SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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Episode12-12 One day~ある傭兵の場合2~

 グリムロックにはソルディオス・オービットの改良について意見を交わしたが、アイツの技術力も大概だな。

 再び終わりつつある街に戻ったオレは、間もなく午後1時である事を確認し、昼食を取る程空腹ではないし、時間も無い事から、クラウドアースの調査員との待ち合わせ場所である旧黒鉄宮跡地へと赴く。

 アインクラッドでは、始まりの街は『軍』によって支配されていた為、攻略後期になればなるほどプレイヤーの足は遠ざかった場所だ。唯一プレイヤーの生存を確認できる場所でありながら、やはり死者の名が刻まれる場所は閑散とあるべきなのだろう。

 そして、DBOにおいて黒鉄宮跡地はまさしく廃墟化した黒鉄宮であり、アインクラッドの頃の名残がありながらも、強大な暴力と時間経過によって崩落した姿を曝している。

 だが、灰色の空から降り注ぐ雪によって、白色へと移ろった黒鉄宮跡地はある種の滅びの美学を感じさせる。

 待ち人の姿は未だ確認できない。オレはまだ屋根が残っている、プレイヤーの生死が判別できる死者の碑石の前で腕を組んで壁にもたれる。終わりつつある街は貧民プレイヤーと犯罪プレイヤーが暮らしている。あまり装備を目立たせないようにして威嚇しない方が良いのだが、今回の依頼の性質上、犯罪ギルドとの接触もあり得る。よってオレは念入りにフル装備だ。

 オレが知る限りで名が通っている犯罪ギルドは幾つかある。いずれも油断すればレベル差など簡単に覆る相手である。大型獣すらも毒蛇の一噛みに死する事もあり得る。

 まずはDBOで初の討伐対象となった【スカルナイツ】だ。骸骨の騎士というエンブレムをトレードマークに、12名の構成員によって運営された、極めて危険な犯罪ギルドだった。

 DBOの魔力に頭のネジを吹っ飛ばされたのか、それとも麻薬系アイテムの使い過ぎでハイになっていたのか、そんな事はどうでも良い。連中は欲望のままに、あらゆる犯罪行為に手を染めた事だけは確固たる事実だ。

 少数・ソロプレイヤーを集団で襲い、罠にかけて金品や装備を強奪するのは当たり前。倫理コードが無いDBOのシステムを利用し、女性プレイヤーを性的に襲う事も多々あった。更には、そうして攫った女性プレイヤーを幽閉し、売春を強要したり、娯楽のように殺人も行っていたりもした。

 そうした目に余る行為の数々に、聖剣騎士団と太陽の狩猟団が討伐に乗り出し、構成員のほぼ全員が討伐か捕縛された。オレは討伐作戦にお呼びがかからなかったので参加こそしなかったが、スミスやシノンは作戦で成果を挙げたと聞いている。

 今もスカルナイツを信奉する連中も多いが、オレに言わせればラフィン・コフィンの方が遥かに邪悪だ。PoHというカリスマによって結成されたアインクラッドを恐怖のどん底に陥れた名高きレッドギルドは、SAOというDBOに比べれば悪意を増長させる要素が少なかったシステムの中で悪逆を尽くしたのだ。……まぁ、正確に言えば、ラフィン・コフィンと言うよりもPoHの悪意と犯罪プロモーションが凄過ぎただけなのだが。

 後は今回注意するように促された【チェイン・グレイヴ】か。十字架に鎖が巻き付いたエンブレムが特徴的な犯罪ギルドであり、穏健派とも過激派とも言い難い微妙な立ち位置にいるのだが、裏業界では最大の武闘派として名が通っている。と言うのも、オレも実際に交戦した事があるわけではないので一概には言えないのであるが、どうやら上位プレイヤー……下手すればトッププレイヤー級の連中がいるらしい。

 攻略を目指すわけではない犯罪ギルドに、何故それ程までに腕が立つプレイヤーがいるのか。理由は定かではないし、わざわざ疑問を抱く必要も無い。自分の力をどう振るおうがソイツの勝手だ。

 今回はチェイン・グレイヴとの接触も想定されている。捕縛対象のエレインはチェイン・グレイヴといかなる繋がりを持っていたのか。それは調査員から提供される情報から推測していけば良い。

 と、そうこう思考を巡らせている間に、雪を踏み鳴らす足音が耳に届く。折れた柱の陰から覗き込めば、こちらに向かってくる1人の男の姿があった。調査員の容姿は確認していない。プレイヤーネームの表示設定を大半のプレイヤーと同じくオフにしているようだ。

 

「【渡り鳥】だね。お待たせしてしまったかな?」

 

 紳士的な物言いをした男はオレの姿を確認すると、微笑んで話しかけてくる。

 年齢は40代前半、あるいは半ばだろう。まるで炎で炙られてしまったような褪せた金髪を後ろに撫でつけ、前髪の数房を垂らしている。身長は180センチにも届きそうな長身だ。体付きも筋骨隆々というわけではないが、引き締まってそうである。まぁ、どれだけ現実で筋肉があろうともアバターはSTR次第だから意味ねーけどな。やや痩せた顔だが、それなりに容姿は整っている。若い頃はモテモテだったんじゃねーの? 髭は生やしてねーけど、今もおじ様系の好きなヤツにはキャーキャー騒がされそうだ。

 

「いや、待ってねーよ。アンタこそ、クラウドアースの調査員で間違いないな?」

 

「ああ。私は【クレナイ】だ。証拠はコレで良いかな?」

 

 そう言ってクレナイが取り出したのは、ネイサンの一筆だ。プレイヤーサインはシステム上の物である為、偽造はできない。だとするならば、それこそネイサンが拷問されて無理矢理書かされたとかでもない限り、クレナイは今回の依頼で正式に派遣されたクラウドアースの調査員という事になる。

 

「歩きながら話しても構わないかな?」

 

「内緒話じゃねーなら良いぞ」

 

「人に聞かれたくない話だが、そういう物ほど雑談のように語らえば誰も聞き耳を立てるものではない」

 

 これが大人の余裕ってヤツか? クレナイに促され、オレは彼の隣を歩く。サインズ近くの露店で彼は腹が減っていると言い、ハンバーガーモドキとレモネードみたいな何かを購入する。オレはホットミルクとサンドイッチだ。こんな寒空の下で冷たい炭酸飲料水とか飲めねーよ。

 妙にハンバーガーを齧る姿が板に付いたクレナイは、口元のソースを親指で拭い、ストローを差したレモネードを飲む。その隣でサンドイッチを口にするオレを、羨ましそうに10代半ばだろう男女の貧民プレイヤーが身を寄り添いながら見ていた。

 オレの昼飯代は500コル、クレナイは600コルだ。貧民プレイヤーからすれば、3食分どころか、下手すれば10日分にも匹敵するだろう食費である。

 彼らはラスト・サンクチュアリの器から漏れた、貧民プレイヤーの中でも下層の部類だ。リポップする路地裏の鼠を追い回して狩り、NPCが経営する商店の裏にあるゴミ箱から時間経過事に得られる残飯系の食料アイテムを糧にし、安値のイベントやギルドの仕事をこなして生きている。

 それでも寒冷状態にして緩やかな死を与える雪は、彼らに静かなる凶器となって更なる苦難を強いる。この前も凍死したプレイヤーが確認された。

 オレが今朝宿で目覚めて震えた状況を、彼らは毎日、24時間過ごしている。それは自業自得であるとも言えるし、救済処置が著しく欠けたDBOのシステムによって嬲り殺しにされている哀れな被害者とも言える。

 ……いや、そもそも前提が間違っているか。彼らも、オレ達も、誰も彼もが被害者だ。茅場の後継者によって仮想世界で生と死の狭間を歩き続ける事を強要されている、等しく同じ牢獄の住人だ。

 考えるのは止そう。オレは食事に集中する。薄切りのベーコンと萎びれたレタスがパサパサのパンに挟まったサンドイッチを貪る。

 なるほど。確かにこうして食事をして歩いていれば、傍から見れば物騒な話をしている2人組には見えない。クレナイもよく考えている。

 

「さて、今回の依頼はエレインの捕縛にある。事の発端は内部調査部のムーココナッツの殺害だ」

 

「内部調査部って事は、要は身内専門だろ? 殺されたのはオフの時か?」

 

「いや、仕事中だ。ムーココナッツは諜報部が犯罪ギルドと癒着し、故意に情報を隠蔽している疑いの真偽を探っていた」

 

 きな臭い話になって来た。やはりと言うべきか、単純な殺人事件の調査というわけではなさそうだ。

 

「推測にすぎないが、ムーココナッツは諜報部が何としても隠匿したい情報を入手したのだろう。そして、それを揉み消したい諜報部によって殺された。エレインは利用されたに過ぎない。彼はかなり借金を抱えていたようだが、調査によって何処かしらから定期的収入を得ていた。ほぼ間違いなく諜報部が子飼いとしてキープしていたスパイだろう」

 

「犯罪ギルドの内情を知るには、犯罪ギルドに身を置く者が1番ってわけか。つまり、エレインは単なる馬鹿その1じゃないってわけか」

 

 通りで捕縛に拘るわけだ。身内を殺されたクラウドアースにしては温いと思っていたが、今回の1件はエレイン単独による突発的な殺人事件ではなく、クラウドアースの内部粛清を左右しかねないのだ。

 そこでオレの出番だ。SAOでもアインクラッド解放戦線や聖竜連合といった大組織の内部粛清にも関与した経歴があるオレならば、こうしたどす黒い案件でも安心して任せられるというわけだ。

 問題なのは、オレがそうした内部粛清に関与した情報をクラウドアースは何処から仕入れたのかという話だ。オレもさすがに【渡り鳥】としての悪名がどのような噂で広まっているのか調べたが、内部粛清に関しては話題に上っていなかった。それもそうだ。殺しまくったオレもそうだが、依頼するヤツも大概なのだ。SAO生存者でもオレの依頼内容をそれなりに把握しているのは一握りである。

 よもやクラウドアースに『アイツ』が在籍していて情報を流した? あり得ないと否定できない訳ではないが、『アイツ』ならばオレと敵対するリスクを下げる為に安易に情報を売らないはずだ。

 だったら、依頼主たるサボテン頭野郎……キバオウか? だが、クラウドアースとラスト・サンクチュアリは敵対関係にある。キバオウがわざわざオレの情報をクラウドアースに渡すメリットは無いはずだ。それとも、単に口を滑らせたのが風聞に乗っただけか? それにしては、内部粛清に関しての噂が無さ過ぎるし、あのミュウがオレの経歴を聞いて利用しない訳がない。

 誰だ? 誰がクラウドアースと繋がっているんだ? 内部粛清を請け負っていた事を知っていて、なおかつ生存している人物。

 駄目だ。そもそも何人のリターナーがDBOにいるかという全容すら掴めていないのだ。これでは情報元を割り出す事は出来ない。アルゴならば情報料次第では売りそうであるが、傭兵業をしていてもアイツの名前を聞かない事から、DBOにアルゴはいない確率が高い。

 

「仮にエレインから引き出した情報で諜報部の糞共を炙り出したとして、その後はどうする? オレの依頼はあくまでエレインの捕縛までだ。それ以上なら追加料金をもらうぞ?」

 

「残念ながら、私に追加依頼料を提示する権限は無い。今のところはエレインの捕縛に専念してくれ」

 

「……そうかい」

 

 それならそれで良い。オレは心の隅で残念がっている自分に苛立つ。依頼で殺せと言われれば殺すが、自分から殺しの依頼を引き受けるように売り込もうとは思わない。なのに、オレの心は何処かでクレナイから内部粛清の依頼を得られるのではないかと期待していた。

 頭を切り替えろ。心を覗き込むな。今は依頼に集中しろ。オレはサンドイッチの残りを呑み込み、思考を依頼へと集中させる。

 

「そもそも手掛かり無しで個人を見つけ出すのは不可能だ。エレインの情報をくれ」

 

 オレはネイサンから与えられた最低限の情報をクレナイに伝える。オレが知るエレインの情報と言えば、彼がEIASTというギルドを率いていた事。件のギルドは2名の仲間の死亡を契機に解散した事。生き残りの1人であるイワンナの所在はつかんでいるが、彼女はエレインの居所に通じるのような情報を有していない事だ。

 もちろん、これらの未所持の情報をパッチに探らせて得るという手段もあったのだが、何せ緊急依頼だ。パッチに調べさせる時間も無かったのである。

 

「EIASTは新進気鋭というわけではないが、それなりに注目を集めていたギルドだった。無理なレベリングもせず、堅実な成長を続け、チームワークもある。あのまま成長し続けていれば、いずれは大ギルドの下部組織に吸収されたとしても、それなりの地位を保ち続けただろう」

 

 逆に言えば、独立を保てる程のギルドでは無かったというわけだ。エレインはリーダーとして人を率いる素質はあっても、戦略眼やギルド運営能力に欠如していたのかもしれないな。

 3大ギルドが鎬を削る現状でも、いかなる勢力にも属していないギルドは複数存在する。歯牙にもかけてもらえない弱小ギルドも多いが、中には上手く立ち回って独立を維持する中堅ギルドも少なくない。

 

「だが、運悪くトラップに引っ掛かってしまったらしい。そのせいでイワンナは親友を亡くした。原因はエレインの恋人でもあり、生存者の1人のアイラだ。当時、イワンナは彼女をかなり責めたらしく、エレインはアイラを擁護した。ギルドを立て直そうにも、信頼関係を失った彼らには互いの背中を預けるなど不可能だ」

 

「あとは空中分解ってわけか」

 

 トラップの解除ミスで死亡するなど、通常のゲームならば珍しくないだろう。だが、DBOにおいてトラップ解除ミスは死に直結しかねない。故にシーフ型は責任重大であり、だからこそ好待遇でギルドに迎え入れられる事も多い。

 それでもトラップの解除はシステムに則ったものであり、判定失敗は成功率が余程低くない限りプレイヤー個人の責任ではない。

 本当に石橋を叩いて渡るならば、≪ピッキング≫の熟練度を上げ、トラップ解除用アイテムを揃え、成功率100パーセントで実施すべきなのだ。たとえ成功率が99.9パーセントであったとしても、0.01パーセントの確率で失敗するのだから。

 話を聞く限りEIASTは堅実で無理をしないギルドだ。恐らく成功率も限りなく100パーセントに近かったに違いない。アイラの責任が問われたとするならば、恐らくギルド全体で100パーセントでもないのに『絶対に成功する』というレベルの成功率が提示されたからだろう。

 

「以後3人はそれぞれの道を歩んだ。イワンナは飲食店の経営、エレインはギルドを再結成しようとチェーン・グレイヴから資本金を借入するも、集ったプレイヤーにコルを持ち逃げされて借金塗れ。アイラは自責の念で狂って行方知れずだ」

 

「……救われねーな」

 

 辛うじて真っ当な道を歩んでいるのはイワンナだけか。

 何となくだが、エレインの気持ちは分かる。恐らく彼はやり直したかったのだろう。もう1度ギルドを作り上げ、離れ離れになった恋人と仲間をもう1度纏め上げ、居場所を作ってあげたかったのだろう。

 だが、蓋を開けてみればDBOに蔓延した悪意に呑まれ、借金を背負って破滅か。しかも助けようとした2人の内の1人は自力で自分の住処を手に入れ、もう1人は発狂とはな。

 

「多額の借金を抱えたエレインは、返済の為に借入元であるチェーン・グレイヴに頼り、仕事を斡旋して貰っていたようだな。彼はそれなりにレベルとスキルが備わったプレイヤーだったから利用価値があったのだろう。以後は麻薬系アイテムのバイヤーをしていたようだ」

 

 ギルドのリーダーだった男の行き着いた先が犯罪ギルドの手先か。情けないとは決して言えない。彼は限りなく自分にとってベストな判断をしたのだろう。たとえ、理性と道徳心が咎めようとも。

 

「その果てがクラウドアースのスパイで、挙句に殺人して追い回される鼠か。ハードラックな野郎だ」

 

「良心が痛む、と?」

 

「生憎そこまでセンチメンタルじゃねーよ。ただ『哀れ』ってだけさ」

 

 顎を撫でるクレナイは納得したように頷く。良く分からんが、コイツは今の経歴で何も感じるものがないのだろう。

 

「彼は『敗者』だ。『勝者』である事を望み、戦い、賭けて、負けた。敗者に哀れみなど要らないだろう」

 

 その証拠に、事も無げにクレナイは断言する。

 クラウドアースの連中によくある鼻につくようなエリート臭ではない。クレナイの言葉には言い知れない、まるで全身にへばりつくような血のニオイを感じる。調査員というのは建前で、本当は内部粛清を兼ねた暗部の人間なのかもしれない。

 

「それで具体的にどうすれば良い? オレの依頼はアンタのサポートか?」

 

「そうだな……ここは1つ、【渡り鳥】のお手並み拝見というのも面白いだろう。私がサポートに回ろう」

 

 物好きな野郎だ。だが、依頼内容はエレインの捜索だ。調査員をサポートしろという物ではない以上、オレが主導するのもやぶさかではない。

 さて、エレインを捜索するとするならば、まずは彼の足取りを追う必要がある。ムーココナッツが殺害されたのは3日前だ。クラウドアースが終わりつつある街に彼が潜伏していると断言しているのは、恐らく想起の神殿を含め他ステージへのプレイヤーの移動を監視しているからだろう。

 エレインは中堅ギルドを率いていたとなると、想起の神殿にもたどり着けない貧民プレイヤーとは違い、望郷の懐中時計でステージ移動が可能だ。広大なステージが幾つもあるDBOにおいて、他ステージに逃走された拠点を持たない個人を探し出すのは困難極まりない。

 恐らくだが、犯罪ギルドもある程度情報提供しているだろう。クラウドアースの人間を殺したともなれば、たとえクラウドアース側のスパイだとしてもエレインをバイヤーとして雇っていたチェーングレイヴとしては大きな失態だ。恐らく血眼になってエレインの居場所を探っているだろう。

 そうなると、エレインが潜伏できる場所は自ずと限られてくる。知人・友人に匿ってもらっていると考えるべきだろう。ならば、まずはエレインの交流関係を洗い出す。

 

「まずは『地下街』に行く。蛇の道は蛇だ」

 

「同じ穴の貉を締め上げるか。悪くない手法だ」

 

「そこまで手荒な真似しねーよ。傭兵だからって何でも暴力で解決しようとするのは二流さ」

 

 まぁ、最終的には暴力に頼るんだけどな。あくまで過程で『交渉』やら何やら挟んで戦いを回避する努力を怠らないのも傭兵の大事なスキルだ。そうすれば相手を殴れる建前が得られるし、経費も節約できる。

 地下街とはその名の通り、終わりつつある街の地下の事だ。悪人系NPCが蔓延り、地上では入手できないようなアイテムを販売している。ただし、地上以上にスリや強盗を仕掛けてくるNPCが多く、発見された初期にはプレイヤーの何人かも犠牲になった。現在は犯罪ギルドの温床とも知られ、盗品の市場や麻薬系アイテムとの取引場としても利用されている。

 元はSAO後期に発見された、黒鉄宮から侵入できる地下ダンジョンだったのだろう。今でもモンスターが息づいているエリアもあり、広大な地下宮殿のようなダンジョンだった場所は逞しい人間達に蹂躙され、破壊と改築が成された。プレイヤーによって建物も次々と建てられ、下手すれば地上よりも活気がある都市と化している。

 オレも傭兵として幾度か足を運んだ程度なのだが、意外と地下街を利用するプレイヤーは多い。それなりのレベルのプレイヤーならばスリや強盗のNPCは敵ではないし、貴重なアイテムも幾つか得られる。また、誰もが薄暗い欲望を持て余しているものだ。ここではそうした欲望を満たせる。

 ふと、誰かの言葉を思い出した。あれは学校の教師だったか、それとも何かの本で読んだ偉人の言葉だったか。

 

『人間は何処までも邪悪になれる。逆に、人間は限られた範囲までしか善人にはなれない』

 

 性善説だろうと性悪説だろうと関係ない。人間の本質が善だろうと悪だろうと知らない。大事なのは結果として、善悪の比重があるのかという事だ。

 スリのガキNPCの手をひねり上げ、オレは鉈で右腕を肘から切断する。赤黒い光を切断面から飛び散らせてガキは泣きわめくが、プレイヤーもNPCも誰もガキの叫び声には興味を示さない。この地下街はそうした世界なのだ。

 

「それで、何処から聞き込み調査をする?」

 

 クレナイの質問に対し、オレはまず先程から引っ掛かっていた疑念を口にする事にした。

 

「そもそも、何でエレインはクラウドアースのスパイになった?」

 

「借金の返済の為だろう?」

 

「オレにはそうとは思えない。犯罪ギルドにスパイ行為をするってのはとんでもないリスクを背負うって事だ。バレたら待つのは死で、良くて拷問だ。エレインは借金をチマチマ返すだけの収入を麻薬バイヤーになって得てていたはずだ」

 

「リスクとリターンが見合わない、というわけか。確かに堅実を理念とした男にしてはギャンブルが過ぎる」

 

 そうだ。少なくともエレインは借金がチャラになるほどの高額報酬を得ていたわけではない。せいぜい小遣いが増えた程度だろう。

 ならば、最近のエレインの出費について確かめる。その方法はエレインが主に通っていた飲食店や商人などからの聞き込みである。オレはNPC経営の店を避け、【約束の左腕】という酒場を選ぶ。≪交渉≫スキルがあればNPCからも効率的に情報が得られるのだが、オレは持ってないし、何よりもプレイヤーの個人情報をNPCが提供してくれるとは思えないからだ。

 

「オレが先に入る。アンタは少し後に頼む」

 

 入った酒場には数人のプレイヤーとNPCによって席が埋められている。石造りの建物の中、カウンターには店主なのだろう針金のように細長い男プレイヤーが隔週サインズを読みながら煙草を咥えている。

 店の壁にあるのは犯罪ギルド【フォックス・ネスト】のエンブレムが入ったタペストリーだ。ここはフォックス・ネストが仕切っている店なのだろう。

 オレがエレインならば、組織を裏切る形で収入を得た場合、組織の支配下に無い店で金を使う。そうすれば露見するリスクが減るからだ。

 

「いらっしゃいませ。何になさいます?」

 

 カウンターに近づいたオレ達に気づき、店主は煙草を灰皿に置き、笑顔で注文を窺ってくる。

 オレは席に腰かけ、棚に並ぶ酒を眺める素振りを見せながら、右手の人差し指でテーブルを叩いてリズムを取る。

 

「実は人を探しているんだ。エレインって野郎なんだけど、聞き覚えは?」

 

「いいえ。ほとんどのお客様が名乗られませんので」

 

「そうか。そりゃ残念だ。だったら隣りの客に最高に高い酒を奢ってくれ。前祝いだ」

 

 オレに少し遅れてカウンター席についたクレナイは表情を崩さず、店主に出された高そうな琥珀色の液体が入ったグラスを揺らし、その香りを楽しむ。どうやらオレの演技に動揺せず、即座に付き合える程度には臨機応変のようで助かる。

 

「これは良い酒だ。前祝いとは何か良い事でも?」

 

 しかもオレの意図を察知してか、自ら舞台に上がってきてくれる。この助け舟は正直ありがたい。

 オレは何でもないといった調子で、更に店で1番高そうな料理を注文する。正直先程食べたばかりで腹もそこそこ膨れているのであるが、演出には小道具が不可欠だ。

 分厚い肉の塊にナイフを突き立て、オレはわざとらしく粘ついた笑みを浮かべる。義眼が調整中で良かった。包帯撒いて隻眼とか、どう見ても悪人フェイスだからな。

 

「ああ。ちょいとでかい仕事が入ったんだ。チョロい仕事で前払いが10万コルだ」

 

「じゅ、10万……っ!」

 

 ごくりと店主が生唾を飲む。その目に欲望のドロドロとした火が灯った事を見逃さず、オレは店主へと視線を移して、可能な限り不敵に笑う。

 

「何だ? 気になるか?」

 

「ええ、そんな大金のお仕事とは……」

 

「まぁ、オレなら当然さ。アンタも聞いてるだろ? オレの名前を」

 

「い、いえ、申し訳ありませんが、存じ上げません」

 

 戸惑いながら返答する店主に、オレはわざとらしく天を仰いで肩を竦める。ややオーバーアクションだが、演技する時はこれくらい派手にした方がオレの場合は調子が良いのだ。

 しかし、オレも随分とレベルアップしたな。北のダンジョンのボス討伐会議での大根役者っぷりが懐かしい。これもあの糞女との交渉で鍛えられたお陰だな。そこだけは感謝してやるよ。

 

「カークを殺って、それなりに名が売れたと思ったが、オレもまだまだらしいな」

 

「ま、まさか……【渡り鳥】!?」

 

 さすがの店主も、それなりに噂になっている病み村の件は耳にしていたようだ。だとするならば、『渡り鳥』、『仕事』と『人探し』というキーワードから、オレがどんな仕事で地下街を訪れているのか、勝手に想像を膨らませてくれているはずだ。

 オレがするのは、彼の中にある金銭欲と恐怖を少しだけ擽るだけだ。

 

「ああ。今回の仕事は邪魔するヤツを1人残らず……って話さ。まぁ、ターゲットは誰かとまでは言わねーけどな。だが、すぐに炙り出してやるさ」

 

 肉を豪快に食い千切るオレに、店主は口元を覆う。今の彼は算段を立てているのだろう。情報提供によって得られる収入、そして悪名高い【渡り鳥】に情報隠蔽したともなれば、どんな理不尽な仕返しがあるのか分かった物ではない、と。

 ミュウの情報操作のお陰で【渡り鳥】の悪名は薄れたが、それでも『人の命を何とも思わない狂人』という部分が消えなかった以上、こうなったら最大限に悪名を利用させてもらうだけだ。

 

「……【渡り鳥】さん。先程のお話なのですが、少し小耳に入れたい事が」

 

「へぇ?」

 

「エレインかどうかは分からないんですがね、似たヤツが最近娼館から身受けをしたって話を聞いたんですよ。何でも昔の女って話です。ウチはフォックス・ネストさんと繋がりがありますからね。どうやら系列の娼館らしいです。こちらが店の名刺です」

 

「そいつはどーも。コイツは礼だ。取って置け」

 

 オレは所持金を細分化してある小切手から5000コル額面の物を取り出し、店主に渡す。交渉や取引用の資産だ。フレンド登録してねーとコルの取引はシステムウインドウじゃできねーからな。

 

「今後も期待しているぜ? 次は『隠し事は無し』だ」

 

 小切手を手渡したオレは店主の腕を引っ張り、その耳元で優しく撫でるように囁く。店主の顔が引き攣り、何度も頷いた姿を確認してオレは彼の腕を放した。

 脅しもこんな物で良いだろう。何事も飴と鞭が大事だからな。

 オレは先に店を出ると、後から退出したクレナイと合流し、店主から受け取った娼館へと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 ……ん? 娼館?

 

 

 

 

 

 ちょっと待て! オレ、そういう所行った事ねーんだけど!? ど、どどどど、どうすれば良い!? どうすれば良いんだ!?

 あれか!? やっぱり情報収集の為には、おんにゃのこと、その……にゃんにゃんしないと駄目とか、そんな展開なのか!?

 ダメダメダメ! オレはそういう世界は……何ていうか、もっとプラトニックにって言うか……その、あの、えと!

 

「ここか」

 

 地上に出たオレ達は終わりつつある街の南にある、古びた洋館を改築した娼館を前にする。

 さて、オレの人生最大のミッションをどうやって攻略したものだろうか? まさか、こんな最難関が待っているとはなぁ。しかも昼間から娼館とか屑の極みじゃねーか。




今回は少しアウトロー気味の展開です。
これからはクライムストーリーも織り交ぜていく予定です。


それでは、94話でまた会いましょう。

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