シャルロット&ラウラ、IS人気ヒロインの二大勢力(?)ですね。
この章から、そのお二人のストーリーです。
一章や二章よりもボリュームがアップしています。何話かかるのか……。
第二十二夜「先生っ!!」
カチカチとせわしくコントローラーを動かしている弾と一夏。テレビ画面では、弾と一夏が操作するキャラがド派手なバトルを繰り広げていた。
俺はゲームの画面を後ろから見ながら、動いているキャラについてスマホで検索する。……なるほど、こいつら強キャラでガチバトルをしているらしい。
今日は週末。
俺は一夏の誘いで、一夏の友人である五反田弾の家に遊びに来ていた。弾は結構面白いやつで、来てから一時間たった今では、ずっと昔からの友達であるかのような感覚になっていた。
弾の操作するキャラがいい感じでコンボを決め始めると、弾はコントローラーを動かす手とは真逆に、のんびりとした口調で喋りだした。
「お前ら以外、全員女子か~。いい思いしてるんだろうな~」
「してねえって」
「「嘘言うな、嘘を」」
ゲームをしているからか言いがかりだと思っているのか、いつもより返事が固い一夏。しかし、一夏がいい思いをしているのは正解だった。
「お前のメール見てる限りは、楽園にしか見えねえよ。招待券ねぇの?」
「ねぇよ、バカ」
「え? ないんだっけ?」
「ないだろ。星矢、分かってなかったのか?」
一夏の言葉に思わず聞き返してしまった。文化祭とか、そういうときには来れるんじゃなかったっけ? ……俺の勘違いかもしれない。
俺が考えこむと、一夏が嬉しそうに表情を緩めた。
「だけど、鈴が来てくれて助かったよ。話せる人、少なかったからな……」
……一夏が少ないなら、俺は皆無なんじゃなかろうかと思う。
「……ああ、鈴か。鈴ねぇ」
弾がニヤニヤとあきれを込めたような笑みを浮かべた。きっと、中学時代は彼が鈴音嬢の恋路について聞いていたのだろう。後で詳しく教えてもらおう。
一夏のキャラが、弾のキャラにボコられ始めたその時、ドアが強烈な音を立てながら開いた。俺の視線が、無意識にそちらに向かう。
「お兄ぃ、お昼できたよー」
その少女は、足でドアを蹴り飛ばしていた。……ずいぶんと強烈な登場である。
「さっさと食べに来…………って、一夏さん!?」
「あ、蘭。久しぶり、お邪魔してる」
少女が言うこと言って一階に移動しようとしたところで、一夏の存在に気が付いたらしい。驚いた声を上げながらすぐに戻ってきた。
一夏は先ほどの強烈な登場を何でもない事のように流して、軽い挨拶をする。どうやら知り合いらしい。……って、この状況から考えて、弾の妹だな。可愛い妹とか万死に値するぜ。
「い、いやあああ、あえいいえあい……」
ランちゃん(仮)は、恥ずかしそうに一度、姿を隠した。そして、声にならない声を上げながらチラッと顔だけを出す。
一瞬で乙女に変じたな、おい。
「き、来てたんですか?」
「今日はちょっと外出。家の様子見に来たついでに寄ってみた」
「そ、そうですか~」
先ほどよりもワントーン高い声で話すランちゃん(仮)。……電話するときの女性か、とツッコミを入れておく。
一夏に惚れているのであろうことは、今さらだろう。
一瞬で恋する乙女的雰囲気に変じた妹に、弾が首を振った。
「おい、蘭。ノックくらいしろよ。恥知らずな女だと思われ、っ!?」
兄としてもっともな注意をしようとした弾がいきなり黙りこくった。ランちゃん(仮)に視線を移せば、不気味なオーラを発しながら拳を握りしめている。……なるほど、弾は妹より立場が低いらしい。
ランちゃん(仮)は、拳を握りしめたまま小声で弾にささやく。
「何で言ってないのよ~っ!」
「いや、言ってなかったか? そりゃあ、悪かった……アハ、アハハハ……」
立場が弱いお兄ちゃんは、頭をかきながら乾いた笑いを浮かべていた。……哀れだ。
チラッと一夏に視線を移せば、こちらは何が起きてるんだとばかりに不思議そうな顔をしている。いや、お前のせいだから。
蘭ちゃんに言われた通り一階に下りると、蘭ちゃんが俺を見て目を丸くした。
「え? どちら様? お兄ぃの友達?」
それが、蘭ちゃんの、俺への最初のセリフだった。
弾の家は一階が“五反田食堂”という店になっているらしく、俺達はそこに移動した。“なぜか”外行きの服に着替えた蘭ちゃんは俺達に少し遅れて降りてきて、その時になってようやく俺の存在を認識した。
俺は、恋は盲目、という言葉を思い出しながら、自己紹介をする。
「どうも、初めまして。一夏のクラスメイトの溝口星矢です。趣味は天体観測、特技は北斗七星で時間を割り出すこと。どうぞよろしく」
「あ、はい。お兄ぃ……弾の妹の蘭です。よろしくお願いします…………………って、一夏さんのクラスメイト!?」
ノリツッコミみたいな驚き方をする蘭ちゃんに向かって、俺は軽くお辞儀する。まあ、想い人が男性IS操縦者だって分かったら、そっちが気になって俺のことなんて知らないか。
俺達が自己紹介をすると、早速昼食だった。さすが食堂というべきか、匂いだけでご飯が進みそうな料理が現れる。……これ、本当に
お昼時だというのに、なぜか人がいない食堂に不安を感じつつ、俺達は出された料理をいただく。おいしそうな料理は、一口食べるごとに俺の食欲を満たしていた。
「あのー…………一夏さん、ゆっくりしていってくださいね」
二階で見た時とは打って変わってしおらしい姿に、女は化けるんだな……と、今さらなことを思いながら、俺は白飯を口に運んだ。途中、弾にも視線を移すが、どこか呆れたような顔をしていた。なるほど、いつものことですか。
一夏は料理を一度飲み込んで、口を開いた。
「着替えたんだな? どっかでかける予定?」
「あ、いえ……これは、その、ですね……」
何と言っていいのか分からない蘭ちゃんは口をもごもごさせながら言葉を探す。弾は妹がなんというのか気になっているようだが、右手の箸は止まらない。
一瞬の間が空き、一夏が閃いたとばかりに手をたたいた。
「あ、デート?」
「違いますっ!!」
「ん、え?」
勘違いされたくなかった蘭ちゃんは、激しい口調で叫んだ。いきなりの叫びに驚いたのか、一夏は戸惑ったような声を上げた。……こいつ、鈴音嬢の件から学習してねぇ。
弾は爺さんみたいにお茶をすすりながら、一つ溜息をこぼした。
「お前って、学校でもその調子なんだろうな……」
弾がチラッとこちらを窺うので、俺は軽く肩をすくめた。その通りですよ、と。蘭ちゃんも俺を見て溜息をついた。
しかし、一夏は理解できないとばかりに首をかしげた。
「え? 何のことだよ」
「なんでもねぇよ。……鈴も気の毒に」
「え? ……なあ、星矢」
一夏が「教えてくれ」と視線を向けるが、首を振って拒否する。
「自分で気づいてくれ、頼むから」
「はあ?」
一夏は戸惑った声を上げた。……この俺達の悩みが解決されるのは、いつのことになるのだろう。正直、一生来ない気しかしない。
蘭ちゃんはじっと地面を見つめて黙り込んでいる。
しかし、しばらくしていきなり顔を上げた。
「……私、決めた」
「は? 何言ってんだ、蘭」
蘭ちゃんがいきなりそう呟いた。弾が心配そうに蘭ちゃんの顔を伺う。
蘭ちゃんは、みんなの視線を受けながら堂々と宣言した。
「私、IS学園を受験します!」
「おぅ!?」
「え!?」
「なにぃ!?」
俺、一夏、弾が三者三様に驚いた声を上げる。特に、弾の同様の仕方が尋常じゃなかった。弾は身を乗り出していた。
「ちょっとお前、何言いだすかと思った、ガッ!?」
「食事中に騒ぐな!」
弾が立ち上がって叫んだ途端に、おたまが弾のこめかみにヒットした。……何が起きたんだ?
俺は慌てて厨房に視線を向けると、そちらでは新しいおたまを取り出して料理を再開しているおじいさんを見つけた。……あの人が、犯人か。
そんな、俺の驚きなど無視して、話はどんどん進んでいく。たぶん、日常的な光景なのだろう。
「入学って、IS学園を受験するのか? 確か、蘭の学校って大学までエスカレーター式だったよな? それに、ネームバリューもあったし。それを棒に振ってもいいのか?」
「いいんです。それに、ネームバリューならIS学園の方がありますし」
「でも、IS学園、推薦、ない、ぞ」
「……一度、落ち着いてから喋れよ」
息絶え絶えな弾にお茶を出す。弾はお茶を一口飲んでから、椅子に座りなおした。
IS学園に推薦がない、というのはある意味では正解で、ある意味では間違いだ。
IS学園には推薦のようなものが存在する。しかし、それは国家や企業からの推薦状を持っていることが前提だ。つまり、推薦入学をするには、俺や一夏のようなレアケースであるか、セシリア嬢や鈴音嬢のように代表候補生である必要があるのだ。後者に可能性がないわけではないが、それをするにはリスクが大きすぎる。
ということで、蘭ちゃんは問答無用で、正規の試験を受けることになる。そして、こちらの正規試験であるが、こちらはかなり門が狭い。まず、適性試験で一定以上の判定をだし、その上で筆記試験と実技試験に合格する必要がある。つまり、三つの関門が蘭ちゃんに待ち受けているのだ。
「それなら、大丈夫です」
そう言って、蘭ちゃんはある用紙を取り出した。
「何々…………『簡易IS適性テスト・判定A』?」
「Aなの!?」
簡易IS適性テストは、女性なら誰でも無料で受けられるテストだ。男性も受けられないことはないが、有料の上、厳しい視線と接待が待っている。以前はほとんど受ける男はいなかったが、一夏や俺の影響で増えたらしい。
で、その簡易テストだが、こちらは無料であるが故の雑さがないわけではない。しかし、A判定ならそれなりの信頼性はあるだろう。というか、A判定は代表候補生クラスの結果だ。
「後は、筆記試験と実技試験を頑張れば大丈夫です」
障害が一つ減ったからだろうか、蘭ちゃんは自信満々に胸を張った。
しかし、筆記試験や実技試験が簡単ということはない。こちらもこちらで、俺や一夏が渡された分厚い冊子の内容をある程度頭に入れなければならないし、実技試験もそれなりの運動能力を必要とする。つまり、勉強だけでも、運動だけでも合格はできないのだ。
「それで、あの、一夏さんさえよければ、ISの勉強を教えてくれませんか?」
「え、俺?」
一夏は戸惑った声を上げた。それもそうだ。はっきり言って、一夏(と俺)は、今年受験する予定の中三少女達よりも学力が足りない可能性がある。なぜなら、俺達はISの勉強を始めて、まだ二か月ほどしか経っていないからだ。
一夏はしばらく悩んでから、俺の方に視線を向けた。
「いや、俺よりも星矢の方がいいんじゃないか?」
「え、なんで?」
「だって、星矢って俺より頭いいし。それに、俺に教えてくれるとき、すごく分かりやすいじゃん。後、放課後に残って先生に教えてもらったりしてるんだろ?」
「「え、嘘!?」」
「……怒っていいか、五反田兄妹よ」
あんな態度をとった以上、勉強できないとか不真面目といった印象を受けることは分かる。だが、改めて口にされるとイラッとするもんだ。大体、本当の俺はこんなんじゃない……と、信じてる。
とは言っても、教えるつもりとかはない。
「俺みたいな知らない人に教えられるより、昔から知っている一夏の方がいいだろ」
「まあ、確かにそうかもしれないけど……」
「だから、俺はやめておくよ。美少女とお近づきになるチャンスは逃したくないが、彼女の人生がかかってるしな」
俺はそう言って肩をすくめた。すると、弾が「妹はやらんぞ」とこちらを睨んだ。俺は「分かってるよ」と、口パクで返事をする。当たり前だ。俺が兄だとしても、こんな性格した奴に妹を渡そうとは思えないしな。
俺達がそんなやり取りをしている間に、一夏は覚悟を決めたらしい。軽く息を吐き出して蘭ちゃんの方を向いていた。
「……分かった。俺でよければ、手伝うよ」
「ありがとうございます!」
蘭ちゃんはそう言って一夏に頭を下げた。
みんなが蘭ちゃん応援モードに移りゆく中、弾がハッとなったように立ち上がった。なんだか、空気にのまれていたが、なんとか正気に戻ったような感じだった。
「ちょ、ちょっと待て! いつの間に受験決定になってんだよ。じいちゃんはそれでいいのかよ」
弾が厨房の方を見る。すると、先ほどのおたまを投げた人物が厳しい視線で弾を見つめた。
「蘭が決めたことだ、どうこう言う筋合いはねえ。それとも、お前は文句でもあるのか?」
「イエ、アリマセン」
お玉を構えたおじいさんに、弾は固い口調で答えた。
……待てよ?
「なあ、弾」
「なんだ?」
「受験のことって、お前が知らなかっただけじゃないのか? 家族みんなが今知ったのか?」
「ああ、そうだが? なんだ、坊主もなんかいちゃもん付けようってのか?」
俺がそう聞くと、弾ではなく厨房のおじいさんが質問に答えた。
俺は苦しい笑みを浮かべながら返事をする。
「いちゃもんっていうか、もっと考えた方がいいと思うんですけど」
「……どういうことだ」
ワントーン落ちた声音に背筋が軽く冷えるが、さすがにここで何か言わないわけにはいかない。
その場の恋で人生の方向を決定するなんて、無謀すぎる。子供の時の夢で決定した俺が言えることじゃないが。
「いや、普通に、そんな相談もなしに進路を決定するのを了承するのは、どうかと思うんですけど」
「蘭だって適当に決めたわけじゃないだろう? なら、そこに部外者のあんたが文句つけるのはどうかと思うがね」
「……思春期の一時の感情の、どこが適当に決めたわけじゃないことになるんですか?」
あんまりにも放任過ぎる様子に、軽くイラッとした。いや、本当に余計なお世話なのは分かっているが、それにしたって、これは一言言った方がいいだろう。
初めて会った時とは打って変わった俺の態度に戸惑っているのか、微妙な表情で俺を見る蘭ちゃん。
俺は、蘭ちゃんに向き直った。
「ねえ、蘭ちゃんにとってのISは?」
「……スポーツの道具ですかね?」
「なるほど」
まあ、そんなもんだろう。自衛官や軍人だとかそういう人じゃない限り、スポーツ用と言われる。今は、そんな世の中だ。
俺は、さらに質問を重ねる。
「じゃあ、もう一つ。IS学園に入って、何をしたい? というか、何のために学ぶ?」
「何のため……」
蘭ちゃんは考え始めた。厨房に視線を向ければ、おじいさんが相変わらず厳しい視線をこちらに向けている。怖い。
「うーん、えっと……」
蘭ちゃんはまだ考えていた。しかし、時間切れだ。俺は手を上げて思考を終了させる。
「失礼を承知で言うけど、それを決めてない間は、IS学園に行かない方がいいと思うよ」
「え?」
中学三年生で将来の夢が決まってることなんてそう多くない。決まっていたとしても、何かの拍子に変わったりする。特に、何をするかも決まっていない状況で“IS専門学校”であるIS学園に行くのはまずい。確かに、このご時世、ISに関わる職業は多いが、もしも違う道を考えたとした時、その道を選べなくなってしまう可能性だって存在するからだ。
「ISはスポーツだよ。でも、有事の際には軍事行動に駆り出される可能性を秘めている」
それは、俺達の意志なんて関係ない。ただの、いずれ来る現実だ。
「ただでさえ蘭ちゃんはA判定……代表候補生クラスだ。ランクですべてを決めるわけじゃないけど、それだけの適性があれば、十分代表候補生になれるだろうし、それ故に専用機を得られるかもしれない。でも、そうなった時、真っ先に戦場に出るのは自衛官でもなく、蘭ちゃん。君かもしれない」
自衛隊は今でも活動しているが、はっきり言って防衛用というよりは災害時の救援を目的に存在しているといった方がいいだろう。国防目的でのIS訓練は日本でもされている。
だから、本当に有事になった時、ISが戦場に出る。基本は軍事訓練をした人が行くだろうけど、専用機持ちならその限りではない。未成年だろうと、戦場に駆り出される可能性がある。今は、そういう歪な世の中なのだ。
「意思無き力は、暴力になってしまう。目指す先がないと、迷子になる」
迷子になった果てにあるのは、死の宣告かもしれないのだ。
ちょっとバスケを始めようとか、バレーに手を出そうとか、そういうことではない。ISというのは、バレーやバスケみたいなスポーツではあるが、その危険性が段違いだ。
極論をぶつけている自覚はある。
普通の人は、ISで戦争に駆り出されることはないのだ。ただ、ちょっと情報からこじつけるようにして、危険性を話しているこれは、軽い詐欺だろう。
「蘭ちゃんの気持ちは分かる。だけど、その感情だけで将来を決定するのは、危険だ。IS学園を受験するなとは言わない。ちゃんとメリットとデメリットの二つを考えてから、改めて決定した方がいい。それと……」
俺はおじいさんに視線を向けた。
「自主性を尊重するのは大切です。でも、話も聞かず大して考えもせずに肯定するのは、ただの放任ですよ?」
まあ、他人の家の教育方針に口出しするつもりはないので、無視していただいて結構ですけど。
それだけ言うと、俺は息を吐き出す。余計なことまで言い過ぎた気しかしない。
すると、おじいさんが相変わらず恐ろしい表情で俺を射抜いていた。
「……坊主」
「なんですか?」
「あんだけデカい口叩いたんだ。お前にはISを勉強する、それなりの理由があるんだろうな?」
なるほど、もっともな返しだ。正直言うと、男性IS操縦者の俺と蘭ちゃんでは状況が違ったりするが、そんな言い訳通じたりはしないのだろう。
それに、別に返せないわけでもない。
「俺は、ポラリス……北極星に行きたいと思ってます」
北を指差す。現在日時刻と太陽の位置から方角は分かる。星好きが得る小業みたいなものだ。
「子供の頃からの夢なんです。無謀だと、馬鹿だということは知っています。だけど、今の俺にはそれをするだけの力があります」
だから、誰にも文句は言わせません。
チラリと視線を向けると、弾と蘭ちゃんが呆けた表情をしている。そんなに俺の真面目な姿が意外か。
だが、おじいさんはニヤッとこちらに笑みを向けた。
「なるほど。火星にも行けない現代で、北極星に行くなんて相当な馬鹿だな、坊主」
「馬鹿とはなんですか、馬鹿とは」
「悪い。……だが、あんなふざけた態度じゃなくて、最初からそうしてろってんだ」
……なんだか分からないが、認めてもらったらしい。
俺は何とかその事実だけを認識した。
「……ありがとうございます」
「いや、気にするな」
おじいさんは、そう言って仕事に戻った。
何とも言えないシリアスな雰囲気に誰もしゃべらなかったが、弾がそっと一夏に近づいた。
「なあ、一夏」
「どうした?」
「星矢って、どんな奴なんだ?」
弾の質問に、一夏が唸った。
「そうだな……強いて言うなら」
「言うなら?」
「星バカ、だな」
「はあ?」
結局、弾には通じなかったらしい。
昼を食べた後、俺は一夏と別れた。
一夏には家に招待されたが、もともと片付けをするだったらしいので、そこは断ったのだ。べ、別に手伝いたくなかったわけではない。
その後の予定だが、とくにすることもなかったので、昼過ぎだが帰ることにした。
弾の家を出ると、俺はまっすぐ大通りに向かう。これは、一夏に案内されたのと同じ道だ。
「えっと……こっちか」
一夏が大通りの方を選んでくれたので、道順は何とか覚えている。今朝の記憶と照らし合わせながら、三車線の国道を進んでいった。
終末の昼過ぎのということもあり、人通りは多い。何度か肩がぶつかりそうになりながらも、何とか駅の近くにまでやってきた。
そして、信号に引っかかった俺は、歩みを止める。
何気なく周囲を見ると、隣にいた女性と目があった。
腰にまで届きそうな髪は後頭部で一つ結びにされている。少し切れ気味の瞳が縁の細いフレームの奥で光り、どことなく冷徹な知性を感じた。
そして、
「っ!!」
俺の心がドキッと高鳴る。
そう、それはまるで…………
「君」
「は、はい」
少し声が上ずった。
しかし、女性はそんなことも気に留めることもなく、冷静に足元を指差した。
「運んで」
そして、足元に下した荷物を運べと、命令した。
胸の高鳴りの理由は、やはりこれだったか。
現代は、こういうどこか歪な世界になった。もちろん、こんなのがまかり通るほど腐りきってはいないが、珍しい光景ではない程度には腐っているのだ。
こういう時、俺が返す答えは一つだけだ。
「無理です。そもそも、何で俺が?」
すると、女性が僅かに眉を上げた。周囲の気温が下がったのを感じる。
「あなた、男でしょ」
もちろんだ。男装趣味の女性などではない。
「なら、
「……そうっすか」
肩が落ちるのを止められなかった。肺から息が大きく吐き出される。
信号はまだ青にならない。
「……そもそも、なぜ女性が偉いと?」
「そんなの、ISが使えるからに決まってるでしょ?」
「何あたりまえなこと言っているの?」と女性が呆れた目で俺を見る。
俺は、一つ新しい反証を試してみることにした。
「じゃあ、あんたはISを使える?」
「……検査ではBだったわ」
まあ、うちのクラスメイト達くらいだ。十分ISを操縦できる。
女性がいきなり図々しくなった俺に軽く引いているを見ながら、ポケットに手を入れた。
「実は俺、こういうモノなんですが……」
女性の目の前に、ポケットにあった生徒手帳を出す。すると、彼女は胡散臭そうにそれを見て…………目を見開いた。
「あ、あなた……!! も、も、もしかして、二人目……!?」
何の二人目かは言わずもがな、だろう。
俺の無言を肯定と受け取ったらしい女性は、一歩後ずさった。
相手が冷静を欠いたのなら、ここからは俺のステージだ。
「ってことで、ISが使える俺は、あんたに偉そうにされるいわれはない。それに、専用機がある分、むしろあんたより偉いとは思わないか?」
軽く蟹座のネックレスをチラつかせる。
信号が変わる。が、横断歩道は青にならない。……歩車分離式だった。
「で、それでもまだ運べと?」
できれば、ここで話を終わらせたい。本当にこの手の人間は嫌いだ。特に、女尊男卑は嫌なことを思い出す。
俺の言葉の気迫に気圧されていた女性の目に、わずかに火がともった。……マジかよ。
「あ、あんた。ISに乗れるなんて嘘なんでしょ?」
よく言われることだ。男のくせにISに乗れるわけがない、と。まあ、俺は滅多にISを使用しないから、その光景を見られることもなく、そう言われるのも分からないことはない。
「そもそも、ISに乗れる理由が“宇宙に行きたい”からだなんて、言い訳を考える知能もないのかしら?」
俺が行きたいのは
……なんて言ったところで、意味はないのだろう。
俺のことを、一夏ほどではないにしろ大々的に報道したテレビや新聞に恨みを感じずにはいられなかった。
「あんたの宇宙に行くっていうの、子供の頃からの夢なんですってね。まったく……」
と、女性が溜息をついて、冷たい視線を向けてきた。
――――いつまで子供でいる気?
「――――――っ!」
この、言葉、は…………
「だいたい、宇宙に行くだなんて、無駄じゃない」
脳裏に、忘れていた言葉の数々がよみがえる。
――――そんなことするくらいなら、生きてる価値なんてないわよ
間違い、ない。
――――ねえ、聞いてる?
この人、もしかして…………
――――人の話も聞けないの?
もう、止めて。
――――死になさいよ、溝口
や、やめて。やめてよ……
「先生っ!!」
…………
…………あ
…………ああ
一歩、後ずさる。
周囲が俺達を見ていた。
大半が興味本位の野次馬根性だが、それがまるで“クラスのみんな”のように見えた。
「あ、あんた何言って……」
女性も戸惑った声を上げているが、そんなことを気にする余裕はなかった。
信号が青になる。
瞬間、俺の脚が動いた。
「あ、ちょ、ちょっと!!」
反射だった。本能だった。
あれ以上、あの場にいたくなかった。
「あ、ああっ…………っ!」
口が乾燥する。
走るたびに息苦しくなって、たまらず胸のあたりを鷲掴みする。
苦しさを感じながら、必死に自分に言い聞かせる。
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!」
喉が痛みを訴えるのも無視して、俺は何度も自分に言い聞かせた。
そうだ、違う。あの人は先生じゃない。
腰まで届きそうな髪も、切れ気味な瞳も、縁の細い眼鏡も、すべては偶然の一致でしかないのだから。
「そうだ、先生じゃない」
体の深いところからこみ上げてくる恐怖を感じながら、ただ走り続ける。
――――私の手を煩わせないで!
頬の痛みを
――――そんなの、夢じゃなくで妄想よ! 妄想!
突き飛ばされて机にぶつかった衝撃を覚えている。
――――どうしてあんたはそんなクズなことしか言えないわけ?
頭からかけられた、雑巾を洗ったバケツの冷たさを
――――あんたがこの世界に生きる価値なんてないの? 分かる?
三階から窓の外に投げ出された浮遊感を思い出した。
「いない! 先生はもういないんだ!」
――――覚えてなさい溝口!
教室の備品だったカッターナイフは、カチカチとなる度に鈍く輝く刃を露わにした。
――――この世界はあんたの敵。あんたは、ずぅっと、この生き地獄を歩む義務があるの。
ガムテープで教室の椅子に張り付けられた恐怖がよみがえる。
――――手始めに、トラウマを植え付けることにしたわ。
鈍い刃が、首元にあてられる。
――――あんたの存在が罪なの。
カッターが、首元から紅い血を流したのを見た。
――――苦しみなさい、
いくら叫ぼうとも、口元のガムテープがそれを許さない。
――――あんたのせいで、
頭や瞼のガムテープで、目をそらすこともできない。
そして、カッターが振り上げられ…………
――――私が、死ぬの。
【
…………16%
…………37%
…………49%
…………64%
…………78%
…………92%
【
星のネタ
・北を指差す。現在日時刻と太陽の位置から方角は分かる。星好きが得る小業みたいなものだ。
練度を上げていけばいくほど、上達していく。作者はまだ修行中なので、誤差±45°程度。ぴたりと当たるときもあれば、ズレズレな時もある。ちなみに、日の見えない曇り空等、太陽や月、星の位置が確認できないと全く使えない。
雑談
えっと、後半の話ですが、星矢がISに乗れるのと星好き以外は普通の高校生じゃないの? と思った方。(女尊男卑なIS世界において)普通の高校生です。ちなみに、本人はハードな部分を忘れていた模様。思い出しましたが、また忘れてもらいます。思い出すのは、確実に四章以降になります。
第三章は、今、二十八夜まで書いてあるので、そこまでは定期的に更新できるのが約束できると思います。
そこから先は、僕が乗れるかどうかですね。
後、前回の突発的なイベントですが、回答してくれた方がいてビビりました。いや、スルーされてしらけるだけかと思ってたんですけどね。ありがたい話です。
実際に、正解者の中から抽選で(選ぶほどは流石にいませんでしたが)、一名様にお約束を実行しようかと思います。お願いの内容は、状況次第ですが次の話以降に発表かな?
ちなみに、正解は『溝口星矢君の誕生日』でした。8/14生まれと戸籍に記録されています。もっとも、本人はペルセウス座流星群の極大の日を自分の誕生日と呼びますがね。
それでは、今回から三章です。星のマニアックな話は、少しお預けですので。この章の終わりにまたやろうと思います。次は、夏の星座かな?
夏休み中に、この章は終わる予定です。