ISを起動したという事実は、あっという間に世界に広まった。その瞬間、俺の肩書は“受験生”から、“世界で二人目のIS乗り”に変化した。
当然、俺の安全がやばいので、強制的にIS学園に入学することになったし、溝口家は“要人保護プログラム”とかいうもののせいで離ればなれになることになった。この事実を知るのにかかった時間は、たったの二時間。本当に、事実は小説より奇なりである。
我ら溝口家はどこかの高そうなホテルに軟禁され、次々とやってくるお役人様やIS学園の先生方から話をすることになっていた。
そして、それも一段落が付き、とうとうプログラムの実行……家族との別れが、訪れていた。
「……なんか、悪いな」
「おいおい、こんな事件起こしといてその反応か、星矢」
父さんが脳天に拳を振り下ろそうとするので止める。止めると二発目も飛んでくるので、それも止める。あんたが俺に勝てたのは、小学生の間までだ。もう、あんたは勝てない。
互いに組み合ってると、姉さんが俺達の肩に手を置いた。
「お父さんも星矢もそのくらいにしてよ。時間がないんだってば。それに、勝てないんだから諦めなよ」
「……よ、夜空が淡白で、お父さん悲しい」
「はいはい、心夜さん。そのくらいにして、ね?」
「せ、星子おおおおっ!」
姉さんの淡白な言葉に父さんが泣き、母さんが慰める。溝口家として普通な空気が流れている。
これが、家族で過ごす最後の時間かもしれないと思うと、少し悲しい。
「最後くらいは、しっかり締めようとか思わないのか? 父さん」
「……はあ? 星矢、お前は俺をなんだと思ってるんだ?」
「これが俺だ!」とでも言いたげで、馬鹿丸出しな父親に呆れるしかない。反抗期が過ぎても父さんに冷たい姉さんも、人を殺せそうな視線で父さんを見つめる。これでも、父さん以外にはとても優しい。
「……でもまあ、しばらくの別れだ。ひと言ぐらいは言ってやろう」
珍しくまじめな表情して父さんが居住まいを正した。
「夜空。……大学も後一年だな。ISの勉強、頑張れよ。そしていつか、星矢にすげえISを作ってやってくれ。あいつが、夢をかなえられるような奴をな」
「……うん」
いつもなら、父さんには「で?」「そう」「だから?」みたいなことしか返さない姉さんも、この時ばかりは神妙な顔で返事をした。
「星矢」
「あ、ああ」
「お前、世界で二人だぜ? すげえな」
「まあな」
「……きっと、いろんな敵がいる。正面から切りかかる奴も、味方のふりして襲ってくる奴もいる。ちゃんと、相手を見極めろ。何かあったら、俺達には連絡できないが、真紀子には連絡できる。あいつを頼れ」
「分かった」
「そして……夢を、叶えろ。いいな?」
「ああ、任せとけ。父さんが生きてる間に、ポラリスまで行ってやるさ」
俺と父さんは拳をぶつけた。そして、ニヤッと笑う。
父さんは改めて家族を見渡すと、楽しげに語りだした。
「それじゃあ、しばしの別れだ。困ったこと、辛いこと、悲しいこと、嬉しいこと、楽しいこと、愛しいこと。そんなことがあった時は、星を見ろ。観測点はバラバラだろうが、俺達の見ている空はたった一つだ。俺達は、同じ空の下で生きている!」
同じ空の下。俺達家族は、星を元につながっている。星がある限り、俺達の絆は死んだとしても永遠だ。
父さんは、手を頭上に挙げた。そして、それを一気に振り下ろして宣言した。
――――溝口家、しばし解散!
家族と別れ、しばらく時間がたった。
俺はホテルのベッドで、IS学園で使う参考書を読んでいた。もともと、理系人間なので機械のことなどは楽しく覚えられているし、それこそ武器などは男のロマンだ。忘れるわけがない。
コンコン
「どちら様でしょうか? 許可証をご提示ください……どうぞ」
俺のお目付け役になったという卓也さんが、いつも通りクールに仕事をする。卓也さんが扉を開くと、そこには俺の知っている女性がいた。
「やっほー、セイ君」
「お久しぶりです、真紀子さん」
彼女は俺の叔母である真紀子さんだ。確か、最近急成長しているIS関連の企業“ワンダーランド”の主任研究員だ。姉さんがIS研究の道に進もうと思ったきっかけにもなった人でもある。
「真紀子さん、今日は?」
「今日は、叔母じゃなくてワンダーランドの主任研究員として来たの」
「あ、はい」
実家でのだらけた格好とは違う社会人としての声音に、俺の姿勢もしゃんと伸びた。真紀子さんはそれを見て、おかしそうに笑うと、テキパキと書類を出していく。
そして、山になるほどの書類が出ると、真紀子さんはまっすぐ俺を見つめた。
「今日から、セイ君は私達ワンダーランドの企業専属IS操縦者となる。……分かる?」
「え、ええ。でも……親戚がいるのに、いいんですか?」
「逆よ。親戚である私が、会社の高い地位にいるからこそ、認められたの」
なんとなくは、納得した。安全な企業で、叔母である真紀子さんがいる。それは、俺にとってとても心強いことだ。
「それで、企業の所属になったことで、セイ君の専用機は私達がカスタムするの」
「ああ、はい」
「うん。それで、セイ君の専用機をカスタムするのにあたって、『こんな機体がいい』とか『こんな名前がいい』っていう希望を聞きたいの。後、書類にサインしてね」
「なるほど……分かりました」
俺は、とりあえず、卓也さんに手伝ってもらって、一緒に書類にサインをしていく。そして、その作業をしながら名前や機体について考えていく。……分からない。
たっぷり三時間もの間、書類と格闘して疲れた俺は、大きく息を吐き出して椅子に座りこんだ。
「お疲れ様」
「はい、ありがとうございます」
書類をまとめてカバンにしまう真紀子さんも、俺の姿に笑うしか無いようだった。
「本当、大変だったでしょ? でも、専用機が完成したらその後で、またこれと同じくらいの書類を裁く必要があるのよ?」
「…………嘘ですよね?」
「嘘だったら、よかったのにね」
「不幸だああああああ!」
“とある学園都市の幻想殺し”的な叫びをあげる俺。これには、さすがの卓也さんも笑っていた。
と、そこでハッとあることを思い出した俺は、勢いよく起き上がった。そして、片付けの終わった真紀子さんを見る。
「真紀子さん。専用機のことなんですけど…………名前はお任せします。でも、機能はいろんなことができる機体にしておいてください」
「汎用性の高い機体ってこと?」
「あ、はい。それで、俺の適性を見ながらゆっくり調整できるような機体に。後、これが一番大事なんですけど」
「何? 今のも、結構大変な注文なんだけど?」
真紀子さんがメモをしながら、チラッとこっちを見た。その顔は大変と言いつつ楽しげだった。やはり、難しいものには燃えたりするということだろうか?
俺はそう思いながら、言葉を選ぶ。俺の思いを、より正確に伝える言葉。そして、その言葉を見つけると、シンプルイズベストだな、と思いながら口を開いた。
「ポラリスに行ける機体にしてください」
「ええ、もちろんよ」
真紀子さんは、そう言って笑った。真紀子さんも、俺の夢を応援してくれる人の一人だ。
最期に、メモを終わらせると真紀子さんは立ち上がった。そして、ドアの前でくるっと振り返る。そして、俺の胸元を指さした。
「それって、やっぱり持って帰れない?」
「……どうでしょうか?」
俺は、胸元に下がっている北斗七星を模した胸飾りを握る。これは、俺が初めて動かしたあのISだ。名前は確か……打鉄だったと思う。
これは、訓練機として使われていたものだったらしいのだが、降りようとするとこの北斗七星になってしまった。……つまり、気づいたら俺の専用機となってしまったのだ。
みんなが、これを回収するのだが、すぐに粒子化して俺の下に戻ってきてしまった。そして、そのまま俺に預けることとなったのだ。
ということで、俺はこれをもらうことになった。そして、これのコアを使って専用機をカスタムするらしい。
俺は、ゆっくりと打鉄を胸元から外した。そして、そっと打鉄に囁く。
「しばらくの間だけ、真紀子さんに預ける。真紀子さんならきっと、お前に最高の体をくれるから。もしも、誰かに回収されそうだったら、俺の下に帰ってきたらいい」
そうつぶやくと、ひしゃくの七か所が、本物のように明るく輝いた。……了解、ってことだろうか?
俺は、それを真紀子さんに渡した。真紀子さんは、「預かるわね」というと、今度こそ本当に帰っていった。
「外れたな、星矢」
「そうですね。案外、話せば分かってくれる子みたいですね」
卓也さんが珍しく声をかけてくれ、俺は少しおどけて返事をした。
IS学園入学まで、残り一月少々という感じだった。
登場人物紹介
溝口真紀子(みぞぐち まきこ)
星矢の叔母であり、IS機器関連の企業であるワンダーランド主任研究員。業界では、かなりの有名人である。
性格は星矢や兄の心夜同様に面白いと思う方向に走り気味だが、やはりスイッチが入るとかなり優秀。
星の雑学辞典
北斗七星
おおぐま座のしっぽ部分の七つの星の名前。北極星を見つける目印となるので、覚えておくと便利な星々。ちなみに、アンドロメダ座でも見つけられる。
日本では船や柄杓と言われることが多いが、世界では鋤、帝の車、ソースパン、棺と三人の娘など、様々な捉え方をしている。
また、ほぼ一年を通して一晩中見られるため、動いた角度で時間を概算する猛者もいるとかいないとか。
ちなみに、南斗六星というものも存在する。こちらは射手座の弓矢の部分。