SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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いよいよ『1日』も夕暮れ。
残り数話ですが、よろしくお願いします。

※コメント欄の方でアイテムやスキル紹介を復活させて欲しいとあったので、次回からまた記載していきたいと思います。


Episode12-16 One day~ある傭兵の場合6~

 緊張の面持ちのまま臨戦態勢を崩さないエレインに、オレは殺意も戦意も見せず、淡々と語り掛ける。

 

「アンタは二重スパイだった。クラウドアースのスパイであり、本当はチェーングレイヴの意向に沿って情報を流す。そうする事でしかアイラさんを救う方法は無かった。とてもじゃないが、アンタの収入じゃ自分の借金を返しながらアイラさんの身請け金を稼ぐなんて無理だったからな」

 

 エレインの見開かれた目が語るのは、何故真実にオレが到達したのかという驚愕だろう。

 何も難しい事はしていない。情報を収集し、分析し、想像力を働かせれば誰でも到達することができる結論だ。矛盾と違和感を突き詰めれば良いだけだ。

 

「そして、アイラさんを身請けしたアンタは危険な橋を渡る必要がなくなった。クラウドアース側にスパイを辞める旨を伝えた。そんな時だろうな。ムーココナッツから接触があったのは。そして、アンタはチェーングレイヴ側に、今度は内部調査員であるムーココナッツに協力するように命令された。もちろん、全てをチェーングレイヴの掌の上で踊らせる為に」

 

「【渡り鳥】……貴様は一体どうやってそれを……」

 

「黙れ、糞野郎」

 

 疑問を声に漏らすエレインをオレは目を細めながら睨む。気圧されたのか、エレインは1歩後ずさりながら口を閉ざした。

 コイツは大馬鹿者だ。裏切者に信用などなく、ましてや寝返らせて仕立て上げたスパイなど消耗品以下だ。

 

「二重スパイを続けていれば良かったんだ。チェーングレイヴの脚本通りに演じる道化として、諜報部の連中に自分の価値を証明し続けていれば良かったんだ。アンタは堅実であるように見えて、目の前の危険を回避する事に専念し続けて袋小路に追い詰められた馬鹿だったんだよ。だから、諜報部のヤツらにアイラさんを攫われて、挙句に殺人に手を染める事になったんだ」

 

「……ああ、その通りだ。否定はしない。俺のミスでムーココナッツは死んだ。いや、殺してしまった」

 

 拳を握るエレインの目に宿るのは後悔だ。自らのミスでアイラさんを窮地に追いやった事。そして、ムーココナッツの命を奪った事。どちらも彼の中で罪悪感として刻み込まれている。

 

「でも、どうしてアイラが拉致されたと分かったんだ? 俺は誰にも漏らしてないはずなのに」

 

「アンタの家のドアのチェーンロックだが、鋏によって切断されていた。最初はアンタの行方を追ったチェーングレイヴの仕業かとも思ったが、そもそもチェーンロックは内側からしかかけられないんだ。その時点でまず違和感があった。つまり、ドアはアンタかアイラさんのどちらかが家にいる時に破壊された事になる。そして、派手なライトエフェクトが付くものが多いソードスキルよりも、鋏によって隠密性を重視した破壊。恐らくだが、アンタが麻薬バイヤーとして働いている深夜の内、アイラさんが寝静まっている時を狙って諜報部の連中は自宅に夜襲をかけたんだ」

 

「そうだ。俺が明け方になって帰って来た時には、アイラは攫われていた。諜報部の連中は俺にムーココナッツさんを殺害するように脅迫した。さもなくば……アイラを殺すと脅されたんだ。時間も、相談できる相手もいなかった。彼を……殺すしかなかった」

 

「そして、アンタはムーココナッツを殺したとしても、アイラさんが無事に取り戻せるとも思わなかった。だから、家財の全てを闇市で売却し、装備を整えた。わざと目撃情報が残るように行動したのは、アンタの行方を探る諜報部を尾行する為だ。連中は口封じの為に必ずアンタを殺そうとするはずだからな」

 

 そもそも殺人を犯した後に他ステージに逃亡しなかったのがおかしかったのだ。殺人直後ならば監視も無い。エレインの行動はまるでわざと終わりつつある街に自分がいるとアピールしているかのようだった。

 当然だ。エレインの目的は最初から逃亡ではなく、アイラさんを取り戻す事だったからだ。逃亡など言語道断だ。

 

「…………それで、敵は何人だ?」

 

「え?」

 

「アンタは堅実な野郎だって定評なんだよ。アイラさんの居場所をつかんだとしても、感情任せに突入なんてしない。敵の数、装備、スキル、見張りのローテーションを調査し、最高のタイミングを待っていたはずだ。それを教えろって言ってんだよ、糞野郎が」

 

 言葉の真意が見えない。動揺を隠せないでいるエレインへと歩み寄ったオレは、その胸倉をつかんで強引に顔を引き寄せて鼻に頭突きを食らわす。悶絶するエレインを放り投げた。

 

「オレの依頼はアンタの捜索だ。捕縛までも仕事の範囲内だと思っている。だがな、アンタの言葉には罪の意識があった。全てに決着を付ければ自首するはずだ。だから、その手伝いをしてやるって言ってんだよ」

 

 もしも……もしも、ムーココナッツを殺した事について、エレインが言い訳でもしようものならば、オレは問答無用でエレインの四肢を奪ってクラウドアースに突き出していただろう。

 だが、エレインには人の心がある。罪を償えるのは人の心があるからだ。獣は罪悪感など覚えない。

 床に倒れたエレインに、オレは手を差し出す。それはこの哀れな男に対する、オレなりの蜘蛛の糸のつもりだ。

 

「取り戻せ。今度こそ守ってやれ。大切な人なんだろ? だったら手放すな。罪を償いながらでも、一緒に歩いていけるはずだから」

 

「……【渡り鳥】」

 

 信じられないといった様子のエレインは、やがて決意を固めたようにオレの手を取って立ち上がった。

 ふと、背後で誰かの笑い声が聞こえた気がした。それは、もう2度と会う事ができないだろうあの2人の声だった。

 うるせーよ。分かってるんだよ。キャラじゃねーことやってるのは。本当はさっさとエレインを縛り上げて、クラウドアースの援軍を呼んでアイラさんを救い出してしまえば良い。それが1番手っ取り早い。

 だが、この件はエレインの手で幕を閉ざさねばならない。それがケジメというものだ。

 

「敵は全部で6人。だが、今は2人が俺を探して離れている。見張りのローテーションは4時間交代だ。スキル構成は全員が≪気配遮断≫と≪隠蔽≫持ちで、武装は短剣をサブウェポンにして、それぞれが閉所でも取り回し易い武器を装備している」

 

 壁に身を隠しつつ、ガラスが割れた窓から諜報部のアジトである教会が窺いながら、オレはエレインから情報提供を受ける。

 

「正直、隙があまり無い。常に4人体制で、内の2人が常に見張りに立っている」

 

「場所は分かるか?」

 

「≪気配察知≫と≪存在感知≫を持っているが、相手の≪隠蔽≫の方が上みたいで場所が分からない。せめて動きさえ見せてくれれば看破できるんだが……」

 

 無念そうにエレインだが、よくぞそこまで情報を集めたものだとオレは感心する。アジトを発見後も、恋人が囚われているにも関わらず、慎重に慎重を重ねられるのは、もはやある種の才能だな。その一方でここぞという時にミスするのは気まぐれな神の采配だろうか?

 敵の数は6人か。レベルは30半ばから後半と想定しよう。恐らくだが、全員がDEX型だ。諜報員は逃げ足も大事だし、何よりもDEXの上昇は隠密ボーナスを高める。そうなると、戦闘の場合は高速型を複数相手取ることになるな。しかも諜報員ともなれば正攻法の戦術を取らないだろう。

 

「アンタのレベルは?」

 

「25だ。VITに高めに振ってあるし、防具も革系だがデバフ耐性が高いものを揃えてある。武器も強化済みの片手剣と盾を準備してきた」

 

 闇市で購入したのだろう。エレインの装備は毒・麻痺・睡眠の3大デバフ耐性が高い【白毛牛のレザーアーマー】だ。片手剣は【バランドマ侯爵の近衛剣】、盾は【斑毒蛇のレザーシールド】だ。どちらも優秀ではあるが、既に前線を引退した装備である。

 だが、チョイス自体は悪くない。諜報員ともなれば、デバフ攻撃は当たり前のように繰り出してくるだろう。そうなれば、白毛牛のレザーアーマーのデバフ耐性は役立つし、斑毒蛇のレザーシールドはレベル2の毒まで遮断できる。VITにもポイントを振っているということだし、持久戦ならばそれなりに持ち堪えられるだろう。

 

「対人戦の経験はあるか?」

 

「模擬戦程度だ。言い辛いが……キミ程に戦い慣れていない」

 

 下手に【渡り鳥】の話をして地雷を踏んで貴重な協力者を失いたくないのだろう。慎重に言葉を選ぶエレインに、オレは小さく溜め息を吐いた。

 

「オレの事はどうでも良い。アンタの話をしろ。直感で構わない。連中相手に何人までなら同時に相手をできる?」

 

「防御に撤すれば2人は引き受けられる」

 

 逆に言えば、攻撃に転じるならば1対1が限界という事か。

 敵は2人が離れているから、全部で4人。エレインが2人を相手取ったとして、オレは即座に残る2人を始末して加勢せねばならない。なおかつ人質に取られているだろう、アイラさんの身の安全も確保せねばならない。

 普通なら30万コル貰っても良い仕事だな。だが、これは今回の依頼の範疇だ。エレインを穏便にクラウドアースに引き渡す。何処までが『シナリオ』か知らないが、オレはオレの望むやり方を通させてもらう。

 

「日が落ちる前に勝負を決めるぞ。≪暗視≫持ち相手に夜戦は危険だからな」

 

 諜報員ともなれば≪暗視≫も持っていて当然だろう。その前提で、こちらは作戦を立てねばならない。

 教会の構造を思い出せ。オレはSAO時代に訪れた孤児院の記憶を引っ張り出す。確か、礼拝堂の奥に地下室に通じる階段があったはずだ。当時は物置だったが、それなりの広さがあるし、今はそこをアジトとして利用していると考えるべきだろう。

 

「見張りのローテーションは?」

 

「あと3時間だ」

 

「日が落ちる。駄目だな」

 

 僅かにオレは焦りを覚える。迅速に事態を解決せねばならない理由があるからだ。というのも、今回の依頼はクラウドアース側からすればエレインの捕縛で終了である。下手にエレインと接触する時間を伸ばせば、オレがエレインと何らかの交渉をし、逃亡の手助けをしていると勘繰られかねない。

 せめて『シナリオ』の全てを読むことができれば時間に追われる心配も無いのだが、せいぜい読めたのは8割程度だ。肝心の部分は闇の中の2割である。

 

「少し強引だが、作戦は立てた。アンタは防御に専念しろ。連中はオレが始末する」

 

「……殺すのか?」

 

「ああ。1人残らず殺す。安心しろ。どうせアジトにいる4人を殺してもまだ2人残ってるんだ。そいつらを締め上げればアンタへの脅迫の自白は取れる」

 

 顔を引き攣らせるエレインだが、彼もまたアイラさんを救う為に戦う意思を持ってここにいるのだ。生唾を飲むだけであり、非難の声は無い。だが、オレに対して恐怖心が僅かにだが瞳に滲んだ気がした。

 

「殺しているんだ。殺されもするさ。連中も覚悟があるはずだ。アンタに殺人の罪を背負わせた時からな」

 

 覚悟が無いならば豚のように悲鳴を上げ、惨めに命乞いをし、誇りも無く死ねば良い。ただそれだけの話だ。

 

「それよりも、アンタには殺す以外の覚悟も決めてもらう。アイラさんが攫われたのは3日前だ。話を聞く限りじゃ、連中が優しく人質を扱っているとは思えない。最初からアンタもアイラさんも纏めて『処理』するつもりだったはずだからな。今はアンタが生きてるから切り札として彼女は生かしてあるだろうが、縛られてメシ食わせてもらってるだけとは限らないからな」

 

 オレが言わんとするのは、つまり彼女が『玩具』にされているかもしれないという確率の話だ。

 1度崩壊した道徳観は簡単に戻らず、繋ぎ合わせても綻びは免れない。そして、それは瞬く間に抑制の利かない欲望の暴走へ移ろう。オレ自身がそうであったように。今もオレの心は継ぎ接ぎだらけであるように。

 

「覚悟しておけ。そして、怒りに身を任せるタイミングを間違えるな」

 

 オレはエレインと分かれ、作戦の為の仕込みをすべく1階へと降りていく。忠告はした。後は作戦決行までの間に、彼が『アイラさんに何があっても冷静を保つ』という覚悟を決められるか否かだが、どちらだろうとオレがすべき事に意味は無い。

 1階に到着したオレは、待っているように指示を出していたはずのクレナイが姿を消している事に鼻を鳴らす。これも予想の範囲内だ。

 建物から出たオレは適当に裏路地を歩く。プレイヤーの気配を察知してか、飢えた野犬が次々と姿を現す。痩せ細り、舌を出して獲物の血肉に飢えた犬たちは次々とオレに飛びかかるが、それをオレは鉈で迎撃し、一撃で腹や首を裂く。さすがに終わりつつある街のモンスターに手間取らない。

 

「はーい、良い子ですねー。可愛いワンちゃんですねー」

 

 飢えた野犬の1匹の首に腕を回して捕縛し、オレはアイテムストレージから取り出したロープを首に巻き付ける。絞め殺さないように注意しつつ、近くの柱に縛りつける。それからしばらく待ち、リポップした飢えた野犬を更に1匹同様の手法で捕らえる。

 次に先に捕らえた方の犬に、茨の投擲短剣を突き立てる。鉈では攻撃力が高過ぎて撃破してしまうが、茨の投擲短剣ならば低ダメージで済むから数度の攻撃には耐えられるはずだ。

 慎重に、HPを全損させないように注意しつつ、痩せた飢えた野犬の腹を裂き、赤黒い光を散らす肉を抉り取る。プレイヤーの腕が切り落とされてもすぐに消滅しないのと同じように、分離された部位は一定時間残存する。

 悲鳴を上げる飢えた野犬を無視し、オレは分厚い肉を3つ程切り取り、もう1匹の犬の背中に括り付けていく。肉を削がれた方の野犬はHPを全て失った赤黒い光となって消滅したが、分離された肉はまだもう1匹の背中にある。

 まるでリードを引くようにロープを引っ張って肉を括り付けた野犬を引き回す。口笛を吹いて周囲にオレの存在をアピールし、また肉のニオイに釣られたように飢えた野犬達が集まり始める。

 名前からも分かる様に、このモンスターは食欲の塊だ。プレイヤーだろうとNPCだろうと家畜だろうと関係なく襲い掛かる。故に、このモンスターと遭遇した時には肉系のアイテムを投擲し、気を逸らすというのが一般的な対処の仕方だ。

 今回はそれを応用する。集まった10数頭の飢えた野犬達からすれば、今はプレイヤーであるオレよりも同族だろうと肉の塊を背負った仲間の方が魅力ある『餌』のはずである。

 鬼ごっこの始まりだ。ロープを手放し、オレは教会側に逃げるように飢えた野犬の尻を蹴りつける。同胞であるが故に仲間の凶暴性を知ってか、肉を括りつけられた野犬は全速力で駆け出す。その後を飢えた野犬の群れが追いかける。

 野犬の咆哮の大合唱だ。周囲一帯に響き渡るそれを無視するのは難しいはずである。ましてや、この辺りを根城にしている連中ならば尚更だ。

 のんびりと野犬達の後を追ったオレは、教会の敷地内でついに仲間に喰らいつかれ、貪られる肉を括り付けられた野犬に手を合わせる。リポップするだろうが、とりあえずご冥福をお祈りしよう。

 エレインが待つ建物に戻ったオレは野犬の一足早い晩餐会を見守る。仲間に食い千切られ、赤黒い光を散らす野犬を見ていられないのか、エレインは口元覆い、顔を青くしていた。

 

「ざ、残酷だな」

 

「所詮は『命』が無い連中だ。有効活用と言え。それよりも出たぞ」

 

 予想通り見張りをしていた連中が≪隠蔽≫を解除して野犬の討伐に乗り出す。諜報部と聞いていたから忍者のような黒っぽい服装かとも思ったが、カラーリングは灰色だ。

 便利な≪気配遮断≫の上位スキルである≪隠蔽≫は完全に姿を消せる強力なスキルであるが、一方で行動中は発動できないというデメリットがある。優秀であるからこそ、弱点を突ける穴は意外と多いのだ。たとえば、スミスは以前≪隠蔽≫持ちの盗賊プレイヤーを討伐する際に煙幕を使い、咳き込ませて≪隠蔽≫を解除させたらしい。

 エレインの情報通り2人だ。オレは野犬を退治する2人の諜報員を確認し、なおかつ教会の扉を開けて更に2人の同じ灰色の服装をしたプレイヤーも視界に入れる。≪聞き耳≫スキルが無いので話し声は聞こえないが、恐らくこの騒ぎについて見張りに質問しているのだろう。

 予定では野犬退治の後に隙を作った見張りを迅速に始末するはずだったのであるが、内部の2人まで出張ってくれたとなれば好都合だ。オレはエレインと目を合わせ、今こそが戦いの時だと合図する。

 割れた窓から飛び出し、オレとエレインは地面に着地する。3階もある建物である為、受け身に失敗したら落下ダメージが入るのであるが、この程度でヘマするようなプレイヤーはここまで生き延びていないだろう。

 

「はーい、皆さん、こんにちはー」

 

 オレは最大限ににこやかに挨拶する。突如として登場したオレを見て4人の諜報員の表情が固まり、次いでオレの背後に立つエレインを目撃して事態を悟ったのか、2人が武器を手に取り、残りの2人が教会の敷地内に戻ろうとする。

 アイラさんを盾にするつもりだろう。見え透いていて欠伸が出そうだ。オレは同時に襲い掛かった2人の諜報員をエレインに任せ、姿勢を低くして地面に鼻先が擦れるように跳ぶ。

 超低姿勢の跳躍に対応しきれず、オレにカウンターを喰らわせようとした2人のナイフが髪を掠める。意外と良い腕しているな。何度か『殺し』もしているだろう、躊躇いの無さは高評価だ。

 40秒。エレインが確実に生存できるのは60秒とないだろう。オレは教会の内部に戻った2人の諜報員を追跡する。破損した横長の椅子が並べられた教会で、2人の諜報員の内の1人……やや前髪の長い女諜報員が振り返り、足止めすべくナイフを左手に、更に取り回し易いやや短めの片手剣を右手に抜く。

 喉を狙った片手剣の横振りを急ブレーキで回避し、続いたナイフの突きを身を捩じって躱す。そして、反撃はせずに奥へと続く扉のドアノブに手をかけた、もう1人の諜報員へと背負った黎明の剣を投擲した。

 

「がぁああああ!?」

 

「マルコ!?」

 

 腕に命中し、扉まで貫通した黎明の剣によって諜報員が扉に縫い付けられる。悲鳴を上げた彼に対し、オレの足止めに失敗した女諜報員が仲間の名前を呼ぶ。その隙を見逃さず、オレは彼女の喉をつかんで床に叩き付ける。

 

「男女平等参画社会基本法!」

 

 オレは中学の頃に学んだ知識を咆えながら、床に叩き付けられて僅かに跳ね返った女諜報員の頭部を右足で踏み潰す。その間に茨の投擲短剣を抜いて両肘両膝を貫いて拘束し、黎明の剣を抜いて腕を解放しようとする諜報員に駆け寄る。

 名前は確かマルコだったか? とりあえず憶えておくとしよう。恐怖を顔面に、左手だけでナイフを抜いてオレを近づかせまいとする彼に、オレは頭を掻く。

 

「どうも、傭兵でーす。とりあえず死ねや」

 

 左手首を鉈で豪快に斬り飛ばし、更に≪戦斧≫の単発系ソードスキル【ソル・バーニッシュ】で脳天から叩き割る。片手で振り上げた戦斧を振り下ろすだけの簡単なソードスキルであり、射程も短いが、発動後の硬直とクールタイムが短く、連続使用に適するソードスキルだ。

 HPは残り2割か。断骨の鉈の名前の通り、現実ならば頭蓋骨を割り、脳漿まで鈍い刃が抉り、即死させていただろう。やや重めであるが、この高火力は癖になりそうだ。STR特化型の爽快感が少しだけ分かるな。

 ソードスキルをまともに浴びてスタンした諜報員の首を反転しながら遠心力を乗せた鉈で斬り落とす。赤黒い光を背中で浴びながら、オレは拘束から抜け出しつつある女諜報員の頭部を再度踏み潰し、その腹へと≪格闘≫の単発系ソードスキル【剛槌打】を放つ。自身の真下へと拳を振り下ろす、いわゆるマウントポジションの時に絶大な効果を発揮するソードスキルであり、相手を押し倒した時の追撃や巨大モンスターの背中への攻撃などに有用なソードスキルだ。

 まるで吐血のように口から赤黒い光を漏らし、女諜報員が声も上げられず、ただ舌を震わせて叫ぶ。オレは余韻のようにソードスキルの硬直を味わい、そして彼女の命を摘み取る様に、腹に押し込まれた拳に力を入れる。

 

「ま、待って……! こ、降参……降参す――」

 

「はーい、次の方ー」

 

 彼女の命乞いを無視し、血風の外装で大きく強化された拳打で顔面を潰し、女諜報員の腹をつかんで放り投げる。そして、そのままエレインが戦う外へと向かうように≪格闘≫のソードスキルの流星打を使用し、彼女の脊椎を破砕し、赤黒い光に変えながら扉を潜り抜ける。

 ここまで35秒ってところか。諜報員2人を相手に奮闘するエレインのHPは半分を切っていたが、やはり堅実と評される男だけはある。距離を取って片方の攻撃を盾受けし、もう片方は片手剣を振り回して近づけないようにしていた。

 

「ど、どういうつもりだ、【渡り鳥】!? クラウドアースを敵に回すつもりか!?」

 

 仲間2人が殺された事に気づいたのだろう。30歳手前っぽそうな諜報員が悲鳴のようにオレを組織の威で脅す。

 哀れだ。エレインも哀れであるが、コイツらには憐憫してしまう。

 

「もう『終わり』なんだよ。分かってるだろ? 生きたけりゃ戦え。殺してみせろ。そうすれば、今日は生き延びられる。明日はどうだか知らねーがな」

 

 それが『シナリオ』だ。ナイフの二刀流で諜報員はDEXに物を言わせたスピード攻撃を仕掛ける。

 退屈だ。黒紫の少女よりもDEXは高いだろうに、まるで鈍い。高ステータスを扱いこなせておらず、体幹が乱れ、スピードに振り回されている。そのせいで軌道が単調化し、見切るのは余りにも容易い。

 DEX型が陥り易い罠だ。DEX特化はSTR特化よりも遥かに戦いが難しい。高重量武器の使用によって火力を高められる事が本質のSTR型よりも戦術の組み立てに注意せねばならない。

 鉈を上空に放り投げ、オレは首を狙って両側から迫るナイフの軌道を読み、彼の両手首をつかむ。そして、そのまま間合いを詰めて膝蹴りを顎に喰らわせ、手首を捩じってナイフを落とさせると、鉈をファンブルキャッチでつかみ、袈裟斬りにする。ノックバックしたところに心臓へと突きを喰らわせようとするが、何とか躱した諜報員の回避ルートにあらかじめ蹴りを放つ。

 脇腹に食い込んだ蹴り。足に伝わる、まるで骨を軋ませ、砕いていくような感覚が優しく撫でるようにオレの脳髄を刺激するが、黒紫の少女に比べれば余りにも喰い甲斐の無い得物だ。そのまま腰をひねり、蹴りの軌道に回転を加えて諜報員を側頭部から地面に落とす。

 

「終わりだ」

 

「……貴様がな!」

 

 鉈を諜報員の額に振り下ろしたオレだが、それを待っていたと言わんばかりに諜報員の右袖から、かつてオレが愛用していたのと同じ鉤爪が飛び出す。それはオレの腹を貫かんとするものであったが、命中直前にオレは諜報員の肘を踏みつけ、突き出した右腕を押し戻させる。

 悪いが、それは読んでいた。オレは誰よりも暗器を使い続けて前線に立ち、PKをし続けたプレイヤーだぞ? 年季が違うんだよ。

 

「つーかさ、諜報員って時点で暗器持ちなのは予想済みだから。意外でも何でもねーから」

 

 呆れて手を横に振って否定しながら、ぽかんとアホ面を浮かべる諜報員の額に鉈を振り下ろして始末する。最後の1人はエレインと1対1になり、彼も善戦しているのか、HPが3割近く減らされていた。オレはラビットダッシュで最後の諜報員の背後を取ると、その首に鉈の刃を押し付けて引き裂く。

 喉を押さえて倒れた諜報員の背中を踏みつけ、地面とキスさせながら後頭部へと連続で鉈を振り下ろす。刃が食い込み、引き上げられる度に赤黒い光が飛び散り、それはエレインの頬にも浴びる。

 断末魔が地面と反響してくぐもりながら、最後の諜報員が赤黒い光となって消える。血飛沫を浴びたように赤黒い光が纏わりついたオレに、エレインはかなりビビっているようだが、お前の右半面もべっとりだからな。夜中なら間違いなくホラーだぞ。

 

「これで全員か。意外と楽だったな」

 

「あ、ああ……そう、だな」

 

 つーか、歯応えがねーな。鉈を振り払って赤黒い光を払い、オレはまだ2人分の赤黒い光が残留する教会内に戻る。礼拝堂はすっかり静まり返っていた。間もなく時刻は午後4時だ。そろそろ太陽も夕陽色になってきた頃である。

 黎明の剣を回収して再装備し、オレはエレインを引き連れて扉を潜り、地下室に続く階段を下りる。地下特有の冷え込んだ空気に一瞬身震いしたが、寒冷状態にはなっていない。黒紫の少女との戦いですっかりボロボロのマフラーだが、寒冷耐性は本当に優秀だ。

 地下室はアジトとしての機能を果たす為か、デスクや棚には様々なファイルや記憶結晶、それに装備やアイテムが並んでいる。勝利の報酬として略奪しても良いのだが、さすがにそれはクラウドアースに怒られそうだな。

 

「アイラ……アイラ、何処だ!?」

 

 エレインが愛しき彼女の名前を呼ぶ。後は感動の再会だけか。もうお邪魔虫は教会の外で待機していて良いんじゃねーの?

 広いとはいえ、有効視界距離範囲内に収まる程度だ。恐らく本棚の壁の向こうだろう。やや冷静さを失いつつあるエレインの為、仕方なくオレは彼を誘導する。

 そこにはやや赤っぽい茶色の髪をした、椅子に縛りつけられた女性プレイヤー、アイラの姿があった。声を封じる為か、口には痛々しく糸が縫い付けられている。目はアイマスクで封じられ、耳は粘土状のようなもので固められていた。

 徹底しているが、少なくとも生きている。安堵しつつも怒りを禁じえないエレインはアイラを解放すべく駆け寄ろうとするが、突如として闇より飛来した槍が彼の右太腿を貫いた。

 

「がぁ!?」

 

 転倒したエレインはアイラの前で顔を床に擦り付ける。それと同時に、これまで≪隠蔽≫で身を隠していたのだろう。アイラの背後から、5人目の諜報員が姿を現す。おいおい、5人目がいたとか聞いてねーぞ。

 短く髪を刈り上げた30代半ばほどの諜報員は、ダラダラと汗を垂らしながら、ストレスで今にも飛び出しそうな程に目を見開いて、左手の槍を倒れたエレインの胸に、右手のナイフをアイラの首元に押し付けながら叫ぶ。

 

「ぶ、武器を捨てろ! コイツらがどうなっても良いのか!?」

 

 エレインの片手剣を蹴飛ばしながら、諜報員はまさに三流といった感じの脅迫をオレに吐き飛ばす。うわー、その台詞聞くの久々だわー。

 頭を掻きながら、オレは右手の鉈で肩を叩く。さて、どうしたものだろうか。アイラは事前にHPが減らされているのか、レッドゾーンだから首へのクリティカルダメージで死ぬだろうし、エレインも回復をし忘れていたから心臓の一突きで死にかねない。

 

「【渡り鳥】! 俺の事は良い! アイラを助けろ!」

 

「いやいや、アンタを見捨ててもアイラさん救えないから。そこら辺理解しろよ。でも、そのノリ嫌いじゃねーぞ?」

 

 必死に彼女の命乞いをし、自らの命を捨てる男。陳腐だが美談だな。鉈を捨てながら、オレは頭を右手で掻く。

 あっさりと武器を捨てた事が意外なのか、諜報員はやや虚を突かれた表情をし、やがて獰猛に口元を歪めた。

 

「フン……噂の【渡り鳥】も人の子か。そりゃそうだ。仲間の命は惜しいだろうからな」

 

「仲間じゃねーよ。ただのサービスだ、サービス。それよりも足下注意な」

 

 欠伸を噛み殺すオレの忠告が早いか遅いか、諜報員の足下から蛇のようにオレの『切り札』が襲い掛かる。

 それはオレの左袖から伸びるワイヤー……より正確に言えば、ワイヤーの先端に刃渡り3センチ程の短い刃が取り付けられた、オレの取って置きの≪暗器≫だ。

 

「暗器【蛇蝎の刃】……ワイヤーブレードさ。レアアイテムで入手するのが大変だったんだぜ?」

 

 この暗器は≪鞭≫としての特性を持ち、極めて長い射程を持つ。更に、この武器の隠し性能は『対象の捕縛によるSTR減少』だ。

 つまり、首に巻き付けられた諜報員はワイヤーを外そうともがこうにも、自身のSTRが下方修正を受け、ほとんど抵抗できないという事だ。低めのSTRとはいえ、DEX特化型に比べれば高いだろうオレに使用されれば、まず逃げ出す事は不可能だ。

 そして、暗器の特性であるデバフ攻撃も当然有している。先端のブレードもそうであるが、ワイヤーにもデバフ攻撃が付与され、締め付けているだけで蓄積させる事が可能だ。今回はレベル2の毒を仕込んである。

 ブレードの射出と回収、ワイヤーのコントロール、この2つを完全に我が物にできなければ自身すらも傷つけかねない暗器である為、入手から密やかに練習を続け、最近になって我が物にした暗器だ。当然ながら、これはグリムロックすら知らないオレの『切り札』だ。

 

「ひっ……ひっ……ひっ……!」

 

 毒が蓄積し、HPが減少していく諜報員が涙と鼻水と涎を垂らし、膝を着く。命乞いの言葉を並べようにも強く巻き付き過ぎたワイヤーのせいで声が出せず、情けなく嗚咽を漏らすだけだ。

 

「たしゅけ……てぇ……」

 

 最後の最期にそう搾り出し、オレは笑顔でワイヤーを解放する。締め付けによるダメージはこれで解放されたが、解毒をしない以上は毒によるスリップダメージは停止しない。諜報員はアイテムストレージを開いて解毒アイテムを取り出そうとするが、そんな彼を影が覆いかぶさる。

 

「慈悲? そんなもんサービスにねーよ」

 

 顎を蹴り飛ばし、茨の投擲短剣を次々と突き刺していく。まるでハリネズミのようになった諜報員は、人としての造形が半ば失われた状態で赤黒い光となって飛び散った。




外道? 鬼畜? 褒め言葉だ! それを地でいく主人公です。
今回は謎の少女との正面からの大バトルとは違う、主人公の凶暴性の別方向……SAO時代にはどんなふうにPKKしていたのかを書けたと思います。

それでは、99話でまた会いましょう。

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