夏の日差しと、レベルアップと   作:北海岸一丁目

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第六話

 一日が終わり、あとは寝るだけとなった夜。自室でステータスウインドウを開き、シンジは溜息をついた。

 

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 碇シンジ Lv : 25

 職業 : 主夫

 称号 : サードチルドレン

 

 経験 : 111984

 

 能力値

 

 筋力 : 77

 体力 : 77

 敏捷 : 70

 精神 : 69

 知性 : 86

 運 : 26

 

 残りBP : 120

 ――――――――――――――――――――

 

 レベル増加量はいい。ゲームで言えばレベルが上がるほど必要経験値も増えるのは分かる。

 運も、まあいい。運が無いのは分かりきってる。良いはずがない。

 だが、

 

「主夫って……」

 

 この職業はどうなのだ。

 葛城ミサト宅に住むようになってから、炊事洗濯掃除は基本的にシンジの役目となった。シンジが進んで手を挙げたのではなく、ミサトがまるでやらないので仕方無くやっていたらいつの間にか全て押し付けられたのだ。

 早朝に起床、洗濯機を回し二人分の弁当をつめて軽く掃除した後朝食を作り洗濯物を干し部屋を掃除する。学校と本部での訓練が終わるとスーパーに寄って食材と日用品を買って帰り、洗濯物を取り込んで夕食を作り風呂を沸かして洗い物をして翌日の弁当の準備をする。

 

「主夫だ……」

 

 思い返すと否定できなかった。だが職業ではない。職業で言えば中学生かネルフ職員である。

 何らかの条件で職業が変わるのだろうか、と考えるも判定基準が分からない。

 ステータスを閉じ、新たに現れた「職業」を開くと、ウインドウに「中学生」「主夫」と二つ書かれていた。ウインドウのサイズに比べて数が少ない。と言うよりスペースが空きすぎている。これは職業がどんどん増えるという事だろうか。

 任意に職を変える事できるのだろうかと思い「中学生」の文字に集中すると、職業を変更しますか、と確認のダイアログが現れた。とりあえずは「いいえ」を選択する。

 スキルを開いてみると、主夫に関係ありそうなものに補正がかかっていた。

 

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 料理技能 (6+1/10)

 掃除技能 (5+1/10)

 洗濯技能 (5+1/10)

 裁縫技能 (2+1/10)

 節約技能 (4+1/10)

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 これが職業の効果らしい。これまではこういった表示は無かった。中学生はゲームで考えると無職の判定なのか。分からないでもない。

 得をするなら主夫でも良いかと受け入れ、期待を込めて「設定」を開いたが、そこには相変わらず透過率の調整しか無かった。音量を下げたいという願いは聞き入れてもらえなかったようだ。

 スキル項目を見ていくと、以前には無かった「軍隊格闘」「射撃技能」「エヴァ操縦向上」「A.T.フィールド」等が増えていた。他の料理や演奏などとは明らかに毛色の違うものだが、毎日の訓練の事を考えると、レベルアップで増えた、ではなく、レベルアップまでに集中して行った事がスキルとして登録されるのだろうか。

 少し実験してみようか。そう考え、シンジは静かに眠りに落ちていった。

 

「センセ、それ何してんねん?」

「編み物か? 何でいきなり?」

 

 教室で黙々と作業するシンジにジャージと眼鏡、鈴原トウジと相田ケンスケが話しかけてきた。屋上で殴ったあの日以来、よく話しかけてくるようになったのだ。

 入門書を開き、辿々しく編み針を操りながら、シンジは「必要だから」とだけ答えた。話しかけられようが親しくする気はあまり無いのだった。第一これは大事な実験なのだから話をしている余裕も無い。

 シンジの自由になる時間はそう多くない。ネルフと家事と学校とで大部分が削られ、間が空いたとしても短時間である。それを踏まえ、少ない時間で積み重ねる事ができ、なおかつ手軽に持ち運びができるものとして選んだのが編み物だった。できれば使徒との戦いに役立つものが良かったのだが、そちらの方面では物騒なものしか思いつかず、結局身につけても暇潰し程度にしかなりそうもない選択しかできなかった。常夏の国となった日本ではニットの出番は限りなく少ない。

 

「ネルフっちゅうんは、よう分からん事するもんなんやな」

 

 パイロットに編み物を義務付ける国連組織も無いと思うが、シンジは特に否定もしない。

 先日の使徒襲来に際し、シェルターへ避難せずに黒塗りの車でどこかへ行ったシンジについて、詳しい事は知らないがネルフ関係者である事は間違いない、という認識が広がっているらしい。探りを入れた、聞き耳を立てたという訳ではなく、聞いてもいないのにケンスケが学校内の様子として話しかけてきたのだ。シンジは否定も肯定もせずにいたのだが、幾日か経つと完全に定着してしまったらしく事実として受け入れられていた。故にクラス内では「シンジ=ネルフ」とつなぐ事はタブーとなっていない。どちらにしろシンジは何も言わないのだから、という理由で。

 放っておいてくれないかなと思うシンジだったが、好奇心旺盛な年頃の集団相手ではどうしようもなかった。

 結局のところイヤホンとプレーヤーに毛糸と編み針が加わったくらいで、シンジの学校生活に目立った変化は無いのだった。

 

 

 

 その日シンジは学校を休み、制服に土木作業員用ヘルメットという姿でジオフロント内の巨大テントで使徒の残骸を見学していた。プログレッシブナイフでぶつ切りにして運び入れたものである。

 当初は開いて身と内臓を分けて、と考えたリツコとシンジだったが、どんなに深く切ってもそれらしきものは見当たらず、ならば搬入口を通過できる大きさにするだけで良いと判断してザクザクと切り分けたのだった。

 コアは戦闘時に粉々になるほど砕いたものの、それ以外はほぼ完全な形で残った使徒の調査を進めるリツコは、理想的なサンプルだ、と建設足場の上で笑顔を見せた。

 場所を移して解析結果を聞いたが、現状で分かっているのは「何も分からない」という一点のみだった。具体的な構成物質が不明、伝達系はあれど動力源が不明、遺伝子の配列パターンが人間と似ているらしいが何故かは不明。それでもこれが調査の一歩目だと皆張り切っているようだ。

 こういった専門分野も学べば皆の役に立てるだろうか。そう考えるシンジに紙コップが差し出される。中身はリツコ謹製のコーヒー。

 

「美味しい……」

 

 屋外作業にもかかわらずテント内の自分のブースにコーヒーメーカーを持ち込むほどのこだわりを見せるリツコのコーヒーは、シンジの好みのど真ん中を射貫く。シンジは実験やレクチャーでリツコの執務室を訪れるとかなりの確率で振る舞ってもらえるこのコーヒーがお気に入りであった。役に立てれば、などと思ったのもその影響が強い。

 何故かよく分からないが色々な事柄を嬉々として教えてくれる上に、美味しいコーヒーを淹れてくれる年上の綺麗な女性である。あれこれと考えてしまうのも無理はない。

 最終的にこの残骸はどうするんですか、と聞いてみると、より細かく刻んで焼却処分するのだという。処分費用を考えると、人里離れたところで迎撃して塵も残さず吹き飛ばす、あるいは最初の使徒の様に自爆を誘発させるのが理想のようだ。色々な制約もあり実行は難しそうではあるが。

 

 

 

 使徒と同じくエヴァも分からない事がまだまだ多いらしく、シンジは度々実験とテストを受けている。現在本部で稼働している唯一の機体である以上、その負担は全てシンジにかかってくる。

 本日の科目はシンクロテストとシンクロ率の向上。数日に一度はやっている内容だ。

 エヴァンゲリオンという兵器は、諸々端折って言ってしまえばシンクロ率が高いほど強くなる。なので、シンクロ率を上げるために集中する、という事を体に染み込ませる必要がある。

 集中して行うという経験を済ませているためか、スキルに「シンクロ向上」というものがあるのだが、シンジはこれに手を付けていない。ポイントを割り振りスキルレベルを上げた場合、どこまで実際のシンクロ率が上がるのか分からない上に、極端に向上してしまった場合説明のしようが無い。これまで幾つかの項目を上げて分かったのだが、一度上げて確定すると下げられないのだ。

 前回の戦闘の様に場合によっては、という事も考えてはいるが、誤魔化せない範囲のものには手を出し辛いのである。

 シンジの乗るエヴァ初号機の他に本部には零号機という機体もあるのだが、起動実験で暴走事故が起こり、つい先日まで封印されていた。

 パイロットは綾波レイ。あの大怪我は事故の時に負ったものらしい。

 事故原因は不明ながら、レイの精神状態によるものではないかという分析であるようだ。シンジとしては改めて、よく分からないものに乗ってるな、という感想である。スキルに「暴走の抑制」的なものが出れば積極的に取得しようと心に決めた。

 

 テストが終わりシートに身を沈めて一息つくと、シンジはモニターに映る零号機に目をやった。

 初号機と違い、目が一つで色は黄。試作機として建造されたので肩にウエポンラックは付いていない。傍らでは翌日に控えた再起動実験に備えてレイがプラグスーツを着用して何か作業をしていた。

 その姿を見てシンジは思う。このプラグスーツ、どうにかならないかと。

 身体にピッタリと張り付くシロモノなので当たり前の様に体の線が出る。簡単に言えば恥ずかしいのである。

 あれやこれやと機能が付いているのは分かるが、移動時にこの姿を見られながら廊下を歩くというのは軽い拷問の様な気がする。男の自分でこうなのだから、女の子はそういったものにより敏感だと思うのだが、レイに何かを気にしている様な素振りが見えないのはキャリアの差だろうか。

 ベンチコートか、もしくはポンチョみたいな物を着て良いか聞いてみよう。なんなら自費で用意しても良い。戦う相手は使徒であって羞恥心じゃないはずだ。

 機体から降りて良いという指示が出るまで、シンジは上着の着用を承諾させる為の作戦を考え続けた。モニターには父とレイが会話している様子が映っているが、そんな事よりまずは己の身が重要なのであった。

 

 

 

 翌日、シンジは寂れた雰囲気のマンションの前に佇んでいた。何かを建てているのか解体しているのか、周囲からは重機の音が絶え間なく響いている。

 住民は少ない、と言うか居ないのだろう。駐車場、駐輪場、ゴミ置き場とも使われている形跡が見えない。側を走る道路が街路樹も含めて綺麗に管理されているのに比べ、全く同じ形の建物が並ぶこちらは打ち捨てられているかに見える。

 普段はこんな所に自分から立ち入ったりしないんだろうな、と考えながら手元に目を落とす。

 綾波レイのセキュリティカード。シンジがこの場所を訪れた理由であった。

 昨日自宅にて、客人は招いた者がもてなすべき、と主張するミサトの作りあげた形容し難い味のするカレーを客人であるリツコにお見舞いした後、これを本人に渡すよう頼まれたのだった。

 

 メモを見ながら部屋の前に辿り着きインターホンを押してみるも、故障しているのか何の反応も示さない。仕方なくドアをノックして呼びかける。

 

「ごめんください。どなたかいらっしゃいませんか?」

 

 シンジとしては珍しく声を張り上げてみるものの、反応らしい反応は返ってこない。

 どうしたものか。しばし考えた後、シンジは携帯電話でネルフ保安部へと連絡を入れた。

 

「チルドレンの碇シンジです。いつもお世話になってます。

 ……はい、赤木博士からですね、綾波さんに本部のセキュリティカードを渡すよう頼まれたんですけども、はい。

 ……ええ、部屋のドアをノックしたんですけど返答が無いので、ええ、はい、綾波さんが外出してるのかもと思いまして。あ、はい、申し訳無いですけど、はい、お願いします。

 ……、はい、はい、在宅中。……はい、分かりました。お手数おかけしました。ありがとうございます。失礼します」

 

 チルドレンには保安部の護衛が付いている。何らかの危険が及ばない限り姿を見せる事は無いが、それでも常に見られている。ならば居るか居ないかは聞けば分かる。

 普段ならば所在確認なぞ取り次がないのだろうが、今回に限れば公式な理由がある。再起動実験という重要な仕事があるのにカードが無くて本人が入れないでは話にならない。

 組織の人間になってしまったのなら必要になるかもしれない、と書店で購入したビジネス会話の教則本が役に立った。相手の姿も見えないのにお辞儀を繰り返すという徹底ぶりを見せ、レイの所在を確認すると再びノックをして呼びかける。

 数分の間、断続的に声をかけ続けると彼女はようやくドアを開けた。

 

「何か用」

 

 シャワーを浴びていた様で、濡れた髪もそのままに下着の上に制服のブラウスを羽織っただけで出てきたレイに、シンジはなるべく顔だけを見て話をする。

 

「これ、リツコさんから預かったんだ。セキュリティカード。更新されてるんだって」

 

 カードを手渡すと、再起動実験がんばってね、と言い残してシンジは足早にその場を立ち去った。レイが無防備過ぎて驚いた、有り体に言えばビビったのである。

 ミサトと暮している関係で薄着の女性に耐性ができつつあるシンジではあったが、見慣れている人と交流も無い人物ではやはりインパクトが違う。

 シンジとて思春期真っ盛りである。異性のあれやこれやを想像する事もある。そこに来てあれは、あの格好は刺激的に過ぎる。

 とはいえ、仕事の同僚をそういう目で見るのも何となく申し訳ない。先程の光景を振り払い、できれば忘れ去るために首を痛めそうなほど頭を振りまくるシンジであった。

 

 

 

 再起動実験はネルフにとっては重要事項だがシンジ個人にはあまり関係が無い。実験の立ち合いを求められている訳でもないのでやる事といえばトレーニングしかない。ジオフロント内でランニングをこなしていく。

 実のところ教官側からはもう少しトレーニング量を減らしても良いと言われ、組まれたメニューも毎日ではなく二日に一度となっている。シンジはそれを無視して勝手に走っているのだった。

 現在の身体能力はレベルアップの恩恵で成り立っているので、シンジの感覚では元々の自分の力ではない。例えれば外付け機器を装着したように感じるのだ。活用できればそれも含めて自分の力と自信を持てるのだろうが、そこに至るにはやはりトレーニングが足りない気がしている。

 力が自分の意識に馴染んでない。馴染ませるには動くしかない。そして動くからには意味を持たせたい、という考えである。

 傍から見ればオーバーワーク気味にも見えるだろうがステータスの数値は下がっていない。ならば、正しいかどうかはともかく間違ってはいないのだろう。

 一時間ほど走った後、この後はどうするかとスポーツドリンクのペットボトルに口をつけていると突如サイレンが鳴り響いた。ほぼ同時に携帯電話の呼出音も。

 使徒接近につき第一種警戒態勢。

 必要な情報のみを伝える連絡に了解しましたと答え、シンジは駆け出した。

 

 シャワーで手早く汗を落としプラグスーツを着込む。その間も当然の如く使徒の進軍は止まらず、待機室へと入ると程なく戦闘配置へと移行した。

 ケージへと向かいエントリープラグに搭乗して起動を開始。後は状況の伝達なり発進の命じる通信なりを待つのみとなるのだが、緊張が高まっていく心と体とは裏腹に、シンジは意外なほど長く待たされる事になったのだった。

 

 

 

 






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