依頼を受ける→傭兵仲間と遭遇→武器を得る→『あんなもの』と戦う→地下街にいって演技→娼館で受難→謎の少女と突発デュエル(今ここ)
DBOにも一応ではあるが、対人戦用のデュエル・システムが準備されている。
PvP推奨のDBO、他プレイヤーを殺害して得られるメリットが多く、また攻撃してもオレンジやレッドなどの区分も無い為、デュエルに如何程の意味があるのかというと、意外にも有用性は高い。
たとえば、命を奪わずに戦いで明確な決着を付けたい時などが有効だ。ギルド内の模擬戦などが該当する。
デュエルの形式は、HPをゼロにした方が勝ちの『ノーマル』、HPを先に半分減らした方が勝者の『ハーフ』、HPが無くなる代わりにアバターの欠損率かダメージ部位によって致死に至る『ニアデッド』、いかなる攻撃であれ1発でも命中すれば負けになる『ファーストヒット』の4つがある。
形式を選んだら更に詳細な条件を設定できる。ソードスキルや魔法を禁止する『シール』、制限時間を設ける『リミット』、プレイヤー同士の最大距離を制限する『サークル』、クリティカルを無しにて致死率を下げる『チキン』、スタミナが回復しなくなる上にスタミナ切れになると負けの『タフネス』、アイテムが使用できなくなる『オンリーウェポン』、回復が出来なくなる『ノットキュア』だ。
これらを組み合わせてデュエルは開始される。今回、少女から申請されたデュエルは『ハーフ』だ。それ以外の設定は無いシンプルなものである。
当然だが、HPが半分になったら負けであるので死亡のリスクは低いが、ダメージによるHPの減少が半分で停止するわけではない。防御力や武器の火力差、HPの低さなどが噛み合わされば、HPは容易くゼロに到達して死に至る。実際に、ギルド内の模擬戦で運悪くクリティカルダメージで仲間を殺してしまい、罪の意識に耐えきれずに自殺したプレイヤーも実在する。
デュエルの承諾を行い、オレと少女は右手の手のひらを合わせる。これで正式にデュエルの開始がシステムによって承認される。
開始まであと10秒。オレは鉈ではなく、黎明の剣を両手で構え、剣先を足下の雪に触れるか否かの位置まで下げ、円を描きながら少女と距離を取る。一方の少女は、黒の片手剣を引き抜き、左手をフリーにしたまま摺り足気味に後退する。
距離はおよそ3メートル。得物のリーチはオレの方が上だが、軽さを活かした攻撃速度は少女の方が上だろう。それに少女の片手剣は軽量級以上の武器の特徴を見出せない。それなりに武器の知識はグリムロック経由で仕入れているのであるが、頭の隅で引っ掛かるだけで何なのかまでは思い出せない。
恐らく片手剣に様々な改良処置を施しているのだろう。かなりカスタムされた武器とみて間違いない。
開始まで残り3秒。アイマスク型の仮面のせいで少女の視線を見切れないが、口元にはやや不敵な微笑を描いている。
そして、デュエル開始の鐘が鳴る。途端に少女の姿が半ば消失するようにブレると、雪を煙か霧のように立ち上げながら弧を描いてオレの右斜め背後を一瞬で取る。それをオレは咄嗟に黎明の剣を盾のように背中でかざして防ぎ、斬撃の衝撃を手首に蓄積しないように肘まで流して抜けさせ、反転しながらガードから横薙ぎに派生させる。
だが、オレの斬撃は空を斬るに留まり、少女はバックステップを踏んで間合いを完全に見切り、余裕ある紙一重を披露する。
僅か数秒にも満たない攻防。その間に黎明の剣の間合いを測ったか。戦い慣れてるな。それにDEXもかなり高い上に、それを活かす体捌きもある。トップスピードに至る瞬発力はアスナ程ではないが近しいものを感じるし、アスナには無い瞬発力で引き出したスピードをある程度維持するランナータイプの素質もそれなりにあるようだ。ただし、今の一撃を余程手抜きしていない限りSTRは低めだな。
こういうタイプはVITは差ほど高くないのが通例だ。高速戦闘スタイルは、HPを増やすよりもDEXやCONを高めて継戦能力と回避性能を引き出す。
そうなると武器はTECボーナス重視だろうか? 軽量級武器でダメージを叩き出すにはそれが通例だが……
面倒だな。どうせ遊びだ。見極めるなら『斬らせる』のが手っ取り早い。オレは踏み込みながら黎明の剣による刺突を少女の右目に狙いを突けて放つ。上段高めの、脇を甘くした誘いの一撃だ。
身を翻して突きを回避しながら、回転斬りの容量で少女の斬撃がオレの横腹を薙ぐ。だが、命中するギリギリで足首に強引に負担をかけて体勢を崩し、斬撃を浅くしてダメージが大きくならないように体を動かした。
これが『ファーストヒット』ならばオレの負けであるが、ルールは『ハーフ』だ。いかにVITが低いとはいえ、軽量型片手剣の浅い攻撃でHPが半分まで削れる事は余程のブーストをかけていなければあり得ない。
HPの減り具合は…5パーセント程度か。やはり火力は低めだな。ダメージの時のアバターを通した感覚から火炎属性や雷属性、水属性の含有は無し。ただ、斬撃以外のアバターに『染みる』ような感じが目立った。ここから判断するに、物理属性以外に魔法属性・光属性・闇属性のいずれかを持つ武器と考えるべきだろう。
再び動いたのは少女だ。だが、オレは彼女を迎撃するように黎明の剣を振り上げつつ、足下の雪を蹴り上げる。それは少女の視界を一瞬だけ潰すには十分過ぎる役割を果たし、その間に身を屈めながら少女の脇を駆け抜けながら刃を振るう。胴を裂く一閃を少女は器用に、まるで棒高跳びでもするかのように跳躍で回避し、宙で逆にオレへと投げナイフを投げる。刀身がひび割れ、まるで今にもマグマが噴出しそうな赤い光を宿したナイフをオレは両手剣で迎撃するが、接触した瞬間に火炎壺には劣るが、ナイフが炎を撒き散らしながら炸裂し、迎撃した3本すべての爆風がオレを撫でた。
HPの残りは今ので8割半か。距離は近かったが、グリムロック謹製コートに救われたな。カーク戦でも役立った火炎防御力は今のレベル帯を過ぎればさすがに防御力不足であるが、それでも現状には十分に対応できる。
しかし、太腿に投げナイフのホルスターを仕込んでいたか。まぁ、オレもコートの裏はびっしりと茨の投擲短剣なので人の事を言えないが、面白い投げナイフを使用している。恐らく耐久値がゼロになると炸裂するタイプなのだろう。近距離でガードすれば爆風によるダメージ、命中は論外、足下に着弾しても危険だ。
今度はオレから間合いを詰める。剣先で雪を抉りながら強引に駆け、少女へと斬り上げを放つ。それを片手剣で軌道をズラし、膝蹴りでオレの横腹を打つ。
「え?」
少女の顔に僅かな驚きが生まれる。確かに命中したはずの蹴り、だが軽装のオレがまるで揺るがず、逆に浮いた左脚の脹脛をつかんだからだ。
素の格闘攻撃はSTRの高さによって基礎火力が高まり、DEXの高さによってスピードを増加させる事によってモーション値を高めて威力を増幅できる。DEX重視のプレイヤーは軽く速い一撃でダメージを稼ぎ、STRが高いプレイヤーは一撃の重さで敵を打ちのめす。このダメージ量を増幅させ、また格闘攻撃のソードスキルの使用が可能になるのが≪格闘≫スキルである。
少女のSTRの低さとDEXの高さから、たとえ≪格闘≫スキルを保持していたとしても、余程高火力型のソードスキルでも使用しない限り、オレのHPは半分まで削られない。それに、手甲と具足を装備したオレはスタン耐性も高まっている為、STRの低い少女の膝蹴り程度ならばスタンされる事も無く、また事前に攻撃を受ける箇所を読んでいれば力の入れ具合で僅かなバランスの崩れも予防できる。
脹脛を起点にして少女を強引に投げ、体勢が崩れた宙で先程のお返しとばかりに茨の投擲短剣を5本投げつける。少女はもはや風と表現した方が良い斬撃で短剣を弾くが、そこまでも計算通りだ。わざと投擲中に1本だけ足下に茨の投擲短剣を落としていたオレは足の甲で柄頭を蹴り、雪の上に着地した少女の眉間へと短剣を蹴り飛ばす。
だが、少女はフリーの左手で眉間直撃寸前の茨の投擲短剣を器用に人差し指と中指の間で挟み、逆にオレに投げ返す。左肩狙いのそれをオレは短剣の柄をキャッチして防いだ。
「どういう反応速度してやがるんだよ」
正直、今の一連の『殺し』でダメージ無しは予想外だった。今の茨の投擲短剣をつかんだ反応速度……あれは『アイツ』に匹敵する。いや、下手すればそれ以上ではないだろうか?
アスナに迫るような瞬発力、スピードを維持するDEXコントロール、ステータスを活かす針の穴に糸を通すような繊細な体捌き、そして反応速度は『アイツ』並みかそれ以上か。
ヤバいな。『遊び』のつもりだが、『本気』になりたくて仕方ない程の大物だ。天才ってヤツか。
「お兄さんこそ、あの蹴り読んでたの? 見切りの早さが尋常じゃないよ」
「鼻が利くんだよ」
黎明の剣で肩を背負い、鉈に切り替えて肩を叩く。少女は片手剣を振るい、左手は拳を握りながら体をオレに対して斜めにする。
ここまでは互いに様子見の第1ラウンド。結果はダメージ量的にオレの負けだが、手の内を明かした数は少女の方が多い。
「軽い暇潰しのつもりだったけど、ボクね、楽しくなってきちゃった」
「そいつは同感だな」
加速する。高速戦闘に慣れていない者ならば、少女の長い髪が残す黒紫の色のみしか視界に収められないだろう。だが、伊達にオレとて【閃光】とまで言われたアスナと鬼ごっこを繰り広げていた訳ではない。蛇のように左右に揺れながらオレの間合いに入って来た少女の下段からの刺突攻撃を身を捩じって回避し、鉈で首を狙う。それを少女は顎を上げて頭を動かして回避するも、切っ先が僅かに首の皮を裂き、赤黒い光を散らせる。初ダメージだが、ほとんどヒットしていないに等しい為、目に見えたダメージは無い。
咄嗟にオレは鉈を持つ右手を順手から逆手に斬り替え、高速の2撃目を放つ。それに反応して見せる少女だが、そこまでは見切りの範疇だ。
反応速度が『アイツ』並みかそれ以上ならば、対『アイツ』用に考えていた戦術を使わせてもらうだけだ。二刀流で無い分、まだ対応はし易い。
VR空間における高い反応速度とは、即ち脳がアバターに動作を命令するまでのラグが限りなく小さい事を示す。これによって驚異的な緊急回避・防御能力、攻撃動作の高速化、踏み込み加速による擬似的DEX上昇などが生じる。
簡単に言えば、『脳が情報入手→アバターに動作を命令→アバターが動く』という手順の高速化こそが『反応速度の向上』というわけだ。結果、動きのスピードが高速化するのである。
オレはアスナ程の瞬発加速能力も、『アイツ』程の反応速度も無い。だからこそ、オレは本能に頼る。研ぎ澄まされた直感による見切りだ。要は『脳が情報入手』という過程を限りなく省く事で、反応速度が高いヤツらに対抗するのだ。そして、ステータス強化された本物の肉体よりも遥かにパワーもスピードも備えたアバターを完全に御する事もまた必須条件だ。
「今のも躱すか」
そして、オレの戦闘理論を少女は容易く破って来る。あの切り返しの斬撃を少女はサマーソルトキックで鉈の腹を蹴って軌道をズラし、見事回避して見せたのだ。オレも愛用しているダークライダー流の攻撃軌道変化術である。
オレの見切りを一瞬だが超えてきやがった。まだ十分に捉えられるが、このまま少女が更にギアを上げたとなれば、オレの読みの速度を少女の純然たる反応速度が大きく上回ってしまう。
やっぱり『アイツ』クラスの反応速度だけでも厄介なのに、アスナに迫る瞬発加速とオレの御株を取るような人体制御が相乗作用で働いているか。
ならば、あまり使いたくない手だが、少女の反応速度を『焼き切る』他ない。VR空間における反応速度とは、要は脳の潜在能力がVR適性の高さによって引き出された、VR空間限定の武才だ。ならば、VR適性に過負荷をかけ、脳にストレスを蓄積させ、根本的な反応速度を下げる。
だが、そこまでするには今以上の『殺し』を込めねばならない。『遊び』では済まされないレベルをオレ自身に要求せねばならない。
それも面白い。オレは理性がいい加減にしろと嘆くのを振り払い、熱せられてきた本能に脳を焦がす。
鉈を右手に、黎明の剣を左手に、オレは同時に飛び出した少女とぶつかり合う。STRで上回るオレが少女の細い体ごと片手剣を押し返し、そのまま鋭く鉈で斬りつける。少女は身を屈めて回避するが、その頭上へと黎明の剣を振り下ろす。これもまた身を宙で翻すように鮮やかに避け、少女の連続突きがオレの体を掠める。
ここだ。オレは鉈を捨て、少女が着地するタイミングに右手を突き出す。『アイツ』並みの反応速度で頭を傾げて回避する少女へとそのまま激突し、両足で首を絡めて強引に持ち上げ、両手で雪の下の地面をつかんで彼女を振り上げて頭から叩き落とす。
「がっ!」
少女の口から空気を吐き出すような声が漏れる。だが、同時にオレの左肩を不快感が貫いた。まさか投げの最中に炸裂するナイフを投げていたとは恐れ入る。爆発し、赤黒い光とアバターの破片が飛び散るも、オレは気にせずに少女の顔面へと膝蹴りをお見舞いするが、腕を交差して彼女はガードする。
「シッ!」
小さく息を吐く。アバターには何ら意味がない呼吸という行為だが、呼吸のリズムによって現実の肉体と同じようにキレが増す。それは心肺と脳が密接に関係しており、アバターの動作にも呼吸という動作が深く関係しているからだろう。この辺りもVR空間用アバターの基礎理論を構築した茅場晶彦のこだわりだろうか。
地に根を張る様に踏み込み、右手の第2関節を折り曲げて抉り込むような拳打をガードの隙間から潜り込ませる。鳩尾ではなく心臓を狙ったそれは少女の胸当てによってアバターにこそ食い込まないが、押し飛ばすには十分だ。
「はは……あはは……アハハハ!」
少女が楽しげに笑う。今なら分かる。少女も仮面越しの目にこの戦いを存分に堪能する輝きに満ちているのだと。腰を捩じりながらの突きをオレは左手でつかみ、彼女の片手剣を強引に奪う。だが、それを見越した少女の体を独楽のように回しながら身を屈めてオレの足を払おうとする。それを跳躍して回避したオレだが、少女の真の狙いが足払いに見せかけた雪の舞い上げと気づいた時には少女の右足がオレの左肘にかかり、その小柄な肉体を吊り上げてオレの体勢を崩しながら片手剣を奪い返される。
まだだ。反応速度を『焼き切る』方法は攻撃をパターン化させない事だ。剣戟のみで終わらせるな。格闘だけで終わらせるな。あらゆる攻撃手法を組み込んで情報処理能力をパンクさせろ。負荷軽減の為に『反射』レベルまで強引に反応過程を短縮させれば、後は簡単な『ブラフ』で引っ掛けて潰せる!
少女の攻撃の軌跡。それをオレは読み続ける。何度か超えてくるが、それを見越して策を立てれば回避と防御による立て直しが可能だ。
「ここだぁ!」
少女の逆袈裟斬りを黎明の剣を突き立てて柱のようにして防ぎ、そのまま右手で彼女の顔面をつかむ。振り払おうとする彼女の右手を黎明の剣を捨てて空いた左手で手首をつかんで封じ、そのまま娼館の壁に叩き付けた。
少女の呻き声が漏れ、そのまま少女の頭を毬を潰すように再度壁へと振りかぶって押し付ける。だが、少女も負けずと開いた左手で短剣を抜いてオレの脇腹に深く突き刺す。
爆発がオレと少女の間で起き。そのままオレは右手の籠手で≪格闘≫のソードスキル【流星打】を、少女は足首まで雪深く突き立てて強引に姿勢を正してソードスキルの発動モーションを整えると≪片手剣≫の突進型ソードスキル【ミドル・ソリッド】を放つ。
流星打は踏み込みモーションから発動する間合いの広い正拳突きだ。ミドル・ソリッドは体を横にしながら肘を曲げ、任意のタイミングで突きへと派生できるソードスキルである。
オレの流星打は少女のミドルソリッドと激突し、刃が手甲を破って指に食い込みそうになるも、少女のミドル・ソリッドもまた狙いが僅かにズレていたのか、互いの攻撃は歪み、そのままオレ達の攻撃が娼館の壁に吸い込まれた。
粉砕。あるいは爆砕。煉瓦が吹き飛び、建物の中へとソードスキルの硬直モーションの隙を強引に潰すように身を転がしながら入り込んだオレ達は、互いに起き上がって構えを取る。
オレは黎明の剣と鉈を捨てたので、残すは血風の外装と『切り札』だけだ。対する少女の場合、片手剣の切っ先は欠けて刺突性能は大きく減少しているはずだが、武器枠は2つである以上隠し玉があるはずだ。それに、まだこの少女からは『必殺』が残されているとオレの本能が警告している。
ああ、楽しい……楽しい! オレは涎が垂れそうな程に口元が歪んでしまっている事に気づく。この少女は最高の相手だ! ここまで刺激的な『狩り』はカーク以来だ! そして、まだ少女にはカードが残されている!
狩るか、狩られるか。奪うか、奪われるか。喰うか、喰われるか。本能が彼女を欲している。早く顎の内側へと彼女の生き胆を放り込めと叫んでいる。その顔が死の直前にどのように『答え』を見せるのか、それを考えるだけでオレは……っ!
「最高だよ、お兄さん! もう出し惜しみはしないよ! 見せてあげるよ……ボクの必殺を!【マザーズ・ロザリオ】を!」
「上等だ。お前の牙も爪も何もかも全てを叩き折ってやる! その喉元を食い千切ってやる!」
「お兄さんを超えられれば、ボクは【黒の剣士】に近づける! そんな気がするよ! だから、だから……ボクの糧になれ!」
「オレは狩り、奪い、喰らい、戦う者! メシになるのはお前だ、糞が!」
右手を捨てる! 少女の斬撃を右腕を盾にして防ぎ、左手で防具が無い腹を狙う! 体勢を崩したところで喉に喰らいついて肉を抉り取り、『切り札』でトドメを刺す!
オレは右腕を盾にするように構え、少女は片手剣をゆらりと正眼の構えを取る。【マザーズ・ロザリオ】が何を意味するか知らねーが、片手剣の一閃を必ず右手の手甲の厚みと肉で止める! 仮に止まらずとも、一瞬の剣速の低下さえ起こせれば、左手を打ち込める!
互いが互いの間合いに踏み込むまさに刹那、オレと少女の間を白い湯気のようなものを纏った黒い何かが通る。それはオレ達の間を通り過ぎ、空いた壁の穴から外に出て雪に着弾して地面ごと白雪を吹き飛ばした。
「アリーヤ! アリシア!」
鋭い男の声と同時に、突如として戦いに水を差した黒い謎の攻撃に意識を奪われたオレ達を、これまで戦いにまるで関与していなかった2匹の狼がそれぞれに飛びかかり、床に押し付けた。
「ぐえ!?」
「ぐへ!?」
互いに間抜けな悲鳴を上げて鼻から床に押し倒されたオレ達は痛みこそないが悶絶しそうになる。前足でオレの背中を踏みつける狼の重量は相当のものなのか、オレのSTRでは簡単に押し退けられない。
それでも腕立て伏せの要領で何とか上半身を起き上がらせたオレだが、オレよりもSTRが低い少女は完全にダウンしている。
「貴様ら……どういうつもりだ?」
まるで冷水のような声音の主は、先程ハルさんと話をしていたスキンヘッド野郎……確かマクスウェルだったか?
だとするならば、あの謎の黒い攻撃もマクスウェルによるものだろうか? 得物は杖だから魔法が濃厚だが、あんな黒い魔法は見たことが無い。新種だろうか?
だが、今は関係ない。この最高に甘美な闘争を邪魔された事に対して煮え滾りそうな怒りだけだ。
狼たちが退き、オレと少女は解放されてふら付きながら立ち上がる。すぐにでも再開したいが、今はオレと彼女は先程の殺意の合意と同じく、邪魔者に対する怒りでも一致しているのだろう。一時休戦を一息無言で交わす。
オレ達2人に睨まれたマクスウェルはたじろぐ事も無く、むしろ呆れ切った……まるで馬鹿でも見るかのような目でオレ達を哀れんでいた。
「周りを見てみたまえ」
ぼそりと、マクスウェルは額を押さえながらそう告げる。一体何がだとオレは周囲を見回し……硬直した。
そこは小奇麗……だったという過去形が似合う、オレと少女がぶち破った壁の瓦礫がポリゴンの光となって少しずつ消滅しつつ、風によって雪が流れ込んでいる小部屋だった。壁には赤い薔薇を飾る壺の絵、調度品は古びているがアンティーク調で高そうな物だ。そして何より……2人用のベッドが1つ。
そのベッドの上には、見知った男と見知らぬ女がシーツにくるまっていた。
「よ、よう……【渡り鳥】」
それは葉巻を咥え、まさに『にゃんにゃん』の後の一服といった感じの、聖剣騎士団専属の仲介人であるオニールの姿だった。その顔は引き攣り、顔の半分には薄っすらと雪が積もっている。そして、女性は首から上だけをシーツから出し、何が何だか分からないといった思考フリーズの感情が無い目をしていた。
……冷静になろう。オレは顎に手をやって状況を整理し、少女は理解したくないというように片手剣を落として頭を抱える。うん。その気持ちは分かる。でも、現実から目を背けるのは駄目だと思うんだ。
「…………ど、どどど、ども。もしかして……お邪魔?」
絞り出したオレの声に、オニールは機械的にとも言える動作で頷いた。そりゃそうだよな。オレは未経験だから分からないけど、何事も余韻って大事だと思うし。
つ、つつつつ、つまり、アレか? オレは……オレは……
「うわぁああああああああああああああああああ!」
「きゃぁああああああああああああああああああ!」
オレと少女は同時に赤面し、両手をバタつかせる! いや、仕方ねーだろ! こんな……だって……オレ、いや、その……あのね!?
つまり、オレと少女はオニールたちがにゃんにゃんしたばかりのところに壁をぶち破って、殺し合い宣言しちゃってたわけか!? 喜劇どころの話じゃねーだろ!?
「ご、ごごごご、ごめんなさい! ボク、その……こ、こここ、こんなつもりじゃ!」
「いや、俺も何がだか。おい、【渡り鳥】。ちょいと説明を――」
思考が麻痺しているのだろう。状況確認しようと立ち上がろうとしたオニールだが、当然ながら裸体だ。オレは少女の視界に野郎が入るより先に、その股間に蹴りをぶち込んだ。
「ぐごぉ!?」
「はい、お客様ぁああああ! 未成年のおんにゃのこがいらっしゃるのでパンツぐらいは履きましょうねぇえええええ!?」
「り、理不尽過ぎるだろ……」
「オニールさん大丈夫!? ちょっと! 本当にさっきから一体何が何なのよ!?」
そしてお姉さん、お仕事で慣れてるのは分かるけど、せめてシーツを纏って起き上がってくれませんかねぇえええええ!?
湯気が上って破裂しそうなオレの目を少女が隠そうとしてくれるが、過程で悶絶するオニール(裸体)を見てしまったのか、悲鳴を上げて駆け回る。
「……【闇の沼】」
溜め息と共にマクスウェルが杖を振るい、もはや混沌とした様相と化したオレ達の足下でどろりとした黒い液状の何かが生まれる。思考がパニック状態のオレ達はそこから抜け出そうという発想も生まれず、成す術なく麻痺状態にさせられる。
「アーリヤ、アリシア。その馬鹿2人を連れてこい」
麻痺で身動き取れないオレと少女を咥えた狼と共に部屋を退出したオレ達は、エントランスに連行される。
ソファに放り投げられた麻痺状態のオレと少女を尻目に、ハルさんとリックがオレ達によって破砕された部屋へと駆けて行った。
「粗方想像はつく。その馬鹿娘に暇だからとデュエルでも申し込まれたのだろう?」
はい、仰る通りです。麻痺して鈍い首を縦に振って肯定するオレに、マクスウェルは怯えきった少女の前に腕を組んで仁王立ちする。
「……今回の賠償は小遣いから引かせてもらう。覚悟するんだな」
口をパクパクして何か抗議しようとする少女だが、マクスウェルの一睨みによって沈黙を余儀なくされる。
オレ達を残し、謝罪に行ってくると去ったマクスウェルを見送り、ようやく麻痺から解放されたオレ達は向かい合い、どちらとでもなく笑った。
「い、いやー、熱くなり過ぎたな」
「そ、そうだね。ボクも……冷静さが欠いてたかも」
「…………」
「…………」
反省します、はい。オレと少女はほぼ同時に顔を覆い、自己嫌悪に包まれた。つーか、オレも暴走してオニールの股間蹴り潰したけど、どう考えても非は10割オレにあるだろうに!?
どういう顔して今度から依頼を受ければいいんだ? つーか、この件を恨まれて『騙して悪いが』されても文句言えねーぞ。今度、高い酒系アイテムでも差し入れしねーと。
「でも、強いはずだよ。まさか噂の【渡り鳥】だったなんて」
「お前も十分強いだろーが。正直、アレ以上戦り合ってたら『殺し』になった。丁度良い茶々入れだったさ」
というか、オレ達の勝敗どうなったんだ? 既にオレのHPは半分切っているし、少女も同様だ。ならば、当然ながらデュエルの結果も出ているはずである。すでに勝敗の結果表示は消えているが、ログには残っているはずだ。
システムウインドウで表示されたデュエルの結果は……『Lose』。先にHPが半分を切ったのはオレのようだ。
「オレの負けか」
「えー。全然嬉しくないんだけど? むしろ負けた気分だよ。最後押されてたのボクの方だと思うし」
「どっちもどっちだろ」
「その発言の時点で悔しいんだよ! まるで勝ちを譲ってもらった気分! それに右目しか見えてないんだよね!?」
「それを言い訳にする気はねーよ。黙って勝ちを喜べよ」
結果は結果だ。素直に受け入れるしかない。オレも正直な話、悔しさは余りないし、殺し合いはともかくデュエルで負けた事は割とある方だから、今回のデュエルは良い教訓と割り切っている。
要は戦いなど最後に立っていれば良いのだ。この世界では、HPを1でも残せば生きていられるのだ。ならば、その最後の1まで利用して勝てば良いというのがオレの持論なのだから。
「……弁償、どれくらいかなぁ」
「10万コルもあれば足りるだろ」
「今月ピンチなんだよ。武器も修理しないといけないし」
確かに少女の片手剣は切っ先が破損しているので早急な修理が必要だろう。オレの右手甲も軽くだが破損しているので、早速グリムロックに悲鳴を上げさせねばならない。
「もうすぐクリスマスなのに! これじゃ全然遊べないよ!」
「金が無いお祭り程退屈なものはねーからな」
可哀想と言えば可哀想だ。彼女の金欠にはオレにも責任がある。熱くならずに、デュエルだという事を忘れずに節度を守っていれば、娼館に被害を及ぼす事も無かったのだから。
仕方ない。オレはアイテムストレージを探り、何か換金できる目ぼしいアイテムは無いか探る。
「ほらよ」
オレが取り出したのは先日の混沌の魔女クラーグ戦で入手したアイテム【クラーグの灯】だ。あの戦いに参加した全員が得たアイテムであるが、レア度はなかなかのものだ。呪術の熟練度を大きく上昇させるアイテムであり、生憎オレは呪術を所持していない為、宝の持ち腐れである。トレード用として残しておいたのだが、丁度良いだろう。
「売れば20万コルくらいになるだろ。それで弁償しろ」
「も、貰えないよ! これレアアイテムでしょ!?」
「今回の事はオレにも非がある。だから折半だ。余りはオレに勝った報酬だよ」
「だったら尚更貰えない! ボク、勝ったと思ってないから! あれは引き分け! 引き分けだよ!」
ルールに則ってオレが負けたのだ。それを否定してもらっては困るが、少女からすればもはやデュエルなどどうでも良いのだろう。気持ちは分からないでもないが。
あの戦いで理解した。彼女は『遊び』でデュエルを挑んだが、心から望んでいるのは命懸けの『決闘』だ。生と死の中で揺れ動く死闘こそが望みなのだろう。
「……2つだ」
ならば、オレも彼女が納得する理由を準備するとしよう。いい加減にクレナイと合流せねばならないと立ち上がったオレは彼女に妥協案を提示する。
「デュエルすれば質問に1つ答えるって話だろ? だったら2つ答えろ。質問1つ分の代金だ」
顎に手をやり、しばし悩んだ素振りを見せた少女は笑顔で頷く。どうやら折り合いがついたようだ。
人差し指を立てたオレは、デュエル前から決定していた質問をまずはぶつける事にした。
「オレもチェーングレイヴと同じでエレインの居場所を探している。その為に娼館に野郎の恋人のアイラの情報を求めてきたんだが、失敗してな。何でも良い。野郎に繋がる手掛かりに心当たりはないか?」
「う~ん、心当たりかぁ……。ボクらもエレインさんを探してるけど、情報が無いんだよ。ムーンドロップにあったアイラさんの住所はダミーだったし。地下街の闇市で見かけたって目撃情報があったけど空振りだったし、それ以外に情報は無いかな」
期待はしていなかったが、やはり価値のある情報は無かったか。いや、何処にヒントが隠れているか分からない以上、彼女からの情報も吟味しなければならないだろう。
しかし、彼女はオレがエレインを逃がそうとしている彼の仲間だと疑っていないのだろうか? 犯罪ギルドのメンバーにしては、妙に素直というか、悪徳さが足りない気がするな。とはいえ、彼女が犯罪ギルドに身を寄せているにはそれなりの理由があるのだろう。詮索する気はない。
「2つ目だ。お前……【黒の剣士】に何か恨みでもあるのか?」
戦いの中で彼女は『アイツ』に因縁でもあるかのような口振りをしていた。
UNKNOWNが『アイツ』だと疑ってこそいるが、だとするならば何故素顔を隠すのか、また何故傭兵として表舞台に現れたのか、疑問がある。仮に彼女と『アイツ』に何かしらの接点があったならば、そこから推測も可能だ。
「無いよ」
だが、少女は呆気なく否定する。
「ボクは超えたいだけ。最強と謳われた【黒の剣士】を打倒して、『皆』が生きた証を残したいんだ。それだけが、ボクがここにいる理由だから……」
純粋な力への渇望ではない。まるで折られてはならない矜持のように、少女は宣言する。
ああ、そうか。オレの中で1つ羨ましさが生まれる。彼女にとって戦いとは、生きる意味ではなく、なすべき事の『道具』に過ぎないのだ。その為に『アイツ』に届く為の強さを追い求めているのだ。
オレには理由が無い。あるとするならば、茅場の後継者をぶちのめすという、このデスゲームの最終地点だけだ。
だとするならば、オレが戦い続ける意味とは何だろうか? それこそがスミスに問われた『答え』でもあるのだろうが、未だに回答は出ていない。
「ねぇ、ボクからも質問して良いかな?」
「それじゃ情報料の意味が……別に良いか。答えられる範疇ならな」
「【渡り鳥】と【黒の剣士】……どっちが強いの?」
「【黒の剣士】」
オレは即答する。実際の話、『アイツ』とのデュエルじゃ負け越してるしな。二刀流ヤベェよ。
ただし、これは正面から戦えばの話だ。デバフを駆使し、トラップで消耗させ、条件さえ整えれば勝ち目もある。まぁ、それは誰でも言える事だからオレに限った話ではないが。
それでも、今のオレでは『アイツ』には届かないだろう。アスナを取り戻す為に、再びデスゲームに身を投じた『アイツ』の執念に勝てるものが今のオレにあるとは思えないからな。特に魔王ヒースクリフ戦で【人の持つ意思の力】ってヤツも見せ付けられたし。
「そっか。じゃあ、ボクもまだまだなんだね。お兄さんを倒せないようじゃ【黒の剣士】には届かない……かぁ」
「気落ちするなよ。単純な強さだけなら迫るものがあるんじゃねーの? 総合力で言えば、オレが知ってる【黒の剣士】と良い勝負さ」
……まぁ、VR犯罪対策室の経験をプラスすれば、『アイツ』も相応に成長しているはずだから一概に言えねーけどな。
それでも少女からすれば、目標がどの程度の強さにいるのか分かったはずだ。
「じゃあな」
「うん、またね」
元気に手を振る少女に見送られ、オレは本当に何でこんなヤツが犯罪ギルドにいるんだか、と思いながら娼館を後にする。
それにしても『またね』……か。
娼館の敷地から出てすぐに待ちくたびれたといった様子のクレナイと合流する。
「陽動ご苦労だったな」
「は?」
「騒ぎを起こして娼館の注意を引き付けたのだろう? お陰で派遣した信用できる諜報員が『楽だった』と喜んでいた」
……まさかコイツ、クラウドアースに連絡を取ったのは、娼館に潜り込ませる諜報員を準備する為だったのか?
だとするならば、オレの苦労は一体……いや、別に良いけどさ。オレもオレで情報は集められたし。
「随分と嬉しそうだな」
「ん? まぁな」
目敏くクレナイがオレの微笑に気づく。オレは少女との戦いですっかりボロボロになったマフラーを口元に引き寄せた。
「まるで恋でもしちまった気分さ」
まだ熱を残す本能が叫んでいる。あれは最高の獲物だ。誰にも渡したくない。必ず狩れと訴えている。
少女が『アイツ』ではなく、オレに敗れ、死する時、その矜持が砕かれた時にはどんな表情を見せてくれるのだろうか?
それを想像しただけで……オレは口元の歪みを耐えられそうになかった。
ある意味で戦闘狂対決でした。戦いを望むのは同じでも起点は異なる2人です。
そしてとばっちりのオニールさんには、いずれ報いるつもりです。
それでは、86話でまた会いましょう。