SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回はカークさんとの2戦目です。
相変わらず騎士VS傭兵ですが、騎士らしからぬ戦術の騎士と最近外道っぽい傭兵の戦いです。


Episode11-6 棘の騎士、再戦

 随分とド派手なパーティな事だ。オレは周囲を漂う赤黒い光を目にしながら、一体何人死んだのやらと頭の片隅で予想を弾きだす。30秒から1分程度で死亡後の赤黒い光は霧散するのだが、この様子だとモンスターの分を引いても最低2人か3人は死んだな。

 カタナで右肩を叩きながら、病み村の住人が身を挺して落下死を防いで生き残ったカークに鼻を鳴らす。

 

「よう。大体37時間ぶりくらいか?」

 

「……【渡り鳥】、やはり貴様をあの時仕留めきれなかったのは失態だったか」

 

 無念そうにカークは小型の円盾である棘の盾で身を隠しながら、棘の直剣を構える。

 だが、それよりも先に病み村の住人3体がオレに……いや、背後でダメージを負っている2人にトドメを刺すべく駆け出す。それに乗じてカークもまた動く。

 1人は確か以前太陽の狩猟団の依頼で助けた覚えがあるヤツだ。もう1人は【雷光】とか呼ばれている太陽の狩猟団でも腕利きの女か。2人とも随分と顔色が悪い。疲労が随分と蓄積しているようだ。

 ワイヤー付きボルトの使用をする際にオートリロード機構を外してある強化スナイパークロスは使い物にならない。重荷になるだけだ。まずは1体目の骨の棍棒持ちを強化スナイパークロスで殴りつける。そのまま強化スナイパークロスは放棄し、身軽になると同時に銀光の斧を抜いて顎を開いた2体目の口内へと分厚い銀の刃を押し込む。

 3体を相手取っている間に脇を抜けて後ろの2人を襲おうとしていたヤツには茨の投擲短剣を投げつけて喉を貫く。もがいている内にカタナで首を斬りつけてクリティカルダメージを与え、そのまま身を翻してカークの棘の直剣の突きを弾き上げる。

 陽動3体からの奇襲突き。見え見えの攻撃だ。カークと兜越しでオレは視線を交わす。兜のせいで瞳を見ることは叶わないが、どうやらヤツも前回の戦いよりも本気の勝負をお望みのようだ。以前とは殺気の濃度が違う。

 強化スナイパークロスで殴り倒された病み村の住人が起き上がり、その鋭い爪を振るう。だが、その手首をオレは正確にカタナで斬り、軌道をズラして銀光の斧で頭部を叩き割る。その間に顎を断たれた2体目が再度噛みつき攻撃をしかけるが、その口内に火炎壺を押し込んで顎を蹴り上げて爆砕させる。カークのシールドバッシュを左手の籠手で防ぎ、その間に喉の茨の投擲短剣を抜こうともがいている3体目の腕をつかんで背負い投げし、カークに投じる。

 身を翻して回避したところにオレは勢いよく踏み込み、カタナの上段斬りを放つ。それは盾でガードされるが、そのまますぐに斬り上げへと派生させて2連撃、さらに自動攻撃によるダメージも厭わない蹴りによる3撃目、そして爪の籠手で守られた左手による掌底を4撃目としてガードが崩れて生まれた隙間に押し込んでカークの胸を打つ。

 

「ぐっ!?」

 

 体勢を崩したカークへとそのまま回し蹴りとみせかけたミドルキックをお見舞いし、そこから更に茨の投擲短剣を3本同時投擲する。2本まで棘の直剣で迎撃したカークだが3本目は腹に命中を許した。だが、さすがは鎧か。貫通せずに投擲ダメージだけ与え、茨の投擲短剣は弾かれた。

 ダメージは五分五分か。だが、今の連撃は自動攻撃に付随したスタミナ削りの感覚をつかむ為のものだ。何か兆候を見逃しているかと思ったが、やはりだ。自動攻撃や武具・防具と武器が接触した際に疲労感のようなどんよりとした濁りがアバターの中で渦巻いた。戦闘中ならば余程注意しなければ察知できないだろう。

 だが、最後の茨の投擲短剣の時だけは何も感じなかった。あくまでスタミナ削りは棘シリーズとオレのアバターが直接的・間接的に触れていないといけないのだろう。

 つまり、射撃・投擲攻撃を仕掛けてもスタミナ削りは無い。1つ仮説の実証ができたな。

 

「お前らボケーっとしてんじゃねーよ。さっさと立ち上がって戦え。敵は腐るほどいるんだぞ。食べ放題キャンペーン実施中だ、糞ったれ」

 

 馬鹿みたいに茫然としている金髪野郎を叱咤する。こんなのオレの役目ではないのだが、この乱戦では腕が千切れようとも戦わねば生き残れない。【雷光】はよくよく見れば足首が出血状態のようだ。噂によればDEXとMYS特化の高速攻撃と奇跡のコンビネーションが売りのはず。あの足首で何処まで戦えるかは知らないが、疲労も込みならば7割減といったところか。

 

「おい、金髪。後ろの女を上手く庇え。しばらく使い物にならねーだろうからな」

 

「なっ!? アタシはまだ戦えます! まだ、こんなに敵がいるのに庇われるお荷物になるなど……!」

 

 無理に立ち上がってフラフラしているヤツが何を言ってるんだか。というか、オレもお喋りしながら戦えるほどに余裕がねーんだから大人しく聞き分けろ。

 

「無茶して死にたけりゃ死ね。お前の代わりにお前と同じ分だけ戦えるヤツがいるならな」

 

「ミスティア、今は彼の言う通りに」

 

 悔しげに唇を噛んだ【雷光】は足を引きずり、アーチの縁にて跪く。一見すれば危険な立ち位置だが、乱戦の中で背後からの奇襲も気にせずに済むので最も安全性が高い場所だ。自分を守ってくれる金髪野郎という肉盾がいるという前提が必要だが。

 しかし、あの金髪野郎、以前見た時はもっと卑屈な目をしていたと思ったが、随分と熱い目をしてやるな。【雷光】に襲い掛かる病み村の住人に対し、特大剣のツヴァイヘンダーのリーチと破壊力をチラつかせて間合いに入り込ませないようにしている。『守る』立ち回りが上手い。

 

「淑女を守る騎士様ねぇ。オレに無縁だな。なぁ、カーク?」

 

 身を屈めて突撃しながらもカークの逆袈裟斬り。それをオレは武器で受け流さず、籠手で防御もせず、身を翻して回避する。

 カークの攻撃は全て回避する。まずはこれが大前提だ。ガードを主体とした堅実な戦い方を得意とするカークを切り崩すには連続攻撃しかない。だが、その度に棘シリーズと接触してスタミナが削れてしまい、追い詰めているはずが自ら袋小路へと歩んでしまう。そして、それこそがカークの戦術だ。

 パッチが情報入手できなかった理由の1つとして、カーク自身がスタミナ減少効果を隠ぺいしていた事にあるだろう。確かに自動攻撃だけでも十分脅威であり、それを大っぴらに喧伝すれば誰もそれ以外の能力が隠されているなど思いもよらない。何よりもスタミナ自体は視覚化もされていなければ数値化もされていないステータスだ。故にスタミナ危険域のアイコンが表示されたとしても、自分のスタミナ管理が疎かだったと勘違いするのが大半だろう。

 それこそが『皆殺し』のカークのやり方だ。コイツの堅実の戦い方は外見通りの、じわじわとした嬲り殺しだ。コイツが好戦的なプレイヤーと称されながらも、戦闘スタイルにガードが主体となっているのもそのせいだ。

 火炎壺の残数は8個。茨の投擲短剣は17本。銀光の斧は亀裂が入り、カタナの耐久値は半分程度。強化スナイパークロスは使用不可。爪撃の籠手はまだ余裕があるが、セットしてある麻痺薬の残量では麻痺状態にはできないだろう。予備の麻痺薬は無い。≪薬品調合≫で現地調達したかったのだが、病み村で入手した素材系アイテムで作成できたのはレベル1の毒薬だけだった。

 理想的なのは接触せずに削り殺す方法だ。火炎壺と茨の投擲短剣で地道に削り尽くす。だが、それが不可能である以上はカークの間合いで斬り合うしかない。

 このままズルズルと時間を稼げば、それなりに名の通ったヤツもいるだろうし、この乱戦は片付く。だが、カークはそうなれば1も2もなく逃走するだろう。だからと言って短期決戦の考え無しの博打打ち的なソードスキルはカークの思う壺だ。

 

「お話しする気もねーか? おいおい連れねーな。殺し合った仲だろ?」

 

 安い挑発だ。だが、カークは反応を示さずに寡黙にオレに連続突きを放つ。突きから派生する斬撃だけは注意せねばならない。

 しかし、やはりか。お前にとってもこの状況は芳しくない。だからこそ、オレはわざわざ飛び込んできたんだ。

 オレがこのアーチにおける乱戦を目にした時、戦況を上方から俯瞰することができた。病み村は地下へと潜る構造上、ダンジョンを見下ろす場所は多いからだ。そして、幾つかの事実に気づいた。

 モンスターには撃破される毎に各モンスターに設定されたリポップ時間が経過すると同時に再配置されるのだが、リソース制限によってモンスターの数は一定数以上増加する事は、何かしらのイベントやトラップでもない限り決してあり得ない。

 恐らくカークは病み村のモンスター、あるいは病み村の住人のみを指揮する、ある種のマスター権限を持っている。いかにしてそれを入手したかは不明であるし、興味はあるが追求しようとも思わない。だが、彼が指揮できるモンスターは無制限に増やせる軍隊ではない。ダンジョンに配置されたものを掻き集めて指揮しているのだ。

 逆に言えば、本来ならばダンジョン攻略を妨害する為のモンスターが必然的に手薄になる。よって、オレは想像していたよりも遥かに容易に深部まで到達することができた。

 これが示す事、それすなわちカークは戦力を準備することができるが、生み出す事はできない。この場にいる戦力を全て排除すれば、カークに援軍が駆けつける事はまずあり得ないと思うべきだろう。

 カークからすれば一網打尽にすべく投じた大戦力。俯瞰する限りでは主な敵対勢力は聖剣騎士団なのだろう。

 だが、オレが確認した段階では【雷光】によって随分と陣形が破壊され、金髪野郎の奮戦もあって戦場はカーク側に不利に傾きつつあった。だからこそ、カークは壺などに潜ませた余剰戦力を追加した。

 数は力だ。1人減れば2人分の戦力が減ったと思え。2人減れば5人分の戦力が失われたと覚悟しろ。数の差と戦力差は1=1ではない。もちろん、ここに質という概念も加わるのだが、この質の意味では病み村の住人達の方が下だ。

 総合的に見れば、あと戦場が拮抗するのは5分程度だろう。その間にカークとしては最低限の目的として主力の撃破と戦力の削減を行いたかったに違いない。その目論見を邪魔しに来たのがオレというわけだ。

 バックステップを踏みながらカークは呪術【大火球】を放つ。火球よりも一回り大きな火炎の塊に対し、オレは正確に火炎壺を投擲する。火炎壺の爆発に誘導されて大火球も炸裂し、巨大な爆炎がオレとカークの間で広がる。

 熱が大気を焦がす中、オレは茨の投擲短剣を4本同時に放つ。だが、カークを庇うように病み村の住人が両腕を広げて盾となり、その全身で茨の投擲短剣を受け止める。

 邪魔だ。オレはもがきながら茨の投擲短剣を抜こうとする病み村の住人を腹から両断し、そのままカークへと斬りかかる。それを盾でガードされそうになるが、ギリギリで斬撃を止め、カタナを返して峰打ちに切り替える。純斬撃属性がカタナの攻撃だが、反りの部分だけは打撃属性だ。他の部位に比べれば短期耐久値が僅かに高いが、それは微々たるものなので無視して良いだろう。

 打撃属性はガード崩しの能力が高い。たとえば片手剣など刃は斬撃属性と打撃属性の比率が、武器によっても異なるが、平均して8:2である。つまり打撃属性が2割分担っている。対してカタナは刃の部分が純斬撃属性……つまり100パーセント斬撃属性である。これは斬撃が有効な敵にはとことん有効であるが、斬撃属性に著しい防御力を持つ相手には弱く、またガード崩し性能も弱い。

 物理属性の3つの区分にはそれぞれ特徴がある。斬撃属性は『切断』、打撃属性は『破壊』、刺突属性は『貫通』である。当然と言えば当然だが、この性質を熟知しているか否かによって戦いはまるで違う。

 峰打ちによって盾を攻撃してカークのガードを揺るがし、そこからカタナを返して斬撃。そこから左手を柄頭に添えての刺突。それは盾に強引に押し込まれ、切っ先を僅かにだが盾の表面から更に先へと侵入させる。

 貫け。オレは体重をかけて更にカタナを押し込む。スタミナが削られる感覚がするが、短期決戦がお望みならば舞台に上ってやるまでだ。

 だが、オレが盾破壊を狙ったと察知したカークの蹴りがオレの腹を打つ。蹴り飛ばされながら、オレは銀光の斧を振りかぶる。≪戦斧≫の投擲型ソードスキル【フェザーフライ】だ。緑色の光を帯びた銀光の斧は回転しながらオレの手元を飛び出し、カークを襲撃する。それを寸前で盾で防ぐも、斧の分厚い刃は盾に喰らいつく。

 まだ足りない。もう1歩足りない。だから、オレは躊躇わずに更にソードスキルを重ねる。

 オレが思い浮かべたのは1人の女性プレイヤーだ。全てを平等に救おうとし、その為に命を躊躇う事無く戦場に放り出せる、強き魂を持った死者だ。

 使うのは≪カタナ≫の特殊系ソードスキルである斬鉄だ。たった5秒間だけの通常攻撃の火力ブーストである。

 斬鉄の赤い光を帯びたカタナは銀光の斧ごと盾を両断し、カークの胸を深く裂く。ここまでで3秒。オレとカークの視線と死線が交差する。ここが正念場だ。

 カークはオレの喉をつかんでの左手の発火。オレは斬撃の斬り上げ。発火はオレの喉を焼き焦がし、斬鉄で威力が引き上げられたカタナの刃はカークの右肘の鎧の高質な素材に守られていない関節部に潜り込ませる。

 残りHPは7割弱か。オレのコートは3つ首ドレイクの純粋な鱗という極めて貴重な素材で強化されている。それによって付与された高い防御力が、密着状態から放たれた発火のダメージを2割半程度まで軽減したのだ。グリムロックに感謝である。

 オレは喉をつかむカークの左腕に足をかけ、そのまま体重をかけて体を捩じって逆にカークのバランスを崩す。咄嗟にカークはオレの喉を放して離脱しようとするが、それをオレは許さずに足で腕を蛇のように絡み取り、カークを側頭部から床に叩き付ける。

 

「ぐぅ!? 何故だ……何故だ何故だ何故だ!? 祈りを持たぬ、金と死に群がる誇りなきカラス風情に!」

 

 よろめきながらカークは立ち上がろうとするが、そうはさせまいとオレの膝蹴りが兜越しにカークの顔面を揺さぶる。

 

「カラスとほざいてる時点でオレを……傭兵を侮ってるお前の負けだ」

 

 それに今のオレは少し『ギア』を強めて、『ネジ』を緩めている。本能アクセル踏み抜いて理性ブレーキ弱体化中だ、糞野郎が。

 オレは倒れているカークへとカタナを振り下ろそうとするが、横から飛びかかった病み村の住人によって妨害される。ほとんどHPが残っていなかった為、オレは噛みつかれるより先に籠手の爪で腹を突き破って撃破する。

 だが、その僅かな時間の間にカークは左手の指を擦って掌を床に叩き付ける。それが呪術のキーコマンドであるのは明白だ。背中を走る危機感に従ってオレは距離を取るも、逃げ遅れた左足が突如として周囲から立ち上った火柱に呑み込まれる。

 呪術【炎の嵐】だ。高い攻撃力と範囲攻撃で有名な呪術使いの切り札の1つと目されている。発動の為には地面に呪術の火を押し付けないといけないのだが、それ以外の隙らしい隙はない、極めて接近戦で有効な呪術だ。

 左足を焼かれるも、直撃ではない為にHPは5割も残っている。火柱が収まると同時にオレは熱気がまだ残る中でカークに再接近を図る。だが、炎の嵐の中で武器を切り替えたのだろう。カークの左手には不気味な黒い短剣が握られている。

 狙うのは出血状態になっているカークの右肘だ。あともう一撃入れれば断てる。オレはカークの棘の直剣の薙ぎをあえて左手の籠手で止める事で彼の右腕の動きを止める。そこに右手のカタナで一気に右肘を断たんとする。

 だが、カークはオレの動きを読んでいたのか、即座に右腕を引いて斬撃を回避する。そして黒い短剣がオレの顔面を狙って突き出される。このままいけばカークの短剣はオレの左目を貫くだろう。だが、その動きはどちらかと言えば殺意よりも牽制の意思が強い。なるほど。オレが攻撃を諦めて退かせるのが狙いか。

 嗤わせる。オレは左目に黒い短剣を受け入れながら、更に1歩深く踏み込む。凄まじい不快感と共に左目が潰されていく感触を堪能しながら、オレは舌なめずりしてカークが息を飲みながら恐怖する姿を味わう。

 カタナの突きがカークの右肘に潜り込む。そのままオレは捩じり、振り上げてカークの右肘を破砕する。切断こそできなかったが、半ばから断たれてぶら下がった右手はもう使い物にならないだろう。

 もちろん、これで済ますつもりはない。即座にカタナを放り捨てて茨の投擲短剣を抜く。ここまで接近戦になればカタナの長さは邪魔だ。オレはぶら下がるカークの右腕を左手の爪の籠手でつかみカークの喉に茨の投擲短剣を突き刺しながら強引に引き千切った。

 

「ぐぉおおおおお!?」

 

 良い……実に良い悲鳴だ。オレは自分の唇の両端が吊り上がるのを自覚しながら、赤黒い光を撒き散らすカークの右腕の肘から先を放り捨てる。カークは黒い短剣をオレの左目から引き抜きながら捨て、更に呪術を放とうとするが、煌々と燃える左の掌へとオレは火竜の唾液を投擲する。

 気づいた時には遅い。カークの左手の呪術の火から放たれた発火は火竜の唾液に命中し、その可燃性の液体を引火させて大爆発を引き起こす。寸前で1歩バックステップを踏んだオレすらも爆炎は舐めたが、HPは2割ほど残す。対するカークのHPは1割未満のレッドゾーンである。

 

「左目1つでお前の命か。安い買い物だな」

 

 オレは火炎を振り払うカークの顔面をつかむ。兜の棘が掌を突き破るが関係ない。この程度の自動攻撃もスタミナ削りも、もはや意味を成さない。いずれも微量であり、蓄積させる事で効果があるのだ。短期決戦を選んだ時点でカークはこの2つの利点を捨てたも同然だ。

 そのまま後頭部を床に叩き付ける。カークのうめき声が兜の中で響きながら漏れて聞こえる。

 もうカークのHPはほとんど残されていない。オレは左手の爪を振り上げる。だが、カークは紫色の煙をオレに吹きかける。あれだけの呪術を連発してまだ魔力が残っていたのとは驚きだ。毒の霧を派手に吸い込み、むせたオレを蹴飛ばして拘束から脱出したカークは、煙に紛れながらアーチの縁から跳び下りる。

 カークが自殺するはずがない。ならば逃走だろう。逃がすまいとオレは追おうとするが、そうはさせまいと病み村の住人2体も立ち塞がる。

 

「邪魔をするんじゃねーよ、糞が!」

 

 もはやHPは数パーセントしか残っていないそれを左手の爪で斬り裂いて撃破するも、次は後ろから新たに襲い掛かられる。あろうことか、これまで聖剣騎士団を相手にしていた病み村の住人達が次々とオレへと、聖剣騎士団の面々に背中を向けて攻撃を一方的に受けるのも厭わずに流れ込んでくる。

 だが、いずれもHPはほとんど残されていない。オレは冷静に火竜の唾液を病み村の住人の群れへと投擲する。そして、1人の聖剣騎士団のプレイヤーがオレの意図を察知して呪術の火で火球を投げた。それはガラス瓶が割れて中身が飛び出した火竜の唾液と混ざり、病み村の住人の残り全てを纏めて火葬にする。

 

「逃がしたか」

 

 先程のお返しってわけか、カーク? 今度はオレが取り残され、カークが飛び下りて逃げた。だが、肝心なのはカークには地の利があり、これは規定された脱出ルートである確率が高い事だ。恐らく生存は間違いない。

 だが、右腕は切断したし、盾は破壊した。ヤツの攻撃力は激減したはずである。

 

「カーク……相変わらず恐ろしい男だ」

 

 と、オレの隣に全身甲冑姿のプレイヤーが立ち、カークが消えた闇の底を覗き込む。

 装備しているのは両刃の戦斧……形状からして【兜割の大斧】か。それに盾は銀色の女神のレリーフが彫り込まれている円盾を装備している。それに鎧のサーコートには聖剣騎士団のエンブレムである剣とオリーブが描かれているが、そのエンブレムの塗装は銀色だ。これは幹部の円卓騎士の証明である。

 だとするならば、コイツは戦斧使いとして名高いノイジエルだろう。カークの元同僚というわけだ。

 

「礼を言うべき……なのだろうな、【渡り鳥】」

 

 ノイジエルの何処か濁った物言いから察するに、オレの悪名を気にしての事だろう。

 

「礼なんて要らねーよ。オレは仕事をしただけだ」

 

 聖剣騎士団の面々は疲弊しきっている。何人死んだのか知らないが、それ以前に今を生き延びた事を噛み締めるのに精一杯の顔だ。まぁ、戦いの最中に仲間が死んで発狂するヤツらは何人も見てきたが、今は死闘後の余韻こそが彼らの精神に安定をもたらしているってところか。

 

「どうしても言いたいならアイツらに言え。オレの雇い主様はあちらさんだ」

 

 面倒そうにオレは金髪野郎と【雷光】を親指で指す。

 どうやら戦いが落ち着いて気が抜けたらしく、ツヴァイヘンダーを杖代わりにして何とか金髪野郎が立つことができている状態だ。対して【雷光】はフラ付きながらも何とか立ち上がる。

 さて、どう声をかけたら良いものだろうか。燐光草を貪りながら、オレは2人へと歩み寄ろうとした時だ。

 

「あなたは馬鹿ですか!?」

 

 突如として【雷光】の怒鳴り声と平手打ちが炸裂する。もちろん矛先は金髪野郎だ。幸いにもSTRは低いと噂の【雷光】だし、金髪野郎のHPは3割近く残っているので死にはしないが、何がどうなっているのかまるで分からない。

 呆然とするオレをもちろん無視して話は進み始める。

 

「馬鹿とは何だよ!?」

 

「馬鹿を馬鹿と言って何が悪いんですか!? あの場面で1番適切なのは、アタシを庇うことではなく、カークに反撃を試みることでしょう! 一撃程度ならば私は耐えられたはずです! ならば、まずはカークの攻撃を避け、然るべき反撃を実行する! なのに、あなたは武器を捨ててアタシを庇おうとしましたね!?」

 

 あー、そう言えばオレがカークに蹴りを入れた時、なんか金髪野郎は覚悟を決めた召して腕を使ってまで肉盾を分厚くしてカークからあのお嬢さんをお守りしようとしていたような気がしないでもねーな。

 だが、それと平手打ちと怒鳴りの因果関係は? オレにはどうにも恋の始まりの波長しか感じないのだが、あえてそれは無視したい。

 

「守りたいから守って何が悪いんだよ!? そもそも自信満々に突撃して、先に戦闘不能になったのはキミの方じゃないか! 僕はね! キミの尻拭いをしたんだ! 感謝されこそすれ、なじられる謂れは無いね!」

 

「誰も感謝していないとは言っていません! もっと……もっと命を大事にしなさいと言ってるんです!」

 

 ぼたぼたと涙を流しながら【雷光】はもう1発平手打ちが炸裂するのだが、DEXの割にあまりにも鈍いそれを金髪野郎は易々とつかむ。

 

「死んだら……死んだら終わりなんです。だから、誰よりも、誰よりも! 誰よりも! 自分の命を優先してください! 誰かを庇って死ぬなら、自分の命よりも大切な人を庇って死になさい! アタシは……アタシはあなたの命で守られて良いような人間じゃないんですから!」

 

「……ごめん。ごめんよ、ミスティア」

 

 その後、噂の武勇とはかけ離れた年相応の少女の泣き声が響き渡る。それを慰めるように金髪野郎は【雷光】に胸を貸す。

 そして、その2人だけの世界の様を約4メートルの近距離で見せつけられるオレは一体全体何なのでしょうかね?




ほのかに甘酸っぱいラブストーリーが始まる!
主人公のポジはアレですね。モノローグ担当ですね。
後に2人の顛末とかを語る役割です。

それでは74話でまた会いましょう!

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