IS学園天文部-リメイク前-   作:山石 悠

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第三十一夜「俺自身の意思で叶えないと、意味がないッ!」

 状況は、最悪としか言えなかった。

 

 ラウラ嬢は訳の分からない泥に飲み込まれ現在の状況は一切不明。俺はラウラ嬢と一緒に何かしらの干渉を受けて碌に行動ができない。そして、動けるメンツである一夏とデュノア嬢は、試合が進んでいたこともあってシールドエネルギーがそれなりに消費されている。

 

「星矢、大丈夫?」

「あ、ああ……なんとか」

 

 一度抑え込むことができると、響いていた声がある程度収まった。それでもまだ耳元で小さくささやくような呪詛が聞こえてくるし、気を抜けば飲み込まれる予感があるのでラウラ嬢の方を対処する余裕はない。

 デュノア嬢の手を借りながらなんとか体勢を立て直すと、なぜかラウラ嬢の方へ視線が固定されている一夏に目を向けた。

 

「どうした」

「……あれは」

「一夏、あれに見覚えがあるの?」

 

 視線の先にある変わり果てたラウラ嬢のシュバルツェアレーゲン。姿はフルスキンになっており、仲にいる本人の姿は見えない。装備はブレード一本だけになり、どこか白式の持つ雪片弐型に似て……

 

「……あれは、千冬姉の機体だ」

「織斑先生の? ……あ、現役時代の」

 

 一夏が首肯する。

 俺はあまり覚えていないが、あれはどうやら織斑先生が現役時代に乗っていたISと同じ姿をしているらしい。

 

 つまりあの声は、ラウラ嬢の強さの象徴である織斑先生になることで、彼女の強くなりたいという願いを叶えたのだ。

 

 一夏は俺とデュノア嬢を庇うように前に出た。

 

「シャルル、星矢を連れて離れてくれ」

「な、なに言ってるのさ、一夏!」

「あれは、あいつは、俺が倒す……!!」

 

 一夏が雪片弐型を構えた。それに反応し、奴も構える。

 

 そして、俺への干渉力が強くなった。

 

『30894ht53890qwhvnqw34v5u90qwnur0vjuawepruvqw90rm90qc3w490vruqw90vbn0t9wqv095uqw23409v5nu0wehjfioashofro@aisfiopaspdofrjv0waei9vrj0wieht0iwhasf9hswioethrviawehtvihsfohasodghosadhgoisadhgoskdahfgklashdfashdtopiwehhi』

「んぐっ!? あ゛、あ゛あっ…………くっ、そ……」

「え、星矢!? 大丈夫?」

「あ゛、あ゛あ……」

 

 再び声高に叫びだした呪詛を黙殺しながら、俺は必死に震える身体を押さえる。

 

 体中を注射針で刺したような痛みが走る。一つ一つは大したことがなくても、全身から来る痛みは俺の許容量を簡単に超えていく。

 もはや意味すら持たない言葉の狂気。大音量で流れる音声と、脳に直接叩き込まれる文字の羅列が、俺の正気を奪おうとしていた。

 

「や、やめろおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 この声に屈すれば、俺はきっとあれに飲まれるのだという予感がした。そして、ラウラ嬢のように、俺が望む力とやらを、強引に叶えるような状況になるに違いない。

 

 願いを叶えてくれるのを、俺は是としない。

 

「そういうことじゃ、ないんだよ……っ!!」

 

 俺が叶えたい願いっていうのは、こんなわけの分からない声と力に任せたものなんかじゃない。

 

「千冬姉の、真似を、するなあああああああ!!」

「――――――」

 

 一夏が剣を振る。

 雪片弐型を正眼に構え突撃。奴の方も構えた姿勢から、攻撃に移行した。一夏の攻撃よりもなお早く動いた奴の剣は一夏の剣を弾き飛ばし、その上に一夏の腕を切りつけた。

 

「ぐぁああっ!!」

 

 一夏が宙に投げ出される。白式のシールドエネルギーが尽きる。そして、誰にも守られることなく地面に落下した。

 

「っ! う゛っ」

 

 鈍い音を立てて一夏が呻く。背中を打ったらしく、動かない。

 

 そして、奴は黙って一夏の前で止まると、それっきり動かなくなった。

 

「い、今の技は…………くそっ、ざけん、な、っ……」

 

 体中に痛みが走っているのだろう。

 一夏が生身のまま特攻しようと立ち上がったところで、デュノア嬢が俺のそばから離れた一夏を取り押さえた。

 

「一夏、押さえて!」

「そんなことできるかよ! あれは千冬姉の、千冬姉だけの技なんだ! それを、あいつ……!」

「だからって生身で特攻しないでよ!」

「だからって指咥えて見てられるか!」

 

 デュノア嬢に羽交い絞めにされながらも、一夏は突撃しようとしている。

 

 ……そうだ。これこそが、俺の望みだ。

 

「一夏、落ち着いて!」

「これで落ち着いていられるかよ!」

 

 狂気に満ち、本人の意思を介さないようなものなどではない。

 

 この純粋な混じりけのない感情こそが、俺の望みには必要だ。

 ただ、「強くなりたい」「負けたくない」という、幼子のように純粋で真っ白な気持ちこそが、強さの原動力になる。

 

 北極星(ポラリス)に行きたいという俺の夢も、そんな純粋さがなければ、きっと叶わない。そこには他の何物も入る余地があってはならない。

 

 そして、何より、

 

「俺自身の意思で叶えないと、意味がないッ!」

 

 他人の意思を介入させたら、それは俺の夢じゃない。俺の願いじゃない。

 

 誰かの手を借りて進んでいくこともあるだろう。だが、このチカラは決して俺自身が行うものじゃない。

 だから、俺には、

 

 

 ――――いらない。星矢、そういうことだよね?

 

 

 その声に、ああ、と肯定する。

 そうだ。俺にこれは必要ない。そして、ラウラ嬢にだって必要のないものだ。

 

『――じゃあ、倒さないと、だよね?』

「だな」

『私にできたのは、言葉が通じないように妨害することだけだったけど、星矢と一緒ならきっと勝てるよ』

「そうか」

 

 俺は、この声を知っていた。

 

『私は、星矢に翼をあげる。だから、星矢は私を宇宙の彼方(インフィニット・ストラトスフィア)まで連れて行って』

「ああ、任せろ」

 

 こいつは、俺の同志(スターゲイザー)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば、足場もない、闇の中にいた。

 だが、ここは決して恐怖に包まれるような場所などではない。

 

 周囲には星明りがあり、それをつなげれば星座が出来上がる。どれも、見覚えがある光景だ。

 

「……宇宙」

 

 俺の心がいる場所。

 

 今この場所は、地球や太陽などが存在しない場合の光景が見えているのだろう。

 

「星、見える?」

「ああ」

 

 声の主は、すぐそばにいた。

 

 振り返った先にいるのは、俺よりも少しだけ年下に見える少女。年齢は12、3歳くらい。艶やかな宇宙色の黒髪は腰まであり、白い肌は名月のように輝いている。

 幼さを感じさせる双眸が俺に向けられた。

 

 この場において黒が見えるという矛盾は、そういうものであるというだけで黙殺されている。

 

「久しぶり、星矢」

 

 その声を聴くのは久しぶりだ。というか、初めて会った時以来、一度も聞いていなかったのではなかろうか。

 

「自己紹介はいらないよね?」

 

 その問いにうなずく。

 

「だよね。私は星矢のこと知ってるし、私は星矢が知っている以上のことを説明できないし」

 

 その“できない”の意味は測りかねたが、確かに自己紹介は不要だった。

 

 彼女はISのコア人格というものであり、この場はその彼女がいる場所。俺達の望む世界だ。

 俺達は誰よりも深く、お互いのことを理解していた。

 

 何より、事態はこの場で立ち止まって歓談するほどの余裕をくれない。

 

「それじゃあ、早速、行こう? 私達には、行かなきゃいけない場所があるから」

 

 彼女が俺に手を差し出した。小さな少女の手だ。

 

「分かった」

 

 彼女の手を取る。

 ひんやりとした手触りがして、俺は彼女の手を温めるように強く手を握りしめた。

 

 彼女は嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ、着いてきて」

 

 手を引かれながら、宇宙の中を進んでいく。

 歩いているわけでも泳いでいるわけでもない。ふよふよと浮いているような感覚で、滑るように前進している。

 

 きっと、星間の夢想家(スターゲイザー)で宇宙を往くときはこんな感覚なのだろうと、なんとなく思った。

 

「今回は異常事態だったからこうするしかなかったけど」

 

 俺と視線を合わせずに前を向きながら、彼女がしゃべりだした。

 

「普段はちゃんと私のことを呼んでね?」

「……君を?」

「そう」

 

 星間の夢想家(スターゲイザー)と呼ぶのもどうかと思ったので、適当な二人称代名詞を使う。

 

 いつもとは違う星明りの中、俺達は前へ進んでいた。

 

「でも、俺は君の名前を……」

「そう、だよね。だって、私には名前なんてないから。あるのは、機体名とコアの識別番号だけ。まあ、強いて言うなら、識別番号が私の名前なのかな?」

 

 本人は不満そうにしているが、俺もそう思う。識別番号は名前ではない。

 

 しばらく沈黙が続き、やがて彼女が「そうだ!」と叫んだ。

 

「それならさ、次に会う時でいいから、星矢が私に名前をくれないかな?」

「名前を?」

「うんっ!」

 

 彼女は、やはり俺の方を向くことなく首肯した。

 

「名は体を表すっていうでしょう? だから、星にまつわる名前がいいの。星の矢(ながれぼし)の名前を持つ星矢みたいに」

「でも、なんで俺に……」

「私よりも、星矢の方が星に詳しいんだもの」

 

 簡単な話でしょう? と、彼女が笑う。

 

「私、星は好きだけど、一度も見たことないの」

「……は?」

「こっそり周回してるインターネット上でなら見たことはあるし、これまでの人生で夜間に稼働したことがないわけじゃないから、それを含めると見たことはあるかもしれないけれど」

 

 視線が周囲に、星空に向いた。

 

「天体観測、っていうものをしたことがないの。たまたま星が視界(カメラ)に映るだけで楽しむ暇なんてないし、他人が撮影した画像や動画データ上のは見たって言わないし。私は、星を見るために星空を見上げたことが、一度もないの」

「――――っ!」

 

 地獄だと思った。

 

 星空を見たことがないなんて、どれほど悲しい人生なのだろうと思った。

 星好きではない人間からすればたいしたことはないのかもしれないが、俺や彼女からすれば地獄としか言えないものだ。

 

「だから、私よりもいい名前が付けられるでしょう? そして、名前をくれるその時は、私と一緒に天体観測をしてほしいかな」

 

 そんなの、答えるまでもなかった。

 

「ああ、もちろん」

 

 星が見たい、という気持ちを俺がないがしろにするわけがない。

 

 ぎゅっと、俺の手を握る力が強くなっていた。

 

「日没から夜明けまで、ずっと星を見ようぜ」

「……うん」

 

 彼女が俺に翼を与え、俺が彼女に宇宙を見せる。

 俺達は同じ道を歩んでいる、唯一の同志だった。

 

「私、最初はメシエマラソンがしたいな」

「ちょっと待てよ、いきなりメシエマラソン? 初心者にはハードじゃないか?」

「そしたら次はね、小惑星を見つけて名前を付けるの」

「おいおい、もうちょっと順序を考えてだな……」

 

 緊急事態だっていうのに、笑いがこらえられなかった。

 

 彼女に手を引かれながら観測スポットに行って、わいわい言いながら望遠鏡を覗き込んで、一緒に笑い合う。

 そんな、なんでもない、素敵な未来を思い描いた。それができたら、どれだけ素敵だろうか。

 

「……星矢」

「ん?」

「星矢は、絶対に忘れないでね。この気持ちを、北極星(ポラリス)を目指す、純粋な気持ちを」

 

 時間が経つほどに、夢というものは穢れていく。

 金・権力・名声といった欲望が、幼い頃からの夢を歪めてしまうことがあるかもしれない。

 

 だけど、俺は幼いあの頃のままの夢を抱いていたい。

 

「そうだな、忘れたく、ないよな」

 

 チクリと胸を指す痛みを感じた。

 星明りが、妙に眩しかった。

 

「……もうすぐ、着くよ」

「分かった」

 

 彼女にそう言われ、気持ちを切り替える。

 

 夢を叶えるために、俺は変わらなきゃいけない。だけど、同時に変わってもいけない。

 

「……夢を叶えるっていうのも、楽じゃないな」

 

 

 

 

 

 いつの間にか、宇宙空間から、奇妙な場所に移動していた。

 

「ここ、は……」

「あいつのいるところ」

 

 彼女が、厳しい声音でそう言った。

 

「星矢、北十字(ノーザンクロス)を出して」

「え、北十字(ノーザンクロス)ってどうやって……」

「いつも通りに」

「わ、分かった」

 

 言う通りに、いつも通り北十字(ノーザンクロス)を呼ぶ。

 僅かな間をおいて、俺の手元には人間サイズに調整された北十字(ノーザンクロス)があった。

 

 彼女は、俺とつないでいる方とは逆の手で南十字(サザンクロス)を呼び出していた。

 

「あいつは今、星間の夢想家(スターゲイザー)のシステムの表面部分に巣食ってる。侵食具合は私の妨害もあったけれど、それ以上に星矢の意思があれに反抗的だったおかげで、かなり弱まってるの」

「俺の意思?」

「私だけじゃダメだった。星矢が一緒に戦ってくれたから、私はあいつの声を人を騙す声から悪意を持った危ない言葉に変えられた」

「つまり、あの意味をなさない声は、君が妨害したから……」

「そう。もし声を妨害することなく流してたら、きっと星矢も騙されてた。あれは、人が騙されるようにしゃべるから」

 

 彼女の手に力がこもる。

 

 徐々に、嫌な感覚が強くなってきている。

 

「私だけじゃシステムを乗っ取られてた。星矢だけなら誘惑に負けてた。でも、私達は二人一緒だからあいつに負けなかった」

 

 前方に、泥上のナニカが見えた。奴だ。

 

「今だってそう。一人じゃ星を見てるだけの人(スターゲイザー)でしかないけど、二人そろえば星間の夢想家(スターゲイザー)になれる」

 

 地上で星空を見上げるだけの俺達から、宇宙へ飛び出す俺達になれる。

 

 剣を握る手に力を籠める。

 泥が、星間の夢想家(スターゲイザー)の姿をとった。

 

「「行こう」」

 

 素早く手を離し、俺達は奴へ肉薄した。

 

 奴の放つ電気と炎の間を潜り抜けながら、俺達は正面に到達する。

 

『――――』

 

 奴が北十字(ノーザンクロス)を投げる。素早くそれを見ながら避けて視線を戻すと、奴の手元には南十字(サザンクロス)があった。

 

『――――』

「させない!」

 

 俺に向かって放たれた突きを彼女が横から妨害した。彼女の振りかぶった南十字(サザンクロス)が奴の腕を切り落とす。

 

「星矢!」

「任せろ!」

 

 彼女と視線を交わしてすれ違う。北十字(ノーザンクロス)が煌いた。正面ががら空きだ。

 

「いっっけぇっ!!」

 

 一閃する。

 

 ずるりと、奴の体が半分になった。

 

『――――』

 

 形が崩れる。

 どろりとした体が、空中に溶けていく。

 

 彼女が、虚空を見つめた。

 

「……システムの権限が回復」

 

 それは、俺達の勝利の証だった。

 

「あいつは星間の夢想家(スターゲイザー)の中から、完全に消え去ったよ」

「そう、か」

 

 ふぅ、と息を吐きだす。

 

 一息ついてから、こちらによって来た彼女に視線を向けた。

 

「もう、俺は戻らないといけないのか?」

 

 簡単な話だった。

 このイレギュラーな事態があったから俺はここにいるわけで、それが解決すれば戻るしかない。

 

 彼女は、曖昧な笑みを浮かべた。

 

「そう、かな。でも、まだ行かなきゃいけない場所があるでしょう?」

「行かなきゃいけない場所?」

「うん」

 

 彼女は、俺達が来た方とは反対側、さらなる闇の向こうの指さした。

 

「この先に、彼女がいるよ。彼女の中にあるあいつの本体は、もう誰かがやっつけちゃったみたいだけど、彼女の意思はしばらく眠っているから」

「ラウラ嬢か……」

 

 指さされた先を見た。

 解決したということは、一夏が倒したのだろうか。見ていない以上何とも言えないが、そうだという確信があった。

 

 振り返ると、彼女が少し遠くに離れていた。

 

「じゃあ、またね、星矢」

「ああ、今度は名前を考えてから来るよ」

 

 しばらく手を振ってから、振り返った。

 

 先は闇だが、俺の目の前には一本の紐があった。

 

「……連結の紐(アル・レシャ)

 

 これは、俺とラウラ嬢をつなぐ紐。つまり、この場所は俺とラウラ嬢をつなぐ道だということだ。

 

「よし」

 

 紐を手に取り、俺は前に進み始めた。

 

 

 

 

 

 ラウラ嬢は、水面に浮かぶようにそこにいた。

 

「ラウラ嬢」

 

 声をかけると、彼女は僅かに目を開いた。

 

 ――お前は、なぜ強くあろうとする?

「……強く?」

 

 唐突な問いに驚き、俺は僅かに後ずさった。

 すると、今度はどこからか声が聞こえてきた。

 

 ――どうして、強い?

 ――別に、強くなんかねえよ。

「……一夏?」

 

 周囲を窺うが、声の主の姿は見えない。そもそも、白式とシュバルツェアレーゲンは接続していなかったはずだが……。

 

 ――俺は、全く強くない。もし、俺が強いっていうなら、それは強くなりたいから強いのさ。

 

 声出すのをやめ、聞こえる声に耳を傾けることにした。

 

 ――強くなったら、やってみたいことがあるんだよ。

 ――やってみたいこと?

 ――誰かを、守ってみたい。自分のすべてを使って、ただ誰かを守ってみたい。

 

 誰かを守る。

 それが、織斑一夏という人間の夢なのだろう。

 

 なるほど、一夏らしい強さと優しさのある夢だ。

 

 ――それは、まるで……あの人の、ようだ。

 

 ラウラ嬢が呟いた“あの人”というのが、一瞬だけ脳裏をよぎった。

 

 ――そうだな。

 

 一夏がその声に肯定した。温かさのある、優しい声だ。

 

 そして、一夏の姿が現れた。

 

 ――だから、お前も守ってやるよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

 そして、気配が消える。

 ……一夏は、いなくなったということだろうか。

 

 俺はラウラ嬢に近づいた。

 

「ラウラ嬢、大丈夫か?」

「……星矢……どうして……」

「どうしてって、迎えに来たんだろうが」

 

 俺は、ラウラ嬢を起こした。

 おぼろげだった彼女の体がはっきりしたものに変化した。いつもの眼帯に、見たことのない制服。多分、ドイツ軍の制服だ。

 

「私は、お前にまで迷惑をかけてしまったんだぞ? それなのに、なぜ私を迎えになど……」

 

 ラウラ嬢が弱々し気に俯く。

 

 どうやら、いろいろとナーバスになっているようなので、俺は両手で彼女の頬をはさんで上を向かせた。

 

「一つ聞かせてくれ。ラウラ嬢、お前は自分が強いと思うか?」

「……いや。私は弱い。星矢に見せてやれるような強さなんて、どこにもなかった」

 

 予想通りの答えが返ってきた。

 俺は、ため息をついて両手を動かしてラウラ嬢の頬をマッサージする。

 

「にゃ、にゃにをする、しぇいや!」

「お前は、ラウラ・ボーデヴィッヒってやつを知ってるか? あいつはな、超すごいんだぜ?」

「……は?」

「知らないなら、俺が教えてやろうか?」

 

 どこか冗談めかして言う。

 

 彼女は少し間違えていたかもしれない。でも、すべてを間違えていたわけじゃない。

 

「ラウラ嬢はちょっと盲目的すぎる。もう少し、他人の観察力を自分に応用した方がいい」

 

 両手で彼女の頬を思いっきり押す。ちょうど、「アッチョンブリケッ!」って感じで。

 

「もう一つ、質問をしよう。ラウラ嬢の夢は何だ?」

「私の、夢は……」

 

 答えようとして、口ごもる。

 今まで話していたあれを、もう夢ということはできないのだろう。

 

「夢を終わらせるっていうのはな、成長するってことなんだ」

 

 人は、夢を諦めたり叶えることで、また新しい夢を探す。そして、見つけた新しい夢を追いかける。そうしたサイクルの中で人は成長していく。

 

「これは、一つ成長したってことだ。また、新しい夢を探せばいい」

「新しい、夢を……」

 

 手を放して微笑む。

 俺はきっと今の夢を一生追い続けるだろう。だが、彼女は一つの区切りをつけてまた先へと歩んでいく。

 

「しばらくはさ、任務とか忘れて学園生活を過ごしてみたらどうだ? 違ったものを感じれば、新しい何かが見えてくるさ。そして、自分で必死に考えて悩んで、そうしていれば、そのうち新しい夢が見つかる」

 

 ずっと任務と訓練に明け暮れた軍人は、少しばかり休暇を取ればいい。

 

「…………ああ、そうだな。そうしてみることにしよう」

「そうしろそうしろ」

 

 ラウラ嬢の手を取る。

 

「さあ、そろそろ目覚めの時間だ。昼寝のし過ぎは、夜に響く」

「……ああ」

 

 ラウラ嬢が笑った。

 うん、可愛い笑顔で何よりだ。

 

 光が強くなる。

 

「さあ、行こう」

 

 そして、俺達の意識が浮上した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めた時、そこは保健室だった。

 周囲はカーテンで覆われていて少し薄暗いが、微かに漏れている光の色から夕方だと分かった。少し視線を動かすと、俺の横でパイプ椅子に座っていた真紀子さんと目が合う。

 

「真紀子……さん?」

「せい、くん……?」

 

 真紀子さんが俺の上にのしかかる。甥と叔母といえど、この体勢は危ない気が……

 

「セイ君!」

「は、はいっ!」

 

 真紀子さんが涙を浮かべながら怒号を上げた。

 びくりと俺の体がはねる。

 

「どうして安全性の確認がないISと連結の双魚宮(ピスケス)を使ったの!」

「す、すみません……」

 

 突然の言葉に首をすくめる。俺に謝ることしかできない。

 

「すみませんで済まないでしょう!? うちのデータはよそに漏れるし、今回で言えばこんな事態になるし! 本当に危ないの! 分かってないでしょうから言うけど!」

 

 涙目の真紀子さんに何も言い返せなかった。

 あの時は何も考えてなかったけれど、よく考えればデータ流出くらいのことは十分考えられたはずだった。

 

「どうして相談してくれなかったの!? 本当に心配したん、だか、ら……」

 

 しばらくして、肩が湿ったのに気付いた。 

 

 真紀子さんの顔は見えない。

 

「本当に、心配したんだからね……」

 

 力強く抱きしめられる。

 連絡を受けて急いできたのだろう、服はかなりしわくちゃになってるし、走ってきたせいか汗ばんでいる。それだけ、俺を心配したということだ。

 

 俺は、少しだけ、真紀子さんを抱きしめ返した。

 彼女は今、俺が唯一会える身内だ。きっと、真紀子さんにはIS制作者だけじゃなくて、そういう責任もあるのだと思う。

 

「すみません……すみませんでした……」

「本当よ……セイ君は、本当に兄さんと同じことするんだから……」

 

 涙声のまま、真紀子さんは俺を強く抱きしめ続けた。

 

 俺は、一度も真紀子さんの顔を見なかった。

 

 

 

 

 

 わずかに時間が経ってから、俺は山田先生に連れられて保健室から食堂に移動していた。

 どうやら一緒に晩御飯でも食べようという話だった。

 

「溝口君は、本当に大丈夫なんですよね?」

「え、ええ」

 

 あいつ……VTシステムとかいうのは、彼女と一緒に倒した。今は、俺にも彼女にも影響はないはずだ。

 

「少し心配になって。ちょっとだけ、私の我儘に付き合ってください」

「いえ、そんな。俺の方こそ、心配かけてすみませんでした……」

 

 先ほどの真紀子さんとのこともあり、俺は黙って頭を下げた。

 真紀子さんは、俺と別れて今は星間の夢想家(スターゲイザー)の状況を調べているはずだ。

 

「溝口君には、連結の紐(アル・レシャ)からVTシステムが感染したそうです。VTシステムにはダメージ量等いくつかの要因が必要なのですが、一番は本人の意思だったそうで」

「意思、ですか」

 

 それは彼女からも聞いた言葉だった。

 

「先生……機械、プログラムのことなのに、そんな感情論でどうにかなるものなのでしょうか……?」

 

 俺は純粋な疑問を口にした。

 機械というのは、感情を度外視した数学的な性質や物理法則にしたがうものではないのだろうか。

 

「そうですよね。私も、それは少し不思議だと思っているんですけど……」

 

 山田先生が少し考え込むように上を向いた。

 

「まあ、実際には脳波とかアドレナリン分泌量とか、よく分かりませんがそういうものを調べて感情を図るんだと思うんですが」

 

 山田先生は「それだと、味気ないですよね」と笑った。

 

「私は、ISにも心があるからだと思ってるんです」

「心、ですか?」

「はい。心があるから、心が分かるんだと。だって、そっちの方が、素敵じゃないですか?」

 

 脳裏に、彼女のことがよぎる。

 

 ……確かに、あれをただのAIと断じることは、俺にはできなかった。

 

「きっと、そうですね」

 

 彼女は夢を持っていた。

 それはきっと、彼女が俺達と同じように心を持っているからだと、そう思いたくなった。




星のネタ
・艶やかな宇宙色の黒髪は腰まであり、白い肌は名月のように輝いている。
 正直、ネタとして開設する意味があるのか分からないが、作者の星のネタの選出基準ではあったので一応。宇宙色は宇宙の闇のような黒。名月のような肌はその白さの比喩で。多分、違う言葉でも十分説明できるかもしれないが、彼女のことを修飾するならこっちの方がいいかと思った。

・「私、最初はメシエマラソンがしたいな」
 メシエマラソンは、メシエ天体という107の天体を一晩で見てしまおうという、星キチの星キチによる星キチのためのイベント。メシエ天体全てが見られる3月下旬近くの前後一か月くらいがシーズン。一応、その時期にしか見えないものだけに挑戦するタイプもあるが、どうせなら春まで待つべき。一晩(11時間)で見るので一つ当たりの時間は単純計算で6分少々といったところ。余裕などない。
少なくとも初心者がやるのは、バスケ素人が五本連続のスリー(NBA選手の妨害あり)を実行するようなもの。マジで無理。初心者は普通に月面や流星群、好きな星座の観測から始めましょう。

・「そしたら次はね、小惑星を見つけて名前を付けるの」
 有名な話ではあると思うが、小惑星には発見者が名前を付けることが可能。作者は老後の予定に入れている。最初は一時的に発見者自身の名前を付けられ、後に識別番号が振られ、そのあとにようやく名前が付けられる。字数制限や発音可能かどうか、政治や軍事系の人物・事件名を使用する場合はその死後・発生から100年以上後であること等の条件がある。つまり、旧支配者達の名前を付けることはできない。ふんぐるい むぐるうなふ くとぅ(ry


雑談
とうとう“彼女”が登場しました。プロットでは星矢がつける予定の名前が決まっているのですが、作中ではまだなのでしばらくは“彼女”とか“星間の夢想家(スターゲイザー)のコア人格”とか、そういう呼び方で勘弁してください。臨海学校に行く次章で名前を付ける予定です。それと、一応彼女は十八夜のおまけで登場しています。
本来はまだ登場する予定のなかった人です。ですけど、星矢に会いたい一心で登場してきました。なお、ヒロインではない模様。

全体的に急ぎ足気味だったかなとも思ったのですが、これ以上長くするのもただの冗長だと思ったので、このままで。そんな、熱い戦闘シーンを書く話でもないですし。

星間の夢想家(スターゲイザー)の訳は「天文学者・星占い師(砕けて)」とか「星を見る人」「夢想家」の訳があります。ちなみに、聞いた話ですがガンダムなどに出てくるのは「星を見る人」という直訳で、今作で使用しているのは「夢想家」の訳です。
“星を見るだけの人”なんて夢は叶わないという暗喩を込めた訳じゃなくて、宇宙へ飛び出せる“夢見るバカ”になりたいという、そんな願いを星間の夢想家(スターゲイザー)には込めています。

常識とか考えたら星矢の夢は文字通り夢物語で、叶う叶わないを問う以前の問題とでも言われるかもしれません。
別に、それはいいのです。常識や限界というのを考えるからこそ、危険回避などができるのですから、それが大人になるってことです。悪く言えば制限をかけることですが、よく言えば自分を正確に把握できているということです。
星矢がなるのは子供です。バカみたいな夢を「バカだろう?」って笑いながらも、心の中では真剣に追い続けるような、そんな人になってほしいな、と。

今章では自分の夢に必要な、純粋な心、というものを考えました。
純粋に求める気持ちがあるなら、必要なものは後からついてきてくれると思います。まず心が本気になれないなら、いくら技術や権利があったところで叶うこともないでしょう。
星矢に必要な“強さ”は、その純粋さを忘れないための物だと、そう思っています。

さて、とりあえず次回は後日談(と様子を見ておまけ)。そして、天体観測をはさんで4章の臨海学校辺に移行していきます。次章は結構、大事な章なので頑張りたいです。

そろそろ、ヒロインの一人である束さん出さないとだからね!
……え、もう出てた? ……ちょ、ちょっと自分何言ってるか分からないっす。
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