楽しんでいただければ幸いです。
第一夜「だから、力を貸してほしい。翼をくれないか?」
――――僕、大きくなったら宇宙飛行士になるんだ!
そう、親戚一同に宣言したのは何才のことだろうか? 少なくとも、小学校には入っていなかったと思う。
――――宇宙飛行士になったら“ぽらりす”に行くの!
“ポラリス”の意味を理解した人が親戚の中に何人いたかは分からないが、少なくとも両親と姉さん、真紀子さんは間違いなく分かってくれたはずだ。
それから、ポラリスに行くことが俺の夢になっていた。
「……なあ、溝口」
「何?」
それは、二月のことだ。冬の終わりが近づきつつあるが、春が来るには少し早い頃の話。
我が校の体育館にいる俺や柴田、先公に近所の人達。この全員は今、ある検査に駆り出されていた。年齢も所属もバラバラではあるが、一つだけ存在する共通点。それは、
「はい、次」
「……やっぱ、動かねえか」
全員、男であるということだ。
俺の二つ前にいた友人の相原が残念そうに体育館を出て行くのをひっそりと見送る。ふと見ると、柴田もそれを見送っていて、俺達は顔を見合わせて苦笑した。当たり前だ、動くわけがない。
「次〜」
「お、俺か」
柴田が前に進む。そして、ひっそりと佇んでいる“翼”に触れた。
目の前の機械……ISことインフィニットストラトスは、今から十年ほど前に登場したマルチフォームスーツだった。
発表したのは、篠ノ之束という、当時高校生の女の子。
無名のJKがISを作ったという話は、なんというか……その、荒唐無稽で、ほとんどの人が信じなかったし相手にもしなかった。……ちなみに「ほとんどの人が」と言ったのは、俺が真紀子さんという例外がいたことを知っているからだ。
ISが見向きもされなかったのはそれだけではない。実は、ISは女性にしか扱うことができなかったのだ。原因は完全に不明で、現在も研究の途中だ。
しかし、そんなISが注目される事件が起きた。知らぬ者はいないであろう、“白騎士事件”だ。
白騎士というのは、その事件に現れたISの仮称である。ISの発表から一月。世界中にある日本を射程圏に収めたミサイルが、全弾日本に向かって発射された。そして、そのミサイル全てとその後にやって来た戦闘機類全てを死者ゼロで撃墜したIS。それこそが白騎士だ。
その後の世界の対応はとても分かりやすかった。
世界中がISの、その戦闘能力に注目した。新時代の兵器が誕生したと、あらゆるメディアが報じたのだった。
ISは強力な兵器として認知された。マルチフォームスーツ……翼という本来の使用法を忘れ、国はこぞってISを軍の装備として取り入れた。
ISが浸透するのにつれ、世界は少しずつそのあり様を変化させ始めた。
一つは、アラスカ条約の締結だ。ざっくり内容を説明するなら、ISの軍用化を禁止するというもので、下手をすれば核より危険なISを戦争に持ち込まないという、平和を目指す世界にとって形式上だけでも必要なものだった。
そして、二つ目が女尊男卑の風潮だ。これは、先進国でより顕著になっていることで、男尊女卑の反動か女性が異常なほどに偉ぶる様になったのだ。最初は、人気のIS乗りがそういう行動を取り始めたのがきっかけだったと思う。そのIS乗りのファンの中でも、狂信的な価値観を持つ者達がそれに乗じ、こんな何処か歪んだ世界を作ってしまったのだ。
そんな、どこか歪な世界が誕生して十年ほどが経ち、この俺、溝口星矢は星好きの家族に影響されて星好きになった以外は、かなり普通な人生を送っていた。友人と遊んだり、定期考査にため息ついたり、部活に精を出したり、とな。
そして、とうとう中三になり、約一年。俺の私立受験が一通り終わったその日、世界が震撼した。
世界で初めて男性IS乗りが現れたのだった。
彼の名前は織斑一夏。かのブリュンヒルデこと織斑千冬の弟である青年だった。
そして、織斑一夏の登場で世界中であることが起きた。それは、
「次! 早くしなさい!」
「えっ、あ、はい! すみません」
「チッ、早くしろよクズが」
ISに乗れる男がいるかの調査だった。
国から派遣された者として相応しくないであろう発言を右から左へ聞き流しつつ、先に進む。こんなのが許されるのも女尊男卑の影響だ。
先に進んでみると、ISがより大きく感じられた。そして、それがただの置物ではないということが、ひしひしと伝わってくる。
「早くしろって言ってんだろ」
「あー、はいはい」
「貴様……っ!」
派遣員の女性がこちらに掴みかかろうとしてくる。しかし、それを無視してISに触れた。
その瞬間、ふと思った。
これに乗れたら、俺は夢を叶えられるだろうか? 将来、ポラリスにたどり着けるだろうか?
……できるのならば、俺は飛びたい。無の海の先、430光年の彼方にあるあの星に行きたい。
『……飛びたいの?』
「は?」
『……
声が聞こえた。不思議な声だ。
刹那が永遠のように引き伸ばされ、色彩に彩られた世界はモノクロームに変化した。
『……あなたはどうして飛びたいの? ポラリスを目指すの?』
「どうして、か……」
一番近いわけではない。一番明るいわけでもない。でも、あの存在感は、ずっと北空にあり続ける様子は、俺の中に何かを刻みつけた。
ポラリスはいつか北極星ではなくなるだろう。見えなくなる日が訪れるのだろう。
それでも俺は目指す、あの宇宙の彼方を。そして、ずっとあり続けてくれるポラリスに俺が辿り着いたという証を刻んで見せる。そうなれば、永遠にも等しい時間、俺がこの世界にいた証拠が残せるだろう。
「だから、力を貸してほしい。翼をくれないか?」
『……分かった。私が、あなたの翼になる』
その言葉をきっかけに、世界が再び動き出し、色彩を取り戻した。
さらに、目の前の機械が光を放ちだし、派遣員の女性がポカンと立ち止まった。
「……ありがとうな」
『お互い様。私も、
それを最後に、声は沈黙した。
あの声はだれだったのだろう? 普通に考えれば、この
「あ、あんた……」
先ほど掴みかかろうとした方とは別の派遣員の女性が、口をわなわなとふるわせた。チラリと後ろを振り向くと、ひとつ前にいた柴田や先ほど出て行ったはずの相原、その他知り合いの大勢が馬鹿みたいに口をパクパクさせている。
「……みんなして、南のうお座の物まねか?」
なら、水……いや、アクエリアスでも注いでやろうかと思ったが、このネタが通じる奴はいなかった。
登場人物紹介
・溝口星矢(みぞぐち せいや)
世界で2人目の男性操縦者。星が好きで、よく天体観測に行く。
普段は完全にスイッチオフで、ギャグに走りたがる傾向にある。だが、星が絡むなど一部の状況で本気に。
星に関するネタ
最後の「……みんなして、南のうお座の物まねか?」からの部分。