IS学園天文部-リメイク前-   作:山石 悠

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第二十八夜「……俺、は」

 カツカツと早歩きで廊下を歩くボーデヴィッヒ嬢に手を引かれながら、俺は彼女の部屋までやってきていた。

 俺を入れることにためらいなどない彼女は、慣れたように部屋の鍵を開ける。

 

「入れ」

「うわっ!?」

 

 わずかに背中を押され、よろけるように部屋に入った。

 

 ボーデヴィッヒ嬢の部屋は、入ったばかりの寮の部屋とほとんど変わらなかった。個人の荷物は全く見えず、視界に映るのはもともとあった備品だけだ。

 

 意思が抜け落ちかけている俺は、あっさりと彼女に部屋の中へと連れ込まれてしまっていた。

 

「座れ」

 

 俺の手を引いてイスに無理やり座らせる。そして、自身はベッドの方へと近づきながら、普段と変わらぬ調子でしゃべりだした。

 

「あ、あの、ボーデヴ「……貴様が何に悩んでいるのかは、大方想像がつく」……なんだって?」

 

 ボーデヴィッヒ嬢はベッドの下からファイルを取り出していた。表紙にはドイツ語と黒いウサギのシンボルが描かれている。

 

「貴様がいたのは、織斑一夏とシャルル・デュノアの部屋の前だ。その時点で、貴様の悩みにそいつらが関わっていることが推測できる」

「…………」

 

 例のごとく、プロファイリングを始めた彼女は、いつになく饒舌にしゃべりだした。

 

「さらに、平常時は天文以外では理性的な行動ができる溝口星矢が狼狽えている以上、溝口星矢にとって予想外であり、かつ苦悩せざるを得ない内容であったこと」

「…………」

「それに関する答えを、私は持っている」

 

 そして、一枚の写真を提示した。そこにいるのは、先ほどまで見た顔。

 

「私と同時に転入した、フランス出身の男性IS操縦者」

「っ!?」

 

 予想外の写真と言葉に、俺は思わず顔を見上げた。

 

「奴の正体については、ドイツ軍からすでに情報が届いている」

 

 そう言ってボーデヴィッヒ嬢は、教えられる範囲でそのファイルの中の情報を教えてくれた。

 

「奴の名前はシャルロット・デュノア。母親のリュシル・ルグーは、もともとデュノア社の社員だった。それがきっかけでデュノア社の社長アルベール・デュノアと不倫関係になり、女の子を身籠る。その後、アルベールのためを思い身を引いたリュシルは、実家に戻って生まれた娘シャルロットと二人で暮らしていた。が、彼女は病で倒れてしまう」

 

 そして、その母が亡くなり、その後は俺も知る通り、ということだろう。

 

 それらはすべて、ファイルの中に載っている情報なのだろうか。

 

「詳しい、な」

「男性のIS操縦者が現れたというのなら、軍が調べないわけがないだろう?」

 

 何を当たり前な、と返される。それは、そうかもしれない。

 

「それに、学園の方も、奴のことについては承知しているだろう。あいつは、ただ泳がされているだけだ」

 

 一夏にすら簡単にバレたのだ、学園や国が知らないわけがない……か。

 

「貴様は、織斑一夏かシャルロット・デュノア本人から事実を知らされ、動揺しているのだろう?」

「……ああ」

 

 否定する要素が、どこにもなかった。

 

 俺は今、動揺していて、悩んでいる。

 

「俺は、男性IS操縦者だ。世界で二人だけの存在で、だからこそ、自らの身を自ら守らなくちゃいけない」

「そうだな。危険思想を持つ研究者からはモルモット、女性権利団体からは排除対象。貴様らの存在は、世界を大きく動かすことになる。それなりの危機感を持っているべきだな。話を聞く当たり、織斑一夏というやつはそれもできない屑だな、やはり」

「いや、あいつは俺よりよっぽど優秀だよ、きっと」

 

 俺は、彼女を……デュノア嬢を近くにいさせるわけにはいかない。それは、何より俺自身の安全のためである。

 

 だが、

 

「そんな、理不尽な話が、あっていいのか……?」

 

 身勝手な大人の都合に巻き込まれただけの少女が、犯罪者として裁かれなければならないことが、正しいのだろうか?

 そんな、やりきれない話を、受け入れたくはない。

 

「だから、どうしていいのか、分からないんだ」

 

 以前にも悩んだことだ。

 一夏みたいに、助けることを即決する勇気はなかった。でも、彼女を悪人だと断じるだけの勇気もまた、俺は持ち合わせていなかった。

 

 俺は、本当に、弱い人間だ。

 

「……なるほど、な」

 

 ボーデヴィッヒ嬢が、ファイルを閉じた。

 

「貴様は今、助けるべきか見捨てるべきか、悩んでいるわけだ」

「……ああ」

 

 俺には、どうする勇気もない。せめて、どちらかが正しいのだという自信が得られれば、決断を下すことが可能かもしれない。

 決断できれば、きっと行動できるはずだ。そのくらいの行動力は、持っているだろう。

 

「だから、俺は答えを見つけたいんだ」

「……おとなしく聞いていれば、溝口星矢、お前というやつは……」

 

 ボーデヴィッヒ嬢は、呆れたように俺を見た。

 

「……貴様は、アホなのか?」

「……え?」

 

 予想していなかった言葉に、茫然としてしまう。

 

「当たり前だ。貴様が悩むべきことは、本当にそれなのか?」

 

 それは、俺の答えを知っているとばかりの発言だった。

 

 呆けた俺に対してため息を隠すこともなく、彼女は深くイスに座り込んだ。

 

「私が、急遽ドイツから来ることになったのは、貴様らが原因であることは分かるな?」

「あ、ああ」

 

 いきなり話を変えてきた。

 

「ドイツからIS学園に来る折、私は軍からいくつかの任務を受け取っている」

 

 そして、彼女は手を出して、指を立てていく。

 

「一、男性IS操縦者との接触、及び監視。彼らについて調べ、軍に報告すること。

 二、教官のドイツ軍IS部隊教官への勧誘。これは、私自身の願いでもある。

 三、他の代表候補生に関する調査。黒い雨(シュバルツァレーゲン)との機体性能の比較。

 四、シャルロット・デュノアの調査、そして対応の検討。

 以上の四つが、こちらに来ると同時に与えられた任務だ」

 

 ……確かに、今聞く限り、すべての任務を彼女はこなしている。

 

「だが、私個人としても、目的があった」

「目的?」

「そうだ。私は、この学園で教官がドイツに戻るよう交渉することを第一条件。そして、織斑一夏をつぶすことを第二条件。最後に、第三条件を用意していた」

「どんな、条件なんだ?」

「それは、ヘッドハンティングだ」

 

 ボーデヴィッヒ嬢は、苛立たし気に言った。

 

「教官は、素晴らしいお方だ。あの人のおかげで、私は現在の地位にいるといっても過言ではない。だからこそ、私はあの人に憧れいてる。……ああ、そう、貴様と話していた私の目標は、織斑教官なのだ」

「織斑、先生にか……?」

 

 先生に憧れていることは、なんとなく察していた。なるほど、ボーデヴィッヒ嬢の(もくひょう)だったからこそ、先生や一夏にそこまでの感情を抱くのか。

 

「私はIS学園に来る前、ここは素晴らしい施設なのではないかと考えていた。教官が、自ら教鞭を振るうだけの価値がある生徒達が世界中から集まり、そして素晴らしいIS操縦者、技術者へと成長していくに違いないと考えていた。私は、そんな将来の有望な生徒達の中から、私の目で見てほしいと思った人材を、ドイツ軍へと勧誘しようと思っていたのだ」

 

 が、実際は彼女の想像に反していた。

 

「だが、実際は、どうしようもない有象無象の集まりに過ぎなかった」

 

 ボーデヴィッヒ嬢の望んでいた人間は、ここにいなかった。

 

「私は失望した。教官は、こんな愚図共のために教鞭を振るっていたのかと、ある種の絶望感すら感じたのだ。第三条件であった優秀な人材のヘッドハンティングは、ありえないものだったのだと気づかされた」

「……ボーデヴィッヒ嬢」

 

 その悲しみと怒りを秘めた瞳が危うく見えて、思わず彼女の名を呼んだ。

 

 しかし、彼女は反応しない。

 

「ここの連中は、あまりにも弱すぎる。強くなろうという意識すら感じない。そんな連中に、何の価値があろうか?」

 

 いや、ないだろう? と、俺に同意を求めてから、ボーデヴィッヒ嬢は薄く笑みを浮かべた。

 

「だが、その点に関して、貴様は違うといえる」

「え?」

「貴様は弱い。だが、いずれ遠くない未来で、貴様は強くなる。今は、強者が強者たりえる前段階なのだ」

 

 どんな強い人だって、もともとは弱いひよっこだった。

 今の俺も、強くなる前だからこそ、弱いのだとボーデヴィッヒ嬢は言う。

 

「今貴様が欲しているのは、強さだ。間違いないな?」

「あ、ああ」

 

 うなずく。

 そうだ、俺は自分を貫けるだけの強さがほしいのだ。

 

「いいか? 何物にも頼らない、圧倒的な力こそが強さだ。貴様が必要なのは、その圧倒的な力だ」

「圧倒的な……力」

 

 俺に足りないものが、それだというのか……。

 

「圧倒的な力を手に入れるのは、無心で励み、あらゆる障害を排除しなくてはならない。その点、貴様はただ目標を見据え、一人で鍛錬に励んでいたな。一人で、あるいは師から学びながら、突き進んでいく姿はまさに強者が生まれようとしている瞬間に他ならない」

「じゃ、じゃあ、ボーデヴィッヒ嬢はもしかして、」

「そう。貴様がこの学園で唯一、認められる可能性を持った人間であるというわけだ」

 

 彼女は、ただまっすぐ俺を見ていた。その瞳に揺らぎはない。目標を達成しようという、力強さがそこにはあった。

 

「だが、貴様は完全に強さを理解しているわけではない」

 

 断言する彼女は、ファイルを置いて俺の前に立った。

 

「だから、強さが何たるかを知り力を求めている私が、貴様に強さがなんであるかを見せてやろう」

 

 そして、俺に差し伸べられる彼女の手。

 

「溝口星矢。貴様に、改めて問おう」

 

 その言葉は、力にあふれていて、どうしようもなく魅力的だった。

 

「貴様が悩むべきは、シャルロット・デュノアのことか? それとも、我々が求める強さについてか?」

「俺が、悩むべきこと……」

「そうだ。即決ができるのなら、立ち上がって叫ぶがいい。だが、できないのであれば……」

 

 差し伸べられた手が、さらに俺に近づいてくる。

 

「この手を取れ。そして、学年別トーナメントに、私のペアとして参加しろ。そうすれば、私が貴様に教えてやる」

 

 小さな手はアンドロメダよりも華奢で、しかし、オリオンよりも意思にあふれた強い力を持っていた。

 

 彼女は、知っている。

 俺の知りたかった物を、俺が求めていた答えを、彼女が持っている。

 

 そして、彼女は、俺に手を差し伸べている。

 

「貴様が本当に目指すべきは、強さだけだ。他の一切合切が不要なものに過ぎず、貴様が進むべき道はたった一つなのだと、この私が教えてやろう」

 

 それはもしかすると、憧れに近づく一歩だったのかもしれない。

 彼女が織斑先生から学んだように。今度は俺をかつての自分とすることで、自ら織斑先生に近づけようとしているのだ。だから、これは決して無償のやさしさなどではない。

 

「……俺、は」

 

 だが、その手はあまりにも力強くて、

 

「……教えてくれ、ボーデヴィッヒ嬢」

「いいだろう。ついてこい、溝口星矢」

 

 その手を、掴んでしまうのだ。

 

 

 

 

 

「なあ、本当にいいのか?」

 

 まだ十分しか経っていないというのに、すでに四回目になる質問をした。

 質問を受けたボーデヴィッヒ嬢は、くどいな……と苦笑を漏らした。

 

「構わないと言っているだろう。これから星矢は、私の仲間となるのだからな」

 

 そういって、僅かに胸を張る。

 まあ、本人がいいというのなら、それでいいのかもしれないが……。

 

「女の子の部屋に泊まるとか、俺はいつからこんな不良生徒に……」

「ブツブツと呟いて、どうかしたのか?」

「いや、独り言だ」

 

 気にしないでくれと声をかけて、俺はベッドに寝転がった。

 

 現在は11時45分。消灯時間をとうに過ぎた俺は、何の因果か知らないがボーデヴィッヒ嬢の提案で彼女の部屋に泊まることになっていた。

 

 理由自体は単純な話だ。

 先ほどのやり取りが終わった時刻が、11時30分過ぎ。この時点で既に消灯時間を30分ほど超過しており、寮監に見つかればそれ相応の罰を受けることになる。そして、うちの寮監というのが、泣く子も黙る織斑先生その人である。

 今から外に出て見つかってしまえば、相当に絞られることになるのは明白だ。だから、ボーデヴィッヒ嬢は自分の部屋に泊まっていいと言ってくれたのだ。

 

「どうせ私も星矢も一人だ。お互いが黙ってさえいれば、後は部屋を出るところさえ見られなければ何の問題もない」

「それは、そうだけども」

 

 ボーデヴィッヒ嬢は、男女七歳にしてなんとやらって言葉を知らないのだろうか? ……ちゃんと言えない俺が言えた義理ではないが。

 

「ボーデヴィッヒ嬢は、襲われる―、とか思わないのか?」

「襲われる? 星矢の性格を鑑みれば、裏切りのたぐいはないだろう。それともなんだ、裏切るのか?」

「いや、そんな普段通りの表情で妙なことを言わんでくれ」

 

 そんな、すぐに人を裏切るほど下衆になった覚えはない。そして、俺が言いたいのは、そういうことじゃない。

 

「だろう? ならば、気にすることはあるまい」

 

 ……軍人だから、男性の兵士と一緒に寝ることもあったのだろうか。だから、こんな調子なのだろうか。

 

「それよりもだ。問題は、明日から試合までの間に何をするか、だな」

「試合までの間? 練習ってことか?」

「そうだ。具体的には、星矢を鍛えるだけなのだが……」

 

 ボーデヴィッヒ嬢は軽く腕を組んだ。

 

「星矢の目的は、北極星、だったな?」

「ああ。ずっと昔からの、夢なんだ」

 

 その夢を叶える方法を手に入れることができたから、俺はこうしてこの場にいるのだ。

 

「星矢の夢を叶えるには、私と違って戦闘訓練を積む必要があまりない。もちろん、体力づくりとして戦闘訓練をするというのもいいと思う。だが、星矢に必要なのは戦闘技量ではあるまい」

 

 そう言ってくれるボーデヴィッヒ嬢。授業の時の放任主義とは違って、なかなかいい教官ぶりだ。薄々感じてはいたが、身内に優しいタイプなのだろう。

 

「だから、何が必要なのか……と思ってな」

「それは、明日いろいろ調べて決めたらいいんじゃないか?」

「……それもそうだな」

 

 納得したようにうなずいたボーデヴィッヒ嬢は、チラリと時計を見た。

 

「ん、もうこんな時間か。睡眠不足は日中の活動に支障をきたす。明日は早めに部屋に戻るのだから、早く寝ておくことにしよう」

「分かった」

 

 そして、照明を消してそれぞれのベッドにもぐりこんだ。

 

「…………」

 

 さて、今晩は寝れる気がしない。

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

「も、もう一回言ってくれ」

 

 鬼気迫った一夏の表情が恐ろしい。周りの女子達も、意味が分からないとばかりに俺を見ていて、一夏に掴まれている肩の痛みも相まって居心地が悪い。

 俺は、引き攣りそうな頬の筋肉のままで、曖昧な笑みを浮かべている。

 

 朝、俺が教室に来ると、俺を待ち構えていた女子達が一緒にトーナメントに出てほしいと頼んできた。しかし、既にボーデヴィッヒ嬢と組むことが決まっている俺は、その事情を端的に説明した。

 

 のだが……。

 

「聞き間違えたと思うから、もう一度言ってくれ」

 

 一夏が「嘘だと言ってよ、バーニィ」とばかりに俺を迫る。

 

 一向に信じようとしない一夏をはじめとしたみんなに、俺は何度目か分からない事実を説明した。

 

「だ、だから、ボーデヴィッヒ嬢と組むことなったんだって」

「は、はああああああ!?!?!?」

「っ、ぐぁっ!?!?」

 

 不意打ちの怒号に思わず耳をふさいで顔をそらした。至近距離でのハウリングを食らったため、頭がガンガン響いて気持ち悪い。

 何度か深呼吸して気分を整えると、俺は正面にいる一夏を睨んだ。

 

「お、お前……いきなり大声出すなよ、マジで」

「あ、すまん……」

 

 パッと、それまで掴まれていた肩が解放された。でも、その驚きの表情は全然変わっていない。それは、一緒に話していた女子達やシャルルも同様だ。

 

「な、なんでよりによってあいつなんだよ……」

 

 昨日のことが原因なのか? と、目が尋ねていた。だから、俺は黙って首を振って否定しておいた。

 

「ボーデヴィッヒ嬢に誘われたんだ。俺だってデザートパスは欲しいからな、受けることにしたんだよ」

 

 理由は、適当にでっちあげておいた。

 これは、昨日のうちにボーデヴィッヒ嬢と相談して決めたことだ。強さを求める以上、余計ないざこざを起こさないようにするために作った。

 

 チラリとボーデヴィッヒ嬢の方を見る。

 机に座るときのお手本、みたいに背筋を正して座っているボーデヴィッヒ嬢がいる。向こうも少しだけこちらに意識を向けているが、俺を助ける気はないらしい。酷い。

 

「な、なんであいつが星矢を誘うんだよ」

「勝ちたいんだろ、ボーデヴィッヒ嬢だって。だから、専用機持ちの中で一番敵意がない俺に頼んだってところだろうよ」

 

 専用機持ちの一夏、俺、セシリア嬢、鈴音嬢、シャ……ルルの中で、一番敵意がないのは俺だ。それは、間違いのない事実だ。

 

「で、でも、だからって……」

 

 一夏が、戸惑ったように俯いた。

 あいつもあいつで、昨日のやり取りで何かしら思うことがあったのだろう。正直、裏切者扱いされることも考えていたのだが、少なくとも一方的に俺を責めるような態度にはなり切れないようだった。

 

「まあ、下手な人に当たるより、俺が一緒にいた方が安全だろう?」

「それは、そうかもしれないけど……」

 

 納得いかないというのが顔に出まくっている一夏。

 

 だが、そこでちょうどよくチャイムが鳴り、山田先生が教室に入ってきた。

 

「はーい、おはようございます! 朝礼が始まりますから、席についてくださーい!」

「……とりあえず、この辺にしとこうぜ?」

「……分かった」

 

 それで、俺達は互いの席に戻る。みんなも複雑そうに各自の席に戻っていく。

 

 と、途中で視線を感じ、俺は視線の感じた方を見た。

 

「っ!!」

「あ、…………っ」

 

 視線の先にいたのは、シャルル……いや、デュノア嬢だった。

 彼女は黙って俺を見ていたが、俺が顔を向けるとすぐに逸らされた。

 

「…………」

 

 ……まあ、あんなやり取りをした後だ。気まずいよな。

 

 俺もしばらくして視線を外すと、自分の席に座り山田先生の方に視線を向ける。

 

「それでは、朝礼を始めますね。代表」

「あ、はい。起立!」

 

 一夏が慌てたように号令をかけた。

 

「礼!」

「「「「「おはようございます」」」」」

 

 そして、いつも通りの一日が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ~溝口星矢観察日記(織斑一夏視点)~

 

 俺には最近、日課という程ではないが、続けていることがある。

 

「おはよ、星矢」

「はよーっす、一夏」

 

 彼の名前は溝口星矢、俺と同じ、世界で二人だけのISを動かせる男子だ。

 俺の習慣は、この溝口星矢の観察だ。

 

「ん、どうかしたか?」

「いや、別に」

 

 今日は、その様子を少しだけ、こうしてスマホのメモにまとめてみることにした。

 

 

 

 

 

 溝口星矢と会うのは、朝の食堂だ。男子が俺と星矢だけなので、見つけるのはかなり簡単だ。星矢はほとんど、カウンター席で一人朝食をとる。

 あ、そうそう、星矢は基本的に一人でいることが多い。別に、ボッチだというわけではないのだが、どこか人と一線を引いているような、そんな感じだ。

 

「一夏、どこを見ている?」

「なんていうか、星矢の奴、また一人だな……と」

「ああ、溝口か。あいつは、な」

 

 一緒に朝食をとっている箒が言葉を濁した。

 

「悪いやつではないことは分かっているのだが、どうにも何を考えているのかが分からない」

「何を考えているか?」

「ふざけているかと思ったら、途端に生真面目になったり、だがやはりだらけていたり。その落差が大きすぎて、どちらが本当の姿なのか。そして、どっちに合わせて話しかければいいのかが分からない」

 

 俯き気味の箒に、セシリアと鈴が同調した。

 

「言葉があっているか分かりませんけど、星矢さんは一夏さんとは違った意味で飄々としているというか、浮世離れしているというか……」

「んー……何考えてるか分かんないっていうより、星中心の思考回路についていけないだけじゃない? まあ、男女差的な価値観の違いとかはあるかもだけどさー」

「それは、あるかもしれないな」

「ですわね……でも、星矢さんほどの星の知識を持っている人なんて、そうそういないと思うのですけど……」

「そうね」

「だな」

「…………」

 

 なんか、俺よりもみんなの方が星矢のことを理解しているような気がする。俺の方が同じ状況なのに。

 

「まあ、あいつが悪いやつじゃないことは、あたしも知ってるし」

「リーグマッチの時は、本当に助かったよ……」

 

 鈴を宥めた上、俺にアドバイスを送ってくれたおかげで、こうしてまた仲良く飯を食える関係になったわけだ。

 それについては、本当に感謝している。……確か、星矢は中学の時もしてたって言ってたけど、星矢は普通にもててたと思うんだよな。

 

「星矢ってさ、女子にモテたりしてないのか?」

「モテる? 星矢が?」

 

 すぐに答えたのは、どこか笑いをこらえている鈴だ。見ると、箒やセシリアも難しそうな顔をしている。

 

「星矢さんはその、良い方ですわ。きっと、卒業してからもいい隣人でいられると思います」

「そうだな、溝口は悪いやつではない、と思う」

「……なんか、ごまかしてないか?」

「あいつはね、女子とすごく仲良くなれるけど、どこまで行ってもなぜか親しい友人以上になれない呪いにかかっているの」

「なんじゃそりゃ」

 

 一瞬、弾と数馬が脳裏に浮かぶ。あいつら、どことなく星矢に似ているような気がするんだよな……。

 

「そうそう、弾と数馬よ。あいつらみたいにさ、見た目はそこそこだけど、中身が残念だから」

「残念とか言ってやるなよ……」

 

 まあ、あいつらも鈴に褒められたら「鈴が褒めただぁ? 何それ気持ち悪っ!?」とか言いそうだけど。

 

「男はね、見た目だけじゃダメなのよ」

 

 鈴が締めくくるようにそう言って「ごちそうさま」と手を合わせた。他のみんなも、ほとんど食べ終わりそうなところまで来ている。

 

「それじゃ、あたし最初の授業は移動教室だから」

「おう、また後でな」

「うん、また後で」

 

 鈴が一足先に食器を戻しに行った。そこで、残った俺達も食べ終わる。

 

「ごちそうさまでした。……それじゃ、もうちょっとしたら行くか」

「分かった」

「分かりましたわ」

 

 食べ終わってすぐに移動するのもつらいので、少しお茶を飲んで一呼吸置く。

 

「あれ、いなくなってる」

 

 星矢はいつの間にか、いなくなっていた。

 

 

 

 

 

「ねえ、溝口君。これってどうやって解いたらいいのかな?」

「これか? これは、分かんなかったらとりあえずベン図を描いた方がいいな。それで、一つ一つ数字を書き込む。例えばこれなら……」

 

 十分休みの間、星矢の下には女子生徒が質問にやってくることがある。ああ見えて、星矢は意外と勉強ができるのだ。

 

「それで、この数字はこことここの範囲の数字だから、こっちの数字を引いてもう片方を見つける。すると、全部の数字が分かったから……」

「あ、そしたら、これがこう……だね?」

「そうそう! 古江嬢、流石だな!」

「ううん、溝口君が教えてくれたからだよ」

 

 最初は星矢の隣の席にいた人からだったのだろうが、徐々にこうして質問に来る人が増えてきた。だが、星矢と何気ない雑談をしている人を見ることは、なぜかない。

 

「おりむー、ほっしーを見つめてどうしたの~」

「あ、のほほんさん」

 

 彼女はのほほんさん。名前を忘れてしまったので、とりあえず雰囲気からそういうあだ名をつけた。彼女は、星矢と日常的な雑談ができる人の一人だ。

 

「のほほんさんはさ、星矢が女子達と何気ない雑談をしているのを見たことあるか?」

「う~ん……あんまりないかな~。質問に答えるのはよく見るけど……」

「だよなぁ」

 

 話せないわけじゃない。ただ、どう話していいのかがわからない。

 

 そんな、今朝の言葉を思い出した。

 

「ほっしーはねぇ、ちょっとピリピリしてるんだよ~」

「ピリピリ?」

「ほっしーって、入学する前にホテルで政府の人にボディーガードされながら過ごしてたらしくて」

 

 それは俺も聞いた。俺は自宅で待機していたのだが、星矢はホテルに軟禁状態だったらしい。いったい、俺と星矢で何が違うというのか。

 

「その時にさ、敵が多いぞ~って、脅されてたから、ちょっとピリピリなんだよ~」

「……ああ、そういうことか」

 

 女性権利団体とか、俺達には直接会わないにしても敵が多い。星矢は、そういう人たちを警戒しているせいで、少し距離を置いたようなスタンスをとっているのか。

 

「ほっしーって、ちょっと対人能力が不器用だもんね~」

「へぇ……」

 

 ……のほほんさんも、よく見ている。

 なんだろ、俺ってそんなに人のこと見てないのかな? それとも、みんなが察しよすぎるだけ?

 

「おりむー、おりむー」

「どうした?」

「ほっしーとおりむーは、一緒かもしれないけど、ちょっとずつ事情が違うんだから、一緒だと思って行動するのはよくないんだからね~」

 

 みんなちがってみんないい~、と金子みすゞの詩を一節を唱えたのほほんさんは「そろそろチャイムなるから~」と席に戻っていった。

 

 再び星矢に視線を向けると、星矢の周りにいた女子達もそれぞれの席に戻っている。星矢は一人でぼうっと虚空を見つめていた。

 

「……俺と星矢は一緒だけど違う、か」

 

 先ほどのほほんさんが言った言葉。それが、なぜか頭の片隅に残っていた。

 

 

 

 

 

 放課後、基本的に俺と星矢は一緒にいない。……こうしてみると、俺と星矢って、意外と一緒にいる時間がないような気がする。

 ISの実技で着替えのために二人で移動するときとか、俺が飯に誘ったときくらいだろうか。一緒にいるのは。

 

 それに気が付くと、俺は少し愕然としていた。

 

「俺、星矢と仲良くなってるのか……?」

 

 いつだったかに、星矢やみんなと仲良くなろうと決めたことがある。だけど、実際、俺達の距離は最初に出会った時から何も変わっていない。

 そうだ、初めて会っていきなり腕相撲なんて挑まれた時から、俺達の関係はずっとあのままだ。気やすい会話ができるけど、どこか壁のようなものがある。

 

 星矢は、俺とすら距離を置いているのだろうか。

 

「うー、分かんねぇ……」

 

 あんまり難しいことは分からない。っていうとノーキンみたいだけど、そうじゃなくて。やっぱり俺には考えるよりも行動する方が性に合っているのかもしれない。

 

「よし、決めた!」

 

 俺は、星矢の下に向かった。

 

 

 

「……で、なんでお前、ここにいるの?」

「え、そりゃあ、星矢と一緒に練習するためだよ」

「いや、それは分かっているんだが……」

 

 星矢がどことなく呆れ気味の笑いをこぼした。

 

 星矢と仲良くなろう、と思った俺は、早速星矢と一緒の練習をすることにしたのだ。

 

「……まあ、何でもいいが。それよりも、三人娘はどうした?」

「三人娘? 箒達のことか?」

 

 箒達はいつも一緒に練習している。だから、今日もいつも通り第三アリーナに…………

 

「……ああっ!?」

 

 やばい! 三人に、今日は一緒に練習しないって伝言するの忘れてた。

 

「一夏」

「ど、どうした?」

「お前はいい奴だったよ。今日限りでいなくなるなんて、俺は本当に惜しい男をなくす」

「ちょっと待て!? まだ死んでないっていうか、勝手に殺すなって!」

 

 言ってしまえばドタキャンしたようなものだ。あの三人にそんなことをしてしまったともなれば、その怒りによる制裁は相当なものになるんだろうが……。

 

「悪いな。馬に蹴られる趣味はないんで、おとなしく蹴り殺されてしまえ」

「ひでぇ!?」

 

 容赦ない言葉だが、確かに、あの三人を抑え込む勇気など起きようもない。

 

「……鬱だ」

「黙ってほっぽり出したお前が悪い」

「それは、そうなんだけどな……」

 

 正論なだけに、辛い。

 

「早く言ってきたらどうだ? 今ならまだ、平謝りで済むかもしれん」

「そ、そうか!? じゃあ、ちょっと行ってくる!」

 

 星矢のアドバイスに従い、俺は急いで三人の下に向かう。

 

「……………………」

 

 意味ありげな、星矢の視線には気が付くこともなく――――

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 俺は、スマホのメモを見返しながら首を傾げた。

 

 なんだか俺、全然観察できてないような気がする。

 

「ま、明日もすればいっか」

 

 気にすることをやめた俺は、メモを保存してスマホをしまった。

 

 別に、今日明日で星矢がいなくなるわけでもない。

 気長に、この三年間で仲良くなっていけばいい。

 

 何気なく、俺はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――だけど、別れは想像以上に近いことを、俺はまだ知らない。




星のネタ
小さな手はアンドロメダよりも華奢で、しかし、オリオンよりも意思にあふれた強い力を持っていた。
アンドロメダはとても美しい王女、オリオンはギリシャ神話随一の英雄。か弱い姫のような容姿と裏腹に、その力はとても勇ましい……と、いい感じにたとえたかった。なんか、微妙なたとえな感じで、少しだけ納得いってない。

雑談
更新が遅れて申し訳ないです。車校の卒検とか、四ツ目神というスマホゲームをやりこんじゃったりとか、知り合いの部隊の台本を書くことになったりとか、忙しかったんです。(((((殴
まあ、後は、もともと試合直前まで行くはずだったこの話を修正してたら、二話分になってたとかっていうのも理由の一つですね。今回でラウラさんと組んで、次回で試合前までの時間を補完する形で行くと思います。短い話を立て続けていく感じでしょうか。場転多くてすみません。

結局、こういう風に切るのが一番いいという判断になったので、こう切りました。少し短かった分は、一夏に埋めてもらいました。少しだけ、他の人視点での星矢が伝わればいいと思います。

えっと、おおよそですが、後4話くらいでしょうか、この章は。多分、今月中に終わってくれると信じてます。……頑張ります。

後、おまけの最後の言葉ですが、深い意味とか、含みとかはないです。
そのまんまの意味なんでね!



納得するまで出さないので時間がかかるとは思いますが、しばしお待ちいただければ幸いです。
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