三度、持ち物の確認をした。問題なかった。
「よし、オッケー」
カバンを背負って寮の部屋を出た。消灯時間まで後三十分と言ったところで、ほとんどの生徒はすでに部屋に戻っているようだった。普通なら、ちょっとくらいオーバーしても……なんて思うのだが、寮監は織斑先生だ。遅れていたことに気づかれたら、笑えない事態になる。
俺は部屋の鍵をかけて歩き出した。階段を軽快に降りて行き、廊下やエントランスを抜けて行く。そして、寮の正面玄関にたどり着いた時、目の前に人が現れた。
「溝口」
「こんばんは、織斑先生」
そこにいたのは織斑先生だった。寮にいる時に見るジャージ姿で、玄関の前に仁王立ちしている。
「こんばんは、ではないだろう?」
「そうですか? でも、夜ですけど……」
「そういうことじゃない」
織斑先生はため息を一つこぼすと、玄関にある置き時計を指差した。それはもうすぐ十時半を迎えそうだった。
「今からどこに行こうと言うんだ?」
「部活です。届を出しましたよね?」
「届? ……ああ、そういえばそうだったな。確か、天文部だったか?」
「ええ。今日は天気もいいし、月もあまり明るくないですから、星を見るには絶好の日ですね!」
少しテンションが上がってしまったのに気付き、ハッと我に返った。
織斑先生は、テンションの上がる俺を無視して、外を見ていた。残念ながら、今は寮の電灯が明るすぎて星はほとんど見えないだろう。
「……さっぱり見えんが?」
「寮の電気が付いてますから。消灯した後に覗けば、もっと見られますよ」
この学校なら、場合によっては六等星は無理でも、四等星か五等星ぐらいまでなら見られるかもしれない。
俺は織斑先生に頭を下げた。
「それじゃあ、俺は急ぐので、そろそろ失礼します」
「ああ…………っと、言い忘れていたが、警備の関係上、ここの鍵はいつも通り閉めるから、夜中には入れん。悪いが部室で一晩過ごしてくれ」
「はい、了解です」
今の言葉を聞いただろうか? これで、嫌でも一徹できる。山田先生は、性格的に一徹させてくれなさそうだから、この言葉は本当にありがたかった。
俺は、改めて頭を下げた。
「では、失礼します」
挨拶をして、すぐに走り出す。いつもより足取りが軽快なのが自分でも分かった。緩む口元を押さえながら、ふと上を見上げた。
寮の明かりなどがあるが、既に一等星や明るい二等星が輝いている。今のままで星座を結ぶことはできないが、消灯後になればきっとたくさんの星が結び合い絵となり、物語を紡ぎ出していくことだろう。
「くぅっ…………は、ははっ、あははははははっ!」
笑みが漏れる。もう、隠すことなんてできなかった。
星は決して語らない。ただ、
俺にできるのは、それを見ること。そして、いつか掴んでみせると誓うことだ。
音の無い、星達の語らい。これからそれが始まると思うと、俺の心は嫌でも弾んでいた。
文化部棟の玄関前に行くと、山田先生が待っていた。暖かそうな上着を羽織って、俺を見つけると手を振ってくれた。
「こんばんは、山田先生」
「こんばんは、溝口君」
とりあえず挨拶を交わし、俺は天文部室のファイルから回収していた鍵で文化部棟の鍵を開けた。扉は少し軋んだ音を上げながら、ゆっくりと俺達に道を開けてくれる。
「行きましょうか」なんて言おうかと思いながら振り返った。しかし、すぐに別のことを思い出したので、そちらを言うことにした。
「先生」
「どうしたんですか?」
「これから準備ですけど、一つしていて欲しいことがあります」
「して欲しいこと? なんですか?」
「願い事をたくさん考えといてください」
とりあえず、最初に行ったのは部室だった。ビニールシート、毛布類、天体望遠鏡、星座早見などを取り出して屋上の二階的な場所に運んでいく。
それらを全て運び終えると、ゆっくりとビニールシートの上に腰を下ろして一息ついた。
「これで終わりですか?」
「はい、後は星を見るだけです」
俺は空を見上げた。時間は十一時の三十秒ほど前。
「もう少しで消灯ですね」
「そうですね。やっぱり、明かりがあるのと無いのとは、全然違うんでしょうか?」
「違いますよ。びっくりするくらいには」
時計の秒針がカチカチと鳴る。そして、11の数字についたと同時にカウントダウンを始める。
「五、四、三、二、一」
「……………すごい」
消灯からしばらくして、山田先生の口から出てきた言葉はそれだった。正確には、言葉と言うよりも思わず出た声、という感じだけど。
南の空を見ていた。学校を一望するような視点だったのだが、明かりが消えると徐々に星がチラついていく。明るい星から、順番に見えるようになっていく。
最初から見えていたスピカやアルクトゥルスが輝きを増した。そして、水平線ギリギリにいたケンタウルス座や乙女座の星が見えるようになってきた。
「……四等星……五等星……くらいか」
北側にある街の明かりがあるので、北側は四等星まで、南側は五等星までしか見られない。しかし、日本国内で見るなら優秀な方だと思う。現代の日本で六等星まで見られる場所と言うのはほぼない。本当に、悲しい話だ。
「すごく綺麗ですね……!」
「そうですか? それは良かったです」
星を見る時に必要なものは多い。しかし、本当はそんなものなくてもいいのだ。その目と星を美しいと思える心があれば十分だ。先生には、その資質があるようだ。そう思いながら、俺は改めて空を仰いだ。そして、北極星を見つける。本当は、カシオペア座か北斗七星を使うのだが、慣れてくるとそれがなくても感覚で分かるのだ。
……余談ではあるが、春には北斗七星、秋にはカシオペア座を使うことをお勧めする。後、どちらか悩んだ時には北斗七星を使う方がいい。
「それじゃあ、山田先生」
先生に声を掛ける。先生が振り返ると、少し驚いたような表情をする。理由に心当たりはある。
今、俺は最高に気分がいい。超笑顔なのだ。
「始めましょうか、天体観測」
この学校で最初の部活、最初の天体観測。最初っからこと座流星群が見られるというのは、本当についている。
そんな俺の笑顔を見て、先生は嬉しそうに頷いてくれた。
「はい、始めましょう!」
その言葉に満足して頷くと、空を見る。まだ、流星群を見るには少し早い。なので、少しだけ確認しておくことのした。
「先生は、星に関してどれくらいの知識がありますか?」
「ぜ、全然知りません。小学生の時などに、理科でやったような気がしますけど、もう覚えてませんし」
「そう、ですか……」
知識ゼロ、というのは辛い。何故かというと、説明には嫌でも用語が出て来る。なので、最低限の知識も無いと説明すらできないからだ。
星を見る前に、少し授業をすることにしよう。
「それなら、最初は星の基礎知識を頭に入れておきましょうか」
「はい、お願いします」
昼には生徒なのに、夜には先生になる。入れ替わりみたいで面白いなと思いつつ、俺は教える内容を考える。
「そうですね……なら、とりあえず、距離の単位と星の呼び方、明るさについて話しましょう」
まずは、距離から話していこう。
天文学や天体観測で使う距離の単位は主に三つある。光年、パーセク、天文単位だ。
「天文単位っていう単位なんですか?」
「はい。1メートル、2メートルっていうみたいに、1天文単位、2天文単位と言うんです」
といっても普通、天文単位はauという風に書いたりする。同様に、光年はlyで、パーセクはpcと書く。
「この三つの単位が主に使われます。でも、覚えるのは光年と天文単位だけで大丈夫ですよ」
「パーセクは覚えなくていいんですか?」
「はい、大丈夫です。理由は後ほど説明しますので、先に天文単位の話をしましょう」
天文単位は、太陽系内での距離を表すのに使われる単位だ。由来は太陽と地球の平均距離。現在では、149,597,870,700m(約1500億m)が定義とされている。
途轍もない数字に感じるかもしれないが、天文学的に言えば極小である。
「太陽系内と言うと、惑星とか彗星とか、そういう星のことですか?」
「そうですね。後は、小惑星や準惑星、衛星にも使いますよ」
「なるほど……」
山田先生は、頷きながらどこからか出してきたメモにそれを記していく。女性らしい、少し丸みのある字だった。
「では、次に光年です。光年は太陽系外での距離で使われる単位です。恒星、星雲、銀河などですね」
「そうなんですか。……そう言えば、銀河系、っていう言葉がありますよね。あれも、太陽と太陽系みたいに違いがあったりするんですか?」
「はい、違います。間違えると恐ろしいことになりますね」
銀河というのは、大量の恒星や星間物質、ダークマターが集まった天体だ。正直、この辺を詳しく突っ込んで行くと、現代では分かっていない事象や俺みたいな星好き程度では理解しきれないほどに専門的な知識が必要な話になるので、やめておく。
その一方で、銀河系というのは、数ある銀河の中でも、俺達の住む天の川銀河だけを指す言葉である。例えば、ラノベやら何やらで、『こいつは銀河系を生み出せるほどの力を秘めている』とか言い出したら、そいつは天の川銀河そのものをもう一度作り出せると言っている。はっきり言って、神の所業である。
「難しい話ですね」
「まあ、この辺は星好き、というよりは天文学者の考えることですからね」
この辺りになってくると俺にも理解できない。そもそも、天文学は未だに未知だらけの学問なのだ。
「さて、話を戻しましょう。光年でしたね」
「この前オルコットさんとの試合が終わった時にも使ってましたね。光が一年間に進む距離、でしたっけ?」
「その通りです。でも、今回はもう少しだけ詳しく説明しますね」
光年とは、光が真空中を一年間に進む距離とされている。メートルで表せば、9,460,730,472,580,800m(約9460兆m)だ。先ほども言ったように、太陽系外で使われる単位だ。
「光年はこれくらいとして、話はパーセクに戻るのですが……」
パーセクも、光年と同様に太陽系外での距離に使われる。定義は覚えなくていい。というか、おそらく理解できないと思う。俺も感覚的には掴めているが、説明できるほどは理解していない。
ともかく、覚えるべきことはただ一つ。1パーセクは約3.26光年であること、それだけだ。
「……ちなみに、その定義は何ですか?」
「あ、聞くんですね。先生……」
山田先生が聞くので、一応言う。
パーセクの定義は、年周視差が一秒角(1/3600度)となる距離。言い換えれば、1天文単位の長さが一秒角の角度を張るような距離が、1パーセクである。……うん、思い出してもやっぱり分からない。
ちなみに、パーセクは計算しやすいらしく、使うのは天文学者の方だ。一方で、俺のような星好き程度や一般人向けの天文系書物(星座図鑑など)では、感覚的に理解しやすい光年の方を使うのだ。
「なので、天文学者レベルの専門知識を欲しない限りは、光年で事足りますし、そちらがメインになるんです」
「そうですか…………聞いても全然、分かりませんね」
「ですよねー……」
互いに顔を見合わせて苦笑い。それもそうだ。俺達は天文学者になる気もないし、そのレベルの知識を欲しているわけでもないからだ。
え、俺? 俺はそんなレベルの知識はない。ただ、星を眺めるのが好きなだけであって、この知識は星を楽しむための最低限の知識なのだ。
「と、距離の話はこれくらいで、次は星の呼び方について話しましょう」
今回話すのは、恒星だけだ。他のは、発見者が自由に命名できたり、分類がそのまま名前になったり、発見日時を名前にしているものばかりだからだ。そちらも、いつか話そうとは思うが。
「星の呼び方はいくつかあります。ひとつが古来から伝わる名前、固有名ですね」
「古来から伝わる?」
「難しく考えないでいいですよ。北極星、織姫星、彦星、源氏星、平家星。シリウス、フォーマルハウト、プロキオン、スピカ、レグルス。そういった、その星固有の意味を持った名前のことです」
こういう名前は、明るい星や占星術や宗教的に意味を持ったり、航海に使用する星に付くことが多い。最も使用することが多い呼び方だろう。
「これに関しては、逐一、覚えていくしかないですね。でも、意味をセットにすると分かりやすかったりもします」
「意味があるんですか?」
「ありますよ、もちろん」
俺は一つの星を指差した。おとめ座のスピカだ。同時に、星座図鑑のおとめ座のページも開いた。
「あれは、おとめ座αで一等星の星、スピカです。意味は“とがった穂先”」
「もしかして、これのことですか?」
「そうです」
おとめ座のイラストを見ると、手に麦の穂を持っているのが分かる。スピカは、その穂先にあたる部分にあるため、そういう名前が付いているのだ。
「こういうイラストや由来を一緒にすると、覚えやすいですよね」
「確かにそうですね。……もしかして、溝口君のISの武装もそういうのから来ているんですか?」
「そうですよ。“
こういう意味は調べると面白い。例えば、アンタレスなら“
「これは、これからゆっくり覚えていくことにして、次に移りますね」
次はバイエル符号(バイヤー記号)やフラムスティード番号、アルゲランダー記法だ。これは、スピカで言うならおとめ座α星という呼び方などを指す。今回は、一番使われるバイエル符号に絞って話す。
バイエル符号は、星座ごとに等級順になるようギリシャ文字の小文字で名前と星座名の属格を付けたものだ。おとめ座α星なら“α Virginis”などとなる。
「……と、厳密そうに話しましたけど、これって実はあんまり厳密じゃないんです」
「どういうことですか?」
「バイエル符号をつけた当時は、観測の精度も低く恒星と星雲などの違いが分からなかったり、等級も現代みたいに小数点までつけない曖昧なものだったんです。そのせいで、精度が上がるにつれてどんどん間違いが見つかってきまして……」
つまり、観測技術の低さによって、明るさの順序と前後する場合がある。また、同じ等級では位置順であることも多い。生物の星座なら頭から付くことが多いが、それも必ずではない。こと座、いて座に至ってはランダムにつけたようにも見えるほどだ。さらに言うと、恒星ではないものにも記号が付いている場合がある。昔は、恒星と星雲などの違いも分からなかったりもしたのだ。
「なので、これもその都度、覚えるしかありません。と言っても、固有名だけを使う人もいるので、予備知識程度で構いませんけど」
「はい、分かりました」
ひと段落ついたところで、周囲を見る。流星群の極大は明け方だったので、もう少し話していても大丈夫だろう。街の明かりも、だいぶ消えていた。ほとんどの人が寝静まって、人工音はしない。波や風といった、自然の音だけBGMとして耳に届いてくる。
俺は大きく息を吐いて、山田先生の方に向き直った。
「それじゃあ、次は明るさの話に移りましょう」
「あの、明るさって、何等星っていうのとは違うんですか?」
「いえ、それのことですよ」
それのことではあるのだが、一つ言わなければいけないことがある。それは、明るさには種類があるということだ。ここでは大雑把に分けた二種類、“実視等級”と“絶対等級”について話そうと思う。
「実視等級というのは、見かけの明るさのことです」
「見かけの、ですか……」
「はい。この場所から見える星の明るさです」
星は何光年も離れた場所にあるのは周知のことだと思う。そして、その距離もまちまち、ということも分かっているだろう。
そもそも、実際に見える明るさというのは、距離の影響を受ける。詳しく言えば、距離の二乗に反比例する。だから、明るい星でも遠ければ暗く見えてしまうし、暗い星でも近ければそれなりに明るく見える。太陽がその最たる例である。
「そういう、距離の影響を受けてしまう等級を実視等級と呼びます。一方で絶対等級は、全ての星を10パーセクの位置に置いたと仮定した時の等級です」
「絶対等級なら距離の影響を受けないで、その星の本来の明るさが分かるということですね」
「はい、その通りです」
等級は小数や負の数も使って表される。北極星野の96の星が0.0等級の基準として使われているが、そちらよりもこと座のベガを0等級として認識した方が分かりやすい。また、整数値で一つ等級が変化するとき、明るさは100の5乗根(約2.512)倍変化する。また、言い換えれば4デシベルに等しい。
生物は疎いからよく分からないが、等級の変化は対数的で、これは人の目が対数的に光を感じる性質が結果的に影響している……らしい。
「少し、難しくなってきましたね」
「そうですね。ですから、単純にベガが0等級であること。1.0等級の差が2.5倍であること。この二つを覚えれば十分です。それに、実際に使うのは、実視等級の方ばかりですので、絶対等級はあることだけ知っておけば大丈夫です」
ちなみに、肉眼で見られる限界は六等星までだ。と言っても、とても暗い場所でなければ、六等星すら見えないが。
「……と、話はこのくらいです。長い話を聞いていただいて、ありがとうございます」
「いえ、お礼を言うのは私の方ですよ。それに、面白かったですから、もっと聞いてていいと思っちゃいました」
「本当ですか? それはよかったです」
山田先生の言葉が、お世辞と分かっていながらもうれしかった。思わず頬が緩んでしまう。山田先生は、それを見てやっぱり赤面した。……初心なのは好感が持てるが、少しだけ男の耐性を付けた方がいいと思う。
俺は空を見て北斗七星の場所を確認する。時間は一時過ぎを指していた。……十一時過ぎから解説を始めたのだから、二時間ほどかかっていることに気づく。話しすぎた。
思ったよりも時間が経っていることに驚いたが、一度咳払いをして気持ちを落ち着ける。
そして、こと座を少し天頂に近めの北東東の方角に見つけると、そこから視線を動かさないままに山田先生に声をかける。
「さて、今回見ようと思うのはこと座流星群です」
「え、いきなり流星群なんですか?」
「そうですよ。……願い事、考えておきました?」
「願い事? ……あ、もしかして、流星群を見るからたくさんの願い事なんて言ったんですか?」
「もちろんですよ」
俺は基本的にお願いしない派だ。でも、山田先生はロマンチックなのが好きそうなので、事前に言った方がいいと思って言ったのだが。
「今回見ること座流星群は、そこまで多いわけではありません。一時間に多くて十個ほどかと思います。実は、昨晩が一番の見ごろでしたが、今日明日くらいまでは見られるので、見ておこうと思いました」
「そうなんですか。なら、昨日見られたらよかったですね」
「見ましたけど?」
「え?」
「え?」
寮の部屋から見た。見ているに決まっている。昨日は少し早起きをして、四時に起きるてからじっと待っていたのだ。というか、むしろ見ていないと思われていたのだろうか?
「というか、今日……いや、日付変わったし昨日か……の、宇宙に飛び出した時、流星を躱してたんですよ?」
言ってて思ったが、これって世界は広しと言えど、ISで流星の近くに行った人間なんて、俺ぐらいじゃないか? なら、俺ってものすごく貴重な体験してる? ……いつか、父さんに自慢してやろう。
「それで、こと座流星群は突発的に出てくる癖のある流星群で、少し見るのが大変……あ」
「流れましたね」
「はい、ですね」
説明している途中で、光の尾を引いて星が燃えた。
「……きれいですね」
「何事も、散り際が華やかになるんですかね」
「散り際?」
「……流れ星っていうのは、大気圏で燃えている塵などのことです。これが地上まで来れば隕石となります」
つまり、流星は死にゆく星の最後の輝きと言える。なら、俺達はこの流星群を迎えるたびに、何十、何百という死を見ることになるのだ。
「燃え尽きるそのわずかな時間、それを俺達は楽しんでいる。その、散りゆく間の刹那って、なんとなく線香花火とかに近い気もしますね」
「なんだか、悲しくなる話ですね……」
「す、すみません……」
俺、星矢の名前は流れ星が由来になっている。
だからか、いつか自分も刹那に燃え尽きて死にゆくような。そんな、最期を迎えそうで、どこか恐怖しているのかもしれない。周囲からすれば、綺麗で華やかなのかもしれないが、本人からすれば死を迎えるだけ。それは嫌なのだ。
ポラリスに向かい、その果てに尽きる。物語のような最後かもしれないが、俺はそんな事をするつもりはない。必ず帰るし、その後も生きていたい。
「心配しなくても、大丈夫ですよ」
「……え?」
気づいたとき、不思議なぬくもりを感じた。間をおいて、それが山田先生の体温だと理解した。春と言えど、風は寒いので、服も必然的に冷たくなっているはずだ。それなのに、優しいぬくもりを感じた。
こんなに抱きしめられたら普通、煩悩が思考をかけるのに、今は何も考えられなかった。
「不安なことも、たくさんあると思いますけど、私がいます。織斑先生も、クラスのみんなだって、きっと一緒にいてくれますよ」
「……声に、出てました?」
「出てませんよ。でも、不安を感じていることくらいは分かります。先生ですからね」
さらに強い力がかかった。山田先生は俺よりも小さいはずなのに、なぜかこの時ばかりは俺よりも大きく感じられた。
肩越しに見えた星空では、また星が流れる。地球に放たれた星の矢は、この地球に届くこともなく燃え尽きていく。死んだ。また、星が消えた。
「矢は、折れない限りは何度だって放てるんです」
「……それが、どうしたんですか?」
「さっき、溝口君が言ったじゃないですか。流れ星は燃え尽きない場合もあるんだって」
隕石のことだろう。
「流れ星がいつも燃え尽きるわけじゃないなら、溝口君だって燃え尽きるとは限りませんよ」
「……そうですかね」
「そうですよ」
この学校で、独りなのは俺だけだった。女子の皆は勿論、一夏にだって織斑先生や箒嬢がいた。でも、俺にはこの学校に知り合いはいなかった。誰も知らない環境で、独りだと思ったのだ。
だから、今は、この優しさがどうしても嬉しかった。俺にはまだ、本当の意味で頼れる人がいなかった気がするから。
「……ありがとう、ございます」
だから、今はこのぬくもりに体を預けていたかった。
今話で最低限、覚えてほしいこと
・太陽系内は天文単位を使う。天文単位は地球と太陽の距離。
・太陽系外では光年を使う。光年は光が一年に進む距離。
・星の名前は固有名を優先して覚える。記号は予備知識。
・明るさには実視等級と絶対等級がある。基本的に実視等級を覚える。
星矢も言いましたが、知らないと説明すらできないので、これだけは最低限、覚えていただければ幸いです。僕の方も、できる限り補足していきます。
それと、本作では極力、光年と天文単位を基本に使います。場合によっては、それ以外の単位を使うこともありますので、よろしくお願いします。また、星の名前は固有名と記号を両方か固有名のみで書き、明るさは実視等級を使用します。
上記の知識以外は、余裕をみて覚えてみてください。
雑談
とうとう部活、天体観測が書けて嬉しいです。……星はさっぱり見ていませんが。まあ、次回こそは星を見ると信じています。
今回は山田先生回でしたが、本作のヒロインは全キャラとの絡みを書きつつ決定します。場合によっては、ヒロイン無しもありえると思っていただければと。
話数を重ねる毎に文字数が増えますね。今回が九千字なので、そろそろ一万字を超えそうです。どこまで増えるんでしょうか、文字数。
……もう一話使って、天体観測した方がいいですかね? 後、今話は僕の知識を遥かに超える内容なので、間違い等がある可能性が存在します。
そういうことを、こっそりと僕にメッセージで教えてくだされば嬉しいです。