やさぐれ公務員(物理特化)の彼の1日を書きたいと思います。
今回のエピソードの特徴として、『全て同じ1日』という点があります。なので、1人の視点では曖昧だったりした事が、他の視点からだと判明します。
泉の水面に映されるのは満天の星であり、月無き夜空を彩るのは夏の終わりに相応しい蜩の演奏だ。
子どもだけの秘密の場所。大人は知らない聖域。開発の手を免れた理想郷。呼び名は様々だが、その場所は2人だけに許された、文明から切り離された世界だった。
知れば大人たちは観光地として利用するだろう。この地を満たす神秘は薄れ、真なる価値は永遠に失われるだろう。
『ねぇ、××は10年後はイメージできる?』
泉の水が跳ねて星の光と踊り、少女は水の乙女のように舞う。笑いながら、ショートカットの髪を揺らし、少女は彼に問う。
『10年経てば全てが変わる。あなたも私も大人になって、どんな風に生きているんだろうね。15年後は結婚して子供がいるのかな? 20年後には社会と家族に疲れた、くたびれた退屈な人間になってるかも』
『生きてないかもしれない。事故、病気、自殺、他殺……死は常に突然だ』
『本当に夢の無い男ね。相変わらずだけど、××らしいかも』
呆れた少女は少年に手を伸ばす。彼はその手を取り、澄んだ水面に足を入れ、波紋を起こして世界を揺らす。
彼は踊らない。少女も踊らない。彼らは見つめ合い、まるで約束を交わすように夜空を見上げる。
分かり易く言えば腐れ縁、好意的に言い換えれば幼馴染。それが××と彼女との関係だった。
『私がいる限り、あなたは道を間違えない。私がずっと傍にいてあげる。××、忘れないで。あなたは――』
あの言葉の続きは何だっただろうか? 時の流れはいつしか大切な時間さえも褪せさせる。
いいや、違う。少年はいつしか青年に、そして銃を握りしめる血塗れの男へと変貌する。彼の周囲には夥しい数の死体が浮かび、澄んだ水は赤黒い血と肉が混ざり合った泥へと変質する。夜空は戦果で焼け爛れ、まるで黄身が破裂して中身が飛び出したような満月が腐った月光を撒き散らす。
望んだ道だ。選択した生き方だ。そこに一片の迷いもなく、後悔もなく、あるのは幼き自分が想像もしなかった『未来』だ。
「夢の正体は今以って解明されていないが、茅場晶彦によればVR技術の根幹は人間に『夢』を見せる事にあるらしい。だとするならば、仮想世界でフルダイブしながら眠って脳が見る『夢』は、限りなく質感と伴った仮想現実と言えるだろう」
確認するように彼は一呼吸入れながら自身に状態を説明する。最近は夢を見る機会が増えた。これは間違いなくフルダイブ状態が及ぼす脳への弊害だ。故に覚醒の方法は分かっている。
彼は自身のこめかみに銃口を向ける。トリガーを引けば脳漿が飛び散り、彼の意識は仮想現実へと戻るだろう。この蹂躙され尽くされた記憶と意識の残骸が生み出した『夢』の世界から旅立てる。
『本当に変わらないね、××』
だが、トリガーの指に力を込めた彼を呼び止めたのは、血と肉の泥から這い上がってきた、銃弾で穿たれた喉の穴から血を流すショートカットの髪をした少女だ。その目からは血の涙を流し、哀れむ眼は彼の記憶に埋もれた痛みを呼び覚ます。
『あなたは撃てる人間。自分の為に。仲間の為に。大義の為に。国の為に。組織の為に。民間人の為に。戦友の為に。家族の為に。故郷の為に。権力の為に。政治の為に。金の為に。死を望む者の為に。善悪の基準なく撃つべき時に撃てる。それがあなた』
「よく分かっているじゃないか。さすがは腐れ縁だ。だったら、次に私が何をするのかも分かるだろう?」
懐から煙草を取り出して火を点す。現実世界でしか吸えない銘柄は記憶がもたらした再現だろうか。濃厚な煙を体内に充満させ、彼は味わうように舌を紫煙で汚しながら副流煙を吐く。
「失せろ、亡霊」
躊躇なく、1秒の、コンマの、刹那の抵抗もなく、彼は切ない記憶の中にある姿をした少女の眉間を撃ち抜く。血と脳細胞を散らす彼女へ、更に1発、2発、3発と、心臓、肝臓、延髄と人体急所を狙って撃ち込む。
銃弾を受けて倒れた少女は、奇怪に腕と足を動かし、まるで逆再生されるかのように立ち上がる。新たに加えられた4つの銃口から赤黒い液体を流しながら、少女は口を裂くようにして笑う。彼を嗤う。
『あははは! ××ったら本当は嬉しいくせに。撃って追い払えても、あなたに私は殺せない。あなたの記憶にこびり付いた『腐れ縁』で、『幼馴染』で、『初恋』がわ・た・し。あなたの記憶に残った亡霊。あなたが再会を望んで止まない罪の象徴。今まで殺した有象無象とは違うのは明白でしょう?』
「罪悪感とは、人類が培った道徳と遺伝子に刻まれた『人間性』によって引き起こされる精神的拒絶反応に過ぎない。お前を追い払い続ければ、いずれ褪せた記憶の中で炭化し、風化し、ミイラのように干乾びさせる事ができる。人が『忘れる』生き物である限り」
『100点満点。さすがは理性で殺せる人ね。だから好きよ、××。でも……あなたは私を受け入れてくれなかった。友人のままでいることを望んだ。私が諦められないと分かっていたくせに。あなたに依存するのが私。自立して生きていけるのがあなた。あなたは私を中途半端に見捨てなかった。受け入れていれば、あなたは現実の『私』を殺さないで済んだかもしれない。1人の愛する人を受け止められなかった臆病な自分。それこそがあなたの本当の罪悪感の正体』
べらべらとプライベートを明かす亡霊だ。いい加減に苛立った彼は煙草を放り捨て、少女の胸を蹴飛ばし、そのまま踏みつけて口内に銃口を押し込んだ。
「しばらく黙りたまえ」
放たれた銃弾は彼が望んだとおりに少女に沈黙をもたらす。彼は厄介な存在だと自らの記憶に恨めしそうに溜め息を吹きつける。そして、今度こそ自分の頭を撃ち抜いた。
望んだとおりの覚醒がもたらされ、彼は一晩を過ごした縦穴から這い出る。ほとんど地面と見分けがつかなように巧妙に偽装されており、傍からみれば急に地面が蓋のように開いて人間が顔を覗かせたように見えただろう。
暗闇の穴から抜け出しても太陽の光は無い。あるのは渦巻く灰色の空であり、そびえるのは赤錆びた鉄の樹木である。まるで夜が明けたばかりのように薄暗いが、これでも
【灰玉座の王マスタングの記憶】では光量が十二分にある部類だ。
「5回眠ったら1度は見るか。『夢』の頻度が増えてきたな。やはりVR空間に居過ぎた弊害か、それとも……」
いや、どうでも良い事だ。彼は……ジャック・スミスは頭を切り替える。仮に茅場の後継者が何かしら『仕掛け』を施しているとしても、今更トラウマと向き合わされたところでスミスの精神は削れたりしない。既に去った過去として消化したものである。この程度で揺らぐ程に彼の心は未熟ではない。
縦穴を掘るのに用いた【鉄製スコップ】を使用して穴を埋め、擬装用の【迷彩の芝生】を回収する。
時刻は午前8時だ。寝過ぎではない。昨晩も眠りについたのは明け方前の午前4時だ。
赤錆びた樹木が並ぶ森、【気配遮断】スキルを用いて索敵に注意しつつ、隠密ボーナスが付く【マーレフト社製22式迷彩マント】を活かして、森に住まうモンスターの目を逃れる。
休眠していた縦穴から300メートルほどの地点、森の終わりを示すような崖、そこで身を伏せたスミスは双眼鏡を覗き込んで崖下の光景を視認する。
それは空の灰色とは異なる、鈍色の盆地だ。マスタングの記憶でも有数の鉱山ダンジョンである。元々はマスタング王の所有地なのであるが、【灰色王の晩餐会】というイベントをこなす事によって解放される。現在は聖剣騎士団が占有しており、1級品の武具や防具を開発・強化・改造するのに重要なマスグラフ鋼に不可欠なマスグラフ鉱石をほぼ独占している、聖剣騎士団の重要地でもある。
マスグラフ鉱石はレア素材であり、現在の最前線ステージの採掘でも1日掘り続けて1個入手できるか否かである。商人NPCも扱っておらず、せいぜい1部のイベントで初回クリア報酬として1個か2個得られる程度だ。
だが、このマスタング王の鉱山はマスグラフ鉱石が毎日のように多量に採掘されている。更に聖剣騎士団は多額の投資をして、マスグラフ鉱石を精錬してマスグラフ鋼にする精錬施設も建造した。
今回の依頼主はクラウドアース、内容は聖剣騎士団保有のマスタング王の鉱山の襲撃だ。配備されたギルドNPCを壊滅させ、精錬設備及び貯蔵庫を破壊する事にある。マスグラフ鋼及びマスグラフ鉱石の強奪は含まれていない。
配備されているギルドNPCは37名。内の25名は採掘用であり、残りの12名が戦闘用である。戦闘用はレベル30前後の高性能型だ。AIのロジックパターンは柔軟性に富んでいる。下手に対人戦闘経験が浅いプレイヤーよりも何倍も厄介だ。何よりも彼らにはデスゲームという認識が無いため、『殺し』に躊躇が無い。NPCであるが故の強みだ。
12名の内の8名は鈍い鉄色をした全身甲冑を装備している。片手剣と盾、それに【黒樹のクロスボウ】を中距離特化の改造が施されたクロスボウを装備している。オートリロード機構付きであり、装填されているのは鋼のボルトだ。他4名は同じく甲冑姿なのだが、極めて火力の高い大弓装備である。地面にアンカーを突き刺さねばならないという制約があるが、放たれる大矢は弓矢のカテゴリーとは思えない威力を引き出す。サブウェポンとして曲剣も装備している為、接近戦にも対応できる。
戦闘用12名のギルドNPCにかけられたコストは、とてもソロのスミスでは賄いきれないだろう。だが、真に恐れるべきはギルドNPCではない。
ゴーレム。多くの制約がある代わりに戦力としてネームド級の活躍を期待する事が出来る存在だ。オペレーションを組む事によって、その通りの攻撃・防御・回避を行い、プレイヤー用アバターの制約を超えた、モンスターとしての動きを実現する。
コストは過剰であるが、その存在は能力の低い傭兵を次々と葬り、傭兵達に『洗礼』を施した。この洗礼を生き抜いた者だけが今や戦闘主軸の傭兵として一流を保っているのである。
マスタング王の鉱山に配備されたゴーレムはグレイ・スパイダーだ。NPCの市販物であり、現行での1級品である。単価は60万コルと『お手頃』であるが、カスタマイズのし易さが売りであり、全長8メートルにも至る巨大な金属の蜘蛛はスミスの記憶にあるカタログとは幾らか異なる外観である。
まずは装甲。灰色の金属表面である事には変わりないが、全体的に分厚くなり、また関節などには黒い金属に変更されてある。また、背中には緑色に光る突起物が幾つか備わっている。【射撃防衛システム】の類に違いない。
(機動性を殺して防御力を取ったか。拠点防衛と割り切れば良い判断だ。遠距離射撃対策も万全だな。格闘戦用に脚部先端には物理ブレード、正面と後部にはガトリングガンが2門ずつか。中距離は背部の2門のキャノン砲で対応。それにあれは……【浮遊機雷ポッド】か? 張り付き対策は万全というわけか)
初期武装のミサイルポッドはオミットされている。自動追尾の【ASミサイル】に切り替えられていたら厄介だったが、近接対策を重視して浮遊機雷ポッドに変更されているのもまた敵ながら良いチョイスである、とスミスは嬉しそうに口元を歪める。
(物理防御に重点を置き過ぎている。ならば『あれ』を使うか? いや、まだ温存すべきだな。レーザーブレードで十分だろう。いかに高火力であろうとも、優れたオペレーションは簡単にはそう完成しない)
ゴーレム1体撃破につきボーナスの上乗せだ。狙わないのは阿呆である。ただでさえ弾薬費で報酬は減額なのだ。積極的にボーナスは物にするのがスミスの方針である。
(しかし、やはりクラウドアースの依頼は報酬が良い上に情報精度が高くて助かるな。あの仲介人さえ変更してくれれば……いや、止そう。金払いが良い以上の高望みは私には不要だな)
それに今回は協働依頼でありながら、単身依頼とほぼ同額が保障されている。文句の付けようもないのだ。
特に協働相手は現在傭兵で最強の1人、あのUNKNOWNと互角ではないかと噂され、間もなく発表されるだろう傭兵ランクでランク1をUNKNOWNと争う事は確実視されている男である。スミスとしても、これ程に気楽で稼ぎの良い依頼は喜ぶ以外の表現は無い。
「午前10時ジャストだ。傭兵は時間厳守。さすがだね」
考えを巡らせている内に背後に感じてスミスは立ち上がる。
威風堂々。表現するならば、それこそが最も相応しいだろう。炎のような髪を剣山のように立てた、180センチ以上……190センチにも至るだろう長身とそれに相応しい隆々とした筋肉。猛禽類を彷彿させる鋭い顔立ちはそれなりに整っているからこそ威圧感が増している。まさしく『英雄』と呼ばれる風格の持ち主である。
全身に装備するのは鈍い赤色の鎧だ。兜は装備していないが、一目でレアアイテムと分かる金色の菱形のピアスが耳たぶからぶら下がっている。背中に背負うのは肉厚の刀身を持つ大剣が1本。カテゴリーは≪両手剣≫だろうが、恐らくは最重量級である事は間違いなく、特大剣とも見劣りしない。
「久しいね、ユージーン君。キミとこうして仲間として戦場に再会できた事を喜ぶべきかな?」
「貴様が協働相手ならば、鬼に金棒と言ったところか。当てにしているぞ、スミス」
クラウドアースがパートナー契約を結ぶ『最強の傭兵』と名高いユージーン。彼こそが協働相手である。
双眼鏡をアイテムストレージから出したユージーンは片膝をつき、軽く鉱山を見回す。彼は猪突猛進の戦士ではない事はスミスも理解している。クラウドアースからはスミス以上に詳細な情報を得ているとしても、戦場を確認もせずに突撃するような蛮勇ではない。
「潜入工作は無理だな。まずはあらゆる通信を封じる【ベルカの護符】をばら撒く。戦闘しつつ、片方が管理者として赴任している2名のプレイヤーを捕縛し、片方が囮をしつつ戦力を削る。これがオレのプランだ。貴様はどうだ?」
「概ね同じだが、1つ味付けしよう。あの精錬施設を破壊するのは骨が折れる。ここは敵の火力を利用しようじゃないか」
「ほう。悪くない策だ。良いだろう。捕縛は貴様に任せる。精錬施設はオレが何とかしよう」
方針は決まった。これ以上の無用な会話は不要だが、作戦の決行は午前10時半である。あと30分の猶予がある。スミスは仕事前に乾いた味気ないパンを齧って腹拵えを済まし、水筒の水を飲んで喉を潤す。
「1本吸うかい?」
煙草を差し出すスミスに、ユージーンは首を横に振る。
「仕事前には何も口にしない主義だ。動きが鈍る。たとえ煙草でもな」
ならば無理には勧めない。スミスは煙草の紫煙を漂わせながら、今回の依頼のクラウドアースの本気度が如何程の物だろうかと考える。
3大ギルドと呼ばれるが、他ギルドに比べて戦力が充実していないとされるのがクラウドアースだ。中堅ギルドによる連合体という事もあってか、明確にディアベルやサンライスといったリーダーを据えているのに対し、クラウドアースは連合加盟ギルドで選出された代表者による理事会が名目上の最高権力だ。理事長と目される人物もいるが、ほとんど表に出る事は無く、プレイヤー達からも熱狂的な支持は無い。
言うなればカリスマの不在。これはクラウドアースにとっての死活問題だ。これを解決したのがユージーンである。
パートナー契約を結んだユージーンはクラウドアースの重要依頼を次々とこなし、ボス戦でも多大な戦果を挙げる最強プレイヤーの1人だ。彼を有力な広告塔として利用する事によって不足した求心力を補っているのである。
……ここまでが一般的なクラウドアースに対する評価だ。だが、情報戦こそ命綱であると考えるスミスは、クラウドアースにある種の『異常さ』を覚えた。
そもそもギルドとは、VRMMORPGにおいてここまで高度化された組織になる事はまずあり得ない。大ギルドと言ってもせいぜい人数が多く、役割分担を幅広く行える程度である。
だが、今や大ギルドと言えば、複数の下部組織を持ち、武器や防具の開発・生産を行う工房を備え、資金力を生む市場を争い、鉱山や農場を保持し、まるで戦争でも行うかのように戦力を蓄積している、まさしく『組織』だ。
そして、デスゲーム開始から9ヶ月しか経っていない現状でこれ程の大組織が設立するには、必ず『カリスマ』と呼ばれる天性の人心掌握の才覚を備えた人物が必要不可欠なのである。
聖剣騎士団には腐敗コボルド王戦で伝説的な活躍を果たして名を広めたディアベルが、太陽の狩猟団には早期に規律ある部隊を率いて戦果を次々と挙げたトッププレイヤーであるサンライスがいる。もちろん、太陽の狩猟団には成長の裏にミュウという参謀がいたからこそという要素も大きいが、彼女が策を巡らす土壌とはサンライスという人物がいたからこそ完成したのだ。
だが、クラウドアースの場合は違う。水面下で協調路線を取っていた実力ある中堅ギルド同士が連合を組んだものだ。それぞれのギルドにリーダーこそいたが、彼らはディアベルやサンライスに比べれば余りにも名が知られていない。また、2大ギルドが……特にミュウを擁していた太陽の狩猟団が自分たちの存在を脅かす3番目の勢力の誕生を手をこまねいていたとは思えない。必ず連合を瓦解させる策を打っていたはずだ。
しかし、結果としてクラウドアースは磐石の備えで誕生し、瞬く間に3大ギルドの1角へと成長した。その陰には中堅ギルドを纏め上げたとされる理事会のトップに収まる1人のプレイヤーの存在があるとされている。
(ここ最近はクラウドアースがラスト・サンクチュアリと軋轢を深めている。いつでも切れるジョーカーとして対UNKNOWN戦を想定してユージーン君は温存したいはず。だからこそ、彼を出すには今回の依頼は難度が軽いのが気になるな)
とはいえ、彼も正式にクラウドアースのギルドメンバーではない。パートナー契約を結んでいる傭兵だ。ならば、『暇潰し』程度で今回の依頼を受けたという事だろうか。スミスは思考が生み出した様々な憶測を紫煙の中で遊ばせる。そうしている間に作戦開始時間が訪れた。
「互いに武運を。では、行くとしようか」
思考の時間は終わりだ。ここからは戦いの時間である。スミスは武装を装備する。
今回はヒートマシンガンの【Au-V-G37】とライフル【Au-B-A04】が主兵装である。後者は物理弾で安定したダメージを与えられるライフルでも単発火力が高いものであり、連射性能は劣るが、1発のダメージが期待できる。射撃反動を抑える改造も行っている為、安定性も高い。対して前者は物理属性が低い代わりに着弾時に火炎属性攻撃を解放する特殊弾を用いる事ができる。物理属性は低いが、射撃減衰が比較的緩く、物理防御特化にも有効な点である。ネーミングも合わせて現実のHEAT弾を参考にしたものだろうとスミスは考察している。
崖を飛び降りたスミスは先制攻撃で黒い火炎壺を5つ鎖で繋げた連鎖爆弾を投擲する。それは奇襲に反応したギルドNPCの1人に的中する。だが、さすがは甲冑装備といったところだろう。ダメージはそれなりに通ったが、スタンする事無く迎え撃とうとする。
その間に崖上から高いSTRを活かしてベルカの護符をユージーンが散布する。次々と地面に着弾し、黒い光の煙を立ち上げ、周囲一帯を通信不可にする。これで事態に気づいたプレイヤーがフレンドメールで外部に通信する事は出来なくなった。
まずは同時に3体のギルドNPCがスミスを包囲しようとする。だが、それを安易に許すスミスではない。振るわれる片手剣を余裕を持って回避し、左手のヒートマシンガンのトリガーを引く。放たれた特殊弾をギルドNPCは盾受けするが、着弾と同時に火炎属性が解放され、盾の上から削られる。その間に右手のライフルで的確に膝を撃ち抜いてバランスを崩させる。
跳躍し、トップアタックで頭上から特殊弾と弾丸の雨を浴びせ、まずは1人目を始末し、オーソドックスに盾を構えて距離を詰めようとする他2体、そして小高い見張り塔から大弓で狙うギルドNPCの目を欺くべく足下に煙幕爆弾を叩き付けて周囲一帯の視界を奪う。
その間に駆け付けたユージーンが事前に記憶した位置からギルドNPCを割り出して背後から一閃する。本来≪両手剣≫のカテゴリーは片手では使用できないのだが、ユージーンはスキル≪剛力≫を持っている為、両手仕様の両手剣を恒常的に片手で使用することができる。ただし、これは両手剣で≪片手剣≫のソードスキルが使えるわけではない事を留意せねばならない。
STRが高いユージーンの最重量級両手剣だ。その分厚い刀身を備えた【竜断の大剣】はドラゴン種にダメージボーナスが付くだけではなく、火力は軽量級特大剣にも匹敵する。それを威力は両手に比べて減少するとはいえ片手で振り回すのだ。その斬撃は暴風を生み、煙幕を吹き飛ばしながらギルドNPCを次々と始末する。
これならば援護は不要だろう。見張り塔から狙うギルドNPCにライフルを次々と着弾させてノックバックさせて落下させ、倒れたところに連鎖式黒い火炎壺を放り投げてダメージを与えつつ、管理者プレイヤー用の宿舎から飛び出してきた2人のプレイヤーへとライフルをお見舞いする。
「て、敵襲!? 傭兵か……っ!」
「駄目だ! フレンドメールが使えねーぞ!? どういう事だ!?」
それ以外に何がある? 拍子抜けする反応に、やはり今回の依頼はゴーレムを除けば難易度は高くないとスミスは判断する。普通の傭兵ならば戦力差を前にして怯むが、ここにいるのは百戦錬磨のスミスとユージーンだ。この程度の数の不利など意味を成さない。
レベルはそれなりに高いだろう事を見据えてライフルで先制した後、ヒートマシンガンでまずは右手を集中的に狙う。接近戦が主流、ましてや射撃戦などせいぜい弓矢か魔法程度しか積んでいないのだろう。射撃攻撃の回避のセオリーがまるで成っておらず、2人のプレイヤーは盾受けする。
ライフルで2人を固めつつ、ヒートマシンガンで足を狙う。中盾で防げるなど所詮は胸部などの重要な部分だ。『点』で狙ってくる≪銃器≫を相手にするならば、身を隠せる程の大盾か射線から逃れる為に動き回るのがデフォである。
(二流……いや、三流か。少数精鋭主義とはいえ、重要鉱山に配備された後援プレイヤーの質がこれとはな)
恐らく下部組織のプレイヤーだろうが、余りにもお粗末過ぎる。あっという間に2人のプレイヤーは両膝を焼かれ、立っていられなくなる。HPの高さが全てではない。欠損や出血、熱傷といったデバフは充実しているのだ。
「ちくしょぉおおお!」
自棄になった1人のプレイヤーが果敢に得物の戦槌を振り上げてスミスに突進する。だが、彼はそれを円運動で回り込んで逆にライフルでHPを削り取っていく。彼らは鎧装備である為にダメージは通り辛いが、それでも近中距離から放たれる単発重視のライフルだ。しかも使用されているのは高い火力が出せる【黒鉄の弾丸】である。反撃に出たプレイヤーのHPはイエローゾーンからレッドゾーンまで削られるのに時間はかからなかった。
後は戦意を奪い取って捕縛するだけだ。殺してしまえば楽なのであるが、余り聖剣騎士団を刺激する事をクラウドアースは望んでいない。まだ敵対ギルドのメンバーを『殺害』する程に、ギルド間抗争は激化していないとも言える。
だが、2人が白旗を上げるよりも先に、緊急事態と把握したゴーレム、グレイ・スパイダーが駆けつける。2人のプレイヤーは情けなく武器を捨てて身軽になって遠ざかり、1人になったスミスへとグレイスパイダーは背中の2門のキャノン砲で攻撃する。
豪速と共に放たれた砲弾は着弾と同時に周囲を吹き飛ばす。だが、スミスはすでに離脱しており、グレイ・スパイダーとの間合いをヒートマシンガンを放ちながら詰めていた。遮蔽物が無い以上純粋な機動力が勝負であり、自由度の高いガトリングガンでスミスを追撃するが、オペレーションが不十分なのか、偏差射撃がスミスのDEXに対応しきれておらず、常に後塵を撃つばかりである。
やはりミサイルをオミットしたのが仇になったな。スミスは内心でこのグレイ・スパイダーをアセンブルしたプレイヤーが≪銃器≫使用のプレイヤーをまるで想定していないだろう事を見抜く。
確かに物理防御は高い。ライフルの攻撃がまるで通らないのがその証拠だ。だが、面白いようにヒートマシンガンで与えられる火炎属性ダメージはHPを削る。そして、火炎属性のダメージは機械系の装甲を溶解させ、物理攻撃が通り易くする。次々と赤熱するグレイ・スパイダーを見るに、火炎属性対策も不十分のようだ。
レーザーブレードを使うまでも無い。赤熱した装甲を狙ってライフル攻撃を仕掛け、グレイ・スパイダーはライフルのオートリロード分を使い切る頃にポリゴンの光となって飛び散る。
「幾らハードが優れていても、搭載するソフトが劣悪では勝ち目は無い。基本中の基本だ。憶えておきたまえ」
後方で精錬施設が爆炎を上げる。どうやらユージーンも作戦通りに進行しているようだ。
ボーナスをこれ以上奪われるわけにはいかない。スミスはユージーンの援護に向かうべく、激戦地へと駆けた。
スミスさんのターンは戦闘特化。
DBOは剣と魔法? HAHAHA! 銃弾と爆発こそが男の戦いです。
それでは85話でまた会いましょう。