ。威力はせいぜい黒い火炎壺と同程度であるが、その爆発範囲は侮れない上に使用回数の多さが魅力的な術だ。

 連続で放たれる火球はオレの周囲で爆裂する。その間を駆け抜け、斬撃を放つも盾で防がれる。

 

「おいおい騎士様よぉ。戦い方に騎士道が感じられねーのは気のせいじゃねーよな?」

 

「傭兵風情に騎士の決闘を申し込む道理が何処にある? それすらも利用し、喰らい殺すのが貴様らカラスのやり方だろうに!」

 

「ご尤もだな。お前みたいなヤツは嫌いじゃねーぞ」

 

 盾でカタナを弾かれたオレは床を擦りながら後ろに押し込まれる。そこに追撃が来るかと思えば、またしても毒の霧でカークは視界を曇らせ、横穴から木造建築の屋根へと飛び移り、そこから器用に梯子を滑って下へと逃げる。

 まるで鬼ごっこだ。だが、カークのHPは残り3割を切っている。オレは彼を追いかけるも、馬鹿正直に梯子を使う気はない。屋根の縁をつかんでそのまま下の階へと体を振って押し入る。梯子の傍で陣取っていたカークへと勢いを利用して蹴りを打ち込む。

 派手に転がるカークは棘の直剣を杖代わりにして立ち上がる。オレはその姿に違和感を覚えながら、右肩を数度カタナの反りで叩く。

 

「ククク。なるほど。やはり強い」

 

 やはり異常だ。追い詰められているのはカークであるにも関わらず、この余裕はあり得ない。

 次の一撃で仕留める。長々と鬼ごっこに付き合わされるのもごめんだ。

 だが、ついにオレの首筋の悪寒は脊髄へと駆け抜ける。半ば衝動的にオレは振り返る。それと同時に暗闇の中から太い針が襲い掛かった。反射的にカタナで迎撃するも、カークが背を向けたオレを見逃すはずも無く、鋭い踏み込みと共に棘の直剣を振るう。それはオレの左肩から背中にかけて、斬り裂くというよりも抉り取り、赤黒い光が飛び散る。

 咄嗟に前に重心を落として直撃を回避するも、カークは連続斬撃で畳みかける。それをカタナで迎撃するも、四方八方からオレを狙った太い針が次々とオレに突き刺さる。ダメージは無いに等しいが、否応なく意識を削がれ、カークの怒涛の3連突きがオレの横腹を抉る。

 

「だからこそ、私は油断などしない。悪いが、カラス狩りは経験済みだ。これで仕留めさせてもらうぞ!」

 

 途端に周囲の闇が次々と灯った松明の火によって消し去られる。それを見てオレは愕然とした。

 オレ達が戦う木造建築、その周囲に土台となる大樹が枝を伸ばしているのだが、そこには闇に溶けるようなボロボロの黒の装束を来た、木製の仮面を装備した人間が無数が吹き矢を構えていた。

 

「放て!」

 

 カークの号令と共に一斉にオレに吹き矢が飛来する。その太い針は回避を許さぬ面攻撃であり、オレの全身に突き刺さる。同時に発症したのはレベル2の毒だ。レベル1よりも強力なこのデバフはオレのHPを急速に削り始める。

 最初からこれが狙いだったのか! 舌打ちし、オレは吹き矢のインターバルの間に襲い来るカークと剣戟を繰り広げる。カークは無理せず、オレがレベル2の毒を回復させないように動きを封じるべく、あえて近接戦を選んでいるのだろう。

 再び吹き矢がオレに襲い来る。ダメージは微々たるものだが、レベル2の毒を蓄積させ続ける事で永続的なスリップダメージを与えることが狙いのようだ。

 悠然とオレが吹き矢を浴びている間にカークは兜の隙間から燐光紅草を食す。オレのHPは残り3割を切っている。このまま何をせずともカークはオレを嬲り殺しにできるのだが、念には念を入れてだろう。

 それこそが命取りだ。オレは吹き矢に刺される中でカークへと茨の投擲短剣を投げる。それをカークは悠然と棘の直剣で弾くが、同時に投げられていた火炎壺には対応できずに顔面に直撃を受ける。

 怯んだ隙にオレはカークへと突撃する。爆炎を浴びたカークはオレに棘の直剣を振り下ろすも、それを両手に持った茨の投擲短剣で受け止める。棘の直剣ほどではないが、貫通後に簡単に引き抜けないように返しが複数備わった凶悪な外観をした茨の投擲短剣だ。その返しで棘の直剣を引っ掛けてカークの手から奪い取る。

 カタナでも斧でもない、本来ならば投げて使うべき投擲武器による近接攻撃。これにはさすがのカークも対応できなかったのだろう。茨の投擲短剣は数度の剣戟には耐えられるだけの耐久値も強みの1つだ。オレは両手を突き出して、カークの肩の鎧の左右の繋ぎ目へとそれぞれ茨の投擲短剣を押し込む。

 

「ぐおぉ!? き、貴様……っ!」

 

 蹴りでオレを引き離し、カークは肩に刺さった短剣を抜こうとするが、返しのついた茨の投擲短剣は簡単には抜けない。痛覚代わりの激しい不快感を帯びながら、それでもSTR任せに強引に1本引き抜いたカークは称賛に値する。

 だが、これで終わりだ。武器が無いカークには格闘戦か盾によるバッシュ以外戦術は残されていない。吹き矢のダメージは気にする必要ない。後はオレのHPがレベル2の毒に削り取られるまでの間にカークを殺し切れれば良いだけだ。

 残りHPは2割。レベル2の毒を加味すれば、命の残量は45秒といったところか。十分だ。オレはカタナを両手で持ち、苛烈に斬撃を喰らわす。もはや棍棒を振るうに等しい乱暴さであるが、それ故にカークは盾で防戦一方だ。

 そして、ついにカークの盾がその手から弾き飛ばされる。決してガード性能が高くない棘の盾では連続斬撃を防ぎきることはできなかったのだろう。オレは兜と鎧の隙間、その喉へとカタナの刺突を放つ。寸前でそれを右手でつかんだカークだが、オレは両手でカタナを構え、強引に喉へと刃を押し込もうとする。

 

「これで……終わりだ!」

 

 カタナの切っ先がカークの喉に触れる。赤黒い光を散らし、刃がアバターの肉へと侵入していく。ここで押し込みきれれば、カークのHPはゼロになる。

 だが、それよりも先にオレの手からカタナは失われた。

 いいや、違う。オレは自らカタナを手放し、その場に倒れる。

 肺が圧迫されるような息苦しさ。脳が誤作動を起こしたかのように上手くアバターを操れない。そして、決定的なのは視界に滲む血のような赤。間違いなくスタミナ切れだ。

 

「ようやくか」

 

 安堵したようにカークは呟き、喉に押し込まれかけていたオレのカタナを投げ捨て、音を立ててカタナは床に転がった。その様を、オレは胸をつかんで、荒々しく呼吸しながら睨み上げる。

 どういうわけだ? オレのスタミナはまだ余裕があったはずだ。確かに最後の連撃はスタミナの消費を度外視したが、ソードスキルでもない以上は充分に保てたはずだ。

 いつの間にスタミナを失った? オレは棘の直剣を再装備するカークを見て、まさかと1つの仮説を立てる。

 パッチからの情報にあった、棘シリーズの特徴である自動攻撃に含まれたスタミナ減少。オレはそれを自身がダメージを受ける事によって発動すると思い込んでいたが、実際にはダメージを受けずとも、武器が接触するだけでスタミナが奪われていくのではないだろうか?

 あの時点でオレはソードスキルを1発、それ以前の交戦でも随分と派手に動いていた。更に最後の連撃は全て盾受けされ、喉に押し込もうとした時はカタナをカークに掴まれていた。

 レベル2の毒に侵されて焦るあまり、オレはスタミナ危険域のアイコンを見逃していた。それが最後の最後でカークへと勝利の天秤を傾けたというわけか。

 

「さすがは悪名高い【渡り鳥】だ。正面から戦えば、私とてどうなっていたか分からないだろう。さらばだ」

 

 棘の直剣がオレに振り下ろされる。もはやHPを1割切ったオレでは、その攻撃は致命傷となるだろう。

 どうするかはすぐに決まった。オレは操り糸が切れた人形のような体を跳ねさせて動かし、棘の直剣の一撃を籠手で受け止める。当然ながらスタミナ切れで踏ん張ることはできないオレは、勢いよく振りぬかれたそれを受けて吹き飛ばされる。

 この木造建築には壁がほとんどない。この場も例に漏れず、オレが叩き付けられる壁は無く、吹き飛ばされたオレは重力に従って奈落へと落ちていく。

 カークが追い討ちで火炎壺を投げるも、狙いを付けぬそれはオレの頭上を通り過ごしていく。

 

「おち……つ、け……っ!」

 

 暗闇の中で落下する中、オレは震える指でシステムウインドウを開き、レベル2の毒を回復させる毒紫の花苔玉を実体化し、口に押し込む。素早く咀嚼して飲み込んで効果を発動させ、解毒を終え、次に強化スナイパークロスを構えて無造作に下斜めに撃つ。鋼のボルトは大樹の枝に突き刺さった。

 今のスタミナ切れの状態で可能かどうか。迷う暇などない。オレは右手を突き出し、突き刺さったボルトをつかむ。全身に落下の衝撃が突き抜け、スタミナ切れは朦朧とする意識を引き裂き、それがそのまま頭痛へと直結する。

 脳がこれ以上アバターを動かすなと悲鳴を上げる。だが、オレは構わずにボルトをつかむ右手に力を込め、腕の力で体を僅かに浮上さえ、左手で丸太のように太い枝をつかむ。

 何とか枝によじ登ったオレはそこで横なり、口に腰のバックから取り出した深緑霊水を流し込む。HPは瞬く間に15パーセント回復するが、レッドゾーンで1ドットあるか無いかも分からない状態だったオレのHPではまだ安全域ではない。燐光草を更に追加で咀嚼して回復を促進させるが、それよりも先に聞きたくない唸り声が耳を擽る。

 オレを追ってきたのか、はたまた元よりこの場所に潜んでいたのか、2体の骨の棍棒を持った病み村の住人が、絶好の餌を見つけたとばかりに鋭い牙を光らせている。

 

「ぐお……ぐがぁ……がぁああああ!」

 

 死ねない。まだ、こんなところで死ねない。オレの死に場所はここではない。獣のように唸り声を上げ、オレは無理矢理立ち上がる。まるで同時に2つの体を管理しているかのように体が重く、あれ程に自由だったアバターの動かし方が明瞭としない。

 スタミナ切れは行動不能状態ではない。あくまでアバターの運動アルゴリズムと脳の接続が乱れた状態であるというのがプレイヤー間の共通認識だ。だから何だと大半のプレイヤーは言う。スタミナ切れになった時点で全ての攻撃はクリティカル扱いであり、まともに動く事が出来ないのだから死んだのと同じであると。

 だが、オレに言わせればスタミナ切れは死ではない。HPが残り続ける限り、戦う事は出来る。麻痺よりかは抗う術が残っている。

 あるプレイヤーが言った。何故アバターに運動アルゴリズムが搭載されているのか。脳がアバターの全てを元から操れば良いではないか、と。

 あるプレイヤーは嘲笑った。そもそも仮想世界の肉体と現実世界の肉体は異なっている。神経が通っているわけでも、筋肉があるわけでもないアバターを、どうやって負荷なく現実の世界と同じように脳が操るというのだ? それを補助する為のものが運動アルゴリズムであり、これとの同調性こそがVR適性なのだと。

 あるプレイヤーは反論した。つまり、VR適性とは運動アルゴリズムとストレス無く、よりハイレベルで同調出来る事だ。だからこそVR適性の低い者は長時間の仮想世界へのログインに負荷がかかる。スタミナ切れの状態は脳と運動アルゴリズムの接続の乱れだ。ならば動けるはずだ。脳が……運動アルゴリズムが軽減してくれている負荷の全てを引き受ければ良い。

 1体目の病み村の住人の棍棒の一振り。それを転がりながら回避する。現実世界の脳髄が焼けついたように酷い眩暈が頭痛に加わる。

 背後から殴りかかった2体目の病み村の住人の腕をつかみ、そのまま枝から放り出す。悲鳴を上げながら病み村の住人は闇の中に消える。

 息苦しさが更に増し、アバターの全身が熱を籠ったように熱くなる。脳髄が溶けるように筆舌し難い頭痛がアバターの神経を駆け抜け、それは幻想の痛みとなり、痺れとなる。

 

「あぁ……アアアぁ……ああアアああぁ……アァアあ!」

 

 骨の棍棒を銀光の斧で防ぐも、完全に力負けして斧は弾き飛ばされて大樹の幹に突き刺さる。

 バランスが崩壊する。右足と左足の区別が付かない。オレは前を向いているのか、後ろを向いているのか分からない。だが、やるべき事は分かっている。

 強化スナイパークロスを振り回して病み村の住人を殴りつけ、その胸に押し当ててトリガーを引く。放たれた鋼のボルトの威力は病み村の住人をノックバックさせ、そのまま枝から突き落とした。

 そこまでが限界だった。オレは何とか大樹の幹に寄りかかりながら倒れる。

 肺が焼け爛れるような痛みが呼吸の度に繰り返される。心臓が押し潰されるように苦しい。頭痛が止まず、嘔吐するように喉が痙攣する。

 茅場の後継者め。これはとんでもないバグだ。スタミナ切れを作るまでは良いが、無茶して動いた場合のリスク管理がまるで出来ていない。デスゲームではなく、普通にサービスであればGMにクレームが殺到していただろう。

 いや、それともスタミナ切れの状態で往生際悪く暴れようとするプレイヤーが出現する事自体を予想していなかったのだろうか。それとも、茅場の後継者は悪意を以ってスタミナ切れの効果をこのような形にしたのだろうか。

 意識が明滅する。脳とアバターを繋ぐ糸の束が炙られ、焼かれて1本ずつ炭化しているかのようだ。この糸の束が焼き切れた時、オレはきっと……

 

「I've got from hell♪ find it♪ hound it♪」

 

 ああ、そうさ。全ては考え方次第だ。オレは思わず口元を歪める。

 これは武器だ。スタミナ切れになろうとも戦おうとする意思。仮想世界で不可能を可能にするような【人の持つ意思の力】ではなく、純然たる人間の精神が成し遂げる無理通しだ。誰がこんな無茶をやり通そうとする? オレはこの死線を超えて『やり方』を知った。これは大きな収穫だ。

 

「I've got to you alone♪ stand it♪ beat it♪」

 

 歌って痛みを慰める。意識を保とうとする。

 座して死ぬなどオレに相応しくない。何処までも戦い続けてやる。その果て以外にオレの死などあり得ない。脳が壊れながらでも戦えるならば、それは何と素晴らしい事だろうか。

 

「I've got from hell♪ find it♪ hound it♪」

 

 たとえ死への1歩であろうとも、オレは新たな戦い方を見つけた。そうだ。元よりオレは独りなんだ。自分の身を削ってでも敵を殺す。それが出来ないならば、オレは死んで当然、喰われて当然の餌に成り下がる。

 カーク、悪いがオレは生き延びた。次こそお前の喉元を食い千切ってやる。

 

「I can still alone♪ start it♪ feed it♪」

 

 そうだ。オレはまだ独りでやれる。

 オレは捕食者だ。狩り、奪い、喰らう側だ。

 カーク、お前も捕食者だ。だからこそ、オレはお前ともっと殺し合いたい。殺し合わねばならない。そして、オレが生き残る為に餌になれ。

 誰かがオレの前に立っている気がした。だが、視界は痛みと脳髄を溶かすような熱で霞み、誰なのかは分からない。

 その温かな手がオレの頬に触れる寸前にオレの意識はついに途切れた。




相変わらず踏んだり蹴ったりで主人公ですが、他のキャラを物理的に踏んだり蹴ったりしている主人公なのでバランスとれているのではないでしょうか。

それでは71話でまた会いましょう!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。