IS学園天文部-リメイク前-   作:山石 悠

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第二十五夜「ならさ、きっとそれと一緒なんだ」

 授業が終わり昼休みになると、一夏に誘われて屋上に向かった。なんでも、シャルルの親睦会も含めて屋上で飯を食おう、ということだそうだ。

 

 が、

 

「…………おい、なぜこんなにも殺気立ってるんだ?」

 

 屋上にいるのは、俺、一夏、シャルル、箒嬢、セシリア嬢、鈴音嬢の6人だ。3対3とは何とも合コンっぽいが、なぜこんなにも涙と震えが止まらないのだろう。

 殺意を周囲にばらまく箒嬢に、それを大胆不敵に受け止めるセシリア嬢と鈴音嬢。そして、柳に風と流す一夏と、困惑気味のシャルル。……カオスにも程があるだろう。

 

「どういうことだ」

 

 箒嬢が恨めしげに一夏に声をかけた。

 ……察するに、昼食に誘ったら、要らないのが付いてきた、と。

 

「大勢で食った方がうまいだろ? それにシャルルは転校してきたばっかりで、右も左も分からないだろうし」

「そ、それは、そうだが……」

 

 こいつ、鈴音嬢の件から何にも学習してねぇ。……待って、箒嬢! 何をしてるんだという目で俺を見るんじゃない!

 箒嬢達、三人娘は互いににらみ合うと、おもむろにそれぞれの武器(ランチ)に手を伸ばしている。

 

「本当に僕が同席してもよかったのかな……」

 

 それは、本当に同感だ。はっきり言って、今すぐ何かと名目を付けて逃げ出したい。

 だが、ここにシャルルを一人残していくような、悪人の所業ができるかといえば、ノーと言わざるを得ない。

 

「いやいや、男子同士仲良くしようぜ。シャルルはこれから、部屋だって同じなんだしさ」

 

 問題の元凶がにこやかに言う。殴りたい、その笑顔。

 

「ありがとう。一夏って、優しいんだね」

「お、おう……」

 

 一夏の言葉に、シャルルは笑顔でお礼を言う。あまりの破壊力を秘めた笑顔に一夏が照れる。……うん、あれは同性でも落ちるやつは落ちるだろう。

 そして、案の定、鈴音嬢がそれに突っかかった。ジト目で一夏を見ながら、軽く身を乗り出す。

 

「何照れてんのよ」

「い、いや、別に照れてねぇぞ」

 

 慌てたように言うが、軽く顔が赤くなっている以上、否定はできまい。

 俺は、静かにシャルルの手を引いて一緒に一夏から距離を置いた。

 

「……何してるの、星矢?」

「いいか? 一夏の恋愛対象は男だ。そっちの趣味じゃないなら、よーく気を付けた方がいいからな」

「え、そ、そっちの趣味!?」

 

 俺がこっそりと耳打ちすると、シャルルが顔を真っ赤にした。どうやら、知識はあるようだ。

 一から教え込む必要はないと判断して、俺は一気にたたみかけた。

 

「いいか? 同じ部屋になった時、むやみに薄着でいるんじゃないぞ? 風呂上りに裸のままで部屋に出るなんて論外だ。脱衣所で完全に着替え切ってから部屋に出ろ。それと、一夏より先に寝るな、襲われるからな。寝るときは何かしらのトラップでも用意しておくと多少は安心できるな。ただ、定期的に配置を買えるように工夫しろよ? 何かあったらいつでも俺の部屋に逃げ込め。織斑先生に通報して何とかしてやるから」

「う、うん……?」

 

 シャルルが困惑した表情で頷いている。

 

 ……と、

 

「何してんだ、星矢?」

「イエ、ナニモ」

 

 一夏が不思議そうにこちらを見てくるので、適当に返事をしてもう少しだけ一夏と距離をあける。

 

「……なんで距離をあけるんだ?」

 

 一夏が距離を一気に詰めてくる。俺は、シャルルを立たせて一気に距離を引き剥がした。

 

「近寄るな、ホモォ! 貴様、もしや襲う気だな! 同人誌みたいに! 同人誌みたいに!」

「誰が襲うか!」

「え、同人誌?」

「薄い本だ。知るべきではないアングラな世界のことを指す。きっと一夏のベッドの下にあるから、そこに何かを落とした時は気をつけろよ?」

「星矢、変なことシャルルに教えんな!」

「うるさい! 貴様、転入したばかりで右も左も分からない西洋の貴公子を手篭めにしようだなんて、なんて下劣な奴なんだ……!」

「止めてくれ、誤解を招くようなことを言うんじゃない!」

 

 三人娘を盾にして逃げ回っていると、その三人娘が聞いてはいけないことを聞いてしまったかのように戸惑いの表情を見せた。

 

「一夏、まさか同室だったのに私に何の反応も示さなかったのは、つまり……」

「い、一夏さんったら、そんな、破廉恥な……」

「いーちーかぁー? 詳しく話を聞きたいんだけど、いいかしらぁ?」

 

 三者三様の反応を見せる。

 俺はシャルルを抱え込むようにして身を守りながら、その様子をうかがっている。……って、シャルル、いい匂いするな。

 

「……星矢?」

「あ、いや、シャルルって女の子みたいな匂いするなと思って」

「そ、そう!?」

「うん? ……ああ、いや、そう思ったってだけだ」

 

 フランスの貴公子は、みんなこんな感じなんだろうか? 匂いとか嗅いだことないから、知らないが。少なくとも、日本の男子高校生とは臭いの種類が違うのだろう。

 

「まあ、こんなにもイケメンで家が金持ちでその上性格までいいとか、人生勝ち組だよな。ほんと」

 

 思わず心の声が漏れる。

 おまけに、ISまで動かせる希少な男なんだから、まあいろいろとすごいだろう。フランスの大企業がしばらく秘匿しておこうと思ったのも無理はない。

 

「……勝ち組みなんて、まさか」

「え?」

 

 シャルルの呟きが聞こえて、無意識に訊き返す。

 シャルルの表情は、悲壮に満ちていて、まるで碌な人生を送っていないかのような反応だった。

 

 ……もしかすると、彼にも何かしら複雑な事情があるのかもしれない。セレブだし、セレブだし。

 

 俺には状況をどうこうできる力はないだろうが、できる限りのことをするのもやぶさかではない。

 

「まあ、何か困ったことがあったら、相談したらいいんじゃないか? それができないなら、穴掘って叫ぶのもありだな。『王様の耳はロバの耳!』ってな感じで」

 

 ちょっと冗談めかして言う。

 または、心をすっきりさせるのに天体観測がしたいっていうなら、俺は全力で手を貸そう。道具の手配から星のガイドまで、なんでもござれだ。

 

「ほら、見てみろよ。ここにいる連中、ほとんどが碌な事情でここにいないぞ? 強制入学と代表候補生、それも大人の汚い事情に巻き込まれた」

 

 男だという理由だけで、入学させられた俺、一夏、シャルル。

 篠之野束の妹というタグが付いた箒嬢。

 実家のドロドロな家庭事情で代表候補生になったらしいセシリア嬢。

 

 ほら、結構、碌な事情じゃない。……鈴音嬢は知らんけども。

 

「だからな、ケセラセラってな。心がしっかりしてるなら、何でもできるようになるさ」

 

 言うだけならタダだ。本当にやばいのなら、その時になった時に考えればいい話である。

 

「……星矢、ありがとう」

「お気になさらず」

 

 軽く肩をすくめてニヤリと笑みを返すと、一夏と三人娘に意識を戻す。

 一夏が三人娘にもみくちゃにされていた。さて、このままでは昼飯が始まらない。

 

 三人娘に迫られてたじたじな一夏に麻婆が食える程の愉悦を感じつつも、俺は事態を収束するために声をかける。

 

「おいおい、一夏を落としたいなら、首を絞めるより手料理でも食べさせて女子力アピールの方が有効じゃないか?」

 

 男を落とすというのは、意識を落とすという意味ではあるまい。

 

 三人娘は、それもそうだと、手を止める。

 ……一夏の鈍感を責める前に、自分達の暴走癖をなんとかしたほうがいいと思うが、それは後日の話だろう。

 

 納得した三人娘は、それぞれの弁当を取り出した。

 まずは、鈴音嬢だ。

 

「おおっ! 酢豚か!」

「ええ。食べたいって言ったでしょ? それに、約束だもんね」

 

 鈴音嬢が作ったのは酢豚だ。作るって約束してたもんな……意味を変えて。

 最後の「約束だもんね」に一夏の顔が赤くなる。うんうん、教育の成果は確実に出ているな。

 

 すると、その空気を壊すように、強い咳ばらいが聞こえる。

 視線を向ければ、そこにいるのはセシリア嬢だ。

 

「一夏さん。実は、私もたまたま今朝は偶然にも早起きをしたので、こんなものを作ったんですの」

 

 と、取り出したのはサンドイッチだ。……サンドウィッチだっけ?

 見た目は何とも綺麗で、そのまま店で売り出すことだってできそうだ。この英国淑女、できる……!

 

「イギリスにもおいしいものがあるのだと納得していただきませんと」

「へえ、言うだけあるなぁ」

 

 いつかの「決闘ですわ!」の時の一夏のセリフを根に持ったいたのかもしれないセシリア嬢の言葉を聞いてから、一夏はサンドイッチに自然と手を伸ばした。

 簡単に食べられるし、さっぱりした料理だから、酢豚より先に食べるのが妥当だろう。それに、普通にうまそうだ。

 

「それじゃ、こっちから」

 

 と、卵サンドを手に取ると、パクリと頬張った。

 うんうん、と頷く声が聞こえ――

 

「…………んんっ!?!?」

 

 と、変な声が聞こえた。見れば、どこか顔が青ざめている。味がやばかったのか?

 一夏の異常には気が付いていないらしくい、セシリア嬢が「さあ、どんどん食べてくださいな!」とさらにサンドイッチを押し出す。

 

「あ、後で貰うよ。そうだ、星矢も食べたらどうだ?」

「ん? 俺は別にいいさ」

 

 馬に蹴られる趣味も、まずいかもしれないものを食う趣味もない。

 

「セシリア嬢も、自分で食べてみたらいいんじゃないか」

「いえ、私は大丈夫ですわ。ですから、一夏さん、たくさん食べてくださいな」

 

 多少味があれなら、自覚しないと始まらないだろう。まずいといっても、サンドイッチならそんなにまずくもならんだろうし、そこまででもないだろう……と、思う。しかし、残念ながら食べる気はないらしい。

 まあ、どうせ食べるのは一夏になるので、俺には関係のない話だ。

 

 一夏は、青い顔で冷や汗を流しながら、何とかサンドイッチを飲み込んだ。

 

「さ、サンドイッチは後でもらうよ……。えっと、次は」

「私だな」

 

 素早く反応したのは、最後になった箒嬢。

 黒い二段の弁当箱を開けると、そこには手がかかっているのが素人目にも分かる料理が詰められていた。

 

「おお、すごいな、箒! どれも手が込んでそうだ!」

「べ、別に大したことはない。自分が食べるために時間をかけたついでだ、ついで」

「そうだとしても、それを食べられるんだから、感謝しないとな」

 

 もう少し素直になればいいのにと箒嬢を見ると、当の本人は一夏の見えないところで小さくため息をついていた。……本人にも、改善の意識があるらしい。

 相談されれば、それなりのアドバイスをしようじゃないか。

 

 それで、一夏の方は、すでに唐揚げに箸を伸ばしていた。

 

「それじゃ、いただきます」

 

 ぱくっと一口。

 もぐもぐと口を動かし始めると、箒嬢が真剣な表情で一夏の方を見つめる。

 

「うまっ! 箒、この唐揚げすごくうまいな! これ結構、手が込んでるんじゃないか?」

「そ、そうか!」

 

 一夏の反応に思わず笑みを浮かべた箒嬢は、嬉しそうに味付けについて語りだす。一夏も料理ができるので、その手の話は盛り上がるだろう。

 うまくいったことに微笑ましい気持ちになりながら、俺は小さくほかの二人に視線を向けた。

 

「「…………」」

 

 声こそ出ていないが、「むむむ……!」とか「うぎぎぎ……!」とか、悔しがっているような様子が分かりやすく顔に出ていた。

 好きな人が違う女の子の料理をうまそうに食ってたら、そりゃあ悔しいでしょうよ。

 

「箒は、自分の分は食べなくていいのか?」

「……失敗した分は自分で食べたからな」

「ん?」

「ああ、いや、何でもない! おいしく食べてくれるのなら、それがいい」

 

 怖い顔をした美少女を見ていても仕方がないので、意識を二人に戻す。

 少し離れた俺が聞こえていたというのに、なぜ一夏、お前は聞いていないんだ。しばくぞ。

 

 恋する乙女な表情が隠し切れない箒嬢。普段のキリリとした表情とのギャップに、少し来るものがある。現に、正面から食らっている一夏など、いつも通りの顔をしているように見えて僅かに照れている。

 ふむふむ、ここも脈ありかな。

 

「まあ、箒も食べたらどうだ?」

 

 と、箸でつまんでいた唐揚げを箒嬢に伸ばす一夏。こ、これは……!

 

「な、なんだ……」

「食べてみろって、ほら」

「「ああああああああ!!」」

「そ、そういうことなら、まあ」

 

 後ろで悲鳴を上げる少女二名をバックコーラスに、箒嬢は恐る恐る唐揚げを食べた。

 

「ん、んっ……。ああ、いいな。いいものだな」

「だろ? うまいよな、この唐揚げ」

 

 微妙にかみ合わない会話ではあるが、お互い幸せそうなのでいいこととする。だが、爆ぜなさい。

 

「あ、もしかして! これって、日本ではカップルがするって有名な『はい、あ~ん』っていうやつなのかな? 仲睦まじいねぇ」

「なんでこいつらが仲いいのよ!」

「そうですわ! やり直しを要求します!」

 

 シャルルの言葉に反論する少女二名。すると、シャルルは「なら」と言葉を継いだ。

 

「みんな、一つずつおかずを交換しようよ。食べさせあいっこなら、いいでしょ?」

「まあ、俺はいいぞ」

「私もいいわ」

「本来、そういったテーブルマナーに反することはしたくないのですが。郷に入っては郷に従え、ですもの。大丈夫ですわ」

「なら、決まりだね」

 

 特に反論もなく決まったところで、素早く鈴音嬢とセシリア嬢が動き出した。

 

「じゃあ早速! はい、酢豚食べなさいよ!」

「一夏さん! サンドイッチもどうぞ!」

「がっつくなよ、少女達……」

 

 小さなツッコミなんて聞こえやしない。

 肉食女子二人は、勢いよく一夏に迫っている。

 

「お二人とも元気なこって」

 

 俺はそれを眺めながら売店で買ってきたパンを食べる。うん、やっぱり焼きそばパンはうまいわ。

 

「星矢は交換しないの?」

「ん? ああ、交換できるものがないからな」

 

 俺が買ってきたのは焼きそばパンとカレーパン、野菜ジュースだ。交換に使えるものは一つもない。

 

「交換するものがないし。そもそも、これの理由はそっちの少女二名のためだろ?」

 

 確認の意志を込めてシャルルに尋ねると、シャルルは「そうだね」と苦笑した。

 

「ちょっと、助け舟を出してあげたかったんだ」

「優しいな」

「そうかな? 星矢も考えてたんじゃない?」

「まったくもって」

 

 嘘だ。

 シャルルが言い出さなければ、きっと俺が言い出していただろう。……この貴公子、なかなか人を見ている。

 

「……まあ。考えてようがいまいが、俺は何も言わなかった。それが事実だ」

 

 言わなければ、何の意味もない。

 あらゆる善意も悪意も、行為になって初めて善と悪を持つようになるのだから。

 

 

 

 

 

 騒がしかった昼休みが終わると、眠気と戦う午後の授業があって。

 

「はっはっはっはっ……」

 

 放課後になっていた。

 

 俺は放課後の自主練を行っている。学園島のランニングと筋トレが基本メニューで、それが終わってからISを動かしている。

 学園島のランニングは、自分の体力と時間を考えて2週することにしている。それからアリーナに併設されているトレーニングルームで筋トレだ。

 

「はっはっはっはっはっ」

 

 呼吸は短く。

 深呼吸には落ち着く効果はあっても酸素が多く入らない、と中学の部活で顧問に言われてからはこういう呼吸を意識している。

 ランニングは2週目で、残りは半周程度だろう。

 

 人通りの少ないあたりから、施設の多いエリアに入る。

 

「はっはっはっはっはっ…………ん?」

 

 ペースを崩すことなく走っていると、正面に人影が見えた。斜陽のせいで顔は見えないが、髪の長い女子だということは分かる。

 このままではぶつかるので避けようとすると、向こうも俺と同じ方に避けてきた。なので、もう一度避けると、また向こうが避ける。ああ、これ、堂々巡りだ。

 

 なので、一度走るのをやめた。このままじゃ、避けあってるうちにぶつかる。

 走りから歩きに変えて相手に近づいていくと、だんだんと相手の顔が分かるようになってきた。あの顔は……

 

「溝口星矢だな?」

 

 その口調は断定的で、違うなんて言う言葉はきっと通じないだろう。

 俺は相手の正面で立ち止まると、軽く息を整えた。

 

「そうだけど、どうかしたんだ? ボーデヴィッヒ嬢」

「……なんだその呼び方は」

「気にするな。こう呼ぶことにしているんだ」

 

 わざとらしく首をすくめる。まあ、呼び方がおかしいことは承知している。

 

「それで、何か用か?」

「男性IS操縦者には接触しておけという通達があったのでな。織斑一夏に関しては視界に入るだけで虫唾が走るが、溝口星矢に関しては大した感情はないので、通達に従うことにしたのだ」

「なるほど。……じゃあ、なんかアンケートみたいなのに答えたりするのか?」

 

 俺も特に暇というわけではないが、それくらいならやってもいいと思う。

 すると、ボーデヴィッヒ嬢は少し道を遮るようにして首を振った。

 

「いや、そのようなものは一切ない。ただ、私個人が気になることを、少し質問させてもらう」

「そうか。まあ、別にいいけど」

 

 軽くストレッチをしながら了承すると、向こうは満足げにうなずいた。

 

「ならいい……が、鍛錬の途中だったのだろう? 私は、走りながらでも構わないが」

「え? でも、制服のままじゃないか」

「このままでも緊急の任務があってもいいよう、軍の方に改造を頼んでいたのだ。さすがに、専用の服に比べれば性能は劣るが、ランニング程度なら支障はない」

「そうか。じゃあ、走った後はトレーニングルームで筋トレの予定だったから、その辺まで付き合うことになるぞ?」

「私は構わない」

「了解。じゃ、行くか」

「ああ、お前のペースでやってくれ。こっちが合わせる」

 

 なんていうか、融通が利くというか話の出来る人だったことに意外性を感じる。まあ、ぶっきらぼうな感じはその通りだが。

 ともかく、走りながらでもいいということだったので、話せる程度のスピードで走り出した。

 

「それで? 質問どうぞ?」

「そうだな…………では、いつも一人で訓練しているのか?」

「ああ、そうだな。一夏達はISメインだけど、俺は基礎体力向上が目下の課題だからな」

 

 やりたいことが違うのだから、一緒にやる意味もないだろう。それに、ランニングや筋トレなんて人と一緒にする理由もない。

 

「そうか。ということは、何か明確に叶えたい目標があるのだな?」

「え? なんで?」

「人は安易な選択をしやすい。この学園にいるような、だらけ切った空気の連中なら特に」

 

 言い方はともかく、気持ちはわかる。

 剣道をしたいなら竹刀を、サッカーをしたいのならボールを、テニスをしたいならラケットを取り出す。陸上競技を始めるといった例外を除いて、ほとんどのやつが自ら基礎体力の向上を最初に選ぶことはないだろう。

 

「貴様は一人で訓練しているが、最初に基礎体力の向上を考えた。それは、その目標が明確であり、貴様自身が叶えたいと本気で考えているからだ」

「なるほど……」

「織斑一夏もだが、溝口星矢に関してもそれなりの情報を軍から受け取ったし、私自身も学園内で簡単にではあるが調査を行った」

「マジかよ、怖いなドイツ軍」

 

 最近、個人情報とかないんじゃないかと本気で思う。

 

「溝口星矢の放課後の行動パターンは、ランニングからの筋トレ、そしてISの訓練だ。以上の訓練から、ISを使ったものであり、先ほど言ったように明確でより強く願い目標であることが推測できる」

「え、何? もしかして、プロファイルとかできちゃう感じか?」

「ああ。軍で論理的思考とプロファイリングについては学んでいる。……話を続けるぞ?」

「あ、はい。すみません」

 

 話の腰を折るなと言外に匂わせる強烈な睨みをいただき、思わず背筋が伸びる。げに恐ろしきはドイツだったのか。

 

「そして、軍からの情報の一つに、溝口星矢は宇宙の果てに行きたいと考えている、という情報があった。どうやら、天体オタクらしいということも」

「それで?」

「確認するが、宇宙の果てに行きたいのは本当か?」

 

 そうだな……と、逡巡する。

 言ってもいいが、あまり変な勘違いをされると嫌だ。大概の人は、北極星に行きたいというと、宇宙に出たいくらいにしか受け止めてくれない。月や火星に行くのと、同じようにしか思われてないらしい。

 

「……違うが、大した違いはないか?」

「え?」

「表情から察するに、そうだと思っただけだ」

 

 ……俺、そんなに分かりやすかったか?

 

「まあ、みんなからすればそうだと思うぞ」

「それは……どういう意味だ」

「本人からすると全然違うが、興味のない連中からすれば一緒ってことさ」

 

 宇宙の果ても北極星(ポラリス)も、素人目からすれば『地球から遠く離れた場所』でしかないのだから。

 

「俺はな、北極星に行きたいんだ」

「北極星? なぜそんな場所に行こうと思うんだ?」

「行きたいから、っていうのはダメか?」

 

 子供の夢なんて、そんなものだ。行きたいから行く。理由なんてそれだけだし、それでいい。

 

「幸いなことに、星間の夢想家(スターゲイザー)にはそれをするだけの能力がある。なら、行こうと思うだろう?」

「……分からないな。個人の好き好きなのだろうが、全く理解できない」

 

 だろう、よく言われる。

 だが、分からないままでは報告のしようもないだろうし、少し質問をはさむことにする。

 

「じゃあさ、ボーデヴィッヒ嬢の小さい頃の夢って何だった?」

「夢、か?」

 

 少し考え込む様子をボーデヴィッヒ嬢。

 

 と、そうしている間にもランニングが終わる。トレーニングルームのあるアリーナの前で終わるので、そこから歩いてアリーナへと移動する。

 

「私に夢はなかった。ただ、優秀な軍人になることだけが確定された未来だった」

「そ、その中でも、狙撃手になりたいとか、司令官になりたいとかさ……」

「ない。軍人(わたし)は、軍あるいは国の歯車(パーツ)だ。軍人に個々の意思は必要なく、ただ任務を完遂する能力だけが求められる」

 

 ボーデヴィッヒ嬢の階級は、確か少佐だと風のうわさで聞いた。

 彼女の過去について、俺は何も知らない。だが、この年齢で少佐になるってことは、相当幼いころから軍人だったということくらいは想像がついた。

 

「なら、今の今まで、こうなりたいと思ったことは一度もないのか?」

「こう、なりたい……」

「なんか、ありそうだな」

 

 何か思い当たることがあるらしい表情だったので、顔をうかがうと「ある」と短く返事がきた。

 

「それは、今でも追いかけているのか?」

「ああ。私は、あの人になりたくて、必死に走り続けている」

 

 それはよかった。どうやら、彼女には素敵な夢があるらしい。

 

 こぼれる笑みを抑えずに、俺はボーデヴィッヒ嬢を見た。

 

「ちなみに、今のボーデヴィッヒ嬢はそれになれるか?」

「……いや。今の私は、あの人とは遠く及ばない」

 

 彼女が誰になりたいのかについては関知しない。

 そもそも、そんなことを知らなくても、夢というものの本質は変化しないはずだ。

 

「俺はな、夢をかなえられないと思っていた。北極星になど行けるわけがなくて、夢のまま俺は人生を送るはずだった」

 

 きっとISを動かすことがなければ、俺はありふれた星好きとして一生を送っただろう。

 

 だが、この世界には、魔法も奇跡もあったのだ。

 

「俺にはISが使えた。そして、星間の夢想家(スターゲイザー)を使えるようになった。俺には、夢をかなえる手段ができた」

 

 夢を叶えられるようになったのだ。なら、それを諦める道理はない。

 

「それは…………そう、だな」

「ボーデヴィッヒ嬢も、目標にしている誰かになれる道筋が見えたら、それを追うと思わないか?」

「……そうだな。どんな手段を講じてでも叶えようとするだろう」

「だろ?」

 

 夢はいつか諦めることになるのがほとんどだ。それは、その夢が叶わないものだと悟るから。

 

 だが、もしも夢が叶う道があるのだと分かったのなら、どうだろうか?

 そうなったら、いかなる人間も自らの夢を追うに違いない。

 

 どうしようもなく眩しくて、憧れて、手を伸ばしたくなってしまうのが、夢なのだから。

 それから手を引くことなど、できようもない。

 

「叶うのだと、叶う可能性があるのだと知ってしまったから」

 

 俺達は、この夢という、一種の呪いにも似たものに憑りつかれてしまうのだ。

 

「だからさ、きっと、一緒だと思うんだ」

「一緒?」

「ああ。俺もボーデヴィッヒ嬢も、まだ叶う可能性があるのだと知っている。諦めるには早すぎると、理解しているから」

 

 だから、夢を追い続けている。

 

「……そうか」

 

 何やら納得したようなすっきりしたような感情で、ボーデヴィッヒ嬢は俺を見た。

 彼女は立ち止まって薄く笑みを浮かべていた。

 

「貴様について、報告できる程度には理解した」

「そうか。じゃあ、もう終わりか?」

「ああ。では、私はこれから報告に向かうことにする」

「了解。じゃあな」

 

 軽く手を振ってトレーニングルームに向かう。

 と、「溝口星矢!」とボーデヴィッヒ嬢が俺を呼び止めた。

 

「走る時くらい顎を引いて上を見るな。いつでも空でも見る気か、貴様は」

「え?」

「それに、拳を握りすぎだ。あれでは、無駄に体力を消費する。そして、純粋に遅い。もっと話しながらでも早く走れるように訓練をするべきだな」

「あ、ああ」

「それだけだ。筋トレはしすぎるのもよくないのでな、程度には気を付けろ」

 

 アドバイスをするだけして、ボーデヴィッヒ嬢はあっという間に行ってしまった。

 

「な、なんだったんだ……?」

 

 授業の時は「さっさとやれ」としか言わなかったらしいのに、なぜ俺にはそんなことを言い残したのだろうか。

 夕日に照らされながら俺は、訳も分からずその場に立ち尽くしていた。




雑談
前半の昼食の話はコメディ調なのですが、そうですね、僕にはコメディというか笑いの才能がないらしいです。うーん……難しい。
まあ、重要な後半がきっちりかけていれば、多分大丈夫だと思います。

後半の会話は難産でした。やっぱり、こういう話は正解がないので難しいです。……あれ? コメディ苦手でシリアス苦手なら、俺って何が書けるんですか……?

ボーデヴィッヒさんは、比較的好きなキャラです。ヒロイン達の中では3番目くらい。心がピョンピョンするっていうか、ラウラちゃんマジ天使っていうか。

それと、作者、車校の仮免試験や旅行に行ったりするので、更新をし損ねる可能性があります。もしした時のために謝っておきます、すみませんです。
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