「ねえねえ、ほっしー」
「ん? どうした、本音嬢」
昼休み。
授業が終わって先生が教室を出た途端、本音嬢がぴょこぴょこと長い袖を振りながらやってきた。
「特に理由はないの。ただ、ほっしーとお話ししに来ただけ~」
「そうなのか? それはそれは、なかなか嬉しいことを言ってくれる」
基本的に事務連絡とか俺の友人に告白したいとか、そういう話しかされてこなかったので、こういうのには慣れていない。
何とか軽い口調でごまかそうとしたが、表情までは繕えない。不意打ちで言われたセリフが嬉恥ずかしくて、にやけそうな口元を隠した。今、絶対に顔赤い。
「そ、そういえばさ、本音嬢は、今度のトーナメント誰と組んだんだ?」
「私? 私はね~、かんちゃんと出ようと思ってるんだけど、振られ続けてるの……」
「かんちゃん? そういえば、いつだったかにもそんな名前が出てたな」
かんちゃん、というあだ名に適合する人がクラスにいただろうか? 苗字なら……神崎嬢か? でも、二人は一緒に組むほど仲が良かった印象はない。名前の方なら……いや、合う人がいないな。
……うーん、誰だ、かんちゃんって?
「なあ、かんちゃんって誰のことだ? うちのクラスの人か?」
「かんちゃんは、うちのクラスじゃないよ~」
なるほど、なら思いつかないわけだ。それにしても、よそのクラスにまで一緒に組もうといえる友人がいるとは、流石としか言いようがない。
……いや、そういうわけでもないのか。
「中学一緒だった人?」
「うん、そうそう。ずっと一緒だったの~」
「そっかそっか、なるほどね」
中学以前からの友人なら、クラスが違っていても仲がいいはずだ。だが、振られているというのはよく分からない。
「なあ、振られてるっていった「溝口星矢」……ん? どうした、ボーデヴィッヒ嬢」
声をかけられたので振り返ると、真後ろにボーデヴィッヒ嬢がいた。
難しい表情をしながら本音嬢を見下ろしている彼女は、すぐに俺に視線を戻してわずかに顔を近づけた。
「話がある」
「話? 急ぎか?」
「ああ」
「…………じゃあ、私はお昼を食べてくるね~。今日はちょっと奮発してデザートを買うんだ~」
ボーデヴィッヒ嬢の言葉を聞いてか、本音嬢がくるりとターンをした。彼女の視線の先には、いつも一緒にいるメンバーがいる。
「え? お、おう。すまん、本音嬢」
「気にしなくてもいいよ! 学年別トーナメント、頑張ってねぇ!」
「ありがと。本音嬢も頑張れよ!」
「もちろんだともぉ~」
長い袖で見えない腕を突き上げると、ピタリとその体勢のまま止まった。
「本音嬢? どうした?」
「……ほっしー」
「なんだ?」
「……たまには、ほっしーからも話しかけてくれていいんだからね」
「わ、分かった」
いつもの緩んだ笑みとは違う、どこか不安げな表情に気圧されて反射的にうなずいていた。しかし、本音嬢はそれだけでも満足だったようで、表情をいつもの緩んだ笑みに戻して、ぴょこぴょこと行ってしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
「……今、の」
「ボーデヴィッヒ嬢?」
「今の奴」
ぼそりと呟く。その視線は、先ほどまで話していた本音嬢が走り去っていった方に向いている。
「今の奴とは、いつからの知り合いだ?」
「え? えっと……入学初日だったと思うけど」
確か、変な噂が流れないように頼んで、そのお礼にデザートをおごったような記憶がある。そうか、彼女は一番初めに仲良くなった女子生徒だ。
「なるほど、やはりか……」
「やはり?」
「……いや、ああいう腹の内を見せないような手合いは、どこに行っても面倒だと思っただけだ」
「う、うん、そうか……」
状況的に本音嬢のことだが、本音嬢が腹の内を見せない手合いだというのだろうか。
失礼な話かもしれないが、あれはそんな腹黒的な要素がある人間じゃないと思う。完全に天然だろう。
もし本音嬢が普段とは違う本性を持っているような人間だった場合、俺は女性不振に陥る自信がある。
「随分と弛んだ奴と話しているから口を挟もうと思ったのだが…………ふむ、奴はどこの人間か」
「いや、本音嬢はそんな、どこぞの組織に属している人間じゃないと思うけど」
「そんなことはない、間違いなくあれは道化を演じている。……素もあのような性格だから、知らない人間には余計にそう見えるだろうが」
軍にあれに似た奴がいたから分かった、と付け足す。
そこまで言われれば、ボーデヴィッヒ嬢の言を信じざるを得ない。俺個人としては、とても信じにくい話なのだが。
「まあ、敵ではないだろう。私が星矢をが襲わないか警戒していたからな」
ある程度仲良くして、守らせておけばいいだろう。
と、ここまでのことをバラしておきながら、随分と軽いことを言う。これから本音嬢とどうやって関わればいいか分からんくなるわ。
「安心しろ。最悪あいつが敵になったとしても、私は必ず星矢を守ろう」
「gふんdsんっ!?」
むせた。
「……大丈夫か?」
「ふ、不意打ちでそういうことを言うな!」
いつもの冷たい表情ではなく、どこか優しさのある表情であんなセリフを食らっては、ついつい惚れそうになってしまう。
いったい、何を言ってくれるのだろうか、この人は。
「……クラリッサには、こういえば口説き落とせるといわれたのだが」
「クラリッサが誰かは知らんが、口説くの意味が違うだろっ!?」
そのセリフで手に入るのは、隊長と呼んでくれる部下ではなく、お姉様と呼んでくる妹か舎弟だな。……あれ、
ともかく、そのクラリッサという副官とは、いつかきっちりと話し合いをする必要があるかもしれない。
「クラリッサは私の副官だ。うまく口説く方法が分からないと言ったら、これを教えてくれたのだが」
「そのクラリッサに、お前はあほか、と伝えてくれ……」
「なんだ、私の部下を侮辱するのか!?」
「ちげぇよ! 普通に見当違いな言葉だって言ってんだよ!」
盛大にツッコミを入れたところで、俺はようやくボーデヴィッヒ嬢の人となりを察し始めた。
彼女は純粋すぎるっていうか、染まりやすい性格のようだ。織斑先生に染まって力に固執し、クラリッサとかいう副官に染まってこんなセリフを吐く。
そして、それが一部分しか見えていないため、変な方向に誤解が暴走して、言動が斜め上に飛んでいく。
絶対的強者な雰囲気を醸し出す目の前の軍人少女が、一気に純情勘違い乙女に見えてきた。
「……昨日の俺、どうかしてたんだな」
「どうした? 相談ならば私が乗ろう。星矢に何かあったら、私が嫌だからな」
「ばっ、おまっ!?!?!? ど、どうしてそういうことを言うんだって言ったろ! と、とにかく、そういうの使用禁止!」
昨日の夜の雰囲気がぶち壊しだ。くそ、どうやら本当に昨日はデュノア嬢の件で思考が錯乱していたらしい。
どこか冷めた彼女から、人間味が感じられたのは収穫だったが、それにしたってこれはないと思う。
「む……ならば、どうしろというのだ……」
「そんなの、心理学でもプロファイリングでも参考にしてくれ……」
彼女は、思う程、強い人間ではないらしい。
「それでは、早速、適性検査を始める」
「は、はい!」
別に指示されたわけではないが、反射的に敬礼をしている俺。
その俺を見て満足げにうなずいているボーデヴィッヒ嬢。
訳の分からないやり取りをしている俺達を、遠巻きに眺めている野次馬達。
どことなくカオスな状況の中、俺の適性検査とやらが開始された。
「まずは身体能力の調査からだ。まず、3㎞マラソンから始める。スタート地点はこの場、そこから3㎞走ってそのタイムを調べる。計測時は私が一緒に走ってペースなどを伝えよう。準備はいいか?」
「分かった」
手元にプリントをはさんだバインダーを持っててきぱきと指示を出す。チラリと見せてもらったが、どうやらドイツ軍にいたときの体力検査等を参考して作られたものらしい。
ボーデヴィッヒ嬢が適当に指で引いたスタートラインの前に移動する。あまり持久走は得意ではないのだが、できる限りのことをするしかあるまい。
「それでは、はじめ!」
俺は、アスファルトを蹴って、一瞬の風になった。……陸上部のリレー選手ではないがな。
「ふむ……」
ボールペンをプリントの上で走らせながら、ボーデヴィッヒ嬢は難しそうにうなった。そんなに結果が思わしくなかったのか。
アリーナにある会議室の一つを借りて、俺達は体力測定の結果を見ていた。
「あらかじめ、15歳の体力値については調べていたのが、概ね平均以上の成績だな」
「本当か?」
「ああ。そこそこ運動のできる日本の男子高校生、くらいに思っていいのではないだろうか?」
少しデータを見せてもらう。平均値とのデータの差を比べてみるが、持久力や筋力は少し低めだが、敏捷性や反応速度等はそれなりの結果、という感じだった。
長時間の体力を必要とする運動よりも、短時間に集中する必要のある運動の方が得意なようだ。
「まあ、私の基準で言えば、いい結果とは言えないな」
「そうか……」
なんとなく想像していたこともあって、そこまでのダメージは受けない。まあ、日本の男子高生レベルが、ボーデヴィッヒ嬢の望むレベルなわけがない。
「まあ、よくはないが、予想通りではあった。軍の訓練を受けているわけでもないただの学生なのだから、この辺が普通だろう」
と、ボーデヴィッヒ嬢は机の上に数枚のプリントとボールペンを置いた。
「今から、このアンケートに回答してほしい。簡単な心理テストのようなものだと思ってくれていい。ただ、一つだけ注意を言うなら、嘘偽りだけは書くなよ?」
「了解した」
注意事項を聞いて俺はプリントを覗き込んだ。中には「問1.目の前で歩行者と車の衝突事故が発生した。運転手はそれに気づいた途端に逃走。この時、あなたはどうするか?」等といった質問が、記述式で用意されている。
「時間に制限はない。時間がほしければ、明日以降になっても構わないものだ。だから、正直に、自分がするだろう行動を書いてくれ。できれば、その時の心理状況まで推察されていると私が助かる」
「ああ」
「それでは、始めてくれ」
問いは全部で50問。そのすべてが記述式なので、恐ろしく時間がかかるだろう。俺はそれにこたえを書き込み始める。
結局、アンケートをボーデヴィッヒ嬢に渡すのは、翌朝になった。
「それでは、ペアを組め!」
「シャルル、俺と組「一夏さん! 一緒に組みませんこと?」「いや、私と一緒に組まないか、一夏!」「何言ってんのよ、私と組むわよね、一夏!」あ、いや、俺は……」
ISの実技の授業。ボッチに優しくない、二人一組のペアを作れという指示だった。ほとんどの人がトーナメントのことを考えて試合でのペアを組み、他クラスの人と組んでいる連中がそれ同士で組んでいる。
だが、ペアを見つけられなかった箒嬢、試合に出られなくなったセシリア嬢と鈴音嬢が一夏に絡んでいる。
俺はボーデヴィッヒ嬢と組もうと思って彼女の姿を探したが、ふとデュノア嬢と組もう、という気になった。
「星矢、どうした?」
「……いや、ちょっと、シャルルと組んできてもいいか?」
俺の頼みに何か思うところがあったのか、彼女は少しだけ思案顔をした後に、「いいだろう」と了承してくれた。
俺は三人娘が一夏に絡んでいる間に、デュノア嬢の肩をたたいた。
「なあ、シャルル、たまには俺と組まないか?」
「「え?」」
シャルル、そして一夏の声が聞こえた。
まあ、確かに驚くよな……と思いつつデュノア嬢の顔を見ると、この場で断るのもよくないと思ったのか「いいよ」と、普段の貴公子の笑みで了承してくれた。
「しゃ、シャルル」
「気にしないで、一夏。せっかく花に囲まれているんだから、そっちの方がいいと思うな」
「そ、それは……」
一夏が顔を赤らめて勢いが緩んだところで、三人娘が畳みかけた。
いつも通りのドタバタに笑っていると、デュノア嬢が俺をつついた。
「それで、星矢の方も花に見向きもしないで、いいの?」
「花? ああ、許可を取ったよ。そしたら、「いいだろう」って送り出してくれたさ」
「そうなんだ」
「ああ。っと、練習はそっちの方でいいか?」
「うん、大丈夫」
俺とシャルルはアリーナの、人が少ない場所に移動した。
結局、三人娘の戦いはじゃんけんにもつれ込み、最後はじゃんけんを制したセシリア嬢が一夏と組み、残った箒嬢と鈴音嬢が一緒に組むということになった。
ちなみに、ボーデヴィッヒ嬢は何を考えたか残っていた生徒を無視して本音嬢のところに突撃、もともと組んでいたペアを解消させてまで本音嬢と組んだ。まあ、本来ボーデヴィッヒ嬢と組むことになりそうだった子が涙目だったので、ある意味よかったとも思う。恐るべし、ドイツの冷氷。
「それじゃ、練習始めようか」
「ん、そうだな」
ボーデヴィッヒ嬢の方を見すぎていたのか、デュノア上に声を掛けられて意識が戻ってくる。
慌ててデュノア嬢の方に向き直り、俺達は先生に指示されたとおりに練習を始めた。
「……訊いてこないんだな」
「何を?」
「分かってんだろ?」
はっきりとは言わない。場所が場所で、誰が話を聞いているのか分からない。多分、男子の話を聞きたいと思って盗み聞ぎしている女子が、何人かいるはずだ。
「まあ、本当に言わないままだとは思わなかったけど」
「そんな嘘つきに見えたか?」
「い、いや、そういうことじゃなくて!」
「ふ、分かってるさ」
彼女はきっといい人だ。これが芝居かどうかなんて、いくらなんでも俺だって分かる。
だから俺は、きっと彼女を見捨てることはできない。少なくとも、今は。
「俺、気にしないことに決めたんだ」
「気にしない?」
「俺が今悩むことは、どうやって
ボーデヴィッヒ嬢を見ていて、少し思ったことがある。
彼女はきっと、変に織斑先生を拗らせているのだと。
別に、それだから、彼女が間違っているというつもりはない。だって、彼女は現に、この学年で間違いなく最強と言えるだけの強さを持っているのだから。
彼女は、きっと正解を歩んでいるわけではないと思う。彼女の思いは、結局、どこか歪んでいる。大切な人を持たない、心を持たない強さは、きっとどこかで無理が来る。
しかし、その歪んだ思いをかなえるために行ってきた努力は、決して間違いなんかじゃないと思う。
「彼女は、純粋なんだ。だからこそ、いろんな人に染まりやすい」
そんな彼女は今、織斑先生に染まっている。だけど、そんな彼女の染まりやすいという性格がなくなったわけじゃない。
「彼女は、その身をもって俺に強さを教えてくれると言った。だから、俺は彼女と組むことにした」
ラウラ・ボーデヴィッヒという少女は、このIS学園でまた誰かに染まるだろう。それはきっと、予感のようなものだ。彼女は決して、ドイツの冷水なんて言われるような恐ろしい人間ではなくて、ただ純粋なだけの15歳の少女なのだから。
「俺は、彼女が今の強さを、圧倒的な力を持った彼女が、その上で何を手に入れるのかを知りたい」
きっと、圧倒的な力の上に、この場所で得る何かがあれば、彼女はもっと強くなる。
彼女は、俺に強さを身をもって教えてくれる。
「せ、星矢。彼女が言いたかったのは、そういうことじゃなくて……」
「そんなこと、俺だって分かってるよ。でもな、俺は決めたんだよ」
「
今までの蝙蝠みたいに揺れ動くだけだった俺から、ほんの少しだけでも自分の夢に強欲な俺に、変わろうと決めた。
だから、いいのだ。
ボーデヴィッヒ嬢が圧倒的な強さを見せつけようとしているだけだとしても、一夏や本音嬢や山田先生が俺を孤独にしないようにって手を差し伸べてくれるのだとしても。
「結局、夢を叶える時、そこいるのは俺独りだけなんだ」
切り捨てるだけの強さはないかもしれないけど、遠ざけるくらいの勇気は出す。
血反吐を吐くほどの努力をすることはできないかもしれないけど、涙が出そうなくらいの努力はしよう。
絶対に諦めないと決意するだけの希望は持てないかもしれないけど、きっと叶うんだと思うくらいの希望は持とう。
いきなり、黒を白に変えることはできない。でも、少しずつ白を足していけば、いつかは限りなく白に近づくはずだ。
ささやかな勇気や希望を、積み重ねるみたいに持っていこう。そうすれば、俺だっていつか、強くなれるはずなんだ。
「だから、シャルルのことは、気にしないことにした。あの時に言った言葉に嘘はないし、今も変わらない。でも、俺にとっては」
彼女の問題は、おまけだと思うべき内容になったのだ。
「……星矢は、それでいいの?」
「これでいいか? いいさ、もちろんな」
ISを動かさなかった俺が送るはずだった何気ない日常や、この学園で普通に送る日常に思うところがないわけじゃない。
だけど、俺はこの道を選んだ。今はまだ、具体的な方針なんてまるで見えていないわけだが、それでも可能性があるのだから。
「だから、俺はきっと、夢を叶えるよ」
ボーデヴィッヒ嬢とデュノア嬢に会えて俺は一つだけ成長した。
俺は、何があっても、この夢を諦められないのだ。
「……星矢は、強いんだね」
デュノア嬢が、ぼそりと呟く。
それは、ここに来てからよく言われるようになったが、みんな俺という人間を理解していない。
「俺はな、弱っちいんだよ」
だから、この夢を、諦められないんだ。
――――大人に、なれないのだ。
俺とボーデヴィッヒ嬢が組むことを話してから、早数日。今日はもう、学年別トーナメントの当日を迎えていた。
男子の更衣室は、アリーナの小更衣室だ。小さいとはいっても二、三クラスは余裕で入るほど広く、男子(となっている)三人で着替えるにはあまりある。
「…………」
「…………」
「うわ、なんかやべぇな」
あれ以来、俺はデュノア嬢と一切会話を交わしていない。一夏をはさんでの会話はあるが、二人で会話する機会はなくなった。
俺とデュノア嬢は、互いの姿がぎりぎり見える位置で黙って着替えている。女子と分かった以上は、一緒に着替えることなどできない。
一夏の方はといえば、上半身裸のままで、各国の首脳陣が映されているモニターを見てため息をついていた。
「三年生にはスカウト、二年生には一年間の成果を確認しに来ているからね。それに、一年生も上位入賞する人達や一夏達の調査があるだろうからね」
「なるほど、そりゃあご苦労なこった……」
どうにも他人事然として話す一夏。……こいつ、自分のことだと分かっているのだろうか?
どこかとぼけた返事に、デュノア嬢は思案顔をしてから、納得したように顔を上げた。
「……ああ、そっか。一夏、ボーデヴィッヒさんとの戦いのことを考えてるの?」
「え? あ、ああ、うん……」
「煮え切らない返事だな、お前」
「星矢……まあ、その、いろいろ考えるんだよ、俺だってさ」
直線バカだと思うなよ、と言われても、基本的に理性が蒸発しやすい一夏は直線バカだと思う。
と、その時、更衣室のモニターの画像が変化した。
首脳陣を映していたライブ映像から、トーナメント表へと切り替わっている。
「あ、トーナメントの組み合わせが発表されるみたいだね」
俺達はそろってモニターに注視する。名前の書かれていない表に、順番に名前が表示されていく。
知ってたり知らなかったりする名前を流し見しながら、自分の名前を探していく。
溝口、溝口…………あ、あった。んで、対戦相手は……っと…………
「…………」
「…………」
「…………」
三人とも、顔を見合わせて沈黙する。
「お、織斑先生、作為的にやったとか言わねえよな?」
「い、いや、千冬姉がそこまでするかな……」
「ど、どうなんだろうねー」
棒読み気味な会話を交わす。
そりゃあ、この状況なら誰だってそうなるに違いない。
だって、最初の対戦相手は、
『織斑一夏&シャルル・デュノア VS 溝口星矢&ラウラ・ボーデヴィッヒ』
目の前の二人、なのだから。
「ボーっとするな、溝口星矢!」
「っ!?」
いきなり声を掛けられて、反射でびくりと背中がはねた。
声の主の方を見ると、不機嫌そうに俺を見ている。
「どうした、呆けて。……織斑一夏とシャルロット・デュノア相手に戸惑っているのか?」
「あ、いや…………ううん、そうだな。きっと、そうだと思う」
ボーデヴィッヒ嬢にすまんと頭を下げると、「しっかりしろよ」と励ましの声をもらう。……なんて言うか、不器用なだけで、根はいい人なのだ。
「なあ、ボーデヴィッヒ嬢」
「どうした?」
「一つ、聞いていいか?」
「なんだ? 私に答えられる範囲でなら答えるが」
彼女はカタパルトの壁にもたれかかったまま、じっと瞑想していた。
俺は、失礼を承知で、彼女に気になっていた質問を投げかけてみた。
「どうして、一夏を嫌うんだ?」
「どうして……か」
なんて言うことはない。と、一笑に付す。
「あいつは、織斑教官の強さに泥を塗った。あいつが、教官の足を引っ張っているのだ」
圧倒的な力以外を排除すること。……ボーデヴィッヒ嬢は、織斑先生の家族愛すらも、無駄なものだと断じているのだろうか。
「あいつも強いのなら、私はきっと気にしなかったのだろう。だが、あいつは弱い。教官の弟であるなどと認めるわけにはいかんのだ」
「だから、倒すのか?」
「ああ。そして、教官に目を覚ましてもらわなければならない。教官が唯一弱さを見せるあの男を倒し、私は教官に再び戻ってきてもらう」
この子は、この少女は、織斑先生の凛々しい姿が好きなのだ。だからこそ、それを崩す唯一である一夏が許せない。彼女自身が作り上げた織斑先生のイメージを変える原因である一夏が、彼女には絶対に許せないのだ。
結局、ボーデヴィッヒ嬢は、織斑先生が大好きで、まっすぐに突き進んでいるだけなのだ。
その気持ちを、否定できない。
好きなものを、好きな形のままでいてほしいと望むことを否定することはできない。それが好きだからこその、気持ちなのだから。
でも、だからと言って家族を思う気持ちを否定することもできない。織斑先生の強さは、弟を思う愛情が源の一つであるに違いないのだろうから。
……やっぱり、俺は選べない人間だ。まだ、どっちつかずを歩くことしかできていない。
けど、それでも。
「ボーデヴィッヒ嬢」
「どうした?」
「頼みがある」
たどり着きたい場所があるから、
「……言ってみろ」
きっと、彼女は正しくない。でも、彼女は俺よりも先に進んでる。彼女の間違いは、今の俺が将来ぶち当たるかもしれないもので。
だから、その間違いを知ることは、決して損にならない。
目を閉じてじっとしている彼女のそばによる。銀色の髪と白い肌は光を眩しくはじき、キリリと結ばれた口元は彼女の強さを感じさせた。
眠っているようにも見えるが、その意識ははっきりと俺に向いていた。
俺は静かに一冊の本を目の前に出した。
「実は、――――――――してほしいんだ」
「そうなった場合のメリットとデメリットは?」
「デメリットは俺の機能制限だろうな。他の
「なるほど。では、実質的にデメリットはないのだな?」
「ああ。俺も、迷惑はかけない。むしろ、ボーデヴィッヒ嬢も積極的に利用してくれていい。ボーデヴィッヒ嬢の強さを、俺見せてほしい」
「……分かった。いいだろう」
ボーデヴィッヒ嬢が了承する。
「なら、決まりだな」
俺達はそれぞれカタパルトの中央に移動した。そして、それぞれのISを展開した。
「手早く終わらせろ。誰かに見られる前に済ませた方がいい」
「ああ、分かった。…………“
そして、俺は“
「じゃあ、始めるぞ、ボーデヴィッヒ嬢」
「ああ。……それと、星矢」
ボーデヴィッヒ嬢が、俺の名前を呼んだ。その顔には頼もしい笑みが浮かんでいた。
「一々ボーデヴィッヒ嬢、と戦闘中に呼びかけられても面倒だ。私のことは、ラウラでいい」
一瞬何のことか理解できなかったが、やがて言葉の意味を飲み込むと、思わず笑みがこぼれてきた。
「ああ、了解した。ラウラ嬢」
そして、すべての準備が整った。
雑談
この一話は、前話で抱いていたラウラさんへの思い込みを、ちょっとだけ壊す話。そして、星矢自身が少しだけ成長する話にさせていただきました。
今までは、学園の厄介事、色恋沙汰とかに首を突っ込んで夢のことはあまり本格的に乗り出していませんでしたが、少しだけでもストイックになろうと決めた瞬間です。
妙に同じこと繰り返していくのは、決断して実行するだけの勇気が、まだないからですね。
俺が描く主人公達はすべて、その時の俺の形代です。
諦めていた夢がいきなり叶うと言われて、はいそうですかと頑張れるほど単純じゃないけれど、その甘い言葉を切り捨てるほど大人でもない。
二人をきっかけに“己”を見つめなおすことができたのなら、この章を書くかいがあるかな。
少しだけ、将来というものを、見つめられた気がします。
改めて思いましたが、この物語は、どこまで行っても俺自身のためなんですよね。何があっても読者さんのためとか言えそうにないです。
まあ、妙に真面目なこと書いてしまいましたが、読者の皆さんは特にそういうメタな僕の事情はお気になさらず。
「山田先生マジ可愛い」とか「この似非聖闘士野郎! リア充爆ぜろ!」とか「へえ、この星座、そんな話あったんだ……」とか思いながら読んでくだされば、それでいいです。
そして、たまに感想を頂戴ね?