SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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ダクソ2の白王はもう完全にラスボス演出なんですよね。
古い混沌で対峙する彼は王の中では人格者の部類です。ちなみに腐れちゃんは海外版によるとサルヴァの王様らしいですね。
鉄の古王? ああ、ステージに開いた穴の事ですね。分かります。落下死がボスとはひどいですよねー。


Episode12-6 One day~シノンの場合1~

 灰色の暗雲から白雪は煤の如く舞い降り、世界を緩やかに冷たい白へと変質させていく。

 浅黄色のコートを着込んだシノンは口元にマフラーを引き寄せ、濁った吐息を散らしながら終わりつつある街の大通りを歩く。NPCも厚着をして寒さに耐えるような仕草を見せながら露店を開き、逞しく商魂を披露している。

 だが、既に上位プレイヤーとして不動となったシノンにとって、終わりつつある街の商人NPCが販売するアイテムに魅力は感じない。回復アイテムも販売していなければ、武器も低火力、食糧もお粗末以下なのだから仕方ないだろう。

 では、何故彼女が終わりつつある街を散策しているかと問われれば、単純に暇だからである。

 時間さえあればレベリングと依頼に明け暮れたシノンであるが、今日はパートナー契約を結んでいる太陽の狩猟団から目ぼしい依頼が来ておらず、他の依頼にも魅力を感じなかったのだ。ならばレベリングに励もうかとダンジョンに潜る算段を立ててみたものも、どうにも乗り気が起こらなかった。

 煮詰まった。そんな表現が最も適切だろう。体力にも精神力にもまだまだ余裕があったつもりだったが、1度切れてしまった糸を繋ぎ合わせるのは苦労するものである。

 デスゲーム開始から9ヶ月。いい加減にシノンも足を止める時間を作っても良い頃合いだった。休暇無しでこれまで戦い続けて来たのだ。そろそろ『休日』という概念を投入すべき時期が来たのだろう。

 そこで今日は実験的に1日オフにしてみたのであるが、いざ休みとなっても何をすれば良いのかまるで見当が付かなかったのだ。

 美味しい物を食べ歩く? 趣味に没頭する? 普段できていなかった事柄に挑戦する? 多くの選択肢が頭の中を巡り、結局定まらなかったシノンはこうしてデスゲームが始まった場所、終わりつつある街にならば何か気が惹かれるものがあるのではないかと思って足を運んだのだ。

 終わりつつある街は現実世界と季候が連動している為、今はステージ全体の気温が低下し、環境パラメータ次第ではこうして降雪する。

 貧困プレイヤーがドラム缶で火を焚いて暖を取り、それすらできないプレイヤーはボロボロの布を幾重にも纏って寒さを凌ごうとする姿が嫌でも目に映る。先日、サインズ本部でも発表されたが、ついに『凍死』と判別されたプレイヤーが出現した。寒冷状態になり、眠りながらHPがゼロになってしまったのである。

 貧富の差は拡大する一方だ。戦う事が出来ない者はコルを稼げない。理不尽な暴力に抗うにも、レベルや実戦経験の差はより力関係を決定する要素として働く。

 

(何故戦わないの? 死ぬ気で戦えば『そこ』から抜け出せるのに)

 

 ドラム缶の火を巡り、殴り合いをするプレイヤーを横目に、シノンは自身の擦れた思考に気づく。

 誰もが命懸けで戦えるわけではない。むしろ、命を担保にして力と金を稼げる人間の方が稀有なのだ。現在DBOに囚われているプレイヤーの大半は、暴力の世界から隔離されたように平和な日本に住まう者達だ。デスゲームと言う殺し合いの世界に放り込まれ、たとえ貧しくとも期待できない救出の日を待つ彼らこそ『正常』なのだ。

 ならば最初からデスゲームに参加し、戦う事を選べた自分は壊れているのだろうか? シノンは指先に、いつかの過去、銃のトリガーを引いた感触を思い出す。

 

(違う。私は……私は負けたくないだけ。誰にも……何にも……)

 

 欲する『力』を得る。初心を忘れたわけではない。傭兵になったのも、『力』を得る為に最も近道だと思ったからこそだ。何よりも純然たるソロよりも傭兵の方がコルも経験値も稼ぎが良い。

 太陽の狩猟団とのパートナー契約を結んだのは、彼らの提示した条件が魅力的だったからだ。弾薬費は全額ギルド持ち、ミッションにおけるバックアップ、様々な情報提供、レア武器の購入許可など、シノンはかなりの好待遇を受けている。太陽の狩猟団を害する依頼を引き受けず、なおかつ緊急時には太陽の狩猟団の戦力に傭兵として参加する事が制約があるが、それを除けば傭兵としては概ねの自由が許されている。

 お陰でシノンの懐事情は射撃戦スタイルでありながら、それなりに豊かだ。≪弓矢≫にしろ≪銃器≫にしろ、矢や弾丸を消耗する為に出費が著しいのであるが、太陽の狩猟団の援助のお陰でシノンは依頼に限ればそれらを気にする必要が無い。

 先日も念願のマイホームを購入する事が叶ったが、それでもまだ財布には余裕がある。武器や防具の整備費を抜いても、シノンはしばらく遊んで暮らせるだけの貯蓄があるのである。

 力無き者は困窮し、力ある者は富める。それが間違っているとは思わない。今までシノンは考えた事も無かったが、現実世界でも似たような物だったのだ。DBOでは、弱者を守る人類が培った英知が存在しないだけだ。

 本当にシノンが彼らに手を差し伸べたいと思うならば、全財産を寄付すれば良い。そして、今後も彼らの為にコルを稼ぎ、ひたすらに貧しき者達の為に戦い続ければ良い。

 出来るはずが無い。シノンは心の何処かで、彼らの境遇は自業自得だと冷めた意思を抱いてしまっている。温情で寄付程度ならばするかもしれないが、聖人のように財産の全てを捧げたいとは思わない。

 命を賭け金として戦い続けたからこそ、今のシノンの力と生活があるのだ。死を覚悟せずにぬるま湯の生を選んだならば、貧しき生活も必然ではないか。

 

(これだから嫌なのよ。終わりつつある街なんかに来るんじゃなかった)

 

 気分転換するにも場所の選択を誤ったと言わざるを得ない。シノンは何か気晴らしになるものはないかと周囲に視線を這わせる。

 見つけたのは小さな酒場だ。最近はシノンも付き合い程度で嗜むようになった。あくまで本物のアルコールではない為健康には害が無く、それでいて酔った気分を味わえるのはやや不可思議であるが、何故人間が酒の魔力に抗えないのか理解できたこの頃である。

 ドアを開けると外観のボロボロな建物とは裏腹に、相応以上の内装が施されていた。天井では光源のランプがぶら下がり、カウンター席の奥では店主らしい女性がいる。テーブル席は2つ程とやや狭いが、調度品に愛情が感じられる。

 

「いらっしゃいませ。何になさいます?」

 

「食べられる物を。飲み物は……アルコール以外で」

 

 さすがに昼間から飲むのは駄目人間の始まりである。シノンは皿に盛られた薄切りの肉と塩気が強いマッシュポテトのようなものを口にする。肉は味こそ淡白であるが、病みつきになりそうである。

 店主はプレイヤーなのだろう。年齢は20代後半といったところだろうか。くたびれたような金色の髪をしたショートカットの髪をしている。

 

「これ美味しいわね。好みよ」

 

 端的にシノンは味の批評を告げる。すると女性プレイヤーは嬉しそうに笑んだ。

 

「ありがとう。少し調味料に凝っててね、サインズによく依頼を出して材料を集めて貰ってるのよ。ウチの看板商品よ。原価は安いけど美味い物を、ってね」

 

 お茶目そうにウインクする女性に、シノンは自分の昨今の食費が1日800コルと、極めて贅沢を尽くしている事に気づく。日夜戦い続けるシノンがモチベーションを保つ為にはひたすら美味い物を食べるしかなかったのだ。だが、肝心要の≪料理≫スキルを取っていないシノンには自炊ができない為、外食か買い食いが主である為、必然的に食費は高額化するのだ。

 だが、≪料理≫は≪鍛冶≫と同様に奥が深く、プレイヤーの創意工夫次第で無限大の可能性が広がっている。この料理も値段は僅か250コル程度だ。それでも舌を満足させられる味を生み出せるのである。

 

「素敵な店ね。終わりつつある街にこんな良い店があるなんて知らなかった」

 

「見た目はボロいし、治安も悪いけど、終わりつつある街は良い場所よ。力を合わせて生きていく。そんな当たり前の事を思い出せさせてくれる」

 

 しんみりと感慨深そうな店主は手を差し出して握手を求める。シノンは一瞬躊躇したが、その手を取った。

 

「【イワンナ】よ。酒場【ワンモアタイム】の店主をやってるわ」

 

「シノン。傭兵よ」

 

 途端にイワンナの目に驚きが踊る。それはシノンが見慣れた感情の発露だ。

 

「シノンって、もしかして【魔弾の山猫】のシノン? 傭兵でも最高クラスって噂の?」

 

「最高かどうかは知らないけど、腕には自信があるつもりよ」

 

 こうしたやり取りにも慣れたものだ。シノンはつまらなさそうにマッシュポテトを口に運ぶ。

 元々GGOでも名の通ったプレイヤーでもあったシノンが、傭兵として活躍すればするほどに有名になるのは必然だった。先日もサインズの企画である『隔週サインズ』という雑誌のインタビューを受けた。彼女としては拒否したかったのだが、太陽の狩猟団からもやんわりと打診があった為、仕方なく応じたのだが、そのお陰でこれまで傭兵業界に詳しくなかったプレイヤー達にもシノンの名前と容姿が広まってしまったのである。

 

「何か仕事を頼みたいならサインズを通して。個人で受けると色々面倒なのよ」

 

 ただし、私は安くないけどね。シノンは内心でそう付け加える。

 

「アタシにシノンさん程のプレイヤーに依頼を出せる程の余裕はないわ」

 

 だが、どうやらイワンナはシノンが言わずとも、自身の財力の限界を感じているらしい。だが、その表情は少し暗い。

 何か困り事はあるようだが、知人友人ならばまだしも、出会ったばかりのプレイヤーの悩み相談に応じる程にシノンも他者の領域に踏み込める人間ではない。淡々と食事を続けるだけだ。

 やはり美味しい。最後の一切れをしっかりと味わったシノンは満足感に浸る。戦いばかりの日常において、やはり華となるのは美味しい料理である。サインズ本部からもそれ程遠くない場所に店を構えているのだ。今後も贔屓にさせてもらうとしよう。

 シノンがお気に入りの店リストにワンモアタイムを加えると同時に、店のドアが軋みながら開く。

 

「どぉも、お邪魔しますねぇ」

 

 入って来たのは若い男達だ。1人はスーツとコートが板に付いた20代半ばだろう男だ。ギラ付いた赤い髪をしたプレイヤーであり、やや痩身である。その背後にはギルドNPCと思われる2メートルにも達しそうな大男が2人控えている。どちらも毛皮のコートを装備しているのだが、隆々とした筋肉のせいで今にもはち切れそうである。

 彼らを見た瞬間、イワンナの顔色が曇り、すぐに繕ったような笑みを浮かべる。

 

「これは【レグライド】様、ようこそお越しくださいました」

 

「ええ、イワンナさんもお元気そうで何よりです。軽く食べられるものをお願いします。ああ、1人分で結構ですよ」

 

 レグライドと呼ばれたプレイヤーはテーブルに座って足を組む。不遜、そして礼儀を弁えていない態度であるが、イワンナはそれを店主として注意する事無く、むしろへりくだって料理を準備し始める。

 腕を組んで仁王立ちする大男2人を尻目に、運ばれてきた肉団子の串焼きのようなものを受け取ったレグライドは堪能するように湯気と共に放たれる香りを嗅ぐ。

 

「ん~ん♪ 良い香りだぁ。実に美味そうだ」

 

 肉団子を食い千切り、咀嚼音をわざとらしく立てるレグライドはごくりと音を立てて呑み込む。そして指揮を執る様に串を振るった。

 

「素晴らしい味だ、イワンナさん。この味ならばお客さんもさぞかし入っているでしょうねぇ」

 

「え、ええ、お陰様で。それで、本日は何か御用で? お支払いの件でしたら、滞りないと思いますが……」

 

 何やら不穏な会話に、シノンは嫌な予感を募らせる。だからと言って話に加わるのは赤の他人である彼女にはできず、また今ここで店外に出るにしても彼らを恐れて逃亡しているようで気分が悪い。仕方なく、シノンは成り行きを見守るべく沈黙を通す。

 

「ええ。イワンナさんは債務者の鑑ですよ。支払期日は1度として破られていませんからねぇ。開店資金の80万コルを融資した我々としても店の繁盛は喜ばしい限りです。滞りの無い返済は債務者の義務ですから」

 

 会話の内容から判断するに、どうやらレグライドは金貸しのようである。シノンはレグライドとイワンナの関係を察知する。恐らく、レグライドがイワンナの担当なのだろう。

 だとするならば、シノンの嫌な予感は杞憂に過ぎないのだろうか? だが、それにしてはイワンナの怯え様が気になる。

 

「それはそうとですねぇ、今日は別件なんですよぉ。えとですねぇ、名前は……そう! 確か【エレイン】だったかな!」

 

「彼がどうかしたんですか?」

 

「別にどうにも。彼の返済期日はとうに過ぎているのに支払いがまだでしてね。関係者を当たらせてもらっているのですよ。た・し・か、イワンナさんはエレインさんとはご友人でしたよね?」

 

 にっこりと、悪意をそのまま笑顔にしたような表情でレグライドはイワンナに問う。震えるイワンナの視線は縮こまり、言葉に詰まっていた。滲み出る恐怖を味わうように、レグライドは舌なめずりする。

 

「ご同行いただけますか? 悪いようには致しません。私としても立派な返済者を失いたくない。ご安心ください。少しばかり彼をおびき出す為に『痛い目』を見てもらうだけです」

 

「や、止めてください! 放して!」

 

 レグライドはイワンナの手をつかむも、彼女はそれを振り払う。その様子を見て、レグライドはやれやれと溜め息を吐く。

 

「ホームハウス内は安全圏ですので、強制的にあなたを連行することはできません。ですが、これはボスの命令でしてねぇ。だから、大人しく従ってもらえませんかねぇ? 少しばかり悲鳴を録音させていただくだけですから」

 

「お断りします!」

 

「そう言うわけにはいかないんですよねぇ。私も彼が『ただの債務遅延者』ならば、イワンナさんみたいな生真面目な債務者に『痛い目』を見てもらう必要はないのですが、ボスのあの怒り様ですからねぇ。少々強引な真似をさせてもらうしかないんですよ」

 

 フィンガースナップ。レグライドは指を鳴らす。すると今まで静観を保っていた大男たちが背負った大槌を手に、大きく振りかぶって壁へと攻撃を行う。

 破砕音と同時に壁に大穴が開き、瓦礫が吹き飛ぶ。次いでテーブルが粉砕され、ポリゴンの光を撒き散らして消し飛ぶ。

 

「ホームハウスは確かに安全圏ですが、それを解除する方法は幾つかあります。その1つが破壊による総合耐久値の減少です。これだけボロい建物ですからねぇ。壁の1つや2つぶち抜けば、きっと安全圏は解除されちゃうでしょうねぇ」

 

 イワンナの悲鳴を楽しむようにレグライドは説明する。その姿はまさしく外道そのものであり、シノンは我慢の限界だと席を立つ。

 

「ちょっと貴方達」

 

「おっと、これは失礼しました。そういえばお客様がいましたねぇ。今から取り壊し行いますので、巻き込まれない内に退出をお願いします」

 

「そういう訳にはいかないわ。ただの借金話なら無視するつもりだったけど、これは横暴が過ぎるんじゃない?」

 

 恐れる事無くシノンはイワンナとレグライドの間に、彼女を守るように立つ。

 

「話を聞けば、彼女はちゃんと借金を返しているんでしょう? たとえ友人が借金して逃げ出しても、連帯保証人ではない彼女にはあらゆる責任がないはずよ。あなた達がやっているのは、ただの暴力による蹂躙ね」

 

 そして、法律が存在しないDBOにおいて、それは平然とまかり通る摂理だ。

 故に、シノンは返答次第では実力行使に移る。選択はレグライドに任せるが、彼の返答は大よそ見当がついていた。

 

「自ら火の粉を浴びるとは、物好きな方ですねぇ」

 

 バックステップを踏んでレグライドが距離を取る。同時に大男2人が大槌を振りかぶりながらシノンに突撃する。

 

「シノンさん!」

 

「あなたは隠れていて!」

 

 イワンナをカウンターの奥に隠し、シノンは縦振りの大槌を潜り抜けながら短剣を抜いて1人の横腹を薙ぐ。毛皮のコートは寒冷対策優先なのだろう。防御力は低いらしく、大男のHPが1割ほど削れる。

 やはりレベルは高くないギルドNPCのようだ。せいぜいレベル10前後の最低クラスだろう。知能も低そうである。大槌を力任せに振るっているが、それに脅威を感じる事は無い。

 だが、問題なのは既に安全圏が解除されている事だ。それだけ既に店全体にダメージが蓄積しているという事である。内装はともかく、外観はボロボロである。下手に暴れ回れば倒壊も免れないだろう。

 手早く斃す。シノンの【雷石の短剣】は雷属性を帯びた短剣であり、斬撃の度に青白い電撃を放出する。短剣はダメージが低い武器の筆頭なのであるが、シノンのTECボーナスと武器のレア度を考慮すれば、レベル10の防具が無いに等しいギルドNPCなど敵ではない。瞬く間に2人の肉を削り取り、HPを全損させて赤黒い光の塊へと変える。

 それを見守っていたレグライドは、パチパチと賛辞するように拍手を送る。

 

「素晴らしい。さすがは名高い【魔弾の山猫】さんだ。よもやこれ程の大物が混ざっていたとは、今回の仕事は些かヘビーすぎますねぇ」

 

「だったら帰ってもらえる? 私も利益を生まない戦いはしたくないのよ」

 

「それはできない相談ですねぇ。どうしてもと言うならば、無理矢理従わせたらどうですか?」

 

 それがお望みならば相手になろう。シノンはDEXを活かし、狭い室内での戦闘のセオリーである3次元機動を行う。まずは残っていたテーブルを足場に跳び、天井を蹴って一瞬でレグライドの背後を取ると短剣を背中へと振るう。

 だが、レグライドはそれに反応し、身を屈めて回避するだけではなく、逆に回し蹴りで反撃に移る。それをシノンは上半身を反らして回避し、追撃の掌底を腕のガードで逸らし、逆手に構えた短剣で喉を狙う。

 

「おっと危ない」

 

 だが、これもまた後ろに1歩下がったレグライドに避けられる。その表情からは笑みが崩れていない。余裕綽々といった様子だ。

 どうやら、ギルドNPC頼りの借金取りというわけではないらしい。シノンは即座にレグライドの脅威度を引き上げる。今の動きは下手すれば上位プレイヤー……それもトッププレイヤー級の動きだ。

 だとするならば些か不味い。レベル差がどうであれ、今のシノンの武装は短剣とハンドガンだけだ。終わりつつある街を散策するのに完全武装というのもどうかと思い、最低限の自衛装備で済ませていたのが裏目に出た。

 

「暴力は嫌いなんですがねぇ。仕方ありません。腕の1本でも奪って抵抗できないようにして差し上げましょう」

 

 レグライドが腰のホルスターから取り外したのは2つの輪っかだ。鈍い銀色をしたそれの名はチャクラム。分類は≪円剣≫であり、習得が極めて困難とされるエクストラスキルだ。

 間違いない。この男は根っこからの武闘派だ。シノンはハンドガンで牽制して距離を詰める。チャクラムの恐ろしさはその投擲性能にある。必ず手元に戻って来るこの武器は中距離戦において脅威となるも、一方で近接戦は火力不足だ。

 チャクラムの1つを投擲される。回転する刃を回避したシノンは背後に向かってハンドガンを撃つ。チャクラムの攻撃で最も恐れねばならないのは、手元に戻るという機能だ。これによって接近した相手の背後から攻撃することが可能なのである。

 だが、弾丸を受けて軌道をズラされたチャクラムは手元に戻るまで時間がかかる。その間に接近戦に持ち込んだシノンはナイフの連撃を浴びせる。それはレグライドの頬を浅く裂き、赤黒い光を僅かに散らす。

 肘蹴りを身を捩じって避け、1回距離を取りながらハンドガンを連射する。それを手元のチャクラムで迎撃したレグライドだが、同時に放たれた投げナイフを腹に受ける。

 今のところはシノンが押している。この調子ならばシノンの勝ちは揺るがないだろう。室内戦であるが故にチャクラムの性能を活かし切れないレグライドは格闘戦を主体にする他ないのだから。

 だが、シノンは途端にバランスを失って転がる。同時に左足から欠損に似た脳をかき乱される不快感を覚えた。見れば、太腿が抉り取られ、赤黒い光が流出している。

 シノンの太腿を食い千切ったのは犬の頭だった。正確に言えば、チャクラムに纏わりつく青黒いオーラのような、半透明の姿をしたデフォルメ化した犬の頭部である。

 

「油断大敵ですねぇ」

 

 手元のチャクラムをその場で放る。それは回転し、青黒いオーラを纏い、もう1つの犬の頭部となる。2つの犬の頭を従えたレグライドは、にっこりと笑った。

 

「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はギルド【チェーン・グレイヴ】のレグライド。まぁ、俗に言う犯罪ギルドの人間です」

 

 異形の武器を持つ犯罪ギルドの男に、シノンはもしかしたらとんでもない地雷原に踏み込んだのかもしれないと今更になって気づくのだった。




今回はシノンのターンでした。次回も彼女のストーリーを続けたいと思います。
ようやく犯罪ギルドを登場させる事が出来ました。今後は彼らのようなヒール役もどんどん出演させたいと思います。

それでは88話でまた会いましょう。

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