~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『星に願いを』D

 

 

 地球圏全体を巻き込んだ戦争は、指導者を喪った〝プラント〟が停戦勧告を申し入れたことにより終戦を迎えた。調印式は〝ユニウスセブン〟で行われ、そこで結ばれた条約は、以後〝ユニウス条約〟と呼ばれることになる。

 様々な問題は多く残されているものの、これにより地球各国と〝プラント〟は、今後の相互理解努力と平和を誓って、世界は安定へと歩み始めるはずだった。

 

 少なくとも、その予定のはずだった。

 

 一台の白塗りのリムジンカーが、豪雨に見舞われた沿岸道路を走っている。

 車種はキャデラック。ランクにすると、ハイエンドカスタムクラスの超高級VIPリムジン。乗り込む者の財力を嫌味なほど見せつける車種であるのだが、そのリムジンが停泊した場所は、それほどの高級感に見合うような屋敷でもなければ、華美なオフィスでもない、ユーラシア辺境に位置する医療施設だ。

 到着した車内から、一人の男が姿を現す。白い顔、それとそう色質の変わらない銀色の短髪。唇を青めかす独特の化粧も施しているだろうか。軍事関係者と医療従事者が多く居合わせるその空間において、彼はひときわ異彩を放っている。

 

「どういうことだね、これは?」

 

 みずからが呼びつけられた事に対し、彼は明らかに機嫌を損ねているらしい。

 

「この時期に、私をこんな所へ呼びつけるとは──いったい、どういう了見なんだね? どこの、誰に、何の権限があって、この私を呼びつけることができた?」

 

 三流の演技者のように芝居がかった紳士的な論調と、裏腹な周囲の者達を見境なく罵り見下すような言葉と視線。

 

「私はただでさえ忙しい身なのだよ。戦場にのこのこ出て行って犬死にした前代表(・・・)が死に、その引き継ぎもまだ残っているのだからね」

 

 男の名は、ロード・ジブリール。

 戦役中に没したムルタ・アズラエルの配下にあったブルーコスモスの幹部で、他にも九名ほどいる幹部の中でも最年少にありながら、アズラエル亡き今、事実上の次期代表となった男である。

 

「──嗚呼、そう云えば、これにて世界は戦争が終わった、と。それによって世界に平和が訪れた、などと民衆は声を揃えて謳っているようじゃあないか? あの無様で馬鹿げた岩塊の上で調印式を行った愚か者達には、何にも真実が見えていない」

 

 平和への道のりを進みはじめた現在の世界の様相について、貶めること、蔑むことに、男は一切の抵抗を憶えないようだった。

 前任者の莫大な事業の引き継ぎ作業に追われ、ここ数日の忙しさに辟易していたのか。それとも、自身の介入する余地なく戦争が終結したことに憤りを憶えているのか──己の理想していた結末とは程遠い地点に戦乱が着地したことに対してか、いつもより饒舌な口調には、隠し切れないほどの毒が含まれていた。

 

「…………」

 

 もっとも、八つ当たりめいたそのような毒を吐き付けられたところで、周囲の者達が、そのことについて不愉快な顔をしたり、諫めることなどない。

 なにしろ、このロード・ジブリールという男は、今やブルーコスモス──その支援母体とまで云われる〝ロゴス〟──の代表にも就任している人物なのだ。男の采配次第では、みずからの家族と共に首を括ることになりかねない傘下の者達にとって、彼は常に見上げるべき存在であり、神にも等しい存在として崇めなければならないものでもある。

 そして、その神にも等しい存在として崇められていたい男は、決して宇宙のコーディネイター達を認めることはない。他ならぬ彼の頭上に住まい、はるか天上より世界を見下す──少なくとも、彼はそう思っている──バケモノ達の存在を、絶対に。

 

「我々はあの協定に同意したわけではない! 期を見ては再び軍備を整え、なんとしても、あの宇宙に巣食う者共を粛清しなければならない」

 

 信者を煽る教祖のように語り出した男を、そのとき宥めたのは、場に居合わせていた初老の男だった。

 

「──だからこそ、だよ」

 

 ジブリールの言葉にそう返した男もまた、仕立ての良い高級服に身を包む者であった。周りにいる軍事関係者や医療従事者らが身にまとう機能性を重視した衣類とはかけ離れ、見るからにジブリールと系統を同じくする人種、世界を裏から牛耳って来たグローバル・カンパニー〝ロゴス〟幹部の一人である。名前は……名乗るほどのものでもなかった。

 

「ジブリール。キミはまたいずれ、戦争をする気でいるのだろう?」

「戦争? 違いますよ、駆除するだけです。人間とも呼べないあのバケモノ共をね」

「しかし、そのためには準備が必要だ」

 

 男の云う通り、ついこの間〝ヤキン・ドゥーエ戦役〟が終戦を迎え、戦争によって地球軍が被った損害は計り知れぬものだ。だからこそ、彼らの掲げる大いなる目的のためには、それ相応の準備が必要となる。

 

「その準備のために、我々にとって有力な〝手駒〟を手に入れた」

「何を、馬鹿な」

「その駒をキミに値踏みしてもらうために、わざわざこの場所に呼んだのだ」

 

 と、奇妙な自信に溢れた声音で云われ、そのとき、ようやくジブリールから不機嫌な表情が消え失せた。確信めいて告げられ、それでもなおジブリールは胡乱げな面持ちで、周囲の医療関係者に連れられるように施設の奥部へ導かれていく。

 長い長い廊下を歩いて渡る中では、誰ひとり言葉を会話の応酬をするでもなく、彼等の中には退屈な時間が流れた。特別に馴れ合う必要もないということか──しかし、そのとき暇を持て余したのか、男がジブリールに世間話を切り出していた。

 

「……ときにジブリール。キミは特殊な装置を用いて他人の記憶を改竄するのが得意であったな。たしか、偽りの記憶を植え付けるのだったか?」

 

 世間話と云いながら、世間的には公に出来ない性質の発言であったが、男はまるで憚ることなく切り出していた。が、その内容に動揺を示した者も居なかったところを見るに、その場にいる誰もが既に把握していた事実であるらしい。

 

「人聞きの悪いことを仰られますな。私はただ、その者にとって不必要と思われる記憶(・・・・・・・・・・)を、私自身の親切心から除去してやっているに過ぎません」

「──人の記憶を勝手に入れ違えておいて、親切心だと?」

 

 すらすらと言葉が出て来るあたり、この男は本気でそう思っているのだろう。慈善家を気取るように慇懃な口調で紡がれる言葉を、幹部の男は特に驚きも嘆きもなく、無味乾燥な様子で聞いていた。

 

「何の価値もない者共の人生を、より有意義にしてやっているのみです。──この私のために働かせることでね」

 

 物は云いようだな──と、突き放すことこそしなかったが、そのとき男は心中で呆れ、枯れ木のような表情の奥には非難の感情も幾つか見え隠れしていたに違いない。どのような言葉で取り繕おうと、ジブリールが自分にとって従順な手駒を生み出すために、有能と思われる者達に重度の洗脳措置(マインド・コントロール)──すなわち『精神操作』を行っているのは事実だったのだ。だが、当のジブリールは全くと云っていいほど悪びれた様子もなく続ける。

 

「その結果、まあ確かに……記憶を違えた素体は別人のように変わり果てますがね」

 

 改めて考えれば、当然の話である。

 人格を形成している要因のひとつは、生まれてから身につけて来た知恵や経験──より大きな言葉で云ったところの『記憶』に他ならない。概念的な云い方になるが、それを他人によって取り違えられるということは、つまりは〝魂〟を入れ替えられるのと同義であり、他者によって『記憶』を入れ替えられた人間は、生来の人格を忘れ、すっかり別の人間として生きてゆくことになるのだ。

 欠点としては、植え付けられた偽りの人格がその者の知識や知性にまで影響を及ぼしてしまうことにあるが、一方の肉体に対しては無害なため、これは過酷な戦闘訓練を修了した兵士など、彼等の価値観で云うところの〝人間兵器〟にこそ用いるのが相応しい技術とされた。

 たとえば、敵国のエース・パイロットを捕縛したのち、拷問を経てその者の記憶を違えてしまえば、それだけでジブリールの命令に忠実に従うエースの腕を持った手駒が完成する。より少ない手間と費用で〝完成された兵士〟を量産──ないし奪取できるなら、こんなにもコストパフォーマンスに優れた技術は他にはあり得ないのだ。

 

「──ここだ」

 

 やがて彼らは、医療施設のごく限られた人間しか立ち入ることを許されない空間まで辿り着いていた。立ち並んだ医療器具の山々、無影灯を備えた手術台──見るに、そこは集中治療室と云った風な空間であった。

 

「此度の終戦に際して、我々の仲間が宇宙にて二体(ふたつ)の素体を回収することに成功した」

 

 男は不敵に笑いながら、その室内に並べられた、ふたつの医療用ベッドを示しながら口を開く。

 

「ひとつは男、もうひとつは女。いや、少女というべきかな」

 

 訂正するように付け加えられた男の言葉を、ジブリールは珍しく大人しく聞いていた。いや、判断していたのだろう。男の意図する提案が、将来的に、本当に自分の役に立つのかどうかを。

 彼らの目前にはふたつの素体、即ちふたりの人間が横たわっていた。どちらも全身をくまなく包帯に覆われ、損傷の激しさはまるで重傷病者だ。それぞれには特殊な薬剤が打ち込まれ、男の方は微かに意識があるようだが、かと云って問答が出来るような状態にはない。

 一方の少女の素体に至っては意識すら失っており、生気に欠けた人形のようにも見える。いったい、どこでこのようなものを回収したのか? そもそも、このようなものが、本当に役に立つのか? 

 

「それぞれの素性を調べたところ、面白い事実が次々に明らかになった」

 

 幹部の男はふたつあるベッドの内、男性の素体が横たわっているベッドを示しながら続ける。

 ジブリールが改めて一歩として前へ進み出ると、そのとき微かに意識があって、重たげに瞼を動かした素体の男性ところりと目が合った。

 亜麻色に近い金色に淡く輝く、強く波打った金髪。爛々と静かに燃えるような青い瞳。巻き付けられた包帯の下に覗いている顔部には、どういうわけか軍人然とした精悍な体躯には不釣り合いなほど数々の深い皺が奔っている。どことなく老人めいた顔立ちは、ジブリールが若い頃にニュースで見かけた〝とある伝説の投資家〟のそれと、不思議とそっくりであるように見えたが……?

 

「男の方は、キミも聞いたことくらいはあるのだろう? かの伝説的な投資家一党、フラガ家の血を引く者であることが判明した」

 

 突如として、心の内を突き当てたような言葉への驚きに、見開かれる目。

 その言葉を理解したジブリールの顔色が、一瞬にして変わった。

 

「……! まさか、〝エンデュミオンの鷹〟?」

「いいや、残念ながらその本人ではない」

 

 続きを聞いたジブリールは僅かに肩透かしを食らった面持ちになるが、だからと云って落胆することはしなかった。何故なら男の言葉には、更に続きがあったから。

 

「だが、DNAで云えばその父親に当たる男だ。……色々と問題は抱えているがな」

 

 男の云う問題というのが、ジブリールには分からなかった。分からなかったが、フラガの血を継ぐ者が、その影響で、類稀なる能力を継承していることだけは知っていた。

 

 ──何でも、彼らの血脈は先祖代々『少し先の未来が予知できる』だとか?

 

 当然、ジブリールはこのような迷信や都市伝説を真に受けるように信心深くはないのだが、現実にフラガ家歴代当主が「奇跡的な投資勘」を持ち合わせ、それを駆使して何代にも渡って莫大な栄華を築き続けて来たという伝説を、ジブリールはそれこそ上流階級の界隈に住まう者として耳にしたことがあった。

 しかし、そんなフラガの一族は原因不明の火災事故に巻き込まれ、跡取りであった一人の少年を除き全員が他界したと聞いている。多くの資産家からも崇め奉られた伝説の投資家、名をアル・ダ・フラガ──すでに高齢と云える年齢だったその人も、氏が築いた莫大な資産を道連れにする形で、この世から焼失したはずではないのか?

 それとも、真実はそうでないのか……? 断絶したはずの血脈。しかし、目の前にいる男が、本当に伝説の一族の血を引く者であるとしたら──?

 

「使える──使えるぞ、それは」

 

 無意識──ほぼ無意識に、感嘆がジブリールの口から零れていた。『未来が見える』というその奇跡的な能力、仮にも配下に置くことができるなら──。

 その瞬間、それまで不信を湛えていたジブリールの目の奥が、打算へと置き換わった。どこまでも下卑た笑みを、切り裂けたように青い唇に浮かべたのだ。

 

「その力、是非とも我ら〝ロゴス〟の役に立てて貰おうではないか。……ああ、記憶の処理はこちらで行う。最新の精神操作を行い、全ての過去を除去すればよいのだ。偽りの人格を植え付け、偽りの〝名〟を名乗らせる──」

「その〝名〟は、なんとする」

 

 男が訊ね、ジブリールは咄嗟に返した。

 名前は、そうだな。

 

「この男には、以後『ネオ・ロアノーク』と名乗らせよ」

 

 新しい玩具を手に入れた稚児のように錆びついていた興味を輝かせるジブリールは、そうしてもうひとつの医療用ベッドの方を向き直した。このとき既に取らぬ狸の皮算用を始めている切れ長の目つきが、とうに意識を失っている少女の方に向けられ、こっちの方は? ──そう訊ねようとして、訊ねる前に男の人の悪い笑みを目撃したジブリールは、鏡写しのように人の悪い笑みを浮かべ返す。

 

「いや、訊かずとも既に信用しているよ。キミのことだ、こちらも相当〝役に立つ〟素体であるのだろう?」

 

 男の一件ですっかり気を好くしたのか、ジブリールはもう一つの片割れがどのような素性であろうと、既に少女のことを『採用』するつもりでいた。

 どのみち、ジブリールが在庫(ストック)している偽りの人格データは多岐に渡っている。たとえば、先に云っていた『ネオ・ロアノーク』というのは成人男性用に調整された偽りの人格であるのだが、その他にも女性用に調整された人格データなども保有しているのである。それらを選別し、少女の人格を「上書き」してしまえば──

 ──たとえ少女の正体がどうであろうと、問題ではない……!

 下卑た笑みを浮かべるジブリールに対し、幹部の男はよくぞ聞いてくれた、と云わんばかりに、このときばかりは嬉しそうに口を開いた。口を開いたとき、涎が垂れたのは、男がそれほど興奮していたからか──

 

「説明すれば長くなるが、いいだろう」

 

 そうして、男は語り出した。回収した少女の素性について。

 とある〝プラント〟要人の愛娘にして、驚異的な戦闘能力を持つ兵士。何よりも終戦の立役者であり、大戦中、伝説的な活躍をした〝クレイドル〟のパイロットについて──

 

 目の前に横たわる、『ステラ』と呼ばれた少女について。

 

 男は、ひとえに語り出した。

 

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