~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 恐ろしい話、全く新しいお話を投稿するのは3年ぶりです。
 久々に白紙の状態から小説を書いたような気がします。

 長らくお待たせしましたので、続編をどうぞ! 



『ロドニア事変』

 

 時を少し遡り。

 ロアノーク隊がまだ、隊長と副長のふたりだけであった頃──

 

 ────戦後において、ひとつの事件があった。

 

 マルマラ海からゲリホル半島を越えると、いくつもの島が散らばるエーゲ海に出る。ボスポラス海峡を抜けてからしばらく北方に伸びる山脈へ進むと、その人里から離れた場所に、開けた巨大な施設が見えてくる。

 

 大西洋連邦による強化人間の実験・成育施設──『ロドニアのラボ』である。

 

 そしてそれは、本当にある日突然のことだった。

 何者かの告発を受けたロドニアのラボは、非戦派の〝ターミナル〟と思しき非政府組織を筆頭とする、世界中の各機関の協力コミュニティによって踏査され、内部を武装制圧されたのち、接収された。

 つまるところ、封鎖へと追い込まれた。

 ラボ内には大西洋連邦に雇われた医療研究員や武装兵のほか、非常に多くの少年少女達が匿われ──素性を辿れば、後者の殆どは国際的な許可もなく攫われてきた孤児だという──〝ターミナル〟は生存が確認されていた後者の全員を保護。一方で、彼らに対し非人道的・非倫理的な実験と教育を幾度となく繰り返した前者を一斉検挙し、国際正義の名の下に断罪した。

 

 これはかつてのコロニー〝メンデル〟の封鎖事件にも似た大々的なニュースとして地球連合・〝プラント〟を問わず騒がれ、世間はこれを『ロドニア事変』と呼んだ。

 

 ラボは現在、当来の所有者である大西洋連邦の手が届かぬよう、他の共同体(ネイション)によって厳しく管理・監視され、ほとんど手付かずのまま放棄された施設内では、精密な検査と処理、そして取り調べが行われているという。

 第八十一独立機動群──『仮面の英雄』ネオ・ロアノークが、そんなロドニアに程近いスエズ基地に降り立ったのは、その事変が巻き起こってから、わずか二日後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ネオは現在、事情聴取のためにスエズ基地の中にいた。現在は、二名のスタッフから何が起こったのか、事情聴取を行っているところだ。

 スタッフのひとりは、嘆息交じりに説明を続けている。

 

「この事件を受けて、本部の方も非常に慌てているようです」

「まさか、たった一夜にして、ロドニアのラボが制圧されるなんて──」

 

 困惑を露わにした様子で、スタッフ達は続ける。

 

「緊急事態により施設は放棄されたので、ラボ内には様々な資料や情報が、ほとんど手付かずのまま残っている模様です」

「──それはまた」

 

 適当に頷く仮面の下で、ネオは興味なさげに事情を聞いていた。

 

「いくらでも対処の方法はあったはずなのです。あの夜、敵に踏み込まれると判った時点で──」

「──実際、ラボ内にはそういう動きもあったようです。自爆装置を作動させようとした、その形跡も」

 

 その覚悟のほどに、ネオは微妙に感心する。

 だがたしかに、ロドニアのラボは、そこまでしなければならない性質の施設だろう。ネオ自身も話に聞いた限りで、実際に施設内を歩いたことはない。……ないのだが、ネオにとっては容易に想像が及ぶものでもある。施設内には、さぞ気味の悪い物体が鑑賞物のように立て並べられていたことだろう。

 

「解せんな。なぜ、ラボはそれをしなかった?」

 

 みずからの生まれ故郷と照らし合わせるように、ネオはやっと話に食いついた。自爆による証拠隠滅を図ろうとした形跡があるというのに、ラボは現在もまだ、十全の状態で残されたままではないか。

 

「ゲリラの闖入者が現れたためだと、報告に上がっています」

「闖入者?」

「ええ。その者は生身で施設内に潜入し、たったひとりで内部を制圧して回ったとのこと」

 

 踏査を受けると判明した時点で、研究員の中にも現状に危機感を持った者が当然いた。彼が証拠隠滅を図ろうとしたところに、その人間は現れた。

 

「内部を制圧したのは、サングラスをかけた黒髪の男だったそうです」

「サングラスだと?」

 

 深夜の薄暗い研究所の内でか。

 

「ええ、まるで悪魔のような強さだったと聞き及びます。研究所の武装スタッフが多勢に無勢で抵抗に当たりましたが、それに対して、本当にたった一人で渡り合っていただとか」

 

 聞かされるのは、俄かには信じがたい話だ。

 たったの一人で、大勢を圧倒するなど──?

 

「…………」

 

 けれども、ネオとしては残念なことに、その手の奇行ができてしまいそうな人間に一人心当たりがあった。

 ──黒髪。中性的な麗しい容姿に、細身の体躯。

 その後も続けられた目撃証言や現場記録と照らし合わせていけば、事情聴取の時間は既に、ネオにとっては答え合わせの時間でしかなかった。

 

「大佐は今回、ロアノーク隊の隊員補充のために、こちらまで足を運ばれたのですよね?」

「ああ。その予定の、はずだったがね」

「こんなことを云うのもなんですが、大佐達の到着がもう数日早ければ──と、そんな風に考えてしまいます。無論これは、我々の無責任な云いがかりなのでしょうが……」

 

 スタッフのひとりが、苦々しい表情でそう溢した。

 今回、ネオがロドニアに程近いスエズ基地にまで足を延ばした理由は、平たく云えばロアノーク隊の新入隊員の歓迎だ。性能試験を終え、出荷を控えた優秀なパイロット達がじきに施設を出るという報せがあり、ネオとステラは、そのためにロドニアにまで足を運んだのだ。

 

「もしも数日予定が早まり、ルーシェ中尉が現場にいてくれたら……と思うと、悔やしいのです」

「そうですよ。中尉がいれば、きっとそのサングラスの男を返り討ちにすることも出来たでしょうに!」

「……まあ、キミらがそう漏らしたくなるのも、分からないでもないがね」

 

 スタッフ達がそのように漏らすのは、生身での白兵戦において、ステラもまた鬼神のような強さを発揮する人材だからだ。

 大西洋連邦や、ロアノーク隊に限った話ではない。少なくとも、現況の地球連合においてステラより〝強い〟と云える人材は間違いなく居ない。その悪魔のような強さの男と、鬼神のような強さの女を衝突させた結末を、彼らは期待しているらしい。

 ネオの個人的な感覚としては、その二人だけは絶対に鉢合わすべきではないとも思うのだが……気に入らなかったのはそれだけではない。彼は半ば呆れたような声音で云った。

 

「とはいえ私の目には、キミたちが単に最強決定戦を行いたがっているだけのようにも見える」

「そりゃあ、そうですよ。終わらない強さ議論に決着を求めるのは、世の男の性分ってものです」

 

 そういうもの……ではあるのか。

 その辺りの、正常な男達の感性は、いまいちネオには理解できなかった。

 

「勿論、我々は中尉が最強であると信じてますよ。こう見えて、彼女のファンなのです!」

「中尉を応援するのは、半ば我々の使命のようなものですね!」

「いきり立つのは結構だが。それを上官である私に伝えて、どうしろというのかが分からん」

 

 話が脱線し、事情聴取という名の与太話は、それからもしばらく続いた。

 

 

 

 

 

 

「──しかし、奴等はいったい、何が目的だったのでしょうか?」

 

 純粋な不審顔で、スタッフが吐露する。

 そもそもロドニアに大規模な研究所があるという機密を、敵はいったいどこから掴んだのか? 施設はエーゲ海北方にある山脈の麓にあり、木々が青々としてその所在を覆い隠す閑散地に構えられている。一般市民からの通報で素性が露見するような構造ではなく、そのために内部告発者か、あるいは事情に精通する外部の人間の仕業だと考えられるが……。

 ネオは考えながらも、事情を聴く中で、彼が気になった一点についてを掘り下げる。

 

研究所(ラボ)に関する、あらゆるデータが奪い去られた──と云ったな」

「それは、そうなりますね」

 

 ロドニアの研究所には、進退窮まった際に用いるための自爆手段も用意されていた。されていたにも関わらず、施設は一方的に制圧され、占拠され、接収されてしまった。

 それは当時の現場スタッフ達の対応に不手際があったというより、敵側の根回しがあまりに周到で、何よりサングラスの男が規格外すぎたということもあるのだろう。まあ、それは良いとしてだ。

 

「大佐、それが何かありましたか?」

「分からないか? 強化人間を作り出す(すべ)を理解できれば、それは強化人間を元に戻す(・・・・)方法も、おのずと見えてくるということだ」

 

 陳腐な云い方だが、毒は薬にもなる。毒の深さを知ってこそ、医学は発展しうる。

 おそらく、強化人間の製造事業も同じだ。どこからか拾ってきた少年少女の健康な生体を、研究者達は毒をもって改造してきた。その過程でどのような毒が使用され、どのような改造を施されたのかを掌握することが、対抗薬を作り出すための第一歩、そして最大の近道となるだろう。

 

「おまけに、施設内にいた被検体(こどもたち)のほとんどが、今回の事件で国際機関に保護された」

 

 ──辻褄が合うとは思わないか? 

 ネオは冷淡に問いかけた。

 

「ヤツらは強化人間を治療し、元の健康状態へ戻そうとしている──と?」

「しかし大佐、動機はなんです?」

 

 スタッフたちは困惑した面持ちで互いに目を合わせている。

 こう言っては何だが、ロドニアの研究所へ『入所』させられる子供の殆どは孤児だ。戦災で親を失ったり、子育てに飽いた傲慢な大人夫婦が施設へ養子に出したケースもある。そのような孤児達を、所詮は第三者に過ぎない機関がどうして血眼になって解放しようと動き出しているのか?

 

「まあ一言で云えば、民意だろうな」

 

 民意? スタッフは怪訝そうに反芻した。

 

「大西洋連邦が保有する強化人間は、先の大戦中、その存在が明るみにされた。当時の〝プラント〟代表、パトリック・ザラ議長閣下の御息女が、そうであったと世間的に報道されたからな」

 

 当事の立会人であったかのように話すネオに向け、スタッフは「よくそんなこと知ってますね」と感嘆の声を漏らす。

 政治家の子が、公人として名を公表されている事例は少なくはない。こと〝プラント〟においてはアスラン・ザラ、女性であればラクス・クラインがその典型例だろうが──ザラ家に生まれた第二息女については、亡き母君の意向を汲み取る形で姿や名前までは公表されていないのだ。

 幸せであったはずのザラの家庭を襲った事実。ただそれだけが、世間に向けて公表された。

 

「嗚呼、それが〝プラント〟国内に反地球連合運動を引き起こすための政権側の誘導政策(プロパガンダ)として利用されたことは疑いない。──というより、それが正確な見立てなのだろう」

「はあ……」

「しかしながら、一度白日の下に曝された真実をなかったことにはできない。パトリック・ザラがそのとき暴露してみせた地球連合(われわれ)の闇──放送内容の衝撃は、国内に留まることを知らず、当然のように〝プラント〟国外にまで波及した」

 

 当時のザラ政権は、放送内容について、ほとんど嘘を織り混ぜる必要がなかった。

 誘拐された少女の境遇について、ほとんどありのままを語るだけで良かった。この辺りは、妙な小細工をしなかったことが人心掌握において良い方向に働いた。

 

「つまるところ、当時まだ十一歳だった少女を襲った『悲劇』は、地球側に住まう者達の良心にまで強く影響を及ぼしたのだ。戦争が終わり、今は時流も味方している。地球連合(われわれ)の為した非道は明るみにされ、無辜達の間で〝罪なき強化人間を救おう〟とする潮流が生まれ始めたとしても──そのための慈善活動(キャンペーン)が国際的に支持されたとしても、私には何の驚きもない」

 

 正義面した大衆の、その気高くも人間的な行いを、今はラウですら否定できそうにない。

 

「まあその活動家達の中に、()がいるというのは少々意外────いや、そうでもないか」

 

 独語のように、ネオは呟いた。

 ──改めて考えれば、らしい(・・・)動機ではあるのだろう。

 あれの父親もそうだったが、どうやらあの家系の男達は愛に生きるきらいがあるようだ。家族愛というのも、立派な愛の形のひとつではあるし。

 

(先の大戦中とは方向性が異なるような気もするが……成程)

 

 なんだかんだ云って、彼の方も戦後は元気に暴れ回っているということか。

 

「大佐は……そのサングラスの男に、心当たりがお有りで?」

「いや、気のせいだろう。忘れてくれ」

 

 不審そうにスタッフが訊ねるが、ネオは飽きたようにして適当に取り繕った。

 それでもスタッフ達からは不審の表情が消えなかったが、仮に覗き込んでみたところで、黒い仮面がその下の表情を読ませぬように、面の皮を覆い隠すだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「──話が途中で折れてしまいましたね。報告を続けます」

 

 場の空気を仕切り直すように、スタッフが咳払いを入れた。

 

「たったひとりの男の暗躍により、ロドニアの研究所(ラボ)が国際機関に接収されたのは、やはり大西洋連邦(われわれ)にとっては非常に手痛い損失となります」

「だろうな。──それによる実害は?」

 

 そこで頭を切り替えたように、ネオは軍人らしくきびきびと問うた。

 ロドニアの研究所は、何といっても強化人間の『生産工場』として最大規模を誇る場所なのだ。これが開戦を待たずして早々に失われたとあれば──

 ──その異変の波は、方々にさまざまな影響を齎すことになるだろう。

 問われたスタッフもまた、それまでの気安さを控えて質問に応じる。関係各所に思いを馳せれば、事態が如何に深刻なものであるかが彼らにも想像がつく。

 

「まずは新型の強化人間──『エクステンデット』シリーズの廃止ですね」

 

 廃止。正確には企画頓挫というべきだろうが──

 ロドニアにおいて、先日まで急進的に行われていた製造事業の最たるがそれである。

 先の大戦において、導入された『ブーステッドマン』シリーズは、インプラントと薬物投与によって凄まじい戦闘能力を獲得するに至っていた。けれども、あれらは度重なる薬物投与により恐怖感覚だけでなく、通常の判断能力や思考能力までもが破壊され、信頼性という面では非常に難のある代物だった。ジョージ・アルスターの愛娘が被検体となり、戦争中盤で追加導入された新型強化人間にしても、戦闘能力の獲得はまだしも薬物投与により深刻な脳疾患と睡眠障害を抱えることが判明し、大戦後期においてはほとんど『リビングデッド』と蔑称される未完成品に終わってしまっていた。

 その後、試行錯誤の末に開発が進められていたのが、スタッフが明かした『エクステンデット』シリーズだ。みずから思考し、判断する能力のある軍事行動のエキスパート。定期的に〝ゆりかご〟にて最適化措置を施すことで、ストレスなどの精神的負荷から解放された彼らは、戦場において、常に最高のパフォーマンスを遂行可能な最凶の戦士となる。

 

「……はずでした」

「──まあ、残念だったな」

 

 そんな地球軍における最凶の戦士達は、ロアノーク隊に配属されることが決まっていた。

 決まっていたからこそ、ネオも関係資料──まあ取扱説明書のようなものだと思っている──には目を通したことがあるのだが。

 

「とはいえ規格書を見た限り、私は禁句(ブロックワード)なる仕様には心底眉を顰めたよ。正直なところ、使い物になるとは期待していなかった」

「ズバッと云いますね」

「〝母〟〝夢〟〝死〟……どれも日常の中で突発的に使われておかしくない単語だ。それでいちいち暴走されていては、軍隊はできんと思うが?」

 

 特に最後に関しては、戦場にこそゴロゴロ転がっているものだろうに。

 

「まあ、これが既に持つ側の人間の余裕、怠慢であるというのも頭では判っているつもりだ」

「はい……?」

「奇しくも、キミたちが先に信じてくれた通りだな。我がロアノーク隊には既に最強の戦士がいて──その安心感で、私は今も焦らずに済んでいる」

「──ああ」

「アレがいなければ、今頃の私は猫の手も足りていたかったはずで──まったくもって、頼もしい副長だな」

 

 云ってしまえば、ネオは初めから他の隊員に期待などしていなかった。言葉を選ばずに云えば、凡百のパイロットなど──既にネオも自身がその内の一人だと自認している──は世界的に見れば、既に有象無象でしかないと実感しているからだ。

 ──野心を胸に、火星圏へと旅立った彼。

 ──厳重な研究所を、たったひとりで内部制圧してみせた彼。

 ──そしてネオの下で今、驚くべき速度で成長を遂げている彼女。

 いったい誰が、彼らと同じ強さの次元で戦えるというのか? 才気の差とでも云っておこうか、すこしだけ嫌気が差しそうになるのを堪え、ネオは一度わざとらしくため息をついた。

 

「とはいえ、隊長(わたし)副長(ステラ)の二人だけではロアノーク隊は立ち行かん。エクステンデット計画は頓挫したが、それでも残った優秀な人材を隊員として補充せよというのが、我が崇高な雇い主のオーダーでもある」

 

 どこか皮肉を含めた様子で、ネオは続けた。

 それに対して、スタッフは恐々とした様子で提案した。

 

「どう考えても、次善の域を越えませんが。そういうことであれば、元々ロアノーク隊に配属される予定だった者達を寄越しましょうか」

「……スティング・オ-クレーと、アウル・ニーダを、か?」

 

 それぞれの資料を見た。記憶する限りでは、刃物のように鋭い目をした緑髪の少年と、一見すると女の子と見紛うような可愛らしい顔つきをした少年だったはずだ。

 

「しかし彼らは──」

「ええ、たしかに。ロドニアの研究所(ラボ)の閉鎖に伴い、彼らは強化人間でこそなくなりました(・・・・・・・・・・・・・・)が、それでも受けてきた軍事教育や訓練課程において、優秀な成績を収めてきた事実に変わりはありませんよ」

 

 成程、改めて考えれば、スタッフの云う通りではある。

 研究所が封鎖されたからといって、幼少から施設に入っていた──何より淘汰されずに済んでいる──彼らが、現在に至るまで養ってきた能力が消えるわけではないのだ。

 

「そりゃ、規格書に記されてあった通りの要求値(スペック)は保証できかねます。けれど、生半可な兵士よりは腕が経ちますし、それについては我々が、全力で性能を保証いたします」

「成程。そういうことであれば、私が断る理由もないな」

 

 ネオは諾々として承認する。前世での部下達は命令違反常習者ばかりの曲者揃いだったが、此度こそは、そうでないことを祈りばかりだ。

 

「──というか、その二人は例の機関(ターミナル)に保護されなかったのか?」

「幸か不幸か、その日はちょうど別所にて、出所前の検査を行っていたものですから」

 

 そういうこともあるのか、と納得するネオであったが、顎に手を当て思案する。

 そう遠くない内、ロアノーク隊はL4のコロニーで極秘作戦がスケジュールされている。そこは〝アーモリーワン〟と呼ばれるコロニーであるが、ここでザフトが新造戦艦の進水式に伴った大々的な軍事式典を執り行う予定なのだ。大西洋連邦はこの華々しくも厄介な式典に目をつけており、そのためネオには極秘作戦の指揮を執るよう通達があった。

 

「…………」

 

 だが、当初の想定より大規模な作戦になりそうであるから、今はネオも人手を欲している。その作戦を円滑に遂行するためには、最低でも、もう一人は頭数が欲しいところなのだ。

 ──スティング、アウル……。

 だからネオは、興味本位で次のようにスタッフを訊ねた。

 

「残されている人員は、それだけか」

「──。それが──」

 

 そのとき、スタッフの顔色が変わった。

 気まずさを湛えたような顔で、スタッフはその後、ネオを別場所へと案内していった。 

 

 

 

 

 

 

 

 ──スティング・オークレー。

 推定年齢16歳。黄緑の髪に黄色の眸を持つ少年。常に沈着冷静で、面倒見の良い性格。戦闘能力も同輩達の間では極めて高く、軍事作戦遂行の上で必要な資質をすべて持ち合わせていることから、研究所内でも非常に高い完成度を誇る人物と評されている。

 

 ──アウル・ニーダ。

 推定年齢15歳。水色の髪に水色の眸を持つ少年。やんちゃな性格で、負けず嫌い。スティングの弟分であるが、こちらも軍事行動中は高い戦闘能力を発揮する。嫉妬深く子どもっぽい部分もあり、過去には金の髪の年上女性に強い憧れを抱いていたことがあるらしい。

 

「ナイフや重火器を扱った実戦訓練。シミュレーションでの戦闘訓練を行い、厳正なる審査の許で、我々はパイロット候補を選出してきました」

 

 ネオは案内されるままに廊下を歩きながら、前を行くスタッフの話を聞いている。

 

「先の二名はその中でも特に優秀な成績を収めてきた人材なのですが……実は研究所(ラボ)が接収されたその日、もうひとり、難を逃れた者がいると判ったのです」

「……ではその者を、隊の三人目として迎え入れて良いのか?」

「いえいえ……っ! こう云っては何ですが、アレはいわゆる、でき損ないでして──」

 

 〝でき損ない〟──

 それはネオにとっては決して看過できない物言いでもあったが、今は脇に置いておくべきだった。スタッフ達は悪びれもなく続ける。

 

「同輩達の中では、成績も芳しくない『落ちこぼれ』ですよ。研究所(ラボ)が襲われた日に至っては、恐怖心から物陰にじっとして隠れていたようなのです」

 

 そうして震えながら物陰に隠れ続けていた結果、彼らを保護しにきた〝ターミナル〟にも発見されることなく、最終的に大西洋連邦のスタッフの許に流れついたらしい。それが本人にとって、幸運だったのか不運だったのかは、ネオとしても評定するに困るものであったが。

 

「正直、大佐の御眼鏡に叶うような人材ではありません」

「……そのようだな」

 

 酷なようであるが、その会話をもって、その三人目へのネオの興味は失われていた。

 他者からの評価というのは、往々にして正しい。人選の上で軽んじていい情報ではなく、スタッフ達から一般に無能とされる『お荷物』を抱えてやっていけるほどに、〝ファントムペイン〟は甘くはない。ネオ・ロアノークという男とて、そこまで慈悲深くはないのだ。

 

「──ところで、先の話にも上がった中尉は今、どこに?」

 

 ステラのことだろうか。たしかに、ネオと同じタイミングでスエズを訪れたにしては、先程から一向に姿が見えない。茫っとして単独行動しがちな困った副長であるが、まさか、基地の外にまで出かけに行ったわけではあるまい。

 

「吸い込まれるように建物の中へと入っていったのは記憶しているが……私の方も放任主義でね。散策活動なら好きにすればいいと、その辺りはすべて本人に任せている」

「せっかくなのでお会いしたいなあ。あとサインもらいたいんですよね」

 

 まるでアイドルだな、とネオは僅かに苦笑するが、適当に廊下を歩いた先で、ひとつ自動ドアが開いた。

 

「──あっ」

 

 ドアの奥からぱっちりと見返してくるのは、ネオにとっては見慣れた瞳。すみれ色の宝石のように輝く、生気に溢れた円らな双眸だった。ステラである。

 

「ネオっ!」

 

 親を見つけた子どものように、雲を切る太陽のようにパッとして浮かぶ無垢の笑顔は、何度見ても、誰が見ても、それを役得と思わせるほどに美しいものであったという。

 けれども、そんなネオにとっても見慣れなかったのは、視線の先のステラが、まるで妹であるかのようにも見える、得体の知れない少女の手を引いていたことだった。

 

「……そちらは?」

 

 探るように、ネオはステラに訊ねる。

 先ほど「落ちこぼれ」について話していた、周囲のスタッフ二名の唖然としている表情を見るに、まさかとは思うが。

 

「ネオ! ステラね、この()のことが気に入ったの! 連れてかえりたい!」

 

 まさかとは、思ったが。

 

「メーテル・リンク。……例の、落ちこぼれです」

 

 苦虫でも噛み潰したかのような表情で、スタッフがネオに説く。それが、少女の名前なのだ。

 ──メーテル・リンク。

 推定年齢14歳。赤い瞳に、ステラと同じ金の髪をした少女。引っ込み思案で競争嫌いな性格のためか、研究所での試験成績もすこぶる悪い。けれども、どういうわけか自身が『廃棄処分』とされないギリギリのラインで、常にそれらを通過してきた強運の持ち主でもあるという。

 そんな少女の容貌は、ネオをして前大戦時のステラを思わせた。戦後の歳月を経て、今は金の髪を腰上あたりまで伸ばしているステラだが、その髪はまるで金の絹糸を紡いだようでもある。一方で、メーテルのミディアムボブの金の髪は強くウェーブがかっていて、蜂蜜に金粉を振りまいたようでもある。おそらく天然の髪質なのだろうが、透き通った白い肌、無口そうで気弱そうな物腰も相まって、その姿は本当に部屋の片隅に飾られた洋人形のようである。

 どうしたものか──ネオは些か困った風に思慮に耽ろうとした。が、そのとき場の気温が急激に冷めたのを取って感じ、弾かれたように視線を上げる。視線の先、それまで嬉々として輝いていたステラから、ふっとしてすべての感情が消えている。

 

「おちこぼ──」

 

 次に聞こえたのは、息を詰まらせた男の悲鳴。

 

「ひ」

 

 目は据わり、半ば虚ろとなったステラの軽蔑の眼差しは、たったいま、彼女がぎゅっとして手を握る少女を心なく罵倒したスタッフへと向けられていた。半ば比喩とは思えない程に、それだけで人を殺せそうな眼差しの奥底は、本当に冷酷な色をしていたという。

 サインを欲しがっていたはずのスタッフは背筋を伸ばして──というより、竦み上がって次の言を発せない状態になっていた。ステラもまたそれ以降、その人間に視線のひとつも向けなかった。

 やれやれ──ネオもまた観念したように、スタッフ達を割るようにステラの前に歩み出る。

 

「副長のキミが〝必要だ〟と判断したのなら──私はそれを尊重するまでだ」

 

 掌返しだった。

 あまりに見事な掌返し。後頭部にやはり糾弾の視線をふたつほど感じたが、それで怯むネオではない。改めて膝を折り、もう既に決まったようなものの、手を差し伸べながら、背の低い三人目の新隊員へと話しかける。

 

「第八十一独立機動群、ネオ・ロアノーク大佐だ」

「めっ、メーテル・リンクっていいます……!」

 

 人見知りで上ずって、緊張で裏返りかけた声。

 おどおどとしながら不安そうに手を握る少女が見上げた先には、既に、別人のように温かな微笑みを湛えているステラの姿がある。

 その温かさに励まされるようにして、新たに出会った少女は、勇気を持って言葉を続けた。

 

「あの、その……よろしく、おねがいします……っ!」

「メーテル・リンク──歓迎しよう。今日からキミが、我がロアノーク隊の末っ子だ」

「わ……、わぁっ!」

 

 我ながら、心底らしくないことを云っている──

 ネオも胸中で、思わず自嘲するほどの物言いだ。自分達は間違いなく戦争をしに向かうのであって、家族ごっこがしたかったわけではないはずだ。

 

(……しかし)

 

 ネオは少しだけ、伺うようにしてステラへと目を配る。

 ──末っ子。

 その家族らしい柔らかな表現を一番に喜んでいたのは、やはり長女たる彼女であったのだ。

 

「が、がんばります……っ!」

 

 まさか己が、栄えある〝ファントムペイン〟の一員になれるとは考えもしていなかった。

 新参者の少女の表情は、そういった感情の昂ぶりで紅潮し、それに耐え切れなくなったように、ステラは腕を広げてぎゅっとメーテルの体を抱きしめた。ぬいぐるみでも抱き上げるかのような勢いで。

 

「ん~かわいい! お持ち帰りぃ~っ」

「わ、わぁ……っ!?」

 

 いちゃつき始めた少女達を脇目にして、ネオはスタッフ達を振り返る。気まずさなど微塵にも感じさせない面の皮の厚さだが、そもそも仮面をつけた男には、そんなものなど存在しないのかも知れなかった。

 

「そういうことだ。スティング・オークレーとアウル・ニーダも貰っていく。異存はないな?」

 

 夢見心地というには、汗の止まらぬ恐慌の表情で凍てつかされているスタッフ達。彼らはネオの問いかけに頷くだけで、いまだにまともな言を発することができないらしい。

 ステラはそんな彼らなど既にいないものと判じており、抱き上げたメーテルの体を離したあと、今度はぎゅっとネオの手を取った。

 

「ねえネオ、スティングとアウルも迎えにいこう! ステラ、みんなに会えるの楽しみなんだ!」

 

 まるで以前から彼らを知っているような口振りだが、おそらくは御愛嬌だろう。

 ぐいと強引に腕を引っ張られ、苦笑しながら、ネオはステラに率いられてゆく。

 

「メーテルも! おいで!」

 

 だが振り返った先、赤目の少女が後に続いてないことに気付いて、ステラは呼びかけた。呼びかけられた少女は、いまだ凍てついたスタッフ達の前で立ち尽くしていた。

 

「…………」

 

 茫然とするこのときのメーテルには、わかっていた。

 己の後方で植物みたいになっているスタッフらが評したように、散々ラボの内で『落ちこぼれ』と虐げられてきた己などが、本来なら非正規特殊部隊(ファントムペイン)の一員になれるはずはないのだと。その器では、決してないのだと。

 けれども、それでも構わない。そんなの気にしない、と──

 

 ──『守ってあげる(・・・・・・)』と、彼女(ステラ)は云った。

 

 今日がおおよそ初対面であるはずなのに、それでも彼女は伝えてくれた。

 ──まもる……?

 研究所(ラボ)の内の意地悪な同輩達も、突如として研究所を襲った大人達も、その人間のすべてがメーテルには恐かった。だから、あの夜もじっとして物陰に隠れたのだ。見知らぬ大人に仲間達が連れ去られるのも、そこで自分が見つかってしまうことも、彼女にとっては恐かったからだ。

 

 ──でも今は、こわくない……?

 

 まもるから。

 まもる──それは、あたたかいこと。こわくないこと。

 ──あの女性(ひと)が、まもってくれるから……。

 こちらを覗き込む、宝石みたいに輝く眸。やさしく抱きしめてくれる腕。心地よい感触に、顔を埋めた胸の柔らかさ。

 その人間らしい営みのぬくもりを、メーテルは生まれてはじめて、彼女に教えてもらったから。

 

 ──だから今は、こわくない……!

 

 少女は勇気をもって、その一歩を踏み出した。

 臆病な己を叱咤して、少女は叫ぶ。

 

「ありがとう! ステラお姉ちゃん──っ!」

「! ──うんっ!」

 

 その呼び名に少しだけ頬を染め、それでも満足げに、ステラもまた満面の笑みを返していた。メーテルはぱっと開いた花弁のように笑顔を浮かべ、その場を駆け出すと、まるで妹みたいにステラの許へと駆け寄っていった。

 そうして、新たにロアノーク隊は発足することになる。ステラとメーテルがスエズ基地内部においてどのように出会い、どのような会話を重ねたのか。それはまた、別の話である。

 

 

 





【DESTINY原作との差異】

 ・ロドニアのラボの早期閉鎖により、原作中盤における強化人間イベントが激減。
 ・ロアノーク隊三名にデバフが掛かり戦闘能力が低下。代わりに健康状態が快方。

 スティング、アウル、そしてオリジナルのメーテルの戦闘力が具体的にどこまで弱くなるかというと、多分普通にレイやルナマリアに翻弄されるレベルまで落ちると思われます。

 ────以前掲載していた運命篇プロット集では、作者の中では主人公交代を目論んでいましたが……この感じ、運命篇も引き続きステラ主人公、ネオ目線で物語を進めても良さそうな気がしてきました。

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