SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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それでは、今回こそ主人公のターンです。
いろんなキャラが過ごした『ある日』たる1日を、彼の視点でお送りします。


Episode12-11 One day~ある傭兵の場合1~

 ミッションを説明しましょう。

 依頼主はクラウドアース、目的はプレイヤー【エレイン】の捜索です。

 3日前、クラウドアースの内部調査部の【ムーココナッツ】がエレインによって殺害されたとの報告がありました。

 エレインは小規模ギルド【EIAST】の元リーダーです。EIASTは僅か5名の小規模ギルドであり、数ヶ月前に2名のギルドメンバーの死亡を機に解散しました。現在生存しているのは、エレイン、イワンナ、アイラの3人です。内のイワンナの消息はつかんでいますが、エレインとの接触は確認されておらず、連絡手段を保有している確率は極めて低いとの報告もあります。

 よって、今回のミッションは終わりつつある街に潜伏しているとみられるエレインを捜索し、クラウドアースに引き渡す事にあります。

 エレイン自身は優れたプレイヤーだったようですが、それでも中堅クラスでありますし、随分と前線を離れているようですから戦力としては恐れるに足らないでしょう。ですが、エレインは犯罪ギルド【チェーン・グレイヴ】と接触を持っていたとの情報もありますので、増援に留意してください。

 なお、依頼主はクラウドアースから派遣する調査員との協働を希望しています。調査員からの要望次第では依頼内容に変更及び追加があるかもしれません。もちろん、報酬は応分に支払いましょう。

 クラウドアースに繋がる絶好のチャンスです。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが。

 

 

■   ■   ■

 

 

 

 鳥肌が立ちそうだ。これがオレの依頼内容を確認した感想である。

 クラウドアースの担当である特定ギルド専属仲介人であるネイサンは、いつもエリートスマイルを崩さないミュウとは違った意味で苛立ちを覚える野郎なのであるが、その中でも特にストレスを感じるのは毎回依頼内容の紹介の最後に付け加える『悪い話ではないと思いますが』という、こちらを小馬鹿にしているというか、見下しているというか、とにかく鼻につく物言いである。

 だが、今回の依頼内容紹介では、ネイサンは終始真面目に、なおかつある種の緊張を宿して内容を説明した。しかも、最後の『悪い話ではないと思いますが』は、まるでこちらにお伺いを立てるかのような、ある種の低姿勢と真面目さがある。

 しかも、ネイサンはサインズ本部の応接室で、直接対面して依頼を通達するスタイルを好んでいるのだが、今回は緊急性が高いのか、ボイスメールで通達が来たのだ。分煙通達のフレンドメールと違い、ボイスメールは【山彦の小石】というそれなりに値を張るアイテムを使用せねばならない。この事からもネイサンが、いかにこの依頼に神経を尖らせているかが分かる。

 

「依頼開始時間は今日の午後1時……か」

 

 現在時刻は午前7時半。依頼を受け取ったのが10分前だ。普段のネイサンならば、それこそ分厚いファイル1冊分にもなりそうな程に厳密かつ精密な情報を提供してくれるのであるが、今回の依頼は余程緊急性が高いのか、クラウドアースの調査員との合流地点が明記されているだけだ。好意的に解釈すれば、ネイサンではなくこの調査員から情報が得られるという事かもしれないが、やはり受託するにはどうにも気が引ける依頼である。

 とはいえ、今のオレはフリーの傭兵である。依頼を選り好みできる立場ではないし、それこそ『騙して悪いが』でもない限りはすべからく引き受けるというのがポリシーでもある。

 それに何より、ネイサンは事実上クラウドアースの人間とはいえ、立場はあくまでサインズの人間だ。わざわざオレにトラップを仕掛けて、サインズの方針と理念を根底から覆すような真似はしないだろう。

 

「それに金払いも良いしな」

 

 戦闘リスクは低いにも関わらず、報酬は破格の20万コル。今日はグリムロックに新装備と義眼を受け取りに行く為、その支払いでオレの財布は空っぽになるのは確定なのだ。この大金を見逃す選択は無い。

 決心を決めれば即座にネイサンに依頼受託のメールを送る。後は午後1時に終わりつつある街の黒鉄宮跡地に赴いて調査員と合流するだけだ。

 

「にしても、やっぱり寒いな。自分の家が欲しい。温かい暖炉が欲しい。マジで」

 

 オレは肩を摩りながら、辛うじて寒冷状態になっていないが、身震いさせるには十分の気温に願望を呟く。

 今日のオレの宿は終わりつつある街にある格安宿だ。先程も述べたように、今日はグリムロックへの支払いがあった為、少しでも節約しようと宿代をケチったのであるが、終わりつつある街と周辺ステージは現実世界と季節がリンクしている為、12月らしい凍えるような寒さ、そして環境パラメータ次第では降雪と積雪もする。

 窓は気温差で曇り、結露までしているのは、茅場の後継者の仮想世界を現実世界に近づけようとする並々ならぬ情熱なのか、それとも茅場晶彦の狂信的な仮想世界への愛情としてのこだわりか、どちらでも良いが、宿の中で凍死とかは1度寒冷状態で死にかけた身としてはご免である。

 宿【馬の蹄】を出発したオレは、まずはサインズ本部に赴いて依頼のチェックを行う事にした。間違いなく受託したとは思うが、ヘカテちゃんに一応の確認を取ってもらう為である。本当に依頼がサインズを通してあるならば、窓口のヘカテちゃんにも情報が亘っているはずだからだ。

 現実世界ならば、街は既に一足早いクリスマスのイルミネーションで彩られ、クリスマス商戦が市場を賑やかにし、人々は年末に希望と絶望を感じている事だろう。

 だが、終わりつつある街には、希望も絶望もなく、冷め切った吐息しかない。オレはヘカテちゃんから購入したサインズ印の赤マフラーを雪風で靡かせながら、ドラム缶で焚火をして暖を取るNPCや貧民プレイヤーを横目に、サインズ本部の門を潜る。

 だが、少し早く到着し過ぎたのか、窓口はまだ開いていない。24時間自由に出入りできるサインズ本部であるが、ヘカテちゃん達受付の勤務は朝の9時からだ。あと1時間ほど余裕がある。

 午前11時にグリムロック工房を訪問せねばならない。工房は≪森の守護者リュアの記憶≫の辺境だ。移動時間も考えれば1時間は欲しい。午後1時にはクラウドアースの調査員と合流だから、最低でも午前9時半には出発したいところだな。

 何をして時間を潰そうかと考えたオレだが、せいぜい思い付いたのは食事程度だ。ギルドNPCのコックが常駐している為、傭兵は自由に飲み食いが出来る通称『傭兵待機室』に足を進める。

 傭兵待機室は食堂も兼ねており、厨房と繋がった窓口もある。メニューを記載した壁紙が貼られており、木製の丸テーブルや椅子だけではなく、ソファといった寛げる家具も準備され、気分を落ち着かせるように観葉植物オブジェクトも配置されている。

 朝っぱらという事で誰もいないかと思ったのだが、幾人かの傭兵の姿が確認できた。

 茶髪のやや落ち着きが無い、まるで周囲を警戒しているかのように視線を忙しなく動かしているのは【RD】。傭兵では珍しい運び屋専門である。主な業務はギルドの依頼でアイテムを配達する事だ。彼は≪騎乗≫スキルを保有しており、様々な物を乗りこなせる。傭兵との協働機会も多く、同伴した傭兵を乗っけて目的地へと高速強襲をかけ、協働相手をその場に残して逃走するいうスタイルは賛否が分かれている。まぁ、相手の懐に確実に飛び込んで奇襲をかけられるという意味では評価できるかもしれない。

 次に朝食で団欒している3人組。長身の40代半ばだろう頬に傷痕(恐らくスカーフェイスプラグインだろう)がある男、10代後半だろうクラスの人気者そうなイケメン寄りのスポーツマン系の少年、それにちょっと目元がキツイ40歳前後だろう女。彼らは珍しい3人組の傭兵、通称【フィッシャーファミリー】だ。現実でも3人家族らしく、父の【デイヴ・フィッシャー】は防御の硬さと堅実な戦法に定評がある。息子の【マーカス・フィッシャー】も実力こそ父ほどではないが前衛の素質は高くて成長速度も凄まじく、噂では聖剣騎士団からヘッドハンティングされた事もあるらしい。母の【ナタリー・フィッシャー】は陽動を得意とし、夫と子を的確にサポートし、戦果を挙げるのに貢献している。

 テーブルに足をのせ、態度悪く【隔週サインズ】を読みながらココアを啜っているのは【マルドロ】だ。ランスと大盾によるコンビネーションを用いた戦法によってトッププレイヤー級の実力の持ち主でありながら、状況戦やトラップを好み、あの手この手でターゲットを撃破する。その悪辣な戦い方で付いた異名は【暗殺者】だ。敵として出会いたくなく、また協働相手として信用できない傭兵の筆頭である。

 いずれもフリーの傭兵であり、大ギルドの援助を受けていない者達だ。RDはそもそも実力不足であり、その専門性からパートナー契約を結んでいない事に納得できるが、残りはいずれも好んでフリーの傭兵を選んだ者達である。

 百戦錬磨。その表現が適切だろう彼らは、今日は敵でも明日は味方かもしれず、今日は味方でも明日は敵かもしれない。

 

「Aセット。飲み物は水で」

 

 サインズのギルドNPCコックにメニューを告げ、盆にのった握り飯と串焼きの魚を受け取ったオレは、フリーの傭兵達とは距離を取った席に腰かける。彼らとは特別会話を重ねている仲ではないし、彼らもいつ殺し合うかも分からない相手と交流は持ちたくないだろうからだ。

 握り飯を頬張り、水で押し流しながら、オレは間もなく発表されるだろう傭兵ランキングについて考える。

 発表日はクリスマスイヴの前日、12月23日だ。噂によれば、クリスマス・イヴとクリスマスは特別期間として全てのステージが安全圏化し、ダンジョンの攻略が不可になる『クリスマス休暇』となるらしい。その期間は特別なイベントが目白押しらしく、傭兵ランキングの発表はサインズからすれば前夜祭のようなものなのだろう。

 ……茅場の後継者は何を考えているのやら。あのイカレ野郎が『クリスマス休暇』なんて優しさを見せるなんて、必ず皆殺し級のトラップが仕込まれているに違いない。それとも、アレだろうか? ひと時の休みが日常だった苦難をより濃く感じさせるという心理的ダメージを狙っているのだろうか?

 あれこれ考えを巡らせている内に食事を終えたオレは、依頼に備えてアイテムリストを整理していると、急に傭兵待合室の空気が張り詰める。

 何事だろうか? オレは呑気に沢庵(みたいな木の根っこ)を齧りながら、傭兵待合室に入って来た新たな人影を確認する。

 燃え盛る炎のような赤毛。背負うのは肉厚の最重量級の両手剣。動きを阻害しない程度に、だが防御力を十分に備えた鎧を装備した大男。

 ユージーン。UNKNOWNと並ぶとされる傭兵にして、クラウドアースの看板傭兵でもある彼の登場ともなれば、我が道を行くフリーの傭兵達も反応せざるを得ないというわけか。

 

「【渡り鳥】、貴様とこうして顔を合わすのは初めてだな」

 

 そして、目敏くユージーンはオレを視界に捉え、ニヤリと凶暴性と理性を同居させた微笑を描く。

 面倒な事になった。オレとユージーンは幾度かすれ違ったり、遠目で見た程度の間柄だ。こうして目を合わせたのは初めてである。

 朝からステーキを注文したユージーンは、わざわざオレの正面に腰かける。1度だけ気怠くにらみを利かせるのであるが、彼は何処吹く風といった調子で受け流す。

 

「聞いたぞ。クラウドアースの依頼を受けたそうだな」

 

「何だ? 自分にお鉢が回ってこなかったから拗ねてるのか?」

 

「まさか。オレも今日は特別な依頼がある。何よりも、貴様が受ける依頼は『貴様でなければならない』理由があるだろう」

 

 フォークで肉を押さえ、ソースたっぷりのステーキをナイフで切り分けるユージーンは分厚い肉を口元に運ぶ。朝からよくそんな濃そうなソースがべっとりついた肉が食えるなと感心してしまう。

 横目で周囲を確認するが、フィッシャー家族はそわそわした息子のマーカスを両親が落ち着かせるように肩を叩き、RDは今にも失神するのではないかと顔色を蒼くし、マルドロはニヤニヤと状況を楽しむような厭らしい顔をしている。

 

「このままクラウドアースの依頼を受け続けるならば、いずれ貴様とも協働の機会があるだろう。その時はよろしく頼む」

 

「……その時が来れば、な」

 

 所詮オレもユージーンも友人ではないのだ。傭兵同士のコミュニケーションなどこの程度で十分だろう。だが、それでもユージーンがわざわざオレに話しかけてきたのは、何かしらの理由があるからだろう。その証拠に、ユージーンの目はまるで何かを訴えるような力が籠っている。

 今回のクラウドアースの依頼はどうにも普段と調子がおかしいが、その理由をクラウドアースの看板傭兵であるユージーンは把握していると考えて良いだろう。

 ならば情報を引き出すか? いや、だとしても時間が無いし、場所を変えねばならない。何よりも傭兵である以上、タダで情報を提供してくれないだろう。今回は『忠告』を交流の証として渡してくれたようなものだろう。

 そろそろ時間だ。オレは受付に移動すると、ヘカテちゃんいつもと同じように笑顔で迎えてくれる。やっぱり野郎の怖い微笑よりおんにゃの営業スマイルの方が何百倍も価値があるな。あの腹黒の企業スマイル? あれは反吐だから評価対象外だ。

 

「おはようございます、クゥリさん。本日はどのような御用ですか?」

 

「おはよー。あのさ、クラウドアースから緊急の依頼メールを受けたんだけど、ちゃんとサインズを通しているか調べてもらえるか?」

 

「少しお待ちください」

 

 そう言ってヘカテちゃんは手元でシステムウインドウを操作し、数十秒間指を動かし続ける。サインズの受付制服も冬服仕様なのであるが、それでもやっぱり胸が強調されるあたり、ヘカテちゃんの胸部装甲は厚そうだな。これは夏服仕様が楽しみだ。

 

「大丈夫みたいですね。クラウドアースからの依頼をサインズも確認しています。ただ……」

 

「ただ?」

 

 何やら難しい、あるいは腑に落ちないといった表情をヘカテちゃんは浮かべる。

 

「私の権限では依頼情報を閲覧できないみたいなんです。どうやら秘匿性が極めて高い依頼のようですね」

 

「……そっか。別に良いさ。サインズを通してるならな」

 

 ユージーン然り、ヘカテちゃん然り、今回のクラウドアースの依頼はどうやら一筋縄ではいかなさそうだ。戦闘リスクは低いはずであるが、念には念を入れた方が良いかもしれない。

 だとするならば、そろそろ『アレ』を持ち出すか。オレはヘカテちゃんにサインズ倉庫に預けてある武器の1つの受け取りを申請する。倉庫番の男がヘカテちゃんの指示で番号とオレの名前が付いた札が付いた木箱を抱えて登場する。

 中身を素早くアイテムストレージに移したオレはサインズ本部からグリムロック工房へと移動する。赤剣を利用して転送し、想起の神殿に至ったオレは、相変わらず暇そうにしているサチの姿を目にする。

 ユージーンの介入のせいでサインズでゆっくり出来なかったせいか、やや時間は予定よりも余っている。オレはきな臭い依頼前の気晴らしを兼ねてサチに話しかける事にした。

 半透明の今にも抜け落ちそうな、金色の魔法陣が緩やかに動く床を渡り歩き、サチが腰かける半壊した女神像の前に到着すると、彼女は緩慢とも言えるゆったりとした動作で顔を上げた。

 

「闇の血を持つ者よ、どうかしましたか?」

 

「だから、オレはクゥリだって言ってるだろ? いい加減に名前で呼べよ」

 

 呆れながらも、オレはサチの隣に腰かける。彼女は目深なフードを外して素顔を晒す。

 あらゆるステージには想起の神殿を通して移動する関係上、神殿の1階の中心部にいるサチとは出会う事も多い。その関係からか、オレは何かと彼女と会話する事も増えた。この想起の神殿から離れられないサチに各ステージの土産話をするという理由も兼ねているが、大半が暇潰しのようなものだ。

 

「私にとって皆様は等しく闇の血を持つ者であり、貴方もまたその1人に過ぎません」

 

 だが、サチの態度と言えばこの通りである。彼女もまた『命』があるNPCだと思うのだが、どうにも彼女は柔軟性が足らず、あくまで役割の範疇外の要望には応えてくれない。この辺りがオレにとって、イマイチ彼女の事を『命』あるNPCと断定できない点だろうか。

 とはいえ、サチは『サチの元になった女性』から生まれた存在であり、大切な人への記憶と感情を持ち続けている。故に、オレの中では直感と交流から9割は『命』があると判断しているのだが、残りの1割はサチのこの頑なさのせいで阻まれている状態だ。

 

「ほらよ。前話してた焼きドーナツだ。喰いたそうな面してただろ?」

 

 オレはアイテムストレージから紙袋を取り出す。その時点で香る菓子の甘き誘惑に、サチの表情が揺らぐ。普段は儚いというか、何を考えているか分からない暗い顔をしているのであるが、紙袋を見た瞬間だけは微かに嬉しさを滲ませた気がした。

 あくまで『NPC』である為、欲しいとは言えないサチにオレは焼きドーナツを手渡す。これは終わりつつある街で菓子屋を営むテツヤンなるプレイヤーが作り出した、DBOでも大人気商品だ。昨日グリムロックへの土産で買ったのだが、熾烈な女性客を押し退けて順番を確保したオレは随分と白い目で見られたものである。

 十分に数はある為、サチに少し渡したくらいで無くなる事は無い。

 

「あ、ありがとうございます、闇の血を持つ者よ」

 

「やっぱ止めた」

 

 サチが焼きドーナツを受け取る直前に、オレは彼女の前から焼きドーナツを奪って口に運ぶ。齧れば、焼かれた表面とふんわりとした中身、しつこくない甘さ、そして最大級の満足感がオレを満たす。食事にはアイテムドロップ率を高める『幸運』なるバフを付けるものもあるが、この焼きドーナツにそれが無いのは不思議なくらいだ。

 口をパクパクして手を伸ばしたまま硬直したサチに、オレはどうすれば焼きドーナツが得られるか分かっているよな、といった悪意全開の眼差しをぶつける。

 

「や、ややや、闇の血を持つ者よ、貴方を以前『火』であると譬えましたが、それはやはり正しき見解だったようです。貴方は私の心に怒りの火を灯しました。まるで火が継がれるかのように」

 

「知るか。知らねーな。知らん」

 

「3段活用にすらなっていません」

 

 即座にツッコミを入れるサチの目は今にも泣きそうになっているような気もするが、これも彼女への教育なのだ。オレは友人として……一時期チョロくも恋に堕ちそうになって瞬殺ハートブレイクされた者として、個人として付き合いが持ちたいのだ。その他大勢のNPCの1人ならば、暇潰しでも話しかけなどしない。

 だが、オレは鬼や悪魔であるとしても、おんにゃのこにはなるべく優しくして点数稼ぎたい健全男子なのだ。さすがに涙目になったサチを見たら、オレの意地悪も鳴りを潜めるというものである。仕方なく焼きドーナツをサチに手渡した。

 

「これが……焼きドーナツ。知識としては『前のサチ』から引き継いでいますが、私の舌は味を知りません」

 

「それならカルチャーショックだな。つーか、サチは普段からメシ食わねーから、感動し過ぎて吐いちまうかもしれねーな」

 

 現に長い地下生活を強いられていたユイは、オレの即席サンドイッチで文化的崩壊を引き起こしてしまったからな。サチにはこれまで幾つか差し入れをした事があるが、本格的な菓子は今回が初めてだ。

 退廃的な世界観のDBOでは食材系アイテムが高く、また食料も味気が無いものが多い。だからこそ≪料理≫スキルが大人気なのだが、オレは獲得しておらず、サチに美味い物を振る舞えなかった。

 

「洋菓子よりも和菓子の方がオレも好きなんだけどよ、DBOじゃ好き勝手に料理もできねーからな。スキルってのは便利なようで面倒さ」

 

「…………」

 

 話しかけてみたのだが、返事は無く、サチは一心不乱に焼きドーナツに齧りついている。それはまるでハムスターがヒマワリの種を頬張る姿と重なるのであるが、普段寡黙な彼女も、こうしてみれば神秘性よりも少女としての一面も確かにあるのだと何処かで安心してしまう。

 食べ終えたサチのお替わりが欲しそうな顔に負け、オレはもう1つ焼きドーナツを渡すとそろそろ寄り道なくグリムロック工房を目指そうと立ち上がる。

 

「そんじゃ、またな」

 

「ええ、貴方のご武運をお祈りしています。ク……闇の血を持つ者よ」

 

 チッ! あともう少しだったのに訂正入れやがった! オレは再びフードを目深く被ったサチに見送られながら、グリムロック工房がある≪森の守護者リュアの記憶≫へと向かう。

 終わりつつある街を除けば、大半のステージが現実の季候と連動していない為、比較的固定化された環境パラメータである。もちろん、固定されているというのは四季が無いという意味であり、ラーガイの記憶ならば熱帯らしくスコールが降り、モラムの記憶ならば24時間昼だったり夜だったりする。その点で言えば、リュアの記憶は常に春の陽気であり、たまに小雨が降る程度なので環境パラメータは安定していると言えるだろう。

 これでモンスターさえ厄介でなければ文句が無いのだが。相変わらずのデバフ攻撃のオンパレードに曝されながらも、さすがにステージ難易度とレベル差がある為、また幾度となくグリムロック工房に足を運んでおり安全な近道ルートも把握している為、特に難なくオレは時間通りにグリムロック工房に到着する。

 工房のドアを開けるが、店頭にグリムロックの姿は無い。最近の彼は高難易度ダンジョンに潜って素材系アイテム収集するにしてもオレを雇うようにしているので留守という事は無いだろう。それに、幾らプレイヤーがほとんど訪れない辺境とはいえ、鍵を掛けずに外出するとは思えない。ならば奥で武器の調整や作成を行っているのだろう。

 呼び鈴を鳴らすと、すぐにグリムロックが姿を現す。以前に比べれば顔に艶が出たような、やや余裕が溢れた表情をした彼に、どうやらメンタル面の調子は良さそうだとオレは内心で安堵した。

 グリセルダさんに罰せられたい。それがグリムロックの願いであり、彼を追い詰めつづけていた。道半ばで死すのも彼女の意思であるとさえ思い込んでいた。だが、今のグリムロックにあるのは前向きな罰を望む意思だ。グリセルダさんに出会うまでは死するわけにはいかないという活力を感じる。

 ……まぁ、その溢れんばかりの活力のせいで、コイツの開発力が最近変な方向に進みつつあるのは気がかりだが、恩恵を受けているオレがとやかく言う話ではないだろう。

 

「いらっしゃい。準備はできてるよ」

 

「いきなり目的果たすってのも何だし、少しばかり腹に物でも詰めようぜ」

 

 焼きドーナツが入った紙袋を取り出すと、グリムロックの眼が輝いた気がした。まぁ、分かっていた事だが、グリムロックはティータイムとかに並々ならぬ執着がある。自前のティーセットを独り暮らしのくせに準備している辺り、コイツはもてなし好きでもあるんだよな。

 奥の仕事場に通され、以前クッキーをご馳走になったテーブルでオレはグリムロックが淹れる珈琲を待つ。彼は気づいていないかもしれないが、その身からは溢れんばかりの嬉しさが滲んでいた。そりゃ、テツヤンの焼きドーナツなんてお菓子に執着心を燃やす女性プレイヤーによって独占されているからな。1日100個の限定販売だし。いやー、オレも買う時は周囲のおんにゃのこ達に殺されるかと思った。

 

「気を遣う必要はないのに。珈琲を淹れるから好きに寛いでくれ」

 

 いや、言ってる事と腑抜け面が一致してねーから。オレは笑いを押し殺す。

 

「そういう訳にもいかねーだろ。アンタには格安で売ってもらったり何なりで世話になってるんだ」

 

 グリムロックの武器はいずれも最高クラスだ。オレが戦い続けられるのもグリムロックという専属ブラックスミスのサポートがあるからこそである。

 専属契約、素材収集の際にほぼ無償で依頼を引き受けている事、そしてグリセルダさんの捜索の3つの要素を理由に、グリムロックは高品質の武器を販売してくれている。オレも彼の為にとグリセルダさんの情報を集めているのだが、なかなか進展は無い。

 そもそも死人の時点で探すのは不可能なのだが、グリムロックの情熱はそんな道理など路傍の雑草であるかのように軽々と焼き払ってしまった。オレも、グリセルダさんがこのDBOにいるという、グリムロックの確信に酔わされている。

 

「それで例のヤツは?」

 

「できているよ。ただ、満足がいく出来とは言い難いかな」

 

 それは事前に通達されているので、今更不満を漏らす事ではない。珈琲と焼きドーナツを楽しみながら、オレは義眼が入っているだろう木箱を受け取る。

 中には3つの人工の目玉が入っていた。1つ1つ手に取り、システムウインドウで確認を取る。

 1つは普通の義眼、1つは録画機能がある記録の義眼、そして最後は一時的な≪暗視≫スキルを発動させる梟の義眼だ。

 カークに潰され、呪われて再生不可になった左目を覆う包帯を外す。どうやって装備するのかと義眼の説明文を読むが、どうやら手で直接押し込むしかないようだ。

 

「装備は手動かよ。手間がかかるな」

 

 思わずぼやき、オレは左目に普通の義眼を押し入れる。アバターの痛覚機能は遮断されている為、痛みはないのであるが、DBOの常として痛みにも匹敵する不快感が広がる。だが、それも一瞬だけの話であり、異物が左目のあった場所を占領する感覚だけが残る。それもいずれは慣れるだろう。

 工房にある鏡の前に立って義眼を確認するが、やはり本物の目に比べれば人工っぽさが目立つが、それ以外は特に問題ない。

 

「悪くねーな。どうせ隻眼なのはバレてんだし、これで良いさ」

 

「そう言ってもらえると助かる。あとは瞳のカラーリングの設定を合わせれば終わりだよ」

 

 相変わらず左目の視界は無いが、それでも外見的には義眼を付けている方が幾分かマシだろう。それに遠目からは見えねーだろうしな。

 さすがに今の右目だけでは視界が半減であるし、有効視界距離も短くなっている。早急に解呪するか、本来の目に匹敵する義眼の入手が不可欠だろう。

 

「クゥリ君はどうして白髪なんだい? それに目も、赤っぽい黒というか……少し不思議な色合いだろう?」

 

 と、オレが義眼の調子を確かめていると、唐突にグリムロックは質問をぶつけてくる。

 恐らく義眼のカラーリングから何気なく思い付いたなのだろうが、いきなり過ぎるだろう。思わずオレは狼狽を露出してしまう。というのも、オレのこのカラーリングにはそれなりに理由があるが、そんな事傍から見れば単なる好みでしかなく、『白髪と赤目とか……テンプレ過ぎ!』とSAOで『軍』と聖竜連合のヤツらに何度となく笑われた苦い経験があるからだ。傭兵業以外じゃ、アレがトラウマになってオレのコミュ障が加速したようなものだぞ。

 

「目は……現実でも同じ色だからだよ。母さんと同じ色なんだ。生まれ付き色素が薄くてさ、母さんはそのせいで目が悪いんだ。オレはむしろ良い方だったけどよ」

 

 一瞬だけ、現実世界へと焦がれる感情が浮かび上がる。

 母さんはいつも優しかった。オレがこんなにも捻くれてしまっても受け入れてくれて、200人以上殺しまくった殺人鬼になっても愛してくれた。

 だからこそ、オレは仮想世界を憎んだのかもしれない。おじぃちゃんをオレから奪い、母さんに辛い想いをさせてしまったのだから。今にして思えば、全ては自業自得であり、オレが本当は狩り、奪い、喰らい、戦う事ができる仮想世界に焦がれていたという本心の裏返しだったのかもしれないが。

 

「SAOでデスゲームが始まったばかりの頃はオレも始まりの街で震えるガキだった。でも、そのまま腐り果てるのはご免だった。だから、戦おうって決めた日に、オレが現実世界を忘れない為に、自分と同じ目の色のカラーリングをわざわざ探したんだ。今も同じ理由さ。目を見る度に現実を忘れないで済む。オレはこの仮想世界と現実世界、両方にちゃんと存在しているんだってな」

 

 あの時、オレが震えたままのガキだったら……腐り続けても誰も傷つけない人間だったら……そんなIFが過ぎる。たとえ『軍』に苦しめられようとも、その後の安全圏消失で死亡する事になろうとも、オレは……『人』であると確信を抱いたまま死ねたのではないだろうか?

 嗤える。オレが『オレ』である限り、そんな選択は絶対に無かったはずだ。いかなる経験を積み、いかなるルートを辿ろうとも、オレは必ず【渡り鳥】となっていただろう。ならば、そもそもあり得ないIFは想像する事すら不要だ。

 

「知らなかったよ。そんな理由があったなんてね」

 

「誰にも言った事ねーからな」

 

 グリムロックに話すのは、彼ならば笑わずに受け入れてくれると思ったからだ。オレの惨めな抵抗の証を。現実世界と仮想世界のどちらにも【クゥリ】と【久藤 篝】がいて、肉体とアバターのどちらにも同居していて、生きているのも、戦っているのも、殺しているのも、全部『オレ』なのだという事を忘れない為の、こんな女々しい理由を。

 

「髪を白色にしたのは……オレの地元の神様にあやかって、かな? ヤツメ様っていう蜘蛛の神様なんだけど、白い髪の女の姿で現れるんだ。だから、地元の戦士は戦に白染の毛をつけた兜を被ってたんだ。ヤツメ様の加護があるように……ってね。今でも祭りじゃ男衆が白兜をつけるんだよ」

 

「今時珍しいくらい信心深いんだね」

 

 蜘蛛のバケモノであるヤツメ様は山より下りる時に美女となって姿を現す。それは白髪の乙女であり、赤い眼で男たちを惑わしたとされている。生き胆を喰らい、特に心臓を好んだとされるヤツメ様は、山の神であり、災厄であり、戦となれば力を貸し与える存在だった。故に男達は戦前にヤツメ様へと捧げ物をし、兜に白糸を編んで被った。今でも祭りでは男衆たちが白兜を被る慣わしがある。そして、それらの祭儀を仕切っていたのが、山の守り人であり、狩人であり、時としてヤツメ様と対峙して戦い、鎮める役割を持ったオレのご先祖様だった。

 何処にでもある神の物語だ。真偽など明かす必要なく、今はただ祭りと祈りと信仰……そしてオレ達一族が脈々と残っている。

 オレもヤツメ様に見守って欲しかったのかもしれない。あるいは、祭りの時と同じようにオレ自身が……

 馬鹿馬鹿しい。結局、DBOでもSAOと同じカラーリングを使っているのは半分以上が惰性だ。それ以上の理由など求めていない。

 グリムロックも納得したのだろう。それ以上の追及はなく、オレ達はお茶をさっさと済ますと、武器の試し斬り用の藁人形や甲冑などが配置された庭に出る。

 始まるのはオレが受け取る予定の武器の確認だ。オレは全面的にグリムロックを信頼しているのだが、彼も自分の使った武器が本人に手渡される瞬間を待ちわびているのだろう。そこで、こうして実際の使い心地を目の前でチェックするのである。

 

「カテゴリーは≪戦斧≫。名前は【断骨の鉈】だ。強化は+3まで済ませてある。内容は要望通りH2D1(重量2耐久1)だ」

 

 注文されていた最初の武器は戦斧だ。斧と言っても名前の通り鉈である。戦闘用の大型の鉈であり、長さは日本刀にも匹敵する。先端に行くほどに刀身は幅広く、また切っ先を持つ為に刺突攻撃も可能だ。

 高い打撃属性を持ち、耐久値を高めて継戦能力も十分。重量増加で攻撃力も増してある。STR上、片手で使用する限界点だろう鉈は、オレの注文通り、やや負担がかかる程度には重い。

 横に数度振り、逆手、両手などで鉈の具合を調べる。まるで手のひらに吸いついているかのように馴染む。初めて持った武器とは思えない。

 遠心力を増す事で破壊力を増幅さえ、風を切る音がその秘めたる破壊力を主張する。オレは踏み込んで藁人形に逆袈裟斬りを放つと、骨格にそれなりの強度がある材木を使っているとは思えない程に藁人形は軽々と両断された。

 グリムロックが拍手するが、したいのはオレの方だ。まさに要望通りの完璧である。

 

「良い武器だ。手に馴染む感じだ。相変わらずスゲェな」

 

「一言で強化と言っても簡単じゃない。たとえば、同じ重量強化でも方法は複数あって、使用するアイテムによって微細に武器は変化するんだ。たとえば、一般的にロングソードを重量強化するならば【粗鉄】だ。だけど、同じ重量で+1するにしても【冷鉄】を強化素材にする事で重量強化の度合いは小さくとも微弱だけど致命効果を高める事ができる。私の仕事は、クゥリ君のステータスや体格、戦闘スタイルを考えて、変更可能な装飾品から強化の方向性まで細分して解析し、最良最高最強の武器を提供する事だよ」

 

 眼鏡のブリッジを押し上げたグリムロックの鍛冶屋魂に火が点いたのか、鍛冶の工程とこだわりについて彼は熱弁する。オレは≪鍛冶≫に関しては門外漢である為、半ばほど聞き流しているのだが、自分には絶対無理なジャンルだという事だけは理解できた。

 

「しかし、作った私が言うのもおかしな話だが、クゥリ君が使うには重過ぎる気もするが……」

 

「確かにな。だが、最近はカタナに頼り過ぎた。オレの戦い方に合ってたのは間違いねーよ。低い耐久を補う火力とクリティカル補正、純粋な斬撃属性。だがな、だからこそ頼り過ぎていた。しばらくカタナは主力から外す。少なくとも、新しい得物が見つかるまではな」

 

 剣帯に鉈を下げたオレは、先のカークやクラーグとの戦いを思い出す。

 長期戦を強いられた病み村での戦いでは、武器が次々と損耗し、それこそが最終対決で大きな枷となった。最後までカタナは優秀な相棒でこそあったが、だが耐久値が低いという弱点、そして純斬撃属性という強みこそがクラーグ戦では苦戦の要因にもなった。

 より純粋な攻撃力の上昇。カタナのように、一撃の高みだけではなく、安定した火力の高さを。カタナに頼り過ぎた戦いを戒める必要があると感じたのだ。

 だが、普通に考えれば1つの武器を極めた方が圧倒的にお得だ。スキルが成長すればその分だけ優秀なソードスキルが得られるし、武器に付くボーナスも高まる。だが、それは特化型の話であり、オレにはあらゆる武器を使いこなす方が優先されるべき事なのである。

 とはいえ、やはりカタナは優秀であるし、性にも合っているので、次の主力級が見つかれば迷うことなく使わせてもらうが。

 続いての装備は、四肢に装着される黒ずんだ銀色の手甲と具足だ。防具ではあるのだが、武器枠を1つ消費して四肢に装着できる格闘武装である。防具として防御力も備えているのだが、格闘武器としての性能を重視している為、防御力は高いとは言えない。

 

「レベル40になって新しくスキル枠が2つ増えたからな。元々決めてたんだ。次は≪格闘≫を取るってな」

 

 SAOでは≪体術≫スキルで格闘のソードスキルを使用していたし、オレは割かし格闘攻撃を好んで使う為、そろそろ欲しいと思っていたのだ。特に武器を全て失った後でも十分に戦えるというのは美味しい。

 

「【血風の外装】だ。強化は+2まで。L1D1(軽量1耐久1)で軽量化と耐久上昇を済ませてある。かなりレア度の高い武器だよ。クゥリ君が素材集めに尽力してなければ、私も開発できなかっただろう」

 

 まるで血管のような溝が彫り込まれた手甲と具足は、黒ずんだ銀色でありながら輝きはまるで無い。それは光を吸収しているかのようだ。

 軽くジャンプしてリズムを取り、拳や蹴りを放つ。外観から想像した重さよりも軽いのはグリムロックが心血を注いでオレ用に調整してくれたからだろう。今回の鉈装備の為にSTRも強化したし、そもそも防具でもある≪格闘武具≫ならば、重量の変更はやや上昇する程度で済ませられる。≪歩法≫スキルにはDEXによる移動速度や跳躍力を高めるものでもあるし、問題ないだろう。

 今度は藁人形ではなく、プレートアーマーへと連撃を浴びせる。次々と鳴る破壊音は、この武器が早く敵を粉砕したいと訴えているかのようだ。

 

「血風の外装には隠し性能もある。私もそれを知る術はないから、熟練度を高めて確かめてくれ」

 

「そいつは楽しみだな」

 

 隠し性能の為には武器の熟練度の上昇が必須だ。今後は格闘攻撃を使う頻度をより増やしていくとしよう。

 そして、最後の武器がオレに手渡される。

 名前は【黎明の剣】。その名の通り、夜明けのような不思議な色をしており、まだよくよく見れば刀身ではその不思議な色が揺らいでおり、まるで光が当たる水面のように変化させている。

 

「まだ強化は+2でD2(耐久2)だ。軽量両手剣だけど、どうだい?」

 

 軽量級の両手剣。高速戦闘に適した、オレの求めた武器の1つだ。振るってみれば、その程よい重量に驚かされる。求めた理想形がそこにはあった。

 プレートアーマーに薙ぎ払い攻撃を仕掛ければ、刃は鎧を喰らい、切断する。幾ら格闘攻撃でダメージを受けていたとはいえ、この威力は素晴らしいの一言だ。

 

「どうだい?」

 

「良い感じだ。ただ、こうも手に馴染むと動かない的を斬るだけじゃ物足りねーな」

 

 帰り道でモンスター狩りをしても良いのだが、このステージのモンスターでは今の武器では物足りなさ過ぎる、というのもまた本音だ。

 するとグリムロックは、やや危険性を帯びた笑みを浮かべた。

 

「クゥリ君、工房裏に来てくれるかな? 少し頼みたいことがあってね。武器の試験にもなる事だから損はさせないよ」

 

 別に構わないが、嫌な予感がする。だが、世話になっているグリムロックの為ならば、一肌脱ぐとしよう。まだ依頼の時間にも余裕がある。

 グリムロックに連れられて、オレは工房裏へと赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……コイツ馬鹿だ。

 何だよ。何なんだよ、このアホみたいなゴーレムは。

 

 オレはそこで、グリムロックの最新作『ソルディオス・オービット』の恐ろしさを味わう事になるのだった。




主人公編はそれぞれのキャラの裏側でもあります。
なので、彼が各所で関わりを持ったり、行動したりした事が何かしらの変化を『ある日』に与えたかもしれません。

それでは、94話でまた会いましょう。

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