SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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5秒でわかる前回のあらすじ
『主人公がノリノリでジェノサイド』

※今回からスキル&アイテム紹介を復活させました。

スキル
≪存在感知≫:≪気配察知≫の上位スキル。より高い索敵ボーナスが付く他、霊体や不可視のトラップなどにも有効である。
≪銃器≫:銃器が使用できるようになる。また、熟練度を上昇させる事によってリロード時間の短縮や持ち込み可能銃弾数が増加する。
≪光銃≫:光銃が使用できるようになる。また、熟練度を上昇させる事によってリロード時間の短縮、チャージ魔力量が減少する。

アイテム
【断骨の鉈】:今は忘れ去られた朽ちた坑道、その最奥の神殿で霧払いの名も無き英雄が得た竜殺しの剣、この鉈はその剣から剥がれ落ちた一欠片を溶かしたもの。竜の肉を磨り潰し、骨を砕いた竜殺しの剣の神秘こそ受け継いでいないが、人肉を潰し、人骨を砕くには十分過ぎる代物である。
【白亜草】:真っ白な燐光草。年月を経て光も色も失っているが、その蓄えられた時間は生命を繋ぎ止める癒しの力を強めているだろう。希少価値が高く、上位の騎士達は出兵の際に王よりこれを賜る事も多い。
【眠り竜の剣】:英雄ヨアの伝説、その最終章に登場する深き地の底に巣食う邪竜シンの尾より誕生したとされる白きドラゴンウェポン。英雄ヨアは竜血騎士団を率いて邪竜を討たんとしたが、騎士団は竜を祀る悪しき王に阻まれ、ヨアは独りで邪竜に挑んだとされている。彼の伝説はここで終わっているが、後に出土したこの剣こそがヨアの勝利を物語っているだろう。


Episode12-17 One day~ある傭兵の場合7~

 トラップが他に仕掛けられていないか、まだ敵が潜伏していないかを念入りに調べ、なおかつエレインの回復を済ませた上でアイラさんの解放にオレ達は着手する。

 

「粘土みたいなので耳を塞いでるな。耳ごと削ぎ落とすのが手っ取り早いんだが……」

 

「止めてくれ」

 

 即座にエレインにストップをかけられ、オレは仕方なく有用なアイテムが無いか地下室を探る。わざわざ耳を塞ぐのに変なアイテムを使用したのだ。何かしら解除する手掛かりのような物、最悪現物さえあれば解決案も見つかるだろう。

 オレが地下室を物色し、木箱に押し込められた【粘性爆薬】というアイテムを発見する。どうやらクラウドアースの新商品らしい。恐らく実験的に諜報部に配備されていたといったところか。標準的な煉瓦程のブロック体の粘土は、アイテムの説明によれば火炎属性の爆発を引き起こすらしい。良く知らんが、現実のプラスチック爆弾みたいに運用ができるようだ。

 10個程失敬しても問題ないだろう。いつ販売されるか分からねーしな。火炎壺もそろそろ火力不足だし、上位版の黒い火炎壺は威力に対して値段が高いので費用対効果が悪い。

 

「火炎属性を遠ざけろ。その粘土に火を近づけたら爆発するぞ」

 

「爆発!?」

 

「安心しろ。それ以外の方法じゃ起爆しねーみたいだから、剥がすのは手で大丈夫だ。そんじゃ、後は任せたぞ。お姫様を救い出したヒーローは1人で十分だろ?」

 

 ポケットに手を突っ込み、マフラーに口元を埋めたオレは微笑を隠す。正直、こういう展開は苦手なのだ。感動の再会は2人で勝手に盛り上がってもらうとしよう。

 一瞬だが悩む素振りを見せたエレインだが、渋々といった感じで頷いた。そして、代わりにオレに手を差し出し、握手を求める。

 

「ありがとう。キミがいなかったらアイラを助けられなかった」

 

 感謝の言葉は嬉しいが、素直に受け取るわけにはいかない。握手に応じず、オレは背中を向けて感情を殺して呟く。

 

「オレの仕事はアンタを捕らえる事だ。見逃すわけじゃない」

 

「分かっている。アイラに全てを話したら自首するつもりだ」

 

 横目で振り返れば、エレインは拳を強く握りしめていた。他でもない、彼自身がムーココナッツを殺害した重みを自覚しているはずだ。

 アイラさんを人質にされていたとはいえ、クラウドアースの内部調査員を殺したエレインの未来は決して明るくない。だが、彼に償いの意思があるならば、情状酌量も含めれば死罪に処すような真似をクラウドアースはしないはずだ。

 地下室から出て階段を上り、礼拝堂の聖壇に腰かける。割れたステンドグラスからは夕陽が差し込み、壁に開いた穴から吹き込む風は肌を凍てつかせる。だが、既に雪は止みつつあるのか、舞う白雪の量は先程までに比べれば少ない。

 殺した。5人も殺した。オレは白い息を漏らしながら、殺した諜報員達に黙祷を捧げる。せめて安らかな死が彼らに与えられるように、と。

 命に貴賤は無い。人類を救おうとする英雄様だろうと、虚言を弄して私腹を肥やす悪党であろうと、その命は等価である。格差があるとするならば、生まれながらの地位であり、成すべき役割であり、保有する財産だ。だが、そんなものは真なる暴力の前では木の葉ほどにも役立たない。

 地位が眼前の剣を防いでくれるだろうか? 役割が降り注ぐ矢を弾いてくれるだろうか? 財産が心臓を撃ち抜く弾丸を止めてくれるだろうか? 等しく役立たずだ。もちろん、地位も役割も財産も力に変えることができる。だが、それらが役立つのは定められたルールと人心が介入する場合のみだ。

 今この瞬間は力こそが全てだ。DBOでは法も道徳も簡単に踏み躙られる。この世界は、ただひたすらに強き者だけに全てが与えられる世界なのだ。

 

「反吐が出る」

 

 ああ、そうだ。オレはもう命を奪う事に何ら抵抗を感じなくなってしまった。

 SAO時代もそうだった。あの頃のオレはもっとシンプルだった。狩り、奪い、喰らい、戦う。それをひたすら本能のままに繰り返す。それは狩人というよりも野性を取り戻した猟犬だ。

 命とは等しくオレの糧だ。オレは捕食者として、命を狩り、奪い、喰らう。そして、その過程の戦いを楽しむ。まるで猫が獲物を甚振る様に。獅子が同族を相手に縄張り争いをするように。

 今もまたSAO時代と同様のメンタルに戻りつつある。だが、それを引き留めるように、あの2人の声がオレの首筋を撫で続ける。

 

「オレは『オレ』だ。お前らみたいには……なれないんだよ」

 

 殺しているんだ。殺されもするだろ? オレだって無抵抗の連中をぶち殺すような真似はしない。だが、戦う意思を見せ、なおかつ殺されるだけの行いを重ねてきたのであるならば、命を奪う事を躊躇う必要が何処にある?

 そして、この論理はオレ自身にも当てはまる。

 オレもいつか自分よりも遥かに強いヤツに、蟻のように踏み潰されて死ぬかもしれない。それは立ちはだかるボスかもしれないし、英雄と称されるようなプレイヤーかもしれないし、オレが誰よりも強いと認める『アイツ』なのかもしれない。

 

「オレは……殺されたいのか? 死にたいのか? 償いたいのか?」

 

 白雪と混じる夕陽に問うが、答えは返らない。現実の神様も、仮想世界の神様も、オレの言葉に耳を傾けてくれなどしない。

 だが、1つだけ言えることがあるとするならば、オレの心は諜報部の連中を5人も殺したというのに微塵と揺るがず、また罪悪感すらも覚えていないという事だ。あるのは、そこそこ飢えと渇きが満たされ、本能が一休みするように微睡んでいる心地良さだ。

 エレインにも言ったが、罪悪感を得られるのは『人』としての心があるからだ。ならば、罪の意識すらないオレは『獣』の心を持ってしまっているのだろう。だが、こんな充実した感覚はSAO時代には無かった。それがオレに僅かな戸惑いを与える。この感情の正体を知りたくない。知れば、オレはきっと……

 

「【渡り鳥】、待たせたな」

 

 と、オレの思考を中断し、エレインの声が冷え切った空気を震わせる。振り返れば、アイラさんを肩で担いだエレインが扉を開けて地下室から戻って来たところだった。

 精神が衰弱しているのだろう。自分の足で歩けそうにないアイラさんだが、その顔には純粋な喜びに満ちている。

 

「あなたが……【渡り鳥】さんですか? エレインから話は聞きました。助けていただき、本当にありがとうございます」

 

 しかも美人だ。オレは聖壇から跳び下り、気恥ずかしさに赤面しそうになる。畜生が! エレインみたいなアンハッピー野郎には勿体ない位のモデル体型おねーさんじゃねーか!

 

「べ、べべ、別にぃ!? オレも仕事でしただけだしぃ!?」

 

 しどろもどろになりながら、オレは照れ顔を隠す為に反転する。

 

「……噂で聞いていたのと違う。エレインの言った通りね」

 

 やや疲労が濃く、それ故に儚いアイラさんの笑みに、オレの心は先程までの自問自答シリアスタイムを強制終了させる。オレ、今日から年上好きになります! おねー様系最高過ぎるぞ、糞が!

 

「それよりも、さっさと出発するぞ。一応言っておくが、抵抗はするなよ」

 

「分かっている。キミに勝てるとは思わないからね」

 

 苦笑するエレインの表情には、先程までの思いつめた苦痛の色は無い。アイラさんを奪還できたことで、彼もまたようやく取り戻せたのだろう。失い続けた『自分の居場所』を。

 素直になれば良かったのだ。他人の為に奔走し続けて、その実は『自分の居場所』を取り戻したかったことを。アイラさんという愛する人の隣を。

 

「これからエレインはどうなるの?」

 

「とりあえずサインズまでオレが連行する。自首扱いでな。なるべく人目が多い場所で大声で内容を叫ぶ」

 

 2人は顔を見合わせて、何故わざわざそんな手間をかけるのか分からないと言った顔をする。アイラさんはともかく、自首予定のアンタまで意味不明面してんじゃねーよ。

 

「牽制だ。人目が多ければチェーングレイヴも手出しできねーし、クラウドアースも他ギルドの目を気にして公正な処罰……『死には死を』なんて真似はできなくなるはずだ」

 

 ここからサインズ本部まで全速力ならば日が落ちるまでには十分に駆けこむことができる。だが、念には念を入れて迂回ルートを選択するとしよう。

 オレは進路を組み立てながら教会の扉を開く。黄昏色に染まった雪風が内部に吹き込み、オレの髪を靡かせる。

 

 

 

 

 

 

 

「ご苦労だったな、【渡り鳥】くん」

 

 

 

 

 

 

 そして、オレは自分の見通しの甘さを痛感した。

 教会の外で待っていたのは、先程までの中間管理職が似合いそうな古ぼけたコートではなく、鮮血のような真紅のコートを着たクレナイの姿だった。燻られたような褪せた金髪を後ろに撫でつけ、数房を前に垂らし、その口元には変わらずに微笑。だが、決定的に先程までと異なるのは、その全身から吹き出すプレッシャーだ。

 咄嗟に臨戦態勢を取ろうとしたオレだが、瞬時に真横から登場した2人の甲冑装備のプレイヤーが剣を抜き、エレインとアイラさんの首に刃を突き付ける姿を確認して鉈を抜こうとしていた手を止める。

 2人のプレイヤーが装備しているのは【アーロン騎士シリーズ】だ。本来の青紫色なのだが、カラーリング変更しているのか、血染めのようなダークレッドである。

 アーロン騎士シリーズはマスグラフ鋼で生産可能な、現時点では最も配備が困難な防具だ。マスグラフ鋼はマスグラフ鉱石を精錬して作れるのだが、このマスフラグ鉱石はとにかくドロップ率が悪く、俗に言う『物欲センサー』が猛威を振るっているレアアイテムだ。

 アーロン騎士シリーズは生産の為に多量のマスグラフ鋼、そして他にも幾つかレア度の高い素材系アイテムが必要になる。そのスタイリッシュかつ『和』の雰囲気が取り込まれた『洋』の甲冑のデザインは人気が高く、オレが知っている限りではシリーズ一式で50万コルほどの価格で取引されていた。

 

「予想はしていたが迅速過ぎる。そんな所か。やはりキミは優秀だ」

 

 嬉しそうにクレナイは乾いた拍手を送る。オレは目を動かさずに周囲を確認する。アーロン騎士装備が2人とクレナイが1人。この状況を切り抜ける為にはエレインとアイラさんを見捨てねばならない。オレ単身ならば逃げ切れない事も無いのだが、今のクレナイを相手にして無傷で逃亡ができるビジョンが浮かばない。

 いや、そもそも戦う必要はないか。オレはざわつく本能を抑え付け、両手を下ろす。予定は狂ったが、オレは依頼を達成したのだ。クレナイと敵対する理由が無い。

 

「どういうつもりだ? 勝手に消えて、勝手にしゃしゃり出て美味しいところだけ掻っ攫うつもりか?」

 

「まさか。キミの仕事がひと段落したから迎えに来ただけだ。どうだね? これから食事でも一緒にゆっくりと話しでもしようではないか」

 

 オレは緩慢な動作で背後のエレインたちを確認する。2人の怯えた眼を見て、ここで断わるのは悪手……いや、2人がクレナイ側に確保された時点でオレに拒否権は無いかと嘆息する。

 そうしてオレが全面降伏している間に、雪を踏み鳴らして灰色の諜報服を着たクラウドアースの諜報員達が姿を現す。だが、デザインが微妙に違うのは、オレが殺した連中とは所属が違うからだろうか。

 

「報告します! 旧諜報部メンバー13名全員の身柄拘束を完了致しました! 内の2名に犯罪ギルドの癒着の証拠を押収しました!」

 

「ご苦労。手筈通りに頼むよ。それと、早急に食事の手配を頼む。そうだな……『演習』が見れる場所が良い。彼にも是非とも見てもらいたいからな。それと教会内部に旧諜報部のアジトがある。早急に片付けろ。このアジトは破棄する」

 

 威圧感溢れた笑みは、オレが知るミュウの本心を押し隠す企業スマイル、ネイサンの他者を見下すエリートスマイルとも違う……この男の言い知れない存在感とこれ以上も無く適合した、まさしく王者の微笑だ。

 一糸乱れることなく、クラウドアースの3つの円と2つの菱形が組み合わされたエンブレムを胸にした諜報員達は敬礼を取る。まるで自らの仕える王に敬服するように。

 

 

 

 

「畏まりました! 全てはセサル様のご意向のままに!」

 

 

 

 

 そして、オレは両脇を諜報員に固められ、エレイン達と離れ離れにさせられると、終わりつつある街の北西に案内される。移動はクラウドアースのギルドNPCが操る馬車であり、オレとクレナイ……いや、セサルは無言で、正確に言えば彼は微笑のまま、オレは無表情で、目的地まで運ばれる。

 終わりつつある街の北西部は富裕層区画だ。バランドマ侯爵の屋敷もここに存在する。富裕層と言っても、大半が放棄されて廃墟となっている。最近は3大ギルドが買い取り、支部としても利用しているようだ。

 その内の1つ、クラウドアースの所有物らしい、鉄格子に囲まれた屋敷へとオレは通される。赤色の甲冑装備のギルドNPCによって警備され、またダークレッドのアーロン騎士シリーズに身を包んだプレイヤーも何人か存在する。いずれも隙が無い立ち振る舞いであり、1人1人が百戦錬磨である事は疑いようがない。

 クラウドアースと言えば、他の3大ギルドに比べて戦力が劣るというのが通説であるが、どうやらそれはダミー情報のようだ。この戦力の充実からして、クラウドアースは念入りに力を蓄え、いざとなれば他の2つの大ギルドを相手に戦争しても十分に戦えるだろう事が分かる。

 あるいは、セサルの周囲だけに戦力が集中しているのだろうか? オレはやや広めの庭が一望できるテラスに通される。可愛いメイドさんが白い円卓にはやや不似合いな銀色の金属製の椅子を引いてくれる。驚いた事にこのメイドさん、ギルドNPCではなくプレイヤーだ。しかも可愛いぞ、おい!

 

「彼女らは私の部下だ。私はギルドNPCを余り信用していないものでね」

 

「あのメイド服もアンタの趣味? ロングスカートとは分かってるじゃねーか」

 

「残念ながら私ではないな。グリーンオーシャンのデザインだ」

 

 グリーンオーシャンと言えば、確か松永組と諍いが絶えないデザイナーギルドだったか。記憶正しければクラウドアースの所属のはずだ。

 連合ギルドであるクラウドアースは理事会によって運営される。この理事会に出席できるのは、クラウドアース内でも一握りの強権を持つギルドだけだ。オレは一応クラウドアースの理事ギルドの名前を全て頭に叩き込んであるのだが、それぞれの理事の顔と名前にセサルはいない。

 だとするならば、セサルはどのような立場の人間なのだろうか? オレはメイドさんが次々と運んでくる料理のニオイに、こんな状況でも食欲を訴える脳髄に苛立つ。

 既に雪は止んでいるが、野外で食事するにはやはり寒過ぎる。オレは夕陽に顔半分を染めながら、いつの間にか食事が並ぶテーブルを囲むように呪術の【ぬくもりの火】が四方を囲んでいることに気づく。

 ぬくもりの火は攻撃的なものが多い呪術の中でも珍しい、HPを微量回復させる支援系だ。小さな山吹色の火の玉が浮かび、周囲を温めながらHPを回復させる為、攻略中の小休止などの時に1人でもこの呪術を所持していると重宝する。ただし、HP回復は微量、効果は重複しない、また敵も味方も区別なくHPを回復させる為、ボス戦などでは有用ではない。

 新しいぬくもりの火を出しながら、オレの視線に気づいたメイドさんが笑顔を咲かせる。どうやら、このメイドさんたちは可愛い容姿だけではなく、呪術も使用できる戦闘のスペシャリストでもある事を隙が無い立ち振る舞いからオレは感じ取る。

 運ばれてきた料理は、赤紫のソースがかかったブロック状の肉だ。皿に盛られた白いご飯は湯気を上げ、セサルの背後に控えるメイドさんが彼のグラスにシャンパンを注ぐ。オレの背後にいるメイドさんもグラスにも注ごうとしたが、それを睨んで止めると、彼女は嫌な顔1つせずに、まるで所定の位置に戻る様に淀みなく、オレから1歩後ろに下がった。

 

「改めて自己紹介をしよう。私はクラウドアース理事会相談役兼軍事統括顧問の【セサル・ヴェ二デ】だ」

 

「聞いた事ねーな」

 

 フォークで肉を押さえながらナイフで切り分け、ソースをたっぷりとつけて口に運ぶ。どうしてギルドの上役というのはメシをしながら話をしたがるのだろうか? いわゆるビジネススキルってヤツか? そんなシステム外スキル使ってるんじゃねーよ!

 オレの態度に不快感を示すことなく、むしろ微笑ましそうにセサルはシャンパンを口元に運ぶ。その動作1つだけで、コイツが現実世界でも高い地位につき、人を導き、そして支配する人間である事を思い知らされる。

 

「それは仕方ない。私は理事会に出席するのは稀だし、運営方針にも滅多に口出ししない。軍事統括顧問と言っても大半が部下任せだ。私も今年で62だ。いかに仮想世界とはいえ、老いには勝てないものだよ。どうにも疲れが取れにくくなった」

 

 62歳って……外見はどう見ても40代前半か後半だ。母さん並みの外見詐欺じゃねーか。

 だが、62歳という事は最高齢と目されるアレスの次点の高齢プレイヤーという事になる。オレのような若造の考えを読むのは容易いという事か。いや、年齢を抜きにしてもコイツから感じる鬼気のような圧迫感は異常だ。油断は禁物だな。

 

「セサル様はクラウドアース設立に深く関与した、いわば立役者であられます。ですので、実質的な権限はクラウドアース理事長【ベクター】様と同等、あるいはそれ以上となります」

 

 補足するように、シャンパンの代わりにオレンジジュースを準備してくれたメイドさんはセサルの立場と経歴を説明してくれる。

 通りであの糞女がクラウドアースなんて厄介な連合ギルドの台頭を見す見す許したわけだ。セサル……コイツは間違いなく規格外の人間だ。こうして話をしているだけで、オレの心は閉塞感に喘いでいる。

 呑まれるな。しっかりしろ。オレは自身を叱咤し、肉を豪快に頬張る。口元から垂れたソースがテーブルシーツを汚すが、それも気にせずにオレは白ご飯を掻き込んだ。

 

「さて、【渡り鳥】君。キミは何処から気づいていたか、差し障りが無ければ教えてもらっても良いかな?」

 

 妙に下手に出るセサルに不気味さを感じながらも、オレは肉とご飯を呑み込んで、今回の依頼に対するオレなりの回答を話す事にした。

 

「酒場に着いた時からだ。決定的になったのはエレインの自宅さ」

 

「……続けたまえ」

 

「クラウドアースの依頼は何度か受けたが、1番驚かされたのはその情報収集能力だ。依頼を達成させる為に、ありとあらゆる方向からアプローチした情報の充実は情報屋要らずって程さ。だが、今回の依頼は杜撰すぎる。緊急性の高い依頼でもネイサンなら必ず最低限の対処できるだけの情報を渡すはずだ。ところが、今回の依頼の始まりはムーココナッツが殺害された3日後だ。これで情報ゼロとかふざけてるレベルなんだよ」

 

 ミュウならばどうせいつもの事だと疑いもしないが、オレはネイサンとクラウドアースの情報収集能力を高く評価している。いや、大半の傭兵が『仲介人の態度はともかく、依頼をこなす上で与えてくれる情報の量と精度はクラウドアースが1番』と断言するはずだ。

 なのに、今回の依頼は全てがほぼゼロだ。オレがクラウドアース側から提供された情報と言えば、せいぜい事件の背景の推測程度である。

 

「最初からアンタ達は把握していたんだ。エレインがムーココナッツを殺害した理由、アイラさんが諜報部のアジトに捕らわれている事、エレインが何処に潜伏しているのかもな。だから、『シナリオ』としては探偵役のオレをアンタがサポートし、エレインと合流させ、諜報部の連中を始末する。そんなところだろ」

 

 唯一分からなかったのは、オレに探偵役をやらせた真意だ。それだけが『シナリオ』の中で読み切れなかった部分であり、この依頼の本質だ。

 わざわざセサルは【クレナイ】と偽名を名乗り、既に解決を待つだけの事件を調査させた。別に偽名自体はどうでも良い。DBOはプレイヤーネームを隠せる設定ができる時点で、偽名の使用は仕様として想定されているはずだからだ。

 だが、わざわざ早朝に緊急依頼でオレに探偵役をさせたのはどんな狙いがあったからなのか。そこだけが分からない。仮に諜報部の抹殺が目的ならば、素直にオレに依頼すれば良いはずだ。オレならば内部粛清だろうと依頼を引き受ける。 

 オレの回答を吟味するように顎を撫でていたセサルだが、やがて納得したように小さく頷く。

 

「やはりキミは優秀だ。増々キミが欲しくなったよ、【渡り鳥】君」

 

「は?」

 

「私は強い者が好きだ。噂では聞いていたが、やはりキミは優秀だ。何故他の者達がキミを軽視するのか理解に苦しむ程度には」

 

 いきなり身の毛のよだつカミングアウトをされたかと反射的に思い込んでしまったが、どうやらセサルが男色だったという方がマシだったと後悔する方向に話の舵は切られているようだ。

 

「今回は私の無理でキミに依頼を出させてもらった。目的はテストだ。キミが本当に噂通りのイレギュラーなのかどうかのね。結論から言えば合格だ」

 

「テスト?」

 

「そうだ。キミは『ドミナント』という単語に聞き覚えはあるかな?」

 

 ドミナント。オレは記憶の何処かに引っ掛かる単語だなと眉を顰め、やがてオレが人を初めて殺し、そしてPoHと出会った夜、ヤツがオレの事をドミナントと呼んでいた事を思い出す。確か論文がうんたらかんたらとか言ってたな。

 大して興味が無かったので現実世界に帰ってからも調べた事が無かったが、まさかセサルの口からもう1度聞くことになるとは。

 

「ドミナントとは先天性で高い戦闘適性を持つ人間の事だ。簡単に言えば戦いの天才だ。人間離れした戦闘能力を発揮する。人類史において度々登場する『規格外』の人間。それがドミナントだ。提唱者によれば、これらドミナントこそ伝説や神話に登場する怪物や悪魔の正体ではないかという事だ。彼らの人外染みた活躍が衆人の恐怖によって歪められ、伝聞された結果だとね」

 

 怪物。その単語がオレの心臓を跳ねさせる。

 

 

『この……外道が! 何が自分の為だ!? 貴様は人ではない! 祈り方を忘れた、ただひたすらに戦いを求めるバケモノだ!』

 

 

 カークの最期の叫びがオレの脳髄で反芻し、刃のように心を刻んでいく。

 違う! オレはバケモノじゃない! 落ち着け! 落ち着くんだ! オレは人間だ……人間なんだ! ヤツメ様じゃない! バケモノなんかじゃない!

 一瞬だけ荒くなった呼吸を強引に正し、指の震えを拳を握って抑える。セサルには気づかれていないはずだ。いや、違う。どうか気づかないでくれ。コイツに弱みだけは見せてはいけない。ミュウとは違う意味で危険過ぎる。

 

「今日のキミの戦いは全て見させてもらった。特にチェーングレイヴの少女との戦いは素晴らしかった。彼女もまたドミナントだろう。だが、やはり私はキミの凶暴性が特に気に入ったよ」

 

 手を組んだセサルは唇を吊り上げる。まるで甘美な思い出に浸るように、セサルの声音がやや熱が籠る。

 

「キミは逸材だ。戦闘能力、分析力、考察力、そして凶暴性。まさしく戦いの申し子だ」

 

 随分と高評価してくれる野郎だ。だが、どうしてセサルがわざわざオレにテストを仕掛け、そのドミナントやらの認定を欲しがったのかが分からない。もしかして、そのドミナントが必要な程の高難度の依頼があるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

「やはりキミは相応しい。私の後継にね」

 

 

 

 

 

 思わずオレはナイフを落としてしまった。それが床に触れ、甲高い金属音を鳴り響かせる。

 間もなく落ちるだろう夕陽の輝きと温もりの火の明かりが混ざり合い、オレとセサルの両方に暗い影を生む。より陰影が濃くなった顔で、セサルは変わらぬ微笑のまま、オレの思考がフリーズしている事もお構いなく話を続ける。

 

「私は日系アメリカ人で、現実でもある組織を率いている身でね。その後継者を探している。だが、現実ではどうにも私の基準を満たせる人材がいない。誰も彼もが牙を抜かれ、資本主義の豚だ。権力や金こそが力だと酔いしれ、贅肉を揺らす金の家畜だ。私の理想とは、力ある者が統べる、人類が本来あるべき姿だ。かつて武で以って王が世界を支配した秩序。それこそが私の……【ヴェニデ】の理想であり、信念だ」

 

 そこで残念そうに、セサルは溜息を吐く。それは心底無念といった調子だった。

 

「だが、私の理想と信念を理解した我が子と部下は力が足らない。豚共はそれ以下なのだが、もはや粛清するのも疲れた。そんな折に、ある情報筋からDBOの噂を聞いたのだよ。日本で再びデスゲームが始まる、とね。これを利用しない手は無いと考え、デスゲームに参加し、わざわざ資本主義の屑共を指揮してクラウドアースを立ち上げたが、実に上々だよ。死が隣り合わせの戦場でこそ人間は真価を露わにする。お陰で幾人かの候補者に目星を付けれた。そして、その中でも特に私に近しい性質を持つのがキミであるとも思っている」

 

 これは一体全体何の話だ? 完全に逸脱したスケールで始まったセサルの勧誘……いや、それ以上の何かに、オレは思考のギアを上げられないでいた。こんな突拍子もない、自分の後継者を探しているなんて話を聞いて、はいそうですかと消化できる方がおかしい!

 

 

「【渡り鳥】くん、単刀直入に言おう。私はキミが欲しい。かつて【赤い鳥】と呼ばれた私の後継として、ヴェニデを率いてもらいたい。仮想世界でも、現実世界でもね」




〈システムメッセージ〉

・ルート【赤い鳥の後継、王に至る者】が解放されました。
・ルート【平和な堕落者】が消滅しました。


ヴェニデの『ヴェニ』=『紅』というのは結構有名な話なので、クレナイさんの正体は割と簡単に予想できたと思います。

それでは、100話でまた会いましょう!

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