部屋に帰ると、真っ先にシャワーを浴びた。アリーナの方にもシャワーはあるが、女性用だ。そもそも、学校にあるトイレやシャワーは基本的に女性用なのだ。まったく、男に優しくない学校である。
「ふぅ……いい湯だった……」
一人部屋になって二週間くらいだろうか。一人の生活にも慣れてきたのは良いことだろうが、独り言が増えてしまったのは何とも言えない。
俺の部屋は一人部屋ではあるが、大きさは二人部屋と変わらない。ベッドは二つあるので、本当は二人部屋なのだろう。二つ目のベッドや机には、何も置かず使わないことにしている。一人で二人部屋を使っている引け目のようなものだ。
窓側の机の引き出しに教科書類をすべて仕舞い込み、星関連のものは窓側に置いてある。天井やリビングと玄関の間には、あることをするために小さな垂れ布やカーテンを付けている。
風呂から上がると、楽な格好に着替えた。晩御飯はサンドイッチセットを寄り道ついでに買い、手早く食べてきた。宿題は昼休みや授業中にほとんど片づけたせいか、残りを消化する気も起きなかった。
仕方なしに、俺は湯上りの散歩に出ることにした。
通路では、女子達が黄色い声で話している。恰好がラフすぎるので、直視できない。これでも、少しはましになった気がするのだけれど。
チラチラと向けられる女子達の視線にさらされて、少し居心地が悪い。悪口を言われているとは思いたくないが、それでも「溝口君って、カッコいいよね!」なんて言われていたりするとも思えない。……なぜか昔からモテないのだ。
「どこ行くかな……」
通路を歩きながら、いろいろと考える。ここが男子高か共学高なら、誰かと駄弁ったりもしに行っただろうけど、生憎とここにいる男子は一夏だけだ。そして、その一夏もクラス対抗戦に向けて作戦を立てたりしていると言っていたので、行くわけにもいかないだろう。
俺は何か飲み物でも買って外に出ようと思い、そちらに足を向ける。
瞬間、空気が震えた。
「犬にかまれて死ね! この馬鹿一夏!」
ドンッ! と大きな音を立ててドアが開いた。そこから出てきたのは、鈴音嬢だった。顔を真っ赤に染め上げ、怒りの感情を体中に満たしていた。手に持ったボストンバッグを、持ち手が千切れんばかりに握りしめている。
そして、その目が俺をとらえると、表情を変えずに詰め寄ってくる。
「星矢! ちょっと来なさい!」
「え? な、なんだ?」
鈴音嬢が俺の服をつかみ、引っ張る。身長差のせいで、少し屈むような形になってしまう。シャツも伸びてしまいそうなので、俺は鈴音嬢の腕をつかんで止める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、鈴音嬢!」
「何よ、愚痴を聞くって言ったのは星矢でしょ!」
「愚痴? いや、説明をしてくれ。何があったんだ?」
まったく意味が分からない。状況を一つも把握できていないのだ。
「簡単にでもいいから説明してくれ」と言うと、鈴音嬢は一度止まってこちらを振り返った。
「……一夏と喧嘩したの。星矢、愚痴でも相談でも付き合うって言ったでしょ? だから、付き合ってよ」
「なるほど、それなら別に構わないけど。それじゃあ、とりあえず場所を変えなきゃな。談話室……は、ダメか。どこに行く?」
「あたしの部屋もティナがいるし……星矢の部屋でいいでしょ?」
「……おいおい、美少女が単独で野郎の部屋に行くのはどうかと思うぞ」
「そんなこと言うやつなら、襲ったりしないわ。それに、本当にやばかったら殴るから」
と言って、ISの待機状態であろうブレスレットをちらつかせる。……ISで殴る気かよ。死ぬわ。
「……まあ、それならいいや。俺の部屋だな」
ため息を一つこぼし、俺の部屋に足を向ける。なんだか、長い夜になりそうな気がしてきた。
「……で? 何があったんだ?」
俺の部屋に帰って二リットルペットボトルのお茶を出す。……沸かしたりなんてしねえよ。
鈴音嬢は、天井やらに付けられている布に懐疑的な視線を向けながらも、お茶を受け取って一口飲んだ。
「あの後、一夏が戻ってきたわ。タオルと買い直したドリンクを渡して話をしてたの」
中学時代なんかの思い出話に花を咲かせていたらしい。まあ、再会した友と積もる話くらいはあるだろう。
「それで、途中で一夏があたしと会う前に幼馴染と同じ部屋に住んでるって言ってね」
「堂々とそんなこと言うか?」
「いや、話の中でサラッと出てきただけよ」
なるほど、一夏も特に何も思わずに言ったのだろう。それに、鈴音嬢が引っかかったに違いない。
「だから、その……あたしだって、一夏と一緒な部屋に住みたいし、あの幼馴染だって一夏のことが好きみたいだから先越されるかもって思って……」
「……焦った末に、一夏の部屋に突撃したのか? 一緒に住ませろ、って」
「ううん。あの幼馴染に変わってあげる。って言ったの」
「いや、無理だろ」
部屋の交代を生徒だけですることなどできるわけがない。
もし、実行するのなら織斑先生に了解を貰わなければならないはずだ。
「そんなのできるわけないでしょ!」
「だから、無理だって言ってんだよ!」
……まったく、それにしても大した行動力である。ボストンバッグ一つで突撃するなんて、フットワークが軽いにもほどがある。
俺はもはや呆れではなく諦めの域にも達しそうなため息をついた。
「すまん、脱線したな。続けてくれ」
と言っても、やはり箒嬢には断られただろうし、一夏は戸惑ったに違いない。
「そうね。断られたわ。それで、ちょっと口論になって、そこで一夏が帰ってきたの」
あの状況では、鈴音嬢が勝つ可能性などほぼない。しかし、鈴音嬢は起死回生の一撃に、一夏へのプロポーズを使おうと、あの質問をしたらしい。
「……で、案の定、勘違いされていた、と」
「そうよ。あの一夏に回りくどい言い方をしたあたしにも非があると思ったけど、やっぱり耐えきれなくなって……」
「それで、『犬にかまれて死ね! 馬鹿一夏!』……か」
馬鹿はどっちだと言いたい。もちろん口には出さないが。
だが、とりあえず、一夏の勘違いをなんとかしなければいけないだろう。きっと、あの鈍感野郎が考えたところで答えが出るとは思えない。
「今からでも遅くないから、事情を説明してこい。あれはプロポーズなんだ……って」
「あんた何言ってんの!? できたら苦労しないって言ったじゃない!」
「だけど、言わなきゃ進まんだろ。告白までいったんだ。後少しじゃないか」
ここまで来ると、焦れったいという感情よりもイライラの方が強くなる。
恥ずかしさと恋心。どっちを大事にしたいのかはっきりして欲しい。
「……そんな、恥ずかしさで言えないような恋なんてさっさと止めろよ。時間の無駄だ」
つい、口をついてそんな言葉が出てきた。ちょっと、やらかしたかもしれないが、言ってしまった以上は取り消せない。
鈴音嬢は一瞬、何を言われたのか分かっていなかったようだが、それを理解した瞬間にブチ切れた。
「ふざけないでよ! あんた、一体何様のつもり!」
「それは、こっちのセリフだ。……鈴音嬢こそ何様のつもりだよ」
「っ……!」
相手が鈍感だと分かっていたくせに回りくどい告白をし、それを勘違いされて一方的に被害者ぶっている。これれこそ、何様って話だ。
厳しい言い方になったが、間違ったことをいったつもりはない……と信じてる。信じたい。本当に結ばれたいなら、恥ずかしさなんて些細なことになるはずだ。
鈴音嬢はショックを受けた表情で俯いた。やり過ぎた感はあるが、何も言わずに次を待つ。
「…………」
鈴音嬢は何も言わない。ただ、黙って俯いている。必死に考えているんだろう。怒りと恋心と恥ずかしさと。いろんな感情と折り合いをつけようと悩んでいるんだと思う。
やがて、鈴音嬢の肩が揺れた。俺はそれを、その動きを昔から知っている。
「…………うっ、ううっ」
スカートが濡れた。雫を一つ落としたように、一点だけが水分で濡れた。……やばい、やりすぎた。
しかし、焦ったところでもう遅い。鈴音嬢のスカートには、一つ、また一つと雫が落ちて行く。二次関数的に雫の量は増え、部屋の明かりを反射して小さな天の川のようだった。
女の子を泣かせてしまった、という事実は重い。かなりの重罪である。こんなの、幼稚園か小学校低学年の時以来だ。
俺はどうすればいいのかと記憶の引き出しを開けまくって調べる。……しかし、それよりも鈴音嬢が口を開く方が早かった。
「……あたしね、怖いのよ」
「怖い?」
予想外、とまでは言わないまでも、あまり考えていなかった言葉だった。
「あたしが中国に帰った理由って、両親の離婚なの」
「それを、俺なんかに言っていいのか?」
「……離婚なんて、今時よくあることよ」
よくあること、なんて言いながらも鈴音嬢の言葉は悲しげだった。よくあることが、悲しくないと決めたやつなどいない。当人が悲しければ、いくらありふれていても悲しいことだ。
「あたしが中学一年生の時までは、すごく仲が良かったの。正直、ドン引きするくらい仲が良かった」
「……そうか」
「うん。……だけど、二年生になったあたりから、少しずつ仲が悪くなっていったの。両親がやってた店の経営とか、あたしの進路についてとか。そんなのがきっかけになって、そのせいで些細なことで喧嘩して、ますます仲が悪くなって……」
「……どうにも、ならなくなったんだな」
以前は仲が良かったことを話す鈴音嬢は笑顔を取り戻していた。しかし、話が進むに連れて表情が暗くなって行く。
「何度も間を取り持とうとした。喧嘩にならないように頑張ったわ。……でも、結果はこうなった。止められなかった」
「だけど、鈴音嬢は頑張ったんだろ? それは、すごいことだと思う。逃げるやつだっているだろうけど、それをしなかった鈴音嬢は偉いさ」
「でも、結果が一緒だったら意味ないわよ」
……まったく、その通りかもしれない思った。世の中、一番大事なのは結果なのだから。
「結局、両親は離婚した。親権はお母さんの方に移ったわ。このご時世、女性の方が優遇されるから」
「父親とは、その後……」
「会ってない。一度くらいは会いたいけど、どうかしらね」
……離婚、というものを俺はよく知らない。俺の両親は、それこそ異常なほどにラブラブで、死んでも愛し合うと断言できる二人だ。友人には片親のやつもいたが、やっぱりそいつらの気持ちも分からなかった。
俺には、その悲しみを共感してやることはできなかった。
「……だからかな。あたし、一夏と先に進めたらいいな。って思うけど、どうしても進めないの」
それは、一種のトラウマなのだろう。両親の離婚という経験によって、関係が壊れることに恐怖を感じている。一夏と恋人になっても、その関係が壊れてしまうのではないかと思っているのだ。
俺は、必死に考えた。そして、一つの答えに行きついた。
「それ、悩むだけ無駄じゃないか?」
「……どういうことよ」
「だって、自分の感情はともかく、人の感情なんてどうしようもないことだろ?」
「そうだけど、でも……」
気持ちはともかくとして、言いたいことは分かる。相手がいつまでも自分を想ってくれるという保証はない。しかし、それは言いかえれば相手のことを信じられていない、ということでもあると思う。
「本当に相手を信じられるなら、大丈夫だと思うけど。それとも、鈴音嬢は一夏を信じられないか?」
「……その言い方はずるいじゃない……」
「悪いな。わざとだ」
意地悪な言い方だが、俺はそう思う。そして、鈴音嬢は信じてやれる人だとも思う。
「信じることは怖いことだが、恋にはそういうのも必要だったりするんじゃないか? 悲しいだけが恋じゃないし、愛しいだけが恋じゃない。どっちもあるのが恋なんだろ?」
恋愛経験が碌にないくせしてよく言えるな……と、自分にツッコミをするのを忘れない。
俺は話をまとめるように、深く息を吸って一拍を置いた。
「今日中……は、遅いからダメかもしれないけど、明日までにはちゃんと話しておくべきだと思うよ」
「そう、ね。……頑張ってみるわ」
「ああ、そうしろそうしろ。そんで、ダメだったらまた来ればいいさ」
その時は、また相談に乗ってやるし、愚痴だって聞こう。
「……ありがとう、星矢」
「気にすんな。美少女への正当な対応だ」
「そうね、こんな美少女と二人っきりで話せるなんて相当な事よ? 感謝しなさい」
少し元気が出たらしい鈴音嬢は、初めてみた時のような勝気な雰囲気で笑っていた。なかなか言ってくれる。
「じゃ、私もう帰るから」
「ああ、また明日な」
「また明日!」
鈴音嬢は、元気に手を振って部屋を出ていった。この部屋に俺以外の人がいたのはさっきだけだったというのに、なぜか今となっては一人が寂しく感じられた。
窓の外は、文字通り
「……恋、か」
あまり考えていないことだった。……というと、大勢に「何言ってんの!?」と思われかねないが、事実だ。
恋人のいる連中は、純粋に羨ましかったり妬ましい。しかし、実際に自分に恋人……となると、少し様子が変わる。俺は、現実的に自分が誰かと恋をするのを想像できないのだ。もちろん、美少女と関われれば役得だと思えるし、女の子にキャーキャー言われれば有頂天になりはするが。
「……まったく、何が羨ましいのか」
今はポラリスに行くのが一番の目標だ。それ以外のやりたいことや欲しい物というのは、あればいいな、程度のものでしかない。それは、彼女という存在にも言えることだ。むしろ、不要に時間が取られるくらいいらないとすら思う。
……しかし、羨ましい、妬ましいとも思う。それは、欲しいという間違いない証拠だ。
いったい、俺はどう思っているのだろう。
「月が、綺麗ですね……ってか? まあ、見えてないけどな」
止めだ、止めだ。と、俺は思考を投げて電気を消してベッドに身をゆだねた。
おまけ~夢想家と雫、一夏視点~
ある日の放課後、俺はクラス代表決定戦のために、幼馴染の篠ノ之箒と剣道場に向かっていると声をかけられた。
「ちょっと、よろしくて?」
「……オルコットさん?」
そこにいたのは、セシリア・オルコット。俺がクラス代表決定戦で戦う相手だった。イギリスの代表候補生で、今回の優勝候補だ。今回は俺と星矢のデータ収集もあって、それぞれが彼女と戦うことになっていた。個人的には、星矢とも戦いたかったのだが、アリーナの使用時間もあってできないらしい。
「お話がしたいのですが、よろしいですか?」
「……一夏と二人でか?」
「できれば、それがいいのですけど」
箒がオルコットさんを睨む。あまり人付き合いが得意ではない箒は、ついつい人に威嚇的な姿勢で接してしまう。俺がなんとかしないといけないな……と思いつつ、箒を制した。
「俺に用事だろ? いいよ。どこで話す?」
「一夏!」
「箒、すぐに戻るから、先に剣道場に行っててくれないか?」
「だ、だが!」
「頼む」
「……分かった」
「ありがとう」
箒は厳しい表情をしながらも了承してくれた。先に剣道場に向かう箒を見送って、俺はオルコットさんの方に向き直る。
「ごめんな。箒は人付き合いが苦手だからあんな態度をとっちゃうんだ。大目に見てやってくれ」
「……別に、構いませんわ。そこの庭園でよろしいですか?」
「ああ。確か、ベンチとかもあったしな」
行先を決めると、二人揃って庭園の方に向かった。
「それで、話ってなんだ?」
「今日は、聞きたいことがあるんですの」
庭園のベンチに並んで座っている。少し見えづらい場所にあって、人影は無い。個人的な話をするにはちょうど良さそうな場所だった。
「聞きたいのですが、なぜ女尊男卑の思想に反論したんですか?」
「どういうことだ?」
「今、世界では女尊男卑が当たり前になっています。昔はそれに反抗する男性もいましたが、今はほとんどいなくなりました。だから、私はそれに反論したあなた達に興味があるんです」
「なるほど、な」
確かに、そういう話はよく聞く。しかし、俺はあんまりそういう意識がなかった。きっと……
「千冬姉がいたからかなぁ……」
「織斑先生、ですか?」
「ああ。千冬姉って、ISで世界一になっただろ? それって、世界で一番強いってことなんだと思うんだ」
そんな千冬姉を敵に回すようなこと……例えば、俺に危害を加えるとか、そういうことはしない方がよかったはずだ。
「だから、俺の周囲で女尊男卑の風潮はあんまりなかったんだ。千冬姉も普段、女尊男卑は嫌いだって言ってたし」
……そう思うと、改めて俺は守られてたんだな、と思い知らされた。生活費とか保護者とかだけじゃなくて、普段の生活の安全すらも千冬姉に守られていたのだ。
そんな事を思い出していると、オルコットさんも「なるほど」と、相槌を打った。
「つまり、そもそも女尊男卑の考えがない。ってことですのね?」
「まあ、そうだな。だいたい、男と女、どっちが優れてるとか気にしなくてもいいだろ? 確かに、男としてビシッとしたい。とか思ったりもするけどな」
「だから、あの時も言い返したんですか?」
「代表決めの時か? そうだな、なんかモヤモヤしたからな」
今思い出しても、少しもやっとした感情が残る。ああいう考えは好きじゃないな、やっぱり。
「……止めておこうとは、思わなかったのですか?」
「止めておく?」
「これからの人間関係を考えておくと、ヘタに波風を立てない方がいい。そんなふうには思わなかったんですか?」
「なんて言うの? ……事なかれ主義的な?」
「そうですわ」
少し考えてみる。
……いや、やっぱり無理だな。そう結論付ける。そんな本音も言えないような関係を作りたくはない。
「本音が言い合える関係でいたいと?」
「そうだな」
「……いつでもそんな関係でいられるとは限りませんよ?」
「かも、な」
その時は、どうするだろう? ……うん、そういうときでも、正直にいたい。
「俺は、皆を守りたいんだ。今まで千冬姉に守られてきてばかりだったから、今度は俺が守りたいんだ。もちろん、千冬姉だけじゃなくて箒もそうだし、他の皆も。家族や友達を、守れるようになりたいんだ」
自分をさらけ出してない人間に守られるなんて嫌だろう。だから、俺は皆を守るためにも正直にありたいと思う。
「それが、あなたの強さの理由ですか?」
「強さ、か」
俺は自分が強いとは思わない。今は守られているだけだから。でも、俺はISという力を得た。これで、これがあれば皆を守ることができる。
「……あなたも、自分は強くないとおっしゃるんですか?」
「あなたも……ってことは、星矢もそう言ってたのか?」
「ええ。彼は、あなたが強い人間だ。と」
「俺は、星矢の方が強い気がするけど」
いきなり腕相撲を挑んできたり、ふざけてると思ったら途端に真面目になるし、なんだかよく分からない奴だ。でも、馬鹿やってるように見えて、その実は一本の芯が通っている。俺はそう思ったのだけど。
「私もそう思いましたわ。でも、彼はそれを否定した。スイッチのオンオフが激しいだけ、と言って」
「オンオフか?」
そう言われると、なんとなくそうだとも思うけど。
「なあ、じゃあ、星矢にはそんな芯は無いってことか?」
「いえ……彼は、行きたい場所があるんだそうです。その場所に行くための、強さを、折れない翼を欲している」
「折れない翼?」
「ISのことです。確かに、ISはもともと宇宙開発のために作られたのですから、納得も行きますわ」
「そうか……星好きだし、月にでも行きたいのかな」
「『宇宙船ですらいけない』と言ってましたから、月でもないと思います。もっと遠い……そう、それこそ宇宙の果てまで、とか」
「宇宙の果て、か」
イメージが湧かなかった。月や火星、太陽に行くということすらも想像がつかないのに、宇宙の果てなんて以ての外だった。
ただ、一つイメージできたのは、そこにいる星矢だけだった。
「……そういえばさ」
「なんでしょう?」
「星矢は、一人で宇宙の果てに行くのか?」
「一人、といいますと?」
「誰も行ったこともない宇宙の果てに、たった一人で行く。それってさ、あんまりにも孤独じゃないか」
「孤独、ですか」
そう。俺にイメージできたのは、たった一人で宇宙にいる星矢だった。あいつとは、まだ数日の付き合いだけど、特定の誰かと一緒にいるのを見たことは無い。こんな特殊な状況、というのもあるのだろうが、それでも相手から来ない限りは星矢は一人だった。
星矢の隣には、誰がいるのだろう。そばに、誰がついているのだろう。誰も一緒にいてくれないなんてことは無いだろう。家族とも仲がいいらしいし、親戚の人が専用機を作っていることも聞いた。だが、なんとなく、寂しい感じを抱いていた。
「一人じゃないけど……独り、みたいな」
「……そんなの、よくあることですわ」
「え?」
「周りの人間が信じられないわけではないんですの。ただ、自分と同じ舞台にいてくれる人がいない。立場が違うせいで、相手との関係が主と使用人みたいな表面的な関係に思えてしまう。その社会的立場さえ切れれば、あっさり他人に変わってしまうような……」
「オルコットさん?」
「……はっ。い、いえ、何でもありませんわ」
慌てたように手や顔を振るオルコットさん。主と使用人。そういえば、オルコットさんは貴族だったな。ってことは、あの言葉って……
「い、今の言葉は忘れてくださいな。それでは、私はこのへんで。お忙しい中、申し訳ありませんでした」
「あ、いや、気にしなくていいよ」
オルコットさんは、優雅に一礼すると素早くその場から立ち去った。残されたのは、変な違和感を抱いている俺だけ。
「……孤独、か」
周りに人がいるようで、その誰もが味方とは思えない。よく分からないが、きっとそういうことなんじゃないだろうか。それはきっと、すごく悲しいことだ。
……なら、俺ができることは、たった一つしかない。といっても、もともとそのつもりだったけど。
「よし、戻るか」
今はただのクラスメイトで、代表決定戦の相手だったり、同じ境遇の人なだけかもしれない。でも、いつかは分かりあえるだろう。俺は、あの二人とだって友達になれる。仲間になれる。
根拠はないが、自信はある。
「しゃあ! 俺はやるぞー!」
俺は花の色香を振りきって風に乗った。だんだんと、バチッ、バチッ、と竹刀のぶつかりあう音が聞こえてくる。
始めは流されるままだったが、ようやく俺自身で次の目的を決めることが出来た気がした。
星のネタ
・部屋の明かりを反射して小さな天の川のようだった。
地球のある天の川銀河というのは、円盤状になっている。天の川というのは、その円盤を横から見ることになる場所。天球でみると、星の密度が高くなるのでそう見える。有名な星団・星雲が多く見える。そして、射手座やさそり座付近は特に明るく、場合によっては星明かりで影ができることもあるらしい。
雑談
更新が遅くなりましたね。理由はリアルやおまけの内容です。実は、三回くらい一から書き直してたりします。結局、ああなりました。初めての一夏視点でした。
今回は、独自解釈の内容が多いですね。鈴音嬢がなかなか告白できない理由とか、一夏やセシリア嬢の心情とか。アニメやら他の方の二次を読んだりしながら考えました。原作とは結構違うかもしれませんが、これはそういうもの、ということで納得していただければと思います。
おまけの方は、第六夜の途中くらいですかね。箒嬢と剣道の試合をした後で、代表決定戦の前ですね。まだポラリスの話を聞いていないので、一夏とセシリア嬢の勝手な想像が入り乱れております。
ISのヒロインって、みんなどこか孤独な部分があるな、なんて思いました。なんとなくですけど。家族や友人と別れた箒。家族を亡くし幼くして家長となったセシリア。両親の離婚を経て繋がりに不安を覚えた鈴音。愛人の子として実家にいいように使われるシャルロット。生まれた時から軍人としての未来を定められて人との関わりを知らなかったラウラ。姉との差のせいで苦しんできた簪。暗部の家の当主としての責任や怨恨を背負い込む楯無。ちょっと無理やりかもしれませんが、問題を一人で背負っているヒロイン達。本作は、そういうのもテーマにしてみようかと思います。
最後に、星矢の恋愛事情。ちなみにモデルは作者自身です。うらやましいとは思いつつ、どこかほしいとは思えない。そんな微妙な心情だったりします。誰と結ばれる、どう結ばれるかは未定ですが、「I love you」を言うなら、「月が綺麗ですね」っていうのが星矢に合ってると思います。星好きですしね。