SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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祝★入院

まさかのインフルエンザ悪化で肺炎を患ってしまった筆者は、一昨日の夜(2014/04/23)またもや緊急搬送(もちろん友人の車、いい加減にガソリン代くらい払わないと)されました。しかも今回は強制入院です。

こういう時の為に入っていてよかった生命保険! これで入院費用も怖くない!
皆さんももしもの為に保険には加入しておきましょうとダイレクトマーケティングしておきます。

ちなみに、こういう時に持っていて良かったスマートフォンですね。
パソコンで執筆→スマフォにデータ送信→スマフォから投稿。
現代文明の何と素晴らしいことか! これで入院中の暇を持て余す必要が無いね! やったね、看護師さん!

……さてと、笑い話ではありませんね。病室から見える空が儚いです。とりあえず完治するまで入院する事になりました。
皆さんも季節外れのインフルエンザに注意してください。嘗めていたら死にます。
繰り返しますが、嘗めていたら死にます。


Episode11-10 祈りの果てに

 人間は最悪の状況だと事態を判断したがるが、それは大きな間違いだ。

 最高には天井が存在するが、最悪には底が無い。何処までも沈み続ける。それが最悪だ。

 瞬時の判断。オレは身を軽量化する為に強化スナイパークロスを捨てる。そして、カークに接近されるより先に、この場面では決定的に火力不足である鉄刀を即座に装備する。

 伊達に『アイツ』と組んでいたわけではない。DBOでは左右に武器を持つスタイルは珍しくもない為、二刀流自体はシステム的に許されている。だが、それでも真の意味で左右の武器を同時に使いこなせている人間がどれだけいるだろうか?

 二刀流には大きく分けて4つの道がある。

 1つ目は攻防。片方の武器を防御の為と割り切る手法だ。ならば盾にすれば良いという意見もあるかもしれないが、瞬間瞬間に攻撃に転じられるという意味で、防御の役割に重点を置いた武器というのは役立つ。攻撃を防ぎ、また受け流す。そうする事でもう片方の武器で攻撃するのが基本だ。

 2つ目は切り替え。すなわち、左右の武器を状況に合わせて使い分けることである。DBOにおいて左右に武器を装備するプレイヤーの大半はこれだ。リーチや重量の異なる武器を装備する事により、様々な状況に即座に対応できるようにするのである。

 3つ目は連続。これは左右の武器を交互に扱う事によって火力を高めつつ、短期耐久値減少を抑える事を目的とする。基本的に手数重視であり、両手武器による1発の火力を持たないプレイヤーがこれを目指すパターンが多い。

 4つ目は連携。左右の手で全く異なる動きを引き出す。ただそれだけであるが、それ故に最も目指すのに躊躇を覚える。何故ならば、左右の手をバラバラに動かす事の難しさは誰もが知るところだからである。

 オレが今から成すのは1番だ。カークが放つ斬撃を鉄刀で弾き、右手の羽織狐で胴を狙う。今のカークには盾が無い。だが、左側からの横殴りの衝撃がオレの体勢を崩す。それがカークの蹴りだと気付くのに1拍遅れ、次いで腹への蹴りを寸前で籠手で防ぐ。

 左目が見えていない死角を突かれたか。即座に体勢を立て直し、クラーグの炎の刃を弾きながらバックステップを踏んで退避する。

 カークが腕を再生するまでの8時間以内に全てを決着付けねばならなかったのだが、どうやら作戦は失敗したようだ。オレの残りHPは7割弱。回復を済ませておきたいが、それよりも先にクラーグが使用した誘導する炎の塊が襲い掛かる。

 次々と引き起こされる爆発を寸前で避ける。火炎属性の防御力はそれなり以上にあるが、下手に直撃を受けてスタンすれば、その時こそカークが踏み込んでくる。

 

「おかしい」

 

 だが、そう漏らしたのはラジードだ。どうやら爆発を逃れる内にコイツの隣まで来てしまったようだ。

 

「おかしいって何が? つーか、大丈夫か?」

 

 オレらしくないと思いつつ、右手のカタナの反りで肩を叩きながら問う。既に3人死んだ。その中にはラジードの同僚も含まれているはずだ。

 恐慌状態に陥ってもらっても困るが、下手に無理してここぞという時にへばってもらっても迷惑だ。睨むようなオレの視線に、ラジードはツヴァイヘンダーを振るって襲い来る炎の蛇を斬り払う。

 

「悲しむのは後だ。今はこれ以上犠牲を出したくない。出させるわけにはいかない」

 

 悲壮な痛みを湛えた眼に、オレは素直に尊敬の念を抱く。死んだ仲間との付き合いがどの程度かは知らないが、少なくとも今は耐え抜けるだけの精神力をラジードは持ち合わせている。ならば、今は素直にボス戦に集中させてもらうとしよう。ただでさえカーク追加で劣勢なのだ。

 

「無粋な事を聞いたな。それで何がおかしいんだ?」

 

「カークだ。まだ8時間経過していない。7時間半だ。腕が再生しているはずが無い」

 

「……面倒なカラクリがありそうだな」

 

 オレ自身が時間を計っていたわけでも、また経過時間を確認したわけでもない。だが、ラジードは何かしらの根拠を以って断言しているのだろう。だとするならば、カークが右腕を再生して登場したのは異常事態だ。

 何にしてもお喋りしている暇は余りない。現状を打破する方法を思案する。

 まずは状況を分析する。カークはクラーグを守るように陣取り、クラーグは得意とする火炎攻撃に終始している。結果的にオレ達は近寄ることもできないままに走り回されている。直撃が狙えずとも爆風でHPをじわじわと削り、またスタミナを確実に減耗させることができる。カークらしい戦術だ。

 だが、この為にはカークとクラーグが協力関係にあるという前提が成立せねばならない。クラーグはまるでカークに敵意を示していない。すなわち、2人の間ではコミュニケーションが成され、既に協同する手筈が整っていた事を示す。

 そして、カークが無理に攻めず、またクラーグも遠距離攻撃に専念する理由は単純だ。同士討ちを恐れての事である。モンスター同士でも互いの攻撃でダメージを受けるのだ。プレイヤーであるカークは、尚更クラーグの攻撃など受ければひとたまりも無い。

 ならカークとクラーグを分断するか? カークを巻き込むともなればクラーグも迂闊に攻撃してこないかもしれない。だが、カークが自分さえも犠牲にして攻撃するように求めてクラーグが応じたら?

 ヤバいな。詰んでやがる。少なくとも、このままでは戦えば生き残れるとは思えない。とはいえ撤退もできない以上は……

 

「ん? 撤退?」

 

 ちょっと待て。そもそもカークは何でボス部屋にいて平気なのだ? ボス部屋に侵入した者は脱出できないように入口が霧で覆われている。言うなれば一方通行だ。だとするならば、カークもまた侵入者としてカウントされてクラーグと戦わねば脱出できないのではないだろうか? だが、だとするならばカークは死ぬ気でこの場に立っている事になる。今後も病み村に誰かしらが攻めてくると考えれば、カークが背水の陣で挑むのはともかく、死を受け入れてオレ達を襲うはずが無い。

 それとも何かしらの特典を得て、カークは自由にボス部屋を移動することができるのだろうか?

 そもそもカークは何故入口の方からではなく、クラーグが出現した塔のような遺跡の方から現れた?

 考えろ。考えろ。考えろ! この状況に対する違和感を炙り出せ!

 そして……到達する。馬鹿馬鹿しい位に、カーク自身が語るに落ちた、呆気ない程に単純な窮地打開の方法を。

 周囲を確認する。ノイジエルは何とか盾で炎の塊を防ぎながらも、徐々に壁際に追い込まれている。ミスティアはDEXを活かした回避を続けているが、明らかにテンポが遅れ始めている。ラジードも回避から特大剣による防御へと移ろいつつある。

 頼めるか? 託せるか? やり通せられるか? 幾つかの選択肢が虚ろに頭の中で泳いだ。だが、すぐに選択肢は定まる。

 

「ラジード」

 

 オレは彼の名を呼ぶ。ミスティアもノイジエルも疲弊しきっている。本来の実力は発揮できないだろう。だが、誰か1人が『重荷』を背負えば、他の人間が抱えきれない分だけの負荷を引き受ければ、状況は拮抗し、逆転もできる。

 クラーグ自体は確かに強いが、押し切れないわけではない。対抗手段はハッキリと分かっているのだ。彼女の攻撃は火炎属性系列の為か、予兆が見える分だけ戦いやすいはずだ。ある意味で正統派である為、純粋な実力さえ揃えば勝てる。

 そして、その実力を発揮させる為には、実力が不足している人間が実力のある人間の分のリスクを消化する以外に道は無い。それがオレであり、ラジードのこの場における役割であり、まだ余裕があるオレがそれを引き受けるのが筋なのだが、そうなるとカークを相手取れる人間がいなくなる。

 

「5分だ。5分だけ、お前ら3人でクラーグに耐えろ」

 

 任せられるか? オレは視線でそう問う。コイツとの関係は浅いが、少なくとも善人であり、お人好しであり、他人の為ならば自分を削る事も厭わない人間だという事は行動から判断できる。

 一瞬の迷いは当然。だが、ラジードは力強く頷いて見せた。

 

「5分と言わず、10分でも20分でも耐えてみせるさ」

 

 良い返事だ。オレは飛来し続ける炎の塊を抜ける。クラーグへと接近して見せたオレに対し、カークが彼女に近づかせまいと立ちはだかる。

 だが、オレは突如として直角に曲がり、そしてラビットダッシュを使ってカークとクラーグの横を抜け、そのまま塔の遺跡の方へと駆ける。

 

「なっ!?」

 

 オレとの交戦経験からか、正面から挑んでくると踏んでいたのだろう。カークは驚きの声を上げる。悪いが、相手の土俵で戦う馬鹿馬鹿しさは十二分に味あわせて貰った。相手の腹を食い破るのは好みだが、腹に寄生虫を飼ってる野郎と遊ぶ程にオレはマゾじゃねーんだよ。

 明らかに慌てた様子でクラーグが曲剣を振るう。それは炎の刃となってオレに襲い掛からんとしたが、それより先にラジードが踏み込み、地面に擦れさせながらツヴァイヘンダーを振るう。言うなれば特大剣による足払いだ。これにはクラーグも対応できず、ましてやオレに意識が向いていたせいか、バランスを大きく崩す。

 カークはラジードに斬りかかろうとするが、それを防ぐようにノイジエルが間に立つ。棘の直剣による突きを盾で弾かれたカークはオレとラジードを交互に見やる。

 

『カーク、あの狼藉者を追いなさい!』

 

「畏まりました! クラーグ様もご武運を!」

 

 やはりオレを追う事を選んだか、カーク。そしてクラーグの反応もオレの仮説を裏打ちさせるには十分過ぎる。

 鎧装備のカークと軽装のオレ、辛うじてDEXはオレの方が上なのだろう。オレとカークの距離は離れていく。クラーグ戦はラジード達に任すとしよう。

 塔の遺跡へと続く階段を駆け上がり、背後を確認する。カークはそれこそ死に物狂いといった調子でオレを追いかけてくれている。

 想像した通り、塔の中に霧は無く、替わりに巨大な鐘だけが吊るされていた。鐘の真下には下の階まで続く穴が開いている。高さは10メートルと言ったところだろうか。下りる為の階段もあるが、カークに先回りされても困る為、ダメージ覚悟で跳び下りる。

 そこは何もない部屋だった。正確には続く道は残されているのだが、冷えて固まったマグマによって道は封じられている。ここがダンジョンの最果てなのだろう。床には青銅にも似た円盤が埋め込まれているが、中央の部分は半透明の突起となり、赤い炎が内部で揺れている。

 

〈現在、ボスと敵対中です。転移はできません〉

 

 突起に触れると表示されたのはシステムメッセージだ。どうやら、これがショートカットらしい。だが、今はボスと交戦中の為か、作動していないようだ。

 と、まるでお姫様を救う騎士のように、オレと同じように穴に飛び込んで来たカークが落下しながらオレに棘の直剣を振るう。もちろん、影で落下攻撃をしかけてくるのを見ていたオレは横跳びでそれを回避した。

 

「おいおい、どうした? 随分とご機嫌斜めみたいだな。それともハウスを荒らされてワンちゃんはお怒り沸騰なのかな?」

 

 挑発。オレはカタナの反りで肩を叩きながら、円を描くように歩き出す。それに応じてカークもまた、左手の呪術の火をチラつかせながら、右手の棘の直剣を僅かに揺らしてオレの意識を向かせようとする。

 四肢万全のカークと左目が潰されたオレ。状況はオレの方が若干不利だが、カークは戦術の基礎としていた盾を失っている。代用品を準備していないところを見ると、サブの盾が無かったのか、装備できない理由があるのか。

 どちらでも構わない。オレとカークは刃を交わす。スタミナ減少効果など知ったことか。

 カタナの鋭利な刃と棘を纏った刃が火花を散らしながら衝突し、押し合う。何処までも無粋な力押しの攻撃だ。

 つまらない。退屈だ。もっと磨き抜かれた技を見せてみろ。左手の鉄刀を逆手に構え、そのままカークの横腹を狙う。寸前で回避するも、そこから派生した足払いの蹴りに対応できないカークは転倒する。そこから右手のカタナをカークに振り下ろすも寸前でカークは棘の直剣で受け止める。

 

「ぐっ!」

 

「ぬるい。どうした、カーク? 焦りが目に見えるぞ。もっと苛烈に! もっと恐ろしく! もっと醜悪に! オレに力を見せてみろ! その為に貴様は仲間を殺してでも祈りを捧げる事にしたんだろう!?」

 

 左手の呪術の火から発火を放ってオレを押し退けたカークは、そこから呪術の大火球へと繋げる。だが、火球系の呪術は総じて隙が大きい。1対1の状況で扱うには細心の注意を払わねばならない。

 左手の鉄刀を投擲する。それは呪術の火を貫き、大火球を誘爆させる。派手に左腕を焼かれたカークが唸り声を上げる。代償として鉄刀は粉々になったが、元よりサブウェポンで火力に期待していない。カークに一矢報いただけで十分に役割を果たした。

 

「【渡り鳥】、今確信した」

 

 と、棘の直剣を杖代わりに立ち上がったカークは忌々しそうにオレに剣先を向ける。

 

「貴様は全てを分かっていながら、私をここに誘い出したのだな?」

 

「だとしたら?」

 

「ならば分かるはずだ。私が何を守ろうとしているのか。何に祈りを捧げているのか」

 

「……全ては『お姫様』の為か?」

 

 答え合わせをしよう。オレは病み村の最下層、このダンジョンの最奥にて、3度に亘る殺し合いを成すカークに敬意を表し、彼の『祈り』を言葉にして紡いだ。

 まず疑問を抱いたのは、カークとクラーグの関係だ。

 そもそもカークの目的は病み村を攻略させない事にある。ならば、カークが守ろうとしていたのはボスたるクラーグであるとオレは錯覚していた。だが、それではカークの行動は辻褄が合わないのだ。

 わざわざカークは右腕の再生を済ませてからクラーグ戦に参加した。再生時間が8時間未満だった事はこの際置いておこう。ともかく、カークはわざわざクラーグのHPが半分近くまで削れるまで『自身の戦力増強』を優先した。

 カークの『祈り』とは、かつての仲間すらも殺害する狂信的なものだ。だが、仮に彼の『祈り』の対象がクラーグであるならば、彼女が傷つけられる姿を目にしてなお理性的に自らの右腕が再生するまで待ち続けられるだろうか?

 否。カークならば、たとえ片腕であろうとも守護すべきがクラーグであるならばボス戦当初から参加したはずだ。ボスこそカークが騎士として守ろうとする相手であるとオレは思い込んでいたからこそ、わざわざリスクを背負うボス戦による誘き寄せをオレは画策した。

 だが、カークにとってクラーグはあくまで共闘するべき仲間だった。理性的に、自らの右腕が再生を終えるまで、その身を傷つけられる彼女を見ても『絶対的な勝利』の為に待てた。それは彼の『祈り』の姿勢とは余りにも食い違う。

 そして、カークは塔の遺跡から姿を現した。クラーグも同様だ。即ち、彼らの拠点とも言うべき場所は塔の遺跡であると推測できる。あくまで、あの広々とした空間はクラーグが自らの能力を自在に操る為に適して作られた戦場だ。遮蔽物が無い場所では火炎系魔術は猛威を振るう。特に足場を次々と奪うマグマ攻撃は極めて脅威だ。

 ならばボスとして塔の遺跡は必要ないではないか。ただのフレーバー要素なのか? それとも『命』あるAIの彼女の住処としてのみ準備されたものなのか。この辺りは賭けであったが、ショートカットの転送装置を見つけてオレは確信した。

 

「誓約。お前は仲間殺しの道を選んだんだな?」

 

 全ては推測。だが、限りなく真実に近いはずだ。恐らく、カークは偶然にも地上で病み村の最奥を繋げるショートカットを見つけてしまった。そして、彼は出会ってしまったのだろう。

 ミルドレットが語っていた、病み村の住人を救う為に病の源を喰らったという大いなる魔女の娘を……『お姫様』と呼ばれる、言葉を綴る喉も、物語を聞く耳も、世界を歩む足すらも失われてしまった存在に。

 それがカークの何を変えたのか、それはオレの知る由ではない。だが、彼は自らの新しい生き方を選択した。たとえ、仲間と敵対しようとも、守りたいと望んだ者を得てしまったのだろう。

 

「【混沌の従者】。それが私の誓約だ。誓約を結び、私が成さねばならない事はただ1つ、姫様を守る事だ。分かるだろう? このDBOは……いや、プレイヤー達の多くは狂ってしまっている。特別なソウルを持つ『姫様』。攻略という正義の名の下でその命を奪われるのは目に見えている。私は認めん。そんな理不尽を……私は断じて認めん」

 

「だから、お前は『協定』を申し入れた。当時の病み村のルートは1つ、聖剣騎士団が保有していたものだけだった。だが、運の悪い事に病み村への侵入ルートはもう1つあった。それを太陽の狩猟団が発見した事により、聖剣騎士団は太陽の狩猟団に先を越されまいとする為にお前との協定を破って攻略を再開した」

 

 カーク失踪は2ヶ月前。恐らく、その時点でカークは『お姫様』に出会い、誓約を交わしたのだろう。その時点では聖剣騎士団は病み村の不可侵を確約していたに違いない。だが、太陽の狩猟団が病み村の攻略を始めてしまえば、律儀に約定を守っていては病み村で得られる利益の全てを奪われてしまう。

 

「ディアベルは信頼できる男だ。この病み村の大ヒルからレアドロップする素材系強化アイテムの納品と引き換えに、私は病み村の……『姫様』の安寧を手に入れた。もう1つの侵入ルートを発見した太陽の狩猟団にも、ディアベルを通して同様の条件を打診した。だが、ヤツらは傭兵を派遣して病み村の深部まで至るルートを探索し始めた」

 

「だから傭兵を抹殺した。裏切りには死を」

 

「その通りだ。だが、すぐに新しい傭兵が派遣された。そいつも殺した。そしたら、今度は大部隊が病み村の攻略に乗り出した。それに応じて、今度は聖剣騎士団も協定を破って病み村に攻略部隊を送り込んだ。分かるだろう? 私は平和的な解決を模索した。提案もした。行動もした。だが、私の祈りは踏み躙られた」

 

 真実なのだろう。オレもノイジエルやラジード達の情報から同様の答えに至る事が出来たのだから。

 カークが何故かつての仲間を裏切りと罵り、太陽の狩猟団を元凶と定めるのか。そんなもの、協定という単語だけで予想できた。

 争う気など無かったのだろう。彼は初めから侵入者を全て殺害しようなどと狂信に踊らされた行動を取ったわけではないのだろう。もはや自らの祈りの為には……力で抗う以外に手段が残されていなかっただけなのだろう。

 

「お前……馬鹿だな。相手は大ギルドだ。いつかは押し潰される」

 

「ならば座して死を待てというのか? 愚問だな」

 

 オレは少しだけ笑う。そこに嘲りの意思は無い。純粋に眼前の騎士を賛美する。

 愛しい女の為に世界を敵に回しても戦う。何と主人公的行動だろうか。オレには真似できない程に高尚で、高潔で、崇高な意思だ。そして、今のカークはそれに酔いしれることもなく、ただひたすらにそれに殉じようとしている。

 

「クラーグ様は『姫様』の姉上だ。私も、クラーグ様も、『姫様』の為ならば死ぬ覚悟ができている。だが、だからと言って単なる犠牲として終わるわけにはいかんのだよ。姫様の絶対なる安寧の為、私もクラーグ様もここで倒れるわけにはいかんのだ」

 

 クラーグも、カークも、『お姫様』を守ろうとする騎士というわけだ。だからこそ、クラーグを信頼してカークは自らの腕の再生を優先し、カークを信頼してクラーグはラジード達を討つ事を選んだ。まさに、オレ達は無粋な侵略者というわけだ。

 もう余り時間は無い。こうしてお喋りするなど、本来はラジード達に対する裏切りだ。

 

「【渡り鳥】、貴様は全てを分かって尚、戦いを挑むというのか? どちらに義があるかなど分かりきっているだろうに。今ならば『姫様』に謁見し、【混沌の従者】となる事でクラーグ様と戦わずにこの地を去る選択肢もある」

 

 歩み寄る。それは自身の祈りを……戦いの意味と意義の全てを理解してくれたオレに対するカークなりの礼のつもりなのだろう。何処までも『騎士』であろうとする、不器用な男の生き方の証明だ。

 

「ああ……ああ、そうだな。カーク、お前は正しいよ。お前は平和を目指した。努力もした。行動で示した。そして、裏切られた。だから戦った」

 

 そして、一呼吸を挟む。

 今のオレはどんな顔をしているのだろう。不思議なくらいに、今のオレを満たすのは1つの感情だけだ。

 

 

 

「だから何だ? 殺してるんだ。殺されもするだろ? お前が戦いを選んで誰かの命を奪った時点で、オレとお前はどちらかが死ぬまで殺し合うしかねーんだよ」

 

 

 

 オレが依頼を受けた時点でカークとの運命は決まっている。

 どれだけカークに正義があろうと関係ない。オレはお前を食い千切る。オレが『オレ』である為に。

 

「祈りの果てを見せてみろ、カーク。オレは狩り、奪い、喰らう者。オレはお前の祈りを阻む敵だ。お前の祈りで『オレ』を殺してみろ!」

 

「ならば望み通りここで死ね、【渡り鳥】!」

 

 これまでにない濃厚な殺意がカークから放出される。それは斬撃となってオレへと収束する。

 速い。そして重い。本当に片手で振るっているのかと思う程に、カークの一撃一撃はこれまでの比ではない程に苛烈だ。

 ああ、そうだ。それで良い。オレとお前はお喋りして満足するような仲じゃないだろう? お前は殺す気でオレを襲い、オレは殺すつもりでお前を狙った。故にオレ達の関係とは殺し合い以上でも以下でもあるべきではなく、決着は妥協や協調ではなく生死によって線引きされるべきものだ。

 カークの回し蹴りをオレは屈んで回避し、軸足へと左手の爪を振るう。それは僅かに赤黒い光を散らすが、甲冑装備のカークはその程度では揺るがない。≪格闘≫の連続系ソードスキル【連陣脚】による3連回転蹴りが逆にオレの顎を揺るがす。幸いにも命中したのは1発だけであるが、さすがはソードスキルだ。HPは2割以上吹き飛ぶ。だが、スタンさせるには1発が軽過ぎたようだ。逆にソードスキル後の硬直を狙ってオレのカタナがカークを袈裟斬りにする。

 そのはずだった。だが、突如としてカークはソードスキルの硬直中にも関わらず強引にオレの斬撃を回避する。無理に体勢を崩して回避したのかと思ったが、その後の追撃の発火のスピードが速過ぎる。

 何かがカークに力を与えている。カークの存在感が急激に増し、それが彼に恩寵を与えているかのように、カークの攻撃は徐々にオレを押し込み始める。

 

「何故だ!? 仮想世界であろうとも、この世界で生きている者たちがいる! それが分からぬ貴様ではないはずだ! 全ては起こった出来事だ! 単なる設定などではない!『姫様』は誰にも強要されたわけでもなく自らの意思で病を飲み、皆を救おうとし、そして今も祈りを捧げている! この病と毒に蝕まれた哀れな村の為に! その祈りを否定させない! それこそが私の祈りだ! なのに、何故貴様はこれ程までに何者も傷つけぬ祈りを砕こうとする!?」

 

「馬鹿が! お前が守る為に誰かを殺したその時点で、お前も、お前が守ろうとした存在も、どっちも殺されるだけだ! 何ボケてやがる!? 平和的な解決なんか望んでんじゃねーぞ! オレは最初からお前の敵だ! お前を否定する為にいる! お前を殺す為にここにいる! 守りたければオレを殺せ! お前の意思で! お前の祈りで!」

 

 カーク、今のお前は先程とは比べ物にならない位に強い。攻撃速度は既にDEXのそれを上回り、一撃一撃はまるで特大剣であるかのような衝撃を秘めている。それが何故なのか、適当な理屈が思い浮かばない。あるいはこれこそが茅場の後継者が言っていた『人の持つ意思の力』なのかもしれない。

 だが、だからこそお前は分かり易い。お前の殺意に隠された守ろうという意識、それが何処に向いているのかが手に取る様に分かる。お前が無意識に体を使って庇おうとしている場所が分かる。

 それは何もない普通の壁だ。オレはそこを狙い、最後の茨の投擲短剣を放つ。それをカークは律儀に棘の直剣で弾き落とす。自らを狙ったわけでもない攻撃の為に、あえて隙を曝す。

 その致命的な瞬間をオレは見逃さない。≪カタナ≫の連続系ソードスキル【十文字】。まるでバツ印を描く2連斬撃はカークの胸に吸い込まれ、そのHPを大幅に削り取る。いかに火力不足が目立ってきた羽織狐とはいえ、いかにカークが甲冑装備とはいえ、ソードスキルをまともに受けて無事で済むはずが無い。

 残りHPが3割を切ったカークが左手の指を擦り、その場の地面に叩き付ける。高火力の炎の嵐が狭い空間で吹き荒れるも、寸前でオレは火炎壺を取り出して自らに叩き付けた。自爆の爆風に飛ばされたオレは炎の嵐の効果範囲からギリギリ逃れ、背中を壁に叩き付ける

 炎の嵐後の硬直。それを狙ってオレは突撃をしようとするが、不自然なまでにカークの動きが速い。まるで早送りになっているかのように、カークは次なる呪術の予備動作を終える。

 まだ炎の嵐による火炎が空間で名残のように吹き荒れている。炎を壁代わりにカークが生み出したのは、かつて混沌の三つ子が披露したマグマのような赤黒さを秘めた巨大な火球だ。

 

「『姫様』の……我が祈りの神髄! 【混沌の大火球】! 焼き尽くされるが良い、【渡り鳥】!」

 

 火球系の隙の大きさ。それをカバーする為の炎の嵐。この流れる動きはオレが炎の嵐を避け切ると前提していなければ不可能だ。

 2度の殺し合い。その中でカークはオレをカラスと嘲った。だが、先程から一貫してそのような言葉を吐き捨てていない。

 もはや欠片も侮らない、必ず排除せねばならない敵と判断されたからこそ、オレを殺す為に仕上げた必殺。

 回避の術はない。火炎壺で誘爆させても撒き散らされるマグマでダメージを受け、カークはその隙を逃さずに追撃で発混沌の大火球をもう1度放つだろう。

 唇を舐める。喉が異様に乾く。脳髄に飢えを訴えている。早く満たせと叫んでいる。

 右手のカタナを肩で背負い、左手を突き出して駆ける。真正面からの突進に対し、カークは迷うことなくオレに混沌の大火球を投げる。

 

 

 

『殺してるんだ。殺されもするさ。命は軽い。特に自分の命はな。「捨てる」タイミングを誤るなよ』

 

 

 

 それはオレに傭兵の道を与えてくれた男、PoHの教え。

 自らの命を『捨てる』とは、諦める事ではない。『捨てる』事によってのみ超えられる死線がある。そこに一切の恐れなど必要なく、あるのは必殺の意思のみ。

 死線を超えられればそれで良し。死ねばそれまで。故に、それを人は『命を捨てる』と呼ぶ。賭けでもなく、狩人の技術でもなく、傭兵の流儀でもなく、ただ敵を討つ為だけの戦の業。

 ガード機能を備えた左手の籠手。それでオレはあえて混沌の大火球を真っ向から受け止める。爆発と吐き出されたマグマは爪撃の籠手のガード性能を上回っている。

 左腕が爆発で吹き飛び、四方八方に飛び散るマグマがオレを焦がす。だが、左腕を犠牲にした爪撃の籠手による真っ向からのガードは混沌の大火球のダメージを軽減し、オレのHPをレッドゾーンで残した。

 発動させたのはカークの棘の盾を破壊した≪カタナ≫のソードスキルの斬鉄。5秒間の強化されたカタナの斬撃をカークは防ぐべく棘の直剣でガードするが、亀裂と刃毀れだらけの羽織狐の刃は棘の直剣に飢えた獣の牙のように喰らい付き、その刀身を抉り、そして砕く。だが、カタナはカークを斬るに至らず、その兜を削り取って覗き穴を広げるのみだ。

 愛剣を切断されたカークへと突進の勢いを利用した蹴りを食らわせる。派手に壁に叩き付けられ、跳ねかえったカークの左手首を斬鉄の効果が切れる刹那の前に切断する。これでカークの攻撃手段はなくなった。≪格闘≫スキルが残されているが、膝を着いたカークにもう抗う術は無い。

 

「殺ったぞ、カーク!」

 

 混沌の大火球で半身と顔面を焼かれながらも、オレのHPは残された。籠手のガード機能、コートの持つ高い火炎属性防御力。それらを勘定に入れて耐えれるか否かの境界線。オレは生き抜いた。それが全てだ。オレは武器を持ち、カークは全てを失って膝をついた。

 

「何故だ……何故、私の祈りが敗れる!? 貴様は何の為に戦う!? 一体何を守る為に戦っていると言うのだ!?」

 

 質問の意味が解らない。混沌の大火球がもたらした熱のせいか、オレの意識は溶解しそうだった。

 だからだろう。オレは笑った。嗤った。笑った。嗤った。

 

「狩り、奪い、喰らう! それが『オレ』だ! 誰の為でもない! 守る為でもない! これが『オレ』だから戦う!」

 

 オレもお前も同じだろう? ただひたすらに捕食者であり、自分の意思を貫く為に他者を糧とする存在だろう? お前が祈りを貫き通す為に戦ったように、オレも『オレ』である為に戦っているんだ。

 なのに、何故だ?

 なのに、どうして……どうして、そんな目をするんだ?

 

 

 

 

 

「この……外道が! 何が自分の為だ!? 貴様は人ではない! 祈り方を忘れた、ただひたすらに戦いを求めるバケモノだ!」

 

 

 

 

 

 斬撃で広げられた兜の覗き穴。そこから曝されたカークの左目が湛えていたのは……まるで人ではない『何か』を見るような怯えた眼差しだ。

 違うだろう? オレもお前も同じだろう? 互いに、自分の意思で奪う事を選んだ『人間』だろう?

 なのに、どうして、そんな目をするんだ?

 

 

 

 

『ごめんなぁ、篝。お前は儂よりも血が濃かったようじゃ。お前はまさにヤツメ様じゃ。狩り、奪い、喰らい、そして畏れられる、美しき者じゃ』

 

 

 

 

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!

 違う! おじぃちゃん、違うんだ! オレはヤツメ様じゃない! オレはバケモノなんかじゃない! オレは篝だ! オレは久藤 篝だ!

 オレは狩人だ! 人なんだ! おじぃちゃんが求めた神様なんかじゃない! バケモノなんかじゃない!

 

「オレは……オレは人間だぁああああああ!」

 

 失われた左目が疼いた。オレはカークの胸を踏みつけて押し倒すと、そのまま逆手で構えたカタナの切っ先でカークの左目を貫いた。

 

「オレは人間だ! 人間だ! 人間だ! バケモノじゃない! いつだって! いつだって! いつだって! オレは『オレ』だ! オレはバケモノじゃない……ヤツメ様じゃない! そうさ! そうさ! そうさそうさそうさ! そうだろう!?」

 

 オレは抉り入れる。カタナを左目の奥、カークのアバターの脳髄へ……いや、本物の肉体の脳を破壊するように、『お姫様』を守ろうなんて意思を宿した魂を貫くように、カタナを押し込み、捩じり、赤黒い光を撒き散らしていく。

 

「お前が負けたのはオレより弱いからだ! 何が祈りだ!? 何が守ろうとする『人の持つ意思の力』だ!? オレは認めない! オレの糧になれ! お前は喰われる側だ! オレが喰らう側だ! オレはオレはオレはオレはオレはッ」

 

 カークの右手が痙攣しながら伸びた。まるで救いを求めるように。祈りの果てに手を伸ばすように。

 だが、右手はオレに触れる事も、『何か』に達することもなく、カークはその全てを赤黒い光になって弾け飛ぶ。

 

「はは……ハハハ、クヒャ、クハ! そうさ。オレは『認めない』。『人の持つ意思の力』なんて認めない。いつだって勝つのは強いヤツだ。騎士だろうと、英雄だろうと、神様だろうと、何だろうと……強いヤツが生き残る……それが必然だ!」

 

 ああ、ようやくだ。

 ようやく、思い出せた。オレがSAOで生き抜こうとした理由を。あの麗しいアインクラッドで追い求めていたものを!

 

 

 ただひたすらに強くあれ。

 

 

 誰に教えられたわけでもない。PoHと出会ったあの夜に、初めて人を殺した夜に……オレは欲したんだ。

 狩り、奪い、喰らう。そして戦う。ただひたすらにオレが『オレ』であり続ける事を。

 

「好きに生き、理不尽に死ぬ。それがオレだ! それが『オレ』なんだよ、カーク! カァアアアアアアアアアアアク!」

 

 さぁ、まだデザートは残っている。

 左手に止血包帯を巻き、深緑霊水を飲んでHPを回復させる。どうやら焼き焦げたアバターは治癒していないようで際限なく焦がす不快感を脳髄に突き刺すが、今はそれすらも愛おしい。

 クラーグ、次はお前の番だ。まだ乾いてるんだ! まだ飢えてるんだ! だから満たせ。お前でオレを満たせ! 満たせ満たせ満たせ!

 

 

「クク……クヒャ……ヒャヒャ……ヒハ……ヒハ、クヒャヒハハハハハ!」

 

 




〈システムメッセージ〉
・主人公の精神状態が『不安定:レベルC』から『不安定:レベルB+』に移行しました。
・主人公は『本能の解放』に加えて新たに『発狂』を入手しました。
・ルート『天敵』が解放されました。
・ルート『死神部隊』が解放されました。
・ルート『英雄』が消滅しました。


絶望「あかん……これあかん」

苦悩「ちょいと仕事し過ぎた」

悲劇「早急に修正(治療)が必要だ」

恐怖「ああ、それならヒロインの出番だ……って、あれ? ヒロインがいねぇ」


ようやく主人公の複線回収ができました。
でも、まだまだドン底ではないので、腐れちゃんがいるくらいの場所まで倍プッシュで更に落ちてもらう予定です。

それでは、78話でまた会いましょう。

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