IS学園天文部-リメイク前-   作:山石 悠

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第二十七夜「……無理だ」

 アリーナの中では、一夏とシャルルがボーデヴィッヒ嬢に攻撃されていた。それは一方的かつ嗜虐的で、止めないと取り返しのつかないことになるような、言いようのない焦燥に駆られた。

 

 箒嬢から話を聞いた俺は、一夏が切り裂いたであろうシールドの裂け目に向かってダッシュした。

 

星間の夢想家(スターゲイザー)!」

 

 裂け目のところから飛び出して、星間の夢想家(スターゲイザー)を展開する。今回は模倣の双児宮(ジェミニ)からだ。

 

 軽く右足で着地しながらスラスターを動かした。柔らかく接地した右足で地面を蹴って、軽やかに前方へと飛び出す。

 地面すれすれの最短距離を移動しながら、俺はどうするべきか考える。

 

「ボーデヴィッヒ嬢!」

「溝口星矢か!」

 

 俺の叫びが聞こえたのか、ボーデヴィッヒ嬢が俺の方を見た。いきなりだったせいか二人を拘束していたワイヤーが微かに緩んだ。俺はその隙をついて、一夏とシャルルの二人を引きずりつつボーデヴィッヒ嬢から距離をとった。

 

 大体二十メートル程の距離ができたところで、二人を下して振り返る。

 

「……なあ、なんで俺がいないところで楽しいパーティーを開いちゃってるわけ?」

「ふん。こんなの何の余興でもない。視界を飛び交う羽虫を潰しただけだからな。……だが、」

 

 ガシャン! とボーデヴィッヒ嬢が俺にレールカノンの照準を合わせた。どうやら、奴さんは臨戦態勢のようだ。

 

「溝口星矢、お前はどうするつもりだ? 今なら、貴様は見逃してもいい」

 

 発言の意図が見えない。

 そりゃあ、一夏よりはましだと思われてはいるのだろうが、だからと言って見逃すといわれるほど好かれているつもりもない。

 

 とりあえず、返事はいつも通りのものにすることにした。

 

「へえ、そりゃあ優しいこって。お兄さん、涙が出ちゃう」

「……軽口も、大概にしておけよ?」

 

 一気にその声の温度が下がった。威圧感のあまり、無意識に体が後ずさる。

 そのせいで、後ろにへたり込んでいたシャルルに足が当たってしまった。目を閉じてぐったりしていたシャルルは「うぅ……」と呻きながら起き上がり、弱々しく俺を見上げた。

 

「……星、矢」

「シャルル、大丈夫か?」

「う、うん。何とかね」

 

 青い顔をしているシャルルは、苦々し気な表情で俺とボーデヴィッヒ嬢を見つめる。

 

「彼女の、ISには慣性停止能力、略称AICっていう装備があるんだ。簡単に言うと、相手の動きを封じる」

「……え、マジで? どうやって倒すんだよ、それ」

 

 相手の動きを封じるって、それ完全に詰みじゃないか? 彼女にすれば動かない的なんて、的じゃないだろう。

 

「でも、弱点も、ちゃんとあるよ。まず、物質に作用する能力だから、エネルギー兵器には効果が薄い。それに、発動には相手を集中して目視する必要があるから、不可視とか複数からの攻撃には弱いんだ」

「な、なるほど……」

 

 結構、効果は強いが、その分だけ弱点もあるらしい。

 ただ、一つ思ったのは、

 

「……詳しいな」

 

 シャルルが物知りだということだ。

 ISを使えるようになったと分かったのはつい最近の話。だが、それにしてはここまでISの性能について詳しいものだろうか? まあ、実家が実家だからといえば納得してしまうのだけど。

 

 ……って、今はそんなことはどうでもいい。

 シャルルの情報のおかげで、多少はやり方を考えられるようになった。

 

 サンキューとシャルルの方を見ると、シャルルが慌てたように首を振っていた。

 

「い、いや、違うからね! お、同じ転入生だし! 国も比較的近いし! 別に、それだけで!」

「ん? ……あ、違うぞ!? べ、別に、すごいと思っただけだ。他意はない」

 

 実は向こうとグルだと勘ぐっていたわけじゃない。だから、そんなに慌てないでほしいんだが。

 

 何とかシャルルを宥めすかして振り返る。

 視線を戻した先にいたボーデヴィッヒ嬢は、先ほどと一緒の姿で、全く動いていなかった。

 

「話は終わりか?」

 

 ボーデヴィッヒ嬢は俺のことを待っていたようで、大胆不敵に笑っている。

 くそ、なめられてるわ。

 

「ああ、もう大丈夫だ。待ってくれて助かるよ」

「貴様は他の連中よりはましだが、やはり弱い。私には、弱者に不意打ちする趣味もないのでな」

「うわぁ、優しい人」

 

 棒読みかつ大げさに褒めそやす。これが皮肉に聞こえなかったら、あなたの脳はお花畑だぜ。

 

「……結局、私に歯向かう、ということでいいのか?」

「まあ、結果的にはな」

 

 仕方のない話だ。わざわざ争いごとに首を突っ込みたくはないが、友人を捨て置く趣味もない。

 それに、なんとなく彼女のことは気になる。

 

「いいだろう。……貴様は、他より私を楽しませてくれるんだろうな?」

「どうでしょうね? こちとら、星を見るしか能がないものでして」

 

 自虐を一つこぼし、俺は大きく息を吐いた。

 

 ……よし、ここからは本気だ。

 

「“浸食の天蠍宮(スコーピオ)”」

 

 俺の声と共に、星間の夢想家(スターゲイザー)が変形する。何の特徴も持たない模倣の双児宮(ジェミニ)から、しっぽの生えた“蠍”の姿に変わる。

 

 その時、初めてボーデヴィッヒ嬢の顔が驚きの表情に変化した。

 

「……それが黄道十二宮(ゾディアック)というやつか?」

「だな。さあ、英雄すら殺した、蠍の毒はいかがです?」

 

 浸食の毒針(アンタレス)が、その毒の獲物を求めてうねる。

 ボーデヴィッヒ嬢は「面白い」と、一言だけこぼした。

 

「いいだろう。殺せるものなら、殺してみろ!」

 

 それを攻略した上で倒す、ということなのだろう。

 俺の理性の鎖が勢いよくちぎれて、いつもは感じない興奮状態に入った。

 

 そんな俺に言えることは、たった一つだけだ。

 

「了解! それなら、今すぐ毒殺だ!」

 

 殺戮宣言と同時に瞬時加速(イグニッションブースト)で一気に接近。そして、展開した北十字(ノーザンクロス)を振り上げた。

 さらに、浸食の毒針(アンタレス)を彼女に方に向ける。

 

「っ、らぁっ!!」

 

 一瞬で距離が詰まる。

 どうせ止められるのなら、まずはできる限りスピードを上げて反応できないようにする作戦だ。

 

 一秒もしないうちに二十メートルほどの距離が一メートルになった。

 北十字(ノーザンクロス)を持つ両手に力を込めて、全力で振り下ろす。

 

「遅い!」

「んなっ!?」

 

 ボーデヴィッヒ嬢が俺に腕を伸ばす。その瞬間、俺の体が全く動かなくなった。

 

「他愛無いな」

 

 ボーデヴィッヒ嬢の失望した声が聞こえる。

 その表情にイラッとしながらガチガチに固まった体を動かそうと試みるが、体は全く動かない。これがAICってやつか。やべえな。

 

 とりあえず、何が動くかを確認していく。スラスターは起動するがなぜか動けない。装備の展開はできるが、動けない以上は無駄。システムは動く。

 ……よし、大丈夫だな。

 

 俺は、ボーデヴィッヒ嬢に向いたままの浸食の毒針(アンタレス)に意識を集中させて、にやりと笑う。

 

「ボーデヴィッヒ嬢」

「なんだ? 降参するか?」

「いや。……ただ、一つアドバイスだ」

 

 さあ、動け浸食の毒針(アンタレス)

 

「目の前の蠍相手に、気を抜くなんて感心しないな」

 

 その瞬間、シュッ、と毒針から霧状のものが飛び出した。浸食の毒針(アンタレス)から噴霧された“毒”は、周囲を漂って俺やボーデヴィッヒ嬢に付着する。

 本来は直接刺して使用するもんだが、今回はこうやって使わせてもらおう。

 

 小さく表れた“毒”を起動するかというメニューに、思考だけで起動を指示する。

 

 その瞬間、

 

「っ!? な、何をした、溝口星矢ぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 俺とボーデヴィッヒ嬢のシールドエネルギーは急速に減少し始めた。

 

「だから、言っただろ?」

 

 ボーデヴィッヒ嬢のISは見たところ防御もそれなりにありそうな感じがしたが、星間の夢想家(スターゲイザー)ほどではないと見た。それに、俺と戦う前から動いているのだから先にダメージが蓄積している。

 

 だから、この勝負は俺より先に彼女のシールドエネルギーが尽きる。

 

「蠍の毒だってな」

 

 浸食の毒針(アンタレス)から噴霧されたのは、一言でいえばナノマシンだ。

 

 このマシンの種類は任意で変更できるのだが、今回は霧状に吹きかけても使用できるものにした。大量のナノマシン達が触れた物質の細部にまで入り込み、物質の内部から破壊していく。今も、お互いの装甲が信じられないような勢いで破壊されている途中だろう。

 

 この浸食の毒針(アンタレス)だが、きっちり相手に差し込めば、後は対処不可能な直接攻撃だ。なので、ISバトルで使用すれば問答無用で一撃必殺の毒となる。対抗するには、エネルギーが尽きる前に倒すしかない。

 

 まあ、本来は障害を破壊する機構の一つであって、人に使うものではないんだけどな。

 

「くそっ、こうなれば……!!」

 

 ガシャンと、レールカノンが俺の目の前に照準を合わせた。こ、この至近距離は絶対にやばい奴。

 

「ちょ、ちょっと待て!? それはシャレにならんぞ!」

「安心しろ、命に問題はない程度に抑える」

「安心できねえよ、バカ!」

 

 必死にあがくが、先ほどから一ミリも移動していない。……ああ、マジでやばい。

 

「恨むなら、自らの選択を恨め……」

 

 俺にも聞こえない声で何かつぶやくボーデヴィッヒ嬢。センサーでも使えば聞こえるのだろうが、そんな余裕は全く存在しない。

 強く瞬いていた光が収束していき、俺は衝撃に備えて目を閉じて体をこわばらせた。

 

 やがて、レールカノンに光が臨界に達し――

 

 ガンッ! と、強烈な音がした。

 その音が消えた瞬間、反射で俺の体が最大級の防御態勢を取った。

 

 ……が、

 

「……………………あれ?」

 

 難病待ってもダメージが来る様子は存在しない。

 

 恐る恐る目を開く。

 すると、そこには一人の女性がいた。

 

「やはり、ガキの相手は疲れる」

「教官!」

「織斑先生!」

 

 そこにいたのは、我らが担任の織斑先生だった。

 生身でIS用の装備を振り回すという訳の分からないことをしている彼女は、レールカノンを持っている剣を使って上空に逸らさせていた。

 

「……模擬戦をするのは構わん」

 

 どこか気だるげで、呆れているような諦めているような声音で、先生は剣を下した。

 

「だが、アリーナのバリアまで破壊されてはかなわん。教師として、口を出さざるを得ない」

「それは……すみません……」

「別に、壊したのはそっちの馬鹿者だろうが……まあ、共犯だな。ともかく、この模擬戦の決着は学年別トーナメントでつけてもらうか」

 

 まあ、それが普通の流れだろう。

 

「……教官が、そうおっしゃるのであれば」

 

 最初に納得したのは、下手人のボーデヴィッヒ嬢だ。まあ、彼女が織斑先生に逆らうことはないだろう。

 

「お前も、それでいいな?」

「はい、了解です」

 

 黙って受け入れる。それ以外の選択肢など、俺にはない。

 

「それでいい。……では、学年別トーナメントまで、一切の私闘を禁止する。解散!」

 

 織斑先生は、それだけ言ってすぐに帰っていった。

 

 

 

 

 

 鈴音嬢とセシリア嬢は、すぐに保健室へと運ばれた。ISの方は山田先生に預けて、調整をしてもらっているらしい。

 

「別に、助けなんていらなかったのに」

「あの状況から、すぐに挽回するつもりでしたのに」

 

 保健室で包帯を巻かれまくっている二人が最初に口にしたのは、そんな強がりの言葉だった。

 

「あのなぁ」

「もう、二人とも強がっちゃって」

 

 一夏は呆れたように声をかけるが、シャルルは可愛いものを見るかのように笑いながらお茶を出した。

 

「好きな人の前でかっこ悪い姿を見せたから、恥ずかしいんだよね」

「え?」

「な、何言ってんのよ、あんたは!」

「そ、そうですわ! 断じてそのようなことは……」

 

 慌てて否定する二人だが、顔を赤くしてあたふたしている様子に説得力はない。……俺の隣にいる朴念仁以外になら、誰にだってばれていただろう。

 二人は、気持ちを落ち着けようと受け取ったお茶に口を付けた。

 

「……そもそも、なんだってラウラとバトルすることになったんだ?」

「「っ!? ご、ゴホッ!!」」

 

 シンクロするようにむせる二人。いや、爆弾発言されたら、誰だってああなるか。

 

「そ、それは……」

「その、女のプライドを傷つけられたから、ですわ……」

「……はあ?」

「ああ、そっか!」

 

 二人の言葉に、理解できないと首をかしげる一夏と、納得したように声を上げるシャルル。

 

「そっか! 二人とも、一夏のことを「「うわあああああ!!」」んんんんんっ!!」

「あ、あんたって余計なこと言いすぎじゃないの!?」

「そうですわ! まったくです!」

 

 勢いよく飛びあがってシャルルを押さえ込んだ二人は、勢いよくシャルルを責め立てる。元気だな、あんたら。

 

「って、お前ら怪我人なんだから、おとなしくしてろよ。全く、二人してバカだなぁ」

 

 と、ポンと二人に近づいて肩に触れる一夏。一瞬で顔を赤くした二人は、慌てて一夏から離れた。

 

「ば、バカって何よ、バカ!」

「一夏さんの方こそ、大バカ者ですわ!」

「……なんなんだよ、お前ら」

 

 一夏が頭を抱える。

 ……だが、お前は女心的にも、アリーナのシールドを破壊した意味でも、大馬鹿野郎だ。

 

 少し離れたところで呆れたように見ていると、遠くからドドドドド……という、地響きが聞こえてきた。

 嫌な予感がする。

 

「……なんだ?」

 

 ゆっくりとドアの方を振り返る。

 

 すると、ドアが勢いよく開いて奥にいる人間が姿を現した。

 

「「「「「きゃああああああああ!!」」」」」

「な、なんだ!?」

 

 飛び込んできたのは、大勢の女子達だ。

 

「ど、どうしたの?」

「「「「「これ!」」」」」

 

 代表して、シャルルが尋ねると、女子の皆様は勢いよく何かの用紙を突き出した。

 

「何これ……」

「何々……『今月開催の学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦のため、二人組の参加を必須とする。ただし、期限内にペアの申請がなかった者達は学園側が抽選によりペアを決定する。期限は「とにかく!」』……」

 

 と、一人の女子がそれを遮ったところで、他の女子達がさらに詰めよってきた。

 

「さあ、織斑君、一緒にやろう!」

「デュノア君! 私と組まない?」

「溝口君! 私はどう?」

 

 な、なるほど……こういうことか。こうなれば、男子同士で組んで逃げたいところではあるのだが……

 

「すまん! 俺はシャルルと組むから!」

「う、うん。だから、ごめんね……」

 

 ……一人、逃げきれないのだ。

 

「じゃあ、溝口君!」

「私と一緒に組もう!」

「いやいや、私なんてどうかな!」

「溝口君! 私がいいよね!」

「え、あ、いや、えっと……」

 

 二人がいなくなったせいで、組めるのは俺だけ。そのせいで、女子達が俺に殺到した。

 その表情は非常に鬼気迫っていて、嬉しさよりも恐ろしさの方が強い。

 

 ……こ、ここは、一度断ろう。

 

「す、すまん。少しだけ考える時間をくれないか? いきなり言われても、さすがに決められない」

「……まあ、それもそうだね」

「いきなり言われても、戸惑うだけだしね」

「じゃあ、明日また確認しに来るね」

「お、おう」

 

 ……一応納得してくれたようだが、結果的に先延ばしにしただけじゃなかろうか。

 

 潮のようにあっさりと引いていった女子達を見送って、俺は大きく息を吐きだした。

 

「た、大変だったな」

「貴様、俺を売ったな?」

 

 恨みを込めて一夏を睨めば、一夏は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「いや、すまん。シャルルを女子と組ませられないからな……」

「……言いたいことは分かるが」

 

 どちらかといえば草食系であるシャルルを女子と組ませれば、どんなことになるか分かったもんじゃない。

 だから、必然的に俺か一夏が生贄になる必要があったわけだが、あいつは俺を売ることに躊躇いを感じなかったんだぜ。俺としては、もっとこう、自己犠牲的に行ってほしかった。

 

「って、ちょっと待ちなさいよ!」

「そ、そうですわ!」

「ど、どうした?」

 

 仕方ない、という空気になったところで鈴音嬢とセシリア嬢が待ったをかけてきた。

 

「い、一夏! あたしと組みなさいよ!」

「え?」

「いえ! 私とですわ! 私と組みませんこと、一夏さん!」

「え、ええ?」

「そうしたら、星矢は男子同士で組めるじゃない!」

 

 なるほど、俺を助けるという名目で一夏と組む、というわけか。うまい作戦だと思う。

 

「え、いや、でも「ダメですよ」……山田先生?」

 

 振り返ると、タブレットを持った山田先生が来ていた。

 チラリと中をのぞくと、そこにはベッドで寝ている二人のISが表示されていた。

 

「二人のISは、今日の戦闘でかなり傷ついていました。ダメージレベルがCに達していますから、トーナメントへの参加を認めるわけにはいきません」

「「え、えええ!?」」

「もしそのまま乗れば、悪い経験がISに蓄積されてしまうんですから。それは、お二人も分かりますよね?」

「「……はい」」

 

 専用機持ちの代表構成である二人は、しっかり理解しているのだろう。諦めたように首を落とした二人は、疲れたようにベッドに倒れこんだ。

 

「そういうことですから、お二人はゆっくり怪我を治して、次に参加できるようにしておいてくださいね」

 

 あ、それと。と、山田先生が俺の方を見る。

 

「溝口君」

「なんでしょう?」

「トーナメントが近づいて、私もなかなか忙しくなりそうなんです。ですから、トーナメント終了までは部活ができないと思ってください」

「え、ええ!?」

 

 そんなお知らせ、聞きたくなかった……。

 一気に沈んだ俺に、山田先生は申し訳なさそうに両手を合わせた。

 

「すみません、できる限り時間は作ってあげたいんですけど、厳しそうで」

「い、いえ! 気にしないでください」

 

 最悪、自室でやればいいだけの話である。

 

「まあ、トーナメントも近いですから、溝口君も夜に星を見るのは少し我慢して、トーナメントに向けて体調を整えてくださいね」

「……はい、分かりました」

 

 諦めて返事をすると、山田先生は「トーナメントが終わった次の週末は晴れるそうですから、その日に部活をしましょう」と俺を元気づけてくれた。……そうだな、それとデザートを理由に頑張ろう。

 

「それでは、三人とも、頑張ってくださいね!」

 

 両腕で小さくガッツポーズをして、山田先生は部屋を出て行った。

 

 やがて、小さな沈黙が続いて、

 

「……星矢」

「ん?」

 

 一夏が小声で俺に声をかけてきた。

 

「どうした?」

「その、だな。……今晩、部屋に来てくれないか?」

「今晩? まあ、いいけど、どうしたんだ?」

 

 また、何か色恋沙汰に関する相談事だろうか?

 

「いや、そうじゃなくて……その、大事な話があるから、必ず来てくれ」

 

 そういう一夏の表情はものすごく真剣で、どうにも茶化すような雰囲気ではない。

 

「……分かった」

 

 俺に返せたのは、その言葉だけだった。

 

 

 

 

 

 そして、夜。

 

「…………」

 

 一夏とシャルルの部屋の前に来た俺は、少し緊張しながら扉の前に立っていた。

 いやな予感がして、気楽にドアを開けることができない。

 

 ……でも、行くしかない。

 

「ふぅ、よし」

 

 軽く呼吸を整えると、俺は小さく二回ノックした。誰もいない廊下にノックオンが響き、やがてゆっくりとドアが開いた。

 

「来てくれたのか、星矢」

「おいおい。お前が呼んだんだろーが」

 

 顔を出した一夏は、いつも通りに俺を迎えてくれた。その様子に、俺の方も緊張が和らいだ。

 

「んで? 話って?」

「あ、ああ、そうだったな。とりあえず、中に入ってくれ。話はそれからだ」

「おう、お邪魔します」

 

 俺は静かに一夏の部屋に入った。……よく考えたら、こいつの部屋に入るの、これが初めてじゃなかろうか。

 

 基本的な設備は、当たり前だが俺の部屋と全く同じだ。

 ベッドの側にはそれぞれの荷物が置いてあって、かなりきれいに整頓されている。まあ、一夏はマメそうだしシャルルも部屋を汚すタイプには見えないから、想像通りではあるが。

 

 少し明かりが暗い部屋に入ると、奥に髪を束ねていないシャルルがいた。

 風呂からあがってそのままなのか髪は艶やかで、無造作におろしてある。肩に余裕で届く髪はまるで少女のようだ。視線を下せば、胸元にはふくらみがあって、見た目は完全に少女のそれ…………って、

 

「お、おん「星矢! 静かに!」ん、っんん!? んんっ!?」

 

 とっさに叫びそうになった俺の口元を、一夏が抑える。が、そんなことされたところで俺の気持ちが落ち着くことはない。

 

 え!? えええ!? ちょ、ちょっとまて、え? 何、どういうことなんだ!?

 

 俺の口元を押さえながら、一夏は言いにくそうに口を開いた。

 

「つまり、だな……えっと、シャルル君は、シャルルちゃんだった。と、いうことなんだが……」

「その、騙してて、本当にごめん」

 

 一夏の説明に合わせて、目の前の少女が俺に頭を下げた。

 ……ああ、間違いない。まだ知り合ってすぐだが、他人の空似ではない。目の前の少女こそが、俺の知るシャルル・デュノアであることが理解できた。

 

 その瞬間、先日の練習で解析の天秤宮(リブラ)を使った時に、シャルルに対して女の判定が出たことを思い出した。あれは間違いじゃなかったのか……。

 

 そんな戸惑う俺をよそに、一夏が「事情があるんだよ」と言い出した。

 

「実はな、シャルルはおやじさんに脅されて、男として入学させられたんだ」

「お、脅され……?」

 

 緩んだ一夏の拘束を振り払って、俺は、シャルル(?)に尋ねた。……女である以上、この名前は偽名なんだろう。

 

「うん。僕の実家は、デュノア社だっていうのは知ってるよね?」

「あ、ああ。そうだったな」

 

 ボンボンだという話はしたはずだ。

 

「でも、僕は愛人との間にできた娘なんだ」

「え、えっと、じゃあ……その……」

「もともと僕はフランスの田舎の方に暮らしていたんだけど、一緒に暮らしていた母が亡くなって一人になったっ僕を、デュノア社の社長である父が引き取ったんだ」

 

 幸いなのかは分からないが、少女にはISに対する高い適性があった。

 

「僕は、デュノア社でテストパイロットとして働かされてた。……ISに乗るのは好きだったし仕事分の給料は出てたから、不満はなかったんだけどね」

 

 ただ、実家の、本妻やその子供達からの当たりは強かったそうだ。

 

「『この泥棒猫が!』って殴られたりして。……結局、本妻のいる家にはそれ以来、一度も行ってないかな」

 

 必然的に、父親に会う回数も少なかった。

 

「書類上は親として認知してくれたし、仕事を僕にくれた。でも、それ以上のことは、親子としては、何もなかった」

 

 そんな日々が続いていたが、やがて転機が訪れる。

 

「日本に男性操縦者が現れたと、世界中でニュースになった。今のデュノア社は第三世代を作ることもできず、売り上げも徐々に落ち始めていた。だから、起死回生の一手として、男性操縦者のデータを求めたんだ」

 

 その担当を誰にするのか話し合っている中で、一人の少女が選ばれた。

 

「そもそも、デュノア社に所属している15歳の少女なんて、僕ぐらいしかいなかったんだ」

 

 そして、彼女の父親は、彼女に男装してIS学園にやってくるように指示を出した。

 

「専属の教師がついて、男性の言動を学ばされたよ。そして、彼らの友人として近づけと」

「そして、俺達のデータをとってこい、と言われたわけか?」

「……うん。もし女であることがばれたのなら、その…………その、穢れた体を使えと、本妻に言われたんだ」

 

 愛人の娘、不義を犯した女から生まれた忌むべき少女。

 自らの夫を誘惑した女から引き継いだその身を使って、俺や一夏を篭絡しろと指示が出た。

 

 それは、会社を救いつつ自らの鬱憤を晴らす、最高の方法だったに違いない。

 

「それで、僕は二人からデータを盗むためにやってきた。……でも、途中で一夏にバレちゃって」

「昨日、ボディーソープが切れたのを思い出して渡そうとしたら、その……」

「シャワー中に出くわしたのか?」

「あ、ああ……」

 

 その時のことを思い出したのか、一夏とシャルルが顔を赤らめた。

 いつもなら冷やかしの一言でも入れるのだろうが、そんな余裕もない。

 

「……それで、どうして俺にこのことを?」

 

 動揺する心の内を悟られたくなくて、必死に感情を抑えつけた。言葉が淡々と冷たいものになっているのが、自分でも分かる。

 

「これからの学園生活の中で、シャルルが女であることを隠していく以上、星矢の協力は不可欠だ。だから、話しておこうって決めたんだ」

 

 その言葉に、俺は疑問を覚えた。

 

「……隠しておくのか?」

「特記事項の一つに、生徒はあらゆる国や企業に帰属しないと書いてある。なら、シャルルは最低でもこの学園にいる間だけは無事でいられるはずなんだ」

 

 それは、俺も知っている。入学前に、俺のボディーガードをしてくれていた卓也さんから散々叩き込まれたことだ。

 

「今まで騙していたことは、本当に申し訳ないと思ってるよ」

 

 悲痛な表情で頭を下げるその姿に、偽りの感情は一切見えてこない。

 

「本当は、裁かれないといけないんだと思う。でも、僕は戻りたくないんだ! このまま、みんなと一緒にいたいんだよ!」

「俺からも頼む! 星矢、シャルルのために協力してくれないか?」

 

 一生懸命に頭を下げる一夏。他人のためにそこまでしてやれる一夏を、俺は本当にうらやましく思う。

 他人のために一生懸命になれるその姿が、もしかすると箒嬢やセシリア嬢、鈴音嬢を魅了してきたのかもしれない。

 

 きっと、人間的には一夏のような人間が正しいのだろう。だが、人は、世界はそこまで優しくない。

 

「…………」

「……お願いします」

「……頼む、星矢」

 

 助けたいと思った。

 理不尽な大人の都合に振り回されているこの少女を、助けたいと思った。それがきっと、友人であり、優しさだ。

 

 改めて二人を見る。

 二人は必至だった。反省の念をこれ以上ないくらいに見せているし、相手を思いやる気持ちも痛いほどに伝わってくる。

 ……ああ、くそ。仕方ない。

 

 俺は、苦々しい顔を隠しきれないままに、二人を見つめた。

 俺の出した答えは、

 

「……無理だ」

 

 拒絶。

 

「え……?」

「どうしてだよ、星矢……」

 

 反対されると思っていなかったのか、二人は戸惑ったように俺を見つめる。

 

 理由なんて、理由なんて、分かり切ってるじゃないか。

 

「今の話を、丸々信じろというのか?」

「――――っ!」

「っ、星矢!!」

 

 一夏が衝動的に俺の胸ぐらをつかんだ。だが、意見を変える気はない。変えちゃいけない。

 

 なら、百歩引いて、

 

「もし、今の話が事実だとしよう」

 

 だが、それだって問題がある。

 

「デュノア社が、黙ってるのか?」

「そ、それは……」

「でも! 特記事項がある!」

「そんなもの、結局は形だけの力しか持ってねぇよ」

 

 理由なんて、その気になればいくらでも作れる。デュノア社が本気になれば、学園からの命令形式をとることで、彼女を戻すことが十分にできるはずだ。

 この学園の持つ、権力に抗する能力は実質的にはないようなものだろう。男性操縦者と美人局の少女ならば、学園は確実に俺達をとる。うぬぼれではない、ただの事実だ。

 

「それに、それを理由に脅されたら、彼女は自分可愛さで俺達を裏切る可能性があるだろ!」

「そ、そんな言い方ねぇだろうが!」

「じゃあ、どういえばいいんだ! 篭絡してくるっていえばいいか?」

「僕はそんなことしない!」

 

 いくら言葉を取り繕ったって、彼女が安全な人間であるという保証がどこにもない。

 

「星矢! 数日だけかもしれないけど、シャルルは友達だろうが!」

 

 一夏がブチギレている。こめかみを引くつかせながら俺の胸ぐらをつかんで離さない。

 俺は力がこもっている一夏の腕にそっと手を当てた。

 

 奴の言葉は、どれもこれも俺の胸に刺さる。

 

「当たり前だろ、シャルルは俺の友達だよ」

「っ、なら!」

「でも!」

 

 胸倉から手を離させると、俺は本気で二人に顔を向けた。

 

「シャルルは、シャルル・デュノアは存在しない人間だったじゃねぇか!」

 

 そうだ。友達だったシャルルなんて言う人間は、俺達の抱いていた幻想に過ぎなかった。それは、刹那の流星のように消えてなくなったのだ。

 

 目の前にいる少女にだけ、視線を向ける。

 見れば見るほど、知っているしぐさばかりで、本当に胸の中が張り裂けそうになる。

 

()()()()()

「せ、星矢……」

 

 シャルルはいなかった。俺の目の前にいるのは、初対面であるデュノア嬢だ。

 

 痛みが走る胸を押さえて、俺はドアを方に向き直った。

 これ以上、この場にいられなかった。このままでは、俺は“俺”でいられない。

 

「帰る」

「ま、待て、星矢!」

「安心しろ。すぐに訴えたりしない。……しばらく、時間をくれ」

 

 俺はきっと、間違っている。

 こんな、人を見捨てるような、優しくない行為が正解だなんて、思いたくない。

 

「また、明日な」

 

 そんな言葉をひねり出せたのは、きっと俺が拒絶しきれていなかったからに違いない。

 

 バタンとドアが閉まり、俺はドアを背に廊下に座り込んだ。

 

「…………くそ」

 

 胸糞悪い話だ。こいぬ座の話以上にやりきれない。

 

「俺だって……」

 

 友人を捨て置く趣味など、ない。

 だが、彼女を安全だといえないのなら、突き放さなくちゃいけない。俺達は、そういう立ち位置にいるはずなのだから。

 

 あの話が嘘であってほしかった、彼女を襲うあんな理不尽を認めたくなかった。

 あの話が本当であってほしかった、彼女は脅され命令されていただけなのだと信じたかった。

 

 救えるのなら、救いたい。差し伸べられる手なら、差し伸べたい。そのくらいの善性、俺にだってあるに決まっている。

 

 だが、俺には、俺達には、そんな権利は与えられていないのだ。

 

 

 助けたい。でも、拒まねばならない。

 信じたい。でも、疑わなければいけない。

 認めてあげたい。でも、裁かねばならない。

 

 

 世界は正義が横行するものだと思っていたけれど、どうやら正解と正義は別物らしい。

 今、俺がとるべき、行動は、正義か正解か。

 

「こんな世界、壊れちまえよ」

 

 理想で生きてはいけない。でも、理想がまかり通る世界が一番素敵で、それを押し通せる人間がいいやつだ。

 だから、きっと俺は腐りきった人間だ。誰も救えず、でも殺すこともできない臆病者。

 

 本当に最悪だ。

 こんな世界だから、俺はもう、いたくないのだと思ってしまったんだ。遠いどこかに行きたいと願ってしまうんだ。

 

 なぜか流れる涙が止まる気配を見せない。

 手で押さえても袖口で拭っても、水がめのようにいつまでも流れ続けている。

 

 その時、コツコツと小さな足音が聞こえてきた。

 

「……溝口星矢か?」

「う、ぅぁ…………?」

 

 その声で、俺はようやく静かな足音が俺の前にいるのだと気が付いた。カツカツと規律的な足音が方向転換をしており、ゆっくりと声のする方を見た。

 

「……ボーデヴィッヒ嬢?」

「随分と、ひどい顔をしているな」

 

 そこにいたのは、いつもと変わらないボーデヴィッヒ嬢。

 

「ボーデヴィッヒ嬢……」

「どうした?」

 

 彼女は自分を貫ける人間だ。自分の意志を貫いて、他人の顔色を窺うことなく自分を伝えられる。それが行き過ぎている感はあるかもしれないが、その意志の強さは俺が今何よりも欲しているものだった。

 

 俺は、一夏や彼女のように、自分を貫けるだけの強さがない。どっちつかずの、蝙蝠(はんぱもの)だ。

 

「俺は、俺は……」

 

 どうするべきか、答えが知りたかった。

 

 どうしたら、答えを貫くだけの力を手に入れられるのか知りたかった。

 

「どうしたら、いいんだ?」

「……ふむ」

 

 ボーデヴィッヒ嬢が僅かに思案顔になる。

 そして、しばらくの沈黙の後、彼女は大胆不敵な笑みを浮かべて俺に手を差し伸べた。

 

「私の部屋に来い。少し、話をしてやろう」

 

 気づけば、涙は流れていなかった。




星のネタ
「“浸食の天蠍宮(スコーピオ)”」
言わずともわかるだろうが、さそり座をモチーフにした黄道十二宮(ゾディアック)。神話は、英雄オリオンを毒殺した蠍。現在は、いて座に心臓であるアンタレスを狙われ続けるという恐ろしい生活を送っている。気を抜いた瞬間、ケイローンに殺されるわけである。一等星のアンタレスや二等星がいくつかあるという、明るい星が多い星座でもあるので見つけやすい。また、固有名を持つ星も多い。

浸食の毒針(アンタレス)が、その毒の獲物を求めてうねる。
アンタレスはさそり座のα星であり一等星。火星に対抗するもの(アンチ・アーレス)、という由来に相応しいほどに赤い星。日本では酒酔い星なんて言われることもある。また、月や惑星と掩蔽を起こす珍しい星。

それは、刹那の流星のように消えてなくなったのだ。
一瞬で消えてしまったという直喩に使用。すぐに姿を現したのに、あっという間にいなくなったシャルルへの気持ち。

雑談
話が異常に長くなりましたが、切る場所がなかったのでこうなっちゃいました。短くするよりは、長くする方がいいと思ったので。

今回、新しくさそり座が出てきました。特に黄道十二宮(ゾディアック)の設定や登場場面については、作品の流れとは関係なく作ったのですが、いい感じのペースになっているのでありがたいです。残りの星座も少なくなってきましたね。全部登場するのは、まだまだ先になりそうなんですが。

天体観測は章末を章末に書くのがお約束的になってきたような気がします。まあ、それでもいいのですが。
それと、そろそろ番外編も出したいと思います。次は、鈴音嬢編です。星矢君の大好きなロr……いえ、何でもないです。星矢はノーマルです。ただ、巨乳が好きです(ヒロインの傾向的に)。

どんどんラウラさんとの間にフラグが立っていきます。さあ、嫁宣言はいつ来るのか!? それとも来ないのか!?
シャルロットさんとの和解はできるのか!? それとも、シャルロットさんを首にするのか!?
すべては勝手に動きやがるキャラ次第! ……お願いだから、プロット通りに動いてくれ。
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