夏の日差しと、レベルアップと   作:北海岸一丁目

3 / 7




第三話

 

「おはようシンジ君。調子はどう?」

 

 通信機のスピーカー越しに聞こえてきた赤木リツコの言葉に、シンジは

 

「はい! 最初は戸惑いましたけど、慣れてきたと思います。調子も悪くありません」

 

 と笑顔を添えてハキハキ答えた。スキル欄でコミュニケーション技能を上げたのだった。

 

 あの日の翌日、結局この使徒と戦うという状況から逃れられないならば、ネルフの人間にはある程度好印象を与えた方が良いと気付いたのだ。嫌な事には線を引き、そこまでに達しない事柄は受け入れていこうという方針である。別名、妥協という。

 その一環として、コンプレックスでもあったコミュニケーション能力と口下手を解消する為スキルポイントを消費した。元の数値はどちらも1。納得できるも悲しい数字だったが、実験の為でもあるんだと誰に聞かせるでもない言い訳をしながらポイントを注ぎ込んだ。

 

 ――――――――――――――――――――

 コミュニケーション技能(1 → 5/10)

 話術技能(1 → 5/10)

 

 残りSP : 92

 ――――――――――――――――――――

 

 とりあえず人並み程度にはなりたい、と半分まで上げてみたのだ。

 効果は覿面に現れた。相手に合わせて流されるという事無く、しっかりと主張が出来たのだ。

 後から、これってただの気の持ちようでは、とか、スキルを上げる前から父やミサトさんにはちゃんと話せてた気が、とかが頭を過ぎったが無視した。そうでなければ消費したポイントが報われない。あのシステムを庇う理由も無いのだが。

 まあ初対面の人とスムーズに会話ができるというのは効果が出ている証だろう。

 加えて、なるべく笑顔を心がける様にした。笑う顔に矢立たずという言葉もある。オドオドとした態度をとるよりもニコリと微笑む表情の方が敵意や悪意で迎えられる可能性は減るし、好印象を持たれる確率も上がるのだ。騙している気分にもなるが、これは自己装飾、化粧の様なものだと自分に言い聞かせた。

 

 ネルフ職員となって数日は朝から夕暮れまでレクチャーと訓練を受けた。エヴァに関する事、戦闘時に必要な情報、戦闘に役立つ体術、格闘技、射撃、etc。

 座学はエヴァの開発、整備を担当する技術部、実際の作戦の研究、敵の分析を担当する作戦部の職員によって行われた。

 エヴァは電力で動く。背中にケーブルが繋がれ、常に供給を受けなければならない。接続無しの場合、最大でも五分しか持たない。バッテリーは開発中との事だが、予算との兼ね合いですぐに実用化できるという訳でも無いらしい。その為市内各所にソケット及びケーブルが格納されているビルがあり、移動する場合は接続し直す必要がある。

 他にも銃火器等や白兵戦様の武器が納められたビルが点在しており、状況に応じて使い分けるらしいのだが、そのほとんどが開発中。これも予算的な制約のせいらしい。エヴァ本体と街そのものに大部分を注ぎ込んだ結果だそうだ。

 エヴァを起動、操縦するにはシンクロ率というものが肝となる。エヴァとパイロットは神経で繋がれ、その接続具合がシンクロ率として表される。高ければ高い方が良いのだが、100%となった場合エヴァの負ったダメージもパイロット側に100%伝わってしまうという嫌な特徴がある。先日の戦闘で腕を折られ頭蓋を貫かれたが、あの時のシンクロ率が40数%。仮にあの時100%だった場合、あれ以上の痛みに晒されていた事になる。酷い話だが、エヴァの操縦のみに特化したシステムの弊害である以上我慢するしかない。危険な時には発令所の方でシンクロを下げる、あるいは遮断するという措置が取られるそうだが、見る、判断する、命令する、操作する、という手順がある以上、実際の行動にはタイムラグが存在する。早めの判断を期待するしかない。

 

 正直な話、今までのシンジの学校の成績はあまりよろしくない。シンジ自身に自覚もある。しかし、教わる内容が頭にスイスイと入っていく。これが知性値が上がった恩恵かと、シンジは真面目に取り組んだ。不真面目にやって痛い思いをするのは自分である、という理由も勿論あるが、偏ったものであっても知識がどんどん蓄えられていく、という感覚が新鮮で楽しいのだった。

 

 実技については職員の安全確保等を行う保安部の職員に学んだ。

 歩く事を考えて実際に歩いた様に、エヴァは基本的にはパイロットの思った通りに動く。そして明確に思い描けない場合は転んだりする。

 エヴァの体の構造は人間とほぼ同じ。二本足で立ち二本の腕を振るう。それならば人間の、自分の体の動かし方を学び、高めれば、それがエヴァの動きへと反映されるのだ。故に、パイロットを鍛えればエヴァの強化に繋がる。

 加えて言うなら、専門家が時間と予算を貰ってもエヴァ自体の強化というのがかなりの難題であるらしい。それならパイロットを鍛え上げた方が手っ取り早い、と休憩時間に雑談した際リツコがぶっちゃけた。お金も余裕もあまり無いのよ、とタバコの煙と同時に溜息を吐いたリツコに、頑張りますとしか言えないシンジだった。

 ジオフロント内をランニング、そして本部内の道場での訓練で、シンジはまたレベルアップの影響を感じた。もやしっ子の代表の様だった自分が、それなりの距離を走ってもそれほど疲れないのだ。

 教官も驚いたしシンジも驚いた。元の数値の約四倍というのは伊達じゃない。とは言え教官の言では運動部所属の高校生レベルといったところの様だ。あくまで体力「値」であって体力「量」ではないらしい。筋肉の値を考えるといきなりマッチョになったりはしていないのだから当然といえば当然である。それでもうっすらと筋肉は浮き出てきてるし力は強くなっている。レベルアップ効果は出ている。

 格闘訓練では現在エヴァに装備されているプログレッシブ・ナイフを想定し、ゴム製ナイフを持って行っている。そしてアンビリカルケーブルを常に意識するよう、腰にロープを結びつけている。長さは道場内の2/3程で、ロープの存在を忘れて相手を深追いすると、グフッ、と出すつもりの無い声を出して転倒する羽目になる。制約の多い兵器を操る訓練ではあるが、それでも筋力、体力、敏捷の値のせいか、初日にして教官から一本取るという偉業を成し遂げた。その後は訓練のレベルを上げた教官にメタメタにしごかれる事になったが。

 その中でシンジは教官に一つ注文をした。ある程度痛くしてくれと。

 別に特殊な何かに目覚めた訳ではなく、エヴァで戦う上で必要だと思ったのだ。

 人間は痛みを受けると動きが止まるし気持ちも萎える。ケンカに慣れている不良学生や格闘技のプロなどは話が変わってくるだろうが、シンジはつい先日まで一般人であった。そしてもやしっ子代表であるシンジは争うという経験がほとんど無い。まずは痛みに慣れねばならないと考えたのだ。話せば分かる相手ではないのだから、殴られて痛いと蹲っていては攻撃され続けて死んでしまう。

 それを受けて教官はダメージを残さないギリギリまでシンジを追い詰める様になった。打撃は最低でも痣が残る程度に。関節技は筋が軋みを上げる直前まで。絞め技は気絶寸前まで。

 様子を見に来たミサトがやり過ぎだと割って入った事もあったが、シンジは必要な事だから邪魔するなと追い返した。望んでやっているのだ、死なない為に訓練で苦しんでいるのだと。

 

 射撃に関してだが、エヴァには現状ハンドガンとパレットライフルと呼ばれる突撃銃が配備されている。格闘訓練での事を考えると射撃場でこれらを撃つのか、と思っていたシンジだったが、そうでは無くエヴァに搭乗してのシミュレーション訓練となった。

 銃の弾丸もタダではない。どうせエヴァに搭乗しての射撃しかしないのだから機体への慣熟も兼ねてやった方が効率が良い、という判断だ。

 インダクションモード、つまり銃の引鉄を手元のレバーで操作する状態での訓練だ。最初の搭乗時にとりあえず掴んでおけと言われたレバーである。一応普通の思考操作で撃つ事も出来るらしいのだが、それよりも手元のトリガースイッチを引いた方が簡単であるという事だそうだ。

 エヴァンゲリオンに関わる事、通称E計画の主任であるリツコの管制を受けて、モニターに表示される標的、先日の使徒に向かって弾丸を打ち込む。目標をセンターに入れてスイッチを押し込む、という単純作業だ。仮面の目の部分を狙ってみたり腕や足を狙ってみたりと試してみてはいるのだが、先の戦闘で得られたデータが少ないのか、あるいは所詮シミュレーターと割り切っているのか、どこを撃っても反応はさして変わらない。赤い球、コアと呼ばれる部分だけは多少ダメージ増えるらしく少ない弾数で倒せるが、結局その程度だ。多分撃って倒す、というよりも撃つ事に慣れる訓練なのだろう。ど素人を一から育てるのだから段階が必要なんだな、とシンジは考えた。

 

 

 

 教習と訓練漬けの数日を過ごした後、こちらの中学校へと通う事になった。

 第3新東京市立第壱中学校。義務教育である。

 転校するにあたり、シンジは守秘義務の一部緩和を求めた。

 使徒はいつ現れるか分からない。授業中という事もあるだろう。そうなれば急いでネルフに向かう事になるが、シェルターへの避難警報が出る度に姿を消す生徒、となれば関連を疑うなという方が無理である。どうにかならないか。

 シンジの考えではここから、学校へ行かなくても済む様に、と話をつなげる予定だったが、相談を受けたミサトはすぐに何処かへと連絡を取り、ネルフ関係者だと明かすのは可、エヴァのパイロットだと明かすのも場合によって可、との許可を取り付けたのだった。

 本部内で何かやるとか通信教育とかはないのかと聞いてみたが、そんな部署は無いとバッサリ断られた。さらにミサトから、友達と触れ合う時間は大切だと説教された。

 正直なところ学校には良い思いを抱いていないシンジだったが、退路は断たれたと諦めるしかなかった。

 

 職員室での挨拶を済ませ、教室へと案内されながらシンジは第一声をどうするかと考えた。触れ合いがどうとか言われたが、期待らしい期待は何もしていない。

 廊下でしばし待たされ、入りなさいとの呼びかけで教室に踏み込む。

 

「ネルフの関係でこちらに越してきました。碇シンジです。よろしくお願いします」

 

 第3新東京市の住民は元々居住していた者を除けば全てがネルフ関係者である。それ以外の転入は認められていない。そしてこの街全てがネルフの管理下にあるのは暗黙の了解として周知されている様だ。

 そこで「親の仕事の関係」ではなく「ネルフの関係」。こう言っておけば余計な干渉は減るとシンジは考えたのだ。

 表情は出さず、声に力を込めず。徹底して抑制し感情を見せない挨拶に対し、教室内に少々のどよめきが、そしてパラパラと拍手が起こる。まずは成功したようだと、シンジはこっそり拳を握った。ネルフでは印象を上げるため愛想良く、学校ではそんな必要も無いからやる気無くと、この時方針を固めたのだった。

 空いた席に付くと朝のホームルームはそこで終了し、担任が退出するとそこかしこでコソコソと話し声が上がり始める。

 これで良い。

 これが良い。

 生きるか死ぬかの戦いをやらされるのだから、学校なんかより訓練時間を増やしたい。このまま以前の様にクラスで浮いた存在になり、あわよくばイジメの対象になってしまえれば学校へと通う理由も無くなる。

 それがシンジの作戦であった。

 漫画やドラマ等のフィクション世界では転校生を囲み、どこから来たのか、趣味は、特技は、恋人の有無は、と矢継ぎ早に質問を浴びせるのがセオリーである。しかしシンジの作戦通り、クラスメイトの行動は「距離を保っての様子見」へと誘導された。

 

「私、学級委員長の洞木ヒカリ。分からない事があったら何でも聞いてね」

 

 ただ一人話しかけてきた生徒もいたが、それも役職からの義務感であるらしく、シンジの目論見はまず成功と言える。

 上手く行ってる、との思いが出たのか、ヒカリにありがとうと返すシンジの口元に微かな笑みが漏れた。

 

 

 

 本部での教育と同じく、学校の授業もスポンジが水を吸う様に頭に入ってくる。シンジにとっては授業が、というよりもその感覚が楽しい。それまでの自分がどれだけ駄目だったのかと軽く落ち込みもしたのだが。

 この学校では教科書とノートではなく端末を使っての授業である。ノート型PCに全科目のテキストが入っており、教師の説明や補足を受けながらそれを読み進める形式である様だ。

 今のシンジは読めば頭に入るという状態である。どの教科でも使うのは同じ端末であるのをいい事に、授業進度も教科も無視して読み進める。

 

「その頃私は根府川に……」

 

 老教師が繰り返し語るセカンドインパクトの体験談も興味深い。祖父母がいない環境で育ったシンジには、自分が生まれる前の事を直接聞くという経験が一切無いのである。知らない事を知るのが楽しくて仕方が無いのだ。知的欲求の芽生えとその充足にシンジは酔いしれた。

 

 中学校の授業には体育がある。そしてシンジは特に体育が苦手だった。持久走等の個人種目も勿論体力面から苦手であったが、団体種目が、球技が苦手だった。チームメイトが授業だからと嫌々組んでいるのが分かるのだ。

 クラスで浮いている。その上活躍する訳でもない。進んで組みたい筈が無い。

 事情が分かっているのか、好きに組めとは言わず出席番号で自動的にチームを作り、シンジはチームメイトから無感動に、時には舌打ち混じりに迎えられるのが常だった。

 故にここでもシンジは積極的に動こうとはしなかった。種目はバスケットボールだったが、ぼんやりと動き、ボールが来たらぼんやりとパスを出し、シュートはパスが出せない時だけ、特に狙わず放る。

 放課後になれば本部でこれでもかと扱かれるのが決定しているのだから無駄に体力を使いたくない、という思いもあっての行動だった。

 

 昼休みには屋上で一人で弁当を広げ一人で食べる。シンジが自分で作った弁当である。

 冷蔵庫の状態から分かっていた事だったがミサトは料理をしなかった。出来ないのではなく忙しくてやれないのだ、と聞いてもいないのに語っていたが。

 だし巻き卵に昨夜作った煮物、ミニハンバーグと、いわゆる「茶色い弁当」である。訓練での消耗分を体が補給しようとしているのか、最近とみに増した食欲に対応してご飯はみっちりと詰め込んである。

 前の学校では屋上の扉は施錠され立入禁止となっていたが、この第一中学校ではフェンスを張って安全対策は十分としたのか自由に上がれた。その割に誰も入ろうとはしないこの場所を占有し、青空の下で食事をするのは中々気分が良い。校内に設置されている自販機でお茶を買い、ここで弁当を食べる、というのがシンジの定番となった。

 

 

 

 転校して数日もすると、シンジはクラス内での自分の評価がほぼ固まったのを感じた。

 話しかけられれば言葉は返すが自発的には話さない。

 授業は静かに受けて目立った所もない。

 可もなく不可もなく、孤立する。

「特に近づく必要も無い奴」。

 綾波レイと同じ様に。

 初号機のケージにストレッチャーで運ばれてきた重傷の少女も同じクラスだった。そして重傷のまま登校してきた。

 腕にギプスを、頭に包帯を巻いて教室に入ってきたレイにクラスは一瞬静まり返ったが、一言も無く窓際の自分の席についた彼女を見やり、いつものざわめきを取り戻した。

 近づく必要は無いから心配もしなくていい。いつもの事だから話題にもしない。そういう事なのだろう。

 唯一、学級委員長であるヒカリが何事かを語りかけた様だったが、言葉少なに返答した後は興味無さげに外を眺めるレイに彼女は引き下がり、それ以降は特に触れようとはしなかった。多分以前からも話しかけては素っ気なく返されるのを繰り返し、今では諦めているのだ。シンジから見れば良い立ち位置である。見習っていこうと考えた。

 

 ネルフでの説明によればレイもエヴァのパイロット、チルドレンであるらしい。レイがファーストチルドレン、シンジがサードチルドレンだ。

 本部で見かけた折、シンジは一応挨拶と自己紹介はしたのだが、

 

「そう」

 

 という興味無さ気な言葉を聞いて以後の接触を控えた。自分がしつこく話しかけられるのが苦手だからだ。自分がやられて嫌な事は他人にやらない、という気遣いである。戦闘時の連携等の事となればそれなりに話す機会もあるかと思うが、現状そういった訓練は話すら出てきていないしコミュニケーションをとれとも言われない。問題は無いのだろう。

 

 

 

 レベルアップの有効性の確認。ネルフでの訓練。学校。

 使徒に備えるシンジの新しい日常は、こうして過ぎていった。

 

 

 

 

 






▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。