SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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UAが1000を突破していて目玉が飛び出そうになりました。
まだまだ序盤かつスロースターターですが、何卒よろしくお願いします!

スキル
≪暗器≫:暗器にボーナスが付く。暗器は例外としてソードスキルが存在しないが、代わりに特定の部位に対してボーナスアタックが高く設定されており、このスキルを持つことで威力を高めることができる。
≪気配遮断≫:隠密系スキル。エンカウント率や発見率を減少させる。動いていると効力を発揮し辛くなる。
≪魔法防護≫:防御系スキル。魔法攻撃の威力を低減する。

アイテム
【メイス】;打撃武器の代表。先端が膨れ上がった金属の塊は硬い外皮を砕き、鎧越しでもダメージを与える。だが、その重さ故に1度のミスが命取りになるだろう。
【失われた王国の金貨】;今は亡き王国の金貨。その表面は摩耗し、辛うじて王の横顔が掘られていた事が分かる。純金である為、売却すれば相応の値になるが、心無い者に溶かされれば真価は失われるだろう。
【黒魔女の蝋燭】;外道なる製法で作られた蝋燭。その火は黒く、周囲の光を奪う。およそ光源としての価値はないが、それ故の利用価値があるだろう。



Episode2-3 プレイヤーキラー

 ディアベル曰く、珈琲は泥水そのものだったらしく、彼はやや不機嫌に店を出た。

 

「あれを珈琲と呼ぶのは侮辱だ。決めたよ、クー。俺は≪料理≫スキルを取って、自分だけのブレンド珈琲を作る!」

 

「好きにしろよ。ただし、取るのはもう少し後にしてくれよな。今の状態でスキル枠を戦いに役に立たない趣味スキルで埋めるとか自殺行為だぜ?」

 

「分かってるさ。だけど4つ目の枠は必ず≪料理≫だ。それは譲れない!」

 

 拳を握り、熱血気味のディアベルに、何はともあれモチベーションが上がったみたいで良かったとオレは内心で喜んでいた。

 ディアベルは何処かまだ流されてデスゲームに参加している部分がある。時折彼は何かに引っ掛かる様子があり、それが彼の判断力や選択肢に影響を及ぼしているようだった。どんな悩みか知らないが、さっさと解決する事を願うばかりだ。心に迷いがある奴程生き残り難くなるからな。

 

「で、シノン。お目当てのイベントを受注できるのはこの辺りか?」

 

 オレ達はメインストリートから外れた小路地に入っている。全体的に鍛冶屋関連の店が多いが、大半は機能していないただのセットだ。また、足や腕を欠損した物乞いのNPCも多い。他にもちらほらとイベントを所持する事を示す『?』マークのアイコンが頭上にあるNPCもいる。

 

「ええ。この先の十字路を左に曲がったら直ぐよ。口が悪いNPCだけど、最初の1回は無料で修理を請け負ってくれるから、耐久度が不安なものがあったら直したらどう?」

 

 要はツンデレオヤジかよ。頑固で素直になれないって時点で想像できたが、プレイヤーにまで発揮してくれるとは。なかなかレベル高いな。

 

「ん?」

 

 ふと、オレは店と店の間の薄暗い路地裏の入口で、壁にもたれるプレイヤーに目がいく。赤毛のウェーブをした、化粧が濃い女性プレイヤーだ。切れ長の目はいかにも気が強そうで、腰には巻かれた鞭を装備している。アレは加虐趣味の糞女だな。人をいたぶるのが好きで好きで堪らないタイプだ。何度も女プレイヤーにPKされかけたオレが言うのだから間違いない。

 まるで品定めをするような、こちらを獲物としか見ていない目だ。PKに魅せられたレッド(DBOにはない概念だが、都合上オレは殺人を犯したプレイヤーをレッド、同様に殺人以外の犯罪をしているプレイヤーはオレンジと呼んでいる)か、はたまた強盗目当てのオレンジか。どちらにしてもあの類は徒党を組む事が多い。

 注意するに越したことはないな。ディアベルは一応目立たないようにレッドローズではなくロングソードを装備しているが、レアアイテム臭を嗅ぎ付けたプレイヤーが情報を流しているとも限らない。廃村でのMob狩りではレッドローズを使っていたし、≪遠望≫のスキルやアイテム【双眼鏡】を使えば見張りに気づかれることなく此方を観察できる。そうなれば情報収集されていないとは限らない。

 

「…………面倒だな」

 

 触らぬ神に祟りなしと言うが、嵐はこちらが無関心でも容赦なく襲ってくるものだ。ならば、相応の対策を取って嵐の被害を抑える以外にない。

 オレは2歩先を行くディアベルとシノンの背中を見て、唇を真一文字にする。

 2人は、これからオレがする事を許してくれるだろうか? 軽蔑しないでくれるだろうか? 仮に話せば、協力してくれるだろうか?

 オレにその勇気はない。今までそうだったし、これからもそうだ。嫌われるのは構わないし、憎まれるのだって良い。だが、能動的にそうしたいとは思わない。どうせなら受動的にだ。

 

「あー、悪ぃな。オレ用事思い出したから2人でイベントはやってくれ」

 

「ちょ、いきなり何を!?」

 

 面食らうシノンに、オレは手を合わせて頭を下げる。

 

「本当に悪い! いやさ、オレって元々DBOやってるのは友人の妹に誘われたからなんだよ。ソイツと待ち合わせしてたんだけど、合流する前にデスゲームが始まって、それで逸れたままなんだ。だからさ、1度待ち合わせ場所に待っておきたいんだ。いないにしてもヒントや目撃情報はあるかもしれないしな」

 

 嘘を隠すなら真実の中だ。オレは事実として『彼女』の頼み(という名の命令)でDBOにログインした。ディアベルもオレが『首なしの牛』で人を待っていたと知っている。今のオレの発言は、オレが終わりつつある街に来てセンチメンタルになっているって事で納得してもらえるギリギリのラインのはずだ。

 シノンは訝しんでいるようだが、ディアベルは腰に手をやり、力強く頷く。

 

「分かった。イベントは俺とシノンでクリアする」

 

「ディアベル! 勝手に何を言ってるのよ!? 足並みも揃えられないなら、私はこのパーティを解散する! 元々ソロでやっていくつもりだったしね!」

 

 怒りを滲ませて訴えるシノンは、明らかにオレへの懐疑がある。嘘は完璧のはずだが、やっぱりタイミングがまずかったな。

 

「シノン。俺たちは軍隊じゃない。訓練された兵士でもない。確かに団体行動を乱す自分勝手な主張は間違ってるけど、俺はクーの意見を人間として尊重したいんだ。彼はデスゲームが始まってすぐにオレ達の為に動いてくれた。だからこそ友人の妹さんを探せなかった。俺たちに彼を止める権利はないさ」

 

 胸が痛い。せめて表情に出ないようにオレは気張る。感情をオーバーに表現する仮想空間では、感情を表情に出さないというのは一苦労だ。ただし、SAOに比べれば幾分か融通が利くのは、このゲームがいかに『嘘』を武器として運用できるかを説いてるようだった。

 シノンは何か言いたそうな顔をしていたが、ディアベルに反論できない様子だった。さすがの彼女もオレに恩を感じてくれているらしい。まあ、じゃないとこの気が強そうな娘さんがオレ達と組んでるわけないか。

 

「……分かった。ただし、貴方が仮に何処かの誰かに殺られても、私は仇討ちなんかしない。死んでも単独行動をした自業自得よ」

 

「サンキューな」

 

 折れてくれたシノンにオレは頭を下げる。その様子を彼女は何故か驚いたようだった。オレがそんなに感謝を表明するのが意外かよ。

 ディアベルに手を振られながら見送られ、オレは2人の視界から自分が完全に消えた頃合いに、適当な路地裏に入る。

 腐敗しつつある死肉を貪るドブネズミ、まだ真新しい血痕、もはや死人同然の病人。他のプレイヤーがいない、生理的嫌悪感に満ちた路地裏の横幅はせいぜい3メートルだろう。こんな場所で挟み撃ちで奇襲されれば、まず助からないだろう。

 オレはあえて怯えたような足取りで、それも早足で進む。まるで『危険だと分かりつつも近道を通る臆病者』のように。そして、あえて≪気配遮断≫スキルを発動させる。

 餌はオレ自身だ。釣り針にひっかかるか、それも見抜いて今日のところは息を潜めるか……。

 途端にオレはソードスキルが発動した時に鳴る独特の良く響く音と共に背後から衝撃を受け、前方へと吹き飛ばされる。だが、事前に身構えていたオレは全身を叩き付けるよりも先に手をついてバランスを取り、軽やかに着地する。現実世界のオレには無理な、仮想世界だからこそ可能なアクロバティックな動きに、背後から奇襲を成功したはずの糞野郎の顔は『驚愕』という単語が貼り付いていた。

 それもそのはずだ。背後から得物の【バトルアックス】を思いっきり叩き付けたにも関わらず、オレのHPは大して減ってなかったからだ。恐らくソードスキルを使用したにも関わらずだ。

 

「コイツ……!」

 

 スキンヘッドで、いかにも悪党面をした襲撃者の狼狽を見逃すつもりはない。オレは一気に間合いを詰める。奴はすぐに我に返り、バトルアックスで応戦しようとするも、その動きは素人以下だ。

 とりあえず1発顎に膝蹴りをお見舞いする。STRもDEXも突出しておらず、≪格闘≫のスキルも持っていないオレの蹴りではダメージは雀の涙だ。だが、それでも比較的軽装のスキンヘッドのHPは相応に減るだろうと見込んでいたが、思いの外に削れない。

 考え得る事は1つ。コイツのレベルが高いか、VITに初期ポイントを多めに振ってHP強化型にしているのかのどちらかだ。

 

「こんの! ちょこまかしやがって!」

 

 力任せのバトルアックスなど恐れるに足らない。そもそも≪戦斧≫や≪戦槌≫はタイミングが命だ。闇雲に振るっては、戦い慣れていない素人はともかく、ある程度の戦闘経験を積んだプレイヤーならば見切るのは容易い。

 そうこうしている内に背後から駆ける音が聞こえた。チラリと後ろを確認すると、フード付きのマントを被った長槍持ちが接近している。あの槍は骸骨戦士が使っていたものだ。恐らくドロップ品だろう。

 ソードスキルの発動音と共に槍持ちマントが俺に攻撃を仕掛けてくる。≪槍≫の単発ソードスキル『ソニックファング』だ。突進技で、命中すれば軽装かつVITに余り振っていないオレのHPは一気にレッドゾーンまで減るだろう。

 だが、やはりコイツらは戦い慣れていない。骸骨戦士の槍を持っている事から槍持ちマントは相応の技術を持っているかと思ったが、馬鹿でもできるソードスキルでの突撃など芸がない。

 オレはスキンヘッドのバトルアックスの上段攻撃を回避し、地面に肉厚の刃がめり込んだ事を確認するとそれを足場にして跳び、スキンヘッドの頭に手を置き支点にしてその背後に1回転して移動する。

 

「なっ!?」

 

「うぉ!? ちょ、ま……っ!」

 

 オレの動きについて来れなかった2人が声を上げるが、もう遅い。1度発動したソードスキルは止まらない。突進系や連発系は特にそうだ。

 槍持ちマントの長槍はオレではなくスキンヘッドを貫く。かなり強化されていたらしい骸骨戦士の槍はソードスキルによるブーストも相まって、スキンヘッドのHPを一気に8割近く消滅させる。

 間髪を容れずにオレは背中に仕込んでいた愛用のウォーピックを装備状態にする。オレの防具はボロボロとはいえコートだ。武器を隠すのは容易い。シノンたちと別れたあと、すぐにオレはウォーピックを背中に差し込んで、即席の鎧にした。

 まあ、今にして思えばウォーピックでカバーできる部分は少ないし、1点集中の槍で攻撃されたら危うかったのだが、まあ、その時はその時だ。

 

「す、すまない! こんなつもりじゃ……っ」

 

「良いから早く抜け、馬鹿野郎! か、かか、貫通ダメージが!」

 

 どうやらスキンヘッドの心配は槍の貫通ダメージらしい。本格的にアホだな。

 オレは無言でウォーピックを振るう。狙うのは槍で貫かれ、身動きが取れていないスキンヘッドの頭部だ。頭部はクリティカル率が高く、オレの狙い通りクリティカルヒットとなり、ソードスキルも発動していない横振りでスキンヘッドのHPを全て刈り取る。

 信じられない。そんな表情で振り向いたスキンヘッドは何かしら叫んだが、それが言葉を成すよりも先に光となって砕けた。赤黒い光はまるで血のように残留し、オレと槍持ちマントの間でねっとりと漂う。

 

「良いご身分だな。PKでレベル上げとアイテム強奪か? その槍は戦利品だろうなぁ……。かなり強化されてるみたいだし、多分マックスの+6だな。そいつを鍛えたプレイヤーは正真正銘このデスゲームで勝ち残れる素質があっただろうさ」

 

「ひっ! ち、違う! これは……これは拾ったんだ! そう! 道端に落ちてたんだよ!」

 

 今時小学生のガキでも、もっと気の利いた言い訳をするものだ。明らかに戦意を喪失している槍持ちマントだが、武器を捨てないところを見ると、何かしら逆転の秘策があるのかもしれない。

 だったら殺る。獲物の前で舌なめずりも悪くないが、オレは短気な方だ。1歩で間合いを詰め、槍持ちマントが反応するよりも先に槍の穂先が届かぬ近距離接近戦に持ち込む。

 足払いし、転倒した槍持ちマントの上に乗ると、オレはその首を腕でがっちりロックし、一気に絞める。

 仮想世界でも窒息死は存在する。息苦しさはないが、60秒間呼吸が阻害されていると見なされるとスタミナの回復が停止し、以後は1秒ごとにHPが0.5パーセント減少する。これはシノンがベータテスターとして持っていた貴重な情報の1つだ。

 槍持ちマントのHPはフルだ。つまり、このまま絞め続ければ260秒で死ぬ。じわじわと、文字通り嬲り殺しだ。

 

「よく聞けよ? お前は今から死ぬ。だがな、その前にチャンスをやるよ。このままゆっくりと絞め殺されるか、それとも持ってる情報を全部吐いて楽に死ぬか。オレなら前者を選んで仲間が助けに来る希望に縋るが、お前はどっちだ?」

 

 本当にオレは慈悲深い。わざわざ死に方を選ばせてやっているんだ。コイツはスキンヘッドと違ってラッキーボーイだ。

 幸いにもオレのSTRでも、背中に馬乗りになればボーナスが付いて槍持ちマントに振るい落される心配はない。コイツは完全に死に体だ。

 

「そもそもさ、PKで簡単にレベル上げちゃった奴が強いわけねーだろ? ソードスキル頼りの奇襲なんざ、『本物』には及ばない糞以下だ。PoHが見たら情けなくて泣いちまうぜ」

 

「お、お前……まさか、SAO生還者……リターナー!?」

 

「なんだ? オレ達ってそんな風に呼ばれてるのかよ。ヤベェ。ちょっと気にいった。感謝を表明してプレゼントだ」

 

 オレは腕の力を抜かないまま、その耳に歯を立てる。そのまま顎に力を入れ、思いっきり食い千切った。

 幸いにもここは仮想空間だ。痛みを感じる事はないだろうが、欠損の不快感はあの狂人の事だから痛覚以上のものだろう。

 

「ぎぃあああああああああああああああああ!? 耳、俺の耳、耳がぁあああ!?」

 

 その証拠に槍持ちマントは暴れ回り、オレを剥がそうとする。だが、その程度の抵抗は無意味だ。

 オレはわざとコイツの耳元で咀嚼音を響かせる。その度にオレを振り落とそうともがくが、一切力を緩める気はない。

 

「良かったな。10秒くらいは死ぬまでの時間が短くなったぞ。笑えよ。ほら、ニンマリと笑えよ。嬉しいんだろ? 泣きたい程嬉しいんだろ?」

 

「助けてくれ! 初めてなんだ! 今まで誰も殺してない! ほ、本当だ! 出来心なんだ!」

 

「だからさ、もっとマシな言い訳考えつかないのかよ? そんなテンプレ大正時代レベルだぞ。今は令和だ、令和」

 

 ついに槍持ちマントのHPが3割を切る。イエローカラーになり、小さく点滅するコイツのHPバーをオレは物でも見るように眺める。

 これはコイツの命だ。これが全て無くなれば、コイツは呆気なく死ぬ。あのスキンヘッドと同じだ。

 そうだ。既にオレは殺した。1人の命を……デスゲーム開始から1ヶ月も経たずして奪った。

 呆気ない。吐き気がする。自己嫌悪も生まれないオレの心は、あの狂人と同レベルだ。元より情報を引き出そうなどと思わず、オレはコイツを殺す以外の選択肢を排除している。

 だが、それで良い。殺ろうとした以上は殺られる覚悟があるはずだ。ならば骨の髄までしゃぶらせて貰うとしよう。

 

 

「そこまでよ。彼を解放して」

 

 

 だが、槍持ちマントのHPがレッドゾーン間近になった瞬間、オレの首筋に触れる冷たい金属の肌触りと共に馴染みのある声が聞こえた。

 ゆっくりとオレは頭だけを動かして振り返る。そこには、まるで何かを哀れむような、そんな目をした無表情のシノンがオレの首に短剣の刃を突き付けて立っていた。

 何でシノンがここにいる? ああ、そうか。オレを怪しんで後を追ってきたってわけか。この辺りを探し回ったんだろうな。

 

「悪いが、その気はねーよ。コイツらはPK常習犯だ。ここで始末する」

 

「彼に抵抗はもうできない。このゲームはどんな犯罪も黙認されている代わりに、必ず相応の報いを受けさせるシステムがあるはず。貴方という戦力を、そんな形で失いたくない。少なくともパーティを組んでる内は」

 

「だったらオレを外せば良いだろう? どうせソロでやっていくつもりなんだからさ」

 

「勝率の話よ。北のダンジョンはソロでも攻略できる。私ならできる。でも、より確実性があるのはSAO生還者である貴方を戦力として保有する事だって事くらい理解できる」

 

「オレがコイツを殺せば多量の経験値が入る。パーティを組んでるお前らにも、もう1人分は分配されたはずだ。もう1人殺せば、更に経験値が手に入る。コルもだ。そうすればシノンが欲してる『強さ』が手に入る。違うか?」

 

「私が求めてる『強さ』は……そんな『強さ』じゃない。こんなクズから奪って得られる『強さ』じゃない」

 

「……そっか」

 

 搾り出すようなシノンの宣言に偽りはないのだろう。オレは溜息を吐き、腕を僅かに緩める。拘束は説かないが、窒息状態は解除された。もう槍持ちマントのHPが減る事はない。

 安堵したようにシノンは短剣を下ろす。その表情には今までにない疲労感があった。下手すれば茅場の後継者が行ったデスゲーム開始宣言以上だ。

 

「コイツはどうする? このまま無罪放免か?」

 

「この終わりつつある街には犯罪者を収容する【バランドマ侯爵の地下牢】がある。そこに放り込む。PK程じゃないけど経験値が貰えるし、報奨金も貰えるわ。ソイツのレベルと犯した罪の重さに応じた分だけね」

 

 路上に吐き捨てられたガムでも見るような、不愉快さをこれでもかと前面に出したシノンの眼光に槍持ちマントは震え上がる。まあ、その気持ちは分かる。オレも仮想世界じゃなければ股間が濡れてたかもしれない。

 

 交渉成立だ。オレは完全に拘束を解く。同時に入れ替わったシノンが手早くアイテムストレージから出した鎖で槍持ちマントの腕を拘束する。

 

「いつの間に鎖なんか……」

 

「……DBOには倫理コードがない以上、女が男2人と一緒に寝るなんて危険極まりない事くらい自覚しているつもり。もしもの時の拘束用よ。もちろんディアベルは知ってたけどね」

 

 つまりオレには教えなかった、と。そこまで信用されてないのかよ。いや、確かにオープンスケベで、女子相手には適切じゃない発言もしたが、世の中はムッツリスケベの方が危険な場合が多々あってだな……。

 拘束された槍持ちマントを立たせたシノンは、小さく笑む。今までにない、安堵した吐息も漏れた。

 

「ありがとう」

 

「なんだよ、急に。そういうの何て言うか知ってるか?『藪から蛇に』だ」

 

「それを言うなら『藪から棒に』でしょ? わざと言ってるんでしょうけど訂正しておく。ともかく、ありがとう。貴方に助けられたのは2回目ね。私たちを守る為に……その為に人殺しをした事くらい直ぐに分かる。不快だろうけど、素直に感謝は受け取ってもらえるとありがたいわ」

 

 そんなつもりはない、と言えば嘘になる。正直釣れると思ってたのは、あの赤毛ウェーブの女だ。アレは間違いなく『殺し』の手練れだ。今の内に始末しなければ、いずれオレ達に……いや、オレに火の粉が降り注ぐと分かっていた。

 だが、実際にはド素人が2人。背後からの奇襲と挟み撃ちしか能がない連中だった。今回の『釣り』は失敗だ。

 

「ほら、さっさと行くわよ!」

 

 拘束された槍持ちマントの背中を蹴って歩かせるシノンは逞しい。

 オレは苦笑いしながら、その後ろを追う。待っているだろうディアベルに、多量の経験値が入った理由をどう説明したものかと考えながら。

 

 

Δ  Δ  Δ

 

 

 彼女は見ていた。

 路地裏を見渡す事が出来る、建物の屋上にて、その全てを見ていた。

 駒2つを失ったのは痛手だが、補充が利かない訳ではない。あの程度の弱小の駒は幾らでも集められる。その為の美貌と話術、そして実力が彼女には備わっている。

 

「データ取得完了。いかがでしょうか?」

 

 彼女は男を魅了する谷間から赤黒い直方体の結晶物を取り出すと、呪文らしきものを小声で唱えてから話しかける。内部は液体なのか、結晶物は鼓動するように気泡を立たせた。

 

『う~ん。正直雑魚過ぎてモニターしている甲斐がなかったかな』

 

「申し訳ありません。さすがにまだプレイヤー側も十分に成長していないので、駒の性能が悪いのも致し方ないかと。ですがご安心ください。既に使える者は見出してあります。幾人かの勧誘はまだですが、中には成長性はあの【黒の剣士】にも劣らない者もいます」

 

 良い報告ではない。彼女は少なからず『雇用主』の叱責があると覚悟していたが、思いの外に上機嫌のようだ。いや、元より『雇用主』はこの状況全てを楽しんでいる。彼にとってプレイヤー達はまだ舞台に上がってすらいない。故に早く幕が上がる事を心待ちにしているのだ。

 言うなれば、今はまだオーディションの段階だ。プレイヤーとしての純粋な強さと【人の持つ意思の力】を宿す【可能性】だけが生き残っていく。

 そして、彼女の仕事はその【可能性】候補を探り出す事だ。決して楽ではないが、相応の対価が得られる割の良い仕事だった。

 

「あの2人とも【可能性】である事に疑いはありません。クゥリとシノン、あの2人のプレイヤーはダークライダーを退けています。早急に始末した方がよろしいかと」

 

『狙い撃ちかい? 悪いけど、ゲームを破綻させる気はないよ。それにあのダークライダーは所詮性能を落としたレプリカだ。まあ、レプリカとは言え自分を倒した彼らにオリジナルはやる気を出しているみたいだけどね。どうしたものかねぇ……』

 

「も、申し訳ありませんでした。差し出がましい事を! お許しください!」

 

 焦りが彼女に滲む。『雇用主』は気まぐれだ。『彼ら』ならばともかく、自分程度の『駒』が意見を述べれば、その先に待っているのは無限に続く苦しみを与える拷問だ。

 だが、幸いにも『雇用主』の琴線には触れなかったらしい。追求する様子もない『雇用主』に彼女は安堵する。

 

「引き続きデータ収集を遂行します。次はどのように?」

 

『【黒の剣士】と【竜の聖女】の探索を並行して頼むよ。どうにも彼らのバックには茅場さんがいるみたいだ。ボクの方では現在位置を検索できないんだよ。さすが茅場さんだ。飛車と角はしっかり確保しているねぇ』

 

「……【黒の剣士】の妹はどうしますか? 血縁者ならば兄と同様に【可能性】の1人ではないかと思いますが」

 

『監視優先で頼むよ。殺しちゃダメダメ♪ さすがに妹のピンチなら【黒の剣士】も出張らないといけないだろうしね。いつでも捕らえられるように見張っててね』

 

「畏まりました」

 

 殺しは無しという事に彼女は何処か残念そうに目を細めた。彼女には【黒の剣士】には借りがある。それを血縁者に少しでも返して、あの澄ました顔を絶望で歪ませたかったのだが、どうやらそれはお預けのようだと、彼女は内心の欲求を抑え込んだ。

 

『……しかし、あれが悪名高い【渡り鳥】か。ボクを真っ向から睨んでたからリターナーだとは思ってたけど、まさかあんな可愛らしい男の娘とはねぇ。本当に神様は気まぐれだよ。くれぐれも彼には手出ししないようにね。駒は駒でもキミは替えが利き辛い駒なんだからさ』

 

「分かってます。あの『PKK専門』と呼ばれた対人戦のプロフェッショナルに挑むほど過信はしてません」

 

 だが、同時に彼は最も勧誘に値する人材でもある、と彼女は口惜しく思う。

 SAOで最強のプレイヤーと言えば【黒の剣士】かヒースクリフだろう。最凶のプレイヤーならば満場一致でPoHに違いない。最恐は【閃光】あたりが最有力候補として挙げられるのではないだろうか?

 だが、最狂ならば【渡り鳥】だと彼女は確信する。突出した才能も、知略も、悪意もない。だが、あの小柄な体に押し込められた狂気と執念は『雇用主』にも匹敵するだろう。

 場合によっては【黒の剣士】と同等の脅威に成り得る。彼女はそれを念頭に入れて行動すべきだと自身に言い聞かせた。

 

『じゃあ、次は良い報告を待ってるよ。それと「アレ」が始まったら上手く逃げてね。「アレ」は無差別イベントだからさ』

 

「お気遣い痛み入ります。では」

 

 通信を切った彼女は連行された駒も後で始末せねばならないと嘆息する。会った時は仮面を被っていたし、自分の情報は【粗悪な白濁粉】で意識が朦朧とさせていた以上漏れる心配はないが、念には念を入れる必要がある。

 これから忙しくなる。彼女は結晶を谷間に仕舞うと、軽やかに屋上から跳び下り、雑踏の中へと消えた。

 




初のオリ主活躍回でした。
基本的に苦戦してばかりですが、活躍する時は活躍させたいと思います。
ただし、その方向性は必ずしも名声を高めるようなものばかりではない予定です。

どうか生温かくその成長(?)を見守っていただけると幸いです。


それでは、第9話でお会いしましょう。


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