~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 今話も引き続き、以前掲載していた話になります。


『ネオ・ロアノーク』

 

 

『ネオ・ロアノーク』

 

 C,E,四二年、十一月二十九日生まれ。大西洋連邦ノースルバ出身。血液型(ブラッドタイプ)О型。

 C,E,六十年、大西洋連邦に入隊。現在の階級は大佐にして、先だって第八一独立機動群──通称〝ファントムペイン〟内の「ロアノーク隊」部隊長に着任。

 

 ──特別に吹聴できるような、輝かしい経歴があるわけではない。

 

 寂れた街の、うだつの上がらないナチュラルの親元に生まれ、父親は原因不明、治療不能と云われた難病を患って、彼が物心つく前に死んだ。残された母は家計を支えるための労働に明け暮れ、職場で新たに男を作って、いつの間にか彼の前から居なくなった。

 取り残された彼は、地元の悪友らと輝かしい将来についてを揚々と語り合い、生きていくために、その悪友らと軍に入った。戦乱の中でその悪友らさえ喪い、やがて生前の父が患っていたとされる原因不明の難病を、みずからもまた抱えていたことを報される。

 深い失意の中で、けれども何とか終戦までは戦い抜いて、凡百の人間には持ちないとまで云われる特殊な空間認識能力を駆使し、いつしか大西洋連邦のトップガン、エースパイロットとして活躍。

 第二次〝ヤキン・ドゥーエ〟攻防戦では、全身に深い傷と軽度の記憶障害を患いながらも命からがら生き延びた。それらの功績を讃えられ、現在では大西洋連邦きっての英雄とも称されている。

 

(まがい物であるにしては、随分と手の込んだ記憶だな)

 

 切り裂かれたように口許を歪め、心の中で自嘲したその男──ネオ・ロアノークは、顔の上半分を異様な黒いマスクで覆っていた。

 一般士官とは異なる漆黒の軍服に身を包み、肩まで伸びた波打つ金髪、すらりと引き締まった精悍な体躯。だが、マスクの下から覗いている僅かな生身の部分には、おおよそ若々しい佇まいや年齢には見合わない、老人めいた深い皺が少しばかり悪目立ちしている。

 それこそが、彼の父親を死に至らしめたという原因不明の難病だ。どういうわけか常人よりも老化が早く、細胞が分裂する度、熱を伴った激痛が全身を苛むという。定期的に襲ってくる苦痛を和らげるためには、処方された専用の錠剤を摂取する必要があって──

 

 ──その錠剤が、鍵だった。

 

 かつての記憶と同じことを繰り返す(・・・・・・・・・・・・・・・・)のが切っ掛けであるのなら──

 彼にとっては錠剤を口に運ぶ動作、飲み込む習慣こそが〝それ〟だった。かつて何度も経験して来た激痛は、皮肉としか云いようがない幻肢痛(ファントムペイン)を彼に与えた。

 何の薬か、知っている風だった銀髪の男、ロード・ジブリールはピルケースを自分に手渡してくる際「苦しくなったら飲むといい」としか伝えてこなかったし、最初は半信半疑だった。

 しかし、それから程なく唐突に軋み出した身体に驚き、獣のように苦悶しながら、ネオは慌てて云われたとおりにピルケースから錠剤を取り出し、それを荒々しい手つきで口に運んだ。

 

 

 だから『そのとき』が訪れるのは、驚くほどに早かったのだ。

 

 

 その瞬間、頭の中を覆っていた雲が切られたように、彼はすべてを思い出した。

 激痛にのた打ち回り、床に飛び散ったのは涙か涎か、口元から漏れ出した渇きは笑い声か泣き声か。識別できない獣じみた声で哭きながら、男は己を支配していた記憶の全てが、ただの空虚な紛い物であることを悟った。そして、己が『ラウ・ラ・フラガ』として生を受けた、でき損ないの失敗作であることにも──

 

(これもまた、運命のいたずらと。キミならばそう口にするのかな、ギルバート)

 

 真正面から陽電子砲に灼かれ、細胞のひとつひとつまで消し飛ばされたと思っていた。

 なのに自分は──今もここにいる。

 ロード・ジブリールに鹵獲され、偽りの記憶を植え付けられ、しかしながらその技術のの不完全さ故に、あまりに短い夢から醒めさせられた今、神はいったい、己に何を為せというのか。

 

 ──老い先短い己の人生に、誰が、いったい何を求めている。

 

 ネオを苦しめているのは、治療不能の難病などではない。生まれた時から短く定められた、テロメア遺伝子の急速な短縮化によるものだ。

 難病によって死んだ父などは架空の存在であり、頭の中に残されたのは、治療不能という点だけが嘘偽りのない無慈悲な現実──

 と、それを知って一方的に己を捨てた本当の生みの親。一度だけ父と呼んでみた、傲岸なる男の顔──それは彼にとって忘れようもないものだ、なぜならそれは、他ならぬ彼自身の顔だから。

 

 

 

 そのときから、ネオ・ロアノークはラウ(・・)だった。

 

 

 

 彼の雇い主であるロード・ジブリールは、この事実に気づいてすらいない。それはラウ自身が、今は与えられた役割を演じることに興じているからでもある。が、どのみち無理な話であろう。

 ──人間には『器』というものがある。

 ──そして、あのような小物は少しばかりの恭順の意を示し、欲する結果を目の前に差し出してやればすぐに満たされてしまう。

 アズラエルの後釜に就き、ブルーコスモスの最上位に位置しているという圧倒的な優越感がそうさせているのか、ジブリールは自分とって都合の悪いシナリオを思い描く危機管理能力というものが欠如していた。彼の中では鹵獲した兵士に対する精神操作は〝完璧〟と云えるレベルで完成していて──ある意味それも否定はしないが──やはり世の中には〝完璧〟などという言葉は存在しないということなのか……?

 

(いや……)

 

 ラウはひとりほくそ笑む。結局のところ、ジブリールがその『器』たらぬだけで、世の中には完全なる〝完璧〟とて確かに存在するはずなのだ。

 そうして彼は、目の前の大きなディスプレイに目を向けた。

 そこに流れているのは、先日D.S.S.Dにて行われた著名人同士の対談の模様であったが、例えばそう……その配信の中にははっきりと映っているではないか。

 

 ──キラ・ヤマト。

 ──全てにおいて〝完璧〟な、究極のコーディネイター。

 

 人類の夢にして、狂科学者達の理想の息子──

 戦場において、疑うなく最強であるはずの成功体は、しかし、先の大戦ではまともに〝力〟を発揮することなく、あろうことか失敗作に過ぎない自分を前に敗残した。結果としてラウは、彼のことを守ろうと奮起した者達の団結の力に敗れ去る形になった。

 

『今の僕には、力だけが全てじゃないことを認めてくれる人が、大切な人たちがいるんだ!』

 

 最高の能力を有しながら、それでもなお〝力〟に溺れることなく、か弱き者らと協調し合う『道』を叫んだ、あのときの純粋な少年の言葉が脳裏に蘇る。

 光の中に祝福されて生まれてきた人間には、やはりそういう生き方もあるのかと、あのときは教えられたような気分だった。しかし──

 

(見違えたものだな……?)

 

 あれから一体、何があったのか。配信の中の少年……いや青年(・・)は、ある意味でラウが最も期待していた変貌を遂げていた。かつて彼自身がみずから放った言葉を全力で裏切るかのように、ただひたすらに〝力〟を欲し、最高の能力を追い求めていたのだ。

 

 ──人類のためと謳いながら、身近な人間を傷つける矛盾。

 

 その根底にあるものは、あくまでも純粋な向上心だろう。他意はなく、邪気もなく、だがそれは、必ずしも〝善〟であることを意味しない。

 純粋な向上心によって夢を追いかけ、その過程で結果的に〝悪〟となった人類は往々に存在する。

 崇高な理念の下、身勝手な正義を掲げ、幾多もの生命を冒涜した狂気──知りたがり、欲しがり、やがてそれが何のためだったかも忘れ、命を大事と云いながら弄んだ彼の父、ユーレン・ヒビキがその典型であるように。

 

(所詮、子は親に似る(・・・・・・)ということか──)

 

 みずからの息子だけでは飽き足らず、今後の人類全体を遺伝子という檻に閉じ込め、飼い殺しにすることを望んでいる天才は、ラウ自身がこの世に置き残した最高傑作と云えるだろう。

 これまでに自分が積み重ねて来た数々の暗躍と工作が、最終的に今の彼を作り上げることを幇助したのなら、それこそが彼──「ラウ・ル・クルーゼ」にとっての救いだった。

 

「最高だな、人は──」

 

 あまりの興奮に、思考は、口をついで声となっていた。

 光の中に生を受け、人類の夢とまで謳われたはずの存在が、賤しくも自分と同じレベルの魔道に堕ちたのだ。その瞬間を目の当たりにできた彼は、嘲笑をこらい切れずにはいられない。果たして、何が彼の未来を、あそこまで歪めたというのだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネオ、そのニヤついた笑い方」

 

 そのとき、脇からぱっと女性の声が降りそそいだ。

 それによって、ほとんど歪んでいるといっていいレベルで捻じ曲がっていた口元を指摘されたネオは、慌てて口元を引き締めた。ほとんど反射だが、母親に怒られた子どもみたいに姿勢まで正したという。

 

そうだった(・・・・・)──)

 

 ネオは珍しく、半ば焦ったように思い出す。彼は現在〝J.P.ジョーンズ〟の艦橋に坐しているのだが、そんな彼のすぐ隣には、華やかな金髪がぱっと目を惹く印象的な少女がいたからだ。

 傍目に見れば、どう見ても不気味な風貌の男に対し、しかしながらその少女は、どこか気安さすら感じ取れる口調で話す。

 

「きもちわるいって、前にも怒ったよ」

「……手厳しいな。きみは私に、相変わらず」

「告げ口するのも何だけど、アウルもスティングも、みんな云ってるからね」

 

 すみれ色の無垢な眸を半目にし、少女はジト目でネオをなじった。

 

「反省した?」

「……。そうだな。たしかに私が悪かった。次からは気をつけるとしよう」

「よろしい」

 

 どこかの貴族の令嬢然としているが、そこまで気取ったものではない。華やかさを隠しきれないその金髪の容姿は、おおよそ軍艦という無機質で冷たい空間には似合わない柔らかさを持っている。

 故郷に妻や恋人を置いて来た男達でさえ目を奪われるほどの色香を振り撒く少女は、しかし、そう見えて優秀な軍人であり、云わばネオ・ロアノークの右腕のような存在だ。

 こう見えて、彼らの付き合いは長いのだった。

 

「──なに観てたの?」

 

 そうして彼女は人目を憚る様子もなく、ネオの腕にぎゅっとして胸を寄せた。腕に触れる柔らかな感触と、きらきらとした少女の上目遣いを同時に浴びながら、それでもネオは粛々として答える。

 

「人類の夢に纏わる、面白い映像をね」

「ふうん……?」

 

 嘘ではない──が、脈略のない表現で煙に撒こうとしているものだと受け取られたようだ。

 少女はまたもジト目でネオを睨んだ後、今度は確かめるように前方の大型ディスプレイへと目を向けた。身を乗り出すように録画映像にかじりつき、今度は短いスカートと小さなお尻をこちらに向けはじめた少女の軽挙を、やはりネオは咎めるでもなく、真顔のままに見守った。

 

「キラ、ヤマト……?」

 

 人物映像のテロップに写し出されたその名を呟く少女は、まるで検分をしているようでもあったという。

 おおよそ彼女と同世代か、少し年上くらいの年若さ。褐色の髪、全体的に線が細く、顔つきはまだ幼さを残している世界的な有名人らしいが、結局のところ、彼女には分からなかったらしい。

 

「彼を知らないのかね? キミともあろうものが」

 

 ネオは、どこか面白がるようにして少女に訊ねる。

 だが、言葉の意味を測りかね、金の髪の少女は「えっ……?」と戸惑いを露わにするばかりだ。そこからしばらく少女は懐疑的な様子だったが、やがては首を横に振る。

 

「ううん、知らない」

 

 知るはずがない──

 そうハッキリと否定を口にした少女にネオは冷笑を叩きつけ、そこに返ってくるのは、やはり困惑を湛えた表情だけ。

 

「……なに……?」

「いいや──」

 

 そのときネオは、このディスプレイの向こう側、変わり果てた青年が魔道に堕ちたその理由、動機、絶望の正体を何となく──いや確実に掴んだという。

 あるいは神は、この絶望の深さと昏さを己に見せるために、己を蘇らせてくれたのではないか? 

 とうの昔に神を捨てたラウにさえ、そう信じさせてしまう程に、そのとき彼の前に広がっていた光景は、あまりに無様で、あまりにどうしようもないものだったという──

 

「キミが気にすることではないよ、ステラ」

 

 ねぎらうように、ネオは少女の名を呼んだ。

 ────現在、地球連合の非正規特殊部隊〝ファントムペイン〟所属、中尉階級にして、先だって「ロアノーク隊」の副長に着任した少女。

 第二次〝ヤキン・ドゥーエ〟攻防戦の折、ロード・ジブリールに鹵獲され、精神操作によって偽りの記憶を植え付けられた地球連合の〝人間兵器〟──

 狂人達の理想の下に造り出され、ディスプレイに映された唯一の成功作(スーパーコーディネイター)、その高みまで上り詰めること能わなかった、でき損ないの〝失敗作〟──

 

 ──ステラ・ルーシェ。

 

 そんな彼女は、これまでに培って来た過去すべて──戦闘能力以外──を非道な研究員らに取り上げられ、残酷なまでにいとけない口調で続けた。

 

「このひと、なんだか……恐いね」

「恐い?」

「うん……っ」

「それは……意外な感想だな? この世の女性の多くは、既に彼の虜になっているというのに──」

「…………」

「キミは、違うのか」

 

 嘘ではない。奇跡の天才、キラ・ヤマトは世界最高水準の知性を持ちながら、その繊細そうで甘いマスクから現在は世界的な女性人気を獲得しはじめている。なんでも「守ってあげたくなる」だとか「放っておくと壊れてしまいそう」だとか──いずれにせよ、世の女性達から熱烈なラブコールを浴びている人物であるのは事実なのだ。

 けれども一方で、ステラが抱いた印象はだいぶ違っているらしい。

 

「守ってあげたくなる、どころの話じゃないと思うけど……」

「なぜ?」

「だってこの人は、誰の助けだって必要としてなさそうだ」

 

 ミーハーさとは掛け離れた視点からの感想に、ネオは返す言葉を失った。おおよそステラは論理的とは程遠い人物だというのに、その割に本質を見逃さない目を、このように光らせている場合がある。

 果たして、何が彼女にそう感じさせたか、それまでは分からなかった。

 だが、少なくとも世間一般のラブコールからは大きくかけ離れた印象を、この時点でステラが抱いていたことだけは事実だ。そしてそれは──あえて言葉を選ばずに云えば──明確な拒否の感情、得体の知れぬものに向けられた畏怖の念でもあったのだろう。

 

「わからないけど、どこかで。……なんだろう……」

 

 底知れぬ静謐さを湛えた青年を前に、釈然としない少女の反応を見て取って、やはり精神操作が〝完璧〟とは程遠い技術であることを実感したネオであったが、それ以上の問答は無用だろうと、彼は手許のリモコンでディスプレイの電源をオフにした。

 いきなり暗転した画面にステラは不完全燃焼を起こし、不服げで悶々とした表情を返してきた。だが、そのときにはもう黒い仮面は明後日の方角を向いている。

 

「そう感じるのも無理はないさ。云ってしまえば、彼は火星人だからね」

「火星人!?」

 

 ネオは適当にはぐらかし始めた。要するに飽きたのだが、デタラメと云うには真実味を持ちすぎた冗談だった。

 けれども、火星人という単語は、夢見る少女の興味を逸らすには充分すぎたらしい。ステラはそれきり「火星人の話を聞かせて!」と、子どものように目を輝かせてネオに迫った。その容姿の美しさにも関わらず、ころころと笑ったり驚いたりする少女の表情の変化、そればかりはネオも眺めていて飽きることはない。

 

「…………」

 

 彼自身、すべての記憶を思い出しながら、今はネオ・ロアノークであることに甘んじている理由が〝それ〟なのだ。

 ラウがステラを部下にするのは初めてではない。けれども当時、ラウはアラスカの死地に彼女を送り込み、暗に〝死んでこい〟と命じたのだ。ラウにとって、彼女の役目はそこで終わるはずだった。

 けれども、何の因果かステラは〝フリーダム〟を前に落ち延び、その後は世界を滅ぼさんと画策するラウの悲願、その野望の前に何度も立ち塞がった。人類の夢にして他ならぬ、あの〝フリーダム〟と共に。

 だからこそ、今は嘲笑を堪えずにはいられない……。

 

 ──気高くも美しかった戦乙女を、いま掌の上で転がしているという事実。

 

 生殺与奪の権利を握っているとまでは云わないが、少なくとも、一匹の愛玩動物として手許で飼っているような気分ではある。

 無知な少女を弄ぶ支配感と優越感は、男にとっては極上の悦楽だ。低俗的で下卑た性癖と云われればそれまでだが、実際はそう単純すぎるものでもない。

 ネオはステラを、みずからの野望を阻止した敵対者として疎ましく思っていた部分もあるのだが、その実その裏では、同じ不幸に体面した同族として慈しく、愛しく想っていた部分もあるのだから。

 

「中尉、アウル・ニーダが演習に付き合って欲しいとごねてます!」

「スティングとやらせてなよ」

「中尉じゃないと嫌だそうです!」

「〝ダガー〟は鈍いからイヤ……」

「それは……っ、アクタイオン社のプロジェクトを待つしか」

「いま火星人の話で忙しいの!」

「か、火星人……?」

 

 たったいま艦橋に駆け込んで来た兵士スタッフは、ルーシェ中尉が何を云っているのか全く理解できない愕然とした顔を浮かべながら、ともあれ要望が通らなかったことを要請者に連絡しに悲壮な顔をしてまた艦橋を出て行った。

 

(どうしてこの娘は、こうも無垢なままであれるのだろうな……?)

 

 ネオ・ロアノークとしての第二の人生を与えられてからというもの、ラウはステラという少女の人格像に疑問を持つようになっていった。ジブリールをはじめとする大勢の大人達に辱められ、記憶まで取り上げられ、どうして彼女はその無垢な心根を保ち続けていられるのだろうかと。

 ──知りたかった。

 かつての彼には眩しすぎた〝光〟──その輝きを一度は鬱陶しく思い、惨劇の大地(アラスカ)に放り投げたこともあった。

 ──けれど、今は違う。

 人間として不完全も甚だしく、薄汚れ、老人めいた醜い皺の走った男の体にも、彼女はやさしく触れてくれる。そのやさしさの正体は何なのか。彼女を傍に置いておけば、いつか自分のような人間にも、それが理解できる日が来るのではないか……?

 

(私は、ヒトの中に温かみを、希望を見出そうとしているのか……?)

 

 あまり面白い考えではなかったが、今さら否定しても仕方がなかった。

 ラウ・ル・クルーゼとして一度は命運の尽きた身だからこそ、二度目の生はネオ・ロアノークとして、以前と違った生き方をしてもいいのではないか。魔道に堕ちた人生の中では得られそうもなかった希望の光を、今度はきっと、どこかに信じてみても良いのではないか──

 生まれたときから飼育小屋で虐待され、期待外れと分かった途端に、一方的に捨てられた男の人生。未来には時間も残されず、希望を持つことすら許されず、魔道に堕ちるしかなかった自分の生涯には、もう二度と〝光〟など差し込まないものだと思っていた。

 それがどうだ? 死の淵から甦った自分の隣には、あたたかな〝光〟を振りまく存在がいて、その星の光は、誰の頭上にも平等に降りそそぎ、ささくれた心に癒しと救いを与えてくれる。暗闇のどん底で苦しんでいた自分にも、彼女はやさしい〝光〟をくれる──

 

(生きるつもりもなかったが、もう、これなしでは生きていける気もしない──)

 

 ステラのことを心の底から〝手に入れたい〟と思う気持ちは、性欲か、我欲か。しかし、そんな彼女をこの薄汚れた暗闇の世界から〝解放してやりたい〟と思う保護欲、おおよそ自分には似つかわしくない神聖な気持ちも、同時に存在していることは確かだった。

 まさか、自分をその気にさせる存在に巡り合えるとは予想だにしていなかったラウであるが、だからこそ、彼はステラを傍に置いておきたかった。そしてそのためには、可哀想な少女に向けて残酷な「嘘」を積み重ねる必要があった。たとえステラの振りまく〝光〟を、心の底から欲している青年が、映像の向こう側、自分以外にも存在していたとしても──

 

 

 ──この光は、渡さない。

 

 

 それはラウにとって、ようやく手にした希望の光。

 短すぎる彼の生涯、仄暗い曇天の中に見つけ出した、たったひとつの明星なのだから。

 

「私がきみの友となり、父となり、母となろう──」

 

 かつてのステラに放った言葉を、もう一度だけ繰り返す。

 ──私はネオ・ロアノーク。

 第二の人生、限られた余生、せいぜい愉しませて貰うことにしよう。

 

 

 





 非常に今更な話ではありますが、改めておことわり。
 主人公であるステラの性格ですが、現時点で原作から大きく掛け離れ、無印篇から2年後を描く運命篇では、さらに大きく乖離していく予定です。

 無印篇では、可能な限り原作に寄せてギリギリ幼児っぽくセーブしていたつもりではありますが、運命篇では精神操作を解かれた影響(=という設定)で、割と自由に精神面も成熟させていく展開を構想してます。
 主人公がいつまで経っても幼児のまま、というのも個人的にどうかと思ったので(苦笑)今話を皮切りに、作者のエゴ的な改変が加速すると思われます。

 また『SEED DESTINY』からの登場人物であるステラにとって、運命篇とは、ある意味でホームです。そこで原作との差別化を図りたく、当小説の2年後ステラは金の髪を伸ばしている設定で考えてます。この辺も、賛否がありそうですね。




 ────さて、ここまでは以前掲載していた話の再掲になります。アスラン編は色々あって没にしました。
 次話については現在執筆中ですが、再掲ではない本当の新章になると思います。デスティニー本編に突入するまでもう少しです! ではでは。

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